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地震で多発するクラッシュ症候群、現場での初期対応は?【実例に基づく、明日はわが身の災害医療】第1回

地震で多発するクラッシュ症候群、現場での初期対応は?クリニックの近くで地震による家屋の倒壊が起き、「30代男性が下敷きになっているが、意識があるから来てほしい」という依頼がありました。すでに救助隊が到着しており、安全を確保したうえで傷病者に接触しました。やや多弁で軽度の興奮状態ですが、会話はでき、指示には従えます。右下肢が瓦礫に挟まれ動けないようですが、疼痛は軽度で、右上肢は動かすことができるため、バイタルサインを測定しました。血圧124/76mmHg、脈拍78bpm、体温35.4度、呼吸数18回/分。既往歴に特記すべきことはなし。救出にはまだ時間がかかる見込みで、20Gで静脈ルートを確保しました。どのような輸液を行えばよいでしょうか?クラッシュ症候群とは:「Smiling Death」のメカニズムクラッシュ症候群は、直前まで会話をしていたのに、救出後急に反応がなくなる患者がいることから、「Smiling Death」とも呼ばれます。ご存じのように、メカニズムは、圧迫が解除され圧座されていた部分に血液が流れることにより起きる広義の虚血再灌流障害です。挫滅した筋肉の細胞から大量のミオグロビン・カリウム・乳酸などが血流に乗って全身に流れると、高濃度のミオグロビンは腎臓の尿細管に障害を起こすことで、急性腎障害を引き起こします。高濃度のカリウムは心室細動などの致死性不整脈を引き起こします。虚血にさらされた部分では、血管内皮細胞が障害を受け、血管透過性が亢進することから、著明な浮腫が起こります1)。典型的な症状は、損傷した四肢のひどい腫れ、圧迫された四肢の運動・感覚神経障害、褐色尿(ポートワイン尿)ですが、血圧低下やショックを呈することもあります。阪神淡路大震災では、372例がクラッシュ症候群と診断され、そのうち約半数の傷病者が急性腎障害となり、多くが人工透析を必要としました。クラッシュ症候群の約13%に当たる50例が死亡しています。CPKの値が重症度と相関するようです。報告例も多く、広く認識された病態です2,3)。救出時の対応:輸液プロトコルクラッシュ症候群が疑われる場合には、現場でしっかり輸液を行うことが推奨されています4,5)。挫滅されてから少なくとも6時間以内に、尿を1時間に300mL出すことを目標に「クラッシュ症候群カクテル」が考案され、1,000mLの生理食塩水に40mEqの炭酸水素ナトリウム(8.4% 40mL)と20%マンニトールを50mL加え、これを急速輸液することが提唱されていました。しかし、最近はマンニトールは「乏尿」「循環血液量低下」のある症例ではむしろ害となりうるため、使用は尿量が十分に確保されてからに限定すべきとされています6)。炭酸水素ナトリウムは、血液をアルカリ性にする目的で使用します。血中の水素イオン(H+)が減少することでカリウムイオン(K+)が細胞内に取り込まれ、結果として血清カリウム濃度を低下させます。圧迫解除後に突如心停止に至ることがあるため、事前にAEDを準備しておくことで即座に電気的除細動を行えます。災害時マニュアルやDMAT(災害派遣医療チーム)などでも、クラッシュ症候群の圧迫解除前にAEDや除細動器を準備することが推奨されています。救出後は速やかに病院搬送を試みます。心電図を装着し、P波の消失またはQRS幅の増大が認められる場合は、高カリウム血症による心筋への影響に拮抗する10%グルコン酸カルシウム10~20mLを5~10分かけて静脈内投与します。ちなみに、この患者さんは8時間後に救出され、救護所に搬送されました。下肢に変形はなく、右大腿に発赤や水泡は認められず、軽度の腫脹はあるものの疼痛の訴えはありませんでしたが、患肢の運動麻痺と知覚鈍麻を認めたとのことでした。クラッシュ症候群の疑いがあるとのことで、その後速やかに広域搬送され、ICUで人工透析を受け、救命され社会復帰されたそうです。当科に来てくださっている稲葉 基高先生も、能登半島地震で高齢のクラッシュ症候群患者に対応していますが、この患者さんは不幸にも1ヵ月後に亡くなっています7)。能登半島地震でのクラッシュ症候群の患者さん救出の様子写真提供:稲葉 基高氏 1) Sever MS, et al. Management of crush-related injuries after disasters. N Engl J Med. 2006;354:1052-1063. 2) Oda J, et al. Analysis of 372 patients with Crush syndrome caused by the Hanshin-Awaji earthquake. J Trauma. 1997;42:470-475; discussion 475-476. 3) Genthon A, et al. Crush syndrome: a case report and review of the literature. J Emerg Med. 2014;46:313-319. 4) Usuda D, et al. Crush syndrome: a review for prehospital providers and emergency clinicians. J Transl Med. 2023;21:584. 5) Altintepe L, et al. Early and intensive fluid replacement prevents acute renal failure in the crush cases associated with spontaneous collapse of an apartment in Konya. Ren Fail. 2007;29:737-741. 6) Stanley M, et al. Rhabdomyolysis. In: StatPearls [Internet]. Treasure Island (FL): StatPearls Publishing;2025 Jan. 7) Inaba M, et al. Multidisciplinary approach to a 93-year-old survivor with crush syndrome: A 124-h rescue operation after the 2024 Noto Peninsula earthquake. Acute Med Surg. 2024;11:e967.

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第17回 米国10代で肥満症治療薬「セマグルチド」使用が50%急増、期待と懸念が交錯

アメリカの若者の間で深刻化する肥満。この問題に対し、新しい治療の選択肢として登場したGLP-1受容体作動薬の肥満症治療薬セマグルチド(商品名:ウゴービ[Wegovy])の使用が、10代の若者たちの間で急増しています。ロイター通信が報じた最新のデータによると、その使用率は昨年1年間で50%増加しました1)。これは、長年有効な対策が限られていた若年層の肥満治療における大きな転換点であると同時に、専門家の間では期待と懸念の意見が交錯しています。深刻化する肥満と「最後の手段」としての新薬このニュースの背景には、米国の若者をめぐる深刻な健康問題があります。現在、米国の12~19歳の約23%、約800万人が肥満であるとされ、この割合は1980年の5%から大幅に増加しています。肥満は将来の糖尿病や心臓病のリスクを高めるため、長年、食事療法や運動といったライフスタイルの改善が推奨されてきましたが、それだけでは効果が不十分なケースが少なくありませんでした。こうした状況の中、製薬大手ノボ ノルディスク ファーマの開発したセマグルチドが、2022年後半に12歳以上の青少年への使用を承認されました。この薬には強力に食欲を抑える効果があり、臨床試験で高い有効性が示されています。米国小児科学会(AAP)も2023年1月に、12歳以上の肥満の子供に対し、生活習慣の改善と並行して減量薬を使用することを推奨するガイドラインを発表しています2)。こうした流れが、医師や患者家族の間でセマグルチドに対する信頼感を高め、使用の拡大につながったとみられています。50%増でも「氷山の一角」、使用率が示す現実ロイターが報じた分析によれば、セマグルチドの処方率は2023年の青少年10万人当たり9.9件だったのが、昨年(2024年)には14.8件と50%増加し、今年(2025年)の最初の3ヵ月では17.3件にまで伸びています。このデータは、全米130万人の12~17歳の電子カルテを分析したものです。しかし、この数字はまだ「氷山の一角」にすぎないという指摘もあります。実際、肥満の青少年は10万人当たり推定2万人いるとされており3)、現在の処方率はそのごくわずかにすぎません。残る長期的な安全性への懸念使用が拡大する一方で、懸念の声も上がっているのは事実です。とくに、体の発達において重要な時期にある青少年への長期的な影響については、まだデータが十分ではないという懸念です。また、これらの薬は使用を中止すると体重が元に戻る可能性があり、長期にわたって使い続ける必要があるかもしれないという課題も指摘されています。製造元のノボ ノルディスク ファーマは、臨床試験においてセマグルチドが「成長や思春期の発達に影響を与えるようにはみえなかった」として、その安全性と有効性に自信を示していますが、十分なエビデンスがあるとはいえません。確かにセマグルチドの登場は、これまで有効な手段が乏しかった青少年の肥満治療に大きな希望をもたらしています。しかし一方で、長期的な安全性や費用、そして「痩せ薬」として安易に使用されている現状への懸念など、社会が向き合うべき課題は少なくありません。この新しい治療法が、今後どのように若者たちの健康に影響を与えるのか、慎重に見守っていく必要があるでしょう。 参考文献・参考サイト 1) Terhune C, et al. Wegovy use among US teens up 50% as obesity crisis worsens. Reuters. 2025 Jun 4. 2) Hampl SE, et al. Clinical Practice Guideline for the Evaluation and Treatment of Children and Adolescents With Obesity. Pediatrics. 2023;151:e2022060640. 3) CDC. Childhood Obesity Facts. 2024 Apr 2.

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第272回 悪名高きピロリ菌の有益なアミロイド疾患防御作用を発見

悪名高きピロリ菌の有益なアミロイド疾患防御作用を発見ピロリ菌は身を寄せる胃の上皮細胞にIV型分泌装置を使って毒素を注入します。CagAという名のその毒素の意外にも有益な作用をカロリンスカ研究所主体のチームが発見しました1-3)。その作用とはタンパク質の凝集によるアミロイドの形成を阻止する働きです。アミロイドはアルツハイマー病、パーキンソン病、2型糖尿病、細菌感染などの数々の疾患と関連します。CagAはそれらアミロイド関連疾患の治療手段として活用できるかもしれません。ピロリ菌が住まうヒトの胃腸は清濁入り交じる細菌のるつぼです。消化や免疫反応促進で不可欠な役割を担うヒトに寄り添う味方がいる一方で、胃腸疾患や果ては精神不調をも含む数多の不調を引き起こしうる招かれざる客も居着いています。ピロリ菌は世界の半数ほどのヒトの胃の内側に張り付いており、悪くすると胃潰瘍や胃がんを引き起こします。腸の微生物に手出しし、細菌の代謝産物の生成を変える働きも知られています。ピロリ菌がヒトに有害なことはおよそ当たり前ですが、カロリンスカ研究所のチームが発見したCagAの新たな取り柄のおかげでピロリ菌を見る目が変わるかもしれません。ピロリ菌はCagAを細胞に注入してそれら細胞の増殖、運動、秩序を妨害します。ヒト細胞内でCagAはプロテアーゼで切断され、N末端側断片と病原性伝達に寄与するC末端側断片に分かれます。カロリンスカ研究所のGefei Chen氏らは構造や機能の多さに基づいてN末端側断片(CagAN)に着目しました。大腸菌や緑膿菌などの細菌が作るバイオフィルムは宿主の免疫細胞、抗菌薬、他の細菌を寄せ付けないようにする働きがあります。バイオフィルムは細菌が分泌したタンパク質がアミロイド状態になったものを含みます。ピロリ菌は腸内細菌の組成や量を変えうることが知られます。その現象は今回の研究で新たに判明したCagANのバイオフィルム形成阻止作用に起因しているのかもしれません。緑膿菌とCagANを一緒にしたところ、バイオフィルム形成が激減しました3)。アミロイド線維をより作るようにした緑膿菌のバイオフィルム形成もCagANは同様に阻止しました。CagANの作用は広範囲に及び、細菌のアミロイドの量を減らし、その凝集を遅らせ、細菌の動きを鈍くしました。ピロリ菌で腸内細菌が動揺するのは、ピロリ菌の近くの細菌がCagANのバイオフィルム形成阻止のせいで腸内の殺菌成分により付け入られて弱ってしまうことに起因するかもしれないと著者は考えています1)。バイオフィルムを支えるアミロイドは細菌の生存を助けますが、ヒトなどの哺乳類の臓器でのアミロイド蓄積は種々の疾患と関連します。病的なアミロイド線維を形成するタンパク質は疾患ごとに異なります。たとえばアルツハイマー病ではアミロイドβ(Aβ)やタウ、パーキンソン病ではαシヌクレイン、2型糖尿病は膵島アミロイドポリペプチドがそれら疾患と関連するアミロイド線維を形成します。CagANはそれらのタンパク質のどれもアミロイド線維を形成できないようにする働きがあり、どうやらタンパク質の大きさや電荷の差をものともせずアミロイド形成を阻止しうるようです。Googleの人工知能(AI)AlphaFold 3を使って解析したところ、CagANを構成する3区画の1つであるDomain IIがアミロイド凝集との強力な結合相手と示唆されました。Domain IIを人工的に作って試したところ、アルツハイマー病と関連するAβのアミロイド線維形成がきっちり阻止されました。アミロイド混じりのバイオフィルムを作る薬剤耐性細菌感染やアミロイド蓄積疾患は人々の健康に大きな負担を強いています。今回の研究で見出されたCagANの取り柄がそれら疾患の新たな治療法開発の足がかりとなることをChen氏らは期待しています2,3)。 参考 1) Jin Z, et al. Sci Adv. 2025;11:eads7525. 2) Protein from bacteria appears to slow the progression of Alzheimer's disease / Karolinska Institutet 3) A Gut Pathogen’s Unexpected Weapon Against Amyloid Diseases / TheScientist

