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規則正しい就寝習慣が血圧に驚くべき効果

 毎晩、同じ時刻に就寝することで血圧を改善できる可能性のあることが、新たな研究で示された。就寝時間が不規則な人が、毎晩同じ時間に就寝することを2週間続けただけで、運動量の増加や塩分摂取量の削減と同等の降圧効果を得ることができたという。米オレゴン健康科学大学(OHSU)産業保健学准教授のSaurabh Thosar氏らによるこの研究結果は、「Sleep Advances」に11月17日掲載された。研究グループは、「これは、多くの高血圧患者の血圧をコントロールするための、単純だがリスクの低い補助的な戦略になるかもしれない」と述べている。 この研究では、高血圧を有する11人の成人(男性4人、平均年齢53歳)を対象に、まずベースラインとして、1週間にわたり活動量計で就寝時間や睡眠パターンを記録するとともに、24時間の自由行動下血圧を測定した。次に、試験参加者には2週間にわたり同じ時刻に就寝してもらい、その後、再度、24時間自由行動下血圧を測定した。その上で、就寝時間や入眠時間のばらつき(標準偏差)を計算し、血圧の「最小可検変化量(MDC95)」を使って個人レベルで血圧がどのくらい変化したかを確認した。 その結果、就寝時間のばらつきは介入前の32.4(±17)分から介入後には7(±10)分へ(P=0.001)、入眠時間のばらつきも30(±17)分から7(±8)分へ(P=0.011)有意に減少した。また、24時間自由行動下血圧も、収縮期血圧で−4(±4)mmHg、拡張期血圧で−3(±3)mmHgの低下が見られた。特に夜間の血圧は低下の幅が大きく、収縮期血圧は−5(±7)mmHg、拡張期血圧は−4(±5)mmHg低下した(全てP<0.05)。さらに、参加者の半数以上が24時間自由行動下血圧でMDC95以上の低下を示した。 研究グループは、収縮期血圧が5mmHg低下するだけで心血管疾患のリスクが10%低下することは、すでに専門家の間で周知の事実だと指摘している。一方、毎日の就寝時間が不規則であることは心臓の健康状態の悪化につながり得ることも、以前から知られているという。実際、ある先行研究では、不規則な就寝時間は高血圧のリスクを30%高める可能性があることが示されている。研究グループによると、不規則な就寝時間が血圧に影響を及ぼすのは、体内リズム(概日リズム)の乱れによるものと考えられる。通常、睡眠中は血圧が自然に少し低下するが、体内時計の乱れがその反応を弱める可能性があるという。 ただし、今回の研究はわずか11人を対象としたものであったことから、研究グループは、「この研究結果がより大規模な前向き試験で再現されれば、人々に規則正しい就寝時間を守ってもらう取り組みは、心臓血管疾患のリスクを減らすための低コストで拡張性の高い介入になる可能性がある」と述べている。

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10代の若者の約8人に1人に難聴の兆候

 10代の若者の約8人に1人が、18歳になるまでに難聴の兆候を示し、約6%は感音性難聴(SNHL)を発症する可能性のあることが、新たな研究で明らかになった。SNHLは、内耳(有毛細胞や蝸牛)や聴神経の損傷や異常を原因とする難聴であり、多くの場合、不可逆的である。エラスムス大学医療センター(オランダ)の耳鼻咽喉科医であるStefanie Reijers氏らによるこの研究結果は、「Otolaryngology-Head and Neck Surgery」に10月14日掲載された。 Reijers氏は、「思春期に認められた聴覚の変化は、たとえそれが軽微であっても長期的な影響を及ぼす可能性があるため、これらの研究結果は、早期のモニタリングと予防の重要性を浮き彫りにしている」とニュースリリースで述べている。 大きな音は、音エネルギーを電気信号に変換して脳に伝える役割を果たしている内耳の有毛細胞に損傷を与える可能性があると研究グループは説明する。有毛細胞は、一度損傷すると再生できないことから、損傷は永久的な聴力喪失につながり得るという。 この研究では、オランダ、ロッテルダムの出生コホート研究(Generation R研究)に参加した子ども3,347人(平均年齢18歳5カ月、女子53.1%)を対象に、18歳時点でのSNHLおよび騒音性難聴(NIHL)の可能性がある聴力低下の有病率を調べ、13歳から18歳までの間に聴力低下の頻度や重症度がどのように変化するのかを検討した。試験参加者は、13歳時点(2016〜2019年)と18歳時点(2020〜2024年)に聴力検査を受けた。 その結果、18歳時点でのSNHLの有病率は6.2%、NIHLの可能性がある聴力低下が見られた割合は12.9%であることが明らかになった。13歳時点と18歳時点の両時点で聴力検査を受けた2,847人を対象とした解析では、5年間でこれらの有病率に有意な変化は認められなかった。ただし、オージオグラム(聴力検査の結果を示すグラフ)で特定の周波数のみ閾値が低下してV字型になるパターン(ノッチ)の有病率は13歳時点の7.9%から18歳時点の8.4%へとわずかに増加していた。また、13歳時点で高周波数帯域の難聴(HFHL)が認められた参加者では、18歳時点で高周波数の聴力閾値が有意に悪化していた。 研究グループは、10代の若者は85dBを超える音に頻繁にさらされていると指摘する。これを超える大きさの音に曝露すると、一時的または永久的な難聴を引き起こす可能性がある。例えば、イヤホンや音楽スピーカーなどは100dBで再生されることが多く、最大115dBを生成できる。音楽ライブの音量は90~122dBに達することがある。また、花火、バイク、サイレンの音の大きさは、95~150dBに達する。Reijers氏らは、「国を問わず、青少年は娯楽による大音量にさらされている集団である。そのようなリスクの高い視聴活動を長期間続けることで、騒音性難聴のリスクは高まる」と記している。 Reijers氏らによると、10代の頃の軽度の難聴でも、他者とのコミュニケーションや交流の能力を損ない、学業成績を低下させ、将来的に加齢に伴う難聴になる可能性を早め得ると警鐘を鳴らす。その上で、「難聴リスクがある10代の若者を特定し、定期的に聴力を検査することで、悪化する前の段階で問題を発見できる可能性がある」との見方を示している。 研究グループはまた、特定の娯楽的な騒音源が聴覚に与える累積的な影響について、さらに10代の若者の中でも聴覚障害を発症しやすい人としにくい人がいる理由についても、さらなる研究で検討する必要があると話している。

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血友病B遺伝子治療、いわゆる発売用量の5年間の成績(解説:長尾梓氏)

 血友病の遺伝子治療は発売後にまったく売れずに発売を中止したり、発売してみたけどやっぱり売れないからといって発売国を限定し、挙げ句に製品ごと他の会社に売りたいです~と言ってみたり...当初の期待からすると残念な道をたどる製品が続いた。 抗体製剤を含めた利便性と効果の高い薬剤がどんどん発売されシェアが拡大し、「遺伝子治療って必要?」という空気が蔓延しようとしており、国際学会団体は共同で「開発をやめないで!」というジョイントステートメントを出したくらいの状況である(WFH. Critical juncture in hemophilia treatment: global organizations issue urgent call to action. 2025 May 5.)。 遺伝子治療はなんで期待したより使われないの?(Pierce GF, et al. Res Pract Thromb Haemost. 2025;9:102948.)という論文では、血友病Aの遺伝子治療はとくに効果・持続性に個人差があること、肝機能障害などの副作用があること、再投与ができないこと、価格が高すぎること、長期安全性データが不足していること、他の有効な治療選択肢があること、などが挙げられている。さもありなん。 さて、今回の論文である。これまでも初期の治験の投与量での長期成績は発表されていたが、今回はいわゆる発売量(米国の添付文書[package insert]で確認)2×1013ゲノムコピー/kg体重の投与を受けた例の5年間の成績が発表された。 平均FIX活性は5年後でも36.1±15.7%で、80%の対象者が5年後も第IX因子活性12%以上を維持した。もちろん出血も減って、従来の定期補充療法を中止できた対象者は51/54例だった。中止できなかった3例は、1例はもともと持っていた抗AAV抗体が高すぎたことで反応なし、1例は途中で投与をやめてしまって効果がなかった、1例は投与後2ヵ月で第IX因子活性が3.6%まで下がったため定期補充療法を再開したとのことである。 この製品は他製品と異なり抗AAV抗体が陽性でも投与できる。今回の例のように抗体価が高すぎると効果はないようなので日本で発売時には測定が前提になるのだろうか...。 大事な安全性については副作用の大半(91/100件)は6ヵ月以内に発生したことから半年乗り切れば少し安心と言えるのかもしれない。肝細胞がん、MDS、シュワノーマ各1例ずつの報告も、主要組織のDNA解析などから遺伝子治療との関連性は否定されたそう。血友病患者も長生きしてがんになることもあろう。このとき、遺伝子治療の副作用とどう区別するのかは難しいのではないかと個人的には思っている。

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2025年を振り返って【Dr. 中島の 新・徒然草】(612)

六百十二の段 2025年を振り返って今年もあとわずかですが、去年の能登半島地震に匹敵するほどの自然災害はありませんでした。とはいえ、まだ数日残っているので油断大敵です。それよりは今年の漢字「熊」に象徴されるクマのほうに話題が集まりました。熊害は「ゆうがい」と読むそうですが、山の中でいきなりクマと出くわしたらどうやって対処したらいいのでしょうか。相手が狼のようなイヌ系の動物だったら、フリスビーを投げたら本能的にそれを追いかけてどこかに行ってくれるかもしれません。ライオンとかトラのようなネコ系の動物だったら、これはボールですね。ヨハネスブルグ動物園では、サッカーボールを与えられたライオンが夢中になって追いかけるビデオがあります。Big Cat Plays Football! Amazing Lion, Johannesburg zoo一方、ネコがピンポン球で遊ぶ動画もYouTubeに大量に上がっています。ただ、元卓球部員の私に言わせれば、ピンポン球は転がすものではなく、弾ませるもの。ネコにとっても、そのほうが楽しそうです。ちょっとユーチューバーたちにアドバイスしてもいいかもしれません。さて、クマです。山の中でいきなり出くわしたら、はたしてクマはフリスビーやサッカーボールで納得してくれるのでしょうか。これはちょっと想像がつきません。実は今年の夏休みに出かけた旅行先も、田舎の山のほうだったので、ちょっとクマが怖かったです。なので、私なりにクマへの対処法を考えて行きました。まずはクマスプレー。対人用のものと違ってデカイ!350mLのペットボトルくらいあります。こんなデカイものでないと効かないとは。あらためてクマの恐ろしさを感じさせられます。次に音響兵器。こちらは小さく、スティック糊より一回り大きいくらいのサイズです。ボタンを押すと、とてつもない音がして耳が痛くなります。クマは聴覚が鋭敏なので、これで驚いて逃げてくれるといいのですが。そしてフラッシュライト。これは点滅する大光量で相手の視覚を奪うというもの。はたしてクマは怯んでくれるのか?こういった武器を3つも持っていれば気休めにはなります。ただ、人間の腕は2本しかありません。武器は3つ、手は2つ。さて、どうしたものか……。あと、クマスプレーは風上から発射しないと相手に届きません。風下から発射すると中身が戻ってきて自爆してしまいます。いろいろと悩むことがあって大変ですね。ともかく入念に準備をしていたせいか、旅行先ではクマに遭遇せずにすみました。熊といえばもう一つの話題。かの猫熊、パンダですよ。高市首相の発言に機嫌を損ねた中国が、来年早々に日本のパンダを全部引き揚げるというニュースが報じられました。そのためか、上野動物園ではパンダを一目見るために3,000人以上が行列を作っているのだそうです。思い起こせば40年以上も前のこと。私も東京に出かけたときに、上野動物園のパンダを見に行ったことがあります。その時も1時間くらい並んで1分くらいの対面でした。正直なところ「並んでまで見るほどのものか?」と思ったものです。付き合ってくれた友達には申し訳なかったのですが。令和の日本に話を戻しましょう。驚いたことに、パンダ2頭に対して年間約1億円のレンタル料を中国に支払っているのだとか。知りませんでした。「日本からパンダがいなくなったら、楽しみにしている子供たちがかわいそうだ」という人がいるのだとか。が、むしろ子供たちが国際情勢の厳しさや、お金の現実を学ぶ良い機会になるかと思います。というわけで熊に終始した2025年。読者の皆さま、よい年をお迎えください。今年最後の1句 年末や パンダを見るのも これっきり

