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高齢者への不眠症治療、BZD使用で睡眠の質が低下

 高齢者の不眠症治療は、ベンゾジアゼピン系薬剤(BZD)およびベンゾジアゼピン受容体作動薬(BZRA)の頻繁な使用と関連しており、慢性的な使用により睡眠調節や認知機能に悪影響を及ぼすことが報告されている。しかし、高齢者の記憶において、きわめて重要であるNREM低周波波動(SO)および紡錘波に対するBZD/BZRAの影響については、ほとんどわかっていない。カナダ・Concordia UniversityのLoic Barbaux氏らは、BZD/BZRAの慢性的な使用が、睡眠メカニズム、脳波の相対的パワー、SOおよび紡錘波の特性、結合に及ぼす影響について調査した。Sleep誌オンライン版2025年6月17日号の報告。 高齢被験者101例(年齢:66.05±5.84歳、年齢範囲:55〜80歳、女性の割合:73%)を対象に、習慣化ポリソムノグラフィー(PSG)後2夜目のデータを解析し、睡眠良好群(28例)、不眠症群(26例)、BZD/BZRA慢性使用不眠症群(47例、ジアゼパム換算6.1±3.8mg/回、週3夜超)の3群に分類した。睡眠構造、脳波(EEG)相対スペクトル、関連する脳波活動について、SOおよび紡錘波、そしてそれらの時間的結合に焦点を当て、包括的に比較した。 主な結果は以下のとおり。・BZD/BZRA慢性使用不眠症群は、不眠症群および睡眠良好群と比較し、N3持続時間が短く、N1持続時間とスペクトル活動が高く、睡眠構造が乱れ、睡眠関連脳振動の同期性に変化が認められた。・探索的相互作用モデルでは、1回の使用量がより高用量での慢性的な使用が、睡眠の微小構造および脳波スペクトルのより顕著な乱れと相関していることが示唆された。 著者らは「BZD/BZRAの慢性的な使用は、睡眠の質の低下と関連していることが示唆された。このようなマクロレベル、微細構造レベルでの睡眠調節の変化は、高齢者におけるBZD/BZRAの使用と認知機能低下との関連性に影響を及ぼしている可能性がある」と結論付けている。

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第276回 幼い子が昼寝すると夜に眠れなくなるという心配は杞憂らしい

幼い子が昼寝すると夜に眠れなくなるという心配は杞憂らしい夜に眠れなくなるかもしれないと心配して、親は子に昼寝しないようにするかもしれません。フランスでの試験結果によるとその心配はどうやら不要で、幼い子のしばしの昼寝は夜の眠りに差し障ることなく睡眠総量を増やすようです1,2)。赤ちゃんや幼い子はたいてい昼寝します。その習慣は記憶の発達に不可欠なようです。3~5歳ぐらいになると昼寝の習慣はたいていなくなります。しかしその時期はまちまちなので、多くの親は子の昼寝の扱いに悩まされます。昼寝が夜の睡眠を妨げたり貴重な学習時間が減ったりしてしまうのではないかと懸念する親や先生もいます。そこでフランスのリヨン大学のStephanie Mazza氏らは、同国の6つの幼稚園の子を募って幼い子の昼寝がはたして夜の睡眠に実害を及ぼすかどうかを調べました。手関節につける睡眠計を2~5歳の85人に渡し、平均8日弱(7.8日間)の睡眠時間が測定されました。その記録と親の睡眠日誌から、昼寝1時間当たり平均して夜の睡眠時間が13.6分短縮し、入眠時間(sleep onset latency)が6分ほど延長しました。24時間の総睡眠時間はというと、昼寝した日には45分ほど長くなっていました。米国睡眠医学会(American Academy of Sleep Medicine)や世界保健機関(WHO)によると、3~5歳の小児は1日に少なくとも10時間の睡眠が必要です3,4)。今回の試験の小児の1日当たりの平均睡眠時間は9時間20分であり、必要な時間に40分ほど足りていませんでした。しかし昼寝した日は総睡眠時間が45分ほど多いので、学会やWHOが指南する最低必要量にだいたい到達します。昼寝は就寝をいくらか遅らせるかもしれないものの睡眠総量を増やすことを今回の試験結果は示唆しており、親は6歳前の子が昼寝を依然として必要としていたとしても気に病む必要はない、とMazza氏は言っています2)。同氏によると、子の昼寝は問題視するに及ばず、貴重な休息時間とみなすべきです。刺激的な環境で過ごす子にとってはとくにそうでしょう。ところで大人はどうなのかというと、昼寝が認知機能不良の印らしいとする報告がある一方で、有益らしいことも示唆されています。とくに、計画的な昼寝は認知や記憶の検査成績を良くするらしく、頭の働きを最適化する手段となりうるようです5)。一方、何らかの基礎疾患の現れとして昼間の過度の眠気や昼寝が生じることもあるようです。過度の眠気や昼寝は心血管疾患やその危険因子6-10)、腎臓の不調11)、はては死亡率上昇12)などと関連することが示されており、それら事態の発見や対策の手がかりとしても役立つようです。 参考 1) Reynaud E, et al. Research Square. 2025 Jul 1. 2) Why you shouldn't worry a nap will stop your child sleeping at night / NewScientist 3) Paruthi S, et al. J Clin Sleep Med. 2016;12:1549-1561. 4) Guidelines on physical activity, sedentary behaviour and sleep for children under 5 years of age / WHO 5) Leong RLF, et al. Sleep Med Rev. 2022;65:101666. 6) Blachier M, et al. Ann Neurol. 2012;71:661-667. 7) Newman AB, et al. J Am Geriatr Soc. 2000;48:115-123. 8) Wannamethee SG, et al. J Am Geriatr Soc. 2016;64:1845-1850. 9) Tanabe N, et al. Int J Epidemiol. 2010;39:233-243. 10) Zonoozi S, et al. BMJ Open. 2017;7:e016396. 11) Ye Y, et al. PLoS One. 2019;14:e0214776. 12) Leng Y, et al. Am J Epidemiol. 2014;179:1115-1124.

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昼~午後早い時間の昼寝、死亡リスクが上昇する可能性

 中高年層にとって午後の昼寝は魅惑的かもしれないが、大きな代償を伴う可能性があるようだ。特定の昼寝パターンを持つ人では、全死因死亡リスクが高まる可能性のあることが、米マサチューセッツ総合病院のChenlu Gao氏らによる研究で明らかになった、この研究結果は、米国睡眠医学会(AASM)と米睡眠学会(SRC)の合弁事業であるAssociated Professional Sleep Societies, LLC(APSS)の年次総会(SLEEP 2025、6月8〜11日、米シアトル)で報告された。 Gao氏は、「健康や生活習慣の要因を考慮しても、日中に長く眠る人や日中の睡眠パターンが不規則な人、正午から午後の早い時間に多く眠る人は全死因死亡のリスクが高かった」とAPSSのニュースリリースで述べている。 この研究でGao氏らは、UKバイオバンク参加者8万6,565人(試験参加時の平均年齢63歳、範囲43〜79歳、女性57%)のデータを分析した。これらの参加者は、シフト勤務の経験がなく、腕時計型のデバイスを1週間装着して睡眠習慣をモニタリングされた。研究グループは、測定データを基に以下の3つの指標で昼寝の習慣を評価した。1)午前9時〜午後7時の間の昼寝の平均時間、2)昼寝時間の日ごとの個人内変動(以下、個人内変動)、3)午前9〜11時、午前11時〜午後1時、午後1〜3時、午後3〜5時、午後5〜7時における昼寝時間の割合。その上で、これらの指標と全死因死亡との関連を検討した。 参加者の昼寝時間の中央値は1日当たり0.40時間(24分)、個人内変動は0.39時間(23分)であった。昼寝の時間帯別の割合を見ると、午前9〜11時が34%、午前11時〜午後1時が10%、午後1〜3時が14%、午後3〜5時が19%、午後5〜7時が22%であった。最長8年間の追跡期間中に2,950人(3.4%)の参加者が、試験参加から平均4.19年で死亡していた。 解析の結果、昼寝時間が長いほど、また個人内変動が大きいほど、死亡リスクは有意に上昇することが明らかになった。具体的には、それぞれの指標が1標準偏差増加するごとに全死因死亡リスクは、昼寝時間で20%、個人内変動で14%上昇していた。さらに、午前11時〜午後1時と午後1〜3時の時間帯に占める昼寝時間が1標準偏差増加するごとに、全死因死亡リスクはそれぞれ7%有意に上昇していた。 午前11時から午後3時の間に昼寝をする人で全死因死亡リスクの上昇が見られたことを受け研究グループは、「午後の早い時間帯に20〜30分以内の『パワーナップ』を推奨するAASMのガイドラインと矛盾している」と指摘する。AASMは、30分以内の「パワーナップ」は日中の覚醒度とパフォーマンスを向上させ得るが、30分を超える昼寝は起床後も眠気で頭がぼんやりとする「睡眠惰性」を引き起こし、その結果、昼寝による短期的なパフォーマンス向上の効果を低減させる可能性があるとしている。 Gao氏は、「興味深いことに、正午から午後の早い時間帯の昼寝が全死因死亡リスクの上昇と関連するというデータは、昼寝についてわれわれが現在知っていることと矛盾している。そのため、この関連性についてはさらなる研究が必要だろう」と述べている。 なお、学会発表された研究結果は、査読を受けて医学誌に掲載されるまでは一般に予備的なものと見なされる。

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看護師の不眠に解決策!? シフト勤務に特化したデジタル認知行動療法の効果【論文から学ぶ看護の新常識】第23回

