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GERD診療30年の変遷―PPIの時代からP-CABを軸とする時代へ【温故知新30年】

講師紹介H2受容体拮抗薬(H2RA)が中心であった1980年代胃食道逆流症(GERD)診療の変遷を振り返る際には、わが国における酸関連疾患全体の変化を抜きにして語ることはできない。1980年代の消化器診療において、酸関連疾患の中心は胃潰瘍・十二指腸潰瘍であった。H. pylori感染率は現在よりはるかに高く、胃粘膜萎縮を背景に加齢とともに胃酸分泌が低下する症例が多く、GERDは日常診療のなかで大きな位置を占める疾患ではなかった。胸焼けや呑酸など逆流症状を訴える患者は存在していたが、主な治療対象は内視鏡でびらんや潰瘍を認める逆流性食道炎であり、内視鏡所見に乏しい症例をどのように診断し、治療するかについては整理されていなかった。非びらん性胃食道逆流症(NERD)、食道知覚過敏、機能性胸焼けという概念は、診療現場でほとんど浸透していなかったのである。治療の中心は、生活指導と1980年に登場したH2RAであった。H2RAは、外科的治療が中心であった消化性潰瘍診療を内科的治療へと大きく変えた薬剤であり、当時の臨床的意義は大きかった。しかし、逆流性食道炎(とくに重症例や再発例)に対しては、酸分泌抑制の強さと持続性に限界があった。PPIの普及により、大きな変化を迎えた1990年代今から30年前に感じた最大の進歩は、プロトンポンプ阻害薬、すなわちPPIの普及である。PPIはH2RAより強力かつ持続的に胃酸分泌を抑制し、逆流性食道炎の治癒率を大きく改善した。とくに中等症から重症の逆流性食道炎において、PPIは標準治療としての地位を確立した。PPIの登場に伴って、全国GERD研究会が立ち上がり、GERD診療が大きく標準化された。逆流症状を訴える患者にPPIを投与し、症状の改善を確認する。内視鏡で逆流性食道炎の重症度を評価し、必要に応じて維持療法を行う。こうした診療の流れが一般診療に定着したことはGERD診療の歴史における大きな転換期といえる。同じ時期に、保険収載されたH. pylori除菌治療の普及により消化性潰瘍の再発が大きく減少した。これは酸関連疾患の交代を意味していた。H. pylori感染率の低下、除菌後患者の増加などで胃粘膜萎縮の少ない高齢者が増え、胃酸分泌が保たれる日本人が多くなってきた。その結果、GERD(とくに逆流性食道炎)は、日常診療でより頻繁に遭遇する疾患となった。PPIの普及は新たな課題も明らかにした。PPIを適切に投与しても症状が十分に改善しない患者が一定数存在すること、内視鏡では食道炎が治癒しているにもかかわらず強い症状が残る症例、夜間の逆流症状や再発を繰り返す症例もみられた。PPIはGERD診療を標準化したが、同時に「酸を抑えればすべて解決するわけではない」という事実が私たちに突きつけられた時代であった。P-CABの登場で変わる治療:2015年〜この10年のGERD診療で重要な変化は、カリウムイオン競合型アシッドブロッカー(P-CAB)の登場である。わが国で開発されたボノプラザンは、従来のPPIと異なる機序でプロトンポンプを阻害し、速やかで強力かつ持続的な酸分泌抑制を示す。GERD診療は、PPIの時代から、P-CABをどう位置付けるかを考える時代に入った。臨床的意義が大きかったのは、重症逆流性食道炎、再発を繰り返す症例、夜間酸逆流が問題となる症例、PPIで十分な効果が得られない症例に対する有効性であった。従来は、PPIを増量する、投与タイミングを工夫する、就寝前にH2RAを併用するなどの対応が行われてきた領域に、より強力な酸分泌抑制という新たな選択肢が加わった。この変化は、GERD診療の治療設計そのものを変える可能性を持っていた。初期治療でどの患者にP-CABを用いるのか、治癒後の維持療法をどうするのか、軽症例ではどの時点で休薬やオンデマンド療法を検討するのか、NERDではPPIとP-CABをどう使い分けるのか。これらの問いが、GERD診療の中心課題となっている。一方で、P-CABは強力であるがゆえに、漫然と使用すべき薬剤ではない。酸分泌抑制が強いほどよい、という単純な時代ではない。長期投与に伴う高ガストリン血症、胃底腺ポリープなど胃粘膜の変化、さらに病理組織学的変化をどう評価するかは、今でも重要な検討課題となっている。私にとってのパラダイムシフト従来、内視鏡所見や組織学的所見、胃酸分泌能および消化管ホルモンを研究してきた私にとって、GERD診療における第1のパラダイムシフトはPPIの登場であった。PPIによる酸分泌抑制は、組織学的胃炎とガストリン動態に影響するとともに、逆流性食道炎を確実に治癒が目指せる疾患とした。H2RAの時代には難しかった重症例の治癒、再発抑制、維持療法が可能になり、GERD診療は大きく進歩した。第2のパラダイムシフトはP-CABの登場である。P-CABは、従来のPPI治療で残されていた課題に正面から向き合う薬剤である。すなわち、酸抑制の立ち上がり時間、夜間酸分泌抑制、重症食道炎の治癒、再発抑制、PPI抵抗性症状に対する対応である。症状が残る患者の中には、真の酸逆流が主因ではなく、逆流に対する過敏性や機能性胸焼け、機能性ディスペプシア、心理的社会的因子が関与する症例もあり、P-CABによってGERD診療のすべてが解決するわけではない。むしろ重要なのは、強力な酸分泌抑制が必要な患者を正しく選択し、投与期間および用量を適切に判断することである。この点で、P-CABはGERD診療の成熟を促している。従来は「PPIで効かなければ難治例」と考えていた症例の一部に、より強力な酸分泌抑制で対応していたが、P-CABでも改善しない症例では、そもそも酸逆流が症状の主因なのかを再検討すべきである。P-CABの登場により、酸抑制治療の限界が押し広げられると同時に、GERDの精緻な病態診断の重要性が増したのである。次の5年、GERD診療はP-CABを中心に再編される? 内視鏡的治療の普及も?今後5年のGERD診療では、P-CABの位置付けがさらに明確になるだろう。重症逆流性食道炎、再発リスクの高い症例、PPIで十分な効果を得られない症例では、P-CABをより早期から用いる診療が広がる可能性がある。GERD治療は、PPIを基本としながら必要時にP-CABを追加する時代から、病態に応じて最初からPPIとP-CABを使い分ける時代へと移行していくと考えられる。一方で、軽症例やNERDでは、過剰な酸分泌抑制を避ける視点も重要である。症状が軽く、再発リスクが低い患者では、短期間治療、休薬、間欠療法、オンデマンド療法を組み合わせる。P-CABを使う場合でも、初期治療後にどのように減量・中止・維持へ移行するかを考える必要がある。今後のGERD診療では、「強く抑える」ことと同じくらい、「適切にやめる」「必要最小限にする」こと、さらにはアルギン酸製剤やプロバイオティクスの併用による酸分泌抑制薬中止後のリバウンド抑制なども課題となると思われる。P-CAB中心の診療になるほど、長期安全性の評価は避けて通れない。ボノプラザンは発売から11年が経過し、H. pylori陰性者を対象としたVISION研究など長期維持療法に関するエビデンスも蓄積されつつある。今後は、実臨床での長期使用データ、病理組織学的変化、血清ガストリン値の推移、胃粘膜の変化、患者背景別の安全性を丁寧に評価していく必要がある。さらに、P-CABでも改善しない症例への対応が、専門医療の質を左右する。食道インピーダンス、pHモニタリング、食道内圧検査を適切に用い、真のGERD、逆流過敏、機能性胸焼けを区別することが求められる。今後のGERD診療は、薬剤治療の効果が乏しい症例、長期投与が必要な若年症例に対して内視鏡的逆流防止術が選択される時代が到来する可能性もある。過去30年で、GERDの薬物診療はH2RAからPPIへ、そしてP-CABへと進歩してきた。これからの課題は、P-CABという強力な治療選択肢を、いかに過不足なく使いこなすかである。必要な患者には十分な酸抑制を行い、不要な患者には漫然投与を避ける。長期安全性を見据えながら、症状、内視鏡所見、再発リスク、患者の生活背景を総合的に判断し、内視鏡的治療にも目を向ける。GERDはありふれた疾患である。しかし、ありふれているからこそ、治療の質が問われる。P-CABの登場は、GERD診療を新しい段階へ押し上げた。次の5年は、その力を最大限に活かしながら、患者一人ひとりに適したGERD治療を設計する時代になる。

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ロボット支援手術導入初期の執刀機会、女性外科医で伸び悩み/日本消化器外科学会

