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前回、私はLancet誌の提唱する認知症の修正可能な14の危険因子1)を、「疾患・障害リスク」と「生活・環境リスク」とに分ける考え方を述べた。前者は従来のアミロイド仮説を軸に、そこから派生した慢性炎症や抗酸化などの病理から説明しやすいもので、糖尿病や高LDLコレステロール(LDL-C)が代表的だ。これはいわば、アルツハイマー病の病理進行をくい止めようという「表街道」の予防法である。一方、後者はアミロイド仮説とは異なり、脳内ネットワークや認知予備能といった考え方で説明される。健常な神経細胞を増やす、あるいは減少させないという、側面からの「援護射撃」ともいえる。この考え方をイラストに示した。以下に示す個々の危険因子について、それが「表街道」と「援護射撃」のどちらに属するかを述べていく。画像を拡大する筆者作成若年期の教育:脳の「控え選手」を育てる援護射撃若年期の危険因子だが、これは「教育」が中心となる。ここで作る大脳の基礎力が十分でなかったとしても、後年これを育み続けることが予防につながると考えればいい。この考え方の基本は、以前から知られる「認知予備能」に関連する。ざっくり言えば、人は生まれ持った脳細胞の一部しか使わないうちに一生を終える。これまで使ってこなかった「控え選手の神経細胞(予備能)」に働きかけるのである。具体的な方法としては、新たな社会交流が勧められる。とくにインターネットリテラシーが低い人こそ、ここで情報を得る習慣を持てば大きな成果が期待できる。教育は、まさに一生続く「援護射撃」なのである。中年期の危険因子:再発とうっかり事故を防ぐ表街道中年期の危険因子のトップは、第38回で述べたとおり難聴と高LDL-Cだが、続いて「うつ病」に触れたい。うつ病経験者は、そうでない者と比べ認知症の危険性が2倍とされる。背景には、神経炎症や、脳由来栄養因子を介した神経の可塑性障害、コルチゾール過剰分泌による海馬体積の減少説などがある。臨床的に大切なのは、うつ病は何度も繰り返しやすく、その再発自体が認知症発症の危険性を高める点だ。だからこそ再発予防が重要であり、主治医と共にフォローを欠かさないことが、病理を抑える「表街道」の対策となる。次に「頭部外傷」については、中等度のもので認知症リスクを2.3倍、重度で4~4.5倍にも増大させる2)。ボクシングなどによる頭部外傷が、50年以上も後にリスクとして現れる。なお高齢者では「転落が脳挫傷原因の3分の2以上」とされるだけに、住環境への配慮が重要になる。照明の改善、手すりやレールの設置、段差の除去や滑りにくい床への改善などが望ましい。身体機能面からは、運動機能の維持、視力や聴力の調整も重要となる。そして、単純ながら基本となるのが「適切な履物」の着用だ。屋内でスリッパなど履かないほうがよい人は多い。これもまた、脳への物理的ダメージを回避する「表街道」の予防といえる。運動不足:座りっぱなしを解消する援護射撃運動不足という危険因子は、従来からいわれてきた運動の予防効果の裏返しである。最近は、単に「たくさん運動すればよい」というより、「身体活動をしない者が運動すれば効果が生まれる」という考え方に変化してきた。最近、老年医学の分野では「座りがちな」という意味の英語で「sedentary」という言葉をよく見かける。そこですべき運動は、有酸素運動の一辺倒ではなく、レジスタンス運動やバランス運動を組み合わせることが重要だ。腰や膝の障害で運動が難しい人の場合でも、皿洗いや掃除、洗濯物干しなどの家事労働を長時間行えば、運動不足をかなり補える。こうした活動の積み重ねが、脳を支える「援護射撃」となる。糖尿病と高血圧:血管から病理を断つ表街道の王道糖尿病は認知症リスクを60%高めるとされるが、アルツハイマー病以上に、血管性認知症の危険性を高める。生物学的メカニズムとしては、直接的な血管障害や神経障害のほかにインスリン分解酵素(IDE)の影響が指摘されている。インスリンとアミロイドβ(Aβ)は同じIDEで分解されるため、高インスリン血症になるとAβの分解が滞り、蓄積していくと考えられる。なお低血糖発作は深刻な危険因子だと強調されている。食事による対応では、地中海食、そこに減塩を超えたダッシュ食、低炭水化物が推奨される。運動では、有酸素運動、レジスタンス運動、バランス運動を組み合わせた「表街道」の包括的な管理が求められる。そして、高血圧こそ認知症発症における最重要な修正可能リスクだろう。40~65歳の中年期の高血圧は、認知症リスクを61~69%増加させるが、降圧薬による治療により、認知症全体で12%、アルツハイマー病で16%のリスクを低減できるとされる3)。高血圧が認知症の危険因子となる理由として複数の説がある。まず脳血管損傷経路、また酸化ストレスと神経炎症経路、血液脳関門破壊経路、さらに脳構造変化と脳萎縮などである。これらをみると、アルツハイマー病の病理が形成されていくプロセスに関わる仮説の多くが高血圧と関連すると改めてわかる。治療面では、とくに血流の改善と脳構造の保護が重要である。わが国のガイドラインでは、年齢別、個人差を考慮した段階的な血圧管理を推奨している。また、いわゆる白衣高血圧の多さを考慮してか、最近では家庭用血圧計における継続的な測定結果が重視される。診察室での血圧よりも、自宅でリラックスして測定した値こそ「真の値」と考えるからだ。『高血圧管理・治療ガイドライン2025』では、全年齢の降圧目標が、「診察室血圧130/80mmHg未満、家庭血圧125/75mmHg未満」に定められている4)。なお言うまでもないが、血圧コントロールのみならず糖尿病や脂質異常症などの関連疾患の包括的な管理を通して、大きな予防効果が期待できる。これも「表街道」の予防法だ。認知症の修正可能な危険因子に関する今回の解説は以上である。14の危険因子のうちあと6つ、主にライフスタイルに関連するものが残っているが、これについては次回に述べることにしよう。参考文献・参考サイト1)Livingston G, et al. Dementia prevention, intervention, and care: 2024 report of the Lancet standing Commission. Lancet. 2024;404:572-628.2)Gottlieb S. Head injury doubles the risk of Alzheimer's disease. BMJ. 2000;321:1100.3)Ding J, et al. Antihypertensive medications and risk for incident dementia and Alzheimer's disease: a meta-analysis of individual participant data from prospective cohort studies. Lancet Neurol. 2020;19:61-70.4)日本高血圧学会高血圧管理・治療ガイドライン委員会編. 高血圧管理・治療ガイドライン2025. ライフサイエンス出版; 2025.