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ASCO2025 レポート 消化器がん

レポーター紹介2025年5月30日~6月3日に、米国臨床腫瘍学会年次総会(2025 ASCO Annual Meeting)が米国・シカゴで開催され、後の実臨床を変えうる注目演題が複数報告された。高知大学の佐竹 悠良氏が消化器がん領域における重要演題をピックアップし、結果を解説する。胃がんMATTERHORN試験:周術期FLOTにおけるデュルバルマブ追加の意義(LBA5)切除可能II~IVA期の胃がん・食道胃接合部腺がんを対象に、欧米における標準治療である周術期FLOT(フルオロウラシル、ロイコボリン、オキサリプラチン、ドセタキセル)療法に対する抗PD-L1抗体であるデュルバルマブ追加(D-FLOT療法)の有用性を検証したMATTERHORN試験。D-FLOT療法により病理学的完全奏効の改善がすでにESMO2023で報告され(19%vs.7%、オッズ比:3.08、p<0.00001)、主要評価項目である無イベント生存期間(EFS)における統計学的優越性もプレスリリースされていたが、今回学会にて正式に報告され、同時にNEJM誌でpublishされた。患者は術前・術後に2サイクルずつFLOT療法+プラセボもしくはD-FLOT療法を受け、その後プラセボもしくはデュルバルマブを10サイクル(術後補助化学療法として1年間)受けた。主要評価項目のEFS中央値はD-FLOT群未到達vs.プラセボ群32.8ヵ月であり、統計学的優越性を示した(ハザード比[HR]:0.71、95%信頼区間[CI]:0.58~0.86、p<0.001)。24ヵ月EFS率はD-FLOT群67%vs.プラセボ群59%であった(観察期間中央値:D-FLOT群31.6ヵ月vs.プラセボ群31.4ヵ月)。副次評価項目である全生存期間(OS)においても改善傾向(HR:0.78、95%CI:0.62~0.97、p=0.025)がみられたが、現時点では統計学的有意差には至っていない(観察期間中央値:D-FLOT群34.6ヵ月vs.プラセボ群34.6ヵ月)。免疫介在性有害事象はGrade3/4をD-FLOT群7%vs.プラセボ群4%に認めた。胃がん周術期治療における免疫チェックポイント阻害薬(ICI)は、KEYNOTE-585試験およびATTRACTION-5試験において有意な結果を示すことができなかったが、本試験において主要評価項目であるEFSでの有意な改善を認め、今後の標準治療となることが見込まれる。一方、本邦では周術期FLOT療法の経験は十分とは言えず、大型3/4型胃がんに対する術前FLOT療法およびDOS(ドセタキセル+オキサリプラチン+S-1)療法を検討する第II相試験であるJCOG2204が進行中であり、結果が期待される。DESTINY-Gastric04試験:HER2陽性胃がんの2次治療におけるT-DXdの有効性を確立(LBA4002)HER2陽性(IHC3+またはIHC2+/ISH+)の進行・再発胃がんまたは食道胃接合部腺がんに対し、抗HER2抗体薬物複合体(ADC)であるトラスツズマブ デルクステカン(T-DXd、6.4mg/kgを3週ごと)が、現在の標準2次治療であるラムシルマブ+パクリタキセル併用(RAM+PTX)療法と比較してOSを有意に延長することが国立がん研究センター東病院の設楽 紘平氏から報告され、こちらも同時にNEJM誌でpublishされた。本試験は前治療のトラスツズマブ不応後の生検によるHER2陽性例が対象であり、1,088例に腫瘍組織検体スクリーニングが実施され、450例(41%)は組織スクリーニングで脱落し、最終的に494例が1:1に割り付けされた。前治療としてICIの投与歴がある患者は両群ともに15%程度であり、後治療として抗HER2治療を受けた割合はT-DXd群3.2%vs.RAM+PTX療法群25.8%であった。主要評価項目のOS中央値は、T-DXd群14.7ヵ月vs.RAM+PTX療法群11.4ヵ月であり、統計学的優越性を示した(HR:0.70、p=0.0044)。副次評価項目の無増悪生存期間(PFS)および奏効率(ORR)においてもT-DXd群で有意に改善を示した(PFS中央値:6.7ヵ月vs.5.6ヵ月、HR:0.74、p=0.0074、ORR:44.3%vs.9.1%、p=0.0006)。Grade3以上の薬剤関連有害事象の割合も両群で同等であった(T-DXd群50.0%vs.RAM+PTX療法群54.1%)。ただし、間質性肺疾患はT-DXd群で13.9%(Grade3は1例のみ、0.4%)と、重篤例は多くないものの注意が必要である。今後、HER2陽性かつCPS陽性の進行・再発胃がんに対しては、KEYNOTE-811試験の結果から初回治療よりペムブロリズマブ併用が見込まれるが、本試験のサブグループ解析においては前治療ICI投与の有無にかかわらず、一貫してT-DXdによる生存改善傾向を認めており、HER2陽性胃がんにおける2次治療としてT-DXdが今後の標準治療の位置付けとされた。一方、本結果は試験組み入れ時のHER2再確認(再生検)により結果が導かれているが、40%前後は前治療不応時にHER2 lossが生じている可能性が示唆された。大腸がんATOMIC試験:StageIII dMMR大腸がん術後補助療法におけるアテゾリズマブ追加の意義(LBA1)StageIIIのdMMR結腸がんに対する術後補助療法として、mFOLFOX6化学療法にPD-L1阻害薬であるアテゾリズマブを追加することで、無病生存期間(DFS)を有意に延長することが国際第III相試験ATOMIC試験により示された。試験治療群は術後補助化学療法としてmFOLFOX6+アテゾリズマブ併用療法を6ヵ月受けた後にアテゾリズマブ単剤を6ヵ月(計12ヵ月)投与され、対照群はmFOLFOX6療法を6ヵ月投与された。主要評価項目である3年DFS率はアテゾリズマブ併用群86.4%vs.対照群76.6%(HR:0.50、95%CI:0.34~0.72、p<0.0001)であり、統計学的有意差を認めた。Grade3/4の治療関連有害事象(TRAE)は併用群72.3%vs.対照群59.2%とアテゾリズマブ併用群でやや多く、免疫関連有害事象として高血糖や甲状腺機能低下、大腸炎に伴う下痢や皮膚炎を認めたが、重篤なものは少なかった。本試験により、StageIIIのdMMR結腸がんにおいて術後免疫療法導入が長期予後を改善することが明らかとなり、補助療法の新たな標準となる可能性を示した。現在、本邦を含め切除可能なStage IIIまたはT4N0のdMMR/MSI‑High陽性結腸がん患者に対する周術期dostarlimabの有効性を検証する第III相試験であるAZUR-2試験が進行中である。同薬剤はすでに直腸がん領域で良好な有効性が確認されており、新しい治療ストラテジー確立が期待される。BREAKWATER試験:BRAF V600E変異陽性大腸がんに対する1次治療としてのEC+mFOLFOX6併用療法(#3500)進行・未治療のBRAF V600E変異陽性大腸がん患者を対象に、BRAF阻害薬エンコラフェニブ(E)+抗EGFR抗体セツキシマブ(C)に化学療法(mFOLFOX6)を加えた3剤併用療法(EC+mFOLFOX6)の標準治療(FOLFOX/FOLFOXIRI/CAPOX±BEV)に対するORRおよびOS(初回中間解析)における良好な結果は、一足先にASCO-GI 2025で発表されていたが、今回主要評価項目の1つであるPFSの結果が報告され、PFS、ORR、OSにおける改善が明らかとなり、同時にNEJM誌でpublishされた。主要評価項目であるPFS中央値はEC+mFOLFOX6群12.8ヵ月vs.標準治療群7.1ヵ月であり、統計学的優越性を示した(HR:0.53、95%CI:0.407~0.677、p<0.0001)。OS中央値(2回目の中間解析)はEC+mFOLFOX6群30.3ヵ月vs.標準治療群15.1ヵ月(HR:0.49、p<0.0001)だった。もう1つの主要評価項目であるORRの追加報告もあり、EC+mFOLFOX6群65.7%vs.EC群45.6%vs.標準治療群37.4%と良好であった。TRAE(Grade3/4)はEC+mFOLFOX6群76.3%vs.EC群15.7%vs.標準治療群58.5%であり、関節痛(29%)、皮疹(29%)に注意が必要である。本試験により、BRAF V600E変異大腸がんの1次治療として、EC+mFOLFOX6が新たな標準と位置付けられた。また、EC療法はmFOLFOX6療法などの抗がん剤治療が適応とならないフレイル症例に対する治療選択肢となる可能性が示唆された。AGITG DYNAMIC-III試験:術後ctDNA陽性は高リスク再発マーカー(#3503)術後StageIII結腸がん患者を対象に、circulating tumor DNA(ctDNA)の有無による再発リスクを評価した第II/III相試験であるDYNAMIC-III試験において、ctDNA陽性が強力な再発予測因子であることが示された。StageIII結腸がん患者を対象に術後4週時点でctDNAを評価し、ctDNA結果に基づいたマネジメント群(ctDNA-informed群、ctDNA陰性例ではde-escalation、ctDNA陽性はescalation[より強力な術後補助療法]を実施)と標準マネジメント群(主治医選択によるマネジメント、ctDNA結果は盲検)に無作為化して割り付けされた。全体で1,002例が登録され、それぞれctDNA-informed群502例vs.標準マネジメント群500例に割り付けられ、ctDNA陽性は各群129例(27%)vs.130例(27%)であった。ctDNA陽性例のうち、ctDNA-informed escalation群では3ヵ月以上のFOLFOXIRI実施が50%、6ヵ月のオキサリプラチンダブレット(FOLFOX/CAPOX)が44%に実施され、一方の標準マネジメント群では3ヵ月FOLFOX/CAPOXが45%、6ヵ月FOLFOX/CAPOXが41%に術後補助療法として実施された。3年無再発生存期間はctDNA-informed escalation群48%vs.標準マネジメント群52%であり、ctDNA結果に基づいた術後補助化学療法強化による再発抑制改善は認めなかった(HR:1.11、p=0.57)。後解析としてFOLFOXIRIとFOLFOX/CAPOXの無再発生存比較がなされたが、差を認めず(HR:1.09、p=0.662)、ctDNAクリアランス割合も同等であった(60%vs.62%)。術後補助化学療法終了時点におけるctDNAクリアランスの有無(HR:11.1)および術後ctDNA測定時のctDNA量が再発と相関することが示唆された(p<0.001)。既報と同様に、術後ctDNA検査のバイオマーカーとしての有用性および術後ctDNA量と再発リスクとの相関やctDNA陽性例に対する術後補助化学療法によるctDNAクリアランスの重要性が報告された。一方で、 ctDNA陽性例に対してはオキサリプラチン併用レジメンからFOLFOXIRIへの治療強化では不十分である可能性も示唆され、今後さらなる治療開発の必要性が示唆された。本邦における臨床実装が待たれる。NCCTG N0147後方解析:ctDNAによるMRD評価が術後再発リスクを鋭敏に予測(#3504)術後StageIII結腸がんに対する術後補助FOLFOX±セツキシマブを検証した第III相試験であるNCCTG N0147試験におけるctDNAの後解析により、ctDNA評価は再発リスクを高精度に層別化できることが明らかとなった。術後補助療法開始前10週以内に血漿ctDNAをGuardant Reveal/Guardant360で測定(中央値42日)。 ctDNAは20.4%で検出可能であり、より進行例(T/Nステージ)やBRAF変異例、閉塞例や穿孔例などの術後再発高リスク例において検出されることが示唆された。ctDNA陽性例は陰性例に比し、DFS、OSともに大きく劣っていた(DFS-HR:3.74、p<0.0001、OS-HR:3.17、p<0.001)。一般的に術後予後良好とされているdMMR症例においても、ctDNA陽性例はpMMR例と比較してもDFSおよびOSが不良であった(DFS-HR:1.54、p=0.0114、OS-HR:1.77、p=0.0026)。術後病理評価による再発リスクとctDNA検出の有無による層別化ならびにctDNA検出量とDFSの相関性も示唆された。既報と同様に、術後ctDNA MRD評価の有用性が再確認され、早期の再発予測や治療強度決定に活用できる可能性を示した。TRIPLETE試験:初回治療でのmFOLFOXIRI+パニツムマブがOSを有意に延長(#3512)切除不能なRAS/BRAF野生型転移を有する大腸がん(mCRC)初回治療において、mFOLFOX+パニツムマブに対しmFOLFOXIRI+パニツムマブは、主要評価項目のORRおよびPFSは改善を認めないことがすでに報告されていた。一方、本邦で実施されたJACCRO CC-13(DEEPER試験)においては、RAS/BRAF野生型かつ左側原発例においてmFOLFOXIRI+セツキシマブ療法のmFOLFOXIRI+BEVに対する治療成績改善が示唆されていた。今回TRIPLETE試験におけるOSが報告され、mFOLFOXIRI+パニツムマブによる有意な生存期間延長が報告された(観察期間中央値:60.2ヵ月)。OS中央値はmFOLFOXIRI+パニツムマブ群41.1ヵ月vs.mFOLFOX6+パニツムマブ群33.3ヵ月であり、有意に改善を認めた(HR:0.79、95%CI:0.63~0.99、p=0.049)。一方で、アップデートされたORRやPFS、奏効期間(DoR)、早期腫瘍縮小(ETS)およびR0切除割合は群間差を認めなかった。PPS(病勢進行後生存)はmFOLFOXIRI群で有意に延長(HR:0.73、p=0.012)しており、OS延長の主因と考えられた。トリプレット+抗EGFR抗体はDEEPER試験と同様にTRIPLETE試験でも、標準治療に対する良好な生存延長効果が示唆され、RAS/BRAF野生型mCRCの治療戦略においてトリプレット療法を選択肢の1つとして再評価する根拠と考えられる。ただし、PFSやORRに差がなかったことから、有効性の本質はPPSの改善に依存している可能性があり、治療強度と毒性のバランスに配慮した個別化治療が求められる。胆道がんGAIN試験:胆道がんに対する周術期GC療法の有効性が示唆(#4008)切除可能局所進行胆道がんに対して、本邦ではASCOT試験により切除後のS-1補助化学療法が標準治療とされているが、今回ドイツより術前・術後にゲムシタビン+シスプラチン(GC)を用いた周術期治療が、標準治療(手術+術後補助療法)と比較してOSおよびEFS、R0切除率を大きく改善する可能性が報告された。ドイツの21施設による第III相試験であり、登録数不足により68例の登録時点で早期終了となった。NEO群(周術期GC群)は術前GC 3サイクル後に切除がなされ、その後3サイクルの術後補助GC療法がプロトコール治療として規定されており、標準治療群は切除後に術後補助化学療法24週(主治医選択)が規定されていた。早期中止のためNEO群(32例)、標準治療群(30例)での報告。NEO群の術前GC療法平均投与コース数は2.8サイクルだが、術後補助療法の平均投与コース数は1.4サイクルであった。一方の標準治療群における術後補助療法はカペシタビン20%、ゲムシタビン3.3%、GC療法3.3%であった。OS中央値はNEO群(周術期GC群)27.8ヵ月vs.標準治療群14.6ヵ月と周術期GC療法による良好な結果が示唆された(HR:0.463、95%CI:0.222~0.964、p=0.0395)。 EFS(HR:0.351、p=0.0047)や R0切除率(NEO群83.3%vs.標準治療群40.0%)も大きな差を認めた。本試験は登録数の制限から統計的限界があるものの、術前GC療法が切除率や生存期間の向上に寄与しうる可能性を示した点で意義深く、今後の大規模前向き試験の展開が強く期待される。一方で現在、本邦では進行・再発胆道がんに対してGC+S-1(GCS)療法とGC+ICI併用療法の治療効果を検討するKHBO2201-YOTSUBA試験が進行中であり、周術期治療への応用が期待される。膵がんPANOVA-3試験:切除不能局所進行膵がんにおける腫瘍治療電場(TTFields)の有効性と安全性(LBA4005)切除不能局所進行膵腺がん(LA-PAC)に対する新たな治療戦略として、腫瘍治療電場(Tumor Treating Fields:TTFields)の有効性が注目を集めた。PANOVA-3試験は、TTFieldsをGEM+nab-PTX(GnP)に追加することで、標準治療単独(GnP)と比較し全生存期間(OS)を有意に延長することを示した初の第III相試験である。本試験は本邦を含む20ヵ国198施設、571例を対象に1対1に割り付けて実施。主要評価項目であるOS中央値はTTFields群16.2ヵ月vs.GnP群14.2ヵ月であり、優越性を示した(HR:0.82、95%CI:0.68~0.99、p=0.039)。副次評価項目では、無痛生存期間(HR:0.74)、遠隔転移PFS(HR:0.74)、QOLにおいてもTTFields群が有意に良好な結果を示した。安全性に関しては、TTFields群で局所の皮膚関連有害事象が多くみられたが、主にGrade1/2で管理可能であり、有害事象でTTFieldsが中止となったのは8.4%であった。TTFieldsは非侵襲的かつ局所的な電場療法であり、がん細胞の分裂阻害効果や抗腫瘍免疫増強効果が報告されている。膠芽腫や悪性胸膜中皮腫・非小細胞肺がんに続く膵がんへの応用が今回初めて本格的に示され、遠隔転移制御効果も示唆された。今後の膵がん治療における集学的治療の一環として、TTFieldsの位置付けが期待される。

