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生まれつき重病の乳児への世界初の体内塩基編集治療がひとまず成功生まれつきの重病の乳児に、その子専用にあつらえた体内遺伝子編集治療が世界で初めて投与されました1,2)。幸いなことに手に負えない有害事象は生じておらず、経過はひとまず順調なようです。KJと呼ばれるその男児の病気はカルバモイルリン酸合成酵素1(CPS1)欠損症と言い、病名が示すとおりCPS1欠乏を引き起こす遺伝子の異常で生じます。CPS1はミトコンドリアにある酵素で、もっぱら肝細胞で取り行われる解毒反応で必須の工程を担います。CPS1は神経毒のアンモニアと炭酸水素を組み合わせて尿素回路の基質となるカルバモイルリン酸を作ります。カルバモイルリン酸を取り込んだ尿素回路から尿素が作られて尿中へと排出されます。遺伝子の異常でCPS1が不足して用を成さなくなると、血中のアンモニアが増え、脳を害する高アンモニア血症に陥ります。治療しないままの高アンモニア血症は昏睡を引き起こして死に至る恐れがあります。KJは生後2日と経たず発症し、血中のアンモニア濃度は基準範囲9~33μmol/Lを遥かに上回る1,703μmol/Lを示していました。KJのゲノム配列を解析したところCPS1の生成を途中で終わらせてしまう変異Q335Xが見つかりました。Q335Xは塩基のグアニンをアデニンに置き換えるナンセンス変異で、本来アミノ酸を指定するコドンを停止コドンにします。そのせいでCPS1は寸足らずの短いものとなってしまいます。KJにはその変異を正す塩基編集治療が施されました。米国のフィラデルフィア小児病院の医師Kiran Musunuru氏らがペンシルバニア大学の研究者と協力して開発されたその治療はkayjayguran abengcemeran(k-abe)と呼ばれ、Cas9ニッカーゼ(Cas9n)とアデノシンデアミナーゼの複合体であるアデニン塩基編集タンパク質(ABE)を作るmRNA(abengcemeran)、ガイドRNA(gRNA)、それらを肝細胞に運ぶ脂質ナノ粒子で構成されています。k-abeのgRNAがCPS1変異領域へABEを導き、ABEのCas9n領域がまず目指す配列に結合します。続いてアデノシンデアミナーゼ領域がアデニンを脱アミノ化します。そうしてアデニン-チミン塩基対がグアニン-チミン塩基対へと変換され、寸足らずではない完全長のCPS1が作られるようになります。k-abeはマウスで遺伝子編集の効率を調べ、サルで安全性を確認した後にKJに静注されました。本年2025年の4月までにk-abeは合計3回投与され2)、安全性にこれといった難はなく、深刻な有害事象は認められていません。効果のほども見て取れ、生後7ヵ月ごろ(生後208日目)の最初のk-abe投与から7週間にKJは食事でのタンパク質摂取を増やすことができ、窒素除去薬の用量を半分に減らせました。また、CPS1の働きが回復していることを示す所見と一致する血中アンモニア濃度低下も認められています。CPS1遺伝子配列が正しく編集されているかどうかを検討するための肝臓の生検には報告の時点で至っていません。幼いKJに肝生検は危険すぎたからです。効果の持続のほど、目当ての配列以外の余計な編集やk-abeへの免疫反応の害もわかっておらず、より長期の経過観察でk-abeのさらなる安全性や有効性、それに神経の調子を検討する必要があります1,3)。 参考 1) Musunuru K, et al. N Engl J Med. 2025 May 15. [Epub ahead of print] 2) World's First Patient Treated with Personalized CRISPR Gene Editing Therapy at Children's Hospital of Philadelphia / PRNewswire 3) Gropman AL, et al. N Engl J Med. 2025 May 15. [Epub ahead of print]