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「コロナ禍が明けても、外来患者数、入院患者数とも以前のレベルまでには戻っていない」と西日本の病院経営者こんにちは。医療ジャーナリストの萬田 桃です。医師や医療機関に起こった、あるいは医師や医療機関が起こした事件や、医療現場のフシギな出来事などについて、あれやこれや書いていきたいと思います。この週末は、西日本で100床規模の病院を経営している友人(医師)が上京したので、文京区千石にある卵料理屋で一杯飲みながら情報交換をしました。友人によれば、「コロナ禍が明けても、外来患者数・入院患者数とも以前のレベルまでには戻っていない」とのこと。「大病院からの転院患者などでなんとか持ちこたえているが、連携が不得手な病院は厳しいだろう」と話していました。医療機関を訪れたり入院したりする患者数の減少は、単純に人口減少だけが原因とは言えず、医療機関の機能分化を推し進める診療報酬や、在宅医療の普及・定着などさまざまな要因がからまりあって起こっていると考えられます。しかもこの状況、この先改善していくとは考えられず、医療経営はますます難易度が増すと思われます。それでもこの友人、「子供は医者にする」とのたまっていました。彼の子供が病院を継ぐことになるだろう約20年後、まだ病院が生き残っていればいいのですが……。さて、今回は、日本において医療需要の減少が顕著となってきているにもかかわらず、そのことに気付いていない、あるいは気付こうとしない人々について書いてみたいと思います。ただ、その前に、日本病院会など病院関係6団体が2024年度の診療報酬改定後に病院がより深刻な経営難に陥っているとする緊急調査の結果を公表したので、その内容を紹介しておきます。経常利益で赤字の病院は2023年度の50.8%から2024年度は61.2%に拡大、病床利用率は2024年度80.6%とわずかながら上昇傾向日本病院会・全日本病院協会・日本医療法人協会・日本精神科病院協会・日本慢性期医療協会・全国自治体病院協議会の病院関係6団体が合同で行った「2024年度診療報酬改定後の病院経営状況」の調査結果が3月10日に公表され、12日には東京で6団体と日本医師会が合同会見を開き、病院経営の窮状を訴えました。調査では、全国1,700余りの病院を対象に去年6月から11月までの経営状況を調べました。それによれば、経常利益で赤字の病院は2023年度の50.8%から2024年度は61.2%に拡大しました。また、補助金などを除いた医業利益をみると69%の病院が赤字で、2023年より4.2ポイント増加していました。全体の経常利益率はマイナス3.3%、赤字病院に限るとマイナス7.4%でした。こうした背景には物価高などによる経費の増加が大きいとの分析結果でした。病院給食などの「委託費」は2023年に比べて4.2%上昇、「給与費」も2.7%増えていました。なお、病床利用率については6ヵ月平均で2023年度が79.6%、2024年度が80.6%とわずかながら上昇傾向にありました。両年度の6~11月の病床利用率はいずれも6~8月に増加し、9~10月に減少、11月にやや増加に転じる傾向でした。しかし、上昇傾向とは言うものの約8割であることに変わりはありません。端的に言えば全国の病院の20%の病床は空いてしまっているわけです。この合同会見で6団体と日本医師会は合同声明を発表、「病院をはじめとする医療機関の経営状況は、現在著しく逼迫しており、賃金上昇と物価高騰、さらには日進月歩する医療の技術革新への対応ができない。このままでは人手不足に拍車がかかり、患者さんに適切な医療を提供できなくなるだけではなく、ある日突然、病院をはじめとした医療機関が地域からなくなってしまう」と訴え、2026年度診療報酬改定に向けて「社会保障予算の目安対応の廃止」「診療報酬等について賃金・物価の上昇に応じて適切に対応する新たな仕組みの導入」を求めました。患者が来ない、ベッドが埋まらないことが経営悪化の主因とすれば、それは診療報酬上の手当とは別次元の問題賃金上昇と物価高騰に対して診療報酬上の手当を行うことは当然必要でしょう。しかし、患者が来ない、ベッドが埋まらないことが経営悪化の主因とすれば、それは診療報酬上の手当とは別次元の問題となります。病床を減らすか、病院を閉じて診療所化するかといった撤退戦略を立てなければなりません。今年1月30日、一般社団法人医療介護福祉政策研究フォーラム主催の新春座談会「医療提供体制改革の展望―医療機関の機能分化と連携、医師偏在対策を中心に―」が都内で開催されましたが、演者の多くが撤退戦略の必要性を強調していました。中でも、医師で弁護士でもある古川 俊治参議院議員は「人口減少社会と医療の撤退戦略」というそのものズバリのタイトルで講演、「日本の医療は拡充で進めてきたが、撤退戦は初めて。大きな地域差があるが、10年以内に撤退戦略を検討すべき二次医療圏が多い」と話していたのが印象的でした。古川氏よりも早い時期から講演などで「撤退戦」という言葉を用いて危機感を訴えていたのが山形県の地域医療連携推進法人・日本海ヘルスケアネットの代表理事である栗谷 義樹氏です。