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“早期乳癌”の定義を変更、「乳癌取扱い規約 第19版」臨床編の改訂点/日本乳癌学会

 2025年6月、7年ぶりの改訂版となる「乳癌取扱い規約 第19版」が発行された。第33回日本乳癌学会学術総会では委員会企画として「第19版取扱い規約の改訂点~臨床編・病理編~」と題したセッションが行われ、各領域の改訂点が解説された。本稿では、臨床編について解説した静岡がんセンターの高橋 かおる氏による講演の内容を紹介する。腫瘍占居部位の略号表記、T4所見について再整理 日本の取扱い規約で用いられている腫瘍の局在を示すA~Eの略号について、日本独自の略号のため海外では通じず、不要ではないかという議論が以前から行われてきた。今回の改訂でも議論されたが、日本では長く使われており、簡潔で記載にも便利なことから引き続き規約に掲載することとし、対応する英語表記(UICCのAnatomical Subsites)を明記、ICDコードと齟齬のあったC‘~E‘が修正され、E、E’の区別がわかる記載も追加された(下線部分が変更点):C‘:腋窩尾部(C50.6/Axillary tail)E:中央部(C50.1/Central portion)  乳頭乳輪の下に位置する乳房中央部E‘:乳頭部および乳輪(C50.0/Nipple)  乳頭乳輪部の皮膚 臨床所見については、第18版まではT4の定義について解釈が分かれる記載となっていた。そこで今版では、「T4所見は浮腫、潰瘍、衛星皮膚結節の3つであり、皮膚固定や発赤はT4に入らない」ということがわかるような記載に変更された。またT4所見としての潰瘍について、クレーター形成の有無は問わないという意図で「潰瘍(皮膚が欠損して病変が露出した状態)」と追記された。病理編でPaget病の定義が変更、臨床医も注意が必要 臨床T因子の表について変更はなく、注釈の表現が下記のとおりいくつか整理された。・原発巣の評価方法(注1):T因子の判断材料として、従来の視触診、画像診断に、針生検を追加・Tis(注4):病理編のPaget病の定義が「乳頭・乳輪部および周囲表皮に限局したものをPaget病と主診断、乳房内に連続性に非浸潤癌を伴う場合は非浸潤癌と主診断し、Paget病の存在は所見に記入する」と変更されたことを受け、臨床編の注釈も「Paget病のほとんどはTisに分類される。まれに乳頭・乳輪部の真皮に微小浸潤もしくはそれを越える浸潤を伴うものがあり、その場合は浸潤径に応じたT分類を採用する」と変更された。・T0(注5):「視触診、画像診断で原発巣を確認できない場合。腋窩リンパ節転移で発見され乳房内に原発巣を認めない潜在性乳癌などがこれに相当する」と記載を整理・T4(注7):臨床所見と同様、T4の定義をわかりやすくするために、「真皮への浸潤のみではT4としない、T4b~T4d以外の皮膚のくぼみ、乳頭陥没、その他の皮膚変化は、T1、T2またはT3で発生してもT分類には影響しない」というUICCの注にある内容が追加された。・T4d(注8):第18版までの注釈では冒頭に「炎症性乳癌は通常腫瘤を認めず」とあったことから、腫瘤を認めないことが炎症性乳癌の必須要件のように読めてしまうという指摘があったため、「炎症性乳癌は、皮膚のびまん性発赤、浮腫、硬結を特徴とし、その下に明らかな腫瘤を認めないことが多い」と表現を変更 高橋氏はPaget病の定義の変更について、これまでPaget病と診断していた病変のうち、多くが今後は非浸潤性乳管癌(Paget病変を伴う)と診断されることとなり、Paget病の診断は減るであろうと指摘し、病理編の変更について臨床医も一度は目を通してほしいと話した。 臨床N因子についても表の変更はなく、T因子と同様に、判定材料として、従来の視触診、画像診断に、細胞診や針生検が追加されたほか、内胸リンパ節について第何肋間かを表記する場合の簡略な方法として、「Imの次に()で数字を記載する」こととした。「早期乳癌は切除可能乳癌(Stage 0~IIIA)を指す」と定義 第18版までは「Stage 0・Iを早期乳癌とする」と定義していた。これは、検診等における早期発見の概念には適していたと思われるが、国際的な臨床試験や乳癌診療ガイドラインとの整合性を考慮し、第19版では「早期乳癌は切除可能乳癌(Stage 0~IIIA)を指す」と定義が変更された。高橋氏は私見として「検診が目的とする“早期発見”は、“早期乳癌の発見”ではなく、乳癌を0期やI期などの早い段階で見つけることだと考えればよいのではないか」と話した。ただし、検診成績の評価などの際には、“早期乳癌の比率”といった表現は誤解を招く恐れがあり、今後は“0期・I期の比率”などの表現に変えていく必要があるとした。治療の進歩に合わせて第2章を変更 第2章の治療の記載法については、乳房の術式の1つとして新たに保険適用されたラジオ波焼灼術(RFA)が追加された。 リンパ節の切除範囲の表については、英語表記を追加するなど整備し、新たな項目として腋窩リンパ節サンプリング(AxS)を加えた。また、「Rotterリンパ節は郭清しない場合でもレベルIIまで郭清、Ax(II)としてよい」という注釈が加わり、新たな手法であるTargeted Axillary Dissection(TAD)およびTailored Axillary Surgery(TAS)についても、“付記”という形で追加されている。 再建の術式については、日本乳房オンコプラスティックサージャリー学会の用語委員からの助言を受けて、再建方法として腹直筋皮弁(有茎)、腹直筋皮弁(遊離)、深下腹壁動脈穿通枝皮弁、大腿深動脈穿通枝皮弁を加え、英語表記も追加された。 手術以外の治療法では、免疫療法が、薬物療法の一項目として追加された。

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次世代技術が切り拓くリンパ腫の未来/日本リンパ腫学会

 2025年7月3日~5日に第65回日本リンパ腫学会総会/第28回日本血液病理研究会が愛知県にて開催された。 7月4日、遠西 大輔氏(岡山大学病院 ゲノム医療総合推進センター)、島田 和之氏(名古屋大学医学部附属病院 血液内科)を座長に行われたシンポジウム1では、国内外の最新の解析手法を用いたリンパ腫研究に携わる第一線の研究者であるClementine Sarkozy氏(Institut Curie, Saint Cloud, France)、杉尾 健志氏(Stanford University, Division of Oncology)、冨田 秀太氏(岡山大学病院 ゲノム医療総合推進センター)、中川 雅夫氏(北海道大学大学院医学研究院 血液内科)より、次世代技術が切り拓くリンパ腫の未来と題し、最新の研究結果について講演が行われた。形質転換FLにおける悪性B細胞とTMEのco-evolution 濾胞性リンパ腫(FL)の形質転換は、予後不良と関連している。しかし、遺伝的進化や表現型との関係はほとんどわかっておらず、形質転換が変換遺伝子型を有する既存の遺伝子から発生するのか、診断時には存在しない遺伝的および表現型の形質転換によるものなのかは不明である。これらの課題を明らかにするために、単細胞トランスクリプトーム(scWTS)と全ゲノムシーケンシング(scWGS)を用いて、変換中の悪性B細胞のクローナルおよび表現型転換を特徴付け、腫瘍微小環境(TME)内における相互作用の解明が試みられた。 scWGSを用いた系統解析は、形質転換FLペア全体で不均一な進化パターンが認められ、scWTSデータを用いた形質転換FLペアからの悪性B細胞のクラスタリングは、FLとびまん性大細胞型B細胞リンパ腫(DLBCL)サンプルの転写類似性が、以前の治療歴とは無関係に、サンプリング間の時間と逆相関していることが示唆され、Sarkozy氏は、とくに重要なのは、FLクラスターとDLBCLクラスターが十分に分離されたペアでは、一部のFL細胞が常にDLBCLクラスター(DLBCL様細胞)内にあり、その逆も同様である可能性が示された点であるとしている。 scWGSとscWTSの統合は、クローン腫瘍転換中にアップレギュレートされた悪性細胞経路を識別可能であるが、形質転換プロセスのすべての形質転換FLペアに当てはまるわけではない。実際、悪性B細胞表現型の変化と共進化(co-evolution)する、新たなTMEランドスケープも発見されている。これらの結果は、悪性B細胞とTMEの間の転換とシフトクロストーク中の悪性細胞のゲノムと表現型を組み合わせた新たな包括的な手法の可能性を示唆している。TCLの正確な病勢モニタリングのためのリキッドバイオプシー リキッドバイオプシーは、血液や体液を採取して得た検体を解析して、遺伝子異常の有無や種類などを調べる検査技術である。近年、cfDNA(cell-free DNA)を用いた病勢モニタリングの有用性が進展し、DLBCLに対するNCCNガイドラインにも記載されるようになった。DLBCLに限らず、ctDNA(circulating tumor DNA)を用いた病勢モニタリングの有用性は、多くのがんでも報告されている。杉尾氏らは、遺伝子変異だけでなく、コピー数異常、エピジェネティック変化、免疫レセプター解析を組み合わせたマルチモーダル解析を開発し、単なる病勢モニタリングにとどまらず、治療抵抗性や免疫逃避のメカニズムを包括的に評価する試みを進めている。本発表では、主にT細胞リンパ腫(TCL)におけるcfDNA/cfRNA解析の結果について報告した。 TCLに対するcfDAN解析用パネルを開発し、さまざまな解析手法を用いて530検体の解析を行った。その結果、TCL患者において、腫瘍組織のみの解析では腫瘍性TCRクロノタイプを同定できなかった症例の約30%において、cfDNA解析による同定が可能であった。また、治療終了時に血漿cfDNAから遺伝子変異や腫瘍性クロノタイプが検出されなかった症例では1年以上無再発生存率が100%であった。PET CR達成患者においても、ctDNAで予後の層別化が可能であった。さらに、ベースライン時のctDNA量も予後と関連しており、とくに未分化大細胞リンパ腫(ALCL)以外のTCLサブタイプでは化学療法後の予後との有意な関連が認められた。杉尾氏は「新たな病勢評価の手法は、とくにgermlineサンプルやtumorサンプルが利用できないまたはパネル検査においてマーカー遺伝子を特定できない場合、病勢をより正確に評価するための補助的役割を果たすと考えられる」と結論付けている。革新的な進展を遂げるデジタル空間プロファイリング解析技術 がんやリンパ腫などの疾患研究において、GeoMxやVisiumなどのデジタル空間プロファイリング(DSP)解析技術が革新的な進展を遂げている。この技術は、従来の網羅的な遺伝子発現プロファイリング(RNA-seq)解析、免疫組織化学染色解析、単一細胞RNAシーケンスでは困難であった。組織内の位置情報を保持したまま網羅的な遺伝子プロファイルを取得できる点において、従来の解析手法とは一線を画している。 岡山大学病院 ゲノム医療総合推進センターでは、いち早く空間解析プラットフォームGeoMxを導入し、さまざまな疾患やがん種の解析を通して、データ取得からデータ解析までの環境の整備、構築を進めてきた。冨田氏らはGeoMxのメリットとして「任意の場所からトランスクリプトームの情報が取得できる点」「形態学的マーカーで染色できる点」などを挙げている。Yixing Dong氏らの報告によると、いずれのDSPでも高品質な再現性の高いデータが得られているとしながらも、腫瘍の不均一性と潜在的な薬物ターゲットの発見においてGeoMxよりもVisiumおよびChromiumがより優れていることが示唆されており、GeoMxではより専門的な作業が必要となる可能性があるとしている。これら各手法の長所、短所などがより明らかとなることで、精度の高い治療の推進に役立つことが期待される。解明が進むTCLにおける治療標的分子 複数の新規治療薬が導入されているにもかかわらず、TCLは依然として予後不良であり、その分子病態のさらなる理解と新規治療標的の探索は課題である。一方、近年のゲノム編集技術の進展により、疾患特異的な分子メカニズムや治療応答性の基盤解明が飛躍的に進んでいる。 これまで北海道大学では、genome-wide CRISPR library screeningを活用し、TCLにおける治療標的分子の解明に取り組んできた。その結果、最も予後不良なTCLである成人T細胞白血病/リンパ腫(ALTT)におけるPD-L1発現メカニズムを解明し、CRISPRスクリーニングによりPD-L1の発現が特定の分子ネットワークにより制御されていることを報告した。 さらに、CD30陽性TCLにおける抗CD30モノクローナル抗体の感受性メカニズムを解明し、CRISPRスクリーニングによる感受性に寄与する遺伝子として有糸分裂チェックポイント複合体(MCC)の阻害因子であるMAD2L1BPおよびANAPC15を同定した。加えて、これらの遺伝子による感受性調節メカニズムを解明し、MCC-APC/Cを標的とする新規治療戦略の可能性を明らかにした。 中川氏らは「これらの研究成果は、難治性疾患であるTCLにおける未解明の分子メカニズムを明らかにし、臨床応用に向けた新たな方向性を示すものである」とまとめている。

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第273回  国立大学病院、42病院中29病院が赤字と発表、文科省「今後の医学教育の在り方」検討会と厚労省「特定機能病院あり方検討会」の取りまとめから見えてくる大学病院“統廃合”の現実味(前編)

