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第254回 新型コロナ、全国的に再拡大 定点報告数が20週ぶりに4人台/厚労省

<先週の動き> 1.新型コロナ、全国的に再拡大 定点報告数が20週ぶりに4人台/厚労省 2.熱中症搬送、今年最多の1万人超 高齢者が半数以上占める/消防庁 3.高難度の外科手術は集約、外科医に報酬強化を 中医協で議論進む/厚労省 4.無床診療所が初の10万件超え 一方で有床診は7万床割れが現実に/厚労省 5.国立病院機構、全体の83%が赤字に 新型コロナ補助終了と物価高が打撃/国立病院機構 6.マイナ保険証、9月からスマホ対応へ 制度周知と現場支援が課題に/厚労省 1.新型コロナ、全国的に再拡大 定点報告数が20週ぶりに4人台/厚労省厚生労働省の発表によると、2025年第30週(7月21~27日)の新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の定点報告数は全国平均で1医療機関当たり4.12人となり、20週ぶりに4人台に達した。感染者数は全国で1万5,924人(前週比約32%増)となり、定点報告医療機関の削減(5,000→3,000ヵ所)以降では最多となる。地域別では、沖縄が最多(14.13人)で、宮崎(10.07人)、鹿児島(9.33人)、熊本(7.85人)と南九州での拡大が著しい。宮崎県では、2週前と比べて1医療機関当たりの患者数が2.43人から4倍となる10.07人に急増し、昨年8月以来の水準になった。過去、夏季に1施設当たり30人規模まで感染が広がった記録があり、夏休みや帰省による人流増加に伴うさらなる流行拡大が懸念される。県では、手洗い・うがい、マスク着用、換気の徹底など基本的な感染症対策の再徹底を呼びかけている。また、今回の感染拡大は沖縄を除く全国46都道府県で報告数が増加しており、全国的な再流行の兆候が明確になっている。2025年春以降の「定点縮小体制」の下では、定点数が減ったため総感染者数の統計的把握は難しくなっているが、1施設当たりの報告数の上昇は実質的な感染拡大を示すものとみられる。今後も地域間の感染格差と重症化リスクの高い層への対応が重要となる。 参考 1) コロナ定点報告数、20週ぶりの4人台 感染者は前週比3割増1.59万人 厚労省(CB news) 2) 宮崎 新型コロナ患者急増 この2週間で4倍 感染防止対策を(NHK) 3) コロナ感染者増 前週比1.32倍 定点当たり4.12人(沖縄タイムス) 2.熱中症搬送、今年最多の1万人超 高齢者が半数以上占める/消防庁総務省消防庁の速報によると、2025年7月21~27日の1週間で熱中症により救急搬送された人は全国で1万804人となり、今年最多を記録した。前週比ではほぼ倍増(103.5%増)、5月以降の累計搬送者数は5万3,126人に達し、前年同期より約7,000人多い。東京都が最も多く1,099人、以下埼玉(750人)、北海道(690人)、大阪(641人)と続く。とくに北海道では、北見市で39.0℃を観測するなど記録的な暑さとなり、搬送者数は前年同期の2倍以上に上った。傷病程度別では、外来対応の軽症が6,821人、中等症3,624人、3週間以上の入院を要する重症が260人。死亡も16人確認され、14都道府県に分布していた。年代別では65歳以上の高齢者が6,012人と半数以上を占め、成人(18~64歳)が3,759人、少年(7~17歳)が969人、7歳未満は64人だった。発生場所では住居内が最多(4,083人)、続いて道路(2,094人)、駅や駐車場などの屋外公衆空間(1,328人)、職場(1,244人)と続き、屋内外問わず広く発生していた。とくに高齢者の自宅内での発症が多く、エアコンの使用を控える傾向も指摘されている。消防庁は、こまめな水分補給やエアコンの使用、作業時の休憩に加え、離れて暮らす高齢者への声かけや見守りの重要性を強調している。猛暑は今後も続く見込みであり、医療機関・行政機関ともに、高リスク者への啓発と搬送体制の強化が求められる。 参考 1) 全国の熱中症による救急搬送状況 令和7年7月21日~7月27日(消防庁) 2) 熱中症搬送、全国で今年最多の1万804人 16人の死亡確認 21~27日(産経新聞) 3) 熱中症搬送 27日までの1週間 全国1万人余 前週の2倍近くに増加(NHK) 4) 熱中症搬送者数、今年最多1万804人-前週比倍増 消防庁(CB news) 3.高難度の外科手術は集約、外科医に報酬強化を 中医協で議論進む/厚労省厚生労働省は、7月31日に中央社会保険医療協議会(中医協)の「入院・外来医療等の調査・評価分科会」を開き、外科医の減少と診療科偏在を背景に、急性期入院医療や高難度手術の「集約化」と、それを担う病院や外科医への診療報酬上の支援強化が議論された。とくに消化器外科医は、若年層で減少傾向にあり、外科医の勤務実態(業務負担・ワークライフバランス)を反映した経済的インセンティブの付与が急務とされた。同分科会では「集約化」が医療の質と病院経営の安定化に寄与する一方で、患者の医療アクセスや均てん化医療とのバランスも重要視された。また、症例数と治療成績の相関や、人口規模と医師数・症例数の関係が示され、とくに人口20万人未満の地域では、消化器外科医が1~2人のみの病院が多く、集約化の必要性が高いとされた。外科医確保に向けては、時間外・休日加算の活用や診療報酬による直接的な処遇改善策が提起されたが、現行制度の届け出が困難であることから、取得要件の緩和や新たな支援スキームの検討が必要との意見も出た。今後の診療報酬改定では、手術集約の促進に加え、外科医個人に報いる新たな加算制度の創設も検討課題となる。 参考 1) 令和7年度 第8回入院・外来医療等の調査・評価分科会[議事資料](厚労省) 2) 外科医不足解消に向け、「急性期入院医療・高難度手術の集約化」や「外科医の給与増」などを診療報酬で促進せよ-入院・外来医療分科会(Gem Med) 3) 手術を集約的に担う病院「適切に評価を」外科医不足対策で 中医協・分科会(CB news) 4.無床診療所が初の10万件超え 一方で有床診は7万床割れが現実に/厚労省厚生労働省が、7月31日に公表した医療施設動態調査(2025年5月末概数)によると、無床診療所の施設数がついに10万119施設となり、過去の修正を経て統計上初めて10万件を突破した。前年同月比で331施設の増加となり、無床診療所の増加傾向が鮮明となっている。その一方で、有床診療所は5,240施設と11施設の減少を記録し、1年前からは271施設の減。病床数も6万9,659床と前年同月比で4,116床の減少を示し、2025年4月末時点ではついに「7万床」を割り込んだ。減少ペースが続けば、2026年3月には5,000施設、7月には6万5,000床を下回る可能性が高い。この傾向の背景には、診療報酬の制度改正にもかかわらず経営環境の厳しさや後継者不足などの構造的課題がある。厚労省は、過去の改定で「地域包括ケア型」有床診への支援を強化し、初期加算の細分化や新加算(透析患者やハイリスク分娩管理への評価)を導入したが、有床診療所の減少に歯止めはかかっていない。有床診は一部地域では地域医療の4分の1を担っており、入院対応が可能な地域資源としての意義が大きい。今後の診療報酬改定に向けて、有床診の役割を再評価し、制度的・人的支援の在り方を見直すことが求められる。 参考 1) 医療施設動態調査(令和7年5月末概数)(厚労省) 2) 無床診療所が10万カ所を突破 5月末概数 1年で331カ所増加(CB news) 5.国立病院機構、全体の83%が赤字に 新型コロナ補助終了と物価高が打撃/国立病院機構国立病院機構(NHO)は、2024年度の経常収支が375億円の赤字となり、設立以来最大の損失を記録した。新木 一弘理事長は、厚生労働省の有識者会議で「このままでは機構の存続も危うい」と述べ、経営改善の緊急性を強調した。前年度は190億円の赤字であり、1年で倍近くに悪化し、赤字病院は117施設(83.6%)に上った。主因は新型コロナ病床補助金の廃止(-233億円)に加え、人件費(+138億円)、材料費(+69億円)、光熱費の高騰などで経常費用は393億円増加。一方、入院・外来収益は増加傾向にあり、病床利用率も78.8%へ改善。クリティカルパス実施率や訪問看護利用、地域連携指標も一定の成果をみせたが、マイナ保険証のオンライン資格確認利用は22.8%に止まり、DX推進の遅れが浮き彫りとなった。業績改善策として、NHOは「経営改善総合プラン」を策定し、病院別KPIの可視化、好事例の横展開、院長層への経営研修強化などを実行している。チーム医療や特定行為研修修了者の配置も推進し、2024年度は特定行為看護師が596名へと前年比173名増となった。なお、他の公的病院でも赤字拡大傾向が続いており、済生会270億円、日本赤十字(日赤)450億円と並ぶ水準にあり、経営改善には診療報酬での対応が求められる。 参考 1) 独立行政法人評価に関する有識者会議 国立病院WG [配布資料](厚労省) 2) 国立病院機構が375億円の赤字に転落「過去最悪に」 24年度(CB news) 6.マイナ保険証、9月からスマホ対応へ 制度周知と現場支援が課題に/厚労省2025年7月末をもって、国民健康保険(国保)加入者の約7割(1,700万人)と後期高齢者医療制度加入者全員(1,900万人)の保険証が有効期限を迎え、原則「マイナ保険証」または「資格確認書」が必要となった。だが、制度や書類の違いを理解していない患者が多く、現場では混乱と説明負担が拡大している。厚生労働省は、急増する問い合わせや誤持参への対応として、これまで保険証として使えなかった「資格情報のお知らせ」の単独使用を国保加入者に限り来年3月まで特例的に認める方針へと転換した。加えて、75歳以上の高齢者には原則全員に資格確認書を配布し、移行を円滑にする意図を示したが、制度はかえって複雑化している。この混乱の背景には、昨年12月の保険証新規発行停止を皮切りに、厚労省が短期間に複数のルール変更や特例通知を繰り返したことがある。現場の医療機関や自治体などは、周知が追い付かず、患者対応に多大な事務負担を強いられている。中には「制度を知らずに期限切れの保険証を持参した」、「資格確認書とお知らせの違いがわからない」といった事例が各地で報告されている。一方、厚労省は新たな利用促進策として、スマートフォンによる「スマホ保険証」導入を進めており、読み取り機器(汎用カードリーダー)購入に1台5,000円を上限に補助する制度を創設し、早ければ9月から一部医療機関で運用を開始する。ただし、導入には顔認証端末や周辺機器整備が必要で、対応の遅れや補助制度の認知不足も懸念されている。今後は、制度の安定運用に向け、患者・医療機関の双方に対するわかりやすい周知と、例外措置の整理・一元化が急務となる。 参考 1) 9月からマイナ保険証がスマホでも使えます(厚労省) 2) 医療機関・薬局の窓口に訪れる患者に対する資格確認方法等に関するセミナー(同) 3) 外来診療等におけるマイナ保険証のスマホ搭載対応について(1)[スマホ搭載の概要](国保連合会) 4) 一部の健康保険証きょうから“原則使えず” 医療機関の対応は(NHK) 5) 「スマホ保険証」対応準備に補助 機器購入で5000円上限-厚労省(時事通信) 6) 国保などの健康保険証が7月末で期限切れ、「マイナ保険証」移行呼びかけ…来年3月まで使用は可能(読売新聞) 7) マイナ保険証でまたルール変更…知らない人続出の「資格情報のお知らせ」で 大量の期限切れ前に 厚労省の弁解は(東京新聞)

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中等症~重症の活動性クローン病、グセルクマブ導入・維持療法が有効/Lancet

 中等症~重症の活動期クローン病患者において、プラセボおよびウステキヌマブと比較して、グセルクマブ(ヒト型抗ヒトIL-23 p19モノクローナル抗体)の静脈内投与による導入療法後、同薬の皮下投与による維持療法を行うアプローチは、有効性の複合エンドポイントが有意に優れ、忍容性も良好で安全性プロファイルは潰瘍性大腸などでの承認時のデータと一致することが、カナダ・カルガリー大学のRemo PanaccioneらGALAXI 2 & 3 Study Groupが実施した「GALAXI-2およびGALAXI-3試験」で示された。研究の成果は、Lancet誌2025年7月17日号に掲載された。同一デザインの2つの第III相無作為化treat-through試験 GALAXI-2・3試験は、試験期間48週間のプラセボおよびウステキヌマブ(実薬)を対照とする同一デザインの第III相二重盲検無作為化トリプルダミーtreat-through試験であり、2020年1月~2023年10月に日本を含む40ヵ国257施設で参加者の無作為化を行った(Johnson & Johnsonの助成を受けた)。 年齢18歳以上、3ヵ月以上続く中等症~重症の活動期クローン病の患者を対象とし、(1)クローン病活動指数(CDAI)スコアが220~450点で、1日の平均排便回数が3回を超えるか、または1日の平均腹痛スコアが1点を超える、(2)スクリーニング時の内視鏡検査でクローン病の証拠があり、簡易版クローン病内視鏡スコア(SES-CD)が6点以上、(3)回結腸の5つのセグメントのいずれかに潰瘍が存在することと定義した。 これらの患者を、次の4つの群に2対2対2対1の割合で無作為に割り付けた。(1)グセルクマブ200mg(0、4、8週目、静脈内投与)、同200mg(12~44週目、4週ごと、皮下投与)、(2)グセルクマブ200mg(0、4、8週目、静脈内投与)、同100mg(16~40週目、8週ごと、皮下投与)、(3)ウステキヌマブ約6mg/kg(0週目、静脈内投与)、同90mg(8~40週目、8週ごと、皮下投与)、(4)プラセボ(0、4、8週目、静脈内投与)、同(12~44週、4週ごと、皮下投与)。 プラセボ群のうち、12週目の時点で臨床的奏効が得られなかった患者は盲検下にウステキヌマブによる救済療法(12~44週、8週ごと、皮下投与)を受け、他の群の患者は12週時の奏効の有無にかかわらず当該治療を継続した。 主要複合エンドポイントとして、(1)12週時の臨床的奏効(CDAIスコアのベースラインから100点以上の低下、またはCDAIスコア150点未満)と48週時の臨床的寛解(CDAIスコア150点未満)、(2)12週時の臨床的奏効と48週時の内視鏡的奏効(SES-CDスコアのベースラインから50%以上の改善、またはSES-CDスコアが2点以下)を評価した。ウステキヌマブ群との比較でも良好な結果 1,021例(GALAXI-2試験508例[4群の年齢中央値の範囲:32.0~36.0歳、男性の割合の範囲:48~60%]、GALAXI-3試験513例[33.0~35.0歳、57~65%])を主解析の対象とした。 12週時の臨床的奏効と48週時の臨床的寛解の達成率は、GALAXI-2試験ではプラセボ群が12%(9/76例)であったのに対し、グセルクマブ200mg群は55%(80/146例)(補正後群間差:43%[95%信頼区間[CI]:32~54]、p<0.0001)、同100mg群は49%(70/143例)(38%[27~49]、p<0.0001)といずれの投与法とも有意に良好で、GALAXI-3試験でも同様の結果であった(13%[9例]vs.48%[72例]、補正後群間差:35%[95%CI:24~46]、p<0.0001/13%[9例]vs.47%[67例]、34%[23~45]、p<0.0001)。 また、12週時の臨床的奏効と48週時の内視鏡的奏効の達成率は、GALAXI-2試験ではプラセボ群の5%(4例)に比べ、グセルクマブ200mg群は38%(56例)(補正後群間差:33%[95%CI:24~42]、p<0.0001)、同100mg群は39%(56例)(34%[24~43]、p<0.0001)であり、いずれの投与法とも有意に優れ、GALAXI-3試験でも同様の結果が得られた(6%[4例]vs.36%[54例]、補正後群間差:31%[95%CI:21~40]、p<0.0001/6%[4例]vs.34%[48例]、28%[19~37]、p<0.0001)。 2つの試験の統合解析では、ウステキヌマブ群に比べ2つのグセルクマブ群とも、4つの長期(48週)的な有効性の主な副次エンドポイント(内視鏡的奏効、内視鏡的寛解[SES-CDスコアが4点以下、同スコアのベースラインから2点以上の低下、SES-CDの個々の項目のサブスコアがいずれも1点を超えない]、臨床的寛解と内視鏡的奏効の複合、深い寛解[臨床的寛解かつ内視鏡的寛解])がいずれも有意に良好だった。クローン病悪化とCOVID-19が多かった 2つの試験で48週までに、重篤な有害事象がグセルクマブ200mg群で21例(7%、発生率9.7件/100人年)、同100mg群で32例(11%、14.9件/100人年)、ウステキヌマブ群で35例(12%、18.4件/100人年)、プラセボ群(ウステキヌマブによる救済療法を受けた患者を含む)で23例(15%、23.8件/100人年)に発現した。 試験薬の投与中止に至った有害事象は、それぞれ19例(6%)、21例(7%)、22例(7%)、17例(11%)に、重篤な感染症は、3例(1%)、1例(<1%)、12例(4%)、6例(4%)に認めた。48週までに10%超で報告された最も頻度の高い有害事象は、クローン病の悪化および新型コロナウイルス感染症(COVID-19)だった。全体で死亡例の報告はなかった。 著者は、「グセルクマブの有益性は、生物学的製剤による治療を受けていない患者や、生物学的製剤に不耐または効果不十分の既往歴を有する難治性の集団でも明らかであった」「treat-throughの研究デザインは、特定の時点における臨床アウトカムが維持療法の要件とはならないため、これまでの研究に比べ実臨床により近いものとなっている」「このデザインが寄与した重要な点は、導入療法で臨床的奏効が得られなかった患者のかなりの割合が、グセルクマブの皮下投与でアウトカムが改善したことである」としている。

