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マルチターゲット便DNA検査は免疫学的便潜血検査よりも大腸がん発見のコストが高い

 マルチターゲット便DNA検査(MSDT)および次世代MSDT(N-G MSDT)を用いたスクリーニングは、免疫学的便潜血検査(FIT)と比較して、発見できるAdvanced neoplasiaや早期大腸がん(CRC)1例当たりのコストが高いというリサーチレターが、「Annals of Internal Medicine」に5月13日掲載された。 ドイツがん研究センターのHermann Brenner氏らは、MSDTがFITと比較して高感度であり、米国でCRCスクリーニングに使用される機会が増えていることに着目し、2件の研究の結果に基づいて、FIT、MSDT、N-G MSDTを用いたCRCスクリーニングにおいて発見できる標的所見1件当たりのコストを比較検討した。 その結果、便検査で陽性となった場合の大腸内視鏡検査実施率を60%と仮定した場合、発見されるAdvanced neoplasiaまたは早期CRC1例当たりのスクリーニングコストは、MSDTおよびN-G MSDTを用いたスクリーニングで、FITを用いたスクリーニングよりも約7~9倍高くなることが分かった。FITを用いたスクリーニングと比較して、MSDTあるいはN-G MSDTにより追加で早期発見されるCRC1例当たりのコストはいずれも70万ドルを超え、これはFITで発見されるCRC1例当たりの約40倍および30倍に相当した。MSDTおよびN-G MSDTの1回当たりのコストが100ドル(現在のコストの20%未満)に引き下げられたとしても、MSDTまたはN-G MSDTにより追加で発見されるCRCまたはAdvanced neoplasia1例当たりのコストは、依然としてFITより何倍も高くなると考えられる。 著者らは、「今回の結果は、米国におけるFIT使用率の低下とMSDT使用率の上昇という現在の傾向を逆転させることができれば、得られるものが非常に大きい可能性を示している」と述べている。

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その痛み、お風呂で温まるとどうなりますか?【漢方カンファレンス2】第1回

その痛み、お風呂で温まるとどうなりますか?以下の症例で考えられる処方をお答えください。(経過の項の「???」にあてはまる漢方薬を考えてみましょう)【今回の症例】80代男性主訴左顔面の痛み既往高血圧、腰部脊柱管狭窄症、79歳:大腸がん手術病歴X年7月、左三叉神経領域の帯状疱疹で2週間の入院加療を行った。退院後、NSAIDs・鎮痛補助薬などを服用したがピリピリとした痛みが持続。9月上旬、胃もたれがひどくなり食事量が減少、また両下肢痛が悪化して歩行困難になったと家族から往診依頼があった。現症身長162cm、体重54kg。体温35.2℃、血圧142/62mmHg、脈拍60回/分整。顔面に皮疹・発赤なし。両下肢浮腫あり・下肢の筋力低下あり。経過初診時「???(1)」エキス3包 分3で治療を開始。(解答は本ページ下部をチェック!)2週後痛みは半分程度まで軽減した。まだ体が冷える。「???(2)」エキス3包 分3を併用開始。(解答は本ページ下部をチェック!)4週後痛みは30%程度で、NSAIDsは中止できた。下肢浮腫が軽減してリハビリもできている。胃の調子がよくなって食欲も出てきた。6週後痛みはほぼなくなった。杖歩行ができるようになった。問診・診察漢方医は以下に示す漢方診療のポイント(漢方カンファレンス第1回参照)に基づいて、今回の症例を以下のように考えます。【漢方診療のポイント】(1)病態は寒が主体(陰証)か、熱が主体(陽証)か?(冷えがあるか、温まると症状は改善するか、倦怠感は強いか、など)(2)虚実はどうか(症状の程度、脈・腹の力)(3)気血水の異常を考える(4)主症状や病名などのキーワードを手掛かりに絞り込む【問診】<陰陽の問診> 寒がりですか? 暑がりですか? 体の冷えを自覚しますか? 体のどの部位が冷えますか? 寒がりです。 手足や腰、下肢が冷えます。 入浴で長くお湯に浸かるのは好きですか? 冷房は苦手ですか? 入浴は長く湯船に浸かります。 冷房は顔が痛くなるので使っていません。 入浴で温まると顔の痛みはどうなりますか? お風呂に入った後は少し楽になります。 飲み物は温かい物と冷たい物のどちらを好みますか? のどは渇きませんか? のどは渇きません。 温かい飲み物をよく飲んでいます。 <飲水・食事> 1日どれくらい飲み物を摂っていますか? 食欲はありますか? 胃腸は弱いですか? だいたい1日1L程度です。 胃もたれがして食欲がありません。 もともと胃は弱いです。 <汗・排尿・排便> 汗はよくかくほうですか? 尿は1日何回出ますか? 夜、布団に入ってからは尿に何回行きますか? 便秘や下痢はありませんか? 汗は少しかきます。 尿は1日7〜8回です。 夜は2〜3回トイレに行きます。 便は毎日出ます。 下痢はありません。 <ほかの随伴症状> よく眠れますか? 昼食後に眠くなりませんか? 足がむくみませんか? 足がつることはありませんか? 皮膚が乾燥してかゆくありませんか? 顔と足の痛みで眠れないことがあります。 昼食後の眠気はありません。 足がむくんで、重だるいです。 足はつりません。 皮膚のかゆみ、乾燥はありません。 ほかに困っている症状はありますか? 訪問リハビリも受けているのですが 足がふらついてなかなか思うように動けずに困っています。 【診察】顔色はやや不良。脈診では沈・弱の脈。また、舌は湿潤した白苔が中等量、舌下静脈の怒張あり、腹診では腹力は軟弱、腹直筋の緊張、小腹不仁(しょうふくふじん)を認めた。下肢には浮腫があり、触診で冷感があった。カンファレンス 漢方診療で最初に考えることは何でしたか? 最初に寒が主体の病態の陰証か? 熱が主体の病態の陽証か? を考えるのでした。「寒がりですか? 暑がりですか?」、「体が冷えますか?」と最初に問診します。 よいね! 漢方診療は「陰陽の判断で始まる」といってよいのだ。とくに陰証である寒(=冷え)を見逃さないように心がけることが大事だよ。実際の臨床では、寒がり、厚着の傾向、温かい湯茶を好む、長湯ができる、冷房が嫌い、症状が温まると改善する・冷えると悪化するなどの問診や、脈診が沈であったなどの診察により総合的に判断するんだ(陰証については本ページ下部の「今回のポイント」の項参照)。 今回の症例は、寒がり、冷えの自覚、入浴時間が長い、冷房は嫌いなど寒(冷え)が主体の陰証を示唆する特徴が揃っていますね。 そうですね。さらに痛みが主訴の症例ではとくに、「痛みは入浴で温まると楽になりますか?」という質問が有用です。今回の症例でも入浴で温まると軽減するということから、冷えの関与を考えます。 逆に冷えると悪化するという情報も問診できるとよいね。具体的には、気温が低い日に増悪するとか、スーパーの冷凍食品売り場に行くと痛みが悪化するとか、具体的な問診ができるといいね。本症例でも冷房で悪化するという発言があるね。 また実際に触診して他覚的な冷感を確認します。本症例でも下肢に冷感があることも陰証と考える所見です。 帯状疱疹では、急性期は局所に熱や水疱があって、慢性化すると局所の反応は乏しくなるけど、痛みが持続するという経過は、熱から寒の病態へ、つまり陽証から陰証への流れがわかりやすい疾患といえるね。 下肢の足首から前脛骨部を触診して、こちらの体温が患者に吸われていくようにひんやりと感じる場合は、熱薬である附子(ぶし)を含む漢方薬の適応です。附子はトリカブトの根を減毒処理したもので、温める作用と鎮痛作用を併せもつので、今回の症例でも大事な生薬です。 それでは漢方診療のポイント(2)の虚実の判断はどうでしょう。虚実は、いわば「闘病反応の程度」でした。 虚実は、脈やお腹の反発力などから判断するのでしたね。脈は弱、腹力も軟弱とあるので闘病反応が弱い虚証です。 そうだね。顔面の患部の局所反応も乏しいね。さらにNSAIDsによる胃腸障害や歩行困難から下肢の筋力低下が疑われ、これらも虚証と考えられる所見だね。 漢方診療のポイント(3)気血水の異常はどうでしょうか? 食欲不振は気虚、下肢浮腫は水毒と考えます。ほかには舌下静脈の怒張は瘀血です。 気血水の異常をよく理解できているね。 夜に尿2〜3回と夜間頻尿があり、下肢の冷えや腹部所見で下腹部の抵抗が減弱した小腹不仁があります。これらは加齢症状と考える腎虚でしたね。今回の症例をまとめましょう。 【漢方診療のポイント】(1)病態は寒が主体(陰証)か、熱が主体(陽証)か?寒がり、手足、腰、下肢が冷える、下肢の冷感→陰証(2)虚実はどうか脈:弱、腹:軟弱→虚証(3)気血水の異常を考える食欲不振→気虚、下肢浮腫→水毒、舌下静脈の怒張→瘀血、夜間頻尿、小腹不仁→腎虚(4)主症状や病名などのキーワードを手掛かりに絞り込む神経痛、胃腸障害解答・解説【解答】本症例は、冷えを伴う体表面の痛みやしびれに用いる桂枝加朮附湯(けいしかじゅつぶとう)で治療をしました。さらに再診で、真武湯(しんぶとう)を併用しました。【解説】桂枝加朮附湯は、冷えを伴う体表面の痛みやしびれ、具体的には関節痛や神経痛、筋肉のこわばりなどに用いられる漢方薬です。桂枝加朮附湯は太陽病・虚証に用いる桂枝湯(けいしとう)に朮(じゅつ)と附子が加わった漢方薬です。附子が含まれることから適応は陰証で、六病位では太陰病〜少陰病に分類されます。朮には利水作用があり、朮と附子の組み合わせで温める作用、利水作用、鎮痛作用があります。慢性化した痛みは、寒い日や雨の日に悪化する、こわばりを伴うなど漢方医学的には冷えと水毒の関与することが多くなり、朮と附子を加えて治療します。桂枝加朮附湯には胃腸に負担がかかる生薬が含まれず、NSAIDsで胃腸障害が出る場合にもよい適応で、鎮痛薬を減量・中止できることもあります。ヘバーデン結節などの手指変形性関節症において桂枝加朮附湯の症例集積研究があり、とくに四肢末梢の冷えが強い冷え症の症例ではすべての症例(11例)で手指足趾の先端が暖まり、疼痛の改善がみられたと報告されています1)。なお、再診時に冷えや痛みが残存していたことから、桂枝加朮附湯の治療効果を高めることを目的として真武湯を併用しています。真武湯にも朮と附子が含まれ、さらに利水作用のある茯苓(ぶくりょう)が含まれています。真武湯を併用すると、この茯苓、朮、附子の組み合わせで温める作用、利水作用、鎮痛作用を高めることができます。桂枝加朮附湯のほかに桂枝湯に茯苓、朮、附子の加わった桂枝加苓朮附湯(けいしかりょうじゅつぶとう)という漢方薬もあります。今回のポイント「陰証」の解説漢方治療は陰陽の判断が出発点です。陰陽は生体に外来因子が加わった際の生体反応の形式で、熱が主体の病態を「陽証」、寒が主体の病態を「陰証」の2型で捉えます。寒≒陰証と考えてよいですが、非活動性、沈降性などの特徴もあります。基本的には多くの病気は陽証で始まり、陰証に向かって進みます。陰証では病因に対して体力が劣り、闘病反応が弱い時期になります。そのため、虚弱者、高齢者、慢性疾患など、長期にわたる疾患では陰証になることが多くなります。実際の臨床では、寒がり、厚着の傾向、温かい湯茶を好む、長湯ができる、冷房が嫌い、症状が温まると改善する・冷えると悪化するなどの問診や、脈診が沈であったなどの診察により総合的に判断します。わずかな冷えを見逃さないように注意深く問診・診察をする必要があります。陽証と陰証はさらに3つずつの病期に分類され、陰証では、太陰病、少陰病、厥陰病に分かれます。さらに一見陽証にみえても、倦怠感が強い、治りが悪いといった場合は陰証が隠れていることもあります。今回の鑑別処方現代医学の臨床推論で鑑別診断を挙げるように、漢方治療でもその鑑別処方を挙げることができるようになると漢方治療が上達します。本連載では症例ごとに鑑別処方の解説をします。葛根加朮附湯は主に上半身の冷えを伴う痛みに用います。桂芍知母湯(けいしゃくちもとう)は冷えと関節の変形が強い場合に用います。附子とともに麻黄が含まれ、実証寄りの漢方薬になります。さらに知母(ちも)には関節のこもった熱を冷ましながら潤すという作用があります。関節リウマチで体全体は冷える傾向にあるものの、関節には局所の熱感がある場合や、関節変形の強い変形性膝関節症やヘバーデン結節などに適応になります。八味地黄丸(はちみじおうがん)は加齢に伴うさまざまな症状を腎虚として、腰以下の冷えと痛み、しびれや夜間頻尿がある場合に用います。本症例も高齢者で下肢の冷えや痛みなどの腎虚の所見があるため鑑別に挙がりますが、胃弱の人には適さないため、胃もたれがある初診時に処方することはないでしょう。大防風湯(だいぼうふうとう)は十全大補湯(じゅうぜんたいほとう)を用いたいような気血両虚があって、さらに多関節痛がある場合に用います。気血両虚に用いる十全大補湯に附子+鎮痛作用のある生薬が加わった処方で、全身倦怠感や皮膚枯燥のある痛みの症例に用います。本症例でさらに痛みが遷延した場合は大防風湯を使用する可能性があるでしょう。参考文献1)大塚稔. 日東医誌. 2021;72:239-243.

