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第330回 アトピー当事者が語る、ステロイドの保険見直し問題

INDEXステロイド外用薬で思い出す、苦い過去外用剤といえども…共同声明の発表当事者でないとわからない感覚ステロイド外用薬で思い出す、苦い過去前回、OTC類似薬の一部保険外療養の負担に関して「OTC類似薬の保険給付の見直しの実施に向けた技術的検討会」の中間とりまとめに関する中央社会保険医療協議会総会への報告・説明、それに伴う議論を取り上げた。実はこの中間とりまとめについては、私個人もある点で驚きを隠せなかった。それはステロイド外用薬に関して「慢性・再発性疾患に使用される場合があるが、急性増悪時の短期使用が中心であり、別途負担の対象として整理する」という記述だ。これを読んだ時は一瞬、目が点になり、「嘘だろう」と思った。かくいう私は過去に本連載でも触れたが、アトピー性皮膚炎を持病として抱えている。これまでの人生を振り返ると、成人してからはほぼ問題なく過ごしてきたものの、およそ10数年周期で急性増悪を経験してきた。最悪だったのは今から30年以上前、上京して間もない大学1年生だった頃だ。当時は今のようなTARC*を測定しながらのプロアクティブ療法(急性増悪時にステロイド外用薬で一気に炎症の抑え込みにかかり、その後はステロイド外用薬の強さをレベルダウンさせながら、間欠使用に移行し、最終的に保湿剤での維持を続ける)は一般的ではなかった。むしろ記憶する限り、皮膚科クリニックを受診しても「これ塗っといてね」とステロイド外用薬のチューブを処方され、切り替えも塗布中止時期も何も説明されず、漫然と処方され続けたものだ。*アトピー性皮膚炎の重症度評価に用いられる検査当時は医療知識もなく、私自身いわゆる「脱ステロイド」に走った。その結果、全身真っ赤な象皮状態となり、一部からはリンパ液が流れ出し、朝起きるとTシャツの一部が真っ黄色になるほど。そんな生活を10ヵ月弱経験し、日本東洋医学会などでは必ずと言っていいほど名前が挙がる、ある自由診療の漢方治療診療所にたどり着いた。そこで煎じ薬である方剤を処方されたが、ほとんど効果は実感できなかった。2回目の受診の際、そのことを医師に告げると方剤は別のものに変わった。しかし、やはり結果は同じ。その後はこの2種類の方剤が何度も入れ替わる日々が4ヵ月ほど続いた。当時は大学1年生で経済的には親に依存していたが、それでも自由診療の漢方薬の代金は重荷で、ある時は窓口で薬代を払ったら、210円しか残っていなかった。今でも覚えているが、その日は金曜日の夕方。今のように土日にも銀行ATMが開いている時代ではない。携帯電話もない時代のため、同居していた姉にも連絡は取れない。自宅まで210円で帰れる駅を目指して、寒空の下を10kmほどとぼとぼ歩いた。しかも、体は象皮状態。日常動作でも皮膚が切れて出血する状態だったので正直歩くのもつらかった。歩きに歩いて、ようやく電車に乗り、自宅に着いた時は真っ暗。姉はまだ帰宅しておらず、自分の部屋でベッドに腰を掛け、泣き続けていた。その後、私は保険診療でエキス製剤を使って漢方治療をする診療所のことを知り、そこを訪ねた。診察をした医師は丁寧に腹脈をとって事細かに問診をし、自由診療の漢方診療所では単剤で交互に使用していた方剤を2剤併用する旨を告げた。それからわずか2週間ほどで、私の全身の皮膚は半ば忘れかけていた元の状態を取り戻した。外用剤といえども…さて、現在の私の急性増悪に話を戻そう。2026年4月末の診察時、医師には簡潔に過去のことを伝えた。すると、「今はステロイドに拒否感はあります?」と尋ねられた。それはない旨を告げると、「プロアクティブ療法をやっていくうえで、ステロイドは勿論だが、これを使うと上手くいきやすいんですよ。ちょっとお高いけど」と言われ、ジファミラスト(商品名:モイゼルト軟膏、PDE4阻害薬)とデルゴシチニブ(同:コレクチム軟膏、JAK阻害薬)を勧められた。私は一瞬ギョッとしてしまった。非ステロイド性の免疫抑制系外用薬を使わねばならないのかと。これは経口薬で治療を続けてきた2型糖尿病患者がインスリンを勧められた時に受けがちなショックと似た感覚かもしれない。とりあえずこれらは一旦辞退し、ステロイド外用薬のみの治療を開始した。2週間後に思い直してジファミラストを追加することになったが、この際、主治医に最初の提案に私が抱いた感覚を伝えたところ、「ああ、何かわかりますよ」と笑われた。現在は体幹と四肢はほぼ4日おきの外用ステロイド薬・ジファミラストの混合、間にはジファミラスト・ヘパリン類似物質の混合を塗布している。顔も当初は塗布間隔が体幹同様にまで延びたが、日差しが強いと日焼け止めを使っていても炎症が強くなり、今は暫定的に外用ステロイド薬・ジファミラストの混合とジファミラスト・ヘパリン類似物質の混合を1日おきに塗り分けている。一旦は急性増悪を抑え込めても、おそらく保湿剤のみに切り替えることができるまでには相当の時間を要するだろうと覚悟はしている。そんなこんなで今回の中間とりまとめで、私はOTC類似薬の一部保険外療養の負担の半ば当事者になってしまったのである。共同声明の発表さすがにアトピー性皮膚炎患者や皮膚科専門医もこの状態を黙認することはないだろうと思っていたが、実は前回は触れなかったが中医協総会でもアトピー性皮膚炎に関しては問題となった。9月3日に開催された社会保障審議会(医療保険部会)での患者団体へのヒアリングで、認定NPO法人・日本アレルギー友の会(理事長:武川 篤之氏)が患者団体としてこの件に関して強い反対を表明した。その論旨は以下のようなものだ。長くなるが引用する。「アトピー性皮膚炎は寛解と増悪を繰り返す慢性・再発性の疾患であり、急性増悪時だけを治療する病気ではありません。診療ガイドラインでは、抗炎症外用薬によって速やかに寛解を導入したうえで、毎日の保湿と再燃部位への間欠的な外用(プロアクティブ療法)によって再燃を防ぐ長期管理が標準とされています。ステロイド外用薬は、この長期管理を日常的に支える薬剤です。ステロイド外用薬は効果の強さによって5段階に分類され、症状の重症度、部位、年齢に応じて医師が選択し、量や範囲を細かく調整する必要があります。OTC医薬品は軽度の症状を対象としており、医療用のステロイド外用薬とは効能・効果が一致せず、医学的に代替性は成立しません。薬局で購入する場合には、強さを認識しないまま使用して副作用が生じたり、逆に症状に対して十分な効果を得ることができず炎症が持続したり重症化するおそれもあります。追加負担によって毎日の維持治療が細れば、結果として高額な生物学的製剤への移行や入院治療の増加につながりかねません」まったくの同感である。友の会は同日、日本皮膚科学会、日本臨床皮膚科医会と共同で『OTC類似薬の保険給付見直し案に関する共同声明』1)も発表した。詳細は声明を参照してほしいが、「3.医学的誤認に基づく制度設計」は、前出のようなガイドラインなどを踏まえないもので私も一番驚いた点である。しかも、プロアクティブ療法で、保湿剤によるスキンケアに移行する直前は、(中間とりまとめの中で一部負担対象とされた)比較的効果が弱めのOTC類似薬のステロイド外用薬が長期にわたって使用される。そして声明の「5.歴史的教訓と現在の誤情報」もまさにその通りである。負担が過度に増えることになれば、エビデンスの乏しい民間療法(自然由来ハーブ・オイル療法、温泉療法など)に患者が走る恐れが高まる。さらに「7.患者・家族の生活実態」にある「外用薬は『生きるための薬』であり、寛解維持のための計画的外用が不可欠である」もまさにその通りだ。これに関連して中医協総会では日本医師会副会長の茂松 茂人氏が次のように語っている。「がん患者さん、難病患者さん、指定難病でなくとも重症で就職などができないといった患者さんもおられます。とくに成人のアトピー性皮膚炎では、正規雇用になれない非正規雇用の患者さんが多いとも聞いておりますので、その辺はヒアリングをしっかり聞いていただいて、対応を考えていただければと思います」当事者でないとわからない感覚自分も経験者だからわかるのだが、アトピー性皮膚炎は自分では隠し切れない皮膚に病変が出てしまうため、患者は劣等感を抱きがちだ。とくに顔の症状が強く、治療によるコントロールが十分得られなければ、患者は外出すら避けるようになる。そうなればなかなか正規雇用で働こうとは思わないことは、私自身は容易に想像がつく。再度、自分語りで恐縮だが、茂松氏の発言を聞いて思い出したことがある。まさに30数年前の急性増悪時、本当は外出したくなかったのだが、やむを得ない事情で外出した際のことだ。総武線の各駅停車に乗車中、席がなく顔が真っ赤で盛大に粉を吹いていたこともあり、私は車両の隅に隠れるよう立っていた。その時、着席していた中年女性が私を見るなり、こちらに向かって歩いてきて「お席代わりましょうか?」と申し出てきた。私は丁重に断ったが、明らかに親切心からの申し出にもかかわらず、「自分はよっぽどひどい病人に見えるのだろうな」と落ち込んだ覚えがある。幸いにして今回のOTC類似薬のステロイド外用薬の扱いについては、厚生労働省保険局が患者団体のヒアリングが行われた前述の社会保障審議会(医療保険部会)に提出された『OTC類似薬の保険給付の見直しの実施について』2)の「実施に向けた論点について」において、「ステロイド外用薬は急性増悪時の短期使用が中心である一方で、アトピー性皮膚炎に対するステロイド外用薬のプロアクティブ療法は、診療ガイドラインに位置づけられた計画的な間欠使用であることを踏まえ、長期使用等の例外としてどのように整理するか」と記載され、中間とりまとめに修正が加えられる方向となった。私自身は以前から言っているように、OTC類似薬の保険給付のあり方そのものを見直すことに異論はなく、たとえ自分がその対象になっても医学的・合理的理由があればやむなしとして受け入れるつもりである。しかし、今回のこの1件は医学的な観点から大いに疑問を感じた次第だ。ちなみにこの件に関連して同業の知人からは「国会終了直後、しかも来年施行という短過ぎる時間制約もあったので事務局を責めるのは酷すぎる」と言われた。知人の指摘はわからなくもない。ただ、アトピー性皮膚炎の総患者数は厚生労働省「令和5年(2023年)患者調査」3)では約125万3,000人とされるほど巨大な層である。しかも、患者調査の数字の算出方法を知っている人ならば百も承知だろうが、この数字はある意味最低ラインなのである。なんとかセルフスキンケアだけで凌いでいる人も含めれば、相当な患者数になるはずだ。当初の中間とりまとめの内容に驚いたアトピー性皮膚炎患者は少なくないだろう。そしてそのことで疎外感を抱いた患者もわりといたはずだ。ちなみに私は今も30数年前にコートのポケットの中で210円を握りしめながら歩いた経路を歩くのは、その一部であってもなるべく避けようとしてしまう。患者とはそこまで敏感な存在なのである。125万3,000分の1の「蟷螂の斧」として申し上げておきたい。参考1)日本皮膚科学会:OTC類似薬の保険給付見直し案に関する共同声明2)厚生労働省:OTC類似薬の保険給付の見直しの実施について3)厚生労働省:令和5年(2023)患者調査の概況

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高齢者フレイルの漢方治療ガイド

フレイル予防と健康長寿の実現に向け、高齢者一人ひとりの生活機能と人生の質を支える超高齢社会の現在、健康と要介護状態の中間に位置する可逆的な状態であるフレイルが重要性を増している。漢方医学的にはフレイルは気虚であり未病と捉えられ、補剤などの漢方薬により健康を取り戻す効果が期待されている。本書は、老年病学、漢方医学、歯科・嚥下医学、整形外科、耳鼻咽喉科、泌尿器科、眼科の専門家がフレイルへの漢方治療のノウハウを最新の知見と豊富な臨床経験をもとに解説した実践的なガイドブックある。画像をクリックすると、内容の一部をご覧いただけます。※ご使用のブラウザによりPDFが読み込めない場合がございます。PDFはAdobe Readerでの閲覧をお願いいたします。目次を見るPDFで拡大する目次を見るPDFで拡大する高齢者フレイルの漢方治療ガイド定価4,180円(税込)判型A5(並製)頁数192頁発行2026年7月編集小川純人(東京大学)/加藤士郎(筑波大学)ご購入(電子版)はこちらご購入(電子版)はこちら紙の書籍の購入はこちら医書.jpでの電子版の購入方法はこちら紙の書籍の購入はこちら

