サイト内検索|page:15

検索結果 合計:1945件 表示位置:281 - 300

281.

増加する化学療法患者-機転の利いた専攻医の検査オーダー【見落とさない!がんの心毒性】第26回

※本症例は、患者さんのプライバシーに配慮し一部改変を加えております。あくまで臨床医学教育の普及を目的とした情報提供であり、すべての症例が類似の症状経過を示すわけではありません。《今回の症例》年齢・性別70代・女性(BMI:26.2)既往歴高血圧症、2型糖尿病(HbA1c:8.0%)、脂質異常症服用歴アジルサルタン、メトホルミン塩酸塩、ロスバスタチンカルシウム臨床経過進行食道がん(cT3r,N2,M0:StageIIIA)にて術前補助化学療法を1コース受けた。化学療法のレジメンはドセタキセル・シスプラチン・5-fluorouracil(DCF)である。なお、初診時のDダイマーは2.6μg/mLで、下肢静脈エコー検査と胸腹部骨盤部の造影CTでは静脈血栓症は認めていない。CTにて(誤嚥性)肺炎や食道がんの穿孔による縦隔炎の所見はなかった。2コース目のDCF療法の開始予定日の朝に37.8℃の微熱を認めた。以下が上部消化管内視鏡画像である。胸部進行食道がんを認める。画像を拡大する以下が当日朝の採血結果である(表)。(表)画像を拡大する【問題】この患者への抗がん剤投与の是非に関し、専攻医がオーダーしていたために病態を把握できた項目が存在した。それは何か?a.プロカルシトニンb.SARS-CoV-2のPCR検査c.Dダイマーd.βD-グルカンe.NT-proBNP筆者コメント本邦のガイドラインには1)、「がん薬物療法は、静脈血栓塞栓症の発症再発リスクを高めると考えられ、Wellsスコアなどの検査前臨床的確率の評価システムを起点とするVTE診断のアルゴリズムに除外診断としてDダイマーが組み込まれているものの、がん薬物療法に伴う凝固線溶系に関連するバイオマーカーに特化したものではない。がん薬物療法に伴う静脈血栓症の診療において、凝固線溶系バイオマーカーの有用性に関してはいくつかの報告があるものの、十分なエビデンスの集積はなく今後の検討課題である」と記されている。一方で、「がん患者は、初診時と入院もしくは化学療法開始・変更のたびにリスク因子、バイオマーカー(Dダイマーなど)などでVTEの評価を推奨する」というASCO Clinical Practice Giudeline Updateの推奨も存在する2)。静脈血栓症の症状として「発熱」は報告されており3)、欧米のデータでは、実際に肺塞栓症(PE)発症患者の14~68%で発熱を認め、発熱を伴う深部静脈血栓症(DVT)患者の30日死亡率は、発熱を伴わない患者の2倍になることも報告されている4)。このほか、可溶性フィブリンモノマー複合体定量検査値は、食道がん周術期においても中央値は正常値内を推移することが報告されており、その異常高値はmassiveな血栓症の指標になる可能性もある5)。がん関連血栓症の成因として、(1)患者関連因子、(2)がん関連因子、(3)治療関連因子が2022年のESC Guidelines on cardio-oncologyに記載された6)。今後一層のがん患者の生存率向上とともに、本症例のようなケースが増加すると思われる。1)日本臨床腫瘍学会・日本腫瘍循環器学会編. Onco-cardiologyガイドライン. 南江堂;2023. p.56-58.2)Key NS, et al. J Clin Oncol. 2023;41:3063-30713)Endo M, et al. Int J Surg Case Rep. 2022;92:106836. 4)Barba R, et al. J Thromb Thrombolysis. 2011;32:288–292.5)Tanaka Y, et al. Anticancer Res. 2019;39:2615-2625.6)Lyon AR, et al. Eur Heart J. 2022;43:4229-4361.講師紹介

282.

第70回 「道頓堀肺」

道頓堀川の溺水Unsplashより使用阪神タイガースが38年ぶりに日本一になったことを受けて、大阪・ミナミの道頓堀川に37人が飛び込んだことが話題となりました。カーネルサンダースのコスプレをした人や、女子のスクール水着で飛び込む人がいたので、テンションが上がって目立ちたい一心で飛び込んだのでしょう。道頓堀川は、水深が3メートル以上あり、石タイルの歩道によじ登るのが至難の業であることから、泳げない人にとっては溺水のリスクが高い川とされています。周囲にたくさん人がいるので、引き上げてくれる人がいるというのは利点ですが、飛び込みによって過去に溺水で何人か死亡している現状があります。かれこれ10年ほど前になりますが、私が年始に大阪市内の医療機関で当直バイトをしていたところ、溺水症例が運ばれてきたことがありました。戎橋で新年を祝っていたところ、盛り上がって思わず飛び込んでしまったというのです。溺水の程度としては軽いもので、すぐに退院となったわけですが、溺水のためかちょっと肺水腫様のすりガラス陰影とCRP上昇がありました。一緒に当直していた医師が、「うーむ、これはいわゆる『道頓堀肺』だな」とウマイことを言っていました。呼吸器内科目線で修正すると、「○○肺」というのは基本的に抗原を吸入して起こる過敏性肺炎のときに使われる用語なので、不適当なのですが。まあ、細かいことはおいといて。道頓堀川は汚いのか?道頓堀川は、高度経済成長期に工場排水や下水が流れ込み、川底には黒いヘドロが溜まっていました。大阪市はヘドロや粗大ごみを何度も撤去したり、水門を操作して上流から比較的きれいな水を流し込んだりしてきました。2002年のサッカーワールドカップでは、2,000人近くが飛び込みました。お腹が痛くなったり目の病気になったりする人が続出したことが報道されたので、当時はまだかなり川は汚かったと思います。しかし、現在は、魚介類が住める環境になっているそうです。生物化学的酸素要求量はアユで3mg/L以下が目安ですが、道頓堀川は2018年時点で、これを下回っているとされています。なので、現在の道頓堀の溺水症例は、通常の都市河川の溺水とそんなに変わらないのかもしれません。

283.

75歳以上/PS2以上の局所進行NSCLCにもCRT後のデュルバルマブ地固めは有用か?/ESMO2023

 化学放射線療法(CRT)後のデュルバルマブ地固め療法は、切除不能な局所進行非小細胞肺がん(NSCLC)患者に対する標準治療である。しかし、75歳以上またはperformance status(PS)2以上の切除不能な局所進行NSCLC患者における臨床的意義については明らかになっていない。そこで、この集団におけるCRT後のデュルバルマブ地固め療法の有用性を検討したNEJ039A試験が実施され、その結果を静岡県立静岡がんセンターの高 遼氏が欧州臨床腫瘍学会(ESMO Congress 2023)で発表した。試験デザイン:国内第II相単群試験対象:StageIIIの切除不能NSCLC患者のうち、PS 0/1かつ75歳以上の患者73例、PS 2以上かつ75歳未満の患者13例(計86例)試験群:CRT(30分割で合計60Gyを照射。最初の20回は、放射線照射の1時間前に低用量カルボプラチン[30mg/m2]を毎回投与)→デュルバルマブ(10mg/kgを2週ごと、1年間)評価項目:[主要評価項目]デュルバルマブ投与開始から12ヵ月後の無増悪生存(PFS)率※[副次評価項目]PFS、全生存期間(OS)、安全性など※:既報を基に、35%以上であれば臨床的有用性を示すとみなすこととした。 主な結果は以下のとおり。・2019年9月~2021年10月の期間にCRTを受けた患者86例のうち、61例(70.9%)がデュルバルマブ地固め療法を受けた。この61例(男性50例[82%]、年齢中央値78歳[範囲:55~89])が解析対象となった。・解析対象のうち、PS 0は28例(45.9%)、1は27例(44.3%)、2は6例(9.8%)であった。PD-L1発現状況は、50%以上が14例(23.0%)、1~49%が17例(27.9%)、1%未満が17例(27.9%)、不明が13例(21.3%)であった。・デュルバルマブ投与開始から12ヵ月後のPFS率は51.0%(90%信頼区間[CI]:39.9~61.1)であった(参考:同様のレジメンで対象患者がPS 0/1、年齢中央値64歳であったPACIFIC試験1)のPFS率は55.9%)。・PFS中央値は12.3ヵ月、OS中央値は28.1ヵ月であった。・全Gradeの有害事象として、肺臓炎または放射線肺臓炎が80.3%に発現した。Grade3/4の有害事象で最も多かったものは、肺臓炎または放射線肺臓炎(8.2%)であった。Grade5の間質性肺炎により1例が死亡した。 高氏は、本結果について「デュルバルマブ投与開始から12ヵ月後のPFS率は51.0%と高く、主要評価項目を達成した。全Gradeの有害事象として、肺臓炎または放射線肺臓炎の発現率が既報1)よりも高かったが、Grade3以上については10%未満の発現率であり、許容可能と考えられた。本試験の結果から、75歳以上またはPS 2以上などの脆弱な局所進行NSCLC患者に対しても、CRT後のデュルバルマブ地固め療法は効果的かつ適応可能であることが示唆された」とまとめた。

284.

新型コロナが小児感染症に及ぼした影響

 新型コロナウイルス感染症(COVID-19)のパンデミックが小児感染症に及ぼした影響として、long COVID(罹患後症状、いわゆる後遺症)や医療提供体制の変化、感染症の流行パターンの変化などが挙げられる。これらをまとめたものが、イスラエルのネゲブ・ベン・グリオン大学のMoshe Shmueli氏らによってEuropean Journal of Pediatrics誌オンライン版2023年9月20日号に報告された。 本研究はナラティブレビューとして実施した。 主な結果は以下のとおり。既知の内容・COVID-19は通常、小児では軽度であるが、まれに重篤な症状が現れる可能性が知られている。また、一部の成人が悩まされるとされるlong COVIDは、小児においてもみられた。・COVID-19の流行による衛生管理の強化や体調不良時の行動変化により、呼吸器感染症(インフルエンザやRSウイルス、肺炎球菌)だけではなく、他の感染症(尿路感染症や感染性胃腸炎など)でも感染率の低下がみられた。・医療提供体制が大きく変化し、オンライン診療の普及などがみられた。・ワクチン定期接種の中断により、ワクチン接種を躊躇する動きがみられた。・抗菌薬の誤用や過剰処方の問題が生じた。新規の内容・COVID-19流行期間中にインフルエンザやRSウイルスの流行が減少した理由は、非医薬品介入※(non pharmaceutical intervention:NPI)措置に関連しているのではなく、むしろ生物学的ニッチ(鼻咽頭)における病原体と宿主の相互作用などの、NPI措置以外に関連していると考えられた。※非医薬品介入:マスク着用義務や外出禁止令などの医薬品以外の予防対策

285.