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第273回 孤軍奮闘を迫られる、三次救急でのコロナ医療の現状

INDEX5類感染症移行から2年、コロナの現状日本の平均的都市、岡山県の専門医の見解入院患者が増加する時期と患者傾向今も注意すべき患者像治療薬の選択順位ワクチン接種の話をするときの注意5類感染症移行から2年、コロナの現状今年もこの時期がやってきた。何かというと新型コロナウイルス感染症(以下、新型コロナ)の流行期である。新型コロナは、一般的に夏と冬にピークを迎える二峰性の流行パターンを繰り返している。2025年の定点観測による流行状況を見ると、第1週(2024年12月30日~2025年1月5日)は定点当たりの報告数が5.32人。冬のピークはこの翌週の2025年第2週(2025年1月6~12日)の7.08人で、この後は緩やかに減少していき、第21週(同5月19~25日)、第22週(同 5月26日~6月1日)ともに0.84人まで低下。そこから再び上昇に転じ、最新の第29週(同7月14~20日)は3.13人となっている。2023年以降、この夏と冬のピーク時の定点報告数は減少している。実例を挙げると、2024年の冬のピークは第5週(2024年1月29日~2月4日)の16.15人で、今年のピークはその半分以下だ。しかし、これを「ウイルスの感染力が低下した」「感染者が減少した」と単純に捉える医療者は少数派ではないだろうか?ウイルスそのものに関しては、昨年末時点の流行株はオミクロン株JN.1系統だったが、年明け以降は徐々にLP.8.1系統に主流が移り、それが6月頃からはNB.1.8.1系統へと変化している。東京大学医科学研究所システムウイルス学分野の佐藤 佳教授が主宰する研究コンソーシアム「The Genotype to Phenotype Japan (G2P-Japan) Consortium」によると、LP.8.1系統はJN.1系統と比べ、ウイルスそのものの感染力は低いながらも免疫逃避能力は高く、実効再生産数はJN.1とほぼ同等、さらにNB.1.8.1系統の免疫逃避能力はLP.8.1とほぼ同等、感染力と実効再生産数はLP.8.1よりも高いという研究結果が報告1)されている。ウイルスそのものは目立って弱くなっていないことになる。つまり、ピーク時の感染者が年々減少しているのは、結局は喉元過ぎれば何とやらで、そもそも呼吸器感染症を疑う症状が出ても受診・検査をしていない人が増えているからだろうと想像できる。そしてここ1ヵ月ほど臨床に関わる医師のSNS投稿を見ても感染者増の空気は読み取れる。おそらく市中のクリニック、拠点病院、大学病院などの高度医療機関では、感染者増の実態の中で見えてくる姿も変わってくるだろう。ということで新型コロナの感染症法5類移行後の実際の医療現場の様子の一端を聞いてみることにした。日本の平均的都市、岡山県の専門医の見解場所は岡山県。同県は47都道府県中、人口規模は第20位(約183万人)で県庁所在地の岡山市は政令指定都市である。人口増加率と人口密度は第24位、人口高齢化率は第28位(31.4%)とある意味、日本国内平均的な位置付けにある。同県では県ホームページに公開された新型コロナの患者報告数や医療提供のデータを元に、感染症の専門家など5人の有志チームが分析コメントを加えた情報を毎週発表している。今回話を聞いたのは、有志メンバーである岡山大学病院感染症内科准教授の萩谷 英大氏と津山中央病院総合内科・感染症内科部長の藤田 浩二氏である。岡山大学病院は言わずと知れた特定機能病院で病床数849床、津山中央病院はへき地医療拠点病院で病床数489床。ともに三次救急機能を有する(岡山大学は高度救命救急センター)。ちなみに高齢化率で見ると、岡山市は27.2%と全国平均より低めなのに対し、中山間地域の津山市は32.4%と全国平均(29.3%)や岡山県全体よりも高い。まず感染の発生状況について萩谷氏は「保健所管内別のデータを見れば数字上は地域差もあるものの、その背景は率直に言ってわからない。かつてと違い、今はとくに若年者を中心に疑われてもほとんど検査をしないのが現状ですから」と話す。藤田氏も「定点報告は、あくまでも検査で捕捉されたものが数字として行政に届けられたものだけで、検査をしない、医療機関を受診しない、あるいは受診しても検査をしてないなどの事例があるため、実態との間に相当ロスがある。あくまでも低く見積もってこれぐらいという水準に過ぎません」とほぼ同様の見解を示した。ただ、藤田氏は「大事なのは入院患者数。この数字は誤魔化せない」とも指摘した。入院患者が増加する時期と患者傾向では新型コロナの入院実態はどのようなものなのか? 萩谷氏は「大学病院では90代で従来から寝たきりの患者などが搬送されてくることはほぼありません。むしろある程度若年で大学病院に通院するような移植歴や免疫抑制状態などの背景を有する人での重症例、透析歴があり他院で発症し重症化した例などが中心。ただ、ここ数ヵ月で見れば、そのような症例の受診もありません」とのこと。一方で地域の基幹病院である津山中央病院の場合、事情は変わってくる。藤田氏は「通年で新型コロナの入院患者は発生しているが、お盆期間やクリスマスシーズン・正月はその期間も含めた前後の約1ヵ月半に70~80歳の年齢層を中心に、延べ100人強の入院患者が発生する」と深刻な状況を吐露した。また、高齢の新型コロナ入院患者の場合、新型コロナそのものの症状の悪化以外に基礎疾患の悪化、同時期には地域全体で感染者が増加することから後方支援病院でも病床に余裕がないなどの理由から、入院は長期化しがち。藤田氏は「こうした最悪の時期は平均在院日数が約1ヵ月。一般医療まで回らなくなる」との事情も明かす。さらに問題となるのは致死率。現在のオミクロン系統での感染者の致死率は全年齢で0.1%程度と言われるものの「基礎疾患のある高齢者が入院患者のほとんどを占めている場合の致死率は5~10%。昨年のお盆シーズンは9%台後半だった」という。今も注意すべき患者像こうしたことから藤田氏は「新型コロナではハイリスク患者の早期発見・早期治療の一点に尽きる」と強調。「医療者の中にも、厚生労働省の新型コロナウイルス感染症診療の手引きの記述を『症状が軽い=リスクが低い』のような“誤読”をしている人がいます。しかし、基礎疾患がある方で今日の軽症が明日の軽症を保証しているわけではありません。率直に言うと、私たちの場合、PCR検査などで陽性になりながら、まだ軽症ということで解熱薬を処方され、経過観察中に症状悪化で救急搬送された事例を数多く経験しています。軽症の感染者を一律に捉えず、ハイリスク軽症者の場合は早期治療開始で入院を防ぐチャンスと考えるべき」と主張する。藤田氏自身は、新型コロナのリスクファクターの基本とも言える「高齢+基礎疾患」に基づき、年齢では60代以降、基礎疾患に関してはがん、免疫不全、COPDなどの肺疾患、心不全、狭心症などの心血管疾患、肝硬変などの肝臓疾患、慢性腎臓病(透析)、糖尿病のコントロール不良例などでは経口抗ウイルス薬の治療開始を考慮する。前述の萩谷氏も同様に年齢+基礎疾患を考慮するものの「たとえば60代で高血圧、糖尿病などはあるもののある程度これらがコントロールできており、最低でもオミクロン系統までのワクチン接種歴があれば、対症療法のみに留まることも多い」と説明する。治療薬の選択順位現在、外来での抗ウイルス薬による治療の中心となるのは、(1)ニルマトレルビル/リトナビル(商品名:パキロビッド)、(2)モルヌピラビル(商品名:ラゲブリオ)、(3)エンシトレルビル(商品名:ゾコーバ)の3種類。この使い分けについては、藤田氏、萩谷氏ともに選択考慮順として、(1)⇒(2)⇒(3)の順で一致する。藤田氏は「もっとも重視するのはこれまで明らかになった治療実績の結果、入院をどれだけ防げたかということ。この点から必然的に第一選択薬として考慮するのはニルマトレルビル/リトナビルになる」と語る。もっとも国内での処方シェアとしては、(3)、(2)、(1)の順とも言われている。とくにエンシトレルビルに関しては3種類の中で最低薬価かつ処方回数が1日1回であることが処方件数の多い理由とも言われているが、萩谷氏は「重症化予防が治療の目的ならば、1日1回だからという問題ではなく、重症化リスクを丁寧に説明し、何とか服用できるように対処・判断をすべき」と強調する。また、モルヌピラビルについては、併用禁忌などでニルマトレルビル/リトナビルの処方が困難な場合、あるいはそうしたリスクが評価しきれない重症化リスクの高い人という消去法的な選択になるという点でも両氏の考えは一致している。また、萩谷氏は「透析歴があり、診察時は腎機能の検査値がわからない、あるいは腎機能が低過ぎてニルマトレルビル/リトナビルの低用量でも処方が難しい場合もモルヌピラビルの選択対象になる」とのことだ。ワクチン接種の話をするときの注意一方、最新の厚労省の人口動態統計でも新型コロナの死者は3万人超で、インフルエンザの10倍以上と、その深刻度は5類移行後も変わらない。そして昨年秋から始まった高齢者を対象とする新型コロナワクチンの接種率は、医療機関へのワクチン納入量ベースで2割強と非常に低いと言われている。ワクチン接種について藤田氏は「実臨床の感覚として接種率はあまり高くないという印象。医師としてどのような方に接種してほしいかと言えば、感染した際に積極的に経口抗ウイルス薬を勧める層になります。実際の診療で患者さんに推奨するかどうかについては、そういう会話になれば『こういう恩恵を受けられる可能性があるよ』と話す感じでしょうか。とにかくパンデミックを抑えようというフェーズと違って、今は年齢などにより受けられる恩恵が違うため、一律な勧め方はできません」という。萩谷氏も「やはり年齢プラス基礎疾患の内服薬の状況を考え、客観的にワクチンのメリットを伝えることはあります。とくに過去にほかの急性感染症で入院したなどの経験が高い人は、アンテナが高いので話しやすいですね。ただ、正直、コロナ禍の経験に辟易している患者さんもいて、いきなり新型コロナワクチンの話をすると『また医者がコロナの話をしている』的に否定的な受け止め方をされることも少なくないので、高齢者などには肺炎球菌ワクチンや帯状疱疹ワクチンなどと並べてコロナワクチンもある、と話すことを心がけている」とかなり慎重だ。現在の世の中はかつてのコロナ禍などどこ吹く風という状況だが、このようにしてみると、喉元過ぎて到来している“熱さ”に、一部の医療者が人知れず孤軍奮闘を迫られている状況であることを改めて認識させられる。 参考 1) Uriu K, et al. Lancet Infect Dis. 2025;25:e443.

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8月1日 肺の日【今日は何の日?】

【8月1日 肺の日】〔由来〕「は(8)い(1)」(肺)と読む語呂合わせから、肺の健康についての理解を深め、呼吸器疾患の早期発見と予防についての知識を普及・啓発することを目的に日本呼吸器学会が1999年に制定し、翌2000年から実施。学会では、肺の病気・治療について全国で一般市民を対象にした講座会や医療相談会を行っている。関連コンテンツある呼吸法活用で禁煙継続(Dr.坂根のすぐ使える患者指導画集)英語で「肺炎」、患者さんに通じない場合の言い換え法も【患者と医療者で!使い分け★英単語】診療科別2025年上半期注目論文5選(呼吸器内科編)肺炎へのセフトリアキソン、1g/日vs.2g/日~日本の約47万例の解析COVID-19の世界的流行がとくに影響を及ぼした疾患・集団は/BMJ

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グローバルヘルスの開発援助、今後5年でさらに低下か/Lancet

 米国・保健指標評価研究所(IHME)のAngela E. Apeagyei氏らは、幅広いデータソースを用い、1990~2030年の保健分野の開発援助(Development assistance for health:DAH)について分析し、主要供与国の援助削減により2025年のDAHは2009年の水準まで落ち込み、今後5年間でさらに低下するとの予測を報告した。DAHは新型コロナウイルス感染症のパンデミック中に最高水準に達したが、その後、世界経済の不確実性や各国での予算の取り合いが増す中で減少し、2025年初頭に米国や英国など主要供与国が援助の大幅な削減を発表したことで、中・低所得国における保健財政の先行きに対する懸念が高まっている。著者は、「DAHの大幅削減は保健格差の拡大を招く恐れがある。過去30年間で達成された世界的な健康問題に関する大きな成果を守るため、被援助国における効率性の向上、戦略的な優先順位付け、財政レジリエンスの強化が急務である」と述べている。Lancet誌2025年7月26日号掲載の報告。OECD、グローバルファンド、Gaviなどを含む幅広いデータソースからDAHを推計 研究グループは、経済協力開発機構(OECD)の債権者報告システム(Creditor Reporting System:CRS)データベース、世界エイズ・結核・マラリア対策基金(グローバルファンド)およびワクチンと予防接種のための世界同盟(Gavi)などの機関のオンラインデータベース、民間慈善団体や非政府組織の財務報告書といった幅広いデータソースを用い、1990~2030年のDAHを推計した。 支出は、IHME Financing Global Healthの報告で15年以上にわたり開発されてきた標準化キーワードタグ付け法を用い、資金源、支出機関、保健重点分野および被援助国で分類した。 2025年については、主要供与国が発表した予算削減を組み込み、暫定的な推計を算出した。2030年までの予測については、各供与国の資金提供目標および線形回帰モデルを用いた。今回のDAH追跡では、供与国の範囲拡大および追加の支出組織に関する保健分野の細分化などを改良した。ピークは2021年の803億ドル、2025年に半減、2030年は345~378億ドルに減少 DAHは2021年に803億ドルでピークに達し、2024年には496億ドルに減少した。2025年には、発表された予算削減、とくに米国の二国間援助の削減によりDAHはさらに384億ドルまで減少し、2009年の水準にまで落ち込むと予想された。 主要な感染症や小児ワクチン分野にDAHを提供している世界の主要な保健機関(英国外務・英連邦・開発省、米国国際開発庁、フランス開発庁など)は支出を削減する見込みである。一方で、主要な国際開発金融機関は大規模な資金削減から保護されているため、DAHの支出全体に占める世界銀行の相対的な割合が増加している。 現行の政策の下ではDAHは停滞が続き、2030年には362億ドルになると予想される。感度分析では、2025年の推定値は米国の削減幅の変動に応じて、悲観的シナリオの368億ドルから楽観的シナリオの400億ドルまでの範囲となる可能性がある。同様に今後5年間では、DAHの総額は2030年に、米国の貢献が肯定的なシナリオでは378億ドル、否定的なシナリオでは345億ドルになると予想される。

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加熱式タバコの使用が職場における転倒発生と関連か

 運動習慣や長時間座っていること、睡眠の質などの生活習慣は、職場での転倒リスクに関係するとされているが、今回、新たに「加熱式タバコ」の使用が職場における転倒発生と関連しているとする研究結果が報告された。研究は産業医科大学高年齢労働者産業保健センターの津島沙輝氏、渡辺一彦氏らによるもので、詳細は「Scientific Reports」に6月6日掲載された。 転倒は世界的に重大な公衆衛生上の懸念事項である。労働力の高齢化の進む日本では、高齢労働者における職場での転倒の増加が深刻な安全上の問題となっている。この喫緊の課題に対し、政府は転倒防止のための環境整備や、労働者への安全研修の実施などの対策を講じてきた。しかし、労働者一人ひとりの生活習慣の改善といった行動リスクに着目した戦略は、これまで十分に実施されてこなかった。また、運動習慣や睡眠などの生活習慣が職場での転倒リスクと関連することは、複数の報告から示されている。一方で、紙巻タバコや加熱式タバコなどの喫煙習慣と転倒リスクとの関連については、全年齢層を対象とした十分な検討がなされていないのが現状である。このような背景を踏まえ、著者らは加熱式タバコの使用と職業上の転倒との関連を明らかにすることを目的として、大規模データを用いた全国規模の横断研究を実施した。 本研究では、「日本における新型コロナウイルス感染症(COVID-19)問題および社会全般に関する健康格差評価研究(JACSIS Study)」のデータを用いた。主要評価項目は過去1年間の職場における転倒、副次評価項目は転倒関連骨折とした。発生率と95%信頼区間(CI)は、ロバスト分散を用いた2階層のマルチレベル・ポアソン回帰モデルにより推定された。 本研究の解析対象は18,440人(平均年齢43.2歳)であり、女性は43.9%含まれた。全体のうち、7.3%が過去1年間に職場における転倒を経験し、2.8%で転倒関連骨折を報告していた。年齢や性別などの交絡因子、喫煙状況、飲酒習慣、睡眠といった行動因子を調整した結果、職場における転倒発生率は、現在喫煙している人の方が、非喫煙者より高かった(IR 1.36、95%CI 1.20~1.54、P<0.05)。この傾向は、加熱式タバコのみ使用している人(IR 1.78、95%CI 1.53~2.07、P<0.05)、紙巻きたばこと加熱式タバコの両方を使用している人(IR 1.64、95%CI 1.40~1.93、P<0.05)で顕著だった。転倒関連骨折においても同様の傾向が示された。その他の生活習慣では、極端な睡眠時間(0~5時間または10時間以上)、併存疾患(高血圧、脂質異常症、糖尿病)、睡眠薬または抗不安薬の常用、などが転倒発生率の上昇と関連していた。年齢別にみると、喫煙と転倒および転倒関連骨折との関連は若年労働者(20~39歳)で顕著だった。特に加熱式タバコを使用している若年層でこの傾向がより強くみられた。 本研究について責任著者である財津將嘉氏は、「本研究では、若年労働者においても加熱式タバコを含む喫煙が職場での転倒や関連骨折と関連していることが明らかとなった。実際に観察された転倒の半数以上は若年層で発生しており、従来高齢者に焦点が当てられてきた転倒予防策を、若年層にも広げる必要性が示唆された。若年労働者は転倒リスクの高い職場に配属されやすく、年齢や職場環境の影響を考慮することが重要である。また、禁煙を促すナッジ戦略も有効と考えられる」と述べている。

