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1 疾患概要■ 概念・定義ハッチンソン・ギルフォード早老症候群(Hutchinson-Gilford progeria syndrome:HGPS)は、1886年にJonathan Hutchinsonと1897年にHasting Gilfordが報告したことから命名された疾患である。遺伝性早老症の中でも、とくに症状が重篤な疾患であり、出生後半年頃より著しい成長障害、皮膚の強皮症様変化、禿頭、脱毛、小顎、老化顔貌、皮下脂肪の減少、四肢関節の拘縮を呈する。精神運動機能や知能は正常である。脂質代謝異常、動脈硬化性疾患、心血管系合併症により平均寿命は14.6歳と報告されている。■ 疫学全世界で350~400例の典型HGPS患者が報告されており、米国NPO法人のProgeria Research Foundationには、2024年12月末の時点で151例の典型HGPS患者が登録されている。また、2024年9月30日時点でアメリカのHGPS有病率は約2,000万人に1人と報告されている。中国からの論文では調査した17省の有病率(中央値)は5,300万人に1人で、最も頻度の高い海南省は約2,300万に1人と報告されている。筆者らが2023年に全国調査した結果ではわが国のHGPS有病率は約1,667万人に1人であった。■ 病因ラミンAは核膜を物理的に支える枠組みを構成する。ラミン分子が核構造を物理的に安定化させることでクロマチン構造を維持し、また、安定的な転写因子との共役が機能的にも重要である。変異ラミンAタンパクであるプロジェリン(またはファルネシル化プレラミンA)が蓄積すると核膜構造に異常を来し、物理的影響による損傷を受けやすくなる。また、ヘテロクロマチンの分布や量に変化が生じ、異常なテロメアが形成されることで染色体の機能が変化する。このエピジェネティックな変化はすべての遺伝子発現に大きな影響を与える。ラミンAは発生過程のさまざまな転写調節因子に結合し、種々の遺伝子発現に関与するため、プロジェリンは組織構築の過程に重要なNotchシグナル伝達経路の下流で機能する複数の因子の発現量を変化させ、胎児期から成人期まで細胞と臓器の機能分化に大きな影響を与える。また、HGPS患者において臨床的に最も重篤な合併症は小児期早期からの脳心血管障害である。これはプロジェリンの発現が血管平滑筋細胞に小胞体ストレスや炎症を引き起こし、その結果、アテローム性動脈硬化が進行すると報告されている。■ 病態:プロジェリン産生のメカニズムLMNA遺伝子の典型的変異c.1824C>Tは潜在的なスプライス部位ドナーを活性化することにより異常スプライシングを引き起こし、ラミンAタンパク質の中間部分に50アミノ酸が欠失した変異型プレラミンAが産生される。この変異はC末端CAAXモチーフに影響を与えないため、ZMPSTE24によりカルボキシル末端の3アミノ酸は切断され、末端のシステインはカルボキシメチル化される。ZMPSTE24が認識し切断する配列(RSYLLG)は、異常スプライシングにより欠失した50アミノ酸内に含まれるためエンドペプチダーゼZMPSTE24で切断されない。その結果、恒久的にファルネシル化とカルボキシメチル化された変異型プレラミンA、すなわちプロジェリンが産生される。同様にZMPSTE24が認識するプレラミンA内の配列(RSYLLG)内のミスセンスバリアントによりZMPSTE24で切断を受けない分子病態が報告されている。また、ZMPSTE24遺伝子異常により正常なZMPSTE24が産生されないため、プレラミンAの内部切断が起こらずプロジェリンが産生され、その結果、下顎末端異形成症を発症する。■ 症状正常新生児として出生するが、乳児期から著明な成長障害と皮膚の萎縮・硬化を呈する。乳幼児期から脱毛、前額突出、小顎などの早老様顔貌、皮膚の萎縮・硬化、関節拘縮が観察される。動脈硬化性疾患による重篤な脳血管障害や心血管疾患は加齢とともに顕在化し、生命予後を左右する重要な合併症である。悪性腫瘍は10歳以上の長期生存例に認められる重要な合併症である。■ 分類1)プロジェリンを産生する典型遺伝型を保有するHGPS(典型HGPS)LMNA遺伝子のエクソン11内の点突然変異c.1824C>T(p.Gly608Gly)が原因である。特徴的な臨床表現型のHGPS患者の約9割がこの病的バリアントを保有する。この変異によりスプライシング異常が生じ、変異ラミンAタンパク(プロジェリン)が合成される。2)プロジェリンを産生する非典型遺伝型を保有するHGPS(非典型HGPS)非典型HGPSの臨床的な特徴は典型HGPに類似する。