HER2+胃がん1次治療、ペムブロリズマブ上乗せでPFS改善(KEYNOTE-811)/Lancet

 未治療の転移のあるHER2陽性胃・食道胃接合部腺がん患者において、1次治療であるトラスツズマブおよび化学療法へのペムブロリズマブ上乗せ併用は、プラセボと比較し無増悪生存期間(PFS)を有意に延長し、とくにPD-L1陽性(CPS 1以上)患者で顕著であった。米国・スローン・ケタリング記念がんセンターのYelena Y. Janjigian氏らが、20ヵ国168施設で実施された第III相無作為化二重盲検プラセボ対照試験「KEYNOTE-811試験」の第2回および第3回の中間解析結果を報告した。KEYNOTE-811試験の第1回中間解析では、奏効率に関してペムブロリズマブ群のプラセボ群に対する優越性が示されていた。Lancet誌オンライン版2023年10月20日号掲載の報告。主要評価項目はPFSとOS 研究グループは、未治療の局所進行または転移のあるHER2陽性胃・食道胃接合部腺がんで、RECIST v1.1による測定可能病変を有しECOG PSが0または1の18歳以上の患者を、ペムブロリズマブ群またはプラセボ群に、1対1の割合で無作為に割り付けた。層別因子は、地域、PD-L1 CPSおよび医師が選択した化学療法であった。 両群とも、トラスツズマブおよび、フルオロウラシル+シスプラチンまたはカペシタビン+オキサリプラチンとの併用下で、3週ごとに最大35サイクル、または病勢進行、許容できない毒性発現、治験責任医師の判断または患者の同意撤回による中止まで投与した。 主要評価項目は、PFSおよび全生存期間(OS)で、ITT解析を行った。安全性は、無作為化され1回以上投与を受けたすべての患者を対象に評価した。ペムブロリズマブ群でPFSは有意に延長、OSは延長するも有意水準を満たさず 2018年10月5日~2021年8月6日の期間に計698例がペムブロリズマブ群(350例)またはプラセボ群(348例)に割り付けられた。564例(81%)が男性、134例(19%)が女性であった。第3回中間解析時は、投与を受けたペムブロリズマブ群350例中286例(82%)、プラセボ群346例中304例(88%)が投与を中止しており、そのほとんどは病勢進行によるものであった。 第2回中間解析(追跡期間中央値:ペムブロリズマブ群28.3ヵ月[四分位範囲[IQR]:19.4~34.3]、プラセボ群28.5ヵ月[20.1~34.3])において、PFS中央値はそれぞれ10.0ヵ月(95%信頼区間[CI]:8.6~11.7)、8.1ヵ月(7.0~8.5)であり(ハザード比[HR]:0.72、95%CI:0.60~0.87、p=0.0002[優越性の有意水準:p=0.0013])、OS中央値は20.0ヵ月(95%CI:17.8~23.2)、16.9ヵ月(15.0~19.8)であった(HR:0.87、95%CI:0.72~1.06、p=0.084)。PD-L1発現がCPS 1以上の患者では、PFS中央値はペムブロリズマブ群10.8ヵ月、プラセボ群7.2ヵ月であった(HR:0.70、95%CI:0.58~0.85)。 第3回中間解析(追跡期間中央値:ペムブロリズマブ群38.4ヵ月[IQR:29.5~44.4]、プラセボ群38.6ヵ月[30.2~44.4])では、PFS中央値はそれぞれ10.0ヵ月(95%CI:8.6~12.2)、8.1ヵ月(7.1~8.6)であり(HR:0.73、95%CI:0.61~0.87)、OS中央値は20.0ヵ月(95%CI:17.8~22.1)、16.8ヵ月(15.0~18.7)であった(HR:0.84、95%CI:0.70~1.01)。OSは有意性の水準を満たさなかったが、その後の治療がOSの評価に影響を与える可能性があることから、事前に規定された最終解析計画は変更せず試験は継続されている。 Grade3以上の治療関連有害事象は、ペムブロリズマブ群で350例中204例(58%)、プラセボ群で346例中176例(51%)に発現した。死亡に至った治療関連有害事象は、ペムブロリズマブ群で4例(1%)(肝炎、敗血症、脳梗塞、肺炎が各1例)、プラセボ群で3例(1%)(心筋炎、胆管炎、肺塞栓症が各1例)に認められた。すべての治療関連有害事象で最も多く見られたのは、下痢(ペムブロリズマブ群165例[47%]、プラセボ群145例[42%])、悪心(それぞれ154例[44%]、152例[44%])、貧血(109例[31%]、113例[33%])であった。

286.

アミカシン吸入、人工呼吸器関連肺炎発症を抑制/NEJM

 少なくとも3日間侵襲的人工呼吸管理を受けている患者において、アミカシン1日1回3日間吸入投与はプラセボと比較し、28日間の人工呼吸器関連肺炎(VAP)の発症を有意に減少したことが、フランス・トゥール大学のStephan Ehrmann氏らCRICS-TRIGGERSEP F-CRIN Research Networksが実施した多施設共同無作為化二重盲検プラセボ対照優越性試験「AMIKINHAL試験」において示された。予防的な抗菌薬吸入投与がVAPの発症を減少させるかどうかは不明であった。NEJM誌オンライン版2023年10月25日号掲載の報告。侵襲的人工呼吸管理が72時間以上96時間未満の患者を無作為化 研究グループは、フランスの19施設のICUにおいて、侵襲的人工呼吸管理を72時間以上受けている成人患者をアミカシン(標準体重1kg当たり20mg)群またはプラセボ(同量の0.9%塩化ナトリウム)群に1対1の割合に無作為に割り付け、1日1回3日間吸入投与した。 侵襲的人工呼吸管理を96時間行った患者、VAPが疑われるか確認された患者、腎代替療法を受けていない重症急性腎障害患者、慢性腎臓病(糸球体濾過量<30mL/分)患者、気管切開チューブを留置している患者、24時間以内に抜管が予定されている患者、アミノグリコシド系薬の全身投与を受けている患者は除外した。 主要アウトカムは、無作為化後28日間のVAP発症(肺検体の定量的細菌培養で陽性、および次の所見のうち少なくとも2つを満たすと定義・盲検下中央判定:白血球増多、白血球減少、発熱、胸部X線撮影で新たな浸潤影を伴う化膿性分泌物)で、安全性についても評価した。28日時までのVAP発症は、プラセボ群よりアミカシン群で少ない 2017年7月3日~2021年3月9日に、計850例が無作為化され、同意撤回の3例を除く847例(アミカシン群417例、プラセボ群430例)がITT解析対象集団となった。アミカシン群では337例(81%)、プラセボ群では355例(82%)が1日1回計3回の投与を完了した。 28日間のVAP発症は、アミカシン群62例(15%)、プラセボ群95例(22%)に認められ、VAP発症までの境界内平均生存期間(RMST)の群間差は1.5日(95%信頼区間[CI]:0.6~2.5、p=0.004)、侵襲的人工呼吸管理1,000日当たりのVAP初回エピソード発生頻度はアミカシン群16、プラセボ群23(発生率比:0.68、95%CI:0.49~0.94)であった。 感染に関連した人工呼吸器関連合併症は、アミカシン群74例(18%)、プラセボ群111例(26%)に発生した(ハザード比:0.66、95%CI:0.50~0.89)。 試験に関連した重篤な副作用は、アミカシン群で7例(1.7%)、プラセボ群で4例(0.9%)に認められた。

287.

進行/転移TN乳がん1次治療でのDato-DXd+デュルバルマブ、11.7ヵ月時点で奏効率79%(BEGONIA)/ESMO2023

 進行/転移トリプルネガティブ乳がん(TNBC)の1次治療として、抗TROP2抗体薬物複合体datopotamab deruxtecan(Dato-DXd)と抗PD-L1抗体デュルバルマブの併用を検討するBEGONIA試験のArm7では、追跡期間中央値7.2ヵ月で74%の奏効率(ORR)が得られている。今回、追跡期間中央値11.7ヵ月の解析でORRが79%であったことを、英国・Barts Cancer Institute, Queen Mary University of LondonのPeter Schmid氏が欧州臨床腫瘍学会(ESMO Congress 2023)で報告した。 BEGONIA試験は、進行/転移TNBCの1次治療として、デュルバルマブと他の薬剤との併用による新たな治療を検討するために、2つのPartで構成された第Ib/II相試験である。・対象:StageIVに対する治療歴のない切除不能な進行/転移TN乳がん・方法:Dato-DXd 6mg/kg+デュルバルマブ1,120mg(3週ごと、静脈内投与)を病勢進行もしくは許容できない毒性発現まで投与・評価項目:[主要評価項目]安全性、忍容性[副次評価項目]ORR、奏効期間(DOR)、無増悪生存期間(PFS)、全生存期間 主な結果は以下のとおり。・2023年2月2日のデータカットオフ時点で、Dato-DXd+デュルバルマブの治療を受けた62例中29例(47%)が治療継続中で、追跡期間中央値は11.7ヵ月(範囲:2~20ヵ月)であった。ベースライン時の年齢中央値は53歳、60%に内臓転移があり、PD-L1低値が87%であった。・ORRは79%(95%信頼区間[CI]:66.8~88.3)で、完全奏効6例、部分奏効43例だった。抗腫瘍効果はPD-L1レベルにかかわらず認められた。・DOR中央値は15.5ヵ月(95%CI:9.92~NC)、PFS中央値は13.8ヵ月(同:11.0~NC)であった。・最も多くみられた有害事象(AE)は消化管系で概してGradeは低かった。・Dato-DXd減量の原因となるAEは口内炎(65%)が最も多かった。・治療関連間質性肺疾患/肺炎が3例(5%)に発現した(Grade2が2例、Grade1が1例)。・下痢(13%)、好中球減少症(5%)の発現率は低かった。 Schmid氏は「進行/転移TNBCの1次治療におけるDato-DXdとデュルバルマブの併用は、追跡期間中央値11.7ヵ月時点で、PD-L1発現にかかわらず引き続き強固で持続的な奏効を示した。新たな安全性シグナルはみられず、管理可能な安全性プロファイルを示した」と結論した。現在、PD-L1高値集団を対象としたArm8(Dato-DXd+デュルバルマブ)の登録を行っている。

288.