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第253回 消化器外科医は 4割減見通し、地域別がん医療再編が急務/厚労省

<先週の動き> 1.消化器外科医は4割減見通し、地域別がん医療再編が急務/厚労省 2.AI+医師1人読影が標準に? 自治体がん検診の体制再設計へ/政府 3.日本人の女性の平均寿命87.13歳で40年連続世界一、男性は6位/厚労省 4.専攻医は過去最多だが、地域偏在は解消せず、シーリング制度見直しへ/厚労省 5.来年度改定に向け、診療報酬“物価連動”の仕組み求める声強まる/全自病ほか 6.マイナ保険証、医療DX推進体制整備加算10月から新基準に/中医協 1.消化器外科医は4割減見通し、地域別がん医療再編が急務/厚労省厚生労働省は、がん診療提供体制のあり方に関する検討会で、2040年に向けたがん医療提供体制の提言を取りまとめ、都道府県に対し「手術・放射線・薬物療法ごと」、「技術の難易度ごと」、「地域特性ごと」に集約化と均てん化の検討を求める方針を示した。2040年には、がん患者数が3%増加して105.5万人に達する一方で、消化器外科医は39%減少すると推計され、手術療法の継続が困難になる恐れがある。とくに手術療法は、患者数が5%減少する中で医師数も大幅に減少し、症例の集約による技術維持が必要とされている。その一方で、放射線療法は需要が24%増と見込まれるが、高額な装置の効率的配置が課題となり、需要が少ない地域では装置維持が難しくなる可能性がある。薬物療法は15%増が見込まれ、拠点病院以外でも提供できるよう均てん化が望まれる。さらに、希少がんや小児がん、粒子線治療、高度薬物療法などは都道府県単位での集約化が求められ、がん検診や内分泌療法、緩和ケアは地域医療機関での提供を推進すべきとされた。また、がんゲノム医療の体制整備も進行中で、エキスパートパネル運用の柔軟化やデータベース(C-CAT)の改善が報告された。都道府県と協議会は、地域の実情を踏まえた具体的な体制構築と、住民への丁寧な説明を行い、医療資源の最適化と質の高いがん医療の維持を図る必要がある。厚労省は、今後、各都道府県に正式通知を行い、地域の検討を促進する予定。 参考 1) 第19回がん診療提供体制のあり方に関する検討会[資料](厚労省) 2) がん診療提供体制のあり方に関する検討会 とりまとめ案(同) 3) がん医療体制、集約化を提言 手術や放射線療法、外科医不足で-検討会まとめ・厚労省(時事通信) 4) 学会の消化器外科医40年に4割減、「集約化を」がん手術で 厚労省検討会が取りまとめ(CB news) 5) がん医療の集約化、「地域ごと」「手術・放射線・薬物の療法ごと」「技術の難易度ごと」に各都道府県で検討せよ-がん診療提供体制検討会(Gem Med) 2.AI+医師1人読影が標準に?自治体がん検診の体制再設計へ/政府政府は、医師不足や読影精度のばらつきへの対応策として、自治体が実施するがん検診におけるAI活用を正式に検討し、2025年度内にも指針を改定する方針を明らかにした。現行の指針では肺がんや乳がん、胃がん検診に原則2人以上の医師による読影が求められているが、今後はAIと医師1人による組み合わせで対応可能とする案が有力視されている。これにより、とくにX線診断医不足の深刻な地方での対応力向上と検診精度の両立が期待される。さらに政府は、がん検診データ、健診情報、医療レセプトなどを統合した包括的データプラットフォームを構築し、AIを用いたリスク層別化や個別介入を推進する。江戸川区や神戸市など先進自治体では、AIによるがんリスク予測と個別化勧奨によって未受診層の受診率や早期発見数を大幅に改善した実績が報告されている。また、2025年6月には、胃内視鏡AI支援の有効性を評価する大規模疫学研究も開始され、北海道・東北の6医療機関で実施。AIを用いた1次読影による負担軽減と発見率向上の可能性が検証されている。加えて厚生労働省は、企業などで実施される職域がん検診の情報を市町村が把握可能とする仕組み整備も進めており、検診データの統合的管理体制を強化する構え。今後は、エビデンスに基づく新規検診項目の全国展開も、モデル事業を経て段階的に行われる見通しである。国はこうした技術・制度両面の改革により、がん検診の質と効率を飛躍的に高め、住民主体のがん対策を再構築しようとしている。 参考 1) 自治体がん検診にAI 政府、指針改定へ(日経新聞) 2) がん検診(行政情報ポータル) 3) 胃カメラがん検診、AI活用で医師の負担軽減なるか 疫学研究開始へ(朝日新聞) 3.日本人の女性の平均寿命87.13歳で40年連続世界一、男性は6位/厚労省厚生労働省が2025年7月に公表した2024年の簡易生命表によると、日本人の平均寿命は女性が87.13歳、男性が81.09歳となり、前年からほぼ横ばいだった。女性は0.01歳減、男性は変化なしで、女性は40年連続で世界1位を維持。男性は前年の5位から6位に後退した。国別では、男性の平均寿命トップはスウェーデン(82.29歳)、次いでスイス、ノルウェー。女性は日本に次いで韓国(86.4歳)、スペイン(86.34歳)が続いた。死因別にみると、2023~24年にかけて心疾患や新型コロナ感染症による死亡は減少した一方、老衰や肺炎による死亡が増加。これにより、平均寿命は全体として伸び悩んだと考えられる。新型コロナによる死亡者数は男女とも2年連続で減少し、2024年の死亡者数は約3万5,865人と推定された(前年比約2,200人減)。また、2024年に生まれた人が将来、がん・心疾患・脳血管疾患で死亡する確率は女性40.29%、男性45.41%でいずれも前年より低下。老衰による死亡は女性で20.75%、男性で8.39%、肺炎による死亡はそれぞれ4.35%、5.89%だった。コロナ禍による影響で2021~22年は平均寿命が縮小傾向となったが、2023年に回復傾向をみせ、2024年は横ばいで推移。厚労省は、長期的には医療水準や健康意識の向上により、平均寿命の延伸は続くとの見方を示している。 参考 1) 令和6年簡易生命表の概況(厚労省) 2) 日本人平均寿命、24年は横ばい 女性は世界1位を維持(日経新聞) 3) 日本人の平均寿命 女性は87.13歳で40年連続1位 男性81.09歳(NHK) 4) 日本人の平均寿命、前年とほぼ同じ 女性は世界首位の87.13歳(朝日新聞) 4.専攻医は過去最多だが、地域偏在は解消せず、シーリング制度見直しへ/厚労省厚生労働省は、7月24日に第2回医道審議会医師分科会 医師専門研修部会を開き、2025年度の専攻医採用と2026年度の専攻医募集について議論した。この中で、2025年度の専攻医採用数は過去最多の9,762人に達したが、日本専門医機構は、地域・診療科偏在の是正という観点では「シーリング制度と特別地域連携プログラムの効果は限定的」と総括した。大都市圏の抑制は一定成果を見せた一方で、増加分は周辺県に集中し、真の医師少数地域への効果は薄かった。特別地域連携プログラムも採用は41人と低迷している。これを受け、2026年度からの専攻医採用枠(シーリング)は見直される。新たな算定式では、各診療科の全国採用実績と都道府県人口を基に基本枠を算出、小児科は15歳未満人口で補正する。さらに、医師少数地域への指導医派遣実績に応じて、基本枠の最大15%まで加算可能となる。この加算は人年ベースで計算され、派遣の量と質が問われる。ただし、実績に基づく加算と制度上限との乖離が大きく、都道府県別に1~3枠の追加調整が議論されている。一方、日本専門医機構は、医師のキャリアには「若年期に専門性を追求し、高齢期には総合的な診療に従事する」という2面性があるとし、この移行に対応するリカレント教育の必要性を提唱。総合診療や一般内科、救急領域などで“Generalist”として機能する医師と、臓器別・疾患別に特化した“Specialist”との役割と必要数を区分し、中長期的な人材構造の再設計を進めている。今後は「集約化すべき領域」と「均てん化すべき領域」の見極め、ならびにライフステージに応じた教育設計が焦点となる。9月には必要医師数ワーキンググループの中間報告も予定されており、専門医制度の将来像が問われる転換点を迎えている。同機構では、若手時代に専門性を深め、後年には総合的診療へ移行する医師のライフサイクルを見据え、リカレント教育やリスキリングを含む教育体制の整備も進行中である。機構は“Generalist(総合診療医など)”と“Specialist(臓器別専門医)”の必要数を区別して算出する研究も開始し、9月のシンポジウムで中間報告する予定。 参考 1) 令和7年度第2回医道審議会医師分科会 医師専門研修部会(厚労省) 2) 令和7年度の専攻医採用と令和8年度の専攻医募集について(日本専門医機構) 3) 2025年専攻医は過去最多も、シーリングの効果は「不十分」(日経メディカル) 4) 医師の「若手時代は専門性を追求し、高齢になると総合的な診療を行う」との特性踏まえたリカレント教育など研究-日本専門医機構・渡辺理事長(Gem Med) 5.来年度改定に向け、診療報酬“物価連動”の仕組み求める声強まる/全自病ほか2026年度診療報酬改定に向け、医療現場から「病院をなおし、支える」視点での抜本的見直しを求める声が相次いでいる。7月23日に開かれた中央社会保険医療協議会(中医協)では、日本医師会の江澤 和彦委員が、急激な物価・人件費上昇と過小な診療報酬設定により病院経営が破綻寸前にある現状を訴え、「今の制度では入院患者を抱えたまま倒れる病院も出かねない」と警鐘を鳴らした。とくに包括期(地域包括ケア病棟等)を担う入院医療については、必要なコストを踏まえた入院料の適正化を早急に進める必要があるとの意見が強調された。人員確保が困難な中、医療の質を維持するには、成果(アウトカム)評価の導入や人員基準の柔軟化も不可欠とされている。この背景には、全国自治体病院協議会(全自病)の緊急調査による「85%が経常赤字」「95%が医業赤字」という異常事態がある。補助金が減った2024年度決算では、コロナ前を大きく上回る赤字比率となり、診療報酬の6~10%引き上げが必要とする見解も示された。また、全国知事会も医療機関の経営安定化を重視し、「物価・賃上げを適時に反映できる診療報酬制度の確立」や期中改定を含む財政支援の恒常化を政府に要望。公立病院支援を強化すべきとの意見も相次いだ。一方で、「骨太方針2025」では「病床削減」や「OTC類似薬の保険給付見直し」といった効率化策も盛り込まれており、現場では「拙速な施行は混乱を招く」として丁寧な議論と制度設計を求める声が強まっている。医療の持続性確保のため、制度の根幹からの見直しが焦点となっている。 参考 1) 医療経営「なおし支える報酬改定を」診療側(CB news) 2) 24年度赤字の自治体病院が85% 暫定値 全自病会長「記憶にないくらい高い数字」(同) 3) 2024年度の自治体病院決算は85%が経常赤字、95%が医業赤字の異常事態、診療報酬の大幅引き上げが必要-全自病・望月会長(Gem Med) 4) 2040年を見据えた医療・介護提供体制の構築に向けた提言(全国知事会) 5) 地域医療の医師の確保目指す「知事の会」が提言取りまとめ 『医師不足に関する』ものと『医療機関の経営安定に向けた』ものの2つ(青森テレビ) 6.マイナ保険証、医療DX推進体制整備加算10月から新基準に/中医協厚生労働省は、7月23日に開いた中央社会保険医療協議会(中医協)で、2024年度に新設された「医療DX推進体制整備加算」について、マイナ保険証利用率の実績要件を段階的に引き上げる見直しを提示し、了承された。2025年10月~2026年2月までは、利用率要件を加算区分に応じて現行より15~20ポイント引き上げ、さらに2026年3~5月までは最大70%まで引き上げる。加算1・4は45→60→70%、加算2・5は30→40→50%、加算3・6は15→25→30%と段階的に強化される。一方で、小児患者の多い医療機関については、小児科特例として要件を3ポイント緩和する措置を継続。6歳未満の外来患者が全体の3割以上を占める医療機関では、たとえば加算3・6の要件が22→27%とされる。子供のマイナ保険証利用率が成人より依然として低いための配慮とされる。また、医療DXの柱である「電子カルテ情報共有サービス」への参加要件については、関連法案の未成立と現場の整備状況を踏まえ、2026年5月末まで経過措置の延長が決定された。これにより、参加体制が未整備でも一時的に加算算定が可能とみなされる。委員からは、診療報酬でDXを推進する方針自体は評価されつつも、「利用率は医療機関の努力だけでは改善できない」、「国による周知や環境整備が不可欠」との指摘が相次いだ。とくに、2025年下期には保険証の有効期限切れによる混乱や、スマートフォンによるマイナ保険証の利用開始も控えており、国民・医療現場双方の負担軽減に向けた準備が急務となっている。今後、2026年度の診療報酬改定に向けては、マイナ保険証・電子処方箋・電子カルテ連携の進捗を踏まえた評価方法の再検討が重要課題となる見通しである。 参考 1) 医療DX 推進体制整備加算等の要件の見直しについて(厚労省) 2) DX加算実績要件見直し-マイナ保険証利用率上げ(薬事日報) 3) 医療DX推進体制整備加算、マイナ保険証利用率基準を2段階で引き上げ、電子カルテ情報共有サービス要件の経過措置延長-中医協総会(Gem Med)

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第272回 希少疾患の専門医が抱える本当の課題~患者レジストリ維持の難しさ