参院選、与党惨敗で社会保障政策が大混迷の時代へこんにちは。医療ジャーナリストの萬田 桃です。医師や医療機関に起こった、あるいは医師や医療機関が起こした事件や、医療現場のフシギな出来事などについて、あれやこれや書いていきたいと思います。参議院選挙で自民、公明の与党は非改選を合わせても参院全体の過半数(125議席)を割り込む大敗を喫し、衆院に続き参院でも少数与党となりました。野党各党が公約に掲げた消費税減税や歳出拡大が実現する可能性が強まり、財政健全化はこれまで以上に遠のきそうです。仮に消費税減税が行われれば、医療をはじめとする社会保障への影響は甚大です。石破 茂首相は20日夜のNHK番組で消費税について「社会保障がこれから先、ますます重要になってくる。それを支える貴重な財源である」と強調したとのことですが、消費税減税の圧力に耐えることができるかどうか……。社会保障でもう1点気になるのは「子ども・子育て支援金」です。少子化対策の財源で、2026年度から医療保険料に上乗せして徴収が始まります。岸田 文雄前首相時代、2023年末に閣議決定された「こども未来戦略」に基づく政策で、2028年度時点で年3.6兆円が少子化対策に割かれる予定です。そのうち支援金で1.0兆円を賄われる計画ですが、政府は、一部高齢者の窓口負担の見直しなどで保険料の上昇を抑えることで実質的な負担増にはならないと説いてきました。その「子ども・子育て支援金」について、立憲民主党、国民民主党などが廃止を訴えています。仮に廃止となればこの部分でも財源が足りなくなり、社会保障費の圧縮は夢のまた夢となってしまいます。この他、本連載の「第270回 「骨太の方針2025」の注目ポイント(後編) 『OTC類似薬の保険給付のあり方の見直し』に強い反対の声上がるも、『セルフメディケーション=危険』と医療者が決めつけること自体パターナリズムでは?」などで度々書いてきた、自民党・公明党・日本維新の会の「3党合意」に盛り込まれたOTC類似薬の見直しや病床削減についても、与党惨敗で今後の展開(厳格に進めるのか、当面はゆるゆるでお茶を濁すのか)が読めません。2026年度診療報酬改定を含めた来年度予算編成や、今後の医療政策の行方を注視したいと思います。全国42国立大学病院、経常損益の合計額は過去最大の285億円のマイナスさて、昨今、ありとあらゆる種類の病院の経営が苦しいという報道ばかりですが、日本の高度医療を牽引してきた国立大学病院もその例に漏れません。国立大学病院長会議は7月9日、全国にある国立大病院の2024年度の決算(速報値)を発表しました。それによると、全国42国立大学病院のうち、減価償却などの費用を含む2024年度経常損益では29病院が赤字となったことがわかりました。42大学の経常損益の合計額は過去最大の285億円のマイナスとなりました。収益面では対前年度比547億円の増収を確保したものの、費用は対前年度比772億円増加となり、経常損益は前年度実績のマイナス60億円から大幅に悪化しました。日経メディカルなどの報道によれば、記者会見で大鳥 精司会長(千葉大学医学部附属病院長)はいわゆる「増収減益」傾向となっている理由について、「23年度途中のコロナ補助金の廃止、働き方改革対応による人件費増加、急激な物価高騰の影響」を挙げたとのことです。2018年度と比べると、2024年度は医薬品費が45%増、診療材料費が28%増だったほか、水道光熱費が39%増、委託費が34%増、人件費が16%増など、コストが増えていました。大鳥会長はまた、国立大学病院は人件費負担が増えているものの、ほかの病院と比べて医師の給与水準が低いことを紹介。国立大学病院で働く教授クラスの2023年度の年間給与(給与+賞与)は国立独立行政法人病院群の医師と比べて596万円低く、医員クラスでは736万円低かったとしました。その一方で国立大学病院は、医療費率(医薬品費+給食用材料費+診療材料費・医療消耗器具備品費を医業収益で割って算出)が42%とほかの医療機関に比べて高い(医療機関全体の医療費率は22.1%)点も指摘、高度治療に必要な医薬品と治療材料の高額化が経営に深刻な影響を及ぼしている、としました。以上を踏まえ、大鳥会長は「赤字病院が大半を占め、とくに大きいところではマイナス60億円以上と非常に危機的な状況だ。国立病院であってもこのまま支援がなければ間違いなく潰れる」と述べ、補正予算での措置や診療報酬上の手当てを強く求めたとのことです。病床稼働率増、手術件数増、人間ドック事業開始など涙ぐましい経営努力の赤字国立大学病院こうした厳しい状況下の国立大学病院の経営戦略を、日経メディカルは「大学病院クライシス 再生の一手」と題するPDF版記事(週刊日経メディカル2025年7月11日号)で特集しています。同記事によれば、国立大学病院の中で最も赤字額が大きかった東京科学大学病院は、「病床稼働率を90%まで高め、在院日数を短縮することで入院患者の単価を上げ、年間9億9,000万円の増益につなげ」るとともに、カテーテルアブレーションの治療枠を増やす、手術室を増設して手術件数を増やすなどの対策を取っているとしています。また、同じく赤字に直面する筑波大学附属病院は、算定漏れの加算を見直したり、やはり病床稼働率を90%まで上げたり、医療機器の更新頻度の見直し、清掃委託費の見直しなどを行っているとしています。このほか、千葉大学医学部附属病院が新しい収益源として2026年度を目標に人間ドック事業を計画していることや、2024年度に赤字転落した東北大学病院は手術枠を増やすことで収入増を目指していることなどが紹介されています。文科省「大学病院改革ガイドライン」で大学病院に「改革プラン」の策定を求める国立大学病院の経営が苦しいのはわかりますが、個々の病院が位置する地域の実情や医療需要などをさておいて、全体として苦しいので「診療報酬で手当てしてくれ」と国立大学病院長会議が要望するのは少々乱暴に思えます。そして、個々の国立大学病院が、病床稼働率の向上や、手術件数の増加など、大学病院に限らずどこの病院でも取り組んでいる当たり前の手段(人間ドックなどはどちらかと言えば古典的な手段)、いわば“正攻法”でしか攻めようがないのももどかしいところです。文部科学省は2024年3月に「大学病院改革ガイドライン」を策定、国立・私立ともに今後9年間に取り組む「改革プラン」の策定を各大学に求めました。2024年4月スタートの医師の働き方改革を受けたもので、 運営改革、教育・研究改革、診療改革、財務・経営改革の4つの視点で大学病院改革プランを策定するよう求め、各大学病院は2024年6月までにプランを策定済みです。ちなみに、公立病院の経営危機が叫ばれ始めた2007年12月、総務省は「公立病院改革ガイドライン」を策定、全国の公立病院に経営改善を求めましたが、その後も経営悪化を止められず、ガイドラインも度々の改訂を迫られ現在に至っています。「大学病院改革ガイドライン」もその例に倣ったものと思われますが、「大学病院の自主性・自律性」を重んじている点や、進捗状況の確認が4年目の2027年度となっている点など、まだまだ甘さが残る内容です。「全ての大学病院が一様に同じ役割・機能を同程度持ち続けることは難しいといった指摘がある」と文科省検討会というわけで、しっかりと改革プランを策定しているはずなのに、改革どころか「増収減益」傾向から脱することができない国立大学病院の状況は、働き方改革と昨今の物価高のダメージが想定外の大きさだったことが影響しているのでしょう(あと、コロナ補助金で一時的に経営がよくなり、少々浮かれた面もあったかもしれません)。こうした状況で病床稼働率、手術件数の増加を目指すのはいいですが、ますます医師が研究離れをせざるを得なくなるのではないでしょうか?また、今後は人口減と共に患者減も続くのですから、病床稼働率、手術件数の増加でいつまでも対応できるとは思えません。そんな中、文科省は7月14日、「今後の医学教育の在り方に関する検討会」による「第三次取りまとめ」を公表しました。取りまとめでは、現在、大学病院が抱える課題として、危機的な経営状況にある点や、すべての大学病院が教育・研究・診療に最大限取り組むことには限界がある点、地域医療構想の推進に向けて組織的かつ主体的な取り組みが求められる点などを挙げています。そして、「様々な環境の変化によって、全ての大学病院が一様に同じ役割・機能を同程度持ち続けることは難しいといった指摘がある」と、なかなか微妙な表現で、大学病院の未来についても言及しています。時期を同じくして厚労省では「特定機能病院及び地域医療支援病院のあり方に関する検討会」が開かれており、こちらもまもなく取りまとめが公表される予定です。これらからうっすらと見えてくるのは、公立病院改革でも強力に推進されてきた病院の“統廃合”です。(この項続く)

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推奨通りの脂質低下療法で何万もの脳卒中や心筋梗塞を回避可能か

 スタチンなどの脂質低下薬の使用が推奨される米国の患者数と実際にそれを使用している患者数との間には大きなギャップがあり、毎年何万人もの人が、脂質低下薬を服用していれば発症せずに済んだ可能性のある心筋梗塞や脳卒中を発症していることが、新たな研究で明らかにされた。米ジョンズ・ホプキンス大学ブルームバーグ公衆衛生大学院疫学教授のCaleb Alexander氏らによるこの研究結果は、「Journal of General Internal Medicine」に6月30日掲載された。 Alexander氏らは、まず、米国国民健康栄養調査(NHANES)に2013年から2020年にかけて参加した40〜75歳までの米国成人4,980人のデータを解析した。このサンプルは、同じ年齢層の米国成人約1億3100万人を代表するように統計学的に重み付けされた。解析では、米国およびヨーロッパの脂質低下療法(LLT)に関する薬物治療ガイドラインが完全に実施された場合に、治療状況やアウトカムがどの程度改善されるかが予測された。解析は、米国心臓協会(AHA)/米国心臓病学会(ACC)ガイドライン(2018年米国ガイドライン)、欧州心臓病学会(ESC)/欧州動脈硬化学会(EAS)ガイドライン(2019年EUガイドライン)、LDLコレステロール(LDL-C)低下のための非スタチン療法の役割に関するACC専門家決定方針(2022年米国決定方針)の3種類に基づいて行われた。 研究参加者の心血管リスクは、2018年米国ガイドラインを用いて、以下の順序で評価された;1)アテローム動脈硬化性心血管疾患(ASCVD)の有無、2)重度の原発性高コレステロール血症(LDL-Cが190mg/dL以上)、3)糖尿病で、LDL-Cが70~189mg/dL、4)現在LLTを実施中、5)糖尿病およびASCVDを伴わず、LDL-Cが70~189mg/dL。最後の項目については、Pooled Cohort Equations(PCE)を用いて10年間のASCVD発症リスクを推定し、低リスク、ボーダーラインリスク、中リスク、高リスクに分類した。また、臨床的心血管疾患(冠動脈疾患、狭心症、心筋梗塞、脳卒中などの自己申告)の既往が確認された者は「二次予防コホート」、それ以外は「一次予防コホート」と定義された。2019年EUガイドラインおよび2022年米国決定方針についても、2018年米国ガイドラインと同様の手法で層別化とリスク分類を行った。 NHANESの一次予防コホートに該当する1億1630万人のうち、現在LLTを受けている患者は23%であった。これに対し、LLTの適応基準を満たす患者(以下、適応患者)の割合は、2018年米国ガイドラインで47%、2019年EUガイドラインでは87%、2022年米国決定方針では47%と推定され、実施率は推奨に基づく想定を大きく下回っていることが示された。薬剤別に見ると、スタチンでは適応患者(適応率100%)のうち66%が治療を受けていたのに対し、エゼチミブでは適応患者(適応率31~74%)の4%のみが使用など、全ての治療法において、実施率は適応患者数を大きく下回っていた。 また、2018年米国ガイドライン通りにLLTが実施されていれば回避できたと推定される1年当たりの心血管系の有害イベント数は、冠動脈疾患による死亡で3万9,196件、非致死的な心筋梗塞で9万6,330件、冠動脈血行再建術で8万7,559件、脳卒中で6万5,063件に上った。さらに、ガイドラインごとに推定値に差はあるが、スタチン適応の患者全てが同薬を使用すれば平均LDL-C値は急激に低下し、心筋梗塞や脳卒中のリスクは最大で27%低下する可能性や、LLTでこれらのアウトカムを予防すれば、米国の医療費を年間253億~317億ドル(1ドル146円換算で3兆6900億~4兆6300億円)節約できる可能性のあることも示唆された。 研究グループは、患者教育およびスクリーニング方法の改善により、必要な人が確実にスタチンを使用できる体制の構築が重要であると強調している。

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MASLDの目標体重は?【脂肪肝のミカタ】第7回

MASLDの目標体重は?Q. MASLD治療の現状と体重の目標設定は?代謝機能障害関連脂肪性肝疾患(MASLD)に対して、本邦で推奨されている治療は食事・運動両面からの体重減量が基本である。そのほか、提案されている治療として併存疾患(2型糖尿病、肥満症、脂質異常症)に対する治療が挙げられる。高度の肥満症では、減量手術も選択肢となる1-3)。減量目標として、本邦を含むアジアでの非肥満MASLD症例も多いことを踏まえ、2024年に欧州肝臓学会ガイドラインでは、BMIに応じた体重減量の基準が設定された。具体的には、BMI 25.0kg/m2以上の症例では従来通り、体重5%以上の減量で脂肪化が改善し、7%以上の減量で炎症や線維化が改善するとされた。BMI 25.0kg/m2未満では体重3~5%の減量が妥当とされた(図1)2)。(図1)MASLDの体重減量の目標画像を拡大する 1) Rinella ME, et al. Hepatology. 2023;77:1797-1835. 2) European Association for the Study of the Liver (EASL) ・ European Association for the Study of Diabetes (EASD) ・ European Association for the Study of Obesity (EASO). J Hepatol. 2024;81:492-542. 3) 日本消化器病学会・日本肝臓学会編. NAFLD/NASH診療ガイドライン2020. 南江堂

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13年ぶり改定「尋常性白斑診療ガイドライン第2版」、ポイントは