看護師の不眠に解決策!? シフト勤務に特化したデジタル認知行動療法の効果交代勤務の看護師が抱える不眠に対し、デジタル認知行動療法(CBT-I)「SleepCare」が有効であることが、Hanna A. Bruckner氏らの研究結果から示された。International Journal of Nursing Studies誌オンライン版2025年5月7日号に掲載された。交代勤務睡眠障害のある看護師の不眠症に対するデジタル認知行動療法の有効性:ランダム化比較試験研究チームは、交代勤務睡眠障害に罹患している看護師に対し、不眠症を軽減するためのデジタル認知行動療法プログラム「SleepCare」の有効性を調査することを目的にランダム化比較試験を行った。交代勤務睡眠障害に罹患している看護師74名を、「SleepCare」介入群と、ドイツ睡眠学会が公開している交代勤務に特化した心理教育群に割り当て、効果を比較した。主要評価項目は、ランダム化前のベースライン時、8週間後、および3ヵ月後の不眠症の重症度(不眠症重症度指数[Insomnia Severity Index]で測定)とした。副次評価項目として、メンタルヘルス指標、および長期的な毛髪中コルチゾール濃度を評価した。主な結果は以下の通り。Intention to treat(治療意図)に基づく共分散分析により、介入群は心理教育群と比較して、介入直後(d=1.11、95%信頼区間[CI]:0.7~1.6)および追跡調査時(d=0.97、95%CI:0.5~1.4)の両方で、より大きな不眠症重症度の軽減を示した。この結果は、不眠症重症度指数において、それぞれ5.0ポイントおよび5.3ポイントの群間差に相当する。参加者の56%が、6セッションのうち5セッション以上を完了し、これらの介入完了者においては、それぞれd=1.49およびd=1.28と、より大きな効果が示された。統計的に有意な効果は、睡眠関連の指標では認められたが、ストレスや抑うつといった他のメンタルヘルス指標では認められなかった。「SleepCare」群では、介入後に毛髪中コルチゾール濃度の低下が認められた(V=82、p=0.008、Δ=−1.8 pg/mg、ベースラインから44%減少)。「SleepCare」は、不眠症の症状を臨床的に意味のあるレベルまで軽減する上で有効であった。また、看護師の交代勤務に対するニーズに応えるための特定のエクササイズを取り入れ、不眠症のための認知行動療法を応用した、最初のデジタル配信プログラムの一つでもある。介入完了者においては、大幅に大きな効果が認められたことから、治療アドヒアランス(治療の継続・遵守)を促進するための効果的な戦略の開発が必要である。交代勤務に従事する看護師の方々にとって、交代勤務睡眠障害は深刻な問題ですが、多忙かつ不規則なスケジュールから従来の対面式の認知行動療法(CBT-I)は利用しにくいという課題がありました。本研究で検証されたデジタルCBT-I「SleepCare」は、この状況に対する画期的なアプローチと言えます。交代勤務特有のニーズに合わせて調整され、時間や場所を選ばずに利用できるこのプログラムは、実際に不眠重症度を臨床的に有意に改善しました。とくに、介入完了者でより高い効果が認められたこと、そして客観的なストレス指標である毛髪コルチゾール濃度が改善したことは注目に値します。一方で、ストレスや抑うつといった睡眠関連以外の精神的健康課題への直接的な効果は認められず、治療アドヒアランスの向上が重要であるという点は、今後の課題です。これらは近年のデジタル系の研究全体でよく述べられている限界点です。この研究で示されたアプローチは、私たちの日常にもヒントを与えてくれます。例えば、夜勤明けはサングラスをかけて帰宅する、夜勤の勤務後半にはカフェインなどの刺激物を避ける、といった工夫が睡眠障害の予防につながるでしょう。本研究は困難な勤務環境にある私たち看護師の睡眠問題に対し、実用的かつ効果的なデジタルヘルスソリューションの可能性を力強く示した点で、非常に価値が高いと言えます。論文はこちらBruckner HA, et al. Int J Nurs Stud. 2025 May 7. [Epub ahead of print]

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1型糖尿病薬zimislecelが膵島機能を回復/NEJM

 1型糖尿病の患者において、同種多能性幹細胞由来の完全分化型膵島細胞療法薬zimislecel(VX-880)は、生理的膵島機能の回復をもたらし、血糖コントロールを改善し、治療関連有害事象やインスリン投与量管理の負担などのインスリン補充療法の短所を解消する可能性があることが、カナダ・トロント大学のTrevor W. Reichman氏らVX-880-101 FORWARD Study Groupが実施した「VX-880-101 FORWARD試験」で示された。研究の成果は、NEJM誌オンライン版2025年6月20日号に掲載された。第I/II相試験の予定外の中間解析結果 VX-880-101 FORWARD試験は、1型糖尿病患者におけるzimislecelの安全性と有効性の評価を目的とする、北米と欧州の施設が参加した進行中の第I/II/III相試験であり、今回は事前に予定されていなかった第I/II相部分の中間解析の結果が報告された(Vertex Pharmaceuticalsの助成を受けた)。 年齢18~65歳の1型糖尿病で、低血糖を自覚しにくく(低血糖の発症を感知する能力が低下している)、過去1年間に少なくとも2回の重症低血糖イベントを経験し、5年以上インスリン依存状態にある患者を対象とした。 パートAでは、zimislecelの半量(0.4×109細胞)を門脈へ単回投与し、必要な場合は初回投与から2年以内に残りの半量を単回投与することとした。パートBとパートCでは、zimislecelの全量(0.8×109細胞)を単回投与した。全例に、グルココルチコイドを含まない免疫抑制療法を行った。 パートAの主要エンドポイントは安全性であった。パートCの主要エンドポイントは、zimislecel投与後90~365日に重症低血糖イベントの発生がなく、180~365日における複数回の受診時にHbA1c値が7%未満であること、またはHbA1c値がベースラインから1%ポイント以上低下していることとした。被験薬関連の重篤な有害事象はない 少なくとも12ヵ月の追跡期間を終了した14例(平均糖尿病罹患期間22.8年[範囲:7.8~47.4]、平均総インスリン投与量/日39.3単位[範囲:19.8~52.0])を解析の対象とした。2例がzimislecelの半量投与を受け(パートA)、12例(平均年齢42.7歳、女性4例)は全量投与を受けた(パートB:4例、パートC:8例)。パートAの1例は、初回投与後9ヵ月の時点で2回目の半量投与を受け、その約3ヵ月後に同意を撤回した(有害事象が原因ではない)。 C-ペプチドは、ベースラインでは14例全例が検出不能であったが、zimislecel投与後は全例で検出されたことから、移植細胞の生着と膵島機能の回復が証明された。 有害事象の重症度はほとんどが軽度または中等度であった。頻度の高い有害事象は、下痢(11例[79%])、頭痛(10例[71%])、悪心(9例[64%])、新型コロナウイルス感染症(7例[50%])、口腔内潰瘍形成(7例[50%])、好中球数減少(6例[43%])、皮疹(6例[43%])であった。 試験の中止に至った有害事象は認めなかった。経過観察のために入院期間の延長に至った重篤な有害事象として好中球数減少が3例に発現し、重篤な急性腎障害が2例にみられた。担当医によってzimislecel関連またはその可能性が高いと判定された重篤な有害事象はなかった。 2例が死亡した。1例(パートB)は、手術に伴う頭蓋底損傷に起因する重篤なクリプトコッカス髄膜炎が原因で、担当医により免疫抑制薬関連死と判定された。もう1例(パートA)は、既存の神経認知障害の進行に起因するアジテーションを伴う重度認知症が原因であった。この症例には、試験登録前の交通事故による重度の外傷性脳損傷の既往歴があり、この事故は重症低血糖イベントが原因だった。全量単回投与の全例でHbA1c値<7%、10例でインスリン非依存 パートB/Cの12例では、重症低血糖イベントは発現せず、365日目の受診時にすべての患者でHbA1c値が7%未満であった。ベースラインから365日目までに、HbA1c値は平均1.81%ポイント低下した。 持続血糖測定器(CGM)を用いて、血糖値が目標範囲(70~180mg/dL)内にある時間の割合を評価したところ、ベースラインで70%を超える患者はなく、平均値は49.5%(範囲:19.0~66.2)であった。これに対し、150日目には全例が70%以上を達成し、その後の追跡期間を通じて全例でこの良好な血糖コントロールの状態が持続した。365日時の血糖値が目標範囲内にある時間の割合の平均値は93.3%(範囲:79.5~96.9)だった。 外因性インスリンの使用は、追跡期間中に12例全例で減量または中止されていた。ベースラインから365日目までに、インスリン使用量の平均値は92%低下した。150日目までに10例(83%)がインスリン非依存を達成し、この10例は365日の時点で外因性インスリンを使用していなかった。 著者は、「この結果は、多様な患者集団を対象とする、より大規模で長期にわたる試験においてzimislecelのさらなる検討を進めることを支持する」「これらの知見は、多能性幹細胞から膵島を作製し、1型糖尿病の治療に使用することは実質的に可能であるとのエビデンスを提供するものである」としている。

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肥満を伴う閉塞性睡眠時無呼吸症候群、治療法の好みに医師と患者で違い

