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ADHDとASDに対するビタミン介入の有効性〜メタ解析

 ビタミン介入は、自閉スペクトラム症(ASD)および注意欠如・多動症(ADHD)のマネジメントにおいて、費用対効果が高く利用しやすいアプローチとして、主に便秘などの消化器症状の緩和を目的として用いられる。最近の研究では、ビタミンがASDやADHDの中核症状改善にも有効である可能性が示唆されている。しかし、既存の研究のほとんどは患者と健康者との比較に焦点を当てており、臨床的に意義のあるエビデンスに基づく知見が不足していた。中国・浙江大学のYonghui Shen氏らは、ASDおよびADHD患者におけるビタミン介入に焦点を当て、メタ解析を実施した。Neuropsychiatric Disease and Treatment誌2025年8月30日号の報告。 PubMed、Web of Science、Cochrane Libraryより対象研究を検索した。ASDおよびADHD患者におけるビタミン介入に焦点を当て、メタ解析を実施した。 主な結果は以下のとおり。・ビタミン補給は、ASDおよびADHDの両方の症状を有意に改善することが示唆された。・その効果は、ビタミンの種類や障害によって違いがあることが明らかとなった。・ビタミンB群のサプリメントは、とくにASD関連症状の軽減に有効であり、ビタミンD群のサプリメントは、ADHD症状の改善により有効であることが示唆された。 著者らは「さまざまなビタミンが、疾患特異的な治療効果を発揮することが示唆された。ASDおよびADHDに対する個別化された臨床介入を行ううえで、これらのビタミンが役立つ可能性がある」としている。

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第30回 なぜトランプ氏は「タイレノールが自閉症の原因」と発言したのか?専門家報酬、訴訟、SNS…科学的根拠なき主張の裏側を徹底解剖

トランプ大統領と保健福祉長官であるロバート・F・ケネディ・ジュニア氏は、世界中の妊婦やその家族を震撼させる警告を発しました1)。「タイレノールを飲んではいけない」「それを避けるために必死で戦ってほしい」。その理由は、妊娠中のタイレノール(主成分:アセトアミノフェン)の使用と、子供の自閉症との間に因果関係があるというものでした。 この発言は、長年、妊娠中の痛みや発熱に対して最も安全な選択肢の一つとされてきたアセトアミノフェンへの信頼を根底から揺るがし、大きな混乱と不安を引き起こしました。しかし、彼らが「科学的根拠」として提示した証拠は、信頼に足るものだったのでしょうか。本記事では、これまでの報道内容を基に、この主張がいかにして構築され、なぜ発せられたのか、その裏側を掘り下げていきたいと思います。「ハーバード大学学部長」の研究が根拠? 覆された「科学的証拠」の実態トランプ政権が主張の最大の拠り所としたのは、ハーバード大学公衆衛生大学院の学部長であるアンドレア・バッカレッリ氏らによるレビュー論文でした2)。現役のハーバード大学学部長の名前が挙がったことで、多くの人々がその主張に一定の信憑性を感じたかもしれません。しかし、その背景を調べると、単純な科学的見解とは言い難い複雑な事情が浮かび上がってきます。バッカレッリ氏は、タイレノールの製造元を相手取った集団訴訟で、原告側の「専門家証人」として、少なくとも15万ドル(約2,250万円)の報酬を受け取っていたことが、裁判資料から明らかになっています3)。彼は訴訟のための専門家報告書の中で、アセトアミノフェンと自閉症などの神経発達障害との間に「因果関係がある」と断定的な見解を記していました。しかし、最も重要な事実は、彼が関わったこれらの訴訟が、連邦裁判所の判事によって「信頼できる科学的証拠の欠如」を理由に棄却されていたことです。判事は判決の中で、バッカレッリ氏が「研究結果を都合よく抜き出し(チェリー・ピッキング)、誤って伝えている」とさえ指摘しています。つまり、トランプ政権が「根拠」とした専門家の意見は、司法の場においてすでにその信頼性を否定されていたのです。事実、これまで因果関係を明確に示した研究は報告されていません。また興味深いことに、ホワイトハウスでの会見後、バッカレッリ氏自身が出した声明は、訴訟での断定的な態度から一転し、「因果関係を決定するためにはさらなる研究が必要」と、非常に慎重なトーンに変わっていました。この一貫性のなさは、彼の見解が置かれた立場によって揺れ動く可能性を示唆しています。世論を揺さぶる情報戦――古いSNS投稿の利用と専門家たちの反論科学的根拠が揺らぐ中、政権側は世論を味方につけるための情報戦を仕掛けます。保健福祉省やホワイトハウスの公式Xアカウントは、タイレノールの公式アカウントが2017年に行った「妊娠中に我々の製品を摂取することはお勧めしません」という古い投稿を、「キャプションは不要」という一言と共に再投稿しました4)。これは、あたかも製造会社自身が2017年からすでに危険性を認めているかのような印象を与える巧みな手法でした。しかし、タイレノールの親会社であるKenvue社は即座に声明を発表。この投稿は、ある顧客からの問い合わせに対する断片的な返信であり、「文脈から切り離されている」と反論しました。そして、「アセトアミノフェンは妊娠全期間を通じて、妊婦にとって最も安全な解熱鎮痛薬の選択肢」であるという公式見解を改めて示し、ただし「どんな市販薬であっても、使用前には医師に相談すべき」という、医学の基本原則を付け加えました5)。つまり、過去の投稿はあくまで、医師に相談せずに買える市販薬(=「われわれの製品」)を自己判断で摂取することをお勧めしないという内容だったのです。この騒動に対し、米国の産科婦人科学会(ACOG)をはじめとする専門学会は、トランプ政権の主張に強く反発しました6)。「信頼できるデータに裏付けられていない」「妊娠中のアセトアミノフェン使用が神経発達障害を引き起こすと結論づけた信頼できる研究は一つもない」と断言。さらに、妊娠中の高熱を放置すること自体が、胎児の神経管閉鎖障害などの先天異常リスクを高めることは何十年もの研究で知られており、アセトアミノフェンはそのリスクを管理するための数少ない安全な手段であると強調しました。科学より「個人の信念」――トランプ氏の発言の背景にあるもの信頼できる科学的証拠が乏しく、医学界の総意とも異なる主張を、なぜトランプ氏はこれほど強く推し進めるのでしょうか。その答えは、彼の個人的な信条と政治スタイルにありそうです。報道によれば、この問題はトランプ氏にとって「個人的な関心ごと」であり、彼は以前から自閉症やワクチンに対して、科学的コンセンサスとは異なる強い持論を持っていたことで知られています7)。そして、今回、保健福祉長官に任命されたロバート・F・ケネディ・ジュニア氏は、長年にわたりワクチンと自閉症の関連を主張してきた、反ワクチン運動の最も著名な活動家の一人です。この人選自体が、政権の方向性を物語っています。つまり、今回の発言は、特定の科学論文を客観的に評価した結果というよりも、トランプ氏とケネディ氏が共有する「既存の医療や科学の権威に対する不信感」という世界観の表れと見るのが自然でしょう。彼らの言動は、科学的データよりも個人の信念や逸話を重視し、複雑な問題を単純な「敵」と「味方」の構図に落とし込むことで支持者からの共感を呼ぶ、という政治戦略の一環なのです。このような単純化は、このSNS時代に共感を呼びやすいことをよく理解したうえでやっていると思います。結論として、タイレノールに関するトランプ政権の警告は、司法に退けられた「専門家」の意見を根拠とし、文脈を無視したSNS情報を利用して増幅され、医学界の明確な反対を押し切る形で行われました。この一件は、科学的真実が、個人の強い信念や政治的思惑によっていかに歪められ、公衆の健康をいたずらに危険にさらしうるかを示す、象徴的な事例といえるのではないでしょうか。 参考文献・参考サイト 1) BBC. Trump makes unproven link between autism and Tylenol. 2) Prada D, et al. Evaluation of the evidence on acetaminophen use and neurodevelopmental disorders using the Navigation Guide methodology. Environ Health. 2025;24:56. 3) The New York Times. Harvard Dean Was Paid $150,000 as an Expert Witness in Tylenol Lawsuits. 4) The White House. X投稿. 2025 Sep 24. 5) Kenvue. Should I be concerned about acetaminophen and autism? 6) ACOG Affirms Safety and Benefits of Acetaminophen during Pregnancy. 2025 Sep 22. 7) The New York Times. Trump Issues Warning Based on Unproven Link Between Tylenol and Autism.

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第262回 風疹流行から10年 ワクチン推進で日本が「排除」認定/WHO