 2012年の初版発表以降13年ぶりに、「尋常性白斑診療ガイドライン第2版2025」が公表された。治療アルゴリズムや光線療法の適応年齢の変更、2024年発売の自家培養表皮「ジャスミン」を用いた手術療法の適応の考え方などについて、ガイドライン策定委員会委員長を務めた大磯 直毅氏(近畿大学奈良病院皮膚科)に話を聞いた。治療アルゴリズムは疾患活動性の評価方法、全身療法の位置付けに変化 治療アルゴリズムの大きな変更点としては、疾患活動性を評価するための方法が明確になった点が挙げられる。尋常性白斑の疾患活動性に関連する臨床症状の評価および定量化のための方法として、2020年にVSAS(Vitiligo Signs of Activity Score)が発表された1)。VSASでは、1)紙吹雪様脱色素斑、2)ケブネル現象、3)低色素性境界部の3つの臨床症状を定義し、これらを基に評価が可能となっている。大磯氏は、「以前は主に病歴の聴取から進行期/非進行期を判断していたが、臨床症状から区別ができるようになったことは大きい。治療方針を決めるうえで進行期/非進行期の判断は重要なので、活用してほしい」と話す。 また今版のアルゴリズムでは、進行期・非分節型・15歳以上の症例については、はじめにステロイドミニパルスなどの全身療法を検討することが推奨されている。初版での光線療法や外用療法に続く位置付けから変更されたもので、同氏は「ある程度症状の強い進行期の患者さんに対しては、早めに全身療法を行い、進行を抑制することが重要」とした。光線療法の適応を10歳以上に引き下げ 今回、光線療法の適応が16歳以上から10歳以上に引き下げられた。欧州では光線療法の機器を用いて安全に受けることができる年齢という意味で7歳以上とされていた。紫外線療法を10歳未満で行うと将来的に老人性色素斑(日光黒子)が生じやすいという経験的な知見などを考慮し、今版では10歳以上とされた。 照射回数については、日光角化症リスクなどを評価した2020年に韓国から発表されたデータ2)を基に、委員会での検討を経て累積照射回数は200回までと推奨が記載されている。自家培養表皮「ジャスミン」発売、手術療法適応の考え方は? 自家培養表皮を使用した手術療法は、「健常部のダメージが少なく、理論的には拒絶反応も起こらないため安全性が担保される点がメリット」と大磯氏は話し、今後実臨床でのデータが蓄積することに期待を寄せた。適応となるのは、非進行期(12ヵ月以上非進行性)で外用療法や光線療法に抵抗性の12歳以上で、局所免疫のない患者だが、局所免疫があるかないかを評価する方法が現状ではない。そのため同氏は、「一部を植皮して生着を確認したうえで行うことが望ましいが培養表皮の製造には費用がかかるので、スクリーニングとして水疱蓋移植やミニグラフトで色素が定着するかどうかを確認したうえで行うこととなるのではないか」と述べた。外用療法の現状とJAK阻害薬への期待 尋常性白斑に対し保険適用のある外用薬は非常に限られており、「臨床医の先生方は困っておられることと思う」と大磯氏。ステロイドに関して本ガイドラインで示された推奨度は・非分節型(顔面・頸部を除く)1A・非分節型(顔面・頸部)2A・分節型および分類不能型 2Bで、「成人・小児ともに、非分節型の尋常性白斑に対してストロング(III群)のステロイド外用薬を1日1回塗布することを基本とし、年齢や部位に応じて強さをベリーストロング(II群)またはミディアム(IV群)に変更する」とされた。 欧米では、JAK阻害薬ルキソリチニブの外用薬が尋常性白斑に対して保険適用されている。同氏は今後日本でも使えるようになれば選択肢が広がり、外用療法がしやすくなると話し、承認への期待を寄せた。

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第252回 「直美」現象はいつまで続くか? 美容医療の現状と医師キャリアの未来

CareNet.comでの連載250回超えを記念し、今回はいつもの最新ニュースではなく、「直美」という現象を通して医師のキャリア、そして、わが国の医療が直面する未来について深く考察します。「直美」とは何か、その背景にある医師のキャリア選択昨今、医療界で頻繁に話題に上る「直美」(ちょくび)とは、初期臨床研修を終えたばかりの若手医師が、専門医資格を取得せずに、直接「美容医療」へ進むことを指します。この動きに対しては、批判的な論調が多いのも事実です。「直美」現象は、若手医師のキャリア選択やわが国の医療制度の構造的な課題を映し出す鏡のようなものであり、一概に否定することはできません。この現象の背景には、わが国の勤務医の劣悪な労働環境がまず挙げられます。医師の働き方改革が進んだとはいえ、まだまだ大学病院をはじめ高度な急性期病院では学会や論文作成を含めた残業時間が多いことがあります。さらに医療費抑制策のもと、人件費増加や物価高騰が医療機関の経営を圧迫し、赤字に陥る医療機関が増加しており、暗雲が立ち込めています。このような状況下で、自由診療である美容医療に新たな可能性を見出し、挑戦する医師が増えるのは自然な流れとも言えます。朝日新聞の連載「きれいになりたくて 美容医療はいま」で取り上げられた、「20代の『直美』医師の『長時間労働は嫌』」という本音は、働き方改革が遅れる保険診療の現場、とくに大学病院などを含む若手医師の劣悪な労働環境の裏返しであると理解できます。燃え尽きて現場を離れていく若手医師がいる現状は、決して見過ごすことはできません。「楽に稼げる」の誤解と美容医療の現実「楽に稼げる」という情報を鵜呑みにして美容医療への進路を選択することは、大きなリスクを伴います。日経メディカルの記事「今は楽して稼げる「直美」、将来的には“埋没マシーン”止まりか」が指摘するように、美容医療分野の将来性は決して安泰ではありません。美容医療の専門医からも警鐘が鳴らされており、集患には高いスキルと今日のマーケティングにおいて必須とも言えるSNS戦略が不可欠です。実際のところ、「直美」と呼ばれる未経験の医師に対して年収2,000万円以上を提示する求人があるなど、通常の専門診療と比較し、参入障壁が一見すると低いように見えます。しかし、手術の手技習得には当然トレーニング期間が必要であるにもかかわらず、就職して短期間で「院長」を名乗るケースや、専門医制度があるとはいえ個々の医療機関での教育研修体制が十分に整っているとは言えない現状があります。筆者の知人の医師が、大手美容クリニックチェーンの院長になったものの、数年で保険診療に戻ってきた事例があり、その背景には、美容クリニックでは医師ごとの指名件数や売り上げ金額の競争にさらされており、シニア世代になると指名が得られにくく年俸が低下するという現実を如実に物語っています。美容医療へ進もうという医師に、そうした現実的なリスクが十分に情報提供されているとは言えません。将来性の厳しさは、先述の日経メディカルの記事で当の美容医療の専門医も警鐘を鳴らしており、こういったリスクを把握した上での進路決定が望ましいと考えます。先述の朝日新聞の連載「きれいになりたくて 美容医療はいま」の第3回目で「直美」の道に進み年収数千万円 20代医師の本音「長時間労働は嫌」という記事が掲載されていましたが、劣悪な労働環境や選択肢の乏しさに起因しており、単なる自己責任では片付けられず、彼らの主張も理解できます。美容医療を取り巻く外部環境の変化と規制強化の動き近年、美容医療を取り巻く外部環境は大きく変化しています。消費者庁への美容医療に関するトラブル報告件数が増加していることを受け、厚生労働省も強い懸念を示しています。昨年開催された「美容医療の適切な実施に関する検討会」では、その報告書が11月に公表され、美容医療を提供する医療機関における安全管理、合併症への対応、アフターケアの重要性が強調されました。打ち出された対応策には、従来から進められてきた「医療広告規制」の取り締まり強化に加え、美容医療を行う医療機関などの報告・公表の仕組みの導入、カルテ記載の徹底などが盛り込まれています。とくに、「医師養成には国費が投資されており、国民の医療を守ることが前提となっていることを踏まえれば、一定期間、保険診療に従事させることなど、何らかの規制、対策は必要」といった議論が議事録に残されていることは、厚労省がこの現状を放置しないという強い意思の表れと見て取れます。これまで文字通り「自由診療」として厚労省の指導や監視を受けにくい状況にあった美容医療ですが、合併症への対応不足、保健所の指導根拠となる診療録の記載不備、悪質な医療広告などが問題視されてきました。これに対応するため、広告ガイドラインの整備が進むほか、美容医療を行う医療機関などの報告・公表の仕組みが導入されることになります。さらに、保健所などによる立ち入り検査や指導のプロセス・法的根拠の明確化、標準的な治療内容、記録の記載方法、有害事象発生時の対応方針、適切な研修のあり方、契約締結時のルールなどを盛り込んだガイドラインの策定など、これまで規制の対象でなかった領域についても監督を強化する方針が打ち出されており、関連学会などもこれに従っていくものと予想されます。当局による規制強化は、患者の死亡事故などをきっかけにしていますが、消費者保護の観点からも必然的に求められるものであり、美容医療に限ったことではありません。激化する業界内競争と大学病院の参入美容医療業界内での競争も激化の一途を辿っています(「美容医療」市場は3年間で1.5倍に拡大 “経営力”と“施術力”で差別化が鮮明に[東京商工リサーチ])。新規参入する民間医療機関が増え、昨年名古屋で開催された日本美容皮膚科学会には3,800人もの参加者が集まり、従来の美容医療従事者だけでなく、保険診療機関からの参加も多く見られました。現状、赤字対策として美容医療に新規参入する民間病院が増えている一方で、慶應義塾大学、藤田医科大学、神戸大学など、実際に美容医療を提供し始める大学病院も増えています。大学病院のように専門医が揃い、医療安全体制が整った医療機関で提供される医療と、それ以外の医療機関で提供される医療技術の間には、自ずと格差が生じるでしょう。高度な医療技術や医療安全を求める患者は大学病院を選ぶようになると考えられます。一方で、新規参入組はレーザー治療など新しい装置の導入を進めるなど、競争はさらに激化することが見込まれます。美容クリニックをめぐる環境変化によって利益率も低下しているほか、最近では美容クリニックが倒産するケースも出てきており、厳しい環境に晒されています。また、新規に就職する医師に対して、実際にボトックスや点滴程度の医療しか教えない大手美容医療グループがあるのも事実です。これらの現状を踏まえると、医師にとって美容医療が将来有望な「ブルーオーシャン」というのは幻想に過ぎず、実際にはすでに過当競争の「レッドオーシャン」化していると認識すべきです。研修医を指導する先輩医師は、若手医師が美容医療へ進路を決めたとしても、臨床研修での体験はとても大切であり、手を抜かないように指導すべきです。美容医療であっても医師は「ヒポクラテスの誓い」にある「患者の利益を最優先に考える」「倫理を守り、医術を行う」といった基本姿勢が求められます。もしも美容医療に進んで挫折されても、再び保険診療に戻ってくる医師も少なからず見受けられるのを踏まえると、臨床研修の経験は捨て去るようなものではないと考えます。実際に筆者の周囲では、大手美容医療グループに転職されたものの、今は整形外科医や産婦人科医として専門医を持っていた診療科で保険診療されている方が複数います。そういった意味では、若手医師が相談に来た場合は、キャリアパスの選択肢として美容医療を含めた支援を行う必要があり、決して急がず皮膚科や麻酔科など専門医資格の取得をしてからの転職を勧めるのが良いと考えます。今後の課題と対応策美容医療を巡る主な課題と、それに対する対応策は以下の通りです。【主な課題】美容医療を提供する医療機関における院内の安全管理の実施状況・体制などを保健所などが把握できていない。患者側も医療機関の状況・体制を知る手段がなく、医療機関における相談窓口を知らない。関係法令&ルール(オンライン診療に係るものを含む)が浸透していない。合併症などへの対応が困難な医師が施術を担当している。安全な医療提供体制や適切な診療プロセスが全般的・統一的に示されていない。アフターケア・緊急対応が行われない医療機関がある。保健所などの指導根拠となる診療録などの記載が不十分な場合がある。悪質な医療広告が放置されている。【打ち出された対応策】美容医療を行う医療機関などの報告・公表の仕組みの導入:安全管理措置の実施状況、専門医資格の有無、相談窓口の設置状況などについて都道府県などに対する報告を求め、国民に必要な情報を公表。関係法令&ルールに関する通知の発出:保健所などによる立ち入り検査や指導のプロセス・法的根拠の明確化。医療機関による診療録などへの記載の徹底。オンライン診療指針が遵守されるための法的整理。関係学会によるガイドライン策定:遵守すべきルール、標準的な治療内容、記録の記載方法、有害事象発生時の対応方針、適切な研修のあり方、契約締結時のルールなどを盛り込んだガイドラインを策定。医療広告規制の取り締まりの強化。行政などによる周知・広報を通した国民の理解の促進。これらの課題と対応策は、美容医療の健全な発展と患者の安全確保のために不可欠です。医師は、自らの専門性と倫理観に基づき、これらの変化に対応していくことが求められています。 参考 1) 今は楽して稼げる「直美」、将来的には“埋没マシーン”止まりか 集患には高いスキルとSNS戦略が必須、まずは形成外科専門医の取得を(日経メディカル) 2) 「直美」の道進み年収数千万円 20代医師の本音「長時間労働は嫌」(朝日新聞) 3) 美容医療の適切な実施に関する検討会 第3回(厚労省) 4) 第187回社会保障審議会医療保険部会 議事録(同) 5) 「美容医療」市場は3年間で1.5倍に拡大 “経営力”と“施術力”で差別化が鮮明に(東京商工リサーチ)

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早期手術を受けなかったDCIS、同側浸潤性乳がんの8年累積発生率/BMJ

