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国が進める医療DX、診療や臨床研究の何を変える?~日本語医療特化型AI開発へ

 内閣府主導の国家プロジェクト「戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)」では、分散したリアルワールドデータの統合とデータに基づく医療システムの制御を目指し、日本語医療LLM(大規模言語モデル)や臨床情報プラットフォームの構築、患者・医療機関支援ソリューションの開発などを行っており、一部はすでに社会実装が始まっている。2025年9月3日、メディア勉強会が開催され、同プログラム全体のディレクターを務める永井 良三氏(自治医科大学)のほか、疾患リスク予測サービスの開発および受診支援・電子カルテ機能補助システムの開発を目指すグループの代表を務める鈴木 亨氏(東京大学医科学研究所)・佐藤 寿彦氏(株式会社プレシジョン)が講演した。厚労省主導の医療DXとの関係、プログラムの全体像 厚生労働省主導の医療DXが、診療行為に必要最低限の3文書(健康診断結果報告書、診療情報提供書、退院時サマリー)6情報(傷病名、感染症、薬剤アレルギーなど、その他アレルギーなど、検査、処方)に絞って広く全国規模で収集・利活用(全国医療情報プラットフォームの創設、電子カルテ情報の標準化、診療報酬改定DX)を目指すものであるのに対し、本プログラムではデータ取得対象は限定されるものの電子カルテデータに加えPHR、介護データ、医療レセプトや予後データなど含めたデータを収集し、臨床情報プラットフォーム構築や医療機関支援ソリューションの開発などを行うことを目的としている。2つのプロジェクトは、将来的には相互に連携していくことが期待される。 具体的には、SIPでは大きく以下の5つの課題が設定されており、医療機関・大学・関連企業からそれぞれ研究開発責任者が選任されている1)。課題A:研究開発支援・知識発見ソリューションの開発(臨床情報プラットフォーム構築と拠点形成、PHRによる突然死防止・見守りサービス開発など)課題B:患者・医療機関支援ソリューションの開発(受診支援・電子カルテ機能補助システムの開発、症例報告・病歴要約支援システム開発を通じた臨床現場支援など)課題C:地方自治体・医療介護政策支援ソリューションの開発課題D:先進的医療情報システム基盤の開発(ベンダーやシステムの垣根を超えた医療情報収集、僻地診療支援のためのクラウド型標準電子カルテサービスの開発など)課題E:大容量リアルタイム医療データ解析基盤技術の開発(大規模医療文書・画像の高精度解析基盤技術の開発) 同プログラムは2023年からの5年計画で進められており、可能なものから随時社会実装を進めつつ、今後は医療データプラットフォームの中核的病院への導入などを目指している。医療テキスト800億トークンを学習させた日本語医療LLMを構築 さらに令和5年度補正予算により生成AIの活用プロジェクトが開始され、日本語医療LLMの開発が進み、上記の各プロジェクトにおける応用が始まっている。現在世界中で使われている主なLLMでは、たとえばOpenAIのGPT-3の学習に使われた言語として日本語は0.11%に過ぎず、これらのLLMをベースに医療LLMを構築・利用した場合、・診断を行うLLMにおいて、日本人の症例や日本の疫学ではなく、英語圏の症例や疫学がベースに出力される・治療法を推奨するLLMにおいて、日本の医療/保険制度や法律に合わない出力がされるといった問題が生じうる。また、データ主権の観点からも、現在各国で政府主導の自国語LLM開発が進んでいる背景がある。 国立情報学研究所の相澤 彰子氏らは、さまざまな実臨床での利用に展開するためのベースモデルとして、医療テキスト800億トークンを学習させた日本語医療LLMのプレビュー版をすでに構築、医師国家試験で77~78%のスコア(注釈:尤度ベースと呼ばれる正解の算出方法に基づく)を達成した。開発したモデルは、推論時に利用するパラメータ数が220億と比較的軽量であるにも関わらず、700億クラスの海外モデルに匹敵する性能を示した。 この医療LLMはSIPの各プロジェクトへの組み入れが始まっており、診療現場の会話からカルテを下書きし鑑別疾患を提示するシステムや、感染症発生届の下書き支援システムなどの開発が行われている。また、計算機科学者と医師がタッグを組む形で、循環器用医療LLM、がん病変CT画像用医療LLM、健診支援医療LLMの開発がそれぞれ進められているという。電子カルテを活用した臨床情報プラットフォームや診断困難例サーチシステムがすでに始動 電子カルテには、診療録、検査データ、手術レポートなどの多くの情報が集積しているが、それらを匿名化・統合した状態で臨床研究に活用するには人的・時間的に大きな負担がかかっていた。SIPの課題A1として取り組まれている「臨床情報プラットフォーム構築による知識発見拠点形成」では、CLIDAS研究2)と称して多施設から複数のモダリティの診療データを標準化・収集するシステムを構築。国内11大学・2ナショナルセンターの電子カルテはすでに統一・連携されている。循環器領域では、PCI後のスタチン強度と予後の関係について3)など、CLIDASデータを用いた研究成果がすでに発表、論文化されているものもあり、今後も本データの臨床研究への活発な活用が期待される。 鈴木氏が責任者を務める課題A-3「臨床情報プラットフォームと連携したPHRによるライフレコードデジタルツイン開発」グループでは、NTTグループ約10万人の健診データ・約15年の追跡データを活用し、東京大学医科学研究所のスーパーコンピュータで疾患リスク予測モデルのアルゴリズム構築に着手。健診データを元に将来の疾患リスク(糖尿病・高血圧症・脂質異常症・心房細動)、検査や予防法の推奨などを提示する疾患リスク予測サービスの開発を行っている。将来的には、AIを用いた保健指導への展開も視野に開発中という。 佐藤氏が責任者を務める課題B-2「電子問診票とPHRを用いた受診支援・電子カルテ機能補助システムの開発」グループでは、日本内科学会地方会のデータ化された症例報告(約2万5千例)を基に、鑑別診断の際に参考となる疾患や病態を検索できるシステム(診断困難例ケースサーチ J-CaseMap)をすでに社会実装済で、日本内科学会会員は無料で利用できる。そのほか、電子カルテと連携した知識支援チャットボット(富士通と連携)や、再診時電子問診票、医療特化AI音声認識システムが開発中となっている。

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複数種類のがんを調べる血液検査、有用性を判断するには時期尚早

 血液サンプルを用いて複数種類のがんの有無を検査する多がん検出(multicancer early detection;MCD)検査(以下、MCD検査)は、目に見えない腫瘍を発見できる可能性があるため、大きな注目を集めている。しかし、MCD検査によるスクリーニングのベネフィットを評価した、完了した対照試験は存在せず、この検査法の有効性を判断するには時期尚早であるとする研究結果が発表された。米RTI-ノースカロライナ大学Evidence-based Practice Centerの最高医療責任者代理であるLeila Kahwati氏らによるこの研究結果は、「Annals of Internal Medicine」に9月16日掲載された。 MCD検査は、未検出の腫瘍から血液中に放出されたDNAやタンパク質、その他の生化学物質を検出することで、がんの有無を判定する。MCD検査のいくつかは、医師の診断書があれば製造元からオンラインで注文できる。ただし、いずれも米食品医薬品局(FDA)の承認を受けていない。 研究グループは、がんによる死亡の最大70%は、スクリーニング検査が存在しない悪性腫瘍によって引き起こされていることを考慮すると、このような検査が注目を集めるのは不思議ではないと話す。本研究の付随論評を執筆した、米フォックス・チェイスがんセンターの医学部長であるDavid Weinberg氏によると、検査費用は通常、保険ではカバーされず、約950ドル(1ドル148円換算で約14万円)かかるという。 Kahwati氏らは今回、無症状の人を対象にMCD検査の有効性を調べた20件の対照研究(対象者の総計10万9,177人)を基に、MCD検査の有益性、正確性、有害性について評価した。これらの研究では、19種類のMCD検査の正確性について報告されていた。20件のうち7件の研究(バイアスリスク:高5件、不明2件)は、無症状者を1年間追跡して将来のがん発症に対する予測精度を評価していた。残りの研究は、臨床的に確定したがん患者と健康な対照者を比較する症例対照研究でMCD検査の診断精度を評価したもので、いずれもバイアスリスクは高かった。 解析の結果、検査の正確性はがんの種類や参加者、研究デザインにより大きく異なり、感度は0.095〜0.998、特異度は0.657〜1.0、総合的な診断精度の指標であるROC曲線下面積(AUC)は0.52〜1.0の幅があった。有害性について報告していた研究は1件のみであり、その情報も限定的であった。 Kahwati氏らは、「このシステマティックレビューでは、MCD検査によるスクリーニングががんの検出、死亡率、生活の質(QOL)に与える影響を検討した、完了した対照研究は確認されなかった。研究の限界と不明確または矛盾した結果が主な原因で、MCD検査の正確性と有害性に関するエビデンスは不十分であることが分かった」と述べている。 さらにKahwati氏らは、「最も重大な限界点は、MCD検査の直接的なベネフィットを評価する、完了した対照研究がないことだ」と指摘している。これは、検査によるベネフィットが、偽陽性の結果によりもたらされる潜在的な有害性を上回るかどうかが明らかではないことを意味する。例えば、健康な人に偽陽性の結果が出た場合、がんではないとの確認が取れるまで、誤った検査結果によって引き起こされた恐怖や不安に耐えながら、より侵襲的な検査を受ける必要が生じる。同氏らは、「MCD検査によりがんの種類を正確に特定できる可能性はあるが、正確性のエビデンスだけでは、この検査が現在推奨されているスクリーニング検査よりも大きなメリットがあることを示したことにはならない」と記している。 研究グループとWeinberg氏は、MCD検査が広く推奨される前にその有用性を確認するさらなる研究が必要だとの見解を示している。またWeinberg氏は、「疾患による死亡率は着実に減少しているにもかかわらず、がんは依然として、米国成人の死因として2番目に多い。MCD検査のがん予防効果には期待を持てるが、真の臨床的有用性を示すデータは不十分であり、その有用性と潜在的な有害性のバランスをどのように評価すべきかが課題となっている。迅速な対応を求める市場からの圧力はあるが、最善の判断を下すにはそのようなデータが必要であり、それが得られるまでは研究環境以外での試験を正当化することは困難だ」と述べている。

3.

第31回 【米政府閉鎖】トランプ氏が狙う科学界の破壊、大量解雇。日本への影響は?