<先週の動き> 1.風疹流行から10年 ワクチン推進で日本が「排除」認定/WHO 2.全国で「マイナ救急」導入、救急現場で医療情報を共有可能に/消防庁 3.分娩可能な病院は1,245施設に、34年連続減少/厚労省 4.高額レセプトの件数が過去最高に、健康保険組合は半数近くが赤字/健保連 5.アセトアミノフェンと自閉症 トランプ大統領の発表で懸念拡大/米国 6.救急搬送に選定療養費 軽症患者が2割減、救急車の適正利用進む/茨城・松阪 1.風疹流行から10年 ワクチン推進で日本が「排除」認定/WHO厚生労働省は9月26日、「わが国が風疹の『排除状態』にあると世界保健機関(WHO)西太平洋地域事務局から認定を受けた」と発表した。「排除」とは、国内に定着した風疹ウイルスによる感染が3年間確認されないことを指し、わが国では2020年3月を最後に土着株の感染例が報告されていなかった。風疹は、発熱や発疹を引き起こす感染症で、妊婦が感染すると先天性風疹症候群を発症した子供が生まれるリスクがある。国内では2013年に約1万4千人が感染し、2018~19年にも流行が発生。過去には妊婦の感染により、45例の先天性風疹症候群が報告されていた。流行の中心は予防接種の機会がなかった40~50代の男性であり、国は2019年度からこの世代を対象に無料の抗体検査とワクチン接種を実施した。その結果、2021年以降は年間感染者数が10人前後に抑えられ、感染拡大は収束した。今回の認定はこうした取り組みの成果を示すもので、厚労省は「引き続き適切な監視体制を維持し、ワクチン接種を推進する」としている。一方で、海外からの輸入例は依然としてリスクが残る。今後も免疫のない世代や妊婦への周知徹底が課題となる。風疹排除はわが国の公衆衛生政策の大きな成果だが、維持のためには医療現場と行政が協力し続ける必要がある。 参考 1) 世界保健機関西太平洋地域事務局により日本の風しんの排除が認定されました(厚労省) 2) 風疹の土着ウイルス、日本は「排除状態」とWHO認定…2020年を最後に確認されず(読売新聞) 3) WHO 日本を風疹が流行していない地域を示す「排除」状態に認定(NHK) 4) 日本は風疹「排除状態」、WHO認定 土着株の感染例確認されず(朝日新聞) 2.全国で「マイナ救急」導入、救急現場で医療情報を共有可能に/消防庁救急現場での情報確認を迅速化する「マイナ救急」が、10月1日から全国の消防本部で導入される。マイナンバーカードと健康保険証を一体化した「マイナ保険証」を活用し、救急隊員が、患者の受診歴や処方薬情報を即時に確認できる仕組みである。患者本人や家族が説明できない状況でも、カードリーダーで情報を読み取り、オンライン資格確認システムに接続して必要な医療情報を閲覧できるようになる。これにより、救急隊は持病や服薬を把握した上で適切な搬送先を選定し、受け入れ先の医療機関では治療準備を事前に進めることが可能となる。患者が意識不明の場合には、例外的に同意なしで情報参照が認められる。2024年5月から実施された実証事業では、救急隊員から「服薬歴の把握が容易になり、搬送判断に役立つ」との評価が寄せられた。わが国では高齢化に伴い、多疾患併存やポリファーマシーの患者が増加している。救急現場での服薬歴不明は治療遅延や薬剤相互作用のリスクにつながるため、本制度は臨床現場の安全性向上に資する。その一方で、救急時に確実に活用するためには、患者自身がマイナ保険証を常時携帯することが前提となる。厚生労働省と消防庁は「とくに高齢者や持病のある方は日頃から携帯してほしい」と呼びかけている。マイナ保険証の登録件数は、2025年7月末時点で約8,500万件に達しているが、依然として所持率や利用登録の偏りは残る。医師にとっては、救急現場から搬送される患者情報がより早く共有されることで、初期対応の迅速化や医療安全の強化が期待される。他方、情報取得の精度やシステム障害時の対応など、運用上の課題にも注意が必要となる。「マイナ救急」は、地域を越えて情報を共有し、救急医療の質を底上げする国家的インフラの一環であり、今後の運用実績を踏まえ、医療DXの具体的成果として浸透するかが注目される。 参考 1) あなたの命を守る「マイナ救急」(総務省) 2) 救急搬送時、マイナ保険証活用 隊員が受診歴など把握し適切対応(共同通信) 3) 「マイナ救急」10月から全国で 受診歴や服用薬、現場で確認(時事通信) 3.分娩可能な病院は1,245施設に、34年連続減少/厚労省厚生労働省が公表した「令和6年医療施設(動態)調査・病院報告」によれば、2024年10月1日現在、全国の一般病院で産婦人科や産科を掲げる施設は計1,245施設となり、前年より9施設減、34年連続の減少で統計開始以来の最少を更新した。小児科を有する一般病院も2,427施設と29施設減少し、31年連続の減少となった。全国的に病院数そのものが減少傾向にあり、とくに周産期・小児医療を担う診療科の縮小は地域医療体制に大きな影響を及ぼすとみられる。調査全体では、全国の医療施設総数は18万2,026施設で、うち活動中は17万9,645施設。病院は8,060施設で前年比62施設の減、一般病院は7,003施設と62施設の減、診療所は10万5,207施設で微増、歯科診療所は6万6,378施設で440施設の減となった。病床数でも全体で約1万4,663床減少し、とくに療養病床と一般病床が減少した。病院標榜科の内訳をみると、内科(92.9%)、リハビリテーション科(80.5%)、整形外科(69.1%)が多い一方で、小児科は34.7%、産婦人科15.0%、産科2.8%にとどまる。産婦人科と産科を合わせた比率は17.8%であり、地域により分娩を担う施設が極端に限られる状況が続いている。また、病院報告では、1日当たりの外来患者数が前年比1.7%減の121万2,243人と減少した一方、在院患者数は113万3,196人で0.8%増加し、平均在院日数は25.6日と0.7日短縮した。医療需要は依然高水準である一方で、入院期間短縮と医療資源の集約化が進む姿が浮かんだ。今回の結果は、産科・小児科医師の偏在や医師不足が長期的に続いている現実を裏付けるものであり、医師にとっては、地域における出産・小児救急の受け皿が細り続ける中で、救急搬送の広域化や勤務負担の増大が避けられない。各地域での分娩体制再編や周産期医療ネットワーク強化の重要性が一層高まっている。 参考 1) 令和6年医療施設(動態)調査・病院報告の概況(厚労省) 2) 産婦人科・産科が最少更新 34年連続、厚労省調査(東京新聞) 3) 産婦人科・産科がある病院1,245施設に、34年連続の減少で最少を更新 厚労省調査(産経新聞) 4.高額レセプトの件数が過去最高に、健康保険組合は半数近くが赤字/健保連健康保険組合連合会(健保連)は9月25日、「令和6年度 高額医療交付金交付事業における高額レセプト上位の概要」を発表した。1ヵ月の医療費が1,000万円を超える件数は2,328件(前年度比+8%)で10年連続の最多更新となり、過去10年で6倍超に増加した。上位疾患の約8割は悪性腫瘍で、CAR-T療法や遺伝子治療薬などの登場が背景にある。最高額は約1億6,900万円で、単回投与型の薬剤を用いた希少疾患治療が占めた。これらの薬剤は患者に新たな治療選択肢を提供し、長期生存やQOL改善につながる一方で、健保組合の財政に直結する。健保連の制度により高額事例は共同で負担される仕組みだが、件数増加は拠出金を押し上げ、結果として保険料率や現役世代の負担増につながる。実際に2024年度の平均保険料率は9.31%と過去最高となり、1/4の組合は「解散ライン」とされる10%を超えた。臨床現場にとっても影響は現実に及ぶ。新規薬剤を希望する患者からの説明要請が増えており、医師は「なぜこの薬が高額なのか」「自分に適応があるのか」「高額療養費制度でどこまで自己負担が軽減されるのか」といった質問に直面している。加えて、長期投与が前提となる免疫療法や分子標的薬では、累積コストや再投与リスクについても説明が欠かせない。患者や家族が治療継続の是非を判断する際、経済的側面を含めた十分な情報提供が求められる。今後は、がん免疫治療の投与拡大、希少疾患への新規遺伝子治療薬導入などにより、高額レセプトはさらに増加すると予測される。薬価改定で一定の調整は行われるが、医療費全体に占める薬剤費の比重は確実に高まり、制度改革や患者負担の見直し議論は避けられない。現場の医師には、エビデンスに基づく適正使用とともに、経済的影響を含めた説明責任がより重くのしかかる局面にある。 参考 1) 令和6年度 高額医療交付金交付事業における高額レセプト上位の概要(健保連) 2) 高額レセプト10年連続で最多更新 24年度は2,328件 健保連(CB news) 3) 「1,000万円以上」の高額医療8%増 費用対効果の検証不可欠(日経新聞) 4) 綱渡りの健康保険 組合の4分の1、保険料率10%の「解散水準」に(同) 5) 健保1,378組合の半数近く赤字、保険料率が過去最高の月収9.3%…1人あたりの年間保険料54万146円(読売新聞) 6) 健保連 昨年度決算見込み 全体は黒字も 半数近くの組合が赤字(NHK) 5.アセトアミノフェンと自閉症 トランプ大統領の発表で懸念拡大/米国米国トランプ大統領は9月22日、解熱鎮痛薬アセトアミノフェン(パラセタモール)が「妊婦で自閉スペクトラム症(ASD)リスクを大幅に上げる」として服用自粛を促した。これに対し、わが国の自閉スペクトラム学会は「十分な科学的根拠に基づく主張とは言い難い」と懸念を表明している。米国産科婦人科学会(ACOG)も「妊娠中に最も安全な第一選択肢」と反論。WHO、EU医薬品庁、英国規制当局はいずれも「一貫した関連は確認されていない」とし、現行推奨の変更不要とした。一方、米国の現政権は葉酸関連製剤ロイコボリンのASD治療薬化にも言及したが、大規模試験の根拠は乏しい。わが国の医療現場にも余波は広がり、妊婦・家族からの不安相談が増加する懸念や、自己判断での服用中止による解熱の遅延、SNS起点の誤情報拡散が想定されている。妊娠中の高熱は、胎児に不利益を与え得るため、わが国の実務ではアセトアミノフェンは適応・用量を守り「必要最小量・最短期間」で使用するのが原則となっている。他剤(NSAIDs)は妊娠後期で禁忌・慎重投与が多く、安易な切り替えは避けるべきとされる。診療現場では、現時点で因果を支持する一貫した証拠はないこと、高熱の速やかな改善の利点、自己中断せず受診・相談すること、市販薬も含む総服薬量の確認を丁寧に説明することが求められる。ASDの有病増加には、診断基準変更やスクリーニング拡充も影響し、単一因子で説明できない点もあり、過度な警告は受療行動を阻害し得る。医師には、ガイドラインや専門学会の公的見解に基づく対応が求められる。 参考 1) 自閉症の原因と治療に関するアメリカ政府の発表に関する声明(自閉スペクトラム学会) 2) WHO アセトアミノフェンと自閉症「関連性は確認されず」(NHK) 3) トランプ政権“妊婦が鎮痛解熱剤 自閉症リスク高” 学会が反対(同) 4) トランプ氏「妊婦の鎮痛剤、自閉症リスク増」主張に日本の学会が懸念(日経新聞) 5) 解熱剤と自閉症の関連主張 トランプ大統領に批判集中(共同通信) 6) 「鎮痛剤が自閉症に関係」 トランプ政権が注意喚起へ(時事通信) 6.救急搬送に選定療養費 軽症患者が2割減、救急車の適正利用進む/茨城・松阪救急搬送の「選定療養費」徴収を導入した2つの自治体で、適正利用の進展が確認された。三重県松阪地区では、2024年6月~2025年5月に基幹3病院で入院に至らなかった救急搬送患者の一部から7,700円の徴収を開始した。1年間の救急出動は1万4,184件で前年同期比-10.2%、搬送件数も-10.6%。軽症率は55.4%から50.0%へ-5.4ポイント、1日50件以上の多発日は86から36日へ減少した。搬送1万4,786人(乳幼児193人を含む)のうち帰宅は7,585人(51.3%)、徴収は1,467人(全体の9.9%)。疼痛・打撲・めまいなどが多かった。並行して1次救急(休日・夜間応急診療所)受診が31%、救急相談ダイヤル利用が34%増え、受診先の振り分けが進んだ。茨城県の検証(2025年6~8月)でも、対象22病院の徴収率は3.3%(673/20,707)と限定的ながら、県全体の救急搬送は-8.3%、うち軽症などは-19.0%、中等症以上は+1.7%と、救急資源の選別利用が進んだ。近隣5県より減少幅が大きく、呼び控えによる重症化や大きなトラブルの報告は認められなかった。なお、電話相談で「出動推奨」だった例は徴収対象外とし、誤徴収は月1件程度で返金対応としている。現場の医師は、徴収対象と除外基準の周知徹底、乳幼児や高齢者などへの配慮のほか、1次救急・電話相談との連携による適正振り分け、会計時の説明の一貫性などが課題となる。今後は「安易な利用抑制」と「必要時にためらわず利用できる安心感」の両立を、医師と行政が協働して救急現場に反映させることが問われている。 参考 1) 救急搬送における選定療養費の徴収に関する検証の結果について(概要版)(茨城県) 2) 一次二次救急医療体制あり方検討について(第四次報告)(松阪市) 3) 軽症者の救急搬送19%減 茨城県が「選定療養費制度」を検証(毎日新聞) 4) 選定療養費 軽症搬送、前年比2割減 6~8月 茨城県調査「一定の効果」(茨城新聞) 5) 救急搬送の一部患者から費用徴収、出動件数は1年間で10.2%減 松阪市「適正利用が進んだ」(中日新聞) 6) 救急車「有料化」で出動数1割減 「持続可能な医療に寄与」と松阪市(朝日新聞)