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老害になっちまった!【Dr. 中島の 新・徒然草】(588)

五百八十八の段 老害になっちまった!暑いですね。先日、日向に停めていた車に乗り込んだら、ダッシュボードに表示される気温が40度になっていました。もう車内は蒸し風呂状態で汗が噴出!エンジンをかけるとともにクーラーを入れたのはもちろん、窓のほうも全開にして、できるだけ熱気を入れ換えました。7月上旬でこの暑さなら、この先は一体どうなってしまうのでしょうか。さて、今回は自分が「老害」になってしまった、というお話です。2024年10月1日より郵便はがきが85円に値上げされ、1枚書くたびに旧63円はがきに22円分の切手を貼らなくてはなりません。もう面倒で仕方ないので、思い切って手持ちの旧はがき45枚をすべて新85円はがきに交換してもらうことにしました。旧はがき45枚の内訳は、62円はがきが3枚と63円はがきが42枚の、合計45枚です。グーグル検索をすると、はがきの交換手数料は1枚につき6円で、郵便切手で支払うこともできるのだとか。郵便局のホームページにも、確かに100枚未満の場合は1枚につき手数料が6円とあります。ということは、これまでにたまった種々雑多な切手も、同時に整理するチャンス!で、私は62円はがき3枚と63円はがき42枚分を85円はがき45枚分に交換すべく、手数料+差額の合計1,263円分の切手を握りしめて近くの郵便局に出掛けました。詳しい人なら、この時点で私の勘違いに気付いていることと思います。が、私を含めて詳しくない人のほうが多いと思うので、もう少しお付き合い願います。以下は郵便局の窓口での局員とのやり取りです。中島「旧はがきを新はがきに交換してもらいに来ました」局員「交換手数料は1枚6円ですけれども……」中島「わかりました。それは切手で支払うこともできるわけですよね」局員「ええ」中島「じゃあ、それでお願いします」局員のオバチャンは紙に書きながら、にわかには理解できない計算を始めました。62円×3枚=186円63円×42枚=2,646円6円×45枚=270円局員「270円切手はお持ちですか?」「何で270円なの、1,263円じゃないわけ?」と思いつつ、とりあえず270円切手を局員に渡しました。局員「どれに交換しますか?」そう言いつつ、局員はレターパックなどの見本が印刷されている紙を私に見せます。「さっき、新しいはがきって言ったじゃん」と思いつつも「85円のはがきでお願いします」と私は答えました。すると局員は、何やら計算した後に「33枚」という数字を見せながら、こう私に言ったのです。局員「それでは差額の27円分を切手でお渡しすることになりますが」中島「??」何を言ってるんだ!その33とか27とかいう数字はどこから出てきたのか?もう私の頭の中は混乱の極みです。中島「えっと、45枚の旧はがきを45枚の新はがきに交換してもらうための差額って、この場合は1,000円弱ですよね。そいつを切手で支払おうと思って準備してきたのですけど」最初に270円の切手を渡したので、もう正確な差額がわからなくなりました。仕方なく「1,000円弱」という言い方をしたのですが、郵便局のルールは私の想像を超えていたのです。局員「あの、手数料のほうは切手で支払っていただくことができるのですが、差額の支払いは現金のみになります」中島「ええーっ!」切手というのは、郵便局内における現金じゃなかったのか?ちょうど百貨店における商品券、アメリカにおける米ドルみたいなものだと思っていた私は仰天しました。さらに私が新はがき45枚に交換するつもりだったのが、局員の提案は33枚の新はがき+27円分の切手だったのです。提案というより、唯一の選択肢みたいな位置付けでした。とはいえ、27円切手なんぞ渡されても使いようがありません。そういった切手があるのかどうか知りませんが。中島「ちょっと待ってください。だったら85円はがき34枚だったらどうなるのですか?」局員「その場合は……58円を現金でお支払いいただくことになります」中島「じゃあ、そっちのほうでお願いします」というわけで、最終的には以下のとおりになりました。持ち込んだ旧はがき:62円はがき3枚+63円はがき42枚=2,832円分受け取った新はがき:85円はがき34枚=2,890円分差額:2,890円-2,832円=58円(現金で支払い)手数料:6円×旧はがき45枚分=270円(郵便切手で支払い)これで合っていますかね?それにしても以下のことは、郵便局のホームページをちょっと見ただけでは理解困難です。手数料は切手で支払えるが、差額の支払いは現金のみ持ち込むはがきの枚数と受け取るはがきの枚数は同じでなくてもよい後でホームページを読み直しても、よくわかりませんでした。幸いなことに、私自身は郵便局では終始紳士的な態度で話をしたつもりです。もし感情的になっていたりしたら、これ以上にカッコ悪いことはありません。とはいえ、噛み合わない説明を何度もする羽目になった郵便局員にとって、私は十分に老害だったのかも……今回のように想定外の展開になった時に、つい大きな声を出してしまう高齢者がいたとしても不思議ではない気がします。こうして暴走老人は出来てしまう、みたいなものですね。ということで、自分が老害にならないよう注意しなくては、と思った次第です。読者の皆さまもぜひお気を付けください。最後に1句暑すぎて 頭も心も 過熱した

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Capnocytophaga spp.【1分間で学べる感染症】第29回

画像を拡大するTake home messageCapnocytophaga spp.は、脾機能低下患者において敗血症性ショックと播種性血管内凝固症候群(DIC)を引き起こすことのある重要な起因菌である。今回は、とくに脾機能低下患者において重篤な病態を引き起こす可能性のあるCapnocytophaga spp.(カプノサイトファーガ属細菌)に関して一緒に学んでいきましょう。種類Capnocytophaga属にはC. canimorsus、C. sputigena、C. cynodegmiなどが含まれ、全部で9種類存在します。これらは動物由来(zoonotic)とヒト口腔内常在菌(human-oral associated)の2つに分類されます。C. canimorsusはイヌやネコの咬傷によってヒトに感染することが多い一方で、C. gingivalis、C. sputigenaはヒトの口腔内に存在します。微生物学的特徴Capnocytophaga spp.は通性嫌気性のグラム陰性桿菌であり、発育が遅いのが特徴です。また、グラム染色では特徴的な紡錘型を示すとされています。さらに、莢膜を持つことは微生物学的にも臨床上も重要なキーワードです。莢膜を持つことが、後から述べる解剖学的または機能的無脾症患者において重篤な病態を引き起こす理由となっています。リスク因子Capnocytophaga spp.による感染症のリスク因子として、解剖学的または機能的無脾症、血液悪性腫瘍、過度のアルコール摂取、肝硬変が挙げられます。無脾症患者や肝疾患のある患者は、脾臓が担う莢膜菌に対するオプソニン化と貪食促進の欠如により感染症が重症化しやすいため、早期の診断と治療が求められます。臨床像Capnocytophaga spp.は、動物由来であればイヌやネコなどの動物咬傷による皮膚軟部組織感染、また重篤な場合は敗血症性ショックや播種性血管内凝固症候群(DIC)を引き起こすことがあります。一方、ヒト口腔内常在菌によるものでは、血液悪性腫瘍患者における好中球減少性発熱やカテーテル関連感染症などを来します。それぞれのリスクに応じて、これらを鑑別疾患に挙げる必要があります。薬剤感受性Capnocytophaga spp.は一般的にβ-ラクタム/β-ラクタマーゼ阻害薬に感受性を示します。具体的には、アンピシリン/スルバクタムやタゾバクタム/ピペラシリン、また、セフトリアキソン、カルバペネム系抗菌薬も有効です。一方で、フルオロキノロン系抗菌薬に対しては50%の耐性を示すことが報告されているため、治療選択の際には注意が必要です。上記のリスクを有する患者で動物咬傷の病歴があったり、血液悪性腫瘍患者で血液培養からグラム陰性桿菌を見たりした際には鑑別疾患の1つとしてCapnocytophaga spp.による菌血症を挙げ、治療を遅らせないことが重要です。1)Jolivet-Gougeon A, et al. Antimicrob Agents Chemother. 2000;44:3186-3188.2)Butler T. Eur J Clin Microbiol Infect Dis. 2015;34:1271-1280.3)Chesdachai S, et al. Open Forum Infect Dis. 2021;8:ofab175.

