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薬局で得られる患者さんの情報は病院と比べると限られているため、患者さんが病院で聞いた情報や、知らないことの確認がしばしばコミュニケーションの入り口となります。今回は、患者さんが何を理解していて、何を医療者に伝えていないのか示唆を与えてくれる米国の論文を2つ紹介します。なお、米国には、患者経験価値(PX:Patient eXperience)から医療サービスを評価し、それが金銭的なインセンティブに結び付くHCAHPS(Hospital Consumer Assessment of Healthcare Providers and Systems)という患者評価指標があるため、PXを調査した研究が豊富にあり参考になります。1つ目は医療者側と患者側の認識の齟齬について調査した研究です1)。コネチカット州にある367床の病院で行われたアンケート調査で、2008年10月10日~2009年6月23日に入院した患者の経験を評価しています。合計89人の患者と43人の医療者が参加し、患者の多くが高卒以上という教育水準で、平均年齢は57.3歳、平均在院日数は5.4日(範囲:2.0~36.0日)でした。結果をみると、患者と医療者の認識のギャップが浮き彫りになっています。たとえば、医療者の77%が患者は診断名を理解していると考えていますが、実際には退院日に自分の診断名を正しく回答している患者は57%でした。また、患者の67%が入院中に薬剤を新規処方されていますが、そのうち25%は医療者から新しい薬の処方があることについて説明を受けていないと回答しています。薬剤の有害事象については90%の患者が説明を受けたことがないと回答していますが、有害事象について一度も話したことがないと回答した医療者は19%でした。心理的ケアについては、患者の半数である46人が入院中に不安や恐怖を感じており、うち25人(54%)は医療者とそのことについて話し合ったことがないと回答している一方で、98%の医療者が少なくとも1回は患者と不安や恐怖について話し合っていたと回答しています。薬局においても、自分はきちんと伝えた、患者さんも理解しているはず、と思わずに、新規薬剤や有害事象の説明や不安のケアを、より丁寧に行うことの重要性を再認識させられる結果です。患者の70%超は医療者にあえて話していないことがある続いて、患者が治療上重要な情報をどれだけ医療者に開示しているかについて、米国の成人4,510例を対象としたオンライン調査の研究を紹介します2)。患者情報を得ることは、正しい診断や指導、禁忌薬投与の回避などに大切ですが、70%超が何らかの重要な事項を医療者へ伝えていないという結果が出ています。2015年3月16~30日にクラウドソーシングのAmazon Mechanical Turk (MTurk)を用いた調査(n=2,096)と、2015年11月6~17日にアンケート調査会社のSurvey Sampling International(SSI)による調査(n=3,011)から参加者を募り、2018年9月28日~10月8日にデータ解析が行われました。無効回答を除いた最終的なサンプルサイズは、2,011例(MTurk)+2,499例(SSI)の計4,510例でした。プライマリアウトカムとして、医療者への7タイプの情報の非開示が設定され、各アウトカムにおける患者の割合は以下のとおりでした。全体では、MTurkで1,630人(81.1%)、SSIで1,535人(61.4%)が少なくとも1つ以上の情報開示をしていません。その理由をみていくと、多い順に「行動について判断や指導をされたくない(MTurk 81.8%、SSI 64.1%)」「その行動がいかに悪いか聞かされたくない(MTurk 75.7%、SSI 61.1%)」「認めるのが恥ずかしい(MTurk 60.9%、SSI 49.9%)」「難しい患者だと思われたくない(MTurk 50.8%、SSI 38.1%)」「医療者の余計な時間を取りたくない(MTurk 45.2%、SSI 35.9%)」「問題だと思っていない(MTurk 38.6%、SSI 32.9%)」「ばかだと思われたくない(MTurk 37.6%、SSI 30.6%)」「記録に残されたくない(MTurk 34.5%、SSI 30.6%)」などと続きます。中には「医療者がその問題を解決できると思わないから(MTurk 27.7%、SSI 28.9%)」のような溝を感じさせる回答もあり、こうした心情への配慮の大切さを物語っています。1つ目の文献において、医療者がしばしば自己紹介していないことが言及されていますが、相手が自己開示しなければ自分も情報提供しづらいという心理は返報性の原理から納得のいくことです。私が以前勤めていた薬局では、まずあいさつして名乗ることが手順化されていましたが、改めて大切なことであったと思います。弊社の電子薬歴システムユーザーで在宅患者数が急速に伸びている薬局があり、秘訣を聞いた際の回答はこうでした。「自分たちや自分たちができることを患者さんに伝える努力をしました」。1)Olson DP, et al. Arch Intern Med. 2010;170:1302-1307.2)Levy AG, et al. JAMA Netw Open. 2018;1:e185293.