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移植後再発抑止のための新規治療開発/日本血液学会

 2025年10月10~12日に第87回日本血液学会学術集会が兵庫県にて開催された。10月11日、内田 直之氏(虎の門病院 血液内科)、Konstanze Dohner氏(ドイツ・University Hospital of Ulm)を座長に、JSH-EHA Jointシンポジウム「移植後再発抑止のための新規治療開発」が行われた。登壇者は、Luca Vago氏(イタリア・San Raffaele Scientific Institute)、河本 宏氏(京都大学医生物学研究所 再生免疫学分野)、中前 博久氏(大阪公立大学大学院医学系研究科 血液腫瘍制御学)、名島 悠峰氏(がん・感染症センター都立駒込病院 血液内科)。白血病の再発メカニズムを解明し、再発予防を目指す 急性白血病に対する同種造血幹細胞移植(allo-HSCT)は、継続的に進歩している。しかし、再発は依然として大きな臨床課題であり、移植後の再発に対する普遍的に認められた標準治療はいまだ存在しない。ドナーリンパ球輸注(DLI)、サルベージ化学療法、二次移植などの介入はいずれも効果が限定的である。 また、治療耐性に関する新たな知見にも注目が集まっている。かつては、治療が十分に奏効しない場合は、薬剤の増量などで対応することが一般的であった。しかし近年は、治療そのものが腫瘍の変化を誘発し、多くの場合、初期治療で用いられた作用機序が再発メカニズムに影響を及ぼしている可能性が指摘されている。 最近の研究では、allo-HSCT後の再発は、多くの場合、白血病細胞がドナーの免疫系から逃れるために獲得した免疫回避機構に起因することが示唆されている。Vago氏は「allo-HSCTのメカニズムは非常に複雑であり、ドナーの種類や抗ウイルス薬などにより予期せぬ影響を受けると考えられる。そのため、臨床試験においては広範な適応症だけにとどまらず、個別のサブセットを対象とした検討が求められる。より詳細なデータを集積することで、さまざまな再発パターンやリスク因子をより適切に定義し、再発予防につなげることが可能となるであろう」と今後への期待を語った。多能性幹細胞から再生したT細胞製剤の開発状況 現在行われているCAR-T細胞療法をはじめとするadoptive T cell therapyは、主に「時間」「費用」「品質」という課題に直面している。これらの課題を解決するため、河本氏らは、ES細胞やiPS細胞(iPSC)といった多能性幹細胞を用いたT細胞作製法の開発を進めている。本講演では、その開発状況について解説が行われた。 まず、iPSC技術を用いて抗原特異的T細胞のクローニングと増殖を行い、抗原特異的CD8 T細胞をiPSCにリプログラム化する。さらにそのiPSCから、腫瘍抗原特異的CD8 T細胞を再生することに成功した。 また、CD8α-βヘテロダイマーを発現する強力な細胞傷害性Tリンパ球(CTL)を作製できる培養法も開発している。このアプローチをallo-HSCTに応用するため、T細胞由来ではないiPSCに外来性のTCR遺伝子を導入する方法も開発した。 そして現在、京都大学医学部附属病院では、2年後の開始を目指して、WT-1抗原特異的TCR導入HLAホモiPSCから再生した細胞傷害性CTLを用いた急性骨髄性白血病(AML)治療の臨床試験の準備を進めている。さらに、白血病プロジェクトと並行してCOVID-19に対するT細胞療法の開発にも着手している。COVID-19は免疫不全患者にとって依然として脅威であり、一定の頻度で長期化する。この課題に対処するため、ワクチン接種を受けた健康なボランティアから、日本人の約60%が保有するといわれているHLAクラスIアレルであるHLA-A*24:02に限定された複数のSタンパク質特異的TCR遺伝子のクローニングも行っている。その結果、Sタンパク質特異的TCRを効率的に発現するCTLは、SARS-CoV-2に感染した肺胞上皮細胞を殺傷することが示された。現在、藤田医科大学病院において本プロジェクトの臨床試験準備も進行中である。 これら複数のプロジェクトにおいてどのような結果が示されるのか、今後も注目される。Ph陽性ALLにおけるallo-HSCTの位置付けとTKI予防的投与への期待 フィラデルフィア染色体(Ph)陽性急性リンパ性白血病(ALL)は、従来の治療では困難であるとされてきた。しかし近年、チロシンキナーゼ阻害薬(TKI)や二重特異性抗体の登場により、治療レジメンは一変した。これに伴い、これまで必須と考えられていたallo-HSCTを行わなくても長期生存を達成できる可能性が高まっている。移植適応は、画一的なアプローチから、遺伝子解析や微小残存病変(MRD)評価に基づく個別化アプローチへと移行しつつあり、有害事象の認められる患者に限定される傾向にある。 一方、移植適応患者においては、再発リスクを低減するためのTKI予防的投与が注目されている。しかし、allo-HSCT後のMRD陰性患者に対するTKI予防的投与と、MRD陽性を契機としたTKI先制的投与との間で、予後や有害事象発現率などの違いはいまだ明確でない。また、TKIが奏効する可能性の高い患者集団の特定、最適な薬剤選択、治療開始時期・期間の設定なども課題として残されている。TKIの移植片対白血病(GVL)効果への影響や、移植片対宿主病(GVHD)リスクを見極めつつ、有害事象を最小限に抑える最適な投与レジメンの確立が求められている。 実臨床では、MRD陰性で移植を受けた患者では最低2年間のTKI投与を行う傾向があるが、とくに高リスク患者では、患者の希望も考慮したうえで無期限に治療継続することが一般的となっている。これらの戦略の妥当性については、今後さらなる検証と評価が必要である。 中前氏は「TKIと二重特異性抗体の併用療法の可能性、予後に関連する新たな遺伝子異常の同定、次世代シークエンサーを用いた高精度・高感度MRDモニタリング技術の進歩は、Ph陽性ALLの治療成績を向上させ、さらにallo-HSCTの適応をより明確にすることが可能になる」と期待を述べた。移植後再発の克服を目指した最適な維持療法を探求 allo-HSCTは、AMLや骨髄異形成症候群(MDS)といった高リスク造血器悪性腫瘍に対する治療において欠かせない治療となっている。支持療法により非再発死亡率は低下したものの、移植後の再発は依然として治療失敗の主因となっている。とくに非寛解状態、複雑核型、TP53変異といった予後不良因子を有する患者において、移植後の再発は顕著である。強度減弱前処置の普及と適応拡大は、効果的な再発予防の必要性をさらに浮き彫りにしている。名島氏は、移植後維持療法戦略のための包括的な枠組みの原則に基づき、最新の臨床エビデンスとトランスレーショナルな視点に焦点を当て、本講演を行った。 再発の多くは allo-HSCT後6ヵ月以内に発生するため、早期介入が不可欠となる。維持療法は、寛解期の患者に対する「予防的アプローチ」とMRDに基づく「先制的アプローチ」の2つに大別される。予防的アプローチは再発予防の可能性を高める一方で、過剰治療のリスクを伴う。MRDに基づく治療戦略は、より標的を絞った治療といえるが、高感度な検出や最適な治療タイミングに留意する必要がある。 アザシチジン(AZA)は、その免疫調節作用と忍容性から、維持療法の候補として注目されている。名島氏らは、移植後のAZAの実現可能性を検証するため、日本で多施設共同第I相試験を実施している。さらに、AZAとゲムツズマブ オゾガマイシンの併用療法についても評価を行い、allo-HSCT後の維持療法としてAZAレジメンが忍容性と中程度の有効性を示したことを報告した。 FLT3-ITD変異陽性AMLは高リスクサブタイプであり、現在もFLT3阻害薬の評価が活発に行われている。移植後患者を対象としたMORPHO試験では、ギルテリチニブによる維持療法が検討されており、主要評価項目である無再発生存率は全体では有意差が得られなかったものの、MRD陽性患者では改善が認められた。フォローアップ解析により、MRD陽性が、とくにNPM1遺伝子重複症例で有益性を示す強力な予測因子であることが確認され、FLT3阻害薬はMRD依存的なベネフィットを示す可能性があると示唆されている。 現在の維持療法では薬理学的戦略が主流となっているが、免疫学的アプローチも注目されている。日本で広く使用されているDLIは、これまでの経験からも明らかなように、移植後の免疫学的維持療法として有望である。 最後に名島氏は「これらさまざまな研究やすべての努力が、最終的に allo-HSCTを通じてより多くの造血器悪性腫瘍患者の命を救うことに役立つことを願っている」と自身の思いを語り、講演を締めくくった。

