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狭心症を肋間神経痛と誤診して死亡したケース

循環器最終判決判例タイムズ 914号234-240頁概要60歳男性が夜間胸痛を訴えて、救急車にて近く病院に搬送され、診察を受けたところ、肋間神経痛との診断で消炎鎮痛薬を処方され帰宅した。翌日、苦しんで身動きがとれなくなっているところを発見され、救急車にて再度病院を受診したが、急性心筋梗塞を発症したために入院後3時間で死亡した。詳細な経過患者情報60歳男性経過昭和63年4月22日12:00頃この頃から胸の苦しさを自覚していた。4月23日胸痛と左脇から左腕の内側にかけての痛みのため仕事を休んだ。23:00頃胸痛のため、救急車にてA病院に搬送された。当直であるB医師が診察に当たり、問診したところ、左胸痛と左腕にひびく痛みを訴えた。血圧は152/90mmHg、脈拍84、触診および聴診にて異常は認められず、心電図検査では「完全右脚ブロック」であった。心筋梗塞を示す異常を認めず、以前に肋間神経痛といわれたことがあったことから、「肋間神経痛の疑い」として、消炎鎮痛薬を投与し、痛みが持続したり、増強するようであれば再度受診するように注意を与えて、帰宅させた。4月24日08:00階段の横で息を荒くし、苦しんでいるところを発見され、救急車にてA病院に再度搬送された。救急外来担当のC医師が診察し、左胸痛を訴えていたものの、心肺に異常を認めないため、心電図検査は行わず、胸/腹部のX線写真が撮られた。09:50さらに検査の必要があるため、A病院への入院となった。10:30頃病棟に入院後、顔色不良で看護師に対し、全身倦怠感、胸苦、胸痛、左腕および左背部の差し込むような痛みを訴えた。消炎鎮痛薬の注射がされ、心電図検査が行われた。11:00頃胸痛が増強するため、重症病室に移動し、心電図検査結果は急性心筋梗塞を呈していたため、酸素吸入、心電図モニター装着が開始された。11:20呼吸が停止し、心肺蘇生を試みた。11:55死亡。その後の解剖により、左冠状動脈内に血栓が認められ、内腔をほぼ閉塞し、左室前壁に梗塞がみられ、裂孔も生じており、心嚢内に約300mLの凝血を認めたことから、死因は急性心筋梗塞による心破裂で心タンポナーデを来したためと考えられた。当事者の主張患者側(原告)の主張主訴および心電図検査結果から狭心症に罹患していることを疑い、十分な問診を尽くし、必要な検査を行って、狭心症と診断したうえで、入院させて定期的な観察、検査をし、血管拡張薬、血栓溶解薬の投与などの治療を行って心筋梗塞へ移行することを阻止すべき義務があった。4月24日A病院に救急搬入された際、胸部の激痛で身動きできない状態であったのであるから、C医師はただちに心電図検査をして心筋梗塞の診断をし、二次救急病院に搬送するか、または心筋梗塞に対する適切な治療をすべき義務があった。病院側(被告)の主張A病院が4月23日に実施した心電図検査によると、完全右脚ブロックであり、狭心症や心筋梗塞を疑えるものではない。この心電図の結果から、狭心症や心筋梗塞の疑いを否定し、聴診の結果からとくに緊急を要するような肺疾患の疑いを否定し、以前に肋間神経痛と一度いわれたことがあり、肋間にひびくような痛みがあると述べたことから、肋間神経痛の疑いと診断したのであり、過失はない。4月24日救急隊員に介助されながら徒歩でA病院に来院し、医師の問診、看護師の質問にも通常に対応した。同日の心電図検査時より、数時間ないしは十数時間前に左冠状動脈主幹部に血栓性の閉塞を来していた。それ故、左心室の広範囲前壁の急性心筋梗塞を発症して心筋の壊死が進行し、11:00~11:10頃に左室前壁の心筋断裂による穿孔を来して、心嚢内に出血し、心タンポナーデにより急速な経過で死に至ったのであるから、たとえ、心電図検査を来院直後に実施していても、救命できなかった。つまり、来院直後に心電図検査を施行しなかったことと死亡との間には因果関係がない。裁判所の判断4月23日にA病院に搬入された際にすでに狭心症に罹患していたか、という点について、受診した際に訴えていた左上腕にひびくような痛みは、放散痛(関連痛)であり、狭心症に典型的な症状である。