 診断後早期(6ヵ月以内)に手術を受けなかった非浸潤性乳管がん(DCIS)患者のコホートにおいて、同側乳房浸潤がんの8年累積発生率は8~14%の範囲であることが、米国・デューク大学医療センターのMarc D. Ryser氏らによる観察コホート研究の結果で示された。同国のDCISに対する現行ガイドラインのコンコーダントケア(concordant care、患者の意に即したケア)では、診断時に手術を行うことが義務付けられている。一方で、手術を受けなかった場合の長期予後については、ほとんど明らかになっていなかった。今回の検討では、将来の浸潤がんのリスクは、疾患(腫瘍)関連および患者関連の両方の因子と関連していたことも示され、著者は、「手術を受けなかったDCIS患者集団に対する、効果的なリスク層別化ツールと共同意思決定が不可欠である」とまとめている。BMJ誌2025年7月8日号掲載の報告。診断時年齢中央値63歳1,780例を追跡 研究グループは、初期手術を受けなかったDCISの女性患者における同側浸潤性乳がんリスクを明らかにするため、2008~15年に、原発性DCISと診断された患者の医療記録および全米がんレジストリーから直接抽出したデータを用いて、観察コホート研究を行った。 米国外科学会と共同で行われた2018 Commission on Cancer Special Study on DCISの認定施設1,330ヵ所を対象とし、針生検で原発性DCISと診断され、診断後6ヵ月時点で生存しており、浸潤性乳管がんは認められず手術を受けていなかった女性患者1,780例についてデータが収集された。 主要評価項目は同側浸潤性乳がん、副次評価項目は乳がん死であった。 進行中のアクティブモニタリング試験の適格基準に基づくリスク群(低リスク群[画像診断検出時40歳以上、核グレード分類Grade1/2、HR陽性のDCIS]、高リスク群[その他の場合])別によるサブグループ解析も行った。 1,780例の診断時年齢中央値は63歳、追跡期間中央値は53.3ヵ月であった。腫瘍グレードは898/1,533例(59%)が低~中グレードであり、HR陽性は1,342/1,530例(88%)であった。675/1,780例(38%)は6ヵ月以降に少なくとも1回の同側乳がん手術を受けていた。8年累積発生率10.7%、低リスク群は8.5%、高リスク群は13.9% 全1,780例において、同側浸潤性乳がんは115件(6.5%)、乳がん死は29例(1.6%)で発生した。同側浸潤性乳がんの8年累積発生率は10.7%(95%信頼区間[CI]:8.4~12.8)であった。 浸潤性乳がんの発生率は、疾患関連および患者関連の因子によって異なっており、同側浸潤性乳がんの8年累積発生率は、低リスク群の女性(650例)では8.5%(95%CI:4.7~12.1)、高リスク群の女性(833例)では13.9%(10.5~17.2)であった。 8年疾患特異的生存(DSS)率は、全集団では96.4%(95%CI:95.0~97.9)、低リスク群では98.1%(96.7~99.6)であった。

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昼~午後早い時間の昼寝、死亡リスクが上昇する可能性

 中高年層にとって午後の昼寝は魅惑的かもしれないが、大きな代償を伴う可能性があるようだ。特定の昼寝パターンを持つ人では、全死因死亡リスクが高まる可能性のあることが、米マサチューセッツ総合病院のChenlu Gao氏らによる研究で明らかになった、この研究結果は、米国睡眠医学会(AASM)と米睡眠学会(SRC)の合弁事業であるAssociated Professional Sleep Societies, LLC(APSS)の年次総会(SLEEP 2025、6月8〜11日、米シアトル)で報告された。 Gao氏は、「健康や生活習慣の要因を考慮しても、日中に長く眠る人や日中の睡眠パターンが不規則な人、正午から午後の早い時間に多く眠る人は全死因死亡のリスクが高かった」とAPSSのニュースリリースで述べている。 この研究でGao氏らは、UKバイオバンク参加者8万6,565人(試験参加時の平均年齢63歳、範囲43〜79歳、女性57%)のデータを分析した。これらの参加者は、シフト勤務の経験がなく、腕時計型のデバイスを1週間装着して睡眠習慣をモニタリングされた。研究グループは、測定データを基に以下の3つの指標で昼寝の習慣を評価した。1)午前9時〜午後7時の間の昼寝の平均時間、2)昼寝時間の日ごとの個人内変動(以下、個人内変動)、3)午前9〜11時、午前11時〜午後1時、午後1〜3時、午後3〜5時、午後5〜7時における昼寝時間の割合。その上で、これらの指標と全死因死亡との関連を検討した。 参加者の昼寝時間の中央値は1日当たり0.40時間(24分)、個人内変動は0.39時間(23分)であった。昼寝の時間帯別の割合を見ると、午前9〜11時が34%、午前11時〜午後1時が10%、午後1〜3時が14%、午後3〜5時が19%、午後5〜7時が22%であった。最長8年間の追跡期間中に2,950人(3.4%)の参加者が、試験参加から平均4.19年で死亡していた。 解析の結果、昼寝時間が長いほど、また個人内変動が大きいほど、死亡リスクは有意に上昇することが明らかになった。具体的には、それぞれの指標が1標準偏差増加するごとに全死因死亡リスクは、昼寝時間で20%、個人内変動で14%上昇していた。さらに、午前11時〜午後1時と午後1〜3時の時間帯に占める昼寝時間が1標準偏差増加するごとに、全死因死亡リスクはそれぞれ7%有意に上昇していた。 午前11時から午後3時の間に昼寝をする人で全死因死亡リスクの上昇が見られたことを受け研究グループは、「午後の早い時間帯に20〜30分以内の『パワーナップ』を推奨するAASMのガイドラインと矛盾している」と指摘する。AASMは、30分以内の「パワーナップ」は日中の覚醒度とパフォーマンスを向上させ得るが、30分を超える昼寝は起床後も眠気で頭がぼんやりとする「睡眠惰性」を引き起こし、その結果、昼寝による短期的なパフォーマンス向上の効果を低減させる可能性があるとしている。 Gao氏は、「興味深いことに、正午から午後の早い時間帯の昼寝が全死因死亡リスクの上昇と関連するというデータは、昼寝についてわれわれが現在知っていることと矛盾している。そのため、この関連性についてはさらなる研究が必要だろう」と述べている。 なお、学会発表された研究結果は、査読を受けて医学誌に掲載されるまでは一般に予備的なものと見なされる。

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最新の新型コロナワクチンは新たな変異株にも有効

 最新の新型コロナワクチンは、新たな新型コロナウイルス変異株に対しても有効であることが、新たな研究で示された。2023〜2024年版の新型コロナワクチンについて検討したこの研究では、ワクチンは特に重症化予防に対して明確な追加的効果のあることが確認されたという。米レーゲンストリーフ研究所生物医学情報センターのShaun Grannis氏らによるこの研究結果は、「JAMA Network Open」に6月25日掲載された。 この研究では、米国の6つのヘルスケアシステムの2023年9月21日から2024年8月22日までのデータを用いて、新型コロナワクチン(オミクロン株XBB.1.5対応1価ワクチン)の有効性が検討された。主要評価項目は、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)による救急外来(ED)や緊急ケア(UC)受診、入院、および重症化(集中治療室〔ICU〕入室または入院死亡)の予防に対する有効性を検討した。なお、本研究の対象期間には、オミクロンXBB株およびJN.1株の流行期も含まれている。 対象期間中にCOVID-19様症状を呈し、PCR検査または抗原検査を受けた18歳以上の成人34万5,639例(年齢中央値53歳、女性60%)のうち、3万7,096例(11%)が陽性であった。解析からは、ワクチン接種後7〜299日の間におけるED/UC受診予防に対するワクチンの有効性は24%(95%信頼区間21〜26%)であることが示された。また、COVID-19様症状を呈して入院した18歳以上の入院患者11万1,931例(年齢中央値71歳)のうち、1万380例(9%)が陽性であった。解析からは、ワクチン接種後7〜299日の間におけるCOVID-19関連の入院予防に対するワクチンの有効性は29%(95%信頼区間25〜33%)、重症化予防に対する有効性は48%(同40〜55%)であった。ワクチンのこのような予防効果は、特に65歳以上の成人において顕著であることも示された。 さらに、ワクチンの有効性は接種後7〜59日が最も高いことも判明した(ED/UC受診予防:49%、入院予防:51%、重症化予防:68%)。しかし、接種後180〜299日になると効果が大幅に低下し、ED/UC(−7%)と入院(−4%)予防に関しては有効性が認められなくなり、重症化予防についても16%まで低下していた。 Grannis氏は、「この研究は、改良型COVID-19ワクチンが、特にワクチン接種直後の数カ月間に、入院や重症化などの深刻なアウトカムに対して依然として大きな保護効果を発揮することを示している」と述べている。同氏はさらに、「これらの結果は、ウイルスが進化し続ける中で、特に高齢者やより脆弱な患者に対して、推奨通りに最新のワクチンを接種し続けることの重要性を再確認させるものだ」と付け加えている。 この研究結果は、米政府により新型コロナワクチンの改良が妨げられている中で発表された。米食品医薬品局(FDA)は5月に、プラセボ対照試験を実施しない限り、一般向けに改良型新型コロナワクチンを承認しないと発表した。また、同月後半にロバート・F・ケネディ・ジュニア(Robert F. Kennedy Jr.)保健福祉長官は、米疾病対策センター(CDC)は今後、健康な小児および妊婦への新型コロナワクチン接種を推奨しないと発表した。なお、CDC公式サイトには現時点でこの方針は反映されていない。 Grannis氏は、「本研究結果は、高リスクグループに対してタイムリーなワクチン接種と追加接種を推奨するガイドラインを裏付けている」と話す。また、共著者の1人であるレーゲンストリーフ研究所生物医学情報センターのBrian Dixon氏は、「効果的なワクチンの接種は、入院や救急外来の受診を防ぐことで地域社会の健康を維持し、COVID-19に伴うコストを削減する上で依然として重要な手段である」と述べている。

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抗IL-5抗体は“好酸球性COPD”の増悪を抑制する(解説:山口佳寿博氏/田中希宇人氏)

