日本脳卒中学会、日本脳卒中医療ケア従事者連合、日本脳卒中協会の主催による「脳卒中メディアフォーラム」が10月15日に開催された。杏林大学医学部脳卒中医学 教授の平野 照之氏が司会を務めた。「脳卒中・循環器病対策基本法」および「脳卒中と循環器病克服5か年計画」に基づき、(1)脳卒中医療体制の整備、(2)地域多職種連携、(3)患者・家族支援と社会への啓発活動という3つの柱に沿って、各団体の理事長から最新の取り組みが報告された。
1. 医療体制の整備:地域格差を埋める「遠隔医療」が鍵
最初に、日本脳卒中学会 理事長の藤本 茂氏(自治医科大学内科学講座神経内科学部門 教授)が「脳卒中・循環器病対策基本法と脳卒中と循環器病克服5か年計画に基づく脳卒中医療の整備」をテーマに発表した。
超高齢社会を迎えた日本において、脳卒中は死因の第4位、そして重度の要介護(要介護レベル4・5)に至る原因の第1位を占めている。年間で医療費約1.8兆円、介護費約1.9兆円が費やされており、社会全体で取り組むべき喫緊の課題となっている。
脳梗塞の超急性期治療は、時間との戦いとなる。発症から数時間以内に行われる血栓溶解薬(rt-PA)の投与や、カテーテルで血栓を回収する機械的血栓回収療法は、後遺症を大きく左右する。rt-PA静注療法を24時間365日提供できる体制を整えたのが「一次脳卒中センター(PSC:Primary Stroke Center)」であり、さらに高度な血栓回収療法まで常時対応可能なのが「PSCコア施設」である。
藤本氏の報告によると、これらの認定施設は全国に広がり、救急車で60分以内にPSCへ到達できる人口の割合は99%に達した。しかし、より高度な治療が可能なPSCコア施設へ30分以内に到達できる割合は82.8%に留まり、依然として地域による医療格差が存在する。とくに地方や僻地・離島では治療の機会を逃すケースが少なくない。
この課題の解決策として注目されているのが、
遠隔医療(テレストローク)だ。専門医がいない地域の病院(スポーク施設)にいる患者を、専門医がいる中核病院(ハブ施設)から情報通信機器を通じて診断・支援する仕組みである。これにより、rt-PA投与の判断・実施や、血栓回収療法のための適応判断が迅速に行えるようになる。
令和6年度の診療報酬改定でもこの遠隔連携が評価されるようになり、超急性期脳卒中加算の見直しが行われ、脳血栓回収療法連携加算(5,000点)が新設された。今後、専門医がいない地域でも再灌流療法を受けられる体制の全国的な整備が加速すると期待される。学会は、現在15.8%にとどまる再灌流療法の施行率を、まずは20%以上に引き上げることを目標に掲げている。
また、急性期医療と並行して、患者・家族への支援体制の充実も図られている。その中核を担うのが、PSCコア施設などに設置されている「
脳卒中相談窓口」だ。ここでは、多職種の専門スタッフが、急性期から退院後の生活までを見据え、リハビリテーションや介護、社会福祉サービスに関する情報提供や相談支援をワンストップで行う。活動の標準化のため『脳卒中相談窓口マニュアル』も作成された
1)。相談件数は年々倍増しており、患者や家族の不安に寄り添う重要な拠点として全国的に活発化している。
2. 地域多職種連携:「総合支援センター」をハブに、切れ目のない支援を
続いて、日本脳卒中医療ケア従事者連合 理事長の宮本 享氏(京都大学医学部附属病院特任病院教授 脳卒中療養支援センター長・もやもや病支援センター長)が、「脳卒中・心臓病等総合支援センターをハブとした地域多職種連携」をテーマに発表した。
脳卒中患者の支援は、急性期病院を退院して終わりではない。むしろ、その後の回復期、生活期におけるリハビリや再発予防、社会復帰支援こそが重要となる。宮本氏は、これを実現するためには、医師、看護師、理学療法士、医療ソーシャルワーカー(MSW)など、多様な専門職が組織的に連携する必要があると強調した。
その司令塔となるのが、各都道府県に設置が進む「
脳卒中・心臓病等総合支援センター」だ。宮本氏は、同センターが脳卒中と心臓病という2つの循環器疾患を対象とすることを説明しつつ、とくに急性期後の回復期・生活期においては、両者で必要とされる医療システムが大きく異なるため、それぞれに特化した支援体制の構築が重要であると述べた。このセンターの役割は、個々の患者を直接支援するだけでなく、地域のハブとして、どの医療機関にかかっても標準化された質の高い情報提供や相談支援が受けられる体制を構築することにある。
