専門医として積み重ねた経験を土台に、“総合診療”の力で、キャリアの選択肢を広げる。学び直し・新たなやりがいを見つけた医師たちの歩みに迫ります。

五本木 武志 ( ごほんぎ たけし ) 氏一般財団法人筑波麓仁会 筑波学園病院 病院長
外科医のキャリア終盤に思い出した 何でも診られる医者への憧れ
「手術だけしていればいい環境じゃなかった」そう語るのは、総合医育成プログラムを受講中の五本木 武志氏。卒後すぐに消化器外科でキャリアをスタートし、現在は28診療科・331床を持つ筑波学園病院の病院長として、最前線で地域医療を率いています。外科外来、救急、病棟診療に加え、病院運営まで担う多忙な身で、なぜ総合医育成プログラムを受講しているのか?その理由にキャリアの次の一手を探ります。
即決受講の背景に 外科医としての“憧れ”と現場の必然
――総合医育成プログラムの受講は即断即決だったと伺っています。その理由は。
2024年2月にたまたま知人から総合医育成プログラムを紹介されて、即刻申し込みました。もともと、卒後6年間、消化器外科のレジデントとして筑波大附属病院にいた間、3年以上は、外の病院でありとあらゆる疾患の患者を診ていました。手術だけでなく打撲から肺炎まで、本当に何でもです。
レジデント時代の指導教官は外科医で、本当に何でも診る先生でした。その人のようになりたいという憧れもありました。当時からちょこちょこ勉強はしていたけども手術が忙しくて体系的に学ぶ暇はもちろんありません。昔から総合的な診療を学びたい思いがあったので、話を聞いたときに、これだ!と思いました。
もっとも、2024年は病院長になったのと重なって、ほとんど受講できませんでした。2025年に非同期型・同期型の混合学習1)になって、ようやく受けられるようになりました。修了要件まであと2単位。もうすぐ修了です。
本では学べなかった“現場の勘所”を、プロから教わる
――プログラムで扱うのは内科領域が多いと思います。専門外の講義を受ける感想は。
正直にいって、すべてが楽しいです。肺炎だとか脳卒中だとか、わからないことはいままではすべて本で勉強してきました。周りに教えてくれる先生もいませんでしたから。ずっと持っていたのは、本にはこう書いてあるけど、実際に診るときはどうなっているんだろう、という疑問です。プログラムでは、領域ごとに専門医や総合医の先生から、教科書だけではカバーできない話が聞ける。肺炎ひとつにしても、こういうときはこういう肺炎を考える、こういう抗菌薬を使うといった、現場の勘所を教わるのが、皮膚科でも腎臓でも、血液内科でも、毎回楽しかったです。
総合診療で光る外科医の嗅覚・待つ力を学ぶ挑戦
――外科医だから苦労したことはありますか。
そうですね、外科の早く結論を出したがる癖はあります。外科医って手術をするにしてもしないにしても、なるべく早く決断してすぐに実行したい。それが日常になっていて、様子を見るという選択に慣れていないところがあります。だから、内科の先生の待つ力、忍耐力はすごいなと思います。外科医の即断即決を活かすときと、ここは内科医の様子を見る力を使うという使い分けができてくるのが理想ですね。
――外科医の特性が活きる場面は。
そのとき一番重要な問題に切り込む習慣は、総合診療でも役立っていると感じます。
外科医の嗅覚ともいえるかもしれません。何が一番やばくて問題なのかを嗅ぎ当てるんです。問題の核心に回り道せずに切り込んでいけるのは強みですね。もちろん、総合診療ではさまざまな情報を集めて結論を出す力が必須で、そこを内科の先生から学んでいます。
膝関節穿刺を実演で教える熱意、コミュニケーションのプロから教わる人間力
――印象的な講義はありましたか?
整形外科の仲田和正先生のセッションは印象に残っています。膝関節穿刺のレクチャーで、ご自分の膝に針を刺して実演してくれた。こんな先生、そうそういません。こういう先生に教わる研修医は幸せだろうなと思いました。
それから、ノンテクニカルスキルコースはどれも新鮮で面白かったです。MBTI2)やミーティング・ファシリテーション3)といった、医者になってからまず聞く機会のない分野の講義です。ノンテクの先生方は、相手のスタンスやものの見方をふまえて、人に教えるプロという感じです。
どうしても医者は立場的に上から目線になりがちで、看護師やほかの医療者と話すとき、一方的になってしまう。それがノンテクのセッションを受けてから、相手の性格や考え方を推測して話す心の余裕ができてきた。たとえば「俺はこう思うけど、君の意見は?」ときくことができるようになりました。断定しすぎずに話す、相手に意見を求めることができることで、医療者・患者問わず、コミュニケーションによい影響があり、それが治療にもつながっていると感じています。次に受けるコーチングの授業も楽しみにしています。
脳卒中から小児まで。幅広く診療に活きる学び
――学んだことをどのように現場で使っていますか。
毎日、ありとあらゆる場面で使っています。なぜかというと、週3回の外科外来のほかに、救急搬送・ウォークインで来る救急外来の対応も当番制で持っています。救急は若い先生たちが主だけど、忙しくて断らなくちゃいけないとなったときは俺を呼べと言ってあるので、最終的に誰も診る人がいない救急患者は僕に回ってきます。小児も肺炎も骨折も、何でもです。それに、うちのような一般病院は、病院として総合的に見る必要があって、救急診療科という部門を作りました。ここでの受け持ち患者が10人。疾患は脳卒中亜急性期、肺炎、尿路感染、脊椎圧迫骨折まで、本当にさまざまです。こういう何でも診る環境で、肺炎っぽい徴候の患者が来た、血液疾患を疑う患者が来たというとき、受講前は本やネットで調べていたのが、今はレクチャーの資料を引っ張り出しています。現場の目線で何を考えてどう進めるかが整理されていて、効率が圧倒的によくなりました。熱発の子どもが来たときに、身体のどんな兆候を一番先に診るか、除外すべき疾患、必要な検査、治療の選択肢がパッケージで出てくる。そういう感じでプログラムの内容は現場で助けてくれています。みんな受けた方がいいんじゃないかって思います。
手術を若手に託した後、僕たちはどう働くか
――もともと総合的な診療に興味があったとのことですが、いつから実際にいまの診療スタイルになってきたのですか。
外科医は皆いつか手術をやめるときが来るでしょう。だいたい最初に目が見えなくなる。僕も老眼も始まる50代くらいから「救急領域に近いところで生きていかなくちゃいけない」と思い始めていました。今62歳で、手術は自分がやるよりも若い先生方に任せて引き継いでもらっています。
手術をやめた後にどう医者を続けるかには、若手育成、管理職などいろいろ道があって、僕は以前から救急と総合診療に興味があったから今の働き方になっています。病院長になったので現場と管理を両輪で回している感じですね。
トップが動くと病院が動く・現場で示すリーダーシップ
――病院長として、総合医を病院内に増やすためにどのような取り組みをしていますか。
僕がしているのは背中を見せること。上からやれと言っても、人は動かないと思うんです。今までうちの病院では誰も総合診療をしていなかったから、自分が患者を受け持って診る。僕たちはこういう診療をしていくぞと現場で示す。そうすると、病院が力を入れて向かっていく方向が明確になると思います。口で言うよりも効果があると信じています。立ち上げた救急診療科の医師はまだ2人。ここから同じ志を持つ仲間を増やしたい。背中を見せると同時リクルートも進めて、グループを大きくしたいと思っています。
外科医の強みと総合診療で、医者として長く生きる
――総合診療に興味を持った外科の先生方にメッセージを。
総合診療をしてみようと思ったとき、外科のキャリアは非常に有利です。
手術後は、肺炎になったり脳梗塞が起きたり、細かい不具合が次々と起きます。かといって、すぐに呼吸器内科や脳神経外科に転科するわけじゃない。そのまま外科で全身を診て、必要なら連携する。そこで外科医は患者全体を診る癖がついています。その経験は、総合医としての診療にも直結する。だから自信を持って学んでほしいです。切った後に全身を診てきた習慣や経験が大きな武器になります。
高齢者はどんどん増えていて、専門だけやっていればいい病院が減っていくことは明らかです。「この疾患は、外科の領域ではない」と自分で線を引いていたら、世界がどんどん狭まってしまう。若い先生は若いうちから、そうでない先生は今から、自分の専門ではないと切り捨てずに、視野を広げ、関心を持つことが医者として長生きすることにつながるんじゃないかと思います。自信をもって新しいことを学んでみてください。