 ロボット支援手術の普及が進む中、新規術式導入期における執刀機会に男女差が存在する可能性が明らかになった。日本消化器外科学会はNational Clinical Database(NCD)のデータを用いた全国規模解析を実施、大阪医科薬科大学の河野 恵美子氏、東京大学の野村 幸世氏らの研究グループは、男性外科医では経験年数に応じてロボット支援手術の執刀数が増加する一方、女性外科医では同様の増加傾向が認められなかったことを報告した。研究成果はSurgery誌オンライン版2026年8月4日号に掲載された。 日本の全手術の95%以上を網羅するNCDデータを用い、2023年1月~2024年12月に幽門側胃切除術または低位前方切除術を実施した消化器外科医を対象に解析を行った。主要評価項目は性別および医師登録後の年数別に層別化した外科医1人当たりの手術件数とした。ロボット支援手術では男女差が拡大・解析対象となったのは、幽門側胃切除術4万7,934件、低位前方切除術3万8,230件であった。・いずれの術式においても、女性外科医による手術の割合はロボット支援手術で最も低かった。幽門側胃切除術における女性外科医の割合はロボット支援手術4.32%、腹腔鏡手術9.47%、開腹手術11.86%、低位前方切除術では5.41%、8.41%、8.57%であった。・男性外科医では経験年数の増加とともにロボット支援手術の執刀数が増加した一方、女性外科医では同様の増加傾向は認められなかった。男女差は医師免許取得後約10年から拡大していた。技術格差が将来のキャリア形成にも影響 研究グループは以下のようにまとめている。・ロボット支援手術は今後さらに適応拡大が見込まれる術式であり、導入初期の経験不足は、専門技術の習得だけでなく、将来的な指導医や施設責任者へのキャリアパスにも影響する可能性がある。・新たな手術手技においても、性別にかかわらず公平な修練機会を確保する教育体制の整備が、持続可能な外科医療体制の構築と女性外科医のキャリア形成の双方にとって重要である。

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院外心停止後の低体温療法、冷却延長は神経学的予後を改善せず/JAMA

 33℃での低体温療法を受ける院外心停止後に昏睡状態にある生存者において、冷却時間の延長は神経学的アウトカムを改善させなかったことが、米国・ミシガン大学のWilliam J. Meurer氏らSIREN Investigatorsが同国71病院で実施した、多施設共同無作為化アダプティブ割り付け臨床試験の結果で示された。心停止後の神経保護を目的とした低体温療法は広く行われているが、臨床試験において一貫した神経学的アウトカムの改善は示されておらず、最適な冷却時間は依然として不明のままであった。JAMA誌オンライン版2026年8月5日号掲載の報告。アダプティブ無作為化手法を用い6~72時間について検証 研究グループは、院外心停止後に昏睡状態にある生存者において、神経学的回復を最大化する低体温療法の施行時間を特定するため、33℃での低体温療法の冷却時間6、12、18、24、30、36、42、48、60、72時間について検証した。 対象は、院外心停止後に昏睡状態にあり、心停止後4時間以内に34℃未満の目標体温に到達し、かつ確実な体温管理装置により体温管理が開始されていた成人患者を適格とした。 患者は2020年6月~2025年6月に登録された。最初の200例は12時間~群、24時間~群、48時間~群に1対1対1の割合で無作為化された。その後、反応アダプティブ無作為化アルゴリズムを用いて、各心電図波形タイプ(ショック非適応リズムコホートまたはショック適応リズムコホート)内で、最適かつ最も有用な知見が得られる時間-反応曲線が描出可能とみなされた冷却時間群に優先的に割り付けた。 主要評価項目は、90日時点の神経学的機能であり、重み付き修正Rankin Scaleスコア(mRS)を用いて評価し、ベイジアン時間-反応モデルを用いて解析した。 主要解析では、各時間が最適である事後確率を推定し、全冷却時間の最良アウトカム(平均重み付きmRSスコア)と同一のアウトカムをもたらした最短の冷却時間を最適時間と定義した。時間-反応のスコア増加は認められず、ショック非適応または適応コホートとも同等 計1,158例が無作為化された(883例がショック非適応リズムコホート、275例がショック適応リズムコホート)。年齢中央値は61歳(四分位範囲:50~70)、39.6%が女性であった。 本試験は中間解析において、事前に規定された中止基準を満たし早期に終了した。 全冷却時間において観察された平均重み付きmRSスコアは、ショック非適応リズムコホートで0.8、ショック適応リズムコホートで3.5であった。 両コホート共に、時間-反応の重み付きmRSスコアの増加は認められなかった。ショック非適応リズムコホートにおいて、平均重み付きmRSスコアが最大となる最短冷却時間が6時間である事後確率は0.51であり、ショック適応リズムコホートも同事後確率は0.49で同等であった。 副次評価項目(神経心理学的検査のアウトカム)や死亡について、冷却時間による差異は認められなかった。全体として90日死亡率は74.4%であった(ショック非適応リズムコホート81.3%、ショック適応リズムコホート52%)。試験で定義された有害事象で最も頻度が高かったのは神経学的悪化であった。

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1日1回経口投与のzenagamtide、2型糖尿病の血糖改善効果は?/Lancet

 2型糖尿病患者において、1日1回経口投与のzenagamtide(6、25、50mgの3用量ともに)はプラセボと比較して、ベースラインから36週までのHbA1c変化量において、臨床的に意義のある改善がみられ、その差は統計学的にも有意であった。安全性および忍容性プロファイルは、他のGLP-1受容体作動薬およびアミリン受容体作動薬と同程度であった。米国・テキサス大学サウスウェスタン医療センターのPablo Mora氏らが、36週の第II相多施設共同無作為化並行群間二重盲検プラセボ対照用量設定試験の結果を報告した。zenagamtide(旧称amycretin)は、GLP-1受容体、アミリン受容体、カルシトニン受容体に作用する単分子ペプチド作動薬である。2型糖尿病を伴わない過体重または肥満者を対象とした初期の臨床試験では、皮下投与および経口投与の両製剤について評価が行われ、いずれも2型糖尿病患者を対象とした第II相の用量反応試験における検討を支持する知見が示されていた。Lancet誌2026年8月15日号掲載の報告。1日1回経口投与の有効性と安全性に関する用量反応試験(6、25、50mg) 2型糖尿病の成人患者を対象に、プラセボと比較したzenagamtideの1日1回経口投与の有効性と安全性に関する用量反応関係を検討する試験は、11ヵ国(ブルガリア、クロアチア、ドイツ、ギリシャ、ハンガリー、日本、ポーランド、ルーマニア、スロバキア、スペイン、米国)の83の病院およびクリニックで行われ、3週のスクリーニング期間、36週の投与期間、4週のフォローアップ期間で構成された。 対象は、2型糖尿病(HbA1c値7.0~10.0%[53~86mmol/mol])の成人(18~75歳)で、SGLT2阻害薬投与の有無を問わずメトホルミン安定用量で治療を受けている患者とした。BMI値は23.0以上50.0未満を適格とした。 被験者は、無作為化・治験薬管理システムを用いて、1日1回経口投与のzenagamtide群またはプラセボ群に5対1の割合で割り付けられ、さらに3つの用量群(6、25、または50mg)のいずれかに1対1対1の割合で無作為に割り付けられた。プラセボ群に割り付けられた被験者も同様に、各投与スケジュールに対応する適合プラセボ投与群に割り付けられた。無作為化では、スクリーニング時のHbA1c値(8.5%未満または8.5%以上)、居住国(日本またはその他)で層別化も行われた。 zenagamtide経口投与は1.5mgで開始し、維持用量(6、25、50mg)に到達するまで4週ごとに漸増した。被験者および試験スタッフは、各用量群においてプラセボまたはzenagamtideの割り付けを盲検化された。 主要評価項目は、ベースラインから36週までのHbA1c変化量とした。主要評価項目は、無作為化された全被験者を対象とし、レスキュー薬を投与することなく治験薬の投与を継続している間に収集されたデータに基づくefficacy estimandを用いて評価された。安全性は、無作為化された全被験者を対象に評価された。36週時点のHbA1c推定変化量は-0.9%~-1.4% 2024年8月7日~12月27日に、スクリーニングされた915例のうち186例(20%)が、経口zenagamtide群(6mg群54例、25mg群51例、50mg群51例)またはプラセボ群(30例)に無作為化され、全例が解析対象集団に組み入れられた。 ベースライン特性は治療群間で類似しており、平均年齢は55.6歳(SD 9.7)、平均HbA1c値は8.0%(SD 0.8、各群平均値の範囲:7.9~8.1%)、平均BMI値は34.8(SD 6.3)であり、平均糖尿病罹病期間は8年(SD 6)であった。113/186例(61%)が男性であった。 36週時点のベースラインからのHbA1c推定変化量は、zenagamtide 6mg群が-0.9%(対プラセボの推定治療群間差[ETD]:-0.54%、95%信頼区間[CI]:-1.04~-0.04、p=0.033)、zenagamtide 25mg群が-1.3%(ETD:-0.99%、95%CI:-1.49~-0.49、p=0.0001)、zenagamtide 50mg群が-1.4%(ETD:-1.09%、95%CI:-1.59~-0.59、p<0.0001)であった。 有害事象の大部分は消化器系の事象で、zenagamtide 6mg群14/54例(26%)、zenagamtide 25mg群21/51例(41%)、zenagamtide 50mg群24/51例(47%)、およびプラセボ群7/30例(23%)に発現した。 重篤な有害事象は、zenagamtide全投与群の7/186例(4%)で報告された(6mg群2例、25mg群2例、50mg群3例)。プラセボ群において重篤な有害事象は報告されなかった。試験期間中に死亡は認められなかった。 著者は、「全体として、試験で報告された知見は臨床的に意義のあるものであり、第III相試験におけるzenagamtideの1日1回経口投与に関する検討を支持するものであった」とまとめている。

