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ESMO2025レポート 肺がん(後編)

レポーター紹介2025年10月17~21日に、欧州臨床腫瘍学会(ESMO Congress 2025)がドイツ・ベルリンで開催された。善家 義貴氏(国立がん研究センター東病院)が肺がん領域における重要演題をピックアップし、結果を解説。後編では、Presidential symposiumの2演題とドライバー陰性切除不能StageIII非小細胞肺がん(NSCLC)の1演題、進展型小細胞肺がん(ED-SCLC)の1演題を取り上げ、解説する。前編はこちら[目次]Presidential symposium1.HARMONi-62.OptiTROP-Lung04ドライバー陰性切除不能StageIII NSCLC3.SKYSCRAPER-03ED-SCLC4.DeLLphi-303Presidential symposium1.進行扁平上皮NSCLCの初回治療として、化学療法+チスレリズマブと化学療法+ivonescimabを比較する第III相試験:HARMONi-6本試験は、StageIII~IVでEGFR、ALK遺伝子異常のない、未治療進行扁平上皮NSCLCを対象に、標準治療群としてカルボプラチン(AUC 5、Q3W)+パクリタキセル(175mg/m2、Q3W)+チスレリズマブ(PD-1阻害薬)と、試験治療群のカルボプラチン+パクリタキセル+ivonescimab(20mg/kg、Q3W)を比較する第III相試験で、中国のみで実施された。ivonescimabは、PD-1とVEGFを標的とする二重特異性抗体である。ivonescimab群と標準治療群にそれぞれ266例ずつ割り付けられ、患者背景は両群でバランスがとれていた。扁平上皮NSCLCでは一般的に抗VEGF抗体が使用されない、中枢病変や大血管浸潤、空洞のある患者や喀血の既往歴がある患者も含まれた。今回の発表は、事前に規定された中間解析の結果であり、観察期間中央値は10.28ヵ月であった。主要評価項目である無増悪生存期間(PFS)の中央値は、ivonescimab群/標準治療群で11.14ヵ月/6.9ヵ月(ハザード比[HR]:0.60[95%信頼区間[CI]:0.46~0.78]、p<0.0001)であり、ivonescimab群が良好であった。奏効割合(ORR)は75.9%/66.5%(p=0.008)とivonescimab群で高く、PD-L1の発現状況によらずivonescimab群が良好であった。Grade3以上の有害事象は、ivonescimab群/標準治療群で63.9%/54.3%に認められ、治療関連死亡や免疫関連有害事象(irAE)の頻度は両群で大差なく、ivonescimab群でVEGFに関連する毒性を認めたが、多くはGrade1~2であった。<結論>化学療法+ivonescimabは進行扁平上皮NSCLCにおいて、有意にPFSを延長し、今後の新規治療になりうる。<コメント>事前に規定された中間解析で観察期間が短いが、PFSは有意に化学療法+免疫チェックポイント阻害薬(ICI)と比較し延長したことは評価したい。しかしながら、標準治療となるにはOSの延長が必要であり、さらなるフォローアップデータが求められる。2.EGFR-TKI治療後に増悪したEGFR遺伝子変異陽性NSCLCに対する、プラチナ製剤併用化学療法とsacituzumab tirumotecan (sac-TMT)を比較する第III相試験:OptiTROP-Lung04本試験は、第3世代EGFRチロシンキナーゼ阻害薬(EGFR-TKI)治療後の増悪例、もしくは第1、2世代EGFR-TKI治療増悪後にT790M陰性かつEGFR感受性変異陽性例に対して、化学療法(カルボプラチンまたはシスプラチン+ペメトレキセド)とsacituzumab tirumotecan(sac-TMT:TROP2標的抗体薬物複合体[ADC])(5mg/kg IV、Q2W)を比較する第III相試験である。本試験も中国のみで実施された。sac-TMT群、化学療法群にそれぞれ188例ずつ割り付けられた。患者背景は両群でバランスがとれており、初回治療で第3世代EGFR-TKIによる治療を受けた患者は、sac-TMT群/化学療法群で118例(62.8%)/117例(62.2%)、EGFR遺伝子サブタイプはEx19delが106例(56.4%)/118例(62.8%)、L858Rが84例(44.7%)/71例(37.8%)、脳転移ありは33例(17.6%)/36例(19.1%)であった。主要評価項目であるPFSの中央値は、sac-TMT群/化学療法群で8.3ヵ月(95%CI:6.7~9.9)/4.3ヵ月(同:4.2~5.5)であり、sac-TMT群で有意な延長を認めた(HR:0.49[95%CI:0.39~0.62])。さらにOSは、sac-TMT群/化学療法群で未到達(95%CI:21.5~推定不能)/17.4ヵ月(同:15.7~20.4)であり、こちらもsac-TMT群で有意な延長を認めた(HR:0.60[95%CI:0.44-0.82])。ORRはsac-TMT群/化学療法群で60.6%/43.1%(群間差17.0%[95%CI:7.0~27.1])であった。後治療は72.3%/85.5%で実施された。毒性について、有害事象の頻度は両群で差がなく、sac-TMT群の主な有害事象は貧血(85%)、白血球減少(84%)、脱毛(84%)、好中球数減少(75%)、胃炎(62%)であった。眼関連の有害事象を9.6%に認めたが多くはGrade1~2であり、ILDは認めなかった。<結論>sac-TMTはEGFR-TKI治療後に増悪した進行EGFR遺伝子変異陽性NSCLCにおいて、化学療法と比較してPFS、OSを延長し有望な治療選択となる。<コメント>中国のみで実施された第III相試験で、薬剤の承認にglobal試験の必要性が問われる。今後は同対象への初回治療での試験が進行中であり、進行EGFR遺伝子変異陽性NSCLCの初回治療は目まぐるしく変わっていくと予想される。ドライバー陰性切除不能StageIII NSCLC3.切除不能StageIII NSCLCに対する、プラチナ同時併用放射線治療後のデュルバルマブとアテゾリズマブ+tiragolumabを比較する第III相試験:SKYSCRAPER-03本試験は、EGFR遺伝子変異、ALK融合遺伝子異常を除く、切除不能StageIII NSCLCに対して、化学放射線治療(CRT)後に、標準治療であるデュルバルマブ群と試験治療群であるアテゾリズマブ+tiragolumab群を比較する第III相試験である。アテゾリズマブ+tiragolumab群/デュルバルマブ群にそれぞれ413/416例が割り付けられ、患者背景は両群でバランスがとれていた。白人は55.7%/59.6%、PD-L1<1%は49.4%/49.5%、1~49%は25.7%/28.1%、≧50%は24.9%/22.4%、扁平上皮がんは59.1%/59.9%であった。主要評価項目であるPD-L1≧1%集団のPFSの中央値は、アテゾリズマブ+tiragolumab群/デュルバルマブ群で19.4ヵ月/16.6ヵ月(HR:0.96[95%CI:0.75~1.23]、p=0.7586)、副次評価項目であるOSの中央値はアテゾリズマブ+tiragolumab群/デュルバルマブ群で未到達/54.8ヵ月(HR:0.99(95%CI:0.73~1.34)であり、いずれもアテゾリズマブ+tiragolumab群は延長を示せなかった。毒性については、両群で有害事象の頻度に差がなく、アテゾリズマブ+tiragolumab群で掻痒感、皮疹などが多く認められた。<結語>本試験は主要評価項目であるPFSの延長を示せず、新規治療とはならなかった。毒性は新規プロファイルのものはなかった。<コメント>2018年にCRT後のデュルバルマブが標準治療として確立されて7年経過するが、新規治療法の承認がされていない。近年、術前導入化学免疫療法が良好な成績を示しており、StageIII NSCLCの治療戦略は大きく変化している。SCLC4.ED-SCLCに対するプラチナ製剤+エトポシド+PD-L1阻害薬+タルラタマブの治療成績:DeLLphi-303(パート2、4、7)初回治療としてプラチナ製剤+エトポシド+PD-L1阻害薬(アテゾリズマブまたはデュルバルマブ)の併用療法を1サイクル実施したED-SCLC患者を対象に、導入療法と維持療法へのタルラタマブ上乗せの安全性、有効性を確認する第Ib相試験(パート2、4、7)が実施された。96例が登録され、PD-L1阻害薬の内訳はアテゾリズマブ56例(58.3%)、デュルバルマブ40例(41.7%)であった。全体で男性が67%、アジア人が16%、白人が74%、非喫煙者が7%であった。全体で、タルラタマブ開始時からのORR、奏効期間中央値はそれぞれ71%、11.0ヵ月であった。OS中央値は未到達で、1年OS割合は80.6%であった。毒性について、サイトカイン放出症候群(CRS)と免疫エフェクター細胞関連神経毒性症候群(ICANS)は、いずれもサイクル1での発現が多く、ほとんどがGrade1/2であった。タルラタマブに関連した死亡は認められていない。<結論>標準治療であるプラチナ製剤+エトポシド+PD-L1阻害薬および維持療法としてのPD-L1阻害薬へのタルラタマブ上乗せは、有望な治療成績を示した。現在、初回治療におけるプラチナ製剤+エトポシド+デュルバルマブおよび維持療法としてのデュルバルマブと比較するDeLLphi-312試験(NCT07005128)が進行中である。<コメント>タルラタマブは2次治療、初回治療へ順次適応範囲を広げていく予定である。初回治療での化学療法+PD-L1阻害薬との併用は、有効性、安全性ともに問題なく、第III相試験の結果が待たれる。ADC製剤の開発も盛んに行われており、SCLCも治療が数年で目まぐるしく変わっていくと予想される。

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肺炎の抗菌薬治療を拒否する患者、どう対応する?【こんなときどうする?高齢者診療】第16回

CareNeTVスクール「Dr.樋口の老年医学オンラインサロンアーカイブズ」から、高齢者診療に役立つトピックをお届けします。今回は救急や日常診療で頻繁に遭遇する意思決定能力評価について、実践的なツール「CURVES」を使って学んでいきます。ではケースを見てみましょう。70歳女性。軽度認知症の既往あり。発熱・呼吸困難で救急搬送された。「うーうー」とうなっており、若干傾眠傾向。肺炎と診断し、抗菌薬を点滴投与すると本人に説明したところ、抗菌薬を拒否。「点滴はいやだ、抗菌薬はいやだ」と繰り返すのみ。その理由を聞いてもうなるだけで答えが返ってこないこの患者の言葉を鵜呑みにするべきでないことは、直感的におわかりかと思います。高齢者は認知症や抑うつ、せん妄といった認知機能の障害による意思決定能力の低下や喪失リスクが高く、救急だけでなくさまざまな場面で意思決定能力の評価が必要です。まず、意思決定能力をあらためて定義するところから始めましょう。意思決定能力(キャパシティ)とは?意思決定能力(キャパシティ)とは、「自分の医療について理解し、選択できる能力」です。そして「何」についての理解、選択なのかを明確にする必要があります。現場では、これらを覚えやすく実践的にした「CURVES」というツールを使います。CURVESは本人の意思決定能力を評価する4項目と、本人の意思決定能力がないと判断した場合に評価すべき2項目に分かれています。具体的な質問とともに見てみましょう。意思決定能力を評価するCURVESC-U-R-V:患者本人の意思決定能力を評価する4項目画像を拡大するE-S:能力がない場合の対応を決める2項目画像を拡大する必ず確認すべき「V(Value)」CURVESの中で最も見落とされやすいのが、この「価値観との一致」です。病状の進行や、生活環境の変化、重大な出来事があって本人の価値観が変わったなど、価値観の非連続性を裏付ける理由があれば問題はありません。合理的理由なく価値観が変わっている場合 は 認知症進行や隠れた抑うつを疑うことが重要です。ここまで意思決定能力の定義と評価すべき項目を整理してきました。もうひとつ重要な視点が、「何について」の意思決定なのかを明確にすることです。すべての医療行為に厳格なキャパシティ評価が必要?「日々生じるすべての意思決定について、厳格な意思決定能力の評価が必要なのか?」という疑問を持つ方は多いのではないでしょうか。この質問の答えはNOです。理由は、それが「何について」の意思決定なのかによって、必要なキャパシティは異なるからです。たとえば、肺炎の治療選択肢を決めるというタスクと、代理意思決定人を決めるというタスクでは、必要な認知機能や意思決定能力は異なります。意思決定能力評価の要否を判断するスライディング・スケール・アプローチ意思決定能力評価の要否を判断するポイントは、「利益とリスクのバランス」×「患者の反応」です。2つの例を挙げてみてみましょう。例1:脱水への点滴(利益 > リスク)脱水症に点滴補液をするというタスクは利益がリスクを上回りますから、対応はこのようになります。同意する患者「わかりました、お願いします」→ 通常の会話で確認のみ拒否する患者「点滴はいやだ」→ CURVESで評価例2:終末期がんへの化学療法(リスク > 利益)寝たきりの末期がん患者への化学療法はリスクが利益を上回るタスクですから、以下の対応になります。拒否する患者「もう治療は結構です」→ 意思を尊重(簡易評価)希望する患者「何でもやってほしい」→ CURVESで評価(理解しているか?)余談ですが、こうした治療を家族が希望する場合は、患者と家族の価値観のすり合わせなどの意思決定能力の評価とは別のACPが必要かもしれません。今回のケースに戻りましょう。肺炎と診断し、抗菌薬点滴による治療で回復見込みが高いという判断のもと、治療を提案していました。利益がリスクを上回るタスクを患者が拒否しているので、厳格なキャパシティが必要と考えます。患者の様子から考えると、理解・認識・論理の3つについて、すくなくともこの時点で判断能力がないと判断して妥当です。過去のカルテがあれば、CURVESのうち過去の価値観と一致しているか確認するとこの患者の選択に整合性があるかもしれません。過去の価値観との整合性について確認できない場合でも、代理意思決定者が確認できれば、その人とのコミュニケーションで治療方針を決めるといったステップが見えてきます。Step 1:スライディング・スケールで判断治療内容抗菌薬点滴(利益 > リスク)患者の反応拒否判断厳格な評価が必要 → CURVESを使うStep 2:CURVESで評価| CURVESの項目 | 評価 | 根拠 || C (選択表明) | × | 「いやだ」と繰り返すのみ || U (理解) | × | 説明を自分の言葉で言えない || R (論理) | × | 理由を説明できない || V (価値観) | ? | 過去の情報が必要 || E (緊急性) | ○ | 肺炎は治療遅延で悪化 || S (代理人) | ? | 家族の確認が必要 |評価結果:現時点で意思決定能力なしこのように、スライディング・スケールを用いると、キャパシティ評価を行うべきケースを絞り、すばやく次のステップに進めるとおわかりいただけたのではないかと思います。認知症なら意思決定能力はない?最後に、高齢者の意思決定能力について、必ず心にとめていただきたい項目があります。それは、認知症がある=意思決定能力がないではないということです。「認知症があると意思決定能力がない」あるいは「認知症がないなら意思決定能力がある」と捉えている人が少なからずおられますが、それはどちらも間違いです。認知症があっても、あるタスクについて意思決定能力を保有しているというケースはありますし、逆に認知症がなくても、特定の医療行為やタスクについて選択・決定する能力がない場合もあります。認知症は意思決定能力に関連はしますが、必ずしも意思決定能力の有無を決定するわけではないということを頭の片隅において、日常の診療・ケアにキャパシティ評価を取り入れてください。 ※今回のトピックは、2022年9月度、2024年度11月度の講義・ディスカッションをまとめたものです。CareNeTVスクール「Dr.樋口の老年医学オンラインサロンアーカイブズ」でより詳しい解説やディスカッションをご覧ください。

