退職は健康改善と関連、とくに女性で顕著――35ヵ国・10万人規模の国際縦断研究/慶大など

提供元:ケアネット

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公開日:2025/08/28

 

 退職が高齢者の健康に与える影響は一様ではない。近年、多くの国で公的年金の受給開始年齢が引き上げられ、退職時期の後ろ倒しが進んでいる。こうした状況に対し、退職の健康影響を検討した研究は数多いが、「認知機能を低下させる」「影響はない」「むしろ有益である」と結果は分かれていた。

 慶應義塾大学の佐藤 豪竜氏らの研究グループは、米国のHealth and Retirement Study(米国健康・退職調査:HRS)をはじめとする35ヵ国の縦断調査データを統合解析し、50〜70歳の10万6,927例(観察数39万6,904例)を対象に、退職と健康・生活習慣の関連を検証した。本研究の結果はAmerican Journal of Epidemiology誌オンライン版2025年6月13日号に掲載された。

 本研究のアウトカムは、退職後の認知機能(単語記憶テスト)、身体的自立度(ADL/IADL)、自己評価による健康度(5段階)、生活習慣(身体的不活動[中等度~強度の運動が週1回未満]、喫煙、大量飲酒[男性1日5杯以上、女性4杯以上])の変化であった。参加者は2年ごとに調査され、平均6.7年間追跡された。各国の年金受給開始年齢を操作変数とした固定効果付きIV回帰分析を行った。

 主な結果は以下のとおり。

 参加者の男女比は半々で、就労者と比較して退職者は年齢が高く、男性・既婚者・高学歴の割合が低かった。また、肉体労働や職務裁量が低い職歴の経験割合も低かった。

【女性】
・認知機能:+0.100標準偏差(SD)改善
・身体的自立度:+3.8%改善
・自己評価健康度:+0.193 SD改善
・身体的不活動:-4.3%減少
・喫煙:-1.9%減少

【男性】
・自己評価健康度:+0.100 SD改善
認知機能、身体的自立度、生活習慣には有意な改善なし。

 退職はとくに女性において認知機能や身体的自立を高め、生活習慣の改善を伴うことが示された。

 研究者らは「なぜ退職は女性だけに有益なのか」という問いに対し「背景に退職後の生活行動に性差がある可能性がある」と指摘している。「女性は退職後に社会参加や余暇活動に積極的に関わる傾向が強く、身体活動の機会が増える。また、職場ストレスからの解放が喫煙行動の減少につながる可能性がある。これらの行動変化が、認知機能や身体機能の維持・改善に寄与していると考えられる。一方、男性は退職後にそのような生活習慣の改善が目立たず、効果は自己評価の健康度の改善にとどまった。通勤・労働負担の減少や余暇の拡大が主観的な健康感を高めたものとみられる」とした。

 さらに、研究者らは「退職は健康状態を改善するが、年金受給開始年齢の引き上げによってこの効果を享受できる時期が遅れる可能性がある」と警鐘を鳴らす。「とくに女性にとっては、退職が認知症や身体機能障害のリスク低減に結び付く可能性があり、退職時期の遅延が社会的コストを増大させかねない。政策的な年金受給開始年齢引き上げの影響は慎重に検討する必要がある。また、退職後の健康的なライフスタイルを推進することは、公衆衛生全体を改善するための不可欠な取り組みとなるだろう」としている。

(ケアネット 杉崎 真名)