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ドンペリドン、葛根湯などに重大な副作用追加/厚労省

 2026年8月25日、厚生労働省は添付文書の改訂指示を発出し、ドンペリドンおよびメトクロプラミド、葛根湯、一部の免疫チェックポイント阻害薬などにおいて「重大な副作用」が追記された。ドンペリドン、メトクロプラミドに「重篤な不整脈」 ドンペリドン(商品名:ナウゼリン錠ほか)、メトクロプラミド(同:プリンペラン錠ほか)および塩酸メトクロプラミド(同:プリンペラン注射液)に対し、国内外の疫学調査において致死性不整脈および心突然死のリスク増加が示唆されたことから、「重大な副作用」に「重篤な不整脈」が追加された。また、「重要な基本的注意」には「心室頻拍、心室細動等の重篤な不整脈があらわれることがあるため、必要最小限の使用にとどめ、長期にわたり漫然と投与しないこと、関連する症状が認められた場合には速やかに受診するよう患者を指導すること、心電図検査等を行うこと」が追加された。葛根湯に「多形紅斑」 医療用の葛根湯において、「重大な副作用」の項に「多形紅斑」が追加された。多形紅斑症例を評価した結果、本剤との因果関係が否定できない症例が集積したことから、使用上の注意を改訂することが適切と判断された。国内では6例が集積し、このうち4例は医薬品と事象との因果関係が否定できない症例で、死亡例はなかった。 なお、一般用医薬品の葛根湯含有製剤では、「相談すること」の項に追加され、葛根湯エキスにジリュウエキスまたはビタミン類を配合した製剤や一般用漢方製剤についても同様の改訂がなされた。抗PD-L1/抗CTLA-4抗体薬に「ぶどう膜炎」 「重大な副作用」の項に「ぶどう膜炎」が追加された。また、「重要な基本的注意」にぶどう膜炎があらわれることがある旨を追記し、眼の異常の有無を定期的に確認すること、眼の異常が認められた場合には速やかに医療機関を受診するよう患者を指導することとした。<対象医薬品>・アベルマブ(同:バベンチオ)・アテゾリズマブ(同:テセントリク)・デュルバルマブ(同:イミフィンジ)・トレメリムマブ(同:イジュド)抗PD-1/抗PD-L1/抗CTLA-4抗体薬*に「血球貪食性リンパ組織球症」 国内症例を評価した結果、抗PD-1/抗PD-L1/抗CTLA-4抗体薬との因果関係が否定できない症例が集積したことから、「重大な副作用」に「血球貪食性リンパ組織球症」が追加された。*:ニボルマブ、ぺムブロリズマブ、アテゾリズマブ、セミプリマブを除く<対象医薬品>・チスレリズマブ(同:テビムブラ)・レチファンリマブ(同:ジニイズ)・アベルマブ(同:バベンチオ)・デュルバルマブ(同:イミフィンジ)・イピリムマブ(同:ヤーボイ)・トレメリムマブ(同:イジュド) さらに、イピリムマブとニボルマブ(オプジーボ)では、上記以外の重大な副作用として、「重度の食道炎」が追加されている。免疫反応に起因すると考えられる重度の食道炎があらわれるためで、異常が認められた場合には副腎皮質ホルモン剤の投与などの適切な処置を行う旨が追記された。 このほか、複数の医薬品で「使用上の注意」が改訂されている。◯アパルタミド「重大な副作用」に無顆粒球症、好中球減少症、白血球減少症を追加し、投与中は定期的に血液検査を実施するなど十分に観察することとした。◯オランザピン(経口剤)抗悪性腫瘍剤投与に伴う悪心・嘔吐に対して使用する場合には、糖尿病またはその既往がある患者への投与について禁忌が解除され、「警告」が新設された。血糖値の頻回なモニタリングや、必要最小限の投与量・投与期間とすることなどを記載した。◯アセトアミノフェンおよびアセトアミノフェン含有製剤重篤な腎障害、肝障害、敗血症、栄養障害などによるピログルタミン酸蓄積の素因がある患者について、アニオンギャップ開大性代謝性アシドーシスが発現するおそれを「特定の背景を有する患者に関する注意」に追記。対象にはアセトアミノフェン単剤のほか、複数の配合剤が含まれる。◯タラポルフィンナトリウム「重大な副作用」に食道狭窄、食道穿孔を追加。化学放射線療法または放射線療法後の局所遺残再発食道がんに対する治療におけるレーザー光照射後の注意事項が改訂された。 このほか抗HIV薬において、併用禁忌に関する記載が改訂された。

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まったくゲップを出せない病気【Dr. 倉原の“おどろき”医学論文】第311回

まったくゲップを出せない病気炭酸飲料をゴクゴク飲んで、「ゲフーッ」。お行儀は悪いですが、誰しも一度は経験があるはずです。ところが世の中には、生まれてこのかた、一度もゲップをしたことがない人がいます。この病気には名前がついていて、retrograde cricopharyngeal dysfunction(R-CPD、逆行性輪状咽頭筋機能不全)と呼ばれています。英語圏での通称は、そのものズバリ「inability to belch syndrome(ゲップ不能症候群)1)」。Dealino MAS, et al.Retrograde cricopharyngeal dysfunction: Two case reports and a literature review.Auris Nasus Larynx. 2026;53(1):152-156.1例目は17歳の男性。生涯にわたってゲップが出せず、腹部膨満に悩まされていました。2例目は30歳の女性。こちらも生涯ゲップ不能。2人とも、これまであちこちで検査を受けても原因ははっきりしないと言われ続けてきたそうです。食道内圧検査を行うと、上部食道括約筋の基礎圧が高く、ゲップをしようとしてもまったく弛緩しないことが確認されました。2人ともここでようやく、R-CPDと診断がついたわけです。ゲップは、胃のガスが食道に逆流し、それを合図に上部食道括約筋が「パカッ」と開くことで外に出ます。R-CPDでは、胃から食道までは無事にガスが上がってくるのに、肝心の上部食道括約筋が開かない。行き場を失ったガスは、蠕動で押し戻されては再び逆流する、という往復を繰り返します。これが胸のゴロゴロという異音の正体と考えられます。そして行き場のないガスは下へ流れ、腹部膨満と過剰な放屁になります。つらたん。1例目の17歳男性は、六君子湯+モサプリドで軽快しています。まさかの漢方。2例目の女性は難治で、ボトックスが投与されましたが、それも一時しのぎにしかならず、最終的に内視鏡的輪状咽頭筋切開術が施行されました。ボトックスについては面白い逸話があります。2015年、アメリカの耳鼻科医Bastian氏が、ゲップができないと訴えるR-CPDの若者に、ダメ元で輪状咽頭筋にボトックスを打ちました。見事に治った患者は、その体験をRedditに投稿しました。すると「私もです」「僕もです」が殺到し、2019年の論文発表時点で51例の連続症例が集まったそうです2)。現在、TikTokの「#noburpsyndrome」などの人気動画103本だけで、累計3,228万回再生だそうです3)。R-CPD症例の平均年齢は29歳で、これはTikTokユーザーの中心年齢層とほぼ一致します。患者はSNSで自己診断し、SNSで見つけた専門医を受診し、そこで診断が「追認」される感じです。腹部膨満、胸のゴロゴロ音、過剰な放屁、謎の胸痛。こういう患者さんを、機能性ディスペプシアや過敏性腸症候群として何年も経過観察してしまっているかもしれません。中にはR-CPD患者がいることを覚えておきましょう。1)Lehmann A, et al. Retrograde cricopharyngeus dysfunction (R-CPD), also known as inability to belch syndrome-a narrative review. Transl Gastroenterol Hepatol. 2026;11:74.2)Bastian RW, et al. Inability to Belch and Associated Symptoms Due to Retrograde Cricopharyngeus Dysfunction: Diagnosis and Treatment. OTO Open. 2019;3(1):2473974X19834553.3)Wright A, et al. Analysis of Content Related to Retrograde Cricopharyngeal Dysfunction on TikTok: Opportunities for Patient Education and Advocacy. Ann Otol Rhinol Laryngol. 2025;134(11):814-818.

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気血水~四君子湯・四物湯・五苓散~【Dr.伊東のストーリーで語る漢方薬】第8回

気血水~四君子湯・四物湯・五苓散~前回は急性熱性疾患の六病位を解説しました。太陽病、少陽病、陽明病、太陰病、少陰病、厥陰病(けっちんびょう)ですね(図1)。図1 六病位画像を拡大する病気が進行する場合には、このようなフレームワークを使えるのですが、病気の進行があまり目立たない慢性疾患の場合に、どのように漢方薬を選んでいくかという話はまだできていません。そのため、今回は気血水を扱いたいと思います。まずは、それぞれの概念から解説していきます。気血水気(き)というのは物質的な裏付けがありません。要するにエネルギーとお考えください。最近は武術だけじゃなくて、漫画やアニメでも「気」という言葉がたくさんでてきます。あのイメージでまったく問題ありません。血(けつ)というのは赤くて循環している液体を指すため、基本的には血液と考えて構いません。実際には血液だけでなく、血液が運んでくる栄養なども血の概念に含まれているため、あまり「血=血液」と考えすぎないほうがスムーズに理解できる事柄もあります。最後の水(すい)は血液以外の体液を指します。気、血、水は互いに独立した概念とまでは言い切れません。たとえば、気は血と水がうまく循環するのに大切なものです。そのため、気血水のどこかに問題が生じると、ほかの要素にも問題が波及するということはよくあります(図2)。図2 気血水画像を拡大する少し哲学的な雰囲気の話になってしまったところもあって、わかりにくい部分もあったかもしれません。そこで、実際の症候で解説しようと思います。気逆、気鬱、気虚まず、気の問題には気逆(きぎゃく)、気鬱(きうつ)、気虚(ききょ)があります(図3)図3 気逆、気鬱、気虚画像を拡大する気逆は、エネルギーが体の下から上に突き上げる現象で、たとえば、吐き気、のぼせがこれに該当します。感冒初期に頭痛がするのも気逆の一種で、葛根湯(かっこんとう)や麻黄湯(まおうとう)、桂枝湯(けいしとう)に含まれる桂皮(けいひ)がこれを治してくれます。げっぷ、しゃっくりも気逆の一種ですね。気鬱は、体のどこかでエネルギーが痞(つか)えることです。たとえば、胸が痞える感じ。女性のヒステリー球などとよく言いますが、恋の病もこれに該当します。あとは、便秘も「お通じが悪い」って言いますよね。エネルギーの通りが悪いのです。こういったものが気鬱です。最後に気虚。これは簡単で、エネルギー不足のことです。もっとも、この気虚、つまりエネルギー不足はさらに大きく2つに分けることができて、先天的な気の不足と後天的な気の不足に分けられます。RPGでも格闘ゲームでもなんでもいいのですが、体力ゲージ、HPゲージをイメージしてください。最大HPに相当するのが先天的な気で、現在のHPに相当するのが後天的な気です。そうすると、「おにぎり」のような体力回復アイテムで回復できるのは、後天的な気の方になります。先天的な気は、生まれながらにして持っているエネルギーですが、これは腎に宿っていると漢方では考えていて、加齢とともに衰えていきます。この衰えをゆっくりにする漢方薬としては、腎気丸(じんきがん)こと八味地黄丸(はちみじおうがん)というものがあります。一方で、後天的な気というのは、食事と呼吸を通じて日常的に補給していくもので、お腹の調子を整えることが大事になってきます。そのため、後天的な気を補って気虚を治す漢方薬には、腸管に優しい生薬が含まれているんですね。人参(にんじん)はその代表格です(図4)。図4 気虚に対する漢方薬画像を拡大するお血、血虚次に血の異常をみていきます。血の循環が滞っている状態をお血(おけつ)といいます。たとえば、動脈硬化症、血栓症、あとは多血症がこれに該当します。皮下出血もそうです。あと、「血=血液」で捉えるとわかりにくいのですが、肉ばかり食べている方は、顔のお肌がガサガサに荒れてシミや吹き出物が出てきたり、赤ら顔になったりするのです。これもお血に含みます。血が足りていない状態を血虚(けっきょ)といいます。単純に貧血と考えていただいて大丈夫ですが、貧血になると目が霞んできたり、鉄欠乏であれば爪が割れてきたりと、いろいろな症状が出てきます(図5)。また、顔が青白い。こういった症状に対しては、造血機能を高めたり、出血していればそれを止めたりするために、漢方薬が用いられるわけです。たとえば、桂枝湯の回で触れた当帰建中湯(とうきけんちゅうとう)は血虚に対して使えます。図5 お血、血虚画像を拡大する水毒次は水の異常です。簡単に思い浮かぶのは浮腫ですね。もちろん、浮腫も水毒のひとつです。あとは、雨が降ると頭痛がしたり、めまいがしたりする方がいますよね。あれも水毒です。気象関連片頭痛とか、メニエール病の内リンパ水腫をイメージするとわかりやすいかもしれません。花粉症の時に鼻水が出るのも水毒で、関節液が貯留するのも水毒です。胃に水がたまってポチャポチャするのも水毒です(図6)。要は水が絡んでいて、その水が赤くない。つまり血でないのなら、水毒と考えておおむね差し支えありません。そう考えると、結構広い概念ですね。図6 水毒画像を拡大する四君子湯、四物湯、五苓散ここまで、気血水の異常を説明してきました。漢方診察では、目の前の患者が気血水の異常をそれぞれどのくらいの割合で持っているのか、症状や身体所見から考えます。それをもとに、漢方薬を選んでいくという話になってくるわけです。ここで、気血水の異常を治す漢方薬として、絶対に知っておきたい漢方薬を3種類だけ紹介しておきたいと思います。それは四君子湯(しくんしとう)、四物湯(しもつとう)、五苓散(ごれいさん)です。私がナンバーズ3兄弟と呼んでいるものです。四君子湯は気虚、四物湯は血虚、五苓散は水毒を治す漢方薬ですが(図7)、それぞれに含まれている生薬を覚えるだけで、この先に出てくる気血水向きの漢方薬を簡単に理解できるようになります。図7 ナンバーズ3兄弟画像を拡大するまとめ今回の内容をまとめていきます。急性熱性疾患の六病位というフレームワークとは別に、今回は慢性期疾患でも使える気血水を説明しました。気血水の異常には、気逆、気鬱、気虚、お血、血虚、水毒が挙げられます。診察時には、症状や所見からこれらのどれに当てはまるのかを観察してから漢方薬を選びます。本連載はここまでとなります。ここから先は、CareNeTVの「Dr.伊東のストーリーで語る漢方薬」で、ナンバーズ3兄弟の助けを借りながら、気血水の異常を各論で学んでいきます。ぜひ入会してご覧ください。

