18.
前編では、大規模コホートからみえた各臓器症状の「乖離」や、微小変異における重症化リスクのリアルをお伝えした。後編となる今回は、「なぜ特定の筋肉が選択的に障害されるのか」という分子メカニズムの深層に、われわれのベッカー型筋ジストロフィー(BMD)モデルマウス研究から得られた最新の知見を交えて迫りたい。さらに、血清CK値に代わる注目の次世代バイオマーカー「尿中タイチン」の可能性、そしてわれわれ医療コミュニティが今こそ認識を改めるべき、患者を支える家族を含めた「包括的な診療アプローチ」の重要性について解説する。3. 分子病態へのアプローチ:なぜ特定の筋肉が選択的に萎縮するのか?日常診療でBMDを診ていると、「なぜ全身の筋肉が一様ではなく、大腿四頭筋など特定の筋肉から選択的に萎縮・障害されるのか(=骨格筋内における障害の選択性)」という大きな疑問が浮かぶ。われわれの研究グループは、この臨床の問いに対し、異なるエクソン領域を欠失させた3種のBMDモデルマウス(exon 45-47欠失、exon 45-48欠失、exon 45-49欠失)を樹立し、その分子メカニズムの一端を解き明かした4)。幼少期から老年期まで時間を追ってこれら3種のマウスを解析した結果、いずれも「イン・フレーム欠失」でありながら、欠失部位の違いによって病態の重症度に「d45-49>d45-47>d45-48」という序列(進行速度の差)があることが実証された。このマウスで観察された進行速度の序列は、実際のヒトの臨床における「exon 45-49欠失(早期進行型)」、「exon 45-47欠失(時に重症化)」、「exon 45-48欠失(比較的軽症)」という表現型の傾向(重症度グラデーション)に矛盾しない。このグラデーションを生み出す背景には、筋組織の破綻へと至る、以下の一連の病態機序が存在すると考えられる。まず、遺伝子欠失によるジストロフィン結合部のミスマッチ(不安定化)の度合いに応じて、筋形質膜に存在する、血管拡張酵素である神経型一酸化窒素合成酵素(nNOS)の発現が低下する。この発現低下が、結果として筋線維の周囲を取り囲む毛細血管の減少(Capillary change)を招き、筋肉に慢性的な局所血流障害をもたらす。骨格筋傷害は、運動時の機械的ストレスのみならず、この血流障害も重なって引き起こされる。その複合的な病態機序を下図にまとめた。画像を拡大するこの虚血ストレスは重症度の高いd45-49やd45-47のモデルにおいてきわめて顕著であり、主要な好気的代謝を行う「タイプIIa筋線維(速筋)」の選択的な減少・減衰(Decay)と変性・萎縮を誘発していたのである。すなわち本研究は、遺伝子の欠失パターンの違いが毛細血管の維持・減少に関与し、重症度を決定づける要因の1つであることを科学的に裏付けた形だ。そして、この骨格筋の解析から得られた「毛細血管の減少と局所血流障害」という病態グラデーションは、骨格筋症状とは独立して心筋症が重症化していく臨床像を説明する重要なエビデンスにもなる。以前のインタビュー(『【GET!ザ・トレンド】 循環器内科医が救う、筋ジストロフィー患者の予後』)でも指摘したとおり、BMDは「原因不明の心筋症として治療される中で、ジストロフィン異常症という背景が見落とされやすい」という課題がある。24時間休むことなく拍動し、全身で最も高密度の毛細血管網(血流供給)を必要とする心筋は、この毛細血管の減少に伴う慢性的な虚血ストレスに対して、骨格筋よりも脆弱である。そのため、運動制限などによって見た目の骨格筋症状が「軽症」に保たれていても、血流障害が生じている心臓は耐えきれずに重症化すると考えられる。この知見は、未来のBMD治療において、従来の「筋細胞そのものの保護」だけでなく、遺伝子型に応じた「血管や局所血流をターゲットにした包括的なアプローチ(血管標的療法)」を組み合わせる多角的な戦略が、有効な一手になる可能性を示唆している(下図)。現在、根本的な治療法がないBMD患者に対し、こうした多角的なアプローチが次なる展開につながることを期待している。画像を拡大する4. 診断と評価のアップデート:CKに代わる「尿中タイチン」という次世代バイオマーカー骨格筋の保護薬の開発が進む中で、日常診療において病勢をどう評価するかという問題もアップデートが必要だ。長年使われてきた血清CK値は、患者の運動量によって激しく変動し、筋容量が減少した進行期にはむしろ低下してしまうため、筋疾患における正確な病勢の指標になりにくいという欠点があった。ここで臨床現場への導入が期待されるのが、筋構造タンパク質タイチンの代謝産物である。近年、デュシェンヌ型筋ジストロフィー(DMD)において「尿中タイチン(タイチンN末端断片)」が高感度なバイオマーカーとして注目されているが、これがBMD患者123例の大規模コホートにおいても、臨床重症度を反映することが日本の共同研究チームによって示された5)。タイチンは心筋や骨格筋の収縮を支える巨大タンパク質であり、その崩壊に伴って尿中に排泄される断片量は、いわば筋崩壊の活動性(病勢)をリアルタイムに反映する指標となる。本研究により、尿中タイチン値は、BMD患者の歩行能力の維持状態や筋力低下、ならびに心筋傷害マーカーである高感度心筋トロポニンT(hs-cTnT)や心不全マーカーの数値と有意に相関し、迅速な対応が求められる心筋のダメージ総量を反映していることが明らかとなった。