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HNRNP関連疾患

1 疾患概要2 診断3 治療4 今後の展望5 主たる診療科6 各論7 参考になるサイト(公的助成情報、患者会情報など)1 疾患概要■ 概念・定義hnRNP(ヘテロ核リボヌクレオプロテイン、Heterogeneous Nuclear Ribonucleoproteins)は、RNAのスプライシング、輸送、安定性、翻訳などに関わるRNA結合タンパク質のファミリーである。このhnRNPの異常は、さまざまな先天異常症候群、神経発達症、成人の神経筋疾患、がん、自己免疫疾患などと関係する。本稿では主に神経疾患との関連について記載する。遺伝子名の場合、HNRNPと大文字・斜体で記載する。■ HNRNP関連疾患の疫学正確な疾患頻度は不明であるが、数万出生に1人程度の希少疾患と考えられる。遺伝子別にみるとHNRNPH2、HNRNPU、HNRNPK関連疾患が多い。海外では多数の報告がある1)。筆者は10例以上の診断に関与しているが、国内未診断例も多いと思われる。■ HNRNP関連疾患の病因遺伝情報がDNA→RNA→タンパク質という経路で、DNAがRNAをコードし、RNAがタンパク質に翻訳されるという基本原則を「セントラルドグマ」と呼ぶ。生物では核内でDNAから遺伝情報を写し取ったmRNA前駆体(pre-mRNA)が、修飾を受けて成熟mRNAとなる。その後、細胞質に輸送され、適切な時期にタンパク質に翻訳される。この一連の過程には、さまざまなRNA結合タンパク質が関与している。hnRNPは、核内でmRNA前駆体やその他のRNA分子に結合するタンパク質ファミリーである。hnRNPは、mRNA前駆体のスプライシング(イントロン除去とエクソン結合)に関与する。一部のhnRNPはスプライシング部位の選択に影響を与え、選択的スプライシングを調節する。hnRNPは、核内でRNAを輸送する際に誘導する役割を持つ。とくにRNA分子が核膜を通過して細胞質に移動する際に重要である。また、hnRNPはRNA分子を安定化し、分解から保護する役割を持つ。一部のhnRNPは、mRNAの翻訳効率に影響を与え、遺伝子発現を調節する。hnRNPはRNA分子の二次構造形成や構造変化を助ける。このように、hnRNPの異常により、さまざまなレベルでRNAに異常が生じることが病態の背景にある。ヒトでは30種類以上のhnRNPが知られており、それぞれが異なる機能やRNA結合特性を持つ。■ 症状後述の「6 HNRNP関連疾患の各論」で各疾患ごとに述べる。■ 分類主なHNRNP関連疾患を表に示す。まだ、メンデル遺伝病として確立していないものも存在する。表 疾患との関連が判明しているHNRNP遺伝子画像を拡大する■ 予後遺伝子タイプで異なるが、ALSの場合は人工呼吸管理が必要になる。先天異常症候群の場合は成人期以降も精神運動発達遅滞が持続する。2 HNRNP関連疾患の診断後述するような臨床所見を持つ症例において、責任遺伝子の病的バリアントを検出することが基本である。微細欠失例が存在するので、マイクロアレイ染色体検査が最初に必要である。マイクロアレイ染色体検査で異常がない場合は、エクソーム解析などの網羅的遺伝子解析の適応となる。最初から診断を疑って遺伝子診断を行うことは難しい。ただし、筆者の経験ではHNRNPK異常(Au-Kline-Okamoto症候群)は特徴的所見により、臨床的に疑うことが可能である。遺伝形式は常染色体顕性遺伝によるが、HNRNPH2はX連鎖性である。基本的に両親にバリアントはなく、生殖細胞系列の新生突然変異である。染色体の微細欠失でHNRNP関連遺伝子が欠失する場合、近傍の遺伝子も同時に欠失することで、症状が修飾される可能性がある。3 HNRNP関連疾患の治療 現在のところ、根本的な治療方法はなく、対症療法に留まる。精神運動発達遅滞に対しては療育訓練が必要である。てんかんを合併した場合は一般的なてんかん治療を行う。4 HNRNP関連疾患の今後の展望HNRNPH2などでASO(Anti-sense Oligonucleotide)を用いた遺伝子治療が海外で研究的に実施されている。5 HNRNP関連疾患の主たる診療科HNRNPA1、HNRNPA2/B1遺伝子関連疾患は脳神経内科の領域であるが、他のものは小児科ないし小児神経科が関わる例が多い。合併症によっては多くの分野の医療が必要となる。遺伝学的検査や遺伝カウンセリングについては、臨床遺伝学の領域となる。6 HNRNP関連疾患の各論■ HNRNPA1、HNRNPA2/B1関連疾患ALS(筋萎縮性側索硬化症)、FTD(前頭側頭型認知症)、MSP(多系統タンパク質症)などの原因となる。ALSではSOD1など多くの責任遺伝子が知られているが、HNRNPA1、HNRNPA2/B1も原因の1つである。HNRNPA1は、mRNAのスプライシング、輸送、安定性調節などに関わる。ストレス顆粒(stress granule)形成にも関与する。この遺伝子のバリアントにより産生タンパク質の構造が変化し、異常な凝集(aggregation)や細胞質移行が起こることで神経細胞や筋細胞の機能障害が生じる。なお、HNRNPA2とHNRNPB1は、同じ遺伝子から由来する。家族性ALSの発症は中年期以降に多いが、若年例も報告がある。上位運動神経および下位運動神経の障害による進行性筋力低下、嚥下障害、呼吸筋障害がみられる。現時点で根治療法はない。ALS例では呼吸管理、リハビリ、栄養管理を行う。多発性筋炎様筋疾患(Inclusion Body Myopathy with early-onset Paget disease and Frontotemporal Dementia:IBMPFD)類似病態では筋力低下、骨疾患、認知症の組み合わせを呈する例がある。筋病理ではリムドボディを含む封入体筋炎の所見がみられる。筋疾患例では理学療法と補助具使用を考慮する。■ HNRNPH2異常によるBain症候群(Bain型X連鎖性知的障害)Bain症候群は、HNRNPH2遺伝子(heterogeneous nuclear ribonucleoprotein H2)における機能喪失型または機能異常型バリアントによって生じる先天異常症候群である。2016年にBainらが報告した2)。X連鎖顕性であり、女性患者に多く、男性では知的障害の程度が強く、重症例は新生児期に死亡する。HNRNPH2に病的バリアントが存在すると、スプライシング制御異常やRNA代謝障害を引き起こし、神経発達に影響する。とくに神経細胞の成熟やシナプス形成が阻害される。症状として、中等度~重度の精神運動発達遅滞、知的障害を認める。言語発達は遅れ、重度の例では言語獲得ができない。自閉症スペクトラム障害や行動異常の例もある。筋緊張低下、運動発達遅滞がみられ、重度の例では独歩獲得ができない。てんかんを発症する場合があり、脳波検査や脳MRI検査が必要である。MRI検査では脳梁形成不全や大脳白質異常を認める。小頭症や軽顔貌特徴を認める場合がある。レット症候群に類似した常同運動などの症状を認める例もある。確定診断は遺伝学的検査(全エクソーム解析、遺伝子パネルなど)でHNRNPH2の病的バリアントを同定することが必要である。さまざまなバリアントの報告があるが、p.Arg206Trpが最も多い。現時点では根本的な治療方法はなく、療育訓練やてんかん治療など、対症療法が中心となる。また、能力に応じた特別支援教育が必要となる。■ HNRNPH1関連疾患“Neurodevelopmental disorder with craniofacial dysmorphism and skeletal defects”の原因疾患である。主な症状は精神運動発達遅滞、知的障害、特徴的顔貌、乳児期の哺乳栄養障害、胃食道逆流症、低身長、小頭症などである。眼科的には斜視、近視などを認める。頭部MRI検査では側脳室拡大、脳梁異常、小脳虫部低形成などを認める。■ HNRNPK関連疾患(Au-Kline-Okamoto症候群)Au-Kline-Okamoto症候群は染色体9q21にあるHNRNPK遺伝子の病的バリアントないし欠失による先天異常症候群である3)。Okamoto症候群として知られていた先天異常症候群において、HNRNPKのバリアントが同定され、Au-Kline症候群とOkamoto症候群は同一疾患であることが判明した4)。神経系の症状として精神運動発達遅滞、知的障害、筋緊張低下などを認める。頭部が長頭などの変形を認める場合、頭蓋縫合早期癒合症を鑑別する必要があり、3D-CT検査が有用である。脳MRI検査では髄鞘化遅延、脳梁低形成ないし欠損、異所性灰白質などの所見を認める。特異顔貌は診断の参考となる。眼瞼裂斜下、長い眼瞼裂、眼瞼下垂、眼球突出傾向、大きい耳、耳輪低形成、耳介低位、広い鼻梁、鼻翼低形成、鼻根部平低、開口、高口蓋、口蓋裂、軟口蓋裂、舌の中央線などを認める。歌舞伎症候群が鑑別に上がる。泌尿器系では停留精巣、膀胱尿管逆流症、水腎症、神経因性膀胱の例がある。心室中隔欠損や心房中隔欠損症など先天性心疾患の精査も必要である。骨格系では股関節脱臼、側彎症などを認める例がある。根本的な治療法はなく、合併症に合わせた治療を行う。また、精神運動発達遅滞に対しては療育が必要である。■ HNRNPU関連神経発達症染色体1q44に座位するHNRNPUの病的バリアントや欠失が原因である5)。神経発達に必要な多くの遺伝子の発現制御に関わるHNRNPUの機能喪失により、神経発生やシナプス形成に必要な多くの遺伝子の転写・スプライシング制御に異常が生じる。多くは常染色体顕性の突然変異である。精神運動の発達遅滞、中等度~重度の知的障害、筋緊張低下がみられる。言語表出の遅れもみられる。HNRNP関連疾患の中でもてんかんの合併が多いことが特徴である。乳児早期てんかん脳症の形態をとる場合がある。West症候群やLennox-Gastaut様などの報告もある。頭囲については軽度小頭症や巨頭症の報告がある。顔貌特徴(非特異的だが、やや長い顔、広い前額部など)が報告される。脳MRI検査異常として、脳梁低形成、白質異常などを認める。滲出性中耳炎や斜視にも注意が必要である。マイクロアレイ染色体検査でHNRNPUを含む、1q44領域の欠失を同定する場合もある。この場合は1q44微細欠失症候群として確立した症候群となる。根本的治療法は未確立であり、てんかんに対する治療、療育訓練が必要である。てんかんは薬剤抵抗性に経過する場合がある。7 参考になるサイト診療、研究に関する情報HNRNP Family Foundation(一般利用者向けと医療従事者向けのまとまった情報)患者会情報HNRNP疾患患者家族会(患者とその家族向けのまとまった情報) 1) Gillentine MA, et al. Genome Medicine. 2021;13:63. 2) Bain JM, et al. Am J Hum Genet. 2016;99:728-734. 3) Au PYB, et al. Hum Mut. 2015;36:1009-1014. 4) Okamoto N. Am J Med Genet. 2019;179A:822-826. 5) Carvill GL, et al. Nature Genet. 2013;45:825-830. 公開履歴初回2025年12月25日

