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地震で多発するクラッシュ症候群、現場での初期対応は?クリニックの近くで地震による家屋の倒壊が起き、「30代男性が下敷きになっているが、意識があるから来てほしい」という依頼がありました。すでに救助隊が到着しており、安全を確保したうえで傷病者に接触しました。やや多弁で軽度の興奮状態ですが、会話はでき、指示には従えます。右下肢が瓦礫に挟まれ動けないようですが、疼痛は軽度で、右上肢は動かすことができるため、バイタルサインを測定しました。血圧124/76mmHg、脈拍78bpm、体温35.4度、呼吸数18回/分。既往歴に特記すべきことはなし。救出にはまだ時間がかかる見込みで、20Gで静脈ルートを確保しました。どのような輸液を行えばよいでしょうか?クラッシュ症候群とは:「Smiling Death」のメカニズムクラッシュ症候群は、直前まで会話をしていたのに、救出後急に反応がなくなる患者がいることから、「Smiling Death」とも呼ばれます。ご存じのように、メカニズムは、圧迫が解除され圧座されていた部分に血液が流れることにより起きる広義の虚血再灌流障害です。挫滅した筋肉の細胞から大量のミオグロビン・カリウム・乳酸などが血流に乗って全身に流れると、高濃度のミオグロビンは腎臓の尿細管に障害を起こすことで、急性腎障害を引き起こします。高濃度のカリウムは心室細動などの致死性不整脈を引き起こします。虚血にさらされた部分では、血管内皮細胞が障害を受け、血管透過性が亢進することから、著明な浮腫が起こります1)。典型的な症状は、損傷した四肢のひどい腫れ、圧迫された四肢の運動・感覚神経障害、褐色尿(ポートワイン尿)ですが、血圧低下やショックを呈することもあります。阪神淡路大震災では、372例がクラッシュ症候群と診断され、そのうち約半数の傷病者が急性腎障害となり、多くが人工透析を必要としました。クラッシュ症候群の約13%に当たる50例が死亡しています。CPKの値が重症度と相関するようです。報告例も多く、広く認識された病態です2,3)。救出時の対応:輸液プロトコルクラッシュ症候群が疑われる場合には、現場でしっかり輸液を行うことが推奨されています4,5)。挫滅されてから少なくとも6時間以内に、尿を1時間に300mL出すことを目標に「クラッシュ症候群カクテル」が考案され、1,000mLの生理食塩水に40mEqの炭酸水素ナトリウム(8.4% 40mL)と20%マンニトールを50mL加え、これを急速輸液することが提唱されていました。しかし、最近はマンニトールは「乏尿」「循環血液量低下」のある症例ではむしろ害となりうるため、使用は尿量が十分に確保されてからに限定すべきとされています6)。炭酸水素ナトリウムは、血液をアルカリ性にする目的で使用します。血中の水素イオン(H+)が減少することでカリウムイオン(K+)が細胞内に取り込まれ、結果として血清カリウム濃度を低下させます。圧迫解除後に突如心停止に至ることがあるため、事前にAEDを準備しておくことで即座に電気的除細動を行えます。災害時マニュアルやDMAT(災害派遣医療チーム)などでも、クラッシュ症候群の圧迫解除前にAEDや除細動器を準備することが推奨されています。救出後は速やかに病院搬送を試みます。心電図を装着し、P波の消失またはQRS幅の増大が認められる場合は、高カリウム血症による心筋への影響に拮抗する10%グルコン酸カルシウム10~20mLを5~10分かけて静脈内投与します。ちなみに、この患者さんは8時間後に救出され、救護所に搬送されました。下肢に変形はなく、右大腿に発赤や水泡は認められず、軽度の腫脹はあるものの疼痛の訴えはありませんでしたが、患肢の運動麻痺と知覚鈍麻を認めたとのことでした。クラッシュ症候群の疑いがあるとのことで、その後速やかに広域搬送され、ICUで人工透析を受け、救命され社会復帰されたそうです。当科に来てくださっている稲葉 基高先生も、能登半島地震で高齢のクラッシュ症候群患者に対応していますが、この患者さんは不幸にも1ヵ月後に亡くなっています7)。能登半島地震でのクラッシュ症候群の患者さん救出の様子写真提供:稲葉 基高氏 1) Sever MS, et al. Management of crush-related injuries after disasters. N Engl J Med. 2006;354:1052-1063. 2) Oda J, et al. Analysis of 372 patients with Crush syndrome caused by the Hanshin-Awaji earthquake. J Trauma. 1997;42:470-475; discussion 475-476. 3) Genthon A, et al. Crush syndrome: a case report and review of the literature. J Emerg Med. 2014;46:313-319. 4) Usuda D, et al. Crush syndrome: a review for prehospital providers and emergency clinicians. J Transl Med. 2023;21:584. 5) Altintepe L, et al. Early and intensive fluid replacement prevents acute renal failure in the crush cases associated with spontaneous collapse of an apartment in Konya. Ren Fail. 2007;29:737-741. 6) Stanley M, et al. Rhabdomyolysis. In: StatPearls [Internet]. Treasure Island (FL): StatPearls Publishing;2025 Jan. 7) Inaba M, et al. Multidisciplinary approach to a 93-year-old survivor with crush syndrome: A 124-h rescue operation after the 2024 Noto Peninsula earthquake. Acute Med Surg. 2024;11:e967.