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日本における若年性アルツハイマー病の診断遅延の現状

 若年性アルツハイマー病の診断には、高齢発症アルツハイマー病と比較し、特有の課題がある。しかし、日本における診断に至るまでの経過については、これまで明らかになっていなかった。新潟大学の春日 健作氏らは、日本において若年性アルツハイマー病と高齢発症アルツハイマー病の症状から診断までの期間を比較して、診断までの期間に影響を及ぼす要因を調査した。BMC Neurology誌オンライン版2026年7月9日号の報告。 2011年4月~2023年3月に、日本国内の参加施設においてアルツハイマー型認知症の可能性が高い(probable AD dementia)、アルツハイマー病による軽度認知障害(MCI due to AD)またはそれに準ずる診断を受けた18~79歳の患者を対象とした。発症年齢に基づき、65歳未満を若年性アルツハイマー病、65歳以上を高齢発症アルツハイマー病と定義した。対象となる若年性アルツハイマー病患者79例および高齢発症アルツハイマー病患者59例が登録された。 主な結果は以下のとおり。・主要エンドポイントである症状発現から診断までの期間の平均値は、若年性アルツハイマー病で138.3±91.0週、高齢発症アルツハイマー病で99.6±81.5週であった(p=0.011)。・症状発現から最初の医療機関受診までの期間は、若年性アルツハイマー病で89.0±74.2週、高齢発症アルツハイマー病で57.6±71.5週であった(p=0.024)。・最初の医療機関受診から診断までの期間については、両群間で差は認められなかった。 著者らは「日本において、若年性アルツハイマー病は高齢発症アルツハイマー病よりも診断に至るまでの期間が長いことが明らかとなった。症状、地域差、医療アクセスが、診断までの期間に影響を及ぼした可能性がある。したがって、非高齢者を含め、アルツハイマー病および早期受診の必要性に関する認識を高めることが重要である」と結論付けている。

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スタチン使用に伴う重篤な筋障害はまれ

 スタチンによる重篤な筋障害への懸念は過大視されている可能性があるようだ。英オックスフォード大学の研究グループが開発した新たなリスク予測モデルでスタチン治療の適応となる成人の重篤な筋障害リスクを推定したところ、98%超が低リスクであることが示された。この研究結果は、「The Lancet Digital Health」に6月25日掲載された。筆頭著者である同大学のTing Cai氏はニュースリリースで、「重篤な筋障害は、スタチンに関して最も広く懸念されている副作用の一つである。しかし今回の結果から、スタチン治療の効果を期待できる大多数の人では、そのリスクは極めて低いことが示唆された」と述べている。 スタチン使用に伴う副作用として最も多いのは筋肉痛であり、インターネット上では「スタチンは活動的な中高年や高齢者の活動を妨げるのではないか」といった懸念が広がっている。そこで研究グループは、こうした懸念に根拠があるのかを検証するため、1998年1月1日から2018年12月31日の間にイングランドで収集された178万5,207人分の電子健康記録(EHR)を用いて、スタチン使用に伴う入院または死亡に関連する重篤な筋障害の1年・5年・10年間の発症リスクを予測するモデルを開発した。このモデルでは、年齢、性別、筋障害の既往、ビタミンD欠乏、併用薬など、日常診療で記録される22項目の情報を用いてリスクを評価する。さらに別の388万9,504人の検証コホートでこのモデルの予測精度を確認した。 その結果、検証コホートの99.6%で10年間の重篤な筋障害の発症リスクは10%未満と予測され、スタチン使用に伴う重篤な筋障害の発生は極めてまれであることが示された。また、臨床的にスタチン治療の適応が確認された患者でも98.1%は10年間の重篤な筋障害リスクが10%未満であり、大半が低リスクと推定された。 Cai氏は、「個々の患者のリスクを把握することは、スタチンにまつわる懸念を適切にとらえることにつながり、十分な情報に基づく治療方針の決定を支え、患者に安心感を与えることができる。リスクが比較的高い少数の患者においては、経過観察や検査、あるいは代替治療について医師と相談するための、より明確な判断材料になる」と述べている。 本研究では重篤な筋障害に焦点を当てているが、研究グループは、筋肉痛や筋肉の違和感といった軽度の症状の多くは、通常、スタチンが原因ではないことにも言及している。また、スタチン治療の適応がある患者の62.5%が、心血管疾患リスクが高いにもかかわらず、実際にはスタチンを処方されていないことも明らかになった。 論文の上席著者であるニコシア大学(キプロス)医学部医療統計学分野のConstantinos Koshiaris氏はニュースリリースで、「治療方針は治療効果の予測に基づいて決定されることが多いが、潜在的な有害事象を理解することも同様に重要である。このモデルは、個々の患者のリスクを定量的に評価できるため、治療選択肢に関するバランスの取れた話し合いを支援するものとなる」と述べている。

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亡くなった大切な人のデジタルゴーストは悲しみを和らげる?

 AIが故人を再現する時代は、すでに現実になっている。HereAfter AI、Project December、Seance AIなどのサービスでは、故人の写真やテキストメッセージなどのデータをもとに、遺族や親しい人が故人と対話できる「デジタルゴースト(AIゴースト)」を作り出している。こうした技術は、遺族の悲しみを和らげるのに役立つのだろうか。それとも、テレビドラマ『ブラック・ミラー』に描かれるようなディストピア的な世界を思わせる、人々に害をもたらす技術なのだろうか。 この疑問を明らかにしようと、米コロラド大学ボルダー校の研究グループが実施した調査の結果が、国際会議「Designing Interactive Systems 2026」(DIS '26、6月13~17日、シンガポール)で発表され、その論文は同会議の論文集に6月12日付で掲載された。論文の上席著者である同校情報科学分野のJed R. Brubaker氏は、「われわれが知る限り、デジタルゴーストの利用者の体験を調査した研究は、今回が初めてだ」と述べている。 こうしたデジタルゴーストは年々高度化しており、中には仮想現実(VR)空間内に故人の姿を再現し、遺族が故人と歩きながら会話をしているかのような体験ができるものも登場している。今回の研究では、22~50歳の16人のボランティアが参加した。全員が、家族や親しい友人を亡くした経験があり、悲嘆を抱えていた。研究グループは、参加者から提供された故人に関する情報を基に、2種類のデジタルゴーストを作成した。一方は「彼女は、あなたと一緒に海へ行くのが好きでした」のように故人について三人称で語る「再現(representation)」と呼ばれるタイプ、もう一方は「私はあなたと一緒に海へ行くのが大好きだった」のように一人称で話す「生まれ変わり(reincarnation)」と呼ばれるタイプだった。参加者はZoomを通じて20分間、それぞれのデジタルゴーストと対話した。 その結果、参加者は、「再現」タイプよりも、「生まれ変わり」タイプを好む傾向を示した。5年前に亡くなった祖母のデジタルゴーストとテキストで会話した32歳の女性は、「祖母がそこにいるかのような気がする。存在を感じる。ようやく心の整理がついた気がする」と語った。また、50歳の女性は、故人のデジタルゴーストに、「本当に強く心を揺さぶられる体験だった。また会いに来てほしい」とメッセージを送った。さらに、参加者は、故人からのメッセージは、AIが時折生成する長い文章よりも、絵文字を交えた短いメッセージの方が自然だと感じる傾向があった。 その一方で、AIのハルシネーション(事実とは異なる情報を生成する現象)によって、故人らしくない発言をするというような、デジタルならではの不具合が問題になることもあった。あるケースでは、継父のデジタルゴーストと会話していた男性が、ゴーストから「champ(チャンプ;主に年長者が使う親しい相手への愛称)」と呼びかけられた。生前の継父が決して使わなかった言葉を使ったため、男性は強い違和感を覚え、セッションを途中でやめようと思うほど動揺したという。それでも、最終的には全ての参加者が、「デジタルゴーストをまた利用したい」と回答した。 筆頭著者で小児期に心臓病で妹を亡くした経験を持つコロラド大学ボルダー校のJack Manning氏は、場合によってはデジタルゴーストが悪影響を及ぼす可能性も懸念している。同氏は、「11歳だった頃の自分のことをよく考える。もし当時、ChatGPTのようなものがあって、それが、夜遅くに大人の見守りがない状況下で妹として応答し始めたら……。それはとても恐ろしいことだ。だが、この研究を通じて分かったのは、それが人によっては非常に大きな意味を持つ体験となり、悲しみに区切りをつけたり、心の平穏を得たりする助けにもなり得るということだ」と話している。

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熱波で精神疾患による入院が増える可能性

 熱波の発生が精神疾患による入院の増加に関連していることを示すデータが報告された。熱波発生から8日間で入院患者が5.6%増えるという。モナシュ大学(オーストラリア)のYuming Guo氏らの研究によるもので、詳細は7月10日付で「Nature Health」に掲載された。最も顕著な入院の増加は、不安症患者やパーソナリティー障害のある人で認められるという。 この研究では、2000~2019年にかけて、カナダ、ブラジル、チリ、ニュージーランドという4カ国、852カ所で、温暖な季節における261万8,307件の精神・行動障害による入院記録を用いて、熱波との関連を解析した。熱波は、各地点の日平均気温の97.5パーセンタイルを上回る気温が連続4日間記録された場合と定義した。 解析の結果、熱波発生日には精神疾患による入院件数が3.3%増加していた(相対リスク〔RR〕1.033〔95%信頼区間1.007~1.059〕)。また、熱波発生日から8日間では5.6%増加していた(RR1.056〔同1.011~1.103〕)。論文の上席著者であるGuo氏は、「われわれの研究結果は、熱波が精神疾患関連の入院を増加させる可能性があり、深刻な熱波発生に備えて的を絞った対策を取る必要性を示している」と述べている。 熱波の際の入院件数の増加を疾患別に見ると、不安症患者では22.9%、パーソナリティー障害のある人では21.7%と顕著な増加が観察された。ほかにも、統合失調症患者では8.2%増加し、薬物乱用の問題を抱えている人では7.2%増加していた。また、若年者(20歳未満)や高齢者、および人口密度の低い地域の居住者は、熱波の影響をより受けやすいことも分かった。 熱波によって精神疾患関連の入院が増加する背景について、著者らは、熱波が睡眠障害や生理的ストレス反応を介して精神・行動障害を急性に悪化させる可能性があると考察している。また、体温調節機能が低下している人や、薬剤の影響で暑さに弱くなっている人では、より影響を受けやすい可能性があるとしている。 論文の共著者であるShanshan Li氏は同大学発のリリースの中で、「気候変動は世界規模でメンタルヘルスに影響を与え得る喫緊の要因として浮上しており、異常気象や資源不足、生態系の変化などが心理的ストレスとメンタルヘルスのリスクを増幅させている」と記している。著者らはこれらの考察を基に、「熱波に関連するメンタルヘルスのリスクを抑制するため、対象を絞った公衆衛生対策が必要である」と付け加えている。