adagrasib+ペムブロリズマブがKRAS G12C変異陽性NSCLCに対して有望な結果(KRYSTAL-7)/ESMO2023

 adagrasibは、半減期が長く(23時間)、用量依存的な薬物動態を示し、中枢神経系への移行性を有するKRAS G12C阻害薬である。また、肝臓やその他の臓器部位に対するoff-target作用も少ないと考えられている。KRAS G12C変異を有する進行・転移非小細胞肺がん(NSCLC)患者を対象に、adagrasibとペムブロリズマブの併用療法を検討したKRYSTAL-7試験が実施され、PD-L1高発現(TPS 50%以上)の患者において有望な結果が示された。本結果は、米国・シカゴ大学メディカルセンターのMarina Garassino氏が欧州臨床腫瘍学会(ESMO Congress 2023)で報告した。adagrasibの併用療法はPD-L1高発現のNSCLC患者に有望な有効性試験デザイン:海外第II相試験対象:未治療のKRAS G12C変異を有する進行・転移NSCLC患者148例試験群:adagrasib(400mg、1日2回)+ペムブロリズマブ(200mg、3週ごと)評価項目:[主要評価項目]治験担当医師評価に基づく奏効率(ORR)[副次評価項目]奏効期間(DOR)、治験担当医師評価に基づく無増悪生存期間(PFS)、安全性など本発表では、PD-L1高発現(TPS 50%以上)の患者51例における有効性と治療を受けた全患者148例の安全性のデータが報告された。 adagrasibとペムブロリズマブの併用療法を検討したKRYSTAL-7試験の主な結果は以下のとおり。・対象患者の年齢中央値は67歳、女性が48%であり、追跡期間中央値は8.7ヵ月であった(PD-L1高発現の患者の追跡期間中央値は10.1ヵ月)。・PD-L1高発現の患者におけるORRは63%(CR:1例、PR:31例)、病勢コントロール率は84%であった。・奏効までの期間中央値は1.4ヵ月、DOR中央値は未到達(95%信頼区間[CI]:12.6~推定不能)であった。・PFS中央値は未到達(95%CI:8.2~推定不能)であり、1年PFS率は60.8%であった。・全患者における主な治療関連有害事象(40例以上に発現)は、悪心(34.5%)、下痢(29.7%)であった。・全Gradeの免疫関連有害事象(irAE)は18%、Grade3以上のirAEは5%に認められた。・Grade5の治療関連有害事象が2例(1%)に認められ、内訳は肺臓炎、肺炎であった。・adagrasibとペムブロリズマブの両剤の中止に至った治療関連有害事象は4%に認められた(adagrasibのみ中止:6%、ペムブロリズマブのみ中止:11%)。・ALT/AST上昇やその他の肝関連の治療関連有害事象により両剤の中止に至った患者はいなかった。 本結果について、Garassino氏は「adagrasibとペムブロリズマブの併用療法は、PD-L1高発現のNSCLC患者における有望な有効性、管理可能な安全性プロファイルを示した。PD-L1高発現の患者におけるORRは63%であり、ペムブロリズマブ単剤によって得られると予測されるORR(39~45%)よりも良好であった。これらの結果は、未治療のKRAS G12C変異を有するPD-L1 TPS 50%以上の進行・転移NSCLC患者を対象として、adagrasibとペムブロリズマブの併用療法とペムブロリズマブ単剤療法を比較する第III相試験の開始を支持するものである」とまとめた。

289.

アファチニブがUncommon EGFR変異陽性NSCLCのPFS改善(ACHILLES/TORG1834)/ESMO2023

 EGFR遺伝子変異は多様であり、多くのuncommon変異やcompound変異(EGFRチロシンキナーゼ部位に複数の変異を有する)が存在する。これらの多様な変異に対して、EGFRチロシンキナーゼ阻害薬(EGFR-TKI)が有効性を示す可能性を示唆する報告はあるが、結論は得られていない。そこで、EGFR-TKIの活性が低いとされるexon20挿入変異やT790M変異を除くuncommon変異をsensitizing uncommon変異と定義し、EGFR遺伝子にsensitizing uncommon変異を有する非小細胞肺がん(NSCLC)患者を対象として、アファチニブと化学療法を比較する第III相試験(ACHILLES/TORG1834試験)が実施された。その結果、アファチニブは化学療法と比較して無増悪生存期間(PFS)を改善した。本結果は、新潟県立がんセンター新潟病院の三浦 理氏によって欧州臨床腫瘍学会(ESMO Congress 2023)で発表された。アファチニブがACHILLES/TORG1834試験でPFSを有意に改善試験デザイン:国内第III相非盲検無作為化比較試験対象:未治療のsensitizing uncommon EGFR遺伝子変異(exon20挿入変異、de novo T790M変異を除くuncommon/compound変異)を有する進行・再発の非扁平上皮NSCLC患者109例試験群:アファチニブ(1日30mgまたは40mg)を病勢進行まで (アファチニブ群:73例)対照群:プラチナ製剤(シスプラチン[75mg/m2]またはカルボプラチンAUC5または6)+ペメトレキセド(500mg/m2)を3週ごとに4サイクル→ペメトレキセドを3週ごとに病勢進行まで(化学療法群:36例)評価項目:[主要評価項目]治験医師評価に基づくPFS[副次評価項目]奏効率(ORR)、病勢コントロール率(DCR)、全生存期間(OS)、安全性などデータカットオフ日:2023年2月28日 アファチニブと化学療法を比較したACHILLES/TORG1834試験の主な結果は以下のとおり。・対象の半数以上が主要なuncommon変異を有し、G719X変異単独が39.4%(43/109例)、L861Q変異単独が18.3%(20/109例)であった。compound変異は31.2%(34/109例)に認められ、uncommon/uncommon変異が22.0%(24/109例)、common(L858Rまたはexon19欠失変異)/uncommon変異が9.2%(10/109例)であった。・追跡期間中央値は12.5ヵ月であった。・PFS中央値は化学療法群が5.7ヵ月であったのに対し、アファチニブ群は10.6ヵ月であり、アファチニブ群が有意に改善した(ハザード比[HR]:0.422、95%信頼区間[CI]:0.256~0.694、p=0.0007、有意水準α=0.0304)。・以上の結果から、データ安全性モニタリング委員会はACHILLES/TORG1834試験の早期中止を勧告した。・ORRは化学療法群が47.1%(PR:16例)であったのに対し、アファチニブ群は61.4%(CR:2例、PR:41例)であったが両群間に有意差は認められなかった(p=0.2069)。・DCRは化学療法群82.4%、アファチニブ群82.9%であった。・Grade3以上の有害事象は化学療法群37.1%、アファチニブ群43.8%に発現した。アファチニブ群の主な有害事象(50%以上に発現)は、下痢(82.2%)、爪囲炎、発疹、粘膜炎(いずれも58.9%)であった。アファチニブ群において肺炎による治療関連死が1例認められた。 三浦氏は「本試験によって、未治療のsensitizing uncommon EGFR遺伝子変異を有する非扁平上皮NSCLC患者において、アファチニブが標準治療となることが示された。今後はOSのデータや変異の種類による治療への反応性、病勢進行後の治療状況などを明らかにする予定である」とまとめた。

290.

第183回 肺炎球菌ワクチン、接種率向上のため専門家が政府に訴えていること

新型コロナウイルス感染症(以下、新型コロナ)に対するオミクロン株XBB.1.5対応ワクチンの接種が9月20日に開始され、1ヵ月超が経過した。首相官邸のHPで公開されている接種率は、10月17日時点で5.8%、65歳以上の高齢者のみで見ると15.2%。数字だけを見ればあまり高くないが、自治体のサイトでは予約に難渋する。もう90歳近い実家の両親も「11月上旬まで予約が入らなかった」とぼやいていた。その意味では今はそれほど高くない接種率も徐々に上昇してくるだろうと考えられる。一方、この時期からすでにインフルエンザも流行し、こちらのワクチンもなかなか予約が取りづらいという。そして今後のことを考えると、とくに65歳以上の高齢者では小児並みと言えばやや大げさになるが、ワクチン接種スケジュールが複雑になってくる可能性がある。まず、現在の新型コロナワクチンは、定期接種化に向けた議論がすでに始まっているが、高齢者については定期接種になる可能性が高い。また、先日、60歳以上の高齢者を対象としたRSウイルスワクチンが承認されたばかり。これも当然ながら今後は定期接種化が視野に入ってくるはずだ。つまり将来的に高齢者では既存の定期接種であるインフルエンザワクチンと肺炎球菌ワクチンにこれらも加えた4種類のワクチン接種が将来的に求められることを視野に入れておかねばならない。この中で比較的地味な存在が肺炎球菌ワクチンである。ここでは釈迦に説法だが、肺炎球菌は市中の細菌性肺炎の最大の起炎菌で血清型は約100種類、うち病原性がとりわけ高いのは主に8種類。肺炎球菌に感染すると、肺炎を発症するに留まらず、髄液や血液から肺炎球菌が検出される髄膜炎や菌血症を起こした侵襲性肺炎球菌感染症(IPD)に至れば、死亡リスクが上昇する。IPDは感染症法上5類に分類されているが、全数把握対象となっており、国立感染症研究所感染症疫学センターによる2017年の感染症発生動向の集計では致命率は6.08%。成人(そのほとんどが高齢者)ではこれが19%との報告もある。新型コロナの最新の致命率が60代以下では0.1%未満、最も高い90代以上でも2.60%という現実を考えれば、明らかにIPDはよりタチが悪いとも言うことができるだろう。前述の同センターのデータでは、国内全体の人口10万人当たりのIPD報告数は2.467人だが、5歳未満の小児では9.369人、65歳以上の高齢者では5.341人と、この2つの年齢層で極端に高くなる。このため日本での肺炎球菌ワクチン接種は、2013年4月から生後2ヵ月以上5歳未満の小児(最大接種回数4回)、2014年10月から65歳の高齢者、60~64歳で基礎疾患がある人(接種回数1回)を対象に定期接種がスタートした。このうち65歳超の高齢者については、同年以降、経過措置として毎年70~100歳までの5歳刻みの年齢になる人を定期接種の対象者に加え、現在まで継続している。当初、小児への使用ワクチンは、7種類の血清型に対応した沈降7価肺炎球菌結合型ワクチン(PCV7、商品名:プレベナー7)が用いられたが、その7ヵ月後には沈降13価肺炎球菌結合型ワクチン(PCV13、商品名:プレベナー13)に切り替わり、高齢者では23種類の血清型に対応した23価肺炎球菌莢膜多糖体ワクチン(PPSV23、商品名:ニューモバックスNP)が用いられている。このほかには定期接種には用いられていないものの、沈降15価肺炎球菌結合型ワクチン(PCV15、商品名:バクニュバンス)がある。ちなみにワクチンマニアを自称する私の場合、任意接種でPCV13を接種済みである。しかし、とりわけ高齢者での接種率は芳しくない。2019~21年の接種率は13.7~15.8%。もっともこの接種率は、分母となる推計対象人口から過去に接種済みの人を除いていないため、実際の接種率よりは低めの数字と言われている。しかし、現実の接種率がこの2倍だとしても、高齢者のインフルエンザワクチン接種率50%超と比べて明らかに見劣りする。さらに付け加えれば、2022年度から接種勧奨が再開されたヒトパピローマウイルス(HPV)ワクチンは、その前年の2021年度の3回目接種の接種率ですら26.2%。つまり肺炎球菌ワクチンの接種率は、HPVワクチン並みに低いのが現状である。実際、定期接種開始時に定められた前述の高齢者向けの経過措置は当初5年間限定の予定だったが、2018年10月の厚生科学審議会の予防接種・ワクチン分科会予防接種基本方針部会で、低接種率に対する懸念が寄せられ、2019年からさらに経過措置を5年間延長することが決定した。まさに現在の2023年度は延長された経過措置の最終年度に当たるが、それでもなお接種率が十分とは言えない。専門家が考える2つの理由東邦大学医学部微生物・感染症学講座教授の舘田 一博氏は、低接種率の要因の1つとして接種対象者の仕組みが複雑であることを挙げる。「高齢者を対象にした肺炎球菌ワクチンの定期接種は、公的補助が生涯1回のみにもかかわらず、毎年65歳以上を起点に、70歳、75歳など5歳刻みの人が公費補助対象となるのは一般的には非常にわかりにくい。1回通知が来たくらいでは忘れる人もいるだろうし、それを逃すと次は5年後になると、高齢者では接種機会を事実上失ってしまうことにもなりかねない」この5年刻みという制度は、(1)肺炎球菌ワクチンの抗体価持続期間が5年前後(2)行政上の予算支出の最小化、が理由と言われる。このほかに低接種率の要因と考えられるのが法的位置付けだ。予防接種法で定める定期接種は、集団免疫獲得を念頭に法的な接種努力義務、自治体の勧奨、全額公費負担があるA類疾病、個人的な予防を重視し、接種の努力義務と自治体の勧奨(自治体によって行っている場合もあり)がなく、費用が一部公費補助のB類疾病がある。肺炎球菌ワクチンは後者で公的関与・支援が薄い。B類にはインフルエンザもあるが、こちらの場合は毎年流行する特性ゆえにメディアでの報道も含めて接種の呼びかけがあり、接種者の自己負担額は政令指定都市20都市でみると、おおむね1,500円前後(最低は京都市の75歳以上限定の1,000円、最高は横浜市、川崎市の2,300円)。これに対し、肺炎球菌はインフルエンザほど一般人には知られておらず、接種者の自己負担額も4,500円前後とインフルエンザワクチンの約3倍(最低は横浜市の3,000円、最高は仙台市の5,000円)。その意味で疾患・ワクチンの知名度と経済的負担で不利である。こうしたことを踏まえて日本感染症学会などの23学術団体で構成される予防接種推進専門協議会は2022年9月に厚生労働省健康局長宛に高齢者での肺炎球菌ワクチン接種に関して、努力義務や接種勧奨の要件を再検討するよう要望書を提出している。舘田氏は「これまで5歳刻みの接種対象者で10年実施しても接種率が十分とは言えない現状を鑑みれば、今後、経過措置を延長するとしても65歳以上の任意の時期に1回接種可能など、制度運営に柔軟性を持たせたほうが接種率向上につながりやすいだろう」との見解を示す。これらはいわば一般生活者目線で考えた低接種率の要因だが、医療従事者から見ても接種対象者が5年刻みはやや複雑である。さらに医師側からすると市販の肺炎球菌ワクチンが3種類ありながら、高齢者の定期接種での使用はPPSV23のみという点はわかりやすい反面、これまた柔軟性に欠けるとの指摘もある。たとえば高齢者よりも小児の受診者が多い開業医などではPCV13で在庫を統一できれば効率的だが、現状ではそうはいかない。結果として、これも低接種率に拍車をかけているとの声もある。この使用ワクチンの違いは、PPSV、PCVそれぞれの長所短所に起因している。現状のPPSVはPCVよりも対応血清型が多いが、免疫原性で見ると逆にPPSVよりもPCVのほうが高い。このため免疫細胞が未熟な小児では、PPSVで十分な免疫応答が得られず、PCVが用いられているという事情がある。さらに海外の高齢者向け肺炎球菌ワクチン接種プログラムでは、アメリカやイタリアのように最初にPCV13接種で高い抗体価を獲得後にPPSV23接種で広範囲な血清型に対する抗体を獲得する連続接種が推奨されている事例もある(このうちアメリカは連続接種の代替として日本未承認の20価PCVの接種も推奨)。この点について舘田氏は次のように語る。「PPSV23は対応血清型以外にも使用経験が長く、より安全性が確保されている利点はある。とはいえPCV13やPCV15でもIPDリスクが高い血清型は十分にカバーされ、両ワクチンに共通する血清型に対する抗体価はPCVのほうがやや高く、PCVはPPSVにはない免疫記憶効果もある。ただし、一部の国のように両者の連続接種を行えば、接種体制が複雑になる。これらを考慮すれば、高齢者の肺炎球菌ワクチンの定期接種では、まずは接種率の上昇を目標に、3種類のどれかを接種すれば良いとする運用のほうが妥当ではないか」冒頭で触れたように、今後、高齢者で使用できるワクチンの種類の増加は必至の情勢だ。前述したようにRSウイルスワクチンだけではなく、昨今は新たに使えるようになった帯状疱疹ワクチンに対する啓蒙も盛んに行われ、接種希望者に独自の助成をしている自治体もある。さらに新型コロナワクチンで利用されたメッセンジャーRNA技術の実用化で、これを利用した新たなワクチンの開発競争も激化してくる。舘田氏は「(製薬企業の)ビジネスの観点に単純に流されるのではなく、公衆衛生と公的予算の枠内でのコストパフォーマンスを念頭に、より厳密にどのワクチンが必要かつ優先されるか、という位置付けを国、学会、企業が真剣に考える時期が到来している」と語っている。その意味では、こと肺炎球菌ワクチンに関しては、行政上のコストパフォーマンスに基づく現状の接種体制が接種率向上の最大の阻害要因と言えるかもしれない。