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第276回 医学誌側が拒否!ケネディ氏がワクチン論文に要請したこと

INDEX今さら何を…医学誌編集部がケネディ氏へ抵抗示す職権の乱用が過ぎる今さら何を…「私はこれまで『反ワクチン』や『反産業』と呼ばれてきましたが、それは事実ではありません。私は反ワクチンではありませんし、反産業でもありません。私は安全を重視する立場なのです」「私の子どもたちは全員、ワクチンを接種しています。ワクチンは医学において極めて重要な役割を果たしています」上記の発言は、米国・保健福祉省長官のロバート・F・ケネディ・ジュニア氏(以下、ケネディ氏)が米連邦議会上院財務委員会の指名承認公聴会で述べた発言だ。同公聴会は大統領が指名する閣僚の承認是非を検討するプロセスの入口である。以前からケネディ氏のことは本連載(第264回、第267回、第274回参照)で同氏によるACIP(予防接種の実施に関する諮問委員会)の委員全員の解任、mRNAワクチン研究の縮小などを取り上げ、なかば「週刊ケネディ」状態になっているが、それはこれほど突っ込みどころの多い人物もそうそういないからである。昨今の報道からもこの人のワクチン懐疑主義は筋金入りであり、前述の公聴会発言は長官承認を得るための方便に過ぎなかったのだと改めて思っている。医学誌編集部がケネディ氏へ抵抗示すその昨今の報道とは「ケネディ米厚生長官のワクチン研究撤回要請、医学誌が拒否」というロイター電である。要約すると、“デンマーク国立血清学研究所(SSI)が行った小児用ワクチンに含まれるアジュバントのアルミニウムと50種類の疾患(自閉症、喘息、自己免疫疾患を含む)との関連性を調べた大規模コホート研究の結果、これら疾患の増加とアルミニウム・アジュバントとの関連は認められなかったという研究に対して、ケネディ氏が撤回を要求し、掲載した『Annals of Internal Medicine』誌編集部が拒否した”というものだ。この研究1)、中身を見ると個人的にはなかなかのものと感じる。まず研究に使用したデータはデンマークの国民健康登録データで、デンマークでの小児用ワクチン接種プログラムが始まった1997~2018年までに生まれ、2歳時点まで国内に居住していたすべての子どもを対象にしている。移住、死亡、特定の先天性疾患や先天性風疹症候群、呼吸器疾患、原発性免疫不全症、心不全または肝不全などの既往例を除外した最終的な解析対象は122万4,176例と極めて規模が大きい。ちなみにデンマークのワクチンプログラムは、2歳までにジフテリア・破傷風・百日咳、不活化ポリオの混合ワクチンとヒブワクチンの3回接種とMMRワクチンの1回目を完了させるもので、2007年からは肺炎球菌ワクチン(2010年までは7価、それ以降は13価)が加わっている。この研究結果によると、アルミニウム・アジュバントの曝露量は出生年代によって異なり、総アルミニウム曝露量の中央値は3mg(四分位範囲2.8~3.4)。最終的な生後2年間のワクチン接種によるアルミニウム累積曝露量1mg増加当たりの調整ハザード比は、自己免疫疾患が0.98(95%信頼区間:0.94~1.02)、アトピー性またはアレルギー性疾患が0.99(同:0.98~1.01)、神経発達障害が0.93(同:0.90~0.97)という結果だった。レトロスペクティブな研究ではあるが、これだけ大規模であることを考えれば、その欠点はかなり補えていると言える。また、この研究の特徴は日本より先行して導入されたデンマーク版マイナンバーであるCPR(Central Persons Registration)番号を利用しているため、親の経済状況などの交絡因子などは可能な限り調整されているはずだ。職権の乱用が過ぎるこの研究についてケネディ氏は「製薬業界による欺瞞的なプロパガンダ」と評し、対照群がないことなどを批判したらしいが、研究の筆頭著者は「デンマークでのワクチン未接種率は2%未満のため、統計学的に意味のある対照群設定は困難」と反論している。世界の大国・アメリカの閣僚とは言え、そもそも学術誌に掲載された査読済み論文を自らの要請だけで撤回させられると本気で思っているならば、相当な破廉恥だと思うのは私だけではないはずだ。 1) Andersson NW, et al. Ann Intern Med. 2025 Jul 15. [Epub ahead of print]

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母親の産前、産後うつ病と子供の自閉スペクトラム症との関係〜メタ解析

 母親の産前、産後うつ病や周産期うつ病と子供の自閉スペクトラム症(ASD)との関係については、相反する結果が報告されている。オーストラリア・カーティン大学のBiruk Shalmeno Tusa氏らは、母親の産前、産後うつ病や周産期うつ病と小児および青年期におけるASDリスクとの関連についての既存のエビデンスを検証し、統合するため、システマティックレビューおよびメタ解析を実施した。BJPsych Open誌2025年6月4日号の報告。 2024年2月21日までに公表された研究を、PubMed、Medline、EMBASE、Scopus、CINAHL、PsycINFOよりシステマティックに検索した。ランダム効果モデルを用いてメタ解析を実施し、サマリー効果推定値はオッズ比(OR)、95%信頼区間(CI)として算出した。異質性の評価には、Cochranの Q検定およびI2検定を用いた。対象研究における潜在的な異質性の要因を特定するため、サブグループ解析を行った。出版バイアスの評価には、ファンネルプロットとEggerの回帰検定を用いた。 主な結果は以下のとおり。・最終分析には、160万組超の母子を対象とした12件の研究が含まれた。・ランダム効果メタ解析では、子供におけるASD発症リスクは、妊娠前にうつ病を経験した母親の場合52%(OR:1.52、95%CI:1.13〜1.90)、産前うつ病の場合48%(OR:1.48、95%CI:1.32〜1.64)、産後うつ病の場合70%(OR:1.70、95%CI:1.41〜1.99)それぞれ増加していることが明らかとなった。 著者らは「メタ解析の結果、出産前、周産期、出産後にうつ病を経験した母親から生まれた子供は、ASD発症リスクが高いことが判明した。ASDリスクの子供に対する早期スクリーニングおよびターゲットを絞った介入プログラムの必要性が示唆された」と結論付けている。

6.

小児用ワクチン中のアルミニウム塩は慢性疾患と関連しない

 120万人以上を対象とした新たな研究で、小児用ワクチンに含まれるアルミニウム塩と自閉症、喘息、自己免疫疾患などの長期的な健康問題との間に関連は認められなかったことが示された。アルミニウム塩は、幼児向け不活化ワクチンの効果を高めるためのアジュバントとして使用されている。スタテンス血清研究所(デンマーク)のAnders Hviid氏らによるこの研究結果は、「Annals of Internal Medicine」に7月15日掲載された。 アルミニウム塩はワクチンのアジュバントとして長年使われているものの、アルミニウム塩が慢性自己免疫疾患やアトピー性皮膚炎、アレルギー、神経発達障害のリスクを高めるのではないかとの懸念から、ワクチン懐疑論者の標的にもなっている。 今回Hviid氏らは、デンマークで1997年から2018年の間に生まれ、2歳時にデンマークに居住していた122万4,176人の児を対象に、ワクチン接種によるアルミニウム塩への累積曝露量と慢性疾患との関連を検討した。対象児は2020年まで追跡された。アルミニウム塩の累積曝露量は生後2年間に接種したワクチンに含まれる成分から推算し、曝露量1mg増加ごとのリスクを検討した。アウトカムとした慢性疾患は、以下の3つの疾患グループに分類される50種類の疾患であった。すなわち、自己免疫疾患として皮膚・内分泌・血液・消化管に関わる疾患とリウマチ性疾患が36疾患、アトピー性またはアレルギー性疾患として喘息、アトピー性皮膚炎、鼻結膜炎、アレルギーなど9疾患、神経発達障害として自閉スペクトラム症、注意欠如・多動症など5疾患である。 その結果、生後2年間のアルミニウム塩の累積曝露量は、対象とした50種類の疾患のいずれについても、発症率の増加とは関連していないことが示された。疾患グループ別に見ると、アルミニウム塩曝露量が1mg増加するごとの調整ハザード比は、自己免疫疾患で0.98(95%信頼区間0.94~1.02)、アトピー性・アレルギー性疾患で0.99(同0.98~1.01)、神経発達障害で0.93(同0.90~0.97)であった。 Hviid氏は、「これらの結果は、アルミニウム塩に対する懸念の多くに対処し、小児用ワクチンの安全性について明確かつ強固なエビデンスを提供している」と述べるとともに、「この結果は、親が子どもの健康のために最善の選択をする必要があることを示すエビデンスでもある」と付け加えている。 なお、この研究は、2022年に米疾病対策センター(CDC)の資金提供を受けて実施された、アルミニウム塩含有ワクチンと喘息の関連性を示唆した研究に対する反論として実施された。同研究はその後、ワクチンに含まれるアルミニウム塩と、食品、水、空気、さらには母乳など他の発生源由来のアルミニウムを区別できていなかったとして批判されている。  米フィラデルフィア小児病院ワクチン教育センター所長のPaul Offit氏も、「ワクチンによるアルミニウム塩曝露量が多い人と少ない人を比較する場合、交絡因子をコントロールし、これらの人が摂取したアルミニウム塩供給源がワクチンに限定されていることを知る必要がある」と指摘している。 米国では、アルミニウム塩はジフテリア・破傷風・百日咳(DTaP)ワクチンのほか、HPVワクチン(子宮頸がんワクチン)、B型肝炎ワクチン、肺炎球菌ワクチンにも使用されている。接種したアルミニウム塩は大部分が2週間以内に体内から排出されるが、微量のアルミニウム塩は何年も体内に残ることがある。専門家らは、単一の研究で何かが安全であると証明することはできないものの、この研究は、ワクチンに含まれるアルミニウム塩が無害であることを示してきた過去の研究成果に加わるものであるとの見解を示している。

7.