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多疾患併存に迷わない:高齢者診療の「5つの型」実践フレーム【こんなときどうする?高齢者診療】第17回

CareNeTVスクール「Dr.樋口の老年医学オンラインサロンアーカイブズ」から、高齢者診療に役立つトピックをお届けします。今回はマルモ(多疾患併存)患者の治療に向き合うための型を学びます。高齢者の多疾患併存(マルモ)は、“ガイドラインの足し算”では解けません。(1)意向 (2)エビデンス適用 (3)予後×時間 (4)実行可能性 (5)最適化の5項目で落としどころを構造化しましょう。今回は、初めに皆さんも出合ったことがあるかもしれない典型的なマルモの症例を5つ挙げてみます。(1)90歳男性 心房細動があるものの、抗凝固薬を飲みたくない(2)85歳女性 高脂血症に対して長年スタチンを服用している(3)80歳女性 大腸がん検査の大腸内視鏡を勧められている既往症糖尿病、心不全、慢性腎機能不全(4)88歳女性 15種類の薬を服用中既往症認知症・心不全・骨粗鬆症・糖尿病・慢性腰痛(5)92歳男性 再発する心不全急性増悪発作に対して、埋め込み式除細動器を勧められている既往症認知症・慢性変形性関節症、抑うつ、不安症挙げたケースはいずれも、高齢者診療で頻繁に遭遇する場面です。65歳以上の2人に1人は、3つ以上の慢性疾患を有する状態・マルモ(多疾患併存)です。そして、同じ疾患であっても、AさんとBさんでは、併存疾患の状況や本人の価値観、自立度や家族との関係・住んでいる土地や利用できるサービスなどの条件がまったく異なります。1人の患者が持つ疾患の複雑性に加えて、身体認知機能・心理社会的な複雑性も考慮したうえで、患者それぞれに適した医療やケアの落としどころを見つけることが高齢者を診るときに欠かせません。ですが、複数の疾患ガイドラインをあてはめて治療してもよいアウトカムにつながらないのは皆さんもすでにご経験なさっていると思います。また高齢者やマルモ患者は臨床研究の対象から除外されていることが多く、ガイドラインの適応範囲に入っていないことがほとんどです。つまり65歳以上の約半数が3疾患以上のマルモ。併存疾患だけでなく家族・住環境・利用資源が異なる。ガイドライン合算=最適とは限らない(除外基準・一般化の限界)。ではどうしたらいいのか?頭を抱えて動けなくなって当たり前です。だからこそ落としどころを「5つの型」で探ることが思考停止に陥らないために重要なのです。マルモに向きあう5つの型そこで今回は、米国老年医学会が出している1)、高齢者のマルモに向き合う型をご紹介します。状況に応じて、以下の5つの項目を確認することで落としどころを見つけやすくなります。1:意向(What Matters)- 患者の意向・希望・気がかりなこと患者が何を望んでいるか。あるいは何はしたくないか。たとえば自立した生活や症状がコントロールされること、身体認知機能の維持を望む方は多くいます。逆にしたくないことやこうなったら死んだほうがまし、ということを聞くことで理由が明らかになる場合もあります。2:エビデンス適用の可能性 - エビデンスが目の前の患者に使えるか?参照しようとしているガイドラインや研究において、その推奨は誰を対象に、どのアウトカムに、どの時間軸で価値があるか。除外基準や外的妥当性を確認し、目の前の患者に適用できるか?患者の優先事項と統合することができるか、を検討しましょう。3:予後×時間 - 患者の予後は?患者の希望する治療/ケアと、その治療の効果が発現するまでにかかる時間を考慮にいれることは不可欠です。4:実行可能性 - ケアは実行可能か?負担は大きすぎないか?継続できるか?治療やケアの負担が大きすぎないか、本人や介護者が継続できるケアの範囲に治療方針は収まっているかを確認することが必要です。5:最適化 - 最適化のために何ができるか?患者のおかれた状況において、ベネフィットを増やしリスクを小さくするために何をしたらいいかを考えることです。最初に挙げた5つの症例に、これらの型から必要な項目を使うとどうなるか、みてみましょう。(1)90歳男性 抗凝固薬NO!心房細動があるものの、抗凝固薬を飲みたくない→1:意向を深掘りし、抗凝固薬を飲みたくないという意向の背後にどんな希望や気がかりがあるのかを探るのが近道です。それにより本人は頻回採血や通院の負担を懸念していることが明らかになり、選択肢として、生活背景に合う抗凝固法(採血不要のDOAC等)を検討し、転倒・出血リスク評価、目標の再設定が挙がってきます。このケースでは一時的にアスピリン投与としましたが、定期的に再検討し、本人の価値観×安全性の最適点を探る視点が必要です。(2)85歳女性 高脂血症に対して長年スタチンを服用してきた…これからも続ける?→2:エビデンス適用可能性と、3:予後×時間 の2項目が判断のポイントです。高脂血症に対するスタチンは、二次予防や高リスク群の一次予防では有益ですが、高齢者(75~80歳以降)の一次予防はエビデンスが限定的です2)。さらに、スタチンのベネフィットの発現は2~5年後とされています。予後や本人の優先事項と照合し、減量/中止を含めて再評価するのが妥当です3)。とすると、この方が長年スタチンを服用してきたとしても、現在のエビデンスに照らし合わせると効果が見込めない薬として中止にするほうが妥当でしょう。(3)80歳女性 既往は糖尿病・心不全・慢性腎機能不全。大腸がん検査のために大腸内視鏡を勧められている→3:予後×時間を見積もり、治療介入の効果発現の時間と併せて考えるのが適当です。大腸がん検診が利益になるのはおよそ10年後。この方の既往症から予測すると、検査のメリットが発生する前に予後が障害される可能性が高く、大腸内視鏡は不適当と考えられます。娘さんを含めて、予後予測をもとに話合いを設定するとよいでしょう。(4)88歳女性 15種類の薬を服用中。マルモ(認知症・心不全・骨粗鬆症・糖尿病・慢性腰痛)。→4:ケアの実行性について確認する認知機能が低下してきている状態で15種類を飲み続けるのは現実的ではありません。それぞれの疾患に対してガイドライン通りに処方すると15種類になりますが、本人や介護者の負担が大きすぎて服薬自体ができないならば、残す薬を絞る、あるいは服用しないといった選択肢も視野にいれた調整を行うのが妥当でしょう。(5)92歳男性 再発する心不全急性増悪発作があり、埋め込み式除細動器を勧められる。認知症・慢性変形性関節症、抑うつ、不安症の既往。→5:最適化を考えるこの患者の場合、認知症や不安症に加えて変形性関節症があり、家を出て入院し、手術でデバイスを埋め込むという一連の流れに、身体的・心理的負担が大きいことが予想できます。入院から退院までの間にパニックに陥り転倒するといったリスクも考えられます。ガイドラインではデバイス埋込みが推奨されますが、”この患者”にとってデバイスを埋め込むことが、本当にQOLの向上につながるのか、患者にメリットがあるのか、あるとすれば何か、延命することが本当にベネフィットか?といったゴールの再確認をする必要があると考えます。このように、一つの項目をあてはめるだけでも、すべきことがクリアになると思います。ケースによっては5つすべてを検討する場合もあるかもしれません。日ごろ5つのMを使うときに、これらの項目を少しずつ加えて確認することをおすすめします。明日のカンファで(1)意向 (2)エビデンス適用 (3)予後×時間 (4)実行 (5)最適化を確認してみましょう。迷いが整理され、次の一手が見えてきます。 ※今回のトピックは、2022年10月度、2024年11月度の講義・ディスカッションをまとめたものです。CareNeTVスクール「Dr.樋口の老年医学オンラインサロンアーカイブズ」でより詳しい解説やディスカッションをご覧ください。参考 1) Cynthia Boyd,et al. J Am Geriatr Soc. 2019 Apr;67(4):665-673. 2) Han BH, et al. JAMA Intern Med. 2017;177(7):955-965. 3) Yourman LC, et al. JAMA Intern Med. 2021;181(2):179-185.

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外科医のキャリア終盤に思い出した 何でも診られる医者への憧れ【ReGeneral インタビュー】第3回

