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Q33 関節リウマチで生物学的製剤を導入予定の患者さんがESBL産生菌を保菌しているので除菌したいのですが、どうすればいいですか? 生物学的製剤でESBL産生菌による感染症のリスクは若干増える可能性はありますが、有効な除菌の方法が確立されていないので、安易な除菌はお勧めできません。 この問いに答えるには、問題を2つに分解して考えるとよいと思います。すなわち、(1)生物学的製剤でESBL産生菌による感染症のリスクが高くなるのか? 高くなるとしたらどれくらいか?(2)ESBL産生菌の除菌は可能か? 可能だとして、除菌すると患者にとって何かよいことがあるか?です。 まず(1)についてですが、インフリキシマブをはじめとする生物学的製剤は細胞性免疫を低下させ結核などの肉芽腫性感染症のリスクになることが有名です1)。「免疫不全」と聞くとそれだけで思考停止してしまう人がいますが、免疫不全の種類(表)により、問題になる微生物の種類はある程度決まっています。表:免疫不全の種類好中球減少症細胞性免疫障害液性免疫障害物理的バリア(皮膚、粘膜)の障害細胞性免疫障害の場合、細菌では抗酸菌やリステリア、サルモネラのような細胞内寄生菌が問題になることが多いので、直感的にはESBL産生腸内細菌科細菌による感染症のリスクはあまり上げないのではないかと思いますが、具体的にどれくらいのリスクになるかを調べてみました。2006年に発表された系統的レビューによると、抗TNF抗体薬による治療はプラセボと比較して、重篤な感染症(抗菌薬治療または入院が必要な感染症と定義)のリスクがDMARDs(疾患修飾性抗リウマチ薬)やプラセボと比べて、オッズ比2.0(95%信頼区間:1.3~3.1)と約2倍に上昇したと報告されています。絶対リスクで表すと、3~12ヵ月間の治療で、重篤な感染症を起こすnumber needed to harm(NNH: 何人治療すると1件の有害事象を起こすかを表す指標)は59(95%信頼区間:39~125)でした2)。抗TNF治療による重篤な感染症は肉芽腫性感染症の増加によるものと考えられていましたが、この系統的レビューによると、126例の重篤な感染症のうち肉芽腫性感染症は12例(結核が10例、ヒストプラズマ症が1例、コクシジオイデス症が1例)で、これらを除いた重篤な感染症のリスクはオッズ比1.9(95%信頼区間:1.2~2.9)でした2)。その他の重篤な感染症の内訳はわかりませんが、仮にすべてが腸内細菌科細菌によるものだとしても、リスクの上昇は高くても2倍程度ということになります。また、最近のネットワークメタアナリシスを用いた系統的レビューでは、重篤な感染症のリスクはDMARDsと比べて、標準量の生物学的製剤でオッズ比1.31(95%信用区間:1.09~1.58)、高用量の生物学的製剤でオッズ比1.90(95%信用区間:1.50~2.39)と報告されています3)。ここでの重篤な感染症は研究ごとに定義され、大部分が死亡、入院、静注抗菌薬使用と関連した感染症と定義されていましたので、細菌感染症以外も含まれていると思います。ESBL産生菌によるものと限定すると、おそらくもっと小さいでしょう。絶対リスクから考えても、それほど大きいリスクとは考えられません。「免疫不全」の人を診療するのは難しいです。しかし、「免疫不全でESBL産生菌が心配だから、とりあえずカルバペネムを使っとこう」では、結核やニューモシスチス肺炎といった真のリスクから目をそらしているにすぎません。難しいからこそ、「具体的にどういうリスクがあるのか?」を切り分けていき、一つひとつに対処していく必要があります。さて、次に(2)のESBL産生菌の除菌は可能か? について考えてみたいと思います。多剤耐性腸内細菌科細菌の除菌の有効性について検証したランダム化比較試験(RCT)は、2件見つかりました。Huttner氏らはESBL産生腸内細菌科細菌の保菌者を対象に、コリスチンとネオマイシン10日間内服(+尿路に定着している患者にはニトロフラントイン5日間内服)群とプラセボ群を比較しました。治療中6日目と治療後1日目では、内服群のほうが除菌群よりも耐性菌が検出される割合は有意に低かったのですが、治療後7日目には有意差はなくなり、プライマリアウトカムである治療後28日目の除菌割合は内服群57%、プラセボ群37%と有意差はありませんでした4)。Saidel-Odes氏らのRCTでは、カルバペネム耐性Klebsiella pneumoniae(CPKP)の保菌者を対象に、SDD(選択的消化管除菌:コリスチンとゲンタマイシン含有のゲルを口腔咽頭に塗布+ゲンタマイシン、ポリミキシンEを内服)群とプラセボ群を比較しました。