先進的な事例として紹介された京都府では、総合支援センターが中心となり、以下のような多職種・地域連携のネットワークを構築している。
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きょうとサンナイ会:「ならない(予防)・手遅れにならない(急性期治療)・まけない(リハビリ)」をコンセプトにした患者・家族向けの情報発信の場。府内の各病院がそれぞれの「サンナイ会」を持つことで、標準化された情報をニューズレターなどの形で広範な患者・家族に届けるネットワークを形成している。
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脳卒中相談窓口連携会議:府内49の急性期・回復期病院のMSWが定期的に情報交換。患者が抱える共通の課題(例:「装具難民」問題、嚥下リハビリ外来の情報不足など)を共有し、地域全体の資源マップを作成・共有することで、どの病院でも同じ情報を提供できる体制を整えている。
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かかりつけ医・薬局との連携:京都府医師会や薬剤師会と協力し、「脳卒中生活期かかりつけ医・かかりつけ薬局」の登録制度を開始。かかりつけ医やかかりつけ薬局が患者に最も身近な相談窓口となり、患者が退院後も地域で安心して療養を続けられるよう整備している。
しかし、この重要な役割を担う総合支援センターの運営は、都道府県の予算に大きく依存している。専従職員の雇用や諸活動費など事業継続に必要な年間1,000万円以上の予算が確保できているのは13都道県のみという厳しい現実も報告された。持続可能な支援体制の構築には、行政による安定した財政支援が不可欠だという。
3. 啓発と患者支援:当事者の「声」を社会に届ける
最後に、日本脳卒中協会 理事長 峰松 一夫氏(医誠会国際総合病院 病院長)が「脳卒中に関する啓発・患者支援活動」について発表した。
日本脳卒中協会は、市民への啓発と、患者・家族に寄り添う支援活動の両輪で脳卒中対策に取り組んでいる。啓発活動の柱は、毎年10月の「脳卒中月間」だ。今年の標語「
過信より 受診で防ぐ 脳卒中」を掲げ、全国でキャンペーンを展開する
2)。10月29日の「世界脳卒中デー」には、東京都庁舎をはじめ全国50以上のランドマークを脳卒中のシンボルカラーであるインディゴブルーにライトアップし、市民の関心を呼び掛ける
3)。
続いて峰松氏は、脳卒中の主要な後遺症の一つである「失語症」への社会的な理解の必要性について語った。失語症は、話す・聞く・読む・書くことが困難になる症状で、その多くが脳卒中に起因する。しかし、その存在や当事者が直面する困難(契約や法的手続きでの不利益など)は十分に知られておらず、「脳卒中・循環器病対策基本法」に対策が盛り込まれたものの具体的な支援はまだ始まっていない。協会は、まずこの症状への認知度を高めることが急務であると訴えた。
患者支援では、当事者の「孤立」を防ぎ、「声」を社会に届けるための取り組みが進んでいる。
脳卒中サロンは、患者や家族が互いの経験を語り合い、支え合うピアサポートの場。会員の高齢化で患者会が減少する中、急性期病院と回復期病院が連携してサロンを立ち上げるモデル事業を全国5県で展開。そのノウハウをまとめた『脳卒中サロン 設立・運営マニュアル』をウェブで公開し、全国への普及を目指している
4)。
続いて、自らも脳卒中経験者である日本脳卒中協会副理事長 川勝 弘之氏が、
脳卒中スピーカーズバンクの活動について語った
5)。この活動は、脳卒中経験者自身が「語り部」となり、自らの体験を学校や職場で伝える活動だ。2025年現在、30人のメンバーにより構成されている。内閣府の調査では、国民の95.7%が脳卒中を「怖い」と感じる一方で、若年層の半数以上が生活習慣を「改善するつもりはない」と回答している。専門家による難しい話ではなく、「当事者のリアルな言葉」こそが、人々の行動変容を促す力を持つ。しかし、メンバーの意欲は高まるものの、市民公開講座などの講演の機会はまだまだ少なく、活動の認知度向上が課題であるという。
フォーラムの最後には、今後も3団体が連携し、脳卒中という大きな課題に対し、医療の進歩だけでは不十分であり、地域社会全体で患者を支え、予防意識を高めていくという強いメッセージが示された。
(ケアネット 古賀 公子)