 肥満を伴う閉塞性睡眠時無呼吸症候群(OSA)に対する治療法の好みは、医師と患者の間で異なることが新たな研究で示された。医師は、睡眠中に専用のマスクを介して一定の空気圧を鼻から気道に送って気道を開いた状態に保つ持続陽圧呼吸(CPAP)療法を支持する一方、患者は、肥満症治療薬の一種であるGLP-1受容体作動薬のチルゼパチド(商品名ゼップバウンド)による治療を望む傾向にあることが明らかになったという。この研究は米カリフォルニア大学サンディエゴ校(UCSD)呼吸器・集中治療・睡眠医学部門のAhmed Khalaf氏らによるもので、米国睡眠医学会(AASM)と米睡眠学会(SRC)の合弁事業であるAssociated Professional Sleep Societies, LLC(APSS)の年次総会(SLEEP 2025、6月8〜11日、米シアトル)で発表された。 Khalaf氏は、「この結果により、リアルワールドにおけるCPAP療法とチルゼパチドの相対的な有効性に関するデータの必要性、そして肥満とOSAが併存した場合の管理をめぐって患者と医師の間に選好の不一致が存在する可能性が浮き彫りになった」とニュースリリースの中で述べている。  米国では、約3000万人の成人にOSAがあると推定されている。これまで、OSAの標準治療はCPAP療法とされてきたが、使う装置の大きさや騒音を気にする患者もいる。米ハーバード大学医学大学院によると、CPAP療法を処方された患者の約50%が十分な頻度で専用の装置を使用できないか、わずらわしさから使い続けられないと感じているという。使用者がよく挙げる問題点は、マスク装着時の不快感や口の乾燥、呼吸のタイミングが合わない感覚、装置から出る音などである。 米食品医薬品局(FDA)は2024年末、肥満とOSAを有する患者に対する初の治療薬としてゼップバウンドを承認した。AASMは当時、この承認に際して「OSAに対して新たな治療選択肢が加わったことは、患者と臨床医にとって大きな前進である」とする声明を発表した。ただし、AASMは、ゼップバウンドが肥満とOSAを有する人にのみ適応されることを強調。また、ゼップバウンドは体重減少を通じてOSAの重症度を軽減する可能性はあるが、根治には至らない可能性もあるとしている。 Khalaf氏らは今回の研究で、全米規模で実施されたオンライン調査に回答した365人の患者データを分析するとともに、UCSDの睡眠医学の専門家17人を対象に聞き取り調査を実施した。その結果、医師側は53%がCPAP療法を支持し、ゼップバウンドを支持していたのは26%であったのに対し、患者側は48%がゼップバウンドを支持し、CPAP療法を支持していたのは35%だった。また、医師と患者の双方がCPAP療法とゼップバウンドによる併用療法を支持していたが、医師の方が併用療法に対してより積極的であり、その割合は患者の61%に対して88%と高かった。 さらに、患者の治療に対する好みは、自身の経験が影響している可能性が高いことも分かった。調査結果によると、患者の78%が現在CPAP療法を受けているか、過去にCPAP療法を受けたことがあると回答していた。これに対し、ゼップバウンドや他のGLP-1受容体作動薬であるセマグルチド(商品名オゼンピック)を使用したことがあると答えた患者の割合はわずか23%だった。 主任研究者でUCSD医学部助教のChristopher Schmickl氏は、患者と医師の間でこれほどまでに意見の相違があることに驚きを示している。同氏は、「治療に対する考え方の違いを認識しておくことは、現実的かつ達成可能な行動計画を立てる上で極めて重要だ。今後、こうした治療に対する選好の背景にある要因を明らかにするためのさらなる研究によって、医師が治療方針の決定を助ける価値のある情報が得られるだろう」と述べている。 なお、学会発表された研究は、査読を受けて医学誌に掲載されるまでは一般に予備的なものと見なされる。

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コンサルテーション―その2【脂肪肝のミカタ】第5回

コンサルテーション―その2Q. 消化器科における肝疾患ハイリスク症例の絞り込みはどうすべきか?脂肪性肝疾患(SLD)の診断は画像診断または組織診断によって脂肪化を診断することとされる1,2-4)。非侵襲的検査の時代の潮流から、消化器専門家においても画像診断に基づく診療が主体になっていくことが予測される。肝細胞脂肪化の所見は、腹部超音波(BモードやControlled attenuation parameter[CAP])、MRI Proton density fat fraction(PDFF)で診断と定量が可能である。肝臓の線維化進行度も、画像診断のエラストグラフィ(Vibration-controlled Transient Elastography[VCTE]、Shear Wave Elastography[SWE]、MR Elastography[MRE])や採血によるEnhanced Liver Fibrosis(ELF) test*で定量が可能である(図1、2)1,5)。*線維化の3つのマーカー(ヒアルロン酸、プロコラーゲンIII[P-III]ペプチド、TIMP-1)を血液検査で測定し、スコアを算出することで、肝線維化の程度を非侵襲的に評価する検査図1. MASLDの肝線維化診断における画像診断の有用性画像を拡大する図2. MASLD診療は非侵襲的診断の時代になる画像を拡大する一方、最近では肝がんの高危険群としてat-risk MASH(組織学的診断でNAFLD activity score≧4点かつ肝線維化≧2点のMASH)という概念が提唱されているが、こちらの診断は画像と採血の組み合わせだけで十分とはいえない。そもそもMASHの診断には風船様変性と小葉内炎症を確認するためにも組織学的診断が必要である1)。米国肝臓学会では、at-risk MASHの診断における肝生検の必要性も示している5)。肝臓の線維化と活動性の両方を加味した真の肝疾患ハイリスク症例の非侵襲的な拾い上げの面からは、課題が残されている(図2)。1) European Association for the Study of the Liver (EASL) ・ European Association for the Study of Diabetes (EASD) ・ European Association for the Study of Obesity (EASO). J Hepatol. 2024;81:492-1542.2)Rinela ME, et al. J Hepatol. 2023;79:1542-1556.3)Rinella ME, et al. Hepatology. 2023;78:1966-1986.4)Rinella ME, et al. Ann Hepatol. 2023;29:101133.5)Rinella ME, et al. Hepatology. 2023;77:1797-1835.

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統合失調症に対する簡易心理的介入の有効性~メタ解析

 統合失調症患者に対する認知行動療法(CBT)は、国際的な臨床ガイドラインで推奨されているにもかかわらず実施率が低い。そのため、CBTで推奨される最低16セッションより短い、簡易な短期の個別心理的介入の開発が進められてきた。英国・Hampshire and Isle of Wight Healthcare NHS Foundation TrustのBlue Pike氏らは、統合失調症患者に対する既存の簡易介入(brief intervention)をシステマティックに特定し、その有効性を評価する初めてのメタ解析を実施した。Psychological Medicine誌2025年5月13日号の報告。 5つの電子データベース(PsycINFO、MEDLINE、CINAHL、EMBASE、Web of Science)より、コミュニティ環境で実施された簡易な個別心理的介入に関する査読済みのランダム化比較試験(RCT)または実験的研究をシステマティックに検索した。対象研究の異質性を考慮し、エフェクトサイズを統合するためランダム効果メタ解析を用いた。 主な結果は以下のとおり。・30項目の臨床アウトカムを測定し、6種類の介入タイプ(簡易CBT、記憶トレーニング、デジタル動機付けサポート、推論トレーニング、心理教育、仮想現実)を含む14件の研究が特定された。・全体として、簡易心理的介入は、精神症状(標準化平均差[SMD]:-0.285、p<0.01)、妄想(SMD:-0.277、p<0.05)、データ収集(SMD:0.380、p<0.01)、うつ病(SMD:-0.906、p<0.05)、ウェルビーイング(SMD:0.405、p<0.01)に有効であることが示唆された。・介入タイプ別では、簡易CBTは精神症状に有効であり(SMD:-0.320、p<0.001)、推論トレーニングはデータ収集に有効であった(SMD:0.380、p<0.01)。 著者らは「簡易心理的介入は、統合失調症に関連するいくつかの主要な障害に有効である。本研究結果が、新規統合失調症患者の治療アクセスおよび治療選択肢を改善するきっかけとなることが望まれる」としている。

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高齢者の夜間頻尿、改善のカギは就寝時間か

 夜間頻尿は特に高齢者を悩ませる症状の一つであり、睡眠の妨げとなるなど生活の質(QOL)に悪影響を及ぼすことがある。今回、適切な時刻に規則正しく就寝する生活を送ることで、高齢者の夜間頻尿が改善する可能性があるとする研究結果が報告された。研究は、福井大学医学部付属病院泌尿器科の奥村悦久氏らによるもので、詳細は「International Journal of Urology」に4月26日掲載された。 夜間頻尿は、夜間に排尿のために1回以上起きなければならない症状、と定義されている。主な原因としては、夜間多尿、膀胱容量の減少、睡眠障害が知られている。疫学研究により、夜間頻尿はあらゆる年齢層における主要な睡眠障害の一因であり、加齢とともにその有病率が上昇することが示されている。加齢に伴う睡眠障害の一つの特徴として、就寝時間が早まる傾向がある。その結果、高齢者では総睡眠時間は延長するものの眠りが浅くなり、軽い尿意で覚醒するようになる。しかし、睡眠障害の治療が夜間頻尿の改善につながることを示唆する前向き臨床試験の報告は限られている。このような背景を踏まえ著者らは、就寝時刻を調整することで高齢者の夜間頻尿が改善するという仮説を立てた。 本研究では、睡眠・覚醒活動を測定するウェアラブルデバイスを患者に装着して就寝してもらった。得られた1週間分の就寝時刻、中途覚醒時間のデータから、最急降下法を応用して考案した独自のアルゴリズム(特許出願中)を用いて患者ごとに適切な就寝時刻を決定し、その時刻に就寝する生活を続けることによる夜間頻尿の変化を検証した。解析対象は、2021年4月~2023年12月にかけて、夜間頻尿を主訴として福井大学附属病院とその関連病院を受診した患者33名とした。患者を交互割り付けで4週間毎の介入→非介入群と非介入→介入群の2群に分け、それぞれに対し2週間のウォッシュアウト期間を設けるクロスオーバー試験を実施した。介入期間中は、上記方法で決定した個別の就寝時刻に就寝してもらい、排尿状態は各期間の前後3日に記録した排尿日誌を、睡眠の質はピッツバーグ睡眠質問票(PSQI)を用いてそれぞれ評価した。主要評価項目は夜間排尿回数(Nocturnal urinary frequency;NUF)の変化量とし、副次評価項目は夜間尿量(Nocturnal urine volume;NUV)、就寝から第一覚醒までの時間(Hours of undisturbed sleep;HUS)、NUV(NUV per hour;NUV/h)、PSQIなどの変化量と設定した。変化量はrepeated measures ANOVAで評価した。 解析対象は、新型コロナウイルス感染症流行に伴う移動制限、生活習慣の変化などの理由により9名を除外した24名となった。対象の平均年齢は79.7±5.6歳であり、男性17名、女性7名であった。介入前の対象群の平均就寝時刻は21時30分で、介入後は22時11分となり、24人中22人が就寝時間を遅らせる結果となった。 介入期間中のNUFは、非介入期間と比較して有意に減少した(-0.90回 vs -0.01回、P<0.01)。さらに、Spearmanの順位相関検定の結果、NUFの変化量と就寝時間の変化量の間には有意な相関が認められた(r=-0.58、P=0.003)。 また非介入期間と比較して、介入期間においてHUSは有意に延長し(62.8分 vs. 12.7分、P=0.01)、NUVは有意に減少した(-105.6mL vs. 4.4mL、P=0.04)。特にHUSまでのNUV/hが有意に減少し(-28.4mL/h vs. -0.17mL/h、P=0.04)、さらにPSQIも有意な改善を認めた(-2.4 vs. 1.2、P=0.02)。 本研究の結果について著者らは、「夜間頻尿を有する高齢者は最適な就寝時刻より早く就寝している傾向にある可能性が高い。しかし、適切な時刻に規則正しく就寝する生活を送ることで、睡眠の質にとって非常に重要な要素であるといわれる『就寝から第一覚醒までの時間』が有意に延長され、これに伴い夜間尿量、特に『就寝から第一覚醒までの時間』における単位時間あたりの尿量が有意に減少し、結果として夜間排尿回数が有意に減少する可能性がある。これらの結果は、就寝時刻の調整が夜間頻尿に対する有効な行動療法となる可能性を示唆している。また、実際の就寝時刻と最適な就寝時刻の差が大きい患者ほど介入の有効性が高い可能性がある」と述べている。