 好酸球を集積する喘息などの疾患が併存しないにもかかわらずCOPDの20~40%において好酸球増多を伴うことが報告されている。今回、論評の対象とした論文では、以上のような特殊病態を好酸球性COPD(COPD with Eosinophilic Phenotype)と定義し、その増悪に対する生物製剤抗IL-5抗体(メポリズマブ)の効果を検証している。好酸球性COPDの本質は確定されていないが、本論文では、喘息とCOPDの合併であるACO(Asthma and COPD Overlap)に加え多くの好酸球性全身疾患(多発血管炎性肉芽腫症など)の関与を除外したCOPDの一亜型(表現型)と定義されている。COPDの歴史的変遷 COPDの現在に通ずる病態の議論が始まったのは1950年代であり、肺結核を中心とする感染性肺疾患を除いた慢性呼吸器疾患を総称してChronic Non-Specific Lung Disease(CNSLD)と定義された。1964年には閉塞性換気障害を呈する肺疾患に対してイギリス仮説(British Hypothesis)とアメリカ仮説(American Hypothesis)が提出された。イギリス仮説では閉塞性換気障害の本質を慢性気管支炎、アメリカ仮説ではその本質を肺気腫と考えるものであった。しかしながら、1975年、ACCPとATSの合同会議を経て慢性気管支炎と肺気腫を合わせて慢性閉塞性肺疾患(COPD:Chronic Obstructive Pulmonary Disease)として統一された。 一方、1960年に提出されたオランダ仮説(Dutch Hypothesis)では、喘息、慢性気管支炎、肺気腫の3病態を表現型が異なる同一疾患であると仮定された。オランダ仮説はその後数十年にわたり評価されなかったが、21世紀に入り、COPDにおける喘息の合併率が、逆に、喘息におけるCOPDの合併率が、一般人口における各病態の有病率より有意に高いことが示され、慢性の気道・肺胞病変にはオランダ仮説で示唆された第3の病態、すなわち、肺気腫、慢性気管支炎によって代表されるCOPDと喘息の重複病態が存在することが示唆された。COPDと喘息の重複病態は、2009年にGibsonらによって(Gibson PG, et al. Thorax. 2009;64:728-735.)、さらに2014年、GINA(喘息の国際ガイドライン)とGOLD(COPDの国際ガイドライン)の共同作業によってACOS(Asthma and COPD Overlap Syndrome)と命名されたが、その後、ACO(Asthma and COPD Overlap)と改名された。ACOは1960年に提出されたオランダ仮説と基本概念が類似する疾患概念だと考えることができる。 しかしながら、近年、喘息が併存しないにもかかわらず好酸球性炎症が病態形成に関与する“好酸球性COPD”なる新たな概念が提出され、その本質に関し積極的に解析が進められている(Yun JH, et al. J Allergy Clin Immunol. 2018;141:2037-2047.)。すなわち、現時点におけるCOPDの病型には、古典的な好中球性COPD(肺気腫、慢性気管支炎)に加え、喘息が合併した好酸球性COPD(ACO)ならびに喘息の合併を認めない非喘息性の好酸球性COPDが存在することになる。好酸球性COPDの分子生物学的機序 20世紀後半にはTh2(T Helper Cell Type 2)リンパ球とそれらが産生するIL-4、IL-5、IL-13が喘息病態に重要な役割を果たすことが示された(Th2炎症)。21世紀に入り2型自然リンパ球(ILC2:Group 2 Innate Lymphoid Cells)が上皮由来のIL-33、IL-25およびTSLP(Thymic Stromal Lymphopoietin)により活性化され、IL-5、IL-13を大量に産生することが明らかにされた。その結果、喘息の主病態は、“Th2炎症”から“Type2炎症”へと概念が拡大された。喘息患者のすべてがType2炎症を有するわけではないが、半数以上の喘息患者にあってType2炎症が主たる分子機序として作用する。Type2炎症にあって重要な役割を担うIL-4、IL-13は、STAT-6を介し気道上皮細胞における誘導型NO合成酵素(iNOS)の発現を増強し、気道上皮において一酸化窒素(NO)を過剰に産生、呼気中の一酸化窒素濃度(FeNO)は高値を呈する。すなわち、FeNOはIL-4、IL-13に関連するType2炎症を、血中好酸球数は主としてIL-5に関連するType2炎症を、反映する臨床的指標と考えることができる。 好中球性炎症が主体であるCOPDにあって好酸球性炎症の重要性が初めて報告されたのは、慢性気管支炎の増悪時であった(Saetta M, et al. Am J Respir Crit Care Med. 1994;150:1646-1652.)。Saettaらは、ウイルス感染に起因する慢性気管支炎の増悪時に喀痰中の好酸球が約30倍増加することを示した。それ以降、COPD患者にあって増悪時ではなく安定期にもType2炎症経路が活性化され好酸球増多を伴う病態が存在することが報告された(Singh D, et al. Am J Respir Crit Care Med. 2022;206:17-24.)。これが非喘息性の好酸球性COPDに該当するが、COPDにおいてType2炎症経路がいかなる機序を介して活性化されるのかは確実には解明されておらず、今後の詳細な検討が待たれる。好酸球性COPDに対する生物製剤の意義-増悪抑制効果 2025年のGOLDによると、血中好酸球数が300cells/μL以上で慢性気管支炎症状が強い好酸球性COPDにおいては、ICS、LABA、LAMAの3剤吸入を原則とするが、吸入治療のみで増悪を管理できない場合には抗IL-4/IL-13受容体α抗体(抗IL-4Rα抗体)であるデュピルマブ(商品名:デュピクセント)を追加することが推奨された。2025年現在、米国においては、抗IL-5抗体であるメポリズマブ(同:ヌーカラ)も好酸球性COPD治療薬として承認されている。一方、本邦にあっては、2025年3月にGOLDの推奨にのっとりデュピルマブが好酸球性COPD治療薬として承認された。 本論評で取り上げたSciurbaらの無作為化プラセボ対照第III相試験(MATINEE試験)では、世界25ヵ国344施設から、(1)40歳以上のCOPD患者(喫煙歴:10pack-years以上)で喘息など好酸球が関与する諸疾患の除外、(2)スクリーニングの1年前までにステロイドの全身投与が必要な中等症増悪を2回以上、あるいは1回以上の入院が必要な重篤な増悪の既往を有し、(3)ICS、LABA、LAMAの3剤吸入療法を少なくとも3ヵ月以上受け、(4)血中好酸球数が300cells/μL以上、の非喘息性の好酸球性COPD患者804例が集積された。これらの患者にあって、170例がメポリズマブを、175例が対照薬の投与を受け52週間(13ヵ月)の経過が観察された。さらに、メポリズマブ群に割り当てられた233例、対照薬群の226例は104週間(26ヵ月)の経過観察が施行された。Primary endpointは救急外来受診あるいは入院を要する中等症以上の増悪の年間発生頻度で、メポリズマブ群で0.80回/年であったのに対し対照群のそれは1.01回/年であり、メポリズマブ群で21%低いことが示された。 Secondary endpointとして中等症以上の増悪発生までの日数が検討されたが、メポリズマブ群で419日、対照群で321日と、メポリズマブ群で約100日長いことが示された。MATINEE試験の結果は、増悪が生命予後の重要な規定因子となる非喘息性の好酸球性COPDにあってICS、LABA、LAMAの3剤吸入に加え、生物製剤メポリズマブの追加投与が増悪に起因する死亡率を有意に低下させる可能性を示唆した点で興味深い。 現在、喘息に対する生物製剤には、本誌で論評したメポリズマブ(商品名:ヌーカラ、抗IL-5抗体)以外にオマリズマブ(同:ゾレア、抗IgE抗体)、ベンラリズマブ(同:ファセンラ、抗IL-5Rα抗体)、GOLDで好酸球性COPDに対する使用が推奨されたデュピルマブ(同:デュピクセント、抗IL-4Rα抗体)、テゼペルマブ(同:テゼスパイア、抗TSLP抗体)の5剤が存在する。これらの生物製剤にあって、少なくともベンラリズマブ、デュピルマブ、テゼペルマブはACOを含む好酸球性COPDの増悪抑制という観点からはメポリズマブと同等の効果(あるいは、それ以上の効果)を発揮するものと予想される。いかなる生物製剤が好酸球性COPD(ACOと非喘息性の好酸球性COPDを含む)の生命予後を改善するのに最も適しているのか、今後のさらなる検討を期待したい。

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フィジシャン・アシスタントによるケアの質への影響は?/BMJ

 英国・ノッティンガム大学のNicola Cooper氏らは、フィジシャン・アシスタント(Physician Assistant:PA)のケアの質への影響を明らかにする目的で、PAによるケアと医師によるケアを定量的に比較した研究についてシステマティックレビューを行い、エビデンスは限られており、診断前の状況でPAが間接的な指導の下で業務を行うことは、安全性または有効性の点で支持されるものではないことを報告した。PAは、特定の専門分野や地域における医療不足に対応するため、米国で導入された。英国では、最初のPAが2007年にパイロットプログラムを卒業したが、とくに「医師の代理」としての役割を果たすことに関してPA制度の導入に懸念が示されていた。著者は、「PAの監督体制と業務範囲に関する国のガイドラインを設けることで、PAの安全かつ効果的な業務を行えるようにすることができる」とまとめている。BMJ誌2025年7月3日号掲載の報告。PAによるケアvs.医師によるケア、定量的に比較した研究をレビュー 研究グループは、主要な医学電子データベースであるMedlineおよびEmbaseを包括的に検索するとともに、Google Scholarを用い検索語を「impact of physician assistants」として最初の200件に限定して検索を行った。 適格基準は、言語が英語で、2005年1月~2025年1月に発表され、先進国においてPAによるケアと研修医を含む医師によるケアを定量的に比較した実証研究であった。アウトカムは、Institute of Medicineによる質の定義に基づくケアの成果(安全性、有効性、患者中心性、適時性、効率性、公平性)とした。 適格基準を満たした研究は、プライマリケア、セカンダリケア、病院におけるPAと研修医の比較、診断/パフォーマンス、費用対効果に分類された。 2人の評価者が独立して、研究デザイン、サンプル、方法および結果に関するデータを抽出するとともに、各研究についてバイアスリスク評価ツールを用いた。 解析対象となった研究には異質性があるため、メタ解析は行わず主要な結果についてナラティブに統合した。各アウトカムに関するエビデンスの信頼性は、関連研究の数と質、および類似する研究間の結果の一貫性に基づいて評価された。PAのケア、直接監督下で診断後の場合は安全かつ効果的 検索により3,636報が特定され、タイトルと抄録による最初のスクリーニングで167件が候補となり、全文スクリーニングの結果、最終的に40件の研究が解析に組み込まれた。 これらの研究の多くは、質の低い後ろ向き観察研究であった。40件中31件が米国、4件がオランダ、4件が英国、1件がアイルランドで実施されたもので、新型コロナウイルス感染症流行以後のデータはなかった。 多くの研究で最も一貫性のある結果が得られたのは、PAが直接の監督の下で診断後のケアに従事している場合に安全かつ効果的に業務を行っているという研究であった。患者満足度については、PAと医師の間に差は認められなかった。 医療チームにPAを加えることはケアへのアクセス向上につながるが、これはPAという職種が持つ役割の固有の貢献というより、医療スタッフ数増加のメリットを反映している可能性が示唆された。 費用対効果に関するエビデンスは限られていた。英国では、社会経済的に恵まれない地域に住んでいる患者ほどPAによる診察を受ける傾向があった。

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第19回 最新研究が警鐘!「いつものあの食べ物」に潜む健康リスクとは

普段、私たちが何気なく口にしているハムやソーセージ、甘いジュースや菓子パン。手軽で美味しいこれらの食品が、実は私たちの健康に静かな影響を及ぼし続けている…。2025年6月に医学雑誌Nature Medicine誌に発表された論文1)は、加工肉、砂糖入り飲料、トランス脂肪酸といった「超加工食品」の成分が、さまざまな病気のリスクを高めることを改めて浮き彫りにしています。今回は、この研究の結果を、私たちの生活に身近な例を交えながら解説していきます。「少しだけ」でも危ない? 加工肉・甘い飲み物・トランス脂肪酸の新常識この研究がとくに注目されるのは、非常に慎重な分析手法を用いている点です。多くの研究結果を統合し、あえて控えめに見積もってもなお、健康への悪影響が確認された点に大きな意義があります。ここからは、この研究で分析された、加工肉、甘い飲み物、トランス脂肪酸、それぞれのリスクについてみていきましょう。(1)加工肉のリスクまず研究では、ハムやソーセージ、ベーコンなどの加工肉を日常的に食べることが、2型糖尿病や大腸がんのリスクを高めると結論付けています。具体的には、毎日わずかな量(0.6〜57g)を食べるだけでも、2型糖尿病のリスクが平均で11%以上、大腸がんのリスクが平均で7%以上高まることが示されました。さらに衝撃的なのは、そのリスクの増え方かもしれません。摂取量が増えるほどリスクは上がり続けますが、とくに「0から1のところ」でリスクが最も急激に上昇することがわかりました。これは、「少しなら安全」という考えが通用しない可能性を示唆しています。たとえば、平均的に約50gの加工肉を毎日食べる人は、2型糖尿病のリスクは約30%、大腸がんのリスクは約26%増加すると試算されています。これは、標準的なサイズのホットドッグ1本、ソーセージ2〜3本、ベーコン(スライス)2枚程度に当たります。アメリカに住む私には耳の痛い話で、日本でもこのぐらいの量はさまざまな食事を通して登場しているかもしれません。(2)砂糖入り飲料のリスク炭酸飲料やスポーツドリンク、甘い缶コーヒーやジュースといった砂糖入り飲料も同様です。これらの飲料を日常的に飲むことで、2型糖尿病や心筋梗塞などの虚血性心疾患のリスクが高まるという結果が報告されています。こちらも比較的少量の摂取からリスクは上昇し、1日当たり250g(大きめのコップ1杯強)の摂取で、2型糖尿病のリスクは約20%増加すると報告されています。喉が渇いたときに、水やお茶の代わりに甘い飲み物を選ぶ習慣がある方は、注意が必要かもしれません。(3)トランス脂肪酸のリスクまた、今回の研究では、「食べるプラスチック」とも呼ばれるトランス脂肪酸についても分析されました。マーガリンやショートニング、それらを使ったパン、ケーキ、ドーナツ、揚げ物などに含まれることのある成分です。結果は、トランス脂肪酸の摂取が虚血性心疾患のリスクを明確に高めることを裏付けています。摂取エネルギーのわずか0.25〜2.56%をトランス脂肪酸から摂るだけで、リスクは平均3%以上高まりました。現在はWHOもそのリスクを訴え、世界中で使用を制限する動きが広がっています。この研究結果は、その動きの正しさを改めて後押しするものといえるでしょう。なぜ体に悪いのか、その仕組みとは?では、なぜこれらの食品は体に良くないのでしょうか。論文では、いくつかのメカニズムが指摘されています。たとえば加工肉は、塩分や飽和脂肪酸が多いだけでなく、保存のために使われる亜硝酸ナトリウムなどの添加物が、体内で有害物質に変化する可能性が指摘されています。また、砂糖入り飲料の過剰な糖分は、体内の炎症を引き起こしたり、内臓脂肪を増やしたりします。さらに、これらの超加工食品は、共通して腸内環境のバランスを崩し、悪玉菌を増やしてしまう可能性なども指摘されています。少しの気配りで未来の健康を守る今回の研究結果は、加工肉、砂糖入り飲料、トランス脂肪酸の摂取を控えるべきだという、これまでの食事ガイドラインを科学的に強く支持するものとなっています。これらの食品が広く消費され、関連する病気が多いことを考えると、決して軽視はできません。もちろん、この研究にも限界はあります。食生活の自己申告に基づく観察研究であること、他の生活習慣の影響を完全に排除できないことなどです。しかし、私たちの健康を守るための重要なヒントを与えてくれているとも思います。日々の食事の選択が、10年後、20年後の自分の健康がどうあるかを左右します。普段の買い物や食事の際に、砂糖入り飲料を水やお茶に変えてみたり、加工食品を新鮮な食材に置き換えてみたりと、日々の食生活を少し見直してみてもいいかもしれません。その小さな一歩が、未来の健康への大きな投資となるのかもしれません。参考文献・参考サイト1)Haile D, et al. Health effects associated with consumption of processed meat, sugar-sweetened beverages and trans fatty acids: a Burden of Proof study. Nat Med. 2025 Jun 30. [Epub ahead of print]

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主治医は大病院です! さぁ困った!【救急外来・当直で魅せる問題解決コンピテンシー】第8回