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陰茎が3本あった男性【Dr. 倉原の“おどろき”医学論文】第284回

陰茎が3本あった男性三重陰茎症(トリファリア、トリプルペニス)は、3つの明確な陰茎体が存在する、きわめてまれな先天異常です。実は文献上、今回の症例を含めると、これまでにわずか2例しか報告がありません1)。Buchanan J, et al. Triphallia: the first cadaveric description of internal penile triplication: a case report. J Med Case Rep. 2024;18:490.この論文は、献体解剖中に偶然発見された78歳男性の三重陰茎症例について、その解剖学的特徴と臨床的意義について解説しています。症例は78歳の白人男性の献体です。外見上は正常な外性器でしたが、解剖の結果、主要陰茎の背側深部に2つの過剰陰茎が配列しているという解剖学的アノマリーが発見されました。各陰茎体はそれぞれ独自の陰茎海綿体と亀頭を有していました。主要陰茎と第二の陰茎は単一の尿道を共有しており、この尿道は特徴的な蛇行経路を示し、第二陰茎を貫通した後に主要陰茎へと合流していました。合流するんだ…。最も小さな第三の過剰陰茎には尿道様構造は認められませんでした。陰茎の大きさは以下の通りでした:主要陰茎:長さ77mm、幅24mm第二陰茎:長さ38mm、幅13mm第三陰茎:長さ37mm、幅12mm重要な点として、この献体には腎臓、尿管、膀胱、消化管、陰嚢など他の臓器の解剖学的異常は一切認められなかった点です。正常な男性生殖器の発生は、胚発生第4週から始まります。総排泄腔膜周囲の間葉細胞増殖により性器結節が形成され、Y染色体上のSRY遺伝子発現によるテストステロン産生が男性外性器の発達を誘導します。テストステロンは5α-リダクターゼによってジヒドロテストステロンに変換され、これが性器結節と尿生殖洞のアンドロゲン受容体に作用して陰茎の発達を促進します。本症例では、性器結節の三重化があった可能性が考えられます。尿道はもともと第二陰茎で発生したものの、その後発達パターンが変化し、蛇行経路をとって主要陰茎まで伸長したと推測されます。第三陰茎は、三重化した性器結節の遺残と考えられ、尿道形成は不完全なまま終了したと思われます。本症例の特筆すべき点は、患者が78歳まで無症状で過ごし、この解剖学的アノマリーが生前にまったく発見されなかったことです。これは過剰陰茎が陰嚢内に隠れていたためです。ゆえに、実は多陰茎症の実際の有病率は現在理解されているよりも高い可能性があります。これを読んでいる男性読者の中にもおられるかもしれません。生前に尿道カテーテル挿入が必要であった場合、このような症例では手技が困難であった可能性があります。また、過剰な勃起により性交疼痛を経験していた可能性があるかもしれません。1)Jabali SS, Mohammed AA. Triphallia (triple penis), the first reported case in human. Int J Surg Case Rep. 2020;77:198-200.

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HER2+早期乳がん術前療法、de-escalation戦略3試験の統合解析結果/ASCO2025

 HER2陽性(HER2+)早期乳がんに対し、パクリタキセル+抗HER2抗体薬による12週の術前補助療法は有効性と忍容性に優れ、5年生存率も極めて良好であった。さらにStageI~IIの患者においては、ほかの臨床的・分子的因子を考慮したうえで、化学療法省略もしくは抗体薬物複合体(ADC)による治療を考慮できる可能性が示唆された。de-escalation戦略を検討したWest German Study Group(WSG)による3件の無作為化比較試験(ADAPT-HR-/HER2+試験、ADAPT-HR+/HER2+試験、TP-II試験)の統合解析結果を、ドイツ・ハンブルグ大学のMonika Karla Graeser氏が米国臨床腫瘍学会年次総会(2025 ASCO Annual Meeting)で発表した。<各試験の概要>■ADAPT-HR-/HER2+試験(134例)遠隔転移のないHR-/HER2+乳がん患者を対象に、12週間の術前補助療法としてトラスツズマブ+ペルツズマブ(T+P群)、トラスツズマブ+ペルツズマブ+パクリタキセル(T+P+pac群)に5:2の割合で無作為に割り付け■ADAPT-HR+/HER2+試験(375例)遠隔転移のないHR+/HER2+乳がん患者を対象に、12週間の術前補助療法としてトラスツズマブ エムタンシン(T-DM1群)、T-DM1+内分泌療法(T-DM1+ET群)、T+ET群に1:1:1の割合で無作為に割り付け■TP-II試験(207例)遠隔転移のないHR+/HER2+乳がん患者を対象に、12週間の術前補助療法としてT+P+ET群、T+P+pac群に1:1の割合で無作為に割り付け 主要評価項目はいずれも病理学的完全奏効(pCR)で、生存成績は副次評価項目であった。 主な結果は以下のとおり。・3つの試験から計713例のデータが集められ、術前全身化学療法あり(sCTx群)149例、術前全身化学療法なし/ADC(sCTx-free/ADC群)564例であった。・ベースラインの患者特性は、>50歳がsCTx群59.7%vs.sCTx-free/ADC群52.7%、StageI が74.5%vs.76.6%、HR+が71.8%vs.84.3%、cT2~4が56.4%vs.55.1%、cN1~3が28.2%vs.32.1%、Grade3が55.7%vs.74.3%であった。・術後pCR達成症例がsCTx群66.4%vs.sCTx-free/ADC群31.4%、術後化学療法ありが47.1%vs.88.4%であった。・追跡期間中央値60.7ヵ月における生存成績は以下のとおり。[5年無浸潤疾患生存(iDFS)率]sCTx群96.4%vs.sCTx-free/ADC群88.2%(ハザード比[HR]:0.56、95%信頼区間[CI]:0.29~1.08、p=0. 083)[5年全生存(OS)率]97.8%vs.96.8%(HR:0.88、95%CI:0.36~2.11、p=0.775)・pCR達成状況別にみた生存成績は以下のとおり。[5年iDFS率]-pCR例:sCTx群97.8%vs.sCTx-free/ADC群93.7%(HR:0.76、95%CI:0.27~2.12、p=0.609)-non-pCR例:93.3%vs.85.5%(HR:0.77、95%CI:0.31~1.94、p=0.587)[5年OS率]-pCR例:98.9%vs.98.7%(HR:1.10、95%CI:0.28~4.32、p=0.895)-non-pCR例:95.5%vs.95.8%(HR:1.49、95%CI:0.44~5.03、p=0.523)・iDFSと関連する臨床的因子を検討した多変量解析の結果、sCTx群ではpCR([vs.non- pCR]HR:0.14、p=0.013)、sCTx-free/ADC群ではpCR([vs.non- pCR]HR:0.51、p=0.026)、cN1([vs.cN0]HR:2.31、p<0.001)と有意に関連していた。・sCTx-free/ADC群における、pCR後の5年iDFS率に対する術後化学療法実施の有意なベネフィットは確認されなかった(5年iDFS率:術後化学療法あり94.0%vs.なし93.2%、HR:1.25、95%CI:0.39~4.00、p=0.712)。 Graeser氏は、化学療法を省略した術前補助療法群において、pCR達成例で良好な生存成績が得られたことは、さらなるde-escalation戦略検討の基盤となるとし、術前補助療法としてのトラスツズマブ デルクステカン(T-DXd)を評価する現在進行中のADAPT-HER2-IV試験への期待を示した。

7.