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意外な所に潜む血栓症のリスク/日本血液学会

 2025年10月10~12日に第87回日本血液学会学術集会が兵庫県にて開催された。10月12日、井上 克枝氏(山梨大学 臨床検査医学)、野上 恵嗣氏(奈良県立医科大学 小児科)を座長に、シンポジウム6「意外な所に潜む血栓症のリスク」が行われた。Nan Wang氏(米国・Columbia University Irving Medical Center)、Hanny Al-Samkari氏(米国・The Peggy S. Blitz Endowed Chair in Hematology/Oncology, Massachusetts General Hospital/Harvard Medical School)、長尾 梓氏(関西医科大学附属病院 血液腫瘍内科)、成田 朋子氏(名古屋市立大学大学院医学研究科 血液・腫瘍内科学)。JAK2V617Fクローン性造血とアテローム血栓症との関連 JAK2V617F(Jak2VF)クローン性造血は、アテローム血栓性の心血管疾患(CVD)との関連が指摘されている。Wang氏は、本シンポジウムにおいて、Jak2VFクローン性造血が動脈血栓症に及ぼす影響とそのメカニズムを評価した研究結果を報告した。 まず、3つのコホート研究を用いたメタ解析により、Jak2VFとCVD、血小板数、補正平均血小板容積との関連が確認された。また、マウスモデルでは20%または1.5%のJak2VFクローン性造血が動脈血栓症を促進し、血小板活性化を増加させることが示された。 Jak2VFクローン性造血は、前血小板形成および放出を促進し、血栓形成促進性の網状血小板数を増加させると考えられている。Gp1ba-Creを介して血小板におけるJak2VFを発現させたモデル(VFGp1ba)は、血小板数が増加した一方、白血球数には影響が見られなかった。このことから、VFGp1baは、血小板活性化と動脈血栓症を促進する可能性が示唆された。 また、Jak2VFクローン性造血では、変異型血小板と野生型(WT)血小板のいずれもが活性化しており、両者の間にクロストークが存在することが示唆された。Jak2VF血小板では、COX-1およびCOX-2が2~3倍に増加し、cPLA2の活性化とトロンボキサンA2産生の増加が認められた。一方、WT血小板は、活性化Jak2VF血小板由来の培養液に曝されるとさらに活性化し、この反応はトロンボキサン受容体拮抗薬により抑制された。さらに、低用量アスピリンは、VFGp1baマウスおよびJak2VFクローン性造血マウスで頸動脈血栓症を改善したが、WT対照マウスでは改善が見られなかった。 これらの結果を踏まえてWang氏は「Jak2VFクローン性造血によるアテローム性動脈硬化症の進行メカニズムにおいて、網状血小板の増加とトロンボキサンを介したクロストークが重要な役割を果たしており、アスピリンの潜在的な効果が期待される」と結論づけた。ITPにおける血栓症リスクとその管理 続いて、Al-Samkari氏が免疫性血小板減少症(ITP)における血栓症の重要なトピックスを紹介した。 ITPは、血小板破壊の増加と血小板産生の低下により生じる後天性自己免疫疾患である。さまざまな仮説に基づくメカニズムから、ITPは静脈血栓症および動脈血栓症のリスクを上昇させる可能性が指摘されている。実際、ITP患者の静脈血栓塞栓症のリスクは、一般集団の10~30倍と推定されている。また、トロンボポエチン受容体作動薬などの特定のITP治療薬は、血栓塞栓症リスクを上昇させる一方、脾臓チロシンキナーゼ阻害薬などの他の治療薬はリスクを低下させるとされている。 ITPにおける血栓症のリスク因子は、一般的な血栓症リスク因子に加え、年齢、脾臓摘出、複数回のITPの治療歴、免疫グロブリン静脈(IVIG)療法などが挙げられる。脾臓摘出後の生涯静脈血栓症リスクは3〜5倍に増加し、その発症率は7〜12%と報告されている。IVIG治療患者における血栓症リスクは約1%であり、血栓イベントの60%以上が注入後24時間以内に発生すると報告されている。とくに、45歳以上の患者や血栓イベントの既往歴を有する患者では、リスクがより高いと考えられる。 ITPにおける血栓症の治療について、Al-Samkari氏は次のように述べた。「出血がない場合であっても、血小板数が5万/μLを超える患者では抗凝固療法または抗血小板療法が通常適応となる。また、血小板数が3万/μL以上の場合には、年齢やその他のリスク因子を考慮しつつ、治療用量の抗凝固療法と抗血小板薬2剤併用療法を選択する必要がある」。日本人血友病患者のCVD管理のポイント 先天性血友病患者が胸痛を呈し、心エコー検査でST上昇が認められる場合には、緊急冠動脈インターベンションが必要となる。このような症例は、血友病患者の高齢化に伴い今後増加する可能性がある。 先天性血友病は、第VIII因子(血友病A)または第IX因子(血友病B)の欠乏によって引き起こされるX連鎖性出血性疾患であり、その重症度は重症(活性1%未満)、中等症(1~5%)、軽症(5~40%)に分類される。2024年度の日本における血液凝固異常症全国調査によると、血友病Aは5,956例、血友病Bは1,345例であると報告されている。血友病患者は関節内出血などの深部出血を呈し、血友病性関節症の発症やQOL低下につながる可能性があることから、予防的な因子補充療法は依然として治療の基本である。 近年、血友病治療は目覚ましい進歩を遂げており、半減期を延長した凝固因子濃縮製剤、第VIII因子模倣二重特異性抗体、抗凝固経路を標的としたリバランス療法、そして海外でも利用可能となった遺伝子治療など、新たな治療選択肢が登場している。一方、日本では高齢の血友病患者が比較的少なかったことから、CVDなどの血栓性合併症はまれで、その管理のための確立したガイドラインや十分なデータが存在しなかった。しかし、非因子療法の普及や包括的ケアシステムの拡充に伴い、血友病患者の長期予後は改善しつつある。2024年の全国調査では、日本の血友病Aおよび血友病B患者の平均年齢は約40.2歳であり、患者集団の高齢化が進んでいることが明らかにされた。 2019年以降に40歳以上であった血友病患者599例をフォローアップしたADVANCEコホート研究では、5年間で17例の死亡が観察され、死亡時の平均年齢は62.4歳(中央値:58.0歳)であったことが報告されている。70〜90代まで生存した患者も報告されており、血友病患者の寿命が延長していることも示されている。日本人男性の平均寿命(約81歳)との差は依然としてあるものの、日本人血友病患者の平均寿命が延びていることを明確に示す結果となった。 重要なポイントとして、長尾氏は「日本人は欧米人よりも出血傾向が高いと考えられるため、日本人患者に合わせた個別化かつバランスの取れたCVD管理戦略が不可欠である」と指摘した。さらに「血友病患者のCVD管理のための、日本人特有のエビデンスに基づく臨床ガイドラインを早急に策定する必要がある」と述べ、講演を締めくくった。多発性骨髄腫における血栓症リスク がん患者は健康な人と比較して血栓イベントの発生リスクが4~7倍高いことが報告されている。多発性骨髄腫はその中でも血栓イベントの発生率が高い疾患の1つであり、患者の約10%において臨床経過中に血栓イベントが生じるとされている。 血栓イベントのリスク因子は多岐にわたり、患者関連因子、疾患関連因子、治療関連因子の3つに大別される。たとえば治療関連リスクとしては、レナリドミドなどの免疫調節薬とデキサメタゾンの併用が挙げられる。 多発性骨髄腫患者における血栓イベントの発生は、治療に影響を及ぼし、アウトカム不良につながるため、適切な予防と評価が重要となる。成田氏は「診断時および定期的な血栓症のスクリーニングが有益であり、免疫調節薬を併用療法で使用する場合には、血栓症の予防およびモニタリングがとくに重要となる」と指摘した。 現在、日本における多発性骨髄腫患者の血栓症に関する調査が進行中であり、その結果が待ち望まれている。

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血液学における補体系の探求:生物学的洞察と新たな治療の展望/日本血液学会

 2025年10月10~12日に第87回日本血液学会学術集会が兵庫県にて開催された。10月10日、植田 康敬氏(大阪大学大学院医学系研究科 血液・腫瘍内科学)、小原 直氏(筑波大学 血液内科)を座長に、シンポジウム3「血液学における補体系の探求:生物学的洞察と新たな治療の展望」が行われた。登壇者は、井上 徳光氏(和歌山県立医科大学 分子遺伝学講座)、Dimitrios Mastellos氏(ギリシャ・Division of Biodiagnostic Sciences and Technologies, INRASTES National Center for Scientific Research "Demokritos")、Christoph Schmidt氏(ドイツ・University of Ulm Medical Center)、宮田 敏行氏(国立循環器病研究センター 脳血管内科)。さまざまな血液疾患における補体マーカーの可能性 最初の発表で、井上氏は「補体マーカーを開発することで、さまざまな血液疾患に対する補体阻害薬の適切な使用が可能になるのではないか」と述べた。 補体系は、病原体や宿主の老廃物の除去を担う重要な自然免疫系の1つであり、3つの経路(古典経路、レクチン経路、代替経路)により活性化されることが知られている。古典経路とレクチン経路は、それぞれ免疫複合体と異常な糖鎖構造を認識することで活性化される。一方、代替経路は、低い活性化レベルを維持し、古典経路とレクチン経路により活性化された作用を増幅する働きを有している。補体系の不適切な過剰活性化は、補体経路のさまざまな段階で、液相および膜結合型の調節タンパク質によって制御されており、これらの調節タンパク質の遺伝的または後天的な機能不全が制御不能な補体活性化につながり、組織損傷や炎症を引き起こす可能性があるといわれている。 発作性夜間ヘモグロビン尿症(PNH)、非典型溶血性尿毒症症候群(aHUS)、寒冷凝集素症などの補体介在性血液疾患は、それぞれ異なる分子メカニズムにより溶血性貧血や血栓症を引き起こすことが知られている。aHUSは補体介在性血栓性微小血管症(TMA)であるが、他の二次性TMAとの鑑別が困難なケースもある。そのため、補体活性化の程度や経路を正確かつ迅速に判定できる補体マーカーの開発はきわめて重要であると考えられる。井上氏らは、二次性TMAの1つである移植関連TMAにおいて、補体活性マーカーBaが優れた予測マーカーである可能性を報告した。補体標的療法の拡大における今後の課題 これまで補体は、侵入病原体に対する宿主防御と、アポトーシス細胞の残骸除去による組織恒常性維持という2つのメカニズムを担う、自然免疫の重要な体液性エフェクターであると考えられてきた。しかし近年、補体には自然免疫で知られていた従来の役割を超える機能があることを示唆するエビデンスが増えている。 補体は、細胞内外のさまざまなパターン認識システムやシグナル伝達経路により制御され、これらが相互作用することで自然免疫や獲得免疫を調整している。しかし、このように厳密な恒常性維持制御が働いているにもかかわらず、補体の活性化が制御不全に陥ると、組織損傷や宿主炎症の一因となることがあり、注意が必要である。 近年、補体のエフェクター機能への関心が再び高まっている。補体エフェクターは、疾患や病態に広く影響を及ぼすことから、補体標的療法の臨床応用が進められてきた。その結果、補体特異的薬剤の承認件数はさまざまな適応症で増加しており、今後さらに拡大していくことが期待されている。 しかし、補体標的療法の拡大にはいくつかの課題が残されている。今後の課題として、Mastellos氏は「個別化医療へのアプローチ」「薬物投与経路の最適化」「治療アルゴリズムに反映できる、信頼性の高いPK/PDモニタリング」「介入期間」「中枢神経系疾患に対応したBBB透過性治療法」などを挙げ、講演を締めくくった。PNH治療における近位補体阻害薬への期待 補体標的療法は、2007年にC5阻害薬がPNH治療薬として承認されたことで幕を開けた。それ以来、11の疾患に対して12種類の補体阻害薬が承認されている。C5阻害薬は、PNHにおける血栓性合併症を抑制し、平均余命の改善を示した。しかし、aHUSとは異なり、PNH患者の中にはC5阻害薬による十分な治療を行っているにもかかわらずPNH症状が持続する場合がある。また、ブレイクスルー溶血や血管外溶血は、完全奏効が得られない要因の1つとなっており、依然としてPNH治療における重要な課題となっていた。 近年のメカニズム研究により、C5阻害薬での治療における予期せぬブレイクスルー溶血の要因となる補体経路が特定され、その対処方法も明らかになってきた。その結果、近位補体を標的とした薬剤開発が加速し、現在では、近位補体阻害薬であるペグセタコプランなどのC3阻害薬や補体B因子阻害薬、C5阻害薬と補体D因子阻害薬の併用療法によってブレイクスルー溶血の一部は改善可能となった。 最後にSchmidt氏は「これからのPNH治療の精度向上を目指すためにも、臨床医はPNH治療における補体の役割および新たな近位補体阻害薬についてより深く理解することが重要である」と述べた。補体活性化、4つ目の新たな活性化経路 補体系は自然免疫の重要な構成要素であり、主に3つの経路が知られている。最近、新たに報告された4つ目の補体活性化経路について、宮田氏が解説を行った。 主な活性化経路は次のとおりである。・グランザイムKがC4とC2を切断し、C3コンバターゼC4b2bを生成する。・このC3コンバターゼは、C3をC3bに切断し、C5コンバターゼを形成する。・最終的に、アナフィラトキシンC3aとC5a、オプソニンC3b/iC3b、膜侵襲複合体(MAC)C5b-9を生成する。 また、補体活性化が凝固に及ぼす影響の違いについても解説を行った。・C3aは、C3a受容体を介して血小板を活性化する。・C5aは、組織因子の発現と白血球上のホスファチジルセリンを誘導し、凝固を促進する。・MAC、C5b-9は、細胞内Ca2+を増加させる膜貫通孔を形成する。これにより、Ca2+が流入し、TMEM16リン脂質スクランブラーゼが活性化され、血小板および内皮細胞上の陰イオン性ホスファチジルセリンを細胞外に露出させる。ホスファチジルセリンの露出により、さらに凝固カスケードやフィブリン沈着を促進する。 これら補体活性化のさまざまな経路や凝固反応メカニズムの違いを理解することは、補体介在性血液疾患の治療や補体標的薬の選択に役立つと考えられる。