自閉スペクトラム症に対する非定型抗精神病薬の有効性〜ネットワークメタ解析

 自閉スペクトラム症(ASD)患者は、社会的な交流や行動に関連する多様な症状を呈する。非定型抗精神病薬は、小児および成人ASD患者の易刺激性、攻撃性、強迫観念、反復行動などの苦痛を伴う症状の治療に広く用いられてきた。しかし、その効果と相対的な有効性は依然として明らかではなかった。チリ・Universidad de ValparaisoのNicolas Meza氏らは、ASDに対する非定型抗精神病薬の有効性を明らかにするため、ネットワークメタ解析を実施した。The Cochrane Database of Systematic Reviews誌2025年5月21日号の報告。 小児および成人ASD患者を対象とした短期フォローアップ調査において、易刺激性に対する非定型抗精神病薬の相対的ベネフィットを評価するため、ネットワークメタ解析を実施した。さらに、短期、中期、長期フォローアップにおける、小児および成人ASD患者のさまざまな症状(攻撃性、強迫行動、不適切な発言など)と副作用(錐体外路症状、体重増加、代謝性副作用など)に対する非定型抗精神病薬のベネフィット/リスクについて、プラセボ群または他の非定型精神病薬との比較を行い、評価した。CENTRAL、MEDLINEおよびその他10のデータベース、2つのトライアルレジストリーを検索し、リファレンスの確認、引用文献の検索、研究著者への連絡を行い、対象研究を選定した(最終検索:2024年1月3日)。ASDと診断された小児および成人を対象に、非定型抗精神病薬とプラセボまたは他の非定型抗精神病薬と比較したランダム化比較試験(RCT)を対象に含めた。重要なアウトカムは、易刺激性、攻撃性、体重増加、錐体外路症状、強迫行動、不適切な発言とした。バイアスリスクの評価には、Cochrane RoB 2ツールを用いた。易刺激性の複合推定値には頻度主義ネットワークメタ解析、その他のアウトカムにはランダム効果モデルを用いて、対比較統計解析を実施した。エビデンスの確実性の評価には、GRADEを用いた。 主な結果は以下のとおり。・17研究、1,027例をネットワークメタ解析に含めた。成人対象は1研究(31例)、残りの16研究(996例)は小児対象であった。非定型抗精神病薬には、リスペリドン、アリピプラゾール、ルラシドン、オランザピンが含まれた。・易刺激性についてのネットワークメタ解析では、小児ASDに対してリスペリドンとアリピプラゾールは、プラセボ群と比較し、短期的に易刺激性の症状軽減に有効である可能性が示唆された。ルラシドンはプラセボと比較し、短期的な易刺激性に対する効果に、ほとんどまたはまったく差はないと考えられる。【リスペリドン】平均差(MD):-7.89、95%信頼区間(CI):-9.37〜-6.42、13研究、906例、エビデンスの確実性:低【アリピプラゾール】MD:-6.26、95%CI:-7.62〜-4.91、13研究、906例、エビデンスの確実性:低【ルラシドン】MD:-1.30、95%CI:-5.46〜2.86、13研究、906例、エビデンスの確実性:中・その他のアウトカムについては、小児ASDにおける短期フォローアップ調査において、非定型抗精神病薬は、プラセボと比較し、攻撃性に及ぼす影響が、非常に不確実であることが示唆された(リスク比[RR]:1.06、95%CI:0.96〜1.17、1研究、66例、エビデンスの確実性:非常に低)。バイアスリスクと重大な不正確さの懸念から、エビデンスの確実性は非常に低いと考えられる。・小児ASDにおける短期フォローアップ調査において、非定型抗精神病薬は、プラセボと比較し、体重増加の発生に及ぼす影響が、非常に不確実であることが示唆された(RR:2.40、95%CI:1.25〜4.60、7研究、434例、エビデンスの確実性:非常に低)。短期的な体重増加についても、非常に不確実であった(MD:1.22kg、95%CI:0.55〜1.88、3研究、297例、エビデンスの確実性:非常に低)。いずれの研究においても、バイアスリスクと重大な不正確さの懸念から、エビデンスの確実性は非常に低いと考えられる。・小児ASDにおける短期的な錐体外路症状の発生に対する非定型抗精神病薬の及ぼす影響は、プラセボと比較し、非常に不確実であった(RR:2.36、95%CI:1.22〜4.59、6研究、511例、エビデンスの確実性:非常に低)。バイアスリスクと重大な不正確さの懸念から、エビデンスの確実性は非常に低いと考えられる。・小児ASDにおいて、非定型抗精神病薬は、プラセボと比較、短期的に強迫行動を改善する可能性が示唆された(MD:-1.36、95%CI:-2.45〜-0.27、5研究、467例、エビデンスの確実性:低)。バイアスリスクと異質性への懸念から、エビデンスの確実性は低い。・小児ASDにおいて、非定型抗精神病薬は、プラセボと比較、短期的に不適切な発言を減少させる可能性が示唆された(MD:-1.44、95%CI:-2.11〜-0.77、8研究、676例、エビデンスの確実性:低)。バイアスリスクと異質性への懸念から、エビデンスの確実性は低い。・他の非定型抗精神病薬の効果は評価不能であった。・利用可能な研究が不足していたため、成人ASDに関する知見は得られなかった。 著者らは「リスペリドンおよびアリピプラゾールは、プラセボと比較し、短期的に小児ASDの易刺激性の症状を改善する可能性が示唆されたが、ルラシドンは、ほとんどまたはまったくないと考えられる。その他の有効性および潜在的な安全性に関しては、中〜非常に低い確実性のエビデンスとなっていた。現在利用可能なデータでは、包括的なサブグループ解析を行うことはできなかった。非定型抗精神病薬による介入の有効性および安全性を十分な確実性をもってバランスを取るためには、より大規模なサンプルによる新たなRCTが必要である。とくに成人ASDを対象とした研究が求められる。また、研究著者は、対象集団と介入の特性を透明化し、可能な場合には患者別、個別のデータを提供する必要があり、さらにデータの統合プロセスにおける問題を回避するためにも、各アウトカムについての一貫した測定方法を確立する必要がある」と結論付けている。

8.

第267回 ワクチン懐疑派が集結、どうなる?米国のワクチン政策

やはり、トランプ氏より危険だった嫌な予感が的中してしまった。3回前の本連載で米国・トランプ政権の保健福祉省長官のロバート・F・ケネディ・ジュニア氏(以下、ケネディ氏)について言及したが、「ついにやっちまった」という感じだ。前述の連載公開10日後の6月9日、ケネディ氏は米国・保健福祉省と米国疾病予防管理センター(CDC)に対してワクチン政策の助言・提案を行う外部専門家機関・ACIP(予防接種の実施に関する諮問委員会)の委員全員を解任すると発表したからだ。アメリカでは政権交代が起こると官公庁の幹部まで完全に入れ替わる(日本と違い、非プロパーが突如、官公庁幹部に投入される)のが常だが、1964年に創設されたACIP委員が任期途中(任期4年)で解任された事例は調べる限りない模様である。一斉に解任された委員に代わって、ケネディ氏は新委員8人を任命した。このメンツが何とも香ばしい。ある意味、粒ぞろいの人選まず、ほぼ各方面から懸念を表明されているのが、国立ワクチン情報センター(National Vaccine Information Center:NVIC)ディレクターで看護師のヴィッキー・ペブスワース氏と医師で生化学者のロバート・W・マーロン氏の2人である。ペブスワース氏については、所属が「国立」となっているので公的機関のような印象を受けるが、完全な民間団体で従来からワクチン接種が自閉症児を増やすという、化石のような誤情報を声高に主張している。同センターによると、ペブスワース氏自身がワクチン接種で健康被害を受けた息子の母親であるという。マーロン氏は1980年代後半にmRNAの研究を行っていたとされ、今回の新型コロナウイルス感染症(以下、新型コロナ)に対するmRNAワクチンの発明者だと自称している。その後は大学で教鞭をとったり、ベンチャー系製薬企業の幹部に就任したりしている。mRNAワクチンの発明者を自称しながら、今回のファイザーやモデルナのワクチンには否定的で、「最新のデータによると、新型コロナワクチン接種者は未接種者に比べて感染、発症、さらには死亡する可能性が高くなることが示されている。そしてこうしたデータによると、このワクチンはあなただけでなく、あなたのお子さんの心臓、脳、生殖組織、肺に損傷を与える可能性があります」などと主張している人物である。どこにそんなデータがあるのか見せてもらいたいが。これ以外でも、mRNAワクチンは若年者で死亡を含む深刻な害悪があると主張するマサチューセッツ工科大学教授のレツェフ・レヴィ氏、コロナ禍中の2020年10月に全米経済研究所が若年者などは行動制限せずに集団免疫獲得を目指すべきと政策提言した「グレートバリントン宣言」の起草者に名を連ねた生物統計学者のマーティン・クルドルフ氏とダートマス大学ガイゼル医学部小児科教授のコーディ・マイスナー氏も含まれている。意味不明な選出もこれだけワクチンを含む新型コロナ対策における亜流・異端のような人物たちが過半数を占め、驚くべき状況である。ACIPはケネディ氏の“趣味”仲間の井戸端会議になり果ててしまったと言ってよいだろう。残るのは元米国立衛生研究所(NIH)の所員で精神科医のジョセフ・R・ヒッベルン氏、元救急医のジェームズ・パガーノ氏、慢性疾患患者向けの治療薬投与システムを開発するベンチャー企業の最高医療責任者(CMO)で産婦人科医のマイケル・A・ロス氏だが、ケネディ氏の志向と合致する前述の5氏と比べれば、この3氏はなぜ選出されたのかも意味不明である。ただ、もともと感染症学や予防医学や公衆衛生学などの専門家に加え、消費者代表を加えてバランスを取っていた以前のACIPとはまったく異なる組織になったことだけは確かである。これから考えれば、昨今国会でキャスティングボードを握り始めた某野党の参議院選比例代表候補者にワクチン懐疑派の候補者が1人含まれているなどという日本の状況は、まだましなのかもしれない(もちろん私自身はそれを許容するつもりはないが)。

9.