昨今、「希少疾患」という単語を耳にする機会は増えた。そもそも希少疾患の定義は、国によってもまちまちと言われるが、概して言えば患者数が人口1万人当たり1~5人未満の疾患を指すと言われる。また、日本国内の制度で言うと、こうした希少疾患の治療薬は、通称オーファン・ドラッグと言われ、患者数が少ないために製薬企業が開発に二の足を踏むことを考慮し、オーファン・ドラッグとして指定を受けると公的研究開発援助を受けられる制度が存在する。同制度での指定基準は国内患者数が5万人未満である。この希少疾患に関する情報に触れる機会が増えたのは、製薬企業の新薬研究開発の方向性が徐々にこの領域に向いているからである。背景には、これまで多くの製薬企業の研究開発に注力してきたメガマーケットの生活習慣病領域でそのターゲット枯渇がある。そして希少疾患への注目が集まり始まるとともに新たに指摘されるようになったのが、「診断ラグ」。希少疾患は、患者数・専門医がともに少なく、多くは病態解明が途上にあるため、患者が自覚症状を認めてもなかなか確定診断に至らない現象である。そして取材する私たちも希少疾患の情報に触れる機会が増えながらも、ごく一般論的なことしか知らないのが現状だ。正直、わかるようなわからないようなモヤモヤ感をこの数年ずっと抱え続けてきた。そこで思い切って希少疾患の診療の最前線にいる専門医にその実態を聞いてみることにした。話を聞いたのは聖マリアンナ医科大学脳神経内科学 主任教授の山野 嘉久氏。山野氏が専門とするのは国の指定難病にもなっている「HTLV-1関連脊髄症(HAM)」。HTLV-1はヒトT細胞白血病ウイルス1型のことで、九州地方にキャリアが集中している。HAMはHTLV-1キャリアの約0.3%が発症すると言われ、全国に約3,000人の患者がいると報告されている。HAMはHTLV-1感染をベースに脊髄で炎症が起こる疾患で、初期症状は▽足がもつれる▽走ると転びやすい▽両足につっぱり感がある▽両足にしびれ感がある▽尿意があってもなかなか尿が出にくい▽残尿感がある▽夜間頻尿、など。急速に進行すると、最終的には自力歩行が困難になる。現在、HAMに特異的な治療薬はなく、主たる治療は脊髄の炎症をステロイドにより抑えるぐらいだ。以下、山野氏とのやり取りを一問一答でお伝えしたい。INDEX―まずHAMの診断では、どれほど困難が伴うのか教えてください―確定診断までの期間がこの20年ほどで半分に短縮されています―それでも初発から確定診断まで2~3年を要するのですね―山野先生の前任地・鹿児島はHAMが発見された地域で、患者さんが多いと言われています―関東に赴任してHAM診療の地域差を感じますか?―ガイドラインができたのはいつですか?―HAMの早期段階の症状から考えれば、事実上のゲートキーパーは整形外科、泌尿器科あるいは一般内科の開業医になると思われます―では、診断ラグや治療の均てん化を考えた場合、現状の医療体制をどう運用すれば最も望ましいとお考えでしょう?―そのうえで非専門の医療機関・医師が希少疾患を見つけ出すとしたら何が必要でしょう―もっとも日本国内では開業医の電子カルテ導入率も最大60%程度と言われ、必ずしもデジタル化は進んでいません― 一方、希少疾患全体で見ると、新薬開発は活発化していますが、従来の大型市場だった生活習慣病領域で新薬開発ターゲットが枯渇したことも影響していると思われますか―その意味で国の希少疾患の研究に対する支援についてどのようにお考えでしょう?―まずHAMの診断では、どれほど困難が伴うのか教えてくださいHAMでは疾患と症状が1対1で対応しておらず、複数の症状が重なり、かつ症状や進行に個人差があります。このような状況だと、医療に不案内な患者さんはそもそもどの診療科を受診するべきかがわからないという問題が生じます。高齢の患者さんでありがちな事例を挙げると、まず歩行障害や下肢のしびれを発症すると、老化のせいにし、医療機関は受診せず、鍼灸院に通い始めます。それでも症状が改善しなければ整形外科を受診します。また、排尿障害が主たる患者さんは最終的に泌尿器科に辿り着きます。しかし、半ば当然のごとく受診段階で患者さんも医師もHAMという疾患は想定していません。結果としてなかなか症状が改善せず、医療機関を何軒か渡り歩き、最終的に運よく診断がつくのが実際です。私たちはHAMの患者さんの症状や検査結果などの臨床情報や、血液や髄液などの生体試料を収集し、今後の医学研究や創薬へ活用する患者レジストリ「HAMねっと」を運営していますが、そのデータで見ると1990年代は初発から確定診断まで平均7~8年を要していました。それが2010年代には2~3年に短縮されています。―確定診断までの期間がこの20年ほどで半分に短縮されています2008年にHAMが国の指定難病となったこと、前述の「HAMねっと」の充実、専門医による全国の診療ネットワーク構築など、さまざまな周辺環境が整備され、それとともに啓発活動が進展してきたことなど複合的な要素があると考えています。―それでも初発から確定診断まで2~3年を要するのですねまさに今日受診された患者さんでもそれを経験したばかりです。他県の大学病院で診断がつき、治療方針決定のため紹介を受けた患者さんですが、2018年に排尿障害、2020年から歩行障害が認められ、車いすで来院されました。この患者さんは2年程前に脊髄小脳変性症との診断を受けていました。HAMは脊髄が主に障害されますが、実は亜型として小脳でも炎症を起こす方がいます。こうした症例は数多く診療している専門医でなければ気付けないものです。こういうピットホールがあるのだと改めて実感したばかりです。―山野先生の前任地・鹿児島はHAMが発見された地域で、患者さんが多いと言われていますおっしゃる通りで、加えて神経内科医が多い地域でもあるため、大学病院ではHAMの患者さんを診療した経験のある医師が少なくありません。そうした医師が県内各地の病院に赴任しているので、HAMの初期症状と同じ症状の患者さんが来院すると、HAMを半ば無意識に疑う癖がほかの地域よりも付いています。そのため確定診断までの期間が短いと思います。―関東に赴任してHAM診療の地域差を感じますか?2006年に赴任しましたが、当初はかなり感じました。具体例を挙げると、診断ラグよりも治療ラグです。HAMの患者さんの約2割は急速に進行しますが、一般的な教科書的記述では徐々に進行する病気とされています。その結果、HAMと診断された患者さんが、どんどん歩けなくなってきていると訴えても、主治医がゆっくり進行する病気だから気にしないよう指示し、リハビリ療法が行われていた患者さんを診察したことがあります。この患者さんは髄液検査で脊髄炎症レベルが非常に高く、進行が早いケースで早急にステロイド治療を施行すべきでした。また、逆に炎症がほとんどなく、極めて進行が緩やかなタイプにもかかわらず大量のステロイドが投与され、ステロイドせん妄などの副作用に苦しんでいる事例もありました。当時は診療ガイドラインもない状態だったのですが、このように診断ラグを乗り越えながら、鹿児島などで行われていた標準治療の恩恵を受けていない患者さんを目の当たりにすることが多かったのをよく覚えています。HAMの患者数は神経内科専門医よりはるかに少ない、つまりHAMを一度も診療したことがない神経内科専門医もいます。そのような中で確定診断に至る難易度が高いうえに、適切な情報が不足している結果として主治医によって治療に差があるのは、患者さん、医師の双方にとって不幸なことです。だからこそ絶対にガイドラインを作らなければならないと思いました。―ガイドラインができたのはいつですか?2019年1)とかなり最近です。2016年から3年間かけて作成しました。実はガイドライン作成自体は、エビデンスが少ないことに加え、ガイドラインという響きが法的拘束力を想起させるなどの誤解から反対意見もありました。実際のガイドラインではエビデンスに基づき、わかっていることわかっていないことを正確に記述し、現時点で専門家が最低限推奨した治療を記述し、医師の裁量権を拘束するものでもないということまで明記しました。―HAMの早期段階の症状から考えれば、事実上のゲートキーパーは整形外科、泌尿器科あるいは一般内科の開業医になると思われます一般内科医の場合、日常診療では新型コロナウイルス感染症を含む各種呼吸器感染症全般、腹痛など多様な疾患を診療している中に神経疾患と思しき患者さんも来院している状況です。その中でHAMの患者さんが来院したとしても、限られた診療時間でHAMを思い浮かべることはかなり困難です。最終的には自分の範囲で手に負えるか、負えないかという線引きで判断し、手に負えないと判断した患者さんを大学病院などに紹介するのが限界だと思います。―では、診断ラグや治療の均てん化を考えた場合、現状の医療体制をどう運用すれば最も望ましいとお考えでしょう?希少疾患の場合、数少ない患者さんが全国に点在し、疾患によっては専門医が全国に数人しかいないこともあります。極論すれば、現状では専門医がいる地域の患者さんだけが専門的医療の恩恵を受けやすい状況とも言えます。その意味でまず優先すべきは、各都道府県に希少疾患を診療する拠点を整備することです。そのことを体現しているのが、2018年から整備が始まった難病診療連携拠点病院の仕組みです。一方で希少疾患に関しては、従来から専門医が軸になったネットワークが存在します。手前味噌ですが、先ほどお話しした「HAMねっと」もその1つです。HAMの場合、確定診断に必要な検査のうちいくつかは保険適用外のため、全国各地にある「HAMねっと」参加医療機関では研究費を利用し、これらの検査を無料で実施できる体制があります。現状の参加医療機関は県によっては1件あるかないかの状況ですが、それでも40都道府県をカバーできるところまで広げることができました。ただ、前述した難病診療連携拠点病院と「HAMねっと」参加医療機関は必ずしも一致していません。その意味では希少疾患専門医、国の研究班、難病診療連携拠点病院がより緊密に連携する体制構築を目指していくことがさらに重要なステップです。このように受け皿を整備すれば、ゲートキーパーである開業医の先生方も診断がつきにくい患者をどこに紹介すればよいかが可視化されます。それなしに「ぜひ患者さんを見つけてください」と疾患啓蒙だけをしても、疑わしい患者の発見後、どうしたらいいかわからず、現場に変な混乱を招くリスクもあると思います。―そのうえで非専門の医療機関・医師が希少疾患を見つけ出すとしたら何が必要でしょうやはり昨今の技術革新である人工知能(AI)を利用した診断支援ツールの実用化が進めば、非常に有益なことは間違いないと思います。そもそもAIには人間のような思い込みがありませんから、たとえば脊髄障害があることがわかれば、自動検索で病名候補がまんべんなく上がってくるというシンプルな仕組みだけで見逃しが減ると思います。そのようになれば、迅速に専門医に紹介される希少疾患患者さんも増えていくでしょう。―もっとも日本国内では開業医の電子カルテ導入率も最大60%程度と言われ、必ずしもデジタル化は進んでいません国がどこまで医療DXを推進しようとしているかは、率直に言って私にはわかりません。ただ、医療DXが進展しやすい土俵・環境を作る責任は国にあると思います。その意味では先進国の中で日本がやや奥手となっている医療機関同士での患者情報共有の国際標準規格「FHIR」の導入推進が非常に重要です。それなしでAIによる診断支援ツールの普及は難しいとすら言えます。また、こうした診断支援ツールの開発では、開発者がきちんとメリットを得られるルール作りも必要でしょう。― 一方、希少疾患全体で見ると、新薬開発は活発化していますが、従来の大型市場だった生活習慣病領域で新薬開発ターゲットが枯渇したことも影響していると思われますか 率直に言って、希少疾患領域に関わっていると今でも太陽の当たる場所ではないと思うことはあります(笑)。その意味で新薬開発が進んでこなかった背景には技術的な問題とともに企業側の収益性に対する考えはあったと思います。もっとも昨今では技術革新により新規化合物デザインも進化し、希少疾患でも遺伝子へのアプローチも含め新たな創薬ターゲットが解明されつつあります。その意味ではむしろ新薬開発も今後は希少疾患の時代となり、30年後くらいは多くの製薬企業が希少疾患治療薬で収益を上げる時代が到来しているのではないかと予想しています。HAMについて言えば、いまだ特異的治療薬はありませんが、もし新薬が登場すれば診断ラグもさらに短縮されると思います。やはり治療薬があると医師側の意識が変わります。端的に言えば「より良い治療があるのだから、より早く診断をつけよう」というインセンティブが働くからです。そして、先程来同じことを言ってしまうようですが、やはりこの点でも、新薬開発が進む方向への誘導や希少疾患の新薬開発の重要性に対する国民の理解促進のために、国のサポートは重要だと思うのです。―その意味で国の希少疾患の研究に対する支援についてどのようにお考えでしょう?そもそも希少疾患は数多くあるため、公的研究費の獲得は競争的になりがちです。一般論では投じられる資金が多いほど、病態解明や新規治療開発は進展しやすいとは思いますが、ただ湯水のように資金を投じればよいかと言えばそうではありません。あくまで私見ですが、日本での希少疾患研究支援は、有力な治療法候補が登場した際の実用化に向けた支援枠組みは整いつつあると思っています。反面、基盤的な部分、HAMの例で言えば、患者レジストリ構築のような部分への支援は弱いと考えています。私たちは臨床データを電子的に管理すると同時に患者検体もバンキングしています。これらがあって初めてゲノム解析などによって病態解明や治療法開発の研究が可能になるからです。つまり患者レジストリは研究者にとって一丁目一番地なのです。しかし、その構築と維持は非常にお金がかかります。一例を挙げれば、「HAMねっと」で検体保管に要している液体窒素代は年間約500万円です。しかも、患者レジストリの構築と維持の作業からは直接成果が得られるわけではないのです。このために製薬企業などの民間企業が資金を拠出することは考えにくいです。結局、私も当初は外来終了後にポチポチとExcelの表を作成し、検体を遠心分離機にかけるという作業をやっていました。こうした患者レジストリを国によるコストや労力の支援で構築できるようになれば、多くの希少疾患でレジストリが生み出され、日本が世界に誇る財産にもなり得ます。もっとも先程来、「国」に頼り過ぎているきらいもあるので、国だけでなく企業、患者さんとも共同でこうした基盤を育てていく活動が必要なのではないかと考えています。恥ずかしながら、診断ラグのみならず治療ラグが存在すること、患者レジストリ構築の苦労やその重要性などについては私にとっては目からウロコだった。山野氏への取材を通じ、私個人はこの希少疾患問題をかなり狭くきれいごとの一般論で捉えていたと反省しきりである。 1) 日本神経学会:HTLV-1関連脊髄症(HAM)診療ガイドライン2019

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MRがこの1年で3,000人減少、かつての花形の職業は今…【早耳うさこの薬局がざわつくニュース】第156回

皆さんの肌感では、MR(医薬情報担当者)の情報提供活動は増えていますか? 減っていますか? 年に1度のMRの状況について調査した結果がMR認定センターより発表されました。かつての花形の職業に大きな変化が生じています。MR認定センターは7月15日、4月に実施したMRの実態や教育研修に関する調査結果をまとめた25年度版MR白書を公表。24年度のMR数は前年度より3073人減の4万3646人に減り、23年度(同2963人減)に続いて3000人規模の減少となった。要因としては「MRを多数雇用してきた企業での早期希望退職の影響が大きかった」と分析する。MR数は13年度以降、減少傾向が続き、今回の下げ幅は20年度(3572人減)に次ぎ大きかった。調査に回答した199社のうち20%以上MR数を減らした会社は19社に上った。(2025年7月16日 RISFAX)MRはここ10年ほどで役割や働き方がもっとも大きく変化した職業の1つといえるかもしれません。医薬品に添付文書が封入されなくなり、医薬品情報の入手はインターネット経由が主流になりました。過度な接待が注目を浴びて規制が設けられたり、製品説明会のお弁当額に上限が設けられたりもして、医師と気軽に話せる機会が減りました。さらに、新型コロナウイルス感染症の流行時は医療機関に訪問規制が設けられ、とうとう医師に会うこともままならなくなるなど、さまざまな環境の変化がありました。それに伴い、製薬会社のMRの役割や業務が変化しています。私が薬剤師として社会に出たのはもう20年も前になりますが、その頃のMRは薬学部の学生だけでなく、ほかの学部からも就職希望が殺到する花形の職業でした。今は花形ではないというわけではないのですが、いかんせん新卒採用が減り続けています。昨年度のMR認定試験合格者数は1,137人で、5年前の2分の1、10年前の4分の1程度に減っています。「MR白書」では、MR認定センターが製薬会社約200社にアンケート調査を実施し、MRを取り巻く環境や業務の実情、その変遷が取りまとめられています。この調査は毎年実施されており、「2001年の開始以来、歴史的にも調査規模としても製薬業界全体のMRの実態を示す静態調査」とMR認定センター自らがうたっているように、「MRや医薬品情報提供の今」が垣間見えます。2025年度版MR白書では、以下のようなことが報告されています。昨年に比べ、MR数は3,073名(6.6%)減であった。1,000名以上の大きな会社での早期希望退職の影響があったと考えられる。新卒採用をした会社は34.3%であった。コントラクトMRは横ばい。経験者で即戦力となるMRの役割は大きい。薬剤師資格を有するMRは、MR数と同様に減少傾向が続き、過去最低となった。製薬会社のMRがいなくなることはないでしょうが、これらの結果を見るとこれから先もMRは減少傾向となることは間違いないように思います。医師への食事提供ルールが来春から厳格化されるなど、さらなる自主規制が進められていますが、個人的には、未承認薬の情報提供の規制など、新しい医薬品や既存の医薬品の未承認薬効の情報開示などに関しては、私は今の規制はちょっと厳しすぎるのではないかとも思っています。2026年度には、新しいMR認定試験が開始されます。インターネットによる情報提供が定着してきた今、MRが何を担う職業になるのか、医薬品情報を使用する薬剤師としては少し気になるところです。

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最新の新型コロナワクチンは新たな変異株にも有効

 最新の新型コロナワクチンは、新たな新型コロナウイルス変異株に対しても有効であることが、新たな研究で示された。2023〜2024年版の新型コロナワクチンについて検討したこの研究では、ワクチンは特に重症化予防に対して明確な追加的効果のあることが確認されたという。米レーゲンストリーフ研究所生物医学情報センターのShaun Grannis氏らによるこの研究結果は、「JAMA Network Open」に6月25日掲載された。 この研究では、米国の6つのヘルスケアシステムの2023年9月21日から2024年8月22日までのデータを用いて、新型コロナワクチン(オミクロン株XBB.1.5対応1価ワクチン)の有効性が検討された。主要評価項目は、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)による救急外来(ED)や緊急ケア(UC)受診、入院、および重症化(集中治療室〔ICU〕入室または入院死亡)の予防に対する有効性を検討した。なお、本研究の対象期間には、オミクロンXBB株およびJN.1株の流行期も含まれている。 対象期間中にCOVID-19様症状を呈し、PCR検査または抗原検査を受けた18歳以上の成人34万5,639例(年齢中央値53歳、女性60%)のうち、3万7,096例(11%)が陽性であった。解析からは、ワクチン接種後7〜299日の間におけるED/UC受診予防に対するワクチンの有効性は24%(95%信頼区間21〜26%)であることが示された。また、COVID-19様症状を呈して入院した18歳以上の入院患者11万1,931例(年齢中央値71歳)のうち、1万380例(9%)が陽性であった。解析からは、ワクチン接種後7〜299日の間におけるCOVID-19関連の入院予防に対するワクチンの有効性は29%(95%信頼区間25〜33%)、重症化予防に対する有効性は48%(同40〜55%)であった。ワクチンのこのような予防効果は、特に65歳以上の成人において顕著であることも示された。 さらに、ワクチンの有効性は接種後7〜59日が最も高いことも判明した(ED/UC受診予防:49%、入院予防:51%、重症化予防:68%)。しかし、接種後180〜299日になると効果が大幅に低下し、ED/UC(−7%)と入院(−4%)予防に関しては有効性が認められなくなり、重症化予防についても16%まで低下していた。 Grannis氏は、「この研究は、改良型COVID-19ワクチンが、特にワクチン接種直後の数カ月間に、入院や重症化などの深刻なアウトカムに対して依然として大きな保護効果を発揮することを示している」と述べている。同氏はさらに、「これらの結果は、ウイルスが進化し続ける中で、特に高齢者やより脆弱な患者に対して、推奨通りに最新のワクチンを接種し続けることの重要性を再確認させるものだ」と付け加えている。 この研究結果は、米政府により新型コロナワクチンの改良が妨げられている中で発表された。米食品医薬品局(FDA)は5月に、プラセボ対照試験を実施しない限り、一般向けに改良型新型コロナワクチンを承認しないと発表した。また、同月後半にロバート・F・ケネディ・ジュニア(Robert F. Kennedy Jr.)保健福祉長官は、米疾病対策センター(CDC)は今後、健康な小児および妊婦への新型コロナワクチン接種を推奨しないと発表した。なお、CDC公式サイトには現時点でこの方針は反映されていない。 Grannis氏は、「本研究結果は、高リスクグループに対してタイムリーなワクチン接種と追加接種を推奨するガイドラインを裏付けている」と話す。また、共著者の1人であるレーゲンストリーフ研究所生物医学情報センターのBrian Dixon氏は、「効果的なワクチンの接種は、入院や救急外来の受診を防ぐことで地域社会の健康を維持し、COVID-19に伴うコストを削減する上で依然として重要な手段である」と述べている。