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肥満とがん死亡率、関連する血液腫瘍は

 肥満は血液腫瘍を含む各種がんによる死亡率の上昇と関連しているが、アジア人集団、とくに日本人成人におけるこの関連のエビデンスは限られている。今回、北海道大学の若狭 はな氏らが、わが国の多施設共同コホート研究(JACC Study)で肥満と血液腫瘍による死亡の関連を検討した結果、日本人成人において肥満が多発性骨髄腫および白血病(とくに骨髄性白血病)による死亡率の上昇と有意に関連していることが示された。PLoS One誌2025年10月30日号に掲載。 本研究では、わが国の多施設共同コホート研究であるJACC Studyの参加者9万7,073人を対象に、平均17年間追跡調査した。自己申告の身長および体重からBMI(kg/m2)を算出し、低体重(18.5未満)、正常体重(18.5~24.9)、過体重(25.0~29.9)、肥満(30.0以上)の4群に分けた。血液腫瘍による死亡データは死亡診断書から取得した。人口統計学的要因、生活習慣、社会経済的要因を調整したCox比例ハザードモデルを用いて、原因疾患別のハザード比(HR)および95%信頼区間(CI)を推定した。 主な結果は以下のとおり。・追跡期間中に479例が血液腫瘍により死亡し、うちリンパ腫が200例、多発性骨髄腫が107例、白血病が166例(骨髄性白血病106例を含む)であった。・死亡リスクが正常体重群より肥満群で有意に高かったのは、血液腫瘍全体(HR:1.78、95%CI:1.02~3.11)、多発性骨髄腫(HR:2.75、95%CI:1.09~6.94)、白血病(HR:2.47、95%CI:1.07~5.69)、とくに骨髄性白血病(HR:3.89、95%CI:1.66~9.11)であった。・BMIとリンパ腫による死亡率との間には有意な関連は認められなかった。 今回の結果は、この集団において肥満が特定の血液腫瘍における修正可能なリスク因子であることを強調している。

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スタチンでケモブレインを防げる?

 最も一般的なコレステロール治療薬であるスタチン系薬剤(以下、スタチン)が、がん患者を「ケモブレイン」から守るのに役立つかもしれない。新たな研究で、スタチンは乳がんやリンパ腫の患者の認知機能を最大2年間保護する可能性のあることが示された。米バージニア・コモンウェルス大学パウリー心臓センターのPamela Jill Grizzard氏らによるこの研究結果は、「JAMA Network Open」に10月21日掲載された。 Grizzard氏は、「がん治療は患者を衰弱させる可能性があり、化学療法による認知機能の低下は治療終了後も長期間続くことがある」と話す。その上で、「この研究結果は、スタチン投与群に割り付けられたがん患者において、治療開始から2年間にわたり認知機能に予想外の改善傾向が認められたことを示している。がん治療中に知性を守ることは、心臓を守るのと同じくらい重要だ」と述べている。 化学療法を受ける患者の多くは、記憶力、問題解決能力、自制心、計画力の低下など、頭がぼんやりするブレインフォグや思考力の低下を訴える。これらの副作用は一般に「ケモブレイン」と呼ばれている。研究グループによると、ケモブレインの原因は医師にもはっきりと分かっておらず、化学療法薬が脳細胞に直接作用している可能性や、化学療法の副作用として知られている疲労感や貧血が原因となっている可能性が示唆されているという。 今回、Grizzard氏らは、スタチンが化学療法による心毒性から心臓を保護できるのかどうかを調べた過去の臨床試験のデータの2次解析を行った。対象者である、ドキソルビシンによる治療中でステージI~IVのリンパ腫、またはステージI~IIIの乳がんの患者238人(平均年齢49歳、女性91.2%)は、ドキソルビシン治療開始前から最長で24カ月間にわたり、アトルバスタチン(40mg/日)を投与する群(118人)とプラセボを投与する群(120人)に割り付けられていた。今回の研究では、対象者の注意機能(Trail Making Test Part A〔TMT-A〕で評価)、実行機能(TMT-Bで評価)、言語流暢性(Controlled Oral Word Association Testで評価)が評価された。 その結果、治療前と比べて治療開始から24カ月時点の実行機能は、アトルバスタチン投与群では平均10.2秒有意に改善したのに対し、プラセボ群では平均0.2秒の改善にとどまり、統計学的に有意ではなかった。ただし、時間の経過による変化の仕方に両群間で有意な差はなかった。注意力と言語流暢性の改善度についても、両群で同程度であった。 研究グループは、「このような認知スキルは、治療の選択と日常生活のさまざまな課題を両立させようと努力しているがんサバイバーにとって不可欠である」と述べている。Grizzard氏は、「今後の研究で有益な効果が確認されれば、スタチンはがんサバイバーが治療中も認知機能と生活の質(QOL)を維持する上で貴重なツールとなる可能性がある」と結論付けている。

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高齢者機能評価は負担ばかりで利益がない!? 【高齢者がん治療 虎の巻】第4回

<今回のPoint>GAは、入退院支援加算+総合機能評価加算の枠組みで診療報酬に組み込める多職種連携を広げることでほかの加算と組み合わせが可能診療報酬は、GAを評価・活用し“行動につなげる”ことではじめて得られる―診療報酬という視点から考えるGAの価値―高齢者機能評価(Geriatric Assessment:GA)に関する講演をすると、毎回のように次の質問をいただきます。「どれくらい時間がかかるのか?」「誰が、いつ行うべきか?」「評価結果をどう活かすのか?」そして―「診療報酬になるのか?」GAを実施していない施設では、「たとえ評価表への記載だけなら数分で終了します」と言われても、結果の評価・記録・共有・多職種連携のすべてが現場にとって“負担増”に見えるのが現実です。そのため、「もし診療報酬で評価されるなら…」と考えるのは自然なことかもしれません。今回は、GAがどのように診療報酬上の加算として位置付けられるか、実例を交えて私見をご紹介します。GA評価の基本は「入退院支援加算+総合機能評価加算」令和6年度診療報酬改定1)では、GAとの親和性が高い以下の加算が整理されています。●入退院支援加算・入院時支援加算・入退院支援加算1(700点)「退院困難な要因(悪性腫瘍含む)を有する入院中の患者であって、在宅での療養を希望するもの」に対して入退院支援を行った場合。・入院時支援加算1(240点)/ 入院時支援加算2(200点)入院前に患者の栄養状態・併用薬などを確認し、療養支援計画書を作成した場合。これらは、すでに多くの急性期病院で標準的に運用されている加算です。さらにこれらの加算に追加してGAを行うことで、以下の算定が可能です。・総合機能評価加算(50点)65歳以上、もしくは40~64歳の悪性腫瘍の患者に対し「身体機能や退院後に必要となりうる介護サービス等について総合的に評価を行った上で、当該評価の結果を入院中の診療や適切な退院支援に活用する」場合この加算の要件としては、GAで得られた情報を患者および家族に説明し、診療録に記載する必要がありますが、日常的にGAを導入している施設では、すでにこれらを満たす体制が整っていることが多いはずです。「たった50点」で終わらせない多職種連携ここで、「50点だけ?」と思われた方もいらっしゃるかもしれません。しかし、実際にはGAを起点に多職種の支援に展開することで、ほかの加算の可能性も大きく広がります。たとえば、日本老年医学会のCGA72)では、評価で「否」と答えた項目に対して、次のアクションが提示されており、評価から介入への流れが可視化されています(表1)。GAという“点”を多職種につなげて“線”にすることで、より価値が出る、ということですね。(表1)画像を拡大する症例で考える:実際にどこまで加算できるか?第1、2回提示の症例をもとに、加算の可能性を検討してみます。<症例>(第1回、第2回と同じ患者)88歳、女性。進行肺がんと診断され、本人は『できることがあるなら治療したい』と希望。既往に高血圧、糖尿病、軽度の認知機能低下があり、PSは1〜2。診察には娘が同席し、『年齢的にも無理はさせたくない。でも本人が治療を望んでいるなら…』と戸惑いを見せる。遺伝子変異検査ではドライバー変異なし、PD-L1発現25%。告知後、看護師が待合でG8(Geriatric8)を実施したところ、スコアは10.5点(失点項目:年齢、併用薬数、外出の制限など)。改訂長谷川式簡易知能評価(HDS-R)は20点で認知症の可能性あり。多職種カンファレンスでは、免疫チェックポイント阻害薬の単剤投与を提案。薬剤師には併用薬の整理を、MSWには家庭環境の支援を依頼し、チームで治療準備を整えることとした。(表2)画像を拡大する表2を踏まえ、本症例で実際に見込める加算「入退院支援加算」+「入院時支援加算」+「総合機能評価加算」GAの結果をもとに入院診療計画書・療養計画書を作成する→計950~990点 上記を基本とし、GAM(GA guided management)として多職種連携することで、本症例は下記について追加で算定できる可能性があります。 多職種カンファレンスを実施し意思決定支援等を行う→「がん患者指導管理料 (イ) 500点」 薬剤師に併用薬の整理を依頼→「薬剤総合評価調整加算 100点」(退院時1回)および「薬剤調整加算 150点」 外出の制限がありリハビリテーション依頼→「がん患者リハビリテーション料(1単位)205点」 G8の点数が低く、栄養状態に脆弱性あり→「栄養食事指導料1 260点」合計:2,165~2,205点いかがでしょうか。単体の50点加算にとどまらず、GA結果を起点にGAMを展開すれば、複数の加算を組み合わせることが可能です。総合機能評価加算は入退院支援加算への追加であり、その内容が入院もしくは退院支援に使用されることが必要です。よって、少なくとも関係学会でのガイドラインに則して評価ツールが利用され、その結果に応じた対応をすることで入院中もしくは退院後の生活支援につながることが期待されています。重要なのは、「GAを実施して記録した」だけでは加算にはならないということです。なお、診療報酬の算定については施設によって要件が異なることをご理解いただくとともに、各評価の算定要件は必ずご確認のうえ運用ください 。1)厚生労働省:令和6年度診療報酬改定について 2)日本老年医学会:高齢者診療におけるお役立ちツール 講師紹介