外科医のキャリア終盤に思い出した 何でも診られる医者への憧れ「手術だけしていればいい環境じゃなかった」そう語るのは、総合医育成プログラムを受講中の五本木 武志氏。卒後すぐに消化器外科でキャリアをスタートし、現在は28診療科・331床を持つ筑波学園病院の病院長として、最前線で地域医療を率いています。外科外来、救急、病棟診療に加え、病院運営まで担う多忙な身で、なぜ総合医育成プログラムを受講しているのか?その理由にキャリアの次の一手を探ります。即決受講の背景に 外科医としての“憧れ”と現場の必然――総合医育成プログラムの受講は即断即決だったと伺っています。その理由は。2024年2月にたまたま知人から総合医育成プログラムを紹介されて、即刻申し込みました。もともと、卒後6年間、消化器外科のレジデントとして筑波大附属病院にいた間、3年以上は、外の病院でありとあらゆる疾患の患者を診ていました。手術だけでなく打撲から肺炎まで、本当に何でもです。レジデント時代の指導教官は外科医で、本当に何でも診る先生でした。その人のようになりたいという憧れもありました。当時からちょこちょこ勉強はしていたけども手術が忙しくて体系的に学ぶ暇はもちろんありません。昔から総合的な診療を学びたい思いがあったので、話を聞いたときに、これだ!と思いました。もっとも、2024年は病院長になったのと重なって、ほとんど受講できませんでした。2025年に非同期型・同期型の混合学習1)になって、ようやく受けられるようになりました。修了要件まであと2単位。もうすぐ修了です。本では学べなかった“現場の勘所”を、プロから教わる――プログラムで扱うのは内科領域が多いと思います。専門外の講義を受ける感想は。正直にいって、すべてが楽しいです。肺炎だとか脳卒中だとか、わからないことはいままではすべて本で勉強してきました。周りに教えてくれる先生もいませんでしたから。ずっと持っていたのは、本にはこう書いてあるけど、実際に診るときはどうなっているんだろう、という疑問です。プログラムでは、領域ごとに専門医や総合医の先生から、教科書だけではカバーできない話が聞ける。肺炎ひとつにしても、こういうときはこういう肺炎を考える、こういう抗菌薬を使うといった、現場の勘所を教わるのが、皮膚科でも腎臓でも、血液内科でも、毎回楽しかったです。総合診療で光る外科医の嗅覚・待つ力を学ぶ挑戦――外科医だから苦労したことはありますか。そうですね、外科の早く結論を出したがる癖はあります。外科医って手術をするにしてもしないにしても、なるべく早く決断してすぐに実行したい。それが日常になっていて、様子を見るという選択に慣れていないところがあります。だから、内科の先生の待つ力、忍耐力はすごいなと思います。外科医の即断即決を活かすときと、ここは内科医の様子を見る力を使うという使い分けができてくるのが理想ですね。――外科医の特性が活きる場面は。そのとき一番重要な問題に切り込む習慣は、総合診療でも役立っていると感じます。外科医の嗅覚ともいえるかもしれません。何が一番やばくて問題なのかを嗅ぎ当てるんです。問題の核心に回り道せずに切り込んでいけるのは強みですね。もちろん、総合診療ではさまざまな情報を集めて結論を出す力が必須で、そこを内科の先生から学んでいます。膝関節穿刺を実演で教える熱意、コミュニケーションのプロから教わる人間力――印象的な講義はありましたか?整形外科の仲田和正先生のセッションは印象に残っています。膝関節穿刺のレクチャーで、ご自分の膝に針を刺して実演してくれた。こんな先生、そうそういません。こういう先生に教わる研修医は幸せだろうなと思いました。それから、ノンテクニカルスキルコースはどれも新鮮で面白かったです。MBTI2)やミーティング・ファシリテーション3)といった、医者になってからまず聞く機会のない分野の講義です。ノンテクの先生方は、相手のスタンスやものの見方をふまえて、人に教えるプロという感じです。どうしても医者は立場的に上から目線になりがちで、看護師やほかの医療者と話すとき、一方的になってしまう。それがノンテクのセッションを受けてから、相手の性格や考え方を推測して話す心の余裕ができてきた。たとえば「俺はこう思うけど、君の意見は?」ときくことができるようになりました。断定しすぎずに話す、相手に意見を求めることができることで、医療者・患者問わず、コミュニケーションによい影響があり、それが治療にもつながっていると感じています。次に受けるコーチングの授業も楽しみにしています。脳卒中から小児まで。幅広く診療に活きる学び――学んだことをどのように現場で使っていますか。毎日、ありとあらゆる場面で使っています。なぜかというと、週3回の外科外来のほかに、救急搬送・ウォークインで来る救急外来の対応も当番制で持っています。救急は若い先生たちが主だけど、忙しくて断らなくちゃいけないとなったときは俺を呼べと言ってあるので、最終的に誰も診る人がいない救急患者は僕に回ってきます。小児も肺炎も骨折も、何でもです。それに、うちのような一般病院は、病院として総合的に見る必要があって、救急診療科という部門を作りました。ここでの受け持ち患者が10人。疾患は脳卒中亜急性期、肺炎、尿路感染、脊椎圧迫骨折まで、本当にさまざまです。こういう何でも診る環境で、肺炎っぽい徴候の患者が来た、血液疾患を疑う患者が来たというとき、受講前は本やネットで調べていたのが、今はレクチャーの資料を引っ張り出しています。現場の目線で何を考えてどう進めるかが整理されていて、効率が圧倒的によくなりました。熱発の子どもが来たときに、身体のどんな兆候を一番先に診るか、除外すべき疾患、必要な検査、治療の選択肢がパッケージで出てくる。そういう感じでプログラムの内容は現場で助けてくれています。みんな受けた方がいいんじゃないかって思います。手術を若手に託した後、僕たちはどう働くか――もともと総合的な診療に興味があったとのことですが、いつから実際にいまの診療スタイルになってきたのですか。外科医は皆いつか手術をやめるときが来るでしょう。だいたい最初に目が見えなくなる。僕も老眼も始まる50代くらいから「救急領域に近いところで生きていかなくちゃいけない」と思い始めていました。今62歳で、手術は自分がやるよりも若い先生方に任せて引き継いでもらっています。手術をやめた後にどう医者を続けるかには、若手育成、管理職などいろいろ道があって、僕は以前から救急と総合診療に興味があったから今の働き方になっています。病院長になったので現場と管理を両輪で回している感じですね。トップが動くと病院が動く・現場で示すリーダーシップ――病院長として、総合医を病院内に増やすためにどのような取り組みをしていますか。僕がしているのは背中を見せること。上からやれと言っても、人は動かないと思うんです。今までうちの病院では誰も総合診療をしていなかったから、自分が患者を受け持って診る。僕たちはこういう診療をしていくぞと現場で示す。そうすると、病院が力を入れて向かっていく方向が明確になると思います。口で言うよりも効果があると信じています。立ち上げた救急診療科の医師はまだ2人。ここから同じ志を持つ仲間を増やしたい。背中を見せると同時リクルートも進めて、グループを大きくしたいと思っています。外科医の強みと総合診療で、医者として長く生きる――総合診療に興味を持った外科の先生方にメッセージを。総合診療をしてみようと思ったとき、外科のキャリアは非常に有利です。手術後は、肺炎になったり脳梗塞が起きたり、細かい不具合が次々と起きます。かといって、すぐに呼吸器内科や脳神経外科に転科するわけじゃない。そのまま外科で全身を診て、必要なら連携する。そこで外科医は患者全体を診る癖がついています。その経験は、総合医としての診療にも直結する。だから自信を持って学んでほしいです。切った後に全身を診てきた習慣や経験が大きな武器になります。高齢者はどんどん増えていて、専門だけやっていればいい病院が減っていくことは明らかです。「この疾患は、外科の領域ではない」と自分で線を引いていたら、世界がどんどん狭まってしまう。若い先生は若いうちから、そうでない先生は今から、自分の専門ではないと切り捨てずに、視野を広げ、関心を持つことが医者として長生きすることにつながるんじゃないかと思います。自信をもって新しいことを学んでみてください。 引用 1) 非同期型学習はeラーニングを用いた自己学習で、自分のペースでいつでもどこでも受講可能。同期型学習はWeb会議ツールを使用したライブ研修。土日祝の決められた時間にリアルタイムでグループディスカッションなどを行う 2) Myers-Briggs Type Indicatorの略称。ユングのタイプ論をもとにして開発された自己分析メソッドを活用した、 性格タイプ別コミュニケーションに関する研修 3) 医療チームにおけるミーティングを活性化させ、会議の質と効率を向上させるための、会議ファシリテーションの実践的スキルを学ぶ研修

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第42回 診察室の会話をAIが記録? 最新研究が示す「AI医療秘書」の実力と課題

患者さんが病院に行っても、医師がパソコンの画面ばかり見ていて目が合わない。臨床現場において、電子カルテの入力業務が医師と患者の対面時間を奪っている現状は、長年の課題です。 膨大なカルテ入力業務は、「燃え尽き症候群」を引き起こす深刻な問題となっています。そんな中、診察室の会話を聞き取り、自動でカルテを作成してくれる「アンビエントAIスクライブ(AI医療秘書)」という技術が注目されています。そこで今回は、医学誌NEJM AI誌に掲載されたランダム化比較試験の結果1)を基に、この技術が医療現場をどう変えようとしているのか、その可能性と限界について解説します。「画面越しの診療」を終わらせる救世主となるか これまでの調査によれば、米国の医師の約半数は燃え尽き症候群に苦しんでおり、その大きな要因の一つが電子カルテの入力作業だといわれています。医師は診療時間の多くをキーボード入力に費やしており、患者さんと向き合う時間が削られているのが現状です。 そこで登場したのが、生成AIを活用した「アンビエントAIスクライブ」です。これは、診察中の医師と患者の会話をマイクで聞き取り、AIが即座に要約してカルテの下書きを作成してくれる技術です。これまでの音声入力とは異なり、会話の文脈を理解して医学的な文書に整えてくれる点が画期的です。 今回、米国・カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)の研究チームは、238人の医師を対象に、実際に2種類の主要なAIスクライブ(Microsoft DAX CopilotとNabla)を使用するグループと、通常通りの診療を行うグループに分けて、2ヵ月間の比較試験を行いました。これは、AIスクライブの効果を検証した最初の大規模なランダム化比較試験の1つです。意外な結果? 「劇的な時短」には至らずとも心は楽に 多くの人が「AIを使えば、仕事があっという間に終わるはず」と期待するでしょう。しかし、今回の研究結果はそうシンプルではなく、興味深いものでした。 まず、「カルテ作成にかかる時間」についてです。 Nablaを使用したグループ: カルテ作成時間が通常診療グループに比べて約9.5%減少しました。 DAXを使用したグループ: 統計的に明確な時間の短縮は見られませんでした。 「なんだ、あまり時間は減らないのか」とがっかりされたかもしれません。実際、1回の診察あたりの短縮時間は1分未満というデータもあり、現時点では「魔法の時短ツール」とは言い切れない側面があります。しかし、ここで重要なのは「医師の感覚」の変化です。 時間の短縮効果は限定的だったにもかかわらず、AIを使用した医師たちは、燃え尽き症候群の指標や、業務に対する疲労感、ストレスが改善したと報告しました。また、医師たちはこの技術を「使いやすい」と評価し、何より「患者さんとより深く関われるようになった」と感じたようです。 たとえ物理的な時間がそれほど減らなくても、「会話を記録しなければならない」という精神的な負担から解放され、目の前の患者さんに集中できること自体が、医師にとって大きな救いとなっている可能性があります。決して完璧ではない「AIの耳」とこれからの医療 もちろん、この技術は発展途上であり、理解しておくべき注意点もあります。AIは時に間違いを犯します。今回の研究でも、AIが作成したカルテには「時々」不正確な内容が含まれていたことが報告されています。具体的には以下のようなエラーが確認されました。 情報の欠落: 重要な医学的情報が抜け落ちてしまう。 ハルシネーション(幻覚): 話していない内容が勝手に付け加えられる。 代名詞の誤り: 彼と彼女を間違えるなど。 実際、あるケースでは、患者への重要な指導内容がカルテに含まれていないという、軽度ながら安全に関わる事象も報告されました。AIはあくまで「下書き」を作る存在であり、最終的には医師が内容を確認し、責任を持って修正することが不可欠です。 こうしたことから、現時点でのAIスクライブは「生産性向上ツールとしてはまだ完成形ではない」と指摘されています。本当の意味で業務効率を上げるには、単に会話を記録するだけでなく、そこから検査のオーダーを出したり、保険請求の手続きをしたりといった、診察後の事務作業までAIがサポートできるようになる必要があるのでしょう。「AI同席」の診察に向けて 今後、日本の病院でも「AIで会話を記録してもいいですか?」と聞かれる機会が増えるかもしれません。導入に際して、どのような検討が必要となるでしょうか。 今回の研究は、AIが医師の「目」を画面から引き剥がし、再び患者に向けさせてくれる可能性を示しました。医師がキーボードを打つ手を止め、しっかりと話を聞いてくれるなら、医療の質の向上につながるでしょう。一方で、記録された内容が本当に正しいのか、医師はきちんとチェックするプロセスが必須になります。 AIは医療の「冷たさ」を加速させるのではなく、人間同士の温かいコミュニケーションを取り戻すための「黒子」として機能し始めています。技術の進化を過信せず、しかしその恩恵を上手に取り入れていく姿勢が、これからの医療現場に求められていると言えるでしょう。 参考文献・参考サイト 1) Lukac PJ, et al. Ambient AI scribes in clinical practice: a randomized trial. NEJM AI. 2025;2(12).