定期的な診察で心不全患者の全死亡リスクが低下

 心不全(HF)患者の5人に2人は、心不全の重症度にかかわりなく循環器専門医の診察を定期的に受けていないことが、新たな研究で明らかになった。この研究では、専門医の診察を年に1回受けているHF患者では翌年の死亡リスクが24%低下することも示されたという。ナンシー大学病院(フランス)臨床研究センターのGuillaume Baudry氏らによるこの研究結果は、「European Heart Journal」に5月18日掲載された。 HFとは、心臓のポンプ機能が低下し、体が必要とする酸素や栄養を十分に送り届けられない状態を指す。Baudry氏は、「通常、HFを治すことはできないが、適切な治療を行えば症状を何年もコントロールできることが多い」と欧州心臓学会(ESC)のニュースリリースの中で述べている。 この研究では、HF患者の予後と管理を、利尿薬の使用およびHFによる入院歴(HF hospitalization;HFH)という基準で分類して調査した。対象は、過去5年間にHFの診断を受け2020年1月時点で生存が確認されたフランスのHF患者65万5,919人(年齢中央値80歳、女性48%)。これらの患者は、1)過去1年以内のHFHあり(20.4%)、2)1〜5年前にHFHあり(27.6%)、3)HFHはないがループ利尿薬の使用あり(28.3%)、4)HFHもループ利尿薬の使用もない(23.7%)、の4群に分類された。予後の指標は、全死亡、HFH、および両者の複合アウトカムとし、期間は2020年1月1日から2022年12月31日までの間とした。 その結果、2020年に循環器専門医の診察を受けた対象者の割合は59%にとどまることが明らかになった。診察を受けた割合と診察回数(中央値2回)は、4群間で似通っていた。全死亡リスクは、「HFHもループ利尿薬の使用もない」群と比較して、「HFHはないがループ利尿薬の使用あり」群で1.61倍、「1〜5年前にHFHあり」群で1.83倍、「過去1年以内のHFHあり」群で2.32倍であった。HFHリスクと複合アウトカム(HFHまたは全死亡)のリスクについても同様の傾向が見られた。 また、全死亡リスクは、2019年に循環器専門医の診察を受けなかった群を基準とした場合、1回の受診で24%、2~3回の受診で31%、4回以上の受診で38%の低下という具合に、受診回数が増えるほど有意に低下した。一方で、HFHリスクは、受診回数が増えてもわずかに上昇する傾向を示した(調整ハザード比1.01~1.04)。循環器専門医を1回受診した場合と受診しなかった場合の1年間の全死亡リスクの差(絶対リスク差)は、4群間でおおむね一貫しており、「HFHもループ利尿薬の使用もない」群の6.3%から「1〜5年前にHFHあり」群の9.2%までの範囲だった。 Baudry氏は、「本研究結果は、臨床的に安定して見えるHF患者においても、専門医によるフォローアップが潜在的に重要であることを浮き彫りにしている。特に、最近入院していた患者や利尿薬を使用している患者は、循環器専門医の診察を受けることを積極的に考慮してほしい」と述べている。 論文の上席著者であるナンシー大学病院のNicolas Girerd氏は、「HF患者が循環器専門医の診察を受けない理由はいくつも考えられる。本研究では、例えば、高齢者や女性、糖尿病や肺疾患といった他の慢性疾患を抱える患者は、専門医の診察を受ける可能性が低いことが示された。こうした違いは世界中の多くの国で確認されている」とニュースリリースの中で述べている。

8.

HER2+乳がん術前療法、THP vs.TCHP(neoCARHP)/ASCO2025

 HER2+の早期乳がんの術前療法として、タキサン系薬+トラスツズマブ+ペルツズマブ併用療法(THP)と、カルボプラチンを追加したタキサン系薬+カルボプラチン+トラスツズマブ+ペルツズマブ併用療法(TCHP)の有効性と安全性を比較した第III相neoCARHP試験の結果、THPはTCHPと比較して病理学的完全奏効(pCR)率が非劣性かつ忍容性は良好であり、de-escalationの術前療法は有望な治療戦略となりうることを、中国・Guangdong Provincial People’s HospitalのKun Wang氏が米国臨床腫瘍学会年次総会(2025 ASCO Annual Meeting)で発表した。 neoCARHP試験の対象は、18歳以上で、未治療のStageII~IIIの浸潤性のHER2+乳がん患者であった。リンパ節転移およびホルモン受容体の状態によって層別化し、医師が選択したタキサン系薬(ドセタキセル、パクリタキセル、nab-パクリタキセル)+トラスツズマブ+ペルツズマブにカルボプラチンを併用する群(TCHP群)または併用しない群(THP群)に1:1に無作為に割り付け、3週間ごとに6サイクル投与した。 主要評価項目は、乳房および腋窩におけるpCR率(ypT0/is ypN0)であり、修正ITT集団(無作為化されて少なくとも1回投与された患者全員)で評価した。事前に規定された非劣性マージンは-10%であった。 主な結果は以下のとおり。・THP群は382例、TCHP群は384例であった。年齢中央値は52歳および51歳、T1~2が81.4%および78.6%、リンパ節転移ありが64.1%および64.1%、StageIIが77.0%および71.6%であった。・主要評価項目であるpCR率は、THP群64.1%、TCHP群65.9%であった。絶対差は-1.8%ポイント(95%信頼区間[CI]:-8.5~5.0)であり、THPはTCHPと比較して非劣性であった(p=0.0089)。・ER-およびPR-の集団におけるpCR率は、THP群78.2%、TCHP群77.8%であった(絶対差:0.4%ポイント、95%CI:-9.2~10.0)。ER+および/またはPR+の集団では55.8%および58.8%であった(-3.0%ポイント、-11.7~5.9)。・全奏効率は、THP群91.9%(95%CI:88.7~94.2)、TCHP群94.8%(92.1~96.6)であった。・THP群では、TCHP群と比較して、Grade3/4の有害事象および重篤な有害事象は少なかった。治療関連死は認めなかった。 これらの結果より、Wang氏は「HER2+の早期乳がん患者が抗HER2薬を2剤用いる場合、カルボプラチンを省略することは有効なde-escalationの術前療法となりうる」とまとめた。

9.

FUS-ALSの治療、jacifusenが有望/Lancet

 融合肉腫(fused in sarcoma:FUS)の病原性の変異体に起因する筋萎縮性側索硬化症(FUS -ALS)において、FUS pre-mRNAを標的とするアンチセンスオリゴヌクレオチド製剤であるjacifusenは、安全で有効性が期待できる治療薬となる可能性があることが、米国・コロンビア大学アービング医療センターのNeil A. Shneider氏らの検討で示された。研究の成果は、Lancet誌オンライン版2025年5月22日号で報告された。医師主導型の症例集積研究 研究グループは、FUS-ALSの治療におけるjacifusenの安全性、薬物動態、バイオマーカー、臨床データ、病理所見などの評価を目的に、医師主導型の多施設共同非盲検症例集積研究を行った(ALS Associationなどの助成を受けた)。 FUS変異の保因者で、ALSの診断基準(El Escorial基準、Gold Coast基準)を満たすか、診断を受けていない場合でも、運動ニューロン疾患の発症または電気生理学的異常の臨床的エビデンスを有していれば対象とした。長期にわたり気管切開を伴う人工呼吸器による管理を受けている患者は不適格とした。 jacifusenは髄腔内注射された。複数回の増量(20mgから始まり120mgまで)に基づき、安全性およびその他のデータの取得状況に応じて連続的にプロトコールを修正し、最後に登録された参加者は治療開始時から毎月120mgの投与を受けた。有害事象は11例で80件、半数で背部痛 2019年6月~2023年6月に、5施設(米国の4病院とスイスの1病院)で12例(年齢中央値26歳[範囲:16~45]、女性7例[58%]、家族性ALS 6例[50%])を登録した。jacifusenの投与期間中央値は9.3ヵ月(範囲:2.8~33.9)で、総投与量中央値は930mg(範囲:200~2,940)、投与回数中央値は9.5回(範囲:4~25)だった。 6例(50%)で脳脊髄液(CSF)中の細胞数または総蛋白濃度の一過性の上昇を認めたが、投与期間とは関連がなかった。試験治療下での有害事象は11例(92%)で80件発現した。最も頻度の高い有害事象は背部痛(6例[50%])で、次いで頭痛(4例[33%])、悪心(3例[25%])、腰椎穿刺後頭痛(3例[25%])の順であった。 80件の重症度の内訳は、軽度が51件(64%)、中等度が23件(29%)、重度が1件(1%)、生命を脅かすイベントが3件(4%)、致死性が2件(3%)であった。死亡した2例は、いずれも試験薬との関連はないと考えられた。 重篤な有害事象は5例(42%)で9件発現したが、治療関連の可能性がある、または治療関連が明らかなイベントは認めなかった。試験治療下での有害事象のうち、治療関連の可能性があるとされたのは12件(7例[58%])だった。1例でNfLの著明低下、2例で臨床的有益性の可能性 CSF中のニューロフィラメント軽鎖(NfL)濃度は効果を評価するバイオマーカーとなる可能性があり、変動が最も大きかった1例では、投与開始時の3万711pg/mLから5回目の投与時(6ヵ月後)には5,277pg/mLへと82.8%低下した。 ほとんどの患者は投与開始後も機能低下(改訂ALS機能評価尺度[ALSFRS-R]で評価)が続いていたが、1例が10ヵ月後にこれまでにないほどの客観的な機能回復を示し、もう1例は無症状のままで経過しつつ筋電図異常の改善を認めた。 また、4例の中枢神経系組織標本の生化学的および免疫組織化学的分析では、FUS蛋白レベルの低下とFUSの病理学的な負荷の明らかな軽減が示された。 著者は、「本試験の結果により、FUS-ALSに対するjacifusenの安全性と有効性が示唆された。本薬の有効性は現在進行中の臨床試験でさらなる評価が進められている」「これらの良好な臨床アウトカムは、より早期の介入、長期にわたる一貫性のある治療コース、あるいはこれら両方と関連した」としている。

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食生活の質は初潮を迎える年齢に影響する

 何を食べるかが、女児の初潮を迎える年齢に影響を与えるようだ。新たな研究で、食生活の炎症レベルが最も高かった女児では最も低かった女児に比べて、翌月に初潮を迎える可能性が約15%高いことが示された。この結果は、身長やBMIで調整後も変わらなかったという。米フレッド・ハッチンソンがんセンターのHolly Harris氏らによるこの研究の詳細は、「Human Reproduction」に5月6日掲載された。 この研究は、9〜14歳の米国の小児を対象にした追跡調査研究であるGrowing Up Today Study(GUTS)に1996年と2004年に参加した女児のうち、ベースライン時に初潮を迎えておらず、食生活の評価など必要なデータの完備した7,530人を対象にしたもの。参加者は初潮を迎える前に、9〜18歳の若者向けの食品摂取頻度調査(youth/adolescent food frequency questionnaire;YAQ)に回答しており、追跡期間中(2001〜2008年)に初潮を迎えた場合には、その年齢を報告していた。 研究グループは、YAQのデータを用いて代替健康食指数(Alternate Healthy Eating Index 2010;AHEI-2010)と経験的炎症性食事パターン(Empirical Dietary Inflammatory Pattern;EDIP)のスコアを算出し、食生活の質を評価した。AHEI-2010は、野菜、豆類、全粒穀物などの健康的な食品に高い点数を、赤肉や加工肉などの食品やトランス脂肪酸、塩分などを含む食品といった不健康な食品には低い点数を付与する。一方EDIPは、食生活が体内で炎症を引き起こす可能性を総合的に評価する。参加者を、スコアごとに最も高い群から最も低い群の5群に分類した上で、AHEI-2010スコアおよびEDIPスコアと初潮を迎える年齢との関連を検討した。 参加者の93%が追跡期間中に初潮を迎えていた。BMIや身長を考慮して解析した結果、AHEI-2010スコアが最も高い群、つまり、食生活が最も健康的な群は最も低い群に比べて、翌月に初潮を迎える可能性が8%低いことが示された(ハザード比0.92、95%信頼区間0.85〜0.99、P=0.03)。また、EDIPが最も高い群、つまり、食事の炎症性レベルが最も高い群では最も低い群に比べて、翌月に初潮を迎える可能性が15%高いことも示された(同1.15、1.06〜1.25、P=0.0004)。 Harris氏は、「AHEI-2010とEDIPの2つの食生活パターンは初潮年齢と関連しており、食生活がより健康的な女児では初潮年齢の高いことが示唆された。重要なのは、これらの結果がBMIや身長とは無関係である点だ。これは、体格に関わりなく健康的な食生活が重要であることを示している。初潮年齢の早期化は、糖尿病、肥満、心血管疾患、乳がんのリスク上昇など、その後の人生におけるさまざまな転帰と関連していることを考えると、これらの慢性疾患のリスク低減に取り組む上で、初潮を迎える前の時期は重要な可能性がある」と述べている。 Harris氏はまた、「われわれの調査結果は、全ての小児期および思春期の子どもが健康的な食事へのアクセスと選択肢を持つべきこと、また、学校で提供される朝食や昼食は、エビデンスに基づくガイドラインに準拠したものであるべきことを浮き彫りにしている」と話している。