世代を超えた自閉スペクトラム症と認知症との関係

 自閉スペクトラム症(ASD)患者は、認知機能低下や認知症のリスクが高いことを示唆するエビデンスが報告されている。この関連性が、ASDと認知症の家族的因子によるものかは不明である。スウェーデン・カロリンスカ研究所のZheng Chang氏らは、ASD患者の親族における認知症リスクを調査した。Molecular Psychiatry誌オンライン版2025年5月14日号の報告。 スウェーデンのレジスターにリンクさせた家族研究を実施した。1980〜2013年にスウェーデンで生まれた個人を特定し、2020年までフォローアップを行い、ASDの臨床診断を受けた人を特定した。このASD患者と両親、祖父母、叔父/叔母をリンクさせた。ASD患者の親族における認知症リスクの推定には、Cox比例ハザードモデルを用いた。認知症には、すべての原因による認知症、アルツハイマー病、その他の認知症を含めた。親族の性別およびASD患者の知的障害の有無で層別化し、解析を行った。 主な内容は以下のとおり。・ASD患者の親族は、認知症リスクが高かった。・認知症リスクは、両親で最も高く、祖父母、叔父/叔母では低かった。【両親】ハザード比(HR):1.36、95%信頼区間(CI):1.25〜1.49【祖父母】HR:1.08、95%CI:1.06〜1.10【叔父・叔母】HR:1.15、95%CI:0.96〜1.38・ASD患者と母親の認知症リスクには、父親よりも強い相関が示唆された。【母親】HR:1.51、95%CI:1.29〜1.77【父親】HR:1.30、95%CI:1.16〜1.45・ASD患者の親族において、知的障害の有無による差はわずかであった。 著者らは「ADSとさまざまな認知症は、家族内で共存しており、遺伝的関連の可能性を示唆する結果となった。今後の研究において、ASD患者の認知症リスクを明らかにすることが求められる」としている。

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長寿の村の細菌がうつ病や鼻炎に有効

長寿の村の細菌がうつ病や鼻炎に有効中国の長寿の村で見つかった細菌が、プラセボ対照無作為化試験でうつ病や鼻炎の治療効果を示しました1,2)。精神の不調の世界的な負担の主因であるうつ病と、便秘などの胃腸不調の関連が最近になって報告されています。たとえば、米国人口を代表する米国国民健康栄養調査 (NHANES)の情報を調べた試験で、慢性の下痢や便秘がうつ病患者でより多く認められています3)。うつ病患者495例の慢性の下痢と便秘の有病率はそれぞれ15.53%と9.10%で、うつ病でない4,709例のそれらの有病率(それぞれ6.05%と6.55%)より高いことが示されました。いくつかの報告によると、うつ病などの気分障害と胃腸不調の関連には腸-脳軸(gut-brain axis)と呼ばれる腸と中枢神経系(CNS)のやり取りが関係しているようです。また、胃腸の微生物が胃腸と脳の通信を促しており、その乱れはうつ病、自閉症、パーキンソン病などの神経や精神の疾患と関連するようです。そこで、ためになる細菌(プロバイオティクス)などで腸内微生物環境を手入れして精神不調を治療する試みが増えています。長寿で知られる中国南西部の村(巴馬)の1人の長寿老人(centenarian)の便から見つかったBifidobacterium animalis subsp. Lactis A6(BBA6)という細菌の研究はその1つで、BBA6が微生物-腸-脳軸を手入れして注意欠如・多動症を模すラットの海馬や記憶の障害を緩和しうることが北京農業大学のRan Wang氏らの研究で示されています4)。その後Wang氏らはBBA6の研究を臨床段階へと進め、うつ病、具体的には便秘でもあるうつ病患者へのBBA6の効き目を調べるプラセボ対照無作為化試験を実施しました。試験にはうつ病患者107例が参加し、便秘でもあるうつ病患者と便秘ではないうつ病患者がそれぞれ8週間のBBA6かプラセボを投与する群に割り振られました。BBA6投与の効果は便秘合併うつ病患者に限って認められました。それら便秘合併うつ病患者への8週間のBBA6投与後のハミルトンうつ病評価尺度(HAMD-17)はプラセボ投与群より低くて済んでいました1)。便秘症状の評価尺度PAC-SYMもBBA6投与群のほうがプラセボ群より下がりました。便秘とうつ病の合併を模すラットで調べたところ、BBA6はうつ病患者に有害らしいキヌレニンを減らしてセロトニンを増やすことが示されました5)。便秘合併うつ病患者のBBA6投与後の血液や便にはセロトニンが多く、キヌレニンが少ないことも確認されており、ラットでの検討と一致する結果が得られています。また、BBA6が投与された便秘合併うつ病患者は先立つ研究でうつ病治療効果やセロトニン生成促進効果が示唆されているビフィドバクテリウムとラクトバチルスがより多く、トリプトファン生合成経路が盛んでした。どうやらBBA6はセロトニンやキヌレニンの出所であるトリプトファン代謝を手入れすることで便秘とうつ病の合併を緩和するようです。さて、BBA6が役立ちうる用途はうつ病治療に限られるわけではなさそうで、Wang氏らによる別のプラセボ対照無作為化試験では、アレルギー性鼻炎の治療効果が示されています2)。試験には通年性アレルギー性鼻炎患者70例が参加し、うつ病試験と同様にBBA6かプラセボが8週間投与され、ベースライン時と比べた8週時点の鼻症状検査点数低下の比較でBBA6がプラセボに勝りました。Wang氏らは便秘とうつ病の合併への長期の効果を調べる試験を予定しています5)。また、アレルギー性鼻炎治療効果のさらなる裏付け試験が必要と述べています2)。 参考 1) Wang J,et al. Sci Bull(Beijing). 2025 Apr 21. [Epub ahead of print] 2) Wang L, et al. Clin Transl Allergy. 2025;15:e70064. 3) Ballou S, et al. Clin Gastroenterol Hepatol. 2019;17:2696-2703. 4) Yin X, et al. Food Funct. 2024;15:2668-2678. 5) Probiotic breakthrough: Bifidobacterium animalis subsp. Lactis A6 shows promise in alleviating comorbid constipation and depression / Eurekalert

11.

日本人ASD、ADHDの自殺予防のために必要な幼少期の体験

 弘前大学の足立 匡基氏らは、自閉スペクトラム症(ASD)および注意欠如多動症(ADHD)の特性と幼少期のポジティブな経験が自殺関連行動に及ぼす複合的な影響を調査するため、日本人の青年および若年成人の大規模かつ代表的なサンプルを用いて、調査を行った。さらに、幼少期のポジティブな経験が神経多様性特性に関連するリスク軽減に役立つかについても、検討を行った。Frontiers in Psychiatry誌2025年4月30日号の報告。 対象は、16〜25歳の日本人5,000人。検証済みの尺度を用いて、ASD およびADHD特性、幼少期のポジティブな経験、自殺念慮および自殺企図を含む自殺関連行動を測定し、データを収集した。これらの変数の影響を評価するため、階層的回帰分析を複数回実施した。幼少期のポジティブな経験と神経多様性特性との間の相互作用効果を検討し、潜在的な緩和効果を検証した。 主な結果は以下のとおり。・ASD特性およびADHD特性は、自殺念慮と正の相関が認められ、両特性のレベルが高いほど、自殺リスクが最も高かった。・幼少期のポジティブな経験を組み込むことで、自殺念慮との有意な負の相関が示され、幼少期のポジティブな経験が多いほど、自殺念慮のレベルは低かった。・幼少期のポジティブな経験は、ASD特性(β:0.180→0.092)およびADHD特性(β:0.216→0.185)と自殺念慮との関連性を低下させた。・交互作用分析では、幼少期のポジティブな経験の自殺念慮に対する保護効果は、ADHD特性が高い人において、とくに顕著であった。・単純傾斜分析では、ADHD特性が低い人(β:−0.339、z=−18.61、p<0.001)、高い人(β:−0.475、z=−21.84、p<0.001)のいずれにおいても、幼少期のポジティブな経験が多いほど、自殺念慮の減少と有意な関連が認められ、ADHD特性が高い人ほどより強力な影響が示された。 著者らは「ASDおよびADHD特性は、自殺リスクに累積的かつ潜在的に複合的な影響を及ぼすことを改めて明らかにすると同時に、幼少期のポジティブな経験が重要な保護的役割を果たすことが示唆された。幼少期のポジティブな経験は、とくにADHD特性の高い人において、感情調整不全や衝動性を軽減し、自殺関連行動の減少につながる。本研究は、脆弱な集団におけるレジリエンスやメンタルヘルスを促進するための標的介入の一環として、幼少期のポジティブな経験を促進することの重要性を示唆している」と結論付けている。

12.