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失敗しない理想的なクリスマスプレゼントとは

 「クリスマス」と聞いて連想するイメージは何があるだろうか。ケーキ、ごちそう、キャンドル、雪などさまざまあるが、「楽しみはプレゼント」と回答する人も多いのではないだろうか。「どのようなプレゼントが喜ばれるのか」をテーマにデンマークのコペンハーゲン大学健康科学部のVictor Alexander Gildberg氏らの研究グループは、約30人の健康成人に理想的なクリスマスプレゼントについて調査した。その結果、満足度の高いプレゼントには「大きい」「重い」「金色の包装紙」などの傾向がみられた。この結果はUgeskrift for Laeger誌12月8日号に掲載された。喜ばれるプレゼントに決まりはあるのか 研究グループは、クリスマスプレゼントの満足度について、どの特徴が受け手の満足を最も効果的に高めるかを調査した。方法として、21~66歳の31人について、プレゼントの「包装・サイズ・重量・質感・付随するストーリー」が異なる27種類のプレゼントを評価した。受取人の満足度はクリスマス修正版ウォン・ベイカー尺度(0~10点)で評価した。 主な結果は以下のとおり。・自己申告によるクリスマスへの満足度中央値は0~10点尺度で8点(四分範囲6~9点)。・赤包装の基準ギフトと比較し、以下の要素が満足度を有意に増加させた。 金色の包装紙(+1.48)、リボン(+1.81)、柔らかさ(+1.90)、陶器が割れている音(+2.61)、長文で心のこもったクリスマスカード(+5.42)。大きい(+3.55)および重い(+3.48)プレゼントは、小さいまたは軽いものより好意的に受け取られた。・高価(+3.19)または入手困難(+3.23)という口頭の説明も評価を高めた。・費用対効果の観点では、簡潔な説明を添えた小さなプレゼントが、時間と材料単位当たりの満足度が最も高くなった。・別の比較実験では、500デンマーククローネ(1万2,500円相当/2025年12月18日現在)のギフトカードまたは10mL生理食塩水注射器を入れた同一包装のプレゼントでは異なる結果が得られた。プラセボ(生理食塩水)のプレゼントの方が有意に高い評価を得た(6.90 vs.5.03、p=0.005)。 以上の結果から研究グループは、「クリスマスのプレゼントの満足度を最大化するには、プレゼントは大きく、重く、柔らかく、金色の包装紙とリボンで包まれ、長文の心のこもったカードと説得力のある背景ストーリーを添えるべきである」と結論付けている。

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医師の奨学金、若手層ほど借入額増大で返済長期化か/医師1,000人アンケート

 医学部卒業までにかかる多額の費用を支える「奨学金」。本来、学問を志す者を支えるための制度であるが、返済義務を伴う貸与型が主流である現状では、実態として「若年期に背負う多額の負債(借金)」という側面も併せ持つ。今回、CareNet.comでは、「医師の奨学金利用と返済状況」と題したアンケートを実施し、奨学金の利用率や借入額、そして返済や利用条件が医師のキャリアに与えた影響を聞いた。対象はケアネット会員医師1,031人で、20代~60代以上の各年代層から回答を得た。回答者の7割が国公立出身 Q1では「卒業した大学の種別」を聞いた。全体では、国公立大学が72%と大半を占め、次いで私立大学が25%、目的別医科大学(防衛医大、自治医大、産業医大)が3%という構成であった。今回のアンケート結果は、比較的学費が抑えられている国公立大学出身の医師たちの視点が強く反映されており、その中での奨学金利用や「地域枠」に対する評価が浮き彫りとなっている。3人に1人が奨学金を利用、30代では半数近くに Q2では「医学部在学中に奨学金を利用した経験」を聞いた。全体では「利用した」と回答した医師が35%に上った。年代別にみると、30代が45%と最も高く、次いで40代が39%となっており、中堅層において利用経験者が多い傾向にある。大学種別では、目的別医科大学(防衛医大、自治医大、産業医大)が73%と突出して高く、国公立大学は39%、私立大学は20%であった。 興味深いのは、現在の勤務先の「病床数」と奨学金利用の関係だ。100~199床の病院では47%、200床以上の大規模病院では36%の医師が奨学金を利用していたのに対し、0床では28%、1~19床の小規模施設では18%にとどまっている。また、200床以上の病院では国公立出身者が75%を占める一方、クリニックなどの無床施設では私立大学出身者の割合が37%と高まっており、経済的背景と卒業後の進路選択には一定の相関があることが推察される。利用先は日本学生支援機構(旧育英会)が最多 Q3では、奨学金利用者に「利用した奨学金制度」を複数回答で聞いた。全体では「日本学生支援機構(旧育英会)」が62%で最も多く、次いで「地方自治体の修学資金貸与制度」が23%、「大学独自の奨学金制度」が21%と続いた。大学種別でみると、国公立大学出身者は「日本学生支援機構」の利用が68%と多く、目的別医科大学出身者は「大学独自の制度」が88%で主軸となっていた。世代が下るごとに膨らむ負債額――30代の4人に1人が「1,000万円超」を借入 Q4では、奨学金利用者のうち「貸与型奨学金の借入総額」を聞いた。全体では「500万円未満」が51%と過半数を占めた。 借入総額を年代別に分析すると、とくに30代以下の負担の重さが顕著だ。借入額が「500万円未満」の割合は60代以上の67%に対し、20代では41%、30代では37%まで低下している。一方で、1,000万円を超える高額借入の割合は、60代以上で9%と最も低いのに対し、30代が約26%と全世代で最も高く、次いで20代で約21%となっている。現在の若手から中堅層にかけて、多額の負債を抱えながら医療に従事している実態が浮き彫りとなった。 大学種別でも大きな格差がみられた。奨学金利用者のうち、国公立出身者では「500万円未満」が56%を占めるが、私立大学出身者では42%が1,000万円を超える借入を行っていた。さらにその内訳を見ると、私立大出身者の17%は2,000万円以上のきわめて高額な借入を行っていた。返済期間は10年以内が主流も、若手には長期化の懸念 Q5では、返済義務のある人に対して「返済完了までにかかった(かかる予定の)年数」を聞いた。全体では「5~10年未満」が31%で最多、次いで「5年未満」が27%となった。完済まで「15年以上」を要する層の割合は、60代以上では約16%にとどまるのに対し、20代では31%、30代では34%と倍増している。とくに臨床研修医においては「15~20年未満」との回答が40%に達しており、5年未満での完済予定はわずか5%であった。「恩恵」と「負債」の間で揺れる医師たちの本音 Q6では、自由回答として奨学金がキャリアに与えた影響を聞いた。進学を支えた制度への深い感謝がある一方で、経済的負担感や、地域枠に伴うキャリア制限への複雑な思いも綴られている。以下、主なコメントを抜粋。・奨学金がなければ大学に行けなかったので助かった(40代、小児科)・経済観念が身に付く良い機会だと思う(40代、内科)・若い頃しか経験できないこと(旅行、自己投資)にお金を使うことができる(20代、臨床研修医)・留年したら給付が止まるので留年の危機感がほかの学生より強かった(30代、神経内科)・地域枠のため3年目は強制で地域病院へ派遣。県からのサポートも不十分で、キャリアへの影響もかなりあると思う(20代、呼吸器内科)・男性はいいが、女性は妊娠・出産で中断のリスクがあり使いにくい(30代、呼吸器内科)・岩手県のように指導体制が整っていないところで研修をさせられるのは、その奨学生の人生において大きなマイナスになります(40代、循環器内科)・借金のことを奨学金と記載するのはよくない。病気になっても借金は残るため、高校生の時点で借金を背負う選択肢をさせてはいけない(30代、内科)・出身地の東京~埼玉は私立医大ばかりで、他は東大理IIIと医科歯科のみ。せめて埼玉と栃木に国立の医学部があれば。理想的には東京界隈の私立の医学部に貸与型の奨学金で入学し、(返済の問題はあるが)もう少し多様性のある人生を歩みたかった(60代、麻酔科)・借りるときは、インフレで物価は上昇するから、返済するときはタダみたいなものと言われていた。卒業後、賃金を含め物価上昇がほとんどなく、利子なしで20年払いとはいえ返済には苦労した(60代、放射線科)アンケート結果の詳細は以下のページに掲載中。医師の奨学金利用と返済の実態/医師1,000人アンケート

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わが国初の表皮水疱症の遺伝子治療薬への期待/Krystal Biotech

 Krystal Biotech Japanは、指定難病である栄養障害型表皮水疱症(DEB)の治療薬としてわが国では最初の遺伝子治療薬ベレマゲン ゲペルパベク(商品名:バイジュベック ゲル)が、適用承認・発売されたことに寄せ、都内でプレスセミナーを開催した。セミナーでは、表皮水疱症の病態、診療の解説や患者からの疾患での苦労や新しい治療薬への期待などが語られた。皮膚の苦痛が続く表皮水疱症の病態 「栄養障害型表皮水疱症と最新治療について」をテーマに夏賀 健 氏(北海道大学大学院医学研究院皮膚科学教室 准教授)が、本症の疾患概要と今回発売されたベレマゲン ゲペルパベクの臨床試験結果などを解説した。 DEBは、7型コラーゲンの異常により、表皮に水疱やびらんが生じる疾患であり、顕性・潜性の2種類がある。 症状として皮膚の水疱やびらんによる痛みや感染症があり、患者は毎日1~2時間おきに被覆材の交換が必要となり、QOLに重大な悪影響を及ぼす。皮膚症状が顕著であるが、確定診断では遺伝子検査が必要となる(保険適用)。 わが国には数百例の患者が推定されるとともに、根治療法はなく、保険適用治療として自家培養表皮の移植だけとなっている。 今回発売されるベレマゲン ゲペルパベクは、7型コラーゲン遺伝子治療薬であり、ヘルペスウイルスベクターを利用し表皮と真皮の接着を促す。皮膚の傷に週1回塗布することで、たんぱくを補充し、皮膚を修復する。 ベレマゲン ゲペルパベクの海外第III相試験は、標的創傷の完全閉鎖を主要評価項目として、ベレマゲン ゲペルパベク群31例とプラセボ群31例で行われた。その結果、創傷の完全治癒率はベレマゲン ゲペルパベク群で67.4%、プラセボ群で21.6%だった。 ベレマゲン ゲペルパベク群において、有害事象は58.1%(13/31例)、副作用は3.2%(1/31例)に発現した。有害事象は掻痒症、悪寒、発疹など、副作用は紅斑が報告された。 これらの結果から夏賀氏は、ベレマゲン ゲペルパベクのDEBへのインパクトとして「患者の創傷が早く治り、痛み軽減、感染リスクの減少、そして、被覆材交換時間短縮につながる。患者のQOLの向上に役立つ治療薬となる」と期待を寄せた。さらなる国の患者支援を望む 次に患者の視点から「表皮水疱症と生きる困難と希望~在宅で使える遺伝子治療薬への期待~」をテーマに宮本 恵子 氏(表皮水疱症友の会 DebRA Japan 代表理事)が、患者の苦労や新薬への期待を語った。 宮本氏自身も潜性栄養障害型表皮水疱症であり、毎日繰り返す水疱とびらんの処置で苦労をしている。症状が進むと指の癒着などが起こり、機能不全や生活障害を起こすこと、患者の8割が皮膚がんを発症して亡くなることなど、患者の現状を紹介した。 そして、本症は、ほぼ医療者の間でも知られていない疾患であり、症状をフォローできる医師がいないことが課題であると指摘し、重要なことはわが国に数人しかいない専門医につなげることだと語った。また、わが国の診療の遅れについても触れ、患者は医療器材が毎月50万円近く必要だが満足な補助はされていないという。現在患者会には200人近く会員がおり、希少疾病治療薬の早期承認や訪問看護の条件にかなうように厚生労働省に要請している。その他、患者会では、海外団体との連携・協力や疾患の学習会の実施、市民向けの啓発活動もYouTubeなどで行っていることを説明した。

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早期アルツハイマー病に対するドナネマブの78週間二重盲検長期延長試験の結果

