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近年、こちらアメリカでも高齢化が急速に進んでおり、2020年の65歳以上の人口は5,580万人(総人口の16.8%)でしたが、2050年までにおよそ8,200万人(22.8%)に達すると予測されています1)。こうした状況下で注目されるのが、高齢者の医療を専門とする「老年医学」の医師不足です。今回はそんな問題を取り上げた記事をご紹介します。アメリカが直面する深刻な高齢化の現実Business Insiderの記事によれば、老年医学を専門とする医師の数は、2000年代初頭では1万人に上ったのが、今では約7,400人にまで減少しているといいます2)。その一方、今後の需要を考えれば、3万人が必要になると推定されており、現在の医療システムはすでに歪みを来し始めています。多くの病院や診療所が、限られたマンパワーの中で数多くの高齢患者を抱え、予約待ちリストが数ヵ月単位で埋まってしまうところも珍しくありません。著者の私自身、そうした現場で働いていて、身近に感じている問題ですが、このような事態は、老年医療現場の負担を今後もますます増大させ、ケアの質低下を招きかねない大きな課題となっています。敬遠される老年医学の専門性と複雑さ老年医学の道を選ぶ医師が減っている背景には、複雑な高齢者医療の現場があると考えられます。高齢者は複数の慢性疾患を同時に抱えることが多く、服薬管理だけでも薬が20種類近くに及ぶケースもあるため、医師には高い総合診療能力が求められます。にもかかわらず、報酬水準や社会的評価の面で老年医学は決して高待遇とはいえず、若い医師は循環器内科や腫瘍内科など、より専門性が高く高収入が見込まれる分野に進む傾向があります。さらに、高齢者医療を敬遠する理由として、現場での負担感や繁忙度の高さを挙げる声も少なくありません。実際、多くの医療現場でマンパワーやベッド数が圧迫され、介護施設ではスタッフ不足による新規入所者の受け入れ制限も行われている状況が報告されています。日本はさらに深刻この話題は、当然日本にとっても対岸の火事ではありません。現状の医療システムで十分高齢者医療は成立していると思われる方も少なくないかもしれませんが、本当に最適な医療が行われているのかには疑問が残ります。日本における高齢者人口は2024年時点で約3,625万人(総人口の29.3%)に上り、日本は主要国で最も高齢化率が高い国です3)。また、今後も高齢化率の上昇は続く見通しで、2040年には高齢化率34.8%と推計されています 。日本の高齢者人口は今後数十年にわたり高水準を維持し、総人口に占める割合も3人に1人から、将来的には2人に1人近くになると見込まれています。そんな中、老年科専門医の数が少ないことは、日本では話題にもあまり上らない課題です。国内の老年科専門医の数は1,800人前後です。この数字は、小児科専門医(約1万6,000人)の1割にも満たず、日本の医師全体(約34万人)からみるとごくわずかです4)。拡大する高齢者人口の規模に対して老年科専門医の数は非常に少なく、地域によっては老年医学を専門とする医師がほとんどいない状況も指摘されています。これからの高齢社会を支えるために老年医学の専門家が不足している現状は、患者だけでなく社会全体にとっても看過できません。寿命が延びるほど、転倒予防から認知症ケアまで多面的なサポートが必要になり、そうした問題に対処する十分なスキルを持つ医師や看護師、また介護スタッフなどとの連携がますます重要になります。記事でも示されているように、対策として研修プログラムの拡充や魅力的な給与体系の再検討、医療補助スタッフの育成支援などが鍵となりますが、今のところ劇的な打開策は見えていません。こうしたギャップを埋め、高齢者一人ひとりに適切な医療を提供するためには、日米両国ともに、老年科専門医の育成では足りず、医療従事者全体で高齢者医療に対応できる体制を整えていく必要があるでしょう。そのためには、医療系学生のうちからそうした学びを深めることができる仕組みこそが大切ではないかと感じています。参考文献・参考サイト1)United States Census Bureau. 2023 Population Projections for the Nation by Age, Sex, Race, Hispanic Origin and Nativity. 2023 Nov 9.2)Sor J. America's aging population faces a growing shortage of geriatric care. Business Insider. 2025 Mar 9.3)総務省統計局. 統計からみた我が国の高齢者. 2024年9月15日.4)Arai H, Chen LK. Aging populations and perspectives of geriatric medicine in Japan. Glob Health Med. 2024;6:1-5.