291.

ER+/HER2-乳がんの術前ニボルマブ、pCRを有意に改善(CheckMate 7FL)/ESMO2023

 高リスクのER陽性(+)/HER2陰性(-)早期乳がん患者を対象とした第III相CheckMate 7FL試験の結果、術前化学療法および術後内分泌療法にニボルマブを上乗せすることで、病理学的完全奏効(pCR)率が有意に改善し、さらにPD-L1陽性集団ではより良好であったことを、オーストラリア・Peter MacCallum Cancer CentreのSherene Loi氏が欧州臨床腫瘍学会(ESMO Congress 2023)で報告した。・対象:ER+/HER2-、T1c~2 cN1~2またはT3~4 cN0~2、Grade2(かつER 1~10%)またはGrade3(かつER≧1%)の新たに診断された乳がん患者 510例・試験群(ニボルマブ群):ニボルマブ(3週ごと)+パクリタキセル(毎週)→ニボルマブ+AC療法(隔週または3週ごと)→手術→ニボルマブ(4週ごと)+内分泌療法 257例・対照群(プラセボ群):プラセボ+パクリタキセル→プラセボ+AC療法→手術→プラセボ+内分泌療法 253例・評価項目:[主要評価項目]pCR(ypT0/is ypN0)[副次評価項目]PD-L1陽性集団のpCR、全体およびPD-L1陽性集団の腫瘍残存率(RCB)、安全性・層別化因子:PD-L1発現状況、Grade、腋窩リンパ節転移、AC療法の投与スケジュール 2022年4月に主要評価項目は修正ITT集団のpCR率のみに修正され、PD-L1陽性集団のpCR率は副次評価項目となった。今回がCheckMate 7FL試験結果の初報告で、全体およびPD-L1陽性集団のpCRとRCBが報告された。 主な結果は以下のとおり。・ニボルマブ群およびプラセボ群の年齢中央値は50歳/51歳、Grade3が98%/99%以上、StageIII期が46%/42%、PD-L1 IC≧1%が34%/33%、腋窩リンパ節転移陽性が80%/79%で、両群でバランスがとれていた。・修正ITT集団全体のpCR率は、ニボルマブ群24.5%、プラセボ群13.8%で、ニボルマブ群が有意に高かった(調整差10.5%[95%信頼区間[CI]:4.0~16.9]、オッズ比[OR]:2.05、p=0.0021)。・PD-L1陽性集団におけるpCR率は、ニボルマブ群44.3%、プラセボ群20.2%(調整差:24.1%[95%CI:10.7~37.5]、OR:3.11)であった。なお、PD-L1陰性集団では14.2%/10.7%であった。・リンパ節転移の有無、Stage、年齢、AC療法の治療スケジュールにかかわらずニボルマブ群のほうがpCR率は良好であった。・全体におけるRCB 0~1の割合は、ニボルマブ群30.7%、プラセボ群21.3%(調整差:9.2%[95%CI:2.0~16.5]、OR:1.65)であった。・PD-L1陽性集団におけるRCB 0~1の割合は、ニボルマブ群54.5%、プラセボ群26.2%(調整差:28.5%[95%CI:14.6~42.4]、OR:3.49)であった。・Grade3以上の治療関連有害事象は、ニボルマブ群35%、プラセボ群32%に発現し、安全性プロファイルは既報と一致していた。免疫介在性有害事象はニボルマブ群のほうが多かった。ニボルマブ群では死亡が2例(肺炎、肝炎)認められた。 これらの結果より、Loi氏は「高リスクのER+/HER2-早期乳がん患者の術前化学療法にニボルマブを追加することで、pCRは10.5%改善するとともにRCB 0~1率も9.2%改善した。この恩恵はPD-L1陽性集団でより大きかった。安全性プロファイルはこれまでと同様で、新たな有害事象は報告されなかった」としたうえで「バイオマーカーに関する追加データは今後の学会で発表する予定である」とまとめた。

292.

味覚障害に耐えられない症例に対する処方は注意せよ(解説:田中希宇人氏/山口佳寿博氏)