 ドナネマブのピポタルスタディである国際第III相試験「TRAILBLAZER-ALZ 2(AACI)試験」では、76週間のプラセボ対照期間中に、早期アルツハイマー病患者の臨床進行をドナネマブが有意に遅延させることが示された。米国・イーライリリーのJennifer A. Zimmer氏らは、AACI試験を完了した患者に対し、78週間の二重盲検長期継続試験を実施し、その結果を報告した。The Journal of Prevention of Alzheimer's Disease誌オンライン版2025年12月1日号の報告。 対象は、AACI試験を完了した参加者のうち、ドナネマブ群に割り当てられた患者(継続群)およびプラセボ群に割り当てられた患者(投与開始群)。アミロイド治療コース完了基準を満たした患者は、プラセボへ切り替えた。外部対照コホートとして、AD Neuroimaging Initiative(ADNI)の参加者を用いた。 主な結果は以下のとおり。・継続群では、ADNI対照群と比較し、ドナネマブ投与により認知症の重症度評価尺度CDR-SBにおける疾患進行が、3年時点で有意な遅延を認めた(-1.2ポイント、95%信頼区間[CI]:-1.7~-0.7)。・投与開始群では、ADNI対照群と比較し、76週時点においてCDR-SBにおける疾患進行の遅延が認められた(-0.8ポイント、95%CI:-1.3~-0.3)。・52週までに治療を完了した患者においても、3年時点でCDR-SBにおける疾患進行が同様に遅延した。・継続群は、投与開始群と比較し、3年間のCDR-Globalにおける疾患進行リスクが有意に低かった(ハザード比:0.73、p<0.001)。・両群ともに、ドナネマブ投与開始後76週目にPET評価を行った参加者の75%超がアミロイド除去(24.1センチロイド未満)を達成していた。・長期試験のデータを事前モデルに追加することで、再蓄積率の中央値は年間2.4センチロイドと予測された。・これまでの報告と比較し、ドナネマブの安全性プロファイルについては、新たな安全性シグナルは認められなかった。 著者らは「投与期間を3年間に限定することで、ドナネマブ投与を受けた早期アルツハイマー病患者は、臨床的ベネフィットの増加と一貫した安全性プロファイルを示すことが明らかとなった」と結論付けている。

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乳がん検診の「高濃度乳房」通知、患者不安を助長する?/BMJ

 米国では食品医薬品局(FDA)がマンモグラフィ後の高濃度乳房の通知を全国的に義務付けており、オーストラリアなどでは乳がんスクリーニング時の高濃度乳房通知への移行が進められており、英国でも通知の導入が検討されているという。一方で、通知の影響は明らかになっておらず、スクリーニングレベルでの通知の有益性が、潜在的な有害性を上回るかどうかのエビデンスは不足しているとして、オーストラリア・シドニー大学のBrooke Nickel氏らは、通知された女性の心理社会的アウトカムおよび医療サービス利用の意向を多施設並行群間比較無作為化試験にて調べた。高濃度乳房を通知された女性は、不安や困惑が高まり、自身の乳房の健康状態に関する意思決定のための情報が十分ではないと感じており、かかりつけ医(GP)による指導を求めていることが明らかになったという。著者は、「高濃度乳房の通知を乳がんスクリーニングの一環とすることは、有害アウトカムとして、女性へのアドバイスにおけるGPのコンサルテーションの負荷を増やすことなどが考えられる」と述べている。BMJ誌2025年12月3日号掲載の報告。通知なし群vs.通知あり2群(文書またはオンラインビデオで健康啓発)を比較 試験は、オーストラリアのクイーンズランド州にある13の乳がんスクリーニングプログラム(BreastScreen)施設にて、スクリーニングを受け、マンモグラフィで高濃度乳房(自動濃度測定でBreast Imaging Reporting and Data System[BI-RADS]のC[不均一高濃度]~D[きわめて高濃度])に分類された40歳以上の女性を対象に行われた。 被験者は、標準ケア(高濃度乳房の通知なし、対照群)、高濃度乳房の通知+健康リテラシーに関する要配慮情報の文書を提供(介入1群)、高濃度乳房の通知+健康リテラシーに関する要配慮情報をオンラインビデオで提供(介入2群)のいずれかに、均等に無作為に割り付けられた。 主要アウトカムは、スクリーニング後8週時点の心理的アウトカム(3つの尺度[不安、困惑、情報提供]で評価)および医療サービス利用の意向(乳房濃度に関するGPのコンサルテーション、追加検診)であった。通知あり2群は不安・困惑が高まり、GPにアドバイスを求める意向が高い 2023年9月~2024年7月に、3,107人が無作為化され(対照群1,030人、介入1群1,003人、介入2群1,074人)、解析には2,401人(対照群802人、介入1群776人、介入2群823人)が含まれた(ベースラインの平均年齢57.4歳[SD 9.9])。 対照群と比較して、高濃度乳房の通知を受けた被験者女性は有意に不安が高まったこと(介入1群のオッズ比[OR]:1.30[95%信頼区間[CI]:1.08~1.57、p=0.005]、介入2群のOR:1.28[1.07~1.54、p=0.007])、困惑が高まったこと(同1.92[95%CI:1.58~2.33、p<0.001]、1.76[1.46~2.13、p<0.001])を報告した。また、スクリーニング結果についてGPに相談する意向(介入1群の相対リスク比:2.08[95%CI:1.59~2.73、p<0.001]、介入2群の相対リスク比:1.71[1.31~2.25、p<0.001])およびスクリーニングに関する補足的なアドバイスをGPに求める意向(同2.61[1.80~3.79、p<0.001]、2.29[1.58~3.33、p<0.001])が有意に高かった。 一方で、ほとんどの被験者女性は、追加検診を受ける意向がなかった(対照群91.3%、介入1群78.9%、介入2群81.4%)。 また、通知を受けた被験者女性は対照群と比較して、情報が十分ではないと感じていた(介入1群のOR:0.83[95%CI:0.68~1.01、p=0.059]、介入2群のOR:0.80[0.66~0.97、p=0.022])。

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医師以外も投与可能な抗けいれん薬、スピジア点鼻液発売/アキュリスファーマ

 国内初となるジアゼパムの鼻腔内投与製剤の抗けいれん薬であるジアゼパム点鼻薬が2025年12月24日に発売された(製造販売元:アキュリスファーマ、販売情報提供活動:ヴィアトリス製薬)。本剤の効能効果は「てんかん重積状態」の改善であり、2歳以上のてんかん重積状態およびてんかん重積状態に移行する恐れのある発作(遷延性の発作や群発発作)が生じたときに投与する。医療機関外において医療者や介護者による投与が可能なレスキュー薬だが、「2歳以上6歳未満の小児へ投与する場合は、患者の状態を観察することができ、必要時に救急蘇生のための医療機器、薬剤等の使用が可能な医師の監視下においてのみ行うこと」「救急救命士による処置としての投与は認められていない」などの点には注意が必要である。 製造販売元のアキュリスファーマはケアネットの取材*において、「本剤の承認に際し、てんかん関連学会および患者会が求める形を実現することに最も苦慮した。学会などから厚生労働大臣宛に早期承認を求める要望書が2度にわたり提出され、とくに以下の3つが強い要望として挙げられた」とコメントした。*製造販売承認取得時点(1)海外と同様に、成人を含む幅広い年齢層で使用可能とすること(2)既存のレスキュー薬では投与後に救急搬送の手配が必須とされてきた。しかし、発作が速やかに収まり、患者が元の状態に戻った場合には、救急搬送が不要なケースもあるが、本剤はそのようなケースで柔軟な運用が可能であること(3)本剤はてんかん重積状態になってからの使用ではなく、「てんかん重積状態に移行する恐れのある発作」に対しても使用できるようにすること 同社は厚生労働省やPMDAと慎重に議論を重ね、国内臨床試験は6~17歳を対象としたもののみだったが、海外データの有用性を説明することで、最終的に成人を含む“2歳以上のてんかん重積状態に移行する恐れのある発作”に対して本剤が使用可能になったことを説明し、「このような要望に応える形で承認を実現できたことは、大きな成果であると同時に困難かつ慎重な対応が求められた」とコメントした。このほか、利便性を高めるため「薬剤を室温(1~30℃)で保管できるよう配慮した」とも話した。 本剤の医療関係者向けサイトのQ&Aには「他の点鼻薬を使用している患者への投与」「投与時の適切な体位」などが掲載されているので、処方を行う医師や処置にあたる医療者はぜひ一読されたい。以下には一部抜粋したものを示す。―――Q:他の点鼻薬を使用している患者にスピジアを使用してよいですか? そのような場合、効果に差はありますか?A:季節性アレルギーまたは鼻炎のため点鼻薬で治療を行っているてんかん患者において、Valtoco(スピジアの米国商品名)の鼻腔内投与により、その有効性および安全性に影響を与えないことが報告されました(海外データ)。Q:投与の際の適切な体位は?A:発作の際の体位について、食事中の発作や嘔吐やよだれを伴う場合、発作後の嘔吐も考慮し、顔を横に向けて寝かせるなどの対応がよいとされています。投与できる体勢をしっかり確保してから、スピジアを鼻の穴にまっすぐ差し込んで(またはあてて)ください。なお、スピジア投与時の顔の向きに規定はありません。スピジアの投与方法、投与後の対応に関しては、「スピジア使用ガイド(持ち帰り用患者冊子)」や使い方動画をご確認ください。―――てんかん重積状態のこれまでの課題 国内におけるてんかん重積状態の患者数はレセプトデータなどから約2万例と推定される。日本神経学会の『てんかん診療ガイドライン2018』によると、「てんかん重積とは、発作がある程度の長さ以上に続くか、または、短い発作でも反復し、その間の意識の回復がないもの。また、けいれん発作が5分以上持続すれば治療を開始すべきで、30分以上持続すると後遺障害の危険性がある」とされる。しかしながら、これまでは病院到着までにかかる時間が治療の遅れにつながる、成人における病院外で使用可能なレスキュー薬が存在していなかった点などが課題とされていた。<製品概要>販売名:スピジア点鼻液 5mg、7.5mg、10mg一般名:ジアゼパム効能又は効果:てんかん重積状態用法及び用量:通常、成人及び2歳以上の小児にはジアゼパムとして、患者の年齢及び体重を考慮し、5~20mgを1回鼻腔内に投与する。効果不十分な場合には4時間以上あけて2回目の投与ができる。ただし、6歳未満の小児の1回量は15mgを超えないこと。薬価:5mg:0.1mL 8,336.50円/容器、7.5mg:0.1mL 9,337.60円/容器、10mg:0.1mL 1万120.00円/容器製造販売承認日:2025年6月24日薬価基準収載日:2025年10月22日発売日:2025年12月24日製造販売元:アキュリスファーマ株式会社販売情報提供活動:ヴィアトリス製薬合同会社

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HPVワクチンのHPV16/HPV18感染予防効果、1回接種vs.2回接種/NEJM

 2価または9価のヒトパピローマウイルス(HPV)ワクチンの1回接種は2回接種に対して、HPV16またはHPV18感染への予防効果が非劣性であることが示された。米国国立がん研究所のAimee R. Kreimer氏らが無作為化試験の結果を報告した。HPVワクチンの複数回接種は有効であるが、世界的には接種が十分に行われていない。最新データでは、単回接種による予防が可能であることが示唆されているが、1回接種で2回接種と同等の予防効果が得られるのかは明らかになっていなかった。NEJM誌2025年12月18日号掲載の報告。2価または9価HPVワクチンについて評価 研究グループは、2017年11月29日~2020年2月28日にコスタリカの200地区以上で被験者を募り、HPVワクチン1回接種の2回接種に対する非劣性を検証する無作為化試験を行った。本試験では、12~16歳の女子を、2価HPVワクチンを1回接種または2回接種、9価HPVワクチンを1回接種または2回接種する4群に、1対1対1対1の割合で無作為に割り付けた。なお、コスタリカでは本試験の対象である年齢層の女子に対して、政府はHPVワクチンを提供していなかった。 主要エンドポイントは、接種後12ヵ月目~60ヵ月目に発生し、少なくとも6ヵ月間持続したHPV16またはHPV18の新規感染であった。事前に規定した非劣性マージンは、被験者100人当たりの感染例が1.25件とした。 また、試験に参加した女子と非無作為化サーベイの登録女性の、HPV16またはHPV18感染の比較も行った。両ワクチンともHPV16/HPV18感染予防に関して1回接種が2回接種に対し非劣性 合計2万330人が試験に登録・無作為化された。また、ワクチン非接種の3,005人がサーベイに登録された。 非劣性解析において、HPV16またはHPV18感染の予防に関して1回接種は2回接種に対して非劣性であることが示された。1回接種と2回接種の感染率差は、2価HPVワクチンでは-0.13件/100人(95%信頼区間[CI]:-0.45~0.15、非劣性のp<0.001)、9価HPVワクチンでは0.21件/100人(95%CI:-0.09~0.51、非劣性のp<0.001)であった。 ワクチンの有効性は4群ともに97%以上であった。安全性に関する懸念は認められなかった。

