「かかりつけ医・認知症サポート医のためのBPSDに対応する向精神薬使用ガイドライン(第3版)」改訂のポイント

提供元:ケアネット

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公開日:2025/12/29

 

 2025年6月、日本認知症学会、日本老年精神医学会、日本神経学会、日本精神神経学会、日本老年医学会、日本神経治療学会の監修により、「かかりつけ医・認知症サポート医のためのBPSDに対応する向精神薬使用ガイドライン(第3版)」が公表された1)。2016年の第2版公表から9年ぶりとなる今回の改訂では、最新のエビデンスと新規薬剤の登場を踏まえた、より実践的な治療アルゴリズムが示されている。

 本稿では、本ガイドラインのワーキンググループの主任研究者を務めた筑波大学医学医療系臨床医学域精神医学 教授の新井 哲明氏による解説を基に、改訂のポイントと臨床における留意点をまとめる。

地域医療におけるBPSD対応の切実なニーズ

 認知症患者数は2025年に約471万例、2060年には約645万例に達すると推計されている2)。認知症患者の60〜90%が最低1つは経験するとされるBPSD(行動・心理症状)は、患者本人のQOL低下や早期の施設入所リスクを高めるだけでなく、とくにBPSDにおける過活動・攻撃的行動は、介護者への負担増大により不適切なケアを誘発する「悪循環」を招く最大の要因となっている。

 認知症におけるBPSD(行動・心理症状)は、心理症状として、抑うつ、不安、焦燥、無気力・無関心、妄想などがあり、行動症状として、興奮、大声を出す、叩くなどの攻撃的な行動、同じ行動を繰り返す常同行動、徘徊などがある。

 この悪循環を防ぐためには、BPSDへの早期かつ適切な介入が不可欠である。地域での支援体制が不可欠であり、とくにかかりつけ医の役割が大きく、早期発見や家族支援、地域包括支援センターや専門医との連携を通じて、認知症の人と家族を支える役割が求められている。

 新井氏が紹介した、かかりつけ医200人(内科、精神科、脳神経内科、脳神経外科、老年科)を対象としたアンケート調査では、以下の実態が明らかになった。

処方実態:非専門医であっても約8割がBPSDに対して抗精神病薬を処方している。
処方理由:「危険度が高い時」「介護負担が高い時」が主な理由となっている。
・66%の医師が従来のガイドライン(第2版)を活用(参照・利用)している。

 この結果は、地域医療の現場においてBPSDへの薬物療法がすでに広く行われていることを示唆しており、より安全で適正な使用指針の普及が急務であった。

ガイドライン第3版:BPSDへの対応の原則

 今回のガイドライン改訂(第3版)は、新規薬剤の登場やエビデンスの蓄積を反映し、より実践的なアルゴリズムへと刷新された。BPSDへの対応においては、まず以下の原則を順守することが重要となる。

 原則として、「緊急性が高く速やかな薬物治療の開始を要するような精神症状が認められた場合には、認知症疾患医療センターを含めた認知症専門医がいる医療機関に紹介する」とされている。たとえば、重度のうつ状態、他者に危害を加える可能性が非常に高い妄想、自分自身や他者を危険にさらす原因となる攻撃性などがそれに相当する。

 かかりつけ医・認知症サポート医で対応する場合は以下を考慮する。

せん妄の除外
BPSD様症状を引き起こし得る病態の鑑別:感染症、脱水、便秘、疼痛など
BPSD様症状を引き起こし得る薬剤の除外
レビー小体型認知症の可能性:幻視や妄想、抗精神病薬への過敏性に注意が必要

 上記のとおり病態を把握した後、環境調整、ケアの変更、リハビリテーションの利用など、非薬物的介入を優先する。症状が改善しない場合にのみ薬物療法を検討する。薬物治療を開始する際は、低用量で開始する。

 向精神薬を使用する場合には、本人・家族との共同意思決定(SDM:Shared Decision Making)のプロセスを経ることが明記された。本人の意思が確認できる場合は、アドバンス・ケア・プランニング(advance care planning:ACP)などによる話し合いを尊重し、本人の理解が不十分な場合や意思が確認できない場合は、家族などと繰り返し話し合い、本人の推定意思と最善利益を踏まえて方針を決定する。向精神薬の使用中は常に減量・中止を念頭に置き、長期使用は避ける、などが明記されている。

5つのカテゴリー分類とアルゴリズムの明確化

 第2版からの大きな変更点として、BPSDの症状分類が整理された。「過食・異食・徘徊・介護の抵抗」といった薬剤効果が乏しい症状は独立カテゴリーから外れた(非薬物的対応を推奨)。症状は以下の5つに分類され、それぞれの対応方針がアルゴリズムで示されている。