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乳がん内分泌療法に伴うホットフラッシュにelinzanetantが有効(OASIS-4)/ASCO2025

 HR+乳がんの内分泌療法に伴うホットフラッシュなどの血管運動神経症状(VMS)はQOLに影響し、アドヒアランスを低下させ乳がんの転帰を悪化させるが、有効な治療法はほとんどなく承認された薬剤もない。今回、内分泌療法を受けているHR+乳がん治療中もしくは乳がん発症リスクが高い女性を対象に、ニューロキニン(NK)-1,3受容体拮抗薬elinzanetant(EZN)の有用性を検討した多施設無作為化二重盲検プラセボ対照第III相OASIS-4試験の結果を、ポルトガル・ABC Global AllianceのFatima Cardoso氏が米国臨床腫瘍学会年次総会(2025 ASCO Annual Meeting)で報告した。本試験において、EZNが内分泌療法に伴うVMSの頻度と重症度を早期に減少させ、その効果は52週まで継続し、忍容性も良好であったという。この結果はNEJM誌オンライン版2025年6月2日号に同時掲載された。・対象:HR+乳がんの治療中もしくは乳がん発症リスクが高い18~70歳の女性で、内分泌療法(タモキシフェンまたはアロマターゼ阻害薬、GnRHアナログ併用/非併用)に伴う中等度~重度のVMSを週35回以上経験した女性・試験群:1日1回EZN(120mg)を52週間投与(316例)・対照群:プラセボを12週間投与、その後EZNを40週間投与(158例)・評価項目:[主要評価項目]1日の中等度~重度VMSの頻度の平均のベースラインから4週および12週までの平均変化[重要な副次評価項目]Patient-Reported Outcomes Measurement Information System Sleep Disturbance Short Form(PROMIS SD SF)8b合計スコア、Menopause-Specific Quality of Life(MENQOL)質問票合計スコアのベースラインから12週までの平均変化[副次評価項目]1日の中等度~重度VMSの頻度の平均のベースライン~1週の平均変化および経時変化、1日の中等度~重度VMSの重症度の平均のベースライン~4週および12週の平均変化、治療中に発現した有害事象(TEAE) 主な結果は以下のとおり。・1日の中等度~重度VMS頻度の平均(95%信頼区間[CI])は、ベースラインでEZN群11.4(10.7~12.2)、プラセボ群11.5(10.5~12.5)であった。ベースラインからの減少は1週から認められ、4週ではEZN群が-6.51、プラセボ群が-3.04で有意差が認められた(最小二乗平均差:-3.5、95%CI:-4.4~-2.6、p<0.0001)。12週においてもEZN群が-7.76、プラセボ群が-4.20で有意差が認められた(最小二乗平均差:-3.4、95%CI:-4.2~-2.5、p<0.0001)。・1日の中等度~重度VMSの重症度の平均におけるベースラインからの低下は、4週ではEZN群で-0.73、プラセボ群で-0.43、12週ではENZ群で-0.98、プラセボ群で-0.53と、いずれもEZN群のほうが大きかった。・プラセボ対照期間(12週まで)にTEAEが報告された患者はEZN群で220例(69.8%)、プラセボ群で98例(62.0%)であった。疲労、傾眠、下痢がEZN群のほうが多かった。 なお、52週の試験期間後、患者意思による任意の2年間の延長が進行中であり、追加の安全性データが集積されている。

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筋萎縮性側索硬化症、リルゾール+低用量IL-2で死亡リスク低減か/Lancet

 筋萎縮性側索硬化症(ALS)患者において、リルゾールへの低用量インターロイキン2(IL-2LD)の上乗せは補正前解析では有意ではないものの死亡リスクの減少をもたらし、補正後解析では脳脊髄液中リン酸化ニューロフィラメント重鎖(CSF-pNFH)低値集団で有意な死亡リスクの減少が認められた。フランス・Pitie-Salpetriere HospitalのGilbert Bensimon氏らMIROCALS Study Groupが、フランスの10施設および英国の7施設で実施した第IIb相無作為化二重盲検プラセボ対照試験「MIROCALS試験」の結果を報告した。ALSは、運動ニューロンの進行性喪失を特徴とする生命を脅かす疾患であり、治療法は限られている。著者は、「主要エンドポイントにおける補正前解析と補正後解析の結果の差は、ALSの無作為化比較試験において疾患の異質性を考慮する重要性を強調しており、CSF-pNFH低値集団で死亡リスクが減少したことは、ALSに対するこの治療法が有望であることを示すものであり、さらなる研究が必要である」とまとめている。Lancet誌オンライン版5月9日号掲載の報告。リルゾール未投与の発症後2年以内のALS患者が対象 研究グループは、年齢18~75歳、改訂El Escorial基準のpossible、laboratory-supported probable、probable、definiteを満たし、症状(筋力低下、球麻痺による発症の場合は構音障害と定義)発症後24ヵ月以内で、静的肺活量70%以上、リルゾール未投与のALS患者を、12~18週間のリルゾール単独投与の導入期を経て、IL-2LD群またはプラセボ群に1対1の割合で無作為に割り付けた。 IL-2LD群ではaldesleukin 2 million international units(MIU)、プラセボ群では5%ブドウ糖溶液の、1日1回5日間皮下投与を28日ごと19サイクル投与した。 主要エンドポイントは640日(21ヵ月)の追跡期間における生存、副次エンドポイントは安全性、ALS機能評価尺度改訂版(ALSFRS-R)スコア、および制御性T細胞(Treg)、CSF-pNFH、血漿および脳脊髄液ケモカインリガンド2(CCL2)などのバイオマーカー測定値とした。 主要エンドポイントに関する治療効果は、補正前解析と事前に定義した補正後解析により評価した。補正前解析には層別log-rank検定と、Coxモデル(層別因子:発症[四肢vs.球発症]、および施設[英国vs.フランス])を用いた。補正後解析では、ステップワイズ多変量Coxモデル回帰により、あらかじめ定義された共変量を用いて解析した。予後因子で補正後、IL-2LD投与群で死亡リスクが有意に減少 2017年6月19日~2019年10月16日に304例がスクリーニングを受け、そのうち220例(72%)が導入期後に無作為化された。患者背景は男性136例(62%)、女性84例(38%)で、25例(11%)はEl Escorial基準がpossibleであった。カットオフ日時点で追跡不能者はおらず、無作為化された全220例(死亡90例[41%]、生存130例[59%])がITT集団および安全性集団に組み入れられた。 主要エンドポイントの補正前解析では、有意ではないもののIL-2LD群でプラセボ群と比較し死亡リスクが19%減少した(ハザード比[HR]:0.81、95%信頼区間[CI]:0.54~1.22、p=0.33)。 一方、多変量Coxモデルで同定された予後因子(年齢、ALSFRS-Rスコア、CSF-pNFH値、血漿-CCL2値、Treg絶対数)による補正後解析では、IL-2LD群で死亡リスクが68%有意に減少し(HR:0.32、95%CI:0.14~0.73、p=0.007)、CSF-pNFHとの有意な交互作用が認められた(HR:1.0003、95%CI:1.0001~1.0005、p=0.001)。 IL-2LDは安全であり、すべての時点で有意なTreg細胞数増加と血漿中CCL2値減少が認められた。 無作為化時に測定したCSF-pNFH値による層別化では、CSF-pNFH低値(750~3,700pg/mL)集団(全体の70%)において、IL-2LDにより死亡リスクが48%有意に減少したが(HR:0.52、95%CI:0.30~0.89、p=0.016)、CSF-pNFH高値(>3,700pg/mL)集団(全体の21%)では有意差は認められなかった(HR:1.37、95%CI:0.68~2.75、p=0.38)。

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入院させてほしい【救急外来・当直で魅せる問題解決コンピテンシー】第6回