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FLT3遺伝子変異陽性AMLに対する治療戦略/日本血液学会

 2025年10月10~12日に第87回日本血液学会学術集会が兵庫県にて開催された。10月10日、清井 仁氏(名古屋大学大学院医学系研究科 血液・腫瘍内科学)を座長に行われた会長シンポジウムでは、「FLT3遺伝子変異陽性急性骨髄性白血病(AML)に対する治療戦略」と題して、FLT3変異陽性AMLの管理についてMark James Levis氏(米国・Johns Hopkins University)、AMLにおけるFLT3阻害薬耐性に関する理解の進展についてはCatherine Smith氏(米国・University of California, San Francisco)から講演が行われた。FLT3変異陽性AMLの高齢患者に対する最適なアプローチ FLT3変異陽性AMLの管理について、Levis氏が発表した。FLT3はAMLで最も一般的な遺伝子変異であり、FLT3変異はAMLのほぼすべてのサブタイプで発生する可能性があるため、臨床医にとっての課題となっていた。近年、FLT3変異陽性AMLのマネジメントに有用な薬剤がいくつか登場した。現在、3つの異なるFLT3阻害薬が、疾患の異なるステージに対して承認されており、FLT3変異とさまざまな共変異との相互作用に関する理解および測定可能残存病変(MRD)の検出能力の向上は、FLT3変異陽性AML患者のアウトカム改善に大きく貢献している。しかし、依然として多くの疑問が残っている。では、FLT3変異陽性AML患者をどのように治療すべきか、MRDをどのように活用して治療を最適に導くべきなのであろうか。 本講演では、推奨パラダイムが提示された。FLT3変異陽性AMLのマネジメントにおいて、強力な導入化学療法および地固め療法にFLT3阻害薬を併用することで全生存期間を改善し、より深い寛解によりMRD陰性化が可能であるが、現時点でどのFLT3阻害薬が最良の選択肢であるかは明らかになっていない。また、MRDは将来の造血幹細胞移植の必要性を判断するうえで、重要な指標と位置付けられると述べている。FLT3変異陽性AMLの高齢患者に対する最適なアプローチは、まだ十分に定義されていないとしながらも、Johns Hopkins Universityでは、ベネトクラクス(VEN)+アザシチジン(AZA)による導入療法を実施し、奏効の早期評価、遺伝子検査、MRD測定、回復後の脆弱性評価の結果に基づき、VEN+AZA療法、ギルテリチニブ(GIL)単剤療法、同種造血幹細胞移植、中等量シタラビン+GILのいずれかによる治療アプローチを行っていると述べた。AMLにおけるFLT3阻害薬耐性メカニズム 続いてSmith氏が、AMLにおけるFLT3阻害薬耐性に関する理解の進展について発表した。FLT3阻害薬は、新規患者および再発・難治性のFLT3変異陽性AML患者のいずれにおいても標準治療となっているが、すべてのFLT3阻害薬において耐性は依然として問題となっている。 キザルチニブ(QUIZ)やソラフェニブなどのタイプIIのFLT3阻害薬では、これらの阻害薬が不活性なキナーゼ構造にのみ結合するため、FLT3のオンターゲット二次キナーゼドメイン変異が獲得耐性の最も一般的なメカニズムであると考えられる。最も一般的な耐性誘発変異は、FLT3ゲートキーパーF691および活性化ループD835残基に発生するが、FLT3キナーゼドメインの他の残基とも関与している。これらのキナーゼドメイン変異は、薬物結合を直接阻害するか、FLT3阻害薬との相互作用に対し活性キナーゼ構造をもたらす。 活性キナーゼ構造に結合可能なGILやcrenolanibなどのタイプIのFLT3阻害薬を用いたその後の研究では、タイプIのFLT3阻害薬はオンターゲットキナーゼドメイン変異の影響を受けにくいものの、ゲートキーパーF691残基またはその近傍の変異には依然として一定程度の相対的耐性をもたらすことが示されている。 最近では、RAS/MAPK経路の活性化変異がGILに対する耐性の共通因子であり、他のFLT3阻害薬に対する耐性にも影響を及ぼすことが明らかになっている。患者内での腫瘍固有の異質性は、FLT3阻害薬による治療選択により、FLT3変異クローンに対するクローン選択と代替ドライバー変異の出現を促進する可能性がある。この現象は、FLT3阻害薬を他の薬剤と併用した場合においても観察されることがわかっている。 たとえば、GILとBCL2阻害薬であるVENとの併用はFLT3変異クローンを迅速に抑制するが、変異やその他の手段によるRASシグナル伝達の活性化には依然として耐性を示す可能性がある。また、トランスレーショナル研究では、FGF2やFLT3リガンドなどの微小環境因子が耐性クローンの生存や増殖を促進することが示唆されている。 耐性を最小限にするための今後の戦略としてSmith氏は「耐性クローンの発生を予防し、耐性の最も一般的な新規メカニズムであるRAS/MAPKシグナル伝達の活性化を抑制するための適切な併用戦略の確立に重点を置くべきである」とし、講演を締めくくった。

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CLL治療のアンメットニーズを埋めるピルトブルチニブ

 慢性リンパ性白血病(CLL)の治療において、初回治療の共有結合型BTK阻害薬に無効になった場合、これまでBCL2阻害薬ベネトクラクスとリツキシマブの併用療法が唯一の選択肢であり、この併用療法が無効の場合の対応が課題であった。そのような中、2025年9月に非共有結合型BTK阻害薬ピルトブルチニブ(商品名:ジャイパーカ)が再発・難治性のCLLに承認され、3次治療はもちろん、2次治療で本剤とベネトクラクス+リツキシマブのどちらかを選択することが可能になった。今回の承認に際し、10月30日に日本新薬によるメディアセミナーが開催され、新潟薬科大学医療技術学部長の青木 定夫氏がCLL治療における最新知見とアンメットニーズ、新たな選択肢であるピルトブルチニブについて講演した。初回治療の共有結合型BTK阻害薬への耐性例にも効果を発揮 日本血液学会の造血器腫瘍診療ガイドライン第3.1版(2024年版)におけるCLL診療のアルゴリズムでは、CLLの診断後、症候性もしくは活動性で治療が必要と判断された場合にのみ治療を行う。アルゴリズムは17p欠失/TP53変異の有無やfit/unfitで分かれるが、最終的に推奨レジメンはすべてBTK阻害薬となる。 BTK阻害薬には、共有結合型と非共有結合型の2種類あり、共有結合型では現在、イブルチニブ、アカラブルチニブ、ザヌブルチニブがCLLに承認されている。今回、ピルトブルチニブが非共有結合型BTK阻害薬として初めてCLLに承認された。 青木氏は、2種類のBTK阻害薬について、共有結合型BTK阻害薬はBTKのC481に結合しBTKを阻害するため、C481に変異が起こると耐性が生じるが、非共有結合型のピルトブルチニブはBTKへの結合にC481を利用しないため、共有結合型BTK阻害薬に対してC481変異により耐性になった患者にも効果を発揮する、と違いを説明した。再発・難治性CLL治療の今後 青木氏は、現時点における再発・難治性CLLの治療について、初回治療に共有結合型BTK阻害薬を使っていない場合は共有結合型BTK阻害薬が有効と思われるが、現在は初回治療に共有結合型BTK阻害薬が使われている場合が多いため、薬剤を変更しても共有結合型BTK阻害薬は効かないことが想定され、非共有結合型BTK阻害薬のピルトブルチニブや、ベネトクラクス+リツキシマブを投与することになると述べた。青木氏は、「これまではベネトクラクス+リツキシマブが唯一の選択肢であったが、ピルトブルチニブが選択可能となったことは非常に患者さんにとって恩恵をもたらす」と、期待を示した。国際共同第III相試験におけるPFSのハザード比は0.583 ピルトブルチニブの国際共同第III相試験(BRUIN CLL-321試験)は、BTK阻害薬による治療歴がある再発・難治性CLL患者を対象とし、対照群は治験医師の選択治療(ベンダムスチン+リツキシマブなど)で、ITT解析対象は日本人3例を含む238例であった。 主要評価項目である無増悪生存期間(PFS)は、ピルトブルチニブ群が有意に良好(ハザード比:0.583、95%信頼区間:0.383~0.887)で、サブグループ解析でも高齢者を含めピルトブルチニブが良好であった。重要な副次評価項目である全生存期間には有意差がなかったが、これについて青木氏は、クロスオーバー可能であったことが関係しているかもしれないが、後から投与しても効果があるとも言える、と説明した。 安全性については、BTK阻害薬では特徴的な有害事象があることが知られているが、ピルトブルチニブに特別な有害事象は認められていないという。共有結合型BTK阻害薬抵抗例やベネトクラクス無効例にも効果が期待できる 最後に青木氏は、「CLLの初回治療は共有結合型BTK阻害薬であり、2次治療以降の選択肢はこれまでベネトクラクス+リツキシマブ、ほかの共有結合型BTK阻害薬しかなかった」とCLL治療の現状を述べ、「ピルトブルチニブはBTK阻害薬抵抗例でも有効性が期待でき、ベネトクラクス無効例でも効果が期待できることから、アンメットメディカルニーズを埋められる」と期待を示し、講演を締めくくった。

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がんと心房細動、合併メカニズムと臨床転帰/日本腫瘍循環器学会