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ASCO2025 レポート 乳がん

レポーター紹介2025年5月30日~6月3日にかけて開催されたASCO2025は、”Driving Knowledge to Action:Building a Better Future”というテーマで実施された。昨年つらい思いをした円安も若干改善され(1ドル145円前後)、航空運賃の高騰は変わらないものの、若干参加しやすくなったと言えるだろうか(とはいえ、ハンバーガーとコーラで2,500円はつらい…)。乳がん領域では明日からの臨床が変わる演題が多数公表された。トラスツズマブ・デルクステカン(T-DXd)の試験は昨年に引き続き、Plenary session押し出しの早朝専用セッションが設けられていた。本稿では、日常臨床を変える4演題と、日本からの発表の1演題を概説する。SERENA-6試験ホルモン受容体(HR)陽性HER2陰性進行乳がんでは、内分泌耐性をどう乗り越えるかが重要な話題となっており、ASCO2025でも複数の演題が発表された。SERENA-6試験は、HR陽性HER2陰性進行乳がんにおいて、アロマターゼ阻害薬(AI)+CDK4/6阻害薬(CDK4/6i)治療中に循環腫瘍DNA(ctDNA)で検出されたESR1変異を有する患者を対象とした盲検化ランダム化第III相試験である。この試験では、画像上の病勢進行(PD)前にAIを経口選択的エストロゲン受容体分解薬(SERD)であるcamizestrantに切り替えることで無増悪生存期間(PFS)の改善が得られるかを検証した。主要評価項目である主治医評価によるPFSは、16.0ヵ月vs.9.2ヵ月(ハザード比[HR]:0.44(95%信頼区間[CI]:0.31~0.60、p<0.00001)とcamizestrant群で有意に良好であった。副次評価項目のPFS2(次治療でPDとなるまでの期間)についてもHR:0.52(95%CI:0.33~0.81、p=0.0038)とcamizestrant群で有意に良好であった。また、EORTC QLQ-C30を用いたQOL評価では、QOL悪化をイベントとしたtime to deterioration(TTD)がエンドポイントとされ、TTD中央値が23.0ヵ月vs.6.4ヵ月(HR:0.53、95%CI:0.33~0.82、p<0.001)とcamizestrant群で有意に良好であった。Grade3以上の有害事象は33.2%にみられたが、忍容性はおおむね良好であり、ctDNAを用いた個別化介入の有用性を示した重要な結果といえる。なお、この結果はNew England Journal of Medicine(NEJM)に同日掲載された(Bidard FC, et al. N Engl J Med. 2025 Jun 1. [Epub ahead of print])。ctDNAでESR1変異の出現をモニタリングし画像PDとなる前に治療を変更する戦略は、すでにPADA-1試験でその有効性が示され期待されている(Bidard FC, et al. Lancet Oncol.2022;23:1367-1377. )。PADA-1試験ではSERDとして注射剤のフルベストラントが使用された。SERENA-6試験では経口SERDが用いられており、効果ならびに投与の簡便性の向上が期待される画期的な試験であると言える。その一方で、本試験の結果を日常臨床で用いるには多くの懸念点が残る。ESR1変異の出現をモニタリングして治療を変更する群と変更しない群を比較する試験というのは、治療戦略(画像PDを待つか待たないか)を比較する試験である。PADA-1試験ではAI継続群でフルベストラント+CDK4/6iへのクロスオーバーが許容されていたが、SERENA-6試験ではcamizestrant±CDK4/6iにクロスオーバーされているのはわずかに3%である。本来は「早く治療変更するか」「画像PDを待って治療変更するか」を比較するべき試験であるにもかかわらず、クロスオーバーされないということは戦略を比較する試験とはなっていない、と言わざるを得ない。ESR1変異はAI耐性の予測因子であり、AI群でPFSが短いことは当然の帰結である。PFS2の結果についてもcamizestrantへのクロスオーバーがなく他の経口SERDがどの程度使用されたか不明である以上、評価が困難である(camizestrant群では常に薬剤の使用ラインが多いため、比較できない)。本試験のデザインでは、真にこの戦略が有効であるかどうかは、全生存期間(OS)の結果を見なければ判断できないが、それも後治療に不均衡があれば評価できない。QOLについてもTTDがcamizestrant群で良好なのは当然で、AI群のほうが早く病勢進行するため、症状出現によるQOL低下で説明できる。さらなる問題はESR1変異を検出するctDNA検査を2~3ヵ月ごとに行うコストの問題である。本試験ではリキッドバイオプシーとしてGuardant360が使用されていたが、非常に高価である。ESR1に特化した独自アッセイの開発とバリデーションが必要である。またESR1のサーベイランスに参加した3,256例のうち、ESR1変異が検出されたのは548例(画像PDを伴うものを含む)、ランダム化されたのは315例と10%弱である。果たしてこの10%のために高価な検査を定期的に実施することが有効であろうか? またサーベイランス期間中にESR1変異が検出されず、PDともならなかった患者は1,949例である。CDK4/6i併用1次内分泌療法のPFSが30ヵ月程度と考えられる中で、全例にctDNAの評価をし続けるのか? 本試験結果を日常臨床に用いるには、OSを含めた「戦略の有効性」の証明と、ctDNAサーベイランスの対象となる症例群の絞り込みが必要であろう。VERITAC-2試験内分泌耐性をこれまでと異なる作用機序で克服しようとしたのがVERITAC-2試験である。vepdegestrantはPROTACと呼ばれる薬剤であり、エストロゲン受容体(ER)のユビキチン化を促進してERを分解する新たな機序を有する。VERITAC-2試験は、vepdegestrantの2次治療における有効性を検証した非盲検ランダム化第III相試験である。ESR1にフォーカスしたSERENA-6試験と異なり、作用機序そのものが違う薬剤の効果を確認している。前治療として1レジメンまでの内分泌療法歴がある患者を対象に、vepdegestrantとフルベストラントが比較された。主要評価項目であるESR1変異陽性集団における盲検下独立中央判定(BICR)によるPFSは、5.0ヵ月vs.2.1ヵ月(HR:0.57、95%CI:0.42~0.77、p<0.001)とvepdegestrant群で有意に良好であった。一方、もう1つの主要評価項目である全患者集団におけるPFSは3.7ヵ月vs. 3.6ヵ月(HR:0.83、95%CI:0.68~1.02、p=0.07)と両群間の有意差を認めなかった。主治医評価によるPFSも同様の結果であった。有害事象はGrade 3以上が23%vs.18%とvepdegestrant群でやや多い傾向であり、倦怠感の頻度が最も高かった。本試験もNEJMに同日掲載された(Campone M, et al. N Engl J Med. 2025 May 31. [Epub ahead of print])。PROTACはこれまでの内分泌療法とはまったく異なる機序で効果を発揮する薬剤で、今後が期待される。一方で、なぜERを分解する作用を有する薬剤にもかかわらず(ESR1変異の有無にかかわらず効果が期待できると考えられる)、ESR1変異を有する場合にのみフルベストラントに対する優越性を示せたのかは、現時点では不明である。また、今後臨床に応用するには試験デザインに課題が残る。CDK4/6i併用内分泌療法後の治療としては、PIK3CAやAKT1、PTENなどの変異の有無によって、SERDとAKT阻害薬(Turner NC, et al. N Engl J Med. 2023;388:2058-2070.)やPI3K阻害薬(Andre F, et al. N Engl J Med 2019;380:1929-1940.)、あるいはCDK4/6iの併用(Kalinsky K, et al. J Clin Oncol. 2025;43:1101-1112.)が行われる。CDK4/6i後の治療として内分泌療法単独が選択されることは多くなく、vepdegestrantも他の分子標的薬との併用療法の開発が期待される。DESTINY-Breast09(DB-09)試験HER2陽性進行乳がんの治療は、2010年代はじめのペルツズマブ、トラスツズマブ・エムタンシン(T-DM1)の承認で大きく変化したが(Swain SM, et al. N Engl J Med. 2015;372:724-734.、Verma S, et al. N Engl J Med. 2012;367:1783-1791.)、2019年のT-DXdの登場はまた新たに大きく地図を塗り替えた(Modi S, et al. N Engl J Med. 2020;382:610-621.、Cortes J, et al. N Engl J Med. 2022;386:1143-1154.)。T-DXdはHER2陽性乳がんに対する試験で既存治療と比較して圧倒的な有効性を示し、2次治療以降の標準治療となっている。一方で、血球減少や悪心、またT-DXdを特徴付ける有害事象である薬剤性肺障害(ILD)など、長期間有効であるからこそ悩ましい有害事象の管理が必要である。DB-09試験は、HER2陽性進行/転移乳がんの初回治療として、T-DXd+ペルツズマブ(T-DXd+P)併用の有効性を検証した非盲検ランダム化第III相試験である。対照群は標準治療であるタキサン+トラスツズマブ+ペルツズマブ(THP)で、主要評価項目はBICRによるPFSであった。結果は、PFS中央値40.7ヵ月vs.26.9ヵ月(HR:0.56、95%CI:0.44~0.71、p<0.00001)とT-DXd+P群がTHP群に対して圧倒的に良好な結果となった。主治医判定のPFSではTHP群のPFSが若干悪く(20.7ヵ月、95%CI:17.3~23.5)、非盲検化試験であることによるバイアスの存在が疑われるものの、傾向としてはBICRと同様であった。また、奏効率(ORR)は85.1%vs.78.6%で、PRの割合は70%と両群間で差がないものの、CRは15.1%vs.8.5%とT-DXd+P群で良好であった。OSはimmatureなものの、HR:0.84(95%CI:0.59~1.19)とT-DXd+P群でやや良好な傾向がみられた。後治療としてTHP群ではT-DXdやT-DM1などの抗体薬物複合体(ADC)が用いられている割合が多かったが、T-DXd+P群では抗HER2抗体を含むレジメンが多かった。2次治療までのPFSであるPFS2もHR:0.60(95%CI:0.45~0.79、p=0.00038)と、T-DXd+Pで良好であった。Grade 3以上の毒性の頻度は両群間で差はなかったが、 ILDの発現頻度は12.1%vs.1.0%とT-DXd+P群で多いものの大多数はGrade 2までであり、大きな安全性の懸念はないと考えられた。実臨床で使う中で、THPは非常に有効な治療であることは臨床医全員が実感していることだと思う。DB-09試験の結果から、T-DXd+P療法はHER2陽性初回治療の新たな選択肢となる可能性が示された。一方で、いくつかの懸念点が残る。DB-09試験ではペルツズマブを併用しないT-DXd群が設定されていたが、その結果はまだ発表されていない。ペルツズマブを併用しないことで、有害事象が軽減する可能性がある。また、T-DXd±P群では毒性によるT-DXd中止後に、抗HER2抗体による維持療法が許容されていたが、実際に維持療法が行われた症例はわずか8.7%であった。一方で、THP群の約70%は毒性もしくは別の理由(タキサンは通常6~10コースの投与後に中止する)でタキサンが中止されている。THP群でタキサン中止後はHP(ほとんど有害事象が気にならない)による維持療法を実施するが、現在は皮下注製剤があり投与時間も大幅に短縮されている。したがって、T-DXd+Pの有効性は圧倒的であるものの、有害事象が継続し、さらに時間毒性という点ではTHPに軍配が上がると言わざるを得ない。有効な治療でありPFSが非常に長いからこそ、いかに患者負担を減らすことができるかが今後の課題となる。ASCENT-04試験PD-L1陽性進行トリプルネガティブ乳がん(TNBC)は、免疫チェックポイント阻害薬(ICI)併用化学療法により予後が改善したが(Cortes J, et al. N Engl J Med. 2022;387:217-226.、Schmid P, N Engl J Med.2018;379:2108-2121.)、それでも十分ではない。また、TNBCに対してはサシツズマブ・ゴビテカン(SG)(Bardia A, et al. N Engl J Med.2021;384:1529-1541.)や、HER2低発現に対するT-DXd(Modi S, et al. N Engl J Med.2022;387:9-20.)など、ADCの導入により予後の改善が期待される。では、PD-L1陽性進行TNBCに対してADCとICIの併用は有用なのであろうか。ASCENT-04試験は、未治療のPD-L1陽性進行TNBCに対して、SG+ペムブロリズマブ(P)併用の有効性を検証した非盲検ランダム化第III相試験である。比較対照は化学療法+Pで、主要評価項目であるBICR評価によるPFSは、SG+P群で11.2ヵ月 vs.7.8ヵ月(HR:0.65、95%CI:0.51~0.84、p<0.001)と、SG+P群で有意に良好であった。主治医評価PFSも同様であった。OSはHR:0.89(95%CI:0.62~1.29)とSG+P群で良さそうな傾向はみられたものの、immatureで統計学的な差は認めなかった。ORRは60%vs.53%とSG+P群でやや良好な傾向がみられ、とくにCRが13%vs.8%とSG+P群で多かった。安全性については、Grade 3以上の下痢(10%vs.2%)がSG+P群で多かった以外に両群間に差はなく、好中球減少症(約65%)や過敏反応(約20%)など予測された毒性がみられたが、許容範囲内であった。本試験の結果をもって、SG+P療法はPD-L1陽性進行TNBCの初回治療における新たな標準療法となった。CECILIA試験最後に日本から発表された試験を紹介する。タキサンによる末梢神経障害(CIPN)は対処の難しい有害事象であり、冷却や圧迫による予防が試みられている(Hanai A, et al. J Natl Cancer Inst. 2018;110:141-148.、Tsuyuki S, et al.Breast. 2019;47:22-27.)。一方、冷却による苦痛で予防を継続できない患者も少なくない。CECILIA試験は、パクリタキセルによるCIPN予防のために四肢冷却装置を用いる際に、13℃と25℃の冷却温度における有効性を検証したランダム化比較試験である。パクリタキセルによる治療を受ける乳がん患者を対象に、13℃による冷却の25℃(最低限の予防効果が期待される冷却温度)に対する優越性を検証するデザインとなっている。主要評価項目はパクリタキセル終了時点でのPNQ(patient neurotoxicity questionnaire)スコアD以上の割合とされた。結果は、25℃群で29.3%(95%CI:19.4~21.0)、13℃群で33.3%(95%CI:22.8~45.2)、p=0.76と両群間の差は検出されなかった。他の評価項目であるパクリタキセル終了3ヵ月時点でのPNQスコアD以上は25℃で16.2%、13℃で32.0%(p=0.035)と25℃で少ない傾向を認めた。CTCAE、患者報告CTCAEによるGrade 2以上のCIPNは両群間に差がなかった。手足の表面温度は13℃群で低かった。これらから、CIPN予防として手足を冷却する際には25℃で十分な可能性があるが、あくまでも13℃の優越性を検証する試験で、優越性を示せなかったという結果であり、真の至適温度については今後も検討が必要である。