自閉スペクトラム症の光過敏に新知見

 自閉スペクトラム症(ASD)は、聴覚過敏や視覚過敏などの感覚異常を伴うことが知られているが、今回、ASDでは瞳孔反応を制御する交感神経系に問題があることが新たに示唆された。研究は帝京大学文学部心理学科の早川友恵氏らによるもので、詳細は「PLOS One」に4月1日掲載された。 ASDは、様々な状況における社会的コミュニケーションの障害、ならびに行動や興味に偏りが認められる複雑な神経発達症の一つだ。発達初期に現れるこれらの症状に加え、聴覚・嗅覚・触覚などの問題に併せ、光に対する過敏性(羞明)に悩まされることが多い。 羞明はASDの視知覚における特徴的な症状であり、適切な光量を調節する瞳孔反応の問題に起因している可能性がある。瞳孔反応は瞳孔の散大(散瞳)と収縮(縮瞳)からなり、それぞれ交感神経と副交感神経により適切に制御されている。これまでの研究の多くは、対光反射の観察から「ASDでは光刺激に対して縮瞳が弱い」という結果を導いてきたが、もう一つの可能性である「暗刺激に対して過剰な散瞳が起こっている」という点については十分な研究が行われてこなかった。このような背景を踏まえ、著者らはASDにおける瞳孔反応の神経学的機序を解明するため、明条件と共に暗条件下で瞳孔反応がどのように変化するかを調査した。 本研究は、自閉症者コミュニティより募集したASD17名(ASD群)と参加者募集会社により集められた定型発達23名(TD群)で実施した。両群の感覚特性は日本版青年・成人感覚プロファイル(AASP-J)によって評価された。刺激呈示には24インチのLCDモニターを使用し、瞳孔反応のデータ取得にはサンプリングレート60Hzのアイトラッキングシステムを使用した。実験1では、薄暗い画面(2.75cd/m2)を10秒間提示した後、5秒間隔で明条件(89.03cd/m2)と暗条件(0.07cd/m2)が交互に合計24セット繰り返された。続いて行われる実験2では、薄暗い画面を10秒間提示した後、30秒間隔で明/暗条件が交互に合計10セット繰り返された。 参加者の平均年齢(±標準誤差)は、ASD群とTD群でそれぞれ38.7(±2.3)歳と37.9(±2.0)歳であり、両群間に差はなかった。また、男女比、日本版ウェクスラー成人知能検査による知能検査にも両群間で有意な差は認められなかった。AASP-Jテストでは、ASD群で「感覚過敏」および「感覚回避」スコアが高く、TD群との間に有意差が認められた(t検定、各p<0.01)。 ASD群の瞳孔反応は、特に明暗が急速に切り替わる実験1で瞬きによるデータの欠損が有意に多く(p<0.01)、その結果、評価対象例数が減少した。実験1の薄暗い状態での瞳孔径は、ASD群とTD群で有意差は認められなかった(5.7±0.5mm vs 5.8±0.3mm、p=0.8)ものの、続いて行われた実験2の薄暗い状態での瞳孔径は、ASD群が大きいままなのに対し、TD群で有意に小さくなっていた(5.9±0.3mm vs 4.9±0.3mm、p=0.01)。 明暗刺激時における、ベースラインから瞳孔径の最大変化量(最大振幅)とそれに至るまでの時間(潜時)は両群間で有意な差は認められなかった。しかし、暗条件下の散瞳開始初期の速度は、ASD群で有意に速かった。実験1では、最大振幅の37%に到達するまでの潜時はASD群で有意に速く(p=0.01)、実験2の最大振幅の37%と63%に到達するまでの潜時もASD群で有意に速かった(各p=0.03)。 本研究について著者らは「羞明を伴うことの多いASDでは、薄暗い状態で瞳孔径が大きく、暗条件では散瞳の速度が速い傾向にあることが示された。これらの結果から、ASDでは瞳孔を制御する交感神経の過剰な興奮で散瞳状態にあり、その背景として散瞳と縮瞳をバランスする青斑核の働きに問題があると考えられる。ASDの羞明は、周囲の光に合わせて瞳孔径を適切に調整できないことに起因するのかもしれない」と述べている。

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記念日「多様な性にYESの日」(その1)【なんで性は多様なの?(性スペクトラム)】Part 5

男性の同性愛は女性化脳、女性の同性愛は男性化脳?性が多様である原因を、進化の視点から解き明かしました。身体的性、性的指向、性自認、性表現のそれぞれにおいて、男性らしさ(男性性)と女性らしさ(女性性)が連続してつながっているからであることがわかりました。これを踏まえると、男性の同性愛は女性化脳、女性の同性愛は男性化脳と言えそうです。実際に、パーソナリティ特性(ビッグファイブによる)の研究8)において、同性愛の男性は平均的な異性愛の女性に近くなる一方、同性愛の女性は平均的な異性愛の男性に近くなります。また、認知能力において、同性愛の男性は男性特有の知覚能力が低く女性特有の言語能力が高くなる一方、同性愛の女性は女性特有の言語能力が低く知覚能力が高くなっています。さらに、脳の画像研究9)においても、大脳の左右差、前交連や脳梁の大きさ、恐怖刺激への偏桃体の興奮パターン、性フェロモンへの視床下部の興奮パターンは、同性愛の男性は異性愛の女性に似ており、逆に同性愛の女性は異性愛の男性に似ています。しかし、その一方で、同性愛の男性のペニスは、女性化して短くなるかと思いきや、逆に異性愛の男性よりも平均的に長いことがわかっています9)。このわけは、ペニスを長くするのは、メインの男性ホルモン(テストステロン)ではなく、その一段階先の生成物であるもう1つの男性ホルモン(ジヒドロテストステロン)だからです。また、同性愛の男性は平均的に性的パートナーの数がとても多く、異性愛の女性のように性的パートナーを限定するわけでないです。このことから、同性愛であるからと言って、必ずしも反対の性別の脳になるわけではなく、典型的な特徴が当てはまりつつも、当てはまらない特徴も織り交ざった心理的特性のモザイクであると考えられています8)。もちろん、個人によって、そのモザイクの「模様」は違います。この点からも、性は多様であると言えるでしょう。ちなみに、男性が同性愛になるのは胎児期に男性ホルモンが働き足りなかったわけですが、逆に働きすぎると男性らしさ(システム化)が際立ち、自閉症になります。一方、女性が同性愛になるのは胎児期に男性ホルモンが働きすぎたわけですが、逆に働き足りない(相対的に女性ホルモンが働きすぎる)と女性らしさ(共感性)が際立ち、情緒不安定性パーソナリティ障害になることが考えられます。この詳細については、関連記事3をご覧ください。このことから、同性愛の男性は、男性ホルモンが働き足りない(相対的に女性ホルモンが働きすぎる)ために共感性が高まり、情緒不安定性パーソナリティ障害になりやすいと推定できます。実際に、異性愛の男性に比べて同性愛の男性は、自傷行為(情緒不安定性パーソナリティ障害の特徴の1つ)が1.6~2倍と高くなっています10)。同じように、同性愛の女性は男性ホルモンが働きすぎるためにシステム化が高まり、自閉症になりやすいと推定できます…と言いたいところですが、よくよく考えると、自閉症は異性を含む他人への興味関心が乏しいという主症状(社会的コミュニケーションの障害)があります。つまり、自閉症になるくらい男性ホルモンが働きすぎているなら、そもそも同性愛にも異性愛にも性的指向が発達せず、むしろ無性愛(性的指向なし)になることが考えられます。この点でも、同性愛は、男性ホルモンの働き具合だけで単純化できない、心理的特性のモザイクと言えるでしょう。1)「性別違和・性別不合へ」p.61、p.106:針間克己、緑風出版、20192)「LGBTQ+ 性の多様性はなぜ生まれる?」pp.7-10、p.29、p.44、p.48、pp.82-83:小林牧人、恒星社厚生閣、20243)「オスとは何で、メスとは何か?」pp.89-91、pp.166-167:諸橋憲一郎、NHK出版新書、20224)「性の進化史」p.133、p.176、p.180:松田洋一、新潮選書、20185)「同性愛は生まれつきか?」pp.69-70:吉源平、株式会社22世紀アート、20206)「LGBTを正しく理解し、適切に対応するために」pp.1004-1007:精神科治療学、星和書店、2016年8月7)「進化が同性愛を用意した」p.92:坂口菊恵、創元社、20238)「進化精神病理学」p.77:マルコ・デル・ジュディーチェ:福村出版、20239)「同性愛の謎」pp.23-24、pp.138-139、pp.143-146:竹内久美子、文春新書、201210)「LGBTを正しく理解し、適切に対応するために」p.1017:精神科治療学、星和書店、2016年8月<< 前のページへ■関連記事女性誌「STORY」(その2)【そもそもなんで溺愛は気持ち悪いの?どうすればいいの?(家族療法)】Part 2海外番組「セサミストリート」(続編・その3)【だから男性はこだわり女性は共感するんだ!だから人差し指の長さが違うんだ!(自閉症と情緒不安定性パーソナリティ障害の起源)】Part 1海外番組「セサミストリート」(続編・その2)【じゃあなんでコミュニケーションの障害とこだわりはセットなの?(共感)】Part 1

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海外番組「セサミストリート」(続編・その3)【だから男性はこだわり女性は共感するんだ!だから人差し指の長さが違うんだ!(自閉症と情緒不安定性パーソナリティ障害の起源)】Part 1

今回のキーワードプレゼント仮説性選択(性淘汰)象徴機能指比「良い子」(過剰適応)マルトリートメント(不適切なかかわり)空虚感かんしゃく前回(その2)、共感性とシステム化のゼロサム説という仮説によって、以下の3つの謎を解き明かしました。自閉症のコミュニケーションの障害とこだわりがセットで出てくる現象定型発達の男の子よりも女の子のほうが言語や心の理論の発達が早い現象自閉症でいったん話していた言葉を途中から話さなくなる現象(折れ線型)また、超男性脳の病態が自閉症であるのとは対照的に、超女性脳の病態は情緒不安定性パーソナリティ障害であることを突き止めました。それでは、そもそもなぜ男性はシステム化が高く、女性は共感性が高いのでしょうか? そもそもなぜ共感性とシステム化はトレードオフの関係にあるのでしょうか? また、その1でも触れましたが、なぜ男性ホルモンが多いと人差し指が短くなるのでしょうか? さらに、自閉症は幼児期に発症するのに、なぜ情緒不安定性パーソナリティ障害は同じように幼児期に発症せずに、思春期になってようやく発症するというタイムラグがあるのでしょうか?これらの答えを探るため、今回(その3)は、進化精神医学の視点から、自閉症と情緒不安定性パーソナリティ障害の起源を掘り下げます。そして、なんとこの2つの病態は人類進化の必然の産物であったわけをご説明しましょう。そもそもなんで男性はシステム化が高く女性は共感性が高いの?人類は、約700万年前に誕生してから、二足歩行をすることで手が自由になり、手に入れた食料を余分に持ち歩けるようになりました。その余分な食料を男性が女性にプレゼントすることで、女性はそのお礼にセックスをして、その男性との間にできた子供を育てるようになりました。これは、プレゼント仮説と呼ばれています1)。そして、これは人類最初の協力行動です。それでは、この時、どんな心理が進化するでしょうか? 男性と女性に分けて、それぞれ考えてみましょう。(1)男性に進化する心理―システム化まず、女性に選ばれるのは、プレゼントを毎回確実にくれる男性でしょう。それでは、プレゼント用を含めた食料をより多くより確実に得るために必要な男性の心理とは、どんなものでしょうか?たとえば、以下です。この足跡をたどれば獲物がいる(パターン認識)。この獲物の糞はかすかに温かいので(触覚過敏)、まだ近くにいる(パターン認識)。湿気を感じるので(触覚過敏)、このあとに雨が降るだろう(パターン認識)。あの獲物は夕方この辺りによく来るから、夕方はいつもここで待ち伏せしよう(パターン行動)。獲物や天敵の鳴き声・足音にすぐに気付ける(聴覚過敏)。これらは、動物の習性や自然の変化へのパターン認識、食料をより確実に取るためのパターン行動です。そして、そのための感覚過敏です。ちなみに、動物の鳴き声や足音への敏感さは、現代では、車のエンジン音や電車の走行音を区別する興味に置き換わっています。ジュリアがパニックになった消防車の警笛音もその1つです。つまり、男性に進化した心理とは、システム化であることがわかります。逆に言えば、システム化が高くない男性は、プレゼントを用意できないため女性から選ばれることはなく、性淘汰されます。プレゼントを用意できた原始の時代の男性たちの子孫である現代の男性たちは、当然ながら無意識にも女性にプレゼントをあげたがります。逆に、女性は男性ほど異性にプレゼントをあげたがりません。だからこそ、システム化はもともと男性に備わっている心理であり能力なのです。そして、男性ホルモンが高いと、システム化が高くなるのです。逆に言えば、男性はプレゼントをあげる側なので、女性ほど共感性を高くする必要はなかったのです。次のページへ >>

