ミュンヘンの熱気とアスピリンの行方~PREMIUM試験が語る学会と雑誌の歴史学~【Dr.中川の「論文・見聞・いい気分」】第100回

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公開日:2026/09/10

Dr.中川の「論文・見聞・いい気分」

「論文は風呂で読むのがイチバン!」と語る滋賀医科大学循環器内科の中川 義久氏が、自身のこれまでの失敗・成功談をおりまぜながら、論文をめぐるあれこれを綴るオリジナルエッセー。論文を読むとき、書くとき、さらには投稿するときに、さりげなく役立つ小ネタを紹介します。

Congratulations!!

2026年8月29日、ドイツ・ミュンヘンで開催された欧州心臓病学会(ESC)のHot Line Sessionにおいて、近畿大学の中澤 学先生より「PREMIUM試験」の結果が発表され1)、同時に高橋 邦彰先生を筆頭著者としてThe New England Journal of Medicine(NEJM)誌に掲載されました2)

本試験は、ST上昇型心筋梗塞(STEMI)患者のPrimary PCIにおいて「PCI直後からアスピリンを抜いても大丈夫なのか?」というきわめて実践的な問いを検証したものです。国内69施設・約2,300例が登録され、プラスグレル単剤群と標準的なDAPT(アスピリン+プラスグレル)12ヵ月群に1:1で割り付けられました。

1年後の複合エンドポイント(全死亡・心筋梗塞・脳卒中)の発生率は、プラスグレル単剤群11.0%に対し、DAPT群8.5%。結果として単剤療法の非劣性は証明されませんでした(HR 1.34、95%信頼区間:1.02~1.75、非劣性p=0.40)。昨今トレンドとなっている「アスピリン早期中止」や「P2Y12阻害薬単剤化」ですが、少なくともSTEMIの超急性期においてはPCI直後からのアスピリン省略戦略は支持できないという明確なメッセージを残した点に、本試験の大きな意義があります。

「単なるNegative Trial」で終わらせない臨床的視点

本試験を「非劣性が示せなかったからNegative」と切り捨てるのは早計でしょう。興味深いのは、単剤群で増加した血栓性イベントがステント血栓症ではなく、主に非責任病変によるものであったという点です。つまり、STEMI患者における急性期DAPTは「ステント閉塞の予防」にとどまらず、「全冠動脈のプラーク安定化」という重要な役割を担っていることを示唆しています。今後のサブ解析やさらなる知見の広がりに期待が膨らみます。

「村祭り」から「ディズニーランド」、そして欧州の逆襲

堅苦しい学術的解釈はこのあたりにして。

3,000人超を収容する大ホールが超満員となり、立ち見客の熱気に包まれたHot Line Sessionの現場に立ち会いながら、小生はふと別の感慨に耽っていました。

いまや循環器領域で世界で最も勢いのある学会といえば、間違いなくESCでしょう。

小生が初めて参加した国際学会は、1990年11月に米国ダラスで開催されたAHA(American Heart Association)でした。当時のAHAはまさに「世界の中心」。規模、参加者数、演題の質、華やかな企業展示……そのすべてが規格外でした。日本の「村祭り」しか知らなかった若手医師が、いきなり本場の「ディズニーランド」に放り出されたような衝撃を受けたことを覚えています。

当時のESCといえば、大変失礼ながら地味な存在でした。「世界を動かす重要な臨床試験はまず米国(AHA/ACC)で発表される」というのが当時の暗黙の了解だったのです。

しかし、この30年で景色は一変しました。欧州の研究者たちは「素晴らしい研究を米国に持っていかれるのを指をくわえて見てなるものか」とばかりに、Late-Breaking Clinical TrialsやHot Line Sessionの改革を断行。世界中の重要試験を誘致する文化を育て上げました。今回のESC 2026でも、実に59本ものHot Line Trialが発表されています。学会の規模と熱量においては、もはやAHAに並ぶどころか、凌駕したと言っても過言ではありません。

学会と雑誌が織りなす「主導権のねじれ」

ただ、現地で観察していて実に興味深い現象がありました。

学会の主役がESCへとシフトした一方で、その成果を世界へ拡散する「発信拠点」としては、依然として米国のNEJM誌が圧倒的なプレゼンスを誇っているという点です。今回のESCでも、重要試験の多くがNEJM誌へ同時掲載されました。欧州主導の学会で発表された成果が、アメリカの医学雑誌の手によって世界基準へと昇華されていく。

一見すると不思議なねじれ現象ですが、これは「発表の場」として発展してきたESCの歴史と、200年以上にわたり臨床的信頼を蓄積してきた「知識の集積場所」としてのNEJMの歴史の違いを表しているのかもしれません。学会のイニシアチブと、論文メディアのイニシアチブは必ずしも一致しないのです

日本発のエビデンスが世界標準になる瞬間

そう考えると、今回のPREMIUM試験の成功には二重の喜びがあります。第1に、日本発の大型臨床試験が世界最高峰のステージで満場の注目を浴びたこと。そして第2に、それがNEJM誌に掲載されることで、真の意味で「世界共有のエビデンス」として歴史に刻まれたことです

かつてダラスのAHA会場でただただ圧倒されていた1人の循環器医として、ESCの目覚ましい躍進をリアルタイムで体験できたことは感慨深いものがあります。そしてその歴史的舞台の真ん中に、日本から発信されたPREMIUM試験が存在したことを誇らしく思います。

中澤先生、高橋先生をはじめとする研究グループの皆さまに心より敬意を表するとともに、本研究がひらく新たな臨床の扉に期待を寄せて筆を置きたいと思います。

  • ESC 2026 Hot Line Session、中澤 学先生の発表

中川 義久 ( なかがわ よしひさ ) 氏独立行政法人 地域医療機能推進機構(JCHO)滋賀病院 院長J-CLEAR評議員

[略歴]
1961年石川県生まれ。1986年卒業。2018年12月より滋賀医科大学 循環器内科 教授。2026年4月より現職。日本内科学会総合内科専門医、日本循環器学会専門医、日本心血管インターベンション治療学会専門医。

[趣味]
読書を友とし、猫をこよなく愛する。いきおい余って虎にも挑戦中。

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