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インフルエンザワクチンの有効性、前シーズンの感染・接種歴で変動―17シーズン解析

 前シーズンのインフルエンザ感染歴は今シーズンのワクチン有効性(VE)を高め、前シーズンの接種歴はVEを減弱させることが、日本臨床内科医会 インフルエンザ研究班の河合 直樹氏らによる日本での17シーズンにわたる前向きコミュニティベースコホート研究の解析で示された。今シーズン未接種者における罹患率(AR)は、前シーズン接種歴のある小児で14.0%、接種歴のない小児で8.6%と有意差が認められた(p<0.001)。研究成果はThe Journal of Infectious Diseases誌オンライン版2026年7月11日付で発表された。日本の17シーズン、コミュニティベースコホート研究のデザインと対象 本研究は、日本で2002~03年シーズンから2018~19年シーズンにかけて実施された17シーズンにわたる前向きコミュニティベースコホート研究のデータを用いた解析である。14万8,108人・シーズン分のデータが対象となった。インフルエンザ感染の確認には迅速抗原検査が用いられた。今シーズン未接種者におけるARをベースラインリスクの代理指標として、前シーズンの感染歴および接種歴によって定義されたグループ間でARおよびVEを比較した。統計解析には多変量ロジスティック回帰が用いられ、検査確定インフルエンザA型感染(あり/なし)をアウトカムとして、調整オッズ比(aOR)および相対調整オッズ比(rOR)が推定された。今シーズンのワクチン接種効果と前シーズン歴による変動 今シーズンのワクチン接種はインフルエンザA型感染のオッズを低下させ、全体のaORは0.52(95%信頼区間[CI]:0.47~0.57)であった。前シーズンにインフルエンザ感染歴がある個人では、この効果がより顕著であり(aOR:0.35、95%CI:0.25~0.49)、前シーズンに接種歴がある個人では効果が減弱したものの依然として有効であった(aOR:0.59、95%CI:0.50~0.70)。すべてのグループでaORは1未満であり、今シーズンのワクチン接種による保護効果は各群で維持されていた。また、今シーズン未接種者のARは前シーズンの感染歴の有無によらず類似していたが、前シーズン接種歴がある場合にはARが高い傾向が認められた。罹患率とワクチン有効性を併せた解釈の重要性 本解析の結果は、前シーズンの感染歴が今シーズンのワクチン接種のVEを高める一方、前シーズンの接種歴はVEを減弱させるものの有効性は保たれることを示している。さらに、今シーズン未接種者のARが前シーズン接種歴のある集団で高かったことは、集団間のベースラインリスクの差異がVEの解釈に影響しうることを示唆している。著者らは、ARはベースラインリスクの差を反映するものであり、VEと並行してARを解釈することの重要性を強調している。インフルエンザワクチンの効果を正確に評価するうえで、前シーズンの感染・接種歴を考慮した解析の枠組みが今後さらに検討される必要がある。

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【GET!ザ・トレンド】チーム医療で心臓も家族も診る、ジストロフィン異常症の最前線(後編)