 がん患者では心房細動(AF)が高率に発症する。がん患者の生命予後が改善していく中、その病態解明と適切な管理は喫緊の課題となっている。第8回日本腫瘍循環器学会学術集会では、がん患者におけるAFの発症メカニズムおよび活動性がん合併AF患者の管理について最新の大規模臨床研究の知見も含め紹介された。がん患者におけるAFの発症メカニズム 東京科学大学の笹野 哲郎氏はがん患者におけるAF発症について、がん治療およびがん自体との関連を紹介した。 肺がんや食道がんに対する心臓近傍への手術や放射線照射では、術後炎症や心筋の線維化がAF発症と関連している。AF発症が高率な薬剤としてドキソルビシンなどのアントラサイクリン系薬剤やイブルチニブなどのBTK阻害薬が代表的である。これらの抗がん剤は心筋細胞の脱落や線維化など構造的な変化と電気生理的な変化によってAFを発症する。 また、腫瘍細胞の直接浸潤は催不整脈性を有し、AF発症の原因となる。これには腫瘍によるギャップ結合チャネルの低下や心房の線維化によるAF誘発の可能性が示唆されている。しかし、発症メカニズムについては未解明な部分も多い。大規模レジストリで明らかになったAF患者へのがん合併の影響 東邦大学大学院医学研究科の池田 隆徳氏は、全国的に実施された高齢者の心房細動のANAFIE(All Nippon AF in Elderly)レジストリのサブスタディとして、活動性がんの合併がAF患者の血栓塞栓症や出血性イベントおよび死亡に与える影響を発表した。 ANAFIEレジストリに登録された3万例を超える高齢患者のうち11%に活動性がんの合併が確認された。非がん群と比較してがん群ではCHADS2スコアおよびHAS-BLEDスコアが高く、ハイリスク例が多かった。経口抗凝固薬(OAC)の投与実態を見ると、がん群においてDOACの使用率が高いことが明らかになった。 臨床転帰を見ると、がん群と非がん群における有効性イベント(脳卒中、全身性塞栓症)の発現率は同程度であったが、安全性イベント(大出血、頭蓋内出血、全死亡、ネットクリニカルアウトカム)はがん群で高率であった。OACの投与は非がん群、がん群ともに7割がDOACであった。DOACとワルファリンの臨床イベントを比較すると、非がん群ではDOACのワルファリンに対し優位性が認められた。一方、がん群ではDOACのワルファリンに対する優位性は認められなかった。

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がん治療の中断・中止を防ぐ血圧管理方法とは/日本腫瘍循環器学会

 第8回日本腫瘍循環器学会学術集会が2025年10月25、26日に開催された。本大会長を務めた向井 幹夫氏(大阪がん循環器病予防センター 副所長)が日本高血圧学会合同シンポジウム「Onco-Hypertensionと腫瘍循環器の新たな関係」において、『高血圧管理・治療ガイドライン2025』の第10章「他疾患やライフステージを考慮した対応」を抜粋し、がん治療の中断・中止を防ぐための高血圧治療実践法について解説した。高血圧はがん患者でもっとも多い合併症の一つ、がんと高血圧の関係は双方向性を示す がんと高血圧はリスク因子も発症因子も共通している。たとえば、リスク因子には加齢、喫煙、運動不足、肥満、糖尿病が挙げられ、発症因子には血管内皮障害、酸化ストレス、炎症などが挙げられる。そして、高血圧はがん治療に関連した心血管毒性として、心不全や血栓症などに並んで高率に出現するため、血圧管理はがん治療の継続を判断するうえでも非常に重要な評価ポイントとなる。また、高血圧が起因するがんもあり、腎細胞がんや大腸がんが有名であるが、近年では利尿薬による皮膚がんリスクが報告されている1)。 このように高血圧とがんは密接に関連しており、今年8月に改訂された『高血圧管理・治療ガイドライン2025』(以下、高血圧GL)には新たに「第10章7.担がん患者」の項2)が追加。治療介入が必要な血圧値を明記するとともに、がん特有の廃用性機能障害・栄養障害、疼痛、不安などの全身状態に伴う血圧変動にも留意する旨が記載されている。 向井氏は「このような高血圧はがん治療関連高血圧と呼ばれ、さまざまながん治療で発症する。血圧上昇のメカニズムは血管新生障害をはじめ、血管拡張障害によるNO低下、ミトコンドリアの機能低下など多岐にわたる。血圧上昇に伴いがん治療を中断させないためにも、発症早期からの適切な降圧が必要」と強調した。<注意が必要な薬効クラス/治療法と高血圧の発生率>3,4)・VEGF阻害薬(血管新生阻害薬):20~90%・BTK阻害薬:71~73%・プロテアソーム阻害薬:10~32%・プラチナ製剤:53%・アルキル化薬:36%・カルシニューリン阻害薬(シクロスポリン):30~60%・BRAF/MEK阻害薬:20%・RET阻害薬:43%・PARP阻害薬:19%・mTOR阻害薬:13%・ホルモン療法(アンドロゲン受容体遮断薬・合成阻害薬):11~26%*注:上記についてすべての症例が同様の結果を示すわけではない140/90mmHg以上で降圧薬開始、がん治療後も130/80mmHg未満を この高血圧GLにおいて、がん治療患者の降圧治療開始血圧は140/90mmHg以上、動脈硬化性疾患、慢性腎臓病、糖尿病合併例では130/80mmHg以上で考慮することが示され、まずは140/90mmHg未満を目指す。もし、降圧治療に忍容性があれば130/80mmHg未満を、転移性がんがある場合には予後を考慮して140~160/90~100mmHgを目標とする。 がん治療終了後については、血圧管理は130/80mmHg未満を目標とする。治療介入するには低過ぎるのでは? と指摘する医師も多いようだが、患者の血管はがんやがん治療によりすでに傷害されていることがあり、「その状況で血圧上昇を伴うと早期に臓器障害が出現してしまう」と同氏は経験談も交えて説明した。ただし、廃用性機能障害・栄養障害 を示す症例において血圧の下げ過ぎはかえって危険なため、がん治療関連高血圧マネジメントにおいては、基本的には高リスクI度高血圧およびII・III度高血圧に対する降圧薬の使い方(第8章1.「2)降圧薬治療STEP」)の遵守が重要である。同氏は「STEP1として、治療開始はまず単剤(RA系阻害薬あるいは長時間作用型ジヒドロピリジン系Ca拮抗薬)から、160/100mmHg以上の場合には両者を併用する。降圧不十分な場合にはSTEP2、3と高血圧GLに沿って降圧薬を選択していく」とし、「がん患者の病態をチェックしながら体液貯留や脱水状態そして頻拍、心機能障害などの有無などに合わせ降圧薬を選択する必要がある。さらに治療抵抗性を示す症例では選択的ミネラルコルチコイド受容体拮抗薬(MRA)などの投与を考慮して欲しい」と説明した。 がん治療の中止基準となる血圧値については「180/110mmHg以上または高血圧緊急症が認められた場合、がん治療の休止/中止または治療薬変更が求められる」と説明した。 最後に同氏は「がん治療終了後も治療終了(中止)に伴う血圧変化として血圧低下に注意し、がんサバイバーにおいては晩期高血圧のフォローアップが重要となる。そのためには、がん治療が終了した後もがん治療医、循環器医、そして腎臓内科医やプライマリケア医、外来薬剤師などが連携して、患者の血圧管理を継続してほしい」と締めくくった。「大阪宣言2025」 今回の学術集会では、日本の腫瘍循環器外来発症の地、大阪での開催を1つの節目として、南 博信氏(神戸大学大学院医学研究科 腫瘍・血液内科/日本腫瘍循環器学会 理事長)による「大阪宣言2025」がなされた。これは、がん診療医と循環器医が診療科横断的に協力し合い、多職種が連携・協同し、がん患者の心血管リスクや心血管合併症の管理・対応、がんサバイバーにおける予防的介入により、がん患者・がんサバイバーの生命予後延伸とQOL改善を目指すため、そして市民啓発から腫瘍循環器の機運を高めていくために宣言された。 日本での腫瘍循環器学は、2011年に大阪府立成人病センター(現:大阪国際がんセンター)で腫瘍循環器外来が開設されたことに端を発する。その後、2017年に日本腫瘍循環器学会が設立され、2023年日本臨床腫瘍学会/日本腫瘍循環器学会よりOnco-Cardiologyガイドラインが発刊されるなど、国内での腫瘍循環器診療の標準化が着実に進められている。

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免疫性血小板減少症への新治療薬による診療戦略/Sobi Japan

 希少・難治性疾患治療に特化し、ストックホルムに本社を置くバイオ医薬品企業のSwedish Orphan Biovitrum Japan(Sobi Japan)は、アバトロンボパグ(商品名:ドプテレット)が新たな適応として「持続性および慢性免疫性血小板減少症」の追加承認を取得したことに合わせ、都内でメディアセミナーを開催した。セミナーでは、免疫性血小板減少症(ITP)の診療に関する講演や同社の今後の展望などが説明された。約2万例の患者が推定されるITP はじめに「免疫性血小板減少症について」をテーマに、加藤 亘氏(大阪大学医学部附属病院輸血・細胞療法部 部長)が、本症の概要を説明した。 出血時の止血に重要な役割を担う血小板は、巨核球が血管内に行くことで血小板となり、体内で約7~10日間活動する。正常15~35万/μLの血小板数があり、10万/μL以下で血小板減少症、1万/μL以下では重篤な出血症状を呈する。そして、ITPは血液中の血小板が免疫により減少する疾患である。症状としては、皮膚の紫斑、粘膜出血などの出血症状の繰り返しがあり、健康な人よりもわずかに高い死亡率となる。 また、近年の研究からITPは血小板に対する自己抗体によって起こる自己免疫疾患とされ、「特発性」という言葉から「免疫性」に変更された。 わが国には約2万例の患者が推定され、毎年約3,000例が新規発症しており、その半数は高齢者である。本症は、指定難病であり、小児慢性特定疾患であるが、医療費助成の対象はステージ2以上の比較的重症の患者となっており、特定医療費受給者証所持者数は2023年時点で約1万7,000人となっている。 難病申請データに基づくITPの出血症状としては、紫斑が88.2%、歯肉出血が26.8%、鼻出血が18.1%の順で多く、その症状は血小板減少の程度、年齢と相関する。とくに血小板数1~1.5万/μL、60歳以上では重篤な出血リスクが増大するといわれている1)。 ITPの治療戦略としては、(1)リンパ球による抗血小板自己抗体の産生抑制、(2)破壊される以上に血小板を多く産生する、の2つがあり、治療の流れとしては『成人特発性血小板減少性紫斑病 治療の参照ガイド 2019改訂版』により治療が行われる(わが国独自の治療にピロリ菌除去療法がある)。 治療目標は、血小板を正常に戻すことではなく、重篤な出血を予防することであり、治療薬の副作用による患者QOLの低下を考慮し、過剰な長期投与は避けることとされている。 本症の1次療法としては、副腎皮質ステロイド療法が行われる。次に1次療法で効果がみられない場合、2次療法としてトロンボポエチン受容体作動薬(TPO-RA)、リツキシマブ、脾臓摘出術などが考慮される。2次療法については大きな優劣はなく、ただ、近年では脾臓摘出術はほぼ行われていない。 わが国でのITP治療薬の使用状況について、2015~21年で比較すると、TPO-RAが35.71%から61.37%へと増加し、リツキシマブも0%から3.3%へと増加したという報告がある2)。 多く使用されているTPO-RAは奏効率は高いものの、長期使用の場合は肝機能障害などの副作用の課題もある。治療の選択では、各治療の特徴を踏まえ、患者の希望・背景に合わせた治療選択が望まれる。 また、現在、解決が必要とされる課題として5つが指摘されている。(1)治療薬の使い分け、併用法(2)完治を目指す治療の開発(3)妊娠中、出産時の血小板数コントロール(4)出血症状、血小板数の改善のみではなく、症例ごとのQOLに配慮した治療・薬剤選択(5)ITP診断の改善(特異的な診断法開発の必要性)約6割のITP患者に投与8日以内で反応あり 今回、アバトロンボパグは新たな適応である「持続性および慢性免疫性血小板減少症」の承認を2025年8月25日に取得した。適応追加に係るわが国での第III相試験は、慢性ITPの患者19例を対象に、26週間の投与期間中に救援療法なしに血小板反応(血小板≧50×109/L)が得られた累積週数を主要評価として行われた。試験対象者の平均年齢は56.0歳で、女性が78.9%だった。 試験の結果、血小板反応(≧50×109/L)について、26週間の投与期間中、臨床的に意義のある累積週数の基準(閾値:8.02週)を達成し、患者の63.2%が8日以内に反応を示した。安全性では、治療に関係する重篤な有害事象はなく、一般的な有害事象として、新型コロナウイルス感染症、上気道感染症、鼻咽頭炎などが報告された。 最後に加藤氏は、「アバトロンボパグは慢性ITPを有する日本人成人患者に対し有効であった。安全性・忍容性も良好で、海外の主要な第III相試験3)および中国の患者の第III相試験4)と同様の血小板反応を日本人でも示した。長期的な有効性と安全性は、現在進行中の延長期で評価をする予定」と展望を述べ、講演を終えた。 同社では、今後新たに5つの希少疾患に対する製品の上市を目指しており、「これらの薬剤を早く日本の患者さんに届けられることを使命とし、希少疾患薬におけるドラッグラグやドラッグロスという問題の解決の一助となるようにしていきたい」と抱負を語っている。