アメリカで、連邦政府の一部機関が閉鎖(シャットダウン)するという、日本では考えられない事態が再び起きています。これは、議会での与野党対立によって新年度の予算が成立せず、政府機関の活動資金が枯渇するために起きる現象です。しかし、今回、トランプ政権下で発生した政府閉鎖は、これまでの単なる政治的駆け引きとは一線を画します。「戦いを楽しむ」大統領の下、科学技術分野において「異次元の危機」が迫っていると、専門家たちは深刻な警鐘を鳴らしています。今回の記事では、なぜこの政府閉鎖が起き、そしてそれが世界の科学界や日本にもどのような影響を及ぼすのかを、考えていきます。なぜ異例の事態に?「戦いを楽しむ」トランプ氏の政治的思惑そもそも政府閉鎖は、大統領府と議会の間で予算案が合意に至らないことで発生します。しかし、過去の閉鎖が政治的妥協点を探るプロセスの一部であったのに対し、今回の事態はトランプ氏自身の政治的意図が色濃く反映されているようです。複数の報道分析によると、トランプ氏は政府閉鎖という混乱状態を、自身の政治的利益のために積極的に「武器化」していると指摘されています1,2)。彼にとってこの事態は、単なる不都合な出来事ではなく、むしろ好機なのです。その狙いは大きく3つあるとみられています。第一に、敵対者である民主党への攻撃です。トランプ氏は、政府閉鎖を利用してニューヨークやカリフォルニアといった民主党の支持基盤が強い州(ブルーステート)のプロジェクト資金を意図的に削減するなど、政敵を罰するための手段として活用しています。SNSで民主党幹部を揶揄する動画を投稿するなど、政治闘争そのものを楽しんでいる側面さえあります。第二に、「行政国家の破壊」という公約の実行です。トランプ氏はかねてより、「小さな政府」を掲げ、連邦政府の規模縮小を訴えてきました。今回の閉鎖は、単なる業務の一時停止にとどまらず、連邦職員を恒久的に「大量解雇」する絶好の機会と捉えています。大統領自身が「閉鎖するなら解雇をしなければならない」と公言しており、これは過去のどの政府閉鎖にもみられなかった異例の脅威です。そして第三に、自身の支持基盤へのアピールです。既存の政治や行政システムに対する不満を持つ支持者に対し、断固たる態度で「既得権益と戦う強いリーダー」というイメージを植え付けています。2019年の閉鎖時には職員を「偉大な愛国者」と称賛した彼が、今回は冷徹に解雇を口にする姿は、その政治姿勢がさらに先鋭化したことを物語っています。停止する世界の頭脳――科学界を襲う脅威このトランプ氏の政治的思惑の最大の犠牲者の一つが、科学界です。政府閉鎖により、米国の科学技術の中枢を担う機関が軒並み機能不全に陥っています3)。研究の停止アメリカ国立衛生研究所(NIH)では職員の約78%が一時帰休となり、基礎研究や新たな患者の受け入れが停止。NASAでは83%の職員が対象となり、人工衛星の維持など最低限の業務しか行えません。これにより、進行中の重要な研究が中断され、新たな研究助成金の承認も完全にストップしています。PubMedの更新停止と世界の混乱とくに深刻なのが、NIHが運営する世界最大の医学・生物学文献データベース「PubMed」の更新が停止していることです。世界中の研究者や医師が、最新の論文や治療法を調べるために毎日利用するこの巨大な「知のインフラ」が機能しなくなることは、医療の進歩そのものを遅らせるに等しい行為です。この事態はSNS上でも瞬く間に広がり、「科学の営みを根底から揺るがす暴挙だ」「最新の知見にアクセスできなければ、研究も臨床も成り立たない」といった、世界中の研究者からの悲鳴や怒りの声が上がっています。知的資産の永久喪失そして何より恐れられているのが、前述の「大量解雇」の脅威です。もしこれが科学機関で実行されれば、各機関が何十年もかけて蓄積してきた専門知識や技術、データといった「組織知」が永久に失われることになります。これは、単なる予算削減とは次元の違う、アメリカの科学技術力に対する壊滅的な打撃となりかねません。対岸の火事ではない――日本に及ぶシャットダウンの深刻な影響これらのアメリカ国内の混乱は、決して対岸の火事ではありません。グローバルに連携する現代の科学技術分野において、日本も間接的な影響を受ける可能性があります。日本は、JAXAとNASAによる宇宙開発や、大学・研究機関とNIHによる生命科学研究など、米国の政府機関と多くの共同研究プロジェクトを進めています。米国の担当機関の機能が停止すれば、これらのプロジェクトは遅延、あるいは中断を余儀なくされるでしょう。データの共有が滞り、予定されていた会議が中止になることで、研究全体のスケジュールに大きな狂いが生じます。さらに、米国の科学機関は世界の基礎研究で中心的な役割を担っているため、その活動停滞は世界の科学全体の進歩を遅らせ、長期的に見れば日本の研究開発戦略にも影を落とします。加えて、政府閉鎖が長引けば米国の経済成長が鈍化し、世界経済を通じて日本の経済や株価にも悪影響が及ぶ可能性も否定できません4)。今回の米政府閉鎖は、単なる国内の政治対立にとどまらず、世界の科学技術の未来と国際協力体制、そして日本にも影響を及ぼしかねない重大な問題なのです。 参考文献・参考サイト 1) BBC. Why has the US government shut down and what does it mean? 2025 Oct 3. 2) Chris Hayes: Trump is using the shutdown to govern like a king. MSNBC.com. 2025 Oct 2. 3) Garisto D. This US government shutdown is different: what it means for science. Nature. 2025 Oct 1. [Epub ahead of print] 4) Tollefson J. How a US government shutdown could disrupt science. Nature. 2023 Sep 28.

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喫煙は2型糖尿病のリスクを高める

 喫煙者は2型糖尿病のリスクが高く、特に糖尿病になりやすい遺伝的背景がある場合には、喫煙のためにリスクがより高くなることを示すデータが報告された。カロリンスカ研究所(スウェーデン)のEmmy Keysendal氏らが、欧州糖尿病学会年次総会(EASD2025、9月15~19日、オーストリア・ウィーン)で発表した。Keysendal氏は、「インスリン作用不足の主因がインスリン抵抗性の場合と分泌不全の場合、および、肥満や加齢が関与している場合のいずれにおいても、喫煙が2型糖尿病のリスクを高めることは明らかだ」と語っている。 この研究では、ノルウェーとスウェーデンで実施された2件の研究のデータを統合して解析が行われた。対象は2型糖尿病群3,325人と糖尿病でない対照群3,897人であり、前者は、インスリン分泌不全型糖尿病(495人)、インスリン抵抗性型糖尿病(477人)、肥満に伴う軽度の糖尿病(肥満関連糖尿病〔693人〕)、加齢に伴う軽度の糖尿病(高齢者糖尿病〔1,660人〕)という4タイプに分類された。 解析の結果、喫煙歴のある人(現喫煙者および元喫煙者)は、喫煙歴のない人よりも前記4種類のタイプ全ての糖尿病リスクが高く、特にインスリン抵抗性型糖尿病との関連が強固だった。具体的には、インスリン分泌不全型糖尿病は喫煙によりリスクが20%上昇し、肥満関連糖尿病は29%、高齢者糖尿病は27%のリスク上昇であったのに対して、インスリン抵抗性型糖尿病に関しては2倍以上(2.15倍)のリスク上昇が認められた。また、インスリン抵抗性型糖尿病の3分の1以上は、喫煙が発症に関与していると考えられた。その他の3タイプでは、発症に喫煙の関与が考えられる割合は15%未満だった。 さらに、ヘビースモーカー(タバコを1日20本以上、15年間以上吸っていることで定義)ではより関連が顕著であり、インスリン抵抗性型糖尿病は喫煙によって2.35倍にリスクが高まり、インスリン分泌不全型糖尿病は52%、肥満関連糖尿病は57%、高齢者糖尿病は45%のリスク上昇が認められた。このほかに、遺伝的にインスリン分泌が低下しやすい体質の人でヘビースモーカーの場合は、喫煙によりインスリン抵抗性型糖尿病のリスクが3.52倍に高まることも示された。 これらの結果についてKeysendal氏は、「われわれの研究結果は2型糖尿病の予防における禁煙の重要性を強調するものである。喫煙と最も強い関連性が認められた糖尿病のタイプは、インスリン抵抗性を特徴とするタイプだった。これは、喫煙がインスリンに対する体の反応を低下させることで、糖尿病の一因となり得ることを示唆している」と述べている。また、「禁煙によって糖尿病リスクをより大きく抑制することのできる個人を特定する際に、遺伝的背景に関する情報が役立つと考えられる」と付け加えている。 なお、学会発表された研究結果は、査読を受けて医学誌に掲載されるまでは一般に予備的なものと見なされる。

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英語論文のさらなる探索サポートツール【タイパ時代のAI英語革命】第9回

英語論文のさらなる探索サポートツールこれまで、リサーチクエスチョンや論文検索の方法について説明してきましたが、今回はさらに一歩進んだ「医学英語論文に関連するAIツール」をご紹介します。とくに、先週までのさまざまな方法を使って選定した論文を「さらにどう活用するか?」「その関連文献をどう深掘りしていくか?」という課題に対して、視覚的・直感的なアプローチを可能にしてくれるのが、以下で紹介するAIツールです。これらのツールを使えば、「英語を読む」より先に「見る」ことでハードルがぐっと下がり、英語論文への理解もよりスムーズに進められるようになるはずです。1. ResearchRabbit:論文の関連性を視覚的に評価する概要と特徴英語論文の検索は「タイトルを見てもよくわからない」「アブストラクトを読むのが大変」など、最初の一歩のハードルが高いと感じる方も多いかもしれません。また、「楽しく論文検索をしたい」という方にも、ResearchRabbit(リサーチ・ラビット)は良いツールです。ResearchRabbitは、英語論文を探索するうえで、とくに「次に何を読むべきか」を考えるときに大きな助けとなるツールです。従来の論文検索では、キーワードを入力して一覧表示された文献を一つひとつクリックしていく必要がありましたが、ResearchRabbitでは論文同士のつながりを視覚的に「見える化」してくれる点が最大の特徴です。類似の機能を持つAIツールは他にも存在しますが、現時点ではResearchRabbitが最も高機能なツールといえるでしょう。しかも、現在(2025年9月時点)は、すべての機能が無料で利用可能です。使い方このツールの魅力は、視覚的に研究の流れを把握できる点にあります。ウェブサイトや論文情報は英語対応のみですが、操作自体はそこまで複雑ではありません。まず、サイト(https://www.researchrabbit.ai/)から、アカウントを作成します。ログイン後、「New Collection」を選択して、好きな名前のフォルダー(collection)を作成します。下の画像では、一例で「1」というフォルダーを作ってみました。そしてAdd Papersをクリックします。画像を拡大するまずは、気になる1本の論文を入力します(タイトル、DOI、PubMed IDなどが検索利用可能です)。すると、その論文を中心として、関連文献が下のネットワーク図のように視覚的に表示されます。画像を拡大するこの図では、各論文が「点」として示され、点と点を結ぶ「線」が論文間の関係性を表します。その論文がどの文献を引用しているか、またはどの文献に引用されているかといった情報が一目でわかります。このネットワーク図の優れている点は、マウスとクリック操作で自由に動かし、特定の論文をクリックすると、アブストラクトの表示や原文へのリンクにすぐアクセスできることです。さらに、同じ著者の他の論文著者間の関係性(共同研究など)といった情報まで直感的に探索できます。たとえば、ある論文の周囲にたくさんの線でつながっている文献があれば、それはその分野で注目されている中核的な論文である可能性があります。また、最近の論文が急に増えている場合には、「この研究分野は今、盛り上がっているのだな」といった研究トレンドを感じ取ることも可能です。唯一気になる点としては、使える機能が非常に多く自由度が高い分、操作に迷うこともあるかもしれません。また、クリックを繰り返していくと次々と新しい情報が表示されるため、慣れるまで時間がかかる可能性があります。2. Connected Papers:とにかく簡単! ログインなしで論文マップが見えるツール概要と特徴ResearchRabbitほどの多機能さは求めないけれど、「もっと気軽に」「もっとシンプルに」英語論文を探索したい。そんな方にぴったりなのが、Connected Papersというツールです。このツール最大の魅力は、ログイン不要ですぐに使えること、そして操作が非常にシンプルなことです。試しに使ってみる際には個人情報の入力も不要です。使い方サイト(https://www.connectedpapers.com/)からページに飛ぶと、下のような検索窓のあるページが表示されます。ここに、気になる論文のタイトル、またはDOIを入力して、「Build a graph」というボタンをクリックすれば完了です。すると、その論文のネットワーク図が即座に表示されます。画像を拡大する思い立ったらすぐに使えるというのは、忙しい医療従事者や、英語に苦手意識のある方にとって非常に大きなメリットです。表示されるのは、その論文と「内容的に近い論文たち」のネットワークです。ResearchRabbitと同様に、それぞれの論文が「点」としてマップ上に配置され、距離が近いほど関係性が強いことを示しています。他にも、引用数が多いほど点が大きく表示色が濃いほど最近の論文といった情報も、視覚的に一瞬で把握できます。点をクリックすると、右側にその論文のタイトル、著者、アブストラクトなどが表示され、そのまま元論文のページへのリンクにもアクセスできます。論文タイトルをいちいち読む前に、「このあたりの文献は密につながっていそうだな」とか「この方向には新しい研究が多そうだ」といった感覚的な情報が図として目に飛び込んできます。英語に苦手意識がある方でも、研究の流れをつかむことができます。Connected Papersのもう1つの特徴として、検索結果画面の上部にある「Prior works(先行研究)」および「Derivative works(派生研究)」をクリックすることで、基礎研究から臨床応用への研究の時間的流れを視覚的に追うことができます。ただし、Connected Papersには無料版と有料版があり、無料版では一定時間内の使用回数に制限がある点にご注意ください。まとめ3週にわたり、英語論文や医学情報の検索に苦手意識がある方でも、効率よく調べ物ができるようになるためのAIツールを紹介してきました。これらは、単に英語の検索を簡単にしてくれるだけでなく、情報の質や信頼性のチェック関連文献の広がりの把握といった、「調べる力」そのものを強化するための支援ツールでもあります。以下に、過去3回で紹介した各ツールの要点をまとめました。【第7回で紹介】ChatGPT内のGPT機能(PubMed Buddy):PubMedと連携し、論文を検索・要約できるChatGPT内の特化型チャットボックス。ChatGPTを使った検索式作成:自然言語からPubMed用の精密な検索式を自動生成できるプロンプト活用法。【第8回で紹介】Elicit:自然言語の質問文から関連論文を抽出し、それぞれの要約や研究デザインを自動で整理してくれるリサーチツール。OpenEvidence:医療系の信頼性あるエビデンスを検索・比較できるヘルスケア特化型のチャットボックス。【今回紹介】ResearchRabbit:関連論文をネットワーク図化し、研究分野の詳細から全体の構造まで立体的に把握できるリサーチツール。Connected Papers:簡単操作で1つの論文から関連研究をネットワーク図化し、研究の展開も視覚的にたどることができるリサーチツール。これらのツールを活用すれば、英語に不安がある方でも、質の高い情報に効率よくアクセスできるようになります。次回からは、こうして得られた情報をどのように読み解き(reading)、どのように書き表すのか(writing)、そのAI活用方法を紹介していく予定です。

