「総合医育成プログラム」で広がる医師のキャリアと医療機関の未来【ReGeneral インタビュー】第1回

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公開日:2025/11/24

専門医として積み重ねた経験を土台に、“総合​診療”の力で​、キャリアの選択肢を広げる。学び直し​・新たなやりがいを見つけた医師たちの歩みに迫ります。

神野 正博 ( かんの まさひろ ) 氏公益社団法人 全日本病院協会 会長/社会医療法人財団菫仙会 恵寿総合病院 理事長

草場 鉄周 ( くさば てっしゅう ) 氏一般社団法人 日本プライマリ・ケア連合学会 理事長/医療法人 北海道家庭医療学センター 理事長

「総合医育成プログラム」で広がる医師のキャリアと医療機関の未来

2024年、「経済財政運営と改革の基本方針(骨太の方針)」1)において、医師偏在の是正に向けた総合的な対策パッケージ2)が示されました。その中で「総合的な診療能力を学び直すリカレント教育の推進」3)が掲げられ、全日本病院協会(全日病)と日本プライマリ・ケア連合学会(JPCA)が運営する総合医育成プログラムもこの補助対象になりました。これを機に、同プログラムは医師個人・医療機関の双方に恩恵を与える「総合医リカレント実践事業ReGeneral」に進化しました。今回は、全日本病院協会会長・神野正博氏と、日本プライマリ・ケア連合学会理事長・草場鉄周氏にこの狙いと価値を伺います。

専門だけ診られても診療が立ち行かない

――プログラム発足の背景から教えてください。

神野

私は2025年6月から全日病の会長を務めていますが、それ以前から当協会に設置しているプライマリ・ケア検討委員会でJPCAの先生方と議論を重ねてきました。わたしたちは中小病院が多く所属する団体です。ですから「わたしは循環器専門だ」「僕は呼吸器専門だ」と自身の専門領域にとどまっては診療が立ち行かない医療機関が多く、総合的に診療できる医師のニーズは非常に高いのです。

草場

私たちの学会では長らく若手医師向けの総合診療研修に力を入れてきましたが、全日病の先生方との意見交換を通じて、専門を極めた先生方がある時点で総合診療を学び直したいというニーズを持つことがわかりました。そこで両団体で議論を重ね、2018年に「総合医育成プログラム」を立ち上げました。

神野

このようにJPCAと全日病は、医師偏在対策やリカレント教育が政策によって本格化するより前から活動しており、今年で8年目です。カリキュラム設計は学術団体であるJPCAが担い、私たちは当協会会員病院へのプロモーションと受け入れ体制づくりを進めてきました。

完全オンラインで“臨床で働ける総合診療能力”が得られるプログラム

――ほかのリカレント教育と比べた、このプログラムの特徴は?

神野

ノンテクニカルスキルコースと診療実践コースの二本柱の学習内容が特徴です。ノンテクニカルスキルコースでは、コミュニケーションの取り方や人の動かし方など、臨床の技術の手前にあるヒューマンスキルを体系的に学べます。リカレント教育でここまで踏み込むものは珍しく、ほかにない実用的な内容です。

草場

総合診療は多職種連携が前提です。看護師、薬剤師、ケアマネジャーなど、専門性の異なるメンバーとともに治療やケアを行うための 「組織人としての技術」たとえばリーダーシップを発揮する方法、グループをどう組織するか、会議を円滑に運営する方法などを実践的に学習します。現場ですぐ使えて応用できる形で提供しているのがポイントです。

また診療実践コースでは、難しいケースの対応といった高度なものではなく、日常的に遭遇するさまざまな健康問題に標準的な対応ができる力を養います。具体的にいえば、当直で適切に初期対応し、必要なら翌日に専門医へ紹介する―こうした判断とマネジメント力を身に付けるイメージです。

さらにプログラムは完全オンラインで、eラーニングによる自己学習と土日中心のWebスクーリングを組み合わせています。当初オンサイトでの対面にこだわっていたのですが、コロナ禍でオンラインにせざるを得なくなり、やってみるとそれでも学習効果を十分担保できることを逆に確信しました。資料や動画での自己学習に加え、双方向のディスカッションや質疑応答を重視して現在の形になっています。時間数は決して少なくありませんが、臨床で確実に使えるレベルに到達するための必要量だと考えています。

