2025年5月に開催された第10回日本がんサポーティブケア学会学術集会において、高額療養費制度の見直しに関するセッションが行われた。同セッションでは、医療者と患者双方のパネリストが登壇し議論が行われている。がん医療における高額療養費制度見直しに対する課題の多さが感じとられた。
「誰一人取り残さない」というがん対策基本法の目標は守られているのか
帝京大学の渡邊 清高氏は高額療養費制度見直しの背景と、同学会が2月26日に発表した声明について説明した。制度見直しの目的は社会保障制度の持続可能性の確保であるが、提案された見直し案には高額療養費の上限額引き上げが含まれており、患者ケアに影響を与える可能性が懸念されている。実施は見送られたものの、同学会は見直し案について、さらなる議論が必要であると共に患者と学会の声を聞くことの必要性を指摘した。
支持療法の進歩によりがん患者は治療を受けながらより長く生きられるようになった。それは一方で、長期間にわたって支持療法を含むがん治療を受けざるを得ない現状を意味する。費用を理由に患者が治療を断念することは、「誰一人取り残さない」というがん対策基本法の目標に反すると指摘し、経済的安定が不可欠であると渡邊氏は訴える。
患者団体と学会から発信された現場の声が国会を動かした
NPO法人希望の会の轟 浩美氏からは、高額療養費上限額引き上げに関する提言活動について説明があった。轟氏は全国がん患者団体連合会(全がん連)が患者の声をまとめ、国会議員や学会との関係構築を行っていたこと、さらに緊急アンケートを通じて実際の患者の声を集めたことが提言活動の成功に繋がったと言う。
政府が上限額引き上げを発表した前日の2024年12月24日、全がん連は厚生労働省に要請を提出し、患者の月間上限額の大幅な引き上げや「多数回該当」の上限について説明した。また、国会で現行制度下でも患者が経済的に苦しんでいる現状、費用を理由とした「受診控え」や効果が不明な安価な代替療法に頼る人もいることを強調した。
国会での理解の深化と議員からの質問が増えたことでメディア報道が広がり、そこに医学系学会からの声明が加わったことでさらに大きな影響を与えたという。とはいえ、再提案の可能性について継続的な不安があることを指摘した。
政策決定における「現場視点の欠如」は深刻な課題
全がん連の天野 慎介氏は、今回の上限額引き上げにおける重要な要因は、政策決定における「現場の視点の欠如」であり、高額療養費制度を実際に利用している患者や医療専門家からの十分なヒアリングがなかったことを指摘した。がん治療が短期間であると誤解している政策立案者も少なくなく、長期的な維持療法のことを理解していないと述べる。学会はがん治療の劇的な進化とその価値を今以上に伝えて費用について理解を促進させる必要があると訴えた。
同学術集会の大会長であり、日本肺癌学会理事長でもある山本 信之氏は、肺がんを例に具体例を紹介した。その1つとして、
EGFR遺伝子変異陽性肺がんを挙げた。
EGFR変異陽性肺がんの治療は、古く安価な薬剤から、有効性が高い新しい薬剤にスタンダードが移行している。多くの肺がん患者は75歳以上で所得が低い。高額療養費の上限が引き上げられ、患者負担が上がることで、患者は安価な選択肢を選ばざるを得なくなる可能性があると述べた。
今回のセッションでは、高額療養費制度の見直しについて、医療者と患者それぞれの立場からの意見が述べられ、今後のより良い制度設計に向けて、継続的な議論と連携が必要であることが確認された。
(ケアネット 細田 雅之)