これに加え、4月24日に救急車でA病院に搬入され、数時間後に急性心筋梗塞による心嚢血腫症(心タンポナーデ)で死亡したことから、4月23日には不安定狭心症に罹患していたとみるべきであるとした。次に、B医師が肋間神経痛と診断したことについて、カルテには胸痛発作の性状、誘因、時間帯、経過などの記載がなく、十分な問診をしたとはいえず、安易に心電図検査のみで狭心症の疑いを否定している。また、肋間神経痛と診断するために必要な圧痛点を確認したことの記載もなく、肋間神経痛の疑いとして消炎鎮痛薬を投与して帰宅させた。それ故、B医師にはこの診断と、取るべき処置を誤ったという過失があるとした。最後に4月23日の時点で狭心症を疑って必要な処置をしていれば、死亡は回避できたか、という点について、そうしていれば、24日に急性心筋梗塞を発症しておらず、死亡を回避することができた蓋然性が高いとした。つまり、A医師の過失行為と心筋梗塞による死亡との間には相当因果関係があるとした。原告側合計759万円の請求に対し、426万円の判決考察本件は、プライマリケアを担当する医師にとっては教訓的な事例だと思います。胸痛というありふれた症状に対しては、基本的な対応(問診、カルテ記載)をぜひとも心掛けたいと思います。1. 問診義務最近では、さまざまな臨床検査により得られた情報を重視して診断を下す傾向があり、一見素朴ではありますが、患者の健康状態を全体的に把握する方法の視診、触診、問診などが少々軽視されがちであると思います。中でも、問診は患者の記憶の中に潜む情報を収集する方法であり、ほかの検査では代替できないため、その重要性はあらためて認識するべきと思われます。それは裁判においても同様であり、問診義務違反を理由として医師の責任を問われるのは、問診から得られるべき情報が医療上の意思決定の際の判断材料とされていたならば、当該医療事故の発生を予見し、回避することができたはずである、という場合です。2. 胸痛患者を診た場合ところが、入院後に抗菌薬などの点滴をすると「強い不快感」が出現するというエピソードをくり返し、もともと高血圧症の患者でありながら入院2日後には血圧が80台へと低下しました。このとき、入院時に認められていた湿性ラ音が消失していたため、担当医師は抗菌薬の効果が出てきたと判断、血圧低下は脱水によるものだろうと考えて、輸液を増やす指示を出しました。しかしこの時点ですでに心タンポナーデが進行していて、脱水という不適切な判断により投与された点滴が、病態をさらに悪化させたことになります。心タンポナーデでは、心膜内に浸出液が貯留して静脈血の心臓への環流が妨げられるため、心拍量が低下して低血圧が生じるほか、消化管のうっ血が強く生じるため嘔気などの消化器症状がみられます。さらに肺への血流が減少して肺うっ血が減少し、湿性ラ音が聴取されなくなることも少なくありません。3. 狭心症患者を診た場合狭心症の特徴は、典型的な狭心痛のほかに漠然とした不快感や、違和感のこともあります。時に冷汗を伴ったりします。痛みの自覚部位は通常胸骨の裏側であることが多いとされていますが、中には、上腕、肩、顎、歯、心窩部などに症状を訴えることもあり、肩から手にかけてのしびれ感、すなわち放散痛を訴えることもあります。持続時間は通常5分前後のことが多いようです。このように狭心症の疑いがある場合には、痛みの性状、誘因、時間帯、部位、持続時間などを聴取する必要があります。狭心症の検査には、心電図検査、核医学検査、心エコー図検査、冠動脈造影検査、血液検査などがありますが、まずは簡便な心電図検査が用いられます。狭心症の典型的な例では、心電図はST-T変化として認められることが多いですが、実際は非発作時を含めて変化のないこともしばしば経験されます。このため、心電図検査のみで狭心症を否定することはできず、その診断に当たっては十分な注意を要します。狭心症の中には、適切な治療が行われなければ、心筋梗塞に移行し、突然死するものもあり、診断に迷った際には、循環器科専門医のコンサルトを得るか、入院させて医師の管理下に置き経過観察をするべきでしょう。