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自閉スペクトラム症に対する非定型抗精神病薬の有効性〜ネットワークメタ解析

 自閉スペクトラム症(ASD)患者は、社会的な交流や行動に関連する多様な症状を呈する。非定型抗精神病薬は、小児および成人ASD患者の易刺激性、攻撃性、強迫観念、反復行動などの苦痛を伴う症状の治療に広く用いられてきた。しかし、その効果と相対的な有効性は依然として明らかではなかった。チリ・Universidad de ValparaisoのNicolas Meza氏らは、ASDに対する非定型抗精神病薬の有効性を明らかにするため、ネットワークメタ解析を実施した。The Cochrane Database of Systematic Reviews誌2025年5月21日号の報告。 小児および成人ASD患者を対象とした短期フォローアップ調査において、易刺激性に対する非定型抗精神病薬の相対的ベネフィットを評価するため、ネットワークメタ解析を実施した。さらに、短期、中期、長期フォローアップにおける、小児および成人ASD患者のさまざまな症状(攻撃性、強迫行動、不適切な発言など)と副作用(錐体外路症状、体重増加、代謝性副作用など)に対する非定型抗精神病薬のベネフィット/リスクについて、プラセボ群または他の非定型精神病薬との比較を行い、評価した。CENTRAL、MEDLINEおよびその他10のデータベース、2つのトライアルレジストリーを検索し、リファレンスの確認、引用文献の検索、研究著者への連絡を行い、対象研究を選定した(最終検索:2024年1月3日)。ASDと診断された小児および成人を対象に、非定型抗精神病薬とプラセボまたは他の非定型抗精神病薬と比較したランダム化比較試験(RCT)を対象に含めた。重要なアウトカムは、易刺激性、攻撃性、体重増加、錐体外路症状、強迫行動、不適切な発言とした。バイアスリスクの評価には、Cochrane RoB 2ツールを用いた。易刺激性の複合推定値には頻度主義ネットワークメタ解析、その他のアウトカムにはランダム効果モデルを用いて、対比較統計解析を実施した。エビデンスの確実性の評価には、GRADEを用いた。 主な結果は以下のとおり。・17研究、1,027例をネットワークメタ解析に含めた。成人対象は1研究(31例)、残りの16研究(996例)は小児対象であった。非定型抗精神病薬には、リスペリドン、アリピプラゾール、ルラシドン、オランザピンが含まれた。・易刺激性についてのネットワークメタ解析では、小児ASDに対してリスペリドンとアリピプラゾールは、プラセボ群と比較し、短期的に易刺激性の症状軽減に有効である可能性が示唆された。ルラシドンはプラセボと比較し、短期的な易刺激性に対する効果に、ほとんどまたはまったく差はないと考えられる。【リスペリドン】平均差(MD):-7.89、95%信頼区間(CI):-9.37〜-6.42、13研究、906例、エビデンスの確実性:低【アリピプラゾール】MD:-6.26、95%CI:-7.62〜-4.91、13研究、906例、エビデンスの確実性:低【ルラシドン】MD:-1.30、95%CI:-5.46〜2.86、13研究、906例、エビデンスの確実性:中・その他のアウトカムについては、小児ASDにおける短期フォローアップ調査において、非定型抗精神病薬は、プラセボと比較し、攻撃性に及ぼす影響が、非常に不確実であることが示唆された(リスク比[RR]:1.06、95%CI:0.96〜1.17、1研究、66例、エビデンスの確実性:非常に低)。バイアスリスクと重大な不正確さの懸念から、エビデンスの確実性は非常に低いと考えられる。・小児ASDにおける短期フォローアップ調査において、非定型抗精神病薬は、プラセボと比較し、体重増加の発生に及ぼす影響が、非常に不確実であることが示唆された(RR:2.40、95%CI:1.25〜4.60、7研究、434例、エビデンスの確実性:非常に低)。短期的な体重増加についても、非常に不確実であった(MD:1.22kg、95%CI:0.55〜1.88、3研究、297例、エビデンスの確実性:非常に低)。いずれの研究においても、バイアスリスクと重大な不正確さの懸念から、エビデンスの確実性は非常に低いと考えられる。・小児ASDにおける短期的な錐体外路症状の発生に対する非定型抗精神病薬の及ぼす影響は、プラセボと比較し、非常に不確実であった(RR:2.36、95%CI:1.22〜4.59、6研究、511例、エビデンスの確実性:非常に低)。バイアスリスクと重大な不正確さの懸念から、エビデンスの確実性は非常に低いと考えられる。・小児ASDにおいて、非定型抗精神病薬は、プラセボと比較、短期的に強迫行動を改善する可能性が示唆された(MD:-1.36、95%CI:-2.45〜-0.27、5研究、467例、エビデンスの確実性:低)。バイアスリスクと異質性への懸念から、エビデンスの確実性は低い。・小児ASDにおいて、非定型抗精神病薬は、プラセボと比較、短期的に不適切な発言を減少させる可能性が示唆された(MD:-1.44、95%CI:-2.11〜-0.77、8研究、676例、エビデンスの確実性:低)。バイアスリスクと異質性への懸念から、エビデンスの確実性は低い。・他の非定型抗精神病薬の効果は評価不能であった。・利用可能な研究が不足していたため、成人ASDに関する知見は得られなかった。 著者らは「リスペリドンおよびアリピプラゾールは、プラセボと比較し、短期的に小児ASDの易刺激性の症状を改善する可能性が示唆されたが、ルラシドンは、ほとんどまたはまったくないと考えられる。その他の有効性および潜在的な安全性に関しては、中〜非常に低い確実性のエビデンスとなっていた。現在利用可能なデータでは、包括的なサブグループ解析を行うことはできなかった。非定型抗精神病薬による介入の有効性および安全性を十分な確実性をもってバランスを取るためには、より大規模なサンプルによる新たなRCTが必要である。とくに成人ASDを対象とした研究が求められる。また、研究著者は、対象集団と介入の特性を透明化し、可能な場合には患者別、個別のデータを提供する必要があり、さらにデータの統合プロセスにおける問題を回避するためにも、各アウトカムについての一貫した測定方法を確立する必要がある」と結論付けている。

2.

第267回 ワクチン懐疑派が集結、どうなる?米国のワクチン政策

やはり、トランプ氏より危険だった嫌な予感が的中してしまった。3回前の本連載で米国・トランプ政権の保健福祉省長官のロバート・F・ケネディ・ジュニア氏(以下、ケネディ氏)について言及したが、「ついにやっちまった」という感じだ。前述の連載公開10日後の6月9日、ケネディ氏は米国・保健福祉省と米国疾病予防管理センター(CDC)に対してワクチン政策の助言・提案を行う外部専門家機関・ACIP(予防接種の実施に関する諮問委員会)の委員全員を解任すると発表したからだ。アメリカでは政権交代が起こると官公庁の幹部まで完全に入れ替わる(日本と違い、非プロパーが突如、官公庁幹部に投入される)のが常だが、1964年に創設されたACIP委員が任期途中(任期4年)で解任された事例は調べる限りない模様である。一斉に解任された委員に代わって、ケネディ氏は新委員8人を任命した。このメンツが何とも香ばしい。ある意味、粒ぞろいの人選まず、ほぼ各方面から懸念を表明されているのが、国立ワクチン情報センター(National Vaccine Information Center:NVIC)ディレクターで看護師のヴィッキー・ペブスワース氏と医師で生化学者のロバート・W・マーロン氏の2人である。ペブスワース氏については、所属が「国立」となっているので公的機関のような印象を受けるが、完全な民間団体で従来からワクチン接種が自閉症児を増やすという、化石のような誤情報を声高に主張している。同センターによると、ペブスワース氏自身がワクチン接種で健康被害を受けた息子の母親であるという。マーロン氏は1980年代後半にmRNAの研究を行っていたとされ、今回の新型コロナウイルス感染症(以下、新型コロナ)に対するmRNAワクチンの発明者だと自称している。その後は大学で教鞭をとったり、ベンチャー系製薬企業の幹部に就任したりしている。mRNAワクチンの発明者を自称しながら、今回のファイザーやモデルナのワクチンには否定的で、「最新のデータによると、新型コロナワクチン接種者は未接種者に比べて感染、発症、さらには死亡する可能性が高くなることが示されている。そしてこうしたデータによると、このワクチンはあなただけでなく、あなたのお子さんの心臓、脳、生殖組織、肺に損傷を与える可能性があります」などと主張している人物である。どこにそんなデータがあるのか見せてもらいたいが。これ以外でも、mRNAワクチンは若年者で死亡を含む深刻な害悪があると主張するマサチューセッツ工科大学教授のレツェフ・レヴィ氏、コロナ禍中の2020年10月に全米経済研究所が若年者などは行動制限せずに集団免疫獲得を目指すべきと政策提言した「グレートバリントン宣言」の起草者に名を連ねた生物統計学者のマーティン・クルドルフ氏とダートマス大学ガイゼル医学部小児科教授のコーディ・マイスナー氏も含まれている。意味不明な選出もこれだけワクチンを含む新型コロナ対策における亜流・異端のような人物たちが過半数を占め、驚くべき状況である。ACIPはケネディ氏の“趣味”仲間の井戸端会議になり果ててしまったと言ってよいだろう。残るのは元米国立衛生研究所(NIH)の所員で精神科医のジョセフ・R・ヒッベルン氏、元救急医のジェームズ・パガーノ氏、慢性疾患患者向けの治療薬投与システムを開発するベンチャー企業の最高医療責任者(CMO)で産婦人科医のマイケル・A・ロス氏だが、ケネディ氏の志向と合致する前述の5氏と比べれば、この3氏はなぜ選出されたのかも意味不明である。ただ、もともと感染症学や予防医学や公衆衛生学などの専門家に加え、消費者代表を加えてバランスを取っていた以前のACIPとはまったく異なる組織になったことだけは確かである。これから考えれば、昨今国会でキャスティングボードを握り始めた某野党の参議院選比例代表候補者にワクチン懐疑派の候補者が1人含まれているなどという日本の状況は、まだましなのかもしれない(もちろん私自身はそれを許容するつもりはないが)。

3.