前編では、大規模コホートからみえた各臓器症状の「乖離」や、微小変異における重症化リスクのリアルをお伝えした。後編となる今回は、「なぜ特定の筋肉が選択的に障害されるのか」という分子メカニズムの深層に、われわれのベッカー型筋ジストロフィー(BMD)モデルマウス研究から得られた最新の知見を交えて迫りたい。さらに、血清CK値に代わる注目の次世代バイオマーカー「尿中タイチン」の可能性、そしてわれわれ医療コミュニティが今こそ認識を改めるべき、患者を支える家族を含めた「包括的な診療アプローチ」の重要性について解説する。3. 分子病態へのアプローチ:なぜ特定の筋肉が選択的に萎縮するのか?日常診療でBMDを診ていると、「なぜ全身の筋肉が一様ではなく、大腿四頭筋など特定の筋肉から選択的に萎縮・障害されるのか(=骨格筋内における障害の選択性)」という大きな疑問が浮かぶ。われわれの研究グループは、この臨床の問いに対し、異なるエクソン領域を欠失させた3種のBMDモデルマウス(exon 45-47欠失、exon 45-48欠失、exon 45-49欠失)を樹立し、その分子メカニズムの一端を解き明かした4)。幼少期から老年期まで時間を追ってこれら3種のマウスを解析した結果、いずれも「イン・フレーム欠失」でありながら、欠失部位の違いによって病態の重症度に「d45-49>d45-47>d45-48」という序列(進行速度の差)があることが実証された。このマウスで観察された進行速度の序列は、実際のヒトの臨床における「exon 45-49欠失(早期進行型)」、「exon 45-47欠失(時に重症化)」、「exon 45-48欠失(比較的軽症)」という表現型の傾向(重症度グラデーション)に矛盾しない。このグラデーションを生み出す背景には、筋組織の破綻へと至る、以下の一連の病態機序が存在すると考えられる。まず、遺伝子欠失によるジストロフィン結合部のミスマッチ(不安定化)の度合いに応じて、筋形質膜に存在する、血管拡張酵素である神経型一酸化窒素合成酵素(nNOS)の発現が低下する。この発現低下が、結果として筋線維の周囲を取り囲む毛細血管の減少(Capillary change)を招き、筋肉に慢性的な局所血流障害をもたらす。骨格筋傷害は、運動時の機械的ストレスのみならず、この血流障害も重なって引き起こされる。その複合的な病態機序を下図にまとめた。画像を拡大するこの虚血ストレスは重症度の高いd45-49やd45-47のモデルにおいてきわめて顕著であり、主要な好気的代謝を行う「タイプIIa筋線維(速筋)」の選択的な減少・減衰(Decay)と変性・萎縮を誘発していたのである。すなわち本研究は、遺伝子の欠失パターンの違いが毛細血管の維持・減少に関与し、重症度を決定づける要因の1つであることを科学的に裏付けた形だ。そして、この骨格筋の解析から得られた「毛細血管の減少と局所血流障害」という病態グラデーションは、骨格筋症状とは独立して心筋症が重症化していく臨床像を説明する重要なエビデンスにもなる。以前のインタビュー(『【GET!ザ・トレンド】 循環器内科医が救う、筋ジストロフィー患者の予後』)でも指摘したとおり、BMDは「原因不明の心筋症として治療される中で、ジストロフィン異常症という背景が見落とされやすい」という課題がある。24時間休むことなく拍動し、全身で最も高密度の毛細血管網(血流供給)を必要とする心筋は、この毛細血管の減少に伴う慢性的な虚血ストレスに対して、骨格筋よりも脆弱である。そのため、運動制限などによって見た目の骨格筋症状が「軽症」に保たれていても、血流障害が生じている心臓は耐えきれずに重症化すると考えられる。この知見は、未来のBMD治療において、従来の「筋細胞そのものの保護」だけでなく、遺伝子型に応じた「血管や局所血流をターゲットにした包括的なアプローチ(血管標的療法)」を組み合わせる多角的な戦略が、有効な一手になる可能性を示唆している(下図)。現在、根本的な治療法がないBMD患者に対し、こうした多角的なアプローチが次なる展開につながることを期待している。画像を拡大する4. 診断と評価のアップデート:CKに代わる「尿中タイチン」という次世代バイオマーカー骨格筋の保護薬の開発が進む中で、日常診療において病勢をどう評価するかという問題もアップデートが必要だ。長年使われてきた血清CK値は、患者の運動量によって激しく変動し、筋容量が減少した進行期にはむしろ低下してしまうため、筋疾患における正確な病勢の指標になりにくいという欠点があった。ここで臨床現場への導入が期待されるのが、筋構造タンパク質タイチンの代謝産物である。近年、デュシェンヌ型筋ジストロフィー(DMD)において「尿中タイチン(タイチンN末端断片)」が高感度なバイオマーカーとして注目されているが、これがBMD患者123例の大規模コホートにおいても、臨床重症度を反映することが日本の共同研究チームによって示された5)。タイチンは心筋や骨格筋の収縮を支える巨大タンパク質であり、その崩壊に伴って尿中に排泄される断片量は、いわば筋崩壊の活動性(病勢)をリアルタイムに反映する指標となる。本研究により、尿中タイチン値は、BMD患者の歩行能力の維持状態や筋力低下、ならびに心筋傷害マーカーである高感度心筋トロポニンT(hs-cTnT)や心不全マーカーの数値と有意に相関し、迅速な対応が求められる心筋のダメージ総量を反映していることが明らかとなった。「採尿」という非侵襲的な検査で、心筋症の進行リスクや骨格筋の変性度をタイムリーに追えるメリットは、患者の負担を減らし、BMDの疾患マネジメントのあり方を大きく変える可能性を秘めている。ただし、日常診療へ組み込むためには、まだいくつかの課題が残されている。最大のハードルは、検査として一般に利用可能となるための「保険適用」だ。現状、尿中タイチンの測定は一部の高度専門医療・研究機関での研究や自費診療の枠組みを中心に行われており、ルーティン検査としてオーダーできるようになるには、もう一段階の制度的・技術的なブレイクスルーが必要とされている。5. 家族を診る:女性ジストロフィン変異保有者(患者の母親・姉妹)に潜む心筋症リスク新薬開発への期待が高まる裏で、われわれ医療コミュニティは「患者を支える家族」の健康リスクにも目を向ける必要がある。当センターを含む共同研究チームが行ったクロスセクショナル研究は、DMD/BMD患者の主介護者36人(平均55.7歳、その83.3%に当たる30人が母親)を対象に、介護負担度(Zarit介護負担尺度:ZBI)と身体症状を調査した6)。調査の結果、主介護者全体の平均ZBI合計スコアは20.9点であった。主介護者のうちキャリア(変異保有)確定は52.8%(19人)、未確定は38.9%(14人)だが、両者の負担感には明確な差がみられた。ZBIで「中程度の介護負担」の基準となる25点以上の割合は、未確定の介護者に比べ、キャリア確定者において有意に高かったのである(p=0.04)。以前のインタビュー(『【GET!ザ・トレンド】 循環器内科医が救う、筋ジストロフィー患者の予後』)でも触れたとおり、母親らは「わが子に遺伝させてしまった」という深い心理的葛藤に加え、患者が学習障害や発達障害などを伴うケースでは、そこから生じる社会的困難も一人で抱え込みがちだ。これら精神的・社会的負担に加え、今回の研究では、遺伝学的な確定状況にかかわらず、彼女たち自身の35人中19人がすでに何らかの骨格筋または心臓の症状を有し、25人中21人で血清CK値の上昇が確認された。つまり、彼女たち自身も「ジストロフィノパチーの身体的リスクの当事者」であるという看過できない現実が示されている。そのようなリスクを抱えながらも、自身の健康管理のために定期的な健康診断を受けているのは半数(50.0%)にとどまり、残る半数は健診の機会を持てていない。また、健診を受けている半数についても、一般的な健診メニューだけでは潜在する心筋症リスクの完全な把握や、健診項目に含まれないCK値の評価は難しく、確実なリスク管理には循環器内科などでの専門的なフォローアップが不可欠となる。主介護者である母親は、患者であるわが子の付き添いで通院していることが多いが、主治医(小児科や脳神経内科)の視線は患者本人に集中し、隣に座る母親のリスクは見落とされがちだ。われわれはこの認識を改め、家族に対しても適切な遺伝カウンセリングや循環器内科への受診を主体的に促す「家族をも視野に入れた包括的な診療アプローチ」を実践していく必要がある。DMD/BMDの診療は、女性変異保有者の心機能チェックまでをシームレスにつなぐ多職種連携を構築して初めて、真の実効性を持つと考える。結語:明日からの診療に活かしたいポイント前編の冒頭に記載のある、グローバル製薬企業における筋ジストロフィー事業買収に象徴されるように、この領域への関心は確実に高まっている。だからこそ、現場の医師には「BMDはDMDに比べて軽症」という言葉に惑わされない先見的かつ包括的なアプローチが求められる。循環器内科との他科連携:遺伝子型から予測される骨格筋や呼吸機能の予後にかかわらず、全例において循環器内科との緊密な連携による定期的な心機能評価を徹底し、必要に応じた早期の心保護薬による介入を進める。中枢神経症状への早期対応と専門機関への橋渡し:骨格筋症状が軽微であっても、発達遅滞や学習障害などの高次脳機能障害に注意を払い、小児科、脳神経内科、精神科、療育などの専門医療機関へ早期につなぐゲートキーパーとしての役割も担う必要がある。遺伝学的評価における微小変異の確認:代表的なエクソン欠失がない症例であっても、C末端側の微小変異を見逃さない遺伝学的評価の重要性を認識し、正確なリスク評価につなげていく。家族(母親・姉妹)への目配りと多職種による包括ケア:目の前の患者本人だけでなく、それを支える母親などの女性変異保有者の潜在的な心筋症・骨格筋リスクに注視する。認定遺伝カウンセラーやソーシャルワーカーらとも協働し、家族に対しても自ら循環器内科などへの受診勧奨や適切な遺伝カウンセリングを行う「チーム医療」を実践する。新たな治療の選択肢が現実味を帯びてくる今だからこそ、集積されたエビデンスをいち早く日常臨床に還元する姿勢が、われわれすべての医師に求められている。(聞き手:ケアネット 三浦 愛子)<<前編に戻る 参考 1) Servierプレスリリース(2026年6月1日公開) 2) Nakamura A, et al. Ann Clin Transl Neurol. 2023;10:2360-2372. 3) Nakamura A, et al. Neurol Genet. 2025;11:e200215. 4) Miyazaki D, et al. eLife. 2025;13:RP100665. 5) Awano H, et al. Clin Chim Acta. 2025;566:120053. 6) Ishizaki M, et al. Intern Med. 2024;63:365-372.

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AIは産業医の仕事をどこまで代替するのか?(後編)【実践!産業医のしごと】

「フローの外側」にある仕事が残る前回、AIは産業医の仕事のうち、記録、文書作成、情報整理、標準的な運用をかなり代替していくのではないか、と書きました。面談記録や受診勧奨文、紹介状を作る。健診結果、ストレスチェック、休職歴などを横断して整理する。面談対象者を抽出し、日程を調整し、フォロー予定を入れる⋯⋯。こうした仕事は、今後かなりの部分がAIに移っていくでしょう。では、産業医には何が残るのでしょうか。私は、フローの外側にある仕事こそが残るのだと考えています。復職支援を例にとると、診断書や生活記録を整理し、本人面談や職場確認を進めるところまでは、AIがかなり支援できるでしょう。しかし最後に、「この人を今、復職させてよいのか」という問いが残ります。本人は復職を望み、主治医は復職可能としている。一方で、会社は再発を懸念し、生活リズムや上司との関係にも不安が残っている。ここで必要なのは、情報を揃えることではありません。異なる事情や見方の間で現実的な着地点を探り、その結論を説明し、判断を引き受けることです。AIには見えない職場があるAI時代には、働く人が産業医よりも先にAIへ相談する場面も増えていくでしょう。「上司と合わない」「休職した方がいいのか」「これはハラスメントなのか」……。こうした問いにも、AIは相談相手として応じてくれます。本人の気持ちを整理し、言葉にし、受診や相談を後押しする。誰にも言えずに一人で抱え込むより、AIとの対話を通じて悩みを整理できることもあるでしょう。その入り口としての役割は、決して小さくはありません。ただし、AIがわかるのは、入力された情報の範囲にとどまります。健診結果、休職歴、面談記録、就業規則を参照することはできても、その職場で実際に何が起きているかまではわかりません。職場には、本人が言葉にできない思いやためらい、周囲からの孤立、数字やデータには表れない空気があります。同じ「休みたい」という言葉でも、その背景にある事情は一人ひとり違います。AIは選択肢を示すことはできます。しかし、その選択肢を職場の文脈に照らし、目の前の本人にとって現実的な一手に落とし込むには、やはり人の関与が欠かせません。最後に残るものAIに代替される産業医の仕事は多いでしょう。医学知識の検索、法改正の要約、ガイドラインの整理、意見書の作成など、こうした作業は、すでにAIが得意とする領域であり、今後さらに精度が高まるでしょう。それでも人に残るのは、信頼、解釈、調整、判断と責任、そしてAIをどう使うかという倫理です。画像を拡大するこうした仕事は、正しい答えを出せばよいというものではありません。AIの予測を、そのまま労働者の不利益に結びつけないことも重要です。誰に、何を、どのように伝えるのか。本人が受け止められる形で説明できるか。必要であれば会社に対して「この働かせ方は危ない」「この復職はまだ早い」と言えるか。関係者の間で、判断を現実に機能させていく仕事です。AI時代に問われるのは、AIが示した情報や選択肢を、誰が職場の現実に引きつけて解釈し、関係者に伝え、その結果を引き受けるのかです。その役割を担うのは、本人と会社の間に立ち、医学と労務の間に立ち、AIの出力と、職場で生きる人間の現実との間に立つ産業医です。フローは回っても、判断と責任は残る。AIが進化するほど、産業医にしか担えない仕事は、むしろ明確になるのではないでしょうか。AIは産業医の仕事を奪うだけではなく、産業医という仕事の本質を、これまで以上に鮮明に浮かび上がらせる存在なのだと思います。

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「よく転ぶようになった」と言う80歳女性、現処方6剤のうち見直すべきは?【高齢者処方のデザイン】第5回

