通院費増で遺伝子変異に関連した治験への参加率が低下、制度拡充が必要/国立がん研究センター

がんの臨床試験(治験)では、地域の医療機関が参加条件に該当した患者を治験実施施設に紹介することが一般的だ。患者は自宅から離れた治験実施施設に通わねばならないケースも多く、時間的・経済的負担が生じる。国立がん研究センター中央病院 先端医療科の上原 悠治氏、小山 隆文氏らは、施設までの通院費と治験の参加可能性が関連するかを検討する後ろ向きコホート研究を行った。
2020~22年に、がん遺伝子パネル検査後に国立がん研究センター中央病院に治験目的で紹介された進行固形腫瘍患者1,127例を対象に、通院費と治験参加状況の関連を調査した。主要評価項目は遺伝子変異に関連した治験への参加、副次評価項目は遺伝子変異とは関連しない治験への参加だった。多変量ロジスティック回帰分析により、移動費用と治験参加率との関連を評価した。本研究の結果はESMO Real World Data and Digital Oncology誌オンライン版2025年2月25日号に掲載された。
主な結果は以下のとおり。
・1,127例のうち、127例(11%)は遺伝子変異に関連した治験に参加し、114例(10%)は遺伝子変異とは関連しない治験に参加した。
・通院費(公共交通機関の往復料金)の中央値は17ドル(約2,000円:2022年、研究開始時の為替レート[1ドル=120円]で計算)だった。多変量解析の結果、通院費が100ドル(約1万2,000円)以上の患者は、100ドル未満の患者と比較して、遺伝子変異に関連する治験に参加する割合が有意に低いことが示された(7%vs.13%、オッズ比[OR]:0.51、95%信頼区間[CI]:0.30~0.88)。
・遺伝子変異に関連する治験への参加する割合は、通院費が100ドル未満、100~200ドル未満、200ドル以上と増加するにつれ低下した(13%vs.9%vs.6%、OR:0.70、95%CI:0.28~1.52、OR:0.46、95%CI:0.22~0.85)。
・通院費は遺伝子変異とは関連しない治験へ参加する割合には影響を与えなかった。遺伝子変異に関連する治験の参加者は初回診察予約から治験参加までの期間の中央値が、遺伝子変異とは関連しない治験の参加者よりも短かった(21日vs.31日、p=0.006)。
この結果を受けた上原氏のコメントは以下のとおり。
「現在、国立がん研究センターでは、治験参加者への『被験者負担軽減費』として通院の負担を軽減する制度がある。しかし、当制度は参加者の居住地にかかわらず一律で、遠方に住む参加者は交通費の負担が重くなる傾向にある。本邦で治験を実施している多くのがんセンターや大学病院でも、こうした負担軽減費の相場は1回の通院あたり7,000~1万円程度となっており、通院費が遠方から治験を検討している患者の大きな負担となっていることが予想された。
米国の場合、2018年に出た米国食品医薬品局(FDA)のガイダンス1)で、通院費、宿泊費等の合理的な費用を支給することは治験参加者に対して不当な影響を及ばさない(=治験に参加する強い誘引にならない)旨が示されており、全額支給を行う医療機関も増えてきている。同様の制度を本邦で検討する際、実際に高額な通院費が治験に入る際の障壁になっていないかどうか検討するために計画したのが本研究だ。
結果として、がんの遺伝子変異に関連する一治験において、通院費負担が大きくなるほど参加する割合が低下することが確認された。遺伝子変異とは関連しない一治験では傾向が見出されなかったのは、遺伝子変異に関連する治験に比べて治験参加までの期間が長く、その間に病態が進行して参加できなくなる、などの背景があったと考察している。
本邦における治験へのアクセスの地域格差を解消するため、この結果をもとに、参加者の居住地に応じた被験者負担を軽減する制度の必要性が感じられた。今後は、患者個々の社会的因子を考慮した通院費の負担感など、より詳細な因子を調査することも検討している。また、オンライン診療などを活用する分散型臨床試験(DCT)の導入が別のアプローチの解決策となる可能性がある。」
(ケアネット 杉崎 真名)
原著論文はこちら
Uehara Y, et al. ESMO Real World Data and Digital Oncology. 2025 Feb. 25.[Epub ahead of print]
参考文献・参考サイトはこちら
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