世代を超えた自閉スペクトラム症と認知症との関係

 自閉スペクトラム症(ASD)患者は、認知機能低下や認知症のリスクが高いことを示唆するエビデンスが報告されている。この関連性が、ASDと認知症の家族的因子によるものかは不明である。スウェーデン・カロリンスカ研究所のZheng Chang氏らは、ASD患者の親族における認知症リスクを調査した。Molecular Psychiatry誌オンライン版2025年5月14日号の報告。 スウェーデンのレジスターにリンクさせた家族研究を実施した。1980〜2013年にスウェーデンで生まれた個人を特定し、2020年までフォローアップを行い、ASDの臨床診断を受けた人を特定した。このASD患者と両親、祖父母、叔父/叔母をリンクさせた。ASD患者の親族における認知症リスクの推定には、Cox比例ハザードモデルを用いた。認知症には、すべての原因による認知症、アルツハイマー病、その他の認知症を含めた。親族の性別およびASD患者の知的障害の有無で層別化し、解析を行った。 主な内容は以下のとおり。・ASD患者の親族は、認知症リスクが高かった。・認知症リスクは、両親で最も高く、祖父母、叔父/叔母では低かった。【両親】ハザード比(HR):1.36、95%信頼区間(CI):1.25〜1.49【祖父母】HR:1.08、95%CI:1.06〜1.10【叔父・叔母】HR:1.15、95%CI:0.96〜1.38・ASD患者と母親の認知症リスクには、父親よりも強い相関が示唆された。【母親】HR:1.51、95%CI:1.29〜1.77【父親】HR:1.30、95%CI:1.16〜1.45・ASD患者の親族において、知的障害の有無による差はわずかであった。 著者らは「ADSとさまざまな認知症は、家族内で共存しており、遺伝的関連の可能性を示唆する結果となった。今後の研究において、ASD患者の認知症リスクを明らかにすることが求められる」としている。

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長寿の村の細菌がうつ病や鼻炎に有効

長寿の村の細菌がうつ病や鼻炎に有効中国の長寿の村で見つかった細菌が、プラセボ対照無作為化試験でうつ病や鼻炎の治療効果を示しました1,2)。精神の不調の世界的な負担の主因であるうつ病と、便秘などの胃腸不調の関連が最近になって報告されています。たとえば、米国人口を代表する米国国民健康栄養調査 (NHANES)の情報を調べた試験で、慢性の下痢や便秘がうつ病患者でより多く認められています3)。うつ病患者495例の慢性の下痢と便秘の有病率はそれぞれ15.53%と9.10%で、うつ病でない4,709例のそれらの有病率(それぞれ6.05%と6.55%)より高いことが示されました。いくつかの報告によると、うつ病などの気分障害と胃腸不調の関連には腸-脳軸(gut-brain axis)と呼ばれる腸と中枢神経系(CNS)のやり取りが関係しているようです。また、胃腸の微生物が胃腸と脳の通信を促しており、その乱れはうつ病、自閉症、パーキンソン病などの神経や精神の疾患と関連するようです。そこで、ためになる細菌(プロバイオティクス)などで腸内微生物環境を手入れして精神不調を治療する試みが増えています。長寿で知られる中国南西部の村(巴馬)の1人の長寿老人(centenarian)の便から見つかったBifidobacterium animalis subsp. Lactis A6(BBA6)という細菌の研究はその1つで、BBA6が微生物-腸-脳軸を手入れして注意欠如・多動症を模すラットの海馬や記憶の障害を緩和しうることが北京農業大学のRan Wang氏らの研究で示されています4)。その後Wang氏らはBBA6の研究を臨床段階へと進め、うつ病、具体的には便秘でもあるうつ病患者へのBBA6の効き目を調べるプラセボ対照無作為化試験を実施しました。試験にはうつ病患者107例が参加し、便秘でもあるうつ病患者と便秘ではないうつ病患者がそれぞれ8週間のBBA6かプラセボを投与する群に割り振られました。BBA6投与の効果は便秘合併うつ病患者に限って認められました。それら便秘合併うつ病患者への8週間のBBA6投与後のハミルトンうつ病評価尺度(HAMD-17)はプラセボ投与群より低くて済んでいました1)。便秘症状の評価尺度PAC-SYMもBBA6投与群のほうがプラセボ群より下がりました。便秘とうつ病の合併を模すラットで調べたところ、BBA6はうつ病患者に有害らしいキヌレニンを減らしてセロトニンを増やすことが示されました5)。便秘合併うつ病患者のBBA6投与後の血液や便にはセロトニンが多く、キヌレニンが少ないことも確認されており、ラットでの検討と一致する結果が得られています。また、BBA6が投与された便秘合併うつ病患者は先立つ研究でうつ病治療効果やセロトニン生成促進効果が示唆されているビフィドバクテリウムとラクトバチルスがより多く、トリプトファン生合成経路が盛んでした。どうやらBBA6はセロトニンやキヌレニンの出所であるトリプトファン代謝を手入れすることで便秘とうつ病の合併を緩和するようです。さて、BBA6が役立ちうる用途はうつ病治療に限られるわけではなさそうで、Wang氏らによる別のプラセボ対照無作為化試験では、アレルギー性鼻炎の治療効果が示されています2)。試験には通年性アレルギー性鼻炎患者70例が参加し、うつ病試験と同様にBBA6かプラセボが8週間投与され、ベースライン時と比べた8週時点の鼻症状検査点数低下の比較でBBA6がプラセボに勝りました。Wang氏らは便秘とうつ病の合併への長期の効果を調べる試験を予定しています5)。また、アレルギー性鼻炎治療効果のさらなる裏付け試験が必要と述べています2)。 参考 1) Wang J,et al. Sci Bull(Beijing). 2025 Apr 21. [Epub ahead of print] 2) Wang L, et al. Clin Transl Allergy. 2025;15:e70064. 3) Ballou S, et al. Clin Gastroenterol Hepatol. 2019;17:2696-2703. 4) Yin X, et al. Food Funct. 2024;15:2668-2678. 5) Probiotic breakthrough: Bifidobacterium animalis subsp. Lactis A6 shows promise in alleviating comorbid constipation and depression / Eurekalert

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日本人ASD、ADHDの自殺予防のために必要な幼少期の体験

 弘前大学の足立 匡基氏らは、自閉スペクトラム症(ASD)および注意欠如多動症(ADHD)の特性と幼少期のポジティブな経験が自殺関連行動に及ぼす複合的な影響を調査するため、日本人の青年および若年成人の大規模かつ代表的なサンプルを用いて、調査を行った。さらに、幼少期のポジティブな経験が神経多様性特性に関連するリスク軽減に役立つかについても、検討を行った。Frontiers in Psychiatry誌2025年4月30日号の報告。 対象は、16〜25歳の日本人5,000人。検証済みの尺度を用いて、ASD およびADHD特性、幼少期のポジティブな経験、自殺念慮および自殺企図を含む自殺関連行動を測定し、データを収集した。これらの変数の影響を評価するため、階層的回帰分析を複数回実施した。幼少期のポジティブな経験と神経多様性特性との間の相互作用効果を検討し、潜在的な緩和効果を検証した。 主な結果は以下のとおり。・ASD特性およびADHD特性は、自殺念慮と正の相関が認められ、両特性のレベルが高いほど、自殺リスクが最も高かった。・幼少期のポジティブな経験を組み込むことで、自殺念慮との有意な負の相関が示され、幼少期のポジティブな経験が多いほど、自殺念慮のレベルは低かった。・幼少期のポジティブな経験は、ASD特性(β:0.180→0.092)およびADHD特性(β:0.216→0.185)と自殺念慮との関連性を低下させた。・交互作用分析では、幼少期のポジティブな経験の自殺念慮に対する保護効果は、ADHD特性が高い人において、とくに顕著であった。・単純傾斜分析では、ADHD特性が低い人(β:−0.339、z=−18.61、p<0.001)、高い人(β:−0.475、z=−21.84、p<0.001)のいずれにおいても、幼少期のポジティブな経験が多いほど、自殺念慮の減少と有意な関連が認められ、ADHD特性が高い人ほどより強力な影響が示された。 著者らは「ASDおよびADHD特性は、自殺リスクに累積的かつ潜在的に複合的な影響を及ぼすことを改めて明らかにすると同時に、幼少期のポジティブな経験が重要な保護的役割を果たすことが示唆された。幼少期のポジティブな経験は、とくにADHD特性の高い人において、感情調整不全や衝動性を軽減し、自殺関連行動の減少につながる。本研究は、脆弱な集団におけるレジリエンスやメンタルヘルスを促進するための標的介入の一環として、幼少期のポジティブな経験を促進することの重要性を示唆している」と結論付けている。

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自閉スペクトラム症の光過敏に新知見

 自閉スペクトラム症(ASD)は、聴覚過敏や視覚過敏などの感覚異常を伴うことが知られているが、今回、ASDでは瞳孔反応を制御する交感神経系に問題があることが新たに示唆された。研究は帝京大学文学部心理学科の早川友恵氏らによるもので、詳細は「PLOS One」に4月1日掲載された。 ASDは、様々な状況における社会的コミュニケーションの障害、ならびに行動や興味に偏りが認められる複雑な神経発達症の一つだ。発達初期に現れるこれらの症状に加え、聴覚・嗅覚・触覚などの問題に併せ、光に対する過敏性(羞明)に悩まされることが多い。 羞明はASDの視知覚における特徴的な症状であり、適切な光量を調節する瞳孔反応の問題に起因している可能性がある。瞳孔反応は瞳孔の散大(散瞳)と収縮(縮瞳)からなり、それぞれ交感神経と副交感神経により適切に制御されている。これまでの研究の多くは、対光反射の観察から「ASDでは光刺激に対して縮瞳が弱い」という結果を導いてきたが、もう一つの可能性である「暗刺激に対して過剰な散瞳が起こっている」という点については十分な研究が行われてこなかった。このような背景を踏まえ、著者らはASDにおける瞳孔反応の神経学的機序を解明するため、明条件と共に暗条件下で瞳孔反応がどのように変化するかを調査した。 本研究は、自閉症者コミュニティより募集したASD17名(ASD群)と参加者募集会社により集められた定型発達23名(TD群)で実施した。両群の感覚特性は日本版青年・成人感覚プロファイル(AASP-J)によって評価された。刺激呈示には24インチのLCDモニターを使用し、瞳孔反応のデータ取得にはサンプリングレート60Hzのアイトラッキングシステムを使用した。実験1では、薄暗い画面(2.75cd/m2)を10秒間提示した後、5秒間隔で明条件(89.03cd/m2)と暗条件(0.07cd/m2)が交互に合計24セット繰り返された。続いて行われる実験2では、薄暗い画面を10秒間提示した後、30秒間隔で明/暗条件が交互に合計10セット繰り返された。 参加者の平均年齢(±標準誤差)は、ASD群とTD群でそれぞれ38.7(±2.3)歳と37.9(±2.0)歳であり、両群間に差はなかった。また、男女比、日本版ウェクスラー成人知能検査による知能検査にも両群間で有意な差は認められなかった。AASP-Jテストでは、ASD群で「感覚過敏」および「感覚回避」スコアが高く、TD群との間に有意差が認められた(t検定、各p<0.01)。 ASD群の瞳孔反応は、特に明暗が急速に切り替わる実験1で瞬きによるデータの欠損が有意に多く(p<0.01)、その結果、評価対象例数が減少した。実験1の薄暗い状態での瞳孔径は、ASD群とTD群で有意差は認められなかった(5.7±0.5mm vs 5.8±0.3mm、p=0.8)ものの、続いて行われた実験2の薄暗い状態での瞳孔径は、ASD群が大きいままなのに対し、TD群で有意に小さくなっていた(5.9±0.3mm vs 4.9±0.3mm、p=0.01)。 明暗刺激時における、ベースラインから瞳孔径の最大変化量(最大振幅)とそれに至るまでの時間(潜時)は両群間で有意な差は認められなかった。しかし、暗条件下の散瞳開始初期の速度は、ASD群で有意に速かった。実験1では、最大振幅の37%に到達するまでの潜時はASD群で有意に速く(p=0.01)、実験2の最大振幅の37%と63%に到達するまでの潜時もASD群で有意に速かった(各p=0.03)。 本研究について著者らは「羞明を伴うことの多いASDでは、薄暗い状態で瞳孔径が大きく、暗条件では散瞳の速度が速い傾向にあることが示された。これらの結果から、ASDでは瞳孔を制御する交感神経の過剰な興奮で散瞳状態にあり、その背景として散瞳と縮瞳をバランスする青斑核の働きに問題があると考えられる。ASDの羞明は、周囲の光に合わせて瞳孔径を適切に調整できないことに起因するのかもしれない」と述べている。