主治医は大病院です! さぁ困った!Point多疾患併存では多職種連携、専門医とプライマリ・ケア医(かかりつけ医)の連携が重要。予後予測や再入院予測ツールをうまく使って患者の状態の概要を把握しよう。患者の身体機能や価値観や嗜好を聞き取り、治療やケアの方針決定に役立てよう。患者側の能力と治療による負荷のバランスから手掛かりを探ろう。症例84歳男性が某大学病院救急外来に失神したと来院した。少し離れて別居している息子が付き添いで一緒に来院した。かかりつけ医は大学病院だという。心筋梗塞でステント留置後、心房細動、慢性心不全で循環器内科にかかり、COPDで呼吸器内科に、陳旧性多発ラクナ梗塞と認知症で脳神経内科に、変形性膝関節症と腰部脊柱管狭窄症で整形外科に、大腸がん(手術適応はなく経過観察)で消化器外科にかかり、なんと5科にまたがり通院中であった。ここ1年で心不全の増悪で3回入院している。内服処方は抗凝固薬・抗血小板薬含め合計15剤もあり、失神を起こしやすい薬剤も数種類含んでいた。すべての薬剤を俯瞰的にみてくれる「かかりつけ医」は不在の状況であった。貧血を認めるものの以前とは大きく変化はなかった。頭部CTで軽度の左慢性硬膜下血腫を認め、脳神経外科にコンサルトするも、血腫の大きさや全身状態から入院や手術の適応はないとのこと。ダメ元で他科のDr.と相談するも「それはうちでの入院の適応じゃないですねぇ」と予想どおりのお返事。本人は以前の入院時に体幹抑制された経験から入院したくないとの希望だが、息子は憔悴した様子で「家は段差も多くて、年々歩き方もぎこちなくなり、また転倒しそうなので、何とか入院させてほしいのですが…」と入院を希望し、苛立ち始めている。主科が決まらず方針は絶賛迷走中。救急で担当した研修医、上級医は途方に暮れていた。おさえておきたい基本のアプローチマルモってなんだ!?主治医が大病院であるときに起きやすい問題にはどんなものがあるだろうか。慢性疾患で在宅ケア・緩和ケアへの移行を考慮する事例。慢性疾患が複数あり(多疾患併存)、各科に担当医がいて(ポリドクター)方針がまとまらない事例。ポリドクターのために起こるポリファーマシー(たとえば別の担当医の薬剤に対する副作用に薬剤が処方されるなど)。老年医学のアプローチが必要だが介入できていない事例。主治医が多忙ゆえに多職種連携がうまく機能していない事例。上記に加え心理・社会・家族問題が絡み合う複雑・困難な事例などだ。ここでは、主に多疾患併存とそこから起きる問題を論ずる。皆さんは多疾患併存という言葉があることはご存じだろうか? 筆者自身それについて学生時代に講義を受けた記憶はなく、最初「マルチモビディティ」と聞いたらなんか強そうだなというイメージをもった。マルサなら国税局査察部、マルボウなら暴力団の事案を取り扱う警視庁組織犯罪対策部、マルモはマルチモビディティ(多疾患併存:multimorbidity)のこと。歴史をひもとくと、おおよそ2003年ごろから急激に出版物でみられるようになった。多疾患併存の定義は、長期にわたり2つ以上の慢性疾患が併存している状態である1)。「疾患とその合併症のことでしょう?」と誤解されがちだ。たとえば、糖尿病が悪化して、末梢神経障害や網膜症、腎障害を合併した事例の場合は中心に糖尿病、そのほかは治療コントロール不良で発症した合併症という関係だから、多併存疾患とは異なる。多疾患併存の場合、罹患期間の長短あれども慢性疾患が併存している状態を指す。言葉は知らなくても、多疾患併存の患者は皆さんの外来にもよく来るはずだ。日本では外来患者に多疾患併存患者が占める割合は52.3%にのぼり、ポリファーマシーとの強い相関を認める2)。併存疾患が2つの多疾患併存患者は全く慢性疾患のない患者と比較しER受診は1.28倍、併存疾患が4つ以上で2.55倍になり、また入院も多疾患併存患者全体では2.58倍高くなる3)。多疾患併存患者の医療コストは、概して倍以上に膨れ上がっており、今後多疾患併存患者への対応は医療経済における大きな課題だ。家庭医をかかりつけ医にするメリット多疾患併存患者は俯瞰的・総合的にみてくれるかかりつけ医の存在が大きい。家庭医の定義ともいえるACCCAは保たれているだろうか(表1)。今後高齢化社会が進み、大病院志向の患者が途方に暮れる機会も増えてくるだろう。表1 家庭医をもつメリットと大病院を主治医にもつデメリット画像を拡大する多疾患併存患者で困難な症例では、家庭医をかかりつけ医にもつのが一番よい。疾患の性格上、大病院にかからざるを得ない場合は、予後に最も影響を与え中心となる慢性疾患の担当医に主治医の役割を果たしてもらうか、多疾患併存患者対応が得意な医師(場合によっては別の病院や診療所の医師でもよい)にかかりつけ医となってもらうことがお勧めだ。責任の所在がわからないと、患者や家族はたらい回しにされたと感じ不快に思うだろう。現代の医原病ともいえる。マルモ(Multi-morbidity)のアプローチ法多疾患併存患者のアプローチ法は、Up to dateやNICE guideline、米国老年学会でそれぞれ紹介されているが、筆者はアリアドネの原則をお勧めする4)(図1)。ギリシア神話の逸話(テセウスを迷宮から脱出させるのにアリアドネが糸で手助けした)より、そのように名付けられた由緒正しい(?)アプローチ法だ。日本ではさしづめ、蜘蛛の糸アプローチもしくは、芥川アプローチとでもいえようか(いや全然違うし、ネーミングに絶望感が漂っている泣)。図1 アリアドネの原則画像を拡大するまず、このアプローチのポイントは、実現可能な治療目標を、患者、医師、多職種間で共有していくことだ。多疾患併存の患者のケアに乗り出すきっかけは、併存する疾患、もしくはそれらの治療薬の相互作用が生じてしまったときだ。実現可能な治療目標を考えるときに、まず患者の心身状態や治療の相互作用を評価するところから始まる。その評価には、性格などの心理的問題、住環境や社会的サポートのレベル、孤独などの社会的環境、患者自身の疾患への理解も影響する。次に、患者の嗜好を考慮に入れたうえで、患者の健康問題への治療介入の優先順位を付ける。多疾患併存の患者では、各科担当医がそれぞれの疾患に対し治療方針を立てるが、それらが競合することはしばしばある。治療の優先順位付けには、患者の予後のみならず、患者の価値観、嗜好も考慮に入れねば、治療目標を患者、医療者の双方が納得して共有することはできない。そして、優先順位を付けた治療介入を患者に最適化したマネジメントまで高める。この段階では介入によって予測される利益が有害事象より勝っているかに注目する。こうして評価、問題の優先順位付け、マネジメントを実行し、必ずフォローアップする。また、新たな状況の変化(たとえば、新たな病気への罹患や周囲の環境の変化)によって、再度評価からアプローチが必要になる。多疾患併存患者へのアプローチは流動的に千変万化するんだ。女心と秋の空、そして多併存疾患患者は状況が変わりやすい。ここまでアプローチの原則について解説してきたが、思い起こせば何十年も前から出来上がった多疾患併存患者の複雑な事例だ。救急外来での一期一会で解決できるようなことはめったにない。しかし、少しでも問題を解きほぐす手助けなら救急外来でもできるはずだ。そのために重要なポイントを学んでおこう。落ちてはいけない・落ちたくないPitfalls「既往症も内服薬もたくさんあったので難治性の便秘かと思って経過観察にしたら、大腸がんでした」多疾患併存患者が救急外来に今までになかった症状で来院すると、併存疾患や内服薬の影響ではないかと思考がとらわれやすい。多疾患併存患者では一般外来において診断エラーが1.83倍起こりやすいとの報告がある5)。とくに、高齢患者には多疾患併存患者の割合が多く、悪性腫瘍の見逃しは避けたいところだ。Point多疾患併存患者は診断エラーが起こりやすい!「多疾患併存患者の状態や治療の評価って、忙しい救急外来で何をしたらよいのでしょう?」多疾患併存患者の状態評価を、多忙な救急外来でどのようにしていけばよいのか? 前述のとおり、多疾患併存患者は高齢者に多いので、高齢者総合評価(comprehensive geriatric assessment:CGA)は全体像の評価に有効だろう。しかし、忙しい救急外来で初診患者にくまなく行うことは難しい。ここではより簡略化したstart up CGAを紹介する(表2)。評価可能なものからやってみて、必要があれば外来主治医や入院担当医に引き継いで評価してもらおう。表2 start up CGA画像を拡大するPoint救急外来では多疾患併存患者の包括的評価はstart up CGAで簡潔に行うべし「多疾患併存患者の評価には心理・社会的問題も大事らしいけど、どのように評価すれば…?」多疾患併存患者の状態には心理・社会的問題も大きな影響を及ぼす。多疾患併存患者に精神疾患を合併すると救急外来への頻回受診が大きく増加すると報告されている6)。また、ホームレスの多疾患併存の患者の割合は一般人口の60代に相当し、救急外来受診率も一般人口と比べて60倍近くあると報告されている7)。救急外来で心理的問題を評価するにはMAPSO問診やPHQ-4が使いやすいだろう。また、社会的問題の把握にはsocial vital signs(HEALTH+P)がもれなく把握できて有用だよ8,9)(表3)。表3 social vital signs(HEALTH+P)(https://drive.google.com/file/d/1MZJRnd8ruUpE4kNjNO6ZmOOQ_50s_Yee/view)より改変画像を拡大するPoint多疾患併存患者の心理・社会的問題の評価にはMAPSO問診、PHQ-4やHEALTH+Pを使うべし多疾患併存患者の治療目標には予後予測が大事って聞くけど、どうすればいい?それぞれの慢性疾患が下降期(たとえば、急性増悪による入退院を繰り返す状態)でなければ、10年間の予測死亡率を算出する有用なツールがある。ePrognosisというサイト内でSuemoto indexが計算できる10)。サイトで患者の診療セッティングと、居住地で米国以外を選択すると入力画面が表示される。それぞれの項目を選択すると算出してくれる。一方、慢性疾患下降期で急性増悪を繰り返す場合、再入院を予測するツールとしてLACE indexがある11)。表4に算出方法を示す。A-scoreの重症か否かの判断は救急外来からの入院かどうかでする。4点以下が低リスク、5〜9点が中等度のリスク、10点以上が高リスクと判断する。表4 LACE index画像を拡大する終末期では予後に最も影響する疾患の予後予測ツールを用いるのがよい。一方で、複数臓器の障害ではPalliative Prognostic Scoreで30日死亡率をある程度予測可能だ12)。いずれの予測ツールも、ある程度イメージをつけるためと割り切って利用する。そこから、主治医や多職種で話し合い、在宅医療へ移行したり、advance care planningにつなげたりすればよいのだ。Point疾患ステージに合う予後予測ツールで状況を把握してよりきめ細やかなケアにつなげよう「前回救急受診した患者がまた来院しました。どうやら受診科、内服薬が多かったため、いくつかを勝手にやめていたようです」多疾患併存患者では治療負担(treatment burden)の増大が、自分の能力(capability)の許容量を越えてしまい病状が悪化することがある。かぜのときに毎食前に漢方薬を飲むだけでも飲み忘れてしまう筆者からすれば、毎食後に10剤近く間違えずに内服できる人はマジリスペクトです。内服薬だけでお腹いっぱいになってご飯が食べられない人、よくみるよねぇ。多疾患併存患者かつ内科病棟入院患者の約4割が薬剤関連の問題が原因で入院し、とくに薬剤の副作用やアドヒアランスの問題がきっかけだった13)。また、救急外来から入院した多疾患併存患者の約半数に治療上の対立を認めた(たとえば抗凝固薬を内服した患者に消化管出血を認めたなど)14)。お薬手帳にところせましと並べられた大量の薬剤名の記載をみると、カルテへの記録も面倒くさくなる。しかし、とくに多疾患併存患者では丁寧にチェックしないと足元をすくわれる。「くすりもリスク」、整理できる薬剤は主治医や処方医に依頼して減らすことで、患者の内服アドヒアランスも向上し有害事象も減って患者も医療者もハッピーになること請け合いだ。また、患者の能力に見合わない過度な生活習慣の指導がなされていることがある。多疾患併存患者にはガイドラインどおりにすべての生活指導を行うと、それがかえって治療負担となり逆にアドヒアランスが悪くなることがある。想像してみても、生活するために毎日朝から晩まで仕事をしながら、毎食後に血糖を測定しながら、毎日8,000歩を歩いて、週3で有酸素運動、食事は塩分制限…となると、患者も医療者もアンハッピーになる。優先順位に従い実現可能な生活習慣から指導するようにしよう。患者の生活を守るために生活指導をするのであって、生活指導して患者の生活が台なしになったのならとても笑えないのだ。Point内服アドヒアランスや薬剤有害事象に目を光らせ、治療対立が起きないように注意しよう「有害事象があったから薬剤中止ね。え? 薬が一包化されてる!?」薬剤有害事象が起きたので、その薬剤中止を患者に説明し主治医にも報告、まではよかったが、詰めが甘〜い! キャラメルマキアートの上の部分くらい甘〜い!! あなたがもし一包化されたものから色と印字を手がかりに目的の薬剤のみ取り出すことができるなら、海賊王にだってなれるはず!? 独居や老老介護で、周囲のサポートが得られない場合には絶望しかない。「〇〇えもん、たすけて〜」、「大丈夫だよ、□□太くん。多職種連携〜」。そう、こんなときのための多職種連携。ケアマネジャーやソーシャルワーカーから薬剤師や看護師、ヘルパーに連絡を取り、これ以上の薬剤有害事象を防ごう。とくに大病院の主治医で、訪問診療をした経験がない場合、どんなに想像力をたくましくしても、自宅で患者がどんな生活して、どんなことで困っているのかは診察室からは計り知れないものだ。実際に、自宅で患者と会っているケアマネジャーやヘルパー、訪問看護師の声に耳を傾けよう。ちなみに、多疾患併存患者に多職種連携とテレメディスンとを組み合わせることで救急外来で一泊入院するのと比較して22%コスト削減できたという15)。安い、早い、うまい! 多職種連携って本当に素晴らしいですね!Point多職種との連携を密にして、重要な指示をチームでもれなく伝えて不要な受診を防ごうワンポイントレッスン患者の対応能力と治療負担のバランス患者の対応能力(capability)と治療負担(treatment burden)のバランスに注目するとアプローチしやすい。どのようなバランスかを図2、表5に示す。図2 患者の対応能力と治療負担のバランス画像を拡大する表5 患者の対応能力と治療負担患者の対応能力を上げて、治療負担を減らす方向に働きかけることで崩れかけたバランスをもち直すことができる。どの要素が負担になっているのか、もしくは対応能力が足りないのかを把握することで、複雑な事例のなかでレバレッジポイントを見出し問題解決の糸口がつかめる。何事もバランスが大事だ。遊びも勉強も大事。お金も大事だが、学際的な仕事をすることも大事。給料が安いなんて文句言わないで、勉強できる環境で仕事ができることをありがたいと思おう、ネ、〇〇センセ!?勉強するための推奨文献 Farmer C, et al. BMJ. 2016;354:i4843. Muth C, et al. BMC Med. 2014;12:223. Muth C, et al. J Intern Med. 2019;285:272-288. Boyd C, et al. J Am Geriatr Soc. 2019;67:665-673. Mercer S, et al., eds. ABC of Multimorbidity. John Wiley& Sons. 2014. 佐藤健太 著. 慢性臓器障害の診かた、考えかた 中外医学社. 2021. 参考 1) NICE guideline 2016 2) Aoki T, et al. Sci Rep. 2018;8:3806. 3) Soley-Bori M, et al. Br J Gen Pract. 2020;71:e39-e46. 4) Muth C, et al. BMC Med. 2014;12:223. 5) Aoki T, Watanuki S. BMJ Open. 2020;10:e039040. 6) Gaulin M, et al. CMAJ. 2019;191:E724-E732. 7) Bowen M, et al. Br J Gen Pract. 2019;69:e515-e525. 8) Mizumoto J, et al. J Gen Fam Med. 2019;20:164-165. 9) Terui T, et al. J Gen Fam Med. 2020;21:92-93. 10) Suemoto CK, et al. J Gerontol A Biol Sci Med Sci. 2017;72:410-416. 11) Wang H, et al. BMC Cardiovasc Disord, 14:97, 2014 12) Maltoni M, et al. J Pain Symptom Manage. 1999;17:240-247. 13) Lea M, et al. PLoS One. 2019;14:e0220071. 14) Markun S, et al. PLoS One. 2014;9:e110309. 15) Pariser P, et al. Ann Fam Med. 2019;17:S57-S62. 執筆