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第18回 もしかして、あの人も?高齢者の「セルフネグレクト」という見過ごされがちな問題

「最近、身なりに構わなくなった」「家がゴミで溢れている」「必要な治療を受けていないようだ」――。あなたのまわりの高齢者に、そんな心配な様子はないでしょうか。もしかしたらそれは、単なる老化や性格の問題だと思われているかもしれません。あるいは、認知症のある頑固な高齢者だという形でのみ認識され、問題が放っておかれてしまっているかもしれません。しかし本当は、「セルフネグレクト」という、支援が必要な状態のサインではないでしょうか。医学雑誌The New England Journal of Medicine誌に掲載された論文1)は、このセルフネグレクトを「臨床的、社会的、倫理的ジレンマ」と位置づけ、その複雑さと向き合うための新たな視点を提案しています。この記事では、その内容を紐解きながら、私たちにとって身近なこの問題について考えていきます。そもそもセルフネグレクトとは?セルフネグレクトとは、自分自身の健康や安全を守るために必要な行動をとれなくなってしまう状態を指します。これは、他者から危害を加えられたり、他者の意図で十分なケアが与えられなかったりする「虐待」とは異なります。しかし、本人の意思が密接に関わるため、問題はより複雑になります。言うまでもなく「自分のことは自分で決める」という自己決定権は、自己の尊厳を保つ上で不可欠なものです。たとえ周りから見て「危ない」「不健康だ」と思われる選択であっても、本人の自由な意思であれば尊重されるべきかもしれません。しかし、認知症などの理由で判断力が低下している場合はどうでしょうか。本人は(一人暮らしが)「大丈夫」と言っていても、実際には薬の飲み忘れが原因で何度も救急搬送されたり、お金の管理ができずに家賃を滞納してしまったりするケースは少なくありません。このような状況で、私たちはどのように本人の意思を尊重し、どう介入すべきでしょうか。実は、高齢者医療や介護の専門家でさえ、この判断に頭を悩ませることがあります。支援の必要性を判断する「3つの物差し」この問題に対し、先にご紹介した論文では、支援の必要性のレベルを判断するための一つの「物差し」として、状況を3つの段階に分けて考えることを提案しています。これは、いつ、どのような対応を始めるべきかを考えるうえで、とても参考になります。レベル1:心配(潜在的リスク)これは、自分自身のケアが十分にできておらず、手助けしてくれる人もいないものの、今すぐ大きな危険があるわけではない状態です。たとえば、「最近、お風呂に入っていない日が増えたかな」「食事の用意が億劫そうだ」といった初期のサインがこれにあたります。この段階では、まず本人の様子を注意深く見守り、どこにつまずいているのか、どうすればリスクを減らせるかを家族内で話し合うことが大切です。レベル2:危険(差し迫ったリスク)この段階では、自分自身のケアができていないことに加え、重大な危険につながる可能性のある行動が見られます。たとえば、火の不始末がある、危険性がありながら車の運転をやめていない、といった状況です。このような場合には、医療機関で認知機能や判断能力の専門的な評価を行い、本人や他者に危害が及ぶ可能性が高いと判断されれば、行政の専門機関(米国では成人保護サービス[APS])に報告することを検討すべきです。レベル3:問題発生(確定したセルフネグレクト)この段階は、セルフネグレクトが原因で、実際に医学的・社会的な「害」が発生してしまっている状態です。薬を飲まなかったことで心不全が悪化して入院したり、請求書の支払いができずに家を追い出されそうになったりしているケースです。このような場合は、本人の安全を守ることが最優先であり、速やかに専門機関に報告し、介入を求める必要があります。この分類は、周囲から見て「心配だけど、どこまで口を出すべきなのか…」と悩む際の、大雑把な判断基準を与えてくれるものです。私たちにできることこのセルフネグレクトという問題は、高齢化が急速に進む日本にとっても、決して他人事ではありません。ご紹介した論文では、米国の高齢者の10%が認知症、さらに20%以上がその前段階である軽度認知障害(MCI)を抱えていると指摘していて、今後セルフネグレクトのリスクを抱える人が確実に増加すると予測しています。これは日本の未来の姿とも重なります。日本では、米国のAPSに相当する相談窓口として、各市町村に設置されている「地域包括支援センター」があります。ここは、高齢者の健康、福祉、医療など、さまざまな相談に対応してくれる専門機関です。もし、あなたの周りに心配な高齢者がいたら、まずは孤立させないことが第一歩です。そして、段階に応じて、地域包括支援センターなどにも相談する必要があるでしょう。「行政に相談すると、本人の意思を無視して無理やり施設に入れられてしまうのでは」などと心配する方もいるかもしれません。しかし、専門機関の役割は人を罰することではなく、「できる限り本人の自律性を尊重しながら、安全性を高める手助けをすること」です。具体的には、ヘルパーの訪問時間を少しずつ増やしたり、食事の宅配サービスを手配したりと、本人が受け入れやすい最小限の介入から始めてくれる場合が多いでしょう。セルフネグレクトは、本人の尊厳と安全性がぶつかり合う、非常に繊細な問題です。しかし、それを「個人の問題」として放置してしまえば、最悪の場合、孤独死のような悲しい結末につながりかねません。異変に気づいた際に、適切な「物差し」を持ち、専門機関へつなぐこと。それが、超高齢社会に生きる私たちに求められる役割なのではないでしょうか。参考文献・参考サイト1)Lees Haggerty K, et al. Self-Neglect in Older People - A Clinical, Social, and Ethical Dilemma. N Engl J Med. 2025;393:4-6.