入院させてほしいPointプライマリ・ケアの適切な介入により入院を防ぐことができる状態をACSCsという。ACSCsによる入院の割合は、プライマリ・ケアの効果を測る指標の1つとされている。病診連携、多職種連携でACSCsによる入院を減らそう!受け手側は、紹介側の事情も理解して、診療にあたろう!症例80歳女性。体がだるい、入院させてほしい…とA病院ERを受診。肝硬変、肝細胞がん、2型糖尿病、パーキンソン病などでA病院消化器内科、内分泌内科、神経内科を受診していたが、3科への通院が困難となってきたため、2週間前にB診療所に紹介となっていた。採血検査でカリウム7.1mEq/Lと高値を認めたこともあり、幸いバイタルサインや心電図に異常はなかったが、指導医・本人・家族と相談のうえ、入院となった。内服薬を確認すると、消化器内科からの処方が診療所からも継続されていたが、内容としてはスピロノラクトンとカリウム製剤が処方されており、そこにここ数日毎日のバナナ摂取が重なったことによるもののようだった。おさえておきたい基本のアプローチプライマリ・ケアの適切な介入により入院を防ぐことができる状態をAmbulatory Care Sensitive Conditions(ACSCs)という。ACSCsは以下のように大きく3つに分類される。1:悪化や再燃を防ぐことのできる慢性疾患(chronic ACSCs)2:早期介入により重症化を防ぐことのできる急性期疾患(acute ACSCs)3:予防接種等の処置により発症自体を防ぐことのできる疾患(vaccine preventable ACSCs)2010年度におけるイギリスからの報告によると、chronic ACSCsにおいて最も入院が多かった疾患はCOPD、acute ACSCsで多かった疾患は尿路感染症、vaccine preventable ACSCsで多かった疾患は肺炎であった1)。実際に、高齢者がプライマリ・ケア医に継続的に診てもらっていると不必要な入院が減るのではないかとBarkerらは、イギリスの高齢者23万472例の一次・二次診療データに基づき、プライマリ・ケアの継続性とACSCsでの入院数との関連を評価した。ケアが継続的であると、高齢者において糖尿病、喘息、狭心症、てんかんを含むACSCsによる入院数が少なかったという研究結果が2017年に発表された。継続的なケアが、患者-医師間の信頼関係を促進し、健康問題と適切なケアのよりよい理解につながる可能性がある。かかりつけ医がいないと救急車利用も増えてしまう。ホラ、あの○○先生がかかりつけ医だと、多すぎず少なすぎず、タイミングも重症度も的確な紹介がされてきているでしょ?(あなたの地域の素晴らしいかかりつけ医の先生の顔を思い出してみましょう)。またFreudらは、ドイツの地域拠点病院における入院患者のなかで、ACSCsと判断された104事例をとりあげ、紹介元の家庭医にこの入院は防ぎえたかというテーマでインタビューを行うという質的研究を行った。この研究を通じてプライマリ・ケアの実践現場や政策への提案として、意見を提示している(表)。地域のリソースと救急サービスのリンクの重要性、入院となった責任はプライマリ・ケアだけでなく、病院なども含めたすべてのセクターにあるという合意形成の重要性、医療者への異文化コミュニケーションスキル教育の重要性など、ERの第一線で働く方への提言も盛り込まれており、ぜひ一読いただきたい。ACSCsは高齢者や小児に多く、これらの提言はドイツだけでなく、世界でも高齢者の割合がトップの日本にも意味のある提言であり、これらを意識した医師の活躍が、限られた医療資源を有効に活用するためにも重要であると思われる。表 プライマリ・ケア実践現場と政策への提言<プライマリ・ケア実践チームへの提言>患者の社会的背景、服薬アドヒアランス、セルフマネジメント能力などを評価し、ACSCsによる入院のリスクの高い患者を同定すること処方を定期的に見直すこと(何をなぜ使用しているのか?)。アドヒアランス向上のために、読みやすい内服スケジュールとし、治療プランを患者・介護者と共有すること入院のリスクの高い患者は定期的に症状や治療アドヒアランスの電話などを行ってモニタリングすること患者および介護者にセルフマネジメントについて教育すること(症状悪化時の対応ができるように、助けとなるプライマリ・ケア資源をタイミングよく利用できるようになるなど)患者に必要なソーシャルサポートシステム(家族・友人・ご近所など)や地域リソースを探索することヘルステクノロジーシステムの導入(モニタリングのためのリコールシステム、地域のリソースや救急サービスのリンク、プライマリ・ケアと病院や時間外ケアとのカルテ情報の共有など)各部署とのコミュニケーションを強化する(かかりつけ医と時間外対応してくれる外部医師間、入退院支援、診断が不確定な場合に相談しやすい環境づくりなど)<政策・マネジメントへの提言>入院となった責任はプライマリ・ケア、セカンダリ・ケア、病院、地域、患者といったすべてのセクターにあるという合意を形成すべきであるACSCsによる入院はケアの質の低さを反映するものでなく、地理的条件や複雑な要因が関係していることを検討しなければならないACSCsに関するデータ集積でエキスパートオピニオンではなく、エビデンスデータに基づいた改善がなされるであろう医療者教育において異文化コミュニケーションスキル教育が重視されるだろう落ちてはいけない・落ちたくないPitfalls紹介側(かかりつけ医)を、責めない!前に挙げた症例のような患者を診た際には、「なぜスピロノラクトンとカリウム製剤が処方されているんだ!」とついつい、かかりつけ医を責めたくなってしまうだろう! 忙しいなかで、そう思いたくなるのも無理はない。でも、「なんで○○した?」、「なんで△△なんだ?」、「なんで□□になるんだよ」などと「なんで(why)」で質問攻めにすると、ホラあなたの後輩は泣きだしたでしょ? 立場が違う人が安易に相手を責めてはいけない。後医は名医なんだから。前医を責めるのは医師である前に人間として未熟なことを露呈するだけなのである。まずは紹介側の事情をくみ取るように努力しよう。この症例でも、病院から紹介になったばかりで、関係性もあまりできていないなかでの高カリウム血症であった。元々継続的に診療していたら、血清カリウム値の推移や、腎機能、食事の状況など把握して、カリウム製剤や利尿薬を調節できたかもしれない。また紹介医を責めると後々コミュニケーションが取りにくくなってしまい、地域のケアの向上からは遠ざかってしまう。自分が紹介側になった気持ちになって、診療しよう。Pointかかりつけ医の事情を理解し、診療しよう!起きうるリスクを想定しよう!さらにかかりつけ医の視点で考えていきたい。この方の場合はまだフォロー歴が短いこともあって困難だったが、前医からの採血データの推移の情報や、食事摂取量や内容の変化でカリウム値の推移も予測可能だったかもしれない。糖尿病におけるsick dayの説明は患者にされていると思うが、リスクを想定し、かつ対処できるよう行動しよう。いつもより体調不良があるけど、なかなかすぐには受診してもらえないときには、電話を入れたり、家族への説明をしたり、デイケア利用中の患者なら、デイケア職員への声掛けも有効だろう! そうすることで不要な入院も避けられるし、患者家族からの信頼感アップも間違いなし!!「ERでは関係ない」と思わないで、患者の生活背景を聞き出し、患者のサポートシステム(デイケア・デイサービスなど)への連絡もできるようになると、かっこいい。かかりつけ医のみならず、施設職員への情報提供書も書ける視野の広い医師になろう。Point「かかりつけ医の先生とデイケアにも、今回の受診経過と注意点のお手紙を書いておきますね!」かかりつけ医だけに頑張らせない!入院のリスクの高い患者は、身体的問題だけでなく、心理的・社会的問題も併存している場合も少なくない。そんな場合は、かかりつけ医のみでできることは限られている。患者に必要なソーシャルサポートシステムや地域リソースを患者や家族に教えてあげて、かかりつけ医に情報提供し、多職種を巻き込んでもらうようにしよう! これまでのかかりつけ医と家族の二人三脚の頑張りにねぎらいの言葉をかけつつ(頑張っているかかりつけ医と家族を褒め倒そう!)、多くの地域のリソースを勧めることで、家族の負担も減り、ケアの質もあがるのだ。「そんな助けがあるって知らなかった」という家族がなんと多いことか。医師中心のヒエラルキー的コミュニケーションでなく、患者を中心とした風通しのよい多職種チームが形成できるように、お互いを尊重したコミュニケーション能力が必要だ! 図のようにご家族はじめこれだけの多職種の協力で患者の在宅生活が成り立っているのだ。図 永平寺町における在宅生活を支えるサービス画像を拡大するPoint多職種チームでよりよいケアを提供しよう!ワンポイントレッスン医療者における異文化コミュニケーションについてERはまさに迅速で的確な診断・治療という医療が求められる。患者を中心とした多職種(みなさんはどれだけの職種が浮かぶだろうか?)のなかで、医師が当然医療におけるエキスパートだ。しかし、病気の悪化、怪我・事故は患者の生活の現場で起きている。生活に目を向けることで、診断につながることは多い。ERも忙しいだろうが、「患者さんの生活を普段支えている人たち、これから支えてくれるようになる人たちは誰だろう?」なんて想像してほしい。ERから帰宅した後の生活をどう支えていけばよいかまで考えられれば、あなたは超一流!職能や権限の異なる職種間では誤解や利害対立も生じやすいので、患者を支える多職種が風通しのよい関係を築くことが大事だ。医療者における異文化コミュニケーション、つまり多職種連携、チーム医療は、無駄なER受診を減らすためにも他人ごとではないのだ。病気や怪我さえ治せば、ハイ終わり…なんて考えだけではまだまだだ。もし多職種カンファレンスに参加する機会があれば、積極的に参加して自ら視野を広げよう。ACSCsへの適切な介入とは? ─少しでも防げる入院を減らすために─入院を防ぐためには、単一のアプローチではなかなか成果が出にくく、複数の組み合わせたアプローチが有効といわれている2)。具体的には、患者ニーズ評価、投薬調整、患者教育、タイムリーな外来予約の手配などだ。たとえば投薬調整に関しては、Mayo Clinic Care Transitions programにおいても、皆さんご存じの“STOP/STARTS criteria”を活用している。なかでもオピオイドと抗コリン薬が再入院のリスクとして高く、重点的に介入されている3)。複数の介入となると、なかなか忙しくて一期一会であるERで自分1人で頑張ろうと思っても、入院回避という結果を出すまでは難しいかもしれない。そこで先にもあげたように多職種連携・Team Based Approachが必要だ4)。それらの連携にはMSW(medical social worker)さんに一役買ってもらおう。たとえば、ERから患者が帰宅するとき、患者と地域の資源(図)をつないでもらおう! MSWと連絡とったことのないあなた、この機会に連絡先を確認しておこうね!ACSCsでの心不全の場合は、専門医やかかりつけ医といった医師間の連携はじめ、緩和ケアチームや急性期ケアチーム、栄養士、薬剤師、心臓リハビリ、そして生活の現場を支える職種(地域サポートチーム、社会サービス)との協働も必要になってくる。またACSCsにはCOPDなども多く、具体的な介入も提言されている。有症状の慢性肺疾患には、散歩などの毎日の有酸素トレーニング30分、椅子からの立ち上がりや階段昇降、水筒を使っての上肢の運動などのレジスタンストレーニングなどが有効とされている。家でのトレーニングが、病院などでの介入よりも有効との報告もある。「家の力」ってすごいよね。理学療法士なども介入してくれるとより安心! 禁煙できていない人には、禁煙アドバイスをすることも忘れずに。ERで対応してくれたあなたの一言は、患者に強く響くかもしれない。もちろん禁煙外来につなぐのも一手だ! ニコチン補充療法は1.82倍、バレニクリンは2.88倍、プラセボ群より有効だ5)。勉強するための推奨文献Barker I, et al. BMJ. 2017:84:356-364.Freud T, et al. Ann Fam Med. 2013;11:363-370.藤沼康樹. 高齢者のAmbulatory care-sensitive conditionsと家庭医. 2013岡田唯男 編. 予防医療のすべて 中山書店. 2018.参考 1) Bardsley M, et al. BMJ Open. 2013;3:e002007. 2) Kripalani S, et al. Ann Rev Med. 2014;65:471-485. 3) Takahashi PY, et al. Mayo Clin Proc. 2020;95:2253-2262. 4) Tingley J, et al. Heart Failure Clin. 2015;11:371-378. 5) Kwoh EJ, Mayo Clin Proc. 2018;93:1131-1138. 執筆

