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抗体保有率、東京都0.10%こんにちは。医療ジャーナリストの萬田 桃です。医師や医療機関に起こった、あるいは医師や医療機関が起こした事件や、医療現場のフシギな出来事などについて、あれやこれや書いていきたいと思います。6月19日、やっとプロ野球が開幕しました。新型コロナウイルス陽性が判明した巨人の坂本・大城両選手も開幕試合になんとか間に合ったようです。私も何試合かテレビ中継を観ましたが、やはり無観客試合はどうもしっくりきません。打撃音やキャッチングの音、選手の声が聞こえるのはいいのですが、応援なしだとなんだか草野球を観ているようで、プロらしさがあまり伝わってきません。ある中継では、「応援音声再現中」と、バックに過去に録音した応援の音を流していましたが、あれもどうなんでしょう。今年も早く神宮球場の「生ビール半額ナイター」に行きたいものです。さて、今回気になったのは、新型コロナウイルスの抗体検査に関するいくつかのニュースです。6月16日、厚生労働省は3都府県で6月1日から実施していた新型コロナウイルスの抗体保有調査の結果を公表しました。この調査は日本での抗体保有状況の把握のため、2020年6月1~7日にかけて東京都・大阪府・宮城県の一般住民それぞれ約3,000名を無作為化抽出して行われたものでした。対象者は本調査への参加に同意した一般住民(東京都1,971人、大阪府2,970人、宮城県3,009人、計7,950人)。この調査では、陽性判定をより正確に行うため、2種の検査試薬(アボット社・ロシュ社)の両方において陽性が確認されたものを「陽性」としたとのことです。その結果、抗体保有率は、東京都:0.10%(2人)、大阪府:0.17%(5人)、宮城県:0.03%(1人)でした。抗体を持っていた人の割合を、人口に対する報告感染者数の割合(5月31日時点)と比べてみると、東京で2.6倍、大阪で8.5倍、宮城で7.5倍でした。各地で無症状や医療機関を受診しないまま回復した感染者が一定数いた可能性が示唆されます。ただ、米ニューヨーク州が5月上旬に公表した住民1万5,000人を対象にした抗体検査の結果(12.3%)と比べると、日本の低さが際立ちます。これまでの感染状況を考えると当たり前と言えば当たり前の結果ですが、日本ではまだまだパンデミックの余地は残されている、と言えるでしょう。抗体検査は医療機関にとっては割のいい“臨時収入”この報道に先立つ6月12日のNHKニュースでは、「導入相次ぐ『抗体検査』 期待の一方 誤解や課題も」というタイトルで、企業やプロ野球チームなどで抗体検査の導入が進んでいる実態を伝えています。報道では、過去にウイルスに感染したかどうかを調べるため、企業や個人などで抗体検査を受ける動きが広がっている状況を伝えた上で、抗体検査が陰性証明として使えるわけではないこと、抗体陽性が感染防止につながるわけではことなど、抗体検査に関する誤解についてわかりやすく解説していました。麻疹や風疹のように、新型コロナ感染症も1回感染して抗体価が上がればもうかからない、と誤解している人は意外に多いようです。このニュースで興味深かったのは、地域の診療所などの医療機関が自費での抗体検査を始めていることでした。ニュースで紹介されていた東京の銀座のクリニックでは、5月中旬から抗体検査を始め、1ヵ月で検査を受けた人は200人にのぼったとのことです。検査費用は1万1,000円ということですから、抗体検査だけで200万円の売上になります(原価はわかりませんが、仮に中国製だとすると安価でしょう)。外来患者が減った医療機関にとっては、割のいい“臨時収入”といったところでしょうか。少し気になって、ネットで調べてみると、「新型コロナウイルスの抗体検査始めました」とホームページで告知している診療所や病院があるわ、あるわ。中にはサイトに「抗体検査が陽性であればワクチン接種したのと同じ状態ですから、再感染はしにくくなるといわれています」と書いている医療機関もありました。当然ながらどこも保険外で、検査費用は8,000円〜1万円が相場のようです。抗体あっても感染防止できるかは不明夏の到来とともに、冷やし中華のように医療機関のメニューに加わった新型コロナウイルスの抗体検査。本当に医療機関側は受診者の役に立つ、と考えて実施しているのでしょうか。そもそも、新型コロナウイルスの場合、血液中で感染防御に働く「中和抗体」がどのくらいの期間維持されるのか、抗体量がどの程度なら再感染が防げるかなど、多くのことがまだわかっていません。風疹や麻疹のように抗体ができたから大丈夫、とはいかないですし、インフルエンザのようにA型にかかったから今年はもうA型は大丈夫、ともならないのです。さらに、抗体は発症してから1週間程度で作られるため、人に感染させる可能性が高いとされる発症前後は抗体検査に引っかかりません。つまり、「個人が感染の有無を調べるための検査」というよりも、先述の厚労省の調査のように「地域での感染状況を公衆衛生学的に調べるための検査」なのです。新型コロナが存在しない2019年の検体からも陽性がもう1点、気になるのが市中の医療機関で行われている検査の精度です。現時点において、国内で承認された新型コロナウイルス感染症に対する抗体検査向けの検査試薬は存在しません。厚労省の調査で使用されたアボット社・ロシュ社のキットを含めてどれもが「研究用試薬」という位置付けです。両社のキットが厚労省の調査で採用されたのは、米食品医薬品局 (FDA)が性能を確認して緊急使用許可(EUA)を出した抗体検査のうち、日本国内で入手可能なものだったからです。少なくともこの2つのキットにはFDAのお墨付きがあるわけです。しかし、国内では、米国のEUA承認といった一定の評価がなされていない、性能がよく分からない検査試薬が数多く出回っているようです。ちなみにキットの開発企業は米国・ドイツ・中国・台湾とさまざまで、数としては中国が比較的多いようです。冷やし中華のように、「うちも始めました」とPRしている医療機関の多くは、イムノクロマト法で測定できる(専用装置を必要としない)簡易抗体検査キットを採用していると見られます。しかし、これらの簡易キットの検査性能については、感度にバラツキがある、偽陽性が多い(新型コロナウイルスが存在しなかった2019年の検体からも陽性が出たとのことです)など多くの疑問点がすでに指摘されています。政府の専門家会議も、5月に出した提言で「国内で法律上の承認を得たものではなく、期待されるような精度が発揮できない検査が行われている場合があり、注意を要する」としています。厚労省サイト「新型コロナウイルス感染症に関する検査について」では、AMED研究班が日本赤十字社の協力を得てとりまとめた「抗体検査キットの性能評価」が公表されていますので、興味のある方はそちらを参照してください。おそらく、厚労省も全国で未承認の新型コロナウイルスの簡易抗体検査キットが自由診療で使われていることを把握しているでしょう。コロナ禍による外来収入減を補うためのものとしてしばらく“お目こぼし”が続くか、あるいは「意味のない検査は止めるように」といった通知が発出され規制対象となるか、今のところ先行きは不透明です。もっとも、私なら抗体検査は受けず、そのお金で冷やし中華を10杯食べるほうを選択しますが。