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CareNet.comではうつ病特集を配信するにあたって、事前に会員の先生方からうつ病診療に関する質問を募集しました。その中から、とくに多く寄せられた質問に対し、産業医科大学 杉田篤子先生にご回答いただきました。2回に分けて掲載します。今回は、精神科に行きたがらない患者さんへの対応、最初の抗うつ薬が効果不十分な場合の対応、抗うつ薬の減量・中止のタイミング、抗うつ薬と睡眠薬との併用、認知行動療法の効果についての質問です。精神科に紹介しても行きたがらない患者さんに対して、どのように対応したらよいでしょうか?うつ病では、睡眠欲、食欲、性欲などといった人間が生きていくうえで基本となる本能が損なわれていることが多く、その結果、さまざまな身体症状が出現するため、うつ病患者が最も多く受診するのは、内科といわれています。さらに、身体疾患のある患者さんはうつ病を高率に合併しています。希死念慮や自殺企図のリスクが高いとき、精神病像を伴うとき、双極性障害が疑われるとき、慢性化しているとき、抗うつ薬の反応が通常と異なるとき、産後うつ病などの際は、精神科へ紹介するタイミングです1)。しかし、専門医を受診させようと、「身体的問題がないから精神科を受診しなさい」という説明をすると、患者さんが「かかりつけ医から見捨てられるのではないか」と不安になり、拒否することがあります。さらに、精神的な問題が生じているという病識がないこともしばしばありますし、精神科への偏見を持っている方もいます。したがって、紹介する際は、主治医と精神科が協力して心身両面を支えていくという姿勢を示し、「専門家の意見を聞いてみましょう」、「主治医として今後も関わっていきます」ということを丁寧に説明するとよいでしょう。また、うつ病患者では不眠が生じる頻度が高いため、「睡眠障害について詳しい先生に診てもらいましょう」というのも方策です。自殺の危険性があるなど緊急時は、家族にも状況を説明して、協力を得る必要があります。1)堀 輝ほか. Medical Practice. 2011;28:1720-1729.最初の抗うつ薬の効果が不十分な場合、増量、薬剤変更、併用のうち、いずれがよいのでしょうか? また、併用療法について具体的に(相性のよい薬剤の組み合わせなど)お教えください。抗うつ薬を使用する際は、合理性のない抗うつ薬の多剤併用は行わず、第一選択薬を十分量・十分期間使用し、用量不足や観察期間不足による見かけの難治例をつくらないようにしなければなりません。抗うつ薬を低用量で使用して反応がない場合は、1)有害作用が臨床上問題にならない範囲で添付文書に従って十分量まで増量、2)十分量まで増やしてから4週間程度を目安に、ほとんど反応がない場合は薬物変更、3)一部の抑うつ症状に反応がみられるがそれ以上の改善がない場合(部分反応)は増強療法を行います。増強療法には、リチウムや甲状腺ホルモン、ラモトリギン、バルプロ酸、カルバマゼピン、非定型抗精神病薬が挙げられます(アリピプラゾールを除き、適応外)。原則は単剤ですが、場合によっては、例外的に、4)抗うつ薬の併用を考慮します。その場合は、ミルタザピンとSSRI/ SNRI1)、ミアンセリンとSSRI/ SNRI2)の併用がよいでしょう。1)Carpenter LL, et al. Biol Psychiatry. 2002;51:183-188.2)Maes M, et al. J Clin Psychopharmacol. 1999;19:177-182.抗うつ薬の減量・中止のタイミングを教えてください。早期に抗うつ薬を減量・中止することは再燃の危険性を高めます。薬物療法に反応後4~5ヵ月以内に抗うつ薬を中止した場合の再燃率は50~70%で、同時期に抗うつ薬を継続した群では0~20%であったと報告されています1)。とくに、寛解後4ヵ月までは再燃の危険性が高く、副作用が管理できれば、寛解後6ヵ月以上は急性期と同用量でコンプライアンスを保つことが重要です2,3)。寛解後26週は抗うつ薬の再燃予防効果が立証されており4)、欧米のガイドラインでは、副作用の問題がなければ初発の寛解後4~9ヵ月、またはそれ以上の期間、急性期と同用量で維持すべきとしています5~7)。うつ病相を繰り返す患者さんは再発危険率が高いですが、これらの再発性うつ病の患者に対して抗うつ薬を1~3年、急性期と同用量で継続使用した場合の再発予防効果が立証されています8)。したがって、再発例では2年以上にわたる抗うつ薬の維持療法が強く勧められています7)。なお、漸減中に抑うつ症状が悪化した場合は、減薬前の量にいったん戻すとよいでしょう。1)Zajecka J, et al. J Clin Psychiatry. 