ごく早期に発現するがん悪液質の食欲不振とグレリンの可能性/JSPEN

提供元:ケアネット

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公開日:2019/03/06

 

 本年(2019年)2月、第34回日本静脈経腸栄養学会学術集会(JSPEN2019)が開催された。その中から、がん悪液質に関する発表について、日本緩和医療学会との合同シンポジウム「悪液質を学ぶ」の伊賀市立上野総合市民病院 三木 誓雄氏、教育講演「がんの悪液質と関連病態」の鹿児島大学大学院 漢方薬理学講座 乾 明夫氏の発表の一部を報告する。

前悪液質状態の前から起きている食欲不振
 伊賀市立上野総合市民病院 三木 誓雄氏は「がん悪液質の病態評価と治療戦略」の中で次のように発表した。

 がん悪液質の出現割合は全病期で50%、末期になると80%にもなる。また、がん患者の30%は悪液質が直接の原因で死亡する。EPCR(European Palliative Care Research Collaborative)のガイドラインでは、がん悪液質は前悪液質(Pre-Cachexia)、悪液質(Cachexia)、不可逆的悪液質(Refractory Cachexia)の3つのステージに分けられる。ESPEN(European Society for Clinical Nutrition and Metabolism:欧州静脈経腸栄養学会)のエキスパートグループは、食欲不振・食物摂取の制限は前悪液質となる前から現れると述べている。

 この食欲不振の原因は全身性炎症反応である。McMahon氏らの研究では、未治療の肺がん患者のCRPは、手術侵襲のピーク時を超える高値で持続するとされる。全身性炎症反応の最も大きな原因は、腫瘍から放出されるTNFα、IL-6、IL-1などの炎症性サイトカイン。「炎症性サイトカインが中枢神経に働きかけて、まず食欲が失われ、それに伴って悪液質が始まり、代謝異化に向かい体重減少し、最後にはサルコペニアに至る」という。

悪液質の発現で変わるがん治療効果
 全身性炎症はまた、がんの治療効果にも影響を及ぼす。全身性炎症が亢進すると、薬物代謝酵素である肝臓のチトクロームP450活性が低下する。薬の代謝が抑制されるため薬物毒性が増える。一方、代謝を受けて薬効を示すプロドラッグなどは効果が減弱する。Carla氏らの報告では、非悪液質患者の抗がん剤の毒性出現頻度は約20%だが、悪液質患者では約50%と上昇する。抗がん剤の治療成功期間(Time to progression)も、非悪液質に比べ悪液質では約400日短縮する。

 三木氏らは、伊賀市立上野総合市民病院で、5%以上の体重減少があるがん化学療法施行消化器がん患者179例に対して栄養療法(EPA 1g/日含有栄養剤:300kcal)のトライアルを行った。結果、栄養支持療法なし群だけをみると悪液質(体重減少5%以上かつCRP 0.5以上)は20%に発現し、この悪液質発現群では非発現群と同様の化学療法を受けていても全生存期間が有意に短かった(p<0.01)。また、栄養支持療法あり群では、がん化学療法施行時中もCRPは上昇せず、骨格筋量、除脂肪体重は増加した。栄養支持療法なし群ではCRPは上昇し、骨格筋量、除脂肪体重は増加しなかった。がん化学療法継続日数は栄養支持療法あり群で80日延長した(388.8日 vs.308.0日)。これら栄養支持療法による生命予後改善は、悪液質患者に限ってみられた(全患者:p=0.84、悪液質患者:p=0.0096)。「栄養支持療法をすることで、悪液質患者を非悪液質患者と同じ抗がん剤治療の土俵へ上げることができたことになる」と三木氏は述べる。

がん悪液質におけるグレリンの役割
 鹿児島大学大学院 漢方薬理学講座 乾 明夫氏は「がん悪液質と関連病態」の中でグレリンについて次のように述べた。

 グレリンは胃から分泌され、摂食促進、エネルギー消費抑制に働く。グレリンはグレリン受容体(成長ホルモン分泌促進受容体)に結合し、食欲促進ペプチドである視床下部の神経ペプチドY(NPY)に作用し食欲を増やす。また、下垂体前葉において成長ホルモンの分泌を促進しサルコペニアを改善する。

 がん悪液質では、グレリンの相対的分泌低下とレプチンの相対的上昇があり、食欲抑制系が優位状態となっていることが、動物実験で示されている。そのため「外部からグレリンを投与し補充することは理論的」と乾氏は言う。動物実験では実際に、グレリンを投与すると空腹期強収縮が起こり、胃の中に食物があっても空腹期様の強収縮を起こすことも示されている。

 グレリン化合物には、多くの開発品がある。anamorelinは、グレリン受容体に強力な親和性を有する経口のグレリンアゴニストである。すでに4つの第II相試験と2つの第III相試験を実施している。StageIII/IVの悪液質を有する非小細胞肺がん患者174例を対象にした第III相試験においては、主要評価項目である除脂肪体重(p<0.0001)に加え、全体重も有意に改善した(p<0.001)。握力はp=0.08で有意な改善は示さなかったものの、「悪液質の診断がついて早期に使えば、より大きな効果を期待できるであろう」と乾氏。

 さらに、グレリン・NPYを活性化するものに人参養栄湯がある。グレリン分泌の促進とグレリン非依存性のNPY活性化という2つの作用を有する。食欲、サルコペニア、疲労・抑うつの改善など、重症がん患者に対する支持療法としてさまざまな効果がある。「将来はグレリンアゴニストと人参養栄湯をドッキングして使われることもあると思う」と乾氏は言う。

(ケアネット 細田 雅之)