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抜管直後の「少量飲水」の効果と安全性【論文から学ぶ看護の新常識】第34回

抜管直後の「少量飲水」の効果と安全性抜管直後から「少量ずつ飲水」することの効果と安全性を検証したランダム化比較試験が行われ、「抜管直後の少量飲水は口渇と咽頭不快感を和らげる効果があり、有害事象は増加しない」ことが示唆された。Sarka Sedlackova氏らの研究で、Journal of Critical Care誌オンライン版2025年8月7日号に掲載の報告。抜管直後の「少量飲水」vs.経口水分摂取の遅延:ランダム化比較試験研究チームは、抜管後すぐに経口で水分を「少量ずつ摂取」することが、口渇と不快感を軽減し、集中治療の現場において安全であるかどうかを評価することを目的に、単施設ランダム化比較試験を行った。抜管基準を満たしたICU患者160例を、水分摂取遅延群(抜管2時間後から水分摂取を開始)と、即時少量飲水群(2時間かけて最大3mL/kgを摂取)のいずれかに1:1でランダムに割り付けた。口渇、不快感、および有害事象(吐き気、嘔吐、誤嚥)を、0分、5分、30分、60分、90分、120分後に評価した。主な結果は以下の通り。120分時点では、両群ともに80例中64例(80%、95%信頼区間[CI]:70~88%)が口渇を訴え、群間差は0.0%であった(95%CI:-12%~12%、p=1.000)。120分後までの口渇の緩和は、少量飲水群の11.3%(95%CI:5~20%)に対し、水分摂取遅延群では1.3%(95%CI:0~7%)であり、10%の有意な差が認められた(95%CI:1~19%、p=0.0338)。90分時点での咽頭の不快感は、少量飲水群の23.8%(95%CI:15~35%)に対し、水分摂取遅延群では42.5%(95%CI:32~54%)であり、-18.7%の有意な差が認められた(95%CI:-34%~-3%、p=0.0118)。有害事象(吐き気、嘔吐)はまれであり、両群で同等であった;誤嚥はどちらの群でも観察されなかった。抜管直後からの少量飲水は、安全であり、喉の渇きを和らげ、ICU患者の不快感を軽減し、有害事象を増加させることなく行えると考えられる。皆さんの施設では抜管後いつから飲水が可能になりますか?施設によっては厳密な基準はなく、「翌日から飲水可能」といった大まかなスケジュールで運用されているかもしれません。でもこれって実はエビデンスが乏しく、慣習的に決められていることが多いです。「患者さんは喉が渇いてないかな?」と気にかかりながらも、「でも吐かないかな?誤嚥して肺炎になったらどうしよう」と思う葛藤を、皆さん一度は抱いたことがあるのではないでしょうか?今回は、「抜管2時間後から飲水可能」vs.「抜管直後からの少量飲水(ちょびちょび飲み:シッピング)」を比較した研究を紹介します。研究の結果、2時間後の口渇感の有無自体には両群で差はありませんでした。しかし、口渇感と咽頭不快感の軽減については、「抜管直後からの少量飲水」群が有意に優れていました。さらに、吐き気、嘔吐、誤嚥などの有害事象の発生率は両群で同等であり、少量飲水によりリスクは増加しないことが示されました。これらの知見は、従来の画一的な2時間の絶飲食に疑問を投げかけ、より患者中心に不快感を低減するケアを考えるきっかけとなります。ただし、患者さんの不快感をとるために、無制限に飲水をしていいわけではありません。まず、この研究では一度の摂取量は5~10mL程度とごく少量で、2時間かけて最大3mL/kg(合計約200mL)を上限にする制限も設けられています。またリスクがある、上部消化管手術(食道、胃、十二指腸)、頭蓋外傷、または嚥下や意識に影響を与える神経学的障害がある患者は、事前に除外しています。あくまでも誤嚥や創部に水が入るリスクが低いと想定される患者さんに限定していることは覚えておきましょう。また実臨床で取り入れる場合には、飲水により胃内容物が溜まることでPONV(Postoperative Nausea And Vomiting:術後悪心・嘔吐)のリスクが増すため、女性、オピオイド使用、非喫煙者、乗り物酔いの既往がある患者さんでは注意が必要です。適切なリスク評価を行った上で、実施可能であれば、患者さんの不快感を減らす新たなアプローチの導入を検討してみてはいかがでしょうか。論文はこちらSedlackova S, et al. J Crit Care. 2025 Aug 7. [Epub ahead of print]

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新規作用機序の高コレステロール薬「ネクセトール錠180mg」【最新!DI情報】第48回

新規作用機序の高コレステロール薬「ネクセトール錠180mg」今回は、ATPクエン酸リアーゼ阻害薬「ベムペド酸(商品名:ネクセトール錠180mg、製造販売元:大塚製薬)」を紹介します。本剤は新規作用機序を有する高コレステロール血症治療薬であり、スタチンの効果が不十分な患者やスタチン不耐となった患者の治療選択肢として期待されています。<効能・効果>高コレステロール血症、家族性高コレステロール血症の適応で、2025年9月19日に製造販売承認を取得しました。<用法・用量>通常、成人にはベムペド酸として180mgを1日1回経口投与します。なお、HMG-CoA還元酵素阻害薬による治療が適さない場合を除き、HMG-CoA還元酵素阻害薬と併用します。<安全性>副作用として、高尿酸血症(5%以上)、痛風、肝機能異常、肝機能検査値上昇(いずれも1~5%未満)、AST上昇、ALT上昇、四肢痛(いずれも1%未満)、貧血、ヘモグロビン減少、血中クレアチニン増加、血中尿素増加、糸球体濾過率減少(いずれも頻度不明)があります。なお、本剤とHMG-CoA還元酵素阻害薬を併用すると、HMG-CoA還元酵素阻害薬の血中濃度が上昇するので、横紋筋融解症などの副作用が現れる恐れがあります。定期的にクレアチンキナーゼを測定するなど患者の状態の十分な観察が必要です。また、これらの副作用の症状または徴候が現れた場合には、速やかに医師に相談するよう患者に指導します。<患者さんへの指導例>1.この薬は、高コレステロール血症または家族性高コレステロール血症の患者さんに処方されます。肝臓でコレステロールの生合成に関わるアデノシン三リン酸クエン酸リアーゼという酵素を阻害することにより、血液中のコレステロールを低下させます。2.HMG-CoA還元酵素阻害薬による治療が適さない場合を除き、HMG-CoA還元酵素阻害薬と併用されます。3.自己判断での使用の中止や量の加減はしないでください。指示どおり飲み続けることが重要です。<ここがポイント!>脂質異常症とは、血中のLDLコレステロール(LDL-C)、HDLコレステロール(HDL-C)、トリグリセリド(TG)が基準値から逸脱した状態を指し、動脈硬化の進行と密接に関連しています。とくにLDL-Cは、動脈硬化予防の中心的な管理指標とされており、高コレステロール血症の治療にはHMG-CoA還元酵素阻害薬であるスタチン系薬剤が広く用いられています。しかしながら、スタチンを使用しても十分な効果を得られない症例や有害事象により継続が困難になるスタチン不耐となる症例があります。本剤は、クエン酸をアセチルCoAに変換するアデノシン三リン酸クエン酸リアーゼ(ACL)を阻害することで、肝臓におけるアセチルCoAの新規合成を抑制し、スタチンの作用点よりも上流でコレステロールの生合成経路を阻害します。さらに、ベムペド酸は肝臓に高発現するACSVL1によって活性化されるプロドラッグです。骨格筋を含むその他の臓器にはACSVL1の発現がほとんどないため、骨格筋の機能維持に必要なコレステロール合成への影響は少ないと考えられています。本剤は、HMG-CoA還元酵素阻害薬で効果不十分、またはHMG-CoA還元酵素阻害薬を許容できない患者に対し、1日1回の経口投与によりLDL-C低下作用をもたらします。現在、スタチン効果不十分/不耐には注射薬である抗PCSK9抗体薬が使用されていますが、本剤は新規作用機序の経口薬であるので、新たな治療選択肢として期待できます。LDL-Cのコントロールが不十分な高LDLコレステロール血症患者を対象とした国内第III相試験(CLEAR-J試験)において、主要評価項目である投与12週時におけるLDL-Cのベースラインからの変化率は-25.25%であり、プラセボ群の-3.46%と比較して、LDL-Cの有意な低下が認められました(群間差:-21.78%、95%信頼区間:-26.71~-16.85、p<0.001、MMRM解析)。

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家事をしない人は認知症リスクが高い?米国65歳以上の10年間調査

