15626.
手術直後の女性患者への準強制わいせつ罪に問われた執刀医が、逮捕・勾留・起訴された事件。一審では無罪判決となったが、控訴審では懲役2年の実刑判決が東京高裁より言い渡された。一転して逆転有罪判決となった経緯には何があったのか。弁護人の1人である水沼 直樹氏に、実際に法廷で論じられた争点について、前・後編で解説いただく。後編では、紙数の範囲内で弁護側推薦の精神科医の証言と判決を取り上げる(前編はこちら)。後編:弁護側の精神科医の証言と判決1.弁護側証人の証人尋問の骨子せん妄は、急性の脳機能不全であり、ベースは意識・注意の障害である。既知のリスクファクターがなくともせん妄の発症率は28%ほどあり1)、幻覚発症率も数割程度2),3)との報告がある。せん妄は直線的に回復するのではなく、日内で変動する。DSM−V等の診断基準に照らすと、患者は術後約30分の間、過活動型または混合型のせん妄状態であった。せん妄のサブタイプ(過活動型、低活動型、混合型)と重症度とは一致せず、いずれも幻覚体験することはあり、幻覚が記憶に残りうる3)。自己の臨床経験では、患者が壁に人がいると言ってスマホで写真撮影した症例があり、患者は一部の幻覚を記憶していた。せん妄により普段慣れている事を幻覚体験することがあり(作業せん妄)、自動車セールスマンの患者がベッドの枕に向かって自動車セールスをしていた症例がある。患者に声をかけると「いま商談中ですので」と遮られた。さらに、自転車に乗るといった意識的な処理なしに機能する「手続記憶」があり、LINEは手続記憶としてせん妄下で操作可能である。「警察に捕まる」と家族にLINEした症例がある。2.控訴審判決(1)せん妄について被害者の証言は、わいせつ被害の不快感、屈辱感を感じる一方で医師がそうするはずがないという生々しいもので、迫真性があり強い証明力がある。「ぶっ殺してやる」との発言*1の有無自体、看護師の証言によるため信用性判断は慎重に行うべきで、カルテに「不安言動はみられた」との記載があるが「せん妄」との記載がなく「術後覚醒良好」と記載されていることから、患者が当該発言をしたか疑問がある。検察側証人はせん妄の専門の研究者ではないが臨床経験が豊富で信用性が高い。弁護側証人は患者の認識能力が劣る場面のみ取り上げ中立性に疑問がある*2。事件から2年以上経過した今、患者が看護師から受けたケアを覚えていないのは止むを得ない。当時の患者はせん妄ではないか、せん妄だとしても幻覚を体験していない。(2)科学鑑定についてア アミラーゼ検査の結果は、相応の専門性、技量のある科捜研研究員が適切な器具等を用いて検査した以上、あえて虚偽の証言する必要性がないから、アミラーゼ陽性を示す客観資料がなくとも、信用性は否定されない。イ DNA定量検査は、標準資料(ママ)の増幅曲線および検量図(ママ)等が保存されずとも、また(9箇所の)ワークシートの消去や書き直しがあっても、信用性は否定されない。唾液は遠くに飛ばず下に落ちると思われ、手術助手より遠位にいた執刀医の唾液だけが検出されており、唾液飛沫が付着したとは考えにくい。3.このような事案を防ぐために被告・弁護側は今回の高裁判決を不服として上告しており、本件については最高裁で争われることになります。今後このような事案を防ぐために、医療従事者単身での回診、見回りは回避し、とくに男性看護師の場合、術後間もないときだけでも単独訪室を避けましょう。また、せん妄診断について手順を再確認してみませんか4)。さらに、手術中待機中の家族に、せん妄に関する動画5)を視聴してもらう等、マンパワーをかけずに啓蒙することも一案です。*1:術後に看護師が被害者の検温を行おうとしたところ、被害者が「ふざけんな、ぶっ殺してやる」と発言したと看護師が証言している*2:DSM−Vは、意識障害等の認識能力が劣る点を診断するものであり、判決は弁護側証人の証言を曲解していると言える参考1)Saporito A, et al. J Anesth. 2014;28:198-201.2)Gupta N, et al. J Psychosom Res. 2008;65:215-222.3)Meagher DJ, et al. BMJ. 2001;322:144-149.4)国立がん研究センター,「がん治療中のせん妄の発症予防を目指した多職種せん妄対応プログラムの開発」:DELTA(DELirium Team Approach)プログラム」5)日本サイコオンコロジー学会,厚生労働省委託緩和ケア普及啓発事業オレンジバルーンプロジェクト「あれ?いつもと様子が違う=せん妄とは?」講師紹介前編はこちらから