酒田市の地方独立行政法人山形県・酒田市病院機構日本海総合病院を中心として14の参加法人による地域医療連携推進法人を作り上げた栗谷氏は、日経ヘルスケアの2023年8月号の特集記事「活用広がる地域医療連携推進法人」のインタビューで、「医療需要は2015年をピークに既に縮小していますが、第1次団塊の世代が寿命を迎える2030年辺りを境に急激に縮小し、介護需要もこれに遅れて同様の経過を辿ると予想されます。こうした地域全体の未来図を関係者が共有して、需要減と担い手不足にどう対応するかを考えると、事業の再編・統合は不可欠です。(中略)今後は事業をどう畳んでいくかの“撤退戦”になります。地域にとって最適化された医療・介護資源、仕組みを次の世代に渡すためのツールが連携推進法人だと考えています」と語っています。このインタビューで栗谷氏は、病院単独で撤退戦略を考えるのではなく、地域のほかの医療機関や介護施設、介護事業所とともに撤退戦略を立てることの重要性を説いています。急性期病院だけが生き残っても意味はなく、そこから退院してくる患者を受け入れる慢性期の病院や在宅医療の機能、介護施設なども必要だからです。そうした視点は、これからの地域の基幹病院の経営者には欠かせないものと言えるでしょう。広島県で1,000床規模の大病院計画、建設前から運営資金不足で県が運営法人に65億円貸し付け医療界でこうした“撤退戦”論議が本格化し、実際、撤退に向けた動きも出てきている一方で、そのことに気付かない人々も少なからずいるようです。相変わらず大きな新病院を作ろうとしたり、あるいは病院の再編・統合に反対したり……。たとえば広島県では、県立広島病院(712床)、JR広島病院(275床、2025年度からは二葉の里病院)、中電病院(248床、企業立)の3病院と、広島がん高精度放射線治療センター(HIPRAC、広島県医師会運営)を加えた4施設を統合して新病院を作る計画が進んでいます。計画では、新病院は地上16階、地下1階で1,000床規模。JR広島病院の隣接地に全面新築予定で、総事業費は約1,300~1,400億円を見込んでいるそうです。県は4月に先行して新病院を経営する地方独立行政法人を設立、当初は県立広島病院や安芸津病院などの運営を移し、2030年度から新病院の経営を行うことになっています。しかし、3月1日付の中国新聞などの報道によれば、この地方独立行政法人は2病院の資金を引き継ぐ結果、最初から18億円の赤字になる見込みだそうです。そうした理由から広島県は2025年度の一般会計当初予算案に計65億円の貸付金を計上する計画です。新病院開設前から運営資金が不足する事態に、県議会では「見通し」の甘さを指摘する声が相次いだようです。さらに、1,300~1,400億円と試算していた総事業費も世界的な資材価格高騰に伴って大幅な増額となる可能性もあり、計画の抜本的な見直しが避けられない状況となっています。大風呂敷を広げて、結局頓挫してしまった順天堂大の埼玉新病院計画大風呂敷を広げて、結局頓挫してしまった病院計画ということでは、本連載の「第242回 病院経営者には人ごとでない順天堂大の埼玉新病院建設断念、『コロナ禍前に建て替えをしていない病院はもう建て替え不可能、落ちこぼれていくだけ』と某コンサルタント」で書いた、順天堂大の埼玉新病院建設計画が記憶に新しいところです。このケースは800床の新病院計画でした。順大のWebサイトによれば、2015年時点の総事業費は建設費709.5億円、機器・備品・システム124.3億円で計834億円。それが2024年時点では建設費1640.3億円、機器・備品・システム546.2億円で計2,186億円に膨らんでいました。9年余りで建設費は2.3倍、機器・備品・システムは4.4倍です。ちなみに建設費は昨年2023年11月予想では936.2億円と漸増程度でしたが、その後8ヵ月余で704億円も増加しています。順天堂大の埼玉新病院は800床規模で事業費が当初予定の2.6倍、2,000億円超まで総事業が膨らんでいまい、計画断念に追い込まれたわけです。建設費、機器・備品・システム費の高騰ぶりを考えると、広島県の新病院計画の行く末が案じられます。聞こえがいい超急性期機能の充実ばかりに焦点を絞った計画が相変わらず各地で頻出首長や行政の人間はなぜ財政的に大赤字になることが見えているのに、立派な病院を作りたがるのでしょうか。また、せっかく再編・統合する計画を採用したのに、なぜまた身分不相応と思われる大病院を作ろうとするのでしょうか。高度成長期やまだ人口が増加傾向だった時代ならともかく、今となっては首都圏ですらそんな計画は自殺行為です。今後、10年、20年間に地域の医療・介護マーケットがどう変化していくかは、人口統計などを見れば明らかです。地域においてどんな機能がどれくらい必要か、あるいはどんな施設、機能を残していけばいいのかも、冷静に考えればわかるはずです。にもかかわらず、聞こえがいい(あるいは住民受けが良い)超急性期機能の充実ばかりに焦点を絞った計画が各地で相変わらず頻出しているのは、県・市町村の首長や行政職が日本の医療マーケットの現状や、国が進めてきた施策「地域医療構想」を理解していないためとも言えます。ただ、そうした現実無視だった地方の現場にも少しは変化の兆しが見え始めているようです。(この項続く)