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セファゾリン【Dr.伊東のストーリーで語る抗菌薬】第5回

セファゾリンここまで、ペニシリン系のスペクトラムを学びました。今回からはセフェム系です。セフェム系もペニシリン系同様に開発順で学んでいくのが良いため、第1世代から順を追って解説していきます。セファゾリンのスペクトラム第1世代セフェム系抗菌薬といえば、セファゾリンです。「ア」がつくので1番目と覚えるとわかりやすいかと思います。セファゾリンのスペクトラムは「S&S±PEK」。いきなり英語が出てきてびっくりされた方もいらっしゃるかと思いますが、S&SはStaphylococcus属とStreptococcus属の頭文字で、それぞれブドウ球菌と連鎖球菌を指します。PEKは、Proteus mirabilis、大腸菌(Escherichia coli)、Klebsiella pneumoniaeの頭文字です。このPEKというのは、以前説明した腸内細菌目に含まれます。ここで最初のS&Sに注目してみましょう。いきなりペニシリン系の復習となりますが、ペニシリン系でブドウ球菌をカバーできるのはどのあたりだったでしょうか? βラクタマーゼ阻害薬を配合しているアンピシリン・スルバクタムからですね。逆に言えば、そこまでしないとペニシリン系でブドウ球菌をカバーすることはできません。セフェム系では初期段階のセファゾリンから、ブドウ球菌をカバーすることができて楽ですね。このお得感を皆さんには噛みしめていただきたいです。では、ブドウ球菌と連鎖球菌を簡単にカバーできることには、どのようなメリットがあるでしょうか。これは、皮膚関連で悪さをする代表的な細菌をまとめて叩くことができるということです。具体的には、蜂窩織炎の第1選択として大活躍します。ほかには、周術期抗菌薬として術前投与することも多いかと思うのですが、これは皮膚についているブドウ球菌が術野を開いた時に、パラパラと落っこちて手術部位感染症を起こすのを防ぐという意味合いがあります。次に、PEKの部分について見ていきます。先ほどお伝えしたとおり腸内細菌目です。これらの細菌は、尿路感染症で問題になることが多いです。ここで、S&S±PEKの部分をよく見ていただくと、PEKの前は「±」となっていることに気付かれた方もいらっしゃると思います。実は、セファゾリンがPEKをカバーできるかどうかは、地域によって、大きく異なってくるため注意が必要です。病院によっては、検出される細菌の感受性検査の結果をまとめたアンチバイオグラムを作成されているところもありますが、アンチバイオグラムがなく、地域での薬剤耐性の程度がわからない病院ではどうしたらよいのでしょうか。次回はこの課題について、考えてみます。また、PEKの「P」についても深堀りしてみます。

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ポンペ病〔Pompe Disease〕

1 疾患概要■ 定義ポンペ病(糖原病II型)は、グリコーゲンを分解するライソゾーム酵素である酸性アルファグルコシダーゼ活性の欠損または低下によるライソゾーム病である。疾患遺伝子はGAA、遺伝形式は常染色体潜性である。ポンペ病は、「乳児型」と「遅発型」に分類され、乳児型では乳児期早期にフロッピーインファント、肥大型心筋症、呼吸不全を発症し、遅発型では幼児期以降に肢帯筋優位の筋力低下や呼吸筋の筋力低下を発症する。■ 疫学ポンペ病の発生頻度は、およそ4万人に1人と推測され、約25%が乳児型であるとされる。■ 病因GAA遺伝子の両アレル性病的バリアントにより酸性アルファグルコシダーゼが欠損または低下し、組織のライソゾーム内に分解されないグリコーゲンが蓄積し、主に心筋や骨格筋が罹患する。オートファジーの機能不全も病態に関与することが明らかにされている。■ 症状乳児型では乳児期早期にフロッピーインファント、筋力低下、肥大型心筋症、呼吸不全を発症し、進行する。肝腫大、巨舌も出現する。遅発型では発症時期は小児期から成人期までさまざまであり、肢帯筋優位の筋力低下や呼吸筋筋力低下を発症し、緩徐に進行し、歩行障害や呼吸不全を来す。鼻声、翼状肩甲、傍脊柱筋萎縮を認めることが多い。ポンペ病の症状は、多器官に及んでいることが明らかになってきており、Wolff-Parkinson-White(WPW)症候群などの不整脈、脳血管障害、聴力障害、胃腸症状などを来すこともある。■ 分類酸性アルファグルコシダーゼ活性の完全欠損による乳児型と活性低下(部分欠損)による遅発型に分類される。遅発型には小児型、若年型、成人型が含まれる。■ 予後乳児型ポンペ病では、生後2ヵ月~数ヵ月に、哺乳力低下、全身の筋力低下、運動発達の遅れ、体重増加不良、心不全症状などを発症し、自然経過では、多くは1歳頃までに死亡する。酵素補充療法により生命予後が改善され、人工呼吸管理を必要とするリスクが減少している。遅発型ポンペ病の自然経過では、1歳以降に、歩行障害、運動時易疲労が出現し、運動機能障害、呼吸不全が進行し、車椅子や人工呼吸管理が必要となる。酵素補充療法により呼吸機能の悪化が抑制され、運動機能が改善されている。2 診断■ 検査所見1)乳児型ポンペ病血液検査血清CK高値(5,000IU/L程度)AST、ALT高値、BNP高値胸部X線&nbsp心拡大心電図 P波振幅増大、PR間隔短縮、QRS高電位心臓超音波検査心筋肥厚、左室駆出率低下生検筋病理所見&nbsp:生検筋病理所見ヘマトキシリン・エオジン(HE)染色、多数の空胞PAS染色→空胞内PAS染色陽性物質の蓄積(グリコーゲン蓄積を示す)酸ホスファターゼ染色陽性2)遅発型ポンペ病血液検査血清CK高値骨格筋CT小児型では大腿部筋の高吸収域、成人型では低吸収または筋萎縮筋電図 筋原性変化、しばしばミオトニー放電が出現呼吸機能検査肺活量と努力肺活量の低下生検筋病理所見特徴的な所見は顕著ではない。■ 確定診断酸性アルファグルコシダーゼ活性低下またはGAA遺伝子に両アレル性の病的バリアントを認めた場合に診断確定とする。酸性アルファグルコシダーゼ活性は濾紙血、リンパ球、生検筋組織などを用いて測定される。酸性アルファグルコシダーゼ活性が低下するがポンペ病を発症しない偽欠損となるバリアントc.1726G>A(p.Gly576Ser)が存在するため診断の際に注意を要する。■ 鑑別疾患乳児型ポンペ病の鑑別すべき疾患には脊髄性筋萎縮症、先天性筋ジストロフィー、先天性ミオパチー、ミトコンドリア病などがある。遅発型ポンペ病では、肢帯型筋ジストロフィー、ベッカー型筋ジストロフィー、多発性筋炎などが挙げられる。他の筋疾患と比較し、遅発型ポンペ病では、歩行可能な時期に先行し、呼吸不全が出現することが特徴的とされる。3 治療■ 酵素補充療法ポンペ病に対し、2007年からヒト酸性アルファグルコシダーゼの遺伝子組み換え酵素製剤であるアルグルコシダーゼアルファ(商品名:マイオザイム)、2021年からアバルグルコシダーゼアルファ(同:ネクスビアザイム)による酵素補充療法が行われている。酵素はマンノース-6-リン酸(M6P)受容体を介し細胞内に取り込まれるが、アバルグルコシダーゼアルファは、横隔膜や骨格筋などへの酵素製剤の取り込みを増大させるため、酸化シアル酸残基にM6Pを結合させた改良型酵素製剤である。2025年からは遅発型ポンペ病に対し、高レベルのM6PやビスーM6P N-グリカンを結合させた酵素製剤シパグルコシダーゼアルファ(同:ポムビリティ)とポンペ病治療酵素安定化剤(シャペロン療法)としてミグルスタット(同:オプフォルダ)を併用する治療も行われるようになった。酵素製剤はいずれも2週間に1回静脈投与を行う。■ 呼吸機能の管理と治療ポンペ病の呼吸機能は、肋間筋や横隔膜の筋力低下を反映し、仰臥位の機能は座位に比し低下するので呼吸理学療法を行う。呼吸不全が進行した場合、非侵襲的陽圧換気療法(NPPV)または侵襲的陽圧換気療法(IPPV)を行う。遅発型ポンペ病では、歩行可能な時期に先行し呼吸不全が出現するため、呼吸機能を定期的に評価する。■ 心機能・不整脈の管理と治療乳児型では生後早期から心肥大が出現することが多い。酵素補充療法は、心肥大を改善させる。ポンペ病ではWPW症候群などの不整脈が高率に出現するため、不整脈に対する薬物療法やカテーテルアブレーションを必要とする症例がある。■ 脊柱側弯症の管理と治療脊柱側弯症に対し外科手術を行う。■ 理学療法関節の変形・拘縮予防のため、理学療法士の介入や、補装具を導入する。最大運動強度の60~70%までの有酸素運動が推奨されている。4 今後の展望(治験中・研究中の診断法や治療薬剤など)ポンペ病の新生児スクリーニング検査が広く実施されるようになっている。とくに乳児型ポンペ病においては、早期治療開始が重要であり、米国でもRUSP(Recommendation Uniform Screening Panel)により新生児スクリーニングを実施する疾患として推奨されている。2025年時点では、公費助成がある自治体は少ないが、今後さらに広がることが期待されている。ポンペ病に対する遺伝子治療の開発は、海外の臨床治験として肝臓を標的としたAAV8-GAAの静脈内投与が遅発型ポンペ病に対して実施され、心筋、骨格筋、中枢神経を標的としたAAV-9-GAAの静脈内投与が乳児型ポンペ病に対して実施された。遺伝子治療の臨床現場への導入が期待されている。5 主たる診療科・紹介すべき診療科主たる診療科:小児科(小児神経、小児循環器)、脳神経内科(運動機能、脳血管障害、白質病変)紹介すべき診療科:リハビリテーション科、循環器内科、呼吸器内科、脳外科(脳血管障害)、耳鼻咽喉科(難聴)、整形外科(脊柱側弯症)、産科(母胎管理)、遺伝子診療科など※ 医療機関によって診療科目の区分は異なることがあります。6 参考になるサイト(公的助成情報、患者会情報など)診療、研究に関する情報小児慢性特定疾病情報センター ポンペ病(一般利用者向けと医療従事者向けのまとまった情報)難病情報センター ライソゾーム病中のポンペ病 (一般利用者向けと医療従事者向けのまとまった情報)ライソゾーム病、ペルオキシゾーム病(副腎白質ジストロフィーを含む)における早期診断・早期治療を可能とする診療提供体制の確立に関する研究 (一般利用者向けと医療従事者向けのまとまった情報)1)日本先天代謝異常学会 編集. ポンペ病診療ガイドライン2018. 診断と治療社.2018.2)Ditters IAM, et al. Lancet Child Adolesc Health. 2022;6:28-37.3)Sawada T, et al. Orphanet J Rare Dis. 2021;16:516.公開履歴初回2025年11月20日