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六病位~乾姜と附子~【Dr.伊東のストーリーで語る漢方薬】第7回

六病位~乾姜と附子~これまで、感冒初期に使う葛根湯(かっこんとう)、麻黄湯(まおうとう)、桂枝湯(けいしとう)、少し時間が経ってから使う小柴胡湯(しょうさいことう)を解説してきました。そろそろ感冒初期、少し時間が経った状態に相当する用語を勉強する頃合いかと思います。漢方の世界では、急性熱性疾患のステージング、進行度を六病位といって、6つに分類します。六病位の順番は漢方の流派によっても若干異なるのですが、大塚流の場合は、太陽病(たいようびょう)、少陽病(しょうようびょう)、陽明病(ようめいびょう)、太陰病(たいいんびょう)、少陰病(しょういんびょう)、厥陰病(けっちんびょう)の順番で病気が進んでいきます(図1)。どれくらい体の抵抗力があるかによっても、この進み具合は変わります。虚証が強く出ている方、たとえば高齢で痩せた患者は、太陽病、少陽病、陽明病をすっ飛ばして、いきなり太陰病や少陰病から始まることもあります。今回は、この六病位を絵的なイメージに落とし込んで、漢方の世界観を皆さんと共有することを目標にします。図1 六病位画像を拡大する太陽病まず、感冒初期に相当する太陽病です。便宜上、ここではウイルス感染症ということにしておきますが、最初にウイルスが外から体表へと侵入しようとしてきます。それによって、空気に触れているところから症状が起こっているというイメージで捉えてください。具体的には、悪寒とか頭痛、もう少し体の奥だと咽頭痛ですね。こういった体表部、空気に触れやすいところに症状が出てくるわけです。それに対して、漢方医学では発汗とともにウイルスを追い出すイメージで治療します。葛根湯、麻黄湯、桂枝湯などは、そういったコンセプトで用いられます(図2)。図2 太陽病画像を拡大する少陽病次に、感冒の5~6日目以降に相当する少陽病です。ウイルスが体表から体のもう少し奥へと侵入して、横隔膜のあたりまで到達するイメージを思い描いてください。胃とか肺のあたりです。そうすると、吐き気が出たり、食欲がなくなったり、咳が出たりしますよね。時間経過で体が消耗してもいるので、倦怠感もあります。この深さまでウイルスが侵入してくると、汗とともにウイルスを追い出す治療が効かなくなってくるため、今度は横隔膜周囲に生じている炎症を緩和するイメージで治療します。東洋のステロイドこと柴胡剤がここで活躍してくるわけです。胸脇苦満(きょうきょうくまん)というキーワードを思い出していただければと思います(図3)。図3 少陽病画像を拡大する陽明病さらに病気が長引いてしまうと、体のさらに深部に熱がたまってきて、たとえば、大腸のあたりも調子を崩してきて、便秘になる方がいます。この状態を陽明病といいます。少しイメージが難しいのですが、急性期病院で肺炎などの急性期疾患がうまく治った患者さんが、転院調整中にやたら便秘を起こしたり、せん妄を起こしたりしている「あの状態」をイメージしていただけるとしっくり来るかもしれません。このような状態を治すには、西洋医学だとセンノシドや酸化マグネシウムを使うことが多いと思うのですが、漢方の場合もかなり似ていて、承気湯(じょうきとう)というグループの漢方薬を使うことがあります。たとえば、調胃承気湯(ちょういじょうきとう)は、大黄(だいおう)、甘草(かんぞう)、芒硝(ぼうしょう)からなる漢方薬です。大黄がセンノシドを含んでいて、芒硝が硫酸ナトリウムを含みます。要は浸透圧性下剤ですね。そのため、誤解を恐れずに言えば、センノシドと酸化マグネシウムを同時に使用しているようなイメージの漢方薬ということになります(図4)。あとは、葛根湯を説明した時の条文クイズで簡単に触れた白虎加人参湯(びゃっこかにんじんとう)も用いられます。喉が渇いてしょうがない時に使う薬ですね。これも、体の深部を冷やす漢方薬なので、陽明病の薬に分類できます。図4 陽明病画像を拡大する太陰病太陽病、少陽病、陽明病をまとめて陽証と呼びますが、これらは体の抵抗力が病気の勢いを上回っている状態です。要は炎症という防御反応がちゃんと機能している状態です。逆に、もともと抵抗力が少ない方、抵抗力があったけれど長い闘病生活でだんだんと病気に負けていった方などの場合は、いわゆる陰証という状態に入っていきます(図5)。図5 陽証と陰証画像を拡大するたとえば、感染症診療に精通されている先生方は、敗血症では高熱の時よりも低体温になっている時の方が危ないということを経験的にご存じかと思うのですが、まさしくその低体温に相当する状況になっていくわけです。その陰証の最初のフェーズが太陰病です。病気に屈すると、まずは腸が冷えてきて下痢をします。この場合の治療では、単純に腸を温めれば良いのです。これまで、お腹に優しい漢方薬をいくつか紹介してきました。桂枝湯の延長線上にある桂枝加芍薬湯(けいしかしゃくやくとう)や小建中湯(しょうけんちゅうとう)などは、太陰病の治療にうってつけです(図6)。図6 太陰病画像を拡大する少陰病・厥陰病問題はそこから先で、さらに病状が進むと腸だけでなく全身が冷えてきます。体がとにかく冷たくて、脈をとっても弱々しい。この状態を少陰病と呼んでいて、さらに進んで危篤状態になると厥陰病といいます。とにかく体全体を温めないとまずいということで、こういう状況下では乾姜(かんきょう)や附子(ぶし)を含む漢方薬を使うことが多いです。乾姜というのは、ショウガを加熱したもので、成分も加熱によってギンゲロールからショウガオールに変わっています。あと、附子はトリカブトの根っこの部分です。この2種類の生薬はとにかく体を温める力が強いのです(図7)。たとえば、人参湯や大建中湯(だいけんちゅうとう)には乾姜が入っていますし、真武湯(しんぶとう)には附子が入っています。いろいろと漢方薬の名前を出してしまいましたが、ここでは乾姜と附子は体を温める力が強いことだけ覚えていただければ十分です。少陰病の治療薬は、乾姜や附子に、人参(にんじん)のような胃腸に優しい生薬が加わってできているものが多いという話でした。図7 少陰病・厥陰病画像を拡大するまとめ最後に少しだけ補足します。実証・虚証の話と、陽証・陰証の話がごちゃまぜになって混乱する方もいるかと思うので、念を押しておきます。実証・虚証は、患者さんの病気に対する抵抗力です。陽証・陰証は、その結果、病気が今どこのstageにあるかということです。たとえば、ご高齢で痩せている方は虚証ですが、その方が軽いかぜをひいて頭痛や微熱が出ていれば太陽病で陽証ですよね。逆に、その方が敗血症性ショックになっていたら厥陰病で陰証です(図8)。もちろん、実証の患者は陽証に留まりやすく、虚証の患者は陰証に進みやすいため、両軸にはちゃんと結びつきがあるのですが、虚実と陰陽は別々に考えてほしいと思います。図8 虚実と陰陽画像を拡大するとりあえず、今回は皆さんに太陽病、少陽病、陽明病、太陰病、少陰病、厥陰病という六病位を覚えてもらえると嬉しいです。このシリーズは、ここまでで一区切りのため、このタイミングで復習することをお勧めします。

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小柴胡湯~胸脇苦満と往来寒熱~【Dr.伊東のストーリーで語る漢方薬】第6回

小柴胡湯~胸脇苦満と往来寒熱~これまで解説してきた葛根湯(かっこんとう)、麻黄湯(まおうとう)、桂枝湯(けいしとう)は、いずれも感冒の初期に使うものでした。言い換えると、これらの薬は感冒を患ってから5~6日経った時に使うものではないということです。では、時間が少し経った感冒には何を使えばいいかというのが、今回のお話です。導入として、西洋医学の話をさせてください。感冒に対して西洋医学では、どんな時でも症状に合わせてアセトアミノフェンやデキストロメトルファンなどを使うと思います。つまり、西洋医学では一見すると感冒初期とそれ以降とをそんなに区別していないわけです。しかし、COVID-19の場合はちょっと違いますね。罹患初期には抗ウイルス薬、たとえばレムデシビルなどを使って、ウイルス量を減らしにいきます。少し時間が経ってからは、ウイルスそのものよりも炎症反応によって肺炎が悪化していくため、それを抑えるためにステロイドが重要になってきます。このような感じで、COVID-19では感冒初期とそれ以降を区別します。じつは、漢方薬の考え方もこれにちょっと似ています。葛根湯、麻黄湯、桂枝湯の解説をしている時に、やたら汗の話が出てきたのを覚えているでしょうか(図1)。じつは、感冒初期ではこれらの漢方薬を使うことで発汗を調整して、汗とともに悪いものを体表から体外へと追い出すイメージを昔の人は考えていたんです。図1 感冒初期に対する漢方薬の選び方画像を拡大する一方で、発症してから時間が経ってくると「悪いもの」、要はウイルスのことですね。それが体表や喉のあたりから肺、胃といった横隔膜レベルの臓器まで侵入してしまい、そこでも炎症を起こしてくるわけです。そこまで侵入されると、汗とともに追い出すことができなくなります。そこで、肺や胃のあたりの炎症を鎮静化するために、漢方では柴胡(さいこ)を含む漢方薬を使うことになるわけです。いわゆる柴胡剤。「東洋のステロイド」のイメージです(図2)。図2 COVID-19治療イメージ:西洋医学と漢方医学の比較画像を拡大する柴胡剤柴胡を含む漢方薬を柴胡剤と呼んでいて、その代表格が小柴胡湯(しょうさいことう)です。これを「こしば」なんとかと読まなくなったら、漢方の初心者卒業かなと勝手に思っています。冗談はさておき、小柴胡湯は、柴胡、半夏(はんげ)、黄芩(おうごん)、大棗(たいそう)、人参(にんじん)、甘草(かんぞう)、生姜(しょうきょう)の7種類の生薬で構成されます。大棗と生姜は以前紹介したように、胃腸に優しい生薬ですが、半夏と黄芩は胃のむくみや熱を除いてくれて、人参も胃を温めて支える生薬のため、構成生薬の作用点が胃に集中しているのが特徴的です。また、感冒初期の漢方薬には桂皮(けいひ)が必ずといっていいほど入っていましたが、小柴胡湯ではなくなりました(図3)。桂皮は気逆といって頭のほうに向かう症状を抑えてくれる生薬です。要は頭痛です。感冒初期では頭痛が症状として出やすいですが、少し時間が経つと頭痛はあまり目立たなくなってきますよね。そのため桂皮は要らなくなるのです。図3 小柴胡湯の構成生薬画像を拡大する小柴胡湯は虚実中間の患者に使う漢方薬です。結構幅広い体力の患者さんに使うことができます。一方で、世の中には実証の患者も虚証の患者もいて、その両極に対応する形で柴胡剤の派生処方が存在します。たとえば、実証であれば、便秘を目安に使う大柴胡湯(だいさいことう)、イライラを目安に使う柴胡加竜骨牡蛎湯(さいこかりゅうこつぼれいとう)があります。虚証であれば、寒がっているのを目安に使う柴胡桂枝乾姜湯(さいこけいしかんきょうとう)が該当します。また、症状から桂枝湯と小柴胡湯の中間、つまり過渡期に位置する患者には、柴胡桂枝湯(さいこけいしとう)という漢方薬もあります(図4)。たくさん薬が出てきましたが、ここは無理に覚えず、軽く流しておきましょう。図4 柴胡剤の派生処方画像を拡大する胸脇苦満と往来寒熱ここまで柴胡剤というもの紹介しましたが、これらの共通点として「胸脇苦満(きょうきょうくまん)」というお腹の所見を覚えてください。これは、肋骨弓の下に手を差し入れようとすると強い抵抗がある状態で、柴胡剤を使う目安として重要です(図5)。現代人はストレスを抱えて胃に負担をかけているので、この胸脇苦満が出ている人が結構多いです。ご自身の体に手を入れて確認してみてください。図5 胸脇苦満画像を拡大する日本漢方ではお腹の所見が大事で、個人的には再現性もあるため、学び始めの段階から勉強する価値があると思っています。たとえば、前回まで桂枝湯、桂枝加芍薬湯(けいしかしゃくやくとう)、建中湯(けんちゅうとう)の話をしましたが、こういった「芍薬が要になる漢方薬」が効く人のお腹は腹直筋が張っています。これを「腹直筋攣急(ふくちょくきんれんきゅう)」と呼ぶのですが、昔の人は「お腹に2本の棒を触れる」と表現しています(図6)。図6 腹直筋攣急画像を拡大する最後に、古典で小柴胡湯の話を締めておきましょう。こちらの条文は、長いですね(図7)。図7 小柴胡湯の古典条文画像を拡大する胸脇苦満はさっき出てきましたね。ここで注目してほしいのが「往来寒熱(おうらいかんねつ)」という言葉で、これは潮の満ち引きのように、熱が1日のなかで出たり引いたりすることを指しています。ときどきいませんか? かぜをひいてしばらくたった後に「夜だけ熱が出る」といって受診する方。医者目線だと少し説明に困るものです。これこそが往来寒熱ですね。そういう方は、倦怠感や食欲不振も訴えてくることが多いため、この条文通りの症状になってくるんです。また、この条文にはないですが「口の中が苦い」というのも柴胡剤を使うヒントになります。胃が悪いと舌苔が分厚くなってきて、舌の見た目もちょっと変わってきます。まとめ漢方の世界では感冒初期とそれ以降を区別します。治療のコンセプトも薬の選択肢も異なります。感冒初期が終わってからは、東洋のステロイドこと柴胡剤の出番です。ここでは、小柴胡湯を覚えておきましょう。使用にあたっては、胸脇苦満の存在を確認しておくと、勝率が上がってくると思います。胸脇苦満以外にも往来寒熱という言葉を覚えました。こういう独特の用語を知っていると、漢方の上達が早くなるため、もし余裕があれば、こちらも覚えていってください。次回は、これまでの内容をもう少し俯瞰的におさらいして、漢方の世界ならではの病気の捉え方を一緒にみていきましょう。それでは、お楽しみに!