学びを支える「GMネットワーク」―医療機関の協力で時間の壁を崩す

――厚生労働省補助を受け、同プログラム受講を応援する医療機関のネットワークを整備中と伺いました。

神野

はい、GMネットワークと名付けたこの取り組みでは、当プログラムの受講を希望する医師に対して、学びながら働けるよう配慮する医療機関を全国から募っている最中です。趣旨に賛同する施設を検索できる情報サイトを整備し、学びと診療が一気通貫で実現できる医療機関を探すことができるよう準備を進めています。

GMネットワーク構築の背景のひとつに、再学習ニーズを阻む最大の障害が、時間の制約であるという点があります。

リカレント教育の受講に関するアンケート調査4)では、「時間が確保できる体制整備がなされるなら受講したい」が35.3%、「教育内容が充実していれば受講したい」が38.9%、「経済的負担への配慮があれば受講したい」が29.7%という結果がでています。別の調査5)でも時間の確保がリカレント教育を阻む最大のハードルであることが示されています。

土日中心のスクーリングであっても、医療機関の協力がなければ難しい場面はあります。だからこそ、学びに配慮する意思を示す医療機関が見える化される意義は大きいと考えています。GMネットワークは、医師個人に対してはプログラム受講のハードルを下げ、病院にとっては総合診療能力を持つ医師を育成し、即戦力としても活躍を期待できるwin-winの仕組みです。このネットワークを医師・医療機関ともに活用することで、医師偏在の解消に寄与すると考えています。

受講料は約半額 「今がチャンス」

――経済的負担への配慮については?

神野

ここも重要なポイントです。2025年度のリニューアルを機に受講料の大幅な減額を行いました。

草場

厚労省の補助を受けたこともあり、受講料を約40万円から約20万円に引き下げました。金銭的理由で見送っていた先生にとっても現実的な選択になったのではないかと思います。さらに厚労省補助事業に採択されたことで、GMネットワークの構築が進んでおり、JPCA関連の医療機関も積極的に実践の機会を提供します。2団体が協力して、座学に留まらず学んだことを実践する場を示せることもわれわれの強みです。

JPCA認定医筆記試験免除-修了後も認定医更新を生涯学習として活用

――プログラム修了後はどのようなフォローがありますか?

草場

診療実践コース12単位以上、ノンテクニカルスキルコース6単位以上を取得してプログラムを修了すると、全日本病院協会認定総合医が取得でき、JPCAのプライマリ・ケア認定医試験の筆記試験が免除になります。当学会では、診療科横断的に最新エビデンスに基づいた疾患・治療を学び、現場の実践報告を持ち寄ってディスカッションする場を用意しており、5年ごとに認定医を更新する間に、知識と実践を積み上げることができる設計です。

神野

JPCAの生涯教育制度は手厚く、この制度を活用しないのは大変もったいない。同学会の皆さん・講師と関係を保つことが最良の継続学習になろうかと思います。今がチャンスです。

これからの医療機関が生き残るカギは総合診療能力で「生命」と「生活」の谷を埋めること

――お二人が描く、日本の医療のこれからとは?

神野

QOL(Quality of Life)の「Life」は、急性期の現場では「生命」と解釈しますが、一般の方や介護の現場では「生活」と捉えます。同じ「life」でも、どのセッティングで医療やケアを行うかで、ギャップ-谷があるのです。わたしはこの谷を橋渡しするのが総合診療医だと思っています。これから人口は減り、「病気を治して退院させる」だけでは医療は立ち行かなくなります。病院にも診療所にも、医師個人にとっても 「病気の後、生活のLifeにどう関わるか」が重要です。誰と手を携えて一緒に働くのかが医療に携わるすべての人に当てはまる生き残り戦略になります。「総合的に物事を診る、総合的に医療を見る、総合的に人間を診る、総合的に生活を診る」という感覚がない人には将来がない、そのくらい大きな時代の変わり目に私たちはいると強く思っています。