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筋萎縮性側索硬化症、リルゾール+低用量IL-2で死亡リスク低減か/Lancet

 筋萎縮性側索硬化症(ALS)患者において、リルゾールへの低用量インターロイキン2(IL-2LD)の上乗せは補正前解析では有意ではないものの死亡リスクの減少をもたらし、補正後解析では脳脊髄液中リン酸化ニューロフィラメント重鎖(CSF-pNFH)低値集団で有意な死亡リスクの減少が認められた。フランス・Pitie-Salpetriere HospitalのGilbert Bensimon氏らMIROCALS Study Groupが、フランスの10施設および英国の7施設で実施した第IIb相無作為化二重盲検プラセボ対照試験「MIROCALS試験」の結果を報告した。ALSは、運動ニューロンの進行性喪失を特徴とする生命を脅かす疾患であり、治療法は限られている。著者は、「主要エンドポイントにおける補正前解析と補正後解析の結果の差は、ALSの無作為化比較試験において疾患の異質性を考慮する重要性を強調しており、CSF-pNFH低値集団で死亡リスクが減少したことは、ALSに対するこの治療法が有望であることを示すものであり、さらなる研究が必要である」とまとめている。Lancet誌オンライン版5月9日号掲載の報告。リルゾール未投与の発症後2年以内のALS患者が対象 研究グループは、年齢18~75歳、改訂El Escorial基準のpossible、laboratory-supported probable、probable、definiteを満たし、症状(筋力低下、球麻痺による発症の場合は構音障害と定義)発症後24ヵ月以内で、静的肺活量70%以上、リルゾール未投与のALS患者を、12~18週間のリルゾール単独投与の導入期を経て、IL-2LD群またはプラセボ群に1対1の割合で無作為に割り付けた。 IL-2LD群ではaldesleukin 2 million international units(MIU)、プラセボ群では5%ブドウ糖溶液の、1日1回5日間皮下投与を28日ごと19サイクル投与した。 主要エンドポイントは640日(21ヵ月)の追跡期間における生存、副次エンドポイントは安全性、ALS機能評価尺度改訂版(ALSFRS-R)スコア、および制御性T細胞(Treg)、CSF-pNFH、血漿および脳脊髄液ケモカインリガンド2(CCL2)などのバイオマーカー測定値とした。 主要エンドポイントに関する治療効果は、補正前解析と事前に定義した補正後解析により評価した。補正前解析には層別log-rank検定と、Coxモデル(層別因子:発症[四肢vs.球発症]、および施設[英国vs.フランス])を用いた。補正後解析では、ステップワイズ多変量Coxモデル回帰により、あらかじめ定義された共変量を用いて解析した。予後因子で補正後、IL-2LD投与群で死亡リスクが有意に減少 2017年6月19日~2019年10月16日に304例がスクリーニングを受け、そのうち220例(72%)が導入期後に無作為化された。患者背景は男性136例(62%)、女性84例(38%)で、25例(11%)はEl Escorial基準がpossibleであった。カットオフ日時点で追跡不能者はおらず、無作為化された全220例(死亡90例[41%]、生存130例[59%])がITT集団および安全性集団に組み入れられた。 主要エンドポイントの補正前解析では、有意ではないもののIL-2LD群でプラセボ群と比較し死亡リスクが19%減少した(ハザード比[HR]:0.81、95%信頼区間[CI]:0.54~1.22、p=0.33)。 一方、多変量Coxモデルで同定された予後因子(年齢、ALSFRS-Rスコア、CSF-pNFH値、血漿-CCL2値、Treg絶対数)による補正後解析では、IL-2LD群で死亡リスクが68%有意に減少し(HR:0.32、95%CI:0.14~0.73、p=0.007)、CSF-pNFHとの有意な交互作用が認められた(HR:1.0003、95%CI:1.0001~1.0005、p=0.001)。 IL-2LDは安全であり、すべての時点で有意なTreg細胞数増加と血漿中CCL2値減少が認められた。 無作為化時に測定したCSF-pNFH値による層別化では、CSF-pNFH低値(750~3,700pg/mL)集団(全体の70%)において、IL-2LDにより死亡リスクが48%有意に減少したが(HR:0.52、95%CI:0.30~0.89、p=0.016)、CSF-pNFH高値(>3,700pg/mL)集団(全体の21%)では有意差は認められなかった(HR:1.37、95%CI:0.68~2.75、p=0.38)。

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グローバルなリアルワールドエビデンスに期待(解説:田中希宇人氏/山口佳寿博氏)

 本研究は、進行非小細胞肺がん(NSCLC)患者のうち、PD-L1陽性(TPS≧1%)でEGFR変異やALK転座がない症例を対象に、免疫チェックポイント阻害薬ペムブロリズマブと、新規の二重特異性抗体ivonescimab(PD-1+VEGFに対する抗体)の有効性と安全性を比較した多施設ランダム化第III相試験「HARMONi-2試験」の報告である。中間解析時点での主要評価項目は無増悪生存期間PFSで、ivonescimab群で有意に延長が認められた(中央値11.1ヵ月vs.5.8ヵ月、HR:0.51、p<0.0001)。このPFSの改善効果はPD-L1 TPS 1~49%、TPS≧50%、扁平上皮がん、非扁平上皮がんを含む主要なサブグループで一貫していた。また奏効率ORRはivonescimab群で50%、ペムブロリズマブ群で39%、病勢コントロール率DCRはそれぞれ90%と71%であった。重篤な免疫関連有害事象(irAE)は両群で同程度であり、高血圧や蛋白尿などのVEGFに関連する有害事象はivonescimab群でやや多いものの管理可能な範囲であった。とくにベバシズマブが従来禁忌とされてきた扁平上皮がんでも、出血性合併症の増加は認められなかった。 本研究の最大のメリットは、「免疫治療の単剤療法」においてペムブロリズマブを上回る有効性を示した点である。とくに、PD-L1 TPS 1~49%の集団で有効性を示した初の免疫単剤であること、扁平上皮がんにも使用可能な抗VEGF併用薬であること、速い奏効と高い病勢コントロール率の3点は肺がん診療において重要かつ実践的であると考えられる。 PD-L1陽性肺がんに対するペムブロリズマブの初回治療の効果を検証した「KEYNOTE-042試験」ではTPS 1~49%の患者でPFS延長は示されなかったが、本試験では同群に対してHR 0.54と有意なPFS延長を示した。これにより、これまで「PD-L1低発現群で免疫治療の単剤治療は避けるべき」とされてきた症例に対する新たな選択肢の可能性を示した。また従来血管新生阻害薬であるベバシズマブは出血リスクから扁平上皮がんでは禁忌とされていたが、ivonescimabは同様の抗VEGF作用を有しながら出血性合併症は問題とならなかった。扁平上皮がんの1stラインにおける免疫薬単剤治療の選択肢が広がる点は、臨床的に非常に有用と考えられる。そして本研究におけるivonescimab群の奏効までの期間中央値は1.5ヵ月であり、治療早期に効果を期待したい症例に有利に働く。 本研究の有用性は十分に示されていると考えられるが、日本の実臨床で活かすためにはまだまだ問題点がある。まずすべての症例が中国人であり、外的妥当性に課題がある。薬物代謝や腫瘍の特性、人種差を考慮すると、日本人を含むグローバルな症例に対して本研究と外挿するには慎重な姿勢が求められる。また現時点で評価期間が短く、OSは未成熟な点である。他の臨床試験でも同様であるがPFS延長=延命とは限らず、今回の中間解析ではPFSの延長がそのまま予後改善につながるかどうかは現時点では不明である。比較対象がペムブロリズマブ単剤であることも問題である。昨今の進行非小細胞肺がんの標準治療は、プラチナ製剤を含む化学療法と免疫治療を組み合わせる複合免疫療法がスタンダードである。グローバルな標準治療と乖離しており、本試験の比較対象がペムブロリズマブ単剤であることは、比較の「厳しさ」に欠ける可能性がある。 ivonescimab群では目立った免疫関連有害事象こそ認められないものの、Grade3以上の高血圧や蛋白尿といった抗VEGFに由来する有害事象は一定数認められた。実臨床では、とくに腎障害リスクのある症例や高齢者では慎重な管理が必要と考えられる。 さまざまな問題点が指摘される本研究であるが、扁平上皮肺がんやPD-L1低発現群など治療選択肢が限られる症例に対しては期待できる結果が報告された。今後のグローバルなリアルワールドエビデンスに期待が持てる新規薬剤となるのであろう。

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院外心停止、最も重要なのは心肺蘇生実施までの時間

 院外心停止者に対する心肺蘇生法(CPR)は、適切に行われる限り、医師や救急救命士か、経験のないバイスタンダー(その場に居合わせた人)かなどの実施者のタイプが生存に影響することはなく、迅速に行うことが何よりも重要な可能性のあることが、新たな研究で明らかになった。トリエステ大学(イタリア)のAneta Aleksova氏らによるこの研究結果は、欧州急性心血管ケア学会議(ESC ACVC 2025、3月14〜15日、イタリア・フィレンツェ)で発表された。研究グループは、「CPR実施者のタイプにかかわりなく、迅速な心拍再開が院内生存にとって非常に重要であることが示された。バイスタンダーによる初期のCPRと救急医療サービスによるCPRを比較しても、長期生存については同等だった」と述べている。 この研究でAleksova氏らは、2003年から2024年の間にST上昇型心筋梗塞(STEMI)を発症してトリエステ大学病院に入院した患者3,315人のデータの分析を行った。これらの患者のうち、172人は院外心停止を起こし、44人はバイスタンダーによるCPRを受けていた。 研究対象期間を5つの期間(2003〜2007年、2008〜2011年、2012〜2015年、2016〜2019年、2020〜2024年)に分けて見ると、バイスタンダーによるCPRを受けた患者の割合は、期間を追うごとに増加していたことが明らかになった。具体的には2003~2007年には患者のわずか26%しかバイスタンダーによるCPRを受けていなかったのが、2020~2024年には69%にまで増加していた。心拍再開に至るまでに要した時間の中央値は、全体で見ると10分だったが、バイスタンダーによるCPRの方が救急医療サービスによるCPRよりも要した時間が長かった(20分対5分)。 入院初期に患者の25.6%が死亡していた。解析では、左室駆出率の低下、心拍再開までにかかる時間が長いこと、高齢であることが、院内死亡の予測因子として示された。具体的には、心拍再開までの時間が5分遅くなるごとに、または、左室駆出率が5パーセントポイント低下するごとに、死亡リスクがそれぞれ38%上昇し、年齢が5歳増加するごとに死亡リスクが46%上昇していた。その後、中央値7年の追跡期間中に18人の患者(14%)が死亡していたが、死亡率にCPR実施者のタイプによる差は認められなかった。 こうした結果を受けて研究グループは、「心停止者の生存において重要なのは、いかに迅速にCPRを行うかであり、誰が行うかではない」と述べている。Aleksova氏は、「これらの結果は、院外心停止者には即時のCPRが重要であることを浮き彫りにしている。また、院外心停止後の生存率を現状よりも向上させるためには、人々の意識向上と一次救命処置の訓練の促進が必要なことを強調するものでもある」と述べている。 なお、学会発表された研究結果は、査読を受けて医学誌に掲載されるまでは一般に予備的なものと見なされる。

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抗血小板薬併用療法のde-escalationの意味わかる?(解説:後藤信哉氏)

 最近、急性冠症候群に対するPCI後の抗血小板薬併用療法のde-escalationという言葉がしばしば使われる。筆者には初めから言葉に対して違和感があった。de-escalationだから、放置しておくとescalationしてしまうのを、escalationしない方向に向けようという意味だろうか? 急性冠症候群は致死的疾患である。心筋梗塞になることを予防する必要があった。抗血小板薬併用療法にて血栓イベントリスクを低減させる努力が続けられた。当初から、抗血小板薬併用療法の有効性・安全性は12ヵ月の試験にて検証された。抗血小板薬開発に詳しい読者ならご存じのように、抗血小板薬併用療法の期間延長を目指す試験も施行された。疾病として血栓イベントリスク低減を目指すことは間違っていないが、長期の抗血小板薬併用療法では重篤な出血イベントリスクも増えてしまう。そこで、方向を変えてde-escalationを目指すグループも生まれた。 本試験は12ヵ月が標準治療であった抗血小板薬併用療法を、最短1ヵ月のfull dose抗血小板薬併用療法+5ヵ月のチカグレロル単剤+6ヵ月のアスピリン単剤群と比較した。12ヵ月の適応を取得した抗血小板薬開発企業にとってはまさにde-escalationを強いられる。使用するデバイスはpaclitaxel-coated balloonsなので、de-escalationできるのは急性冠症候群一般でなくpaclitaxel-coated balloonsの症例のみとde-escalationの対象を限局できるのが、製薬企業の容認できる部分だろうか? 中国1国で施行したランダム化比較試験であり、「paclitaxel-coated balloons」で治療を受けた症例であれば、と限局した条件ではあるが、抗血小板薬併用療法は1ヵ月でよいことを示唆した点は評価できる。