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進行扁平上皮NSCLCの1次治療、ivonescimab併用がICI併用と比較しPFS改善(HARMONi-6)/Lancet

 未治療の進行扁平上皮非小細胞肺がん(NSCLC)患者において、ivonescimab+化学療法はチスレリズマブ+化学療法と比較して、PD-L1の発現状態を問わず無増悪生存期間(PFS)を有意に改善させ、安全性プロファイルは管理可能なものであった。中国・上海交通大学のZhiwei Chen氏らが、同国50病院で実施した第III相無作為化二重盲検比較試験「HARMONi-6試験」の結果で示された。扁平上皮NSCLCは非扁平上皮NSCLCと比べて臨床アウトカムが不良で、治療選択肢は限られている。今回の結果を踏まえて著者は、「本レジメンは扁平上皮NSCLC患者集団における1次治療として使用できる可能性がある」とまとめている。Lancet誌2025年11月1日号掲載の報告。臨床病期(IIIB/IIIC期vs.IV期)、PD-L1発現(TPS≧1%vs.<1%)で層別化 HARMONi-6試験では、進行扁平上皮NSCLC患者に対する1次治療として、ivonescimab+化学療法(ivonescimab群)の有効性と安全性をチスレリズマブ+化学療法(チスレリズマブ群)と比較した。対象は、年齢18~75歳、未治療・切除不能な病理組織学的に確認されたStageIIIB/IIICまたはStageIVの扁平上皮NSCLCで、ECOG PSスコア0または1の患者とした。 被験者は、ivonescimab群またはチスレリズマブ群に1対1の割合で無作為に割り付けられ、ivonescimab(20mg/kg)またはチスレリズマブ(200mg)+パクリタキセル(175mg/m2)およびカルボプラチン(AUC 5mg/mL/分)をいずれも静脈内投与で3週ごとに4サイクル受けた後、維持療法としてivonescimab(20mg/kg)またはチスレリズマブ(200mg)の単独療法を受けた。臨床病期(IIIB/IIIC期vs.IV期)、PD-L1発現(TPS≧1%vs.<1%)によって層別化された。 主要評価項目は、無作為化された全被験者におけるPFS(RECIST v1.1に基づく独立画像判定委員会判定)であった。また、安全性(治療に関連した有害事象および重篤な有害事象ならびに免疫またはVEGF阻害に関連した有害事象と定義)は、割り付け治療の試験薬を少なくとも1回投与された全被験者を対象に解析が行われた。PFS中央値はivonescimab群11.1ヵ月、チスレリズマブ群6.9ヵ月 2023年8月17日~2025年1月21日に761例が適格性についてスクリーニングを受け、532例(70%)が試験に登録・無作為化された(ivonescimab群266例、チスレリズマブ群266例)。ベースライン特性は両群間でバランスが取れており、被験者は、ほとんどが現在または元喫煙者で(92%と86%)、両群ともPD-L1 TPS<1%は39%であった。 データカットオフ日の2025年2月28日時点で、ivonescimab群で162例(61%)、チスレリズマブ群で134例(50%)が割り付け治療を継続していた。追跡期間中央値は10.3ヵ月(95%信頼区間[CI]:9.5~11.0)で、PFS中央値は、ivonescimab群11.1ヵ月(95%CI:9.9~評価不能)、チスレリズマブ群6.9ヵ月(5.8~8.6)であった(ハザード比[HR]:0.60、95%CI:0.46~0.78、片側p<0.0001)。ivonescimab群のPFS改善、PD-L1発現状態にかかわらず ivonescimab群におけるPFSベネフィットは、PD-L1の発現状態にかかわらず一貫して認められた(TPS≧1%群のHR:0.66[95%CI:0.46~0.95]、<1%群:0.55[0.37~0.82])。 ivonescimab群で170例(64%)、チスレリズマブ群で144例(54%)にGrade3以上の治療関連有害事象が認められ、ivonescimab群で24例(9%)、チスレリズマブ群で27例(10%)にGrade3以上の免疫関連有害事象が認められた。Grade3以上の治療関連出血は、ivonescimab群で5例(2%)、チスレリズマブ群で2例(1%)に認められた。

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手術・TEER非適応の僧帽弁逆流症、経カテーテル僧帽弁置換術が有効/Lancet

 米国・Mayo Clinic College of Medicine and ScienceのMayra E. Guerrero氏らENCIRCLE Trial Executive Committee and Study Investigatorsは、国際的なpivotal試験「ENCIRCLE試験」において、外科手術および経カテーテル的edge-to-edge修復術(TEER)の適応とならない僧帽弁逆流症患者では、SAPIEN M3システム(Edwards Lifesciences製)を用いた新規の経皮・経中隔的なカテーテル僧帽弁置換術(TMVR)により、僧帽弁逆流が効果的に軽減し、合併症や死亡の割合も低下することを示した。Lancet誌オンライン版2025年10月27日号掲載の報告。6ヵ国の前向き単群試験 ENCIRCLE試験は、6ヵ国(米国、カナダ、英国、オランダ、イスラエル、オーストラリア)の56施設で実施した前向き単群試験であり、2020年6月~2023年10月に、外科手術およびTEERが適応でない、症候性の中等度~重度、または重度の僧帽弁逆流症の成人(年齢18歳以上)患者を登録した(Edwards Lifesciencesの助成を受けた)。 主要エンドポイントは、1年後の時点での実際に治療を受けた集団における全死因死亡と心不全による再入院の複合とし、事前に規定した性能目標値(45%)と比較した。1年後の主要エンドポイント推定発生率は25.2% 299例が、SAPIEN M3システムによるTMVRを受けた。年齢中央値は77.0歳(四分位範囲[IQR]:70.0~82.0)で、152例(51%)が男性、147例(49%)が女性と自己申告した。僧帽弁置換術のSociety of Thoracic Surgeonsの予測30日死亡リスクスコアの平均値は6.6%であり、213例(71%)がNYHA心機能分類IIIまたはIVで、左室駆出率中央値は49.5%(IQR:38.7~58.1)だった。 追跡期間中央値は1.4年(IQR:1.0~2.1)であり、30日時の追跡データは283例(95%)で、1年時の追跡データは243例(81%)で得られた。手技に伴う死亡例、左室流出路閉塞による血行動態の悪化例、外科手術への転換例の報告はなかった。 Kaplan-Meier法による1年後の主要エンドポイントの推定発生率は25.2%(95%信頼区間[CI]:20.6~30.6)であり、事前に規定した性能目標値である45%に比べ有意に良好であった(p<0.0001)。1年後の全死因死亡率は13.9%(95%CI:10.4~18.5)、心不全による再入院率は16.7%(12.8~21.6)だった。NYHA心機能分類、QOLも改善 NYHA心機能分類およびQOL(カンザスシティ心筋症質問票の全体の要約スコア[KCCQ-OS])は、30日後には有意な改善が得られ、この効果は1年後も持続していた。また、全例で、1年後に僧帽弁逆流症のクラスの改善が達成された。 左室駆出率中央値は、ベースラインの49.5%から1年後には41.8%となった。1年後の心血管疾患による入院は38.5%であり、1年後の脳卒中の発生率は9.3%、後遺障害を伴う脳卒中の発生率は3.9%であった。 著者は、「これらの知見は、外科手術およびTEERが適応とならない僧帽弁逆流症の治療選択肢として、SAPIEN M3システムを用いた経皮的TMVRの有用性を示すもの」「この新規の経皮的TMVRデバイスは、TEERと同等の手技の安全性を保ちつつ、僧帽弁逆流の持続的な改善効果を示した初めての治療法である」「この方法は、構造的な弁の劣化が生じた場合に再介入が可能であるため、僧帽弁逆流症の生涯管理において重要な役割を担うと期待される」としている。

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肺動脈性肺高血圧症〔PAH : pulmonary arterial hypertension〕