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対象者全員の検診受診で肺がんによる死亡は大幅に回避可能

 全ての肺がん検診対象者が検診を受ければ、5年間で回避可能な肺がんによる死亡は現状の1万4,970件から6万2,110件にまで大幅に増加する可能性のあることが、新たな大規模研究で示された。米国では、2024年に肺がん検診の対象となる成人のうち、実際に検診を受けたのは約5人中1人にとどまっていたことも明らかになった。米国がん協会(ACS)がんリスク因子・スクリーニング・サーベイランス・リサーチのサイエンティフィックディレクターであるPriti Bandi氏らによるこの研究の詳細は、「Journal of the American Medical Association(JAMA)」に11月19日掲載された。 Bandi氏は、「肺がん検診の受診率がこれほどまでに低いままであるのは残念なことだ。より深刻なのは、この低い受診率が現実に命を救うチャンスの喪失につながっている点だ。対象者の全員が検診を受ければ、肺がんによる死亡を大幅に防げたはずだ」とニュースリリースの中で述べている。 米国では、肺がんはがんによる死亡の最大要因であり、2025年には肺がんにより12万5,000人が死亡すると予測されている。また、肺がんの新規診断数は年間約22万5,000件で、全てのがんの中で2番目に多い。米疾病対策センター(CDC)によると、肺がんの有無を調べるための低線量胸部CT検査の対象となるのは、喫煙歴が20パックイヤー(Pack-Year)以上で現在も喫煙しているか、過去15年以内に禁煙した50~80歳の人である。1パックイヤーとは1年間に1日1箱のタバコを吸った喫煙量に相当する。例えば、1日1箱を20年間吸った場合、あるいは1日2箱を10年間吸った場合は、どちらも20パックイヤーとなる。 今回の研究では、CDCが毎年実施している米国国民健康面接調査(National Health Interview Survey;NHIS)の2024年のデータが分析された。その結果、肺がん検診の対象と想定される約1276万人の米国人のうち、実際に検診を受けたのは18.7%にとどまっていた。もし、検診対象者の全員が検診を受けた場合、5年間で6万2,110件の肺がんによる死亡を回避でき、87万2,270年の延べ生存年数が得られると推定された。現状の受診率では、回避できている死亡は1万4,970件、得られている延べ生存年数は19万30年にとどまる。これは、受診率が100%に達した場合に得られる効果のわずか4分の1程度しか実現できていないことを意味する。 Bandi氏は、「われわれは、肺がんの検診受診率を上げる必要がある。50~80歳で喫煙の経験があれば、自分が肺がん検診の対象となるのかどうか、また、検診が自分に適切かどうかを医師に相談してほしい」と呼びかけている。さらに同氏は、「禁煙後の年数にかかわらず検診対象となるよう、対象枠を拡大することも必要だ。このことは人々の命を救う一助になるだろう」と述べている。 ACSがん行動ネットワーク(ACS CAN)代表のLisa Lacasse氏は、「今回報告された研究は、人々が確実に予防や早期発見を目的とした検診をすぐに無償で利用できる医療アクセスの保護とその拡大が急務であることを示している」とニュースリリースの中で述べている。 また、Lacasse氏は、「ACS CANは今後も議員らと協力し、全ての保険支払者による検診およびフォローアップ検査の患者負担撤廃を目指すとともに、命を救う検診へのアクセスを改善し、肺がん死亡を減らす取り組みを進めていく。われわれはこうした取り組みを通じて、がんのない未来に近付くことを目指している」と付け加えている。

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冠動脈リスク評価を巡る1つの問い(解説:野間重孝氏)

 本論文は、無症候一般住民における初発冠動脈イベント予測に、冠動脈CT血管造影(CCTA)がどの程度寄与するのかを検証した大規模前向き研究である。本稿では、この論文を日本の循環器診療の文脈に引き寄せ、われわれがどのように理解し、どのように評価すべきかを整理してみたい。 本研究は、心血管疾患既往のない一般住民を対象に、従来のリスク評価(PCE:Pooled Cohort Equation)および冠動脈石灰化スコア(CACS)に、CCTAによる解剖学的情報を追加することで、初発の冠動脈イベント(非致死性心筋梗塞または冠動脈死)の予測能が改善するか否かを検討したものである。 ここで大多数の一般読者のために、本研究で用いられているPCEおよびCACSについて簡単に触れておく必要があるだろう。これらはいずれも、わが国の循環器診療では日常的に用いられている指標ではないからだ。PCEとは、年齢、性別、血圧、脂質、喫煙歴、糖尿病の有無といった臨床情報を数式に代入し、「今後10年間に動脈硬化性心血管イベントを起こす確率」を算出する、いわば危険因子の総合点である。またCACSは、非造影CTにより冠動脈石灰化を定量化した指標であり、「これまでに蓄積された動脈硬化の痕跡」を示すものと理解されている。なお当然のことながら、CACSは石灰化を伴わない冠動脈病変については情報を提供しない指標である。すなわち、比較的早期あるいは不安定なプラークについては、その性格上評価できないという本質的な制約を有している。臨床現場から見れば、これらはいずれも「冠動脈を直接見ないまま、見えないものを合理的に推測する」ための工夫の産物であり、CCTAが比較的容易に施行可能な環境では、やや迂遠に映る議論であることも否定できない。 本論文の結果として、CCTA情報の追加は統計学的に有意な予測能の改善をもたらし、とくにPCEで低リスクと分類された集団において再分類効果が大きかった。重要なのは、その再分類が主として「実際にイベントを起こした人を高リスク側に引き上げる」方向に働き、非イベント者を過剰に高リスク化しなかった点である。 注意すべき点として、本研究はCCTAが制度的に容易に実施できない医療環境を前提としている点である。米国・欧州型医療では、画像検査は高コストであり、保険制度や訴訟リスクの観点から、その適応は数式や段階評価によって厳密に管理される。PCEやCACSは、そのような制約下で「誰に次の検査や治療を許可するか」を決めるための道具として発展してきた。したがって本論文の問いは、「CCTAを最初から撮るべきか」ではなく、「限られた条件下で、どの層にCCTAを追加することが最も合理的か」という、医療制度に強く依存した問いなのである。 本研究の意義は、新しい病態概念を提示した点にはない。非石灰化プラークや軽度狭窄、多枝に広がる病変が将来イベントの基盤となることは、日本の臨床現場では経験的に知られてきたことである。本研究の価値は、それらを一般住民レベル・前向き・初発イベントという厳密な条件下で、数万人規模のデータとして示した点にある。これは、日本で日常的に行われてきたCCTA活用が、国際的にも合理的であったことを裏付ける科学的根拠と位置付けることができる。 ここで、なぜ低リスク群においてCCTAの効果が大きかったのかを考えてみる必要があるだろう。少々言い過ぎを覚悟で述べれば、PCE低リスク群とは、必ずしも「安全な集団」ではなく、「従来の評価法では見えにくい集団」と言うべきである。年齢依存性の強いPCEでは若年者が過小評価されやすく、またCACSは石灰化前の病変を捉えることができない。CCTAは、この隙間に存在する非石灰化プラークや病変の広がりを可視化し、イベントの母地となる病態を直接捉えた。その結果、低リスクと見なされていた集団においてこそ、追加情報としての価値が最大化したと理解される。 本研究は、日本の循環器診療をただちに変更するものではない。しかし、無症候・低リスクに見える症例に対してCCTAを実施する判断が、決して過剰ではなかったことを裏付けた点、また「CACSが0であること」は安心材料にはなっても免罪符にはならないことを、初発イベントのデータとして明確に示した点は重要である。さらに、健診や人間ドックなど境界領域における検査適応を説明するうえで、本研究は有力な理論的支柱を提供した。 本研究は、日本の循環器診療にとって革命的な新知見をもたらしたというよりも、われわれが経験的・直感的に行ってきた診療の妥当性を、国際的水準で検証し直した論文であったと言ってよい。言い換えれば、「CCTAは最後に行うぜいたくな検査ではなく、低リスクに見える人の落とし穴を埋める検査である」ことを示した点に、本研究の本質がある。日本の臨床家にとって、本論文は「自分たちのやってきたことは間違っていなかった」と静かに確認させてくれる位置付けの研究と評価すべきであろう。

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ショック状態に対する治療をしない場合は責任を負う?【医療訴訟の争点】第17回