8.

統合失調症に対する漢方薬と抗精神病薬の併用がMetSに及ぼす影響

 統合失調症患者における抗精神病薬と併用した中長期の漢方薬の使用が、メタボリックシンドローム(MetS)に及ぼす影響を評価し、これらの患者におけるMetSの有病率および関連する影響因子を明らかにするため、中国・Fujian Psychiatric CenterのJing-Shuang Zhang氏らは、レトロスペクティブコホート研究を実施した。Frontiers in Pharmacology誌2026年3月17日号の報告。 2022~24年に統合失調症と診断され精神科病院に入院中の患者897例(平均年齢:47.68±14.67歳)を対象に、レトロスペクティブコホート研究を実施した。対象患者は18歳以上、服薬順守が良好で、入院期間が6ヵ月以上の患者とした。入院中の漢方薬使用状況に基づき、対象患者を漢方薬使用群と非使用群に分け、両群のアウトカム、とくにMetSの発症についてレトロスペクティブにフォローアップ調査を行った。単変量解析を用いて潜在的な交絡因子をスクリーニングした後、多変量ロジスティック回帰分析を行い、交絡因子の影響を調整した。最後に、曝露因子が研究結果に及ぼす影響を評価し、オッズ比(OR)を算出した。 主な結果は以下のとおり。・漢方薬使用群は897例中163例(18.17%)であった。また、MetSを発症した患者は247例(27.53%)であった。・漢方薬使用群におけるMetSの有病率は17.18%であったのに対し、非使用群では29.84%であった。・漢方薬使用群では、非使用群と比較し、中心性肥満(29.5% vs.39.8%)および高血糖(13.50% vs.21.8%)の有病率が低かった。・二項ロジスティック回帰分析の結果、MetSの発症と独立して関連していた因子は、学歴、漢方薬、クエチアピン、クロザピン、リスペリドン、アリピプラゾールの使用、BMIであった。・学歴の低い患者(9年以下)と比較し、学歴が高い患者(12年超)では、MetS発症リスクが低かった(OR:0.45、95%信頼区間[CI]:0.25~0.81、p<0.01)。・非使用群と比較し、中長期(6ヵ月以上)の漢方薬使用はMetS発症リスクを低下させることが示された(OR:0.50、95%CI:0.30~0.83、p<0.01)。・リスペリドン(OR:0.54、95%CI:0.36~0.83、p<0.01)およびアリピプラゾール(OR:0.39、95%CI:0.21~0.72、p<0.01)を使用している患者は、ほかの抗精神病薬を使用している患者と比較し、MetSの発症リスクが比較的低かった。・薬剤の種類により、MetS発症率の程度は異なっていた。・BMIが高いほど、MetS発症リスクが増加するという正の相関が認められた(OR:1.39、95%CI:1.32~1.46、p<0.001)。・クエチアピンまたはクロザピンを使用していない患者と比較し、クエチアピン(OR:1.86、95%CI:1.11~3.13、p<0.05)またはクロザピン(OR:1.74、95%CI:1.14~2.68、p<0.05)を使用している患者では、MetSの発症リスクが増加した。 著者らは「入院中の統合失調症患者では、一般的にMetSの発症が認められた。クエチアピン、クロザピンの使用およびBMIの増加は、MetSの有意なリスク因子であることが示唆された。一方、漢方薬、アリピプラゾール、リスペリドンの使用および高学歴は、MetSの発症に対する保護因子であった」とし「統合失調症患者においてMetSの発見と予防は不可欠である。長期的な漢方治療はMetSの発症率を低下させ、慢性期統合失調症患者にとってより良い治療選択肢と方向性に寄与する可能性がある」とまとめている。

9.

桂枝湯の派生処方 生薬の±で方剤を覚える【Dr.伊東のストーリーで語る漢方薬】第5回

桂枝湯の派生処方 生薬の±で方剤を覚える前回 、桂枝湯(けいしとう)が麻黄湯(まおうとう)や葛根湯(かっこんとう)に比べて虚証向きの漢方薬で、お腹に優しいということを述べました。その理由としては、桂枝湯には麻黄(まおう)が含まれていないこと、代わりに芍薬(しゃくやく)、大棗(たいそう)、生姜(しょうきょう)といった胃腸の調子を整える生薬が含まれていることが関係しているのでした(図1)。今回は、この話を芍薬、あるいは芍薬と甘草(かんぞう)のコンビに着目して掘り下げていこうと思います。図1 桂枝湯の構成生薬画像を拡大する桂枝湯±芍薬芍薬が入っている桂枝湯がお腹に優しいということは、芍薬を「もっと」増やすとお腹にも「もっと」優しくなりそうですよね。では、桂枝湯を芍薬マシマシにしてみましょう。すると、桂枝加芍薬湯(けいしかしゃくやくとう)ができあがります。これは、過敏性腸症候群で腹痛と下痢に悩まされている患者に使うといい薬です。しかし、過敏性腸症候群は下痢型だけではありません。便秘型もありますよね。そうしたら、センノシドを含む生薬をブレンドすればいいのです。大黄(だいおう)という生薬がちょうどセンノシドを含むため、桂枝加芍薬大黄湯(けいしかしゃくやくだいおうとう)を使えばいいという話になるわけです。逆に、桂枝湯から芍薬を抜いてくるとどうなるか。すると、桂枝去芍薬湯(けいしきょしゃくやくとう)という漢方薬になります。これは、お腹への優しさが減る代わりに、胸に優しくなります。感冒の患者の中には、肺炎や痰詰まりがなくても、胸が苦しいという方がたまにいらっしゃいますよね。そういった患者には、桂枝去芍薬湯が効いてきます。もっとも、桂枝去芍薬湯はエキス製剤がないので、実臨床で使うのにはハードルが高いという問題があります。桂枝去芍薬湯のニュアンスを丸ごと含む漢方薬としては、炙甘草湯(しゃかんぞうとう)という漢方薬があって、これはちょうど「東洋の抗不整脈薬」に相当するもので、動悸・息切れに効く漢方薬なんですね。やはり胸に優しいという話になってくるわけです。ここまでを図2にまとめます。図2 桂枝湯±芍薬に派生する漢方薬画像を拡大する建中湯シリーズの派生いったん話題を戻して、桂枝加芍薬湯まで戻ってきましょう。漢方薬の味が苦手だという患者もいると思います。そのような場合は、桂枝加芍薬湯に水飴を加えてやると、子供にも飲みやすい漢方薬ができると思いませんか。そこで、桂枝加芍薬湯に水飴、厳密には膠飴(こうい)という生薬ですが、これを入れてしまいます。そうすると、なんと小建中湯(しょうけんちゅうとう)ができあがります。これは、虚弱体質の小児が体調不良になった時に使う薬です。体調不良でエネルギー不足なので、お腹に優しい漢方薬と飴から得られるエネルギーで消化管から体調をたて直そうというコンセプトの漢方薬です(図3)。図3 小建中湯への派生画像を拡大するさらにさらに! 小建中湯からいわゆる「建中湯」シリーズを派生させることができます。たとえば、小建中湯から飴を抜いて、補血作用のある当帰(とうき)を加えると、当帰建中湯(とうきけんちゅうとう)になって、消化管だけでなく女性器由来の腹痛にも対応しやすくなります(図4)。図4 当帰建中湯への派生画像を拡大するまた、小建中湯に黄耆(おうぎ)というお肌を引き締めてくれる生薬を加えると、黄耆建中湯(おうぎけんちゅうとう)になって、虚弱体質の小児で寝汗がひどい場合や、アトピー性皮膚炎に悩まされている場合に対応できる漢方薬になります(図5)。図5 黄耆建中湯への派生画像を拡大する大建中湯(だいけんちゅうとう)は小建中湯と生薬の組み合わせが大きく異なるため(図6)、そこだけ注意していただきたいのですが、このように、生薬に着目することで建中湯シリーズを一気にたくさんインプットすることができるのです。この勉強法は知っておいて損はないかと思います。図6 小建中湯と大建中湯の構成生薬画像を拡大するまとめ桂枝湯は芍薬など胃腸を整える生薬が複数含まれていて、この部分を強化すると漢方薬の派生形を生み出すことができます。たとえば、胃腸を整える生薬のひとつとして芍薬がありますが、芍薬を桂枝湯に加えることで、いわゆる建中湯と呼ばれる漢方薬のグループを生み出すことができます。生薬を足し引きすることで、漢方薬を芋づる式にインプットする。これも漢方上達の近道だと個人的には考えています。次回は、小柴胡湯を取り上げ、感冒の初期段階が終わった後の漢方治療のお話をします。お楽しみに!

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第315回 キノコが作る抗酸化物質L-エルゴチオネインが生理痛を緩和

キノコ(真菌)が作る硫黄含有アミノ酸の類いのL-エルゴチオネイン(L-ergothioneine、以下「EGT」)が安全に女性の生理痛を和らげました1,2)。EGTは抗酸化作用を担うことで知られます。有機カチオン輸送体のOCTN1を介して細胞内に取り込まれ、蓄積し、フリーラジカルを捕らえてDNAやタンパク質が酸化で傷つかないようにする働きを有します。生理痛を引き起こす原発性月経困難症(PD)は若年女性に最も多い婦人科疾患で、骨盤に明らかな病変がないにもかかわらず月経の直前や最中に生じる下腹部痛を特徴とします。PDの有病率は高ければ9割を超え、患者の生きやすさ、学業、仕事の生産性を大きく損なわせます。子宮の過剰収縮、虚血、低酸素を招く子宮内膜プロスタグランジンの過剰生成がPDの根源とされ、それらの虚血が炎症反応と重度の酸化ストレスを招くようです。抗酸化物質の枯渇と並行して活性酸素種(ROS)や脂質過酸化指標が増えることは生理痛の重症度と密接に関連します。そこで中国の南京市のGene III Biotechnology社のGuohua Xiao氏らは抗酸化物質のEGTに白羽の矢を立て、その生理痛緩和効果を調べる臨床試験を実施しました。試験にはPDと診断済みで、先立つ1ヵ月間に鎮痛薬や漢方薬などのPD治療を試みたことがない18~30歳の女性40例が参加しました。半数の20例は120mgのEGTを3回の月経の間に毎日服用し、あとの半数の20例にはプラセボが与えられ、生理痛のピークの推移が視覚アナログ尺度(Visual Analog Scale:VAS)で測定されました。EGT投与群のVASはベースライン時に4.8で、その後の1、2、3回目の生理時にはそれぞれ4.1、3.6、2.3に有意に下がっていました。プラセボ群では有意なVAS低下は認められませんでした。EGTは細胞に蓄積することから投与を続けるほどより有効なようです。実際、3回目の生理のときのEGT投与のVAS低下はプラセボを有意に上回りました。今回の試験で血中の炎症バイオマーカーはEGT群とプラセボ群で差がありませんでした。炎症を減らしてプロスタグランジンの生成を阻止するイブプロフェンなどの昔ながらの鎮痛薬が今のところ生理痛の緩和に使うべきとされていますが、どうやらEGTはそれら鎮痛薬が手を出す馴染みの炎症経路とは独立した細胞保護経路を介して鎮痛効果を発揮するのかもしれません。EGTは全身の炎症反応の誘発に至るより前に細胞ストレス発生源のフリーラジカルを排除してしまうらしいとXiao氏は言っています2)。Xiao氏は多施設でのより大規模な試験を計画しています。今回の試験で有害事象は幸いにも認められませんでしたが、大規模試験を実施すればEGTの効果を支える仕組みのみならず、安全性もより正確に把握できそうです。Xiao氏が年初に報告した別の試験では、肝機能異常を示す被験者の肝機能、体調、睡眠の指標がEGTで改善しています3)。2024年に報告された無作為化試験では軽度認知障害の高齢者の記憶/学習能力を改善しうるEGTの効果が示されており4)、その取り柄は生理痛緩和にとどまらず幅広いようです。参考1)Guo C, et al. Efficacy and Safety of Oral L-Ergothioneine Supplementation in Primary Dysmenorrhea: A Randomized, Double-Blind, Placebo-Controlled Clinical Trial. medRxiv. 2026 Mar 27.2)Antioxidant in mushrooms may target uterus cells to ease period pain / NewScientist3)Guo C, et al. Hepatoprotective Efficacy of GeneIII L-Ergothioneine Capsules: A Self-Controlled Clinical Trial. medRxiv. 2026 Jan 2.4)Yau YF, et al. J Alzheimers Dis. 2024;102:841-854.