1 疾患概要■ 概念・定義肺高血圧症(pulmonary hypertension:PH)は、肺動脈圧が上昇する一連の疾患の総称である。欧州の肺高血圧症診断治療ガイドライン2022では、右心カテーテルで安静時の平均肺動脈圧(mPAP)が20mmHgを超える状態と定義が変更された。さらに肺動脈性肺高血圧症(PAH)に関しても、mPAP>20mmHgかつ肺動脈楔入圧(PAWP)≦15mmHg、肺血管抵抗(PVR)>2 Wood単位(WU)と診断基準が変更された。しかし、わが国において、厚生労働省が指定した指定難病PAHの診断基準は2025年8月の時点では「mPAP≧25mmHg、PVR≧3WU、PAWP≦15mmHg」で変わりない。この数字は現在保険収載されている肺血管拡張薬の臨床試験がmPAP≧25mmHgの患者を対象としていることにある。mPAP 20~25mmHgの症例に対する治療薬の臨床的有用性や安全性に関する検証が待たれる。■ 疫学特発性PAHは一般臨床では100万人に1~2人、二次性または合併症PAHを考慮しても100万人に15人ときわめてまれである。従来、特発性PAHは30代を中心に20~40代女性に多く発症する傾向があったが、最近の調査では高齢者かつ男性の新規診断例の増加が指摘されている。小児は成人の約1/4の発症数で、1歳未満・4~7歳・12歳前後に発症のピークがある。男女比は小児では大差ないが、思春期以降の小児や成人では男性に比し女性が優位である。厚生労働省研究班の調査では、膠原病患者のうち混合性結合織病で7%、全身性エリテマトーデスで1.7%、強皮症で5%と比較的高頻度にPAHを発症する。■ 病因主な病変部位は前毛細血管の細小動脈である。1980年代までは血管の「過剰収縮ならびに弛緩低下の不均衡」説が病因と考えられてきたが、近年の分子細胞学的研究の進歩に伴い、炎症-変性-増殖を軸とした、内皮細胞機能障害を発端とした正常内皮細胞のアポトーシス亢進、異常平滑筋細胞のアポトーシス抵抗性獲得と無秩序な細胞増殖による「血管壁の肥厚性変化とリモデリング」 説へと、原因論のパラダイムシフトが起こってきた1, 2)。肺血管平滑筋細胞などの血管を構成する細胞の異常増殖は、細胞増殖抑制性シグナル(BMPR-II経路)と細胞増殖促進性シグナル(ActRIIA経路)のバランスの不均衡により生じると考えられている3)。遺伝学的には2000年に報告されたBMPR2を皮切りに、ACVRL1、ENG、SMAD9など、TGF-βシグナル伝達に関わる遺伝子が次々と疾患原因遺伝子として同定された4)。これらの遺伝子変異は家族歴を有する症例の50~70%、孤発例(特発性PAH)の20~30%に発見されるが、浸透率は10~20%と低い。また、2012年にCaveolin1(CAV1)、2013年にカリウムチャネル遺伝子であるKCNK3、2013年に膝蓋骨形成不全の原因遺伝子であるTBX4など、TGF-βシグナル伝達系とは直接関係がない遺伝子がPAH発症に関与していることが報告された5-7)。■ 症状PAHだけに特異的なものはない。初期は安静時の自覚症状に乏しく、労作時の息切れや呼吸困難、運動時の失神などが認められる。注意深い問診により診断の約2年前には何らかの症状が出現していることが多いが、てんかんや運動誘発性喘息、神経調節性失神などと誤診される例も少なくない。進行すると易疲労感、顔面や下腿の浮腫、胸痛、喀血などが出現する。■ 分類『ESC/ERS肺高血圧症診断治療ガイドライン2022』に示されたPHの臨床分類を以下に示す8)。1群PAH(肺動脈性肺高血圧症)1.1特発性PAH1.1.1 血管反応性試験でのnon-responders1.1.2 血管反応性試験でのacute responders(Ca拮抗薬長期反応例)1.2遺伝性PAH1.3薬物/毒物に関連するPAH1.4各種疾患に伴うPAH1.4.1 結合組織病(膠原病)に伴うPAH1.4.2 HIV感染症に伴うPAH1.4.3 門脈圧亢進症に伴うPAH(門脈肺高血圧症)1.4.4 先天性心疾患に伴うPAH1.4.5 住血吸虫症に伴うPAH1.5 肺静脈閉塞症/肺毛細血管腫症(PVOD/PCH)の特徴をもつPAH1.6 新生児遷延性肺高血圧症(PPHN)2群PH(左心疾患に伴うPH)2.1 左心不全2.2.1 左室駆出率の保たれた心不全(HFpEF)2.2.2 左室駆出率が低下または軽度低下した心不全2.2 弁膜疾患2.3 後毛細血管性PHに至る先天性/後天性の心血管疾患3群PH(肺疾患および/または低酸素に伴うPH)3.1 慢性閉塞性肺疾患(COPD)3.2 間質性肺疾患(ILD)3.3 気腫合併肺線維症(CPFE)3.4 低換気症候群3.5 肺疾患を伴わない低酸素症(例:高地低酸素症)3.6 肺実質の成長障害4群PH(肺動脈閉塞に伴うPH)4.1 慢性血栓塞栓性PH(CTEPH)4.2 その他の肺動脈閉塞性疾患5群PH(詳細不明および/または多因子が関係したPH)5.1 血液疾患5.2 全身性疾患(サルコイドーシス、肺リンパ脈管筋腫症など)5.3 代謝性疾患5.4 慢性腎不全(透析あり/なし)5.5 肺腫瘍血栓性微小血管症(PTTN)5.6 線維性縦郭炎5.7 複雑先天性心疾患■ 予後1990年代まで平均生存期間は2年8ヵ月と予後不良であった。わが国では1999年より静注PGI2製剤エポプロステノールナトリウムが臨床使用され、また、異なる機序の経口肺血管拡張薬が相次いで開発され、併用療法が可能となった。近年では5年生存率は90%近くに劇的に改善してきている。一方、最大限の内科治療に抵抗を示す重症例も一定数存在し、肺移植施設への照会、肺移植適応の検討も考慮される。2 診断 (検査・鑑別診断も含む)右心カテーテル検査による「肺動脈性のPH」の診断とともに、臨床分類における病型の確定、他のPHを来す疾患の除外(鑑別診断)、および重症度評価が行われる。症状の急激な進行や重度の右心不全を呈する症例はPH診療に精通した医師に相談することが望ましい。PHの各群の鑑別のためには、まず左心性心疾患による2群PH、呼吸器疾患/低酸素による3群PHの存在を検索し、次に肺換気血流シンチグラムなどにより肺血管塞栓性PH(4群)を否定する。ただし、呼吸器疾患/低酸素によるPHのみでは説明のできない高度のPHを呈する症例では1群PAHの合併を考慮すべきである。わが国の『肺高血圧症診療ガイダンス2024』に示された診断手順(図1)を参考にされたい9)。図1 PHの鑑別アルゴリズム(診断手順)画像を拡大する■ 主要症状および臨床所見1)労作時の息切れ2)易疲労感3)失神4)PHの存在を示唆する聴診所見(II音の肺動脈成分の亢進など)■ 診断のための検査所見1)右心カテーテル検査(指定難病PAHの診断基準に準拠)(1)肺動脈圧の上昇(安静時肺動脈平均圧で25mmHg以上、肺血管抵抗で3単位以上)(2)肺動脈楔入圧(左心房圧)は正常(15mmHg以下)2)肺血流シンチグラム区域性血流欠損なし(特発性または遺伝性PAHでは正常または斑状の血流欠損像を呈する)■ 参考とすべき検査所見1)心エコー検査にて、右室拡大や左室圧排所見、三尖弁逆流速度の上昇(>2.8m/s)、三尖弁輪収縮期移動距離の短縮(TAPSE<18mm)、など2)胸部X線像で肺動脈本幹部の拡大、末梢肺血管陰影の細小化3)心電図で右室肥大所見3 治療 (治験中・研究中のものも含む)『ESC/ERSのPH診断・治療ガイドライン2022』を基本とし、日本人のエビデンスと経験に基づいて作成されたPAH治療指針を図2に示す9,10)。図2 PAHの治療アルゴリズム画像を拡大するこれはPAH症例にのみ適応するものであって、他のPHの臨床グループ(2~5群)に属する症例には適応できない。一般的処置・支持療法に加え、根幹を成すのは3系統の肺血管拡張薬である。すなわち、プロスタノイド(PGI2)、ホスホジエステラーゼ 5型阻害薬(PDE5-i)、エンドセリン受容体拮抗薬(ERA)である。2015年にPAHに追加承認された、可溶性guanylate cyclase(sGC)刺激薬リオシグアトはPDE5-iとは異なり、NO非依存的にNO-cGMP経路を活性化し、肺血管拡張作用をもたらす利点がある。初期治療開始に先立ち、急性血管反応性試験(AVT)の反応性を確認する。良好な反応群(responder)には高用量のCa拮抗薬が推奨される。しかし、実臨床においてCa拮抗薬長期反応例は少なく、3~4ヵ月後の血行動態改善が乏しい場合には他の薬剤での治療介入を考慮する。AVT陰性例には重症度に基づいた予後リスク因子(表)を考慮し、リスク分類に応じて3系統の肺血管拡張薬のいずれかを用いて治療を開始する。表 PAHのリスク層別化画像を拡大する低~中リスク群にはERA(アンブリセンタン、マシテンタン)およびPDE5-i(シルデナフィル、タダラフィル)の2剤併用療法が広く行われている。高リスク群には静注・皮下注投与によるPGI2製剤(エポプロステノール、トレプロスチニル)、ERA、PDE5-iの3剤併用療法を行う。最近では初期から複数の治療薬を同時に併用する「初期併用療法」が主流となり良好な治療成績が示されているが、高齢者や併存疾患(高血圧、肥満、糖尿病、肺実質疾患など)を有する症例では、安全性を考慮しERAもしくはPDE5-iによる単剤治療から慎重に開始すべきである。右心不全ならびに左心還流血流低下が著しい最重症例では、体血管拡張による心拍出量増加・右心への還流静脈血流増加に対する肺血管拡張反応が弱く、かえって肺動脈圧上昇や右心不全増悪を来すことがあり、少量から開始し、急速な増量は避けるべきである。また、カテコラミン(ドブタミンやPDEIII阻害薬など)の併用が望まれ、体血圧低下や脈拍数増加、水分バランスにも十分留意する。初期治療開始後は3~4ヵ月以内に血行動態の再評価が望まれる。フォローアップ時において中リスクの場合は、経口PGI2受容体刺激薬セレキシパグもしくは吸入PGI2製剤トレプロスチニルの追加、PDE5-iからsGC刺激薬リオシグアトへの薬剤変更も考慮される。しかし、経口薬による多剤併用療法を行っても機能分類-III度から脱しない難治例には時期を逸さぬよう非経口PGI2製剤(エポプロステノール、トレプロスチニル)の導入を考慮すべきである。すでに非経口PGI2製剤を導入中の症例で用量変更など治療強化にも抵抗を示す場合は、肺移植認定施設に紹介し、肺移植適応を検討する。2025年8月にアクチビンシグナル伝達阻害薬ソタテルセプト(商品名:エアウィン 皮下注)がわが国でも保険収載された。これまでの3系統の肺血管拡張薬とは薬理機序が異なり、アクチビンシグナル伝達を阻害することで細胞増殖抑制性シグナルと細胞増殖促進性シグナルのバランスを改善し、肺血管平滑筋細胞の増殖を抑制する新しい薬剤である11)。ソタテルセプトは、既存の肺血管拡張薬による治療を受けている症例で中リスク以上の治療強化が必要な場合、追加治療としての有効性が期待される。3週間ごとに皮下注射する。主な副作用として、出血や血小板減少、ヘモグロビン増加などが報告されている。PHに対して開発中の薬剤や今後期待される治療を紹介する。吸入型のPDGF阻害薬ソラルチニブが成人PAHを対象とした第III相臨床試験を国内で進捗中である。トレプロスチニルのプロドラッグ(乾燥粉末)吸入製剤について海外での第II相試験が完了し、1日1回投与で既存の吸入薬に比べて利便性向上が期待できる。内因性エストロゲンはPHの病因の1つと考えられており、アロマターゼ阻害薬であるアナストロゾールの効果が研究されている。世界中で肺動脈自律神経叢を特異的に除神経するカテーテル治療開発が進められており、国内でも先進医療として薬物療法抵抗性PH対する新たな治療戦略として期待されている。4 今後の展望近年、肺血管疾患の研究は急速に成長をとげている。PHの発症リスクに関わる新たな遺伝的決定因子が発見され、PHの病因に関わる新規分子機構も明らかになりつつある。とくに細胞の代謝、増殖、炎症、マイクロRNAの調節機能に関する研究が盛んで、これらが新規標的治療の開発につながることが期待される。また、遺伝学と表現型の関連性によって予後転帰の決定要因が明らかとなれば、効率的かつテーラーメイドな治療戦略につながる可能性がある。5 主たる診療科循環器内科、膠原病内科、呼吸器内科、胸部心臓血管外科、小児科※ 医療機関によって診療科目の区分は異なることがあります。6 参考になるサイト(公的助成情報、患者会情報など)診療、研究に関する情報難病情報センター 肺動脈性肺高血圧症(指定難病86)(一般利用者向けと医療従事者向けのまとまった情報)日本肺高血圧・肺循環学会合同ガイドライン(日本循環器学会)(2025年改訂された日本循環器学会および日本肺高血圧・ 肺循環学会の合同作成による肺高血圧症に関するガイドライン)肺高血圧症診療ガイダンス2024(日本肺高血圧・肺循環学会)(欧州ガイドライン2022を基とした日本の実地診療に即したガイダンス)2022 ESC/ERS Guidelines for the diagnosis and treatment of pulmonary hypertension(2022年に発刊された最新版の欧州ガイドライン、英文のみ)患者会の情報NPO法人 PAHの会(肺高血圧症患者と家族が運営している全国組織の患者会)Pulmonary Hypertension Association(世界最大かつ最古の肺高血圧症協会で16,000人以上の患者・家族・医療専門家からなる国際的なコミュニティ、日本語選択可) 1) Michelakis ED, et al. Circulation. 2008;18:1486-1495. 2) Morrell NW, et al. J Am Coll Cardiol. 2009;54:S20-31. 3) Guignabert C, et al. Circulation. 2023; 147: 1809-1822. 4) 永井礼子. 日本小児循環器学会雑誌. 2023; 39: 62-68. 5) Austin ED, et al. Circ Cardiovasc Genet. 2012;5:336-343. 6) Ma L, et al. N Engl J Med. 2013;369:351-361. 7) Kerstjens-Frederikse WS, et al. J Med Genet. 2013;50:500-506. 8) Humbert M, et al. Eur Heart J. 2022;43:3618-3731. 9) 日本肺高血圧・肺循環学会. 肺高血圧症診療ガイダンス2024. 10) Chin KM, et al. Eur Respir J. 2024;64:2401325. 11) Sahay S, et al. Am J Respir Crit Care Med. 2024;210:581-592. 公開履歴初回2013年07月18日更新2025年11月06日

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ソーシャルメディアは子どもの認知能力を低下させる?

 ソーシャルメディアは10代の子どもの脳の力を低下させている可能性のあることが、新たな研究で示唆された。9〜13歳にかけてのソーシャルメディアの利用時間の増加は、読解力、記憶力、言語能力などの認知テストの成績が低いことと関連していたという。米カリフォルニア大学サンフランシスコ校(UCSF)小児科分野のJason Nagata氏らによるこの研究結果は、「Journal of the American Medical Association(JAMA)」に10月13日掲載された。 Nagata氏は、「この研究では、ソーシャルメディアの使用時間が少なくても、認知能力の低下と関連していることが示された。この結果は、思春期初期の脳がソーシャルメディアへの露出に特に敏感である可能性を示唆しており、こうしたプラットフォームは年齢に合った形で導入することと、注意深く監視することの重要性を強調している」と述べている。 この研究でNagata氏らは、米国最大の長期脳発達研究である思春期脳認知発達(Adolescent Brain Cognitive Development;ABCD)研究の参加者6,554人(女児48.9%)のベースライン(2016〜2018年、9〜10歳)、1年後(2017〜2019年)、2年後(2018〜2020年)の3時点のデータを解析した。グループベースの軌跡モデリングにより対象者の1日当たりのソーシャルメディア使用時間の推移を分析し、使用しない/使用時間が極めて少ない群(13歳時点で0.3時間/日、57.6%)、低レベルから増加した群(+1.3時間/日、36.6%)、高レベルから増加した群(+3時間/日、5.8%)の3群に分類した。 その結果、使用しない/使用時間が極めて少ない群と比較して、低レベルから増加した群および高レベルから増加した群では、音読認識テストのスコアがそれぞれ−1.39点と−1.68点、エピソード記憶を評価するPicture Sequence Memory Testのスコアが−2.03点と−4.51点、絵画語彙発達検査のスコアが−2.09点と−3.85点、総合スコアが−0.85点と−1.76点、低いことが明らかになった。 Nagata氏は、「これらの差は軽微だったが一貫して認められた。読解力や記憶力といった認知能力は学習の基盤となるため、たとえ大規模集団におけるわずかな低下であっても、教育に重要な影響を与える可能性がある」と述べている。 Nagata氏らは、一部の子どもは宿題をせずにソーシャルメディアを見ていて、それが教育と発達に影響を与えているのではないかと疑っている。Nagata氏は、「ソーシャルメディアは非常に双方向的であり、読書や学業に費やす時間を奪ってしまう。幼い頃から健全なスクリーン習慣を身につけることは、学習と認知能力の発達を守るのに役立つ可能性がある」と話している。  さらにNagata氏らは、この研究結果は、日中の携帯電話の使用を制限するという学校による最近の取り組みや、ソーシャルメディアに対する年齢制限の強化といったより厳格な対策を裏付けるものだとの見方を示している。ただし、研究グループは、この研究は観察研究であるため、ソーシャルメディアの使用と子どもの認知能力との間の直接的な因果関係が明らかにされたわけではないことも指摘している。

