9.
1 疾患概念■ 定義発作性夜間ヘモグロビン尿症(paroxysmal nocturnal hemoglobinuria:PNH)は、glycosylphosphatidylinositol(GPI)アンカー生合成に関わるPIGA遺伝子などに後天的変異を獲得した造血幹細胞が、クローン性に拡大することで発症するまれな造血幹細胞疾患である1)。GPIアンカー型タンパク質の欠損により、赤血球表面の補体制御因子であるCD55およびCD59の発現が低下・欠損し、補体による血管内溶血を来す。PNHは単なる溶血性貧血ではなく、血管内溶血、血栓症、造血不全を三主徴とする疾患として理解する必要がある。■ 疫学PNHは希少疾患であり、わが国では指定難病に含まれる。2024(令和6)年度の特定医療費(指定難病)受給者証所持者数は1,264人であり、人口10万人当たり約1.0人に相当する。ただし、これは医療費助成制度に基づく患者数であり、軽症例、未申請例、subclinical PNH、骨髄不全に伴う微小PNHクローンなどは含まれにくいため、実際の有病者数を過小評価している可能性がある。PNHは若年から中年期の成人に多いが、小児から高齢者まで幅広く発症しうる。わが国での診断時年齢中央値は45歳で、20~60代と均等に分布する。欧米では溶血や血栓症を主体とする古典的PNHが多いのに対し、わが国を含むアジアでは、再生不良性貧血など骨髄不全を背景とするPNHが比較的多いとされる2)。■ 病因PNHの直接的な原因は、PIGA遺伝子などGPIアンカー生合成関連遺伝子の後天的変異である。ただし、PIGA変異を有する微小なPNHクローンは健康な人にも検出されることがあり、変異の獲得だけでは臨床的PNHの発症を十分に説明できない。PNHクローンの拡大には、再生不良性貧血に代表される免疫学的骨髄不全の環境が重要と考えられている。すなわち、免疫学的機序により正常造血が抑制される一方で、GPIアンカー欠損造血幹細胞が相対的に生存優位性を獲得し、PNHクローンとして拡大する。このためPNHは、補体介在性溶血と骨髄不全が併存する疾患である(図1)。図1 補体活性化経路とPNH古典経路、レクチン経路、第2経路の3つの活性化経路はいずれもC3の活性化を経て、C5から始まる終末補体経路の活性化に至る。健康な人では、CD55によりC3転換酵素(C4b2b、 C3bBb)とC5転換酵素(C4b2b3bとC3bBb3b)の形成が抑制、崩壊が促進され、CD59によりC5b-9(MAC)の形成が阻害され、過剰な補体活性化が抑制されているが、これらを欠損したPNH型赤血球では、補体による溶血が進行する。画像を拡大する■ 症状PNHの症状は多彩である。典型的には、貧血に伴う倦怠感、息切れ、動悸、黄疸、ヘモグロビン尿を認める。血管内溶血により遊離ヘモグロビンが血中に放出されると、平滑筋弛緩作用を持つ一酸化窒素が消費され、平滑筋攣縮に伴う腹痛、嚥下困難がしばしばみられるほか、勃起障害、肺高血圧症などを来すことがある。また、遊離ヘム、破壊された赤血球に由来する膜成分、血小板活性化、血管内皮障害、組織因子発現、好中球細胞外トラップ形成などが複合的に関与し、血栓傾向をもたらす3)。血栓症はPNHの生命予後を左右する重要な合併症であり、肝静脈、門脈、脳静脈洞など非典型部位に生じることがある。慢性のヘモグロビン尿により鉄欠乏、尿細管障害、慢性腎臓病を来すこともある。■ 分類PNHは、臨床像により(1)溶血を主体とする古典的PNH、(2)再生不良性貧血や骨髄異形成症候群などに合併する骨髄不全型PNH、(3)両者の性質を併せ持つ混合型PNHの3つに分類される。ただし実臨床では、溶血と造血不全の要素を併せ持つ症例が多く、分類名にこだわるよりも、個々の患者で溶血、血栓症、造血不全のどれが臨床的に問題となっているかを評価することが重要である。■ 予後PNHの予後は、C5阻害薬の登場により大きく改善した。エクリズマブおよびラブリズマブは、血管内溶血を強力に抑制し、血栓症リスクを低下させ、PNH患者の生命予後を、健康な人に近い程度にまで改善した。