 身体活動レベルは、アルツハイマー病およびその他の認知症発症リスクに影響を及ぼす。米国・カリフォルニア大学のNan Wang氏らは、65歳以上の米国人を対象に、家事頻度の変化が認知機能に及ぼす影響を評価するため、10年間にわたる家事頻度の変化と認知機能との相関を調査した。The Permanente Journal誌オンライン版2025年9月10日号の報告。 Health and Retirement Studyに参加した65歳以上の米国人8,141例のデータを分析した。2008~10年の家事頻度の変化を「一貫して高い」「低から高へ変化」「高から低へ変化」「一貫して低い」の4つに分類し、評価した。認知機能は、2010~18年に複合スコア(範囲:0~35)を用いて測定し、混合効果線形回帰モデルを用いて評価した。 主な結果は以下のとおり。・参加者の年齢中央値は75±6.6歳、女性の割合は59.3%であった。・家事頻度が「高から低へ変化」「一貫して低い」と回答した人は、「一貫して高い」と回答した人と比較し、認知機能低下との関連が認められた(各々、0.079[95%信頼区間[CI]:-0.117~−0.042]、0.090[95%CI:-0.126~-0.054])。・家事頻度が「低から高へ変化」と回答した人と「一貫して高い」と回答した人との認知機能低下は、統計的に有意な差が認められなかった(β=-0.027[95%CI:−0.074~0.019]、p=0.252)。・この関連性は、女性と男性で同様であり(Pinteraction=0.765)、80歳以上と65~79歳でも同様であった(Pinteraction=0.069)。 著者らは「高齢期に家事への関与が低い状態から高い状態に移行するか、一貫して高い状態を維持することは、性別や年齢にかかわらず、認知機能の低下を遅らせる可能性が示唆された」としている。

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生存時間分析 その4【「実践的」臨床研究入門】第58回

Cox比例ハザード回帰モデルによる交絡因子調整の実際前回まで、筆者らが出版した臨床研究の事例論文をもとに、Cox比例ハザード回帰モデルによる交絡因子の調整の考え方を解説しました。今回からは、われわれのResearch Question(RQ)をCox比例ハザード回帰モデルの数式(連載第57回参照)に当てはめて考えてみます。アウトカムは「末期腎不全(透析導入)」であり(連載第49回参照)、生存時間分析においては、打ち切りの概念を含んだイベント発生の有無のデータに加え、at riskな観察期間のデータが必要でした(連載第37回、第41回参照)。Censor:イベント発生の有無(イベント発生=1、打ち切り=0)Year:at riskな観察期間(連続変数)検証したい要因は、推定たんぱく質摂取量0.5g/kg標準体重/日未満(連載第49回参照)、すなわち「厳格低たんぱく食の遵守」です。交絡因子は以下の要因を挙げています(連載第49回参照)。年齢、性別、糖尿病の有無、血圧、ベースラインeGFR、蛋白尿定量、血清アルブミン値、ヘモグロビン値これらの要因をCox比例ハザード回帰モデルの数式に当てはめると、次のようになります。h(t|treat、age、sex、dm、sbp、eGFR、Loge_UP、albumin、hemoglobin)=h(t)×exp(β1treat)×exp(β2age)×exp(β3sex)×exp(β4dm)×exp(β5sbp)×exp(β6eGFR)×exp(β7Loge_UP)×exp(β8albumin)×exp(β9hemoglobin)=h(t)×exp(β1treat+β2age+β3sex+β4dm+β5sbp+β6eGFR+β7Loge_UP+β8albumin+β9hemoglobin)treat:厳格低たんぱく食の遵守の有無(あり=1、なし=0)age:年齢(連続変数)sex:性別(男性=1、女性=0)dm:糖尿病の有無(あり=1、なし=0)sbp:収縮期血圧(連続変数)eGFR :ベースラインeGFR(連続変数)Loge_UP:蛋白尿定量_対数変換(連続変数)(連載第48回参照)albumin:血清アルブミン値(連続変数)hemoglobin:ヘモグロビン値(連続変数)βn:各説明変数に対応する回帰係数ここで求めたいのは、検証したい要因である厳格低たんぱく食の遵守の有無を示す変数treatに対応する回帰係数β1の指数変換値exp(β1)です。exp(β1)は、上述のようにモデルに投入したすべての説明変数(交絡因子)の影響を多変量解析で調整したハザード比(adjusted hazard ratio:aHR)を表します。すなわち、交絡因子を調整した後の厳格低たんぱく食遵守群と非遵守群のHRを示します。実際には、これらの回帰係数やaHRはEZR(Eazy R)などの統計解析ソフトを用いて、データ・セットから点推定値と95%信頼区間を推定します。さて、Cox比例ハザード回帰モデルを適用するためには「比例ハザード性」の仮定が必要であることはすでに説明しました(連載第55回参照)。まずはKaplan-Meier曲線を描いて、生存曲線が交差していないことを確認することも解説しました。しかし、「比例ハザード性」の検証には、二重対数プロット(log-log plot)を評価することが必須とされています。それでは、仮想データ・セットからEZRを使用して二重対数プロットを描いてみます。仮想データ・セットをダウンロードする※ダウンロードできない場合は、右クリックして「名前をつけてリンク先を保存」を選択してください。まず、仮想データ・セットをダウンロードし、下記のデータが格納されていることを確認してください。A列:IDB列:Treat(1;厳格低たんぱく食遵守群、0;厳格低たんぱく食非遵守群)C列:Censor(1;アウトカム発生、0;打ち切り)D列:Year(at riskな観察期間)次に、以下の手順でEZRに仮想データ・セットを取り込みましょう。「ファイル」→「データのインポート」→「Excelのデータをインポート」仮想データ・セットがインポートできたら、下記の手順で二重対数プロットを描画します。「統計解析」→「生存期間の解析」→「生存曲線の記述と群間の比較(Logrank検定)」を選択下記のウィンドウが開いたら、以下のとおりにそれぞれの変数を選択してください。観察期間の変数:Yearイベント(1)、打ち切り(0)の変数:Censor群別する変数を選択:Treat層別化変数は選択なし、その他の設定はとりあえずデフォルトのままで、「OK」ボタンをクリックします。画像を拡大するここまでのEZRのGraphic User Interface(GUI)操作ではKaplan-Meier曲線だけが出力されますが、その際に自動生成されるRスクリプトに少し手を加えて、二重対数プロットを出力するという手順になります。Rスクリプトのウィンドウに表示されたコードから、以下の行を探してください。plot(km, bty="l", col=1:32, lty=1, lwd=1, conf.int=FALSE, mark.time=TRUE, xlab="Year", ylab="Probability")このコードの末尾に、二重対数プロットを描画するオプションのコード(fun="cloglog")を加え、またY軸ラベル(ylab)も、わかりやすいようにlog(-log(Probability)に変更します。plot(km, bty="l", col=1:32, lty=1, lwd=1, conf.int=FALSE, mark.time=TRUE, xlab="Year", ylab=" log(-log(Probability))", fun="cloglog")修正したコードをRスクリプトのウィンドウにコピペし、下図のようにカーソルを合わせた状態で「実行ボタン」をクリックします。画像を拡大する下図のような二重対数プロットが描けましたか。各群の曲線を視覚的に確認し、この図のようにおおむね平行であれば「比例ハザード性」の仮定は成立すると判断でき、Cox比例ハザード回帰モデルの適用の妥当性が担保されます。

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製薬会社も破産する時代に…【早耳うさこの薬局がざわつくニュース】第159回

製薬会社のいわゆるM&A(合併と買収)は多く聞かれますが、破産というのはあまりなかったかと思います。9月5日付で輸液をはじめとする各種注射剤(ガラスアンプル製剤、ソフトバッグ製剤など)の製造を得意とするネオクリティケア製薬が破産手続きを開始しました。医薬品の供給についてはすでに限定出荷などが始まっています。同社は1941年に創業者の小林 清秀氏が有理医薬研究所を設立し、1947年に小林製薬を設立しました。資本元の変遷により会社名を「アイロム製薬」「共和クリティケア」と変え、2019年にアラブ首長国連邦国籍のネオファーマグループに所属したことから「ネオクリティケア製薬」となりました。前身の共和クリティケア時代である2020年7月の社内調査において、ソフトバッグ製剤の製造工程における環境モニタリングに不備が確認され、製品の自主回収と3ヵ月間の製造ラインの停止をしました。その後、製剤ラインの稼働を再開し、品質体制の再構築と経営体制の刷新による信頼回復を目指していたものの、ソフトバッグの代替品対応などで業績が大きく悪化したと報じられています。株主の変更による経営方針の変更や品質問題による回収など、この5年ほどは綱渡りの経営だったのかもしれません。ネオクリティケア製薬が破産手続きに入ったことを受け、9月22日に厚生労働省医政局医薬産業振興・医療情報企画課は、仲介的ではありますが製薬各社に対して同社の製品を承継するための手続きなどの案内を出しました。薬価制度上の基礎的医薬品18品目、安定確保医薬品13製品(重複あり)を含む同社の製品一覧を添付したうえで、承継を希望する企業に「ご活用いただければ」と呼びかけています。しかしながら、「そもそも承継に耐えうる製造ラインがないのでは」など業界では懐疑的な意見があるようです。また、安定確保医薬品や感染症薬などの増産を支援する「医薬品安定供給支援補助金」の第4次公募を開始しました。今回はネオクリティケア破産の影響で供給不安に陥ったケースも「補助対象とする」としています。このような場合、ネオクリティケア製薬自身が製造販売元となっている製品については明らかになりやすいですが、同社は受託製造を得意としてきた会社ですので、ネオクリティケア製薬に製造委託していた他社製造販売品にも徐々に影響が及ぶと考えられます。医療用医薬品は薬価で販売されます。販売価格が保証されているので安定的でよいというのは一昔前の話かもしれません。材料費や人件費の高騰、円安などさまざまな環境の変化によって、自社で販売価格を決められないことが経営を圧迫する世の中になってしまいました。今回の件、「一社の破産の話」で済まない気がするのは私だけでしょうか。

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救急看護師vs.生成AI、臨床判断の精度が高いのは?【論文から学ぶ看護の新常識】第33回

救急看護師vs.生成AI、臨床判断の精度が高いのは?救急看護師と生成AIモデル、臨床判断の精度が高いのはどちらか。両者を比較した研究から、生成AIが高い精度を持つ一方、AIには代えられない人間の判断の重要性が示された。C. Levin氏らの研究で、International Journal of Nursing Studies誌オンライン版2025年9月12日号に掲載。生成AI時代の看護判断:救急看護師の臨床的意思決定能力に関する国際比較研究研究チームは、イスラエルとイタリアの救急看護師の臨床的意思決定能力を、生成AIモデル(Claude-3.5、ChatGPT-4.0、およびGemini-1.5)と比較することを目的に、前向き観察研究を行った。82名の救急看護師(イタリア49名、イスラエル33名)を対象とし、各看護師が5つの標準化された臨床症例を独立して評価し、その判断を構造化評価ルーブリックを用いて生成AIモデルによる判断と比較した。評価項目は、重症度評価、入院判断、検査選択における差異とし、同時に人口統計学的特性および専門的特性が意思決定の正確性に与える影響を調査した。統計分析には、予測精度を評価するために、分散分析(ANOVA)、カイ二乗検定、ロジスティック回帰分析、およびROC曲線(Receiver Operatorating Characteristic curve:受信者操作特性曲線)分析を用いた。主な結果は以下の通り。生成AIモデルは、全体的な意思決定の正確性が高く、専門家の推奨との整合性も強かった。入院判断と重症度評価においては、顕著な差異が認められた。症例2(重症度評価):生成AIは重症度をレベル1と評価したのに対し、イタリアとイスラエルの看護師はそれぞれ1.98と2.23と評価した(p<0.01、F=199)。症例1(入院決定):生成AIモデルはすべて入院を推奨したのに対し、イタリアの看護師の推奨率はわずか4.1%、イスラエルの看護師では30.3%であった。看護師は、検査選択と重症度判断において、AIより大きなばらつきを示し、臨床的直感と文脈的推論の活用を反映していた。年齢、性別、経験年数などの人口統計学的特性は、判断精度を予測する有意な因子ではなかった。生成AIモデルは一貫性と専門家の見解との整合性を示したが、救急医療に不可欠な文脈的感受性に欠けていた。これらの結果は、臨床的意思決定支援ツールとしての生成AIの可能性を示す一方で、人間の臨床判断の変わらない重要性を強調している。本研究は、現代の看護が直面する最も重要な問いの一つに見事に切り込んでいます。それは、「AIがデータに基づいた“正解”を提示できる時代に、看護師の臨床判断の価値はどこにあるのか?」という問いです。この研究で特に興味深いのは、AIが人間よりも遥かに多く「入院」を推奨したという結果です。これは単なる性能の違いではなく、AIの思考の限界を示唆しています。AIはデータ上のリスクを最小化するロジックで動きますが、そこには「不要な入院が患者に与える負担」や「家族のサポート体制」といった、データ化できない人間的な側面への配慮はありません。一方で、看護師の判断には、臨床的リスクと患者さんを取り巻く現実との間でバランスを取る、総合的な思考が見て取れます。研究ではAIが総合スコアで人間を上回っていますが、この「正確性」が臨床現場で最善の結果をもたらすとは限りません。むしろ、看護師の判断に見られる「ばらつき」は、欠点ではなく、ケースや患者ごとの状況に適応しようとする専門性の証と言えるでしょう。実際に、看護師の重症度評価と入院判断の間に強い相関が見られたことは、その判断が一貫した臨床的推論に基づいていることを示しています。これからの看護師に求められるのは、AIの提示する答えを鵜呑みにするのではなく、自身の臨床経験と照らし合わせて「なぜAIはこの結論を出したのか」を批判的に吟味し、最終的な意思決定の責任を負う能力です。これからの私たちの役割は、AIという新たなパートナーと共に、より質の高いケアを追求していくことなのではないでしょうか。論文はこちらLevin C, et al. Int J Nurs Stud. 2025 Sep 12. [Epub ahead of print]