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海外番組「セサミストリート」(続編・その3)【だから男性はこだわり女性は共感するんだ!だから人差し指の長さが違うんだ!(自閉症と情緒不安定性パーソナリティ障害の起源)】Part 2

(2)女性に進化する心理―共感性一方で、男性に選ばれるのは、プレゼントを毎回あげたくなるような女性でしょう。もちろん、無事に子供を産んでもらうために、見た目や肌が美しい(感染症の兆候がない)という身体的な特徴は重要です。これに加えて、必要な女性の心理とは、どんなものでしょうか?たとえば、以下です。男性の機嫌を察知する(感受性)。男性の声や動きをまねして合わせる(同調性)。男性にスキンシップをして気を惹く(操作性)。相手にされないと涙を見せる(操作性)。相手にされないと不安になる(見捨てられ不安)。相手にされないと嫌いになる(理想化と幻滅)。相手にされないと自分の頭や体を叩くなど、なりふり構わない行動をする(自傷を含む逸脱行動)。これらは、男性からのプレゼントをより確実にもらうためのアピール行動です。そして、そのための感受性です。つまり、女性に進化した心理とは、共感性であることがわかります。この共感性とは、同調性など気に入られるためのポジティブな共感です。不安・恐怖や嫌悪感など危険を避けるためのネガティブな共感は、約3億年前に哺乳類が誕生してから子供を守るために生まれ、約2千年前に類人猿が誕生してから群れでお互いを守るためにさらに進化しました。逆に言えば、共感性が高くない女性は、プレゼントをあげたいと思われないために男性から選ばれることはなく、性淘汰されます。プレゼントをあげたいと男性から思われる原始の時代の女性たちの子孫である現代の女性たちは、当然ながら無意識にも男性からプレゼントをもらいたがります。逆に、男性は女性ほど異性からプレゼントをもらいたがりません。だからこそ、共感性はもともと女性に備わっている心理であり能力なのです。そして、男性ホルモンが低いと、相対的に女性ホルモンが高くなり、共感性が高くなるのです。逆に言えば、女性はプレゼントをもらう側なので、男性ほどシステム化を高くする必要はなかったのです。以上より、プレゼントをあげる男性とプレゼントをもらう女性は、それぞれシステム化と共感性を性選択(性淘汰)によって進化させたと結論づけることができます。逆に言えば、1つの脳に両方とも進化させる必要がなかったのでした。そもそも、脳機能(脳容量)には限度があり、空間としてだけでなく性差として局在化したと捉えることができます。だからこそ、この両者は、主に男性ホルモンをパラメーターとしてトレードオフの関係になっていることがわかります。<< 前のページへ | 次のページへ >>

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海外番組「セサミストリート」(続編・その3)【だから男性はこだわり女性は共感するんだ!だから人差し指の長さが違うんだ!(自閉症と情緒不安定性パーソナリティ障害の起源)】Part 3

なんで自閉症は人差し指が短いの?人類は、プレゼントとセックスのやり取りという協力行動を通して、システム化と共感性に加えて、実は3番目の脳機能を進化させたと考えられます。それは、何でしょうか?たとえば、プレゼントのやり取りの時、女性はアピール行動の1つとして、プレゼントに視線を向けたり、「それちょうだい」という指差しをしたでしょう。当然ながら、人類誕生の初期は言葉を話しません。最初は注意を向けるために、プレゼントそのものに触れていたでしょう。そして、やがて触れなくても指を差した先を見るようになったでしょう。これは、指差し(意図共有)の起源です。人類に最も近いチンパンジーでも指差しはしないことから、これは、最初の人間らしさの1つです。そして、男性と女性の間にはプレゼントを介した関係(三項関係)が成り立ちます。やがて、指差しや視線のやり取りは、「またあれちょうだい」のように、お互いに見えていなくてもお互いが意図している何かをイメージするようになっていったでしょう。つまり、進化した3番目の脳機能は、象徴機能です。これは、身振りや言葉によって目の前にない(いない)ものを認識する能力です。詳しくは、関連記事1をご覧ください。ここで、ある仮説が立てられます。男性は、女性による指差しを理解する必要はありますが、プレゼントをそのまま持っているので、女性ほど指差しを実際にする必要がありません。つまり、その1でも触れたように、女性よりも男性が人差し指が短い(指比が小さい)のは、人類誕生初期からもともと指差しする人差し指を女性ほど使わなかったからであるという仮説を立てることができます。つまり、男性は女性ほど人差し指が目立って長くなるように進化しなかったということです。だからこそ、男性ホルモンの多すぎる超男性脳の自閉症は、男女ともに人差し指がさらに短く、実際に指差ししないという臨床症状があるのです。つまり、進化の視点で見れば、自閉症は指差ししないから、人差し指が短くなったと言えます。さらに言えば、自閉症は、言葉の遅れと同時に抽象的な思考が苦手なのも、共感性だけでなくこの象徴機能がうまく発達していないからであることもわかります。ちなみに、指差しする指が、最も長い中指や最も太い親指ではなく、人差し指である理由については、以下の2つの理由から説明できます。1つは、物をつかむ時に最も使って動かしやすいのは人差し指と親指だからです。親指が片端(起点)になっており、そこから遠くなる中指以降の指は沿える程度で動かしにくいです。もう1つは、実際に両腕を自然に前に差し出して両手を広げた時に、一番正面を向いていて差しやすい指は人差し指だからです。中指はやや外側を向いており、親指はかなり内側を向いており、差しにくいです。<< 前のページへ | 次のページへ >>

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海外番組「セサミストリート」(続編・その3)【だから男性はこだわり女性は共感するんだ!だから人差し指の長さが違うんだ!(自閉症と情緒不安定性パーソナリティ障害の起源)】Part 4

なんで情緒不安定性パーソナリティ障害は幼児期に発症しないの?超男性脳の自閉症と超女性脳の情緒不安定性パーソナリティ障害は、共感性とシステム化の脳機能の極端な偏りとして対照的です。それなのに、なぜ自閉症は幼児期に発症するのに情緒不安定性パーソナリティ障害は思春期に発症するというタイムラグがあり、発症時期も対照的にはならないのでしょか?実際に、このタイムラグのために、現在の精神医学では、これら両者はそれぞれ発達障害とパーソナリティ障害というまったく別々の精神障害のカテゴリーに分類されてしまっています。タイムラグが起きる答えは、情緒不安定性パーソナリティ障害は、共感性が高くなりすぎることで、自閉症のような不適応としてではなく、過剰適応として幼児期は潜在していると考えられるからです。つまり、幼児期に自閉症と同じようになんらかの変化は臨床的に確認できるということです。たとえば、以下です。親の顔色や体調の変化によく気付く。よく気が利いて、親の言うことをよく聞く。自分からお手伝いをする。親を喜ばせる振る舞いをする。嫌な思いをしても、我慢して取り繕う。めったに泣かず、手がかからない。これらは、高すぎる共感性によって、観察力と演技力という潜在能力を発揮しています。これを一言で言えば、いわゆる「良い子」です。「良い子」は子育てするには楽で、親からは望ましいと思われがちです。「良い子」(過剰適応)の心理の詳細については、関連記事2をご覧ください。しかし、ある状況で、「良い子」であることが裏目に出ます。それは、虐待をはじめとするマルトリートメント(不適切なかかわり)です。「良い子」である分、親に十分に構ってもらえなくても、「良い子」であり続けようとします。そして、必死で親に構ってもらおうとして、構ってもらえるかどうかに敏感になります。その後、女性ホルモンの放出が高まる思春期に、交際相手に構ってもらえるかどうかにも敏感になり、「プレゼント」(構ってもらえること)を過剰に求めるようになるのです。このような行動を駆り立てるのは、情緒不安定性パーソナリティ障害の中核症状である空虚感が当てはまります。よくよく考えれば、共感性が高いということは、その共感する相手がいなければいないほど当然空しさは増します。つまり、空虚感も、自閉症のこだわり(システム化)と同じように機能であると捉え直すことができます。問題は、それが過剰であるということです。たとえば、相手にしがみついて、巻き込もうとします。これは、「死にたい」「死んでやる」など、いわゆる「死にたいアピール」として表現されます。さらに、これが行動化したのが自傷です。このような不適応を起こすことによって、情緒不安定性パーソナリティ障害はようやく顕在化するのです。しかも、重度の場合は、共感性が高すぎる一方でシステム化が低すぎるために、周りに流されやすく、些細なことで傷つき、理屈が通じません。このような人が、占いなどのスピリチュアル系にハマりやすいのも納得が行くでしょう。なお、傷つきやすさの心理の詳細については、関連記事3をご覧ください。逆に言えば、自閉症をはじめとするシステム化の高い男の子は、良くも悪くも鈍く「良い子」になりません。そのため、構ってもらえないことに鈍感で、情緒不安定性パーソナリティ障害を発症しにくいとも言えます。行動遺伝学の研究において、情緒不安定性パーソナリティ障害への家庭環境の違いの影響についての直接的なデータはまだ見当たりません。しかし、この病態の中核症状でもある「自殺念慮」については、遺伝12%、家庭環境11%、家庭外環境77%と算出され、家庭環境の違いの影響が出ています2)。家庭外環境の比率が大きいことから、実際の失恋(恋愛関係)やいじめ(友人関係)などの影響が大きいことも考えられます。臨床的にも従来から、情緒不安定性パーソナリティ障害の要因として、マルトリートメント(家庭環境)が指摘されています3)。逆に、自閉症においては、遺伝80%、家庭環境0%、家庭外環境20%という結果が出ており、家庭環境の違いの影響はありません。つまり、マルトリートメントによって自閉症になることはないことがわかります。<< 前のページへ | 次のページへ >>

