トランスサイレチン型心アミロイドーシス(ATTR-CM)治療薬として、2025年6月25日に国内で適応追加承認を取得した核酸医薬のブトリシラン(商品名:アムヴトラ)。この治療薬が果たす役割について、7月に開催されたアルナイラムのメディアセミナーで北岡 裕章氏(高知大学医学部 老年病・循環器内科学 教授)が解説した。
高齢者心不全では心アミロイドーシスの想起を
心アミロイドーシスは心不全の原因疾患の1つで、2025年3月に発刊された『2025年改訂版 心不全診療ガイドライン』においてもその項目が設けられ、心不全として鑑別診断が重要な疾患として位置付けられた(推奨表57参照)。しかし現状は、「循環器医でもアミロイドーシスの概念をあまり持っていない医師も少なくない」と北岡氏は問題提起する。その理由について、「たった10年前には患者が300例ほどしかいないとされ、原因として疑うのは非常に難しい時代だった」とコメント。しかし、時代は変わり、核医学検査による診断法が確立したことで、120万人いると推定される心不全患者の10%程度をATTR-CMが占めることも明らかになってきている。とくにATTR-CMwt
*は加齢に起因することから、高齢者で診断されることが“まれではない”状況になっているが、2019年に治療薬として四量体安定化薬が処方できるようになったことで、「指数関数的に治療を受けられる患者数が増加している」と説明した。
*wild type(野生型)の略
治療薬の使い分けにも期待
心アミロイドーシスの原因となるトランスサイレチン(TTR)は、肝臓から産生され、四量体の状態であれば甲状腺ホルモンやビタミンAを運搬する役割を果たすが、単量体に解離することでアミロイド線維を形成し、臓器に沈着する。さらに近年では、肝臓から直接ミスフォールディングされたTTRが産生されることも示唆されている。その結果、アミロイド沈着が心不全症状の発現前より始まり、時間経過とともにBNPやトロポニンなどのバイオマーカーの上昇、心機能やQOL低下などに影響を与え、生命予後を脅かすようになる。これについて同氏は「以前と比較して早期診断により生存率は高くなっているが、年齢から想定される生存率と比較すると、ATTR-CM患者の生存率はいまだに低い状況にある」と述べ、潜在患者の発掘と治療法普及の加速化が課題であることについて言及した。
しかし、今回のブトリシランの適応追加はATTR-CMに対する治療選択を広げ、心アミロイドーシス診療の追い風となるだろう。既存治療薬はTTR四量体の安定化を図るものであったが、ブトリシランはさらに上流部分に作用し、効果を発揮する。その作用機序は、ブトリシランが肝臓特異的に取り込まれRNA誘導サイレンシング複合体(RNA-induced silencing complex:RISC)と結合することで肝臓内において
TTR mRNAを分解し、TTR産生を抑制(ノックダウン)させる。本薬剤が適応追加承認に至った
HELIOS-B試験の対象者のうち約40%は、既存薬(タファミジスまたはタファミジスメグルミン)が投与されていた患者であったが、投与有無によらず主要評価項目
**を達成している。この結果を踏まえ、「本薬剤により全死亡リスクが低下し、一般集団の生存率に近づいた」と同氏は説明。新たな治療薬が加わったことで、実臨床では治療薬の使い分けがトピックになっており、本薬剤がATTR-CM治療の第1選択薬となりうるとして期待されているとも話した。
**全体集団/ブトリシラン単剤投与部分集団における二重盲検期間の全死因死亡および再発性心血管関連イベントの複合エンドポイント
RNA干渉(RNAi)とその治療薬
RNAiは植物のペチュニアと線虫から発見された遺伝子サイレンシングで、DNA配列を変化させることなく遺伝子発現・タンパク質を抑制することができる。この原理を応用した低分子干渉RNA(small interfering RNA:siRNA)製剤は、生体内に備わる自然なプロセス(RISCを介して繰り返しmRNAを切断)において効果を発揮する。これまで、細胞内に送達されたsiRNAが体内で作用する際の課題として、(1)体内で分解されやすい、(2)細胞膜の通過が困難、(3)オフターゲット作用の懸念があったが、同社は独自のドラッグデリバリーシステム(DDS)を開発し、解決に導いたという。現在国内では同社の開発により4つのsiRNA製剤(パチシラン[商品名:オンパロット]、ギボシラン[同:ギブラーリ]、ブロリシラン[同:アムヴトラ]、インクリシラン[同:レクビオ])が発売されている。
(ケアネット 土井 舞子)