7.

記念日「多様な性にYESの日」(その1)【なんで性は多様なの?(性スペクトラム)】Part 5

男性の同性愛は女性化脳、女性の同性愛は男性化脳?性が多様である原因を、進化の視点から解き明かしました。身体的性、性的指向、性自認、性表現のそれぞれにおいて、男性らしさ(男性性)と女性らしさ(女性性)が連続してつながっているからであることがわかりました。これを踏まえると、男性の同性愛は女性化脳、女性の同性愛は男性化脳と言えそうです。実際に、パーソナリティ特性(ビッグファイブによる)の研究8)において、同性愛の男性は平均的な異性愛の女性に近くなる一方、同性愛の女性は平均的な異性愛の男性に近くなります。また、認知能力において、同性愛の男性は男性特有の知覚能力が低く女性特有の言語能力が高くなる一方、同性愛の女性は女性特有の言語能力が低く知覚能力が高くなっています。さらに、脳の画像研究9)においても、大脳の左右差、前交連や脳梁の大きさ、恐怖刺激への偏桃体の興奮パターン、性フェロモンへの視床下部の興奮パターンは、同性愛の男性は異性愛の女性に似ており、逆に同性愛の女性は異性愛の男性に似ています。しかし、その一方で、同性愛の男性のペニスは、女性化して短くなるかと思いきや、逆に異性愛の男性よりも平均的に長いことがわかっています9)。このわけは、ペニスを長くするのは、メインの男性ホルモン(テストステロン)ではなく、その一段階先の生成物であるもう1つの男性ホルモン(ジヒドロテストステロン)だからです。また、同性愛の男性は平均的に性的パートナーの数がとても多く、異性愛の女性のように性的パートナーを限定するわけでないです。このことから、同性愛であるからと言って、必ずしも反対の性別の脳になるわけではなく、典型的な特徴が当てはまりつつも、当てはまらない特徴も織り交ざった心理的特性のモザイクであると考えられています8)。もちろん、個人によって、そのモザイクの「模様」は違います。この点からも、性は多様であると言えるでしょう。ちなみに、男性が同性愛になるのは胎児期に男性ホルモンが働き足りなかったわけですが、逆に働きすぎると男性らしさ(システム化)が際立ち、自閉症になります。一方、女性が同性愛になるのは胎児期に男性ホルモンが働きすぎたわけですが、逆に働き足りない(相対的に女性ホルモンが働きすぎる)と女性らしさ(共感性)が際立ち、情緒不安定性パーソナリティ障害になることが考えられます。この詳細については、関連記事3をご覧ください。このことから、同性愛の男性は、男性ホルモンが働き足りない(相対的に女性ホルモンが働きすぎる)ために共感性が高まり、情緒不安定性パーソナリティ障害になりやすいと推定できます。実際に、異性愛の男性に比べて同性愛の男性は、自傷行為(情緒不安定性パーソナリティ障害の特徴の1つ)が1.6~2倍と高くなっています10)。同じように、同性愛の女性は男性ホルモンが働きすぎるためにシステム化が高まり、自閉症になりやすいと推定できます…と言いたいところですが、よくよく考えると、自閉症は異性を含む他人への興味関心が乏しいという主症状(社会的コミュニケーションの障害)があります。つまり、自閉症になるくらい男性ホルモンが働きすぎているなら、そもそも同性愛にも異性愛にも性的指向が発達せず、むしろ無性愛(性的指向なし)になることが考えられます。この点でも、同性愛は、男性ホルモンの働き具合だけで単純化できない、心理的特性のモザイクと言えるでしょう。1)「性別違和・性別不合へ」p.61、p.106:針間克己、緑風出版、20192)「LGBTQ+ 性の多様性はなぜ生まれる?」pp.7-10、p.29、p.44、p.48、pp.82-83:小林牧人、恒星社厚生閣、20243)「オスとは何で、メスとは何か?」pp.89-91、pp.166-167:諸橋憲一郎、NHK出版新書、20224)「性の進化史」p.133、p.176、p.180:松田洋一、新潮選書、20185)「同性愛は生まれつきか?」pp.69-70:吉源平、株式会社22世紀アート、20206)「LGBTを正しく理解し、適切に対応するために」pp.1004-1007:精神科治療学、星和書店、2016年8月7)「進化が同性愛を用意した」p.92:坂口菊恵、創元社、20238)「進化精神病理学」p.77:マルコ・デル・ジュディーチェ:福村出版、20239)「同性愛の謎」pp.23-24、pp.138-139、pp.143-146:竹内久美子、文春新書、201210)「LGBTを正しく理解し、適切に対応するために」p.1017:精神科治療学、星和書店、2016年8月<< 前のページへ■関連記事女性誌「STORY」(その2)【そもそもなんで溺愛は気持ち悪いの?どうすればいいの?(家族療法)】Part 2海外番組「セサミストリート」(続編・その3)【だから男性はこだわり女性は共感するんだ!だから人差し指の長さが違うんだ!(自閉症と情緒不安定性パーソナリティ障害の起源)】Part 1海外番組「セサミストリート」(続編・その2)【じゃあなんでコミュニケーションの障害とこだわりはセットなの?(共感)】Part 1

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海外番組「セサミストリート」(続編・その3)【だから男性はこだわり女性は共感するんだ!だから人差し指の長さが違うんだ!(自閉症と情緒不安定性パーソナリティ障害の起源)】Part 1

今回のキーワードプレゼント仮説性選択(性淘汰)象徴機能指比「良い子」(過剰適応)マルトリートメント(不適切なかかわり)空虚感かんしゃく前回(その2)、共感性とシステム化のゼロサム説という仮説によって、以下の3つの謎を解き明かしました。自閉症のコミュニケーションの障害とこだわりがセットで出てくる現象定型発達の男の子よりも女の子のほうが言語や心の理論の発達が早い現象自閉症でいったん話していた言葉を途中から話さなくなる現象(折れ線型)また、超男性脳の病態が自閉症であるのとは対照的に、超女性脳の病態は情緒不安定性パーソナリティ障害であることを突き止めました。それでは、そもそもなぜ男性はシステム化が高く、女性は共感性が高いのでしょうか? そもそもなぜ共感性とシステム化はトレードオフの関係にあるのでしょうか? また、その1でも触れましたが、なぜ男性ホルモンが多いと人差し指が短くなるのでしょうか? さらに、自閉症は幼児期に発症するのに、なぜ情緒不安定性パーソナリティ障害は同じように幼児期に発症せずに、思春期になってようやく発症するというタイムラグがあるのでしょうか?これらの答えを探るため、今回(その3)は、進化精神医学の視点から、自閉症と情緒不安定性パーソナリティ障害の起源を掘り下げます。そして、なんとこの2つの病態は人類進化の必然の産物であったわけをご説明しましょう。そもそもなんで男性はシステム化が高く女性は共感性が高いの?人類は、約700万年前に誕生してから、二足歩行をすることで手が自由になり、手に入れた食料を余分に持ち歩けるようになりました。その余分な食料を男性が女性にプレゼントすることで、女性はそのお礼にセックスをして、その男性との間にできた子供を育てるようになりました。これは、プレゼント仮説と呼ばれています1)。そして、これは人類最初の協力行動です。それでは、この時、どんな心理が進化するでしょうか? 男性と女性に分けて、それぞれ考えてみましょう。(1)男性に進化する心理―システム化まず、女性に選ばれるのは、プレゼントを毎回確実にくれる男性でしょう。それでは、プレゼント用を含めた食料をより多くより確実に得るために必要な男性の心理とは、どんなものでしょうか?たとえば、以下です。この足跡をたどれば獲物がいる(パターン認識)。この獲物の糞はかすかに温かいので(触覚過敏)、まだ近くにいる(パターン認識)。湿気を感じるので(触覚過敏)、このあとに雨が降るだろう(パターン認識)。あの獲物は夕方この辺りによく来るから、夕方はいつもここで待ち伏せしよう(パターン行動)。獲物や天敵の鳴き声・足音にすぐに気付ける(聴覚過敏)。これらは、動物の習性や自然の変化へのパターン認識、食料をより確実に取るためのパターン行動です。そして、そのための感覚過敏です。ちなみに、動物の鳴き声や足音への敏感さは、現代では、車のエンジン音や電車の走行音を区別する興味に置き換わっています。ジュリアがパニックになった消防車の警笛音もその1つです。つまり、男性に進化した心理とは、システム化であることがわかります。逆に言えば、システム化が高くない男性は、プレゼントを用意できないため女性から選ばれることはなく、性淘汰されます。プレゼントを用意できた原始の時代の男性たちの子孫である現代の男性たちは、当然ながら無意識にも女性にプレゼントをあげたがります。逆に、女性は男性ほど異性にプレゼントをあげたがりません。だからこそ、システム化はもともと男性に備わっている心理であり能力なのです。そして、男性ホルモンが高いと、システム化が高くなるのです。逆に言えば、男性はプレゼントをあげる側なので、女性ほど共感性を高くする必要はなかったのです。次のページへ >>