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日本人アルツハイマー病の早期発見に有効な血漿バイオマーカー

 血漿バイオマーカーは、アルツハイマー病(AD)の診断において、アミロイドPETや脳脊髄液(CSF)バイオマーカーに代わる有望な選択肢となる可能性がある。慶應義塾大学の窪田 真人氏らは、ADの診断および病期分類における複数の血漿バイオマーカーの有用性について、日本人コホートを用いた横断研究により評価した。Alzheimer's Research & Therapy誌2025年6月7日号の報告。 評価対象とした血漿バイオマーカーは、Aβ42/40、リン酸化タウ(p-tau181/p-tau217)、グリア線維性酸性タンパク質(GFAP)、ニューロフィラメント軽鎖(NfL)であり、それぞれ単独または併用により評価した。Aβ42/40の測定にはHISCLプラットフォーム、その他のバイオマーカーの測定にはSimoaプラットフォームを用いた。参加対象者は、アミロイドPET画像および神経心理学的検査に基づき、健康対照群、AD群(AD発症前段階、軽度認知障害[MCI]、軽度認知症)、非AD群に分類した。ROC解析により、AβPETの状態、センチロイド値(CL)と認知スコア、ADの各ステージにおけるバイオマーカーの比較を予測した。 主な結果は以下のとおり。・対象は、健康対照群69例、AD発症前段階群13例、MCI群38例、軽度認知症群44例、非AD群79例。・AβPETの状態を予測するAUCは、Aβ42/40で0.937、p-tau217で0.926、p-tau217/Aβ42で0.946であり、DeLong検定の結果、これら3つの指標の間に有意な差は認められなかった(各々、p>0.05)。・認知機能正常群のAUCは、Aβ42/40で0.968、p-tau217で0.958、p-tau217/Aβ42で0.979であり、認知機能障害群のAUCは、Aβ42/40で0.919、p-tau217で0.893、p-tau217/Aβ42で0.923であった。・健康対照群およびAD群におけるCLとの相関は、Aβ42/40で−0.74、p-tau217で0.81、p-tau217/Aβ42で0.83であった。・健康対照群およびAD群において、Aβ42/40レベルは2峰性の分布を示し(カットオフ値:0.096)、PET陽性閾値32.9CLに対して19.3CLで高値から低値への変化が認められた。・p-tau217は、疾患進行とともに直線的な増加が認められた。・すべてのバイオマーカーは、論理記憶スコアとの強い相関が示された。 著者らは「血漿バイオマーカーであるAβ42/40とp-tau217、とくにこれらの比であるp-tau217/Aβ42は、AD診断におけるアミロイドPETの代替手法として大きな可能性を秘めていることが示唆された。HISCLプラットフォームベースの血漿Aβ42/40は、アミロイドPET画像診断よりも、より早期にAβ沈着を検出可能であり、早期診断マーカーとして有用であると考えられる」と結論付けている。

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『認知症になる人・ならない人』著者が語る「最も驚かれた予防策」とは?

 CareNet.comの人気連載「NYから木曜日」「使い分け★英単語」をはじめ、多くのメディアで活躍する米国・マウントサイナイ医科大学 老年医学科の山田 悠史氏。山田氏が6月に出版した書籍『認知症になる人 ならない人 全米トップ病院の医師が教える真実』(講談社)は、エビデンスが確立されている認知症予防法や避けるべき生活習慣を、一般向けにわかりやすく紹介した1冊だ。エビデンスで示す“認知症の本当のリスク因子” 本書は、1. 認知症になる人の生活習慣2. 実は認知症予防に効果がないこと3. 認知症にならない人の暮らし方4. 認知症になったときの対応という章立てになっている。 1章の「認知症になる人の生活習慣」としては、・1日中座りっぱなし・タバコを吸う・塩分を摂り過ぎる・目や耳の老化による不調を放置するといった項目が並ぶ。 著者の山田氏は「本書で紹介した内容は、Lancet誌の認知症委員会が4年ごとにアップデートしている、認知症予防に関する情報を基にしています。長期にわたるエビデンスが確立している内容が中心なので、医療者の方にとって目新しいものは少ないかもしれません」と語る。 一方で、「部屋の換気をしない(と認知症リスクが上がる)」という項目は、読者からの反響が最も大きく、新鮮に受け止められたようです」と語る。ガスコンロを使ったときに発生するPM2.5や二酸化窒素などの微粒子、消臭スプレーや漂白剤などの使用によって屋内の空気に不純物が増える。多くの人は1日の4分の3程度を屋内で過ごすと言われており、通気性の悪い室内環境が脳血管疾患や生活習慣病を介して認知症と関係する可能性が示唆されている。そのため、こまめに換気をして屋内の空気を新鮮に保つことが重要になるという。 また、「1日に缶ビールを2本以上飲む」という項目も反響があったという。「お酒を飲み過ぎると、健康状態や認知症リスクに影響しそうだ、という意識はあっても、具体的な数値に落とし込んだことでインパクトがあったようです」(山田氏)。過去の研究によると、週に168g以上のアルコールを摂取する人はそうでない人に比べて認知症のリスクが約18%高くなるという。このアルコール量を換算すると、1日当たり350mLの缶ビール2本以上となる。「意識していなければすぐ超えてしまう量なので、お酒好きの方には知っておいてほしい。患者さんへの節酒のアドバイスの際にも取り入れてみては」(山田氏)。 ほかにも、「超加工食品」を食べ過ぎないことも、簡便かつ効果的な予防策として紹介されている。米国在住の山田氏は「米国では超加工食品が社会のすみずみまで浸透しており、すべてを避けるのは難しい。私自身もまずは目に付くソーセージやハム、ベーコンをなるべく避けるようにしている」と語る。「認知症予防にエビデンスがないこと」も紹介 本書では、認知症リスクを高める習慣と同時に、認知症予防にとって意味のないことも紹介している。ここでは、「プロバイオティクス」「オメガ3脂肪酸」「イチョウの葉エキス」などの具体例を挙げつつ、現時点では有意差を示す報告がないことを紹介している。また、健康食品などの宣伝文句に「エビデンスをすり替えた」ものがある点についても解説する。ほかにも「脳トレ」や「高価な自由診療の認知症検査」などについて、現時点での研究報告に沿ってエビデンスが低いことを紹介している。 「結局、認知症予防のために特定のサプリを大量に摂ったり、◯◯食だけを守ったりするよりは、野菜や果物、魚、全粒穀物などをバランス良く取り入れ、超加工食品や過剰な糖分・脂肪分を控える習慣をできる範囲で継続していくことの大切さが、エビデンスベースでも裏付けられているのです」(山田氏)。 本書の終盤では、「認知症になったあとの対応」にも触れている。家族のために認知症の段階を把握する指標、本当に入院が必要になるケース、介護のために必要となる費用の目安などが紹介される。ここでは、米国の「Hospital at Home」(HAH)の取り組みにも触れている。これは入院診療チームを自宅に派遣し、患者を自宅で“入院相当”の管理下で診るという仕組みだという。「日本ではまだ医療保険や介護保険制度上の制約が多く、実現は難しい点も多いものの、せん妄や生活機能低下を避けるためには自宅が望ましいケースも多い。今後の在宅医療を設計する上で参考になる点があると思う」(山田氏)。一般向けの内容だが、医療者にとっても自身のため、親のため、患者説明用の資料としてなど、さまざまな面で参考となる1冊となりそうだ。書籍紹介『認知症になる人 ならない人 全米トップ病院の医師が教える真実』

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難聴への早期介入には難聴者への啓発が重要/日本耳鼻咽喉科頭頸部外科学会

 日本耳鼻咽喉科頭頸部外科学会は、本年11月15~26日にわが国で初めてデフ(きこえない・きこえにくい)アスリートのための国際スポーツ大会「東京2025デフリンピック」が開催されることを記念し、都内でスポーツから難聴を考えるメディアセミナーを開催した。セミナーでは、難聴のアスリートである医師の軌跡、高齢者と聴力と健康、難聴への早期介入の重要性などが講演された。 東京2025デフリンピックは、上記12日間の日程で都内を中心に、約80ヵ国のアスリート3,000人を迎え、21競技で開催される。医師として働き、はじめてわかった難聴の課題 「難聴者・アスリートそして医師としての道のり」をテーマに、難聴を有するバレーボールのアスリートである狩野 拓也氏(十全総合病院耳鼻咽喉科)が、デフリンピックの概要の説明と障害を持つ医師としての苦労などを語った。 デフリンピックは、1924年から開催され、パラリンピックよりも歴史は古い。出場条件としては、「裸耳で良聴耳が55dB以上であること」、「先後天性など難聴の種類は問わない」、「競技中に補聴器を使用しない」が必要とされる。競技ルールは健聴者競技とほぼ同じであり、競技開始はランプの点灯などで行われる。狩野氏は、過去2回バレーボール選手として、デフリンピックに参加している。 狩野氏は、先天性両側重度感音難聴を患い、生後半年から補聴器とともに過ごしてきた。そして、医師として働く中でマスク着用により相手の読唇ができないこと、電話対応、雑音環境での聴力の低下などに悩まされたという。そこで、2020年に左耳に人工内耳埋め込み手術を受けた。その結果、静寂下での話音明瞭度は術前31.7%だったものが術後88.3%へ、雑音下では術前13.3%だったものが術後48.3%へ向上したという。 狩野氏は終わりに「難聴には先天性のほか、遺伝性、薬剤性などさまざまな原因があり、その対策として薬物療法、外科手術、補聴器などがあるので、耳鼻咽喉科で適切な診断と対策を行ってほしい」と述べた。「聴こえない」は運動能力に悪影響をもたらす 「高齢者における聞こえと健康長寿」をテーマに桜井 良太氏(東京都健康長寿医療センター研究所)が、難聴が運動機能に影響を与え、健康のリスクとなることを説明した。 カナダからの報告では、加齢性難聴者が抱える問題では、「俊敏性」と「移動能力」が多く、5人に3人が足腰の機能に不安を感じているという。また、加齢性難聴の進行に伴い、歩行機能が低下するという自験例を報告した1)。 足音も重要な感覚情報であり、聞こえ方で歩き方が変わる、足音が失われると普段の歩き方ではなくなるという報告もある。そのほか加齢性難聴と転倒の関連について、13の研究(2万5,961例)のメタ解析では、転倒リスクは2.39倍増加するという報告もある2)。 その機序は、聴覚情報遮断により回避行動にばらつきが増大することで、転倒リスクが増加すると推定されるという。桜井氏は、これらの研究報告などから「早期に補聴器などの装用による運動面の改善をすることは、転倒への不安を和らげる可能性があり、安全で質の高い生活を実現するために重要」と示唆し、講演を終えた。わが国の難聴者の医師への相談率や補聴器の普及率は低い 「難聴医療におけるPathwayの課題と難聴への早期介入の重要性」をテーマに和佐野 浩一郎氏(東海大学医学部耳鼻咽喉科・頭頸部外科 主任教授)が、高齢者が抱える難聴の課題と聴こえに対する治療について説明した。 一般に加齢とともに難聴は進行し、70代では1/4が、80代では1/2が中等度以上の難聴となるという自験例を報告した3)。 加齢性難聴になると社会的孤立やうつなどの疾患や転倒のリスク、フレイルへの進展などが懸念される。また、難聴の放置は「認知症」の最大のリスクであり、難聴への早期介入により発症を予防するまたは発症を遅らせることができるとされている4)。 加齢性難聴対策は、社会的疾病負荷の軽減や患者の身体的影響など考慮すると積極的に取り組むべき課題であるが、わが国の難聴自覚者からの医師への相談率は先進国の中でも40%止まりとかなり低い。 実際に難聴を有する人はどのように考えているのかについて、コクレア社が2024年にわが国を含む4ヵ国の25歳以上の成人4,000人(うち日本人1,200人)にアンケート調査を行った。日本人では「難聴を感じたとき」に「医師の予約をとる」が40%で1番多かったが、「何もしない」(高齢だから当然と診療をしない)が16%もいた。 補聴器や人口内耳については、「治療費が高い」が30%、「相談先がわからない」が23%、「加齢で仕方がない」が21%の順で多かった。重症度別の割合では、実際の難聴割合と自覚率の間に大きな差があることが判明し、難聴の自覚がない難聴者ほど心身の機能が低い傾向あることがわかった5)。 課題として高齢者の健康診断では聴覚検査が含まれておらず、問診すらされていないケースもあると和佐野氏は指摘し、「耳鼻科における早期からの適切な診断を一般化していきたい」と抱負を述べた。 また、わが国の補聴器の普及率は10%に満たず、先進国の中でもとても低く、欧米とのその差は現在も拡大している。 こうした現状から同学会では、「難聴を感じても耳鼻科を受診しない市民」、「難聴患者に補聴器を提案しない医師」、「必要な助成が整備されていない社会環境」、「質の高い調整を提供できていない補聴器販売店」の4つの「ない」の改善に取り組むとしている。そのために、2024年には『聞き取りづらさを感じて受診した患者さんに対する診療マニュアル』を作成し、補聴器での聞き取りに問題があれば人工内耳の手術の検討を勧めているほか、現在『軽中等度難聴に対する診療ガイドライン』を作成しているという。 この人工内耳手術については、アメリカでは100万例に対し544件が施行されているが、わが国は100万例に対し122件とその施行数も少ない上に、そもそも人工内耳を知らない人も多いという。人工内耳装用で高齢者は、聴力の変化により社会参加が増加し、フレイルの予防対策が進めやすくなるほか、良好な医療経済効果も期待できるという。 和佐野氏は、進行する加齢性難聴の放置はさまざまな問題につながる可能性があること、「年齢のせい」と考えずにまずは耳鼻科医に相談してほしいということ、医師からのアドバイスに応じて補聴器や人工内耳を装用することで、健康寿命を延ばすことができる可能性があることを挙げ、適切な診断に基づいた適切な介入が重要であることを強調して講演を終えた。■参考文献東京2025デフリンピック1)Sakurai R, et al. Gait Posture. 2021;87:54-58.2)Tin-Lok Jiam N, et al. Laryngoscope. 2016;126:2587-2596.3)Wasano K, et al. Biomedicines. 2022;10:1431.4)Livingston G, et al. Lancet. 2024;404:572-628.5)Sakurai R, et al. Arch Gerontol Geriatr. 2023;104:104821.