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自己免疫疾患に対する心身症の誤診は患者に長期的な悪影響を及ぼす

 複数の自己免疫疾患を持つある患者は、医師の言葉にひどく傷つけられたときのことを鮮明に覚えている。「ある医師が、私は自分で自分に痛みを感じさせていると言った。その言葉は私をひどく不安にさせ、落ち込ませたし、今でも忘れられない」と患者は振り返る。 全身性エリテマトーデス(SLE)や血管炎などの自己免疫疾患では、一見すると疾患とは無関係に見える非特異的な心身の症状が複数現れ、診断が困難なことがある。そのような場合、医師は患者に、心身症、つまり症状が精神的なものである可能性を示唆することが多い。その結果、医師と患者の間に「誤解と意思疎通の食い違いに起因する隔たり」が生まれ、それが医療に対する患者の根深く永続的な不信感につながっていることを示した研究結果が、「Rheumatology」に3月3日掲載された。 この研究では、全身性自己免疫疾患(SARD)患者の2つのコホート(LISTENコホート1,543人、INSPIREコホート1,853人)に対する調査データを用いて、患者が医師に、症状を心身症または精神疾患と誤って診断された(以下、心身症・精神疾患の誤診)と感じることが、患者に与える長期的な影響を調査した。影響は、医療との関係(医師に対する信頼、ケアに対する満足度など)、医療に関わる行動(服薬アドヒアランス、症状報告の頻度や正確性など)、精神的ウェルビーイング(抑うつ、不安)の観点から評価した。 その結果、LISTENコホートで心身症・精神疾患の誤診を受けたことを報告した患者の80%超が、「誤診を受けたときに医師に対する信頼感が損なわれた」と回答し、55%はそのことが医師への長期的な不信感を生んだと回答していた。また、「誤診により自尊心が傷つけられた」と回答した患者も80%超に上った。さらに、72%は、誤診から数カ月または数年が経過したにもかかわらず、その経験を思い出すと動揺すると回答した。 心身症・精神疾患の誤診を受けた患者は、精神的ウェルビーイングが大幅に低く、抑うつや不安のレベルが高く、医療的ケアに対する満足度も全ての面で低いことも示された。さらに、このような誤診は医療に関わる行動にも悪影響を及ぼし、症状を過小報告する傾向や医療を回避する傾向の高いことが確認された。これらの行動は、受診時に再び同様の扱いを受け、症状を信じてもらえないかもしれないという不信感や恐れに起因するものであることが示唆された。ただし、服薬アドヒアランスとの間には関連が認められなかった。 一方、医師からは、「症状を心身症とすることで患者に引き起こされ得る長期的な問題については、あまり考えたことがなかった」や、「ガスライティング(心理的虐待)を受けたと感じる患者は、誰が何を言っても信用しなくなってしまう。患者に大丈夫だと納得させようとすると、『でも、前の医者もそう言ったけど、間違っていた』と言われる」と話したという。 論文の筆頭著者である、英ケンブリッジ大学のMelanie Sloan氏は、「多くの医師は、最初は説明のつかない症状に対して、心身症または精神的なものである可能性を示唆して患者を安心させようとする。しかし、こうした誤診は多くの否定的な感情を生み出し、生活、自尊心、ケアに影響を及ぼす可能性がある。このような悪影響は、正しい診断が下された後も解消することはあまりないようだ。われわれは、このような患者をもっと支援して精神的な傷を癒やし、臨床医がより早期の段階で自己免疫疾患の可能性を考慮するよう教育する必要がある」と話す。 自己免疫疾患患者として本研究に協力した論文の共著者の1人であるMichael Bosley氏は、「この種の誤診が長期にわたる精神的・感情的被害と医師に対する信頼の壊滅的な喪失につながる可能性があることを、より多くの臨床医が理解する必要がある。自己免疫疾患の症状が、このような普通ではない形で現れる可能性があること、また、患者の話を注意深く聞くことが、心身症や精神疾患の誤診が引き起こす長期的な害を避ける鍵であることを全ての医師が認識するべきだ」と付言している。

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世界初!デューク大学の医師らが生体ドナーからの僧帽弁移植に成功

 米デューク・ヘルスの医師らが、世界で初めて心臓ドナーから提供された僧帽弁を用いた移植手術を成功させたことを、2月27日報告した。この画期的な手術により、米ノースカロライナ州の3人の少女の命が救われたという。 この手術は、ノースカロライナ州ウィルソン在住のJourni Kellyさん(11歳)が、デューク大学で心臓移植手術を受けたことで可能になった。医師らは、彼女の元の心臓から健康な弁を二つ取り出し、他の子どもに移植したのだ。 弁の一つは、ノースカロライナ州シャーロット在住のクロスカントリーランナー、Margaret Van Bruggenさん(14歳)に移植された。Margaretさんは重度の細菌感染により緊急に僧帽弁置換術を必要としていた。もう一つの弁は、ノースカロライナ州ペンブローク在住の9歳のKensley Frizzellさんに移植された。Kensleyさんは、先天性の染色体異常であるターナー症候群で生まれ、心臓に構造的な異常が認められたため、生後2カ月を迎える前に、すでに2回の心臓手術を受けていた。 現在、心臓弁の置換を必要とする子どもは、無細胞生体弁か機械弁のいずれかを移植される。ただ、いずれの弁も、子どもの身体的な成長とともに大きくならないため、数カ月以内に機能不全を起こすことが多い。「子どもには、良い弁の選択肢がない」とデューク大学医学部外科分野のDouglas Overbey氏は言う。「どちらのタイプの弁を使おうと複数回の手術が必要になるし、いずれ機能不全に陥ることも避けられない。子どもの成長に伴い弁が合わなくなるため、おそらくは6カ月後に再び同じ手術を行い、新しい弁に取り替えなければならない。このことを親に説明するのは、本当に辛いことだ」と話す。 デューク大学の新しいアプローチは、提供された心臓の生体弁を使用するもので、「部分心臓移植」と呼ばれている。生体弁を使えば、子どもの成長とともに弁も成長するため、将来の手術の必要性を減らせる可能性がある。デューク大学は、2022年にこの技術を開発して以来、米食品医薬品局(FDA)の指導下で、これまでに20件の部分心臓移植手術を行っている。 今回の3例の手術は、Journiさんが突然の心不全でデューク大学に緊急搬送されたときに始まった。Journiさんは心臓移植リストに載せられた。彼女の両親は、移植後に元の心臓の一部を提供する意思はあるかを尋ねられたという。Journiさんの継母であるRachel Kellyさんはそのときのことを、「彼らは、Journiの心臓の健康的な部分を、他の子どもを助けるために使えると説明してくれた。私たちが次に聞いたのは、『どこにサインすればいいの?』だった」と振り返る。その後、Journiさんの心臓移植の実施が可能になったとき、彼女の元の心臓の弁がMargaretさんとKensleyさんの心臓に完全に適合することが判明したという。 Margaretさんは、心内膜炎と呼ばれる重篤な細菌感染症の経験後に僧帽弁に大きな穴が開き、健康状態が急速に悪化し始めていたまさにそのタイミングで、Journiさんの生体弁を移植されたという。Margaretさんの母親であるElizabeth Van Bruggenさんは当時の心境を、「Margaretは入院していて、私たちは彼女を失う可能性もあった。でも、彼女はとても勇敢だった。だから、私も勇敢にならなければならないと思った。彼女には、世界に貢献できることが、まだたくさんある」と語る。 一方、ターナー症候群に関連した心臓病を抱えていたKensleyさんにとって、この移植は長く続いた一連の心臓手術の終わりを意味するかもしれない。Kensleyさんの父親であるKenan Frizzellさんは、「手術が必要だとは思っていたが、こんな選択肢があるとは思っていなかった。科学の進歩という観点から見ても、一般人の視点から見ても、この状況はこれまででは考えられないようなことだ。この手術の実現にどれほどの調整が必要だったのか私には想像もつかないが、恩恵を受けた家族の一員として、ただ感謝するよりほかない」と話している。

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慢性不眠症に対する睡眠薬の切り替え/中止に関する臨床実践ガイドライン

 現在のガイドラインでは、慢性不眠症の第1選択治療として、不眠症に対する認知行動療法(CBT-I)が推奨されている。欧州ガイドラインにおける薬理学的治療の推奨事項には、短時間または中間作用型のベンゾジアゼピン系睡眠薬・Z薬(エスゾピクロン、zaleplon、ゾルピデム、ゾピクロン)、デュアルオレキシン受容体拮抗薬(DORA:ダリドレキサント)、メラトニン受容体拮抗薬(徐放性メラトニン2mg)などの薬剤が含まれている。不眠症は慢性的な疾患であり、一部の治療に反応しない患者も少なくないため、さまざまな治療アプローチや治療薬の切り替えが必要とされる。しかし、現在の欧州では、これらの治療薬切り替えを安全かつ効果的に実践するためのプロトコールに関して、明確な指標が示されているわけではない。イタリア・ピサ大学のLaura Palagini氏らは、このギャップを埋めるために、不眠症に使用される薬剤を切り替える手順と妥当性を評価し、実臨床現場で使用可能な不眠症治療薬の減量アルゴリズムを提案した。Sleep Medicine誌2025年4月号の報告。 不眠症治療薬の切り替え手順の評価には、RAND/UCLA適切性評価法を用いた。PRISMAガイドラインに従い実施された文献をシステマティックにレビューし、いくつかの推奨事項を作成した。 主な結果と結論は以下のとおり。・選択された文献は21件。・ベンゾジアゼピン系睡眠薬およびZ薬の中止は、段階的に行う必要があり、1週間当たり10〜25%ずつ減少すること。・マルチコンポーネントCBT-I、DORA、エスゾピクロン、メラトニン受容体拮抗薬は、必要に応じて減量期間を延長可能なクロステーパプログラムにより、ベンゾジアゼピン系睡眠薬およびZ薬の中止を促進することが示唆された。・DORA、メラトニン受容体拮抗薬は、特別な切り替えや処方中止のプロトコールは不要であった。