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ESMO2025 レポート 消化器がん(下部消化器編)

レポーター紹介2025年10月17~21日に、欧州臨床腫瘍学会(ESMO Congress 2025)がドイツ・ベルリンで開催され、後の実臨床を変えうる注目演題が複数報告された。国立がん研究センター東病院の坂東 英明氏が消化器がん領域における重要演題をピックアップし、結果を解説する。上部消化器編は こちら4.【大腸がん】CheckMate 8HW試験のupdate(#LBA29)切除不能MSI-H/dMMR大腸がんに対してNIVO+IPIの有効性を検証したランダム化第III相試験であるCheckMate 8HW試験。各施設で行われたMSI/MMR判定より中央判定でMSI-H/dMMRと判定された症例における解析では、NIVO+IPIの化学療法もしくはNIVO単剤と比較したPFSの有効性の差がより明らかになっていた。今回は、事前に計画されていた、中央判定でMSI-H/dMMRと判定された症例における1次治療におけるNIVO+IPI vs.NIVOのPFS最終解析と、すべての治療におけるNIVO+IPI vs.NIVOのOS最終解析の結果が報告された。1次治療におけるNIVO+IPI vs.NIVOのPFSは事前に設定されたp<0.0383の閾値に到達しなかったものの、HRは0.69(95%CI:0.48~0.99、p=0.0413)と臨床的に意義のある差を認めた。OSにおいてもすべての治療ラインにおけるNIVO+IPI vs.NIVOのOSはHR:0.61(95%CI:0.45~0.83)と良好な結果であったが、予測されていたイベントの69%しか発生しておらず、immatureな結果であった。いずれにしても、これらの結果はNIVO+IPIがMSI-H/dMMR大腸がんにおける標準治療であることを支持するものである。5.【大腸がん】BREAKWATER試験のctDNA解析(#729MO)切除不能BRAF V600E変異大腸がんの1次治療としてmFOLFOX6+エンコラフェニブ+セツキシマブ(EC)とECと化学療法+ベバシズマブの3群を比較したBREAKWATER試験では、すでに奏効率(ORR)、PFS、OSにおいて有効性が検証されている。今回は事前に設定されていたBRAFの変異アレル頻度(variant allele frequency:VAF)に基づくctDNA検査と組織検査の一致、治療効果、治療に対する耐性との関係を解析した。ctDNA検査はGuardant Infinityが用いられた。組織のBRAF変異とctDNAのBRAF変異は高い一致が認められ、tumor burden(転移巣の腫瘍径の総和)とctDNAの検出には関連性が認められた。ctDNAのVAFにかかわらず、mFOLFOX6+ECは他治療と比較して良好なORRとOSを認めた。経時的な測定ではmFOLFOX6+EC症例で最も速やかなVAFの低下とその後の治療経過でも低下の維持が認められ、2コース目Day15におけるctDNA未検出が良好なOSと関連するとともに、そのような症例がmFOLFOX6+EC症例で最も多く認められた。mFOLFOX6+EC症例はEC症例より長期の治療が可能であったにもかかわらず、治療終了時のKRAS、NRAS、MAP2K1変異、MET遺伝子増幅など耐性獲得変異などの検出がより少なかった。これらの結果は、mFOLFOX6+ECの標準治療としての地位をより強化するものである。6.【大腸がん】DESTINY-CRC02試験の最終解析(#737MO)切除不能HER2陽性大腸がんに対して抗HER2抗体薬物複合体であるトラスツズマブ デルクステカン(T-DXd)の有効性を検討した多施設共同第II相試験であるDESTINY-CRC02試験は、HER2陽性(IHC 3+またはIHC 2+/ISH+)122例を対象に、T-DXd 5.4mg/kgおよび6.4mg/kg(各40例、追加42例)を3週ごとに投与し、主要評価項目は独立中央判定による確定奏効率(confirmed ORR:cORR)であった。最終解析では、追跡期間中央値が5.4mg/kg群14.2ヵ月、6.4mg/kg群12.7ヵ月に延長され、主要評価項目のcORRはそれぞれ37.8%(95%CI:27.3~49.2)および27.5%(14.6~43.9)と、5.4mg/kg群でより高い奏効率を示した。PFSは中央値5.8ヵ月vs.5.5ヵ月、OSは15.9ヵ月(12.6~18.8)vs.19.7ヵ月(9.9~25.8)であり、奏効期間(duration of response:DOR)は両群とも5.5ヵ月であった。安全性では、Grade3以上の有害事象が5.4mg/kg群で42.2%、6.4mg/kg群で48.7%に認められ、間質性肺疾患(ILD)はそれぞれ9.6%(主にGrade1~2)、17.9%と用量依存的な増加を示したが、新たな安全性シグナルは確認されなかった。これらの結果から、T-DXd 5.4mg/kgが有効性と安全性のバランスに優れた推奨用量と結論付けられた。この結果は標準治療後のHER2陽性大腸がんにおけるT-DXdの有用性を確立するものである。7.【大腸がん】STELLAR-303試験(#LBA30)現時点でMSI-H/dMMR以外の転移を有する大腸がんに対して免疫チェックポイント阻害薬がOSを有意に改善した第III相試験は存在しない。zanzalintinibはTAM kinase、MET、VEGFレセプターを阻害するマルチキナーゼ阻害薬であり、STELLAR-001試験でzanzalintinibとアテゾリズマブ(Atezo)の併用で良好な治療効果と許容される毒性を認めていた。その結果に基づき、ランダム化非盲検第III相試験であるSTELLAR-303試験が前治療のある転移性大腸がんに対して実施された。MSI-H/dMMR以外の標準治療終了後の転移性大腸がん901例をzanzalintinib+Atezo群(451例)とレゴラフェニブ群(450例)に1:1に割り付け、主要評価項目は、ITT症例におけるOSと肝転移を持たない症例におけるOSとdual primaryとなっていた。ITT症例におけるOS中央値でzanzalintinib+Atezo群10.9ヵ月vs.レゴラフェニブ群9.4ヵ月(HR:0.80、95%CI:0.69~0.93、p=0.0045)と統計学的に有意な差を認めた。肝転移のない症例においても中間解析でOS中央値15.9ヵ月vs.12.7ヵ月(HR:0.79、95%CI:0.61~1.03、p=0.087)と良好な傾向が認められた。サブグループ解析でもすべてのサブグループで試験治療が良好な傾向であり、肝転移ありの症例でも良好な結果であった。PFSにおいても、中央値でzanzalintinib+Atezo群3.7ヵ月vs.レゴラフェニブ群2.0ヵ月(HR:0.68、95%CI:0.59~0.79)と良好な結果であった。安全性においてはGrade3の有害事象がzanzalintinib+Atezo群56%vs.レゴラフェニブ群33%であったが、治療関連死は両群ともにまれであった。zanzalintinib+AtezoはMSI-H/dMMR以外の転移性大腸がんにおいて今後の治療オプションとなりうるが、治療効果の上乗せは大きくなく(中央値で1.5ヵ月)、日本は参加していない試験であり、今後各国での承認および本邦における導入の動向が注目される。8.【結腸がん】DYNAMIC-III試験(#LBA9)StageIII切除後結腸がんの標準治療は、リスクに応じて3~6ヵ月のオキサリプラチンベースの術後補助化学療法である。DYNAMIC-III試験はctDNAの結果を基にStageIIIの結腸がんに対してctDNA-positive症例には治療のescalation(ASCO 2025で報告済み)、ctDNA-negative症例には治療のde-escalationを実施する治療の有効性を検証するランダム化第II/III相試験である。今回、ctDNA-negative症例に治療のde-escalationを実施するコホートの結果が報告された。ctDNAの情報を基に治療を実施する群(事前に治療を規定して、ctDNAの結果を基にde-escalation)と主治医判断の下に治療を実施する群(ctDNAの結果はブラインド)に1:1に割り付けた。主要評価項目は3年RFSであり、非劣性マージンを7.5%とし、750例が必要と算出された。ctDNA-negative症例が75%と想定され、トータルで1,002例がランダム化された。ctDNA-negative cohortでは752例が対象となり、3~6ヵ月のオキサリプラチンベースの治療が行われた症例がde-escalation群で34.8%、標準治療群で88.6%(RR:0.41、p<0.001)と有意に少なく、治療関連の入院、Grade3~4の治療関連の有害事象も有意に少ない結果であった。3年RFSはde-escalation群で85.3%、標準治療群で88.1%であり、非劣性マージンである7.5%の95%CIの下限を満たさない結果であった。臨床的なLow Risk(T1-3N1)とHigh Risk(T4 and/or N2)の比較では、High Risk群でde-escalation群がより不良な結果であった。ctDNA陰性例と陽性例の比較では、陰性→陽性群でctDNA量が少ない群の順番でRFSが良好であった。ctDNAの情報を基にしたde-escalationの戦略はさらなる検討が必要と結論付けられた。

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高齢者のポリドクター研究、最適受診施設数は2〜3件か

 複数の医療機関に通う高齢者は多いが、受診する施設数が多ければ多いほど恩恵が増すのだろうか。今回、高齢者を対象とした大規模コホート研究で、複数施設受診が死亡率低下と関連する一方、医療費や入院リスクが上昇することが明らかとなった。不要な入院を予防するという観点からは最適な受診施設数は2〜3件とされ、医療の質と負担を両立させる上での示唆が得られたという。研究は慶應義塾大学医学部総合診療教育センターの安藤崇之氏らによるもので、詳細は9月1日付で「Scientific Reports」に掲載された。 高齢者では、複数の併存疾患を抱える人も少なくない。多疾患は死亡率や要介護、入院率、医療費の増加と関連しており、高齢化社会を特徴とする先進国の医療制度に大きな課題をもたらしている。特に日本では、多疾患を持つ高齢者の増加に伴い、「ポリドクター(polydoctoring、複数の医師による診療)」と呼ばれる現象が社会的な問題となっている。「ポリドクター」は、異なる医師や医療施設が患者を管理することで、ケアの分断や医療費の増加を招くリスクがある点が懸念されている。 著者らは以前、高齢者のポリドクターの背景として、眼疾患や骨粗鬆症、前立腺疾患、変形性関節症といった慢性疾患が関連することを示した。しかし、ポリドクターが患者の転帰にどのように影響するかは十分に解明されていない。そこで著者らは、日本の大規模保険請求データベースを用い、多疾患を抱える高齢者の定期通院施設数(RVF)と、死亡や入院などの転帰との関連を明らかにするため、後ろ向きコホート研究を実施した。 本研究では、DeSCヘルスケア株式会社が提供するデータベースを用い、75~89歳の複数の慢性疾患を有する患者233万8,965人を解析対象とした。追跡期間は2014年4月~2022年12月であった。主要評価項目は全死亡率とした。副次評価項目は全入院、外来ケアで予防可能な疾患(ACSC)による入院、外来医療費が含まれた。いずれの評価項目も多変量Cox比例ハザードモデルを用いて、補正ハザード比(HR)および95%信頼区間(CI)を算出した。各群の比較はRVFが1施設の群を基準として行った。 解析対象の中央値年齢は78歳で、参加者の58%が女性だった。RVFの中央値は2施設、併存疾患の中央値は5つであった。外来医療費の中央値は37万1,230円だった。追跡期間中に33万8,249人(14.5%)が死亡し、122万201人(52.2%)が入院した。そのうち29万1,376人(12.5%)はACSCによる入院であった。 全死亡に対する多変量Cox比例ハザードモデルでは、RVFが0施設の群(定期受診なし)が最も死亡率が高く、RVFの施設数が増えるにつれて生存率は改善した。RVFが0施設の参加者の死亡リスクは最も高く、ハザード比(HR)は3.23(95%CI 3.14~3.33、P<0.0001)であった。一方、RVFが5施設以上の参加者では死亡リスクが最も低く、HRは0.67(95%CI 0.62~0.73、P<0.0001)であった。ACSCによる入院では、2~3施設の群で入院率が最も低く、RVFが5施設以上になると再び入院率が上昇するU字カーブを描いた。 外来医療費についても、RVFの施設数が増えるにつれて費用も増加する傾向が見られた。RVFが5施設以上の参加者では、RVFが1施設の参加者に比べ外来医療費が3.21倍(95%CI 3.17~3.26、P<0.0001)に増大した。 本研究について著者らは、「ポリドクターは死亡率を低下させる一方で、入院率や医療費の増加とも関連しており、ACSCによる入院を最小化する最適な受診施設数は2~3施設であることが示された。これらの結果は、高齢化社会において、ケアの連携や医療資源の管理を改善しつつ、ポリドクターのメリットとコストのバランスをとる戦略の必要性を示している」と述べている。 なお、RVFが5施設以上になると再び入院率が上昇する理由については、関与する医療機関が多すぎるとケアの継続性が損なわれ、全体的なメリットが減少する可能性を指摘している。

