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一部の大学では学力試験を伴う“年内入試”がすでに本格化こんにちは。医療ジャーナリストの萬田 桃です。医師や医療機関に起こった、あるいは医師や医療機関が起こした事件や、医療現場のフシギな出来事などについて、あれやこれや書いていきたいと思います。明治神宮外苑や日比谷公園など都心部の公園のイチョウの黄葉がピークを迎えています。私の住む近所の公園でも黄葉真っ盛りです。同じ公園内でも日の当たり具合によって、黄葉の進み具合が微妙に異なるのが面白いです。こうした冬の訪れとともに東北地方などでのクマ被害の報道も少なくなりました。クマの冬眠とともに、人々のクマへの関心も急速に薄れていくでしょう。もっとも、来春、目覚めたクマたちがどんな動きを見せるのか、山登りをする身にはとても気掛かりなのですが。さて、今年度から大学入試のルールが変わり、一部の大学では学力試験を伴う“年内入試”がすでに本格化しているようです。これまで学力試験は2月以降と決められていましたが、今年から前倒しが認められたためです。ということで、今回は医学部入試にまつわる話題を取り上げます。藤田医科大学医学部(愛知県豊明市)は、2026年度入試から医学部の学費を6年間総額で2,152万円(現行2,980万円)に30%値下げします。約800万円という大幅な値下げには、いったいどんな狙いがあるのでしょうか。9年で約1,500万円学費を下げた藤田医科大医学部藤田医科大医学部の学費値下げは2025年5月29日に発表されました。その後、朝日新聞の大学選び情報サイト「Thinkキャンパス」が11月10日「藤田医科大が学費を800万円値下げ 医学部受験生への影響は?」と題する記事を掲載、医学部受験とは無関係の人にも広く知られることになりました。藤田医科大は2017年度にも3,620万円から2,980万円に学費を引き下げており、ここ9年ほどで実に約1,500万円引き下げたことになります。なんと太っ腹な大学でしょう。朝日新聞の報道によれば、「藤田医科大学の6年間の学費(2,152万円)は、国際医療福祉大学、順天堂大学、関西医科大学に続き、私立大学医学部では全国4番目に低い額(医系専門予備校メディカルラボ調べ)」とのことです。学費値下げの先鞭をつけた順天堂大学医学部は志願者が増え偏差値も上昇超高額なのが当たり前だった私大医学部の学費値下げの先鞭をつけたのは順天堂大学で、2008年度のことでした。この時、順天堂が6年間の学費を900万円下げた結果、志願者が増え、偏差値が上がりました。つまり、優秀な学生が入学してくるようになったわけです。順天堂大学の2026年度の学費は2,080万円で、今でも全国2番目の低さです。順天堂大学に続くかたちで、2009年度には帝京大学医学部も学費を下げています。最近では関西医科大学が2023年度の入学生から学費を大幅に引き下げ、6年間で計2,100万円(引き下げ前は2,770万円)にしています。この結果、同大も志願者数が急増、偏差値も上がっています。「学費の大幅値下げは、大学の生き残りをかけたプロジェクトの一環」朝日新聞「Thinkキャンパス」の記事によれば、藤田医科大の岩田 仲生学長は学費値下げの理由を「学費の大幅値下げは大学の生き残りをかけたプロジェクトの一環。(中略)100年後には人口が今の3分の1になるという試算もあります。その頃に必要とされる医学部の数は4分の1くらいになっていてもおかしくありません。そうなっても私たちは社会や国民から『そこにあり続けてほしい』と言われる、価値のある大学にしたいのです」と話しています。国公立、私立含めて大学病院の生存競争が激しくなる中、藤田医科大は比較的経営状態が良好であることから、将来を見据えて学費値下げに打って出たということでしょう。2021年度から6年間の学費を一気に約1,200万円も上げた東京女子医大とは真逆の対応と言えます(「第28回 コロナで変わる私大医学部の学費事情、2022年以降に激変の予感」参照)。その後の東京女子医大の凋落を考えると、医学部の学費は医科大学の経営状況のバロメーターと言えるかもしれません。 「全ての大学病院が一様に同じ役割・機能を同程度持ち続けることは難しい」と文科省検討会取りまとめ実際、全国の大学医学部はこれから過酷なサバイバル戦に突入するとみられています。本連載「第274回 文科省『今後の医学教育の在り方』検討会と厚労省『特定機能病院あり方検討会』の取りまとめから見えてくる大学病院“統廃合”の現実味(後編)」で書いたように、文部科学省は今年7月、「今後の医学教育の在り方に関する検討会」による「第三次取りまとめ」を公表しています。「第三次取りまとめ」は、医師の働き方改革をきっかけに激変した大学病院の経営環境を踏まえ、どう医学部・大学病院の教育研究環境を確保し、同時に大学病院の経営改善を図っていくかについて、今後の方向性を取りまとめたものです。大学病院を全国一律に捉えず、それぞれ必要とされる分野で機能・役割分化を促していく、というなかなか意味深な内容になっています。「II. 医学部・大学病院を巡る状況と今後の方向性について」の章では、「大学病院の役割・機能として、診療だけでなく、教育や研究も欠かすことができないが、所在する地域の状況や医師の働き方改革等大学病院を取り巻く様々な環境の変化によって、全ての大学病院が一様に同じ役割・機能を同程度持ち続けることは難しいといった指摘がある」と書かれています。つまり、「大学病院=教育・研究・診療が揃っているもの」というステレオタイプな捉え方はもはや古く、教育に重点を置く大学病院、研究に重点を置く大学病院、診療に重点を置く大学病院というように、機能分化せざるを得ない状況だと断言しているのです。「教育」「研究」を手放してしまったら、それは大学病院の“格落ち”を意味します。「診療に重点を置くだけの大学病院」では市中の病院と機能的に大きな違いはなく、人口減少が進む県では病院統廃合の対象にもなるかもしれません。そして最悪、閉校の可能性すらあります。藤田医科大の学費値下げは、そうした“格落ち”の危機を回避するために、今から優秀な学生を確保して「教育」「研究」に力を入れていくという“宣言”でもあるのです。大学医学部サバイバル戦はすでに終盤戦?財務省は11月11日、財務相の諮問機関である財政制度等審議会の分科会を開き、教育の質を持続的に確保するために大学の統合や縮小、撤退を促進することが必要だと提言しました。また、厚⽣労働省は11月20⽇、医学部の⼊学定員を全体として「削減」する案を省内の検討会に提⽰しています。これまで「適正化」を進めるとしていましたが、減らす⽅針を初めて明確にしました。こうした動きからも、岩田学長の「必要とされる医学部の数は4分の1くらいになっていてもおかしくありません」という言葉は現実味があります。今後5年ほどで、「生き残る医学部」と「なくなる医学部」に二分されていくでしょう。医学部サバイバル戦は始まったというより、すでに終盤戦に入っているのかもしれません。