がんの病態は、腫瘍細胞そのものの遺伝子異常だけでなく、それを取り巻く微小環境や、組織内で細胞がどう配置されているかといった“空間情報”にも大きく左右される。こうした背景から、複雑な組織情報をこれまで以上に精緻かつ統合的に捉えることの重要性が高まっている。
2026年3月26~28日に開催された第23回日本臨床腫瘍学会学術集会のシンポジウム「がん組織の空間情報の抽出と基盤AIモデル」において、中岡 博史氏(鹿児島大学大学院 医歯学総合研究科 先端治療科学専攻 医療情報解析学講座 データサイエンス分野)により、がんや関連病変の多様性を空間的視点から読み解く最新研究が紹介された。
正常子宮内膜に潜む変異とクローン進化
近年、正常組織にもがん関連遺伝子変異が広く存在することがわかってきたものの、変異クローンの組織内での広がりは不明であった。中岡氏によると、「子宮内膜症や婦人科がんの病因理解に向け、正常子宮内膜のゲノム異常の解明が重要である」という。
そこで、21~53歳の女性32例から約900本の単一子宮内膜腺を採取し、標的遺伝子シーケンシングを実施した。その結果、半数以上の正常子宮内膜腺において
PIK3CA、
KRAS、
ARID1A、
TP53などに変異を認め、変異数は年齢と累積月経周期数に正の相関を示した。とくに累積月経回数との関連が強く、月経に伴う反復的な組織再生が変異蓄積に関与するとともに、dN/dS(非同義変異/同義変異)比が1を上回ったことは、正常子宮内膜においてもがん関連遺伝子変異を持つクローンの選択的な拡大を示唆した。
そして空間情報を保持した解析から、一部のクローンが広範囲に広がり、あるクラスターでは若年期に生じた
PTEN両アレル喪失が長時間静止した後、中年期に大きく増殖することが示された。つまり、変異の成立とクローンの顕在化には大きな時間差があると示唆されたのである。
さらに3Dイメージングでは、子宮内膜基底層で筋層に沿って水平に伸びる上皮ネットワーク構造が見いだされ、中岡氏らは植物の地下茎になぞらえて“地下茎構造”と名付けた。この地下茎でつながる腺は同じ変異プロファイルを共有し、同一祖先クローンに由来することから、正常子宮内膜における変異クローンの空間的増殖に地下茎構造が関与していることが明らかになった。また、機能層上皮に比べて地下茎構造を含む基底層上皮ではWntシグナル伝達の負の制御や幹細胞関連遺伝子の発現が高いこともわかった。
地下茎構造は月経のない哺乳類では認められず、月経による組織再生を繰り返すことで形成されると考えられる。この構造は子宮内膜の再生や機能維持を支える幹細胞・前駆細胞ニッチとして有用な一方、選択的優位性を呈する変異クローン増殖の足場となり、子宮内膜症や子宮腺筋症、子宮内膜がん、卵巣がんの発症リスクに関与することも示唆されるため、中岡氏はこの地下茎構造を“諸刃の剣”と表現した。
(ケアネット)