放射線ファーマシスト、健康・食品への不安に寄り添う/日本薬剤師会学術大会

福島県薬剤師会副会長の松下 敦氏は第55回日本薬剤師会学術大会の分科会「災害時の薬剤師の役割」で、同県薬剤師会が2013年から開始した「放射線ファーマシスト」の活動を紹介。過去6年間の相談実績では、放射線ファーマシストの説明内容への市民の納得度は90%超に上ると報告した。
2011年の東日本大震災では福島県双葉郡双葉町と同郡大熊町にまたがる東京電力・福島第一原子力発電所で電源喪失に伴う過酷事故が発生。同原発から半径20km圏内は災害対策基本法に基づく「警戒区域」に定められたほか、その圏外で放射線量が高い地域を原子力災害対策特別措置法に基づく「計画的避難区域」や「緊急時避難準備区域」とし、これら地域で約14~15万人が避難を強いられた。避難区域はその後再編され、避難指示が解除された地域もあるものの、現時点でも原則住民が帰宅できない「帰還困難区域」は、名古屋市の面積とほぼ同じで同県面積の約2.4%を占めている。なお、福島第一原発に関しては現在も廃炉作業は継続中である。
松下氏によると、薬剤師が無機化学や有機化学、環境衛生学や食品衛生学などの知識を有する学問上の適正と化学物質の測定値と健康影響の把握や非専門家への説明の経験を有する職業上の適正を踏まえ、放射線に対する県民が持つ不安を解消する有効な手段の1つと考え、放射線ファーマシスト養成事業を2013年からスタートさせたという。
同事業に基づく放射線ファーマシストになるためには、県薬剤師会が作成したテキストによる講習受講と認定試験への合格が必要で、認定区分は初級、中級、上級の3段階。各級とも年1回、講習と認定試験が実施されている。2020年4月1日現在の認定状況は、初級が239人、中級が340人、上級が231人の合計810人。上級放射線ファーマシストは3年に1度のフォローアップ研修を受け、資格の更新が必要である。主な活動は▽県民への正しい情報伝達と相談応需▽新たな放射線ファーマシストの養成▽原子力災害時の緊急被ばく医療活動への参加、となっている。
日常の主な活動である薬局での県民からの相談に関しては、2016年4月1日~2022年3月31日までに1,263件、毎年200件前後の相談に対応している。この6年間で最も多い相談内容は「食品への不安」の381件、それ以外は「人体への影響」「放射線への不安」などの順で、同氏は「これらは毎年変わらず多い」と説明した。
相談件数は年々減少傾向にあるものの、2019年度以降は福島第一原発敷地内で発生する多核種除去設備(ALPS)で処理した通称・ALPS処理水(敷地内で発生する放射性物質を含む水からALPSで各種放射性物質を除去したもの)に関する相談が急増しているという。ALPS処理水の最終処分については海洋放出が念頭に置かれており、同氏は「メディアが取り上げることに比例して相談が増えてきている」との見方を示すとともに、「このことは放射線ファーマシストが身近な相談窓口として認知されてきていることでもある」と分析した。
同氏は実際の相談事例も紹介。40代女性からALPS処理水に関連して福島県産の魚介類に関する安全性を尋ねられた際は、対応した放射線ファーマシストが福島県発表の「魚介類の放射線モニタリング検査に関する結果」最新版で、食品衛生法が定める基準1kg当たり100ベクレルを超える魚介類が2015年4月以降報告がないことを確認。そのうえで相談への回答では、▽モニタリング検査法の適切さ、幅広い魚種による解析や基準値の妥当性の説明、ならびに最新情報とその推移を提示▽廃炉作業で発生する汚染水が海中放射性物質全体のごく一部であり、海中で大量希釈されている▽核種による違いはまだ不明な点もあり、放射線量全体としての不安は極めて低いがゼロリスクと言えない、などを説明したという。同氏は「わからないことは、わからないと話すことが重要」とも述べた。
また、県薬剤師会では放射線ファーマシストが一般生活者向けの説明に使えるよう食品問題やALPS処理水など相談件数が多いものに関しては啓発資材も作成し、実際の相談などにも使用している。
これまで相談者に対して行った満足度調査では、「説明に納得」が40%、「説明にほぼ納得」が52%で、合計92%が説明に納得したと回答している。
なお、この活動に関しては、上級放射線ファーマシスト認定者が対応し、県薬剤師会に1年に1件以上の相談事例を提出しているとの条件を満たすことで、東北厚生局福島事務所から調剤報酬の「かかりつけ薬剤師指導料」と「かかりつけ薬剤師包括管理料」の算定要件である地域活動として認定されている。
このようなことを踏まえ、同氏は「相談者からの満足度も高く、県民の健康と公衆衛生に寄与していると考えられる」との見解を表明した。
(ケアネット)
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