本件でも心電図検査のみで狭心症を否定し、上記のような問診をしなかった、あるいはたとえ問診をしていたとしても、医師が狭心症を否定するに至った重要な情報をカルテに記載していなかったのは、問診をしていないのと同等であると裁判所では判断しています。したがって、問診を詳しくとることはもちろんのこと、日頃からこのような重要な情報はカルテに記載しておくことを心掛ける必要があります。見方によっては、最初のB医師(内科非常勤で専門は麻酔科)は深夜の当直帯で患者を診て、心電図まで取ったのだから良いだろう、というご意見もあろうかと思います。しかし、狭心症は胸痛発作時にしか心電図異常が出ないため、狭心症を否定できないのであらば帰宅させる時のリスクを考えて、ニトログリセリン舌下錠を処方しておくという方法もあり得るのではないかと思います。循環器

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PET-CT検査:放射性トレーサーの違いで、冠動脈プラークの検出に差/Lancet

 18Fフルオライド陽電子放射断層撮影(PET-CT)による高リスクプラークの検出・特定能について、2種の放射性トレーサー、18Fフッ化ナトリウム(18F-NaF)と18F-フルオロデオキシグルコース(18F-FDG)の検出・特定能を比較検討した結果、18F-NaF PET-CTが非侵襲的画像診断法では最も有用である可能性が示された。英国・エジンバラ大学のNikhil V Joshi氏らによる前向き試験の結果で、著者は「この方法が、冠動脈疾患患者のマネジメントと治療の改善に役立つかどうかを立証するための、さらなる研究が必要である」とまとめている。非侵襲的画像診断法による同プラークの特定は、冠動脈疾患の予防と治療の臨床的前進に大きく寄与することを意味するものである。Lancet誌オンライン版2013年11月11日号掲載の報告より。心筋梗塞40例と安定狭心症40例の患者を対象に検証 試験は、18F-NaF PET-CT、18F-FDG PET-CTおよび侵襲的冠動脈造影を受けた、心筋梗塞(40例)および安定狭心症(40例)の患者を対象とした。 18F-NaFの集積は、症候性頚動脈疾患患者からの頚動脈内膜剥離術検体を用いて組織学的に比較検討した。また安定狭心症患者では血管内超音波を検討に用いた。 主要エンドポイントは、急性心筋梗塞患者の責任または非責任冠動脈プラークの、18Fフルオライドの組織/バックグランド比とした。責任プラークへの集積は18F-NaFが最も高い 心筋梗塞患者のうち37例(93%)の検討では、責任プラークへの集積は18F-NaFが最も高かった(最大組織/バックグランド比の中央値:責任プラーク1.66[IQR:1.40~2.25]vs. 最大非責任プラーク1.24[同:1.06~1.38]、p<0.0001)。 対照的に、18F-FDGは心筋に集積され概して不明瞭であり、責任プラークと非責任プラークについて識別の有意差はみられなかった(同:1.71 [1.40~2.13] vs. 1.58 [1.28~2.01]、p=0.34)。 著明な18F-NaFの集積は、すべての頸動脈プラーク破綻部位で認められ、石灰化活性の組織学的エビデンス、マクロファージ浸潤、アポトーシス、壊死との関連がみられた。 安定狭心症患者18例(45%)での検討では、18F-NaFのプラークへの集積は局在的で(最大組織/バックグランド比の中央値:1.90[IQR:1.61~2.17])、血管内超音波における高リスク所見と関連していた。すなわち、リモデリング陽性(リモデリング指数:プラーク集積あり1.12[IQR:1.09~1.19]vs. 同なし1.01[0.94~1.06]、p=0.0004)、微小石灰化(73%vs. 21%、p=0.002)、壊死性コア(25%[21~29]vs. 18%[14~22]、p=0.001)。

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インフルエンザワクチン接種者で心血管イベント減少/JAMA