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TAVI生体弁比較、SAPIEN 3 vs.Myval/Lancet

 経カテーテル心臓弁(THV)を植え込む低侵襲の経カテーテル大動脈弁置換術(TAVI)は、重症大動脈弁狭窄症および劣化した大動脈生体弁に対するガイドラインに基づいた治療法である。次々と新しいTAVI用THVプラットフォームが上市され臨床現場で使用されているが、その性能に関する短期データは少なく、長期データについては存在していない。デンマーク・オーフス大学病院のChristian Juhl Terkelsen氏らは、「最新のTHVは、現状で最良とされるTHVと比較すべき」として、SAPIEN 3 THVシリーズ(SAPIEN 3またはSAPIEN 3 Ultra、米国・Edwards Lifesciences製)とMyval THVシリーズ(MyvalまたはMyval Octacor、インド・Meril Life Sciences製)を直接比較する多施設共同全患者無作為化非劣性試験「COMPARE-TAVI 1試験」を実施。Myval THVはSAPIEN 3 THVに対して1年時の複合エンドポイント(死亡、脳卒中、中等症/重症の大動脈弁逆流症、または中等症/重症のTHVの血行動態悪化)に関して非劣性であったことを報告した。Lancet誌オンライン版2025年4月2日号掲載の報告。デンマークの3つの大学病院で被験者を募り試験 試験はデンマークの3つの大学病院で、18歳以上、TAVIが予定されており、SAPIEN 3 THVまたはMyval THVによる治療の対象であった患者を適格とし行われた。 被験者は、SAPIEN 3(29mm径)またはSAPIEN 3 Ultra(20mm、23mmまたは26mm径)THVを用いた治療を受けるSAPIEN 3 THV群、MyvalまたはMyval Octacor THV(20~32mm径)を用いた治療を受けるMyval THV群に、1対1の割合で無作為に割り付けられた。 TAVI手術は、弁尖切開術を行う場合を除き、試験地の手術手順にて局所麻酔下で行われた。 主要エンドポイントは、Third Valve Academic Research Consortium(VARC-3)基準に基づく1年時点の死亡、脳卒中、中等症/重症の大動脈弁逆流症、または中等症/重症のTHVの血行動態悪化の複合とした。 無作為化された全患者をITT解析に包含し、割り付け治療を受けた全患者をper-protocol解析に包含した。予想イベント発生率は13%で、事前に規定した非劣性マージンは5.3%とした。主要エンドポイントの発生はSAPIEN 3 THV群13%、Myval THV群14% 2020年6月15日~2023年11月3日に1,031例が登録された。なお登録は、特許関連の法的手続きのため2回中断された。 1,031例のうち、517例がSAPIEN 3 THV群に、514例がMyval THV群に無作為化された。被験者の年齢中央値は81.6歳(四分位範囲[IQR]:77.6~85.0)、415例(40%)が女性、616例(60%)が男性であった。STSスコア中央値は2.3%(IQR:1.6~3.7)。1,031例のうち98例(10%)が二尖弁(すべてSievers分類タイプ1)を有し、40例(4%)がvalve-in-valve手術を受け、103例(10%)は急性または亜急性TAVIであった。無作為化から手術までの時間は中央値50分(IQR:31~1,313)。Myval THV群でXLサイズ弁(30.5mm、32mm径)の植え込みを受けたのは、507例のうち10例(2%)。THV径中央値は、SAPIEN 3 THV群(516例)26mm(IQR:23~26)、Myval THV群(514例)26mm(24.5~27.5)であった。 主要エンドポイントの発生は、SAPIEN 3 THV群67/517例(13%)、Myval THV群71/514例(14%)であった(群間リスク差:-0.9%[片側95%信頼区間上限:4.4%]、非劣性のp=0.019)。

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急性冠症候群のDCB治療後DAPT、段階的漸減レジメンで十分か/BMJ

 薬剤コーティングバルーン(DCB)による治療を受けた急性冠症候群患者では、有害臨床イベントの発生に関して、抗血小板薬2剤併用療法(DAPT)を段階的に減薬(de-escalation)するレジメンは12ヵ月間の標準的なDAPTに対し非劣性であることが、中国・Xijing HospitalのChao Gao氏らREC-CAGEFREE II Investigatorsが実施した「REC-CAGEFREE II試験」で示された。研究の成果は、BMJ誌2025年3月31日号で報告された。中国の無作為化非劣性試験 REC-CAGEFREE II試験は、DCBを受けた急性冠症候群患者において、抗血小板薬療法の強度を弱めることは可能かの評価を目的とする医師主導型の非盲検評価者盲検無作為化非劣性試験であり、2021年11月~2023年1月に中国の41病院で患者を登録した(Xijing Hospitalの助成を受けた)。 年齢18~80歳で、パクリタキセルを塗布したバルーンによるDCB治療のみを受けた急性冠症候群患者1,948例(平均年齢59.2歳、男性74.9%)を対象とした。被験者を、DAPTを段階的に減薬する群(975例)、または標準的なDAPTを投与する群(973例)に無作為に割り付けた。 段階的DAPT減薬群では、アスピリン+チカグレロル(1ヵ月)を投与後、チカグレロル単剤(5ヵ月)、引き続きアスピリン単剤(6ヵ月)の投与を行った。標準的DAPT群では、アスピリン+チカグレロルを12ヵ月間投与した。 主要エンドポイントは、有害臨床イベント(全死因死亡、脳卒中、心筋梗塞、血行再建術、BARC type 3または5の出血)とした。絶対リスク群間差の片側95%信頼区間(CI)の上限値が3.2%未満の場合に非劣性と判定した。出血リスクは低い 全体の30.5%が糖尿病で、8.8%が脳卒中の既往、13.2%が心筋梗塞の既往、32.2%が経皮的冠動脈インターベンション(PCI)の既往を有しており、20.6%は出血リスクが高かった。治療を受けた病変の60.9%が小血管で、17.8%にステント内再狭窄を認めた。DCBの直径の平均値は2.72(SD 0.49)mmだった。 12ヵ月の時点で、主要エンドポイントである有害臨床イベントは、段階的DAPT減薬群で87例(8.9%)、標準的DAPT群で84例(8.6%)に発現した。発生率の群間差は0.36%(95%CI:-1.75~2.47)で、95%CI上限値は3.2%未満であり、段階的DAPT減薬群の標準的DAPT群に対する非劣性が示された(非劣性のp=0.01)。 BARC type 3または5の出血の発生は、段階的DAPT減薬群で少なかった(4例[0.4%]vs.16例[1.6%]、群間差:-1.19%[95%CI:-2.07~-0.31]、p=0.008)。また、患者志向型複合エンドポイント(全死因死亡、脳卒中、心筋梗塞、血行再建術)の発生は、両群で同程度だった(84例[8.6%]vs.74例[7.6%]、1.05%[-1.37~3.47]、p=0.396)。階層的な臨床的重要性を考慮したwin ratioが優れる 全死因死亡、脳卒中、心筋梗塞、BARC type 3出血、血行再建術、BARC type 2出血というあらかじめ定義された階層的複合エンドポイントについて、win ratio(勝利比)法による階層的な臨床的重要性を考慮すると、標準的DAPT群(勝率10.1%)に比べ段階的DAPT減薬群(14.4%)で勝率が有意に高かった(勝利比:1.43[95%CI:1.12~1.83]、p=0.004)。 著者は、「ITT集団では、標準的DAPT群に比べ段階的DAPT減薬群で、患者志向型複合エンドポイントの発生率が1%高く、BARC type 3または5の出血の発生率が1%低かったことから、虚血リスクと出血リスクにはトレードオフが存在する可能性が示唆される」としている。

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尿臭、尿色は尿路感染に関連するのか?【とことん極める!腎盂腎炎】第14回

尿臭、尿色は尿路感染に関連するのか?Teaching point(1)尿臭は尿路感染に対する診断特性は不十分であるが、一部の微生物・病態での尿路感染では特徴的な臭いのものがある(2)尿色の変化は体内変化を示唆するも、尿路感染での尿色変化はほとんどない。しかし、尿道留置カテーテルでの一部の細菌感染でのpurple urine bag syndrome はたまにみられ、滅多にみることはないが緑膿菌による緑色変化は特異性がある1.尿臭と尿路感染疾患の一部には特異的な尿臭があるものがあるが、尿路感染に関しては、特異的なものはほとんどない。尿中に細菌が存在し、その細菌がアンモニアを生成すると異常な刺激臭となるが、細菌の有無に関係なく尿pHによって尿中に多く含まれるアンモニアイオンがアンモニアとなる。これは感染を示唆するものではないため、その違いを判別することは難しい。また尿の通常の臭いはウリノイドと呼ばれ、濃縮された検体ではこの臭いが強くなることがあり、こちらとの判別も困難である。中国で行われた、高齢者の尿パッドの臭気と顕微鏡・培養検査とを比較した研究では、過剰診断にも見逃しにもなり、尿臭が尿路感染の診断にも除外にも寄与しづらいことが示唆されている1)。尿臭で尿路感染の原因診断に寄与するものは限られるが、知られているのは腐敗臭となる細菌尿関連の2病態である。1つが腸管からの腸内細菌が膀胱へ移行することで尿が便臭となる腸管膀胱瘻2)、もう1つが尿路感染症としては珍しいが、時として重要な病原体になり得るAerococcus urinaeである3)。細菌ではないが、真菌であるCandida尿路感染は、アルコール発酵によりbeer urineといわれるビール様の臭いがすることがある4)。以上から、尿臭で尿路感染を心配する家族や介護職員もいるが、細菌や真菌が尿路に存在する可能性を示唆するのみで、そもそも細菌や真菌が存在することと感染症が成立していることとは別であること、それらが存在すること以外にも尿臭の原因があることなどを説明することで安心を促し、尿路感染かどうかの判断は、尿臭以外の要素で行うことが肝要である。2.尿色と尿路感染正常の尿は透明で淡黄色である。そのため、尿の混濁化や色の変化は、体内の変化を示唆する徴候となり、食物、薬剤、代謝産物、感染症などが色調変化の原因となる。尿路感染そのものによる尿の色調変化は滅多にないが、比較的みられるのは、尿道留置カテーテルを使用している患者の細菌尿で、尿・バッグ・チューブが紫色に変化するpurple urine bag syndrome5)と呼ばれるものである(図1)。図1 purple urine bag syndrome画像を拡大する尿中のアルカリ環境と細菌の酵素によって形成された生化学反応の代謝産物によるもので、腸内細菌により摂取したトリプトファンがインドールに分解され、その後、門脈循環に吸収されてインドキシル硫酸塩に変換され、尿中に排泄される。尿中のアルカリ環境と細菌の酵素(インドキシルスルファターゼ、インドキシルホスファターゼ)が存在する場合、インドキシルに分解される。分解産物である青色のインジゴと赤色のインジルビンが合わさった結果、紫となる(図2)。その酵素を産生できる細菌は報告だけでも、Escherichia coli、Providencia属、Klebsiella pneumoniae、Proteus属など多岐にわたるため、起因菌の特定は困難である。図2 purple urine bag syndromeの原理画像を拡大するその他の色調変化は、まれながら緑膿菌(Pseudomonas aeruginosa)による緑色変化がある。色の変化ごとのアセスメント方法はあるが、感染にかかわらないものも多く、本項では省略し、色調変化の原因の一部を表2,6,7)に挙げる。感染症そのものによる変化とは異なるが、抗微生物薬など薬剤による尿色変化は、患者が驚いて自己中断することもあり、処方前の説明が必要となる。とくにリファンピシンによる赤色変化は有名で、中断による結核治療失敗や耐性化リスクもあるため重要である。表 尿の色調変化の原因画像を拡大する1)Midthun SJ, et al. J Gerontol Nurs. 2004;30:4-9.2)Simerville JA, et al. Am Fam Physician. 2005;71:1153-1162.3)Lenherr N, et al. Eur J Pediatr. 2014;173:1115-1117.4)Mulholland JH, Townsend FJ. Trans Am Clin Climatol Assoc. 1984;95:34-39.5)Plaçais L, Denier C. N Engl J Med. 2019;381:e33.6)Cavanaugh C, Perazella MA. Am J Kidney Dis. 2019;73:258-272.7)Echeverry G, et al. Methods Mol Biol. 2010;641:1-12.