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第34回 10代のSNS利用増、認知テストのスコア低下と関連か?米国大規模調査が示す懸念と対策の必要性

「若者のSNS利用は良いこと? 悪いこと?」この問題をめぐる議論は、世界中の教育者の間で熱を帯びていると言っていいでしょう。SNSが心に悪影響を与えるという研究があれば、「測れるほどの影響はない」という反論も出ます。そんな混沌とした状況が、子供たちや家庭を守るための明確なルール作りを遅らせてきた側面は否めません。そんな中、JAMA誌に掲載された最新の研究は、私たちに新たな視点を与えてくれます1,2)。今回の記事では、思春期初期のSNS利用時間の増加が、10代の認知能力にどのような影響を与えているのかについて明らかにしたこの研究について解説していきます。SNS利用時間の追跡、10代の利用パターン今回ご紹介する研究は、アメリカで行われている大規模な追跡調査「Adolescent Brain Cognitive Development (ABCD) Study」のデータをもとにしています。研究チームは、6,554人の子供たちを9歳から13歳まで追跡しました。そして、彼らが3年間にわたって、具体的に「ソーシャルメディア(SNS)」にどれくらいの時間を費やしているか、その利用パターンの違いを分析したのです。その結果、子供たちのSNS利用には、大きく分けて3つの異なるグループがあることがわかりました。まず、過半数の子供たち(57.6%)は、「ほとんど、あるいはまったく使わない」グループに属していました。彼らのSNS利用時間は非常に少なく、13歳時点でも1日の平均利用時間はおよそ18分にとどまりました。次に大きなグループ(36.6%)は、「低い頻度で(徐々に)増加する」パターンを示しました。9歳時点では利用時間が少なかったものの、年齢とともに増え、13歳時点では1日の平均利用時間がおよそ78分に達していました。少数派ながら見過ごせないグループ(5.8%)は、「高頻度で(急激に)増加する」経過をたどりました。彼らの利用時間も最初は少なかったのですが、その後急激に増加し、13歳時点では1日の平均利用時間が3時間以上と、他のグループに比べて突出して長くなっていました。ここで重要なのは、これらの時間はあくまで「SNS」の利用時間であり、ゲーム、動画視聴、学習目的でのコンピュータ利用など、他のスクリーンタイムは含まれていないという点です。SNS利用と脳のパフォーマンス次に研究チームは、これらの異なるSNS利用パターンが、13歳時点での認知能力とどのように関連しているかを調べました。認知能力の測定には、米国国立衛生研究所が開発した標準化されたテストが用いられました。そして、分析に当たっては、研究開始時点(9歳)での認知スコアを考慮に入れることで、もともとあった能力差が結果に影響するのを最小限に抑えました。その結果、一貫した傾向が見られました。「ほとんど、あるいはまったく使わない」グループと比較して、「低頻度で増加する」グループと「高頻度で急増する」グループの両方が、13歳時点でいくつかの重要な認知テストにおいて低いスコアを示したのです。具体的には、以下の項目で有意な差が見られました。読解認識文章を読む能力に関連絵画語彙言語知識を測る絵画シーケンス記憶出来事を覚える能力を測る総合スコア全体的な認知能力を示すさらに、これらの差には「量反応関係」のような傾向が見られました。つまり、「高頻度で急増する」グループは、「低頻度で増加する」グループよりも、基準となる「ほとんど使わない」グループとのスコア差が大きい傾向があったのです。ただし、この結果を解釈するには注意も必要です。統計的には意味のある差(偶然とは考えにくい差)でしたが、標準化されたスコアで見ると、実際の点差は比較的小さかったのです。また、3つのグループすべての平均スコアは、年齢相応の「平均的な範囲」内に収まっていました。では、この「小さな差」は重要ではないのでしょうか? 必ずしもそうとは言えません。集団レベルで見ればわずかな認知能力の平均的な違いでも、実社会では大きな影響をもたらす可能性があるからです。たとえば、平均的に課題を終えるのに時間がかかるようになったり、数学や読解のような積み重ねが必要な科目で遅れが出やすくなったり、学業への意欲そのものが低下したりするかもしれません。とくに、今回の研究で影響が見られたのが、語彙力や読解力といった、学習や経験を通じて獲得される能力(結晶性知能と呼ばれる)であったことは、この懸念を裏付けているようにみえます。なぜ関連が? 考えられる理由この研究は、SNS利用時間の増加と認知スコアの低さの間に「関連がある」ことを示しましたが、SNSが認知スコア低下の「原因である」と証明したわけではありません。しかし、研究者たちは、その関連性を説明できるいくつかの有力なメカニズムを挙げています。一つは「置き換え仮説」です。SNSの画面をスクロールしている時間は、本来であれば宿題、読書、趣味、あるいは学校での活動など、認知能力の発達にとってより有益な活動に使われたかもしれない時間です。SNSがこれらの活動時間を奪ってしまうことが、とくに言語知識系のスコア低下につながっているのではないかと考えられます。もう一つの重要な要因は「睡眠」です。思春期は脳が劇的に発達する時期であり、質の高い睡眠は学習、記憶の定着、感情のコントロールに不可欠です。しかし、SNSプラットフォームは、絶え間ない通知、アルゴリズムによって無限に続くフィード、刺激的なコンテンツなどで、若者の就寝時間を遅らせ、夜中の睡眠を妨害することが知られています。慢性的な睡眠不足が、注意力や学習能力に直接的な悪影響を与えている可能性があります。もちろん、逆の関係性も考えられます。つまり、もともと認知能力があまり高くない若者が、退屈しのぎや、アルゴリズムに惹きつけられやすいといった理由で、SNSにより多くの時間を費やすようになる可能性です。原因と結果の関係をはっきりさせるには、さらなる研究が必要でしょう。政策を動かすのに「十分な証拠」と言えるのか?このように、まだ解明されていない点や研究上の限界はあるものの、今回の研究結果は、既存の証拠と合わせて考えれば、社会的な対策の導入を正当化するのに「十分な証拠」なのかもしれません。エビデンス自体の強固さに疑問がついたとしても、政策決定は、証拠の確かさだけでなく、問題の緊急性、対策を講じること・講じないことの利益と不利益、実現可能性などを総合的に考慮して判断しなければならないからです。SNSには、社会的なつながりを育んだり、疎外された若者を支援したりといった潜在的な利点もあるでしょう。しかし、利益追求を第一とするプラットフォーム企業が、本質的に子供の利益を最優先する動機を持っているわけではないとも指摘されています。そして、今回の研究で示唆された発達上のコストを考えれば、行動を起こさないことのリスクは大きいとも論じられています。実際、かつて鉛への曝露に関する研究が、比較的小さな認知能力への影響を示唆しただけでも、大きな政策変更や公衆衛生上の対策につながった例もあります。それならば、今回観察された認知能力の差も、政策立案者が真剣に受け止めるべきなのかもしれません。年齢制限、より安全性を考慮したプラットフォーム設計基準、企業への説明責任の強化といった規制措置が、今こそ必要なのかもしれません。さらなる研究が待たれる一方、今回の研究は、思春期初期という脳の発達にとって極めて重要な時期におけるSNS利用が、無視できない認知的コストを伴う可能性を強く示唆しています。若者の健全な発達をデジタル時代にどう守っていくか。今こそアクションを検討すべき重要な問いだと言えるでしょう。 参考文献 1) Nagata JM, et al. Social Media Use Trajectories and Cognitive Performance in Adolescents. JAMA. 2025 Oct 13. [Epub ahead of print] 2) Madigan S, et al. Developmental Costs of Youth Social Media Require Policy Action. JAMA. 2025 Oct 13. [Epub ahead of print]

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結腸がん術後ctDNAによるde-escalation、リスク低減も非劣性は示されず(DYNAMIC-III)/ESMO2025

 術後のctDNA検査の結果をその後の治療選択に役立てる、という臨床試験が複数のがん種で進行している。DYNAMIC-IIIは結腸がん患者を対象に、術後のctDNA検査結果に基づいて、術後化学療法の強度変更を検討した試験である。今年6月の米国臨床腫瘍学会年次総会(2025 ASCO Annual Meeting)ではctDNA陽性の治療強化例の解析結果が発表され、治療強化は無再発生存期間(RFS)を改善しないことが示された。10月17~21日に開催された欧州臨床腫瘍学会(ESMO Congress 2025)では、Peter MacCallum Cancer Centre(オーストラリア・メルボルン)のJeanne Tie氏がctDNA陰性のde-escalation(治療減弱)の解析結果を発表した。ctDNA陽性例と合わせた本試験の結果は、Nature Medicine誌オンライン版2025年10月20日号に同時掲載された。・試験デザイン:多施設共同ランダム化第II/III相試験・対象:切除可能、StageIII結腸がん患者。術後5~6週でctDNA検査を受け、試験群と対照群に1:1の割合で割り付け・試験群:de-escalation群(6ヵ月のフルオロピリミジン[FP]単剤療法→経過観察または3ヵ月のFP単剤に変更、3ヵ月のオキサリプラチン+FP併用療法→3~6ヵ月のFP単剤に変更、6ヵ月の併用療法→3ヵ月の併用療法または6ヵ月のFP単剤に変更、から選択)353例・対照群:標準治療群(ctDNA検査の結果は非表示、医師選択による治療)349例・評価項目:[主要評価項目]3年RFS(片側97.5%信頼区間の下限が-7.5%を超えない場合、非劣性と判断)[副次評価項目]治療関連入院、ctDNA陰性化など 主な結果は以下のとおり。・参加者968例のうち、702例(72.5%)がctDNA陰性だった。353例がde-escalation群、349例が標準治療群に割り付けられた。追跡期間中央値47ヵ月中、90.4%(319/353例)がde-escalationを受けた。・de-escalation群は、標準治療群と比較してオキサリプラチンベースの化学療法の実施率が低く(34.8%対88.6%、p<0.001)、Grade3以上の有害事象(6.2%対10.6%、p=0.037)および治療関連入院(8.5%対13.2%、p=0.048)も少なかった。しかし、3年RFSはわずかに低下し、de-escalationの非劣性は示されなかった(3年RFS:85.3%対88.1%、差:-2.8%)。・サブグループ解析では、低リスク群(T1~3N1)においては、de-escalationが非劣性となる可能性が示唆された(3年RFS:91.0%対93.2%、差:-2.2%)。 Tie氏は「術後ctDNA陰性例の3年RFSは87%と高く、再発リスクは低かった。ctDNAによるde-escalationは対象者の9割で実行可能で、オキサリプラチン曝露量と有害事象を低減した。標準治療と比較した非劣性は示せなかったものの、低リスク例においては標準治療に近い結果が得られる可能性が示された。今後は個々の患者によるリスク・ベネフィットをさらに議論する必要があるだろう」とした。

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心筋梗塞の非責任病変は結局どうしたら良いのか?(解説:山地杏平氏)

 非ST上昇型心筋梗塞(NSTEMI)症例で多枝冠動脈疾患を有する患者を対象に、責任病変のみを治療する群と、非責任病変に対してFFR(fractional flow reserve)を用いた評価に基づき完全血行再建を行う群を比較したSLIM試験が、ESC 2025で発表され、同日JAMA誌に掲載されました。 本試験は、欧州の9施設で実施された多施設共同無作為化比較試験であり、NSTEMIおよび多枝病変を有する478例が登録されました。主要評価項目は、1年後の複合エンドポイント(全死亡、非致死性心筋梗塞、任意再血行再建、脳卒中)であり、完全再建群では13例(5.5%)、責任病変群では32例(13.6%)に発生し、完全再建群で有意に低値でした(ハザード比:0.38、95%信頼区間:0.20~0.72、p=0.003)。とくに再血行再建の発生率は、完全再建群で3.0%、責任病変群で11.5%と大きな差が認められました。 本試験を考えるうえで重要なのは、非責任病変の扱いです。責任病変のみ治療群でも、イベントには含まれない形で、ハートチームの判断により13%(31例)に非責任病変へのPCIが施行されました。一方、完全再建群ではFFRに基づく評価が行われ、約47%(116例)で非責任病変へのPCIが実施されました。 この「ハートチームの判断」という点が本研究のやや曖昧な部分であり、実質的には「FFRによる機能的評価」と「ハートチームによる臨床的判断」の比較になっています。そのため、今回の結果をそのまま実臨床に適用する際には慎重な解釈が求められます。たとえば、目視でFFRを算出できる熟練者がハートチームに参加していた場合や、冠動脈造影ベースでFFR評価を行った場合には、本試験で観察された差は見られなかった可能性があります。 いずれにせよ、今回の研究結果を踏まえると、NSTEMI症例のような高リスク症例においては、FFRで治療適応と評価される病変に対して積極的に完全血行再建を行うことが、その後の再血行再建イベントの予防に有効であると考えられます。一方で、FFRで治療適応がないと評価された病変でも、不安定プラークを有する場合には将来のイベントリスクが高いとされます。心筋梗塞における非責任病変のリスク層別化は、引き続き検討が必要な課題です。