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桂枝湯~実証と虚証~【Dr.伊東のストーリーで語る漢方薬】第4回

桂枝湯~実証と虚証~感冒初期に使う漢方薬として、葛根湯(かっこんとう)、麻黄湯(まおうとう)を紹介してきました。今回は残った桂枝湯(けいしとう)ですね。桂枝湯は、麻黄湯とは対照的に、虚弱体質の患者に使ってほしい薬です。構成生薬は、桂皮(けいひ)、芍薬(しゃくやく)、大棗(たいそう)、甘草(かんぞう)、生姜(しょうきょう)です。桂皮はシナモンの同属種植物、大棗はナツメ、生姜はショウガですね。割と身の回りにある生薬も入っていることになります。葛根湯や麻黄湯との最大の相違点として、麻黄が含まれていないことが挙げられます(図1)。そのため、虚弱体質の人に使っても動悸を起こして裏目に出るということがないのです。図1 桂枝湯の構成生薬画像を拡大する実証と虚証これまで体が丈夫な人、虚弱体質の人と述べてきましたが、そろそろきちんとした漢方の言葉に直そうと思います。ざっくりと、体が丈夫な状態を実証、体が虚弱な状態を虚証といいます。体が丈夫な実証だと、病気になった時に免疫が強く出るため、熱が出やすく、症状も節々が痛いなど、激しく出やすい。逆に、体が虚弱な虚証だと、そういった症状が比較的出にくいと言えます。漢方の世界では、実証と虚証は体格を基準に判断します。定量的には、肋骨弓の角度が大きい(90度以上)か、小さい(60度未満)かで判断することもあります。ただし、大柄で一見実証に見える方でも、お腹を触った時の押し返してくる力、腹力が弱い場合は虚証と考えることもあります。体格が判断基準の主なものですが、声に力があるか、腹力がしっかりしているかといった他の所見も参考にしています。それで、実証の方は便秘になりやすく、虚証の方は下痢になりやすいという傾向もあります(図2)。図2 実証と虚証の特徴画像を拡大する桂枝湯桂枝湯には、大棗や生姜が含まれます。現代でいうナツメとショウガですが、これらは両方とも胃腸の調子を整えてくれる生薬です。あとは芍薬と甘草も入っています。芍薬甘草湯(しゃくやくかんぞうとう)が丸ごと入っている形に一応なっています。芍薬甘草湯を過敏性腸症候群のような腸管蠕動に伴う腹痛に使えるということを第1回で述べましたが、桂枝湯もある程度は腹痛をやわらげてくれます(図3)。図3 桂枝湯の構成生薬の特徴画像を拡大するさきほど述べたとおり、虚証では往々にしてお腹が弱くて下痢をしやすくなります。桂枝湯には胃腸に優しい生薬の組み合わせが複数あるため、そういった患者に使いやすいという話になるわけです。では、ここで古典の条文も読んでみましょう(図4)。図4 桂枝湯の古典条文画像を拡大する「感冒初期で寒気がある」というのは葛根湯や麻黄湯の場合と共通しているのですが、今回は汗が出ているという点が正反対です。悪性リンパ腫などで消耗している患者が盗汗になる、つまり寝汗をかくことをご存じの先生方は多いかもしれないですが、虚弱体質の人は病気に侵されると汗をダラダラかきやすいのです。この患者に麻黄湯や葛根湯を入れてしまうと、麻黄が入っているので、エフェドリンの交感神経作用でもっと汗をかいてしまって、下手をすると脱水症に陥ります。そのため、汗が出ている患者さんには桂枝湯の方がいいという話になってきます。まとめじつは桂枝湯の話はまだまだ続くのですが、こんがらがってしまう方も出てきてしまいそうなため、今回はここでまとめます。感冒初期で虚弱体質の方には桂枝湯を使います。麻黄が入っておらず、汗が出ている患者さんに使っても脱水になる心配がないのが強みです。患者さんの病気に対する抵抗力を示す概念として、実証と虚証という概念があります。おおむね体格で判断できるのですが、声の力強さ、腹力といった要素も判断材料になります。実証の患者さんは便秘になりやすく、虚証の患者さんは下痢になりやすい傾向にあります。このことは次回以降、深堀りしていきます。次回は、桂枝湯の派生処方。第1回から第4回までに散りばめてきた伏線を一気に回収していきます。お楽しみに!

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麻黄湯~麻黄と杏仁の鎮咳去痰作用【Dr.伊東のストーリーで語る漢方薬】第3回

麻黄湯~麻黄と杏仁の鎮咳去痰作用麻黄湯(まおうとう)は、葛根湯(かっこんとう)と同じく感冒初期に使う漢方薬ですが、あくまで体の頑丈な人に使ってほしい薬です。その構成生薬は、麻黄(まおう)、杏仁(きょうにん)、桂皮(けいひ)、甘草(かんぞう)の4種類です。杏仁と聞くと、杏仁豆腐の甘味をイメージされる方が多いのですが、ここでいう杏仁というのは苦い種類のもので、甘いものとは少し種類が異なります。桂皮もシナモンの仲間ですが、これも厳密に言えば別物です。いきなり脇道に逸れてしまいましたが、麻黄湯は構成生薬がたったの4種類というのが重要なポイントです。つまり、効きが早いのです。飲んでから15分もあれば効果が出て、じんわりと汗が出てきます。また、守備範囲が狭いため、葛根湯のように誰にでも使える、どんな症状にでも使えるということはありません。葛根湯医者はいるけれど、麻黄湯医者はいないということで、あくまで体の頑丈な人に使うべき薬です。麻黄とは?今回は、そんな麻黄湯を構成生薬から読み解いていくのですが、まずは名前にも使われている麻黄に注目していきましょう。麻黄の代表的な成分はエフェドリンです。幕末生まれの日本人である長井 長義先生が発見した物質です。どんな物質かというと、α1、β1、β2受容体に作用してアドレナリンに類似した働きをします。麻酔科の先生方のほうがよくご存じかもしれませんが、エフェドリンはいわば「東洋のアドレナリン」と呼べる存在です。エフェドリンを使うと、当然ながら動悸が起こります。これが虚弱体質の人には結構こたえるため、やはり麻黄湯は体の頑丈な人に使いたいのです。もちろん、交感神経刺激作用があるということで、心疾患や排尿障害を有する患者に使うのは避けたほうが無難です。また、スポーツであればドーピングに引っ掛かる可能性があるため要注意です。逆に、麻黄は何の役に立つのか考えてみましょう。鼻閉の患者に対し、耳鼻科では局所血管収縮薬としてアドレナリンを鼻粘膜に吹き掛けますよね。じつはエフェドリンにも同じような効能があって、上気道の粘膜浮腫を和らげる作用があるのです。気管支も拡張するので、鎮咳去痰作用を発揮できるという理屈があります。ここで少し雑談を。いまの心肺蘇生、ACLS(二次救命処置)ではアドレナリンを使いますよね。古代中国の人も心肺停止を当然ながら起こしていたわけですが、じつは蘇生のために彼らはエフェドリンを使っていたのです。「いや、そんな馬鹿な」と思われる方もいると思いますが、じつは「還魂湯(かんこんとう)」という薬があって、麻黄湯から桂皮を抜いただけの漢方薬です。これを使っていたのです。どうやって飲ませていたのかという謎は残りますが、古典を紐解いているとこういった面白い知識に出くわすため、やはり「随証治療」で漢方を勉強するというのはお勧めです。杏仁とは?ここまで麻黄の話ばかりしていましたが、杏仁も麻黄湯には欠かせない生薬です。麻黄とは異なり、西洋医学的な裏付けが得にくいところは許してほしいのですが、杏仁には下気道や胃のまわりの浮腫を軽減する薬能があるとされています。そういうわけで、麻黄と杏仁を組み合わせると、上気道と下気道の浮腫を治すことができるのです。それが鎮咳去痰作用として働いてくると考えてください。麻黄と杏仁の組み合わせは麻杏甘石湯(まきょうかんせきとう)という漢方薬にも含まれていて、これは湿性咳嗽に対する定番薬です。また、花粉症で有名な小青竜湯(しょうせいりゅうとう)にも、杏仁は入っていないですが、麻黄が入っています。麦門冬湯(ばくもんどうとう)も咳止めとして有名ですが、麻黄と杏仁が入っておらず、湿性咳嗽に使う薬ではない点に注意してください。あくまで乾性咳嗽に使う薬です(表1)。表1 咳嗽に対する漢方薬画像を拡大する古典に学ぶ麻黄湯と葛根湯の違いここまでの内容をまとめると、麻黄湯は感冒初期に使う漢方薬で麻黄が入っている関係上、虚弱体質の人には使いにくい、湿性咳嗽に一定の効果があるとご理解いただければと思います。理解をより深めるために、古典の条文も読んでみましょう(図1)。図1 麻黄湯の古典条文画像を拡大する頭痛、発熱、咳だけじゃなくて、節々が痛いんですよ。これは、西洋医学だとどんな病気でしょう。インフルエンザですよね。とくに免疫がしっかりしている若者のインフルエンザだとこういった派手な症状が出てくるわけで、そういった患者さんに麻黄湯が好んで使われます。前回出てきた葛根湯の条文と並べてみるとやはり少し違いますよね(図2)。図2 麻黄湯と葛根湯の古典条文画像を拡大する麻黄湯は節々の痛みが強烈に出ていて、咳もする。葛根湯は首の後ろが凝っている。節々の痛みや咳はあってもいいけれど、そこまで目立たない。その背景として、麻黄湯は構成生薬数が少なくて、麻黄や杏仁が主力として働いている。葛根湯は構成生薬が少し多めで、麻黄の薬能が少し緩和されているという違いがあるわけです。ちなみに、共通点としては、感冒初期であることと、汗がないことの2点です。汗がないというのは体が丈夫であることと関係しているのですが、このあたりは次回触れる予定です。まとめ麻黄湯は体が丈夫な人の感冒初期に使いますが、体の節々の痛みが使用の目安になっているところがあって、結論としてはインフルエンザに使いやすい漢方薬となっています。麻黄湯は湿性咳嗽にもある程度は有効ですが、これは気道の浮腫をやわらげてくれる麻黄と杏仁の組み合わせのおかげです。余裕がある方は、麻黄と杏仁に着目しながら、麻杏甘石湯、小青竜湯、麦門冬湯の違いもインプットしてみるといいかもしれません。麻黄湯にはエフェドリンが含まれていて、その副作用やドーピングには注意する必要があります。次回は、残りの1つである桂枝湯のお話です。楽しみにしていてください!