症例近年、高齢患者の急変時対応では、基礎疾患・予後を踏まえた治療方針の選択が重要となる。本稿では、ショック状態に陥った患者に対し救命処置を行わなかった医師の判断の適否が争われた、東京地裁令和7年2月27日判決を紹介する。<登場人物>患者76歳・男性(既往歴:間質性肺炎、双極性障害、糖尿病)原告患者の配偶者および子被告医療法人(内科・精神科を標榜する病院)事案の概要は以下の通りである。事案の概要を見る平成28年7月咳が続く・胸痛があると訴えて被告病院を受診。被告病院の紹介により国立病院を受診し、間質性肺炎と診断平成30年5月内服薬の処方中止後も咳が再燃しなくなったため、通院終了平成31年1月25日ここ数日食事が取れない、具合が悪いなどと訴えて、被告病院再受診。精査目的で入院。入院時のバイタル値は、体温36.8℃、脈拍93回/分、血圧149/90mmHg、SpO2 98%、呼吸は平静。腹部CT検査上は異常所見を認めなかった。細菌性の感染症疾患を疑い、抗菌薬の点滴投与と補液を開始。1月26日午前9時28分頃胸部CT検査。前日からこの日までの間に、両肺下葉に新たな浸潤影が出現。午前10時頃右肺の雑音や著明な痰がらみが見られ、白黄色痰が大量に吸引。午後3時頃肺雑音が両肺に生じ、再び白黄色痰が大量に吸引。37.6℃の発熱、呼吸がやや努力様、SpO2 76~80%に低下。酸素投与(2L/分)開始。午後4時40分頃酸素投与量が増量(7L/分)。両肺の雑音や発熱は続くも、痰がらみが消失して呼吸も平静、SpO2 96%。午後8時頃ジクロフェナクナトリウム(商品名:ボルタレン、解熱剤)の投与などもされ、体温は36.8℃に低下、肺の雑音も消失。1月28日午前2時熱(38℃)午前5時白黄色痰が大量に吸引担当医は、抗菌薬投与にかかわらず呼吸状態の悪化が続いていることから、細菌性の感染症ではなく、間質性肺炎の急性増悪であると判断し(ただし、細菌性の感染症を鑑別するための血液検査や細菌培養検査は行っていない)、抗菌薬の点滴投与を中止して、ステロイドミニパルス療法(ソル・メルコート500mg/日に生理食塩水100mL/日を付加したものを点滴投与)を開始。以後、発熱が断続的に見られたものの、肺の雑音は認められなくなり、呼吸は平静のままで経過。1月30日午前11時20分酸素投与量が7L/分から6L/分に減量。午後1時頃呼吸が促拍するようになる。午後3時SpO2 98%であるも、発熱(37.4℃)や少量の白色痰が見られる。血圧148/87午後5時30分SpO2 90%に低下、発熱(38.5℃)と肺雑音が見られ、黄色痰が大量に吸引される。血圧114/81。解熱のためジクロフェナクナトリウム投与。午後8時頃両肺の雑音や多量の黄色痰が見られ、SpO2 94%に低下し、努力様呼吸になって呼吸状態が急激に悪化。収縮期血圧が74/64に低下し、心拍数は120~130回/分に上昇。膝から下にチアノーゼが出現し、四肢が脱力した状態。担当医は、容体急変は間質性肺炎の急性増悪による(血圧低下についてはジクロフェナクナトリウムの影響もある)もので、ステロイドミニパルス療法が奏功しない限り救命困難と判断。ステロイドミニパルス療法と酸素投与(6L/分)のほかに治療は行わず、容体急変の原因を探るためのCT検査や血液検査などの検査も行わなかった。午後10時頃SpO2が上昇(午後9時時点で99%、午後10時時点で96%)、収縮期血圧も90台まで上昇(午後9時時点で90/23mmHg、午後10時時点で92/78)も、四肢の脱力、努力様呼吸や黄色痰が大量に吸引される状態が継続。1月31日午前0時下顎様呼吸、瞳孔拡大、血圧およびSpO2が測定不能。午前2時15分死亡2月2日午後3時他院において病理解剖。要旨は以下のとおり。(1)死因に関与した臓器を挙げるならば、肺または心臓と考えられる。(2)肺については、胸膜直下~隔壁の高度な線維化、線維化巣内の蜂巣構造、線維芽細胞巣(fibroblastic foci)を認め、隣接する領域の肺胞構造は保たれており、UIP(通常型間質性肺炎)パターンと考えられた。肺は、UIPパターンの間質性肺炎であるが、病理解剖時に採取した血液を用いた間質性肺炎マーカー検査の結果(KL-6値274U/mL〔基準値:500U/mL未満〕、SP-A値18.9ng/mL〔基準値:43.8ng/mL未満〕、SP-D値82.8ng/mL〔基準値:110ng/mL未満〕)からも活動性の低いものではなかったかと疑われ、これのみで死に至るものか疑問が残る。(3)心臓は、不安定プラークを疑う冠動脈病変を伴っており、心筋にも全周性の虚血性変化が見られたが、この変性像は区域性には見えず、アーチファクトの可能性もある。あえて推測すれば、剖検時に冠動脈に明らかな血栓形成はないが、肺うっ血水腫の存在と併せて、新鮮な心筋梗塞による心原性ショックは否定できない。(4)臓器別に病理組織学的検索を行った範囲では、直接死因を確定することは困難であり、臨床情報と併せて判断する必要がある。実際の裁判結果本件において、1月30日午後8時頃の急変・ショック状態(収縮期血圧は74mmHg、心拍数120〜130回/分、尿量減少、四肢チアノーゼ、努力様呼吸など)につき、担当医は、間質性肺炎急性増悪が原因であり救命は困難、輸液は肺水腫の悪化を招くとして、酸素投与以外の処置を行わず、ステロイドミニパルス療法のみにより経過を見る方針とした。これに対し、原告(患者の相続人ら)は、輸液負荷、昇圧薬、気管挿管、原因鑑別のための血液検査・画像検査などの救命処置をすべきであったと主張した。裁判所は、以下の点を指摘し、「1月30日午後8時の時点での本件患者の状態は、輸液剤や血管収縮薬の投与といった救命処置を行い、ショックの原因を把握した上で、それに対する治療を行うべきものであった」とした。ショックでは、血圧低下、心拍の異常(頻脈など)、呼吸の異常(頻呼吸)、皮膚の異常(末梢血管の収縮など)といった症状が見られ、一般的に、収縮期血圧90mmHg以下がショックの基準となる。午後8時時点において、本件患者は、血圧74/64と著しい低下、心拍数の120~130回/分への上昇、努力様呼吸、膝から下のチアノーゼの出現は、いずれもショックの症状というべきであり、とくに収縮期血圧については、ショックの基準値を大きく下回るので、本件患者はショックに陥って容体が急変したといえる。ショックは、迅速な原因の同定と治療介入がされなければ臓器不全を来し、死に至る症候群であるため、一般に、まずは、生命の危機的状況を避けるための救命処置を行う必要がある。本件患者に見られた1月30日の収縮期血圧の低下は、持続的に生じている上、膝から下にチアノーゼが生じ、末梢の循環不全を来すものであった。末梢の循環不全を来したショックについて、救命処置を行わずに血圧低下が持続すると、不可逆的な転帰を招く可能性があった。本件において被告病院は、「呼吸状態の悪化や血圧低下といった当時の本件患者の状態は、間質性肺炎の急性増悪や数時間前に投与したジクロフェナクナトリウムの影響によるものであって、救命不可能な状態に陥っており、輸液剤の投与などは肺水腫を招くなどかえって死期を早めるため、それらの投与を行うべきではなかった」と主張していた。これに対し、裁判所は、以下の点を指摘し、「被告病院の担当医には、1月30日午後8時頃、本件患者に対し、輸液剤や血管収縮薬の投与といった救命処置を行い、ショックの原因を把握した上で、それに対する処置・治療を行うべき注意義務があった」として、これらの処置を行わなかった注意義務違反(過失)があると判断した。血圧低下については、その数時間前に投与されたジクロフェナクナトリウムの影響はあったと認められるものの、呼吸状態の悪化など当時の本件患者の症状に照らし、ジクロフェナクナトリウムの影響だけで血圧低下の説明が付けられるかは疑問が残ること。血圧低下がジクロフェナクナトリウムによるものであったとしても、ショックに対する初期対応が不要となるものでもないこと。間質性肺炎の主症状の一つは乾性咳嗽(痰を伴わない乾いた咳)であり、典型的な間質性肺炎の急性増悪は痰を伴わない一方、黄色痰は感染症の可能性を示す所見であること。本件患者は、呼吸がやや努力様になった1月26日には白黄色痰が大量に吸引されており、1月30日午後5時30分や呼吸状態が急激に悪化した同日午後8時にも大量の黄色痰が見られているため、間質性肺炎の急性増悪とは必ずしも整合せず、細菌性肺炎などの感染症に罹患していたことを疑わせる所見があったこと。担当医は、本件患者に対して細菌培養検査などの感染症を除外鑑別するための検査を行っておらず、感染症の除外鑑別も積極的に行われていなかったため、当時の客観的な状態としては、感染症の罹患もなお疑うべきものであったこと。次に、裁判所は、本件患者の死後に行われた病理解剖の結果も踏まえてショックおよびショックに続く死亡の原因を検討し、以下のように、間質性肺炎急性増悪の可能性が相対的に高いものの、死亡原因は特定できないとした。「本件患者のショック(容体急変)ないしそれに続く死亡の原因は、間質性肺炎の急性増悪であった(少なくとも一定の寄与があった)可能性が相対的に高いものの、これと断ずることはできず、細菌性肺炎などの感染症による敗血症性ショックや心筋梗塞などによる心原性ショックが原因であった可能性も否定できず、その特定は困難であるといわざるを得ない」その上で、裁判所は考えられるそれぞれの原因につき、以下の点を指摘した上で「1月30日午後8時の段階で本件患者に対して救命処置が行われていたとしても、本件患者の上記死亡を回避できたとの高度の蓋然性があるということはできない」として、注意義務違反(過失)と本件患者の死亡との因果関係を否定し、被告の損害賠償責任を否定した。心筋梗塞などによる心原性ショックが原因である場合には、救命処置によって本件患者に生じた死亡を回避できた蓋然性があるが、そもそも、心原性ショックであった可能性も否定できない程度のものにとどまる。このため、この点をことさら強調するのは相当ではない。ショックなどの原因が敗血症性ショックであった場合でも、救命処置によって一定の効果があり、いったんは生命の危機的状況を脱し得た可能性はある。しかし、本件患者に生じた死亡を現実に回避するためには、感染症に対する治療として、血液培養検査などを行って同定した起炎菌に合う抗菌薬を投与する必要があり、これら一連の対応を執るのには相応の時間を要する。このため、本件患者にショックが生じてから死亡する約6時間のうちに、これら一連の対応を執って何らかの治療・救命効果が発揮されたということはできない。原因としての可能性が相対的に高い間質性肺炎の急性増悪については、「いったんは酸素化が安定しても、最終的には努力性呼吸から低酸素血症となり、死に至る」経過をたどることとなる。しかし、本件患者は、この努力様呼吸や下顎様呼吸が認められたのであるから、救命処置によってこれらの努力様呼吸などに至るのを回避できた現実的な可能性はなかった。注意ポイント解説本件は、ショック状態の患者に対する救命処置の要否が争点となった事案である。裁判所は、医師に輸液・昇圧薬などの救命処置を行う義務を認めつつ、その不履行と死亡との因果関係は否定し、結論として医療機関の損害賠償責任を否定した。すなわち、注意義務違反が成立しても、結果(死亡)との法的因果関係が認められない場合に責任が否定される典型例といえる。この点、注意義務違反がある場合に、義務違反と生じた結果との間の法的な因果関係があれば、損害賠償責任が肯定されることとなる。この法的因果関係については、「経験則に照らして全証拠を総合検討し、特定の事実が特定の結果発生を招来した関係を是認しうる高度の蓋然性を証明すること」がなされた場合に認められる。本件は、考えられるショックおよびその後の死亡の原因のそれぞれについて、救命処置をとったことで死亡を回避できた「高度の蓋然性」が認められなかったために、法的因果関係がないものとされた。もっとも、「高度の蓋然性」が認められない場合であっても、「死亡の時点においてなお生存していた相当程度の可能性」が認められる場合には、その可能性を侵害した損害が認められることとなる。そして、この「相当程度の可能性」については、比較的緩やかに肯定される傾向が否めない。このため、注意義務違反(過失)があるとされる場合において、「相当程度の可能性」すらも否定されて損害賠償責任が否定されるケースは少ない傾向にある。本件では、死亡の原因を特定しえないため、救命処置により「死亡の時点においてなお生存していた相当程度の可能性」を証明のしようもないことから、相当程度の可能性も否定され、損害賠償責任が否定されたものである。なお、本件では、担当医が看取りを視野に入れた方針転換をしつつも、これを家族に説明していなかったという事情があり、裁判所は「遺族が強い不満を抱くことは理解できる」としている。このため、本件は医師が「治療方針転換をする際の説明の在り方」と「急変時の最小限の救命処置の必要性」を再確認させるものでもある。医療者の視点本判決において、裁判所は「ショック状態に対する輸液や昇圧薬の投与、原因精査を行うべき注意義務があった」とし、これを行わなかった医師の過失(注意義務違反)を認定しました。臨床現場の感覚としては、間質性肺炎の急性増悪が強く疑われる局面において、肺水腫を助長しうる輸液負荷や、全身状態が悪い中での負担の大きい検査を躊躇するのは、医学的には理解できる判断です。しかし、裁判所は当時の客観的なバイタルサイン(著しい血圧低下など)に基づき、まずは原因特定と標準的な救命処置を行うべきであったと判断しました。とくに本件で教訓とすべきは、担当医が「救命困難」と判断し、実質的に「看取り」の方針へ転換していたにもかかわらず、その説明と同意が家族となされていなかった点です。実臨床において、医学的に予後不良が明白であり、侵襲的な処置が患者の利益にならないと医師が確信する場合であっても、家族への十分な説明と合意(アドバンス・ケア・プランニングなど)のプロセスを経ずに標準治療を省略することは、法的責任を問われるリスクがあることを再認識する必要があります。Take home message高齢者・基礎疾患を抱える患者の急変時対応では、救命可能性が低い場合でも、診療録や家族への説明を含めた臨床判断のプロセスが重要である。とくに、救命処置をしない場合、家族への説明と同意の取付けは不可欠である。キーワード間質性肺炎、ショック、救命処置、看取り、法的因果関係、高度の蓋然性、相当程度の可能性

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