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第271回 参院選のマニフェストに変化?各党が口を揃える政策とは

与党情勢、雲行き怪しく第27回参議院選挙(以下、参院選)も終盤に差し掛かっている。こうした選挙では序盤、中盤、終盤と各社が情勢を報道するが、近年で政権与党側の情勢がここまで坂を転がり落ちるように悪化するのも珍しいと言える。たとえばNNN(日本テレビ系列)の情勢調査によると、勝敗を握る1人区の情勢は、序盤は与党系リードが10選挙区、野党系リードが12選挙区、接戦が10選挙区だったのが、終盤ではそれぞれ7選挙区、20選挙区、5選挙区まで変化している。党勢を直接的に反映する比例代表議席では、序盤で自民党は12~15議席と予想されてきたが、ここに来て自民党内からは12議席も危ういのではないかとすらささやかれている。筆者の知人の自民党関係者は「もう予想がつかない。ただ、ほぼ絶対と言ってもよいかもしれないのは序盤の最大値15議席はないということ」とまで語った。ちなみに現在の選挙制度になって以降、参院選での自民党の比例の最低記録は1998年(橋本 龍太郎政権)と2007年(第一次安倍 晋三政権)の14議席である。これを下回れば自民党にとって過去最大の敗北となる。さて本連載では毎回国政選挙時に各政党が掲げる医療・介護・社会保障関連政策を独断と偏見も交えながら取り上げてきた。昨年秋の衆院選時も前編・後編にわけてお伝えしたが、そこから10か月弱しか経ていない。ということで、今回は政党助成法上の政党要件を満たした各党の政策を約10ヵ月前と比較した変化に着目してお伝えしたいと思う(以下、2024年衆院選マニフェスト=前回、2025年参院選マニフェスト=今回)。なお、取り上げるのは改選前議席数の順としている。自民党(114議席)自民党の場合、選挙時のマニフェストは簡易版に加え「総合政策集(通称・J-ファイル)」を公表している。このJ-ファイルで謳っている社会保障関連項目は70項目を超える。ただ、これを極めてぎゅっとまとめた簡易版では以下のように大枠を記述している。「物価や賃金が上昇する中、地域医療、介護、福祉の基盤を守り、働く方もサービスを利用する方も継続して安心できるよう、次期報酬改定はもとより、経済対策等を通じ、公定価格の引上げなど、経営の安定や他産業に負けない賃上げにつながる迅速かつ確実な対応を行います。わが国の創薬力の強化を図るとともに、持続可能な流通体制を含め、医薬品の安定供給に取り組みます」実は前回は太字にあるような診療報酬引き上げは、物価スライドの可能性については言及していたものの、引き上げそのものまでは言明していなかった。そしてもう1つの太字である創薬強化、流通の安定になぜ私が太字をつけたかを説明しよう。これまでの診療報酬引き上げは、薬価の引き下げを財源としていたのはこの業界では周知のこと。創薬力の強化も安定供給もそれを下支えするのは薬価である。慣例に則れば、診療報酬引き上げと薬価の下支えは二律背反である。だが、それを公言してしまっているのだ。この謎を解くヒントの一端が、J-ファイル2024とJ-ファイル2025の比較で浮き上がってくる。ずばりJ-ファイル2025には前回はなかった「病床数の適正化を進める医療機関への支援を着実に実施」という文言が新たに加わった。診療報酬は引き上げつつも、病床削減による入院医療費削減を念頭に置き、その一部が薬価対策に使われるのではないかと邪推できてしまう。2025年度予算編成に当たって自公維3党合意で謳われた病床削減に少なくとも石破自民党はそれなりに本気であることがうかがえる。この点は大きな変化と言える。立憲民主党(38議席)現在、最大野党の同党だが、診療報酬や介護報酬の引き上げ、薬価の中間年改定は今回も継続して謳っている。その意味で前回と今回では掲げる政策はほぼ変わっていない。その中で2025年度予算編成での与党の最大の敗北ともいえる高額医療費の自己負担限度額の引き上げ撤回については、今後の引き上げについても中止を新たに明言した。この辺はトレンドに乗じたとも言えるのだが、この項目に関連して同党はさらりと「軽症患者の医療費の見直し優先」と記述している。その見直し内容の詳細には触れていないが、おそらくは一般用医薬品(OTC)類似薬の保険外しなどが念頭にあると思われる。国民民主党や日本維新の会ほどははっきりこの点を明言してこなかった同党だが、ついにこの点に踏み込んだ。公明党(27議席)さて与党の一角を占める同党だが、今回はがらっと政策が“変化”している。というか正確に言えば、医療・介護・保育従事者の賃上げやメンタルヘルスケア対応の充実、医療DXなどは維持されているのだが、前回掲げられていた▽医療提供体制の充実▽がん医療提供体制の充実▽医薬品の安定供給・品質の確保▽帯状疱疹ワクチンの円滑な接種▽地域包括ケアシステムの推進▽難聴に悩む高齢者等に対する支援▽介護人材の確保、はごっそり消えた。細かくは紹介しないが、今回は物価高対策に主な重点を置いているようだ。以前から指摘しているが、同党はある意味元祖バラマキ政党とも言えるため、それと親和性の高い物価高対策のほうにベクトルが向かっているのだろう。日本維新の会(18議席)良く言えば「元祖・若者世代の味方」、悪く言えば「元祖・世代間分断の火付け役」とも言える同党は、今回キャッチフレーズから「社会保険料から、暮らしを変える」を打ち出してきた。前回は「高齢者医療制度の適正化による現役世代の社会保険料負担軽減」というざっくりとしたものを打ち出し、その中で▽後発医薬品の使用原則化▽医薬分業制度の見直し▽保険適用薬品の適正化▽診療報酬体系の再構築▽高齢者医療費の一律3割負担、などを打ち出していた。今回もこの大枠は堅持のままだが、まずは2025年度予算編成時の自公維合意で言及し、同党としては“成果”と考えているであろう▽OTC類似薬の保険適用除外▽人口減少等により不要となる約11万床の病床を不可逆的な措置を講じつつ次の地域医療構想までに削減(感染症等対応病床は確保)、を打ち出してきた。病床削減については「不可逆的な措置」とかなり強い文言まで付記している。さらにより具体的なものとして新たに「費用対効果に基づく医療行為や薬剤の保険適用除外の促進」「電子カルテ普及率100%達成」「電子カルテを通じた医療情報の社会保険診療報酬支払基金に対する電磁的提供の実現」「地域フォーミュラリの導入」を打ち出している。言葉が悪いことを承知で言えば、医療費削減につながりそうなものはなんでも盛り込むヤミ鍋状態である。もっとも一部で話題になっている同党東京選挙区の候補者・音喜多 駿氏の昨今のX(旧Twitter)の投稿に代表されるように、医療に対する理解は表層的な印象が強い。日本共産党(11議席)今回の参院選マニフェストでは新たに「国費5,000億円投入による診療報酬引き上げ」と「OTC 類似医薬品の保険給付外し反対」が加わった。前者は昨今報道されている病院経営の苦境、後者は2025年度予算編成時の自公維3党合意を意識したものと思われる。また、前回も「公費1 兆円投入による社会保険料の均等割・平等割を廃止などの抜本的改革」を謳っていたが、今回はここの中で子どもの国保無料化を打ち出した。介護に関しては、変化はほとんどないが、前回打ち出していた「介護事業所の人材紹介業者への手数料上限設定」は今回のマニフェストからは消えた。この点については、国が対策に本腰を入れ始めたからだと推察される。さて共産党と言うと、「無償化」「負担増反対」などある意味バラマキ政策の典型を見せており、この政策の方向性に変化はない。だが、それでも今回のマニフェストには“大きな変化”があった。というのは、こうした政策に必要な財源規模とそれを捻出するための各政策とそれによる予算削減(獲得)規模の大雑把な貸借対照表を公表したことだ。それによると、医療政策も含め共産党が主張する政策実現に必要な予算は25兆6,000億円で、これを捻出するための政策は、法人税率引き上げによる3兆3,000億円など7項目合計で同額。言ってしまえば、金持ちから搾り取る所得再分配を強化するというものだ。つまり国民全体では薄く負担軽減、一部国民へは課税強化というシナリオである。この通りに進むとは思えないが、これまでの「財源は?」という問いに最低限答えたという変化は小さいものではないと考えている。国民民主党(9議席)各種情勢調査で参政党とともに躍進の可能性が伝えられている同党だが、衆院選直後と比べるとやや失速している模様だ。同党のマニフェストは「手取りを増やす夏。」だが、私のような古い世代はこのキャッチフレーズを聞くと、かつてテレビで流れていた大日本除虫菊の蚊取り線香「金鳥の渦巻」のCMキャッチフレーズ「金鳥の夏 日本の夏」を思い出してしまう。さて前回も同党に関してはかなり医療関連政策が作り込まれていると書いたが、そうしたこともあってか、今回も大きな変更はない。だが、ところどころに微修正が見て取れる。たとえば後期高齢者医療制度の公費負担増では、前回は財源について「国民の安定的な資産形成の促進に配慮しながら、富裕層の保有する資産への課税等を検討します」との記述があったが、これが丸々削除されている。おそらく富裕層からの反発を恐れた全方位(八方美人)戦略と言えるかもしれない。また、保険給付範囲の見直しについても前回はセルフメディケーション推進とともに今回維新が掲げた政策と似通った「年齢ごとに健康に生活できる状況を維持するのにかかる医療の費用対効果評価が低いものについては公的医療保険の対象から見直します」と、すでに保険適用になっている技術などの保険外しを意図しているかのような一文もあったが、これも削除された。一方で「セルフメディケーションの推進」の項目では、なぜここに盛り込んだかは不明だが「リフィル処方箋の普及を目指します」との一文が追加されている。この項目にこの文言を盛り込むのは、何かの間違いか、単なる勉強不足のように思えるのだが…。れいわ新撰組(5議席)前回と比べて驚くほど政策に変化がないのが同党である。よく言えば、一貫性がある。その中でも微妙な変化がある。前回は「健康保険証のマイナカードへの統合反対」「国立病院、公立病院の統廃合、病床の削減を根本的に見直し」としていたが、今回はマイナカードの廃止、病床削減の中止を明言した点である。日本保守党(2議席)前回は国政に議席を有していなかったため、取り上げてはいなかった。今回のマニフェストを見ると、▽健康保険法・年金法改正(外国人の健康保険・年金を別立て)▽出産育児一時金の引き上げ(国籍条項をつける)の2点を打ち出している。この部分を見る限り、参政党以上に「日本人ファースト」である。社民党(2議席)昨年と異なるのは「最低賃金全国一律1,500円の早期実現と社会保険料の労使負担割合を1:3にし、手元に残る賃金を増やします!中小零細企業の負担増加分は国の公費助成で補填します」という主張だ。同党は医療費の窓口負担の引き上げや病院統廃合の反対など共産党やれいわ新撰組と政策が似通っているが、社会保険料についての数字を挙げ、ここまで具体的に踏み込んだのはほぼ初だと思われる。参政党(1議席)第270回で取り上げたのでここでは詳細は省くが、変化があったのは今回新たに加わった「政策5 GoToトラベルで医療費削減」と「政策6 金儲け医療・WHOパンデミック条約に反対」の各種政策。昨年の衆院選では新型コロナウイルス感染症ワクチンの健康被害追及への注力を打ち出していたが、この点は鳴りを潜めた。この手の政策に批判が集まりやすいことを念頭に置いたのかどうかはわからないが…。各政党が意識する政策ざっと概観したが、今回、全体を見回して私個人が非常に特徴的と感じたことがある。それはどの政党も「社会保険料の軽減」にやたらと重点を置いていることだ。少なくともこの点の元祖は、これまで各党の政策を眺めてきた私からすると日本維新の会なのだが、この政策を盛り込んでキャッチーに「手取りを増やす」を掲げ、若年層からの票を集めて議席増につなげた国民民主党がインフルエンサーの地位をものにしたと感じている。これまで政治に関心の低い若年層の支持獲得に苦労してきた各党とすれば、前回の国民民主党の躍進でその解の一端を見つけたと思ったのではないか? その意味で今回の選挙は、「国民民主ジェネリック」あるいは「国民民主ポピュリズム」とでもいうべき現象が広がっているように映る。さて最終的な結果はいかなるものになるのだろう。

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フィジシャン・アシスタントによるケアの質への影響は?/BMJ

 英国・ノッティンガム大学のNicola Cooper氏らは、フィジシャン・アシスタント(Physician Assistant:PA)のケアの質への影響を明らかにする目的で、PAによるケアと医師によるケアを定量的に比較した研究についてシステマティックレビューを行い、エビデンスは限られており、診断前の状況でPAが間接的な指導の下で業務を行うことは、安全性または有効性の点で支持されるものではないことを報告した。PAは、特定の専門分野や地域における医療不足に対応するため、米国で導入された。英国では、最初のPAが2007年にパイロットプログラムを卒業したが、とくに「医師の代理」としての役割を果たすことに関してPA制度の導入に懸念が示されていた。著者は、「PAの監督体制と業務範囲に関する国のガイドラインを設けることで、PAの安全かつ効果的な業務を行えるようにすることができる」とまとめている。BMJ誌2025年7月3日号掲載の報告。PAによるケアvs.医師によるケア、定量的に比較した研究をレビュー 研究グループは、主要な医学電子データベースであるMedlineおよびEmbaseを包括的に検索するとともに、Google Scholarを用い検索語を「impact of physician assistants」として最初の200件に限定して検索を行った。 適格基準は、言語が英語で、2005年1月~2025年1月に発表され、先進国においてPAによるケアと研修医を含む医師によるケアを定量的に比較した実証研究であった。アウトカムは、Institute of Medicineによる質の定義に基づくケアの成果(安全性、有効性、患者中心性、適時性、効率性、公平性)とした。 適格基準を満たした研究は、プライマリケア、セカンダリケア、病院におけるPAと研修医の比較、診断/パフォーマンス、費用対効果に分類された。 2人の評価者が独立して、研究デザイン、サンプル、方法および結果に関するデータを抽出するとともに、各研究についてバイアスリスク評価ツールを用いた。 解析対象となった研究には異質性があるため、メタ解析は行わず主要な結果についてナラティブに統合した。各アウトカムに関するエビデンスの信頼性は、関連研究の数と質、および類似する研究間の結果の一貫性に基づいて評価された。PAのケア、直接監督下で診断後の場合は安全かつ効果的 検索により3,636報が特定され、タイトルと抄録による最初のスクリーニングで167件が候補となり、全文スクリーニングの結果、最終的に40件の研究が解析に組み込まれた。 これらの研究の多くは、質の低い後ろ向き観察研究であった。40件中31件が米国、4件がオランダ、4件が英国、1件がアイルランドで実施されたもので、新型コロナウイルス感染症流行以後のデータはなかった。 多くの研究で最も一貫性のある結果が得られたのは、PAが直接の監督の下で診断後のケアに従事している場合に安全かつ効果的に業務を行っているという研究であった。患者満足度については、PAと医師の間に差は認められなかった。 医療チームにPAを加えることはケアへのアクセス向上につながるが、これはPAという職種が持つ役割の固有の貢献というより、医療スタッフ数増加のメリットを反映している可能性が示唆された。 費用対効果に関するエビデンスは限られていた。英国では、社会経済的に恵まれない地域に住んでいる患者ほどPAによる診察を受ける傾向があった。

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新型コロナでがん患者の自宅看取りが増加/がん研究センター