 ゲーファピキサント(商品名:リフヌア)は、選択的P2X3受容体拮抗薬である。P2X3受容体は気道に分布する迷走神経のC線維と呼ばれる求心性神経線維末端にあるATP依存性イオンチャネルである。C線維は炎症や化学物質に反応して活性化される。ATPは炎症により気道粘膜から放出され、シグナル伝達を介して咳嗽反応を惹起させる。ゲーファピキサントはP2X3受容体を介したATPシグナル伝達を遮断することにより、感覚神経の活性化や咳嗽の抑制効果が期待されている薬剤である。現在、慢性咳嗽の原因となりうる病歴・職業歴・環境要因・検査結果などを踏まえた包括的な診断に基づく十分な治療を行っても咳嗽が続く場合、いわゆる難治性の慢性咳嗽に適応となっている。実臨床下では、慢性咳嗽の症例に一般的な鎮咳薬や気管支拡張薬、吸入ステロイド薬が適切に使用されても改善が得られない場合に処方を検討する薬剤となっている。 2005年に亀井らにより咳嗽にP2X3が関与していることが示唆(Kamei J, et al. Eur J Pharmacol. 2005;528:158-161.)されて以来、ゲーファピキサントの開発が進んできた。国際共同第III相試験である「COUGH-1試験」では、治療抵抗性あるいは原因不明の慢性咳嗽症例732例を対象に、ゲーファピキサント15mg 1日2回群、45mg 1日2回群、プラセボの3群が比較検討された(McGarvey LP, et al. Lancet. 2022;399:909-923.)。主要評価項目としては有効性として12週での24時間当たりの咳嗽頻度が評価された。732例のうち、気管支喘息は40.7%、胃食道逆流症が40.5%、アレルギー性鼻炎が19.7%含まれた。主要評価項目である咳嗽頻度はゲーファピキサント45mg群でベースラインに1時間当たり28.5回認めていたものが、12週時点で14.4回に減少。プラセボ群に対する相対減少率も-18.45%と有意差をもって咳嗽頻度を改善したとされた。また24週時点でも評価された「COUGH-2試験」でも同様の結果が示された。 今回取り上げたKum氏らのCOUGH-1, 2試験を含むメタ解析でも、ゲーファピキサント45mg群はプラセボ群と比較し、覚醒時の咳嗽頻度を17.6%減少させ、咳嗽の重症度や咳嗽に起因するQOLも、わずかではあるが改善させるとの結果であった。実臨床においても、呼吸器内科医が詳細に問診をとり、診察を行い、各医療機関でできる検査を組み合わせて適切な診断や治療を行っても残ってしまう難治性咳嗽の症例は時々見掛けることがある。そのような症例に対し、奥の手としてゲーファピキサントが選択されることがある。ただ、もちろん他の治療や環境因子に介入しても改善しなかったしつこい咳嗽に対する処方なので、他の鎮咳薬などの治療選択肢と比べて劇的な効果への期待は難しいことが多い。COUGH-1, 2試験では「治療抵抗性あるいは原因不明の慢性咳嗽症例」が含まれているが、ゲーファピキサントがより効果的な症例は喘息なのか、COPDなのか、間質性肺炎なのか、はたまた他の慢性咳嗽の原因となりうる疾患なのか、そのあたりが今後の臨床試験で明らかになると、ゲーファピキサントの立ち位置がよりはっきりしてくるのだろう。 またCOUGH-1, 2試験の併合解析でも指摘されているが、味覚に関する有害事象が高いことが知られている。ゲーファピキサントの承認時資料によると、味覚に関連する有害事象の発現時期としては、中央値で2.0日、1週間以内に52.7%の方が味覚に関する異常を訴えるとされている。さらに気になるところは、有害事象の平均持続期間が200日以上と想像以上に長いことも指摘されている。Kum氏らの報告でも味覚関連有害事象が100人当たり32人増加するとされ、効果に比べて有害事象の懸念が考えられた。 ゲーファピキサントはあくまで症状に対する対症療法に位置付けられる薬剤であり、原疾患に対する薬剤ではない。実際の現場において、内科の短い診療時間で味覚に対するきめ細やかな対応は困難であることが予想されるため、できれば歯科/口腔外科や、看護スタッフ、薬剤師、栄養士などの介入があるとよいだろう。味覚に関する有害事象で困るようであれば、1日1回に減量する、一定期間薬剤を中止するなどの対応も必要となる。承認時資料によると、通常用量の1/3量のゲーファピキサント15mgでは味覚障害の有害事象の頻度は17.5%と報告されているので、投与量の減量は有効な手段の1つと考えられる。また、有害事象を起こしやすい、あるいは起こしにくい患者背景がわかると、処方を勧める1つのきっかけになると考える。 実臨床では、慢性咳嗽で一般的な治療で難治と考えられる症例に、ゲーファピキサントが考慮される。エビデンスのない領域であるが、肥満が問題となっている喘息症例で適切な治療を行っても咳嗽が残ってしまう症例に対し、ゲーファピキサントで咳嗽が抑えられ、食欲も制限されたら、もしかしたら喘息のコントロールも改善するかもしれない。ただし、味覚に関連する有害事象の発現で致命的になりうるような悪液質状態の肺がん症例や、るい痩が進んできているCOPDや間質性肺炎に対する慢性咳嗽に対しては、安易に処方することのないようにされたい。

293.

血管内/外溶血を抑制する発作性夜間ヘモグロビン尿症薬「エムパベリ皮下注1080mg」【最新!DI情報】第2回

血管内/外溶血を抑制する発作性夜間ヘモグロビン尿症薬「エムパベリ皮下注1080mg」今回は、補体(C3)阻害薬「ペグセタコプラン(商品名:エムパベリ皮下注1080mg、製造販売元:Swedish Orphan Biovitrum Japan)」を紹介します。本剤は、発作性夜間ヘモグロビン尿症における世界初のC3阻害薬であり、血管内溶血および血管外溶血の抑制が期待されています。<効能・効果>発作性夜間ヘモグロビン尿症の適応で、2023年3月27日に製造販売承認を取得し、9月4日より販売されています。なお、本剤は、補体(C5)阻害薬による適切な治療を行っても、十分な効果が得られない場合に投与されます。<用法・用量>通常、成人には、ペグセタコプランとして1回1080mgを週2回皮下投与します。なお、十分な効果が得られない場合には、1回1080mgを3日に1回の間隔で皮下投与することができます。補体(C5)阻害薬から本剤に切り替える際は、補体(C5)阻害薬中止による溶血を抑えるため、本剤投与開始後4週間は補体(C5)阻害薬を併用します。<安全性>国際共同第III相試験(PEGASUS/APL2-302試験)の無作為化投与期間において多く認められた副作用は、注射部位紅斑14.6%、注射部位反応9.8%、注射部位硬結7.3%、注射部位腫脹7.3%などでした。なお、重大な副作用として、莢膜形成細菌による重篤な感染症(頻度不明)、髄膜炎菌感染症(頻度不明)、過敏症(2.5%)が設定されています。<患者さんへの指導例>1.この薬は、発作性夜間ヘモグロビン尿症に対して補体(C5)阻害薬による適切な治療を受けているにもかかわらず、効果が不十分な場合に投与される注射薬です。2.血管内の溶血を防ぐとともに、血管外の溶血も防ぎます。3.投与中および投与終了後2ヵ月は、「患者安全性カード」を常に携帯してください。4.主治医以外の医師の診察を受ける場合には「患者安全性カード」を掲示し、必ずこの薬を使用していることを医師および薬剤師に伝えてください。5.投与中に発熱や悪寒、頭痛など感染症を疑う症状が生じた場合は、たとえ軽度であっても主治医に連絡してください。<ここがポイント!>発作性夜間ヘモグロビン尿症(PNH)は溶血性貧血の一種であり、免疫機構の1つである補体によって赤血球が攻撃、破壊される病気です。現在のところ根本的な治療は造血幹細胞移植のみですが、補体(C5)阻害薬であるエクリズマブやラブリズマブによる治療を続けることで症状の進行を抑えることができます。しかし、補体(C5)阻害薬は効果が不十分となることがあり、また一部の患者では肝臓や脾臓などで溶血する「血管外溶血」がみられることがあります。本剤は、補体C3とC3bを特異的に阻害し、血管内溶血を防ぐとともにC5阻害薬で活性化されたC3bの血管外溶血も抑制することができます。エクリズマブ治療でHb値が10.5g/dL未満のPNH患者に対して、本剤を投与したときの有効性および安全性をエクリズマブ継続投与と比較した国際共同第III相試験(PEGASUS/APL2-302試験)において、主要評価項目である無作為化投与期間の16週時点のHb値のベースラインからの変化量は、本剤群は+2.37g/dL、エクリズマブ群は-1.47g/dL、群間差は3.84g/dL(95%信頼区間:2.33~5.34)であり、本剤はエクリズマブ群に比べてHb値を有意に改善しました。本剤は免疫系の一部を阻害するため、髄膜炎菌や肺炎球菌、インフルエンザ菌b型などによる重篤な感染症にかかる可能性が高まります。そのため、本剤を初めて使用する2週間前までに、これら3種のワクチンを接種する必要があります。なお、重篤な感染症を引き起こすリスクは投与終了後も数週間続くことがあるので、患者安全性カードを患者に携帯する必要があります。

294.

小細胞肺がん、アテゾリズマブ+化学療法の5年生存率(IMpower133/IMbrella A)

 進展型小細胞肺がん(ES-SCLC)に対するアテゾリズマブ+化学療法の1次治療による5年生存率は12%であると示された。 世界肺癌学会(WCLC2023)で、米国・ジョージタウン大学のStephen V. Liu氏らが発表した、第III相IMpower133試験と第IV相IMbrella A試験の統合解析で明らかになった。小細胞肺がんに対する免疫治療の長期生存データが示されたのは初めて。 既報では、化学療法単独治療によるES-SCLCの5年全生存(OS)率は約2%、OS中央値は約12ヵ月である1)。 IMbrella A試験は、オープンラベル非無作為化多施設長期観察試験。対象は、IMpower133試験におけるアテリズマブ+化学療法(カルボプラチン+エトポシド)群の中で、アテゾリズマブ継続または生存追跡が行われていた患者18例。 主な結果は以下のとおり。・患者の年齢中央値は60.5歳、65歳未満が77.8%であった。・アテゾリズマブ+化学療法群の観察期間中央値は59.4ヵ月であった。・IMpower133試験におけるOS中央値は、アテゾリズマブ+化学療法群12.3ヵ月、化学療法群10.3ヵ月であった。・IMbrella A試験におけるアテゾリズマブ+化学療法群の3年OS率は16%、5年OS率は12%であった。・IMbrella A試験でみられた重篤な有害事象は3例で下痢、肺炎、気胸であった。注目すべき有害事象(AE of special interest)として、Grade2の甲状腺機能低下症が1例発現している。 発表者は、アテゾリズマブ+化学療法のES-SCLCに対する5年の持続的な生存ベネフィットが示された、と述べている。

295.

第180回 宮城の病院でレジオネラ症集団感染、病院利用がない地域住民への感染はなぜ起こった?