その一方で、貧血の改善が十分でない症例や、骨髄不全や腎障害の合併、血栓症の既往のほか、抗補体薬治療中の溶血(breakthrough hemolysis:BTH)の問題は、長期予後や生活の質に影響する。したがって、現在のPNH診療では、生命予後の改善に加え、貧血、倦怠感、輸血依存、治療負担をどこまで改善できるかが重要な課題となっている。2 診断 (検査・鑑別診断も含む)PNHは、溶血性貧血を疑う所見(血清LDH値高値、ハプトグロビン低下、網赤血球増加、間接ビリルビン上昇)があり、Coombs陰性の場合にまず鑑別疾患に挙がる。また、ヘモグロビン尿、原因不明の血栓症、あるいは再生不良性貧血や低リスク骨髄異形成症候群に伴うPNH血球の検出を契機に疑う。確定診断には、フローサイトメトリーによるGPIアンカー型タンパク質欠損血球の検出と定量が必須である。『発作性夜間ヘモグロビン尿症診療の参照ガイド 令和4年度改訂版』では、臨床的PNHの基準として、PNHタイプ赤血球(II型+III型)が1%以上、かつ血清LDH値が正常上限の1.5倍以上であることが明確化された。赤血球ではCD55、CD59の欠損を評価し、type II、type III赤血球の割合を確認する。顆粒球や単球ではFLAERを用いた高感度解析が有用であり、輸血の影響を受けにくい。鑑別診断としては、自己免疫性溶血性貧血、遺伝性球状赤血球症をはじめとする先天性溶血性貧血、発作性寒冷ヘモグロビン尿症、血栓性微小血管症(TTP、HUS、補体介在性TMAなど)、機械弁関連溶血などが挙げられる。また、骨髄不全を伴う場合には、再生不良性貧血、低形成性MDS、MDS/AMLへの進展を鑑別する必要があり、骨髄検査、染色体検査、遺伝子検査を併用する。3 治療(図2)図2 補体活性化経路とPNH治療薬C5阻害薬は、補体終末経路を阻害することで血管内溶血を速やかかつ持続的に抑制し、貧血を改善し、血栓症リスクも低下させる。しかし、補体活性化経路の上流に位置する補体成分C3がPNH型赤血球上に蓄積し(オプソニン化)、肝臓や脾臓のマクロファージに貪食される(血管外溶血)ことで、貧血が残存する患者が存在する。こうした患者に対しては、補体上流(近位補体)を阻害する薬剤であるペグセタコプラン(C3阻害薬)、イプタコパン(B因子阻害薬)、ダニコパン(D因子阻害薬、ただしC5阻害薬と併用)が適応となる。画像を拡大する治療は溶血、血栓症、骨髄不全のそれぞれに対する対症療法が中心となる。骨髄不全の治療は、再生不良性貧血に準じて行う。軽症例では経過観察、葉酸補充、鉄欠乏への対応などを行い、subclinical PNHでは背景にある骨髄不全の評価・管理を行う。慢性溶血に対する長期ステロイド投与は推奨されない。鉄欠乏を伴う場合、抗補体療法が導入されていない症例では、鉄補充によりPNH型赤血球の産生が増加し、溶血が増悪することがあるため注意を要する。高度貧血には赤血球輸血を行うが、通常、洗浄赤血球を用いる必要はない。臨床的に問題となる溶血、輸血依存、血栓症またはその既往、腎障害、平滑筋攣縮症状を有する例では、抗補体療法を検討する。わが国では初回治療として、C5阻害薬であるエクリズマブ(商品名:ソリリス)およびラブリズマブ(同:ユルトミリス)、クロバリマブ(同:ピアスカイ)が使用可能である。これらのC5阻害薬は、終末保体経路を阻害することで血管内溶血を速やかかつ持続的に抑制する。これにより、貧血症状や輸血依存の改善に加えて、PNHの重大な合併症である血栓症リスクの低減にもつながる。ラブリズマブは長時間作用型であり、8週に1度の点滴投与、クロバリマブは、リサイクリング抗体技術を用いたC5阻害薬であり、4週ごとの皮下投与が可能である。エクリズマブ、ラブリズマブからクロバリマブに切り替える、あるいはその逆の場合、drug-target-drug complexに関連する一過性の免疫反応に注意する必要がある。C5阻害薬によりLDHが十分抑制されても、C3沈着に伴う血管外溶血、骨髄不全、腎性貧血などにより貧血や倦怠感が残存することがある。C5阻害薬による適切な治療でも十分な効果が得られないPNHに対し、近位補体阻害薬が適応となっている。C3阻害薬ペグセタコプラン(同:エムパベリ)は、C5阻害薬で効果不十分な症例においてHb改善、輸血回避、倦怠感改善を示した。