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産婦人科医が授業に、中学生の性知識が向上か

 インターネットは、性に関する知識を求める若者にとって主要な情報源となっているが、オンライン上には誤情報や有害なコンテンツが存在することも否定できない。このような背景から、学校で行われる性教育の重要性が高まっている。今回、婦人科医による性教育が、日本の中学生の性に関する知識と意識の大幅な向上につながる、とする研究結果が報告された。ほとんどの学生が産婦人科医による講義を肯定的に評価していたという。研究は、日本医科大学付属病院女性診療科・産科の豊島将文氏らによるもので、詳細は「BMC Public Health」に5月28日掲載された。 インターネットへのアクセスが容易になり、子どもたちの性的な内容への露出に対する懸念が高まったことにより、多くの国々が国際的なガイドラインを導入し、包括的な性教育(CSE)プログラムを推進するようになった。2000年には、汎米保健機構(PAHO)と性の健康世界学会(WAS)は、世界保健機構(WHO)と共同で「セクシュアル・ヘルスの推進 行動のための提言」を作成し、全ての人にCSEを提供することを提案した。 日本でも、この提言に呼応し、適切な性に関する知識を得るためのCSEプログラムが求められている。また、世界的に多くのCSEプログラムでは、ヒトパピローマウイルス(HPV)ワクチン接種が重要な要素として含まれている。これは、HPVと子宮頸がんとの関連が確立されており、子宮頸がんは「予防可能」であることに由来する。このような背景を踏まえ著者らは、専門医による性教育の講義が、日本の中学生の経口避妊薬(OC)、避妊、子宮頸がん、HPVワクチン接種に関する知識と意識に与える影響を評価することとした。授業の前後にアンケート調査を実施し、知識と意識の変化を調査した。 本研究では、日本国内の公立および私立の中学校37校に通う中学3年生の男女を対象とした。講義で取り上げたトピックは、文部科学省のCSEガイドラインに従い、1:男女の体の違い、2:月経の問題とその管理、3:避妊方法、4:LGBTQやデートDVに関する問題、5:性感染症、6:子宮頸がんとHPVワクチン、の6つとした。生徒は講義の前後にアンケートに回答し、講義内容に関する知識と意識を評価された。 事前アンケートには5,833名、事後アンケートには5,383名が回答し、男女比はほぼ均等だった。講義に先立ち実施した事前アンケートでは、性に関する情報源と現状の知識について回答を得た。情報源として「インターネットやYouTube」と回答した生徒の割合が最も多かったが、男女別に見ると男子学生の割合が有意に高かった。女子学生は「学校の先生や授業」や「両親・家族」を情報源として挙げる割合が高かったのに対し、男子学生では、「友人」や「この種の情報を得たことがない」と回答する割合が高かった。また、講義前はOC、子宮頸がん、HPVに関する知識が乏しく、多くの学生がHPVワクチンに対して不安を抱いていた。 講義後、OCに関する知識(使用可能年齢や副作用など)が向上し、生理痛の緩和など避妊以外のメリットを認識する学生が増えた。また、避妊方法の理解も著しく深まり、「避妊は男性が責任を持つべき」と考える学生の数は減少した。さらに、子宮頸がんやHPVに関する知識も大幅に向上し、HPVワクチンの接種を希望する学生の割合も増加した。 講義後に実施したアンケートでは、ほとんどの学生が今回の講義を肯定的に評価し、5段階評価で4または5を選択した。男子学生よりも女子学生の方が、わずかに高い評価をしていた。 本研究について著者らは「本研究は、国際機関や先行研究の提言を踏まえ、日本の若者にとって包括的でアクセスしやすい性教育の必要性を明確にした。婦人科医などの専門医が関与することで、性に関する幅広い健康トピックについて正確かつ最新の情報を提供でき、こうした介入の効果をさらに高めることができるだろう」と述べている。

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診療科別2025年上半期注目論文5選(呼吸器内科編)

Addition of Macrolide Antibiotics for Hospital Treatment of Community-Acquired PneumoniaWei J, et al. J Infect Dis. 2025;231:e713-e722.<リアルワールドでの市中肺炎におけるマクロライド追加の有効性>:βラクタム薬にマクロライドを追加しても死亡率を改善せず英国のリアルワールドデータを用いた研究で、市中肺炎におけるβラクタム薬へのマクロライド系抗菌薬の追加は30日死亡率や入院期間に改善をもたらさないことが示されました。ACCESS試験後、マクロライド系抗菌薬追加を支持する声が高まる中、このデータはルーチンでの使用を支持しません。重症例への追加は国際ガイドラインで支持されていますが、すべての入院症例に併用が必要かについては議論が続くでしょう。Dupilumab for chronic obstructive pulmonary disease with type 2 inflammation: a pooled analysis of two phase 3, randomised, double-blind, placebo-controlled trialsBhatt SP, et al. Lancet Respir Med. 2025;13:234-243.<BOREAS・NOTUS試験統合解析>:デュピルマブは2型炎症を伴うCOPDの増悪を抑制COPD治療におけるIL-4/13受容体阻害薬デュピルマブの効果についての統合解析です。BOREAS試験とNOTUS試験の結果から、血中好酸球数が300/μL以上のCOPD患者に対し、デュピルマブがプラセボよりも有意に増悪を抑制することが示されました。「2型炎症」が関与するCOPDに対する新たな治療選択肢として期待されています。GOLDガイドライン2025でもデュピルマブが推奨に含まれました。Tarlatamab in Small-Cell Lung Cancer after Platinum-Based ChemotherapyMountzios G, et al. N Engl J Med. 2025 Jun 2. [Epub ahead of print]<DeLLphi-304試験>:タルラタマブ、進展型小細胞肺がんの2次治療に新標準を確立小細胞肺がん(SCLC)の治療における朗報です。プラチナ製剤抵抗性のSCLC患者に対する2次治療として、DLL3を標的とするBiTE免疫療法薬タルラタマブが標準化学療法より全生存期間(OS)を有意に延長しました(中央値13.6ヵ月vs.8.3ヵ月)。有効性が高く、Grade3以上の有害事象の頻度も低い(54%vs.80%)ため、今後はSCLC2次治療における標準治療となる可能性があります。Phase 3 Trial of the DPP-1 Inhibitor Brensocatib in BronchiectasisChalmers JD, et al. N Engl J Med. 2025;392:1569-1581.<ASPEN試験>:第III相試験でbrensocatibは気管支拡張の増悪を抑制本研究では、気管支拡張症患者において、brensocatib(ブレンソカチブ、10mgまたは25mg)の1日1回投与は、プラセボよりも肺増悪の年間発生率を低下させ、25mg用量のbrensocatibではプラセボよりもFEV1の低下が少なくなりました。これまで治療薬が存在しなかった気管支拡張症における待望の薬剤となります。世界初の気管支拡張症治療薬として、米国、日本で今後承認が期待されています。Nerandomilast in Patients with Idiopathic Pulmonary FibrosisRicheldi L, et al. N Engl J Med. 2025;392:2193-2202.<FIBRONEER-IPF試験>:nerandomilastが第III相試験でFVCの低下を抑制特発性肺線維症(IPF)に対する新規治療薬nerandomilast(ネランドミラスト)の第III相試験の結果です。本薬は、既存の抗線維化薬(ニンテダニブやピルフェニドン)を服用している患者も対象としており、その併用下でも努力肺活量(FVC)の低下を有意に抑制することが示されました。ただし、nerandomilast 9mg群においては、ピルフェニドン群で効果が落ちており、nerandomilastとの薬物相互作用が原因と考えられました。IPFの治療選択肢が増えることは、患者にとって大きな福音と考えられます。

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日本人の妊娠関連VTEの臨床的特徴と転帰が明らかに

 妊娠中の女性は静脈血栓塞栓症(VTE)リスクが高く、これは妊産婦死亡の重要な原因の 1 つである。妊婦ではVTEの発症リスク因子として有名なVirchowの3徴(血流うっ滞、血管内皮障害、血液凝固能の亢進)を来たしやすく、妊婦でのVTE発生率は同年齢の非妊娠女性の6〜7倍に相当するとも報告されている1)。そこで今回、京都大学の馬場 大輔氏らが日本人の妊婦のVTEの実態を調査し、妊娠関連VTEの重要な臨床的特徴と結果を明らかにした。 馬場氏らは、メディカル・データ・ビジョンのデータベースを用いて、2008年4月~2023年9月までにVTEで入院した可能性のある妊婦1万5,470例を特定。さらに、抗凝固療法が実施されていない患者や画像診断検査が施行されていない患者などを除外し、最終的に妊婦でVTEと確定診断され抗凝固療法を含めた介入が行われた410例の臨床転帰(6ヵ月時のVTE再発、6ヵ月時の出血イベント、院内全死因死亡)などを評価した。 主な結果は以下のとおり。・対象患者の平均年齢は33歳、平均BMIは23.8kg/m2であった。・対象患者の既往歴は、糖尿病19例(4.6%)、出血の既往17例(4.1%)、先天性凝固異常17例(4.1%)、消化性潰瘍13例(3.2%)、高血圧症10例(2.4%)、脂質異常症7例(1.7%)などであった。・410例中110例(26.8%)は、肺塞栓症(PE)であり、300例(73.2%)は深部静脈血栓症(DVT)のみであった。・VTE発症時の妊娠週数の中央値は31週であった。・VTEの発生率は二峰性分布を示し、126例(30.7%)が妊娠初期(0~妊娠13週)にVTEを発症し、236例(57.6%)が妊娠後期(妊娠28週以降)にVTEを発症し、PEは妊娠後期に多くみられた。・抗凝固療法に関しては、374例(91.2%)には未分画ヘパリンが、18例(4.4%)には低分子量ヘパリン(LMWH、ダルテパリン:2例、エノキサパリン:16例)が投与された。・急性期治療について、血栓溶解療法は2例(0.5%)、下大静脈フィルター留置は17例(4.1%)が受けた。人工呼吸器管理は8例(2.0%)、ECMOは5例(1.2%)に使用された。・ 6ヵ月の追跡期間中、17例(4.1%)でVTEの再発が認められ、3例(0.7%)で頭蓋内出血および消化管出血を含む出血が発生した。・入院中に4例(1.0%)が死亡し、そのうち3例には帝王切開などの外科手術の既往があった。 本研究の限界として、データベースが急性期病院のデータに限定されているため、他の医療機関で治療された患者データが含まれていないこと、詳細な臨床データ(バイタルサイン、PE重症度、検査結果など)が不足していること、PEの過小診断の可能性、入院中のVTE再発を除外したことにより急性期の再発が過小評価されている可能性が挙げられている。 最後に、研究者らは「今回の検討にて、循環器系および産科の医師にとって参考となる妊娠関連のVTEの実態が明らかになった。また、その治療において、LMWHが欧米のガイドラインで推奨されているにもかかわらず、国内ではVTEに対するLMWHの使用が保険適用外であるため、未分画ヘパリンが大半に選択されている実情も明らかになった。この問題は今後対処されるべき」と結んでいる。