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WHO予防接種アジェンダ2030は達成可能か?/Lancet

 WHOは2019年に「予防接種アジェンダ2030(IA2030)」を策定し、2030年までに世界中のワクチン接種率を向上する野心的な目標を設定した。米国・ワシントン大学のJonathan F. Mosser氏らGBD 2023 Vaccine Coverage Collaboratorsは、目標期間の半ばに差し掛かった現状を調べ、IA2030が掲げる「2019年と比べて未接種児を半減させる」や「生涯を通じた予防接種(三種混合ワクチン[DPT]の3回接種、肺炎球菌ワクチン[PCV]の3回接種、麻疹ワクチン[MCV]の2回接種)の世界の接種率を90%に到達させる」といった目標の達成には、残り5年に加速度的な進展が必要な状況であることを報告した。1974年に始まったWHOの「拡大予防接種計画(EPI)」は顕著な成功を収め、小児の定期予防接種により世界で推定1億5,400万児の死亡が回避されたという。しかし、ここ数十年は接種の格差や進捗の停滞が続いており、さらにそうした状況が新型コロナウイルス感染症(COVID-19)パンデミックによって助長されていることが懸念されていた。Lancet誌オンライン版2025年6月24日号掲載の報告。WHO推奨小児定期予防接種11種の1980~2023年の動向を調査 研究グループは、IA2030の目標達成に取り組むための今後5年間の戦略策定に資する情報を提供するため、過去および直近の接種動向を調べた。「Global Burden of Diseases, Injuries, and Risk Factors Study(GBD)2023」をベースに、WHOが世界中の小児に推奨している11のワクチン接種の組み合わせについて、204の国と地域における1980~2023年の小児定期予防接種の推定値(世界、地域、国別動向)をアップデートした。 先進的モデリング技術を用いてデータバイアスや不均一性を考慮し、ワクチン接種の拡大およびCOVID-19パンデミック関連の混乱を新たな手法で統合してモデル化。これまでの接種動向とIA2030接種目標到達に必要なゲインについて文脈化した。その際に、(1)COVID-19パンデミックがワクチン接種率に及ぼした影響を評価、(2)特定の生涯を通じた予防接種の2030年までの接種率を予測、(3)2023~30年にワクチン未接種児を半減させるために必要な改善を分析するといった副次解析を行い補完した。2010~19年に接種率の伸びが鈍化、COVID-19が拍車 全体に、原初のEPIワクチン(DPTの初回[DPT1]および3回[DPT3]、MCV1、ポリオワクチン3回[Pol3]、結核予防ワクチン[BCG])の世界の接種率は、1980~2023年にほぼ2倍になっていた。しかしながら、これらの長期にわたる傾向により、最近の課題が覆い隠されていた。 多くの国と地域では、2010~19年に接種率の伸びが鈍化していた。これには高所得の国・地域36のうち21で、少なくとも1つ以上のワクチン接種が減っていたこと(一部の国と地域で定期予防接種スケジュールから除外されたBCGを除く)などが含まれる。さらにこの問題はCOVID-19パンデミックによって拍車がかかり、原初EPIワクチンの世界的な接種率は2020年以降急減し、2023年現在もまだCOVID-19パンデミック前のレベルに回復していない。 また、近年開発・導入された新規ワクチン(PCVの3回接種[PCV3]、ロタウイルスワクチンの完全接種[RotaC]、MCVの2回接種[MCV2]など)は、COVID-19パンデミックの間も継続的に導入され規模が拡大し世界的に接種率が上昇していたが、その伸び率は、パンデミックがなかった場合の予想よりも鈍かった。DPT3のみ世界の接種率90%達成可能、ただし楽観的シナリオの場合で DPT3、PCV3、MCV2の2030年までの達成予測では、楽観的なシナリオの場合に限り、DPT3のみがIA2030の目標である世界的な接種率90%を達成可能であることが示唆された。 ワクチン未接種児(DPT1未接種の1歳未満児に代表される)は、1980~2019年に5,880万児から1,470万児へと74.9%(95%不確実性区間[UI]:72.1~77.3)減少したが、これは1980年代(1980~90年)と2000年代(2000~10年)に起きた減少により達成されたものだった。2019年以降では、COVID-19がピークの2021年にワクチン未接種児が1,860万児(95%UI:1,760万~2,000万)にまで増加。2022、23年は減少したがパンデミック前のレベルを上回ったままであった。未接種児1,570万児の半数が8ヵ国に集中 ワクチン未接種児の大半は、紛争地域やワクチンサービスに割り当て可能な資源がさまざまな制約を受けている地域、とくにサハラ以南のアフリカに集中している状況が続いていた。 2023年時点で、世界のワクチン未接種児1,570万児(95%UI:1,460万~1,700万)のうち、その半数超がわずか8ヵ国(ナイジェリア、インド、コンゴ、エチオピア、ソマリア、スーダン、インドネシア、ブラジル)で占められており、接種格差が続いていることが浮き彫りになった。 著者は、「多くの国と地域で接種率の大幅な上昇が必要とされており、とくにサハラ以南のアフリカと南アジアでは大きな課題に直面している。中南米では、とくにDPT1、DPT3、Pol3の接種率について、以前のレベルに戻すために近年の低下を逆転させる必要があることが示された」と述べるとともに、今回の調査結果について「対象を絞った公平なワクチン戦略が重要であることを強調するものであった。プライマリヘルスケアシステムの強化、ワクチンに関する誤情報や接種ためらいへの対処、地域状況に合わせた調整が接種率の向上に不可欠である」と解説。「WHO's Big Catch-UpなどのCOVID-19パンデミックからの回復への取り組みや日常サービス強化への取り組みが、疎外された人々に到達することを優先し、状況に応じた地域主体の予防接種戦略で世界的な予防接種目標を達成する必要がある」とまとめている。

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月1回投与の肥満治療薬maridebart cafraglutide、体重を大幅減/NEJM

 月1回投与のmaridebart cafraglutide(MariTideとして知られる)は、2型糖尿病の有無にかかわらず肥満者の体重を大幅に減少させたことが、米国・イェール大学のAnia M. Jastreboff氏らMariTide Phase 2 Obesity Trial Investigatorsによる第II相試験で示された。maridebart cafraglutideは、GLP-1受容体アゴニスト作用とグルコース依存性インスリン分泌刺激ポリペプチド(GIP)受容体アンタゴニスト作用を組み合わせた長時間作用型ペプチド抗体複合体で、肥満症の治療を目的として開発が進められている。第II相試験では、2型糖尿病の有無を問わない肥満成人を対象に、maridebart cafraglutideのさまざまな用量、用量漸増の有無における有効性、副作用プロファイルおよび安全性が評価された。NEJM誌オンライン版2025年6月23日号掲載の報告。2型糖尿病の有無別に肥満者を11群に無作為化、52週の体重変化率を評価 研究グループは、11グループを含む2コホートを対象に、第II相の二重盲検無作為化プラセボ対照用量範囲試験を実施した。 18歳以上の肥満者(BMI値30以上または27以上で少なくとも1つの肥満関連合併症を有しHbA1c値6.5%未満、肥満コホート)を、maridebart cafraglutideの140mg、280mg、420mg(いずれも4週ごと漸増なし投与)群、420mg(8週ごと漸増なし投与)群、420mg(4週ごと投与で4週ごとに用量漸増)群、420mg(4週ごと投与で12週ごとに用量漸増)群またはプラセボ群に3対3対3対2対2対2対3の割合で無作為に割り付けた。 また、2型糖尿病を有する肥満者(肥満・糖尿病コホート)を、maridebart cafraglutideの140mg、280mg、420mg(いずれも4週ごと漸増なし投与)群またはプラセボ群に1対1対1対1の割合で無作為に割り付けた。 主要エンドポイントは、ベースラインから52週までの体重変化率とした。体重変化、2型糖尿病なしは-12.3~-16.2%、2型糖尿病ありも-8.4~-12.3% 2023年1月~2024年9月に592例が登録された(肥満コホート465例、肥満・糖尿病コホート127例)。両コホートの各投与群間のベースライン特性は類似していた。 肥満コホート(女性63%、平均年齢47.9歳、平均BMI値37.9)において、treatment policy estimand(ITTアプローチ法)に基づく52週時におけるベースラインからの平均体重変化率は、maridebart cafraglutide投与群が-12.3%(95%信頼区間[CI]:-15.0~-9.7)~-16.2%(-18.9~-13.5)の範囲にわたり、プラセボ群は-2.5%(-4.2~-0.7)であった。 肥満・糖尿病コホート(女性42%、平均年齢55.1歳、BMI値36.5)において、treatment policy estimandに基づく52週時におけるベースラインからの平均体重変化率は、maridebart cafraglutide投与群が-8.4%(95%CI:-11.0~-5.7)~-12.3%(-15.3~-9.2)の範囲にわたり、プラセボ群は-1.7%(-2.9~-0.6)であった。また、本コホートにおけるtreatment policy estimandに基づく52週時におけるベースラインからのHbA1c値の平均変化(%ポイント)は、maridebart cafraglutide投与群が-1.2~-1.6%ポイントの範囲にわたり、プラセボ群は0.1%ポイントであった。 消化器系の有害事象がmaridebart cafraglutide群で多くみられたが、用量漸増および開始用量の低減により発現頻度は低下した。 安全性に関する新たな懸念はみられなかった。