 国立がん研究センターがん対策研究所(所長:松岡 豊)は、2021年に死亡した患者の遺族を対象に、人生の最終段階で受けた医療や療養生活の実態を把握する全国調査を実施し、その結果をまとめ、公表した。 今回の調査は、新型コロナウイルス感染症の流行期とアンケート実施時期が重なったことから、特殊な社会環境下における人生の最終段階の医療や療養生活に関する情報も得られた。 調査対象は、がんを含む主要10疾患(がん、心疾患、脳血管疾患、肺炎、腎不全、血管性などの認知症、アルツハイマー病、慢性閉塞性肺疾患、誤嚥性肺炎、老衰)により死亡した患者の遺族1万890人。また、この調査は、2018~19年度に実施した調査と同一の調査項目を用いており、一定の比較ができるもの。最後に患者が望む場所で過ごせた割合は37~60%【死亡場所で受けたケアの質について】 「医療者はつらい症状にすみやかに対応していた」とする割合は65~81%であり、がん・心疾患・脳血管疾患では前回より2~3ポイント低下していた。とくに老衰(80.7%)とがん(79.3%)が高い値だった。「死亡場所での医療に満足していた遺族」は65~81%であり、がん・肺炎・腎不全では前回より2~5ポイント増加した。【医療に関する希望の話し合いについて】 「医師と患者の間で最期の療養場所について話し合いがあった」という割合は23~53%であり、がんを含む5疾患では、前回より8~17ポイント増加した。とくにがん(52.9%)、老衰(39.7%)、慢性閉塞性肺疾患(39.5%)の順で高い値だった。【新型コロナウイルス感染症の看取りへの影響について】 「入院・入所していたため、面会制限により思うように面会できなかった」とする遺族の割合は61~82%だった。とくにがんでは、面会制限を避けて自宅療養を選択した割合が11%と相対的にやや高くなっていた。また、「面会制限で思うように面会できなかった割合」では、アルツハイマー病(81.5%)、誤嚥性肺炎(80.9%)、肺炎(78.8%)の順で高い値だった。【死亡前1ヵ月間の療養生活の質について】 「からだの苦痛が少なかった」とされた割合は37~53%であり、がんでは前回から4ポイント低下した。とくに老衰(52.5%)、アルツハイマー病(49.6%)、認知症(49.1%)の順で高かった。患者などが望んだ場所で過ごせた割合は37~60%であり、がんを含む5疾患では、前回より2~15ポイント増加した。

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1型糖尿病薬zimislecelが膵島機能を回復/NEJM

 1型糖尿病の患者において、同種多能性幹細胞由来の完全分化型膵島細胞療法薬zimislecel(VX-880)は、生理的膵島機能の回復をもたらし、血糖コントロールを改善し、治療関連有害事象やインスリン投与量管理の負担などのインスリン補充療法の短所を解消する可能性があることが、カナダ・トロント大学のTrevor W. Reichman氏らVX-880-101 FORWARD Study Groupが実施した「VX-880-101 FORWARD試験」で示された。研究の成果は、NEJM誌オンライン版2025年6月20日号に掲載された。第I/II相試験の予定外の中間解析結果 VX-880-101 FORWARD試験は、1型糖尿病患者におけるzimislecelの安全性と有効性の評価を目的とする、北米と欧州の施設が参加した進行中の第I/II/III相試験であり、今回は事前に予定されていなかった第I/II相部分の中間解析の結果が報告された(Vertex Pharmaceuticalsの助成を受けた)。 年齢18~65歳の1型糖尿病で、低血糖を自覚しにくく(低血糖の発症を感知する能力が低下している)、過去1年間に少なくとも2回の重症低血糖イベントを経験し、5年以上インスリン依存状態にある患者を対象とした。 パートAでは、zimislecelの半量(0.4×109細胞)を門脈へ単回投与し、必要な場合は初回投与から2年以内に残りの半量を単回投与することとした。パートBとパートCでは、zimislecelの全量(0.8×109細胞)を単回投与した。全例に、グルココルチコイドを含まない免疫抑制療法を行った。 パートAの主要エンドポイントは安全性であった。パートCの主要エンドポイントは、zimislecel投与後90~365日に重症低血糖イベントの発生がなく、180~365日における複数回の受診時にHbA1c値が7%未満であること、またはHbA1c値がベースラインから1%ポイント以上低下していることとした。被験薬関連の重篤な有害事象はない 少なくとも12ヵ月の追跡期間を終了した14例(平均糖尿病罹患期間22.8年[範囲:7.8~47.4]、平均総インスリン投与量/日39.3単位[範囲:19.8~52.0])を解析の対象とした。2例がzimislecelの半量投与を受け(パートA)、12例(平均年齢42.7歳、女性4例)は全量投与を受けた(パートB:4例、パートC:8例)。パートAの1例は、初回投与後9ヵ月の時点で2回目の半量投与を受け、その約3ヵ月後に同意を撤回した(有害事象が原因ではない)。 C-ペプチドは、ベースラインでは14例全例が検出不能であったが、zimislecel投与後は全例で検出されたことから、移植細胞の生着と膵島機能の回復が証明された。 有害事象の重症度はほとんどが軽度または中等度であった。頻度の高い有害事象は、下痢(11例[79%])、頭痛(10例[71%])、悪心(9例[64%])、新型コロナウイルス感染症(7例[50%])、口腔内潰瘍形成(7例[50%])、好中球数減少(6例[43%])、皮疹(6例[43%])であった。 試験の中止に至った有害事象は認めなかった。経過観察のために入院期間の延長に至った重篤な有害事象として好中球数減少が3例に発現し、重篤な急性腎障害が2例にみられた。担当医によってzimislecel関連またはその可能性が高いと判定された重篤な有害事象はなかった。 2例が死亡した。1例(パートB)は、手術に伴う頭蓋底損傷に起因する重篤なクリプトコッカス髄膜炎が原因で、担当医により免疫抑制薬関連死と判定された。もう1例(パートA)は、既存の神経認知障害の進行に起因するアジテーションを伴う重度認知症が原因であった。この症例には、試験登録前の交通事故による重度の外傷性脳損傷の既往歴があり、この事故は重症低血糖イベントが原因だった。全量単回投与の全例でHbA1c値<7%、10例でインスリン非依存 パートB/Cの12例では、重症低血糖イベントは発現せず、365日目の受診時にすべての患者でHbA1c値が7%未満であった。ベースラインから365日目までに、HbA1c値は平均1.81%ポイント低下した。 持続血糖測定器(CGM)を用いて、血糖値が目標範囲(70~180mg/dL)内にある時間の割合を評価したところ、ベースラインで70%を超える患者はなく、平均値は49.5%(範囲:19.0~66.2)であった。これに対し、150日目には全例が70%以上を達成し、その後の追跡期間を通じて全例でこの良好な血糖コントロールの状態が持続した。365日時の血糖値が目標範囲内にある時間の割合の平均値は93.3%(範囲:79.5~96.9)だった。 外因性インスリンの使用は、追跡期間中に12例全例で減量または中止されていた。ベースラインから365日目までに、インスリン使用量の平均値は92%低下した。150日目までに10例(83%)がインスリン非依存を達成し、この10例は365日の時点で外因性インスリンを使用していなかった。 著者は、「この結果は、多様な患者集団を対象とする、より大規模で長期にわたる試験においてzimislecelのさらなる検討を進めることを支持する」「これらの知見は、多能性幹細胞から膵島を作製し、1型糖尿病の治療に使用することは実質的に可能であるとのエビデンスを提供するものである」としている。

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COVID-19の世界的流行がとくに影響を及ぼした疾患・集団は/BMJ

 新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の世界的流行によって、COVID-19以外のいくつかの疾患、とくに精神疾患(抑うつ、不安障害)、アフリカ地域の幼児におけるマラリア、高齢者における脳卒中と虚血性心疾患の負担が著しく増加し、これには年齢や性別で顕著な不均衡がみられることが、中国・浙江大学のCan Chen氏らの調査で示された。研究の成果は、BMJ誌2025年7月2日号に掲載された。GBD 2021のデータを用いた時系列モデル分析 研究グループは、COVID-19の世界的流行が他の疾病負担の原因に及ぼした影響を体系的に調査し、評価することを目的に時系列モデル分析を行った(中国国家自然科学基金委員会の助成を受けた)。 世界疾病負担研究(GBD)2021に基づき、1990~2021年の174の原因による疾病負担のデータを収集した。時系列モデルを開発し、COVID-19が発生しなかったとするシナリオの下で、2020年と2021年における174の原因による疾病負担を、地域別、年齢層別、男女別にシミュレートすることで、他の原因の疾病負担に及ぼしたCOVID-19の影響を定量化した。 2020~21年の発生率、有病率、障害調整生存年(DALY)、死亡の増加の原因について、その比率の実測値と予測値の絶対的率差(10万人当たり)と相対的率差(%)を、95%信頼区間(CI)とともに算出した。率差の95%CIが0を超える場合に、統計学的に有意な増加と判定した。とくにマラリア、抑うつ、不安障害で、DALY負担が増加 世界的に、マラリアの年齢標準化DALY率は、10万人当たりの絶対差で97.9(95%CI:46.9~148.9)、相対的率差で12.2%(5.8~18.5)増加し、抑うつ状態はそれぞれ83.0(79.2~86.8)および12.2%(11.7~12.8)の増加、不安障害は73.8(72.2~75.4)および14.3%(14.0~14.7)の増加であり、いずれも顕著な統計学的有意性を示した。次いで、脳卒中、結核、虚血性心疾患で高い有意性を認めた。 さらに、10万人当たりの年齢標準化発生率および有病率は、抑うつ状態(発生率618.0[95%CI:589.3~646.8]、有病率414.2[394.6~433.9])と不安障害(102.4[101.3~103.6]、628.1[614.5~641.7])で有意に増加し、虚血性心疾患(11.3[5.8~16.7])と脳卒中(3.0[1.1~4.8])は年齢標準化有病率が著明に増加していた。抑うつ、不安障害のDALY負担増加は女性で顕著 加えて、マラリアによる年齢標準化死亡率が有意に増加していた(10万人当たり1.3[95%CI:0.5~2.1])。また、抑うつと不安障害は、世界的なDALY負担の増加の主要な原因であり、男性と比較して女性で顕著であった。 一方、マラリアは、アフリカ地域における最も深刻なDALY負担増加の原因であり、典型的には5歳未満の小児の罹患による負担が増加していた。また、脳卒中と虚血性心疾患は、欧州地域と70歳以上で負担が増加した。 著者は、「これらの知見は、将来の公衆衛生上の緊急事態に対する偏りのない備えに資するために、保健システムの回復力の強化、平等なサーベイランスの増強、複数の疾患と社会状況の重なりに関する情報に基づく戦略(syndemic-informed strategy)の導入が、緊急に求められることを強く主張するものである」としている。

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第251回 沖縄でコロナ急増、入院患者の半数が80歳以上 全国でも増加傾向続く/厚労省

<先週の動き> 1.沖縄でコロナ急増、入院患者の半数が80歳以上 全国でも増加傾向続く/厚労省 2.認知症薬レカネマブ、薬価15%引き下げへ 費用対効果に課題/中医協 3.医療機関の倒産、上半期35件で過去最多ペース/帝国データバンク 4.国立大病院の赤字が過去最大285億円、移植や高額薬が経営圧迫/国立大学病院長会議 5.「終末期医療は全額自己負担」に波紋、専門家は「事実誤認」指摘/参院選 6.ALS嘱託殺人事件、元医師の有罪確定 見張り役も共謀と判断/最高裁 1.沖縄でコロナ急増、入院患者の半数が80歳以上 全国でも増加傾向続く/厚労省厚生労働省は2025年7月11日、全国約3,000の定点医療機関から報告された新型コロナウイルス感染者数が、6月30日~7月6日の1週間で1医療機関当たり1.97人となり、前週(1.40人)比で1.41倍に増加と発表した。全国平均で3週連続の増加となり、全体で7,615人の新規感染者が報告された。都道府県別では、沖縄県が1定点当たり16.36人と突出しており、2位の山梨県(3.26人)、3位の千葉県(3.11人)を大きく引き離した。一方で、感染者数が少なかったのは鳥取(0.55人)、北海道(0.60人)、青森(0.67人)など。とくに沖縄県では感染拡大が顕著で、1週間の報告数は736人と前週の1.46倍。入院患者は85人で14人増加し、その約半数が80歳以上だった。年齢別でも60歳以上が最多で、高齢者層での感染と入院増が目立った。県では7月4日に独自の「新型コロナ感染拡大準備情報」を発令し、地域医療機関に注意を呼びかけている。併せてインフルエンザも継続的に流行しており、定点当たり4.96人と依然高い水準が続いている。今後も高齢者を中心とした重症化リスクを踏まえ、早期対応や感染対策の強化、病床確保が求められる状況にある。 参考 1) 2025年 7月11日 新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の発生状況について(厚労省) 2) 新型コロナ患者、3週連続で増加…人口当たりでは沖縄県が突出(読売新聞) 3) コロナ感染、増加傾向続く 前週比1・41倍(産経新聞) 4) コロナ感染者数、沖縄は前週の1.46倍に 1定点あたり16.36人 「感染拡大準備情報」を発表中(沖縄タイムス) 2.認知症薬レカネマブ、薬価15%引き下げへ 費用対効果に課題/中医協厚生労働省は7月9日に中央社会保険医療協議会(中医協)総会を開き、アルツハイマー病治療薬レカネマブ(商品名:レケンビ)について、その費用対効果が低いとする評価結果を受け、薬価を最大15%引き下げる方針を示した。レカネマブは、エーザイと米バイオジェンが共同開発し、2023年に国内で初めて承認されたアミロイドβを標的とする薬剤で、軽度認知障害(MCI)または軽度の認知症が対象。年間投与コストは約300万円で、公的医療保険の対象となっている。今回の評価では、認知機能の低下を27%抑制し、進行を7.5ヵ月遅らせるといった治験成績はあるものの、対象が軽症であることから介護費抑制効果が限定的と判断され、「費用対効果が不十分」と結論付けられた。国立保健医療科学院の分析では、現在の薬価の3分の1が妥当とされた。一方、エーザイは公的分析が「投与期間を18ヵ月までに限定」、「患者QOLの改善を軽視」など、評価モデルに乖離があるとして反論。「費用対効果は価格評価であり、薬の有効性自体を否定するものではない」と強調している。薬価は今後、中医協で議論され、激変緩和措置により最大15%の引き下げに止まる見通し。なお、薬価の費用対効果評価は2019年度から導入されており、エンシトレルビル フマル酸(同:ゾコーバ)などでも引き下げ例がある。 参考 1) 医薬品の費用対効果評価案について(厚労省) 2) アルツハイマー病治療薬「レカネマブ」 薬価15%引き下げへ(NHK) 3) エーザイ認知症薬「レカネマブ」値下げへ 中医協「費用対効果悪い」(日経新聞) 4) エーザイ、認知症薬の費用対効果で反論 中医協は「過小に評価」(同) 3.医療機関の倒産、上半期35件で過去最多ペース/帝国データバンク帝国データバンクの調査によれば、2025年上半期(1~6月)に倒産した医療機関は全国で35件に達し、過去最多だった前年(64件)を上回るペースで推移している。内訳は病院9件、診療所12件、歯科医院14件で、とくに病院の倒産が増加している。負債10億円以上の大型倒産も病院で4件確認された。これまで小規模事業者の破綻が中心だったが、中規模病院への波及が顕著となっている。主因は、物価・人件費・光熱費・医療機器価格などのコスト上昇に診療報酬が追いつかず、収益構造が逼迫している点にある。また、経営者の高齢化と後継者難により、診療所・歯科医院では廃業や解散も増加しているほか、病院では建物の老朽化が課題であり、耐用年数(39~40年)を超えても建て替え困難な事例が多発している。さらに注目されているのが「休廃業・解散」の急増で、1~5月だけで300件(病院12件、診療所288件)に上り、年換算で700件を超える見通し。医師の高齢化も深刻で、診療所経営者の過半が70歳以上、後継者不在は全体の50%超とされる。建設費高騰と資金難により、将来的な閉院リスクも増している。医師会などの調査では、医業利益ベースで赤字病院は全体の約7割に達しており、制度的支援がなければ地域医療の空白化が加速する恐れがある。今後の診療報酬・医療提供体制の在り方が問われる状況となっている。 参考 1) 倒産した医療機関 上半期で全国35件 過去最多ペース(NHK) 2) 医療機関の倒産、上半期は35件で過去最多を上回るペース 物価高、人件費の高騰で収益悪化(帝国データバンク) 3) 医療機関の倒産は過去最多ペース…「ある日突然、病院がなくなる」地域が急増する衝撃(日刊ゲンダイ) 4.国立大病院の赤字が過去最大285億円、移植や高額薬が経営圧迫/国立大学病院長会議国立大学病院長会議は、2024年度の決算速報で、全国42国立大学・44附属病院の経常損益が過去最大の285億円の赤字となったと公表した。前年度の赤字60億円からさらに大幅に悪化し、全体の7割近い29病院が赤字に陥っている。収益は547億円増加した一方で、人件費や医薬品・材料費の高騰などにより費用は772億円増加。物価高と働き方改革の影響が大きく、収入との乖離が赤字拡大の主因とされている。とくに移植手術では深刻な採算割れが発生しており、肺移植では1件当たり418万円の赤字、臓器移植全体でも平均290万円の損失となっている。加えて、高額医薬品(10万円以上)の使用が全体の28.5%を占め、その管理・維持に通常より数倍の人件費が必要とされるほか、キャンセル時には全額病院負担となることも経営を圧迫している。医療機器更新の停滞、診療報酬の低水準、研究・教育機能の劣化なども懸念され、病院長らは補正予算による支援と次期診療報酬改定での点数引き上げを強く要望している。大学病院が担う高度医療と医師養成の機能の維持には、早急な国の対応が不可欠と訴えている。 参考 1) 国立大病院285億円赤字 過去最大、24年度「新たな医療機器が買えない」(産経新聞) 2) 国立大学病院の赤字 過去最大の285億円 全体の7割近くが赤字に(NHK) 3) 国立大学病院長会議 42国立大学病院の24年度経常損益マイナス285億円 経営悪化で事業継続の危機訴え(ミクスオンライン) 5.「終末期医療は全額自己負担」に波紋、専門家は「事実誤認」指摘/参院選参政党が参議院選挙で掲げている「終末期の延命措置医療費の全額自己負担化」の公約が、大きな波紋を呼んでいる。同党は「過度な延命治療が医療費を押し上げる」として、胃ろうや点滴、経管栄養の制限と、診療報酬の定額制導入も主張している。神谷 宗幣代表は「蓄えの必要性を啓発する意図」と釈明するが、福岡 資麿厚生労働省大臣は「生命倫理に関わる問題で国民的議論が必要」と否定的な見解を示している。神谷氏の公約に対し、医療・政策専門家からは批判が相次いでいる。日本福祉大学名誉教授の二木 立氏は、死亡前1ヵ月の医療費は全体の約3%にすぎない点を挙げ、「終末期医療が医療費高騰の主因」とする主張は誤りと指摘。また、延命措置の線引きは曖昧で、終末期は必ずしも高齢者に限らず、子供にも適用されることもある。さらに、日本老年医学会の「立場表明2025」は、緩和ケアの推進と意思決定支援の重要性を強調し、「time-limited trial」などの柔軟な対応を推奨。個別の事情に応じた医療の必要性を訴えている。SNS上では「政治家が終末期医療を一律に制限することは、尊厳や人権を損なう」との声も広がる。医療現場では、患者や家族との対話を重視し、画一的な制限ではなく、多様なニーズに応じたケアが求められている。今回の公約は、医療者や国民との合意形成の積み重ねに逆行するものであり、終末期医療の制度設計をめぐる今後の議論に注目が集まっている。 参考 1) 参政党の政策(参政党) 2) 終末医療は全額自己負担 参政党が異常な公約(しんぶん赤旗) 3) 参政公約「終末期延命措置は全額自己負担」 神谷氏「啓発する思い」(朝日新聞) 4) 参政党の医療公約「終末期の延命医療費の全額自己負担化」医療政策学者と検証する(医療記者、岩永直子のニュースレター) 5) 終末期医療めぐる議論に医師作家「終末期=高齢者では決してありません」(日刊スポーツ) 6.ALS嘱託殺人事件、元医師の有罪確定 見張り役も共謀と判断/最高裁2019年にALS(筋萎縮性側索硬化症)の女性患者(当時51歳)の依頼を受けて薬物を投与し死亡させた嘱託殺人事件で、最高裁第2小法廷は7月7日、元医師・山本 直樹被告(48)の上告を棄却し、懲役2年6ヵ月の実刑が確定した。実行犯である元医師・大久保 愉一受刑者(47)はすでに懲役18年が確定している。山本被告は「殺害計画は知らなかった」と無罪を主張したが、一審・京都地裁は「見張り役として犯行を支援し、被害者と大久保受刑者を繋ぐ調整役を果たした」と指摘。被害者から約130万円を受け取り、訪問日程の調整も行っていた点から「殺害の意図を認識し、共謀していた」と判断された。大阪高裁もこの判断を支持し、最高裁は「判例違反などの上告理由にあたらない」として棄却した。本件とは別に、山本被告は2011年に父親を殺害した罪でも懲役13年が確定しており、大久保受刑者も一連の事件で懲役18年が確定している。ALS患者による「自死の選択」をめぐる社会的議論が続く中、本件は「患者の依頼による殺害」でも、法的責任が厳格に問われた判例として注目されている。安楽死・尊厳死の制度化がないわが国では、医療者による関与があっても刑事責任を免れないことが改めて確認された。今後も生命倫理と医療行為の境界における慎重な議論が求められる。 参考 1) ALS患者の嘱託殺人、「見張り役」元医師の実刑確定へ 最高裁(朝日新聞) 2) 元医師も実刑確定へ 最高裁、ALS嘱託殺人(日経新聞) 3) 元医師、懲役2年6月確定へ ALS嘱託殺人、上告棄却 最高裁(時事通信)