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DLBCL 1次治療の動向と課題、今後の展望/日本血液学会

 第87回日本血液学会学術集会で企画されたシンポジウム「B細胞リンパ腫に対する新規治療」において、九州大学の加藤 光次氏が、びまん性大細胞型B細胞リンパ腫(DLBCL)に対する1次治療の動向と課題、今後の展望について講演した。標準治療はPola-R-CHOPへ DLBCLは悪性度が高いが治癒も望める疾患であり、1次治療の成否が予後を大きく左右する。1次治療は20年以上にわたりR-CHOP療法が標準治療であったが、「約30%の患者が再発または治療抵抗性となる点が大きな課題であった」と加藤氏は指摘した。 そのような中、ポラツズマブ ベドチンとR-CHOPを併用するPola-R-CHOPをR-CHOPと比較した国際共同第III相POLARIX試験において、主要評価項目である無増悪生存期間(PFS)を有意に改善し、その効果は5年時点でも維持されていることを紹介した。この結果は国内の大規模リアルワールドデータ研究によっても裏付けられつつあり、Pola-R-CHOPは新たな標準治療として確立しつつあると述べた。DLBCL 1次治療における3つの課題 しかしながら、このような進歩にもかかわらず、治癒可能なDLBCLの1次治療には3つの重要な臨床的課題に直面していると加藤氏は述べ、1)初回治療抵抗性が残ること、2)初回治療後も20~30%が再発すること、3)患者の半数以上が70~80歳以上の高齢であることを挙げた。 なかでも高齢者治療は喫緊の課題である。リアルワールドデータでは、80歳以上の患者に対してもPola-R-CHOPは良好な奏効率(ORR:87.3%)を示しているが、実際には副作用を懸念して化学療法(とくにシクロホスファミドやドキソルビシン)が半量となっている場合が多く、最適な治療強度をいかに維持するかが鍵となると指摘した。 この課題に対し、日本では高齢者機能評価を導入し、高齢患者の治療前状態(Fit/Frail)を評価するG-POWER試験や、減量レジメン(R-mini-CHOP)とポラツズマブ ベドチンの併用を検討するPOLAR mini-CHP試験などが進行中であることを紹介した。分子サブタイプに基づく個別化医療へ 治療抵抗性や再発の根本的な原因として、加藤氏は、DLBCLが単一の疾患ではなく、生物学的に多様な不均一性を持つことを挙げた。 近年、DLBCLはABC型、GCB型といった従来の分類に加え、より詳細な分子サブタイプに分類されるようになり、特定のサブタイプに合わせた分子標的治療の開発が進行している。POLARIX試験のサブ解析においても、Pola-R-CHOPによるPFS改善は、DLBclassによる特定の分子サブタイプ(C5)で顕著であったことが報告されている。加藤氏は、これらの分子サブタイプ分類は、リスク層別化を強化し、今後プレシジョン・メディシンのアプローチにつながると期待を示した。今後の展望~ctDNAと新規薬剤 加藤氏は今後の展望として、治療効果をより早期かつ正確に判断するため、循環腫瘍DNA(ctDNA)や微小残存病変(MRD)評価の重要性を語った。POLARIX試験において、治療1コース後にctDNA量が多い患者は予後が悪かったことが報告されている。治療の早期にctDNAをモニタリングし、その後の再発リスクを予測することで、治療のescalationやde-escalationを判断するresponse-adapted strategyへの期待を語った。 加藤氏はその一例として第II相ZUMA-12試験を挙げ、1次治療早期に効果不十分な高リスク患者に対して、早期にCAR-T細胞療法に切り替えた場合、完全奏効率が86%と有望な成績が得られたことを紹介した。 現在、1次治療として二重特異性抗体、CAR-T療法、BTK阻害薬などの多くの新しい治療法が開発されている。加藤氏は「2028年には何を選ぶべきか決断を迫られるだろう」と予測し、さらに「将来の治療選択は、分子サブタイプ、患者特異的因子、response-oriented approachによって導かれるだろう」と述べ、講演を終えた。

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国際学会発表の「読み原稿」を作成する【タイパ時代のAI英語革命】第10回

国際学会での英語プレゼンは医師の必須スキル現在、国際学会で英語による研究発表を行うことは、医師にとって欠かせないスキルとなりつつあります。また、近年では国内の学会でも英語でのプレゼンテーションを求められるケースが増えており、多くの方が英語の発表に苦労した経験をお持ちではないでしょうか。今回から数回にわたり、国際学会での英語プレゼンテーションにおいて、ChatGPTをはじめとするAIツールをどのように活用できるかをご紹介します。英語の壁を克服する国際学会発表で最も大きなハードルとなるのは、やはり「英語の壁」です。とくに大きな課題の1つが、英語でわかりやすい発表原稿を作成し、流暢にプレゼンすることです。非ネイティブスピーカーの多くの日本人医師にとって、発表用に英語の読み原稿を作成するのが一般的だと思いますが、この作業は決して簡単ではありません。しかし、生成AIを上手に活用すれば、この読み原稿作成を飛躍的に効率化することができます。AIを使った原稿作成にはコツがありますが、一度慣れれば、誰でも短時間で質の高い原稿を準備できるようになります。今回は、「英語プレゼンテーションの読み原稿作成」を、ChatGPTを使ってやる方法を、2パターンに分けてご紹介します。ご自身のスタイルや準備状況に応じて、最適な方法を選択してください。2つの方法を組み合わせることも可能です。方法1:まずは日本語で完璧な原稿を作成し、AIに翻訳させる自分の研究内容について、日本語では完璧に説明できるものの、英語で説明するのは難しいと感じる人は多いかもしれません。とくに論理展開をはっきりとさせたい場合などは、まずは日本語で記述してからそれを翻訳するというプロセスを踏むとよいでしょう。文章が完成したら、ChatGPTに翻訳を依頼します。その際、単に「翻訳して」とお願いするのではなく、どのような目的の文章なのかを具体的に伝えることが、より精度の高い翻訳を得るための鍵です。プロンプト例#役割あなたは医学論文や学会発表の翻訳を専門とする翻訳家です。#命令以下の日本語の文章を、国際的な医学学会での口頭発表用の英語原稿に翻訳してください。#制約条件専門用語は正確に翻訳してください。聴衆にわかりやすい、明瞭な表現を用いてください。スピーチとして自然な、丁寧な口語体でお願いします。#日本語原稿[ここに、作成した日本語の原稿を貼り付ける]実際にこのプロンプトを使った際に、私が用意した日本語原稿がこちらです。「皆さん、こんにちは。本日はこのような貴重な機会をくださり誠にありがとうございます。私はマウントサイナイ医科大学の原田 洸と申します。本日は生成AIをいかにして医療現場で活用するかについてお話をさせていただきます。生成AIは生活の至る所で活用されるようになっています。しかし、医療現場のAI活用はまだ十分ではありません」それに対するAIの回答がこちらです。“Hello everyone. Thank you very much for giving me the opportunity to speak today. My name is Ko Harada, and I am a physician at the Icahn School of Medicine at Mount Sinai. Today, I would like to talk about how generative AI can be integrated into clinical practice. As many of you know, generative AI is increasingly being used in various aspects of our daily lives. However, its application in the medical field is still quite limited.”詳しく見てみると、“As many of you know,”などの適切なフレーズを補って、プレゼンとして適切な文章にしてくれていることがわかります。方法2:スライドから原稿を作成するすでにスライドやポスターが完成しており、プレゼン用の原稿を作成したいという場合は、こちらの方法をお勧めします。作成したpptファイルをアップロードして、それを基に原稿を作成するというものです。なお、ChatGPTの場合、無料版ではファイルのアップロードに制限がある可能性があるのでご注意ください。今回は、プレゼンスライドが完成した状態で原稿を作るためのプロンプトの例を紹介します。プロンプト例#役割あなたは○○を専門とする医師です。#命令添付ファイルのプレゼンについて、読み原稿のスクリプトを作成してください。#制約条件プレゼンは英語です。プレゼンの長さは○分程度の予定です。スライド○からスライド○まで、それぞれのスライドの読む内容を作成してください。専門用語は正確に翻訳してください。聴衆にわかりやすい、明瞭な表現を用いてください。スピーチとして自然な、丁寧な口語体でお願いします。アウトプット例Slide 1: Title SlideScript: Good morning, everyone. Thank you for being here today.My name is Dr. Ko Harada, and I’m from the Department of Geriatrics and Palliative Medicine at the Icahn School of Medicine at Mount Sinai. Today, I will be talking about falls in older adults ― why they happen, how we can prevent them, and what we can do to support older patients after a fall.Slide 2: Learning ObjectivesScript: Here are the learning objectives for today’s presentation. First, we will identify key risk factors that increase fall risk in older adults. Second, we will look at medications and comorbidities that contribute to falls, and discuss safer alternatives.Finally, we will explore evidence-based interventions to reduce fall risk and prevent serious complications.Slide 3: Case PresentationScript: Let’s begin with a clinical case. This is a 92-year-old female with a history of depression, hypothyroidism, COPD, hypertension, and high cholesterol.She recently visited the emergency department after falling and injuring her left shoulder. X-rays showed no fracture or dislocation, and she was advised to wear a sling. Three days later, she came to the clinic because the pain was still severe.このように、スライドに基づいて原稿を作成してくれます。注意点としては、図や表など文字が少ないスライドでは情報が少ないため、原稿も短くなる傾向があります。それらのスライドでは方法1で紹介したように、そのスライドで伝えたい内容を日本語で作成し、翻訳するのがよいでしょう。

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将来的には点眼薬で老眼を改善できるかも?

 1日に2~3回使用する点眼薬が、将来的には老眼鏡に取って代わる老眼対策の手段となる可能性のあることが、新たな研究で明らかになった。点眼薬を使用した人のほとんどが、視力検査で使用されるジャガーチャート(以下、視力検査表)を2、3行以上余分に読めるようになっただけでなく、このような視力の改善効果が2年間持続したことが確認されたという。老眼先端研究センター(アルゼンチン)センター長であるGiovanna Benozzi氏らによるこの研究結果は、欧州白内障屈折矯正手術学会(ESCRS 2025、9月12~16日、デンマーク・コペンハーゲン)で発表された。 この点眼薬には、瞳孔を収縮させ、近見の焦点を調節する筋肉を収縮させるピロカルピンと、ピロカルピン使用に伴う炎症や不快感を軽減するNSAID(非ステロイド性抗炎症薬)のジクロフェナクという2種類の有効成分が含まれている。研究グループは、766人(平均年齢55歳、男性393人、女性373人)を対象に、異なるピロカルビン濃度(1%、2%、3%)の点眼薬を投与する3つのグループに分けて、その有効性を調べた。対象者は、最初に点眼薬を投与されてから1時間後に老眼鏡なしで視力検査表をどの程度読めるかをテストし、その後2年間にわたって追跡調査を受けた。 その結果、ピロカルピン1%群(148人)の99%が最適な近見視力に達し、視力検査表で読むことができる行数が2行以上増えたことが示された。また、ピロカルピン2%群では69%、ピロカルピン3%群では84%が3行以上多く読むことができた。点眼薬によるこのような視力の改善効果は、最長で2年間、中央値で434日、持続した。副作用は概ね軽度であり、患者の32%が一時的な視界の暗さやぼやけを経験し、3.7%が点眼時の刺激感、3.8%が頭痛を報告したが、使用を中止した患者はおらず、眼圧の上昇や網膜剥離などの深刻な目の問題は見られなかった。 Benozzi氏は、「これらの結果は、老眼の重症度に応じて異なる濃度の点眼薬を処方できる可能性があることを示唆している。老眼が軽度の患者は1%の濃度で最もよく反応したが、老眼がより進んだ患者では、視力の大幅な改善を達成するために2%または3%のより高い濃度が必要だった」と述べている。 この研究結果をレビューしたボーフム大学(ドイツ)眼科病院の眼科部長Burkhard Dick氏は、「この研究結果は、老眼手術を受けられない人にとっては特に重要な可能性がある」と話す。ただし同氏は、ピロカルピンとNSAIDを長期使用すると、望ましくない副作用が生じる可能性があると指摘し、「この治療法が広く推奨される前に、安全性と有効性を確認するためのより広範で長期にわたる研究が必要だ」と述べている。 なお、学会発表された研究結果は、査読を受けて医学誌に掲載されるまでは一般に予備的なものと見なされる。