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海外番組「セサミストリート」(続編・その3)【だから男性はこだわり女性は共感するんだ!だから人差し指の長さが違うんだ!(自閉症と情緒不安定性パーソナリティ障害の起源)】Part 2

(2)女性に進化する心理―共感性一方で、男性に選ばれるのは、プレゼントを毎回あげたくなるような女性でしょう。もちろん、無事に子供を産んでもらうために、見た目や肌が美しい(感染症の兆候がない)という身体的な特徴は重要です。これに加えて、必要な女性の心理とは、どんなものでしょうか?たとえば、以下です。男性の機嫌を察知する(感受性)。男性の声や動きをまねして合わせる(同調性)。男性にスキンシップをして気を惹く(操作性)。相手にされないと涙を見せる(操作性)。相手にされないと不安になる(見捨てられ不安)。相手にされないと嫌いになる(理想化と幻滅)。相手にされないと自分の頭や体を叩くなど、なりふり構わない行動をする(自傷を含む逸脱行動)。これらは、男性からのプレゼントをより確実にもらうためのアピール行動です。そして、そのための感受性です。つまり、女性に進化した心理とは、共感性であることがわかります。この共感性とは、同調性など気に入られるためのポジティブな共感です。不安・恐怖や嫌悪感など危険を避けるためのネガティブな共感は、約3億年前に哺乳類が誕生してから子供を守るために生まれ、約2千年前に類人猿が誕生してから群れでお互いを守るためにさらに進化しました。逆に言えば、共感性が高くない女性は、プレゼントをあげたいと思われないために男性から選ばれることはなく、性淘汰されます。プレゼントをあげたいと男性から思われる原始の時代の女性たちの子孫である現代の女性たちは、当然ながら無意識にも男性からプレゼントをもらいたがります。逆に、男性は女性ほど異性からプレゼントをもらいたがりません。だからこそ、共感性はもともと女性に備わっている心理であり能力なのです。そして、男性ホルモンが低いと、相対的に女性ホルモンが高くなり、共感性が高くなるのです。逆に言えば、女性はプレゼントをもらう側なので、男性ほどシステム化を高くする必要はなかったのです。以上より、プレゼントをあげる男性とプレゼントをもらう女性は、それぞれシステム化と共感性を性選択(性淘汰)によって進化させたと結論づけることができます。逆に言えば、1つの脳に両方とも進化させる必要がなかったのでした。そもそも、脳機能(脳容量)には限度があり、空間としてだけでなく性差として局在化したと捉えることができます。だからこそ、この両者は、主に男性ホルモンをパラメーターとしてトレードオフの関係になっていることがわかります。<< 前のページへ | 次のページへ >>

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海外番組「セサミストリート」(続編・その3)【だから男性はこだわり女性は共感するんだ!だから人差し指の長さが違うんだ!(自閉症と情緒不安定性パーソナリティ障害の起源)】Part 3

なんで自閉症は人差し指が短いの?人類は、プレゼントとセックスのやり取りという協力行動を通して、システム化と共感性に加えて、実は3番目の脳機能を進化させたと考えられます。それは、何でしょうか?たとえば、プレゼントのやり取りの時、女性はアピール行動の1つとして、プレゼントに視線を向けたり、「それちょうだい」という指差しをしたでしょう。当然ながら、人類誕生の初期は言葉を話しません。最初は注意を向けるために、プレゼントそのものに触れていたでしょう。そして、やがて触れなくても指を差した先を見るようになったでしょう。これは、指差し(意図共有)の起源です。人類に最も近いチンパンジーでも指差しはしないことから、これは、最初の人間らしさの1つです。そして、男性と女性の間にはプレゼントを介した関係(三項関係)が成り立ちます。やがて、指差しや視線のやり取りは、「またあれちょうだい」のように、お互いに見えていなくてもお互いが意図している何かをイメージするようになっていったでしょう。つまり、進化した3番目の脳機能は、象徴機能です。これは、身振りや言葉によって目の前にない(いない)ものを認識する能力です。詳しくは、関連記事1をご覧ください。ここで、ある仮説が立てられます。男性は、女性による指差しを理解する必要はありますが、プレゼントをそのまま持っているので、女性ほど指差しを実際にする必要がありません。つまり、その1でも触れたように、女性よりも男性が人差し指が短い(指比が小さい)のは、人類誕生初期からもともと指差しする人差し指を女性ほど使わなかったからであるという仮説を立てることができます。つまり、男性は女性ほど人差し指が目立って長くなるように進化しなかったということです。だからこそ、男性ホルモンの多すぎる超男性脳の自閉症は、男女ともに人差し指がさらに短く、実際に指差ししないという臨床症状があるのです。つまり、進化の視点で見れば、自閉症は指差ししないから、人差し指が短くなったと言えます。さらに言えば、自閉症は、言葉の遅れと同時に抽象的な思考が苦手なのも、共感性だけでなくこの象徴機能がうまく発達していないからであることもわかります。ちなみに、指差しする指が、最も長い中指や最も太い親指ではなく、人差し指である理由については、以下の2つの理由から説明できます。1つは、物をつかむ時に最も使って動かしやすいのは人差し指と親指だからです。親指が片端(起点)になっており、そこから遠くなる中指以降の指は沿える程度で動かしにくいです。もう1つは、実際に両腕を自然に前に差し出して両手を広げた時に、一番正面を向いていて差しやすい指は人差し指だからです。中指はやや外側を向いており、親指はかなり内側を向いており、差しにくいです。<< 前のページへ | 次のページへ >>

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海外番組「セサミストリート」(続編・その3)【だから男性はこだわり女性は共感するんだ!だから人差し指の長さが違うんだ!(自閉症と情緒不安定性パーソナリティ障害の起源)】Part 4

なんで情緒不安定性パーソナリティ障害は幼児期に発症しないの?超男性脳の自閉症と超女性脳の情緒不安定性パーソナリティ障害は、共感性とシステム化の脳機能の極端な偏りとして対照的です。それなのに、なぜ自閉症は幼児期に発症するのに情緒不安定性パーソナリティ障害は思春期に発症するというタイムラグがあり、発症時期も対照的にはならないのでしょか?実際に、このタイムラグのために、現在の精神医学では、これら両者はそれぞれ発達障害とパーソナリティ障害というまったく別々の精神障害のカテゴリーに分類されてしまっています。タイムラグが起きる答えは、情緒不安定性パーソナリティ障害は、共感性が高くなりすぎることで、自閉症のような不適応としてではなく、過剰適応として幼児期は潜在していると考えられるからです。つまり、幼児期に自閉症と同じようになんらかの変化は臨床的に確認できるということです。たとえば、以下です。親の顔色や体調の変化によく気付く。よく気が利いて、親の言うことをよく聞く。自分からお手伝いをする。親を喜ばせる振る舞いをする。嫌な思いをしても、我慢して取り繕う。めったに泣かず、手がかからない。これらは、高すぎる共感性によって、観察力と演技力という潜在能力を発揮しています。これを一言で言えば、いわゆる「良い子」です。「良い子」は子育てするには楽で、親からは望ましいと思われがちです。「良い子」(過剰適応)の心理の詳細については、関連記事2をご覧ください。しかし、ある状況で、「良い子」であることが裏目に出ます。それは、虐待をはじめとするマルトリートメント(不適切なかかわり)です。「良い子」である分、親に十分に構ってもらえなくても、「良い子」であり続けようとします。そして、必死で親に構ってもらおうとして、構ってもらえるかどうかに敏感になります。その後、女性ホルモンの放出が高まる思春期に、交際相手に構ってもらえるかどうかにも敏感になり、「プレゼント」(構ってもらえること)を過剰に求めるようになるのです。このような行動を駆り立てるのは、情緒不安定性パーソナリティ障害の中核症状である空虚感が当てはまります。よくよく考えれば、共感性が高いということは、その共感する相手がいなければいないほど当然空しさは増します。つまり、空虚感も、自閉症のこだわり(システム化)と同じように機能であると捉え直すことができます。問題は、それが過剰であるということです。たとえば、相手にしがみついて、巻き込もうとします。これは、「死にたい」「死んでやる」など、いわゆる「死にたいアピール」として表現されます。さらに、これが行動化したのが自傷です。このような不適応を起こすことによって、情緒不安定性パーソナリティ障害はようやく顕在化するのです。しかも、重度の場合は、共感性が高すぎる一方でシステム化が低すぎるために、周りに流されやすく、些細なことで傷つき、理屈が通じません。このような人が、占いなどのスピリチュアル系にハマりやすいのも納得が行くでしょう。なお、傷つきやすさの心理の詳細については、関連記事3をご覧ください。逆に言えば、自閉症をはじめとするシステム化の高い男の子は、良くも悪くも鈍く「良い子」になりません。そのため、構ってもらえないことに鈍感で、情緒不安定性パーソナリティ障害を発症しにくいとも言えます。行動遺伝学の研究において、情緒不安定性パーソナリティ障害への家庭環境の違いの影響についての直接的なデータはまだ見当たりません。しかし、この病態の中核症状でもある「自殺念慮」については、遺伝12%、家庭環境11%、家庭外環境77%と算出され、家庭環境の違いの影響が出ています2)。家庭外環境の比率が大きいことから、実際の失恋(恋愛関係)やいじめ(友人関係)などの影響が大きいことも考えられます。臨床的にも従来から、情緒不安定性パーソナリティ障害の要因として、マルトリートメント(家庭環境)が指摘されています3)。逆に、自閉症においては、遺伝80%、家庭環境0%、家庭外環境20%という結果が出ており、家庭環境の違いの影響はありません。つまり、マルトリートメントによって自閉症になることはないことがわかります。<< 前のページへ | 次のページへ >>

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海外番組「セサミストリート」(続編・その3)【だから男性はこだわり女性は共感するんだ!だから人差し指の長さが違うんだ!(自閉症と情緒不安定性パーソナリティ障害の起源)】Part 5