 心血管疾患リスクの高い患者に対するインフルエンザワクチンの接種により、心血管イベントが抑制されることが、カナダ・トロント大学のJacob A Udell氏らの検討で示された。非古典的な心血管リスク因子のうち、気道感染症の原因となるインフルエンザやインフルエンザ様感染が、致死的および非致死的なアテローム血栓性イベントと関連することが指摘されている。また、インフルエンザワクチン接種により心血管イベントが抑制されることが、いくつかの疫学試験で示唆されている。JAMA誌2013年10月23日号掲載の報告。心血管イベント予防効果をメタ解析で評価 研究グループは、インフルエンザワクチンによる心血管イベントの予防効果を検証するために、文献を系統的にレビューし、メタ解析を行った。対象は、高い心血管疾患リスクを有する患者においてインフルエンザワクチン接種とプラセボまたは対照を比較した無作為化試験で、有効性あるいは安全性のイベントとしての心血管アウトカムについて報告している論文とした。 3つの医学データベース(MEDLINE、EMBASE、Cochrane Library Central Register of Controlled Trials)を用いて、2013年までに発表された無作為化試験の論文を検索した。選出された論文から、2名の研究者が別個に、試験デザイン、ベースラインの患者背景、アウトカム、安全性などのデータを抽出した。無作為化、割り付け情報のマスク、盲検法、フォローアップの完全性に関する適切な方法の記述がある論文を質の高い試験と判定した。 複合心血管イベント(心筋梗塞による死亡または入院、不安定狭心症、脳卒中、心不全、緊急冠動脈血行再建術)、心血管死、全死因死亡について、ランダム効果モデルを用いてMantel-Haenszel法によりリスク比(RR)および95%信頼区間(CI)を算出した。また、割り付け前の1年以内の急性冠症候群(ACS)の有無で層別化した。複合心血管イベントが有意に36%低下 発表済みの5試験と未発表の1試験に参加した6,735例(ワクチン群3,373例、プラセボ/対照群3,362例)が解析の対象となった。全体の患者背景は、平均年齢67歳、女性51.3%、心疾患の既往歴36.2%で、平均フォローアップ期間は7.9ヵ月であった。 発表済みの5試験の解析では、1年以内の複合心血管イベントの発症率はインフルエンザワクチン群が2.9%(95/3,238例)であり、プラセボ/対照群の4.7%(151/3,231例)に比べ有意に低かった(RR:0.64、95%CI:0.48~0.86、p=0.003)。 ACSの既往歴のある患者では、インフルエンザワクチン接種による複合心血管イベントの抑制効果が認められた(RR:0.45、95%CI:0.32~0.63、p<0.001)が、既往歴のない患者では有意な抑制効果はみられず(0.94、0.55~1.61、p=0.82)、ACSによる交互作用が示唆された(交互作用検定:p=0.02)。 1年以内の心血管死(ワクチン群1.3% vs プラセボ/対照群1.7%、RR:0.81、95%CI:0.36~1.83、p=0.61)および全死因死亡(1.9 vs 2.1%、0.85、0.45~1.61、p=0.62)には有意な差はみられなかった。 未発表の1試験のデータを加えても、結果は同様であった。 著者は、「インフルエンザワクチン接種により、心血管疾患のリスクが高い患者において有害な心血管イベントのリスクが低下した」と結論し、「これらの知見を検証し、心筋梗塞や脳卒中などの個々の心血管エンドポイントを評価するために、適切なパワーを備えた大規模な多施設共同試験を行う必要がある」と指摘している。

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CABGとPCI、健康状態もCABGのほうが良好-糖尿病の多枝冠動脈疾患患者-/JAMA

