日本老年医学会は6月27日のプレスリリースにおいて、「終末期」から「人生の最終段階」への変更における定義などを示した『高齢者の人生の最終段階における医療・ケアに関する立場表明2025』を発表した。この立場表明は同学会が21世紀初頭に初版を発表、2012年の第1改訂から10年以上が経過したため、現在を見据えつつ近未来を展望して今回の改訂がなされた。今回開催された記者会見では、立場表明のなかで定義付けされた用語とその理由について、本改訂委員会委員長を務めた会田 薫子氏(東京大学大学院人文社会系研究科 附属死生学・応用倫理センター 特任教授/同学会倫理委員会 エンドオブライフ小委員会委員長)を中心に解説が行われた。
『立場表明2025』の目的
立場表明は、臨床現場においてさまざまな難問に直面しつつ、本人のために最期まで最善の医療・ケアを提供しようと尽力している専門職の行動指針となり、同時に、日本で生きる人々の心の安寧を支えることを願っている専門職の職業倫理として作成されている。また、すべての人が有する権利(すべての人は最期まで、医学的に適切な判断を土台に、それぞれの思想・信条・信仰を背景とした価値観・人生観・死生観を十分に尊重され、「
最善の医療およびケア」を受ける権利を有する)を擁護・推進するために、日本老年医学会として「高齢者の
人生の最終段階における医療・ケア」に関する立場を表明した。
2015年に厚生労働省が『人生の最終段階における医療・ケアの決定プロセスに関するガイドライン』を改訂した際に、「終末期」という表現を「人生の最終段階」としていたが、その言葉の定義付けなどは各領域や学会に一任されていたことから、今回、国内で初めて日本老年医学会がこの用語の定義を示した。
「人生の最終段階」の定義
厚生労働省が「終末期医療」を「人生の最終段階における医療」に替えると発表した際、これが「最期まで尊厳を尊重した、人間の生き方に着目した医療を目指す」という考え方に寄っていると説明していたことを踏まえ、日本老年医学会は、「人生の最終段階」を以下のように定義付けした。
(1)【医学的見込み】
病状や老衰が不可逆的で、更なる治療によっても状態の好転や進行の阻止は見込めず、遅かれ早かれ死に至ることが避けられない。
(2)【人生についての見方】
(1)を踏まえ、医療・ケアチームが本人の人生全体を眺める視点で、本人は人生の物語りの最終章を生きていると考えられ、本人が表明してきた人生に関する意向を尊重したうえでも、そう考えることができる。
以上の(1)と(2)が満たされている時、本人は「人生の最終段階」にある。
「最善の医療およびケア」とは
次に、最善の医療およびケアについて、「緩和ケア(palliative care)の考え方と技術を中核とし、単に診断・治療のための医学的な知識・技術のみならず、他の自然科学や人文科学、社会科学を含めた、すべての知的・文化的成果を統合した、適切な医療およびケア」としている。会田氏は、「日本では非がん領域における緩和ケアが不十分な状態にある。WHOは1990年に緩和ケアの考え方を、2002年にはその定義を示している。国内でもそれらを踏まえて苦痛の予防・緩和に注力していくため、最善の医療およびケアを緩和ケアの考え方で進めていく」とし、「高齢者にとって侵襲性の高い高度医療はリスクとなる。また、薬物療法についても同様で、とくにポリファーマシーの有害性の認識は重要。よって、高齢者への医療やケアは一般成人とは異なる考え方をすることを社会にも広く知っていただきたい」と強調した。
10の立場表明
この立場表明には、本学会における10個の立場表明が示されており、「日本老年医学会はこれらの立場が実現できるようにたゆまぬ努力を傾注する」と同氏はコメントした。
・立場1:年齢による差別(エイジズム)に反対する
・立場2:緩和ケアを一層推進する
・立場3:本人の意思と意向を尊重する
・立場4:人権と尊厳および文化を尊重する意思決定支援を推進する
・立場5:多職種のチームによる医療・ケアの提供を推進する
・立場6:臨床倫理に関する取り組みを推進する
・立場7:在宅医療および地域包括ケアシステムを推進する
・立場8:死への準備教育を推進する
・立場9:不断の研究の進歩を医療・ケアに反映させる
・立場10:高齢者の人権と尊厳を擁護する医療・介護・福祉制度の構築を求める
医療界で汎用される「尊厳」とは
本表明にも頻出する「尊厳」。この言葉は多くの法令や医学会の提言、ガイドラインでも頻繁に利用されているが、「その割に意味が不明確。辞書で意味を調べてみると、“尊く厳かで犯し難いこと”と書いてあり、どのように医療現場で本人の尊厳を尊重すればいいのかわかりにくい」と同氏は指摘。そこで同学会は医療における尊厳についても定義付けを行った。
(1)「現在のありのままの自分を価値ある存在だとする思い」:この場合は自尊感情や自己肯定感と同義的であるとし、本人が自己肯定できるよう医療とケアを提供すること
(2)「尊厳に値するという価値」:本人に何かを押し付けたり支配したりすることを否定すること
これに対して同氏は「他学会や政府にも、この尊厳の考え方について参照してもらいたい」と思いを示した。
第67回日本老年医学会学術集会の会期中に開かれた本記者会見において、大会長の神﨑 恒一氏(杏林大学医学部高齢医学教室 教授)は、「本表明にはセンシティブな内容も含まれる。しっかり目を通してもらいたい」と締めくくった。
(ケアネット 土井 舞子)