2025年2月27日~3月1日に第47回日本造血・免疫細胞療法学会総会が開催され、2月28日のシンポジウム「未来型LTFU:多彩なサバイバーシップを支える次世代のケア」では、がん領域におけるデジタルセラピューティクス(Digital Therapeutics:DTx)の有用性および造血幹細胞移植治療におけるDTx開発の試みや、移植後長期フォローアップ(Long Term Follow Up:LTFU)の課題解決のためのICT(Information and Communication Technology)活用と遠隔LTFUの取り組み、さらに主に小児・思春期・若年成人(Children, Adolescent and Young Adult:CAYA)世代の造血幹細胞移植における妊孕性温存と温存後生殖補助医療についての話題が紹介された。造血器腫瘍は多彩なサバイバーシップケアの重要性が増しており、次世代ケアの試みが着々と進められている。
同種造血幹細胞移植後のDTx
DTxは、治療用アプリによるデジタル技術を用いて、個々の患者の病状に見合った情報をリアルタイムで提供し、患者の行動変容を促して医療効果や医療プロセスの改善を得ることである。新たな介入手段であり情報薬ともいわれ、次回の外来受診までの治療空白をアプリの使用によりフォローし、治療効果を狙う考え方である。
DTxアプリの使用は、QOL、全生存期間(OS)の改善効果が多数報告されており、ドイツではヘルスリテラシーや家族の負担軽減などの改善効果も認められれば薬事承認される。日本では2020年ごろからニコチン依存症や高血圧症、アルコール依存症などを対象疾患としたDTxアプリの使用効果が認められ、薬事承認されている。
固形がん領域では患者の健康状態をアンケート方式で電子的に収集するelectronic Patient Reported Outcome(ePRO)アプリの使用が疾患再発の早期発見・治療につながり、QOL・生命予後の改善が複数のランダム化試験で報告されている。欧州臨床腫瘍学会では2022年のガイドラインでePROアプリのがん診療への導入をGrade 1Aで推奨し、重症や悪化症状に対する臨床医への自動アラート機能を有するePROシステムの使用も推奨している。
岡村 浩史氏(大阪公立大学大学院 医学研究科 血液腫瘍制御学/臨床検査・医療情報医学)らは、2021年に移植患者用アプリを開発し、同種造血幹細胞移植(allogeneic Hematopoietic stem Cell Transplantation:allo-HCT)後の外来通院中患者99例にHCTアプリを導入し、和歌山県立医科大学と共にPilot Studyを実施した。その結果、体温、脈拍数、SpO
2、体重、修正Leeスコア(ePRO)、およびこれらの最近の悪化傾向などが移植後重症合併症を早期に予測しうる因子であった。移植後合併症での緊急入院例では入院約10日前から脈拍、SpO
2、修正Leeスコアが悪化する体調の変化がみられ、早期探知が可能と考えられた。岡村氏らはHCTアプリのsecond stepとして重症化モデルの精度改善を行い、データ入力1週以内の合併症緊急入院予測モデルの開発を構築する多施設移植後見守りアプリ研究(第II相)を行っている(2025年9月まで約200例を登録する見込み)。患者が装着しているスマートウォッチで収集された身体情報およびePRO(22項目・週1回)への入力データと、医療機関からの診療情報(今後マイナポータルから提供の予定)を集約し、患者の同意の下にデータを解析している。
岡村氏は患者入力によるePROに基づき、将来的には個別症状に合わせた生成AIの利用や、電子カルテとの情報連携、地域医療連携ネットワーク(Electronic Health Record:EHR)、パーソナルヘルスレコード(Personal Health Record:PHR)としての情報連携の強化(病診連携や成人移行時の病院間の連携など)も可能であると考えており、「病院診療情報やePRO、ウエアラブルデバイスによる情報を研究利用し、HCT診療の質を向上させる連携を深めたい」と述べた。