1999;60:389-394.2)Peretti S, et al. Acta Psychiatr Scand Suppl. 2000;403:17-25.3)Paykel ES, et al. J Affect Disord. 1988;14:83-95.4)Reimherr FW, et al. Am J Psychiatry. 1998;155:1247-1253.5)American Psychiatric Association. Am J Psychiatry. 2000;157:1-45.6)American Psychiatric Association. Practice guideline for the treatment of patients with major depressive disorder. 3rd ed. 2010. 7)Lam RW, et al. J Affect Disord. 2009;117(Suppl1):S26-43.8)Geddes JR, et al. Lancet. 2003;361:653-661.抗うつ薬と睡眠薬との併用について教えてください。不眠を有するうつ病患者の治療において、抗うつ薬の中で、アミトリプチリン、トラゾドン、ミアンセリン、ミルタザピンなどのような鎮静的な作用があり睡眠を改善させる薬剤は、抗うつ薬単剤で治療可能です。しかし、SSRIやSNRIなどのように鎮静作用が弱く、睡眠状態の悪化を招く可能性を有する抗うつ薬を使用する際は、睡眠薬を併用することになります。うつ病の不眠への効果がランダム化比較試験によって示されているのは、ゾルピデム1)とエスゾピクロン2)です。睡眠薬の使用時は、依存性、認知機能障害、閉塞性睡眠時無呼吸症状の悪化、奇異反応などの可能性がある点に留意し、漫然と長期間処方することは慎み、睡眠衛生的なアドバイスを積極的に行うべきです。とくに、不眠の改善のためには、朝は一定の時間に起床して外の光にあたることや飲酒を控えることなどは、睡眠薬を投与する前に指導したほうがよい事柄です。1)Asnis GM. J Clin Psychiatry. 1999;60:668-676.2)Fava M, et al. Biol Psychiatry. 2006;59:1052-1060.認知行動療法の効果について教えてください。認知行動療法は、人の感情や行動が、状況をどうとらえるか(認知の仕方)によって規定されるという理解のもとに、患者のうつ状態の発生や維持に関連している認知や行動を同定し、必要に応じた修正を行うことで気分を改善させる治療法です。認知行動療法は、うつ病に対して薬物療法と同等の効果を有し、とくに再発予防効果は、薬物療法に優るというエビデンスがあります1~6)。英国の診療ガイドラインでは、軽症~中等症のうつ病治療では薬物療法より優先して認知行動療法を実施することが推奨されています7)。また、薬物療法を行う場合に患者さんが精神科治療薬の服用を拒絶することがあり、薬物に対する認知に注意を払わなくてはなりませんが、認知行動療法を用いて薬物療法に対する非機能的認知を修正することにより、患者さんの服薬アドヒアランスを高める可能性もあり、薬物療法との併用の意義も大きいと考えられます8)。1)DeRubeis RJ, et al. Arch Gen Psychiatry. 2005;62:409-416.2)Miller IW, et al. Behav Ther. 1989;20:25-47.3)Stuart S, et al. Gen Hosp Psychiatry. 1997;19:42-50.4)Dobson KS, et al. J Consult Clin Psychol. 2008;76:468-477.5)Wampold BE, et al. J Affect Disord. 2002;68:159-165.6)Persons JB, et al. Arch Gen Psychiatry. 1996;53:283-290.7)National Institute for Health and Clinical Excellence. Depression (amended): management of depression in primary and secondary care: NICE guidance. London: National Institute for Health and Clinical Excellence; 2007.8)井上和臣. Pharma Med. 2002;20:41-45.※エキスパートに聞く!「うつ病診療」Q&A Part2はこちら