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2012年にサウジアラビアで初めて見つかり、27ヵ国に広まり、同国をはじめとする中東で依然として蔓延する、致死率34.4%の中東呼吸器症候群コロナウイルス(MERS-CoV)。MERS-CoV感染症ワクチン開発で手応えを掴んでいたピッツバーグ大学研究チームが、その経験を糧に取り急ぎ開発した新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)ワクチンの有望な抗体誘導性能がマウス実験で早速確認されました。指先ほどの大きさの一切れを皮膚に束の間押し当てるだけで投与が済む、室温保管可能なそのワクチン・PittCoVacc(Pittsburgh CoronaVirus Vaccine)のヒトへの投与試験が、早くも数ヵ月以内に始まる見込みです1)。PittCoVaccには細かな針が400本並んでおり、皮膚に押し当てることで実質的に痛みなくSARS-CoV-2のスパイクタンパク質の一部(S1サブユニット)を皮内に投与します。マウスに投与したところ、2週間以内にSARS-CoV-2に対する抗体が増加しました2)。研究者らは、米国FDAへの治験開始申請の準備を進めており、今後数ヵ月以内に第I相試験を開始することを目指しています。「通常なら臨床試験は少なくとも1年はかかるが、これまで経験したことがない今回のような事態で試験にどれだけの期間がかかるかはなんとも言えず、最近の通知によるとより早く済む可能性がある」とピッツバーグ大学の研究リーダーの1人Louis Falo教授は言っています。MERS-CoVや2002~03年に流行した重症急性呼吸器症候群コロナウイルス(SARS-CoV)での研究成果は、PittCoVaccのようなワクチンのみならず、現存薬をSARS-CoV-2感染症(COVID-19)治療に役立てる取り組みにも生かされており、たとえばデンマークのオーフス大学による先週金曜日(4月3日)開始の膵炎治療薬カモスタット(フオイパン)の試験はその1つです3)。SARS-CoVやMERS-CoVと同様にSARS-CoV-2も細胞侵入にヒトタンパク質(セリンプロテアーゼ)TMPRSS2を必要とし、それを阻害する小野薬品起源のカモスタットがSARS-CoV-2の細胞侵入を阻止すること4)や、コロナウイルス感染マウスの死亡を減らすことが示されたことを受けて、オーフス大学の研究者はCOVID-19患者への同剤の試験開始にこぎ着けました5)。この試験はデンマークを代表する製薬会社Lundbeck(ルンドベック)のほとんど(70%)を所有する同国製薬研究助成財団Lundbeck Foundationから寄贈された500万デンマーククローネ(約8,000万円)を使って実施されます。新型コロナウイルス感染症(COVID-19)患者180人を募り、それらの3分の2はカモスタット服用群、残り3分の1はプラセボ投与群に割り振られます。カモスタットを生んだ日本でも、別のTMPRSS2標的薬によるCOVID-19治療試験が間もなく始まる予定です6)。2016年の研究7)でTMPRSS2依存ウイルス感染を阻止しうることが示されている別の膵炎治療薬ナファモスタットもカモスタットと同様にSARS-CoV-2の細胞侵入を防ぐことを、東京大学の井上純一郎教授/山本瑞生助教のチームが見出しており8)、先月中旬の成果発表時に、臨床試験を向こう1ヵ月以内に始めうるとの見解が示されています。また、SARS-CoV-2が感染に利用するらしいヒトタンパク質/因子はTMPRSS2の他にも見つかっており、たとえば査読前論文掲載サイトbioRxivに3月22日に発表された報告では、米国FDA承認済みか開発段階の69の薬が標的としうる67のSARS-CoV-2相互作用成分が同定されています9)。参考1)COVID-19 Vaccine Candidate Shows Promise in First Peer-Reviewed Research / University of Pittsburgh2)Kim E, et al. eBioMedicine. April 02, 20203)These drugs don’t target the coronavirus - they target us / Science4)Hoffmann M, et al. Cell. 2020 Mar 4. [Epub ahead of print]5)Does a Japanese medication for heartburn work on corona patients? / Aarhus University6)Japanese Researchers to Test Blood Thinner For Virus Treatment / Bloomberg7)Yamamoto M,et al. Antimicrob Agents Chemother. 2016 Oct 21;60:6532-6539.8)新型コロナウイルス感染初期のウイルス侵入過程を阻止、効率的感染阻害の可能性がある薬剤を同定 / 東京大学9)A SARS-CoV-2-Human Protein-Protein Interaction Map Reveals Drug Targets and Potential Drug-Repurposing. bioRxiv. March 22, 2020