医療情報連携、PHRを用いた遠隔LTFUの未来
allo-HCT後の長期生存者の増加に伴い、LTFUの重要性が高まっている。しかし移植実施施設への通院や、非移植実施施設の医療スタッフ教育、移植後合併症に対する総合的な診療体制の構築、小児からのトランジションと継続的フォローアップなど課題は多い。ICTアプローチはLTFUの課題解決において不可欠であり、遠隔医療、およびEHR、PHRをいかに活用するかが重要である。
遠隔医療はICTを用いたリアルタイムのオンライン診療を活用した医療であり、Doctor to Doctor(D to D:専門医→主治医)、Doctor to Patient(D to P:主治医→患者)、Doctor to Patient with Nurse(D to P with N:主治医→患者・看護師)、Doctor to Patient with Doctor(D to P with D:専門医→患者・主治医)の4つのカテゴリーがある。
EHRは、患者同意の下に、患者の基本情報、処方・検査・画像データ等を電子的に共有・閲覧できる。病院間での診療情報の共有が可能になれば、近医での検査結果をあらかじめ医療情報連携で参照してもらい、自宅でD to PのオンラインLTFU受診が可能になる。また紹介先の医療機関から移植実施施設の診療情報にアクセスできることで転医や就職で他県に引っ越す場合、成人科へのトランジションでも切れ目のない医療が提供できる。
全県単位の医療情報ネットワークとして、和歌山県では2013年から、きのくに医療連携システム「青洲リンク」を運用している。平時は、参加病院の電子カルテ、参加診療所の検査結果、参加薬局の調剤情報、画像をインターネットで情報共有し診療を支援する。災害時は、県外にバックアップしている共有情報を活用し災害医療を支援する。参加医療機関は2024年12月25日現在、病院11施設、診療所49施設、同意患者数は約2,700例であり、青洲リンクを利用して相互にデータを参照しながら医療連携を取っている。
和歌山県立医科大学では2020年から紀南病院(和歌山県)とテレビ会議システムで接続する遠隔LTFU外来を開始した。患者は、紀南病院(地域基幹病院)で診察を受け、問診票の記入やバイタルサイン測定、各種検査を行い、その結果を診療情報提供書と共に和歌山県立医科大学(移植実施施設)にFAXで送付する。大学病院の医師はFAXの情報、および青洲リンク活用による紀南病院の診療情報(検査結果、処方、画像)を参照したうえで診療を行う。EHRで診療情報を共有するこの形式は、D to P with Dに該当する。連携先にも医師がいることで対面と遜色ない診察ができ、患者満足度も高く、質の高い遠隔LTFU達成が可能となる。
PHRはスマートウォッチなどデバイスから収集できる日常的な医療情報(脈拍、体重、運動量など)と医療機関での診療情報(検査結果、処方、画像など)、および患者自身が入力する健康情報(血圧、食事量など)を一元化し、デジタルデータとして患者が管理するものである。
青洲リンクではEHRに加えPHRの取り組みも進めており、参加医療機関の診療情報を提供し、患者がスマートフォンで病院の検査結果や処方情報をいつでも見ることが可能なアプリを導入した。PHRを利用した情報提供は、スマートフォンにダウンロードした近隣クリニックでの診療データを、移植実施施設への通院時に見てもらうことができ、またオンライン診療でデータを共有することで遠隔LTFUも可能になる。
西川 彰則氏(和歌山県立医科大学附属病院 医療情報部)は今後、自治体の医療情報連携を基盤としたPHR、移植後ePRO、医療情報、バイタル情報を統合的に集約提供するプラットフォームの構築が望ましいと考えており、allo-HCT後の患者にとっては、利便性が高く連続的なLTFUの体制構築が必須であり、ICTの活用は未来のLTFUにつながる可能性があるとした。
妊孕性温存から次のステップへ―がん・生殖医療との協働で目指す造血幹細胞移植後の妊娠・出産
造血器腫瘍は小児がんの約40%を占め、AYA世代では約7%と、成人がんの増加に伴い全体の割合が低下する。CAYA世代の造血器腫瘍の生命予後は改善傾向にあり、長期生存例が増えることで、相対的に妊孕性を含むサバイバーシップケアの重要性が増している。
