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●今回のPoint1)転倒は「ありふれた外傷」ではない! 2)初診時のCT所見が正常でも油断は禁物!3)慢性硬膜下血腫は予後良好とは限らない!【症例】80歳男性。施設職員が部屋を訪れると、ベッド上で普段と様子が異なる状態を発見した。しばらく様子をみていたが、症状が改善しないため、職員の付き添いのもと車椅子で外来を受診した。●受診時のバイタルサイン意識E4V4M5/GCS血圧142/90mmHg脈拍78回/分(整)呼吸18回/分SpO296%(RA)体温36.6℃瞳孔3.5/3mm +/+頭部外傷の現状救急外来では外傷患者を診療する機会が多いですが、その多くは激しい交通事故ではなく、高齢者の自己転倒です。自宅や路上でつまずいて転倒し、体動困難のため受診し、精査の結果、大腿骨近位部骨折と診断される症例は非常に多いと思います。そして、それ以上に多いのが頭部外傷です。外傷症例の約3分の1が頭部外傷であり、とくに75歳以上の高齢者ではその頻度が非常に高いのが現状です1)。高齢者が平地で転倒し、頭部を打撲して救急外来を受診するケースは日常的に見られます。その多くは軽症頭部外傷(Glasgow Coma Scale [GCS]14~15)です。頭部外傷の診療では、Canadian CT Head Rule(CCHR)などを参考に頭部CT検査の必要性を判断することが一般的です。しかし、CCHRはもともと「意識障害、意識消失、健忘を認める症例」を対象としており、それに満たない症例では個別の判断が求められます。わが国ではCT機器が広く普及し、また初療を担当する医師が研修医や非専門医であることも多いため、頭部CT検査が比較的多くオーダーされているのが現状です。もちろん、検査の必要性を常に考慮することは重要ですが、患者自身が画像検査を希望する場合も少なくありません。そのため、「不要だから撮らない」と突き放すよりも、検査の意義や限界を丁寧に説明し、納得のうえで方針を決定することが望ましいといえます。中等症以上の頭部外傷(GCS≦13)*ではCT検査後に入院管理となることが多いですが、軽症頭部外傷の場合には帰宅となるケースが多いでしょう。その際、今後起こり得る合併症として慢性硬膜下血腫(CSDH)の可能性を説明することが多いと思いますが、どのような点を意識して説明しているでしょうか。具体的な数値とともに整理しておきましょう。*わが国では頭部外傷のうちGCS14~15点を軽症頭部外傷と定義しますが、海外では13~15点を軽症と分類しています。軽症頭部外傷後の頭蓋内出血リスクとその経過軽症頭部外傷患者で頭部CT検査を行い、とくに異常所見が認められなかった場合、その後に頭蓋内出血を新たに認めることは、どの程度あるのでしょうか。慢性硬膜下血腫は、頭部外傷後数週間を経て発症するものと定義されていますが、それより早期に頭蓋内出血を生じる場合があります。外傷直後のCT検査で異常を認めないにもかかわらず、数時間から数日後に新たに出血を呈する病態を「遅発性頭蓋内出血」と呼びます。この遅発性出血の発生率はおおむね0.3%程度であり、発症までの期間は3~5日が一般的な数字です。抗血栓薬服用の有無で発生率に有意差はなく、これらの結果からルーティンの入院や再CT検査は不要とされています2)。一方、初診時に急性硬膜下血腫(ASDH)を認めた患者(平均71.4歳、男性56.7%)では、慢性硬膜下血腫への移行率は約5.5%と報告されています。抗凝固薬の使用や、初回入院時に穿頭ドレナージを受けたか否かは有意な関連を示しませんでした3)。さらに、慢性硬膜下血腫に対して穿頭ドレナージを施行した症例を対象とした解析では、急性硬膜下血腫の約12~13%が慢性硬膜下血腫へ移行していたと報告されています4)。また、慢性硬膜下血腫症例のうち、画像上で急性硬膜下血腫を先行していたものは37%に過ぎず、残り63%は急性期出血を伴わず発生しているとの報告もあります5)。すなわち、初診時の頭部CTで異常を認めない場合、早期に出血を生じることは極めてまれです。しかし、その後に慢性硬膜下血腫へと移行するか否かは、初期血腫量や抗血栓薬使用、基礎疾患などの要因により異なり、経過を丁寧に追わなければ判断が難しいといえるでしょう。慢性硬膜下血腫の実像慢性硬膜下血腫と聞くと、高齢者が頭部外傷後に意識変容や歩行障害を認め来院し、穿頭ドレナージ術を行い帰宅。比較的予後が良い疾患に感じるかもしれませんが、本当にそうでしょうか?わが国の慢性硬膜下血腫の現状をお伝えしておきましょう。平均年齢は76歳、男性が68%と多くを占めます。70歳以上が78%を占め、とくに80歳代が37%と最多です。90%以上が穿頭ドレナージを受け、開頭術を要したのは1.5%でした6)。意識障害は54%に認められ、加齢とともに頻度が増加します。高齢者の意識障害の原因として脳卒中などを含めた神経救急の割合は20%程度ですが、急性経過の意識障害では慢性硬膜下血腫も重要な鑑別疾患の1つです。高齢化が進むわが国においては、「なんとなく普段と違う」といった訴えであっても、慢性硬膜下血腫を念頭に置く必要があります。もちろん、症状を説明しうる他の原因がある場合には過度に懸念する必要はありませんが、外傷歴がない、あるいは確認できないからといって安易に否定してはいけません。退院時に予後良好(mRS**0~2)であったのは全体の72%にとどまり、すなわち約3割は介助を要する状態です。けっして「予後良好」とは言えず、年齢とともに悪化傾向を示します。自宅退院率は70歳未満では90%以上ですが、80歳代では約30%に低下します6)。**modified Rankin Scale(mRS):脳卒中などの後遺症による日常生活動作の自立度を0~6の7段階で評価するスケールです。0は「症状なし」、6は「死亡」を意味します。1~2は軽度の後遺症で自立生活が可能、3~5は介助を要する段階を示します。最後に「頭部外傷の経過観察は丁寧に」慢性硬膜下血腫は、けっして「軽い病気」ではありません。高齢化の進行とともに、その発症頻度は今後さらに増加していくと考えられます。高齢者は筋力や視力の低下に加え、基礎疾患や多剤内服を抱えていることが多く、転倒リスクが常に存在します。転倒後の対応はもちろん重要ですが、そもそも転倒を防ぐための予防的な取り組みこそが最も効果的です。医療現場では、頭部CT検査の撮影閾値がやや低くなることは止むを得ませんが、受傷機転を丁寧に確認し、CT検査で異常を認めなくても「時間を味方につけた対応」を意識することが大切です。小さな転倒が大きな転帰を左右することがあります。だからこそ、「ありふれた外傷」を軽視せず、経過を丁寧に見守る姿勢が求められます。 1) Shibahashi K, et al. World Neurosurg. 2021;150:e570-e576. 2) Chenoweth JA, et al. JAMA Surg. 2018;153:570-575. 3) Wasfie T, et al. Am Surg. 2022;88:372-375. 4) Liebert A, et al. Neurosurg Rev. 2024;47:247. 5) Edlmann E, et al. J Neurotrauma. 2021;38:2580-2589. 6) Toi H, et al. J Neurosurg. 2018;128:222-228.