 糖尿病を有する多枝冠動脈疾患患者の血行再建戦略では、冠動脈バイパス移植術(CABG)のほうが薬剤溶出ステント(DES)を用いた経皮的冠動脈インターベンション(PCI)よりも、中期的な健康状態やQOLが良好なことが、米国Saint Luke’s Mid America Heart InstituteのMouin S Abdallah氏らが行ったFREEDOM試験のサブ解析で示された。本試験ではすでに、CABGはDESによるPCIに比べ死亡率や心筋梗塞の発生率は低いが、脳卒中の頻度が高いことが報告されている。JAMA誌2013年10月16日号掲載の報告。治療法別の全般的な健康状態への影響を評価 FREEDOM試験の研究グループは、今回、CABGおよびDESによるPCIが、糖尿病を合併する多枝冠動脈疾患患者の全般的な健康状態に及ぼす影響について評価を行った。 本無作為化試験には、2005~2010年までに18ヵ国から糖尿病と多枝病変を有する患者1,900例が登録された。初回治療としてCABGを施行する群に947例が、PCIを行う群には953例が割り付けられた。ベースラインの健康状態の評価は1,880例[CABG群935例(平均年齢63.0歳、男性69.8%)、PCI群945例(63.2歳、73.2%)]で行われた。 健康状態については、シアトル狭心症質問票(SAQ)を用いて患者の自己申告による狭心症の頻度、身体機能の制限、QOLの評価を行った(ベースライン、1、6、12ヵ月後、その後は年に1回)。個々の評価スケールは0~100でスコア化した(スコアが高いほど健康状態が良好)。混合効果モデルを用いて治療法の影響を縦断的に解析した。再血行再建術の施行率の差も一因か ベースライン時のSAQ平均スコア(SD)は、CABG群の狭心症頻度が70.9(25.1)、身体機能制限が67.3(24.4)、QOLは47.8(25.0)で、PCI群はそれぞれ71.4(24.7)、69.9(23.2)、49.2(25.7)であった。 2年後のSAQ平均スコア(SD)は、CABG群がそれぞれ96.0(11.9)、87.8(18.7)、82.2(18.9)、PCI群は94.7(14.3)、86.0(19.3)、80.4(19.6)であり、いずれもCABG群で有意に良好であった。平均治療ベネフィット(>0でCABG群が良好)は、狭心症頻度1.3ポイント(95%信頼区間[CI]:0.3~2.2、p=0.01)、身体機能制限4.4ポイント(同:2.7~6.1、p<0.001)QOL:2.2ポイント、95%CI:0.7~3.8、p=0.003)であった(群間の比較のp<0.01)。 2年以降は、2つの血行再建戦略における患者申告によるアウトカムに差はなくなり、全般に同等となった。 著者は、「糖尿病を有する多枝冠動脈疾患患者では、CABG施行例のほうがDESによるPCI施行例よりも中期的な健康状態やQOLが良好であったが、そのベネフィットの程度は小さなもので、2年以降は両群間の差はなくなった」とまとめ、「このような差の原因の1つとして、PCI施行例では再血行再建術の施行率が高かったことが挙げられる」と指摘している。

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第19回 PTCAで患者が死亡した場合の医師の責任 診療ガイドラインからの考察

■今回のテーマのポイント1.循環器疾患の訴訟では、急性冠症候群が最も多い疾患であり、PTCA(経皮的冠動脈形成術)の適応が最も多く争われている2.PTCAの適応を判断するに当たり、裁判所は、ガイドラインを重視している3.ガイドラインに反する診療を行う場合には、より高度な説明義務が課せられる事件の概要患者X(60歳)は、平成11年8月下旬に近医にて心電図異常を指摘されたことから、同年9月9日、精査目的でY病院を受診しました。Y病院にて、冠動脈造影および運動負荷タリウム心筋スペクト検査を受けた結果、右冠動脈#3に100%狭窄、左前下行枝#6に75%、#7および#8に90%の狭窄、左回旋枝#14に75%、#15に75%狭窄が認められたものの、左心室造影の結果、駆出率は73%と正常範囲であり、全周性に壁運動は保たれていたことから、冠動脈末梢部分の陳旧性心筋梗塞と診断されました。