9.
エストロゲンが腎臓を守る急性腎障害(AKI)はよくある疾患なのに狙い撃ちの治療は乏しく、医療が取り組むべき大きな難題の1つです。ドイツ・ドレスデン工科大学のチームによる新たな研究で、女性ホルモンのエストロゲンが細胞死の一種のフェロトーシス(鉄依存的細胞死)を防ぐことでAKIを生じ難くすることが示されました1,2)。AKIや末期腎不全(ESRD)の印であるネフロン欠損は急な尿細管壊死を介して生じ、雄性の腎臓がよりAKIになりやすいことが数十年前から知られています3,4)。たとえば米国の公的保険受給者540万人を調べた試験で、女性のAKI発生率が有意に低いことが示されています5)。同様の結果が他の試験でも認められており、とくに閉経前の女性に比べて男性はAKIを生じやすく、AKIに関連する死により至りやすいようです。さかのぼること40年ほど前の1988年にそういう性差の仕組みの緒となりうるマウスの研究成果が発表されています。鉄剤(鉄ニトリロ三酢酸)を腹腔内に毎日投与したところ、雄マウス6匹は1週間ともたず6日以内にすべて死にましたが、雌マウスや去勢した雄マウスはすべてが3ヵ月間の投与期間を生き抜きました6)。そのような毒性の性差は脂質過酸化の程度とどうやら関連するようです。最近になって、その名が示すとおり鉄を必要とする脂質過酸化で生じる7)フェロトーシスが腎臓などの臓器を傷める仕組みや急な尿細管壊死に寄与することが示唆されています。今回の新たな研究では、雌マウスの尿細管ではフェロトーシス細胞死の連鎖がなく、エストロゲンの一種の17βエストラジオールが複数の仕組みによりフェロトーシスを防ぐことが明らかになりました。17βエストラジオールが水酸化されて生じる水酸化エストラジオールがそれら複数の仕組みの一端を担います。水酸化エストラジオールはラジカルを捕獲する抗酸化物として働いてフェロトーシスを直接的に阻止します。水酸化エストラジオールは腎尿細管に豊富で、雄マウスに投与したところAKIを防ぐことができました。エストラジオールはその受容体ESR1への作用により、遺伝子発現を調整することでもフェロトーシスを阻止します。ESR1を欠く雌マウスの腎尿細管は卵巣除去マウスに似てフェロトーシス抑制が低下していました。どうやらESR1は抗フェロトーシス作用が知られるヒドロパースルフィドの分解を防ぐことでフェロトーシスを阻止するようです。ESR1が抗フェロトーシスを担うのとは正反対に、雄マウスの尿細管はフェロトーシスを促進するエーテル脂質経路のタンパク質を発現しています。一方、閉経までという期間限定ではありますが、ESR1は雌マウスのエーテル脂質経路を抑制することでフェロトーシスを阻止する働きも担うことが示されました。男性や閉経女性のフェロトーシス狙いの腎疾患治療の開発に今回の成果が役立ちそうです。また、心臓発作や脳卒中などの女性に生じ難いその他の疾患の性差の研究、さらには女性の寿命がより長いことの仕組みの解明などでもフェロトーシスが今後注目されるでしょう8)。 参考 1) Tonnus W, et al. Nature. 2025 Aug 13. [Epub ahead of print] 2) Nature study: Estrogen protects the kidneys - research from Dresden and Heidelberg proves the relevance of gender-specific medicine for understanding disease and therapy / Eurekalert 3) Park KM, et al. J Biol Chem. 2004;279:52282-52292. 4) Silbiger SR, et al. Am J Kidney Dis. 1995;25:515-533. 5) Xue JL, et al. J Am Soc Nephrol. 2006;17:1135-1142. 6) Li JL, et al. Biochim Biophys Acta. 1988;963:82-87. 7) Dixon SJ, et al. Cell. 2012;149:1060-1072. 8) Estrogens protect against acute kidney injury / Research in Germany