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公電磁的記録不正作出・同供用の疑いで逮捕こんにちは。医療ジャーナリストの萬田 桃です。医師や医療機関に起こった、あるいは医師や医療機関が起こした事件や、医療現場のフシギな出来事などについて、あれやこれや書いていきたいと思います。今週末はさすがに私も外出を自粛して、自宅で過ごしました。福岡国際マラソンをテレビで観戦、青山学院大学OBの吉田 祐也選手の独走優勝に感心したのですが、コロナの影響もあって海外招待選手はおらず、こぢんまりとした印象のレースでした。福岡国際マラソンと言えば、マラソンにおける名門レースです。有名なのは1987年の第41回大会。ソウル五輪の3つの代表のイスをかけた代表選考会でした。「福岡で一発勝負」が事前合意のはずでしたが、当時日本のエースだった瀬古 利彦選手が故障で突如欠場を発表。日本陸連などで瀬古救済案が検討される中、ライバルだった中山 竹通選手が瀬古選手に対し「這ってでも出てこい」という趣旨の発言をし、物議を醸しました。もう33年も前のレースですが、土砂降りの中の中山選手の激走を今でもよく覚えています。さて今回は麻酔科医逮捕のニュースです。三重大学医学部附属病院(三重県津市)で、実際には投与していない薬剤を投与したとする虚偽のデータを作成したとして、12月3日、麻酔科の元准教授の男(48)が公電磁的記録不正作出・同供用の疑いで津地方検察庁に逮捕されました。この事件、9月23日付の本連載、「第25回 三重大病院の不正請求、お騒がせ医局は再び崩壊か?」でも取り上げましたが、事件のあらましをおさらいします。改ざん約2,200症例、不正請求総額2,800万円9月8日、三重大医学部附属病院は同病院の医師が、実際には投与していない一部の薬剤を手術中に投与したかのように電子カルテを改ざんし、診療報酬を不正請求した事案が発覚した、と発表しました。各紙報道によれば、不正の存在を病院が認識したのは今年3月末。手術の際に心拍を安定させる「ランジオロール塩酸塩(商品名:オノアクト)」が電子カルテ上は投与されたことになっていましたが、実際は投与されていませんでした。9月11日に三重大は記者会見を開き、外部委員でつくる第三者委員会による調査結果の一部を明らかにしました。それによると、同病院の医師(臨床麻酔部准教授)が医療に関する記録を複数回にわたり改ざんし、実際には手術で投与されていない薬剤の費用が診療報酬として不正に請求されていた、とのことでした。改ざんされた疑いがある件数は症例数約2,200症例、不正が疑われる当該薬剤の請求総額は2,800万円超でした。現場で不正請求が最初に発覚したのは、2019年12月頃。同病院の医師が、薬剤の使用履歴に虚偽の入力がなされていることがあると疑ったことがきっかけです。この医師は、自身が担当した症例について手術直後の記録をプリントアウトして保管、数日後の記録と比較すると、ランジオロール塩酸塩の使用履歴が追加入力されている症例が複数あることが分かったのです。2020年3月に病院にこの医師はその旨を報告、第三者調査委員会の調査がスタートしました。その結果、当該薬剤を実際には手術中に投与していないにもかかわらず投与したような虚偽記載がなされ、診療報酬の不正請求が疑われる事案が多数あることが判明したのです。不正への関与を否定した元教授はすでに退職この事件、本連載の9月23日付記事でも書いたように、いくつもの謎があります。最大の謎は「動機」でしょう。准教授は第三者委員会に対し「この薬を積極的に使うよう部内に周知していた教授の方針に従うことで、よく思われたかった」と話したとのことです。それに対し、上司で薬剤の使用を勧めたとされる臨床麻酔部教授(54)は「自分の指導で薬剤がたくさん使われているとは分かっていたが、廃棄されていたとは知らなかった」と不正への関与を否定しています。三重大は、10月30日付で准教授を懲戒解雇としました。教授は、すでに退職届を出して受理されており、大学の処分は下されていません。12月4日付けの共同通信は、「上司だった元教授=退職=から任意で事情を聴いていたことが関係者への取材で分かった。元教授は改ざんへの関与を否定した」と報じるとともに、元准教授は第三者委員会に「『(カルテ改ざんが)刑事罰の対象になり得ると分かっていた』と話していた」としています。なお、この事件を巡っては、11月には津地検がオノアクトを製造・販売する小野薬品工業(大阪市)を関係先として家宅捜索しています。「電磁的記録不正作出及び供用罪」とはさて、元准教授が罪に問われることになる電磁的記録不正作出及び供用罪とは、他人の事務処理を誤らせる目的で、それに使う電磁的記録を不正につくったり供したりする罪で、刑法第161条の2に規定されています。診療報酬不正請求(詐欺罪)ではなく、電子カルテの改ざんが罪に問われたわけです。電磁的記録不正作出及び供用罪そのものは5年以下の懲役または50万円以下の罰金ですが、公務所(三重大も該当)又は公務員により作られるべき電磁的記録に係るときは、10年以下の懲役または100万円以下の罰金となっています。罰則自体はそれほど重いものとは言えません。しかし、今回の事件の場合、三重大病院において麻酔科医の大量退職を招き、地域医療や臨床研修を大きな混乱に陥れたという意味で、元准教授だけでなく、元教授の“罪”もとても重いと言えるのではないでしょうか。麻酔科医大量退職、研修プログラムも停止9月23日付の本連載では、この事件によって、三重大病院の麻酔科は、2005年に起こった麻酔医大量退職の時のように再び機能停止に陥る恐れがある、と書きましたが、それは現実のものとなりました。元准教授が逮捕される直前、11月26日付の朝日新聞は「三重大さらに麻酔科医4人が退職 地域医療に影響か」という見出しの記事で、「臨床麻酔部で、新たに医師4人が11月末までに退職することが25日わかった。9月上旬に診療報酬の不正請求が発覚し、懲戒解雇や退職ですでに同部の医師計8人がいなくなっており、地域医療への影響が懸念されている」と深刻な状況を報じています。同記事によれば、「19人いた臨床麻酔部の医師のうち6人が9月末に退職。10月末に教授が退職、准教授が懲戒解雇」ということなのでこれで8人減、その上でさらに4人が退職する、というのです。各紙報道等によれば、三重大病院では、麻酔科の崩壊によって、各種手術に影響が出ているだけでなく、麻酔の専門医を養成する研修プログラムも10月に一時停止に至っています。研修プログラムの責任者だった元教授や指導を担当していた元准教授がいなくなってしまったためです。プログラムに登録していた研修医の多くは、他病院のプログラムに移籍したとのことです。「桜を見る会」事件同様の後味の悪さ三重大病院の麻酔科医が大量退職したことに関し、三重県の医療保健部部長は12月2日の県議会本会議で「県全体の地域医療に関わる重要な課題だと認識し、大変憂慮している」と述べています。准教授の罪は確かに重大ですが、改ざんへの関与を否定し、とっとと退職届けを出して逃散した元教授に責任はないのでしょうか。大学病院の麻酔科崩壊を招くとともに、このコロナ禍の中、地域医療の混乱を増大させたというだけでも大きな問題です。元教授は三重大病院のホームページにかつて「国内トップランクの麻酔科医を輩出することを、本気で目指しています」と書いていました。元教授は三重の地を離れて、全く関係のない土地で、ペインクリニックの開業準備でもしているのかもしれません。上司が何の責任も取らず、自分だけのほほんと生きているとしたら…。この事件、元首相の「桜を見る会」事件と同様の後味の悪さを感じます。