幻覚・妄想:まずメマンチンや抑肝散の投与を検討する。これらにより標的症状が改善せず緊急性が高い場合、抗精神病薬の投与を検討する。レビー小体型認知症にみられる幻視には、まずコリンエステラーゼ阻害薬を投与することが望ましい。
易刺激性・焦燥性興奮(アジテーション):アルツハイマー型認知症に伴う焦燥感、易刺激性、興奮に起因する、過活動または攻撃的言動に対しては、ブレクスピプラゾールが保険適用を有する。
不安・抑うつ:抗うつ薬やタンドスピロン、抑肝散、クエチアピンの使用を検討する。
アパシー:非薬物的介入が基本だが、コリンエステラーゼ阻害薬が有効なことがある。
睡眠障害:睡眠衛生指導や睡眠覚醒リズムの確立のための環境調整を行った上で、病態に応じてオレキシン受容体拮抗薬、メラトニン受容体作動薬、抗うつ薬(トラゾドン)の使用を検討する。

 BPSDに対する薬剤開始後は、副作用のモニタリングを行った後、患者本人の苦痛や介護者/家族の負担が軽減したかどうかを評価する。NPI-Q(Neuropsychiatric Inventory - Questionnaire)を用いて効果の定量的な評価を行うことが望ましい。

抗精神病薬の適正使用と各薬剤の臨床的位置づけ

 とくに介護負担の大きい易刺激性・焦燥性興奮(アジテーション)について、アルツハイマー型と診断された患者には、非薬物的介入が無効な場合、ブレクスピプラゾールのみ保険適用となっている。

 クエチアピン、ハロペリドール、ペロスピロン、リスペリドンに関しては、原則として、器質的疾患に伴うせん妄・精神運動興奮状態・易怒性に対して処方した場合、当該使用事例を審査上認めるとの通達がある(2011年9月28日、厚生労働省保険局医療課長、保医発0928第1号、社会保険診療報酬支払基金、第9次審査情報提供)。このうち、ハロペリドールは錐体外路系副作用が強いことから、パーキンソン病、レビー小体型認知症には使用禁忌である。

 チアプリドは、脳梗塞後遺症に伴う精神興奮・徘徊・せん妄に保険適用があるため、血管性認知症患者における易刺激性・焦燥性興奮に対して使用を考慮してもよい。

 睡眠障害に対しては、睡眠薬の項の記載に従った薬剤選択を行い、それでも改善のない場合は、クエチアピンの使用を考慮してもよい。レビー小体型認知症の幻覚・妄想、易刺激性・焦燥性興奮、不安・抑うつ、睡眠障害に対しても、クエチアピンの使用を考慮してもよいと記載されている。

 本ガイドラインでは、抗精神病薬の副作用についても詳細に記載されている。留意点として以下のような項目が記載されている。

・抗精神病薬の併用(2剤以上)は避ける。
・2週間くらいの時間をかけて薬効を評価する。
・常に減量・中止が可能かを検討し、長期使用は避ける。抗精神病薬でBPSDが軽快した場合には、投与開始4ヵ月以内に減量・中止を試みる。

ブレクスピプラゾールへの期待

 2024年9月、ブレクスピプラゾールは「アルツハイマー型認知症に伴う焦燥感、易刺激性、興奮に起因する過活動又は攻撃的言動」に対し、国内で初めて効能・効果を取得した。

対象:易刺激性・焦燥性興奮といった内的な不穏を背景とする攻撃的言動に適応となる。単なる徘徊や、これらを伴わない幻覚・妄想は適応外である。
有効性:国内第II/III相試験(BRIDGE試験)において、CMAIスコア(アジテーション指標)を有意に改善させた。
安全性:錐体外路症状などの副作用リスクは比較的低いとされるが、他の抗精神病薬と同様に、傾眠、運動緩慢、流涎過多などへの注意は必要である。

 本ガイドライン改訂を受けて、大塚製薬主催で6月23日に開催されたプレスセミナーにて、新井氏は自ら経験した症例として「夫婦間で、妻の妄想から暴言・暴力に発展したケース」を紹介した。ブレクスピプラゾールの投与によって症状が落ち着き、夫婦関係も良好になったことを挙げ、本剤が患者の在宅生活の継続に寄与する可能性を示唆した。

 新井氏は、「ガイドラインが改訂され、治療アルゴリズムや薬剤の位置づけが明確化された。これらの情報が広くかかりつけ医・認知症サポート医に普及することで、より適切なBPSD診療が実現し、本人のQOL向上や介護負担の軽減といった社会的課題の解決につながることが期待される」と結んだ。

(ケアネット 古賀 公子)