2週間後の時点では直腸スワブ培養でCPKPが検出されなかったのは、SDD群が16%、プラセボ群が61%でSDD群が有意に低かったのですが、6週間後のフォローアップでは、SDD群が33%、プラセボ群が59%で有意差はなくなっていました5)。どちらも小規模なRCTですので、検出力不足の可能性はありますが、短期的には培養から検出されなくなったとしても、4週間以上たつとリバウンドして元に戻ってしまうようで、除菌の効果はあまり高くないようです。ちなみに、なぜ除菌に内服の非吸収性抗菌薬が用いられるか疑問に思われる方もいらっしゃるかもしれませんが、これらの腸内細菌科細菌は消化管に定着していることが多いからです(保菌の有無は直腸スワブ培養で確認し、除菌の成功の判定には、直腸スワブ、尿、鼠径部などの培養で確認されることが多いようです)。尿培養からESBL産生菌が検出されていた人が抗菌薬治療により一時的に尿培養から検出されなくなっても、消化管内で保菌が続いていることは少なくありません(通常の抗菌薬治療では、消化管内の濃度がそれほど高くならないせいかもしれません)。尿路に保菌している人は消化管にも保菌していると考えておいたほうがよいので、尿培養から検出されなくなったから安心、というわけにはいきません。本来は、単に培養が陰性になるだけではなく、実際に症候性の感染症を減らしたかどうか、入院を減らしたかどうか、死亡を減らしたかどうか? など、患者にとって切実なアウトカムまで改善して、ようやく除菌することの妥当性が担保されますが、そこまでのメリットは期待しにくいようです。積極的な除菌の効果は乏しいので、現時点では自然に消えてくれるのを待つよりほかありません。とはいえ、ESBL産生腸内細菌科細菌が消えるまでの期間は中央値で98日間(14~182日間)6)、6.6ヵ月 7)、132日間(65~228日間)8)、カルバペネム耐性腸内細菌科細菌では平均387日間(95%信頼区間:312~463日間)9)と、かなり長期間保菌状態が続きます。なんとかならないものかと思いますが、これら多剤耐性菌を保菌した患者では、抗菌薬による選択圧を減らすために、なるべく抗菌薬を使わずにじっと我慢していくしかないのだろうと思います(もちろん、実際に感染症を起こしたら治療のために使わないといけませんが、安易な除菌や予防的投与は事態を改善させるどころか悪化させる可能性もあります)。さて、最後に新しい話題を少しご紹介します。近年、外国では難治性のClostridium difficile感染症に対する治療として、糞便移植(fecal transplantation)の研究が盛んになっています。この治療の副産物として、消化管に定着していた多剤耐性腸内細菌科細菌が糞便移植後に消えた(減った)という症例報告や学会報告が散見されるようになりました10)11)。まさに消化管除菌とは真逆の発想です。使いやすい製剤が利用できるようになるまで、日本国内ではまだまだ時間がかかるでしょうが、将来に期待したいところです。 1)Salvana EM, et al. Clin Microbiol Rev. 2009;22:274-290.2)Bongartz T, et al. JAMA. 2006;295:2275-2285.3)Singh JA, et al. Lancet. 2015;386:258-265.4)Huttner B, et al. J Antimicrob Chemother. 2013;68:2375-2382.5)Saidel-Odes L, et al. Infect Control Hosp Epidemiol. 2012 ;33:14-19.6)Apisarnthanarak A, et al. Clin Infect Dis. 2008;46:1322-1323.7)Birgand G, et al. Am J Infect Control. 2013;41:443-447.8)Zahar JR, et al. J Hosp Infect. 2010;75:76-78.9)Zimmerman FS, et al. Am J Infect Control. 2013;41:190-194.10)Crum-Cianflone NF, et al. J Clin Microbiol. 2015;53:1986-1989.11)Freedman A, et al. Open Forum Infect Dis. 2014;1:S1.