日本うつ病学会は、2025年12月25日に『うつ病診療ガイドライン2025』1)を公開した。今回の改訂は、既存のガイドラインへの加筆修正ではなく、ゼロベースからの再構築となっている。そこで、本ガイドラインの改訂のポイントについて、作成ワーキンググループの代表・責任者を務める加藤 正樹氏(関西医科大学医学部精神神経科学講座)、統括を務める渡邊 衡一郎氏(杏林大学医学部精神神経科学教室)、馬場 元氏(順天堂大学医学部附属順天堂越谷病院メンタルクリニック)の3人に話を聞いた。改訂のポイントについて「改訂の背景と概要、重症度別の治療」と「治療過程のフェーズ別の治療、サブタイプ・ライフステージ別の治療」に分け、前編と後編の2回にわたって紹介する。
ゼロベースで作成、実臨床に即したガイドラインに
今回の改訂では、国際的なガイドライン作成基準であるMindsに準拠し、科学的妥当性と透明性を担保する作成方法へと一新された。そのため、システマティックレビューに基づくエビデンス評価を基盤としながら作成されているが、実臨床での思考過程に焦点を当てた構成とするため、ナラティブな記載も織り交ぜられている。また、作成グループには薬剤師・看護師・心理師などのメディカルスタッフ、当事者やその家族も含まれる。
推奨の決定にあたっては、推奨決定会議において投票者の70%以上の合意形成を必須とするルールが採用され「強く推奨」「弱く推奨」という推奨度と、推奨までには至らない「提案」「選択肢のひとつ」が設定された。
診療の「現在地」が把握できるマトリクス構造
本ガイドラインの特徴は、複雑化するうつ病診療を整理するために導入された「横軸」と「縦軸」によるマトリクス構造である。
横軸:重症度(軽度、中等度・重度)、ライフステージ(児童・思春期、周産期、老年期)、サブタイプ(不眠症状を伴ううつ病、特定用語:不安性の苦痛、混合性の特徴など)
縦軸:初期治療、後続治療、さらなる段階の治療、維持期治療
この構造について、加藤氏は「うつ病治療では、どの薬が良いか、目の前の患者にどうフィットさせるか悩みやすい。そこで、患者を横軸と縦軸に当てはめて読めるようにした」と意図を述べた。実際に、目の前の患者をガイドラインの項目に当てはめながら読めるようにするため、うつ病診療のアルゴリズムが掲載されている。
第1章「治療計画の策定」は、あえてナラティブな記載とし、臨床の原則を網羅している。さらに「診断基準を満たさない閾値下の抑うつエピソード」など、エビデンスを基に作成するのは難しいものの臨床上重要なテーマは、トピックスとして7テーマ取り上げている。
今回の改訂では、Clinical Question(CQ)の構成にも工夫が施されている。各章のCQX-1では「治療に際して何を考慮すべきか?」という臨床的視点からの問いかけが提示され、CQX-2では「システマティックレビューの概要など、治療の総論」がまとめられている。すなわち、CQX-1、X-2を読むことで、各章の治療方針の立て方がわかるような構成になっている。これについて、馬場氏は「すべて読むことが難しい場合は、まずは第1章を必須として読んでもらい、以降は診療する患者に該当する章のCQX-1、X-2を読んでほしい」と述べた。
軽度うつ病の薬物療法は「選択肢のひとつ」
軽度うつ病への介入は、支持的な傾聴、生活における負担の軽減、心理教育などの基礎的介入が基本となる。本ガイドラインでは、これらを実施したうえで、新規抗うつ薬を使用することを「選択肢のひとつ」と位置付けている。
