ミトコンドリアDNA(mtDNA)に病原性変異を有する女性から生まれた子供は、mtDNA病と総称される一連の臨床症候群の発症リスクがある(母系遺伝)。前核移植(PNT)によるミトコンドリア提供(mitochondrial donation)は、病変を有する女性から採取した受精卵の核ゲノムを、病変のない女性(ドナー)から提供され、核を除去した受精卵に移植する方法である。英国・Newcastle upon Tyne Hospitals NHS Foundation TrustのLouise A. Hyslop氏らは、PNTはヒト胚の成育能力と両立可能であり、PNTと着床前遺伝学的検査(PGT)の統合プログラムは母親の病原性mtDNA変異の子供への伝播を低減することを示した。研究の成果は、NEJM誌オンライン版2025年7月16日号に掲載された。
PNTの臨床応用と、統合プログラムの有効性を評価
研究グループは、ヒト受精卵で確立されたPNTの手法の臨床応用と、mtDNA病におけるPNTとPGTの統合プログラムの有効性の評価を行った(イングランド国民保健サービス[NHS]などの助成を受けた)。
病原性mtDNA変異を有し、これらの変異が子供に伝播するリスクを低減したいと希望する女性を対象とした。これらの女性のうち、ヘテロプラスミー(mtDNAのコピーの一部に変異がある)の患者にはPGT、ホモプラスミー(mtDNAのコピーのすべてに変異がある)または変異が高度なヘテロプラスミーを有する患者にはPNTを提案した。
PNTでは、mtDNA変異を有する患者の卵子を卵細胞質内精子注入法(ICSI)で受精させ、この受精卵から採取した前核を、除核したドナー受精卵の細胞質へ移植し、培養後に子宮内に移植した。患者の前核を採取後の受精卵の細胞質は、子供のmtDNA変異の値と比較するために解析に使用した。
PNT群(年齢中央値34歳[範囲:22~40])では、25例で採卵が行われ(ドナーも25例[年齢21~37歳]で採卵)、22例がICSIを受けた。PGT群(34歳[25~40])では、39例で採卵が行われ、39例がICSIを受けた。
新生児のmtRNA変異が、除核受精卵に比べ大幅に低下
PNT群の8例(36%)とPGT群の16例(41%)で臨床的妊娠を確認した。PNT群では、生児出生の新生児は8人(男児4人、女児4人、1組の一卵性双生児を含む)で、1人は妊娠継続中である。PGT群では、生児出生の新生児は18人(男児9人、女児9人、1組の二卵性双生児を含む)だった。
PNT群の患者から生まれた新生児8人における、パイロシークエンシング法で定量的に測定した患者由来の病原性mtRNA変異の血中ヘテロプラスミーの値は、5人が検出不能で、1人が5%、1人が12%、1人が16%であった。この検出不能の5人のうち3人で次世代シークエンシング法による評価を行ったところ、血中ヘテロプラスミー値はそれぞれ0.06%、0.09%、0.17%だった。
また、患者の核を採取後の受精卵の細胞質と比較して、8人の新生児における患者由来の病原性mtRNA変異の値は、6人では95~100%低下しており、他の2人では77~88%低かった。
臨床的な追跡調査が不可欠
PGT群では、新生児18人のうち10人でヘテロプラスミーのデータが得られ、9人が検出不能、1人は7%であった。
PNT群の変異が高度なヘテロプラスミーを有する患者の除核受精卵の解析と、先行研究の知見(除核受精卵の4.5%がヘテロプラスミー30%未満、67.2%が同60%超[症状発現のリスクが高いレベル])を考慮すると、PNT群の患者はPGTから利益を得られない可能性が高いと考えられた。
著者は、「これらの結果は、PGTとPNTを組み合わせたプログラムは多様な病原性mtDNA変異の伝播を減少させる有効な方法であることを示している」「ホモプラスミー変異を有する女性から生まれた新生児におけるヘテロプラスミー値の低さは、楽観的な見通しの根拠となるが、この有効性に関する多くの疑問点が解明されるまでは、ミトコンドリア提供はリスク低減戦略と位置付けるべきで、この方法の安全性と有効性の監視には、ミトコンドリア提供後に生まれた子供の臨床的な追跡調査が不可欠と考えられる」としている。
(医学ライター 菅野 守)