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葛根湯~随症治療と病名治療~【Dr.伊東のストーリーで語る漢方薬】第2回

葛根湯~随症治療と病名治療~葛根湯といえば、感冒初期につかう漢方薬として皆さんにも馴染みがあるかと思います。結構使いやすい薬で、古典落語には「葛根湯医者」という言葉もあります。どんな病気にも葛根湯を勧めるやぶ医者がいたという話ですね。「頭が痛い? 葛根湯を用意しますよ。お次は胃が痛い? 葛根湯をどうぞ。お次の患者さんは…」「先生、私は単なる付き添いですが」「付き添い? 退屈しているでしょう、あなたも葛根湯を飲んでいきなさいな」……とまぁ、そんな感じです。では、葛根湯医者が本当にやぶ医者だったのかと言われると、必ずしもそうとは言い切れません。江戸時代や明治時代は病気といえば、感染症か脳卒中です。参考までに、1900年の死因は、1位が肺炎と気管支炎、2位が結核、3位が脳卒中、4位が胃腸炎、5位が老衰です(図1)1)。図1 1900年の死因順位画像を拡大するそれに、江戸時代の平均寿命は30~40歳だと推定されているのです。医者にかかる時は急性期の感染症、とくに感冒が多くなることが容易に想像できるわけです。そうすると、葛根湯で正解という場面も多くなるので、葛根湯医者はあながち間違ったことをしていなかったのではと考えられます。感冒初期に使う漢方薬ここで、感冒初期につかう漢方薬を皆さんには3つ覚えていただきましょう。葛根湯、麻黄湯、桂枝湯の3つです。たぶん皆さんも聞いたことがあるかと思います。かなり大雑把に言えば、麻黄湯は体が頑丈な方向け、桂枝湯は虚弱な方向けで、葛根湯はその間です(図2)。図2 葛根湯、麻黄湯、桂枝湯が適応となる患者像画像を拡大する頑丈や虚弱がどういうことかは、今後詳しく説明しますが、ここで葛根湯の構成生薬をみてみましょう。葛根湯には葛根、麻黄、大棗(たいそう)、桂皮、生姜(しょうきょう)、芍薬(しゃくやく)、甘草の7つの生薬が含まれています。まだ生薬は覚えなくてもいいですが、7種類ということで、前回紹介した桔梗湯や芍薬甘草湯よりも効きが遅いことは想像できるかと思います。ちょっと遅いのですが、早ければ15分くらいで効いてくるのでよくできた漢方薬です。これらの生薬は、麻黄湯や桂枝湯とオーバーラップしているところが多く、だからこそ体が頑丈な人にも虚弱な人にも幅広く使える薬になっているとご理解ください(図3)。図3 葛根湯の構成生薬画像を拡大する随証治療ところで、葛根湯には葛根が含まれています。マメ科植物のクズの根っこの部分なのですが、これは麻黄湯や桂枝湯には含まれていません。じつは、この葛根が筋肉の凝りに効いてきます。「葛根湯が肩こりに効く」という話を聞いたことのある先生方もいるかと思います。ただし、この「肩こりに効く」というのは誤解が入っています。ちょっとここで、皆さんと一緒に古典を紐解いてみましょう。『傷寒論』という、後漢末期、つまり三国志時代の古典です。太陽病、項背強ばること几几、汗無く悪風するは、葛根湯之を主る。これを意訳すると、感冒初期でうなじが強ばって固くなっていて、汗が出ず寒気を感じている人には葛根湯が第1選択薬だと言っているんですね。そう「肩こり」ではなくて「首のこり」といった方が正確なのです。このように、古典の条文に載っているような症状や所見に準拠して漢方治療を行うことを「随証治療」といいます。一方で、市販のマニュアルは、こういった条文を現代語訳したり、一部を抜粋したりして作られていますが、その結果として「普通感冒の初期には葛根湯を使う」と西洋医学の病名に基づいた治療が行われるようになります。このやり方を「病名治療」といいます。漢方医学をものにしたい場合は、「病名治療」ではなく「随証治療」を学ぶ必要があります。最初は「病名治療」で勉強してもいいとは思いますが、最終的には「随証治療」も学ばないと、うまく効く漢方治療はできません。クイズでは、ここで1つクイズを出してみます。大いに渇し、舌上乾燥して煩し、水数升を飲まんと欲する者は、白虎加人参湯之を主る。これは「のどがカラカラで、水をガブガブ飲みたい人は白虎加人参湯が第1選択薬である」という意味の条文です。この条文には、前置きがあって割愛している箇所があるのですが、そこはご容赦ください。さて、この白虎加人参湯は、西洋医学で言うと何に使えそうか、考えてみてください。解答・解説はこちらたとえば、糖尿病はひどくなると喉が渇きますよね。また、シェーグレン病や熱中症も喉が渇きそうです。実際に、こういった状態を「体の芯に熱を持った状態」と漢方の世界では解釈していて、白虎加人参湯を処方することがあります。詳しい話を知りたい方には、症例報告が出ているのでそちらを見ていただくとして、このエクササイズを通じて「随証治療」と「病名治療」の関係性が何となく見えてきたのではないかなと思います(図4)。図4 随証治療と病名治療の例画像を拡大するまとめ葛根湯は、感冒初期に使える漢方薬で、体が頑丈な方から虚弱な方まで幅広く使えます。ただし、感冒初期に限るため、処方は2~3日分にとどめ、漫然と長期間処方しないほうがいいでしょう。漢方医学では古典の解釈が結構大事で、これをすっ飛ばすと「肩こりに葛根湯」のような誤解につながります。古典に基づいた「随証治療」を行うことが大切で「病名治療」はそのとっかかりに過ぎないことを認識していただくことが、漢方を上達させるコツです。次回は、麻黄湯のお話です。お楽しみに!1)厚生労働省. 心疾患-脳血管疾患死亡統計の概況 人口動態統計特殊報告 年次別にみた死因順位(第1~10位) 総数

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漢方薬の学び方【Dr.伊東のストーリーで語る漢方薬】第1回

漢方薬の学び方~桔梗湯と芍薬甘草湯~このコンテンツをご視聴いただいている皆さんは、漢方薬を使えるようになりたい! でも、漢方薬を使ってもなかなか効かない!という先生方ではないかと思います。イメージとしては、期待して使うと全然効かない一方で、期待しないで使ってみるとたまに効くことがあるから漢方薬への魅力をどうも捨てきれない。そういった方が多いのではないかと勝手に想像しています。このコンテンツでは漢方薬を学びますが、挫折しないよう楽しく学んでいくことが大事だというスタンスで進めていきます。具体的には、漢方薬同士の関係性を芋づる式に解説して、なるべく各論的にならないようにする。エピソード記憶で定着できるようにストーリーで解説していこうというわけです。そのために、必要な漢方理論は説明します。また、邪道ではありますが西洋医学とのアナロジーも多用していきます。漢方薬の構成さて、漢方薬は複数の生薬によって構成されます。実際のところ、ひとつの生薬で漢方薬が成立してしまうこともあるにはあるのですが、ほとんどの漢方薬が複数の生薬でできています。そのため、漢方薬の特徴を理解するためには生薬を理解する必要がありますが、いかんせん生薬の種類が多すぎるという問題があります。そこで、このコンテンツでは構成生薬をブロック単位で解釈していこうと思います。こうすることで、複数の漢方薬同士の類似性にすぐ気が付けるようになり、違うところもわかりやすくなるわけです。それでは、さっそく例を挙げてみましょう。十全大補湯という漢方薬があります。これは名前のとおり、10種類の生薬で構成される漢方薬です。10種類の生薬の持つ薬能を示すと、図1のようになりますが、さすがにこれを見ても煩雑すぎて、漢方薬全体としての効果を把握できないわけです。図1 十全大補湯の構成生薬の薬能画像を拡大するそこで、もう少しブロック単位でまとめてみると、じつは十全大補湯は「四君子湯」という漢方薬と「四物湯」という漢方薬にプラスαしてできた漢方薬だとわかります(図2)。図2 十全大補湯=四物湯+四君子湯+α画像を拡大する今回は初回なので、大雑把に四君子湯は「気」、つまりエネルギーを補う漢方薬、四物湯は「血」、つまり血液を補う漢方薬ということにしておきましょう。そうすると、この十全大補湯は、貧血で顔色が悪くて、エネルギー不足ゆえに倦怠感も強い患者さんに使うとよさそうだぞと想像できるわけです(図3)。図3 十全大補湯の対象患者像画像を拡大する本コンテンツの到達目標この漢方薬のレクチャーでは、皆さんに漢方薬の細かい知識を覚えていただくことをあえて目標にしていません。むしろ、いまみたいに、知らない漢方薬を見かけた時に、その生薬の組み合わせのパターンをみて、それが何に効く漢方薬なのかを類推できるようになる…というのを目標にしたいと思います。なにより、私のレクチャーは勉強というよりは楽しむくらいの姿勢で軽く見ていただくのがいいでしょう。さて、漢方薬で上達するコツは、とにかく使ってみることです。使ってみて、患者さんのリアクションをみて、自分にフィードバックをかけて、そして診療を改善する。その繰り返しです。ただ、成功体験がないと、このサイクルを回すのもなかなか辛いと思います。そのため、今回は初回ということもあり、百発百中レベルで効いてくれる漢方薬を2つだけ紹介したいと思います。それが「桔梗湯」と「芍薬甘草湯」です。この2つの漢方薬はすごく単純な成り立ちをしていて、漢方理論度外視で使ってもきちんと効くありがたい処方です。桔梗湯まず、桔梗湯ですが、これは桔梗と甘草の2種類の生薬で構成されています。桔梗には膿による症状を和らげる薬能があります。この桔梗湯を飲むか、あるいはうがいに使うと、喉の痛みが一瞬で消えます。喉の痛みに対してアセトアミノフェンやロキソプロフェンなどを使う先生方もいると思いますが、その作用は疼痛の緩和です。ところが、桔梗湯は疼痛を一時的なんですけど一瞬で消失させてしまうところがすごいのです(図4)。患者さんからすごく感謝されることもあるので、もちろん危険な疾患を除外する必要はありますが、ぜひ喉の痛みが強い患者さんに使ってみていただければと思います。図4 桔梗湯の構成と特徴画像を拡大する芍薬甘草湯次に芍薬甘草湯です。名前のとおり、芍薬と甘草の2種類の生薬で構成されています。芍薬には筋肉の異常な収縮を和らげる薬能があって、芍薬甘草湯がこむら返りに対して、即座に効果を示すことをご存じの先生方も多いと思います。ただし、筋肉の異常な収縮を和らげるということは、こむら返り以外の用途にも使えそうな気がしてきませんか? たとえば、尿管結石。尿管には平滑筋がありますね。ほかには、腸炎とか過敏性腸症候群。腸管にも平滑筋があります。胆石発作。胆道系にも平滑筋があるではないですか。まとめると、横紋筋以外の筋肉の収縮に起因する疼痛にも効果があります。作用機序こそ違いますが、西洋薬でいうところのブチルスコポラミンのようなイメージで捉えるとわかりやすいかもしれません(図5)。図5 芍薬甘草湯の構成と特徴画像を拡大する桔梗湯と芍薬甘草湯の共通点ここで紹介した2つの漢方薬には共通点があります。1つ目は、甘草が含まれていることです。甘草は、偽アルドステロン症のせいで嫌われがちな生薬ですが「急迫を治す」、つまり差し迫った症状を治すのに長けているんです。加えて、甘草にはさまざまな生薬の働きを調和する薬能もあって便利なため、漢方薬の7割くらいには甘草が入っています。2つ目の共通点は、構成生薬数が両方とも2種類ときわめて少ないことです。漢方薬は一般に、構成生薬数が少ないほど即効性があって、効果のバリエーションも少なくなる傾向にあります。逆に、構成生薬数が多い漢方薬は、効くのに日~週単位で時間がかかってしまうことが多々あります。そのかわりに、効果の守備範囲が広くなります(図6)。もっとも、これはあくまで傾向で、絶対とまでは言い切れません。図6 構成生薬数と効きの早さ・用途の広さの関係画像を拡大するたとえば、さっきの十全大補湯は、10種類とたくさんの生薬で構成されているため、効き初めまで日~週単位でかかってしまうのですが、効果は倦怠感、貧血、皮膚の乾燥、食思不振、盗汗、手足の冷えといった具合に多岐に渡ります。まとめ漢方薬を理解するには生薬を知ることが大切ですが、複数の生薬から成るブロックで理解すると効率良く理解できます。今回は桔梗湯と芍薬甘草湯を紹介しましたが、これらは構成生薬数の少ない漢方薬です。こういった構成生薬数が少ない漢方薬は、用途がかなり限られていて、症状とほぼ1対1対応で使えます。加えて、即効性があるのも魅力的です。一方で、構成生薬数が多い漢方薬は幅広い症状に対応できますが、効きがゆっくりで実感しにくいのが欠点です。こういった漢方薬をどのように理解していくのかを示すところが、このシリーズでの腕の見せ所だと思っています。次回は、皆さんが大好きな葛根湯を取り上げます。お楽しみに!