LTFUのテーマでもある晩期合併症(Late effects)としての性腺障害や不妊はAYA世代にとってがん治療中・治療後の大きな課題であり、2023年の「第4期がん対策推進基本計画」では取り組むべき施策として、CAYA世代の妊孕性温存療法を取り上げている。
がん治療前の妊孕性温存については、2022年8月から対象となる患者への情報提供や意思決定支援ががん診療連携拠点病院の必須要件となった。2024年12月に改訂された『小児・AYA世代がん患者等の妊孕性温存に関する診療ガイドライン』でも造血器腫瘍治療前のすべての患者に情報提供・意思決定支援を行うことが推奨され、GnRHアゴニストによる卵巣保護や未授精卵子の体外成熟、移植前処置の全身放射線治療時の卵巣・精巣遮蔽についても記載されている。
妊孕性温存における患者の負担は大きく、2021年・2022年には妊孕性温存・温存後生殖補助医療を対象とする助成金制度が全国で均てん化され、研究助成事業も運用されている。全国レジストリである日本がん・生殖医療登録システム(Japan OncoFertility Registry:JOFR)では、本邦におけるがん生殖医療の有効性や実態を調査する目的で、スマートフォン向け患者用アプリFSリンク(Fertility & Survivorship Linkage)をPatient Reported Outcome(PRO)として用い、パートナーシップの状況や挙児の状況を患者自身に提供・更新してもらっている。ただ、AYA世代は身体的・心理的・社会経済的に未自立であり、温存した生殖子の管理やFSリンクの管理は、子供の成長過程のさまざまなトランジションの一環として、成人を迎える頃合いを見計らい親から子へ移行する必要があり、生殖医療担当医と小児がん治療に携わる医師が協働して移行を支援している。妊孕性温存やFSリンクの周知はYouTubeで解説動画を配信し、AYA世代にはLINEを用いて情報提供を行っている。
がん治療後の妊娠可能時期については、厚生労働省から抗がん剤など遺伝毒性のある医薬品の最終投与後の避妊期間に関してのガイダンスが発出されている。造血幹細胞移植後のさまざまな薬剤も妊娠・出産に関わるため、妊娠可能時期についてがん専門薬剤師と共に症例ごとに情報提供している。
移植後の安全な妊娠・出産を検討する際には、胎児や母体のリスクへの対処として適切なワクチン接種と共に移植片対宿主病(Graft Versus Host Disease:GVHD)の管理が必要である。治療薬や放射線治療による合併症にも注意し、妊娠希望例ではLTFUからプレコンセプションケア(妊娠前相談)外来につなげることが重要である。妊孕性喪失後のケアでは、看護師、心理士など多職種による心理・社会的支援を行う。近年、雄のマウスiPS細胞からの卵子生成、またヒトiPS細胞由来の受精卵作製など、生命倫理学的な課題も含め生殖子生成研究の進展が注目されている。
セクシュアリティとパートナーシップ、性機能障害など、患者のさまざまなニーズや悩みに対応するには、地域や院内で患者・家族と生殖医療をつなぐ窓口の一元化が必要である。大阪国際がんセンターではAYA世代サポートチームが妊孕性温存や温存後生殖補助医療の相談窓口になり、効率的な意思決定の支援を行っている。意思決定支援にたけた医療従事者の配置や育成も必要であり、日本がん・生殖医療学会認定ナビゲーター制度も開始された。多田 雄真氏(大阪国際がんセンター 血液内科・AYA世代サポートチーム)は、「日進月歩の生殖医療や移植を受けたサバイバーのアンメットニーズにつなげるために、生殖医療の医師との連携は血液内科移植医やLTFUの看護師にとって重要であり、全国のがん・生殖医療ネットワークを通して顔の見える関係を構築していきたい」と述べた。
allo-HCTではLTFUが不可欠であり、ICTのアプローチをいかに活用するかが重要である。また、移植を受けたサバイバーのニーズはより高度になり、QOLを保ち生きることを目標とした治療が求められている。
(ケアネット)