なんで自閉症はかんしゃくをよく起こすの?女の子は、共感性の高さから「良い子」になりがちであることがわかりました。逆に、男の子は、共感性の低さから「やんちゃ」になりがちです。そして、自閉症の場合は、さらにかんしゃくがよく見られます。それでは、そもそもなぜ自閉症はかんしゃくをよく起こすのでしょうか?その答えは、先ほどの「良い子」や定型発達の子供のようなポジティブなコミュニケーションが難しいため、代わりに極度に騒ぐというネガティブな「コミュニケーション」によって親の養育行動を引き出すように進化したからと考えられています1)。つまり、ポジティブであってもネガティブであっても、アピール行動としては適応的です。そもそも、人類が言葉を話すようになったのは進化の歴史ではごく最近の約20万年前です。自閉症(システム化)が生まれたのが人類初期の約700万年前と考えると、原始の時代、子供も大人も「騒いだもん勝ち」だったでしょう。育てやすい「良い子」や穏やかな人であることに価値が置かれるようになったのは、合理主義が広がった約200年前の産業革命以降の現代の価値観です。つまり、幼児期のかんしゃくは自閉症をはじめとする発達障害ならではの生存戦略であったことがわかります。ついでに言えば、情緒不安定性パーソナリティ障害の自傷(行動化)も「騒いだもん勝ち」の生殖戦略であったと言えます。人類進化の必然の産物であるわけは?実際に、自閉症も情緒不安定性パーソナリティ障害も、医学論文として症例報告されるようになったのは、20世紀前半で、ここ100年弱の話です。つまり、もともと原始の時代から受け入れられていたこの両者は、共感性とシステム化の両方がますます求められる高度な現代社会のなかでは「病」として問題視されるようになったのでした。これが、この記事の冒頭で触れた、この2つの病態は人類進化の必然の産物であるゆえんです。そして、実際の遺伝子研究において、この両者の遺伝子は多因子あることからも、より適応するための遺伝子を進化の歴史でこつこつと増やしていったということを物語っています。逆に言えば、ただの不適応を起こすものであれば、単一因子で十分なはずで、多因子である必要がないです。つまり、多因子であるということが、進化の過程で獲得していったという何よりもの証拠です。この点からも、自閉症と情緒不安定性パーソナリティ障害は、最初から「障害」であったのでなく、生存と生殖のための機能であり能力であったと言えるでしょう。ちなみに、約700万年前に人類が共感性とシステム化と一緒に進化させた象徴機能は、約10万年前に貝の首飾りを信頼の証とする概念化という脳機能にさらに進化したと考えられます。これが、統合失調症の起源です。この詳細については、関連記事4をご覧ください。1)進化と人間行動(第2版)pp.122-123, p.186:長谷川寿一ほか、東京大学出版会、20222)遺伝マインドp.58:安藤寿康、有斐閣、2011、※一卵性と二卵性の一致率のみの報告からそれぞれの比率をこの記事で算出3)標準精神医学(第8版)p.503:尾崎紀夫ほか、医学書院、2021<< 前のページへ■関連記事絵本「ねないこだれだ」【なんでお化けは怖いの?なんで親は子供にお化けが来るぞと言うの?(お化けの起源)】Part 1Mother(前編)【過剰適応】人間失格【傷付きやすい】[改訂版]映画「ミスト」 ドラマ「ザ・ミスト」(後編・その4)【実は双極性障害から進化したの!?(統合失調症の起源)】Part 3

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海外番組「セサミストリート」(続編・その2)【じゃあなんでコミュニケーションの障害とこだわりはセットなの?(共感)】Part 1

今回のキーワード知的障害社会的コミュニケーション症強迫性パーソナリティ障害情緒不安定性パーソナリティ障害超女性脳依存性パーソナリティ障害共依存折れ線型経過前回(その1)、自閉症の主な症状はコミュニケーションがうまくできないこと(社会的コミュニケーションの障害)とこだわりが強すぎること(反復性)であることがわかりました。そして、それぞれの脳機能は、共感性が低いこととシステム化が高いことであることがわかりました。さらに、その原因は、胎児期に男性ホルモンが多すぎていたからであるという有力な仮説(胎児期アンドロゲン仮説)をご紹介し、自閉症は超男性脳であることを説明しました。それでは、そもそもなぜ自閉症はコミュニケーションの障害とこだわりがセットで出てくるのでしょうか? また、定型発達においては、男の子よりも女の子の方が言語や心の理論の発達が早いです。それは、そもそもなぜなのでしょうか? さらに、自閉症は最初から言葉の遅れがあるのが典型的なのですが、いったん話していた言葉を途中から話さなくなるタイプもあります。なぜこのような奇妙な経過を辿るのでしょうか?今回(その2)も、海外番組「セサミストリート」のジュリアという自閉症のキャラクターを取り上げ、さらにある仮説をご紹介します。この仮説はこれらの謎を説明できてしまうと同時に、これらの謎はこの仮説の根拠にもなります。その仮説とは、共感性とシステム化は、それぞれ独立した脳機能でありながら、トレードオフ(一得一失)の関係になっているということです1)。これは、ゼロサム説と呼ばれています。ゼロサムとは、一方が増えた分、他方はその分減って、総和(サム)は一定(ゼロ)であるという意味です。だからコミュニケーションの障害とこだわりがセットなんだジュリアは、中等度の社会的コミュニケーションの障害と中等度の反復性の両方の症状が揃っており、典型的な自閉症です。実際の臨床でも、重度であればあるほど、両方の症状がほぼ一緒に見られます。この現象は、先ほどの仮説から説明することができます。まず、この2つの脳機能の総和を100とすると、ジュリアは共感性20とシステム化80と表されます。そして、重度の場合は、共感性10とシステム化90と表されます。ここで、総和が100を超える病態を仮定してみましょう。たとえば、共感性50(平均)とシステム化90のような重度のこだわりだけある病態です。しかし、実際の臨床でこのような病態は見かけません。つまり、総和が100を超える病態が存在しないことは、この仮説の根拠になります。それでは、逆に共感性10とシステム化50(平均)のような重度のコミュニケーションの障害だけの病態はどうでしょうか? 実は、この病態は、知的障害の診断でよく見かけます。つまり、総和が100を下回る場合は、全般的な脳機能の低下として、自閉症とは無関係に起こりうるため、この仮説には当てはまりません。一方で、症状が軽度の場合、片方だけはよく見かけます。たとえば、こだわりが軽度で日常生活に困るほど目立たず、コミュニケーションの障害だけが軽度でやや目立つというケースは、自閉症ではなく社会的コミュニケーション症と診断されます。逆に、コミュニケーションの障害が軽度で社会生活に困るほど目立たず、こだわりだけが軽度でやや目立つというケースは、自閉症ではなく強迫性パーソナリティ障害と診断されます。これら2つのケースとも、共感性30とシステム化70と表され、総和が100となり、この仮説に当てはまります。以上より、この仮説によって、こだわりが強くなればなるほど、連動してコミュニケーションがうまくできなくなることがわかります。だからこそ、コミュニケーションの障害とこだわりはセットになるわけです。以上から、この仮説に従い、共感性を横軸Xとしてシステム化を縦軸Yとしてグラフ化すると、グラフ1のように、X + Y = 100と表されます。そして、定型発達の男性は共感性40とシステム化60、女性は共感性60とシステム化40と表されます。重度の自閉症は、左上の端っこに位置づけられます。社会的コミュニケーション症と強迫性パーソナリティ障害は、やや左上の位置に位置づけられます。次のページへ >>

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海外番組「セサミストリート」(続編・その2)【じゃあなんでコミュニケーションの障害とこだわりはセットなの?(共感)】Part 2

だから男の子よりも女の子のほうが言語や心の理論の発達が早いんだ定型発達において、言葉を話し始める時期は1歳ですが、男の子よりも女の子のほうが1、2ヵ月早いです。また、相手の考えを推し量ること(心の理論)ができるようになる時期は4歳とされていますが、実は女の子は1歳早く3歳です。この性差も、先ほどの仮説から説明することができます。まず、自閉症は重度になればなるほどコミュニケーションをしようとしないことから言葉の遅れが出てきます。このことから、定型発達の男性を基準にすると、超男性脳の自閉症とは逆の方向にある定型発達の女性は、よりコミュニケーションをしようとするので言葉が早く出てきて、より相手の気持ちを推し量ろうとすると説明することができます。だからこそ、男の子よりも女の子のほうが言語や心の理論の発達が早くなるわけです。さらに考えれば、逆に共感性90とシステム化10でもう一方の右下の端っこにある、自閉症とは真逆の病態は何でしょうか?それは、情緒不安定性パーソナリティ障害(境界性パーソナリティー障害)という診断でよく見かけます。この障害の80%は女性であり、圧倒的に女性が多いという性差の点でも、この位置づけは整合性があります。そして、これは、超女性脳と呼ばれています2)。なお、この障害の詳細については、関連記事1をご覧ください。また、社会的コミュニケーション症や強迫性パーソナリティ障害とは対照的に、共感性70とシステム化30でやや右下の位置にある病態は、依存性パーソナリティ障害や共依存という診断でよく見かけます。社会的コミュニケーション症と強迫性パーソナリティ障害は女性よりも男性がかなり多いのに対して、依存性パーソナリティ障害と共依存は逆に男性よりも女性がかなり多いという性差の点でも、やはりこれらの位置づけは整合性があります。さらに、X + Y = 100の直線上において、それぞれの有病率をZ軸として、別にグラフ化すると、グラフ3のように男性と女性のそれぞれの正規分布で模式的に表すことができます。定型発達は当然ながら最も多いです。そして、システム化または共感性が高ければ高いほど、つまり超男性脳または超女性脳が極端であればあるほど、性差の偏りが出てきて、有病率が低くなっていくことを説明することができます。なお、共依存は、精神医学の正式な診断名ではないですが、臨床的にはよく見かけます。この詳細については、関連記事2をご覧ください。また、それぞれのパーソナリティ障害の基盤となるそれぞれのパーソナリティ特性の詳細については、関連記事3をご覧ください。<< 前のページへ | 次のページへ >>

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海外番組「セサミストリート」(続編・その2)【じゃあなんでコミュニケーションの障害とこだわりはセットなの?(共感)】Part 3