これについて、加藤氏は「軽度うつ病のみを対象とした無作為化比較試験、システマティックレビューおよびメタ解析は存在しなかった。そこで、本邦で実施された新規抗うつ薬の無作為化比較試験について、2,464例を対象とした個人データのメタ解析を実施したところ、重症度と抑うつ症状の改善には相互作用がなかった。つまり、重症度にかかわらず抗うつ薬は有効と考えることができる。また、軽度うつ病では症状の改善の余地が小さいため、プラセボとの差はみられにくいが、抗うつ薬によりいずれの試験でも症状が改善していた。これらを考慮して、安全性の高い新規抗うつ薬は『選択肢のひとつ』となると判断した」と根拠を述べた。
そのほか、認知行動療法、それを基盤とした集団プログラムやガイド付きのプログラム、集団あるいは指導下での運動療法も「選択肢のひとつ」となっている。
中等度・重度うつ病への抗うつ薬は強く推奨
中等度・重度のうつ病に対しては、新規抗うつ薬による単剤治療を「行うことを強く推奨する」としている。一方、治療初期からの抗うつ薬とベンゾジアゼピン系抗不安薬・睡眠薬の併用療法
※については「行わないことを弱く推奨する」となっている。ただし、カタトニアを伴ううつ病の治療法に関するCQ7-6-2では、急性期の薬物療法としてベンゾジアゼピン系薬剤による補助療法は「提案する」とした。これについて、馬場氏は「全体としては、ベンゾジアゼピン系抗不安薬の併用は勧められないが、使用すべき患者もいる。このようにサブタイプ別にも見ることで、より適切な治療を行うことができるというのが、本ガイドラインの特徴である」と述べた。
構造化された精神療法や電気けいれん療法(ECT)については、有用性に関するエビデンスがあるものの、推奨度は「提案する」にとどまっている。これについて、加藤氏は「エビデンスは存在するが、実施可能な施設が限られることなどから『提案する』にとどめる判断となった」と述べた。
※:本ガイドラインでは、治療初期から同時に開始することを併用療法と定義している。
どのように治療を使い分けるか?
うつ病治療の基本は、共同意思決定(SDM)に基づいて患者自身が積極的に治療に関わるようにすることである。SDMでは、病状や各種治療選択肢、予想される経過などについて治療者が説明し、リスク・ベネフィットを共有したうえで、患者の意見や価値観も聞きながら治療を選択していくことが重要となる。
本ガイドラインでは、抗うつ薬の副作用に関するヒートマップや、薬物相互作用をまとめた表が掲載された。これらは、SDMを通じた抗うつ薬の使い分けにも、用いることが可能である。これらを用いた使い分けの例として、加藤氏は「会社に行きながら治療するのであれば、眠気の少ない薬を提案する。一方で、睡眠が十分に取れていない場合は、副作用として眠気が出てしまうかもしれないが、しっかりと睡眠が取れる薬を提案する。薬物相互作用については、高齢者や併用薬の多い患者には薬物相互作用の少ない薬剤を提案するといった使い分けができる」と説明した。
治療の質を向上させる「MBC」
本ガイドラインでSDMと共に強調しているのが、測定に基づく診療(Measurement-Based Care:MBC)の実践である。MBCは、標準化された評価尺度を用いて治療反応を定期的に評価し、その結果を共有しながら治療を調整するアプローチである。MBCを実践することで、MBCを用いない標準治療と比較して寛解率が45%向上したという研究結果も存在する
2)。
MBCの実践に当たっては「自己記入式の評価尺度を用いるのが良い。自己記入式の評価尺度は、患者の自己洞察や意思決定を促進するほか、症状の伝え漏れを防ぐことができる」と加藤氏は述べる。
評価の頻度と使用しやすい評価尺度について、渡邊氏は「最初に寛解を達成するまでは、できるだけ毎回、少なくとも2週間に1回は評価するのが良いのではないか。自己記入式の評価尺度としては、QIDSやPHQ-9が推奨される。これらは、うつ病の診断基準に合った9項目で構成されており、残遺症状のピックアップができるというメリットもある」と語った。
(
後編に続く)
(ケアネット 佐藤 亮)