D因子阻害薬ダニコパン(同:ボイデヤ)は、C5阻害薬に併用する経口薬であり、血管外溶血が残存する症例で貧血改善が期待される。B因子阻害薬イプタコパン(同:ファビハルタ)は、補体第2経路を阻害する経口単剤治療薬であり、血管外溶血を引き起こさずに血管内溶血を阻害する。骨髄不全型PNHでは、抗補体薬のみでは血球減少が十分改善しないため、再生不良性貧血に準じた免疫抑制療法を検討する。ATG投与時には補体活性化により溶血発作を来す可能性があり、溶血が強い症例では抗補体療法を先行または併用することが望ましい。同種造血幹細胞移植は根治療法であるが、治療関連死亡や合併症のリスクが高いため、抗補体療法後も反復する血栓症、重症造血不全、MDS/AMLへの進展例などに限って慎重に検討する。4 今後の展望PNH治療は、C5阻害薬による血管内溶血の制御を基盤としつつ、残存貧血、血管外溶血、倦怠感、輸血依存、治療負担を改善する方向へ進展している。今後は、LDHを正常上限の1.5倍未満に抑えることに加え、Hb値の改善、輸血回避、QOL改善、BTH予防を含めた総合的な治療目標が求められる。その一方で、近位補体阻害薬単剤では、感染、ワクチン接種、手術、服薬アドヒアランス不良などを契機としたBTHに注意が必要である4,5)。とくに経口薬では、飲み忘れや中断が生じた場合に補体制御が不十分となり、溶血が再燃する可能性がある。また、感染対策は薬剤ごとの電子添付文書に従う。C5阻害薬では髄膜炎菌、近位補体阻害薬では髄膜炎菌に加えて肺炎球菌、インフルエンザ菌b型などへの感染対策が必要となる。治験中の薬剤としては、抗C5抗体pozelimabと、肝臓でのC5産生を抑制するsiRNA製剤cemdisiranを組み合わせた治療が挙げられる。わが国でも活動性PNH患者を対象とした第III相臨床試験が実施されており、血中C5の直接阻害とC5産生抑制を組み合わせることで、持続的なC5制御と治療負担の軽減が期待される。その一方で、抗C5抗体に補体制御因子Factor Hの機能を組み合わせたKP104のような二重機能性薬剤も海外で開発が進められているが、現時点でわが国におけるPNH治験の実施は確認できない。MASP-3阻害抗体zaltenibart(OMS906)は、pro-factor Dからfactor Dへの成熟を阻害し、補体第2経路を抑制する薬剤で、海外では第III相開発が進められている。今後は、このような新規薬剤に加え、既存薬間のスイッチ、併用療法、妊娠・周術期管理、長期安全性、医療経済性に関する実臨床データの蓄積が重要となる。診断面では、PNHクローンサイズ、赤血球C3沈着、補体活性、BTHリスク、骨髄不全の程度を組み合わせた評価により、患者ごとに最適な抗補体薬を選択する個別化医療が進むと考えられる。PNHは希少疾患であるが、補体制御異常、骨髄不全、クローン性造血が交差する疾患であり、その診療の進歩は他の補体関連疾患の理解にも波及することが期待される。5 主たる診療科血液内科※ 医療機関によって診療科目の区分は異なることがあります。6 参考になるサイト(公的助成情報、患者会情報など)診療、研究に関する情報難病情報センター 発作性夜間ヘモグロビン尿症(指定難病62)(一般利用者向けと医療従事者向けのまとまった情報)発作性夜間ヘモグロビン尿症診療の参照ガイド 令和4年度改訂版(医療従事者向けのまとまった情報)一般社団法人日本PNH研究会(医療従事者向けのまとまった情報) 1) Hill A, et al. Nat Rev Dis Primers. 2017;3:17028. 2) 三谷絹子ほか. 発作性夜間ヘモグロビン尿症診療の参照ガイド 令和4年度改訂版. 厚生労働科学研究費補助金 難治性疾患政策研究事業 特発性造血障害に関する調査研究班 2023. 3) Rother RP, et al. JAMA. 2005;293:1653-1662. 4) Notaro R, et al. N Eng J Med. 2022;387:160-166. 5) Fattizzo B, et al. Blood. 2025;146:411-421. 公開履歴初回2026年7月10日