草場

とくに人口減少地域で、医療のあり方は確実に変わっています。ワンストップで幅広く診られる医師への需要は高く、そうした医師がいないと医療機関の経営自体が厳しいという声も届いています。専門医は必要不可欠ですが、専門とジェネラルの両輪で診られる先生が地域にいることは、すでに必須になっています。当学会の会員は約1万人、総合診療専門医は1,000人ほどです。医師全体の3~4%程度にすぎず、地域の需要に応えるには程遠い数です。だからこそ、リカレント教育で総合診療能力を身に付ける先生方と専門医が連携し、地域を“面”で診る。これが今後10〜20年のスタンダードになるはずです。

診療と経営のカギは 救急・初診のファーストタッチ

――医療費の増加や社会保険負担の拡大、医師の過重労働など、日本の医療全体が抱える課題に対して、このプログラムはどのように貢献できるとお考えですか?

草場

大きな総合病院でも、救急外来の幅広い対応が難しいケースが増えているという声を聞きます。小児から成人まで当直対応できる総合診療能力を持つ医師がいると、地域住民がその後も安心して医療機関を受診するきっかけになります。ジェネラルに診る医師がファーストタッチを担い、その後の受診につなげることができると、患者数の確保や経営改善にも寄与するでしょう。当プログラムを活用し総合診療能力を身に付けることは、医師個人だけでなく病院の実力を底上げになります。

神野

高度急性期病院や拠点病院といった専門的な施設にはスペシャリティをもった診療科が多数必要であることは変わりません。ですが、大多数の病院はもはやデパートのように各診療科の専門医を並べる時代ではありません。患者のニーズも人員の確保状況も変化しています。医師は自分の思いと社会から必要とされている役割の乖離がないかを自覚し、総合的に診るマインドへシフトしなければ、日本の医療は保てない――私はそう考えています。このプログラムは、その最前線を走っています。

専門×総合診療能力でキャリアの再設計を

――最後に、受講を迷う先生方へメッセージをいただけますか?

神野

このプログラムには医師人生を変えるほどのインパクトがあります。2026年以降、若年人口が減り、医療の需給構造は大きく変わります。社会の変化を敏感に感じ、問題意識を持つ先生にとって、総合診療能力を身に付けることはご自身ができる課題解決の手段になります。また専門だけでなく幅広く診られることで、医師としての視野が広がり、キャリアの選択肢も増えるでしょう。総合診療能力は、「生命」だけでなく「生活」まで支える、これからの医療のカギです。今、動くことで人生が変わります。

草場

受講者からは「専門にこだわらず、医師として大事なことを体系的に学び直せた」「わかったつもりだった領域を、標準化された基準で再確認できた」といった声が多く寄せられています。現場で使える実際的な知識と技術を提供できている手応えを感じています。

完全オンラインで受講のハードルが低く、受講料は従来の約半額で、さらに身に付けた能力を発揮できる場も整いました。専門医としての強みに、総合診療能力を加えることで、先生のキャリアは確実に広がります。ぜひ、一歩を踏み出してください。

引用

神野 正博 ( かんの まさひろ ) 氏公益社団法人 全日本病院協会 会長/社会医療法人財団菫仙会 恵寿総合病院 理事長

[略歴]

1980年 日本医科大卒業。金沢大学第二外科入局、1986年 金沢大大学院を修了(医学博士)。浅ノ川総合病院を経て、金沢大学第二外科助手。1992年 恵寿総合病院外科部長。翌1993年院長、1995年 医療法人菫仙会理事長に就任

草場 鉄周 ( くさば てっしゅう ) 氏一般社団法人 日本プライマリ・ケア連合学会 理事長/医療法人 北海道家庭医療学センター 理事長

[略歴]

1999年京都大学医学部卒業。2001年日鋼記念病院にて初期研修修了。2003年北海道家庭医療学センター家庭医療学専門医研修修了。2019年カナダ・ウェスタンオンタリオ大学家庭医療学講座大学院修士課程修了。2006年、北海道家庭医療学センター所長およびクリニック所長に就任。2008年、医療法人北海道家庭医療学センターを設立し理事長に就任。日本プライマリ・ケア連合学会認定家庭医療専門医・指導医
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