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映画に学ぶ研究デザイン、主題と副題の構造から見た臨床試験【Dr.中川の「論文・見聞・いい気分」】第89回

映画は素晴らしい猛暑の夏もようやく勢いを失い、夜風に秋の気配を感じる季節となりました。静かな秋の夜長に私が好んで親しむのは映画です。映画の中で繰り広げられる人間模様・友情・恋愛・信頼・裏切り。これらは、登場人物の選択と行動を通じて、観る者に多くの示唆を与えてくれます。困難に直面した人々がいかに受け止め、いかに行動するか。その姿は、現実の私たちにとっても小さな指針となり得ます。映画は、単なる娯楽を超えて「人生の教科書」ともいえる存在です。映画の主題と副題映画を少し異なる視点で眺めると、そこには常に「主題」と「副題」があることに気付かされます。観客を惹きつける主題の背後で、静かに流れるもう一つの物語、それが作品に深みと余韻をもたらします。たとえば『ローマの休日』(1953年、監督:ウィリアム・ワイラー)。ヨーロッパの小国の王女とアメリカ人新聞記者の身分違いの恋を描いた名作です。「真実の口」や「スペイン広場のジェラート」など、印象的な場面の数々を通して、オードリー・ヘップバーンの魅力が存分に発揮されます。主題はロマンチックな恋愛劇ですが、その背後に「自由行動による精神的成長」という副題が潜みます。終盤の記者会見で、王女が「この街の思い出をいつまでも懐かしむことでしょう」と堂々と答える場面には、依存的だった少女が自立した女性へと成長する姿が象徴的に描かれています。次に『カサブランカ』(1942年、監督:マイケル・カーティス)。親ドイツ政権下のフランス領モロッコを舞台に、かつて愛し合った男女の再会を描いた作品です。「As Time Goes By」の旋律、「君の瞳に乾杯」の台詞、いずれも映画史に残る名場面です。主題は愛の再燃ですが、副題は「愛よりも義を選ぶ人間の尊厳と祖国への思い」です。酒場でドイツ軍士官が国歌を歌う中、「ラ・マルセイエーズを」と告げ、皆がフランス国歌を合唱する場面は、個人の愛と信念、そして自由への希求が交錯する名シーンです。さらに『国宝』(2025年邦画、原作:吉田 修一、監督:李 相日)。任侠の家に生まれながら、歌舞伎の道に生涯を賭けた男の半生を描きます。主演の吉沢 亮と横浜 流星が、血のにじむような努力で芸の世界を体現しています。ここでの副題は「血」です。それは遺伝や家系といった文字通りの“血”であり、逃れられぬ宿命の象徴でもあります。芸の美しさと血の呪縛、この二重性が作品全体を貫いています。主解析とサブ解析やや熱を帯びて3本の映画を紹介してしまいましたが、興味深いのは、この「主題と副題」の構造が、実は医学研究にも通じるという点です。臨床研究における「主解析(primary analysis)」は、映画の主題に相当します。「新薬Aは標準治療Bと比較して心血管イベントを減少させるか」といった主要仮説を、事前に定めた統計計画に基づき厳密に検証する中核部分です。一方で、「高齢者ではどうか」「女性ではどうか」「糖尿病合併の有無で異なるか」といった問いを掘り下げるのが「サブ解析(sub-analysis)」であり、これはまさに“もう一つの物語”を探る試みといえます。サブ解析の鍵は“prespecified”ただし、この副題的なサブ解析には慎重な姿勢が求められます。映画では脚本家の自由な発想が許されますが、科学研究では「後付けの脚本」は厳禁です。解析後に思い付いたサブ解析を「発見」として提示するのは、統計的な偶然を物語化する行為に等しいからです。100回試行すれば5回は偶然「有意」となる、その確率の罠に陥ってはなりません。「たまたま有意だった結果」を、あたかも当初から想定していたかのように語り出す研究者が現れたなら、査読者はすぐに見抜きます。価値あるサブ解析とは、研究計画書(プロトコル)に明示され、事前に意図された問いを持つものであり、それを示す形容が “prespecified” です。一方、事後的(post-hoc)なサブ解析の報告は、探索的研究として明示することが求められます。これは結果を見て新たな仮説を生成する段階であり、検証的研究とは明確に区別すべき性質のものです。近年の大規模臨床試験では、主解析と並行して事前登録されたサブ解析の重要性が増しています。たとえ主解析が有意でなくとも、「特定のサブグループで有効性が示された」ことが、その後の臨床実践を変える契機となる場合もあります。副次的な知見は主解析の理解を補い、現場への応用可能性を広げる意味を持ちます。これは、映画において脇役の一言や背景描写が、主題の理解を一層深めるのに似ています。もっとも、サブ解析が独り歩きして主解析を覆い隠してしまえば、研究の重心は失われます。主解析が映画の「結末」であるなら、サブ解析は「その余韻」といえるでしょう。余韻が強すぎれば結末はぼやけます。論文においても、主解析の明確な結論を中心に据え、サブ解析は補完的な位置付けとして提示することが重要です。研究者は映画監督映画において副題が主題を支え、作品に奥行きを与えるように、臨床研究におけるサブ解析も主解析を補い、データに立体感をもたらします。両者に共通する真理は、「副題は脚本の途中で思い付いてはいけない」ということです。副題は最初から物語の構造の一部として設計されているとき、初めてその輝きを放ちます。ローマの王女の成長も、『カサブランカ』の義も、そして臨床研究のサブ解析も――いずれも主題を支える副題として存在します。そう考えると、研究計画書とはまさに脚本であり、研究者とは科学という舞台を演出する映画監督なのかもしれません。

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DLBCL 1次治療の動向と課題、今後の展望/日本血液学会

 第87回日本血液学会学術集会で企画されたシンポジウム「B細胞リンパ腫に対する新規治療」において、九州大学の加藤 光次氏が、びまん性大細胞型B細胞リンパ腫(DLBCL)に対する1次治療の動向と課題、今後の展望について講演した。標準治療はPola-R-CHOPへ DLBCLは悪性度が高いが治癒も望める疾患であり、1次治療の成否が予後を大きく左右する。1次治療は20年以上にわたりR-CHOP療法が標準治療であったが、「約30%の患者が再発または治療抵抗性となる点が大きな課題であった」と加藤氏は指摘した。 そのような中、ポラツズマブ ベドチンとR-CHOPを併用するPola-R-CHOPをR-CHOPと比較した国際共同第III相POLARIX試験において、主要評価項目である無増悪生存期間(PFS)を有意に改善し、その効果は5年時点でも維持されていることを紹介した。この結果は国内の大規模リアルワールドデータ研究によっても裏付けられつつあり、Pola-R-CHOPは新たな標準治療として確立しつつあると述べた。DLBCL 1次治療における3つの課題 しかしながら、このような進歩にもかかわらず、治癒可能なDLBCLの1次治療には3つの重要な臨床的課題に直面していると加藤氏は述べ、1)初回治療抵抗性が残ること、2)初回治療後も20~30%が再発すること、3)患者の半数以上が70~80歳以上の高齢であることを挙げた。 なかでも高齢者治療は喫緊の課題である。リアルワールドデータでは、80歳以上の患者に対してもPola-R-CHOPは良好な奏効率(ORR:87.3%)を示しているが、実際には副作用を懸念して化学療法(とくにシクロホスファミドやドキソルビシン)が半量となっている場合が多く、最適な治療強度をいかに維持するかが鍵となると指摘した。 この課題に対し、日本では高齢者機能評価を導入し、高齢患者の治療前状態(Fit/Frail)を評価するG-POWER試験や、減量レジメン(R-mini-CHOP)とポラツズマブ ベドチンの併用を検討するPOLAR mini-CHP試験などが進行中であることを紹介した。分子サブタイプに基づく個別化医療へ 治療抵抗性や再発の根本的な原因として、加藤氏は、DLBCLが単一の疾患ではなく、生物学的に多様な不均一性を持つことを挙げた。 近年、DLBCLはABC型、GCB型といった従来の分類に加え、より詳細な分子サブタイプに分類されるようになり、特定のサブタイプに合わせた分子標的治療の開発が進行している。POLARIX試験のサブ解析においても、Pola-R-CHOPによるPFS改善は、DLBclassによる特定の分子サブタイプ(C5)で顕著であったことが報告されている。加藤氏は、これらの分子サブタイプ分類は、リスク層別化を強化し、今後プレシジョン・メディシンのアプローチにつながると期待を示した。今後の展望~ctDNAと新規薬剤 加藤氏は今後の展望として、治療効果をより早期かつ正確に判断するため、循環腫瘍DNA(ctDNA)や微小残存病変(MRD)評価の重要性を語った。POLARIX試験において、治療1コース後にctDNA量が多い患者は予後が悪かったことが報告されている。治療の早期にctDNAをモニタリングし、その後の再発リスクを予測することで、治療のescalationやde-escalationを判断するresponse-adapted strategyへの期待を語った。 加藤氏はその一例として第II相ZUMA-12試験を挙げ、1次治療早期に効果不十分な高リスク患者に対して、早期にCAR-T細胞療法に切り替えた場合、完全奏効率が86%と有望な成績が得られたことを紹介した。 現在、1次治療として二重特異性抗体、CAR-T療法、BTK阻害薬などの多くの新しい治療法が開発されている。加藤氏は「2028年には何を選ぶべきか決断を迫られるだろう」と予測し、さらに「将来の治療選択は、分子サブタイプ、患者特異的因子、response-oriented approachによって導かれるだろう」と述べ、講演を終えた。