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双極性うつ病に対する抗うつ薬治療後の躁転リスク〜ネットワークメタ解析

 抗うつ薬の躁転リスクは、双極性うつ病の治療において依然として大きな懸念事項である。しかし、抗うつ薬の種類による躁転リスクへの具体的な影響は、依然として不明である。スペイン・バルセロナ大学のVincenzo Oliva氏らは、各抗うつ薬とプラセボを比較することにより、双極性うつ病における躁転リスクを評価するため、システマティックレビューおよびネットワークメタ解析(NMA)を実施した。EClinicalMedicine誌2025年8月7日号の報告。 2025年2月19日までに公表された研究をClinicalTrials.gov、CENTRAL、PsycINFO、PubMed、Scopus、Web of Scienceのデータベースよりシステマティックに検索した。対象は、双極性うつ病における急性期抗うつ薬治療を評価したランダム化比較試験(RCT)とし、言語制限なしに抽出した。主要アウトカムは、抗うつ薬治療後の躁転リスクとした。頻度主義NMAを用いてリスク比(RR)および95%信頼区間(CI)を推定した。感度分析は、治療レジメン(単剤療法または併用療法)、ベースライン時の重症度、躁転の定義、研究設定、精神疾患合併症、治療期間、非薬物療法の併用、企業スポンサード、バイアスリスクに基づき実施した。エビデンスの確実性の評価には、CINeMAフレームワークを用いた。 主な結果は以下のとおり。・スクリーニングされた2,434件のうち、13件のRCT(1,362例)において、女性818例(60.1%)、男性511例(37.5%)、性別不明33例(2.4%)をNMAに含めた。・躁転リスク増加を示すエビデンスはいくつか認められたものの、プラセボと比較し、躁転リスクが有意に高い抗うつ薬は認められなかった。・ベンラファキシンは、抗うつ薬の中で最も高いリスク推定値を示したが、統計的に有意なRRは示されなかった(RR:4.53、95%CI:0.47〜43.25)。しかし、各研究において、躁転リスク増加の一貫したシグナルを示した唯一の薬剤であった。・エビデンスベースでは、併用療法のほうがより大規模であったのに対し、単剤療法については利用可能なデータが少なかった。・これらの結果は、感度分析により裏付けられた。また、異質性は低かった。・エビデンスに対する全体的な信頼性は、低いと評価された。 著者らは「抗うつ薬は、とくに併用療法として、急性双極性うつ病の治療選択肢である。しかし、抗うつ薬の使用は、患者固有のプロファイルおよびその他の潜在的なリスクを考慮し、的確な精神医学的アプローチに沿って個別化されるべきである。抗うつ薬治療による長期的な安全性を明らかにするには、さらなる研究が必要である」としている。

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睡眠障害を有するうつ病に対するブレクスピプラゾール補助療法の有効性

 うつ病患者では、睡眠障害を伴うことが多い。デンマーク・H. Lundbeck A/SのFerhat Ardic氏らは、うつ病および睡眠障害患者におけるブレクスピプラゾール併用療法の有効性を評価するため、3つのランダム化比較試験(RCT)の事後解析を実施した。Frontiers in Psychiatry誌2025年8月7日号の報告。 抗うつ薬治療で効果不十分なうつ病患者を対象とした、ブレクスピプラゾール併用療法に関する3つのプラセボ対照RCTのデータを統合した。ハミルトンうつ病評価尺度(HAM-D)の睡眠障害因子(SDF、不眠症に関する3項目の合計)を用いて、対象患者をベースラインの睡眠障害レベルにより高SDF群(SDF:4以上)と低SDF群(SDF:4未満)に分類した。Montgomery Asbergうつ病評価尺度(MADRS)合計スコア、SDFスコア、その他の有効性スコアの変化について、抗うつ薬治療にブレクスピプラゾール2mgまたは3mgを併用した群(ブレクスピプラゾール併用群)と抗うつ薬治療にプラセボを併用した群(プラセボ群)との比較を行った。安全性は、治療関連有害事象(TEAE)の発現率により評価した。 主な結果は以下のとおり。・ベースライン(1,160例)では、高SDF群が689例(59.4%)、低SDF群が471例(40.6%)であった。・6週目において、ブレクスピプラゾール併用群は、プラセボ群と比較し、両サブグループにおいてMADRS合計スコアの改善がより大きく(高SDF:p<0.0001、低SDF:p=0.0058)、高SDFサブグループではSDFスコアの改善がより大きかった(p=0.021)。・TEAEの発現率は、高SDF群および低SDF群のいずれにおいて、ブレクスピプラゾール併用群のほうがプラセボ群よりも高かった。【高SDF群】ブレクスピプラゾール併用群:59.8%、プラセボ群:51.6%【低SDF群】ブレクスピプラゾール併用群:62.4%、プラセボ群:40.9% 著者らは「ベースラインの睡眠障害の有無にかかわらず、6週間にわたりブレクスピプラゾール併用群はプラセボ群と比較し、うつ病の重症度の改善と関連していた。ベースラインの睡眠障害がより重度な患者においては、ブレクスピプラゾール併用群はプラセボ群と比較し、睡眠障害の改善が良好であり、日中の過鎮静を伴うことは少なかった。また、新たな安全性上の懸念も見当たらなかった」としている。

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ひどい乗り物酔いを音楽が緩和

 車酔いや船酔いのときには気分が良くなる音楽を聴くと良いことが、新たな研究で示唆された。ヨット・ロックや明るいポップミュージックのような音楽が、乗り物酔いによる吐き気の緩和に役立つ可能性のあることが明らかになったという。西南大学(中国)のQizong Yue氏らによるこの研究の詳細は、「Frontiers in Human Neuroscience」に9月3日掲載された。 この研究では、穏やかで楽しい音楽を聴いた人は乗り物酔いからより早く回復する傾向にあることが明らかになった一方で、悲しい音楽は何の役にも立たないどころか、むしろ逆効果になる可能性も示唆されたという。Yue氏は、「われわれの結論に基づけば、移動中に乗り物酔いの症状を経験している人は、明るい音楽や穏やかな音楽を聴くことでその症状を和らげることができる」とFrontiers Media社のニュースリリースの中で述べている。 Yue氏らはこの研究で、特別に調整されたドライビング・シミュレーターを使用して30人の参加者の車酔いを誘発した。参加者は脳波を記録するため頭にEEGキャップを装着した。シミュレーターは、ビデオゲームの「Forza Horizon 5」と道路走行時の揺れを再現する装置を組み合わせたものだった。 参加者は5人ずつ6つのグループに分けられた。このうち4つのグループでは乗り物酔いが誘発された後に、1)楽しい音楽、2)穏やかな音楽、3)感動的な音楽、4)悲しい音楽、のいずれかを1分間聴いた。一方、5つ目のグループは、乗り物酔いスコアが2(ほぼ乗り物酔いなし)に達した時点で脳波(EEG)を測定するベースライン群、6つ目のグループは、乗り物酔いが誘発された後も音楽による介入は行わず1分間の瞑想を行う対照群とされた。 その結果、車酔いに最も効果があるのは楽しい音楽と穏やかな音楽で、症状をそれぞれ56.7%と57.3%軽減することが示された。また、情熱的な音楽では48.3%の軽減効果が確認された。一方、対照群では1分間の瞑想後に43.3%の軽減が認められたのに対し、悲しい音楽を聴いた群では40%の軽減にとどまっていた。 Yue氏らによると、試験参加者の乗り物酔いの症状の程度はEEGのデータと関連しており、乗り物酔いがある間、後頭葉の脳活動に変化が見られたという。後頭葉は視覚情報を処理する脳領域である。またEEGからは、乗り物酔いがひどいときには後頭葉の活動の複雑性が低下し、症状が改善するにつれて活動が正常なレベルに戻ることが分かった。 Yue氏らは、穏やかな音楽は人々をリラックスさせ、吐き気を悪化させる緊張を和らげる可能性があり、楽しい音楽は不快感から注意をそらしたり、車酔いの影響を打ち消す脳の報酬系を活性化させたりする可能性があるとの推測を示している。その一方で、悲しい音楽はネガティブな感情を増幅させ、不快感を高める可能性があるという。 Yue氏らは、この実験は運転中に行われたが、他の状況でも音楽によって同様の効果が得られるはずだとの見方を示している。Yue氏は、「乗り物酔いが生じる基本的な理論的枠組みは、さまざまな乗り物によって引き起こされる乗り物酔い全般に広く当てはまる。したがってこの研究結果は、飛行機や船で経験する乗り物酔いにも当てはまる可能性が高い」と述べている。 ただしYue氏らは、より多くの参加者を対象とした今後の研究で、この結果を検証する必要があると話している。また、実際の道路環境で追加の研究を行う必要性もあるとの見解を示しており、そのような研究ではシミュレーションとは異なる脳への影響が見られる可能性があると述べている。

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性的マイノリティ女性は乳がん・子宮頸がん検診受診率が低い、性特有の疾患における医療機関の課題

