本邦における包括的ゲノムプロファイリング検査(CGP)は、「標準治療がない、または局所進行もしくは転移が認められ標準治療が終了となった(見込みを含む)」固形がん患者に対して生涯一度に限り保険適用となる。米国では、StageIII以上の固形がんでのFDA承認CGPに対し、治療ラインに制限なく全国的な保険償還がなされており、開発中の新薬や治験へのアクセスを考慮すると、早期に遺伝子情報を把握する意義は今後さらに増大すると考えられる。本邦の固形がん患者を対象に、コンパニオン診断薬(CDx)に加えて全身治療前にCGPを実施する実現性と有用性を評価することを目的に実施された、多施設共同単群非盲検医師主導臨床試験(NCCH1908、UPFRONT試験)の結果を、国立がん研究センター中央病院/慶應義塾大学の水野 孝昭氏が第22回日本臨床腫瘍学会学術集会(JSMO2025)で発表した。
・対象:16歳以上の治癒切除不能または再発病変を有する非小細胞肺がん(EGFR、ALK、ROS1、BRAFのドライバー遺伝子変異なし)、トリプルネガティブ乳がん、胃がん、大腸がん、膵がん、胆道がん患者(前治療歴なし[術前術後補助化学療法は許容]、ECOG PS 0/1、CGP検査に提出可能な腫瘍検体・末梢血検体を有する)
・組み入れ患者の治療の流れ:CGP(医療保険の先進医療特約または自費)→標準治療±分子標的治療(→[保険適用のCGP]→分子標的治療)※1
・評価項目:
[主要評価項目]actionableな遺伝子異常※2に対応する分子標的薬による治療を受ける患者の割合
[重要な副次評価項目]全生存期間(OS)、actionableな遺伝子異常を有する患者の割合、actionableな遺伝子異常に対する標的治療における無増悪生存期間(PFS)など
・追跡期間:24ヵ月(データカットオフ:2024年3月)
※1:保険適用のCGPを受けるかどうかは任意で、本研究では規定なし
※2:actionableな遺伝子異常=厚生労働省「第2回がんゲノム医療推進コンソーシアム運営会議(2019年3月8日)」で示された「資料3-4 治療効果に関するエビデンスレベル分類案」1)におけるエビデンスレベルD以上
主な結果は以下のとおり。
・2020年6月~2022年3月に201例が登録され、192例がCGPを受けた。
・201例の患者背景は、年齢中央値が62歳(範囲:19~83)、男性が54.2%、がん種は膵がん27.9%/大腸がん24.9%/非小細胞肺がん15.9%/胆道がん11.9%/胃がん8.5%/乳がん6.5%で、術後再発症例は32.8%であった。
・最も多く検出された遺伝子異常はTP53(≧60%)で、KRAS(≧40%)、APC、SMAD4、ARID1A(いずれも≧10%)などが続いた。また、ERBB2、BRAF、EGFRなど薬剤に直結する遺伝子異常も、いずれも5%未満ではあるが検出された。
・actionableな遺伝子異常(エビデンスレベルA~D)を有する患者は110例(57.3%)、治療候補薬の推奨あり(エビデンスレベルE以下も含む)の患者は142例(74.0%)であった。
・actionableな遺伝子異常を有する患者の割合をがん種別にみると、膵がん67.9%/非小細胞肺がん65.6%/胆道がん62.5%/大腸がん48.0%/乳がん46.2%/胃がん35.3%であった。
・actionableな遺伝子異常に対応する分子標的薬による治療を受けた患者は14例(7.3%)で、がん種ごとにみると非小細胞肺がん18.8%/膵がん8.9%/胆道がん4.2%/大腸がん4.0%、乳がんおよび大腸がんは0%であった。なお、14例中8例が治験的治療を受けた。
・actionableな遺伝子異常に対する標的治療におけるPFS中央値は3.1ヵ月(95%信頼区間[CI]:1.1~5.8)、奏効率(ORR)は28.6%であった。とくに非小細胞がん患者においてPFSが良好な傾向がみられ、6例中4例がPR(部分奏効)であった。
・全体集団のOS中央値は24.3ヵ月(95%CI:20.2~30.9)であった。
・治療候補薬の推奨があった患者における分子標的治療を受けなかった理由としては、標準治療中の状態悪化が57.0%を占め、32.8%が標準治療中であった。
水野氏は今回の結果について、初回全身治療時にCGPを受けた固形がん患者のうち、actionableな遺伝子異常に基づく分子標的治療を受けた患者の割合は7.3%であり、本研究実施期間中においては限定的であったが、ドライバー遺伝子陽性症例を除く非小細胞肺がん患者で比較的良好な結果が得られたことから、特定の背景を有する患者においてはCGP早期実施による利益が得られる可能性があるとまとめている。
講演後の質疑応答において、司会を務めた京都大学の武藤 学氏は、今回の7.3%という結果にはCGPをCDxとして使用したケースは含まれず、治験的治療やCDxがカバーできない治療に進んだ症例が該当するという点に注意が必要と指摘。そのうえで、今後は治験へのアクセスのしやすさの向上、継続した対象者への治験提案、治験の数を増やすなどの方策を練るべきではないかとした。
本試験に関しては、同時期に標準治療を受けた固形がん患者130例を登録した観察研究が並行して実施されており、今後対照群として比較解析を行うことが計画されている。また、本試験のサブスタディとして、CGPに対する十分な組織のない患者を対象としたUpfront Liquid study、費用対効果分析やQOL評価を行うためのアンケート調査も実施されている。
(ケアネット 遊佐 なつみ)