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第270回 絶句の連続…某党が掲げる医療政策

東京都内が猛暑日を迎える中、街中が賑わしい。7月3日に第27回参議院選挙が公示されたからだ。前哨戦とも言われた東京都議選で国政・都政与党の自民党は大敗、公明党も議席を減らし、立憲民主党、国民民主党、参政党が議席増。とくに国民民主党と参政党は前回議席なしから、それぞれ9議席、3議席を獲得した。なかでも参院選を前に過去1週間以内に発表された世論調査で支持率(共同通信は参院選比例投票先)を伸長させているのが参政党で、その支持率はNHKが4.2%、JNN(TBS系列)が6.2%、ANN(テレビ朝日系列)が6.6%、NNN(日本テレビ系列)・読売新聞、朝日新聞がそれぞれ5%、共同通信が8.1%。共同通信調査では自民党に次ぐ第2位、JNN、ANN、NNN・読売新聞の調査で自民党、立憲民主党に次ぐ第3位(国民民主党とタイ)、NHK、朝日新聞の調査で第4位である。本連載では過去から国政選挙時に各政党の政策を取り上げているが、今回はまず急激に支持を広げる参政党の医療・介護政策について、より詳細に見ていきたいと思う。社会保険料を疾患一次予防で削減?昨年の衆議院選挙では「日本をなめるな」、そして今回は「日本人ファースト」をスローガンに掲げる同党。今回はこのスローガンの下に「3つの柱と9つの政策」を謳い、この各柱の下に3つずつ政策が連なっている。まず、「1の柱 日本人を豊かにする~経済・産業・移民~」では、「政策1 “集めて配る”より、まず減税」で、▽対症療法から予防医療への転換で支出を最適化し、社会保険料の負担を軽減▽消費税減税と社会保険料軽減によって国民負担率上限35%の実現を提言している。後者は前回の衆議院選挙でも同党が掲げた政策だが、当時はその方法論を明示はしていなかった。今回、国政選挙でその一端を明示したわけだが、率直に言ってのっけから???である。まず、同党の政策でいう「予防」が「一次予防」を意味するのか、「二次予防」を意味するのかは文言だけでは判別不能である。もっとも一般人がイメージする「予防」の多くは「一次予防」だろう。その前提で考えてみる。世の中に存在する疾患の中には、そもそも原因すら不明で予防策すら見つからないものは多々ある。難病はその典型である。しかも、難病では近年、新たな治療薬の開発・上市も進んでいるが、その多くは高額である。少なくともこの領域では予防も医療費の最適化も困難である。では、ほかの疾患についてはどうか? 端的に言えば、理論上予防対策がある疾患は存在するが、それを具体的に国策に落とし込めるか否かは別問題である。ここで2023年に国立がん研究センターと国立国際医療研究センターが共同で行った、がん予防の経済効果(がんによる経済的負担と生活習慣や環境要因など予防可能なリスク要因に起因するがんの経済的負担を推計)に関する研究を引用してみたい。同研究によると、予防可能なリスク要因に起因するがんの経済的負担は約1兆240億円。予防可能な主なリスク要因別の経済的負担は、「感染」が約4,788億円、「能動喫煙」が約4,340億円、「飲酒」が約1,721億円と推計されている。このうち感染、すなわちヘリコバクター・ピロリ菌による胃がん、B型肝炎ウイルス・C型肝炎ウイルスによる肝がん、ヒトパピローマウイルスによる子宮頸がん・中咽頭がんは、ある意味で政策には落とし込みやすいとは言える。とはいえ、定期接種であるHPVワクチンも最終的に接種するかどうかは個人の意思であり、完全なコントロールは不能である。そして喫煙、飲酒はどうするのか? 究極はタバコ、酒の販売禁止しか方策はない。こう言うと、いまだに「酒は多少ならば…」と言い出す人もいるが、昨今の研究では飲酒は量の多少にかかわらず、がんをはじめとする各種疾患のリスクになり得るという研究が明らかになっている。「運動不足」「過体重」に至っては、国として実効性のある政策に落とし込むことすら難しいだろう。政策で国民に運動の励行を半ば強制するならば、もはや北朝鮮のマスゲーム状態である。また、仮にこれらを完全に実行できたとしても、社会保険料の引き下げという形で国民に恩恵をもたらすのは、おそらく数十年後である。確かに疾患予防は理想的ではあるが、それを政策化して定着させるためには、がんに限ってもいくつもの壁がある。また、それ以前に予防に関するエビデンスもいまだ十分とは言えない。このように少なくとも公党が政策として“予防”を掲げる環境にはなく、それでもなお掲げるのであれば、より具体的な政策まで落とし込んだ提案が必要であり、率直に言って、今回の参政党が掲げた内容はファッションの域を出ないというのが個人的な印象である。争いを起こしたいの?そして「2の柱 日本人を守り抜く〜食と健康・一次産業〜」では、「政策5 GoToトラベルで医療費削減」と謳い、▽一定期間、健康を維持し、医療費削減に貢献された高齢者に対し、国内旅行で使えるクーポン券を支給する「Go To トラベルによる医療費削減インセンティブ制度」を創設▽制度導入時に予防医療のエビデンスに基づいたサービスを健康保険の対象とする制度改革も実施と提言している。「Go To トラベルによる医療費削減インセンティブ制度」だが、そもそも加齢により生理機能が低下している高齢者で、何をもって「一定期間、健康を維持した」と定義するかが不明である。ただ、想像するに各種検査値の正常維持を念頭に置いているのではないだろうか? 少なくとも一定期間の健康維持を国の政策として採用するならば、明確な数値が必要だからだ。しかし、それはあまりにも無理があると言わざるを得ない。たとえば血圧値で考えれば、とくに乱れた日常生活を送っていなくとも、加齢とともに上昇するのは医療者ならばご存じのとおり。また、個々人ごとの遺伝的な体質の違いもあり、検査値の正常を維持したくともできない人もいるのである。その中で「健康」と「不健康」を分け、しかもそこにインセンティブを国として与えようなどと言うのは、高齢者内の分断を生む愚策でしかない。頑張ってもクーポン券をもらえない高齢者は、もらえた高齢者をどんな目で見つめるのだろうか?この政策を目にして、あるドラマのワンシーンを思い出した。TBSを代表するドラマ「3年B組金八先生」だ。三者面談の際に自分の成績に見合わない高い志望校を提示した生徒と母親に、武田 鉄矢氏が扮する坂本 金八と石黒 賢氏が扮する副担任の新米教師・真野 明が対峙する。希望する志望校にやや難色を示す金八と真野の前に母親が偏差値60を超えた塾での成績表を見せると、真野が笑いながら「まぐれじゃないのか?」と応じると、母親は「何で褒めてくださらないのですか? 塾の先生は60超えた生徒にはハンバーガーをご馳走してくれるのに…」と食い下がる。この面談を終えた後に、問わず語りのように金八先生が真野先生に語るシーンがある。「しかし塾の先生も本当にむごいことするな。ハンバーガーをおごってもらえなかった。子供の気持ちこそが問題なんだよ。たかだか200円か300円の代物だよ。しかし、おごってもらえなかった子供は食っとるやつをじっと見とるよ。腹の中じゃな、ぶっ殺してやりたいと思いながら食っとるやつを眺めとる。そしてハンバーガーを食うたんびに、その悔しさを思い出すんだよ。ハンバーガーをおごってもらえない子供たち、その大多数がわれわれの教え子だ。しかし、この大多数こそが社会に出ると無口で実に誠実な労働者になる。そして彼らこそが日本を日本の社会を支えてるんですよ。ですから、食い物で釣っちゃいかん、食い物で差別しちゃいかん」(3年B組金八先生シリーズ3 第10話「進路決定・三者面談1」より 全文ママ)まったく同じことがこの件でも言えるのではないだろうか???????さらに「2の柱」では、「政策6 金儲け医療・WHOパンデミック条約に反対」という項目もある。この内容を箇条書きすると、▽感染症の再発防止やまん延防止のための独立した国内機関を設立▽国際機関の勧告が日本の国情や科学的知見に合致しない場合に国内判断を優先する主権的対応を制度化▽危険性の高い病原体を扱う研究施設については、居住地や都市部から十分な距離を確保する立地規制▽ワクチンや治療薬の安全性・有効性は利益相反のない第三者機関による評価を義務付ける制度を整備となる。一番目はすでに自公政権下でこの4月から発足した「国立健康危機管理研究機構(JIHS)」に近いものかもしれないが、「独立した」という表現からすると、行政機関からも独立したものを想定しているのかもしれない。しかし、より充実した感染症対策を進めるには膨大な予算が必要であり、完全民営の機関設立は現実的とは言えない。3番目についてはバイオセーフティレベル4(BSL4)施設のことを意味していると考えられ、一定の理解もしうるが、人里離れた地域では土砂災害などの危険性も考慮しなければならず、住宅地などから距離を取ればよいという単純なものではない。だが、これ以上に問題なのは2番目と4番目である。そもそも国境を越えた人の往来が活発化している中で、感染症対策を一国独自主義で対応することそのものがナンセンスであることは、すでに新型コロナウイルス感染症のパンデミックで証明済みである。「日本の国情や科学的知見」と言うが、「日本の国情」はまだしも「日本の科学的知見」とはなんぞや?と首をかしげてしまう。そもそも新興感染症では各国とも国際機関と連携しながら科学的知見を共有・統一するのが原則である。そのなかで日本だけの独自の科学的知見と言ってしまうのは、まるで「1+1」の答えが国境を超えると変わるかのような言いっぷりである。そして4番目だが、国の医薬品・ワクチンの承認審査での利益相反管理をまるで知らないかのようだ。もはや、どこぞの国のACIP委員総入れ替え問題を彷彿とさせるレベルの話である。以上をざっくりまとめるならば、医療に対する「ド素人の戯言」である。

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WHO予防接種アジェンダ2030は達成可能か?/Lancet

 WHOは2019年に「予防接種アジェンダ2030(IA2030)」を策定し、2030年までに世界中のワクチン接種率を向上する野心的な目標を設定した。米国・ワシントン大学のJonathan F. Mosser氏らGBD 2023 Vaccine Coverage Collaboratorsは、目標期間の半ばに差し掛かった現状を調べ、IA2030が掲げる「2019年と比べて未接種児を半減させる」や「生涯を通じた予防接種(三種混合ワクチン[DPT]の3回接種、肺炎球菌ワクチン[PCV]の3回接種、麻疹ワクチン[MCV]の2回接種)の世界の接種率を90%に到達させる」といった目標の達成には、残り5年に加速度的な進展が必要な状況であることを報告した。1974年に始まったWHOの「拡大予防接種計画(EPI)」は顕著な成功を収め、小児の定期予防接種により世界で推定1億5,400万児の死亡が回避されたという。しかし、ここ数十年は接種の格差や進捗の停滞が続いており、さらにそうした状況が新型コロナウイルス感染症(COVID-19)パンデミックによって助長されていることが懸念されていた。Lancet誌オンライン版2025年6月24日号掲載の報告。WHO推奨小児定期予防接種11種の1980~2023年の動向を調査 研究グループは、IA2030の目標達成に取り組むための今後5年間の戦略策定に資する情報を提供するため、過去および直近の接種動向を調べた。「Global Burden of Diseases, Injuries, and Risk Factors Study(GBD)2023」をベースに、WHOが世界中の小児に推奨している11のワクチン接種の組み合わせについて、204の国と地域における1980~2023年の小児定期予防接種の推定値(世界、地域、国別動向)をアップデートした。 先進的モデリング技術を用いてデータバイアスや不均一性を考慮し、ワクチン接種の拡大およびCOVID-19パンデミック関連の混乱を新たな手法で統合してモデル化。これまでの接種動向とIA2030接種目標到達に必要なゲインについて文脈化した。その際に、(1)COVID-19パンデミックがワクチン接種率に及ぼした影響を評価、(2)特定の生涯を通じた予防接種の2030年までの接種率を予測、(3)2023~30年にワクチン未接種児を半減させるために必要な改善を分析するといった副次解析を行い補完した。2010~19年に接種率の伸びが鈍化、COVID-19が拍車 全体に、原初のEPIワクチン(DPTの初回[DPT1]および3回[DPT3]、MCV1、ポリオワクチン3回[Pol3]、結核予防ワクチン[BCG])の世界の接種率は、1980~2023年にほぼ2倍になっていた。しかしながら、これらの長期にわたる傾向により、最近の課題が覆い隠されていた。 多くの国と地域では、2010~19年に接種率の伸びが鈍化していた。これには高所得の国・地域36のうち21で、少なくとも1つ以上のワクチン接種が減っていたこと(一部の国と地域で定期予防接種スケジュールから除外されたBCGを除く)などが含まれる。さらにこの問題はCOVID-19パンデミックによって拍車がかかり、原初EPIワクチンの世界的な接種率は2020年以降急減し、2023年現在もまだCOVID-19パンデミック前のレベルに回復していない。 また、近年開発・導入された新規ワクチン(PCVの3回接種[PCV3]、ロタウイルスワクチンの完全接種[RotaC]、MCVの2回接種[MCV2]など)は、COVID-19パンデミックの間も継続的に導入され規模が拡大し世界的に接種率が上昇していたが、その伸び率は、パンデミックがなかった場合の予想よりも鈍かった。DPT3のみ世界の接種率90%達成可能、ただし楽観的シナリオの場合で DPT3、PCV3、MCV2の2030年までの達成予測では、楽観的なシナリオの場合に限り、DPT3のみがIA2030の目標である世界的な接種率90%を達成可能であることが示唆された。 ワクチン未接種児(DPT1未接種の1歳未満児に代表される)は、1980~2019年に5,880万児から1,470万児へと74.9%(95%不確実性区間[UI]:72.1~77.3)減少したが、これは1980年代(1980~90年)と2000年代(2000~10年)に起きた減少により達成されたものだった。2019年以降では、COVID-19がピークの2021年にワクチン未接種児が1,860万児(95%UI:1,760万~2,000万)にまで増加。2022、23年は減少したがパンデミック前のレベルを上回ったままであった。未接種児1,570万児の半数が8ヵ国に集中 ワクチン未接種児の大半は、紛争地域やワクチンサービスに割り当て可能な資源がさまざまな制約を受けている地域、とくにサハラ以南のアフリカに集中している状況が続いていた。 2023年時点で、世界のワクチン未接種児1,570万児(95%UI:1,460万~1,700万)のうち、その半数超がわずか8ヵ国(ナイジェリア、インド、コンゴ、エチオピア、ソマリア、スーダン、インドネシア、ブラジル)で占められており、接種格差が続いていることが浮き彫りになった。 著者は、「多くの国と地域で接種率の大幅な上昇が必要とされており、とくにサハラ以南のアフリカと南アジアでは大きな課題に直面している。中南米では、とくにDPT1、DPT3、Pol3の接種率について、以前のレベルに戻すために近年の低下を逆転させる必要があることが示された」と述べるとともに、今回の調査結果について「対象を絞った公平なワクチン戦略が重要であることを強調するものであった。プライマリヘルスケアシステムの強化、ワクチンに関する誤情報や接種ためらいへの対処、地域状況に合わせた調整が接種率の向上に不可欠である」と解説。「WHO's Big Catch-UpなどのCOVID-19パンデミックからの回復への取り組みや日常サービス強化への取り組みが、疎外された人々に到達することを優先し、状況に応じた地域主体の予防接種戦略で世界的な予防接種目標を達成する必要がある」とまとめている。