 性的マイノリティ(SGM)の女性は、乳がんや子宮頸がんの検診受診率が非SGM女性に比べて低いことが全国調査で明らかになった。大腸がん検診では差がみられず、婦人科系がん特有の課題が示唆されたという。研究は筑波大学人文社会系の松島みどり氏らによるもので、詳細は「Health Science Reports」に8月4日掲載された。 がん検診は、子宮頸がんや乳がんの早期発見と死亡率低下に重要な役割を果たしている。先進国と途上国を含む10カ国以上では、平均的なリスクを持つ全年齢層で20%の死亡率低下が報告されている。しかし、日本では2022年時点での子宮頸がん・乳がんの検診受診率はそれぞれ43.6%、47%にとどまっている。この受診率の低さの背景として、教育や所得の問題が議論されてきたが、日本ではSGMの問題という重要な視点が欠けていた。 海外の調査では、SGMの女性は子宮頸がんや乳がん検診を受ける可能性が低いことが明らかになっている。その背景には、拒絶や差別への恐れ、性的指向の隠蔽などが影響していると指摘される。また日本では、子宮頸がんや乳がんの検診が通常産婦人科で行われることから、この日本特有の状況も受診の障壁となっている可能性がある。このような背景から、本研究ではSGM女性は非SGM女性よりも子宮頸がんおよび乳がん検診を受ける可能性が低いという仮定を立て、全国規模のオンライン調査データを用いて検証した。また、大腸がん検診も対象に加え、結果が女性特有のがんに限られるのかどうかを調べた。 本研究では、オンライン縦断調査プロジェクトである「日本における新型コロナウイルス感染症(COVID-19)問題および社会全般に関する健康格差評価研究(JACSIS Study)」のデータベースより、JACSIS 2022モジュールのデータを使用した。2022モジュールは、2022年9月12日~10月19日の間に行われた追跡調査であり、合計3万2,000のサンプルが含まれた。サンプルを20~69歳の女性に限定した結果、最終的な解析対象は1万2,305人(SGM女性1,371人、非SGM女性1万934人)となった。 調査の結果、子宮頸がん検診の受診率はSGM女性で36.2%、非SGM女性で47.4%、乳がん検診は41.8%対50.1%であり、いずれもSGM女性の方が有意に低かった(いずれもカイ二乗検定、P<0.001)。一方、大腸がん検診の受診率はSGM42.5%、非SGM45.2%であり、その差は小さく統計学的な有意差は認められなかった(カイ二乗検定、P=0.23)。 また、人口統計学的特性および社会経済的地位を考慮したロジスティック回帰分析の結果、SGM女性は非SGM女性に比べて子宮頸がん検診(オッズ比〔OR〕 0.78、95%信頼区間〔CI〕 0.69~0.88、P<0.001)および乳がん検診(OR 0.77、95%CI 0.64~0.93、P<0.01)を受ける可能性が低いことが明らかになった。一方、大腸がん検診についてはSGM女性と非SGM女性の間に有意な差は認められなかった(OR 0.96、95%CI 0.80~1.16)。 著者らは、「本研究は、SGMの女性が子宮頸がんや乳がんなど女性特有のがん検診を受けにくい現状を明らかにし、この分野の理解を深めるものとなっている。結果は、医療現場でSGMの問題に配慮するための政策の重要性を示しており、具体的にはガイドラインの整備や性的に配慮したコミュニケーションの研修、さらに自己採取型HPV検査の導入などが挙げられる。なお、本データでは約12.5%の女性が性的マイノリティであると回答しており、受診率の低さが課題の日本において、国の政策としても決して看過されるべき課題ではない」と述べている。 なお、本研究の限界として、サンプル数の少なさから対象をSGMと非SGMの2群に単純化している点が挙げられる。この単純化により、SGM内の特定のグループ(トランスジェンダーなど)が抱える経験やニーズが見落とされていた可能性がある。著者らは、こうしたグループの独自の医療ニーズや課題を明らかにするためには、より大規模で多様なサンプルを用いた研究が必要であると指摘している。

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全身だるくて食後に眠い【漢方カンファレンス2】第6回

全身だるくて食後に眠い以下の症例で考えられる処方をお答えください。(経過の項の「???」にあてはまる漢方薬を考えてみましょう)【今回の症例】50代後半女性主訴全身倦怠感、不眠既往腹圧性尿失禁、アレルギー性鼻炎生活歴仕事:事務職(人手不足で忙しい)、入退院を繰り返す母の介護中。病歴2〜3年前から不眠に悩んでいる。午前中から眠気がつらくて体がだるく仕事がはかどらない。12月に漢方治療を希望して受診。現症身長157cm、体重49kg。体温36.3℃、血圧119/80mmHg、脈拍60回/分 整。経過初診時「???」エキス3包 分3を処方。(解答は本ページ下部をチェック!)1ヵ月後寝つきがよくなった。全身倦怠感は変わらない。2ヵ月後夜中に目が覚めなくなった。仕事中も眠くならない。4ヵ月後忙しいが体調はよい。よく眠れている。問診・診察漢方医は以下に示す漢方診療のポイントに基づいて、今回の症例を以下のように考えます。【漢方診療のポイント】(1)病態は寒が主体(陰証)か、熱が主体(陽証)か?(冷えがあるか、温まると症状は改善するか、倦怠感は強いか、など)(2)虚実はどうか(症状の程度、脈・腹の力)(3)気血水の異常を考える(4)主症状や病名などのキーワードを手掛かりに絞り込む問診<陰陽の問診>寒がりですか? 暑がりですか?体の冷えを自覚しますか?横になりたいほどの倦怠感はありませんか?寒がりの暑がりです。冷えの自覚はありません。倦怠感はありますがいつも横になりたいほどではありません。入浴は長くお湯に浸かるのが好きですか?冷房は苦手ですか?入浴で温まると体は楽になりますか?入浴時間は短いほうです。冷房は好きです。入浴してもとくに倦怠感の変化はありません。のどは渇きますか?飲み物は温かい物と冷たい物のどちらを好みますか?のどは渇きません。温かい飲み物を飲んでいます。<飲水・食事>1日どれくらい飲み物を摂っていますか?食欲はありますか?胃は丈夫ですか?だいたい1日1L程度です。食欲はあります。胃は弱くてすぐにもたれます。<汗・排尿・排便>汗はよくかくほうですか?尿は1日何回出ますか?夜、布団に入ってからは尿に何回行きますか?便秘や下痢はありませんか?汗はよくかきます。尿は1日7〜8回です。夜は尿に1回行きます。便は2日に1回で、便秘です。便秘するとお腹が張りますか?お腹は張りません。<ほかの随伴症状>全身倦怠感はとくにいつが悪いですか?朝がとくにきついですか?食後に眠くなりませんか?朝はそこまできつくありません。朝は比較的元気なのですが、午後がきついです。昼食後と夕食後は眠たいです。睡眠について教えてください。悪夢はありませんか?毎晩0時頃に就寝しますが1時間以上寝つけません。午前3時くらいに目が覚めて朝まで眠れない日が多いです。悪夢はありません。動悸はしませんか?抜け毛は多いですか?集中力がなかったりしませんか?皮膚は乾燥しますか?動悸はありません。抜け毛は多くありません。集中はできています。皮膚の乾燥はありません。イライラしたりやる気がなかったりすることはありませんか?そんなことはありません。そのほかに困っていることはありませんか?風邪をひきやすくて困っています。年に5〜6回風邪をひいてしまいます。診察顔色は正常。眼に力がなく声も小さい。脈診ではやや浮で弱の脈。また、舌は淡紅色で腫大・歯痕、湿潤した薄い白苔をまだら状に認める。腹診では腹力は軟弱、軽度の胸脇苦満(きょうきょうくまん)、心下痞鞕(しんかひこう)、小腹不仁(しょうふくふじん)あり、腹部大動脈の拍動は触知せず。四肢の触診では冷感なし。カンファレンス今回は50代女性の全身倦怠感、不眠の症例です。全身倦怠感を訴える患者さんは多いですね。感染症、内分泌疾患、悪性腫瘍、薬物の副作用、うつ病など、鑑別すべき疾患が多いので苦手です。発症から持続時間を1ヵ月以内、1〜6ヵ月、6ヵ月以上と分けると絞り込みが容易になりますよ。急性では感染症、慢性の場合では抑うつや不安などの精神疾患の割合が高くなります。とくに結核、甲状腺疾患、肝炎などは要注意と学びました。しかし検査を行っても異常がないケースが1/3ほどあるといわれます。原因が特定できない、かつ精神的な不調も目立たないケース、全身倦怠感が高度で日常生活に支障をきたしている症例もあって悩ましいですね。今回の症例は不眠があって仕事や介護の負担が背景にありそうですね。うつ病の除外は必要ですね。当科が初診時に行っている漢方医学的な問診票のなかには、気持ちが沈みがちである、気力がない、物事に興味がわかない、朝調子が悪い、集中力の低下など、精神症状に関する項目が複数あります。それでは、漢方診療のポイントの順番にみていきましょう。温かい飲み物を好む、寒がりのほかは、暑がり、冷えの自覚なし、冷房を好む、他覚的な四肢の冷感なしということで陽証を示唆する所見のほうが多いです。そうですね。全体としては陽証ですね。寒がりの暑がりはどう考えるかな?陰陽の判断はつかないということでしょうか?寒がりかつ暑がりは、陰陽の判断ではなく、虚証を示唆します。体力がなくて環境の変化についていけないイメージです。六病位ではどうだろう?太陽病ではなく、陽明病の強い熱感や腹満はないので少陽病です。そうですね。漢方診療のポイント(2)虚実はどうでしょう?脈の力は弱、腹力も軟弱で闘病反応の乏しい虚証です。陽証・虚証でいいようだね。(3)気血水の異常はどうだろう?本症例は、仕事や介護の負担で疲弊しているようですね。そうだね。生体のエネルギー量が不足した状態を気虚とよぶよ(気虚については本ページ下部の「今回のポイント」の項参照)。気虚の主な症状として、全身倦怠感、疲れやすい、食欲がない、風邪をひきやすいなどが挙げられるんだ。本症例にみられる「食後の眠気」は気虚に特徴的な症状だね。本症例は全身倦怠感とともに食後の眠気があるので気虚ですね。気虚以外にも全身倦怠感が生じることを覚えていますか?気鬱や水毒などでも全身倦怠感が生じるのでした。気鬱の全身倦怠感は、朝調子が悪い、抑うつ傾向、膨満感などが出現します。そのとおり。水毒の全身倦怠感は雨降り前に体が重く感じるよ。本症例ではそのほかの気虚の所見はわかるかな?風邪をひきやすいも気虚ですね。ほかには舌苔にも着目しましょう。本症例のような舌苔がまだら状になっている場合は気虚を示唆します。舌苔は消化機能を反映していると考えます。そのほかにも診察で、眼に力がない、声が小さいということも気虚を示唆するよ。江戸時代には、眼勢無力(がんせいむりょく)、語言軽微(ごげんけいび)と記されているよ。たしかに眼力があって、声が大きい人は元気ですね。漢方の診察は、五感をフルに使って行わないといけないのだ。また、本症例のように不眠がある場合は、漢方薬の鑑別のために気逆の有無を確認しています。気鬱でなく気逆ですか?ドキドキして眠れないというイメージです。どこを確認するかわかりますか?自覚症状で動悸があるかどうかでしょうか?自覚症状の動悸に加え、腹診での腹部大動脈の拍動を確認します。また悪夢が多いことも気逆になります。本症例では悪夢や腹部の動悸はありません。それでは気以外の異常はどうでしょう?気虚以外は目立ちません。脱毛、集中力の低下、皮膚の乾燥を問診していますが、血虚の症候はありません。気虚と血虚が同時にある場合は気血両虚(きけつりょうきょ)といいますが、それはなさそうですね。では本症例をまとめよう。【漢方診療のポイント】(1)病態は寒が主体(陰証)か、熱が主体(陽証)か?冷えの自覚なし、冷房好き、入浴は短い、脈:やや浮→陽証(少陽病)(2)虚実はどうか寒がり・暑がり 脈:弱、腹:軟弱→虚証(3)気血水の異常を考える全身倦怠感、食後の眠気、風邪をひきやすい、地図状の舌苔→気虚(動悸や悪夢など気逆はなし)(脱毛や集中力の低下など血虚はなし)(4)主症状や病名などのキーワードを手掛かりに絞り込む眼勢無力、語言軽微解答・解説【解答】本症例は、補中益気湯(ほちゅうえっきとう)で治療しました。【解説】補中益気湯は、中(ちゅう:消化吸収能という意味)を補って、気(き)を益(ま)すという意味です。補中益気湯は人参(にんじん)、黄耆(おうぎ)、白朮(びゃくじゅつ)、甘草(かんぞう)の補気作用のある生薬に加え、弛緩した筋トーヌスを引き締める作用(升堤[しょうてい]作用)をもつ生薬(柴胡[さいこ]・升麻[しょうま])が含まれることがポイントです。そのため、補中益気湯は、筋肉が弛緩傾向を示すサイン、四肢がだるい、眼に力がない、声が小さいなどが使用目標になります。最近ではあまり使われませんが内臓下垂、胃下垂といわれるような病態や子宮下垂、脱肛なども筋の弛緩傾向により生じることから、補中益気湯の適応とされています。また柴胡・升麻は抗炎症作用を併せ持ち、風邪や肺炎や尿路感染などの急性感染症が治癒した後、微熱があってなんとなく活気がない、食欲がないといった場合に良い適応になります。江戸時代の漢方医・津田玄仙は補中益気湯の8徴候として、四肢倦怠、眼勢無力、語言軽微、食失味、口中白沫、熱湯を好む、脈散大無力、臍動悸を挙げており、このうち2〜3該当すれば用いてよいと述べています。補中益気湯を投与すると、COPD患者の感冒罹患回数を減少させ、体重増加をもたらしたという報告1)があります。また、女性腹圧性尿失禁患者に対して補中益気湯の4週間の投与で尿失禁の回数が減少傾向、QOLのパラメーターや患者満足度が改善したという報告2)があり、女性下部尿路症状ガイドラインの腹圧性尿失禁に推奨グレードC1として掲載されています。今回のポイント「気虚」の解説漢方では生体内を循環する「気・血・水」の変調として病気を捉えます。気血水は陰陽・六病位とは別のパラメーターで、経度と緯度の関係にも例えられます。気血水のうち身体を巡る液体成分は血と水ですが、気は目に見えない、形がない、生命活動を営む根源的なエネルギーです。現在でも「活気がある」、「気が滅入る」などと日常で使われます。気の異常のうち、気の量的な不足、または作用力の不足を気虚といいます。気虚の主な症状として、全身倦怠感、疲れやすい、食欲がない、風邪をひきやすいなどが挙げられます。また食後は食事により少ないエネルギーが消化管に集中してしまうと考えられるため、「食後の眠気」は気虚に特徴的な症状です。気虚に対する基本となる漢方薬が四君子湯(しくんしとう)です。四君子湯は、茯苓、人参、白朮、甘草の4つの生薬を中心に構成されます。また気虚に対する漢方薬は人参とともに黄耆を含むことから参耆剤(じんぎざい)とよびます。補中益気湯や十全大補湯(じゅうぜんだいほとう)がその代表です。今回の鑑別処方人参と黄耆が含まれる漢方薬を参耆剤とよびます。人参は消化管から、黄耆は体表面から気を補うイメージです。補中益気湯は全身倦怠感・食後の眠気などの気虚に加え、四肢がだるい、声が小さい、眼力がないといった筋トーヌスの低下した徴候がある際に用います。気虚に血(けつ)が不足した状態(血虚)を合併している場合、具体的には皮膚の乾燥、脱毛が多い、目が疲れる、集中力がない、爪がもろい、頭がぼーっとするなどの症状を伴う場合は、気血両虚に対する漢方薬が適応になり、十全大補湯がその代表です。十全大補湯と類似の漢方薬に人参養栄湯(にんじんようえいとう)があります。人参養栄湯には、遠志(おんじ)、陳皮(ちんぴ)、五味子(ごみし)といった喀痰、咳嗽などの呼吸器症状に対応する生薬が含まれることが特徴です。非定型抗酸菌症に対して人参養栄湯が有効であったという報告3)があるように、慢性の感染症で体力低下に加え、呼吸器症状があるのが典型で、近年ではフレイルに対する漢方薬として注目されています。大防風湯(だいぼうふうとう)は十全大補湯に附子(ぶし)と鎮痛作用のある生薬が加わった構成で、冷えと関節痛を伴う場合に用います。疲労感を伴う関節リウマチなどの膠原病の患者にしばしば用います。帰脾湯(きひとう)、加味帰脾湯は気虚に加え、くよくよ思い悩んでしまう(思慮過度)、不眠、抑うつがある場合に用います。全身倦怠感が投与目標というよりも不眠や抑うつなどの精神心理症状を主体に訴える場合に用いることが多いです。加味帰脾湯は帰脾湯に柴胡、山梔子(さんしし)が加わって熱感やイライラといった症状にも対応します。その他、人参と黄耆をともに含む参耆剤には、清暑益気湯(せいしょえっきとう)、半夏白朮天麻湯(はんげびゃくじゅつてんまとう)、当帰湯(とうきとう)、清心蓮子飲(せいしんれんしいん)があります。最後に気虚に冷えを合併している場合は、第5回で解説したように陰証と診断して、太陰病の人参湯(にんじんとう)や少陰病〜厥陰病(けついんびょう)の茯苓四逆湯(ぶくりょうしぎゃくとう:人参湯エキス+真武湯エキス)による治療が最優先であることにご注意ください。参考文献1)杉山幸比古. 日本胸部臨床. 1997;56:105-109.2)井上雅ほか. 日東医誌. 2010;61:853-855.3)Nogami T. J Family Med Prima Care. 2019;8:3025-3027.