LMNA遺伝子の典型病的バリアント(c.1824C>T)以外でプロジェリンを産生するエクソン11またはイントロン11の病的バリアントが原因である。c.1821G>A(p.Val607Val)、c.1822G>A(p.Gly608Ser)、c.1968+5G>C、c.1968+1G>A、c.1968+2T>A、c.1968+1G>Aなどが報告されている。3)プロセシング不全性のプロジェライド・ラミノパチー(PDPL)LMNA遺伝子内の特定の位置の病的ミスセンスバリアントによりZMPSTE24の認識部位を喪失するため、プレラミンAが内部切断されない。c.1940T>G(p.L647R)が報告されている。また、ZMPSTE24遺伝子のホモ接合性または複合ヘテロ接合性機能喪失型病的バリアント(ZMPSTE24欠損)によりプレラミンAが内部切断されない。いずれもプロジェリンが産生される。■ 予後典型HGPSは10歳代でほぼ全例が死亡し、生命予後は極めて不良である。一方で、非典型HGPSでは40歳以上の長期生存例も報告されているが、動脈硬化性疾患に加え、がんの発生(とくに多重がん)に留意する必要がある。2 診断 (検査・鑑別診断も含む)特徴的な臨床症状とLMNA遺伝子検査による。c.1824C>T(p.Gly608Gly)がヘテロ接合性に確認されれば、典型HGPSと診断される。過去にプロジェリン産生が証明されている病的バリアントがヘテロ接合性に確認されれば、非典型HGPSと診断される。ホモ接合性または複合ヘテロ接合性ZMPSTE24の機能喪失型バリアントによりZMPSTE24遺伝子異常と診断する。わが国の指定難病「ハッチンソン・ギルフォード症候群(告示番号333)」では、臨床症状と遺伝学的検査の組み合わせにより「Definite」と「Probable」を分けて診断する(令和7年に改訂が予定されている)。3 治療 (治験中・研究中のものも含む)プロジェリンが原因であるHGPSに対して、ファルネシル転移酵素阻害薬ロナファルニブ(商品名:ゾキンヴィ)の臨床的効果が証明され、米国食品医薬品局(FDA)は2020年11月に世界で初めてロナファルニブを医薬品として承認した。以降、欧州やオーストラリア、中国でも承認され、わが国においても2024年1月に厚生労働省に薬事承認され同年5月より販売が開始されている。なお、本剤は、典型HGPS、非典型HGPSに加え、プロセシング不全性のプロジェロイド・ラミノパチーも適応症となる。Gordonらは、本剤の内服治療により有意な死亡率の低下を認めたと報告している。4 今後の展望■ 診断法プロジェリンに対する特異的モノクロナル抗体を用いた血漿中プロジェリンの免疫測定法がGordon らの研究グループから報告されている。国内でもLC-MS/MSを用いたラミンAタンパク質バリアントの測定系の確立とその実用化に向けた準備が進められている。■ 治験プロジェリンとラミンAの結合阻害作用を有する低分子化合物Progerininの国際共同治験(Phase I)が2020年より進められている。ほかの国際治験の進捗については、Progeria Research Foundationのホームページで随時公開されている。5 主たる診療科小児科、皮膚科、整形外科、循環器内科、遺伝科※ 医療機関によって診療科目の区分は異なることがあります。6 参考になるサイト(公的助成情報、患者会情報など)診療、研究に関する情報令和6年度 厚生労働科学研究費補助金 難治性疾患等政策研究事業「早老症のエビデンス集積を通じて診療の質と患者QOLを向上する全国研究」研究班(一般利用者向けと医療従事者向けのまとまった情報)NPO法人 Progeria Research Foundation(英語のホームページで詳細な情報・資料を公開/一般利用者向けと医療従事者向けのまとまった情報)Progeria Clinical Care Handbook(プロジェリアの子どもたちの家族と医療従事者のためのガイド第2版)(日本語版のガイドが無料ダウンロードできる/医療従事者向けのまとまった情報)1)Hutchinson J. Med Chir Trans. 1886;69:473-477.2)Gilford H. Med Chir Trans. 1897;80:17-46:25.3)Gordon LB, et al. GeneReviews [Internet]; 1993-2024.4)Wang J, et al. Pediatr Res. 2024;95:1356-1362.5)Gordon LB, et al. Circulation. 2023;147:1734-1744.公開履歴初回2025年2月7日