【症例】患者80歳・女性80歳女性。10年前にうつ病と診断され、前医からアミトリプチリン50mg/日を継続投与されている。既往に高血圧、軽度認知機能低下、脂質異常症、変形性膝関節症、10年前からの便秘症があり、降圧にヒドロクロロチアジド(HCTZ)12.5mgとアムロジピン5mg、便秘に酸化マグネシウム 約1.0g/日、脂質異常症にアトルバスタチン10 mg、変形性膝関節症の疼痛時にアセトアミノフェン500mg 頓用が処方されている。家族に付き添われて来院し、「半年で2回転倒した」「口がいつも乾く」「便が出にくい」「立ちくらみがする」と訴える。本人は「最近忘れっぽい」と自覚するが、抑うつ症状は安定している。診察上、臥位血圧138/82に対し起立3分で108/64と起立性低血圧を認め、脈拍上昇は乏しい。eGFR 55、Na 138、K 3.9、ALT 21、補正Ca 9.2。MMSE 24/30。【Before:前医の処方箋】A)アミトリプチリン 25mg 1日2回 朝食後・就寝前B)ヒドロクロロチアジド 12.5mg 1日1回 朝食後C)アムロジピン 5mg 1日1回 朝食後D)酸化マグネシウム 330mg 1日3回 毎食後E)アトルバスタチン 10mg 1日1回 夕食後F)アセトアミノフェン 500mg 疼痛時頓用A)アミトリプチリン 25mg 1日2回 朝食後・就寝前B)ヒドロクロロチアジド 12.5mg 1日1回 朝食後C)アムロジピン 5mg 1日1回 朝食後D)酸化マグネシウム 330mg 1日3回 毎食後E)アトルバスタチン 10mg 1日1回 夕食後F)アセトアミノフェン 500mg 疼痛時頓用この6剤の中で、まず見直すべき薬はどれか? 1) 2023 American Geriatrics Society Beers Criteria Update Expert Panel. J Am Geriatr Soc. 2023;71:2052-2081. 2) Boustani M, et al. Aging Health. 2008;4:311-320. 3) Coupland C, et al. BMJ. 2011;343:d4551. 4) Mori H, et al. J Clin Biochem Nutr. 2019;65(1):76-81. 5) Musini VM, et al. Cochrane Database Syst Rev. 2014;2014:CD003824. 講師紹介

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第326回 なぜ患者を殺害するのか、犯行動機と7つの予防策

INDEX患者を救うはずの医療者がどうして…研究報告されている医療者による殺人看護師が加害者になる8つの犯行動機研究から見える7つの予防策患者を救うはずの医療者がどうして…悲しいことではあるが、多くの人にとって殺人事件のニュースを見聞きすることは珍しくはないはずだ。警察庁の「犯罪統計」1)によると、2025年の殺人認知件数(未遂も含む)は976件。日本では単純計算で毎日2件以上の殺人事件が起きていることになる。殺人による厳密な被害者(死者)数は警察庁の資料に記載はないが、厚生労働省の人口動態統計の2025年速報値2)での「他殺」は210人となっている。ただ、人口動態統計の他殺死者は、居住していない在留外国人などの被害者は含まれず、実数は人口動態の数値よりやや高いものになるだろう。もっとも今から半世紀前の1975年の殺人認知件数は2,098件、被害者数は1,429人。当時と比べ、認知件数は半分以下、被害者数は約7分の1にまで低下しているのは、世の中の“進歩”と言えるのかもしれないが、それでも年間200人もの人が理不尽に命を奪われていいわけはない。そのような中で、まさに人命を救うために活動する医療者が患者を殺害するというショッキングな事件が先頃、報じられた。7月15日、千葉県警察本部は柏市にある柏たなか病院の元看護師を、患者の点滴に便を混入して死亡させた殺人容疑で逮捕した。各種報道によると、元看護師は容疑を否認しているものの、スマホには「便混入 死ぬか」の検索履歴があったと言われている。また、敗血症性ショックで死亡した被害者の体内から検出された細菌、元看護師の看護服に付着していた便の細菌、点滴チューブを一時保管していた滅菌カップから検出された細菌の3つの遺伝子検査結果が一致していたという。およそ信じがたい事件ではあるが、報道ベースでたどる限り、日本国内で医療者による患者殺人は、1991年の東海大学安楽死事件を筆頭に過去30年ほどで10件未満、散発的と言える程度には発生している。この実態からすると、「メディアは医療者による事件を過度にセンセーショナルに報じ過ぎ」という指摘も出てきそうであるが、そもそも医療者は社会一般の認識からすれば最も殺人という犯罪に縁遠い立場である。にもかかわらず、犯罪の中でも最悪の類型である殺人に手を染め、しかもその被害者が本来救うべき患者であるならば、メディアはほかの殺人事件以上に「なぜ?」を追求して報じざるを得ないことは申し添えておきたい。研究報告されている医療者による殺人さて前述の日本国内での医療者による殺人での犯人は、医師あるいは看護師に大別され、医師が逮捕・起訴されたケースはほぼ安楽死や終末期医療に関連したケースである。一方で、看護師の犯行動機(検察側の主張も含む)は、率直に言って身勝手な自己都合である。実はこのような医療者による患者殺害に関しては、海外では複数の研究報告がある。代表的なものは2023年にドイツのギーセン・マールブルク大学病院法医学研究所のグループが公表した研究3)で、医療機関・介護施設・訪問介護などで少なくとも2人以上の患者が犠牲になった1945年以降の事件のうち、犯罪現場、加害者の性別・職種・年齢、犯行態様、被害者数および被害者年齢、最終判決内容の詳細がわかる70件を分析している。この分析結果では、加害者の大部分は看護師と記述している(なぜか割合の記載は省かれているが)。ちなみにこの研究ではカリフォルニア州立大学のグループが2006年に発表した先行研究4)を引用しているが、この研究で分析対象とした1970〜2006年の医療者による患者連続殺人43件の加害者のうち86%は看護師であった。看護師が加害者になる8つの犯行動機ここからは医療者による患者殺人において、なぜ看護師が加害者の大半を占めるかについて淡々と分析してみる。とくに看護師の方々にとっては不快な内容になるかもしれないが、あくまでドライな分析の1つとして許容いただきたい。最大の要因は、医師やそのほかの職種に比べ、患者に接する時間が長く、悪意を持った場合に犯行チャンスに“恵まれている”からだと考えられる。もう1つの要因は、この種の犯行の手口から推察できる。前述のドイツの研究が分類した犯行手口は、注射が56件、暴力・機械的窒息が10件、経口・栄養への毒物混入が8件。ここからわかるのは、看護師特有の知識と技能が皮肉にも犯行に存分に生かされている現実である。医療者内の各職種に悪意を有する人間が同じ割合で存在すると仮定した場合、その中でも看護師は犯行チャンスが多く、ターゲットを確実に死に至らしめ、かつ犯行の発覚を遅延・隠蔽できる知識・技能を兼ね備えていることになる。このことは過去の日本の事例でも説明ができる。2016年に横浜市の旧大口病院で看護師が点滴に致死量を超える消毒薬を混入して患者3人を殺害した事件である。このケースは、事件発覚までに加害者の看護師の担当フロアで82日間に48人の患者が死亡し、本人も「20人前後の点滴に消毒液を混入した」と供述していたが、発覚前の死亡患者は自然死扱いで火葬も終了していたため、限定的な立件しかできなかった。要は時と場合を選べば、自然死を装うことも可能なのである。一方、犯行につながる要因(動機)についてドイツの研究では、(1)精神疾患歴(2)承認欲求・スリル・自己肥大化(3)医師への対抗心と対立(4)患者の非人間化(5)良心の欠如、などを挙げ、そのほかの研究ではこれ以外にも(6)業務負担の軽減(7)金銭・利欲(8)正義感の歪み(疑似安楽死)なども指摘している。ただ、この手の研究では、犯行の多くは単一動機ではなく複合動機で起きているとの分析が多い。たとえば前出の旧大口病院事件の加害者の看護師は、判決で自閉スペクトラム症(ASD)の特性を有し、犯行当時はそれに伴ううつ状態にあったと認定されている。また、直接的な犯行動機は、過去に患者家族から処置後に怒鳴られた経験から、勤務交代時に担当患者の点滴に消毒薬を混入して殺害することで、自分が勤務中に怒鳴られることを回避するためだった、とも認定されている。前述の犯行要因(動機)としては(1)と(6)が該当することになる。一般的な思考からすると(1)⇒(6)に行くのはあまりにも飛躍し過ぎていると感じるはずだ。この点について無期懲役となった判決の理由説明では、この看護師がASD特性により臨機応変な対応が苦手にもかかわらず、採用時の説明と異なり延命措置などを行わねばならなかったことに加え、前述の患者家族から怒鳴られた経験が重なり、一時的な不安軽減を求めて患者を消し去るという「視野狭窄的心境に陥った」としている。つまり加害者が有するASD特性を重く見ており、判決文の中でわざわざ「動機形成過程には、被告の努力ではいかんともし難い事情が色濃く影響しており、酌むべき事情と言える」とまで言及した。旧大口病院事件の場合、殺害された被害者が3人、かつ前述のようにそのほかにも殺害が疑われるケースがあるにもかかわらず、死刑が回避されたのはまさにこのASDに起因する本人の思考の持つ不可抗力性と裁判過程で加害者が見せた贖罪の意思が影響している。今回の柏たなか病院の事件の場合、逮捕された看護師は容疑を否認していると言われるため動機は今のところわからないものの、一部の報道ではこの看護師が学生時代に狂言騒ぎを起こしているとの証言もあり、(2)の要素が関係している可能性もある。研究から見える7つの予防策もっとも現場としては、こうした犯罪の手口・動機の分析よりも直接的な予防策のほうが関心事だろう。この点についてドイツの研究では、(1)見て見ぬふりをする文化の打破(2)匿名通報システムの構築(3)薬品管理の厳格化と定期的監査(4)死亡記録と勤務シフトの照合(5)救命成功事例・急変事例の検証(6)教育・研修カリキュラムでの意識向上トレーニング(7)自然死の妥当な理由がない急死例での解剖実施率向上などを列挙している。これに加え就職時に周囲の推薦(いわばコネ)がモノを言うアメリカからの研究報告では、「前職場へのヒアリングなど適切な採用前審査の実施」を予防策の1つとして挙げている。まず、アメリカのような採用前審査の厳格化は、時に差別・偏見と紙一重になるため、ケースバイケースにならざるを得ないだろう。ちなみに私が以前、人材あっせん業界に長く身を置く友人に聞いた、業種を問わない採用時の書類審査法としては、「履歴に不自然な空白期間がないかを最低限チェックし、該当する応募者を面接する際はこの点についてさりげなく尋ねる」というものだ。もちろん本人が口を濁すこともあるが、濁しながらも語られた内容から空白期間の理由が推察できれば問題なしと判定するのだという。そしてドイツの研究が提示した7つの予防策については、むしろ早期検知策に見える人がほとんどではないだろうか。この中で研究者が重視している対策は(7)である。異常死で確実に解剖が実施されれば、発覚を恐れる加害者が犯行を躊躇するという論理である。もっともこの論理を適用するならば、一見すると早期検知策にしか見えないこれら対策のほとんどは徹底化・ルーチン化できれば十分予防策にはなり得る。そしてこの中で私個人が何よりも重要だと考える対策が(1)である。前述のように旧大口病院の事件では、発覚までに大量の不審死が発生している。これは「見て見ぬふり」が最悪の形で影響した結果だろう。ではどうすればいいかだが、最低限必要なことは「医療安全関連の研修時から“医療者が殺人を犯す可能性”を念頭に置いた座学」である。「使命に燃える医療者に何と残酷なことを…」という意見もあるだろうが、危機管理とは常に味方を疑う冷酷・残酷なものであることを改めて肝に銘じなければならない。1)警察庁:犯罪統計2)厚生労働省:令和7(2025)年人口動態統計月報年計(概数)の概況_統計表3)Dettmeyer R, et al. Dtsch Arztebl Int. 2023;120:526-533.4)Yorker BC, et al. J Forensic Sci. 2006;51:1362-1371.