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造血幹細胞移植後のLTFUを支える試み/日本造血・免疫細胞療法学会

 2025年2月27日~3月1日に第47回日本造血・免疫細胞療法学会総会が開催され、2月28日のシンポジウム「未来型LTFU:多彩なサバイバーシップを支える次世代のケア」では、がん領域におけるデジタルセラピューティクス(Digital Therapeutics:DTx)の有用性および造血幹細胞移植治療におけるDTx開発の試みや、移植後長期フォローアップ(Long Term Follow Up:LTFU)の課題解決のためのICT(Information and Communication Technology)活用と遠隔LTFUの取り組み、さらに主に小児・思春期・若年成人(Children, Adolescent and Young Adult:CAYA)世代の造血幹細胞移植における妊孕性温存と温存後生殖補助医療についての話題が紹介された。造血器腫瘍は多彩なサバイバーシップケアの重要性が増しており、次世代ケアの試みが着々と進められている。同種造血幹細胞移植後のDTx DTxは、治療用アプリによるデジタル技術を用いて、個々の患者の病状に見合った情報をリアルタイムで提供し、患者の行動変容を促して医療効果や医療プロセスの改善を得ることである。新たな介入手段であり情報薬ともいわれ、次回の外来受診までの治療空白をアプリの使用によりフォローし、治療効果を狙う考え方である。 DTxアプリの使用は、QOL、全生存期間(OS)の改善効果が多数報告されており、ドイツではヘルスリテラシーや家族の負担軽減などの改善効果も認められれば薬事承認される。日本では2020年ごろからニコチン依存症や高血圧症、アルコール依存症などを対象疾患としたDTxアプリの使用効果が認められ、薬事承認されている。 固形がん領域では患者の健康状態をアンケート方式で電子的に収集するelectronic Patient Reported Outcome(ePRO)アプリの使用が疾患再発の早期発見・治療につながり、QOL・生命予後の改善が複数のランダム化試験で報告されている。欧州臨床腫瘍学会では2022年のガイドラインでePROアプリのがん診療への導入をGrade 1Aで推奨し、重症や悪化症状に対する臨床医への自動アラート機能を有するePROシステムの使用も推奨している。 岡村 浩史氏(大阪公立大学大学院 医学研究科 血液腫瘍制御学/臨床検査・医療情報医学)らは、2021年に移植患者用アプリを開発し、同種造血幹細胞移植(allogeneic Hematopoietic stem Cell Transplantation:allo-HCT)後の外来通院中患者99例にHCTアプリを導入し、和歌山県立医科大学と共にPilot Studyを実施した。その結果、体温、脈拍数、SpO2、体重、修正Leeスコア(ePRO)、およびこれらの最近の悪化傾向などが移植後重症合併症を早期に予測しうる因子であった。移植後合併症での緊急入院例では入院約10日前から脈拍、SpO2、修正Leeスコアが悪化する体調の変化がみられ、早期探知が可能と考えられた。岡村氏らはHCTアプリのsecond stepとして重症化モデルの精度改善を行い、データ入力1週以内の合併症緊急入院予測モデルの開発を構築する多施設移植後見守りアプリ研究(第II相)を行っている(2025年9月まで約200例を登録する見込み)。患者が装着しているスマートウォッチで収集された身体情報およびePRO(22項目・週1回)への入力データと、医療機関からの診療情報(今後マイナポータルから提供の予定)を集約し、患者の同意の下にデータを解析している。 岡村氏は患者入力によるePROに基づき、将来的には個別症状に合わせた生成AIの利用や、電子カルテとの情報連携、地域医療連携ネットワーク(Electronic Health Record:EHR)、パーソナルヘルスレコード(Personal Health Record:PHR)としての情報連携の強化(病診連携や成人移行時の病院間の連携など)も可能であると考えており、「病院診療情報やePRO、ウエアラブルデバイスによる情報を研究利用し、HCT診療の質を向上させる連携を深めたい」と述べた。医療情報連携、PHRを用いた遠隔LTFUの未来 allo-HCT後の長期生存者の増加に伴い、LTFUの重要性が高まっている。しかし移植実施施設への通院や、非移植実施施設の医療スタッフ教育、移植後合併症に対する総合的な診療体制の構築、小児からのトランジションと継続的フォローアップなど課題は多い。ICTアプローチはLTFUの課題解決において不可欠であり、遠隔医療、およびEHR、PHRをいかに活用するかが重要である。 遠隔医療はICTを用いたリアルタイムのオンライン診療を活用した医療であり、Doctor to Doctor(D to D:専門医→主治医)、Doctor to Patient(D to P:主治医→患者)、Doctor to Patient with Nurse(D to P with N:主治医→患者・看護師)、Doctor to Patient with Doctor(D to P with D:専門医→患者・主治医)の4つのカテゴリーがある。 EHRは、患者同意の下に、患者の基本情報、処方・検査・画像データ等を電子的に共有・閲覧できる。病院間での診療情報の共有が可能になれば、近医での検査結果をあらかじめ医療情報連携で参照してもらい、自宅でD to PのオンラインLTFU受診が可能になる。また紹介先の医療機関から移植実施施設の診療情報にアクセスできることで転医や就職で他県に引っ越す場合、成人科へのトランジションでも切れ目のない医療が提供できる。 全県単位の医療情報ネットワークとして、和歌山県では2013年から、きのくに医療連携システム「青洲リンク」を運用している。平時は、参加病院の電子カルテ、参加診療所の検査結果、参加薬局の調剤情報、画像をインターネットで情報共有し診療を支援する。災害時は、県外にバックアップしている共有情報を活用し災害医療を支援する。参加医療機関は2024年12月25日現在、病院11施設、診療所49施設、同意患者数は約2,700例であり、青洲リンクを利用して相互にデータを参照しながら医療連携を取っている。 和歌山県立医科大学では2020年から紀南病院(和歌山県)とテレビ会議システムで接続する遠隔LTFU外来を開始した。患者は、紀南病院(地域基幹病院)で診察を受け、問診票の記入やバイタルサイン測定、各種検査を行い、その結果を診療情報提供書と共に和歌山県立医科大学(移植実施施設)にFAXで送付する。大学病院の医師はFAXの情報、および青洲リンク活用による紀南病院の診療情報(検査結果、処方、画像)を参照したうえで診療を行う。EHRで診療情報を共有するこの形式は、D to P with Dに該当する。連携先にも医師がいることで対面と遜色ない診察ができ、患者満足度も高く、質の高い遠隔LTFU達成が可能となる。 PHRはスマートウォッチなどデバイスから収集できる日常的な医療情報(脈拍、体重、運動量など)と医療機関での診療情報(検査結果、処方、画像など)、および患者自身が入力する健康情報(血圧、食事量など)を一元化し、デジタルデータとして患者が管理するものである。 青洲リンクではEHRに加えPHRの取り組みも進めており、参加医療機関の診療情報を提供し、患者がスマートフォンで病院の検査結果や処方情報をいつでも見ることが可能なアプリを導入した。PHRを利用した情報提供は、スマートフォンにダウンロードした近隣クリニックでの診療データを、移植実施施設への通院時に見てもらうことができ、またオンライン診療でデータを共有することで遠隔LTFUも可能になる。 西川 彰則氏(和歌山県立医科大学附属病院 医療情報部)は今後、自治体の医療情報連携を基盤としたPHR、移植後ePRO、医療情報、バイタル情報を統合的に集約提供するプラットフォームの構築が望ましいと考えており、allo-HCT後の患者にとっては、利便性が高く連続的なLTFUの体制構築が必須であり、ICTの活用は未来のLTFUにつながる可能性があるとした。妊孕性温存から次のステップへ―がん・生殖医療との協働で目指す造血幹細胞移植後の妊娠・出産 造血器腫瘍は小児がんの約40%を占め、AYA世代では約7%と、成人がんの増加に伴い全体の割合が低下する。CAYA世代の造血器腫瘍の生命予後は改善傾向にあり、長期生存例が増えることで、相対的に妊孕性を含むサバイバーシップケアの重要性が増している。 LTFUのテーマでもある晩期合併症(Late effects)としての性腺障害や不妊はAYA世代にとってがん治療中・治療後の大きな課題であり、2023年の「第4期がん対策推進基本計画」では取り組むべき施策として、CAYA世代の妊孕性温存療法を取り上げている。 がん治療前の妊孕性温存については、2022年8月から対象となる患者への情報提供や意思決定支援ががん診療連携拠点病院の必須要件となった。2024年12月に改訂された『小児・AYA世代がん患者等の妊孕性温存に関する診療ガイドライン』でも造血器腫瘍治療前のすべての患者に情報提供・意思決定支援を行うことが推奨され、GnRHアゴニストによる卵巣保護や未授精卵子の体外成熟、移植前処置の全身放射線治療時の卵巣・精巣遮蔽についても記載されている。 妊孕性温存における患者の負担は大きく、2021年・2022年には妊孕性温存・温存後生殖補助医療を対象とする助成金制度が全国で均てん化され、研究助成事業も運用されている。全国レジストリである日本がん・生殖医療登録システム(Japan OncoFertility Registry:JOFR)では、本邦におけるがん生殖医療の有効性や実態を調査する目的で、スマートフォン向け患者用アプリFSリンク(Fertility & Survivorship Linkage)をPatient Reported Outcome(PRO)として用い、パートナーシップの状況や挙児の状況を患者自身に提供・更新してもらっている。ただ、AYA世代は身体的・心理的・社会経済的に未自立であり、温存した生殖子の管理やFSリンクの管理は、子供の成長過程のさまざまなトランジションの一環として、成人を迎える頃合いを見計らい親から子へ移行する必要があり、生殖医療担当医と小児がん治療に携わる医師が協働して移行を支援している。妊孕性温存やFSリンクの周知はYouTubeで解説動画を配信し、AYA世代にはLINEを用いて情報提供を行っている。 がん治療後の妊娠可能時期については、厚生労働省から抗がん剤など遺伝毒性のある医薬品の最終投与後の避妊期間に関してのガイダンスが発出されている。造血幹細胞移植後のさまざまな薬剤も妊娠・出産に関わるため、妊娠可能時期についてがん専門薬剤師と共に症例ごとに情報提供している。 移植後の安全な妊娠・出産を検討する際には、胎児や母体のリスクへの対処として適切なワクチン接種と共に移植片対宿主病(Graft Versus Host Disease:GVHD)の管理が必要である。治療薬や放射線治療による合併症にも注意し、妊娠希望例ではLTFUからプレコンセプションケア(妊娠前相談)外来につなげることが重要である。妊孕性喪失後のケアでは、看護師、心理士など多職種による心理・社会的支援を行う。近年、雄のマウスiPS細胞からの卵子生成、またヒトiPS細胞由来の受精卵作製など、生命倫理学的な課題も含め生殖子生成研究の進展が注目されている。 セクシュアリティとパートナーシップ、性機能障害など、患者のさまざまなニーズや悩みに対応するには、地域や院内で患者・家族と生殖医療をつなぐ窓口の一元化が必要である。大阪国際がんセンターではAYA世代サポートチームが妊孕性温存や温存後生殖補助医療の相談窓口になり、効率的な意思決定の支援を行っている。意思決定支援にたけた医療従事者の配置や育成も必要であり、日本がん・生殖医療学会認定ナビゲーター制度も開始された。多田 雄真氏(大阪国際がんセンター 血液内科・AYA世代サポートチーム)は、「日進月歩の生殖医療や移植を受けたサバイバーのアンメットニーズにつなげるために、生殖医療の医師との連携は血液内科移植医やLTFUの看護師にとって重要であり、全国のがん・生殖医療ネットワークを通して顔の見える関係を構築していきたい」と述べた。 allo-HCTではLTFUが不可欠であり、ICTのアプローチをいかに活用するかが重要である。また、移植を受けたサバイバーのニーズはより高度になり、QOLを保ち生きることを目標とした治療が求められている。

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腸管GVHDの発症・重症化および予防・治療における腸内細菌叢の役割/日本造血・免疫細胞療法学会

