1992年、世界精神保健連盟はメンタルヘルス問題に関する世間の意識を高め、偏見をなくし、正しい知識を普及することを目的として、10月10日を「世界メンタルヘルスデー」と定め、その後、世界保健機関(WHO)も協賛し、正式な国際デー(国際記念日)となった。
2025年9月、世界メンタルヘルスデーに合わせてルンドベック・ジャパンによるプレスセミナーが行われ、慶應義塾大学の菊地 俊暁氏と株式会社ベータトリップの林 晋吾氏が医師の立場、当事者の立場からそれぞれ講演を行った。
うつ病の治療とリカバリー
うつ病におけるリカバリーの概念は症状が軽減し、医師の視点で改善と評価できる状態である“臨床的リカバリー”と、患者個人の指標・目標に対して本人が「良くなった」と実感できる状態である“パーソナルリカバリー”の2種類があり、両者は必ずしも一致しない。医師の視点から見て症状が改善しているか、という点だけではなく患者自身が個人の価値観や目標に対して回復しているかという点も重要である。
また、パーソナルリカバリーに関連する社会機能に関してはすぐに戻らない例が多く、日常生活や社会生活を送るための社会機能は治療開始から半年後で回復している患者は約3割、2年経っても約4割と社会機能が十分に回復していないことが多い。また認知機能の障害が見られることがあり、とくに記憶力・集中力・判断力・処理速度などが低下しやすく、仕事のパフォーマンス低下の要因となっている。
うつ病におけるリカバリーの評価:VGOAL-J study
では、どのような治療が社会機能を含めたパーソナルリカバリーに有効であるのか。抗うつ薬による機能的/パーソナルリカバリーの効果について評価した試験がVGOAL-J studyである。
試験の概要は以下のとおり。
対象:20~65歳で有給の就労をしており、DSM-5の基準に従って診断された大うつエピソードを経験している人。
主な指標:
抗うつ薬(ボルチオキセチン)の投与を開始した対象者において以下の2つの主要な指標を測定した。
GAS-D(Goal Attainment Scale for Depression):12週間にわたる目標を達成した割合の変化や、12週時点での目標を達成した割合を評価。患者と医療従事者が協力して患者ごとに治療目標を設定し、目標に向けて進捗経過を測定する。
WPAI(Work Productivity and Activity Impairment Questionnaire):24週間にわたる労働生産性の変化を評価。
結果はベースラインと比較して、GAS-Dスコアは8週、12週、24週で有意に増加していた。また、設定した目標の達成率は24週時点で6割以上であった。
WPAIはベースラインと比較して4週以降から有意な改善が観察され、経時的にパフォーマンスが戻ってきていることが示された。
有害事象は121例中67例で発現したが、軽度なものが多く、試験中止に至った有害事象および死亡例は報告されていない。
この結果から、抗うつ薬を継続して投与する、すなわち治療継続の有効性と重要性が示唆された。一方で、目標未達成者への追加支援は今後の課題であるとした。
うつ病と働くこと:復職はゴールではない
林氏は2010年にパニック障害を発症し、その後うつ病を併発、休職・復職・転職を繰り返し、約7年で寛解に至った。現在は患者家族向けコミュニティ「エンカレッジ」を運営しており、経験者の立場からうつ病と就労について講演を行った。
復職しても以前と同じように働けるわけではなく、林氏は新しい困難と向き合う日々が続いた。出勤はできても午後になると集中力が途切れ、簡単な資料をまとめるにも以前の数倍の時間がかかる、さらに終業後は疲れ果てて家で何もできず、生活の他の部分が回らなくなってしまった。この状態を「職場の人からは普通に働いているように見えていたかもしれません。でも実際は、必死に取り繕っていました。」と林氏は語った。
働きながら感じた課題に対して、ひとつひとつ工夫をしながら対策していく中で気づいたのは「小さな目標設定」の重要性であった。
例えば、毎朝8時に起きる、予定がなくても身だしなみを整える、など日常生活に根ざした小目標を設定する。最初は「ちっぽけ」と感じても、達成感を積み重ねることで回復や生産性改善の実感に繋がっていった。家族からの「先月より安定している」という声が大きな励みとなった。
支援を繋ぐために
うつ病と共に生きることは、本人だけでなく家族や職場にも影響を与えるため、医療、職場、そして家族が“共通の物差し”を持つことが大切である。
林氏は、GAS-DやWPAIのような同じ評価軸の物差しを共有することで、周囲が本人の状況を理解しやすくなり、より適切な支援につながると強調した。
「復職はゴールではなくスタートです。小さな目標を積み重ねることで、回復と働き続ける力が生まれます。医療・職場・家族が一緒になって支えることで、うつ病と共に生きる道は開けていくのだと思います」と林氏は講演を締めくくった。
ルンドベック・ジャパンのうつ病に対する取り組みと社会啓発
ルンドベック・ジャパンはデンマークに本社を置くグローバル製薬企業であり、精神神経領域に特化し、70年以上の歴史を持つ。「脳の健康を推し進め、人々の人生を変える」をパーパスに掲げている。
2013年から世界メンタルヘルスデーに合わせて各国で啓発活動を展開しており、日本では毎年、患者団体・医療関係者・行政・NGOなどと連携した啓発活動を実施している。
世界メンタルヘルスデーに合わせたセミナーやイベントを継続的に実施しており、一般向けセミナーやシンボルカラーによるライトアップなどを予定している。
(ケアネット)