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第250回 高齢者薬物療法ガイドライン10年ぶり改訂、慎重投与薬と開始推奨薬を更新/老年医学会

<先週の動き> 1.高齢者薬物療法ガイドライン10年ぶり改訂、慎重投与薬と開始推奨薬を更新/老年医学会 2.転院搬送GLを改訂、病院救急車・民間搬送活用で救急逼迫緩和へ/厚労省 3.医療差し控えも選択肢、尊厳守る終末期ケアを/日本老年医学会 4.マイナ保険証スマホ対応拡大9月から本格化、導入費用も支援/厚労省 5.医療政策左右する参院選がスタート、診療報酬改定がカギに/日医ほか 6.高齢者世帯が3割超、単身900万世帯に、支援体制構築が急務/厚労省 1.高齢者薬物療法ガイドライン10年ぶり改訂、慎重投与薬と開始推奨薬を更新/老年医学会日本老年医学会は10年ぶりに『高齢者の安全な薬物療法ガイドライン2025』を改訂し、「特に慎重な投与を要する薬物」と「開始を考慮するべき薬物」のリストを更新した。主に75歳以上の高齢者や要介護者を対象に、薬物有害事象のリスク軽減を目的とする。新たな知見や800を超える論文を基に改訂され、多職種連携や高齢者総合機能評価(CGA)の活用も重視されている。「特に慎重な投与を要する薬物」には、糖尿病治療で使用が広がるGLP-1受容体作動薬やGIP/GLP-1受容体作動薬が追加され、吐き気・下痢・体重減少といった副作用がサルコペニアやフレイルを悪化させるリスクが指摘された。また、ベンゾジアゼピン系睡眠薬や抗不安薬、抗精神病薬、NSAIDs、利尿薬、抗糖尿病薬など28系統が慎重投与リストに含まれる。その一方で、H2受容体拮抗薬はリストから削除された。「開始を考慮するべき薬物」には、COPD治療薬のLAMA、LABA、副作用が少ないβ3受容体作動薬やPDE5阻害薬が追加された。ACE阻害薬やARB、DMARDsは削除された。さらに、「日本版抗コリン薬リスクスケール」が初めて導入され、抗コリン作用を持つ薬剤158種のリスクを3段階で評価。ポリファーマシー対策や服薬支援に役立つ指標となる。ガイドラインでは、患者のADL、認知機能、生活状況を多職種で共有し、処方の見直しや必要最小限の薬物療法への移行を推奨。漫然と処方し続けることによる健康リスクを防ぐことが求められている。医療現場では、薬剤の必要性を常に再評価し、患者個別の状況に応じた柔軟な対応が重要だ。 参考 1) 高齢者の安全な薬物療法ガイドライン2025(日本老年医学会) 2) 「日本版抗コリン薬リスクスケール(JARS)WEB版評価ツール」 公開のお知らせ(同) 3) 高齢者に「慎重な投与を要する薬」リスト公表 老年医学会が改定(毎日新聞) 4) 10年ぶりに改訂された「高齢者の安全な薬物療法ガイドライン」、どう変わった?日経メディカル) 2.転院搬送GLを改訂、病院救急車・民間搬送活用で救急逼迫緩和へ/厚労省救急搬送件数が3年連続で過去最多の記録を更新する中、消防庁と厚生労働省は『転院搬送ガイドライン』を改訂し、救急車の適正利用を推進する新たな方針を示した。今回の改訂では、緊急性の低い転院搬送において、医療機関が病院救急車や救急救命士を活用し、医療主導で搬送体制を整備することを明記し、2024年度の診療報酬改定で新設された「救急患者連携搬送料」の活用も促している。一方、消防庁の調査では、民間の患者等搬送事業者による転院搬送が2024年度に35万7,265件となり、前年比11.7%増と大きく伸びた。事業所数も増加し、救急現場の逼迫緩和に一定の効果を示している。消防庁は、患者等搬送事業者の一覧を各消防本部のホームページに掲載するよう周知し、市民への認知度向上にも努めている。限られた救急資源を本当に必要な事案に投入するためには、医療機関・民間搬送事業者・消防の役割分担が不可欠であり、地域ごとの合意形成と搬送体制整備が喫緊の課題となっている。 参考 1) 転院搬送における救急車の適正利用の推進について(厚労省) 2) 転院搬送GL、病院救急車の活用追加 消防庁・厚労省が改訂(MEDIFAX) 3) 患者等搬送事業者の転院搬送、12%増の36万件 24年度 消防庁(CB news) 3.医療差し控えも選択肢、尊厳守る終末期ケアを/日本老年医学会日本老年医学会は6月27日、人生の最終段階における医療・ケアに関する「立場表明2025」を発表した。2001年、2012年に続く改訂で、75歳以上が2,000万人を超える超高齢社会を背景に、「すべての人が最期まで『最善の医療・ケア』を受ける権利を持つ」と明言した。病気や障害を問わず緩和ケアの推進を掲げ、医療やケアの選択は「本人の満足」を基準とすべきと訴えている。年齢による差別(エイジズム)に反対し、がん以外の心疾患、腎不全、認知症などでも緩和ケアの重要性が増していると指摘。とくに認知症では苦痛の訴えが困難なことから啓発の必要性を強調した。人生の最終段階は、病状や老衰が不可逆的で回復困難な状態にあり、医療・ケアチームが本人の意向を尊重した上で、人生の「最終章」と捉えられる場合と定義。本人の尊厳や苦痛への配慮から、医療行為の差し控えや終了も選択肢とし、その判断は安楽死や自殺ほう助とは異なるとした。胃ろうや人工呼吸器の使用については慎重な検討を求める一方で、急変時の治療は「生命の擁護」に必要と位置付けている。 参考 1) 高齢者の人生の最終段階における医療・ケアに関する立場表明2025(日本老年医学会) 2) 病気問わず緩和ケア推進を 人生の最終段階、学会見解(共同通信) 4.マイナ保険証スマホ対応拡大9月から本格化、導入費用も支援/厚労省厚生労働省は、マイナンバーカードと健康保険証を一体化した「マイナ保険証」をスマートフォンで利用できる仕組みの全国展開を進めている。7月から関東15の医療機関で実証実験が始まり、9月以降、環境が整った施設から順次導入される。専用のカードリーダー購入費用は8月から補助され、病院3台、薬局や診療所1台が目安となる。iPhone・Android双方が対応し、スマホ単体での本人確認と資格確認が可能となる。従来の保険証では他人利用や有効期限切れの問題があったが、スマホ化で厳密な本人確認と医療データ活用が期待される。一方、マイナンバーカード本体と電子証明書は2025年から大量の更新期限を迎え、更新忘れによる保険証利用不可や医療機関でのトラブルが懸念されている。政府は次期カードへの切り替えや周知も進め、マイナ保険証の利用率向上と医療DXの推進を目指す。利便性の向上とともに、制度理解と更新手続きの周知が急務となっている。 参考 1) スマホでマイナ保険証利用 医療機関の導入費用補助へ 厚労相(NHK) 2) スマホ搭載のマイナ保険証、受け付け機器導入費を補助 厚労省(日経新聞) 3) スマホを使った「マイナ保険証」の実証実験スタート スマホ1台で保険診療が受けられる(ITmedia) 4) マイナンバーカード2025年問題 迫る2つの期限切れ、何が起きる?(日経新聞) 5.医療政策左右する参院選がスタート、診療報酬改定がカギに/日医ほか2025年7月3日に公示された第27回参議院議員選挙は、医療・介護・福祉の未来を左右する重要な選挙として、医療関係団体が強い関心を寄せている。日本医師会の松本 吉郎会長は「わが国の医療・介護・福祉の未来を問う選挙」と位置付け、診療報酬改定や財源確保の必要性を訴えている。とくに2025年度補正予算や2026年度診療報酬改定に向け、物価高や賃金上昇に対応した医療機関経営の安定化が急務とされている。日本病院会の相澤 孝夫会長も、日病の提言に賛同する候補を積極的に支援する方針を示し、病院経営支援や入院基本料引き上げ、かかりつけ医機能強化を訴えた。また、釜萢 敏氏(日本医師会副会長)が組織内候補として比例区から出馬し、「医療施設の突然の崩壊防止」「医療従事者の処遇改善」に全力を尽くす決意を表明した。一方、政府は「骨太の方針2025」で社会保障費の伸びを一定程度容認しつつも、医療費抑制策を打ち出している。その一環としてOTC類似薬の保険適用除外が検討され、患者負担増加への懸念が高まっている。これに対し医療界からは、必要な治療薬の負担増が患者の健康や生活を脅かすと反対の声が上がっている。今回の選挙には医師資格保持者20人が立候補し、医療・介護・福祉に関する政策が争点となっている。とくに日本医師会の政治団体である日本医師連盟が擁立した釜萢氏は、新型コロナ対応や医療現場の声を政治に届ける実績を持ち、今後は「持続可能な医療提供体制」「限りある財源の公平な配分」に注力するとしている。日医は40万票超の得票を目指し、医療界の結束を呼び掛けている。OTC薬の保険適用除外による国民負担増問題や、診療報酬改定の行方など、参院選後も医療界と政治の関係は緊密な対応が求められる。医師としての視点からも、医療政策と財源確保への理解と関心が重要となる。 参考 1) 釜萢常任理事を次期参議院選挙比例区(全国区)の推薦候補者として擁立することを決定(日医) 2) 日医・松本会長 参院選は「我が国の医療・介護・福祉の未来を問う選挙」 医療財源の確保に決意(ミクスオンライン) 3) 石破政権「医療費改悪」でOTC類似薬が保険適用除外へ 解熱剤は40倍、湿布薬は36倍に自己負担額増加 “安く作れるクスリの保険適用”をなぜやめるのか(マネーポストWEB) 6.高齢者世帯が3割超、単身900万世帯に、支援体制構築が急務/厚労省厚生労働省が発表した2024年「国民生活基礎調査」によると、全国の世帯総数は約5,482万5,000世帯で、65歳以上の高齢者がいる世帯は約2,760万世帯と半数を超え、単身の高齢者世帯は初めて900万世帯を突破し、過去最多となった。とくに75歳以上の高齢者や女性の割合が高く、孤立や生活支援の必要性が指摘されている。一方、18歳未満の子供がいる世帯は約907万世帯と過去最少で、全体の16.6%に止まった。生活が「苦しい」と感じている世帯は全体の6割に上り、子供がいる世帯では64.3%ととくに高く、物価高の影響も背景にある。子育て世帯の母親の就業率は80.9%と過去最高となり、正規雇用34.1%、非正規36.7%と、生活維持のため女性就労が不可欠な状況が鮮明になっている。また、副業・兼業の普及は進まず、実施者は全体の3%に止まっており、労働時間管理の煩雑さが障壁となっている。政府は2026年の労働基準法改正を目指し、労働時間の通算管理の見直しを検討。高齢化、子育て世帯の減少、生活苦、人手不足など、多層的な社会課題が浮き彫りとなっている。 参考 1) 2024(令和6年) 国民生活基礎調査の概況(厚労省) 2) 高齢者世帯 数・割合とも過去最高-厚労省(CB news) 3) 子育て世帯「母親が仕事」8割超す 厚労省調査で過去最高(日経新聞) 4) 65歳以上の「単身高齢者」 初めて900万世帯超える 厚労省(NHK)

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高齢者の夜間頻尿、改善のカギは就寝時間か

 夜間頻尿は特に高齢者を悩ませる症状の一つであり、睡眠の妨げとなるなど生活の質(QOL)に悪影響を及ぼすことがある。今回、適切な時刻に規則正しく就寝する生活を送ることで、高齢者の夜間頻尿が改善する可能性があるとする研究結果が報告された。研究は、福井大学医学部付属病院泌尿器科の奥村悦久氏らによるもので、詳細は「International Journal of Urology」に4月26日掲載された。 夜間頻尿は、夜間に排尿のために1回以上起きなければならない症状、と定義されている。主な原因としては、夜間多尿、膀胱容量の減少、睡眠障害が知られている。疫学研究により、夜間頻尿はあらゆる年齢層における主要な睡眠障害の一因であり、加齢とともにその有病率が上昇することが示されている。加齢に伴う睡眠障害の一つの特徴として、就寝時間が早まる傾向がある。その結果、高齢者では総睡眠時間は延長するものの眠りが浅くなり、軽い尿意で覚醒するようになる。しかし、睡眠障害の治療が夜間頻尿の改善につながることを示唆する前向き臨床試験の報告は限られている。このような背景を踏まえ著者らは、就寝時刻を調整することで高齢者の夜間頻尿が改善するという仮説を立てた。 本研究では、睡眠・覚醒活動を測定するウェアラブルデバイスを患者に装着して就寝してもらった。得られた1週間分の就寝時刻、中途覚醒時間のデータから、最急降下法を応用して考案した独自のアルゴリズム(特許出願中)を用いて患者ごとに適切な就寝時刻を決定し、その時刻に就寝する生活を続けることによる夜間頻尿の変化を検証した。解析対象は、2021年4月~2023年12月にかけて、夜間頻尿を主訴として福井大学附属病院とその関連病院を受診した患者33名とした。患者を交互割り付けで4週間毎の介入→非介入群と非介入→介入群の2群に分け、それぞれに対し2週間のウォッシュアウト期間を設けるクロスオーバー試験を実施した。介入期間中は、上記方法で決定した個別の就寝時刻に就寝してもらい、排尿状態は各期間の前後3日に記録した排尿日誌を、睡眠の質はピッツバーグ睡眠質問票(PSQI)を用いてそれぞれ評価した。主要評価項目は夜間排尿回数(Nocturnal urinary frequency;NUF)の変化量とし、副次評価項目は夜間尿量(Nocturnal urine volume;NUV)、就寝から第一覚醒までの時間(Hours of undisturbed sleep;HUS)、NUV(NUV per hour;NUV/h)、PSQIなどの変化量と設定した。変化量はrepeated measures ANOVAで評価した。 解析対象は、新型コロナウイルス感染症流行に伴う移動制限、生活習慣の変化などの理由により9名を除外した24名となった。対象の平均年齢は79.7±5.6歳であり、男性17名、女性7名であった。介入前の対象群の平均就寝時刻は21時30分で、介入後は22時11分となり、24人中22人が就寝時間を遅らせる結果となった。 介入期間中のNUFは、非介入期間と比較して有意に減少した(-0.90回 vs -0.01回、P<0.01)。さらに、Spearmanの順位相関検定の結果、NUFの変化量と就寝時間の変化量の間には有意な相関が認められた(r=-0.58、P=0.003)。 また非介入期間と比較して、介入期間においてHUSは有意に延長し(62.8分 vs. 12.7分、P=0.01)、NUVは有意に減少した(-105.6mL vs. 4.4mL、P=0.04)。特にHUSまでのNUV/hが有意に減少し(-28.4mL/h vs. -0.17mL/h、P=0.04)、さらにPSQIも有意な改善を認めた(-2.4 vs. 1.2、P=0.02)。 本研究の結果について著者らは、「夜間頻尿を有する高齢者は最適な就寝時刻より早く就寝している傾向にある可能性が高い。しかし、適切な時刻に規則正しく就寝する生活を送ることで、睡眠の質にとって非常に重要な要素であるといわれる『就寝から第一覚醒までの時間』が有意に延長され、これに伴い夜間尿量、特に『就寝から第一覚醒までの時間』における単位時間あたりの尿量が有意に減少し、結果として夜間排尿回数が有意に減少する可能性がある。これらの結果は、就寝時刻の調整が夜間頻尿に対する有効な行動療法となる可能性を示唆している。また、実際の就寝時刻と最適な就寝時刻の差が大きい患者ほど介入の有効性が高い可能性がある」と述べている。

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