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便秘は古今東西いろいろな場面で遭遇します。しかし、「便秘でしょ」と軽く考えていると痛い目を見ることがあります。今回は救急外来での症例を通じて、便秘診療の注意点を確認してみましょう。<症例>80歳、女性主訴便秘病歴3日くらい前から排便がなく、1時間前から腹痛を訴えている。本人が「便秘かも」と言っており、浣腸を希望して受診した。思わず「浣腸しておいて」と言いたくなるかと思いますがそこはぐっと我慢して、ステップを追って診察していきましょう。ステップ1 本当に便秘?と疑う腹痛の鑑別は多岐にわたります。鑑別を記載すると膨大になるため割愛しますが、患者さんが「便秘のようだ」というときに、「本当に便秘?」と常に疑う必要があります。まれに尿閉を便秘と訴える患者さんもいます。「便秘で浣腸」という行為は、医療者以外でも一般的に行っている対処方法ですが、浣腸でも重篤な合併症を生じる可能性があります。浣腸は下行結腸・S状結腸あたりから直腸膨大部までの腸管内容物を排除することを目的としています。腸管壁の脆弱性を生じる疾患(憩室炎など)があった場合、圧をかけることにより消化管穿孔のリスクになるという報告があるため1)、安易に便秘と診断して浣腸することは控えるべきです。この患者さんの腹部の所見は、左下腹部に圧痛を認めるものの腹膜刺激症状はなく、直腸診では便塊を触れるのみで腫瘤の触知は認めませんでした。本人曰く、排尿は来院前に済ましているとのことで尿閉は否定的でした。他に腹痛を生じる疾患は認めなかったため、便秘と診断しました。ステップ2 治療便秘は16%の人が経験し、60歳以上となると33.5%の人が罹患するという報告があります。便秘の種類としては器質性と機能性に分けられます。器質性は腫瘍や炎症などによる腸管の狭窄、蠕動低下を来した状態であり、適切に治療しないと重篤化するため早期の発見が必要です2,3)。機能性は器質性以外の便秘で、腸管蠕動の低下や脱水により便が固くなり、排便が困難となり発症します。この患者さんは直腸診で硬便を触れるため機能性の便秘の可能性が高いと判断したところで、看護師より「摘便しましょうか?」と提案がありました。便秘の治療はさまざまです。この患者さんのように、すでに便が直腸下部にある場合、坐剤、浣腸、摘便がよい適応になります4)。私は肛門近くに便塊がある場合(糞便塞栓)、可能な限り摘便した後に浣腸をしています。固い便が肛門をふさいでいると浣腸や坐剤がうまく使用できないと考えるからです。患者さんに摘便、浣腸を行ったところ大量の排便があり、患者の腹痛はきれいに消失しました。なお、80歳という年齢を考えると、器質性の便秘の可能性も最後まで否定できないため、必ず大腸内視鏡検査を進めましょう。ステップ3 便秘を繰り返さないための指導便秘になるたびに浣腸をする人がいますが、浣腸は頻度が高くはないとはいえ消化管穿孔などの重大な合併症や習慣性を招くという報告があります5)。機能性の便秘を生じる原因は多岐にわたり、原因を1つに絞るのは難しいと言われています2)が、最も頻度が高い原因は生活習慣(食物繊維の不足、脱水、運動不足など)とされ、適度な飲水、運動が便秘の頻度を下げるという報告があり重要です6)。そして忘れてはいけないのが薬剤性です。便秘を生じる薬剤は、Ca拮抗薬、抗うつ薬、利尿薬など多岐にわたります。必要な薬は内服しなければいけませんが、昨今では高齢者のポリファーマシーが問題になっており、処方薬の調整のきっかけにしてもらいたいと考えます7)。この患者さんの内服薬は降圧薬くらいで、運動不足が便秘の原因と言われたことがあるため可能な限り体を動かしているとのことでした。生活習慣でこれ以上改善するのは難しいと判断し、薬剤投与を行うこととしました。わが国の慢性便秘症診療ガイドラインでは、「浸透圧下剤(酸化マグネシウム)」、「上皮機能変容薬(ルビプロストンなど)」が最も強く推奨されています4)。私は中でも安価で調節がしやすい酸化マグネシウムを好んで処方しています。投与後の反応は患者によって異なるため、330mgを毎食後で開始して、処方箋に「自己調節可」と記載し、患者さんに説明したうえで調節してもらっています。酸化マグネシウムを増量しても効果が乏しい場合は刺激性下剤を追加しています。酸化マグネシウムを投与する際に注意してほしい合併症が高マグネシウム血症です。投与量(≧1,650mg/日)や投与期間(36日以上)、腎機能障害(糸球体濾過量<55.4mL/min)、血中尿素窒素の上昇(≧22.4mg/dL)によってリスクが増加すると報告があり、長期投与を行う場合は漫然と処方するのではなく、定期的な血中マグネシウム濃度の測定が必要です8)。腎機能障害があるなどリスクが高い場合は、上皮機能変容薬を選択しています。この患者さんには酸化マグネシウムを処方し、近医に通院して加療を継続してもらうこととなりました。便秘という疾患は多くの人が経験する疾患であり、便秘が主訴の患者さんに対して「便秘だろう」という先入観で診察を怠ると痛い目にあうことがあります。積極的に介入していきましょう。1)大城 望史ほか. 日本大腸肛門病学会雑誌. 2008;61:127-131.2)Forootan M, et al. Medicine(Baltimore). 2018;97:e10631.3)Black CJ, et al. Med J Aust. 2018;209:86-91.4)日本消化器病学会関連研究会慢性便秘の診断治療研究会. 慢性便秘症診療ガイドライン2017.南江堂;2017.5)Niv G, et al. Int J Gen Med. 2013;6:323-328.6)Leung L, et al. J Am Board Fam Med. 2011;24:436-451.7)大井 一弥. YAKUGAKU ZASSHI. 2019;139:571-574.8)Wakai E, et al. J Pharm Health Care Sci. 2019;5:4.