だからいったん話していた言葉を途中から話さなくなるタイプがあるんだ自閉症の20~25%で、1歳半から2歳頃に「ママ」「バイバイ」などいったん覚えた言葉を話さなくなり、コミュニケーションをしようとしなくなって自閉症と診断されるタイプがあります。これは、折れ線型経過と呼ばれています。知的障害のように、ただ発達の遅れがあるわけではないのです。いったん獲得した言語能力が失われてしまうので、一見奇妙に思われるのですが、この現象も先ほどの仮説から説明することができます。それは、共感性とシステム化がトレードオフの関係にあることから、発達の過程で両者の脳領域(ニューラルネットワーク)の奪い合いが起きており、そのせめぎ合いのさなか、システム化が途中から勢いを増して共感性の「領土」を奪ってしまったと説明することができます。男性ホルモン(テストステロン)の放出が高まるのは、胎児期(8~24週目)、乳児期(生後5ヵ月)、そして思春期の3つの時期です。乳児期の放出は、言葉を発する1歳前なので、その放出が多すぎてシステム化が高まり共感性が低くなるにしても、ただ愛着行動や言葉の発達が遅れているように見えるだけです。しかし、この放出が1歳を過ぎて遅れた場合、いったん言葉を話していたのに、その言葉を失ってしまうように見えてしまうのです。この現象の経過は、以下のグラフ4のように表すことができます。男女とも定型発達は真っすぐ伸びています。知的障害は、定型発達の数値には届きませんが、基本的に真っすぐです。一方の折れ線型は、途中までは定型発達と同じなのですが、その後にシステム化が90まで伸びきっていく分、その代償として共感性が20から10に落ちてしまいます。同じように考えれば、当然逆パターンもあります。当初、愛着行動や言葉の発達の遅れが見られて自閉症と診断されていたのに、その後に男性ホルモンの放出が下がったことで、システム化の発達が鈍くなる一方、共感性が伸びていき、最終的には定型発達と同じになるタイプです。実際の臨床では少なからず見られます。この記事では、これは「回復型」(グラフ4を参照)と名付けます。ただし、この現象は、折れ線型と違って臨床的にはほとんど注目されていません。その理由は、日常生活で困らなくなり、専門医療や療育の相談に来なくなるため、把握されにくいからです。それでは、そもそもなぜ男性はシステム化が高く、女性は共感性が高いのでしょうか?(次回に続く)1)ザ・パターン・シーカーp.84、p.88:サイモン・バロン・コーエン、化学同人、20222)愛着崩壊p.139:岡田尊司、角川選書、2012<< 前のページへ■関連記事私は「うつ依存症」の女【情緒不安定性パーソナリティ障害】だめんず・うぉ~か~【共依存】ちびまる子ちゃん【パーソナリティ】

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神経発達障害を併発する強迫症に関与する免疫学的メカニズム

 強迫症(OCD)は、有病率が2〜3%といわれている精神疾患である。OCD治療では、セロトニン再取り込み阻害薬などの抗うつ薬の有効性が示されているが、病因は依然としてよくわかっていない。最近の研究では、とくに自閉スペクトラム症、注意欠如多動症、トゥレット症などの神経発達障害を併発したOCD患者では、免疫学的メカニズムの関与が示唆されている。兵庫医科大学の櫻井 正彦氏らは、これらのメカニズムを明らかにするため、神経発達障害を併発したOCD患者と併発していないOCD患者における免疫学的因子を調査した。Psychiatric Research誌2025年4月号の報告。 対象は、兵庫医科大学病院で治療したOCD患者28例。神経発達障害を併発したOCD患者(OCD+NDD群)14例と併発していないOCD患者(OCD群)14例との比較を行った。血液サンプルからRNAを抽出し、RNAシーケンシングおよびIngenuity Pathway Analysis(IPA)を用いて分析した。IL11およびIL17Aの血漿レベルの測定には、ELISAを用いた。 主な結果は以下のとおり。・RNAシーケンシングでは、OCD+NDD群とOCD群との比較において、有意に異なる遺伝子が716個特定され、そのうち47個は免疫機能と関連していた。・IL11およびIL17Aが中心であり、IL11は好中球産生、IL17AはT細胞の遊走やサイトカイン分泌と関連が認められた。・パスウェイ解析では、これらの遺伝子間の複雑な相互作用が確認された。 著者らは「本結果は、神経発達障害を伴うOCD患者における免疫学的変化の重要性を示している。抗炎症性のIL11の減少、炎症誘発性のIL17Aの増加は、炎症へのシフトを示唆しており、神経発達の問題と関連していると考えられる」としたうえで、「神経発達障害を伴うOCDにおける免疫学的異常は、潜在的な治療ターゲットとなる可能性がある。治療抵抗性OCD患者、とくに神経発達障害を合併する患者に対する治療戦略を改善するためにも、免疫学的遺伝子の相互作用をさらに調査する必要がある」と結論付けている。

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海外番組「セサミストリート」(続編・その1)【実はこだわりは能力だったの!?だから男の子に多いんだ!(自閉症の機能)】Part 1

今回のキーワード社会的コミュニケーションの障害共感性反復性システム化パターン・シーカー胎児期アンドロゲン仮説指比超男性脳自閉症は、子供の時からコミュニケーションがうまくできないと同時に、こだわりが強すぎるという特徴があります。それでは、なぜそうなってしまうのでしょうか? なぜ男の子に多いのでしょうか?今回は、海外番組「セサミストリート」のキャラクターの1人であるジュリアを取り上げます。このキャラクターを通して、まず自閉症の症状をまとめ、こだわりを機能として捉え直します。そして、有力な原因仮説をご紹介し、男の子(男性)にとても多いわけを解き明かしてみましょう。なお、現在の自閉症の正式名称は、自閉スペクトラム症(ASD、Autism Spectrum Disorder)です。この記事ではわかりやすさや呼びやすさを優先して、あえて自閉症という従来名称を用います。また、このキャラクターの動画は、公式チャンネルから見ることもできます。ちなみに今回は、海外番組「セサミストリート」を扱った記事の続編になります。本編については、関連記事1をご覧ください。自閉症とはどんなものなの?ジュリアは、オレンジの髪の毛でグリーンの目。エルモの幼なじみです。ただ、エルモのような普通の子供とはちょっと様子が違い、彼女は自閉症であると説明されます。それでは、自閉症とはどんなものなのでしょうか? まず、ジュリアの特徴を大きく2つ挙げて、自閉症の主な症状をまとめてみましょう。(1)コミュニケーションがうまくできないジュリアは、みんなで絵を描いている時、ビッグバードから何度も話しかけられますが、まるで無視しているかのように絵を描き続けます。ビッグバードが「ジュリアは僕のことをあまり好きじゃないみたい」と悲しそうに言うと、大人のアランが「ジュリアはねえ、何か聞かれてもすぐには答えられないことがあるんだよ」「ジュリアはあんまりしゃべらないんだ」とフォローします。しかし、しばらくすると、ジュリアは「あそぼ、あそぼ」と急に言い出し、笑い出します。気を利かせたアランが「鬼ごっこしたいみたいだね」とフォローします。一方で、アビーから「一緒に遊んでもいい?」と話しかけられた時は、ジュリアはアビーの方を見ないで、「一緒に遊んでもいい?」とオウム返しをしていました。このように、話しかけられても聞こえていなかったり、聞こえていても視線をあまり合わせず、意味がわからないためにうまく返事をしなかったり、逆に急にテンションが上がって独り笑いをしたり、一方的に話し続けたりする特徴は、自閉症の1つの特性、社会的コミュニケーションの障害です。簡単に言うと、コミュニケーションのやり取りがうまくできないことです。脳機能としてみると、これは生後から共感性がうまく発達しないことが挙げられます。共感とは、まさに共に感じて、相手と同じ気持ちになる心理です。これがないと、必然的に人への興味が出てこなくなります。すると、コミュニケーションをしようとせず、身振りも言葉もなかなか発達しなくなるのです。この詳細については、関連記事2をご覧ください。(2)こだわりが強すぎるジュリアはいつもテンションが上がると、「ぼよん、ぼよん、ぼよん」と独り言を言いながら、両手をぶらぶら(ひらひら)させて動き回る癖があります。一方、いつもの読み聞かせの時間が、アランの急な用事で中止になった時、エルモたちは「しょうがないよね」と諦めますが、ジュリアだけは「おはなし!おはなし!」と聞き分けなく騒ぎ続け、パニックになります。また、消防車のサイレンの音が聞こえてきた時は、耳をふさぎ、具合が悪くなります。そして、体全体のハグが苦手なため、「指先だけハグ」をします。このように、同じ言葉や動きへの執着(常同)、習慣への固執(パターン行動)、そして特定の音や接触への敏感さ(感覚過敏)などの特徴は、自閉症のもう1つの特性、反復性です。簡単に言うと、こだわりが強すぎることです。脳機能としてみると、これは生後からシステム化の能力が発達しすぎていることが挙げられます。システム化とは、原因と結果のつながりのパターン(システム)を見つけ出そうとする心理です。そのために、五感が研ぎ澄まされてもいます。たとえば、「ネコ、ネコ、イヌ、ネコ、ネコ、イヌ、次は何が来るかな?」と言われて、クッキーモンスターが「ブタ!?」と当てずっぽうで答える一方、ジュリアは「ネコ」と即答し、「ジュリアはパターンを見つけるのがうまいね」とほめられます。つまり、こだわりは、パターンを見つけ出す能力でもあります。そんな彼らは、パターン・シーカーと呼ばれています1)。つまり、システム化は、パターンを見つけ出すと同時に、パターンにとらわれる(こだわりが強くなる)という二面性があるわけです。このシステム化と先ほどの共感性の詳細については、関連記事3をご覧ください。次のページへ >>

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海外番組「セサミストリート」(続編・その1)【実はこだわりは能力だったの!?だから男の子に多いんだ!(自閉症の機能)】Part 2