Xは、平成12年2月7日にY病院に入院し、翌8日、左前下行枝#6、#7および#8に対しPTCAが行われました。その後、5月15日に行われた冠動脈造影において、右冠動脈#3に100%狭窄、左回旋枝#15に75%を含む3ヵ所の狭窄のほか、前回PTCAを行った左前下行枝#6から#8、#9くらいのところまで、血流の遅延を伴う程度の99%狭窄が認められ、左心室造影では、左前下行枝の高度狭窄の影響と考えられる壁運動の低下が認められ、駆出率も61%と低下していること、また、前回造影時より側副血行路の発達が認められました。Xは、5月19日にY病院に入院し、22日に2回目のPTCAを受けました。しかし、PTCA施行中に左前下行枝中間部に穿孔が生じてしまい、心嚢ドレナージなど処置が行われたものの、左冠動脈主幹部に血栓性閉塞が生じ、これに対し緊急冠動脈バイパス手術が行われたのですが、翌23日、Xは死亡しました。これに対し、Xの相続人達は、(1)XにはPTCAの適応がなかったこと、(2)PTCAの手技上のミスがあったこと、(3)PTCAを施行するにあたって説明義務違反があったことなどを理由に、Y病院に対し、約8,000万円の損害賠償を請求しました。事件の判決ある症状に対して、一般的適応のある治療行為が行われた場合は、原則として、正当な医療行為と認められ、違法性を有しない(他人の身体に対して侵襲を加えることの違法性が阻却される。)が、一般的適応のない治療行為が行われた場合(当該症状が治療行為の必要のないものであったり、当該治療行為が当該症状に対しては治療効果を期待できないものであったり、治療効果に比して不相応に大きな危険を伴うものであったような場合)は、原則として、その治療行為は違法性を有するものと解される。もっとも、一般的適応のある治療行為であっても、患者の意識がないなど、患者の同意を得ることができないような状況にない限り、患者の自己決定権に基づく同意は必要であり、患者の同意がない場合は、原則として、その治療行為は違法性を有するものと解される。一般的適応については、一応、以上のように解することができるとしても、具体的な治療の場面では、当該治療行為を行う医療従事者の能力(知識・経験、技術を含む)の問題、当該治療行為に必要な医療設備ないし医療環境(助力を求めることができる他の医療従事者の有無等)の問題等、他の要因も加わって当該治療を実施することの適法性が判断されることになり、一般的適応があっても、知識・経験、技術等の点から当該医療従事者あるいは当該医療機関が当該治療行為を行うことは許されない場合もありうるし、一般的適応に欠けるところがあっても、患者の同意があれば、当該治療行為を行うことが許される場合もありうる。例えば、医療技術の進歩の著しい分野においては、一般的適応があるとはいえないが、一定の能力を有する医療従事者が、患者の同意を得て、一定の医療設備及び医療環境のもとで実施する場合には、一定の治療効果が期待できるので、当該治療行為が許されるという場合もありうるし、当該治療の実施例が少なく、当該治療行為の危険性についても、治療効果についても十分に検証されているとはいえないが、そのことを十分に患者が理解し、当該治療行為の実施を患者が望めばこれを実施することも許されるという場合もありえよう。一般的適応に欠けるところがあっても、患者の同意によって当該治療行為を行うことが許される場合について、これを患者の同意があれば当該治療行為の適応があるというのか、適応はないが、患者の同意によって治療行為としての正当性が認められるというのかは、表現の違いにすぎず、法的には、いずれにしても、患者の同意があってはじめて当該治療行為が正当な医療行為として認められるものと解される。そして、この場合の患者の同意は、一般的適応がある場合の同意と連続性を有するものではあるが、一般的適応のある治療行為が、それ自体で、原則として正当な医療行為と認められるのに対して、一般的適応に欠ける治療行為は、患者の同意があってはじめて治療行為としての正当性が認められるという意味で、より重い意義を有するものというべきである。