入院患者、外来患者だけでなく病院利用が全くなかった地域住民にも感染広がるこんにちは。医療ジャーナリストの萬田 桃です。医師や医療機関に起こった、あるいは医師や医療機関が起こした事件や、医療現場のフシギな出来事などについて、あれやこれや書いていきたいと思います。日本のプロ野球は、オリックス・バファローズがパ・リーグ三連覇を決めました。阪神、オリックスがこのままの勢いで行けば、今年の日本シリーズは大阪と兵庫の球場だけで行われる関西シリーズになります。関東在住者としては少々寂しいです。一方、米国のMLBでは、藤浪 晋太郎投手が所属するボルチモア・オリオールズと、前田 健太投手が所属するミネソタ・ツインズが、それぞれアメリカン・リーグの東地区、中地区の優勝を決めました。シーズン後半になって持ち直してきた両投手のポストシーズンでの活躍に期待したいと思います。さて、今回は東北の地方都市にある民間病院で起こった、レジオネラ症の集団感染について書きます。7月に発覚したこの事件、その後の調査で、入院や外来など病院を利用した人の感染だけではなく、病院利用がまったくなかった地域住民にも感染が広がっていました。温泉入浴施設での集団感染事例が多いレジオネラ症ですが、どうして病院で起こったのでしょうか。また、どうして病院利用者以外にも広がってしまったのでしょうか…。一般病床80床、透析病床60床を有する地域の急性期病院宮城県は9月11日、県内の病院で、今年6~7月にかけて病院の利用者6人がレジオネラ症に感染し、80代と40代の男女2人が死亡した問題で、病院の利用歴のない近隣住民ら11人も感染していた、と発表しました。県は「病院の集団感染と関連があるとみられる」として、詳しい因果関係を調べているとのことです。宮城県の発表によると、ことの経緯は以下のようなものでした。6月下旬~7 月中旬、「感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律」(感染症法)に基づくレジオネラ症患者の届け出があった6人について、届け出を受理した大崎保健所が調査を行いました。その結果、同一医療機関を利用していたことが判明、健康被害拡大防止と重症化防止のため、7月19日に施設名の公表を行いました。集団感染を起こしたのは、宮城県大崎市の医療法人永仁会・永仁会病院です。一般病床80床、透析病床60床を有する地域の急性期病院で、Webサイトによれば、消化器、腎臓、糖尿病、乳腺疾患などを専門としています。その後、同病院の施設調査が行われ、空調設備(空調冷却塔2基の拭取検体)からレジオネラ属菌が検出。1基は安全とされる目安の97万倍、もう1基は68万倍の菌が検出されたとのことです。菌を含んだ水がエアロゾル状となり冷却塔外に舞い散る空調の冷却は冷却塔内のファンを回して行うため、菌を含んだ水がエアロゾル状となって冷却塔外に舞い散り、新型コロナ対策の換気で開放されていた病室の窓などから入り感染につながったとみられています。コロナ予防のための換気対策が逆にレジオネラ症の感染拡大につながったわけです。皮肉なものです。また、遺伝子検査により、6人の患者のうち4人の患者由来菌株と病院の空調冷却塔由来菌株との遺伝子パターンが一致したため、8月4日にはその事実も公表されました。県はこの事実に基づいて、近隣医療機関に対する注意喚起を行い、併せて同病院に対して、厚労省の「レジオネラ症を予防するために必要な措置に関する技術上の指針」1)に基づき指導を行いました。半径3km以内に住む住民も感染3回目となる9月11日の宮城県の発表では、さらなる感染拡大が明らかになりました。7月に公表された患者6人に加え、7月下旬にレジオネラ症患者の届け出があった1人についても同病院を利用していたことが判明、遺伝子検査でこの患者由来菌株と病院の空調冷却塔由来菌株の遺伝子パターンの一致が確認されました。ちなみに、計8人の患者の年齢は40〜90代、入院5人、通院3人でした。死亡したのは40代と80代の2人で、残り6人は入院加療により軽快したとのことです。この時の発表では意外な事実も明らかにされました。病院の利用歴がない近隣住民らの感染です。大崎保健所の管内では、同病院を利用していた患者8人とは別に、利用歴がない13人のレジオネラ症患者の届け出が出ていました。これは、大崎管内の例年のレジオネラ症発生状況と比較しても多い数字であったことに加え、13人のうち11人については、自宅や勤務先が同病院に近接(半径3km以内)している事実が判明、うち4人については患者由来菌株と同病院の空調冷却塔由来菌株の遺伝子パターンが一致していました。宮城県は、「当該医療機関の冷却塔が感染源であることは科学的に完全には証明できておりませんが、同種事案の再発防止や県民の健康を守る観点から、県内において冷却塔を有する施設管理者に対し注意喚起を行う」と発表しました。なお、永仁会病院は県の指導の下、7月23日に清掃業者が空調冷却塔2基の清掃と薬品による化学的洗浄を実施、8月以降はこの冷却塔との関連性が疑われるレジオネラ症患者の発生はないとのことです。温泉入浴施設での集団感染が多いレジオネラ症レジオネラ症は感染症法上の4類感染症に分類されており、全数報告対象です。よくニュースになるのは、温泉入浴施設などでの感染です。最近の大きな集団感染事例は、2017年3月に発生した広島県内の温泉入浴施設で起きたもので、入浴客の中から58人の患者が発生し、1人が死亡しています。なお、2002年7月に宮崎県内の温泉入浴施設で起きた集団感染では295人が感染し、7人が死亡しています。厚生労働省のWebサイトによれば、レジオネラ症は、レジオネラ・ニューモフィラ(Legionella pneumophila)を代表とするレジオネラ属菌による細菌感染症で、その病型は劇症型の肺炎と、肺炎は起こさない一過性のポンティアック熱があるとのことです。もともと土壌や水環境に普通に存在する菌ですが、エアロゾルを発生させる人工環境(ビル屋上に立つ空調冷却塔、ジャグジー、加湿器等)や循環水を利用した風呂などが菌の増殖を促し、感染機会を増やしているとされています。レジオネラ属菌で汚染されたエアロゾルを吸入すること等で感染し、潜伏期間は2~10日間、ヒトからヒトへ感染することはない、とされています。もっとも、菌に曝露しても誰もが発症するわけではなく、細胞性免疫能の低下した高齢者やがん患者、透析患者などで肺炎を発症しやすいとされています。今回の永仁会病院のケースも、病院屋上の空調冷却塔でレジオネラ属菌が増殖し、それを含んだエアロゾルが拡散、免疫の落ちた患者らが吸引し、感染したと考えられます。同病院は透析病床も多く抱えているので、そのあたりも感染拡大の一因かもしれません。病院の空調設備だけでなく給水設備も汚染源に調べてみると、院内感染によるレジオネラ症は決して珍しいことではなく、世界的にも問題になっているようです。原因は今回問題となった病院の空調設備だけでなく、給水設備も汚染源になり得るようです。たとえば、神奈川県衛生研究所の研究者らが、2015年に神奈川県内の3病院(200床以上)を対象に給水設備(病衣内の蛇口水及びシャワー水と、蛇口及びシャワーヘッドのスワブ)のレジオネラ属菌による汚染を遺伝子の検出と培養により調査した文献によれば、3病院でのレジオネラDNAの検出は水試料では6.7~93.8%、スワブ試料では0~7.1%、培養によるレジオネラ属菌の検出は水試料では26.7〜66.7%、スワブ試料では0~14.3%だったそうです。著者らはこの結果を踏まえ、「医療機関においては高リスクグループに配慮し、感染防止対策と給水設備の管理の徹底が必要である」と結んでいます2)。「藻が生えているのが目視で分かっても放置することがあった」と病院それにしても、病院利用者以外への感染はどう考えたらいいのでしょうか。宮城県はその後、調査結果を公表しておらず想像するしかありませんが、空調冷却塔からレジオネラ属菌で汚染されたエアロゾルが風などに乗って相当広範囲に飛んだのが原因だと考えられます。空調冷却塔は通常、気温が上がり始めた5~9月頃まで使用されます。同病院の場合、冷却塔の洗浄を十分にしないで今シーズンを迎えたのかもしれません。7月20日付の朝日新聞の報道等によれば、病院は「これまで、毎年1回換水し、冷房を使い終わる10月と、使い始める5月ごろに病院職員がデッキブラシなどで清掃していた」と説明し、「今年も5月に清掃した」とのことです。しかし、「冷却塔の動作確認を毎月する際、塔内に藻が生えているのが目視で分かっても放置することがあった」そうです。安全とされる目安の100万倍近い菌が棲み着いたエアロゾルが、風に乗って病院から半径3キロ内に飛び散っていたわけです。まさにモダンホラーです。これでは病院の近くにはおちおち住めませんね。駅弁で大騒動のセレウス菌も過去には医療機関で集団感染先週、青森県の駅弁メーカーの弁当で起きたセレウス菌による食中毒もそうですが、集団感染や院内感染は忘れた頃に突然起きます。医療機関以外での集団感染が一般的な感染症も、時として病院などで起こるので注意が必要です。ちなみに、セレウス菌については、病院のリネン類(外部に洗濯を依頼していた清拭タオルなど)を介した集団感染が時折起きています。大きく報道されたところでは、2006年の自治医科大学附属病院、2013年の国立がん研究センター中央病院の事例が有名です。いずれも死亡例が出ています。病院管理者の皆さん、病院が思わぬ菌の感染源とならないためにも、MRSA対策だけでなく、レジオネラ属菌やセレウス菌にも気を付けて下さい。参考1)レジオネラ症を予防するために必要な措置に関する技術上の指針/厚労省2)大屋日登美ほか.医療機関の給水設備におけるレジオネラ属菌の汚染実態.感染症誌.2018;92:678~685.

296.

高齢COVID-19患者の退院後の死亡および再入院のリスク(解説:小金丸博氏)

 今回、65歳以上の新型コロナウイルス感染症(COVID-19)患者の退院後の長期にわたる転帰を調査した米国の後ろ向きコホート研究の結果が、BMJ誌2023年8月9日号に報告された。高齢者におけるCOVID-19の急性期症状や短期的な転帰についてはよく研究されているが、長期的な転帰については十分判明していなかった。本研究ではインフルエンザの退院患者を対照群として選択し比較した。その結果、COVID-19患者の退院後の全死因死亡リスクは30日時点で10.9%、90日時点で15.5%、180日時点で19.1%であり、インフルエンザ患者と比較して高率だった。再入院のリスクは30日時点で16.0%、90日時点で24.1%でありインフルエンザ患者より高率だったが、180日時点では30.6%で同等だった。再入院は心肺機能の問題で入院することが多く、再入院時の初期診断としては敗血症(セプシス)、心不全、肺炎の順に多く認めた。 本研究では、COVID-19関連の入院後に退院した65歳以上の高齢者では、退院後180日以内の死亡リスクが過去のインフルエンザ対照群と比較して高いことが示された。インフルエンザの重症度は流行株による違いが大きいことが知られており、比較対象とするシーズンによって結果が異なることが予想されるものの、入院を要したCOVID-19が高齢患者に与えるダメージが大きいことは現場で感じる感覚と合致する。両群の死亡リスクの増加の違いは主に退院後30日以内の違いによって引き起こされているようであり、COVID-19のほうがより急性感染症として重篤であることや血栓塞栓症などの合併症を多く引き起こすことが理由として考えられる。 COVID-19関連の退院後の死亡リスクはパンデミックの過程で大幅に減少していた。抗ウイルス薬、ステロイドの投与といった有効な治療法の確立、重症化予防が期待できるワクチン接種など、治療や予防の進歩が寄与した可能性が高いと思われる。そのほか、コロナウイルスの変異に伴う毒性の変化も死亡リスク減少の理由として考えられる。 高齢者は高血圧や糖尿病など基礎疾患を有することが多く、COVID-19に罹患した場合、入院が必要となることも多い。入院中の急性期の治療はもちろん大切だが、高齢者では退院後の死亡率、再入院率が高いことを認識し、退院後も継続的に経過観察することが重要と考える。

297.

