うつ病診療ガイドラインの効果的な使い方

提供元:ケアネット

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公開日:2026/03/17

 

 日本うつ病学会は、2025年12月25日に『うつ病診療ガイドライン2025』1)を公開した。そこで、本ガイドラインの改訂のポイントについて、作成ワーキンググループの代表・責任者を務める加藤 正樹氏(関西医科大学医学部精神神経科学講座)、統括を務める渡邊 衡一郎氏(杏林大学医学部精神神経科学教室)、馬場 元氏(順天堂大学医学部附属順天堂越谷病院メンタルクリニック)の3名に話を聞いた。「改訂の背景と概要、重症度別の治療」について取り上げた前編に続き、後編では「治療過程のフェーズ別の治療、サブタイプ・ライフステージ別の治療」について、紹介する。

難治例の新たな概念「DTD」

 これまで、標準的な抗うつ薬治療を行っても改善しない症例は「治療抵抗性うつ病(Treatment Resistant Depression:TRD)」と呼ばれてきた。TRDは主に「2剤以上の抗うつ薬に反応しない」という薬剤への反応性に焦点を当てた定義である。これに対し、本ガイドラインでは「難治性抑うつ(Difficult-to-Treat Depression:DTD)」という概念を導入した。DTDは、単なる薬剤抵抗性だけでなく、機能回復の遅れ、副作用による治療困難、再発頻度なども包括した、より広い臨床概念である。この概念の導入について、加藤氏は「こだわったポイントの1つ。従来のTRDよりも幅広く、社会機能が戻らない、副作用で薬が使いにくい、再燃を繰り返すといったケースも含めて対策を考えようというものである」と語った。

 本ガイドラインでは、「初期治療」、初期治療で十分な効果が得られなかった場合の「後続治療」、「さらなる段階の治療」、寛解を維持するための「維持期治療」という縦軸を採用している。DTDには「後続治療」「さらなる段階の治療」の2つが含まれる。これは、従来のTRDとは異なり、再燃・再発が反復する不安定な経過を有する患者、抗うつ薬の忍容性に問題がある患者なども包含する。

 後続治療について、渡邊氏は「1剤目が効かなかった場合に、治療の強化が注目されがちであるが、まずは効果や副作用、服薬アドヒアランスなどを確認してほしい」と指摘する。具体的な確認事項については「半年で約半数が服用しなくなるというデータもあるため、そもそも薬を服用していない可能性もある。また、初期用量からの増量が行われず、適切な用量に至っていない場合もあるため、用量の確認も必要だ」と述べる。このようなことをすべて確認したうえで、薬剤の増量や変更、薬剤の追加、精神療法の付加などを検討することが、後続治療の基本となる。

ライフステージ別の治療戦略は?

 今回の改訂において「児童・思春期」「周産期」「老年期」の各ライフステージについて独立した章が設けられた。その背景について、馬場氏は「それぞれのステージで配慮すべき事柄が多く、それぞれ大きく異なる。しかし、臨床試験ではこれらの集団は除外されていることが多い。そこで、一般成人と同じ治療戦略で良いのかという疑問に答える必要があった」と述べる。

<児童・思春期>
 児童思春期のうつ病は、成人のような抑うつ気分よりも「易怒性」として表現されることが多い。馬場氏は「これを知らないとそもそも診断に至らない」と指摘する。治療においては、環境調整や心理教育などの基礎的介入、精神療法が優先され、新規抗うつ薬の使用は「選択肢のひとつ」にとどまる。

<周産期>
 周産期のうつ病は、強い不安、幻覚・妄想といった精神症の症状など、特有な精神症状を伴うことがある。約10%が周産期に抑うつを経験するとされ、重要な集団といえる。治療については、中等度以上であれば抗うつ薬を「使用することを弱く推奨する」としている。授乳中についても、母乳への移行率が低い薬剤が多く、抗うつ薬を「使用することを提案する」としている。なお、本ガイドラインには、母乳への移行率を示す相対的乳児投与量をまとめた表が掲載されているため、参考にされたい。周産期の治療について、馬場氏は「胎児の奇形リスクや発達への影響はほとんど上昇せず、逆に治療しないリスクの方が高いというエビデンスがある。授乳中の服薬についても、母乳への移行が少ない薬剤が多く、使用を提案している」と述べた。

<老年期>
 高齢者では、身体疾患や脳器質性疾患による抑うつ状態、低活動性せん妄、アパシー(意欲低下)などがみられることがあり、鑑別が重要となる。また、高齢者の場合は薬物治療による有害事象も発現しやすいため注意が必要である。これについて、馬場氏は「高齢者の場合は、薬物治療を控えたほうが良いのではないかと考える方もいるかもしれないが、中等度以上の場合は、抗うつ薬治療を行うことが強く推奨されている」と述べ、有害事象に注意しながらも、適切な治療を検討することの重要性を指摘した。

 ライフステージについて、馬場氏は「中等度以上のうつ病に対する薬物療法をみても、児童・思春期では『選択肢のひとつ』、周産期であれば『弱く推奨する』、老年期では『強く推奨する』と異なっており、ライフステージに対する配慮が必要である」と語った。

ガイドラインの効果的な使い方

 馬場氏は「ガイドラインは治療を決定するルールブックではなく、治療方針を患者と一緒に決めるために情報を共有するツールである」と強調する。たとえば、重症度が中等度で、ライフステージは老年期に該当し、不眠症状を伴う患者の例を考える。この場合は、中等度/重度に関するClinical Question(CQ)3、老年期に関するCQ6、不眠症状に関するCQ8が該当する。これらの情報を患者と共有して、SDMを行う。

 実際に各CQをみると、CQ3では新規抗うつ薬による単剤治療が強く推奨され、ベンゾジアゼピン系抗不安薬・睡眠薬の併用療法を行わないことが弱く推奨されている。老年期に関するCQ6でも、新規抗うつ薬による単剤治療が強く推奨され、睡眠に関する記載はない。一方で、不眠症状に関するCQ8では、まずは睡眠衛生指導を行ったうえで、必要があれば抗うつ薬に睡眠薬を併用することが弱く推奨されている。これらの情報を患者と共有したうえでの治療方針の一例として、馬場氏は「新規抗うつ薬を使い、不眠に対しては睡眠衛生指導を実践してみよう。それでも不眠が改善しない場合は、ベンゾジアゼピン系以外の睡眠薬を併用しようといった選択が考えられるのではないか」と述べた。

 本ガイドラインは膨大な情報を含むが、実臨床での使いやすさを重視して設計されている。各章にCQX-1(治療開始に際して考慮すべきこと)とCQX-2(治療概説)が配置され、ここを参照するだけで標準的な診療方針が把握できるようになっている。そのため馬場氏は、非専門医の先生方に向けた活用法として「まずは第1章を読んでうつ病診療の原則を理解していただきたい。そのうえで、実際の診療では該当する章の『CQX-1』と『CQX-2』だけでも見ていただければ、適切な診療方針が立てられる」と活用法を述べた。

(ケアネット 佐藤 亮)