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従来2台必要な眼科手術機器を1台で/日本アルコン

 日本アルコンは、白内障および網膜硝子体手術を1台でこなす“UNITY VCS”の発売に際し、都内でメディアセミナーを開催した。白内障は加齢により起こる水晶体が混濁する疾患だが、高齢化社会のわが国では患者数、手術数ともに増加している。今回発売される本機は、従来は別々のプラットフォームに搭載した手術装置で行われていた白内障および網膜硝子体手術が1台のプラットフォームに集約され、処置室の省スペース化を実現する。 セミナーでは、白内障などの疾患概要と手術の講演のほか、本機の機能紹介などが行われた。本機は秋以降に発売が開始される。白内障などの眼科手術を効率よく、さらに安全に 「白内障および網膜硝子体手術について」をテーマに、井上 真氏(杏林大学医学部眼科学教室 教授)が、白内障および網膜硝子体疾患の概要、手術の手順や効率化などのポイントを講演した。 白内障は水晶体(カメラのレンズに相当)が混濁することで起こる疾患で、主に加齢が原因となり発症する。また、「網膜」はフィルムに相当し、網膜の中心部分が「黄斑」であり、眼球内の大半は「硝子体」と呼ばれる透明なゼリー状の組織になっている。この硝子体に関連する疾患としては、網膜の中心である黄斑の網膜表面に薄い膜が形成される「黄斑上膜(前膜)」、黄斑に小さな孔ができ視力が低下する「黄斑円孔」、糖尿病により高血糖状態が持続することで血管損傷が起き、網膜に新生血管ができるために起こる「糖尿病網膜症」、網膜に孔(網膜裂孔・網膜円孔)が開き、硝子体液がその孔を通り網膜の下に入り込むことで起こる「裂孔原性網膜剥離」があり、失明の原因になったり、緊急手術の適用となったりする重篤な疾患である。 白内障手術は、2018年には約146万件だったものが、2022年には約167万件と増加した。その要因としては、65歳以上の人口の増加、手術の安全性の向上、眼内レンズの普及があるとされる。一方、網膜硝子体手術は、2018年に約14万件だったものが、2022年には約15万件と微増しているが、この要因も白内障手術と同様の要因であり、今後も増加すると予想されている。 白内障の手術では、超音波で濁った水晶体を取り除き、眼内レンズを嚢内に固定して行う。手術は低侵襲の手術であり、切開も小さく、手術惹起乱視も少ない。 網膜硝子体手術では、毛様体扁平部から器具を挿入し、強膜にシリコン材を逢着して眼球を陥凹させて行う(強膜バックリング手術)。 そして、これらの手術の効率化や術後の結果に関わるポイントについて以下の2点に触れた。(1)手術の効率・手術機器のテクノロジーの進化について、安全かつ高効率な手術が可能となり、1症例当たりの手術時間が短縮できる。・手術手技の進化では、白内障では「小切開化」、硝子体手術では「スモールゲージ化」が勧められている。(2)術後結果に関わるポイント・良好な自己閉鎖・術後感染症、合併症の低減・視力回復の早期化 最後に井上氏は、「今後もわが国では高齢化が進み手術件数が増えるが、テクノロジーの進歩により、とくに手術効率化ばかりでなく、安全性を高めることが必要とされる時代になった」と語り、講演を終えた。新しい技術も加味された“UNITY VCS” 今回発売される“UNITY VCS”は、手術機器市場初の革新的技術により、白内障手術と網膜硝子体手術を進化させた、“UNITYR Intelligent Fluidics”システムの採用により、リアルタイムでセンシング機能を備えた独自の吸引圧と流量コントロールを実現し、手術の安定性と効率性を各ワークフローで向上させる。 網膜硝子体手術用の医療機器における主要な新技術は下記のとおり。・27ゲージポートフォリオ 独自の消耗品は、ダイナミック・スティフナー技術を採用し、従来の27Ga(ゲージ)器具の限界を超え、より小さなゲージでありながら25Ga+と同等、またはそれ以上の剛性を提供する。・UNITYR TetraSpot 複数同時スポット照射が可能なマルチスポットレーザーテクノロジーで、レーザー照射時間を最大3分の1に短縮。術中に3つの異なるスポットモード(1つか2つ、または4つのレーザースポットを同時に照射)が提供されるため、柔軟なスポット配置が可能。・UNITYR Illumination 眼のブルーライト曝露を軽減し、カスタマイズとプログラムが可能な光源により、優れた組織の視認性を提供する。LEDの一貫性と信頼性により最大1万時間の照明寿命を実現する。 UNITYR VCSは、“UNITYR Intelligent Fluidics”システムにより、さらに生体に近い環境下で白内障手術を安定的かつ効率的に行えるよう設計。この新技術は、術中の眼内圧(IOP)を安定的に維持することで、患者の快適性をサポートしながら、水晶体除去時の平均吸引圧をより高く保つことが可能となる。 その他の手術性能の向上点は下記のとおりである。・“UNITYR Intelligent Sentry” 前房の安定性を維持しながら、“CENTURIONR ACTIVE SENTRYR”を上回る性能を実現し、オクルージョンブレークのサージ量を平均して44%低減する。・“UNITYR Thermal Sentry” 超音波出力を調整するために、切開創の温度を独自のアルゴリズムによりリアルタイムで推定する熱センサーを搭載した、業界初の白内障超音波乳化吸引用ハンドピース。・“UNITYR 4D Phaco” 画期的な超音波振動により、従来の技術である「OZILトーショナルフェイコ」と比較し、最大2倍の速さで核処理を実現し、眼内でのエネルギー量を41%低減し、累積拡散エネルギー(CDE)も48%低減する。 同社では、本機の発売について、「日本は最初に本機が発売される国の1つである。高齢化で患者数も多くなる一方で、医師数の不足で短時間の手術が望まれる。統合プラットフォームを実現したことで、省スペースで置きやすい本機を眼科の医師に活用してもらいたい」と期待を寄せている。

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進行がん患者の望む治療と実際の治療との間のずれが明らかに