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ミトコンドリア活性化技術で希少疾患に挑む、その機序や効果とは

 “細胞のエネルギー生産工場”とも呼ばれ、ほぼすべての細胞に存在する細胞小器官ミトコンドリア。これを用いた希少疾患の根本治療や加齢対策が、今、現実味を帯びている。先日開催された第7回ヘルスケアベンチャー大賞では、マイトジェニックの「ミトコンドリア活性化による抗加齢ソリューション『マイトルビン』事業」が将来性や抗加齢への観点を評価され、大賞を受賞した。同社が期待を集める創薬技術や将来ビジョンとは―。なぜ今、ミトコンドリア活性化が注目される? 同社は“ミトコンドリア研究の成果を世の中に還元する”を理念に掲げる学習院大学発のベンチャー企業である。同社が開発・特許出願を行った植物由来の低分子化合物「マイトルビン(Mitorubin)」を用いた“ミトコンドリア活性化”という新たな健康軸から、老化予防や加齢性疾患治療薬の創出を目標に掲げて活動を行っている。 ミトコンドリアは身体のエネルギー源をATPとして供給し、その副産物として活性酸素を発生させるが、ミトコンドリアの機能が低下すると、エネルギー産生の過程で電子の渋滞が起こり、過剰な活性酸素が発生して細胞やDNAを傷付けてしまう。その結果、パーキンソン病などの神経変性疾患、心疾患、フレイル、シミ・シワといった皮膚の外見変化などに影響を及ぼすため、いかにして「ミトコンドリアを活性化させるか」が焦点となっている。これまでにコエンザイムQ10(CoQ10)やニコチンアミドモノヌクレオチド(NMN)、5-アミノレブリン酸(5-ALA)などの成分によるミトコンドリアの活性化・増殖促進が産学で試みられているが、同社の開発するマイトルビンはそれらとは一線を画す。マイトルビンによるミトコンドリア活性化の機序 その理由は、ミトコンドリアを活性化させる作用機序が一つひとつ丁寧に解明されつつあるからである。遡ること2006年、ミトコンドリア機能を制御するミトコンドリア酵素Mitochondrial Ubiquitin Ligase(MITOL、マイトル)を柳 茂氏(学習院大学理学部生命科学科分子生化学 教授)らの研究グループが発見したことに端を発する1)。MITOLはミトコンドリアの分裂を進めるタンパク質「Drp1」を分解してその分裂を抑えるほか、小胞体との融合を助けるタンパク質「Mfn2」を活性化させる役割を担う1,2)。近年では、ミトコンドリアと小胞体が接触するミトコンドリア関連小胞体膜(Mitochondria-associated ER membrane、MAM)における酸化ストレスや細胞運命の制御機構にも注目が集まっており3,4)、その機能低下がアルツハイマー病やパーキンソン病といった神経変性疾患の病態、さらには心臓の老化に関与することなどから、ミトコンドリアにおける老化制御因子として多彩な研究が進められている5-7)。そして、マイトルビンは前述の柳氏らにより生薬成分ベルベリンから合成された一連の誘導体群の総称で、これがMITOLをはじめとしたミトコンドリアタンパク質を増強しつつ、ミトコンドリアの量そのものを増加させる。それにより、ミトコンドリアでのエネルギー産生が有意に高まることが培養細胞およびマウスモデルで確認された8)。 今回の受賞において、登壇した谷若氏はマイトルビンの有効性について、「筋肉由来の培養細胞に添加することで、エネルギー産生に適した細く長い高品質のミトコンドリアが増加し、ミトコンドリアの呼吸活性が上昇した。これらの実験を踏まえて高齢マウスに飲水投与を行ったところ、心筋ミトコンドリアの呼吸活性が強化され、心エコーなどで心機能の回復が認められた」とコメント。また、安全性については、「同条件下での長期投与による死亡リスクはなく、さらに高脂肪食負荷マウスにおいて、23%の寿命延長効果を確認した」と老齢マウスにおけるアンチエイジング効果が実証されたことを説明した8)。ミトコンドリア病や加齢性疾患の創薬実現に向けて これらの研究結果から、同社は指定難病であるミトコンドリア病患者のアンメットメディカルニーズに応えるべく治療薬開発でも前進している。「某大学医学部と共同研究を行い、MELASと呼ばれるミトコンドリア病の患者由来細胞にマイトルビンを添加した結果、ミトコンドリア機能の改善を認めた」とし、論文化についても言及した。さらに同社は、一般消費者向けにマイトルビン含有植物由来原料を使用したサプリメント「MitoRubin(R)」や入浴剤を販売するなどし、認知度の拡大や収益モデルを構築しながら、ミトコンドリア病治療薬の前臨床試験実施に向けた取り組みを行っている。 最後に同氏は「われわれの目標は希少疾患への創薬提供であり、それに続いて加齢性疾患への適応拡大を目指す。さまざまな領域の研究者・臨床医との連携を強化しつつ、マイトルビンを通じて、すべての世代にミトコンドリアの活性化と健康を届けたい」と締めくくった。ヘルスケアベンチャー大賞とは ヘルスケアベンチャー大賞とは、アンチエイジング領域においてさまざまなシーズをもとに新しい可能性を開き、社会課題の解決につなげていく試みとして、坪田 一男氏(日本抗加齢医学会イノベーション委員会委員長)らが2019年に立ち上げ、今年で7回目の開催を迎えた。■参考第7回ヘルスケアベンチャー大賞株式会社マイトジェニック1)Yonashiro R, et al. EMBO J. 2006;25:3618-3626.2)Sugiura A, et al. Mol Cell. 2013;51:20-34.3)Nakashima A, et al. Life Sci Alliance. 2019;2:e201800045-e201800045.4)Takeda K, et al. EMBO J. 2019;38:e100999.5)Shiiba I, et al. EMBO Rep, 2021;22:e49097.6)Takeda K, et al. Commun Biol. 2021;4:192.7)Tokuyama T, et al. iScience. 2022;25:104582.8)Sato M, et al. bioRxiv 2025. May 3. [Epub ahead of print]

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第293回 クマ外傷、その種類や標準化された治療法とは

INDEXクマが狙うのは、ほぼ顔外傷の種類や特異性創傷部位の評価と必要な処置創部感染の原因菌と予防対策具体的な外科治療の実際薬物療法に漢方が標準化さて、前回は昨今話題のクマ外傷被害についてCiNii検索で抽出した2000年以降の16論文と秋田大学医学部救急・集中治療医学講座教授の中永 士師明(なかえ はじめ)氏の編著『クマ外傷 クマージェンシー・メディシン』(以下、クマージェンシー)をもとに疫学についてまとめた。今回もこれらの出典から、クマ外傷の病態と治療についてまとめてみた。クマが狙うのは、ほぼ顔岩手医科大学(50例)、秋田大学(13例)、新潟大学(10例)、山梨県立中央病院(9例)の主な臨床報告では、クマによる外傷の部位はいずれも顔面が90%以上(秋田大学の報告は「頭頸部を含む顔面」)で、次いで上肢が多い(38~77%)。この外傷部位の特徴は、ツキノワグマが攻撃時に後足で立ち上がり、発達した前足の鋭い爪でヒトを殴打する攻撃スタイルに起因すると考えられている。ツキノワグマの体長(頭胴長)は120~145cm、前足、後足とも約15cm。ほぼ完全に後足で立ち上がって前足を上げれば、全長150~175cmとなり、前足がちょうどヒトの顔面付近に位置する格好になるため、顔面の受傷の多さは理解しやすいだろう。一方、顔面に次いで上肢が多いのは、ヒトがとっさに顔や頭を守ろうとする防御行動によるものと報告されている。ちなみにクマージェンシーで紹介されている2023年に秋田大学医学部附属病院高度救命救急センターに搬送された20例では、受傷部位はやはり顔面が90%、上肢が70%、頭部が60%と前出の報告とほぼ同様だが、下肢が40%と記述されている。下肢の受傷理由についての記述はないが、おそらくは第1撃で顔面や上肢を受傷し、逃げようとしたところを追いすがられた結果と考えるのが自然だろう。外傷の種類や特異性クマ外傷は鋭い爪による軟部組織損傷(鋭的外傷)とパワーの強い打撃による骨折(鈍的外傷)に大別される。ツキノワグマの爪は、木登りに適した鋭く内側に曲がったかぎ状(フック状)となっており、長さは通常3〜5cmほど。クマージェンシーでは「一見、小さな外傷に見えても内部構造を破壊させることで大きな障害を残すことがある」と記述している。軟部組織のどこを受傷したかは、クマの爪が当たった場所に依存するが、各論文などでは眼球破裂・脱出、涙小管断裂、顔面神経損傷、耳下腺管断裂などが報告されている。また、鋭い爪の影響でごく一部では上口唇動脈、腋窩動脈、上腕動脈に達する損傷が認められることがあるという。さらに爪による攻撃は、皮膚に平行な強い力が加わることで、皮膚が広範囲に剥がされる「剥脱創」となることがあり、この場合は重度の出血を伴い、致命的となりうることを参照論文では指摘している。一方、ツキノワグマは体重60〜100kgで、動作が秒速10~15mとも言われるため、ここから算出される一打の打撃エネルギー量は、約400〜1,300ジュール(J) と言われている。これに対する比較対照を並べると、プロボクサーのパンチ一打が 約300〜500J、日本の警察の9mm口径の拳銃弾命中時が約500Jと推定されるため、その強大さは桁違いである。骨を破壊するエネルギー量がおおむね1,000Jと言われるので、当然ながら受傷者の一部では骨折が生じる。実際、参照論文を見ると、顔面への受傷例のおおむね半数以上で顔面での骨折が認められ、とくに眼窩、頬骨、鼻骨、鼻篩骨といった顔面中央部(中顔面)に多発。これ以外では頭蓋骨、下顎骨、歯槽骨などの骨折、さらに防御行動による四肢・体幹での尺骨や肋骨、肘関節などの骨折も報告されている。新潟大学の報告では、クマ外傷による骨折には特有のパターンがあることが指摘されている。これは通常の顔面骨の骨折では、顔表面から内側、すなわち頭蓋骨内部方向に陥没する骨折がほとんどなのに対し、クマ外傷では顔面骨が外側に引き出されるようなベクトルで骨折が生じることがあるとしている。これはおそらくクマによる打撃の際にめり込んだ前出のかぎ状の爪を引き抜く際に生じたものだろう。クマ外傷はこのように多発外傷であるため、全身に影響を及ぼし、動脈損傷では大量出血による出血性ショック、口腔内の持続的な出血や粉砕された顔面骨などによる気道閉塞、硬膜下血腫といった頭蓋内損傷など重篤な合併症を引き起こす危険性がある。参照論文中でも出血性ショックは10~23%で報告され、秋田大学の報告13例のうち7例で気道閉塞の危険性があるとして気道確保のため気管切開が行われている。創傷部位の評価と必要な処置前出のような受傷状況を踏まえ、参照論文のうち複数論文では、クマ外傷では交通事故や高所からの墜落のような高エネルギー外傷に準じた初期対応、具体的にはクマ外傷の患者の搬送がわかった段階で、気道確保、止血と大量輸血・輸液の準備が必要と強調している。そのうえで搬送後は、頭頸部や四肢・体幹の受傷や組織損傷の状況を注意深く評価することを求めている。とくに前出のようにクマ外傷では見た目の傷が小さくとも深部組織を破壊していることがあるため、参照論文の中ではこの点の評価を怠らないよう注意喚起しているものが少なくない。また、クマ外傷では創部感染のリスクが高いため、創部の十分な洗浄とデブリードマンが推奨されている。参照論文を見ると、洗浄で使う生理食塩水の量は症例によっては5,000~10,000mLとかなり大量である。また、クマージェンシーでは、表面上の傷が小さいものの深部まで達している四肢の外傷では、傷口からの注水だけでは洗浄が不十分として、目視で深部まで確認できる皮膚の追加切開を推奨している。創部感染の原因菌と予防対策実際の創部感染発生率は、今回の参照論文で確認した範囲では20~33.3%。クマージェンシーに記述されている13例では21.1%で、おおむねクマ外傷被害者の3~5人に1人の発生率である。ちなみにこの数字は搬送時に予防的抗菌薬投与などをほぼ全例で行ったうえの数字であり、個人的には驚きを禁じ得ない。創部感染の原因菌については、クマージェンシーでは4分の1の症例で同定され、主にセラチア菌(グラム陰性桿菌)と腸球菌(通性嫌気性グラム陽性菌)だったと報告している。参照論文で原因菌が特定されたケースでもこの2種類が散見されるが、そのほかにもグラム陽性菌であるメチシリン耐性黄色ブドウ球菌(MRSA)やA群レンサ球菌が検出された報告もある。こうしたこともあり、予防的抗菌薬投与では、嫌気性菌種を広くカバーするβラクタマーゼ阻害薬配合抗菌薬(ピペラシリン・タゾバクタムやアンピシリン・スルバクタム)が使われていることが多いようだ。もっともクマージェンシーではβラクタマーゼ阻害薬を含む場合と含まない場合の抗菌薬投与を比較し、創部感染発生率に差はないと報告している。また、岩手県の50例でも同様の検討を行い、βラクタマーゼ阻害薬の有無で創部感染発生率に有意差(p=0.08)はなかったものの、βラクタマーゼ阻害薬を含む群での感染発生率が9.1%に対し、含まない群では28.5%で、βラクタマーゼ阻害薬を投与したほうが感染発生率は低い傾向があると記述している。また、クマの爪や創部が土壌などで汚染されることを考慮し、ほぼすべての症例で破傷風トキソイドと抗破傷風人免疫グロブリンの投与が行われており、少なくとも参照論文とクマージェンシーでは破傷風発症事例はない。破傷風トキソイドを含む三種混合(DTP)ワクチンの日本での定期接種化が1968年であり、前回紹介したように受傷者はそれより以前に生まれた高齢者が多いことなどを考えれば、必要な措置なのだろう。具体的な外科治療の実際実際の治療は外科的なものがほとんどだが、損傷が多岐にわたるため、複数の専門診療科による連携手術が必要となるのは必定である。ここでは主な外科的治療の概略を紹介する。顔面骨骨折では、前出のような特有の外側に転位した骨片の有無を考慮し、観血的整復固定術が行われる。次に、動脈損傷、顔面神経損傷、涙小管断裂は即時再建が原則である。クマージェンシーでは鼻周辺の組織が噛みちぎられた事例として、路上に残されていた被害者の組織が持ち込まれ、再接合が行われた様子が写真とともに紹介されている。このため、同書では救急隊員が取るべき対応として、汚染の有無にかかわらず回収できる軟部組織はできるだけ回収して病院に持参するよう勧めている。素人には背筋が凍り付くような話である。ただ、完全な組織の欠損で機能回復や審美性を考慮した再建術が行われたケースでは、参照論文を見る限り、複数回の手術が長いものでは受傷から1年半後くらいまで行われている。歯や広範な歯槽骨欠損では、骨移植を併用した歯科インプラント治療が行われた事例も報告されている。このケースでは受傷6ヵ月後に骨移植術が実施され、さらにその6ヵ月後にインプラント埋入術が施行されている。薬物療法に漢方が標準化一方、抗菌薬の予防投与を除くと、治療で薬物を処方したケースは少ない。新潟県でのドクターヘリ搬送例で出血を抑えることを目的としたトラネキサム酸、山形県の症例で喉頭浮腫予防を目的としたデキサメタゾン、岐阜県の症例で後頭部や上腕の縫合を行わなかった創部に感染予防目的で処方されたゲンタマイシン(外用薬)ぐらいしか見当たらない。ただ、クマージェンシーでは秋田大学による漢方薬処方という興味深い事例を紹介している。具体的には鎮痛目的で打撲の痛みなどに使われる「治打撲一方」や感染防止目的での抗菌薬と「排膿散及湯」の併用である。治打撲一方の使用では1日で痛みが取れた著効例もあったという。また、排膿散及湯の併用は2024年から標準化している模様だ。しかしながら、このような難治療を経ても、視力障害、顔面神経麻痺、唾液や涙が止まらない、口腔機能低下などの後遺症に悩まされるケースは少なくないという。結局のところ、何よりもクマに遭遇しない予防措置が重要ということだろう。