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未治療のマントル細胞リンパ腫、イブルチニブ+リツキシマブがPFS改善/Lancet

 未治療のマントル細胞リンパ腫において、イブルチニブ(BTK阻害薬)+リツキシマブ(抗CD20抗体)の併用療法は免疫化学療法と比較して、無増悪生存期間(PFS)を有意に改善したことが、英国・University Hospitals Plymouth NHS TrustのDavid J. Lewis氏らENRICH investigatorsが行った無作為化非盲検第II/III相優越性試験「ENRICH試験」の結果で示された。イブルチニブは、初回治療の免疫化学療法に上乗せすることでPFSの延長が示されている。ENRICH試験では、60歳以上の未治療のマントル細胞リンパ腫患者を対象に、化学療法を併用しないイブルチニブ+リツキシマブ併用療法と、標準的な免疫化学療法(R-CHOP療法[リツキシマブ、シクロホスファミド、ドキソルビシン、ビンクリスチン、プレドニゾロン]またはリツキシマブ+ベンダムスチン)を比較した。著者は、「本検討はわれわれが知る限り、イブルチニブ+リツキシマブ併用の有効性を実証した初の無作為化試験である」としたうえで、「マントル細胞リンパ腫の高齢患者の初回治療として、イブルチニブ+リツキシマブ併用を新たな標準治療と見なすべきである」と述べている。Lancet誌オンライン版2025年10月3日号掲載の報告。英国、スウェーデン、ノルウェー、フィンランド、デンマークの66施設で評価 ENRICH試験は、英国、スウェーデン、ノルウェー、フィンランド、デンマークの66施設で行われた。60歳以上で未治療のマントル細胞リンパ腫(Ann-Arbor分類StageII~IV、ECOG-PSスコア0~2)の患者を、イブルチニブ+リツキシマブ群(介入群)またはリツキシマブ+免疫化学療法群(対照群)に1対1の割合で無作為に割り付けた。試験担当医師が選択した免疫化学療法で層別化した。 介入群の被験者は、無作為化前に選択された免疫化学療法の適合スケジュール(R-CHOP療法21日ごと、またはリツキシマブ+ベンダムスチン療法28日ごと)に基づき、イブルチニブ560mgを1日1回経口投与+各サイクル初日にリツキシマブ375mg/m2の静脈内投与を6~8サイクル投与した。 R-CHOP療法は、21日サイクルの初日にシクロホスファミド750mg/m2、ドキソルビシン50mg/m2、ビンクリスチン1.4mg/m2を投与、各サイクル1~5日目にプレドニゾロン100mgを投与した。リツキシマブ+ベンダムスチン療法は、各サイクル1日目と2日目にベンダムスチン90mg/m2を投与し、各サイクルの1日目にリツキシマブ375mg/m2を投与する組み合わせで構成された。 導入期終了時に反応を示した両群の全患者は、8週ごと2年間、リツキシマブの維持投与を受けた。また介入群に割り付けられた患者は、疾患進行または許容できない毒性が出現するまでイブルチニブの投与が継続された。 主要評価項目は、試験担当医師の評価に基づくPFSで、選択した免疫化学療法で層別化を行い、ITT集団で解析が行われた。追跡期間中央値47.9ヵ月のPFS中央値、リツキシマブ+免疫化学療法よりも優れる 2016年2月15日~2021年6月30日に、397例が無作為化された。このうちR-CHOP療法の無作為化前選択は107例(27%)、リツキシマブ+ベンダムスチン療法の無作為化前選択は290例(73%)であった。 全体で、199例が介入群に、198例が対照群(R-CHOP療法53例、リツキシマブ+ベンダムスチン療法145例)に無作為化された。年齢中央値は、介入群74歳(四分位範囲:70~77)、対照群74歳(70~78)であった。296例(75%)が男性、101例(25%)が女性であり、人種に関するデータは収集されなかった。 追跡期間中央値47.9ヵ月の時点で、PFS中央値は介入群が対照群よりも有意に優れることが示された(補正後ハザード比[HR]:0.69、95%信頼区間[CI]:0.52~0.90、p=0.0034)。また、介入群のR-CHOP療法群に対するHRは0.37(95%CI:0.22~0.62)、同リツキシマブ+ベンダムスチン療法に対するHRは0.91(0.66~1.25)であった。 導入期および維持期を通じて、Grade3以上の有害事象が報告されたのは、介入群67%、対照群70%であった。

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多発性骨髄腫のグローバル試験の日本人サブセット結果/日本血液学会

 高リスクのくすぶり型多発性骨髄腫(SMM)においてダラツムマブと経過観察を比較したAQUILA試験の日本人集団解析が発表された。 2025年1月に発表された全体結果では、ダラツムマブ単剤療法は積極的経過観察よりも、SMMの進行または死亡までの期間(PFS)を有意に延長し、全生存期間も延長を示している。 日本人患者は28例(DARA群15例、観察群13例)であった。日本人の5年PFS率はDARA群46.3%、観察群7.7%であった(ハザード比[HR]:0.25、95%信頼区間[CI]:0.10〜0.65)。全奏効率(ORR)はDARA群86.7%、観察群7.7%という結果を示した(相対リスク比:11.27、95%CI:1.70〜74.84)。SLiM-CRAB進行までの期間はDARA群36.2ヵ月、観察群16.4ヵ月であった(HR:0.39、95%CI:0.17〜0.90)。これらは全体集団と一貫した結果であった。日本人におけるGrade3/4の治療関連有害事象(TEAE)発現は33.3%、重篤なTEAEは46.7%に観察されたが、投与中止に至ったAE、死亡に至ったAEはなかった。 未治療の移植非適応多発性骨髄腫(MM)に対するD-VRdとVRdを比較したCEPHEUS試験の日本人集団解析について発表された。全体集団ではVRd群に比べD-VRd群でより深く持続的な奏効ならびにPFSの改善が認められていた。 日本人患者は22例(D-VRd群9例、VRd群13例)、患者背景は全体集団と全体的に同様であった。主要評価項目であるMRD陰性率はD-VRd群77.8%、VRd群46.2%であった(オッズ比[OR]:4.08、95%CI:0.60〜27.65)。12ヵ月以上の持続的MRD陰性率はD-VRd群55.6%、VRd群38.5%であった(OR:2.00、95%CI:0.36〜11.23)。これらは全体集団と一貫した結果であった。Grade3/4のTEAEはD-VRd群100%、VRd群84.6%で、新たな安全性シグナルは特定されなかった。

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がん治療の有害事象が減る!?高齢がん患者への機能評価【高齢者がん治療 虎の巻】第3回

<今回のPoint>高齢者総合機能評価(CGA)は、身体面・精神面・社会的要素などいくつかの構成要素から成り立つ高齢がん患者に対する機能評価は、治療の適応性や有害事象のリスク評価、予後予測が目的CGA(GA)の実施には、多職種協働や診療科連携によるチーム医療が重要だが、最終評価者は医師または歯科医師が担う<症例>85歳・男性X年9月前医でS状結腸がんcStageIIaと診断し、腹腔鏡下S状結腸切除術施行X+1年4月前医で増大傾向にある肝腫瘤の指摘あり、大学病院消化器内科紹介受診X+1年5月生検の結果、肝内胆管がんstageIV(多発肝転移・多発リンパ節転移)の診断X+1年6月治療方針決定前の評価目的で同院老年科に紹介 評価で問題がなければ、治療開始(GCD療法[GEM+CDDP+デュルバルマブ])の予定。治療説明などの応答がしっかりせず、不安症状がみられる。CGA実施、診療報酬は50点日本は世界に先駆けて超高齢社会を迎えたことで、高齢のがん患者も増加し、高齢者診療や高齢者がん診療の重要性はより一層高まっています。その中でもとくに重要なことは、「高齢者の医療や生活を多面的に評価し、問題点を抽出し、適切な介入を行う」というプロセスです。このことを、高齢者総合機能評価(Comprehensive Geriatric Assessment:CGA)と呼び、老年医学の根幹となっています。入院中の患者(65歳以上の全員と特定疾患を有する40歳以上の一部)に関しては、CGAを行うことで、診療報酬点数「総合機能評価加算」50点(入退院支援加算として退院時1回)の算定ができます。算定にあたっては、日常生活力などを評価する必要があり、各医療職種が評価できますが、最終評価者は医師または歯科医師が行わなければなりません。CGAの構成成分には主に、身体機能・精神心理状態・社会的背景などが挙げられ(表1)、それらを元に生活機能や医療の評価を行います。日常生活動作(Activity of Daily Living:ADL)は、人が生活を送るために必要な動作のことであり、身体的な要素を主とした評価として、CGAの代表的な評価ツールとなっています。(表1)高齢者総合機能評価の構成要素画像を拡大する移動・食事・排泄・更衣・整容など、生きていく上で最低限必要な基本的な日常動作のことを基本的ADLと呼びます。一方で、買い物・調理・洗濯・金銭管理など、社会で自立した生活を送るために必要な動作のことを手段的ADLと呼びます。当院での総合機能評価加算の書式では、いくつかの項目を多職種でチェックし、日常生活動作、認知機能、気分・心理状態それぞれに対して、最終判定を担当医が行います。がん診療では“治療の適応性や有害事象のリスク評価、予後予測が目的”ここまで、一般高齢者を対象としたCGAに関して述べましたが、がん患者に対する機能評価は、目的やアプローチがやや異なります。がん患者に対しては、「治療を実施するか否か」「どの治療法を選択するか」「治療に伴う有害事象がどの程度起こりうるか」といった診療方針決定に重要な情報が求められます。高齢者がん診療の領域においても、多面的な評価の重要性は広く示されてきました。しかし実際には、必要なケアを同定して介入につなげるというよりも、治療の適応性や有害事象のリスク評価、予後予測などに使われることが多く、CGAではなく、GA(Geriatric Assessment)と称されます1)。なお、日本老年腫瘍学会のホームページ内では、CGAとGAの違いについて表2のようにまとめられております2)。(表2)CGAとGAの違い画像を拡大するがん診療のガイドラインでは、ECOG-PS(Eastern Cooperative Oncology Group Performance Status)という、日常生活の活動レベルを5段階で表した指標によって治療方針が定められることも多いですが、ECOG-PSが良好でも、併存症の存在、手段的ADLの低下、栄養状態や認知機能の低下などにより、がん治療に対しての脆弱性を有しているケースはとても多いです。実際にGAが治療方針に与える影響も大きく、あるシステマティックレビューによると、GAの実施により、がん治療方針が変更された割合は28%(中央値)で、その変更の多くは、より強度の弱い治療へ変更されていました3)。また、根治不能な70歳以上の固形がん患者に対して、GAを行って結果と推奨マネジメントを治療担当医に提供することで、重篤な有害事象を有意に減らせられたといった報告もあります(1年後の生存率は変わらず)4)。GAに含めるべき必須の重要ドメインとして、身体機能、認知機能、心理状態、併存疾患、栄養状態、多剤併用、社会的サポートなどが挙げられます5)。特徴として、がん治療を念頭に置いているため、「治療に耐えられるか」という観点から、とくに重要な要素として、栄養状態や併存疾患が入ります。また、近年、GAにおいて評価を行うだけではなく、CGAのように、結果に基づいたマネジメントを行うこと(GA-guided management:GAM)(第2回参照)が強く推奨されてきています。さらに、個別化した治療計画の立案、有害事象の予測、介入すべき問題を特定することに加え、意思決定支援のために、GAの結果を患者と家族に提供することも推奨されます。冒頭に示した症例では、GAを施行したところ、元々バイタリティにあふれた性格でしたが、家族の病気や家族との関係性、また自身への立て続けのがんの告知などにより、診察時には心身共にエネルギー切れの、うつ傾向の心理状態であることがわかりました。さらには、独居であり、スムーズに家族のサポートを得ることも難しい状態でもありました。これらの情報を元に腫瘍専門医と協働し、多職種との連携も通して意思決定のサポートを行い、化学療法に伴う副作用の説明も含めて、治療の準備を行いました。その結果、予定通りGCD療法が通常量で投与されました。1)Wildiers H, et al. J Clin Oncol. 2014;32:2595-2603.2)日本老年腫瘍学会:CGAとGA3) Hamaker ME, et al. J Geriatric Oncol. 2018;9:430-440. 4)Mohile SG, et al. Lancet. 2021;398:1894-1904.5)Dale W, et al. J Clin Oncol. 2023;41:4293-4312.講師紹介