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薬に頼らず膝の痛みを軽減するには装具がベスト

 ズキズキとした膝の痛みに悩まされている高齢者は少なくないが、薬を使わずに変形性膝関節症(KOA)を治療する確実な方法は数多くあることが、新たなエビデンスレビューで示された。膝装具、水治療法、運動のいずれもがKOAの痛みを効果的に緩和することが示されたという。内江第一人民病院(中国)のYuan Luo氏らによるこの研究の詳細は、「PLOS One」に6月18日掲載された。 Luo氏らは、「これらの治療選択肢は、一般的な鎮痛薬で生じ得る胃腸や心血管などのリスクを伴うことなく痛みを軽減し、関節の可動性を向上させる。患者と臨床医は、これらのエビデンスに基づいた選択肢を優先すべきだ」と述べている。 研究の背景情報によると、60歳以上の10%以上がKOAに罹患している。そのため、特に副作用のない、シンプルで安価な治療法が求められている。 この研究では、9,644人を対象とした139件のランダム化比較試験(RCT)のデータを統合し、薬物を使用しない12種類のKOAの治療法を比較した。12種類の治療法とは、低出力レーザー療法、高強度レーザー療法、経皮的電気神経刺激療法、干渉波電流刺激、短波ジアテルミー、超音波療法、外側ウェッジインソール、膝装具、運動、水治療法、キネシオテーピング、および体外衝撃波療法であった。 解析の結果、WOMAC(Western Ontario and McMaster Universities Osteoarthritis Index)で評価した疼痛スコアの軽減効果が最も高かったのは膝装具であり、運動、高強度レーザー療法がそれに続いた。最も効果が低かったのは超音波療法であった。一方、膝関節の機能の評価で最も効果的だったのも膝装具で、最も効果が低かったのは超音波であった。剛性スコアに関しては、膝装具の有効性が最も高く、運動と水治療法が続いた。WOMAC総スコアに関しては、水治療法が最良の治療法である可能性が最も高く、運動療法と高強度レーザー療法が続いた。最も効果が低かったのは短波ジアテルミーであった。これらの結果に基づき、膝装具が最も効果的だと判断された。 研究グループは、KOAに対する運動療法の選択肢は、「多様であり、有酸素運動と心身運動が痛みと機能に最も大きな効果を示し、筋力強化と柔軟性・技能訓練がそれに次ぐ最良の選択肢であった」と記している。 また研究グループは、「約1万人の患者を対象とした分析により、膝装具や水中運動などのシンプルで手軽な治療法が、超音波などのハイテクな治療法よりも効果的であることが明らかになった。この結果は、より安全かつ低コストな介入に重点を置いた臨床ガイドラインの改訂につながる可能性がある」と述べている。

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コンサルテーション―その3【脂肪肝のミカタ】第6回

コンサルテーション―その3Q. 肝がんスクリーニングをいかに行うべきか?本邦の『NAFLD/NASH診療ガイドライン2020(改訂第2版)』では、肝生検で肝線維化ステージF0-1(もしくはエラストグラフィでF0-1相当)であった場合は生活習慣の改善を指導し、エラストグラフィは1年後の再評価を考慮する、と記されている。肝硬変の場合には本邦の『肝癌診療ガイドライン』に準じ、6ヵ月ごとの腹部超音波検査、6ヵ月ごとの腫瘍マーカー(AFPやPIVKAII)の測定を行い、肝がんスクリーニングを推奨している。代謝機能障害関連脂肪性肝疾患(MASLD)由来の肝がんの特徴として、AFPよりPIVKAIIの陽性率が高いとされる。男性で線維化ステージF2以上(もしくはエラストグラフィでF2相当以上)、女性で線維化ステージF3以上(もしくはエラストグラフィでF3相当以上)は肝がんのリスクがあるため、6~12ヵ月ごとの腹部超音波検査を考慮するとされている(図)1)。図. 肝線維化進展例の絞り込みフローチャート(本邦における肝がんのサーベイランス)画像を拡大する現時点で、MASLD由来の肝硬変症例の画像スクリーニングを、どのような間隔で、どの検査を行うべきか、確立したものはない。医療経済や保健医療制度まで考慮したスクリーニング方法の構築が今後の課題と言える。1)日本消化器病学会・日本肝臓学会編. NAFLD/NASH診療ガイドライン2020. 南江堂.

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「日本版敗血症診療ガイドライン2024」改訂のポイント、適切な抗菌薬選択の重要性

 2024年12月、日本集中治療医学会と日本救急医学会は合同で『日本版敗血症診療ガイドライン2024(J-SSCG 2024)』1)を公開した。今回の改訂では、前版の2020年版から重要臨床課題(CQ)の数が118個から78個に絞り込まれ、より臨床現場での活用を意識した構成となっている。5月8~10日に開催された第99回日本感染症学会総会・学術講演会/第73回日本化学療法学会総会 合同学会にて、本ガイドライン特別委員会委員長を務めた志馬 伸朗氏(広島大学大学院 救急集中治療医学 教授)が、とくに感染症診療領域で臨床上重要と考えられる変更点および主要なポイントを解説した。 本ガイドラインは、日本語版は約150ページで構成され、前版と比較してページ数が約3分の2に削減され、内容がより集約された。迅速に必要な情報へアクセスできるよう配慮されている。英語版はJournal of Intensive Care誌2025年3月14日号に掲載された2)。作成手法にはGRADEシステムが採用され、エビデンスの確実性に基づいた推奨が提示されている。また、内容の普及と理解促進のため、スマートフォン用アプリケーションも提供されている3)。CQ1-1:敗血症の定義 敗血症の定義は、国際的なコンセンサスであるSepsis-3に基づき、「感染症に対する生体反応が調節不能な状態となり、重篤な臓器障害が引き起こされる状態」とされている。CQ1-2:敗血症の診断と重症度 敗血症は、(1)感染症もしくは感染症の疑いがあり、かつ(2)SOFAスコアの合計2点以上の急上昇をもって診断する。敗血症性ショックは、上記の敗血症の基準に加え、適切な初期輸液療法にもかかわらず平均動脈圧65mmHg以上を維持するために血管収縮薬を必要とし、かつ血清乳酸値が2mmol/L(18mg/dL)を超える状態とされている。敗血症性ショックの致死率が30%を超える重篤な病態であり、志馬氏は「敗血症とは診断名ではなく、感染症患者の救命のための迅速な重症度評価指標であり、何よりも大事なのは、評価して認識するだけでなく、早期の介入に直ちにつながらなければならない」と述べた。CQ1-3:一般病棟、ERで敗血症を早期発見する方法は? ICU以外の一般病棟や救急外来(ER)においては、quick SOFA(qSOFA:意識変容、呼吸数≧22/min、収縮期血圧≦100mmHg)を用いたスクリーニングツールが提唱されている。qSOFAは、敗血症そのものを診断する基準ではなく、2項目以上が該当する場合に敗血症の可能性を考慮し、SOFAスコアを用いた評価につなげる。初期治療バンドル:迅速かつ系統的な介入の指針 敗血症が疑われる場合、直ちに実施すべき一連の検査・治療が「初期治療ケアバンドル」(p.S1171)にまとめられている。主要な構成要素は以下のとおり。これらの介入を、敗血症の認識から数時間以内に完了させることが目標とされている。―――――・微生物検査:血液培養を2セット。感染巣(疑い)からの検体採取。・抗菌薬:適切な経験的抗菌薬投与。・初期蘇生:初期輸液(調整晶質液を推奨)。低血圧を伴う場合は、初期輸液と並行して早期にノルアドレナリン投与。乳酸値と心エコーを繰り返し測定。・感染巣対策:感染巣の探索と、同定後のコントロール。・ショックに対する追加投与薬剤:バソプレシン、ヒドロコルチゾン。―――――抗菌薬治療戦略に関する重要な変更点と推奨事項 敗血症における抗菌薬治療のポイントは、「迅速性と適切性が強く要求される」という点が他の感染症と異なる。本ガイドラインにおける抗菌薬治療の項では、いくつかの重要な変更点と推奨が提示されている。CQ2-2:敗血症に対する経験的抗菌薬は、敗血症認知後1時間以内を目標に投与開始するか? 本ガイドラインでは、「敗血症または敗血症性ショックと認知した後、抗菌薬は可及的早期に開始するが、必ずしも1時間以内という目標は用いないことを弱く推奨する (GRADE 2C)」とされている。志馬氏は、投与の迅速性のみを追求することで不適切な広域抗菌薬の使用が増加するリスクや、1時間以内投与の有効性に関するエビデンスの限界を指摘した。メタ解析からは、1~3時間程度のタイミングでの投与が良好な予後と関連する可能性も示唆された4)。CQ2-3:経験的抗菌薬はどのようにして選択するか? 本ガイドラインでは「疑わしい感染巣ごとに、患者背景、疫学や迅速微生物診断法に基づいて原因微生物を推定し、臓器移行性と耐性菌の可能性も考慮して選択する方法がある(background question:BQに対する情報提示)」とされている。志馬氏は「経験的治療では、かつては広域抗菌薬から始めるという傾向があったが、薬剤耐性(AMR)対策の観点からも、広域抗菌薬を漫然と使用するのではなく、標的への適切な抗菌薬選択を行うことで死亡率が低下する」と適切な抗菌薬投与の重要性を強調した5)。 経験的治療の選択には、「臓器を絞る、微生物疫学を考慮する、耐性菌リスクを考慮する、迅速検査を活用する」ことによって、より適切な治療につなげられるという。敗血症の原因感染臓器は、多い順に、呼吸器31%、腹腔内26%、尿路18%、骨軟部組織13%、心血管3%、その他8%となっている6)。耐性菌リスクとして、直近の抗菌薬暴露、耐性菌保菌、免疫抑制を考慮し、迅速診断ではグラム染色を活用する。ガイドラインのCQ2-1では「経験的抗菌薬を選択するうえで、グラム染色検査を利用することを弱く推奨する(GRADE 2C)」とされている。グラム染色により不要な抗MRSA薬や抗緑膿菌薬の使用を削減できる可能性が示された7)。これらのデータを基に、本ガイドラインでは「原因微生物別の標的治療薬」が一覧表で示されている(p.S1201-S1206)。腎機能低下時、初期の安易な抗菌薬減量を避ける 講演では、敗血症の急性期、とくに初回投与や投与開始初日においては、腎機能(eGFRなど)の数値のみに基づいて安易に抗菌薬を減量すべきではない、という考え方も示された。志馬氏は、抗菌薬(βラクタム系)の用量調整は少なくとも24時間以後でよいと述べ、初期の不適切な減量による治療効果減弱のリスクを指摘した8)。これは、敗血症初期における体液量の変動や腎機能評価の困難性を考慮したものだ(CQ2-6 BQ関連)。βラクタム系薬の持続投与または投与時間の延長 CQ2-7(SR1)では、βラクタム系抗菌薬に関して「持続投与もしくは投与時間の延長を行うことを弱く推奨する(GRADE 2B)」とされている。これにより、死亡率低下や臨床的治癒率の向上が期待されると解説された9)。一方でCQ2-7(SR2)では、「グリコペプチド系抗菌薬治療において、持続投与または投与時間の延長を行わないことを弱く推奨する」とされている(GRADE 2C)。また、デエスカレーションは弱く推奨されている(GRADE 2C)(CQ2-9)。ただし、志馬氏は臨床でのデエスカレーションの達成率が約4割と低い現状に触れ、そもそも途中でデエスカレーションをしなくていいように、初期に適切な狭域の抗菌薬選択をすることも重要であることを再度強調した。治療期間の短縮化:7日間以内を原則とし、プロカルシトニンも活用 CQ2-12では、「比較的短期間(7日間以内)の抗菌薬治療を行うことを弱く推奨する(GRADE 2C)」としている。RCTによると、敗血症においても多くの場合1週間以内の治療で生命予後は同等であり、耐性菌出現リスクを低減できることが示されている10~12)。 抗菌薬中止の判断材料として「プロカルシトニン(PCT)を指標とした抗菌薬治療の中止を行うことを弱く推奨する(GRADE 2A)」とし(CQ2-11)、PCT値の経時的変化(day5~7に0.5μg/L未満またはピーク値から80%減少した場合など)を指標にすることが提案されている13)。 本講演では、近年の国内および世界の敗血症の定義の変化を反映し、敗血症を診断名としてだけでなく、感染症の重症度を評価するための指標として捉えることの重要性が強調され、主に抗菌薬にフォーカスして解説された。志馬氏は「本ガイドラインのアプリも各施設で活用いただきたい」と述べ講演を終えた。■参考文献・参考サイト1)志馬 伸朗, ほか. 日本版敗血症診療ガイドライン2024. 日本集中治療医学会雑誌. 2024;31:S1165-S1313.2)Shime N, et al. J Intensive Care. 2025;13:15.3)日本集中治療学会. 「日本版敗血症診療ガイドライン2024 アプリ版」公開のお知らせ4)Rothrock SG, et al. Ann Emerg Med. 2020;76:427-441.5)Rhee C, et al. JAMA Netw Open. 2020;3:e202899.6)Umemura Y, et al. Int J Infect Dis. 2021;103:343-351.7)Yoshimura J, et al. JAMA Netw Open. 2022;5:e226136.8)Aldardeer NF, et al. Open Forum Infect Dis. 2024;11:ofae059.9)Dulhunty JM, et al. JAMA. 2024;332:629-637.10)Kubo K, et al. Infect Dis (Lond). 2022;54:213-223.11)Takahashi N, et al. J Intensive Care. 2022;10:49.12)The BALANCE Investigators, et al. N Engl J Med. 2025;392:1065-1078.13)Ito A, et al. Clin Chem Lab Med. 2022;61:407-411.

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