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健康的な脳の老化にはDHAが重要~EPAとの比較

 高齢者では脳萎縮が認知機能低下に先行することが多いため、脳構造の評価は神経保護の中間バイオマーカーとなる。近年、n-3系多価不飽和脂肪酸(PUFA)、とくにドコサヘキサエン酸(DHA)の血中濃度は、脳の構造的完全性との関連が示唆されている。しかし、魚の摂取量が多く、n-3系PUFA濃度がかなり高い日本人のデータは少なく、また、脳構造との関連でDHAとエイコサペンタエン酸(EPA)を比較した研究はほとんどない。今回、滋賀医科大学NCD疫学研究センターの近藤 慶子氏らが、高齢日本人女性においてEPA、DHA、EPA+DHAの血清濃度と脳容積の関連を検討したところ、DHAはEPAよりも灰白質容積との関連が強く、EPAとの関連は限定的なことがわかった。Journal of Nutrition誌オンライン版2026年7月25日号に掲載。 本研究は、滋賀県草津市在住の60~85歳の女性527人(平均年齢:74.2歳)を対象した横断研究である。EPAおよびDHAの血清濃度をガスクロマトグラフィー法により測定した。脳容積(全脳・灰白質・白質・海馬の容積)は、1.5テスラ磁気共鳴画像法を用いて評価した。共分散分析を行い、EPA、DHA、EPA+DHA濃度の四分位に基づいて調整した脳容積の平均値を比較した。共変量には年齢、全頭蓋内容積、BMI、教育年数、喫煙・飲酒状況、歩数、糖尿病、高血圧、スタチン使用を含めた。 主な結果は以下のとおり。・血清DHA濃度は灰白質容積と有意な正相関を示した(傾向のp=0.036)が、血清EPA濃度は相関が認められなかった。EPA+DHA濃度は灰白質容積と正相関の傾向を示した(傾向のp=0.085)。・EPA、DHA、EPA+DHAの血清濃度と、白質容積、全脳容積、海馬容積との間には有意な関連は認められなかった。 今回の結果から、著者らは「DHAが豊富な食事が健康的な脳の老化にとって重要であることが裏付けられた」と結論している。

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精神科における多剤併用療法、それぞれの職種でどう考えているのか?

 多剤併用療法は、複雑かつ治療抵抗性の精神疾患をマネジメントするうえで、重要な治療選択肢の1つである。一方、有害な薬物相互作用、服薬アドヒアランスの低下、健康アウトカムの悪化といったリスクも伴う。多剤併用療法に対する専門職間の見解は、臨床的な意思決定や処方行動に大きな影響を及ぼす。サウジアラビア・King Abdullah International Medical Research CenterのAmal I. Khalil氏らは、精神科医療における多剤併用療法に関する医療従事者の知識と態度を評価し、精神科看護師、精神科医、薬剤師の見解を比較するため、本研究を実施した。また、これらの要因が処方行動や専門職間の連携にどのような影響を与えるかについても検討した。PLOS One誌2026年7月14日号の報告。 サウジアラビア・ジェッダにあるErada Complex for Mental Health and Addictionにおいて、コンバージェント・ミックスド・メソッド(収束型混合研究法)のアプローチを採用し、検討を行った。本研究には、精神科医32人、精神科看護師158人、薬剤師31人を含む計221人の医療従事者が参加した。知識と態度を評価するため、妥当性が検証された尺度を用いて量的データを収集した。一方、自由記述回答やグループディスカッションを通じて質的な知見を収集した。 主な結果は以下のとおり。・専門職間で知識レベルに差が見られ、精神科医が最も包括的な理解を示し(84.2±11.0)、次いで薬剤師(81.5±10.0)、精神科看護師(79.5±9.8)の順であった。・多剤併用療法に対する態度にも違いがあり、精神科医が最も肯定的な見解を示した(3.79±0.49)のに対し、看護師や薬剤師は、副作用や服薬負担への懸念から、より慎重な姿勢を示した。・知識と態度のスコアの間には、有意な正の相関(r=0.653、p<0.05)が認められた。・専門的経験年数や服薬管理に対する自信といった社会人口統計学的要因が、服薬管理に関する知識と態度の双方に影響を及ぼしていた。・質的調査の結果では、専門職間の緊張関係が浮き彫りになった。精神科看護師は、より慎重なアプローチを主張し、精神科医は臨床的必要性を強調し、薬剤師は薬物療法の安全性最適化に重点を置く傾向が見られた。 著者らは「精神科医療における多剤併用療法に対して、医療従事者は、それぞれの専門的役割や責任に裏打ちされた、異なるレベルの認識や態度を示した。精神科医は多剤併用療法を比較的許容していたのに対し、精神科看護師は患者への負担を懸念し、薬剤師は安全性を最優先する傾向が見られた。患者アウトカムを改善するためには、多職種連携の強化と多剤併用療法に関する継続的な教育が不可欠である」と結論付けている。

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多枝冠動脈バイパス術後の身体的回復、小開胸vs.胸骨正中切開/Lancet

 多枝冠動脈疾患を有する適格患者において、経験豊富なチームが施行した低侵襲冠動脈バイパス術(MICS CABG)は胸骨正中切開によるCABGと比較し、術後1ヵ月時点の患者報告による身体的回復を改善し、かつ術後12ヵ月までの安全性に明らかな不利益は認められなかった。カナダ・オタワ大学のMarc Ruel氏らが、研究者主導の国際共同無作為化非盲検比較試験「Multivessel coronary artery bypass grafting via small thoracotomy versus sternotomy:MIST」の結果を報告した。CABGは一般的であるが侵襲性が高い手術で、従来は胸骨正中切開によって行われてきた。小開胸によるMICS CABGは術後の回復を改善する可能性があるが、無作為化試験によるエビデンスは限られていた。今回の結果について著者は、「適切な患者選択の下での経験豊富なチームによるMICS CABGを支持するものであり、今後は実施体制、回復プロセスおよび長期アウトカムについて、さらなる研究が必要である」とまとめている。Lancet誌オンライン版2026年7月31日号掲載の報告。術後1ヵ月時点のSF-36 PCSを比較 MIST試験は、カナダ(2施設)、インド、中国、ドイツ、米国および日本(各1施設)の計7施設(大学病院4施設、市中病院3施設)で実施された。 対象は、18歳以上でCABGの適応があり、血管造影で多枝冠動脈疾患(2本以上の主要心外膜冠動脈および2つ以上の異なる冠動脈領域[左前下行枝、左回旋枝または右冠動脈]において少なくとも70%の狭窄、あるいは左冠動脈主幹部の50%以上の狭窄)が確認され、胸骨正中切開CABGまたは小開胸によるMICS CABGのいずれかの冠動脈手術の適応がある患者であった。血行動態が不安定な患者、いずれかの手術法が禁忌の患者、心臓手術歴のある患者、併施手術を要する患者は除外された。 研究グループは、適格患者をMICS CABG群または胸骨正中切開CABG群に、1対1の割合で無作為に割り付けた。 主要評価項目は、術後1ヵ月時点における患者報告による身体的回復度で、SF-36の身体的側面のQOLサマリースコア(PCS)を用いて評価した。 主要解析はITT集団を解析対象とし、安全性解析は実際に施行された治療に基づいて行った。1ヵ月時点の欠測データは、多重代入法を用いて補完した。術後1ヵ月時点のSF-36 PCSスコア、MICS CABG群で有意に高値 2018年8月24日~2024年11月26日に176例が登録され、同意撤回の6例を除く170例がMICS CABG群(86例)または胸骨正中切開CABG群(84例)に無作為化された。患者背景は、年齢中央値67.0歳(四分位範囲:61.0~72.0)、男性154例(91%)、女性16例(9%)で、全例に割り付けられた手術が施行された。 術後1ヵ月時点で、SF-36 PCSスコア平均値はMICS CABG群45.1(SD 8.0)、胸骨正中切開CABG群42.2(SD 9.1)であり、MICS CABG群が有意に高値であった(平均群間差:2.9、95%信頼区間:0.3~5.5、p=0.031)。 術後1ヵ月時点の臨床および安全性追跡調査は全例で完了し、術後12ヵ月時点の追跡調査は胸骨正中切開CABG群の3例を除く全例で完了した。術後12ヵ月までにいずれの群でも死亡や脳卒中は認められなかった。術後1ヵ月より前にMICS CABG群で主要有害心・脳血管イベントが1例に発生したが、胸骨正中切開CABG群では発生しなかった。