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たこつぼ型心筋症の患者では再入院リスクが高い

 たこつぼ型心筋症は、精神的・肉体的なストレスに起因する新しい概念の心筋症である。今回、たこつぼ型心筋症の患者は一般集団と比較して再入院のリスクが高いとする研究結果が、「Annals of Internal Medicine」に3月25日掲載された。 たこつぼ型心筋症は、精神的・肉体的なストレスに起因する一過性の左室機能不全が特徴で、発作時の左室造影所見が「たこつぼ」に見えることから、1990年に日本で提唱された疾患概念である。この疾患では急性期を過ぎると、左室の駆出率は完全に回復するものの、発症後の長期生存率が低下することが報告されている。スコットランドのたこつぼレジストリ研究から、この長期生存率の低下は心血管疾患による死因に起因するという報告がなされた。しかし、たこつぼ型心筋症の回復後に生じる詳しい疾患とその重症度に関しては十分な調査が行われていない。このような背景から、英アバディーン大学およびNHSグランピアンのAmelia E. Rudd氏らは、コホート研究により、たこつぼ型心筋症患者の再入院率とその原因について調査を行った。 たこつぼ型心筋症の620人は、スコットランドのたこつぼレジストリより、2010年以降に診断された患者を無作為に抽出した。対照群は、最近傍マッチング法に基づき年齢・性別・地理的条件が一致するスコットランドの一般集団2,480人と、2013~2017年に実施されたHigh-STEACS Studyに含まれる急性心筋梗塞患者620人で構成された。再入院のハザード比(HR)と95%信頼区間(95%CI)はCoxの比例ハザードモデルより推定された。 入院総数1万2,873件のうち、再入院の発生率は、たこつぼ型心筋症患者で1,000人年あたり743件、スコットランドの一般集団で365件、心筋梗塞患者で750件だった。 次に、各群における再入院の原因を比較した。その結果、たこつぼ型心筋症の患者は一般集団と比較して、全原因による再入院リスクが約2倍高かった(HR 1.96〔95%CI 1.78~2.17〕、P<0.001)。特に、心筋梗塞(HR 3.11〔95%CI 2.11~4.57〕、P<0.001)、心不全(HR 4.92〔95%CI 3.06~7.93〕、P<0.001)、不整脈(HR 3.56〔95%CI 2.55~4.98〕、P<0.001)といった心血管疾患での再入院リスクが有意に高くなっていた。また、精神疾患、脳卒中、肺疾患、神経疾患、感染症、胃腸疾患、末梢血管疾患による再入院リスクも高かった。 一方で、たこつぼ型心筋症の患者を心筋梗塞の患者と比較すると、心筋梗塞(HR 0.27〔95%CI 0.19~0.38〕、P<0.001)、心不全(HR 0.55〔95%CI 0.37~0.83〕、P=0.004)、不整脈(HR 0.65〔95%CI 0.47~0.91〕、P=0.011)の再入院リスクは低くなっていたものの、脳卒中や心血管系以外の原因(精神疾患、肺疾患、がんなど)で再入院するリスクは同程度だった。 著者らは、「今回の結果により、たこつぼ型心筋症の患者では脆弱性が高まっていることから、退院時の適切なアドバイス、退院後の経過観察、そしてこの疾患特有の治療戦略を組み立てることの必要性が浮き彫りにされた。たこつぼ型心筋症とその他の心血管系疾患との共通点や違いを理解するには、さらなる研究が必要だ」と述べた。

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SGLT2阻害薬が脂肪肝の改善に有効か

 SGLT2阻害薬(SGLT2-i)と呼ばれる経口血糖降下薬が、脂肪肝の治療にも有効な可能性を示唆する研究データが報告された。慢性的な炎症を伴う脂肪肝が生体検査(生検)で確認された患者を対象として行われた、南方医科大学南方医院(中国)のHuijie Zhang氏らの研究の結果であり、詳細は「The BMJ」に6月4日掲載された。 論文の研究背景の中で著者らは、世界中の成人の5%以上が脂肪肝に該当し、糖尿病や肥満者ではその割合が30%以上にも及ぶと述べている。脂肪肝を基に肝臓の慢性的な炎症が起こり線維化という変化が進むにつれて、肝硬変や肝臓がんのリスクが高くなってくる。 一方、これまでに行われた複数の研究から、尿中へのブドウ糖排泄を増やすことで血糖値を下げるSGLT2-iに、脂肪肝を改善する作用のあることが示されている。ただしそれらの研究では、画像検査や血液検査によって脂肪肝の存在が推定される患者を対象としていた。それに対して今回報告された研究は、脂肪肝の中でも慢性炎症が起きている、よりハイリスクな状態である代謝機能障害関連脂肪肝炎(MASH)を、生検によって診断した患者を対象に行われた。著者らによると、生検でMASHが確認された患者を対象としてSGLT2-iの効果を検討した研究は、これが初めてだという。 中国国内の三次医療機関6施設で、MASHと診断された成人154人をランダムに2群に分け、1群をSGLT2-iの一種であるダパグリフロジン(10mg)群、他の1群をプラセボ群として48週間介入した。参加者の平均年齢は35.1±10.2歳で、BMIは29.2±4.3であり、2型糖尿病が45%を占めていた。また、肝疾患の活動性を表すスコア(NAS)は6.0±1.1で、肝線維化ステージはF1が33%、F2が45%、F3が19%だった。 主要評価項目である、肝線維化の悪化(線維化ステージの進行)を伴わないMASHの改善(NASが2点以上低下、または3点以下になること)は、ダパグリフロジン群では53%、プラセボ群では30%に認められ、前者で有意に多かった(リスク比〔RR〕1.73〔95%信頼区間1.16~2.58〕)。また副次評価項目として設定されていた、肝線維化の悪化を伴わないMASHの寛解は、同順に23%、8%(RR2.91〔同1.22~6.97〕)、MASHの悪化を伴わない線維化の改善は、45%、20%であり(RR2.25〔1.35~3.75〕)、いずれもダパグリフロジン群に多く認められた。なお、有害事象によって治療を中止した患者の割合は、1%、3%だった。 著者らは、「われわれの研究結果は、ダパグリフロジンが肝臓の脂肪化と線維化の双方を改善し、MASHの経過に有意な影響を及ぼす可能性を示唆している。これらの効果を確認するために、より大規模かつ長期間の臨床研究が求められる」と述べている。

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夏の暑さから身を守る――救急医のアドバイス

 気温が高くなる夏季に、屋外に出なければならない――。そんな時に身の安全を守るための重要なヒントを、米ヒューストン・メソジスト病院の救急医であるNeil Gandhi氏が同院のサイト内に6月17日公開した。同氏は「この季節は、暑さに湿気、そして、しばしば異常気象が重なるため、事前の『備え』が特に重要な季節だ」としている。 Gandhi氏によると、「屋外で過ごすことには、心身の健康増進をはじめ、多くのメリットがある」という。しかし、夏季の屋外活動に関しては「リスクもあるため気をつけなければならない」と述べ、以下のような注意点を挙げている。 「猛暑の中に、いきなり飛び込まないことだ。屋外で活動を始めるには、慣れるまで少し時間を取ってほしい」。Gandhi氏はこのように語り、屋外活動を始めるに際しては、最初は短時間にとどめ、徐々に時間を長くしていき、体を暑熱環境に順応させるようにすることを勧めている。 また同氏は、「高温多湿な環境では発汗が増加するため、水分補給にも気を配る必要がある」と、脱水予防対策の必要性を指摘。その水分補給には、「水を飲むことが最も良い」とのことだが、「炭酸水、あるいはスイカなどの水分を多く含む果物も役立つ」と付け加えている。ただし、加糖飲料やアルコール類は脱水を助長する可能性があるため、避けることを推奨している。 Gandhi氏が次に着目するポイントは、衣類だ。暑い夏季に最適な衣類は、綿や麻などの通気性のある生地で作られた衣類だという。また、衣類は日焼け対策としても重要な意味を持つ。「日焼けはゆっくりと進行するため、重度になるまで気付かないこともある。肌に日焼け止めを塗った上に紫外線保護指数(UPF)の高い衣類を羽織れば、日光からの防御層をもう一層加えることになる」とアドバイスする。 さらに、体に熱が蓄積されて、熱中症のリスクが生じ始めている状態を認識することの大切さに言及。熱中症のハイリスク者として同氏は、屋外労働者や夏季のイベント・スポーツ大会に参加する人を挙げ、また小さい子どもや高齢者も該当するとしている。そして、めまい、筋肉のけいれん、意識の乱れ、発汗の異常といった、熱中症の警告サインに注意するよう呼び掛けている。 最後は、熱中症の警告サインを認めた場合の対応について。Gandhi氏は、「もし自分に警告サインが現れたり、そのような症状が現れている人を見かけたりしたら、すぐに涼しい場所に移動する/させること、水分を補給する/させること、症状が回復しない場合は医師の診察を受ける/させることだ」と話している。

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抗菌薬、点滴か内服かを選ぶ基準は?【Dr.山本の感染症ワンポイントレクチャー】第7回

Q7 抗菌薬、点滴か内服かを選ぶ基準は?抗菌薬を投与する際、内服・点滴のどちらにするか悩むことがたびたびあります。 炎症数値が非常に高い場合などは点滴投与とすぐに決められますが、 微妙な数値の時などは結構迷います。