引用
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1)
非同期型学習はeラーニングを用いた自己学習で、自分のペースでいつでもどこでも受講可能。同期型学習はWeb会議ツールを使用したライブ研修。土日祝の決められた時間にリアルタイムでグループディスカッションなどを行う
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2)
Myers-Briggs Type Indicatorの略称。ユングのタイプ論をもとにして開発された自己分析メソッドを活用した、 性格タイプ別コミュニケーションに関する研修
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3)
医療チームにおけるミーティングを活性化させ、会議の質と効率を向上させるための、会議ファシリテーションの実践的スキルを学ぶ研修

五本木 武志 ( ごほんぎ たけし ) 氏一般財団法人筑波麓仁会 筑波学園病院 病院長
[略歴]
1988年筑波大学医学専門学群卒業。2年間の外科ローテーション後、消化器外科医として診療にあたる。1997年~2000年、米国ハーバード大学マサチューセッツ総合病院 放射線腫瘍科で研究に従事。帰国後、水戸中央病院 消化器外科勤務を経て、2001年 筑波学園病院に赴任。2013年から副病院長、2024年4月より現職。2024年2月から総合医育成プログラムを受講。自身の診療に総合診療視点を活用するほか、地域・病院全体で総合医の育成に尽力する。
- 運営
- 全日本病院協会・日本プライマリ・ケア連合学会