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標準治療+アニフロルマブが全身性エリテマトーデス患者の臓器障害の進行を抑制

 全身性エリテマトーデス(SLE)は、炎症を通じて肺、腎臓、心臓、肝臓、その他の重要な臓器にさまざまな障害を起こす疾患であり、臓器障害が不可逆的となることもある。しかし、新たな研究で、標準治療へのSLE治療薬アニフロルマブ(商品名サフネロー)の追加が、中等症から重症の活動性SLE患者での臓器障害の発症予防や進行抑制に寄与する可能性のあることが示された。サフネローを製造販売するアストラゼネカ社の資金提供を受けてトロント大学(カナダ)医学部のZahi Touma氏らが実施したこの研究は、「Annals of the Rheumatic Diseases」に2月1日掲載された。 SLEの標準治療は、ステロイド薬、抗マラリア薬、免疫抑制薬、非ステロイド性抗炎症薬(NSAIDs)などを組み合わせて炎症を抑制するのが一般的である。しかし、このような標準治療でSLEによる臓器障害を防ぐことは難しく、場合によっては障害を悪化させる可能性もあると研究グループは指摘する。 アニフロルマブは、炎症亢進に重要な役割を果たす1型インターフェロン(IFN-1)受容体を標的とするモノクローナル抗体であり、2021年に米食品医薬品局(FDA)によりSLE治療薬として承認された。今回の研究では、標準治療にアニフロルマブを追加することで、標準治療単独の場合と比べて中等症から重症の活動性SLE患者での臓器障害発生を抑制できるのかが検討された。対象者は、標準治療(糖質コルチコイド、抗マラリア薬、免疫抑制薬)に加え、アニフロルマブ300mgの4週間ごとの静脈内投与を受けたTULIP試験参加者354人(アニフロルマブ群)と、トロント大学ループスクリニックで標準治療のみを受けた外部コホート561人(対照群)とした。 主要評価項目は、ベースラインから208週目までのSLE蓄積障害指数(Systemic Lupus International Collaborating Clinics/American College of Rheumatology Damage Index;SDI)の変化量、副次評価項目は、最初にSDIが上昇するまでの期間であった。SDIは0〜46点で算出され、スコアが高いほど臓器障害が進行していることを意味する。なお、過去の研究では、SDIの1点の上昇は死亡リスクの34%の上昇と関連付けられているという。 その結果、ベースラインから208週目までのSDIの平均変化量はアニフロルマブ群で対照群に比べて0.416点有意に低いことが明らかになった(P<0.001)。また、208週目までにSDIが上昇するリスクは、アニフロルマブ群で対照群よりも59.9%低いことも示された(ハザード比0.401、P=0.005)。 こうした結果を受けてTouma氏は、「アニフロルマブと標準治療の併用は、4年間にわたって標準治療のみを行う場合と比較して、臓器障害の蓄積を抑制し、臓器障害の進行までの時間を延ばすのに効果的である」と結論付けている。

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PADISガイドライン改訂で「不安」が新たな焦点に【論文から学ぶ看護の新常識】第6回

PADISガイドライン改訂で「不安」が新たな焦点に米国集中治療医学会(Society of Critical Care Medicine[SCCM])は2025年2月21日、『フォーカスアップデート版 集中治療室における成人患者の痛み、不安、不穏/鎮静、せん妄、不動、睡眠障害の予防および管理のための臨床診療ガイドライン』を公開した。本ガイドラインは、2018年に発表された『集中治療室における成人患者の痛み、不穏/鎮静、せん妄、不動、睡眠障害の予防および管理のための臨床ガイドライン』(通称PADISガイドライン)のフォーカスアップデート版であり、新たに「不安」が主要領域として追加された。フォーカスアップデート版 集中治療室における成人患者の痛み、不安、不穏/鎮静、せん妄、不動、睡眠障害の予防および管理のための臨床診療ガイドライン本ガイドラインは、2018年版『集中治療室における成人患者の痛み,不穏/鎮静,せん妄,不 動,睡眠障害の予防および管理のための臨床ガイドライン』を改訂、発展させることを目的として、成人ICU患者に関する5つの主要領域、不安(新規トピック)、不穏/鎮静、せん妄、不動、睡眠障害に焦点を当てて作成された。主な改定点は下記の通り。2018年版 PADISガイドラインの内容は()内に記載。1.ICU入室中の成人患者の不安治療にベンゾジアゼピンを使用することに関して、推奨を行うのに十分なエビデンスが存在しない。(2018年版:この領域についての推奨なし)2.ICU入室中の人工呼吸器管理下の成人患者において、浅い鎮静および/またはせん妄の軽減が最優先される場合は、プロポフォールよりもデクスメデトミジンの使用を推奨する(条件付き推奨、エビデンスの確実性:中等度)。(2018年版:人工呼吸器管理下の成人患者の鎮静には、ベンゾジアゼピンよりもプロポフォールまたはデクスメデトミジンの使用を推奨する[条件付き推奨、エビデンスの質:低い])3.ICU入室中の成人患者のせん妄治療において、通常のケアよりも抗精神病薬を使用することの是非について推奨を行うことはできない(条件付き推奨、エビデンスの確実性:低い)。(2018年版:せん妄の治療にハロペリドールまたは非定型抗精神病薬を日常的に使用しないことを推奨する [条件付き推奨、エビデンスの質:低い])4.ICU入室中の成人患者に対しては、通常のモビライゼーション/リハビリテーションよりも強化されたモビライゼーション/リハビリテーションを行うことを推奨する(条件付き推奨、エビデンスの確実性:中等度)。(2018年版:重症の成人患者に対してリハビリテーションまたはモビライゼーションを実施することを推奨する[条件付き推奨、エビデンスの質:低い])5.ICU入室中の成人患者に対しては、メラトニンを投与することを推奨する(条件付き推奨、エビデンスの確実性:低い)。(2018年版:重症の成人患者の睡眠改善に対するメラトニンの使用については、推奨を行わない[推奨なし、エビデンスの質:非常に低い])PADISガイドラインは、痛み(Pain)、鎮静(Agitation/Sedation)、せん妄(Delirium, Immobility)、睡眠障害(Sleep)の頭文字をとった名称であり、これらの症状への推奨される治療やケアなどを包括的に示したガイドラインです。今回、2018年に発表されたPADISガイドラインのフォーカスアップデート版が発表されました。今回のアップデートでは、とくに、これまでせん妄と混同されがちだった「不安」を新たに焦点化した点が大きな変化といえます。海外ではICU入室中の不安を訴える患者にベンゾジアゼピンが一般的に使用されるケースがあるようですが、明確なエビデンスはなく推奨は行われていません。ただし、入室前から慢性的に不安症状がありベンゾジアゼピンを服用している患者に対しては、継続を検討する余地があると示されました。不安の評価には、痛みの評価で使われる「Face Scale」と同様の絵を用いた「Faces Anxiety Scale」などが推奨されています。患者自身が表情のイラストを見て不安度を評価できるため、日本の医療現場でもすぐに応用できるでしょう。薬物療法はまだ確立していない部分がありそうですが、音楽療法やバーチャルリアリティ(VR)など一部の非薬理学的アプローチは推奨されており、患者さんの好みに合った音楽を流すなどの工夫は有効かもしれません。また、睡眠管理ではメラトニン投与が条件付きで推奨され、生理的な睡眠リズムの補完が重要なテーマとなっています。さらにリハビリテーションでは、早期離床だけでなく、より強化されたリハビリプログラムの導入も提案されており、ICU退室後の身体機能回復やQOL向上に寄与すると期待されています。今後のスタンダードなケア・治療の一つになる可能性があるため、興味のある方はぜひ詳しい内容にも目を通してみることをおすすめします。論文はこちらLewis K, et al. Crit Care Med. 2025;53(3):e711-e727.

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活動性ループス腎炎に対する新しいタイプの抗CD20抗体の治療効果(解説:浦信行氏)

 活動性ループス腎炎(LN)は全身性エリテマトーデス(SLE)の中でも重症病態の1つであり、LN患者の約20%が15年以内に末期腎不全に至る。B細胞はSLE発症の重要なメディエーターであるが、この病原性B細胞の減少を来すことがSLEの治療となりうる可能性が以前から指摘されていた。 CD20はB細胞の表面に存在するタンパク質で、B細胞の活性化や増殖に関与する細胞表面マーカーである。この病態に対する治療的アプローチとして、当初はタイプI抗CD20モノクローナル抗体(mAb)であるリツキシマブ(RTX)が検討された。しかし、臨床試験においてその評価は無効とするものもあり、有効とするものでも反復投与例に、B細胞の枯渇が不完全な二次無効が存在することが報告されている。 今回は、タイプIIヒト化CD20mAbのオビヌツズマブの臨床試験の成績が報告された。その結果は2025年2月20日配信のジャーナル四天王に詳しく紹介されているので詳細はここでは述べないが、大変良好な効果を示す成績であった。タイプI抗体は、CD20と結合後Fc受容体IIBを介して細胞内移行するためCD20発現低下となり、部分的にRTXの作用を免れてB細胞が残ってしまうため効果が減弱し、二次無効を来すことが知られている。タイプII抗体のオビヌツズマブのCD20の細胞内移行率は低く、より効果的にB細胞枯渇を達成できることが両者の差異である。少数例の研究ではあるが、SLEに対するRTXの二次無効例に対してオビヌツズマブ投与が著効を示したとの報告もある。

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日本人の頭内爆発音症候群の有病率は1.25%で不安・不眠等と関連―忍者睡眠研究

