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本研究は2022年1月から12月までに収集された新型コロナウイルスサンプルについて、次世代シーケンサーを用いた遺伝子解析結果を報告している。本研究結果からは、2022年11月14日以降の中国・北京における新型コロナウイルス感染症(COVID-19)流行時の主流はBA.5.2とBF.7で、新規亜種は検出されなかったことが報告された(「北京では22年11月以降、新たな変異株は認められず/Lancet」、原著論文Pan Y, et al. Lancet. 2023;401:664-672.)。 本研究の研究期間である2022年11月以降に中国では新型コロナウイルス感染者が増加していたが、同年12月7日以降のゼロコロナ政策終了により拍車がかかり、新型コロナウイルス感染者は急増していたと考えられている。そのため、感染者が激増した中国から「懸念される変異株」が出現し、各国へ流入する恐れがあり、日本や欧米では中国からの渡航者に対し水際対策を強化していた。 本研究の結果のとおり、2022年12月における中国・北京でのCOVID-19流行では新規の変異株出現はなかったと考えられ、現在は各国の水際対策は緩和されている。これは本研究のような中国からの報告に加えて、中国から各国への渡航者で検出された新型コロナウイルスの株の解析からも矛盾がないことが確認されていることがあるだろう。たとえば、2022年12月後期の本邦への渡航者検疫で確認されたCOVID-19患者のうち、中国からの渡航者で検出された株もBF.7やBA.5.2がほとんどであった(厚生労働省.「新型コロナウイルス感染症(変異株)の患者等の発生について(検疫)」2023年(令和5年)1月5日.https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_30137.html, (参照2023-03-03).)。 今回検出されたBA.5.2系統とBF.7系統はともに、BA.5系統を起源としており、BA.5系統は2022年2月に南アフリカ共和国で検出されて以降、世界的に検出数が増加し、本邦でも同年6月以降はBA.2系統からBA.5系統への置き換わりが進んでいた。7月以降の第7波はBA.5系統のBA.5.2が流行の主体となっており、第8波も初期の流行の主体はBA.5系統だったが10月以降はBQ.1系統やBA.2.75系統の占める割合が上昇傾向となっていた(国立感染症研究所「感染・伝播性の増加や抗原性の変化が懸念される新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)の変異株について(第25報)」. https://www.niid.go.jp/niid/ja/2019-ncov/2551-cepr/11794-sars-cov-2-25.html, (参照2023-02-27).)。 同時期の世界に目を向けると、BA.2系統やBA.5系統を起源とする亜系統も検出されていたが、BQ.1系統、XBB系統など特徴的なスパイクタンパク質の変異が起こり、ワクチン接種や感染免疫による中和抗体から逃避しやすくなる亜系統、感染力がさらに高まったと予測される亜系統も報告されるようになり、とくに北米ではXBB.1.5系統のように既存の流行株に比して感染者数増加の優位性がみられる亜系統が報告されていた(Uriu K, et al. Lancet Infect Dis. 2023;23:280-281.)。 ところで、2022年12月ごろ、特定の流行株が世界的に優勢とはなっていなかったとはいえ、感染者が増加していた株はBQ.1系統やBA.2.75系統などが考えられ、同時期にBF.7系統やBA.5.2系統が流行していた国は多くはなさそうである(World Health Organization. “Weekly epidemiological update on COVID-19 - 15 February 2023”. https://www.who.int/publications/m/item/weekly-epidemiological-update-on-covid-19---15-february-2023, (参照2023-02-27).)中国において、これらの株が流行した理由について考えると、1つは、中国のゼロコロナ政策により、中国国外で流行していたBQ.1系統などの株が国内へ流入することを防いでいたことがあるだろう。本文中でも、中国国内感染と海外からの輸入株に違いがあることは指摘されており、輸入株ではBQ.1系統、BA.5.2系統そしてXBB.1系統の順番で検出されたことを報告している。中国のゼロコロナ政策により、他国からより感染力の高いBQ.1系統やXBB.1系統が流入していなかったことが、BF.7系統やBA.5.2系統が主流株になった一因ではないだろうか。 もうひとつは、各国で接種したワクチンの差異もあるかもしれない。本邦や欧米ではmRNAワクチンの接種が行われたが、これらのワクチンは、1価、2価にかかわらずBA5.2系統やBF.7系統に対しては中和抗体が増加することが知られており、XBB.1.系統などよりもBA.5.2系統やBF.7系統では感染予防効果や重症化予防効果が期待できると考えられる(Miller J, et al. N Engl J Med. 2023;388:662-664.)。中国で接種されたワクチンのBA.5.2系統やBF.7系統に対する効果が公表されている資料からは調査できなかったが、場合によっては接種したワクチンの差異が流行株の選択の一因になったのかもしれない。 さて、2022年12月までの中国の新型コロナウイルス流行においては、新規の流行株の出現はなかったと考えられるが、中国は多数の人口を抱えている国家である。本研究では、2022年12月のCOVID-19流行時にBQ.1系統やXBB系統などの感染免疫による中和抗体からの逃避や感染者数増加の優位性が示唆された亜系統の検出が乏しいことを考えると、これらの株の流入によっては、COVID-19の流行を再度起こす可能性が懸念される。 翻って本邦の流行を考えると、2023年3月時点では第8波が落ち着きつつあるが、本邦でもXBB.1.5株などの流行がなかった。今後は、これらの株が第9波を引き起こす懸念があり、引き続き、COVID-19に対する持続可能な感染対策を模索する必要があるだろう。