なんで自閉症になるの?自閉症は、コミュニケーションがうまくできない、こだわりが強すぎるという症状があることがわかりました。それでは、なぜそうなるのでしょうか?その答えは、胎児期に男性ホルモンが多すぎていたからです。これは、胎児期アンドロゲン仮説と呼ばれる有力な原因仮説です2)。アンドロゲンとは、男性ホルモンの総称です。その代表が、テストステロンです。もともと胎児のデフォルトは女性です。遺伝的に男性の場合は、胎児期に自らのY染色体の発現によって精巣からこの男性ホルモンを分泌して(ホルモンシャワー)、体と心(脳)を男性化させていきます。その量が多すぎるのが自閉症の原因だということです。実際の研究では、妊娠6ヵ月時に採取した羊水中の男性ホルモン濃度が高ければ高いほど、4歳時と8歳時のそれぞれの共感性の指数が低くなり、システム化の指数が高くなるという結果が出ています2)。これは、自閉症形質の発現を意味します。また、薬指の長さに対する人差し指の長さの比較(指比)の研究では、一般女性→一般男性→自閉症の人(男女とも)の順に人差し指が短くなっていくことが確かめられています3)。これは、胎児期の男性ホルモン濃度が高くなっていく順番と同じです。なお、自閉症は男女とも人差し指が同じくらい短くなることから、自閉症の発症には胎児期の男性ホルモンが相当影響していることが示唆されます。実際の臨床でも、胎児期に先天的に男性ホルモン(厳密にはテストステロンではなくデヒドロエピアンドロステロン)濃度が高い病態(先天性副腎過形成症)では、男女ともに顕著に人差し指が短くなっていることが確かめられています。そして、システム化の指数が高くなるという結果が出ています4)逆に、胎児期に男性ホルモン(テストステロン)濃度が低い病態(クラインフェルター症候群、アンドロゲン不応症)の男性は、人差し指が長くなっていることも確かめられています。さらに、自閉症の男性の精通の時期は平均よりも早くなる一方、自閉症の女性の初潮は平均よりも遅くなることもわかっています2)。逆に、自閉症の人はオキシトシン濃度(女性ホルモン)が平均を下回っていることもわかっています2)。オキシトシンは「絆ホルモン」とも呼ばれ、これが少ないと人とのコミュニケーションへの動機づけ(共感性)が低くなります。さらに、脳の画像研究においては、一般的に女性よりも男性の方が脳の非対称性が大きいことがわかっていますが、自閉症の人はその非対称性がさらに大きくなっていることもわかっています5)。以上より、自閉症とは、男性的な脳機能が過剰になった状態、つまり超男性脳とも呼ばれています。そして、だからこそ自閉症は男の子(男性)に多いのです。実際に自閉症の80%は男性です。ちなみに、ジュリアは、女の子の設定になっています。この多様性の時代、発症率が低い女の子(女性)をあえて自閉症のキャラクターにしたのでしょう。定型発達においても、システム化は、明らかに女の子よりも男の子が高いです。たとえば、男の子(男性)は、乗り物、仕組み(ルール)、戦い(スポーツ)、勝ち負けなど、ものや結論(結果)への興味が強いです。そして、成長すると、理屈っぽくなる分、女性ほど察しようとしないです。一方で、共感性は、明らかに男の子よりも女の子が高いです。たとえば、女の子(女性)は、ぬいぐるみ集め、人形遊び、料理、おしゃべりなど、人や関係性(プロセス)への興味が強いです。そして、成長すると、情緒的になる分、男性ほど説明しようとしないです。つまり、システム化とは、とくに男性にもともと備わっている能力であると言えます。そして、その能力が高まりすぎた状態を自閉症と呼んでいると言えます。それでは、システム化が高くなると、なぜ連動して共感性が低くなってしまうのでしょうか? 言い換えれば、なぜ自閉症はコミュニケーションの障害とこだわりはセットなのでしょうか?(次回に続く)1)ザ・パターン・シーカーpp.93-95:サイモン・バロン・コーエン、化学同人、20222)自閉症スペクトラム入門pp.134-135:サイモン・バロン・コーエン、中央法規、20113)指からわかる男の能力と病p.31、pp.100-101:竹内久美子、講談社α新書、20134)共感する女脳、システム化する男脳pp.186-187:サイモン・バロン・コーエン、NHK出版、20055)脳からみた自閉症p.129:大隅典子、講談社、2016自閉症についての関連記事大人の自閉症への対応のコツ結婚できない男【空気を読まない】[改訂版]<< 前のページへ■関連記事海外番組「セサミストリート」【子供をバイリンガルにさせようとして落ちる「落とし穴」とは?(言語障害)】Part 1伝記「ヘレン・ケラー」(前編)【何が奇跡なの? だから子供は言葉を覚えていく!(象徴機能)】Part 2ガリレオ【システム化、共感性】

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ビタミンBが影響を及ぼす神経精神疾患〜メタ解析

 最近、食事や栄養が身体的および精神的な健康にどのような影響を及ぼすかが、注目されている。多くの研究において、ビタミンBが神経精神疾患に潜在的な影響を及ぼすことが示唆されているが、ビタミンBと神経精神疾患との関連における因果関係は不明である。中国・Shaoxing Seventh People's HospitalのMengfei Ye氏らは、ビタミンBと神経精神疾患との関連を明らかにするため、メンデルランダム化(MR)メタ解析を実施した。Neuroscience and Biobehavioral Reviews誌2025年3月号の報告。 本MRメタ解析は、これまでのMR研究、UK Biobank、FinnGenのデータを用いて行った。ビタミンB(VB6、VB12、葉酸)と神経精神疾患との関連を調査した。 主な内容は以下のとおり。・MR分析では、複雑かつ多面的な関連性が示唆された。・VB6は、アルツハイマー病の予防に有効であったが、うつ病および心的外傷後ストレス障害(PTSD)のリスク上昇の可能性が示唆された。・VB12は、自閉スペクトラム症(ASD)の予防に有効であったが、双極症リスクを上昇させる可能性が示唆された。・葉酸は、アルツハイマー病および知的障害に対する予防効果が示唆された。・メタ解析では、ビタミンBは、アルツハイマー病やパーキンソン病などの特定の神経精神疾患の予防に有効であるが、不安症や他の精神疾患のリスク因子である可能性が示唆された。・サブグループ解析では、VB6は、てんかんおよび統合失調症の予防に有効であるが、躁病リスク上昇と関連していた。・VB12は、知的障害およびASDの予防に有効であるが、統合失調症および双極症のリスク上昇と関連していた。・葉酸は、統合失調症、アルツハイマー病、知的障害の予防に有効である可能性が示唆された。 著者らは「これらの知見は、ビタミンBのメンタルヘルスに対する影響は複雑であり、さまざまな神経精神疾患に対して異なる影響を及ぼすことが示唆された。このような複雑な関連は、神経精神疾患に対する新たな治療法の開発において、パーソナライズされた治療サプリメントの重要性を示している」と結んでいる。

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妊娠可能年齢の女性と妊婦を守るワクチン 後編【今、知っておきたいワクチンの話】総論 第8回