 目覚める直前に、頭の中で爆発音のような音が聞こえることのある頭内爆発音症候群(exploding head syndrome;EHS)の有病率が報告された。EHSが、不安や不眠、疲労感などに影響を及ぼす可能性も示された。滋賀医科大学精神医学講座の角谷寛氏らの研究によるもので、詳細は「Sleep」に1月10日掲載された。 EHSは、睡眠から覚醒に近づいている最中に、頭の中で大きな音が知覚されるという症状で、睡眠障害の一つとして位置付けられている。この症状は通常自然に消失するため良性疾患と考えられているが、EHSを経験した本人は不安を抱き、生活の質(QOL)にも影響が生じる可能性が指摘されている。しかし、EHSには不明点が多く残されており、有病率についても信頼性の高いデータは得られていない。角谷氏らは、日本人のEHS有病率の推定、およびEHSと不安や不眠等との関連について、「Night in Japan Home Sleep Monitoring Study;Ninja Sleep study(忍者睡眠研究)」のデータを用いて検討した。 忍者睡眠研究は、滋賀県甲賀市の市職員2,081人を対象とする睡眠に関する疫学調査で、今回の研究ではデータ欠落者、および、てんかんの既往のある人を除いた1,843人(平均年齢45.9±12.9歳、女性61.7%)を解析対象とした。EHSの有無は、「睡眠障害国際分類 第3版(ICSD-3)」に準拠して作成したアンケートにより判定した。具体的には、(A)覚醒から睡眠への移行時または夜間の覚醒時の、突然の大きな音または頭の中での爆発感覚、(B)その事象の後に覚醒して多くの場合は恐怖感を伴う、(C)激しい痛みは伴わない――という3項目の全てが該当する場合を「EHS」群、(A)のみが該当する場合を「爆発音のみ」群とした。 調査の結果、(A)が該当するのは46人(2.49%)であり、その半数(各23人、1.25%)ずつが、EHS群および爆発音のみ群に分類された。EHS群とその他の群(非EHS群〔爆発音のみ群も含む〕)を比較した場合、年齢、性別の分布、BMI、現喫煙・飲酒習慣、睡眠時間、睡眠薬の服用、睡眠時無呼吸の既往などに有意差はなかった。 続いて、EHSとメンタルヘルス状態やQOLとの関連を検討。するとEHS群は、抑うつや不安、不眠、疲労といった症状が有意に多く認められた。詳しく見ると、抑うつについてはPHQ-9という評価指標が10点以上の割合がEHS群50.0%、非EHS群16.4%、不安についてはGAD-7が10点以上の割合が同様に47.4%、12.7%、不眠はAISが10点以上の割合が33.3%、12.1%、疲労はCFSが22点以上の割合が47.8%、22.0%だった。また、QOLの評価指標のうち、メンタル面のQOLが良好(SF-8MCSが50点以上)な割合は、21.7%、42.2%でEHS群が有意に少なかった。身体面のQOLは有意差がなかった。 年齢、性別、BMI、および睡眠時間の影響を調整した解析でも、EHS群は非EHS群に比べて、抑うつ(オッズ比〔OR〕1.197〔95%信頼区間1.125~1.274〕)、不安(OR1.193〔同1.114~1.277〕)、不眠(OR1.241〔1.136~1.355〕)、疲労(OR1.112〔1.060~1.167〕)が多く認められた。なお、EHS群と爆発音のみ群を合わせて1群として、その他の群と比較した解析の結果も、ほぼ同様だった。 著者らは本研究を、「日本人のEHS有病率に関する初の研究」と位置付けている。一方、調査対象が1自治体の公務員のみであり一般化が制限されること、横断研究であるためEHSとメンタルヘルス状態との関連の因果関係は不明であることなどの限界があるとし、さらなる研究の必要性を指摘している。 なお、本研究で示されたEHSの有病率1.25%という数値は、海外での先行研究に比べてかなり低い値だという。この乖離の理由として、先行研究の多くは睡眠関連疾患の患者を対象としていたりオンライン調査であったりするため、EHS既往者が多く含まれている集団で調査されていた可能性が高いこと、および、本研究のようなICSD-3の定義に準拠した方法ではなく、EHSの有無を一つの質問のみにて判定していることによる精度差などが考えられるとのことだ。

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睡眠時無呼吸症候群の鑑別で見落としがちな症状とは?

 帝人ファーマは「家族となおそう睡眠時無呼吸」と題し、1月27日にメディア発表会を行った。今回、内村 直尚氏(久留米大学 学長)が「睡眠時無呼吸症候群とそのリスク」について、平井 啓氏(大阪大学大学院人間科学研究科/Cobe-Tech株式会社)が「睡眠医療のための行動経済学」について解説した。睡眠時無呼吸症候群の現状 まず、内村氏は睡眠障害について、国際分類第3版に基づく診断分類を示した。・不眠症 ・睡眠関連呼吸症候群 ・中枢性過眠症 ・概日リズム睡眠覚醒症候群 ・睡眠時随伴症群 ・睡眠時運動障害群 ・その他の睡眠障害 ・身体疾患及び神経疾患に関する睡眠障害 このなかの睡眠関連呼吸症候群に該当する睡眠時無呼吸症候群(Sleep Apnea Syndrome:SAS)は、無呼吸が一晩(7時間の睡眠中)に30回以上、または睡眠1時間あたりに無呼吸および低呼吸が5回以上起こる状態を指す。国内の潜在患者数は940万人以上で、30~60代の約7人に1人が該当するというが、CPAP(Continuous Positive Airway Pressure)治療を受けている患者数は約73万人と、潜在患者の10%に満たないと言われている。 治療法の第一は生活習慣の是正(睡眠時の体位の工夫、禁煙、禁酒)や減量であるが、日中の眠気などの臨床症状が強い中~重症例に用いるCPAPをはじめ、無呼吸低呼吸指数(AHI)による重症度分類や併存疾患に応じたさまざまな方法がある。現在国内で保険適用となっているのは、OA(口腔内装置)療法(CPAP治療の適応とならない軽~中等症)、口蓋垂軟口蓋咽頭形成術(CPAP、OAいずれも使用できない症例)に加え、舌下神経電気刺激療法がある。医師が押さえておきたい患者像 続いて、SAS患者の主な特徴としては、喫煙者、寝酒の習慣化、肥満傾向、そして高血圧症や糖尿病、脂質異常症などの既往歴を有することなどが挙げられるが、痩せている女性でも疾患リスクを有している点には注意が必要である。その理由について同氏は、「SASの発症は顔などの形態的特徴が強く関わっているため、頸が短い・太い、頸の周囲に脂肪が付いている、下顎が小さい、下顎が後方に引っ込んでいる、歯並びが悪い、舌や下の付け根が大きい患者では夜間の血中酸素濃度が低下しやすいため」と指摘。患者自身ができるセルフチェックについても触れ、「鏡の前で大きく口を開けて舌を下に出した時、口蓋垂が見えていない場合には、形態的に上気道が狭い可能性がある」と解説した。さらに同氏はSASによる疾患発症リスクについても言及し、「睡眠の障害はもちろん、血中酸素濃度の低下がさまざまな疾患リスクの引き金となる。たとえば、高血圧症の発症リスクは1.42~2.89 倍1)、脳卒中においては1.75~3.3倍2)にもなる。また、CPAPを装着することで、致死的心血管イベントの累積発生率3)がとくに重症OSA群で抑制される」と述べ、「起床時の頭痛、薬物治療を行っても改善されない夜間高血圧症例の場合にもSASの可能性4)があることから、そのような症状を有する患者には検査を勧めてほしい」ともコメントした。患者・家族と医療者がすれ違う理由と5つのバイアス 続いて平井氏が行動経済学の側面から解説した。同氏は患者と医療者では「見えている世界や景色が違う」とし、「慢性疾患は患者にとって、森の中を抜けていくような感覚だが、家族や医療者は俯瞰的に森全体を捉え、将来リスク、出口がどこにあるのかが見えている。患者は主観的な世界観を、家族や医療者は合理的な世界観を持っている」と説明した。また、行動経済学的に人の意思決定は常に合理的であるわけではなく、バイアスが生じることがあり、「通常、人間の考え方は損失回避的であり、それが自然な反応であることを医療者も理解が必要」ともコメントした。<5つのバイアス>・現在バイアス:将来の利益よりも、現在の利益を優先してしまう・利用可能性バイアス:意思決定において身近で目立つ情報を優先して用いてしまう・現状維持バイアス:自分の慣れた方法を変えることに大きな抵抗を感じる・正常性バイアス:自分は大丈夫だと思う・確証バイアス:自分にとって都合のよい情報を集める さらに、患者と医療者のすれ違い解消法として、フレーミング効果*やリバタリアン・パターナリズム**の活用を推奨し、今回のセミナーにゲスト出演した北斗 晶さんと佐々木 健介さん夫妻が、それぞれの睡眠時の状況を説明するために二人で一緒に病院を受診した点について、「コミットメントとナッジの視点から非常に有用である」と同氏は評価した。*同じ現象のポジティブな側面とネガティブな側面のどちらに焦点を当てるかで意思決定が変化すること。**「選択の自由」を尊重しつつも、望ましい行動を自然に選びやすくする環境や仕組みを提供する考え方。ナッジとは行動を始めやすくし、選択のしやすさや選択肢を提供すること。一方のコミットメントは行動を継続させ、実行を確実にする。 なお、帝人ファーマはいびきや睡眠時無呼吸症候群(SAS)に悩む方のためのポータルサイト「睡眠時無呼吸なおそう.com」5)を運営しており、これを利用することで、セルフチェックや専門の医療機関を検索することが可能である。■参考文献1)Peppard PE, et al. N Engl J Med. 2000;342:1378-1384.2)Good DC, et al. Stroke. 1996;27:252-259.3)Marin JM, et al. Lancet. 2005;365:1046-1053.4)日本循環器学会編:2023年改訂版循環器領域における睡眠呼吸障害の診断・治療に関するガイドライン5)帝人ファーマ:睡眠時無呼吸なおそう.com日本呼吸器学会:睡眠時無呼吸症候群(SAS)の診療ガイドライン2020大竹文雄ほか. 医療現場の行動経済学. 2024. 東洋経済新報社

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