医師の役割が重要な高齢者の肺炎予防、ワクチンとマスクの徹底を/MSD

 新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の感染者数の増加や、インフルエンザの流行の継続が報告されているが、高齢者にとっては肺炎球菌による肺炎の予防も重要となる。そこで、これら3つの予防に関する啓発を目的として、MSDは2023年8月28日にメディアセミナーを実施した。国立病院機構東京病院 感染症科部長の永井 英明氏が「人生100年時代、いま改めて65歳以上が注意しておきたい肺炎対策-Life course immunizationの中での高齢者ワクチン戦略-」をテーマとして、高齢者の肺炎の特徴や原因、予防方法などについて解説した。肺炎は高齢者の大敵、肺炎による死亡の大半は高齢者 肺炎は日本人の死因の第5位を占める疾患である1)。65歳を超えると肺炎による死亡率は大きく増加し、肺炎による死亡者の97.9%は65歳以上と報告されている2)。そのため、肺炎は高齢者の大敵であり、とくに「慢性心疾患」「慢性呼吸器疾患」「腎不全」「肝機能障害」「糖尿病」を有する患者は肺炎などの感染症にかかりやすく、症状も重くなる傾向があると永井氏は指摘した。また、「高齢者の肺炎は気付きにくいという問題も存在する」と言う。肺炎の一般的な症状は発熱、咳、痰であるが、高齢者では「微熱程度で、熱があることに気付かない」「咳や痰などの呼吸器症状が乏しい」「元気がない、食欲がないという症状のみ」といった場合があるとし、「高齢者の健康状態については注意深く観察してほしい」と述べた。とくに肺炎球菌に注意が必要 肺炎の病原菌として最も多いものは肺炎球菌である3)。肺炎球菌の感染経路は飛沫感染とされる。主に小児や高齢者において侵襲性肺炎球菌感染症(IPD)を引き起こすことがあり、これが問題となる。IPDの予後は悪く、成人の22.1%が死亡し、8.7%に後遺症が残ったことが報告されている4)。 インフルエンザウイルス感染症も2次性細菌性肺炎を引き起こすため、注意が必要である5)。季節性インフルエンザ流行時に肺炎で入院した患者の原因菌として肺炎球菌が最も多いことが報告されている6)。肺炎予防の3本柱 肺炎を予防するために重要なこととして、永井氏は以下の3つを挙げた。(1)細菌やウイルスが体に入り込まないようにする当然ではあるが、マスク、手洗い、うがいが重要であり、とくにマスクが重要であると永井氏は強調する。「呼吸器感染症を抑制するためには、マスクが最も重要である。国立病院機構東京病院では『不織布マスクを着用して院内へ入ってください(布マスクやウレタンマスクは不可)』というメッセージのポスターを掲示している」と述べた。また、口腔ケアも大切であると指摘した。高齢者では誤嚥が問題となるが、「咳反射や嚥下反射が落ちることで不顕性誤嚥が生じ得るため、歯磨きなどで口腔内を清潔に保つことが重要である」と話した。(2)体の抵抗力を強める重要なものとして「規則正しい生活」「禁煙」「持病の治療」を挙げた。(3)予防接種を受ける肺炎球菌ワクチンやインフルエンザワクチン、新型コロナワクチンなどのワクチン接種が肺炎予防のベースにあると強調した。医師の役割が大きいワクチン接種 永井氏は、高齢者に推奨されるワクチンとして肺炎球菌ワクチン、インフルエンザワクチン、帯状疱疹ワクチン、新型コロナワクチンの4つを挙げた。「これらの4つの感染症は疾病負荷が大きく、社会に与えるインパクトが大きいため、高齢者に対して積極的にワクチン接種を行うことで、医療機関の負担の軽減や医療費削減につながると考えている」と述べる。しかし、健康に自信のある高齢者はワクチンを打ち控えているという現状があることを指摘した。そこで、医師の役割が重要となる。本邦の家庭医クリニックに通院中の65歳以上の患者を対象として、23価肺炎球菌ワクチン(PPSV23)の接種につながる因子を検討した研究では、PPSV23を知っていること(オッズ比[OR]:8.52、p=0.003)、PPSV23の有効性を認識していること(OR:4.10、p=0.023)、医師の推奨(OR:8.50、p<0.001)が接種につながることが報告されている7)。 また、COVID-19の流行後、永井氏は「コロナワクチンのほかに打つべきワクチンがありますか?」と患者から聞かれることがあったと言う。そこで、COVID-19の流行によって、ワクチン忌避が減ったのではないかと考え、ワクチン接種に対する意識の変化を調査した。COVID-19流行前に肺炎球菌ワクチン、インフルエンザワクチン、帯状疱疹ワクチンを打ったことがない人に、それぞれのワクチン接種の意向を調査した。その結果、新型コロナワクチン0~2回接種の人と比べて、3~4回接種した人はいずれのワクチンについても、接種を前向きに検討している割合が高かった(肺炎球菌ワクチン:27.3% vs.54.5%、p=0.009、インフルエンザワクチン:15.8% vs.62.0%、p<0.001、帯状疱疹ワクチン:18.8% vs.41.1%、p=0.001)。この結果から、「コロナワクチン接種はワクチン接種に対する意識を変えたと考えている」と述べた。 ワクチン接種について、永井氏は「肺炎球菌ワクチンは定期接種となったが、接種率が低く、接種率の向上が求められる。ワクチン接種の推進には、医療従事者の勧めが大きな力となる。コロナワクチン接種はワクチン接種に対する意識を変えた」とまとめた。■参考文献1)厚生労働省. 令和4年人口動態調査2)厚生労働省. 令和3年人口動態調査 死因(死因簡単分類)別にみた性・年齢(5歳階級)別死亡率(人口10万対)3)日本呼吸器学会成人肺炎診療ガイドライン2017作成委員会編集. 成人肺炎診療ガイドライン2017. 日本呼吸器学会;2017.p.10.4)厚生労働科学研究費補助金 新型インフルエンザ等新興・再興感染症研究事業「重症型のレンサ球菌・肺炎球菌感染症に対するサーベイランスの構築と病因解析 その診断・治療に関する研究」(2023年8月31日アクセス)5)Brundage JF. Lancet Infect Dis. 2006;6:303-312.6)石田 直. 化学療法の領域. 2004;20:129-135.7)Sakamoto A, et al. BMC Public Health. 2018;18:1172.

298.

新型コロナウイルスに伴う肺炎で入院した患者を対象に、標準治療に免疫調整薬を併用した効果(解説:寺田教彦氏)

 本研究は、2020年10月から2021年12月までに新型コロナウイルス肺炎で入院した患者に対して、標準治療に加えて、アバタセプト、cenicriviroc、あるいはインフリキシマブを追加した治療群とプラセボ群を比較した試験であり、和文要約は「コロナ肺炎からの回復、アバタセプトやインフリキシマブ追加で短縮せず/JAMA」にまとめられている。 本研究は、マスタープロトコルを使用したランダム化二重盲検プラセボ対照比較試験で、プライマリーエンドポイント(1次アウトカム)は新型コロナウイルス肺炎からの28日目までの回復期間(8段階の順序尺度を使用して評価)と設定されたが、標準治療にアバタセプト、cenicriviroc、あるいはインフリキシマブを追加してもプラセボ群に比較して短縮しなかった。しかし、本研究結果のうち、アバタセプトとインフリキシマブのセカンダリーエンドポイント(2次アウトカム)である28日死亡率および14日後の臨床状態は、統計的な有意差こそ認められなかったものの、プラセボに対しては良好な結果だった。 今回の試験結果は、1次アウトカムに対する効果を示せなかったが、2次アウトカムは良好そうに見える結果でもあり、単純にNegative studyと片付けてしまわずに、今回のような結果になった理由を考える必要はあるだろう。本論文のEDITORIAL(Kalil AC, et al. JAMA. 2023;330:321-322.)でも、この1次アウトカムと2次アウトカムのねじれに対する解釈を提案している。 さて、本研究結果ではアバタセプトとインフリキシマブのセカンダリーエンドポイントは良好に見えたと記載はしたものの、この結果のみでは実臨床で新型コロナウイルスに伴う肺炎患者に対する臨床プラクティスを変更するほどの影響はないと考える。 では、今後どのような研究結果が判明すれば臨床プラクティスを変更しうるかを考えてみる。まずアウトカムは、今回のセカンダリーアウトカムである28日死亡率の低下や14日後の臨床状態の改善を設定することがよいだろう。そして、本研究で有意差を示すことができなかった理由は、検出力が不足していた可能性が考えられる。本研究結果を参考に28日死亡率の低下、14日後の臨床状態の改善で有意差を示すことができる参加者人数を再計算して、臨床試験を実施し、アウトカムの改善を再現することができれば、臨床のプラクティスとして検討してもよさそうである。 ただし、2023年8月の本原稿執筆時点としては、わざわざそのような臨床試験を行うメリットは乏しいと考える。 理由を説明するうえで、新型コロナウイルス肺炎に対する免疫抑制薬・免疫調整薬の役割について振り返ってみようと思う。重症COVID-19患者では、肺障害および多臓器不全をもたらす全身性炎症反応が宿主免疫反応により発現するが、コルチコステロイドの抗炎症作用薬が有効であることがRECOVERY試験(RECOVERY Collaborative Group. N Engl J Med. 2021;384:693-704.)で示された。本邦でも中等症II以上の患者で、宿主免疫反応に対して、抗ウイルス薬のレムデシビルと共にデキサメタゾンやバリシチニブ(Kalil AC, et al. N Engl J Med. 2021;384:795-807., Wolfe CR, et al. Lancet Respir Med. 2022;10:888-899.)が用いられている。その後、ステロイド薬とトシリズマブの併用により全死亡率が低下する可能性も示唆され(RECOVERY Collaborative Group. Lancet. 2021;397:1637-1645., WHO Rapid Evidence Appraisal for COVID-19 Therapies (REACT) Working Group. JAMA. 2021;326:499-518.)、本邦の「COVID-19に対する薬物治療の考え方」や、米国国立衛生研究所(NIH:National Institutes of Health)の「COVID-19治療ガイドライン」でもデキサメタゾン、バリシチニブ、トシリズマブは治療薬の候補に記載されている。 中等症II以上の新型コロナウイルス肺炎に対する治療薬としては、上記のようにエビデンスのある薬剤がすでにあり、これらの薬剤の効果を上回ることが期待される薬剤でなければ、わざわざ費用をかけて臨床試験を行うメリットは乏しいだろう。 また、新型コロナウイルスの変異株の特徴とワクチン・抗ウイルス薬の効果についても考えてみる。 宿主免疫反応による肺炎による死亡者の増加は、主にデルタ株流行下以前で問題となることが多かった。現在の本邦における新型コロナウイルスの亜系統検出割合はEG.5.1を含めたXBB系統が上昇傾向であり、免疫回避の高いオミクロン株が主流である(国立感染症研究所感染症疫学センター. 新型コロナウイルス感染症サーベイランス週報: 発生動向の状況把握. 2023年第31週[2023年7月31日~2023年8月6日])。オミクロン株流行下でも、まれにデルタ株流行下のようなCOVID-19肺炎患者を診療する機会はあるが、頻度は低く、本研究の対象となったようなCOVID-19に対する宿主免疫反応が原因で中等症Ⅱ~重症となるような患者層は、適切なワクチン接種や抗ウイルス薬の投与が行われるならば、今後も臨床現場で診療する機会は以前よりは少なくなると考える。 以上より、本研究は、臨床診療を担当する立場からは本邦の新型コロナウイルス感染症治療に与える影響は乏しい試験と考えるが、臨床研究を担当する立場としては、パンデミック状況下で複数の治療候補薬がある際に、適切かつ効果的なランダム化プロセスとバイアスを最小限にする工夫をした試験であり、今後の臨床研究でも参考にすることができる研究デザインと考える。

299.

間質性肺疾患の急性増悪、ニンテダニブの新規投与は有効か?