 進行がん患者の中には、残された日々をできるだけ快適に過ごしたいと望む人は少なくない。しかし、医師はその願いに十分に耳を傾けていないことが、新たな研究で示唆された。そのような望みを持つ進行がん患者の多くが、痛みを和らげることよりも延命を重視した治療を受けていることが明らかになったという。米カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)の腫瘍内科医であるManan Shah氏らによるこの研究の詳細は、「Cancer」に8月25日掲載された。Shah氏は、「患者が望む治療と患者が実際に受けていると思っている治療との間にずれがあるのは大きな問題だ」とUCLAのニュースリリースの中で述べている。 がん治療は一般的に、延命と生活の質(QOL)向上の両方を目指して行われるが、これらの目標は時に対立することがあるとShah氏らは説明している。同氏は、「進行がんの治療では、患者ができるだけ長く、できるだけ良好な状態で生きられるようにすることが治療目標になる。しかし、延命と快適に過ごせる状態の維持という目標が互いに対立し始めると、患者と腫瘍内科医は難しい選択を迫られることがある」と言う。 患者が自分の治療についてどのように感じているかを調べるため、Shah氏らは重篤な疾患があり、アドバンス・ケア・プランニング(ACP)を必要とする1,099人の患者を対象に調査を実施した。このうち21%(231人)は進行がん患者、残りはその他の重篤な疾患を抱える患者だった。 「快適さを重視した治療」を希望していた割合は、進行がん患者で49%、その他の重篤な疾患の患者では48%、また、24カ月間の死亡率は、それぞれ16%と13%であり、いずれも両群間に有意な差はなかった。しかし、「快適さを重視した治療」を希望していたにもかかわらず延命治療を受けた患者の割合は、がん患者で37%、その他の疾患の患者では19%であり、がん患者で有意に多かった。快適さを重視した治療を希望したがん患者のうち、希望に反して延命治療を受けた患者と希望通りの治療を受けた患者の24カ月間の死亡率はそれぞれ24%と15%であり、両者の差は統計学的に有意ではなかった。 Shah氏らは、「快適さを優先することを望んでいる進行がん患者のかなりの割合が、そのような希望に反する治療を受けていると報告していたことが明らかになった」と述べている。さらにShah氏は、「医師は、治療の目標について患者と率直に話し合う機会を持つ必要がある。そうした話し合いを通じて、提供している治療の目的をわかりやすく説明し、患者の希望と治療内容の間に存在する不一致、あるいは認識の上での不一致の解消に努めることが必要だ」と指摘している。 こうした問題の要因は、患者と率直に話し合わず、曖昧な態度をとる医師の側にあるのではないかとShah氏らは指摘している。同氏らは、「4,074人の腫瘍内科医を対象とした調査では、見た目は健康そうで症状もない、あるいは全ての治療選択肢をまだ試していない進行がん患者と治療目標について話し合いを始めることに抵抗があると回答した医師がほとんどであることが示されていた。しかし、大多数の患者は、医師に治療目標についての話し合いを切り出してほしいと感じていることが複数の研究で示されている。そのため、腫瘍内科医が治療目標の話し合いに消極的であることは気がかりである」と記している。 その上で、Shah氏らは、「結局のところ、本研究結果は、進行がんでは患者との間で治療の目標や意図についてよりタイムリーで効果的なコミュニケーションが必要であることを示している」と結論付けている。

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手薄な科目はまず王道に忠実な解法を会得!【研修医ケンスケのM6カレンダー】第6回

手薄な科目はまず王道に忠実な解法を会得!さて、お待たせしました「研修医ケンスケのM6カレンダー」。この連載は、普段は初期臨床研修医として走り回っている私、杉田研介が月に1回配信しています。私が医学部6年生当時の1年間をどう過ごしていたのか、月ごとに振り返りながら、皆さんと医師国家試験までの1年をともに駆け抜ける、をテーマにお送りして参ります。この原稿を書いているただいまは2025年9月14日で、秋雨前線の影響で雨雲が散在する中、猛暑を感じる時間も徐々に少なくなってきました。 皆さまいかがお過ごしでしょうか。夏休み、1次マッチングが終わり、今年度もいよいよ後半戦です。卒業試験の1回目が終わった、という方もいらっしゃるかと思います。4月から連載させていただいているこの連載も折り返しですが、後半戦の闘い方について今回は重要な回です! 当時を懐かしみながら、あの時の自分へ何を話しかけるのか。皆さんの6年生としての1年間が少しでも良い思い出になる、そんなお力添えができるように頑張って参りますので、ぜひ応援のほどよろしくお願い申し上げます。9月にやること:現状把握と、仕上がっていない科目を着手せよ!(万博は10月まで!行きましたか?)受験レースもいよいよ後半戦。前半の勢いのままにという方も、もう一度ここからという方も兜の緒を締めるそんな9月です。先月は「模擬試験を軸に、学習計画を立て、修正する」をテーマにしました。メックやテコム模試を受験した皆さま大変お疲れ様でした。結果はともあれ、皆さんがまず着手すべきは現状把握です。模擬試験は目標を持って受験してほしいと綴りましたが、対策に対してどれほどできたのか、何が現時点で足りている、足りていないのか。成績表をよく分析しましょう。自身の思考プロセスを振り返って、何が原因で誤答したのかもきちんと分析すべきです。例年の受験生のパターンからするとメジャー科がある程度完成している方が多いと思います。判断力が問われる、得点差がつくような問題はさて置き、基本的なメジャー科の問題ではもう差がほぼつかなくなってきているのではないでしょうか。一方で産婦小児、マイナー科、公衆衛生を後回しにしている受験生が多いはずです。もちろんメジャー科を優先する、という戦略を取っているので今できないことは許容しましょう。次の試験までに仕上げるにはどのようなペース配分で行くか今日から戦略を練ればいい話です。先月は公衆衛生対策について触れたので、今月はその続きとして産婦人科・小児科・マイナー科の攻略について述べていきます。産婦人科攻略産婦人科ですが、産科領域と婦人科領域があるので実質2科目のように感じ、専門用語や概念に苦手意識を感じる受験生は少なくありません。かく言う私もそのうちの1人でした。個人的な産婦人科攻略のおすすめはまずは下記分野から取り組むことです。産科正常分娩、妊娠高血圧症候群婦人科子宮頸癌1科目当たりの範囲が広いのでどこから着手したら良いかが難しいところですが、知識がゼロではない(=CBT突破しているなら大丈夫)ことを前提に着手するなら頻出かつ得点差が付く上記の3つが思い浮かびます。そして攻略にはちょっとしたコツがあります。それは該当するビデオ講義と臨床問題の解説を読み込むことです。CBTや卒業試験、実習で履修していない、なんてことはないはずです。「一度学習したことがあるのに得点できない」この状況を手際よく打破するには解法の王道をマスターすることが先決です。のちに紹介する小児科やマイナー科でも同様ですが、頻出項目は問題自体も例年練り上げられ、お決まりの出題パターンやポイントがあります。試験で得点することが目的ではありますが、そのポイントを押さえることが疾患や概念の理解に結びつくキッカケになり得ます。ここは1つ、我流を貫かず、まずはプロの解法に忠実であってほしいと思います。ビデオ講義や解説から、何がキーワード・キーフレーズなのか、どのような思考プロセスが必要で、鑑別は何か。王道に忠実な解法を会得しましょう。枝葉の知識は後からついてきます。小児科(大阪万博にて。渡航困難な国を気軽に体験できるのがいいですよね!)小児科も同様に頻出項目をマスターしましょう。成長と発達、川崎病、新生児黄疸関係、予防接種…など「など」で逃げましたが、小児科は産婦人科以上に満遍なく出題される傾向に感じます。さて、小児科の臨床問題を解く時にキーワードがあるので紹介します。それは「ぐったり」「経口摂取不良」です。近年の臨床問題では診断まで辿り着かなくとも何をすべきか判断力を問うものが多いです。実臨床もそうですが、この2つのキーワードがあるとそれだけでアラートレベルを上げましょう。マイナー科攻略1:精神科公衆衛生、産婦人科、小児科、の次はマイナー科目です。本題とは逸れますが、私は「メジャー」「マイナー」の概念はあまり好きでないです。試験範囲の都合に伴う呼称に過ぎず、きちんとした学問・診療科として学習に励んで欲しいと願います。眼科や整形外科、泌尿器科などが該当するマイナー科ですが、試験対策において手薄であるなら精神科および皮膚科から着手することをオススメします。他の科目と比べて、出題範囲が比較的多く、かつ得点差がつきやすい2科目だからです。とくに精神科はコストパフォーマンスがいいです。精神科は、臨床知識はもちろん、公衆衛生のブラッシュアップにも役立ちます(精神科入院や都道府県が担当する精神保健についてなど)。臨床知識ではまず下記から学ぶのがオススメです。精神科特有の症候統合失調症四字熟語で表現される精神科特有の症候は精神科疾患の特徴を学び直すのに便利で、かつそれらの違いが直接試験問題になります。学習する際は辞書的な解説はもちろんですが、実際の会話例も併せて理解するようにしてください。また精神科疾患の代表といえば統合失調症です。「統合失調症を示唆する所見は何か」は鉄板ですが、近年では抗精神病薬の副作用についても見かける頻度が多くなりました。専門用語が多く、1つ1つを的確に把握する必要があります。マイナー科攻略2:皮膚科さて最後は皮膚科です。他の科目と比してとくに皮膚科は内科的背景を見落とさないことが重要です。皮膚科も精神科と同様に専門用語が多く、特有の疾患が多いですが、その背景に内科で頻出疾患が隠れていることがあります(壊疽性膿皮症に潰瘍性大腸炎が背景など)。試験でも皮膚科と内科のそれぞれの観点から出題されることが多々あります。皮膚科ではとくに「粘膜疹」「掻痒感」がある疾患に敏感になりましょう。一般問題・臨床問題ともに頻出で、かつ得点差がつきます。最後に(大阪万博の大屋根リングから。花火はみんなの顔が上がりますよね。)いかがだったでしょうか。後半戦に向けて何から着手すべきか路頭に迷う受験生は意外と珍しくありません。最も大切なことは現状を把握して、試験範囲を見直すことなのです。今回は恐らく多くの受験生に当てはまるであろうパターンとして、対策すべき科目とそのコツを述べました。さて、最後に1つ。今回学び直した知識はぜひグループ学習で共有してください。私だけ知らなかった、なんて恥ずかしがることはありません。あなたが共有してくれた知識が、本番でふとみんなを助けることになるかもしれませんから。

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ビタミンAはがんリスクを上げる?下げる?

 ビタミンA摂取とがんリスクの関連について、メタ解析では食事性ビタミンA摂取量が多いほど乳がんや卵巣がんの罹患率が低いと報告された一方、臨床試験ではビタミンAが肺がんや前立腺がんの死亡リスクを高めることが報告され、一貫していない。今回、病院ベースの症例対照研究の結果、食事性ビタミンA摂取量とがんリスクにU字型の関係がみられたことを、国際医療福祉大学の池田 俊也氏らが報告した。Nutrients誌2025年8月25日号に掲載。 本研究は、ベトナム科学技術省と日本政府の支援を受けて実施されたプロジェクトにおける症例対照研究で、参加者をベトナム・ハノイの主要な4つの大学病院で募集した。症例は新規がん患者で、食道がん(195例)、胃がん(1,182例)、結腸がん(567例)、直腸がん(482例)、肺がん(225例)、乳がん(281例)、その他のがん(826例)の3,758例、対照はがんを罹患していない患者で、外傷、尿路結石、胆石症、ヘルニア、多汗症、良性前立腺肥大症、痔核、甲状腺結節などの非がん性疾患のための手術で新規に入院した患者2,995例であった。食事性ビタミンA摂取量は半定量食物摂取頻度調査票を用いて調査した。ビタミンA摂取量とがんリスクとの関連は、オッズ比(OR)および95%信頼区間(CI)を算出して評価した。制限付き3次スプライン曲線により、母集団のビタミンA摂取量の中央値(86.6μg/日)および平均値(108.4μg/日)に近い四分位である85.3~104.0μg/日が安全な範囲であると示唆され、この四分位を基準とした。 主な結果は以下のとおり。・ビタミンA摂取量とがん罹患率の間に、基準と比較してU字型の関連が認められた。・最低摂取量と最高摂取量の両方ががんリスク上昇と関連しており、OR(95%CI)値はそれぞれ1.98(1.57~2.49)と2.06(1.66~2.56)であった。・このU字型パターンは、性別、肥満度、喫煙の有無、飲酒の有無、血液型A型、食道がん、胃がん、乳がん、直腸がんで定義されたサブグループで一貫してみられたが、肺がんと結腸がんではみられなかった。

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