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洞性頻脈、心房頻拍を理解しよう!【モダトレ~ドリルで心電図と不整脈の薬を理解~】第5回

洞性頻脈、心房頻拍を理解しよう!Questionジギタリス中毒を起こすと、時として以下のように心臓内の刺激伝導が異常を来し、心房頻拍※と房室結節での刺激伝導の抑制を強める作用が混在して生じることがあります。では、ジギタリス中毒を生じて心房側が心房頻拍(150回/分)となり、房室結節は心房からの刺激伝導を2回に1回心室へ通すとしたら、どのような心電図波形となるでしょうか?※:その機序は静止電位が低くなること、活動電位持続時間の短縮、自動能の亢進に由来するとされますが、解説すると長くなり混乱必至ですのでここでは割愛します。画像を拡大する

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第271回 遅れた厚生労働省幹部人事、「保険局長案、官邸『NG』」報道を深読みする

保険局長の人事を巡って官邸と厚労省の間でひと悶着こんにちは。医療ジャーナリストの萬田 桃です。医師や医療機関に起こった、あるいは医師や医療機関が起こした事件や、医療現場のフシギな出来事などについて、あれやこれや書いていきたいと思います。参議院選が公示されました。全国紙いくつかの序盤の情勢分析によれば、自民党は苦戦中で議席を減らすものの50議席はなんとか確保、非改選議席75席を合わせて参院過半数の125席は超えそうだとのことですが、一方で大苦戦との報道もあります。選挙戦後半に向けて自民党はまだまだ気が抜けないようです。ところで、争点の一つの物価対策ですが、与党は消費税を堅持、野党は消費税減税・撤廃と対照的な主張をしている点が気に掛かります。社会保障(とくに医療)の持続可能性を考えれば、消費税の撤廃は到底考えられない選択です。「国民一律2万円給付」もどうかと思いますが、今回限りの“ワンショット”で済みます。かたや消費税減税・撤廃は税収減が中長期に渡って続くことになります。そう考えると、本当に“目先”しか見ていないのは野党に思えるのですが、皆さんいかがでしょう。さて、今回は参院選公示直前の7月1日に厚生労働省が発表した幹部人事について書いてみたいと思います。恒例の夏の中央官庁の幹部人事、厚労省は今回、他省庁よりも発表が遅れました。これに関連して7月2日付の日本経済新聞朝刊は「厚労省、人事発表遅れ 年金法案で国会が混乱 保険局長案、官邸『NG』」と題する興味深い記事を掲載しています。どうやら保険局長の人事を巡って官邸と厚労省の間でひと悶着あったようなのです。何があったのでしょうか?「高額療養費制度の見直し」、「OTC類似薬の保険給付のあり方の見直し」、「2025年度診療報酬改定」などの難題を解決するには厚労省が推した“別の幹部”では力不足と判断か?7月1日に発表された厚労省幹部人事(7月8日付発令)の主な内容は、伊原 和人事務次官、次官級の迫井 正深医務技監、大坪 寛子健康・生活衛生局長が留任、保険局長に間 隆一郎年金局長、医薬局長に宮本 直樹審議官(健康、生活衛生、総合政策担当)、城 克文医薬局長は辞職、鹿沼 均保険局長は社会・援護局長に──というものでした。日本経済新聞の記事は、「他省庁より公表は遅れ、その背景には年金制度改革と高額療養費の負担上限引き上げを巡る先の国会での混乱があった。医療保険制度を担う保険局長の人事案を首相官邸側が突き返したもようだ」と書いています。国会での混乱とは、本連載の「第254回 またまた厚労省の見通しの甘さ露呈?高額療養費制度、8月予定の患者負担上限額の引き上げも見送り、政省令改正で済むため患者団体の声も聞かず拙速に進めてジ・エンド」、「第265回 “米騒動”で農水相更迭、年金法案修正、医療法改正案成立困難を招いた厚労相の責任は?」などでも詳しく書いた、年金制度改革法と高額療養費制度の見直しを巡って起きたドタバタ、言い換えれば厚労省の失策の数々を指します。同記事は、「厚労省は新任の年金局長について、先の国会で(年金制度改革)法案が成立した場合としなかった場合の複数案を抱えて官邸と調整した。不成立だった場合は、継続性を重視して現職の間隆一郎氏を留任させる腹づもりだったとみられる。(中略)法案は5月末に衆院を通過し、成立のメドが立ったことで間氏の続投は消えた。人事公表が遅れたもう一つの要因は保険局長の人選だった。新局長は間氏が年金局長からスライドすることになった。だが、厚労省はもともとは別の幹部を充てる考えだった。複数の政府関係者によると、官邸中枢が差し替えを指示したという」と書いています。来年に向けて保険局は、懸案の「高額療養費制度の見直し」に加え、三党合意で決定した「OTC類似薬の保険給付のあり方の見直し」や「2025年度診療報酬改定」など重要な政策案件が目白押しです。それらの難題を解決するには、厚労省が推す“別の幹部”では力不足と判断され、年金制度改革法案をなんとか成立にこぎ着けた間氏に保険局長を任せることにした、ということのようです。厚労省が推した“別の幹部”は鹿沼・前保険局長か?では、厚労省が推した“別の幹部”とは誰だったのでしょう。具体的な名前についてはどこも報道していません。しかし理詰めで考えれば、高額療養費制度の見直しが決着していないことから継続して取り組ませようとした鹿沼・前保険局長(今回人事で社会・援護局長に横滑り)ではなかったかと想像されます。高額療養費制度の負担限度額引き上げは法律の改正は必要なく、政令改正で行える(国会での審議マターになりにくい)という“手軽さ”から削減候補となり、国もなるべく目立たないよう、コソコソと事を進めようとしました。社会保障審議会・医療保険部会の議題には挙げたものの患者団体のヒアリングを実施せず、閣議決定に至りました。その後、患者団体を含め各方面から猛反対が沸き起こり、最終的に患者負担上限額の引き上げは見送りとなりました。見送り決定直後、石破 茂首相は「検討プロセスに丁寧さを欠いたとの指摘を重く受け止めねばならない」と語りました。重要政策ゆえ最終決着まで任せるのが筋と考えられますが、さすがに“検討プロセスの丁寧さを欠いた”張本人である前保険局長に、もう任せておけないというのが官邸「NG」の理由だったとみられます。この件については、自民党や厚労大臣にも大きな責任があるはずです。とは言え、役人がまず責任を取るのは、“宮仕え”ゆえ仕方がないことかもしれません。保険局長と言えば、事務次官への最有力ポストと言われますが、これで筆頭候補だった前保険局長の事務次官への道はなくなったと考えていいでしょう。老健局長時代に介護報酬改定で訪問介護のマイナス改定を断行した間保険局長一方、新任の間保険局長は、逆に大きな責任を負うことになります。年金制度改革法の修正で味噌をつけたものの、保険局長として「高額療養費制度の見直し」、「OTC類似薬の保険給付のあり方の見直し」、「2025年度診療報酬改定」をすべて成功裏に進めることができれば、事務次官の目も出てくるかもしれません。ちなみに間保険局長は、老健局長時代の2024年、介護報酬改定で訪問介護等にマイナス改定を断行した人物です。診療報酬よりも高い+1.59%という介護報酬の改定率を勝ち取った一方で訪問介護の基本報酬を下げ、さまざまな批判を浴びました。その是非論はさておいて、次期診療報酬改定においても大胆な改革を行うのではないか、という憶測も一部には出始めています。参院選後、秋から始まる診療報酬改定の議論の行方に注目したいと思います。

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看護師の貢献が病院経営を救う?【論文から学ぶ看護の新常識】第22回

看護師の貢献が病院経営を救う?看護師の経済的価値を検証した最新研究で、看護業務において最も大きな経済的インパクトを与える領域は、「健康教育」と「医療安全」であることが示された。Daniel Barcenas-Villegas氏らの研究結果であり、Journal of Nursing Management誌2025年3月19日号に掲載された。臨床看護師による病院の効率性と経済的持続可能性への貢献:システマティックレビュー研究チームは、看護専門職による病院の効率性と医療の持続可能性への貢献に関するエビデンスを分析することを目的に、システマティックレビューを行った。4つのデータベース(CINAHL、PubMed、Scopus、WOS)で2013年から現在までの英語およびスペイン語の研究を検索し、経済評価に関する一次研究およびシステマティックレビューを対象とした。質の評価にはCASPツール、CHEERSチェックリスト、STROBE声明を用いた。主な結果は以下の通り。3,058件の記録のうち、9件の研究(333,597例)が適格と判断された。病院が提供する健康教育は費用対効果が高く、1 QALY(質調整生存年)あたり10万ドル未満の費用に収まる可能性がある。看護の専門性、高度実践看護師、および医療安全への投資は、入院や病状悪化の数を減少させる。看護業務の中で最も大きな経済的インパクトを与える領域は、健康教育と医療安全であることが示された。看護の専門性と高度実践看護師の導入は、より経済的に持続可能なモデルを推進するために、医療システムが注力すべき分野であることも示された。近年の研究では、医療現場での看護師の貢献が、病院の効率性や経済的持続可能性の鍵を握ると示唆しています。これは、従来の「Evidence Based Medicine(EBM;根拠に基づく医療)」が重視する臨床的効果に加え、医療が患者にもたらす「価値」を費用対効果で測る「Value Based Medicine(VBM;価値に基づく医療)」の考え方に合致します。(EBM、VBMという用語自体は本論文中に直接記されていませんが、その概念は本研究の議論の基盤です。)その「価値」を定量化する主要指標が、QALY(質調整生存年)です。前回の記事でも解説がありましたが、今回はその具体的な考え方と、海外での評価基準について触れておきます。QALYは、生存期間だけでなく生活の質も加味して費用対効果を評価する指標であり、1QALYあたりにかかるコストが低いほど「費用対効果が高い」とされます。例えばオーストラリアでは、1QALYあたり3万~6万豪ドルが許容目安とされています。本研究では、「健康教育」や「医療安全」、「専門看護師および高度実践看護師(Advanced Practice Nurse:APN)」への投資が、入院や病状悪化の減少、ひいては医療経済への肯定的な影響、費用削減につながる可能性を強く示唆しました。APNは、特定領域でリーダーシップを発揮し、再発・再入院を減らすことでコスト改善に貢献しています。ただし、各国の医療制度や経済状況は大きく異なります。そのため、評価基準も多様であり、引用論文の一部には「結果を私たちの環境に適用できない」との指摘もあります。このため、結果をそのまま日本に適応することはできません。日本においても、看護師の専門性が医療経済に与える影響を、国内のシステムに即した形で具体的に評価し、その真の価値を引き出す戦略が必要不可欠だと考えます。論文はこちらBarcenas-Villegas D, et al. J Nurs Manag. 2025:3332688.

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