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慢性鼻副鼻腔炎の手術後の再発を防ぐ留置ステントへの期待/メドトロニック

 日本メドトロニックは、慢性副鼻腔炎手術後に使用するわが国初のステロイド溶出型生体吸収性副鼻腔用ステント「PROPEL」の発売によせ、都内でプレスセミナーを開催した。セミナーでは、慢性副鼻腔炎の疾患概要と診療の現状と課題などが講演された。副鼻腔炎手術後の再発予防への期待 「慢性副鼻腔炎の病態と最新治療-手術療法を中心に-」をテーマに、鴻 信義氏(東京慈恵会医科大学 耳鼻咽喉科学講座 教授)が講演を行った。 はじめに鼻腔内の解剖を説明するとともに、副鼻腔炎について、誰もがなりうる疾患であり、急性副鼻腔炎で3ヵ月以上鼻閉、粘性・膿性鼻漏、頭重感、嗅覚障害、後鼻漏などの症状が持続した場合、慢性副鼻腔炎と診断される。患者はわが国には、100万~200万人と推定され、その中でも好酸球性副鼻腔炎患者は20万人と推定されている。慢性化すると鼻茸(ポリープ)がしばしば発生し、病態は悪化するが生命予後に大きく関係することもないので、病状に慣れてしまい、放置や受診控えなどの患者も多いという。その一方で、重症例での内視鏡下副鼻腔手術は年間6万例行われている。 鼻茸を伴う慢性副鼻腔炎患者の疾患負荷として鼻閉、鼻漏、嗅覚障害などに関連し、食品などの危険察知の低下や仕事のパフォーマンスの低下、睡眠障害などが指摘され、QOLに大きな影響を及ぼす。 慢性副鼻腔炎には、黄色ブドウ球菌や肺炎球菌を原因とする非好酸球性副鼻腔炎と喘息患者に多く鼻茸を伴う好酸球性副鼻腔炎があり、後者は指定難病に指定され、寛解が難しいケースは眉間などに膿が貯まる病態とされている。 慢性副鼻腔炎の保存療法としては、・鼻処置・副鼻腔自然口開大処置・ネブライザー・上顎洞洗浄、鼻洗浄・薬物療法(抗菌薬、消炎酵素薬、気道粘液調整・溶解薬、抗アレルギー薬、ステロイド、漢方薬など)の4つの療法が行われ、効果がみられない場合に手術適応となる。 現在行われている内視鏡下副鼻腔手術(ESS)では、術後の患者の自覚症状やQOLは大きく改善されている一方で、術後1年にわたる加療継続、半数が数年で再発するなどの課題も指摘されている。そして、再発例では、再手術、ステロイド投与、分子標的薬投与などが行われる。とくにステロイド投与については、症状の改善に効果はあるものの投与薬剤や方法が統一化されていないことや骨粗鬆症や肝障害のリスクなどの課題も治療現場では危惧されている。また、現在使用されているスプレー式では、患部に確実に届かなかったり、長時間の作用がなかったりという課題も明らかになっている。 そこで、こうした課題の解決のために登場したステロイド溶出型生体吸収性副鼻腔用ステントであれば、30日間鼻腔内にステロイド成分を放出することで再発防止となり、良好な術後ケアができることが期待されている。すでに米国では10年以上使用されており、効果や安全性も確認されている。 最後に鴻氏は、「ステントの留置で術後の再燃リスクを大幅に低減する可能性があり、わが国の慢性副鼻腔炎の術後管理の在り方を変えることに期待している」と結び、講演を終えた。

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日本の精神科外来における頭痛患者の特徴とそのマネジメントの現状

 頭痛は、精神科診療において最も頻繁に訴えられる身体的愁訴の1つであり、しばしば根底にある精神疾患に起因するものと考えられている。1次性頭痛、とくに片頭痛と緊張型頭痛は、精神疾患と併存することが少なくない。しかし、精神科外来診療におけるこれらのエビデンスは依然として限られていた。兵庫県・加古川中央市民病院の大谷 恭平氏らは、日本の総合病院の精神科外来患者における頭痛の特徴とそのマネジメントの現状を明らかにするため、レトロスペクティブに解析を行った。PCN Reports誌2025年10月30日号の報告。 2023年4月〜2024年3月に、600床の地域総合病院を受診したすべての精神科外来患者を対象に、レトロスペクティブカルテレビューを実施した。全対象患者2,525例のうち、頭痛関連の保険診断を受けた360例(14.3%)を特定し、頭痛のラベル、治療科、処方薬に関するデータを抽出した。カルシトニン遺伝子関連ペプチド(CGRP)を標的としたモノクローナル抗体について、追加の処方を含む探索的症例集積を行うため、観察期間を2025年3月まで延長した。 主な結果は以下のとおり。・頭痛関連の保険診断を受けた360例において、頻度の高い病名は、頭痛(203例、56.4%)、片頭痛(92例、25.6%)、緊張型頭痛(46例、12.8%)であった。群発頭痛と薬物乱用性頭痛はそれぞれ1例(0.3%)であった。・頭痛治療は、精神科(153例、42.5%)で最も多く行われており、次いで神経内科(42例、11.7%)、脳神経外科(40例、11.1%)、一般内科(28例、7.8%)、リウマチ科/膠原病科(15例、4.2%)の順であった。・使用された薬剤クラスは、非ステロイド性抗炎症薬(NSAIDs)(40例、11.1%)、アセトアミノフェン(38例、10.6%)、トリプタン系薬剤(23例、6.4%)、漢方薬(16例、4.4%)、抗CGRPモノクローナル抗体(6例、1.7%)などであった。・薬剤レベルでは、アセトアミノフェン(38例)が最も多く、次いでロキソプロフェン(33例)、ゾルミトリプタン(14例)、五苓散(8例)、スマトリプタン(6例)、葛根湯(6例)、ジクロフェナク(4例)、バルプロ酸(4例)、ナラトリプタン(3例)の順であった。・2025年3月までの患者7例を対象とした探索的CGRP解析では、6例が女性で、平均年齢は48.4±9.2歳であった。・精神疾患の併存疾患は多様であり、摂食障害、双極症、心的外傷後ストレス障害、社会不安障害を伴う気分変調症、統合失調症、自閉スペクトラム症、神経症性うつ病などが併存疾患として挙げられた。・すべての症例において頭痛の改善が認められた。2例は再発性発作のため、他の抗CGRPモノクローナル抗体への切り替えを必要としたが、その効果は維持された。1例は発疹のため一時的に投与を中止したが、その後、他の抗CGRPモノクローナル抗体を再開した。なお、気分/不安の中期的変化は限定的であった。 著者らは「精神科外来において、1次性頭痛は一般的であり、精神科で頻繁にマネジメントされていることが明らかとなった。抗CGRPモノクローナル抗体は、精神疾患が併存している患者においても頭痛の緩和をもたらすが、精神症状は改善したわけではなく、頭痛に特化したケアと並行してメンタルヘルス介入を行う必要性が示唆された。精神科における専門分野横断的な連携と早期の頭痛評価を強化することが重要であると考えられる」と結論付けている。

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解熱鎮痛薬による頭痛誘発、その原因成分とは

 日本のテレビコマーシャルでお馴染みの解熱鎮痛薬「イブ」に含有されている成分が、韓国では2025年4月に違法薬物に指定されて持ち込み禁止となった。その成分は、日本人医師や薬剤師にはさほど認知度が高くないものの、近年の頭痛外来患者の増加の原因の1つになっている可能性があるという。今回、頭痛専門外来患者の市販薬(OTC医薬品)の服用状況などを研究する佐野 博美氏(京都大学大学院医学研究科 社会医学系専攻健康情報学)と共同研究者の平 憲二氏(プラメドプラス)が、日本社会薬学会第43年会にて「薬剤の使用過多による頭痛(medication-overuse headache:MOH、薬物乱用頭痛)」に関する報告をしたことから、解熱鎮痛薬に含まれる依存性成分や頭痛患者が増える実態について話を聞いた。解熱鎮痛薬に配合されている依存性成分の正体 海外での規制に至った原因成分とは、鎮静催眠成分のアリルイソプロピルアセチル尿素(ア尿素)である。OTC解熱鎮痛薬は、解熱鎮痛成分(アスピリン、アセトアミノフェン、イブプロフェンなど)、制酸成分(乾燥水酸化アルミニウムゲル、酸化マグネシウムなど)、生薬成分、無水カフェイン、その他成分、そして鎮静催眠成分(ア尿素、ブロモバレリル尿素[ブ尿素])などで構成される。今回問題とされたア尿素に焦点を当てた場合、イブシリーズでは5製品中4製品に配合されている。もちろんOTC 解熱鎮痛薬の成分として厚生労働省から認可を受けており、その前提で使用されているので国内の規制上は問題ない。 一方で、『頭痛の診療ガイドライン2021』のCQI-13(OTC医薬品による頭痛治療をどのように指導するか)では、OTC医薬品の不適切使用によるMOHを問題視しているものの、その具体的な要因は明らかにされていない1)。患者支持ダントツ、依存性成分が満足度の底上げか そこで佐野氏らは、「頭痛専門外来患者における市販薬の鎮痛薬服用状況:問診票を用いた記述疫学研究」において、片頭痛や緊張型頭痛のような一次性頭痛患者のOTC医薬品の利用率増加と医療機関受診率低下の原因を“OTC医薬品に含まれる依存性成分”と仮定し、3つの依存性成分(カフェイン、ア尿素、ブ尿素)が含まれている解熱鎮痛薬の使用状況を頭痛専門外来2施設で調査、初診患者の市販薬服用状況を明らかにした。 解析対象者は、普段使用している頭痛治療薬の種類を問診票に記載し、適格基準を満たした15歳以上の6,756例で、そのうち市販薬のみを服用し、商品名を明記していた1,128例をサブ解析した。その結果、約6割強がイブシリーズ(イブA錠EX、イブクイック頭痛薬DX、イブA錠、イブクイック頭痛薬、どのシリーズかは不明)を使用していたことが示された。なお、イブシリーズの場合、依存性成分を含まない『イブ』は2023年に販売中止されているため、「イブを使用=依存性成分を摂取」と判断された。使用されていたOTC医薬品の依存性成分の内訳については、カフェイン&ア尿素が最も多く(8割弱)、続いてカフェイン&ブ尿素、依存性3成分なし、カフェインのみ、依存性3成分すべてであった。医療にアクセスするも適正薬剤届かず 本集団の特徴として、佐野氏は「病院にアクセスしづらい働き世代で、とくに40代以上の女性が多かった。驚いたことに、対象者は重症度が高い患者であるにもかかわらず、その約2割が市販薬のみでコントロールしていた。カルシトニン遺伝子関連ペプチド(CGRP)抗体製剤などの新薬にたどりつくべき患者がたどり着けずに市販薬を手にしている可能性がある」と片頭痛治療の実際に危機感を抱いた。これについて平氏は、「依存性成分が処方箋医薬品とは異なる配合(比率)で含まれるOTC医薬品に“効果がある”と考えている患者は一定数存在する。患者自身がいろいろ試した結果、効果を実感してOTC医薬品に依存していくのではないか」と指摘し「通院しているが、“治療は市販薬”という患者も少なくない」と現状を説明した。 本調査の限界として、「ロキソニンやバファリンは処方薬との区別ができなかったため、集計結果の信頼性が低い」と説明し、「依存性成分は処方箋医薬品にも含まれているため、実際には本研究結果より多くの患者が依存性成分を摂取している可能性がある。さらに、鎮静作用のある成分とカフェインを同時摂取することは薬理作用が強化され、依存リスクが高まる可能性があるにもかかわらず、本対象者の使用薬剤の約9割にはそれらが一緒に含有されていた」と述べた。「今後は処方箋医薬品も含めた解析を実施していきたい」としながら、「医師・薬剤師をはじめ、医療者にはこのような実態を理解したうえで、患者に接してほしい」ともコメントした。

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