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就任以来、世界中を“引っ掻き回す”米大統領のドナルド・トランプ氏。2月18日にはアメリカに輸入される自動車に25%程度の関税を課す方針を明らかにした。正式には4月2日に詳細が明らかにされる見込みだ。このニュースは日本でも国内の自動車業界が大打撃を受けるのではないかという方向性で報じられている。これと同時に発表されたのが、アメリカに輸入される半導体と医薬品に対しても自動車と同程度かそれ以上の関税を課すとの方針で、こちらは1年をかけて引き上げるという。1年も時間をかけるのは、これらの企業がアメリカ国内に工場を設けるための時間を与えるためとの考え方らしい。さて、この医薬品への関税は、むしろブーメランになってしまう可能性がある。というのもアメリカは医薬品の輸入大国である。米国商務省経済分析局の統計によると、2024年のアメリカの医薬品輸入額は2,468億4,900万ドル(約37兆円)。これは乗用車の2,135億9,000万ドル(約32兆円)を超える。実は2023年までは乗用車の輸入額のほうが上だったが、2024年には乗用車を超え、品目別では最大となっている。これに対し、輸出は1,075億5,300万ドル(約16兆円)なので明らかな貿易赤字である。トランプ氏としてはこれを何とか解消したいのだろうが、ことはそう簡単ではない。そもそもこのアメリカの医薬品に関する貿易赤字には1つ特徴的な構造がある。アメリカは国際的な医薬品輸出大国でもあり、バイオ医薬品などの新薬を主に輸出しているものの、逆に特許が失効した生活習慣病治療薬などのジェネリック医薬品(GE)を海外から大量に輸入している。ご存じのようにアメリカでの処方薬の約9割はGEである。そして民間医療保険が中心で、無保険者などの貧困層も少なくないアメリカでは、消費者のGEに対する評価はほぼ価格の1点に絞られる。その結果、GE企業間の価格競争は年々激化した。アメリカの場合、従来から特許が失効した医薬品成分は日本以上に急速にGEに置き換わる。このため特許が失効した新薬については、特許失効から数年後に新薬メーカー側がブランドごとにGE企業に売却する事例もある。儲けが出ないならばもう自社製品として保有しておく価値はない、という徹底した経済合理性はアメリカならではである。このような価格競争の激化と経済合理性により、現在ではアメリカ国内で流通するGEの多くが海外からの輸入品となっている。米国国勢調査局が公開しているデータによると、2021年のアメリカへの医薬品輸入量の原産国別では、トップが中国、第2位がメキシコ、第3位がインド、第4位がカナダとなっている。このデータ自体はいわゆる新薬とGEを区別したものではないが、並びをみれば“さもありなん”だろう。アメリカの医薬品市場を支えるのが、現在アメリカ最大の競合国の中国、移民流入問題で摩擦を抱えるメキシコとカナダ、ロシアとアメリカに二股外交をかけるインドの4ヵ国であるというのは何とも皮肉である。さてこれらの国々のGE企業が今回のトランプ大統領の関税政策に応じて不承不承で、アメリカ国内に工場を新設するかといえば、それは否だろう。価格競争力がすべてのGE企業が新たな投資をしてアメリカ国内に工場を建設し、自国よりも賃金水準が高いアメリカ人を雇ってGE製造に取り組むことそのものが、価格競争力を削ぐ“愚策”になるからだ。そうなればこの関税分は当然消費者の負担に跳ね返ることになる。実際、アメリカでプレゼンスを有するインドのサン・ファーマシューティカルの幹部は地元紙に「追加関税が課せられた場合、その負担は消費者に転嫁される」と語っている。現在の世界的な物価高で生活苦を感じている人はアメリカに限らないが、日常的な治療薬の支払い負担増加を歓迎するアメリカ人もいないだろう。そしてトランプ氏が意図するような国内経済の活性化にこの政策が寄与するとも思えない。1年半後くらいにその答え合わせができるだろうか?