 『特発性肺線維症の治療ガイドライン2023(改訂第2版)』では「特発性肺線維症(IPF)急性増悪患者に抗線維化薬を新たに投与することは推奨されるか?」というクリニカルクエスチョン(CQ)が設定されており、推奨は「IPF急性増悪患者に対して抗線維化薬を新たに投与しないことを提案する(推奨の強さ:2、エビデンスの強さ:D[非常に低])」となっている。このような推奨の理由として、抗線維化薬であるニンテダニブ、ピルフェニドンをIPF急性増悪時に新たに投与する場合の有効性が明らかになっていないことがある。とくにニンテダニブについては、後ろ向き研究を含めて症例報告以外に報告がない1)。そこで、順天堂大学医学部医学研究科の加藤 元康氏らの研究グループは、「間質性肺疾患(ILD)の急性増悪発症後にニンテダニブ投与が行われた症例のニンテダニブの有効性と安全性を確認する後方視的検討」という研究を実施した。その結果、ニンテダニブは90日死亡率と急性増悪の再発までの期間を改善した。本研究結果は、Scientific Reports誌オンライン版2023年8月2日号で報告された。 2014年4月~2022年3月にILDの急性増悪を発症した患者のうち、急性増悪前にニンテダニブが投与されていない33例を対象とした。対象を急性増悪後3~35日にニンテダニブによる治療を開始した11例(ニンテダニブ群)、急性増悪後にニンテダニブが投与されなかった22例(対照群)に分類し、急性増悪後の生存期間、90日死亡率、急性増悪の再発までの期間などを比較した。また、安全性も検討した。 主な結果は以下のとおり。・ニンテダニブ群は対照群と比較して、平均年齢が高かったが(ニンテダニブ群:80.54歳、対照群:73.59歳)、その他の患者背景に有意な違いはなかった。・IPFと診断されていた患者の割合は、ニンテダニブ群90.9%(10/11例)、対照群63.6%(14/22例)であった。・急性増悪後の生存期間中央値は、ニンテダニブ群213日に対して、対照群75日であった(ハザード比[HR]:0.349、p=0.090、一般化Wilcoxon検定)。・90日死亡率は、ニンテダニブ群36.36%、対照群54.44%であり、ニンテダニブ群が有意に改善した(HR:0.2256、p=0.048、一般化Wilcoxon検定)。・急性増悪の再発までの期間は、ニンテダニブ群が対照群と比較して有意に改善した(HR:0.142、p=0.016、一般化Wilcoxon検定)。・急性増悪後90日死亡の独立した危険因子は、PaO2(動脈血酸素分圧)/FiO2(吸入酸素濃度)比高値(オッズ比:0.989、95%信頼区間:0.974~0.997、p=0.009)、ニンテダニブ不使用(同:0.107、0.009~0.696、p=0.016)であった(ロジスティック回帰分析)。・ニンテダニブ群において、重篤な副作用やニンテダニブによる治療に関連する死亡は認められなかった。・ニンテダニブ群の主な副作用は下痢、悪心/食欲不振、肝機能障害であり、発現率はそれぞれ9.09%、9.09%、18.18%であった。 著者らは「例数の少ない後ろ向き研究であること」などを本研究の限界としてあげつつ、「ILDの急性増悪後の治療にニンテダニブを追加することで、重篤な副作用を伴わずに良好な臨床転帰が得られる可能性があるため、ニンテダニブはILDの急性増悪に対する有用な治療選択肢となりうる」とまとめた。

300.

第160回 医療機関の倒産が急増、とくに診療所に深刻な影響

<先週の動き>1.医療機関の倒産が急増、とくに診療所に深刻な影響2.来年の診療報酬改定に向け、高齢者の救急搬送問題などの議論開始/厚労省3.厳しい経営環境の中、大学病院で求められる働き方改革/文科省4.神戸の医師自殺、労災認定。遺族と病院、労働時間を巡り対立/兵庫5.電子カルテ情報の全国共有化へ、令和7年に法案提出を計画/政府6.YouTube、新型コロナワクチンについて誤った医療情報のコンテンツを削除へ1.医療機関の倒産が急増、とくに診療所に深刻な影響新型コロナウイルス感染症禍以降、医療機関の倒産が増加の一途を辿っていることが今回明らかになった。とくに診療所は競争が激化しており、今年前半は過去10年間で最速のペースでの倒産があり、今年は10年間で最多の倒産件数となる見込みである。帝国データバンクの調査によれば、診療所の経営者の平均年齢は68歳前後で、1代限りで廃業を考える経営者も増えており、地域によっては社会問題へと発展する可能性もある。コロナ禍で、政府の各種の支援策や返済のリスケジュールなどにより、倒産は一時的に減少したものの、2022年には早くも増加の傾向に転じている。とくに2023年は、医療法人社団心和会の倒産が注目され、その負債総額は132億円と過去3番目の大きさとなった。一方、医療用医薬品の販売会社の支店長は、「医療の多角化についていけない診療所が増えている」と指摘。また、「ゼロゼロ融資の返済が始まる中、患者が来ない医療機関には注意が必要」との声も上がっており、債権管理が今後の重要な焦点となる。これらの動向を受け、医療機関、とくに診療所の経営環境は今後も厳しさを増していくことが予想されている。参考1)2022年度の「診療所」倒産、過去最多の22件「コロナ関連」は減少、後継者難や不正発覚が増加(東京商工リサーチ)2)医療機関の倒産が再び増加 診療所、高齢化で厳しさ増す(日経産業新聞)2.来年の診療報酬改定に向け、高齢者の救急搬送問題などの議論開始/厚労省厚生労働省は、8月10日に中央社会保険審議会の「入院・外来医療等の調査・評価分科会」を開催、急性期入院医療について具体的な検討を開始した。この中で、一般病棟用の重症度、医療・看護必要度について、2022年度の診療報酬改定で「心電図モニタ管理」が削除されたため、多くの病院での看護必要度の低下に対して、「注射薬剤3種類」を増加させることで影響は相殺していた。厚労省はこのような病院側の対応について、看護必要度の適正化を求めている。また、高齢者の誤嚥性肺炎や尿路感染症の患者は、医療資源投入量が高くないにも関わらず、救急搬送後の入院後5日間は、看護必要度のA項目2点が追加されるため、入院単価の高い急性期一般1の病床へ高齢者の救急搬送を促進している可能性を指摘されるなど、今後、さらに議論を重ね、看護必要度について改善案についての検討が進むとみられる。参考1)令和5年度 第5回 入院・外来医療等の調査・評価分科会(厚労省)2)看護必要度が「高齢の誤嚥性肺炎等患者の急性期一般1への救急搬送」を促している可能性-入院・外来医療分科会(Gem Med)3)看護必要度また見直しへ、24年度に入院の機能分化促進(CB news)3.厳しい経営環境の中、大学病院で求められる働き方改革/文科省文部科学省は、8月16日に「今後の医学教育の在り方に関する検討会」を開催し、大学病院に対して、大学病院の運営や教育・研究・診療、財務などの面での改革プランの策定を促進するための「議論の整理」を提案した。背景には、大学病院が増収減益という厳しい経営状況に加え、医師の働き方改革を進めつつ、教育・研究機能の維持が必要とされており厳しい環境にあるため。この「議論の整理」には、大学病院の役割や機能、基本的な考え方、運営の方針などが含まれており、大学病院の指導教官らの教育・研究の時間が減少し、臨床に割かれる時間が増大している現状を反映している。これに対して、国は大学病院の改革を支援する方針を示しており、とくに経営状況の改善や教育・研究機能の強化を求めている。座長の永井 良三氏は、現行の大学設置基準が現代のニーズに合わせて更新されるべきであり、大学病院の臨床機能の強化と、そのための国の支援が必要だと指摘した。参考1)大学病院の9割「研究成果が減少」と危惧…「医師の働き方改革」で残業規制へ(読売新聞)2)研究時間確保へ、文科省が「大学病院改革」 働き方改革に向け(Medifax)3)大学病院改革、「診療規模」「運営」の再検討を 文科省検討(同)4.神戸の医師自殺、労災認定。遺族と病院、労働時間を巡り対立/兵庫神戸市東灘区の甲南医療センターに勤務していた26歳の男性医師が2022年6月に自殺した事件について、西宮労働基準監督署は、長時間労働によるうつ病が自殺の主な原因であると判断し、「労災」と認定した。医師の遺族は8月18日に記者会見を開き、この認定を明らかにした。遺族によると、この医師は亡くなる直前まで100日間連続で勤務しており、月の残業時間は200時間を超えていた。遺族は「病院側は具体的な再発防止策を取っておらず、人の命を軽視している」と病院の対応を批判しており、遺族は昨年12月に病院の運営法人を労働基準法違反の疑いで西宮労基署に刑事告訴している。今後は、損害賠償を求める訴訟を起こすことも検討している。病院側は、労働時間に関する主張を否定し、過重労働の認識はないとの立場を示している。遺族と病院側では、実際の労働時間に関して見解が異なっており、病院側が記者会見で述べた「知識や技能を習得する自己研鑽の時間が含まれており、すべてが労働時間ではない」とする主張に対して、批判が集まっている。参考1)神戸 勤務医自殺で労災認定 遺族会見“病院は労務管理せず”(NHK)2)神戸の26歳専攻医自殺、労災認定 残業月207時間(毎日新聞)3)甲南医療センター過労自殺 遺族が会見「医師を守れない病院に患者を守れるのか」(神戸新聞)5.電子カルテ情報の全国共有化へ、令和7年に法案提出を計画/政府政府は、全国の医療機関や薬局で電子カルテの情報を共有する仕組みを進める方針を強化しているが、今後の計画が明らかになってきた。6月に開催された「医療DX推進本部」において示された医療DXの推進に関する工程表に基づいて、岸田総理大臣は医療分野のデジタル化の取り組みを進行するよう関係閣僚に指示しており、マイナンバーカードと健康保険証の一体化を加速し、来年秋には現行の保険証を廃止、これを基盤として、電子カルテ情報の全国共有化を目指す方針が決定されている。政府は、令和7年の通常国会に関連する法案を提出する方針を固めており、「マイナ保険証」を通じて、患者の過去の診療記録を全国の病院や診療所で閲覧可能にし、データに基づく適切な医療提供を促進する狙いがある。電子カルテ共有のためのネットワークの構築は、厚生労働省所管の「社会保険診療報酬支払基金」が主導して進める方針となっており、今後もさらに国民に対してマイナンバーカードの普及を働きかけ、より効率的・効果的な医療サービスの提供を行っていくことを目指していく。参考1)医療DXの推進に関する工程表(内閣官房)2)電子カルテ活用へ、政府が令和7年に法案提出方針 マイナ保険証通じ全国共有(産経新聞)3)医療分野デジタル化 “電子カルテの共有 来年度中に”首相指示(NHK)6.YouTube、新型コロナワクチンについて誤った医療情報のコンテンツを削除へ/GoogleGoogleの動画配信サービスYouTubeが、誤った医療情報を含むコンテンツに対する新しい方針を発表した。これにより、「予防」、「治療」、「事実の否定」の3カテゴリーに分けてガイドラインが整理される。とくに新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の存在を否定したり、確実な予防・治療法があるとの不正確な情報を含むコンテンツは許可されず、即時に削除される。また、がん治療に関する非科学的な主張、たとえば「ニンニクやビタミンCががんを治療する」といったコンテンツも削除対象となる。さらにYouTubeは、信頼性のある医療情報提供のため、メイヨー・クリニックとの協力を発表。高品質な医療情報を提供する映像コンテンツの共有が進められる。YouTubeは、医療誤報ポリシーの透明性を高め、コンテンツ制作者と視聴者の理解を深めることを目指しているとコメントしている。参考1)YouTube、「新型コロナは存在しない」など誤った医療情報を含むコンテンツを削除へ(ケータイ Watch)2)YouTubeが「有害あるいは効果がないと証明されたがん治療法」を宣伝するコンテンツを削除すると発表(GIGAZINE)

検索結果 合計:1945件 表示位置:281 - 300