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HIVの1次治療、ドラビリン含有レジメンの有効性と体重への影響/JAMA

 主にアフリカ系黒人成人に対する初回抗レトロウイルス療法(ART)として、ドラビリン(DOR)/ラミブジン(3TC)/テノホビル ジソプロキシルフマル酸塩(TDF)は、ドルテグラビル(DTG)/エムトリシタビン(FTC)/テノホビル アラフェナミド(TAF)と比較し、48週時点のウイルス抑制効果に関して非劣性を示し、かつ体重増加がより少ないことが認められた。南アフリカ共和国・ウィットウォーターズランド大学のJoana Woods氏らが、研究者主導の無作為化非盲検非劣性試験「Opti-DOR試験」の結果を報告した。ARTの開始後、とくにTAF/DTGまたはビクテグラビルを含むレジメンにおいて著しい体重増加を伴うことがあり、HIV感染者の心代謝リスクを増大させる可能性がある。JAMA誌オンライン版2026年7月31日号掲載の報告。DOR/3TC/TDFの有効性および体重増加への影響を、DTG/FTC/TAFと比較 研究グループは、南アフリカ共和国の2施設において、HIV感染が確認され、ART歴がなく、スクリーニング時にHIV RNA 500コピー/mL超、かつDORに対する検出可能な耐性が認められない18歳以上の成人を登録した。 適格患者を、DOR(100mg)/3TC(300mg)/TDF(300mg)群、またはDTG(50mg)/FTC(200mg)/TAF(25mg)群に1対1の割合で無作為に割り付け、1日1回経口投与した。 主要評価項目は、48週時点におけるHIV RNA量<50コピー/mLの患者の割合で、群間差の95%信頼区間(CI)の下限値が-10%を上回る場合に非劣性と定義した。重要な副次評価項目は、体重の変化、体組成に対する治療の影響、安全性および有害事象などであった。ウイルス抑制効果についてDOR/3TC/TDFの非劣性を確認、体重増加も有意に少ない 2023年10月~2025年3月に898例が適格性の評価を受け、このうち600例が無作為化された。最終評価は2026年2月であった。 患者背景は、597例(99.5%)がアフリカ系黒人、413例(68.8%)が出生時女性、年齢中央値34歳(四分位範囲[IQR]:28~41)、体重中央値74.9kg(IQR:66.1~85.0)、BMI中央値27.7(IQR:25.1~31.7)であり、34.0%はBMI値30以上であった。 48週時点において、HIV RNA量<50コピー/mLを達成した患者の割合はDOR/3TC/TDF群89.0%(266例)、DTG/FTC/TAF群90.7%(273例)、群間差は-1.7%(95%CI:-6.6~3.1)であり、事前規定の非劣性マージンを満たした。 体重増加量の中央値は、DOR/3TC/TDF群3.0kg、DTG/FTC/TAF群5.0kg(群間差:-2.0kg、95%CI:-3.0~-1.0、p<0.001)であった。 股関節骨密度(BMD)の変化率中央値は、DOR/3TC/TDF群-2.1%(IQR:-4.1~-0.5)、DTG/FTC/TAF群-0.5%(IQR:-1.9~1.2)、脊椎BMDの変化率中央値はそれぞれ-3.2%(IQR:-5.4~-0.8)、-1.3%(IQR:-3.2~0.8)であった(いずれの群間比較もp<0.001)。 DOR/3TC/TDF群において、ウイルス学的失敗を呈した9例のうち7例でDORに対する耐性が認められた。これら7例のうち、DTGを含む治療レジメンへ切り替えた6例中5例でウイルス抑制が達成され、1例は追跡不能となった。 重篤な有害事象の発現割合はDOR/3TC/TDF群3.7%、DTG/FTC/TAF群2.3%で、死亡は2例(いずれもDOR/3TC/TDF群)にみられたが、いずれも試験治療との関連はないと判断された。

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超高齢の乳がん患者における術後の局所再発率と生存率

 超高齢乳がん患者に対する外科的治療の有効性とアウトカムを検討するために、米国・スタンフォード大学のDavid Foulad氏らが、新規発症の原発乳がんまたは温存乳房内再発(IBTR)で手術を受けた85歳以上の患者のデータを解析したところ、手術が満足のいく局所制御をもたらすことが示唆された。Breast Cancer Research and Treatment誌2026年8月6日号に掲載。  本研究は、Stanford HealthcareおよびSutter Healthの電子カルテをカリフォルニア州がん登録とリンクさせたデータベース「Oncoshare」を用いて実施された。2010~19年に、原発乳がんまたはIBTRに対し外科的治療を受けた85歳以上の91例を対象に、外科的治療および予後データを解析した。  主な結果は以下のとおり。・91例のうち85~89歳が65例(71%)、90歳以上が26例(29%)であった。29.2%は検診により発見され、57.7%に乳がん既往歴が認められた。 ・96の腫瘍のうち70%で乳房温存術が施行された。リンパ節の病期評価は、温存術群の36%、全摘群の91%で実施された。 ・追跡期間中、局所領域再発は18例(うち17例が温存術後)で認められ、乳がん死亡は2例だった。 ・乳がん特異的生存率は3年で100%、5年で98.0%(95%信頼区間[CI]:94.3~100)と非常に高かった。 ・全生存率(OS)は3年で77.9%(95%CI:68.8~88.1)、5年で59.9%(同:49.3~72.6)であった。・年齢層別の5年OSは、85~89歳で71.9%(同:60.4~85.6)、90歳以上で28.3%(同:13.6~58.6)で、有意な差が認められた(p<0.001)。 ・OS中央値から推定された平均余命は、85~89歳で7.6年、90歳以上で3.5年であった。 ・Aalen-Johansen推定量を用い、死亡を競合リスクとして考慮した場合、局所領域再発の累積発生率は、3年で4.6%(95%CI:2.2~9.0)、5年で13.4%(同:5.9~20.8)であった。  著者らは、「手術は、85歳以上の新規乳がんまたはIBTR患者において満足できる局所制御を達成できる」と結論している。

160.

肥満症治療薬単独では血管の健康改善効果は限定的

 GLP-1受容体作動薬などの肥満症治療薬は、肥満治療を大きく変えつつある。しかし、血管の健康の維持には、運動が依然として決定的な役割を果たす可能性を示した研究が、6月24日付で「Nature Metabolism」に掲載された。論文の上席著者であるコペンハーゲン大学(デンマーク)生物医学分野教授のSigne Torekov氏は、「本研究は、薬物療法は体重維持を支える一方で、血管の健康を改善するのは、薬物療法の有無にかかわらず運動であることを示している」と述べている。 肥満と身体活動不足は、血管内皮機能の低下や動脈硬化と関連付けられている。この研究では、8週間の低カロリー食による減量プログラムにより平均約13.7 kgの減量に成功した肥満の成人130人を対象に、運動とGLP-1受容体作動薬のリラグルチドが、減量後の血管の健康に与える影響が検討された。対象者は52週間にわたる体重維持のための介入として、1)運動を行う群、2)リラグルチドを使用する群、3)運動とリラグルチド使用を併用する群、4)プラセボを使用する群のいずれかにランダムに割り付けられた。 その結果、52週間の介入後に、心疾患や脳卒中リスクの指標とされる頸動脈の内膜中膜複合体厚(cIMT)は、運動群で7%、併用群で6%減少した。また、運動群では炎症性サイトカインであるインターロイキン(IL)-6とインターフェロン(IFN)-γが低下し、併用群では対象とした4種類の血管内皮機能マーカーのうちの3種類(sICAM-1、sVCAM-1、tPA)も改善した。一方、リラグルチド単独群では、cIMTの変化や血管内皮機能マーカーの改善は認められなかった。 Torekov氏は、「肥満症治療薬は重要な治療手段であるが、本研究の結果は、それが運動の代わりにはならないことを示している。心臓や血管を守るためには、身体活動が依然として不可欠である」と述べている。 では、どの程度の運動が必要なのだろうか。世界保健機関(WHO)は、中強度の運動を週に150分以上、または高強度の運動を週に75分以上行うことを推奨している。本研究の参加者が実施した運動プログラムは、この推奨内容に一致するよう設計されていた。

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