「採尿」という非侵襲的な検査で、心筋症の進行リスクや骨格筋の変性度をタイムリーに追えるメリットは、患者の負担を減らし、BMDの疾患マネジメントのあり方を大きく変える可能性を秘めている。ただし、日常診療へ組み込むためには、まだいくつかの課題が残されている。最大のハードルは、検査として一般に利用可能となるための「保険適用」だ。現状、尿中タイチンの測定は一部の高度専門医療・研究機関での研究や自費診療の枠組みを中心に行われており、ルーティン検査としてオーダーできるようになるには、もう一段階の制度的・技術的なブレイクスルーが必要とされている。5. 家族を診る:女性ジストロフィン変異保有者(患者の母親・姉妹)に潜む心筋症リスク新薬開発への期待が高まる裏で、われわれ医療コミュニティは「患者を支える家族」の健康リスクにも目を向ける必要がある。当センターを含む共同研究チームが行ったクロスセクショナル研究は、DMD/BMD患者の主介護者36人(平均55.7歳、その83.3%に当たる30人が母親)を対象に、介護負担度(Zarit介護負担尺度:ZBI)と身体症状を調査した6)。調査の結果、主介護者全体の平均ZBI合計スコアは20.9点であった。主介護者のうちキャリア(変異保有)確定は52.8%(19人)、未確定は38.9%(14人)だが、両者の負担感には明確な差がみられた。ZBIで「中程度の介護負担」の基準となる25点以上の割合は、未確定の介護者に比べ、キャリア確定者において有意に高かったのである(p=0.04)。以前のインタビュー(『【GET!ザ・トレンド】 循環器内科医が救う、筋ジストロフィー患者の予後』)でも触れたとおり、母親らは「わが子に遺伝させてしまった」という深い心理的葛藤に加え、患者が学習障害や発達障害などを伴うケースでは、そこから生じる社会的困難も一人で抱え込みがちだ。これら精神的・社会的負担に加え、今回の研究では、遺伝学的な確定状況にかかわらず、彼女たち自身の35人中19人がすでに何らかの骨格筋または心臓の症状を有し、25人中21人で血清CK値の上昇が確認された。つまり、彼女たち自身も「ジストロフィノパチーの身体的リスクの当事者」であるという看過できない現実が示されている。そのようなリスクを抱えながらも、自身の健康管理のために定期的な健康診断を受けているのは半数(50.0%)にとどまり、残る半数は健診の機会を持てていない。また、健診を受けている半数についても、一般的な健診メニューだけでは潜在する心筋症リスクの完全な把握や、健診項目に含まれないCK値の評価は難しく、確実なリスク管理には循環器内科などでの専門的なフォローアップが不可欠となる。主介護者である母親は、患者であるわが子の付き添いで通院していることが多いが、主治医(小児科や脳神経内科)の視線は患者本人に集中し、隣に座る母親のリスクは見落とされがちだ。われわれはこの認識を改め、家族に対しても適切な遺伝カウンセリングや循環器内科への受診を主体的に促す「家族をも視野に入れた包括的な診療アプローチ」を実践していく必要がある。DMD/BMDの診療は、女性変異保有者の心機能チェックまでをシームレスにつなぐ多職種連携を構築して初めて、真の実効性を持つと考える。結語:明日からの診療に活かしたいポイント前編の冒頭に記載のある、グローバル製薬企業における筋ジストロフィー事業買収に象徴されるように、この領域への関心は確実に高まっている。だからこそ、現場の医師には「BMDはDMDに比べて軽症」という言葉に惑わされない先見的かつ包括的なアプローチが求められる。循環器内科との他科連携:遺伝子型から予測される骨格筋や呼吸機能の予後にかかわらず、全例において循環器内科との緊密な連携による定期的な心機能評価を徹底し、必要に応じた早期の心保護薬による介入を進める。中枢神経症状への早期対応と専門機関への橋渡し:骨格筋症状が軽微であっても、発達遅滞や学習障害などの高次脳機能障害に注意を払い、小児科、脳神経内科、精神科、療育などの専門医療機関へ早期につなぐゲートキーパーとしての役割も担う必要がある。遺伝学的評価における微小変異の確認:代表的なエクソン欠失がない症例であっても、C末端側の微小変異を見逃さない遺伝学的評価の重要性を認識し、正確なリスク評価につなげていく。家族(母親・姉妹)への目配りと多職種による包括ケア:目の前の患者本人だけでなく、それを支える母親などの女性変異保有者の潜在的な心筋症・骨格筋リスクに注視する。認定遺伝カウンセラーやソーシャルワーカーらとも協働し、家族に対しても自ら循環器内科などへの受診勧奨や適切な遺伝カウンセリングを行う「チーム医療」を実践する。新たな治療の選択肢が現実味を帯びてくる今だからこそ、集積されたエビデンスをいち早く日常臨床に還元する姿勢が、われわれすべての医師に求められている。(聞き手:ケアネット 三浦 愛子)<<前編に戻る 参考 1) Servierプレスリリース(2026年6月1日公開) 2) Nakamura A, et al. Ann Clin Transl Neurol. 2023;10:2360-2372. 3) Nakamura A, et al. Neurol Genet. 2025;11:e200215. 4) Miyazaki D, et al. eLife. 2025;13:RP100665. 5) Awano H, et al. Clin Chim Acta. 2025;566:120053. 6) Ishizaki M, et al. Intern Med. 2024;63:365-372.