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海外番組「セサミストリート」(続編・その3)【だから男性はこだわり女性は共感するんだ!だから人差し指の長さが違うんだ!(自閉症と情緒不安定性パーソナリティ障害の起源)】Part 5

なんで自閉症はかんしゃくをよく起こすの?女の子は、共感性の高さから「良い子」になりがちであることがわかりました。逆に、男の子は、共感性の低さから「やんちゃ」になりがちです。そして、自閉症の場合は、さらにかんしゃくがよく見られます。それでは、そもそもなぜ自閉症はかんしゃくをよく起こすのでしょうか?その答えは、先ほどの「良い子」や定型発達の子供のようなポジティブなコミュニケーションが難しいため、代わりに極度に騒ぐというネガティブな「コミュニケーション」によって親の養育行動を引き出すように進化したからと考えられています1)。つまり、ポジティブであってもネガティブであっても、アピール行動としては適応的です。そもそも、人類が言葉を話すようになったのは進化の歴史ではごく最近の約20万年前です。自閉症(システム化)が生まれたのが人類初期の約700万年前と考えると、原始の時代、子供も大人も「騒いだもん勝ち」だったでしょう。育てやすい「良い子」や穏やかな人であることに価値が置かれるようになったのは、合理主義が広がった約200年前の産業革命以降の現代の価値観です。つまり、幼児期のかんしゃくは自閉症をはじめとする発達障害ならではの生存戦略であったことがわかります。ついでに言えば、情緒不安定性パーソナリティ障害の自傷(行動化)も「騒いだもん勝ち」の生殖戦略であったと言えます。人類進化の必然の産物であるわけは?実際に、自閉症も情緒不安定性パーソナリティ障害も、医学論文として症例報告されるようになったのは、20世紀前半で、ここ100年弱の話です。つまり、もともと原始の時代から受け入れられていたこの両者は、共感性とシステム化の両方がますます求められる高度な現代社会のなかでは「病」として問題視されるようになったのでした。これが、この記事の冒頭で触れた、この2つの病態は人類進化の必然の産物であるゆえんです。そして、実際の遺伝子研究において、この両者の遺伝子は多因子あることからも、より適応するための遺伝子を進化の歴史でこつこつと増やしていったということを物語っています。逆に言えば、ただの不適応を起こすものであれば、単一因子で十分なはずで、多因子である必要がないです。つまり、多因子であるということが、進化の過程で獲得していったという何よりもの証拠です。この点からも、自閉症と情緒不安定性パーソナリティ障害は、最初から「障害」であったのでなく、生存と生殖のための機能であり能力であったと言えるでしょう。ちなみに、約700万年前に人類が共感性とシステム化と一緒に進化させた象徴機能は、約10万年前に貝の首飾りを信頼の証とする概念化という脳機能にさらに進化したと考えられます。これが、統合失調症の起源です。この詳細については、関連記事4をご覧ください。1)進化と人間行動(第2版)pp.122-123, p.186:長谷川寿一ほか、東京大学出版会、20222)遺伝マインドp.58:安藤寿康、有斐閣、2011、※一卵性と二卵性の一致率のみの報告からそれぞれの比率をこの記事で算出3)標準精神医学(第8版)p.503:尾崎紀夫ほか、医学書院、2021<< 前のページへ■関連記事絵本「ねないこだれだ」【なんでお化けは怖いの?なんで親は子供にお化けが来るぞと言うの?(お化けの起源)】Part 1Mother(前編)【過剰適応】人間失格【傷付きやすい】[改訂版]映画「ミスト」 ドラマ「ザ・ミスト」(後編・その4)【実は双極性障害から進化したの!?(統合失調症の起源)】Part 3

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海外番組「セサミストリート」(続編・その2)【じゃあなんでコミュニケーションの障害とこだわりはセットなの?(共感)】Part 1

今回のキーワード知的障害社会的コミュニケーション症強迫性パーソナリティ障害情緒不安定性パーソナリティ障害超女性脳依存性パーソナリティ障害共依存折れ線型経過前回(その1)、自閉症の主な症状はコミュニケーションがうまくできないこと(社会的コミュニケーションの障害)とこだわりが強すぎること(反復性)であることがわかりました。そして、それぞれの脳機能は、共感性が低いこととシステム化が高いことであることがわかりました。さらに、その原因は、胎児期に男性ホルモンが多すぎていたからであるという有力な仮説(胎児期アンドロゲン仮説)をご紹介し、自閉症は超男性脳であることを説明しました。それでは、そもそもなぜ自閉症はコミュニケーションの障害とこだわりがセットで出てくるのでしょうか? また、定型発達においては、男の子よりも女の子の方が言語や心の理論の発達が早いです。それは、そもそもなぜなのでしょうか? さらに、自閉症は最初から言葉の遅れがあるのが典型的なのですが、いったん話していた言葉を途中から話さなくなるタイプもあります。なぜこのような奇妙な経過を辿るのでしょうか?今回(その2)も、海外番組「セサミストリート」のジュリアという自閉症のキャラクターを取り上げ、さらにある仮説をご紹介します。この仮説はこれらの謎を説明できてしまうと同時に、これらの謎はこの仮説の根拠にもなります。その仮説とは、共感性とシステム化は、それぞれ独立した脳機能でありながら、トレードオフ(一得一失)の関係になっているということです1)。これは、ゼロサム説と呼ばれています。ゼロサムとは、一方が増えた分、他方はその分減って、総和(サム)は一定(ゼロ)であるという意味です。だからコミュニケーションの障害とこだわりがセットなんだジュリアは、中等度の社会的コミュニケーションの障害と中等度の反復性の両方の症状が揃っており、典型的な自閉症です。実際の臨床でも、重度であればあるほど、両方の症状がほぼ一緒に見られます。この現象は、先ほどの仮説から説明することができます。まず、この2つの脳機能の総和を100とすると、ジュリアは共感性20とシステム化80と表されます。そして、重度の場合は、共感性10とシステム化90と表されます。ここで、総和が100を超える病態を仮定してみましょう。たとえば、共感性50(平均)とシステム化90のような重度のこだわりだけある病態です。しかし、実際の臨床でこのような病態は見かけません。つまり、総和が100を超える病態が存在しないことは、この仮説の根拠になります。それでは、逆に共感性10とシステム化50(平均)のような重度のコミュニケーションの障害だけの病態はどうでしょうか? 実は、この病態は、知的障害の診断でよく見かけます。つまり、総和が100を下回る場合は、全般的な脳機能の低下として、自閉症とは無関係に起こりうるため、この仮説には当てはまりません。一方で、症状が軽度の場合、片方だけはよく見かけます。たとえば、こだわりが軽度で日常生活に困るほど目立たず、コミュニケーションの障害だけが軽度でやや目立つというケースは、自閉症ではなく社会的コミュニケーション症と診断されます。逆に、コミュニケーションの障害が軽度で社会生活に困るほど目立たず、こだわりだけが軽度でやや目立つというケースは、自閉症ではなく強迫性パーソナリティ障害と診断されます。これら2つのケースとも、共感性30とシステム化70と表され、総和が100となり、この仮説に当てはまります。以上より、この仮説によって、こだわりが強くなればなるほど、連動してコミュニケーションがうまくできなくなることがわかります。だからこそ、コミュニケーションの障害とこだわりはセットになるわけです。以上から、この仮説に従い、共感性を横軸Xとしてシステム化を縦軸Yとしてグラフ化すると、グラフ1のように、X + Y = 100と表されます。そして、定型発達の男性は共感性40とシステム化60、女性は共感性60とシステム化40と表されます。重度の自閉症は、左上の端っこに位置づけられます。社会的コミュニケーション症と強迫性パーソナリティ障害は、やや左上の位置に位置づけられます。次のページへ >>

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海外番組「セサミストリート」(続編・その2)【じゃあなんでコミュニケーションの障害とこだわりはセットなの?(共感)】Part 2

だから男の子よりも女の子のほうが言語や心の理論の発達が早いんだ定型発達において、言葉を話し始める時期は1歳ですが、男の子よりも女の子のほうが1、2ヵ月早いです。また、相手の考えを推し量ること(心の理論)ができるようになる時期は4歳とされていますが、実は女の子は1歳早く3歳です。この性差も、先ほどの仮説から説明することができます。まず、自閉症は重度になればなるほどコミュニケーションをしようとしないことから言葉の遅れが出てきます。このことから、定型発達の男性を基準にすると、超男性脳の自閉症とは逆の方向にある定型発達の女性は、よりコミュニケーションをしようとするので言葉が早く出てきて、より相手の気持ちを推し量ろうとすると説明することができます。だからこそ、男の子よりも女の子のほうが言語や心の理論の発達が早くなるわけです。さらに考えれば、逆に共感性90とシステム化10でもう一方の右下の端っこにある、自閉症とは真逆の病態は何でしょうか?それは、情緒不安定性パーソナリティ障害(境界性パーソナリティー障害)という診断でよく見かけます。この障害の80%は女性であり、圧倒的に女性が多いという性差の点でも、この位置づけは整合性があります。そして、これは、超女性脳と呼ばれています2)。なお、この障害の詳細については、関連記事1をご覧ください。また、社会的コミュニケーション症や強迫性パーソナリティ障害とは対照的に、共感性70とシステム化30でやや右下の位置にある病態は、依存性パーソナリティ障害や共依存という診断でよく見かけます。社会的コミュニケーション症と強迫性パーソナリティ障害は女性よりも男性がかなり多いのに対して、依存性パーソナリティ障害と共依存は逆に男性よりも女性がかなり多いという性差の点でも、やはりこれらの位置づけは整合性があります。さらに、X + Y = 100の直線上において、それぞれの有病率をZ軸として、別にグラフ化すると、グラフ3のように男性と女性のそれぞれの正規分布で模式的に表すことができます。定型発達は当然ながら最も多いです。そして、システム化または共感性が高ければ高いほど、つまり超男性脳または超女性脳が極端であればあるほど、性差の偏りが出てきて、有病率が低くなっていくことを説明することができます。なお、共依存は、精神医学の正式な診断名ではないですが、臨床的にはよく見かけます。この詳細については、関連記事2をご覧ください。また、それぞれのパーソナリティ障害の基盤となるそれぞれのパーソナリティ特性の詳細については、関連記事3をご覧ください。<< 前のページへ | 次のページへ >>

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