本稿では「妊娠可能年齢の女性と妊婦を守るワクチン」について取り上げる。これらのワクチンは、女性だけが関与するものではなく、その家族を含め、「彼女たちの周りにいる、すべての人たち」にとって重要なワクチンである。なぜなら、妊婦は生ワクチンを接種することができない。そのため、生ワクチンで予防ができる感染症に対する免疫がない場合は、その周りの人たちが免疫を持つことで、妊婦を守る必要があるからである。そして、「胎児」もまた、母体とその周りの人によって守られる存在である。つまり、妊娠可能年齢の女性と妊婦を守るワクチンは、胎児を守るワクチンでもある。VPDs(Vaccine Preventable Diseases:ワクチンで予防ができる病気)は、禁忌がない限り、すべての人にとって接種が望ましいが、今回はとくに妊娠可能年齢の女性と母体を守るという視点で、VPDおよびワクチンについて述べる。今回は、ワクチンで予防できる疾患、生ワクチンの概要の前編に引き続き、不活化ワクチンなどの概要、接種スケジュール、接種で役立つポイントなどを説明する。ワクチンの概要(効果・副反応・不活化・定期または任意・接種方法)妊婦に生ワクチンの接種は禁忌である。そのため妊娠可能年齢の女性には、事前に計画的なワクチン接種が必要となる。しかし、妊娠は予期せず突然やってくることもある。そのため、日常診療やライフステージの変わり目などの機会を利用して、予防接種が必要なVPDについての確認が重要となる。そこで、以下にインフルエンザ、百日咳、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)、RSウイルス(生ワクチン以外)の生ワクチン以外のワクチンの概要を述べる。これら生ワクチン以外のワクチン(不活化ワクチン、mRNAワクチンなど)は妊娠中に接種することができる。ただし、添付文書上、妊娠中の接種は有益性投与(予防接種上の有益性が危険性を上回ると判断される場合にのみ接種が認められていること)と記載されているワクチンもあり注意が必要である。いずれも妊娠中に接種することで、病原体に対する中和抗体が母体の胎盤を通じて胎児へ移行し、出生児を守る効果がある。つまり、妊婦のワクチン接種が母体と出生児の双方へ有益ということになる。(1)インフルエンザ妊婦はインフルエンザの重症化リスク群である。妊婦がインフルエンザに罹患すると、非妊婦に比し入院率が高く、自然流産や早産だけでなく、低出生体重児や胎児死亡の割合が増加する。そのため、インフルエンザ流行期に妊娠中の場合は、妊娠週数に限らず不活化ワクチンによるワクチン接種を推奨する1)。また、妊婦のインフルエンザワクチン接種により、出生児のインフルエンザ罹患率を低減させる効果があることがわかっている。生後6ヵ月未満はインフルエンザワクチンの接種対象外であるが、妊婦がワクチン接種することで、胎盤経由の移行抗体による免疫効果が証明されている1,2)。接種の時期はいつでも問題ないため、インフルエンザ流行期の妊婦には妊娠週数に限らず接種を推奨する。妊娠初期はワクチン接種の有無によらず、自然流産などが起きやすい時期のため、心配な方は妊娠14週以降の接種を検討することも可能である。流行時期や妊娠週数との兼ね合いもあるため、接種時期についてはかかりつけ医と相談することを推奨する。なお、チメロサール含有ワクチンで過去には自閉症との関連性が話題となったが、問題がないことがわかっており、胎児への影響はない2)。そのほか2024年に承認された生ワクチン(経鼻弱毒生インフルエンザワクチン:フルミスト点鼻薬)は妊婦には接種は禁忌である3)。また、経鼻弱毒生インフルエンザワクチンは、飛沫または接触によりワクチンウイルスの水平伝播の可能性があるため、授乳婦には不活化インフルエンザHAワクチンの使用を推奨する4)。(2)百日咳ワクチン百日咳は、成人では致死的となることはまれだが、乳児(とくに生後6ヵ月未満の早期乳児)が感染した場合、呼吸不全を来し、時に命にかかわることがある。一方、百日咳含有ワクチンは生後2ヵ月からしか接種できないため、この間の乳児の感染を予防するために、米国を代表とする諸外国では、妊娠後期の妊婦に対して百日咳含有ワクチン(海外では三種混合ワクチンのTdap[ティーダップ]が代表的)の接種を推奨している5,6)。百日咳ワクチンを接種しても、その効果は数年で低下することから、アメリカ疾病予防管理センター(CDC)は2回目以降の妊娠でも、前回の接種時期にかかわらず妊娠する度に接種することを推奨している。百日咳は2018年から全数調査報告対象疾患となっている。百日咳感染者数は、コロナ禍前の2019年は約1万6千例ほどであったが、コロナ禍以降の2021~22年は、500~700例前後と減っていた。しかし、2023年は966例、2024年(第51週までの報告7))は3,869例と徐々に増加傾向を示している。また、感染者の約半数は、4回の百日咳含有ワクチンの接種歴があり、全感染者のうち6ヵ月~15歳未満の小児が62%を占めている8)。さらに、重症化リスクが高い6ヵ月未満の早期乳児患者(計20例)の感染源は、同胞が最も多く7例(35%)、次いで母親3例(15%)、父親2例(10%)であった9)。このように、百日咳は、小児の感染例が多く、かつ、ワクチン接種歴があっても感染する可能性があることから、感染源となりうる両親のみならず、その兄弟や同居の祖父母にも予防措置としてワクチン接種が検討される。わが国で、小児や成人に対して接種可能な百日咳含有ワクチンは、トリビック(沈降精製百日咳ジフテリア破傷風混合ワクチン)である。本ワクチンは、添付文書上、有益性投与である(妊婦に対しては、予防接種上の有益性が危険性を上回ると判断される場合にのみ接種が認められている)10)が、上記の理由から、丁寧な説明と同意があれば、接種する意義はあるといえる。(3)RSウイルスワクチン2024年より使用可能となったRSウイルスワクチン(組み換えRSウイルスワクチン 商品名:アブリスボ筋注用)11)は、新生児を含む乳児におけるRSウイルス感染症予防を目的とした妊婦対象のワクチンである(同時期に承認販売開始となった高齢者対象のRSウイルスワクチン[同:アレックスビー筋注用]は、妊婦は対象外)。アブリスボを妊娠中に接種すると、母体からの移行抗体により、出生後の乳児のRSウイルスによる下気道感染を予防する。そのため接種時期は妊娠28~36週が最も効果が高いとされている12)(米国では妊娠32~36週)。また、本ワクチン接種後2週間以内に児が出生した場合は、抗体移行が不十分と考えられ、モノクローナル抗体製剤パリミズマブ(同:シナジス)とニルセビマブ(同:ベイフォータス)の接種の必要性を検討する必要があるため、妊婦へ接種した日時は母子手帳に明記することが大切である13)。乳児に対する重度RSウイルス関連下気道感染症の予防効果は、生後90日以内の乳児では81.8%、生後180日以内では69.4%の有効性が認められている14)。これまで、乳児のRSウイルス感染の予防には、重症化リスクの児が対象となるモノクローナル抗体製剤が利用されていたが、RSウイルス感染症による入院の約9割が、基礎疾患がない児という報告もあり15)、モノクローナル抗体製剤が対象外の児に対しても予防が可能となったという点において意義があるといえる。一方で、長期的な効果は不明であり、わが国で接種を受けた妊婦の安全性モニタリングが不可欠な点や、他のワクチンに比し高額であることから、十分な説明と同意の上での接種が重要である。(4)COVID-19ワクチンこれまでの国内外の多数の研究結果から、妊婦に対するCOVID-19ワクチン接種の安全性は問題ないことがわかっており16,17)、前述の3つの不活化ワクチンと同様に、妊婦に対する接種により胎盤を介した移行抗体により出生後の乳児が守られる。逆にCOVID-19に感染した乳児の多くは、ワクチン未接種の妊婦から産まれている17)。妊婦がCOVID-19に罹患した場合、先天性障害や新生児死亡のリスクが高いとする報告はないが、妊娠中後期の感染では早産リスクやNICU入室率が高い可能性が示唆されている17)。また、酸素需要を要する中等症~重症例の全例がワクチン未接種の妊婦であったというわが国の調査結果もある17)。妊婦のCOVID-19重症化に関連する因子として、妊娠後期、妊婦の年齢(35歳以上)、肥満(診断時点でのBMI30以上)、喫煙者、基礎疾患(高血圧、糖尿病、喘息など)のある者が挙げられており、これらのリスク因子を持つ場合は産科主治医との相談が望ましい。一方で、COVID-19ワクチンはパンデミックを脱したことや、インフルエンザウイルス感染症のように、定期的流行が見込まれることから、2024年度から第5類感染症に変更され、ワクチンも定期接種化された。よって、定期接種対象者である高齢者以外は、妊婦や、基礎疾患のある小児・成人に対しても1回1万5千円~2万円台の高額なワクチンとなった。接種意義に加え、妊婦の基礎疾患や背景情報などを踏まえた総合的・包括的な相談が望ましい。また、COVID-19ワクチンについては、いまだにフェイクニュースに惑わされることも多く、医療者が正確な情報源を提供することが肝要である。接種のスケジュール(小児/成人)妊婦と授乳婦に対するワクチン接種の可否について改めて復習する。ワクチン接種が禁忌となるのは、妊婦に対する生ワクチンのみ(例外あり)であり、それ以外のワクチン接種は、妊婦・授乳婦も含めて禁忌はない(表)。表 非妊婦/妊婦・授乳婦と不活化/生ワクチンの接種可否についてただし、ワクチンを含めた薬剤投与がなくても流産の自然発生率は約15%(母体の年齢上昇により発生率は増加)、先天異常は2~3%と推定されており、臨界期(主要臓器が形成される催奇形性の感受性が最も高い時期)である妊娠4~7週は催奇形性の高い時期である。たとえば、ワクチン接種が原因でなくても後から胎児や妊娠経過に問題があった場合、実際はそうでなくても、あのときのあのワクチンが原因だったかも、と疑われることがあり得る。原因かどうかの証明は非常に困難であるため、妊娠中の薬剤投与と同様に、医療従事者はそのワクチン接種の必要性や緊急性についてしっかり患者と話し、接種する時期や意義について理解してもらえるよう努力すべきである。※その他注意事項生ワクチンの接種後、1~2ヵ月の避妊を推奨する。その一方で、仮に生ワクチン接種後1~2ヵ月以内に妊娠が確認されても、胎児に健康問題が生じた事例はなく、中絶する必要はないことも併せて説明する。日常診療で役立つ接種ポイント1)妊娠可能年齢女性とその周囲の家族について妊孕性(妊娠する可能性)が高い年代は10~20代といわれているが、妊娠可能年齢とは、月経開始から閉経までの平均10代前半~50歳前後を指す。妊娠可能年齢の幅は非常に広いことを再認識することが大切である。また、妊婦や妊娠可能年齢の女性を守るためには、その周囲にいるパートナーや同居する家族のことも考慮する必要があり、その年齢層もまちまちである(同居する祖父母や親戚、兄弟など)。患者の家族構成や背景について、かかりつけ医として把握しておくことは、ワクチンプラクティスにおいて、非常に重要であることを強調したい。2)接種を推奨するタイミング筆者は下記のタイミングでルーチンワクチン(すべての人が免疫を持っておくと良いワクチン)について確認するようにしている。(1)何かしらのワクチン接種で受診時(とくに中高生のHPVワクチン、インフルエンザワクチンなど)(2)定期通院中の患者さんのヘルスメンテナンスとして(3)患者さんのライフステージが変わるタイミング(進学・就職/転職・結婚など)今後の課題・展望妊娠可能年齢の年代は受療行動が比較的低く、基礎疾患がない限りワクチン接種を推奨する機会が限られている。また、妊娠が成立すると、基礎疾患がない限り産科医のみのフォローとなるため、妊娠中に接種が推奨されるワクチンについての情報提供は産科医が頼りとなる。産科医や関連する医療従事者への啓発、学校などでの教育内容への組み込み、成人式などの節目のときに情報提供など、医療現場以外での啓発も重要であると考える。加えて、フェイクニュースやデマ情報が拡散されやすい世の中であり、妊婦や妊娠を考えている女性にとっても重大な誤解を招くリスクとなりうる。医療者が正しい情報源と情報を伝える重要性が高いため、信頼できる情報源の提示を心掛けたい。参考となるサイト(公的助成情報、主要研究グループ、参考となるサイト)妊娠可能年齢の女性と妊婦のワクチン(こどもとおとなのワクチンサイト)妊娠に向けて知っておきたいワクチンのこと(日本産婦人科感染症学会)Pregnancy and Vaccination(CDC)参考文献・参考サイト1)Influenza in Pregnancy. Vol. 143, No.2, Nov 2023. ACOG2)産婦人科診療ガイドライン 産科編 2023. 日本産婦人科学会/日本産婦人科医会. 2023:59-62.3)経鼻弱毒生インフルエンザワクチン フルミスト点鼻液 添付文書4)経鼻弱毒生インフルエンザワクチンの使用に関する考え方. 日本小児科学会予防接種・感染症対策委員会(2024年9月2日)5)Tdap vaccine for pregnant women CDC 6)海外の妊婦への百日咳含有ワクチン接種に関する情報(IASR Vol.40 p14-15:2019年1月号)7)感染症発生動向調査(IDWR) 感染症週報 2024年第51週(12月16日~12月22日):通巻第26巻第51号8)2023年第1週から第52週(*)までに 感染症サーベイランスシステムに報告された 百日咳患者のまとめ 国立感染症研究所 実地疫学研究センター 同感染症疫学センター 同細菌第二部 9)全数報告サーベイランスによる国内の百日咳報告患者の疫学(更新情報)2023年疫学週第1週~52週 2025年1月9日10)トリビック添付文書11)医薬品医療機器総合機構. アブリスボ筋注用添付文書(2025年1月9日アクセス)12)Kampmann B, et al. N Engl J Med. 2023;388:1451-1464.13)日本小児科学会予防接種・感染症対策委員会. 日本におけるニルセビマブの使用に関するコンセンサスガイドライン Q&A(第2版)(2024年9月2日改訂)14)Kobayashi Y, et al. Pediatr Int. 2022;64:e14957.15)妊娠・授乳中の新型コロナウイルス感染症ワクチンの接種について 国立感染症成育医療センター16)COVID-19 Vaccination for Women Who Are Pregnant or Breastfeeding(CDC)17)山口ら. 日本におけるCOVID-19妊婦の現状~妊婦レジストリの解析結果(2023年1月17日付報告)講師紹介

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