臨床研究への患者・市民参画のいまとこれから/日本リンパ腫学会

提供元:ケアネット

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公開日:2025/07/25

 

 2025年7月3日~5日に第65回日本リンパ腫学会学術集会・総会/第28回日本血液病理研究会が愛知県にて開催された。

 7月4日、山口 素子氏(三重大学大学院医学系研究科 先進血液腫瘍学)、丸山 大氏(がん研究会有明病院 血液腫瘍科)を座長に行われたシンポジウム2では、勝井 恵子氏(国立研究開発法人日本医療研究開発機構[AMED])、木村 綾氏(国立がん研究センター中央病院 JCOG運営事務局)、棟方 理氏(国立研究開発法人 国立がん研究センター中央病院 血液腫瘍科)、天野 慎介氏(一般社団法人グループ・ネクサス・ジャパン、一般社団法人全国がん患者団体連合会)が講演を行い、近年国内でも進みつつある研究の立案段階から研究計画に患者が参画する試み(Patient and Public Involvement:PPI)について、AMED、臨床研究グループ、研究者、および患者・市民の各々の立場から発表がなされた。

 臨床試験は、科学的根拠に基づいて新たな治療法や新規治療薬を開発し、臨床導入することを目的として実施される。これまでの臨床試験は、研究者が立案、計画、実行のすべてに関わり、その結果の公表は、学会発表や論文に限られていた。そのため、被験者である患者や市民は、臨床試験に参加し、その試験結果を受け入れるのみであった。近年、研究計画に患者が参画するPPIの取り組みが始まっている。

研究開発におけるPPI、「やらなくてはいけない」から「やって当然」へ

 2015年4月、医療分野の研究開発およびその環境整備、助成などの業務を担う組織として国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)が設立された。AMEDでは、患者さん一人ひとりに寄り添いながら、医療分野研究を早期に実用化し、患者およびその家族に届けるため、PPIをはじめとする社会共創(Social Co-Creation)の推進を目指している。

 現在、PPIは2023年に閣議決定された第4期がん対策推進基本計画において柱の1つとなっており、2025年に閣議決定された第3期健康・医療戦略においても、研究開発における社会共創の取り組み推進においてPPIの充実および普及が明記されるようになった。実際、AMEDの公募の際、PPIの取り組みについて聴取されている事業の割合は、5年間で55%(2019年)から89%(2024年)へ増加しており、2024年度以降、研究開発提案書に記載欄が常設されるようになっている。

 しかし、まだまだ課題が残っている。記載欄にPPIでない取り組みを記載するなど研究者の理解不足や医療職でない研究者による取り扱いの難しさなどが挙げられる。また「PPIは研究費を取るための手段ではなく、より良い研究開発およびその加速化を実現するための手段であることを忘れてはならない」と勝井氏は強く訴えている。今後、医療分野における研究開発において、PPIは「やらなくてはいけないこと」から「やって当然のこと」となることが期待される。

研究参加者に結果を伝える「Lay summary」

 次に、日本臨床腫瘍研究グループ(JCOG)における患者、市民参画の取り組みについて木村氏より発表がなされた。JCOGは、1978年にリンパ腫および食道がんの2つのグループから始まった日本最大の多施設臨床研究グループであり、16の疾患領域別研究グループを有している。2025年4月現在、107試験(登録中:50試験、追跡中:37試験、準備中:20試験)の支援を担っている。

 近年、研究の立案段階からPPIが進められており、2018年には患者参画小委員会を発足し、セミナーやグループごとの意見交換会を定期的に実施し、患者、市民の意見を取り入れた患者ニーズに合致した研究を行うことを目指している。また、患者参画ポリシーを策定し、研究終了後に研究者が結果の情報や知識を社会に共有するため、学会発表、広報、プレスリリースの推進を行っている。

 その取り組みの1つとして、研究の主たる解析結果の発表時に研究参加者向けの結果説明を行うため「Lay summary」の作成を始めている。これまでに、14試験の「Lay summary」が公開されている。「Lay summary」の主な目的は研究参加者への試験結果の説明であり、研究事務局を通じて各参加施設の担当者より直接説明を行うとともに、JCOGのWebサイトでも公開している。

PPIを根付かせる課題は「成功事例の共有」と「負担軽減体制の構築」

 研究者の視点より発表された棟方氏は「PPIは、研究者にとってこれまで気づかなかった患者ニーズの側面から新たな視点を与えてくれる可能性が期待される」と述べている。臨床試験の最終目標は、現在の治療法よりも優れた治療法を開発し、日常診療に導入することである。これまでの臨床研究は、研究者の視点のみで行われていたため、実際に治療を受ける患者のニーズと必ずしも一致しないことがあった。このような場合、試験への患者登録が順調に進まない、あるいは試験結果が実際の臨床現場で選択されにくいなどの問題が生じる可能性もある。そのため、研究の計画段階から患者、市民の意見を反映させることは、研究促進を図るうえで重要である。棟方氏が所属するJCOGのリンパ腫グループは、JCOGの中でも早期にPPI活動を開始したグループの1つであり、これまで6回の家族会との意見交換を行っている。しかし、悪性リンパ腫は多数の病理組織型が存在するため、より深い意見交換を行うためには、意見交換会の開催頻度を増やし、参加者に対象疾患患者を含める必要があるなどの課題もある。また、すべての参加者が十分な知識を有しているわけではないため、わかりやすい事前資料の作成やさまざまな配慮が求められる。

 また「Lay summary」を配布して感じた課題についても言及された。「疾患の特徴、試験デザイン、その結果から配布のしやすさに違いがあると感じている。たとえば、大部分の患者が非再発で外来通院中の場合や非ランダム化試験、結果が良かった場合には説明しやすい一方、逆の場合には患者に配布しづらい。また、その結果の説明が研究者の役割となってしまった場合、時間的および心理的負担の増大につながることも懸念される。そして、試験デザインや結果によっては、試験参加の同意を得る際の説明と同等かそれ以上の説明力、配慮を要するのではないかと感じている」と述べている。

 最後に「今後、PPIを当たり前の文化にしていくためには、成功事例の積極的な共有が重要であり、これを根付かせていくことが求められる」としたうえで、「研究者と患者双方の負担を軽減し、PPI活動を継続的に行える体制を構築していくことが必要である」とまとめている。

今後の研究者に求められるスキルは「わかりやすく伝える」

 患者の立場からの期待について、全国がん患者団体連合会の天野氏が最後に登壇された。がん関連学会では、かねてより学術集会などで患者参画プログラムを設けており、日本癌学会では「サバイバー・科学者プログラム」、日本癌治療学会では「がん患者・支援者プログラム」、日本臨床腫瘍学会では「ペイシェント・アドボケイト・プログラム」などが設けられている。ほかにも、日本乳癌学会学術総会や日本肺癌学会学術集会においても、患者・市民参画プログラムが設けられている。このように、とくにがん関連学会では、患者参画が推進されていることから、血液悪性腫瘍関連学会においても、PPIは今後ますます重要になると考えられる。

 天野氏は「PPIは、研究者と患者の対話の過程であり、相互理解の過程でもある。そのため、患者や市民が研究について理解を深めることも必要である」とし、「そのためには、研究者にも医学や研究に関する情報や言葉をよりわかりやすく伝える努力をお願いしたい」と語られた。

(ケアネット)