 腸管移植片対宿主病(GVHD)は同種造血幹細胞移植における特徴的な合併症で、予後を左右するだけでなく、移植後の生活の質も低下させる。近年、腸管GVHDと腸内細菌叢との関連に注目した研究は増えているが、まだ不明な点も多い。 2025年2月27日~3月1日に開催された第47回日本造血・免疫細胞療法学会総会では、「腸内細菌叢とGVHD:治療への新たな道を切り開く」と題したシンポジウムが行われ、腸内細菌叢とGVHDとの関連についての研究が4名から報告された。急性GVHDのpathobiontの同定とファージ由来酵素を用いた新規治療法 植松 智氏(大阪公立大学大学院 医学研究科 ゲノム免疫学/東京大学医科学研究所 ヒトゲノム解析センター メタゲノム医学分野)らのグループは同種移植患者46例の腸内細菌叢の16SrRNA解析を行い、30例でEnterococcus属細菌が増加していることを確認した。また、患者糞便由来のE. faecalisを単離し、これが外分泌毒素サイトライシンを産生する強毒株で、バイオフィルム関連遺伝子群を豊富に有する系統と明らかにした。さらに、マウスを用いた実験で患者糞便由来E. faecalisが急性GVHD関連死亡を増加させることを確認した。 植松氏らのグループは以上の結果から、E. faecalisがGVHDの発症と関わるpathobiontであり、前処理で他の細菌が死滅するなか、サイトライシンを産生する強毒株のE. faecalisがバイオフィルムを形成することによって腸管に濃縮し、増殖した後、産生されたサイトライシンによる上皮細胞障害が腸管GVHDの増悪に寄与していると考え、E. faecalisの排除によりGVHD関連死亡を抑えられるのではないかと推測した。 そこで、患者糞便由来E. faecalisのゲノムを網羅的に解析し、E. faecalisに特異的に感染するバクテリオファージ由来のエンドライシン配列を抽出した後、多種類の株で共通に検出されたエンドライシンを合成。このE. faecalis特異的エンドライシンの溶菌効果とバイオフィルム溶解作用をin vitroで確認した後、マウスを用いた実験でGVHD関連死亡率が大幅に改善すること、さらに患者糞便を移植したマウスでもGVHD関連死亡率が大幅に改善することを確認した。 植松氏はこうした結果について、「実臨床でも使えるようなデータが得られたと感じた」と述べ、「今後、E. faecalis特異的エンドライシンは、GVHDの新規治療薬として期待される」とまとめた。造血幹細胞移植患者の移植早期から長期における腸内細菌叢に関する解析結果 福島 健太郎氏(大阪大学大学院 医学系研究科 血液・腫瘍内科学)は、造血幹細胞移植領域で近年行われた腸内細菌叢と予後の関連についての複数の研究に関し、「既報の多くは移植後のある一時点において多様性を評価していて、菌叢を構成する菌成分の違いや経時的な菌叢の変化についてはあまり着目した研究がなかった」と指摘した。 福島氏らのグループは、大阪大学医学部附属病院で造血幹細胞移植を行った患者から糞便を連日採取して16SrRNAメタゲノム解析を行った。その結果、移植前後で腸内細菌叢に変化がなく、多様性が保持された群は予後良好、菌叢に変化があり多様性が失われた群は予後不良であることが明らかになった。「菌叢の安定化が非常に重要である」ことがわかってきたと福島氏は述べ、とくに移植後1ヵ月のEnterococcus増加が予後の悪化に関連すると報告した。 また、移植後長期にわたって生存し、日常生活に戻った患者群の腸内細菌叢は健常人に近づいているという仮説を立てたが、移植後長期生存者の腸内細菌叢を実際に調べたところ、移植後3年未満、3~10年、10年以上のいずれでも、菌叢の多様性が回復しないということがわかったと報告した。 さらに、同種移植後にクローン病様の病変が認められた患者に糞便移植(FMT)を実施し、3ヵ月後に粘膜が正常化した症例を紹介したほか、移植前に腸内においてEnterococcusが優勢であった患者はFMT後1日目にドナーと同様の菌叢になるが、その後にEscherichiaなどが優勢になるという非常に興味深い結果となったと報告した。また、プロバイオティクスにも注目していると述べ、進めている研究について紹介した。 最後に、腸内細菌叢への介入として、先に講演した植松氏のファージについて「非常に魅力的な選択」と述べたほか、「FMT、プロバイオティクスなどさまざまなアプローチの可能性があって、産学連携が重要と考えている」とまとめた。移植前の口腔環境の改善が慢性GVHDの改善につながる可能性 藤原 英晃氏(岡山大学病院 血液・腫瘍内科)らのグループは、自院において2010~15年に造血細胞移植を行った273例を解析し、重症口内炎は慢性GVHDの発症率を上昇させるという関連を認めたほか、PTCyハプロ移植の71例のみの解析でも同様の関連を認めた。さらに、こうした患者の移植前後の口腔粘膜検体31例の解析で、慢性GVHD発症群では移植前から菌叢の多様性が低下し、生着後もそれが継続していたことがわかったと報告した。 そこでマウスによる検討のために、マウスの歯間に糸を留置して口腔内に歯周炎を引き起こすOLPという手法で口腔内dysbiosisを誘発し、骨髄移植を行った。その結果、慢性GVHDに関してはOLPマウスで慢性GVHDスコアが明らかに悪くなり、PTCyを用いたマウスモデルでも同様の結果が認められた。こうしたOLPマウスでは移植後における口腔内細菌叢の多様性が低下し、口腔内および糞便中細菌量の増加が認められ、とくにEnterococcusは移植前から口腔内・糞便中ともに増加していたと述べ、口腔内のEnterococcusが腸管に流れていき、定着するのではないかと指摘した。 また、OLPマウスでは移植前から所属リンパ節(頸部リンパ節)における抗原提示細胞の活性化が認められ、頸部リンパ節の免疫染色および培養検査によりEnterococcusの影響が強いことが明らかになったと述べた。さらに、OLP後にEnterococcusを塗布したマウスで移植後に慢性GVHDが悪化したこと、OLPを除去し歯周炎が改善した状態で移植を行うとOLPを維持した群より重症度が低下したことを示し、OLPの除去による口腔環境の改善が慢性GVHDの改善につながると述べた。なお、抗生剤による口腔炎症の改善で一定の効果が期待できることも実験で明らかになったと報告した。 最後に、「口腔内でdysbiosisが起きる状況にあると局所(頸部リンパ節)での反応が増幅し、それが全身の慢性GVHDに影響する。同様に腸管にも影響することにより長期的な予後に影響するのではないか」とまとめ、「移植前後の徹底した口腔ケアや歯科介入の重要性を確認することができた」と述べた。炎症記憶と腸内細菌によるGVHD重症化のメカニズム 橋本 大吾氏(北海道大学大学院医学研究院 血液内科)は、免疫寛容の破綻後に組織の恒常性を維持するメカニズムとして概念的に提唱されている「組織寛容」について冒頭で紹介し、豊嶋 崇徳氏(北海道大学)らのグループの研究から、腸幹細胞が腸の組織寛容を維持しているシステムではないかと指摘した。一方、GVHD回復後のFlareで腸管GVHDの発症が増加することが示されており、炎症後の組織幹細胞にエピジェネティックな変化が生じて炎症記憶として残るからではないかと考えられている。 そこで橋本氏らのグループは、同系造血細胞移植(syn-HCT)または同種造血幹細胞移植(allo-HCT)後のマウスの陰窩から作成したオルガノイド(「Syn」または「Allo」)のクロマチン構造をATACシーケンスで解析し、アクセシビリティに関してAlloがSynより有意に高い遺伝子457個を特定した。橋本氏は、この中で重要な領域として抗原処理と提示(とくにMHCクラスII[MHC-II])に関与する遺伝子とインターフェロン(IFN)-γに対する反応に関与する遺伝子を挙げ、転写の準備ができているこれらのプロモーター領域が判明したことについて「まさに炎症記憶が本当にできていると知った瞬間だった」と述べた。なお、フローサイトメトリーによるタンパク質レベルでの確認でも、IFN-γ刺激による腸管上皮MHC-II発現が炎症記憶により亢進したうえ、オルガノイドを継代しても記憶が継承されることが明らかになったと述べた。 さらに、小山 幹子氏(米国・フレッド・ハッチンソンがん研究センター)のマウスを用いた研究で、レシピエントの腸管上皮MHC-IIの欠損でGVHDが軽減すること、腸内細菌がIFN-γ産生を誘導し、腸管上皮MHC-IIを発現させること、MHC-II誘導性細菌と抑制性細菌が存在し、抑制性細菌のマウスへの経口投与で上皮MHC-II発現が低下することなどが示されたと紹介した。 最後に、腸管のMHC-II発現は、腸内細菌叢の差により定常状態である程度の差があるうえ、GVHD後には炎症記憶の存在によりIFN-γ刺激によるMHC-II発現がさらに高まり、GVHD Flareにつながると考えられるとまとめた。今後は「組織寛容を上げて急性GVHDや慢性GVHDを起こさないようにし、移植片対白血病/リンパ腫(GVL)効果を誘導するのが究極的な目標」だと述べた。

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Lp(a)測定の国際標準化、新薬登場までに解決か/日本動脈硬化学会

 60年前に初めて発見され、LDLコレステロール(LDL-C)と独立して動脈硬化を促進させる血清リポプロテイン(a)(以下「Lp(a)」)。その存在自体は医師にも知られているが、「一生に一度測定すればよい」との勧告や治療薬が存在しないことも相まって、測定する意義や基準値に関する理解が今ひとつ進んでいないのが実情である。しかし、数年後にLp(a)を低下させる新薬が登場すると期待されている今、これらの解決が急務とされている。そこで、日本動脈硬化学会が「Lp(a)と測定値の標準化について」と題し、プレスセミナーを開催。三井田 孝氏(順天堂大学医療科学部 臨床検査科)がLp(a)測定を推進していく中で問題となる測定値の標準化にフォーカスして解説した。 Lp(a)とは、そもそも何か Lp(a)とは、低比重リポ蛋白(LDL)を形成しているapoB-100にapo(a)が結合して形成されるリポ蛋白粒子である。apo(a)にはクリングルと呼ばれる領域があり、なかでもクリングルIV(KIV、KIV1~10のサブタイプあり)のうちKIV2の繰り返し数がLp(a)濃度を決定付ける。「この繰り返しは遺伝子によって決まるが、それが少ないほどLp(a)濃度が高くなる」と、三井田氏は遺伝子レベルで個人差があることを説明した。さらに、Lp(a)は酸化リン脂質と結合するとLDLと独立した動脈硬化リスク因子となり、心筋梗塞や虚血性脳卒中、大動脈弁狭窄症の発症との関連性も明らかになってきている1)。Lp(a)測定の意義 このLp(a)に対し、医師の本音として“数値の解釈が難しい”、“検査キットによって数値のばらつきがあるから測定したくない…”といった声も挙がっているようだが、強力なLDL低下療法を行っているにもかかわらず思うようにコントロールできない残余リスクのある患者では、Lp(a)の影響が高い可能性がある。そのためLp(a)を測定し、高値であれば冠動脈疾患高リスク患者と捉え、LDL-Cをはじめとする介入可能な危険因子管理をより厳格に行う2,3)ことが求められる。「既存薬で避けられなかった残余リスクを低下させられる可能性があるため、2次予防の観点からもLp(a)の測定は重要」と述べた。また、近い将来に核酸医薬や経口薬といったラインナップの薬剤が上市されることを見越して、「今のうちから高リスク患者だけでも測定しておく意義はある」ともコメントした。測定基準、国際標準化の必要性 このように新薬の上市が期待される中で、Lp(a)の検査をオーダーする医師が少ない以前に解決すべき問題がある。それはLp(a)測定値は30年以上前から測定キットによってばらつきがある点だ。これについて同氏は「Lp(a)測定値は世界的に見ても施設や試薬によって大きく異なり、国際的な標準化が急務。過去に標準化の試みがあったものの、標準物質の入手困難などで頓挫してしまった」と説明した。「各国のガイドラインでハイリスク群のカットオフ値が決められているが、検査に用いる測定キットにより実際の値に2倍もの乖離が生じている。実は30年前に一度、国際臨床化学連合(IFCC)がワーキンググループを設立して一次標準物質としてSRM-2B*を選定したが、残念ながら標準化は達成できなかった。それ以来、各社バラバラの測定値を報告してしまっている。しかし、IFCCは新たなワーキンググループを設立し、2023年には質量分析装置を用いたLp(a)の基準測定法を発表して、ようやく測定基準の標準化に向けて一歩を踏み出した」とコメントした。*SRM:Standard Reference Material<現時点での各ガイドラインにおけるLp(a)の取り扱い>●米国・AHA/ACCガイドライン(2019年) <30mg/dL 有意なアテローム動脈硬化性心血管疾患(ASCVD)リスクなし ≧50mg/dL ASCVDのリスク増強因子●欧州・ESC/ ESAガイドライン(2020年) ≧50mg/dL ASCVDのハイリスク群●日本・JASガイドライン(2022年) その他の考慮すべき危険因子・バイオマーカー今、日本で進められていること そして残るは測定値の国際標準化だが、三井田氏らが世界をリードして国内からカットオフ値を発信していく取り組みを行っている。それを推し進める理由として「Lp(a)の分子量はapo(a)のアイソフォームにより異なるため、正確に知ることができず、mg/dLで表示することは計量学的な誤りがある。標準化に際し、各キットの値をすべて変更しなければ臨床現場で大きな混乱を招く恐れがあり、標準化値(SI単位)へ移行すれば過去のデータも有効活用することができる」と説明した。 このようにLp(a)は混乱の渦中にあるため、現行の国内ガイドライン2,3)には測定の推奨や基準がまだ明確にされてはいない。同氏は「2027年の改訂時には標準化されたLp(a)値が記載されることが期待される」と述べ、「臨床系の学会への啓発が不足していたこれまでの反省を胸に、各学会や一般市民、世界を巻き込んで標準化を進めていかなければならない」と意気込みをみせた。

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