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利尿薬による電解質異常、性別・年齢・腎機能による違いは

 高血圧や心不全の治療に広く用いられる利尿薬には、副作用として電解質異常がみられることがあり、これは生命を脅かす可能性がある。これまでの研究では、利尿薬誘発性の電解質異常は女性に多く発現することが示唆されている。電解質バランスは腎臓によって調節されており、腎機能は加齢とともに低下する傾向がある。慶應義塾大学の間井田 成美氏らは、性別、腎機能、年齢が利尿薬誘発性の電解質異常の感受性に及ぼす影響を考慮し、利尿薬の副作用リスクが高い患者を特定するため本研究を実施した。Drug Safety誌2025年10月号の報告。 日本の利尿薬服用患者6万7,135例のレセプトデータをDeSCヘルスケアから入手し、2020年4月~2021年3月のデータを分析対象とした。 主な結果は以下のとおり。・カイ二乗検定を用いた患者数の解析では、高カリウム血症は男性で女性より多く(326例vs.271例、p=0.003)、低カリウム血症は女性で男性より多くみられた(413例vs.285例、p<0.001)。・女性において年齢と腎機能(推算糸球体濾過量:eGFR)を考慮し、オッズ比(OR)および95%信頼区間(CI)を算出した。・75歳以上の高齢患者では、女性は男性と比較し、低カリウム血症発症のORが、eGFR 30~60mL/分/1.73m2の場合で1.47(95%CI:1.13~1.91)、eGFR 30mL/分/1.73m2未満の場合で2.05(95%CI:1.08~4.10)であった。 著者らは「75歳以上の女性では、eGFRが低い場合、男性よりも低カリウム血症のORが高かった。本結果は、eGFRが低い高齢女性では、利尿薬の副作用、とくに低カリウム血症のモニタリングが重要であることを強調するものである」と結論付けている。

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がん治療関連心機能障害のリスク予測モデル、性能や外部検証が不十分/BMJ

 オランダ・アムステルダム大学のClara Gomes氏らは、がん治療関連心機能障害(CTRCD)のリスクを予測するために開発または検証されたすべての予測モデルのシステマティックレビューと、性能の定量的解析を目的としたメタ解析を行った。その結果、現存するCTRCD予測モデルは臨床応用に先立ち、さらなるエビデンスの蓄積が必要であることを報告した。現存するモデルについては、重要な性能指標に関する報告が不足し外部検証も限られていたことが正確な評価を妨げており、Heart Failure Association-International Cardio-Oncology Society(HFA-ICOS)ツールは、とくに軽度CTRCDに関する性能が不十分であった。著者は、「今後は、さまざまながん種を対象とする大規模なクラスター化データセットを用い、既存モデルの検証と更新を進め、その性能、汎用性および臨床的有用性を高めるべきである」とまとめている。BMJ誌2025年9月23日号掲載の報告。CTRCDのリスク予測モデルを開発または検証した56件の研究について解析 研究グループは、Medline(Ovid)、Embase(Ovid)、およびCochrane Central Register of Controlled Trialsを用い、データベース開始から2024年8月23日までに発表された文献を検索した。 適格基準は、がん患者またはがん生存者におけるCTRCDリスクを推定するための予測モデルの開発・検証・更新を報告している論文で、欧州心臓病学会(ESC)のcardio-oncologyガイドラインに記載されているCTRCDのいずれかを含み、CTRCDが主要アウトカムもしくは複合心血管アウトカムの一部であり、対象集団が化学療法または分子標的治療(チロシンキナーゼ阻害薬、モノクローナル抗体、免疫療法など)を受けた患者で、予測モデルは少なくとも2つ以上の予測因子を含み、予測モデルの使用予定時期が全身性抗がん治療の開始前または治療後のサバイバー期であることであった。適格基準を満たせば、非がん患者向けに開発された心血管リスク予測モデルの外部検証研究も対象とした。放射線誘発性心毒性に関する研究は除外した。 2人の評価者がそれぞれ研究のスクリーニングとデータ抽出を行い、Prediction model Risk Of Bias ASsessment Tool(PROBAST)を用いてバイアスリスクを評価した。予測モデルの性能はランダム効果メタ解析で統合した。 1万935件の論文がスクリーニングされ、適格基準を満たした56件の研究が解析対象となった。このうち29件が1つ以上の予測モデルを開発し、20件が外部検証を実施し、7件が開発と外部検証の両方を実施していた。ほぼすべてのモデルでバイアスリスク高、HFA-ICOSツールは軽度CTRCDを過小評価 最終的にがん患者またはがん生存者におけるCTRCDリスク予測モデルとして51件が特定された。67%(34/51件)は成人データから開発され、その多くは乳がん(20/34件、59%)または血液悪性腫瘍(6/34件、18%)を対象とし、治療前リスクの予測を目的としていた(33/34件、97%)。一方、小児・青年・若年成人(39歳以下)を対象としたモデルでは、大半(16/17件、94%)ががん生存者を研究対象とし、血液悪性腫瘍や胚細胞腫瘍を含む多様ながん種(14/17件、82%)が含まれた。 開発モデル51件のうち25%(13件)、外部検証44件のうち14%(6件)でのみ性能指標や較正指標が報告されていた。ほぼすべてのモデルで、バイアスリスクが高かった。 開発モデル51件中12件(24%)(若年群4/17件[24%]、成人群8/34件[24%])が開発モデルに対して外部検証を受けていた。最も多く検証されたのはHFA-ICOSツール(11回)であり、主にHER2標的療法を受ける乳がん患者(5/11件、45%)で使用されていた。このツールは、すべての外部検証でリスクを過小評価する傾向を示し、とくに軽度CTRCDが多く報告された研究では、観察されたイベント発生率が予測リスクを上回っていた。抗HER2治療を受けた乳がん患者における統合C統計量は0.60(95%信頼区間:0.52~0.68)であった。同集団にて観察されたイベント発生率は、低リスク群で12%(予測値<2%)、中リスク群で15%(2~9%)、高リスク群で25%(10~19%)、超高リスク群で41%(≧20%)であった。

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白内障の両眼同日手術、安全性と有効性が示される

 白内障の両眼同日手術は安全かつ有効で、実用的である可能性が、2件の研究で示された。白内障手術は通常、数週間から数カ月の間隔を開けて片眼ずつ行われる。しかし、両眼を同時に手術しても安全性や有効性に違いはなく、手術後に患者が自宅で自立して過ごす能力を妨げることはないことが示されたという。これらの研究結果は、欧州白内障屈折矯正手術学会(ESCRS 2025、9月12~16日、デンマーク・コペンハーゲン)で発表された。 英ムーアフィールズ眼科病院の眼科医Gabriele Gallo Afflitto氏は、「患者にとって、これらの結果は心強いものだ。特に、多焦点レンズの挿入と組み合わせた場合、同日に両眼の白内障手術を受けることで優れた視力を得られ、眼鏡に頼る必要性も減り、より早い回復が期待できることを、これらの結果は示している」と話している。 白内障は両眼に発生することが多い。眼の水晶体が濁って視界がぼやけ、視力が低下した場合に手術が必要になり、濁った水晶体を人工のレンズ(眼内レンズ)に置き換える。眼内レンズには単焦点と多焦点があり、眼鏡のレンズのように選択することができる。 1件目のAfflitto氏らの研究では、ムーアフィールズ眼科病院で2023年12月から2024年12月の間に両眼の白内障手術を受けた1万192人の患者のデータが分析された。その結果、同日に両眼に多焦点レンズを挿入した患者の85%、単焦点レンズを挿入した患者の約70%で20/20以上の視力が得られたことが明らかになった。一方、片眼ずつ2回に分けて手術を受けた患者では、77%が20/20以上の視力が得られたという。さらに、手術後に、手術前の目標屈折度数と術後の実測値との差が小さかった(±0.5ディオプター)患者の割合は、同日に両眼に多焦点レンズを挿入した患者の88%、片眼ずつ2回の手術で単焦点レンズを挿入した患者の67%、同日に両眼に単焦点レンズを挿入した患者の71%であった。 ムーアフィールズ眼科病院のコンサルタント眼科外科医であるVincenzo Maurino氏は、「患者と病院にとって、このアプローチには待機時間の短縮や視力の早期回復、通院回数の削減、さらには全体的なコスト削減といった効率面でのメリットがある。しかも、患者のアウトカム低下を伴わずにこれらのメリットが得られるのだ」とニュースリリースの中で述べている。 Silkeborg Regional Hospital(デンマーク)のMia Vestergaard Bendixen氏らによる2つ目の研究では、デンマークで白内障の同日両眼手術を受けた157人の患者を対象に、退院後の生活における支援の必要性について調査が行われた。その結果、88%が「自宅内を自分で移動できた」と回答していたほか、79%が「食事の準備ができた」、51%が「携帯電話の使用に支援は必要なかった」と回答していた。全体として、62%が「手術後24時間以内に介助者の必要性は全くなかった」と回答した。一方で、51%が「点眼薬の使用にはまだ助けが必要だった」と回答していた。 Bendixen氏は、「患者の多くは手術後すぐに自立した生活ができるようになると期待して良いだろう。このことは、支援の必要性についての不安の軽減につながるかもしれない。ただし、術後1日目は介助者からのサポートが有益な場合もある」と話している。また、同氏は「臨床医にとって、この研究結果は両眼同日手術の実施を支持するとともに、患者教育や必要に応じた一時的なサポートの計画の重要性を強調するものでもある」としている。 ESCRSのJoaquin Fernandez氏は、2件の研究について、「一度に両眼の白内障手術を安全に行えること、術後も自宅で良好な回復が得られること、そして何よりも、2回に分けて手術を行った場合と同等かそれ以上の視力予後が得られることが示された。このことは、患者やその家族、そして外科医にとって、(両眼の手術を同日に行っても)安全性が損なわれないという安心感を与えるはずだ」とする見解を示している。 なお、学会発表された研究結果は、査読を受けて医学誌に掲載されるまでは一般に予備的なものと見なされる。

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小児・青年期の医用画像による被曝、血液がんリスクへの影響は?/NEJM

 小児・青年期における医用画像診断による放射線曝露は、わずかではあるが血液がんのリスク増加と有意に関連していることが、米国・カリフォルニア大学のRebecca Smith-Bindman氏らによる後ろ向きコホート研究「Risk of Pediatric and Adolescent Cancer Associated with Medical Imaging retrospective cohort study:RICコホート研究」で示された。小児・青年期における医用画像診断による放射線誘発性血液がんのリスクを評価することは、画像検査の実施に関する意思決定を支援することにつながる。NEJM誌2025年9月17日号掲載の報告。米国・カナダの小児約370万人で医用画像診断と血液がんの関連性を評価 研究グループは、1996年1月1日~2016年4月30日に出生し、米国の6つの統合医療システム(Kaiser Permanente北カリフォルニア・北西部・ワシントン・ハワイ、Marshfield Clinic、Harvard Pilgrim Health Care)またはカナダ・オンタリオ州健康保険制度のいずれかに生後6ヵ月間継続加入しており、生後3ヵ月以内に1回以上受診し、生後6ヵ月時点で生存かつがんを発症していない372万4,623例の小児を対象とした。 対象児を、出生時からがんまたは良性腫瘍の診断、死亡、オンタリオ州からの転出または米国医療システムからの脱退後6ヵ月、21歳、または研究終了(2017年12月31日)のいずれか早い時点まで追跡調査した。 医用画像診断による活性骨髄の放射線被曝量を定量化し、6ヵ月のラグを設けて累積被曝線量を算出して、層別Cox比例ハザードモデルを用い時間依存性累積放射線量と血液がんとの関連を、被曝なしとの比較において推定した。骨髄への累積放射線量は血液がんのリスクと有意に関連 3,571万5,325人年(1人当たり平均10.1年)の追跡期間中、2,961件の血液がんが診断された。内訳は主にリンパ腫(2,349例、79.3%)、骨髄系または急性白血病(460例、15.5%)、組織球または樹状細胞腫瘍(129例、4.4%)であった。 1mGy以上の放射線に被曝した小児の平均(±SD)被曝量は、全体で14.0±23.1mGy(参照として、頭部CTスキャン1回当たりの被曝量は13.7mGy)、血液がんを発症した小児では24.5±36.4mGyであった。 累積線量の増加とともにがんのリスクが増加し、相対リスク(被曝なしと比較)は1以上5mGy未満で1.41(95%信頼区間[CI]:1.11~1.78)、15以上20mGy未満では1.82(1.33~2.43)、50以上100mGy未満では3.59(2.22~5.44)であった。 骨髄への累積放射線量は、すべての血液がんのリスク上昇と関連しており(100mGy当たりの過剰相対リスク:2.54[95%CI:1.70~3.51]、p<0.001、30mGy vs.0mGyの相対リスク比:1.76[95%CI:1.51~2.05])、ほとんどの腫瘍サブタイプでも同様であった。 30mGy以上(平均57mGy)被曝した小児では、21歳までの血液がんの過剰累積発生率は、1万人当たり25.6であった。 本コホート研究では、血液がんの10.1%(95%CI:5.8~14.2)が医用画像診断による放射線被曝に起因する可能性があり、とくにCTなどの高線量医用画像診断によるリスクが高いと推定された。

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