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国際学会発表の「読み原稿」を作成する【タイパ時代のAI英語革命】第10回

国際学会での英語プレゼンは医師の必須スキル現在、国際学会で英語による研究発表を行うことは、医師にとって欠かせないスキルとなりつつあります。また、近年では国内の学会でも英語でのプレゼンテーションを求められるケースが増えており、多くの方が英語の発表に苦労した経験をお持ちではないでしょうか。今回から数回にわたり、国際学会での英語プレゼンテーションにおいて、ChatGPTをはじめとするAIツールをどのように活用できるかをご紹介します。英語の壁を克服する国際学会発表で最も大きなハードルとなるのは、やはり「英語の壁」です。とくに大きな課題の1つが、英語でわかりやすい発表原稿を作成し、流暢にプレゼンすることです。非ネイティブスピーカーの多くの日本人医師にとって、発表用に英語の読み原稿を作成するのが一般的だと思いますが、この作業は決して簡単ではありません。しかし、生成AIを上手に活用すれば、この読み原稿作成を飛躍的に効率化することができます。AIを使った原稿作成にはコツがありますが、一度慣れれば、誰でも短時間で質の高い原稿を準備できるようになります。今回は、「英語プレゼンテーションの読み原稿作成」を、ChatGPTを使ってやる方法を、2パターンに分けてご紹介します。ご自身のスタイルや準備状況に応じて、最適な方法を選択してください。2つの方法を組み合わせることも可能です。方法1:まずは日本語で完璧な原稿を作成し、AIに翻訳させる自分の研究内容について、日本語では完璧に説明できるものの、英語で説明するのは難しいと感じる人は多いかもしれません。とくに論理展開をはっきりとさせたい場合などは、まずは日本語で記述してからそれを翻訳するというプロセスを踏むとよいでしょう。文章が完成したら、ChatGPTに翻訳を依頼します。その際、単に「翻訳して」とお願いするのではなく、どのような目的の文章なのかを具体的に伝えることが、より精度の高い翻訳を得るための鍵です。プロンプト例#役割あなたは医学論文や学会発表の翻訳を専門とする翻訳家です。#命令以下の日本語の文章を、国際的な医学学会での口頭発表用の英語原稿に翻訳してください。#制約条件専門用語は正確に翻訳してください。聴衆にわかりやすい、明瞭な表現を用いてください。スピーチとして自然な、丁寧な口語体でお願いします。#日本語原稿[ここに、作成した日本語の原稿を貼り付ける]実際にこのプロンプトを使った際に、私が用意した日本語原稿がこちらです。「皆さん、こんにちは。本日はこのような貴重な機会をくださり誠にありがとうございます。私はマウントサイナイ医科大学の原田 洸と申します。本日は生成AIをいかにして医療現場で活用するかについてお話をさせていただきます。生成AIは生活の至る所で活用されるようになっています。しかし、医療現場のAI活用はまだ十分ではありません」それに対するAIの回答がこちらです。“Hello everyone. Thank you very much for giving me the opportunity to speak today. My name is Ko Harada, and I am a physician at the Icahn School of Medicine at Mount Sinai. Today, I would like to talk about how generative AI can be integrated into clinical practice. As many of you know, generative AI is increasingly being used in various aspects of our daily lives. However, its application in the medical field is still quite limited.”詳しく見てみると、“As many of you know,”などの適切なフレーズを補って、プレゼンとして適切な文章にしてくれていることがわかります。方法2:スライドから原稿を作成するすでにスライドやポスターが完成しており、プレゼン用の原稿を作成したいという場合は、こちらの方法をお勧めします。作成したpptファイルをアップロードして、それを基に原稿を作成するというものです。なお、ChatGPTの場合、無料版ではファイルのアップロードに制限がある可能性があるのでご注意ください。今回は、プレゼンスライドが完成した状態で原稿を作るためのプロンプトの例を紹介します。プロンプト例#役割あなたは○○を専門とする医師です。#命令添付ファイルのプレゼンについて、読み原稿のスクリプトを作成してください。#制約条件プレゼンは英語です。プレゼンの長さは○分程度の予定です。スライド○からスライド○まで、それぞれのスライドの読む内容を作成してください。専門用語は正確に翻訳してください。聴衆にわかりやすい、明瞭な表現を用いてください。スピーチとして自然な、丁寧な口語体でお願いします。アウトプット例Slide 1: Title SlideScript: Good morning, everyone. Thank you for being here today.My name is Dr. Ko Harada, and I’m from the Department of Geriatrics and Palliative Medicine at the Icahn School of Medicine at Mount Sinai. Today, I will be talking about falls in older adults ― why they happen, how we can prevent them, and what we can do to support older patients after a fall.Slide 2: Learning ObjectivesScript: Here are the learning objectives for today’s presentation. First, we will identify key risk factors that increase fall risk in older adults. Second, we will look at medications and comorbidities that contribute to falls, and discuss safer alternatives.Finally, we will explore evidence-based interventions to reduce fall risk and prevent serious complications.Slide 3: Case PresentationScript: Let’s begin with a clinical case. This is a 92-year-old female with a history of depression, hypothyroidism, COPD, hypertension, and high cholesterol.She recently visited the emergency department after falling and injuring her left shoulder. X-rays showed no fracture or dislocation, and she was advised to wear a sling. Three days later, she came to the clinic because the pain was still severe.このように、スライドに基づいて原稿を作成してくれます。注意点としては、図や表など文字が少ないスライドでは情報が少ないため、原稿も短くなる傾向があります。それらのスライドでは方法1で紹介したように、そのスライドで伝えたい内容を日本語で作成し、翻訳するのがよいでしょう。

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米国で「悪夢の細菌」による感染症が急増

 米国で、抗菌薬の効かない細菌による感染症が驚くべきペースで増加していることが、米疾病対策センター(CDC)の最新データで明らかになった。CDCによると、最後の砦とされるカルバペネム系薬剤を含むほぼ全ての抗菌薬に耐性を示すことから、「悪夢の細菌」の異名を持つNDM(ニューデリー・メタロβラクタマーゼ)遺伝子を持つNDM産生カルバペネム耐性腸内細菌科細菌(NDM-CRE)が2019年から2023年の間に劇的に増加したという。CDCの疫学者であるMaroya Walters氏らによるこの研究の詳細は、「Annals of Internal Medicine」に9月23日掲載された。 NDM-CREを原因とする感染症は、肺炎、血流感染、尿路感染、創傷感染などを引き起こし、治療が困難で、死に至ることもある。治療で医師が利用できるのは、静脈内投与を要する高価な2種類の薬剤だけである。本研究には関与していない米エモリー大学の感染症研究者であるDavid Weiss氏は、「米国におけるNDM-CREの増加は深刻な危険であり、非常に憂慮すべき事態だ」とAP通信に対して語っている。 CDCの報告書によると、米国でのカルバペネム耐性菌を原因とする感染症の発生率は、2019年の10万人当たり2件弱から2023年には10万人当たり3件以上へと69%増加している。中でもNDM-CRE関連症例は、2019年の10万人当たり約0.25人から2023年には1.35人へと460%以上の急増を示した。2023年には、29州で4,341件のカルバペネム耐性菌による感染症が確認され、そのうち1,831件はNDM-CREが原因だったという。ただし、報告書では患者の死亡数は明らかにされていない。 CDCの疫学者でこの報告書の共著者であるMaroya Walters氏は、「耐性菌が広がるにつれ、尿路感染症などの一般的な病気の治療がはるかに困難になる可能性がある」と警告している。薬剤耐性は、細菌が抗菌薬に抵抗する能力を獲得することであり、必要がないときに抗菌薬を使用する、処方された用量を最後まで服用しないなどの誤用によって引き起こされることが多い。また専門家らは、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)のパンデミックも、薬剤耐性菌の増加に影響を及ぼした可能性が高いと見ている。米セントルイス・ワシントン大学の感染症専門家であるJason Burnham氏は、「パンデミック中に抗菌薬の使用が急増したことは分かっており、これが薬剤耐性菌の増加に寄与した可能性が高い」とAP通信に対して語っている。 ただし、研究グループによると、今回の分析は、実際の感染者数を過小評価している可能性が高いという。多くの病院は必要な検査を行う能力がなく、カリフォルニア州、フロリダ州、ニューヨーク州、テキサス州といった人口の多い州のいくつかはデータセットに含まれていないからだ。このことから研究グループは、全国の感染者数は実際にはもっと多い可能性があると述べている。

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