このように、違法性の有無、軽重の観点から考えると、治療行為の適応の問題は、当該治療行為に対する患者の同意の問題と切り離すことはできない。そして、当該治療行為について、その内容を十分理解した上でその実施に患者が同意したかどうか、すなわち、当該同意が、患者の自己決定権の行使としての同意、あるいは、一般的適応に欠ける治療行為について正当性を与えるための同意として有効なものといえるかどうかは、患者が同意するか否かを合理的に判断できるだけの情報が医療従事者から患者に対して与えられたかどうか、すなわち、説明義務が尽くされたかどうかにかかることになる。・・・(中略)・・・本件適応ガイドラインに従うと、本件PTCAは(前回PTCAも)、危険にさらされた側副血行路派生血管の病変に対するもので、原則禁忌に該当するものであったということになるし、ガイドラインの記載に従えば、本件PTCAを実施するのであれば、まず、右冠動脈3番の狭窄に対してPTCAを行ってはじめて本件PTCAを行うことが許されるものであったということになるので、特段の事情がない限り、本件PTCAは一般的適応を欠くものであったというべきである。(*判決文中、下線は筆者による加筆)(東京地判平成16年2月23日判タ1149号95頁)ポイント解説今回は、各論の3回目として、循環器疾患を紹介します。循環器疾患で最も訴訟が多い疾患は、急性冠症候群です。1)急性冠症候群に関する判決とその傾向心筋梗塞や狭心症といった急性冠症候群は、普通に日常生活を送っていた人が急速な転帰をたどり死に至ることから、争われやすい疾患といえる一方、年間死亡数が急性心筋梗塞とその他虚血性心疾患で77,217人(平成22年)と非常に多く、死亡率もいまだに高く致死的な疾患であることから、特に最近では原告勝訴率があまり高くないという特徴があります(表1)。急性冠症候群に関する訴訟において争点となるのは、本件においても争われているPTCAの適応についてが最も多く、ついで診断の遅れ、手技ミス、説明義務違反となっています(表2)。2)PTCAの適応に関する裁判所の判断わが国のCCU(心疾患集中治療室)は多くの場合、カテーテル治療を行う循環器内科医が中心となって運営されていることから、畢竟、カテーテル治療が優先的に選択される傾向があり、本判決においても、「PTCAについては、内科医が適応を決定することが多く、CABG(冠動脈大動脈バイパス移植術)よりもPTCAに重点を置いた説明がなされる傾向があるというのであり(鑑定人)、CABGよりもPTCAが患者に好まれる傾向がある」と判示されています。しかし、PTCAの適応については、本判決でも引用されているように「冠動脈疾患におけるインターベンション治療の適応ガイドライン」が作成されており、これによると、PTCAの原則禁忌として、「(1)保護されていない左冠動脈主幹部病変、(2)3 枝障害で 2 枝の近位部閉塞、(3)血液凝固異常、(4)静脈グラフトのび漫性病変、(5)慢性閉塞性病変で拡張成功率の極めて低いと予想されるもの、(6)危険にさらされた側副血行路」が挙げられています。したがって、これら禁忌に該当する場合にもかかわらずPTCAが選択された場合には、第15回でも解説した通り、違法と判断されやすくなることから注意が必要となります。本件では、2枝病変で左前下行枝近位部に病変があることから、同ガイドラインによると一般的にCABGの適応であり、その上、左前下行枝に危険な側副血行路が認められ、PTCAの原則禁忌(6)に該当することから、「特段の事情がない限り、本件PTCAは一般的適応を欠くものであった」と判断されています。3)一般的適応を欠く場合における説明義務本判決の最大の特徴は、ガイドラインに適合しない治療を行う場合には、説明義務が加重されると判示した点にあります。その結果、説明義務違反があったとされ、精神的慰謝料として約1,300万円もの損害賠償が認められています。医療は進歩し続けており、新しいより良い治療を模索する諸活動が日々行われています。その中でも、まったくの新規の治療法のような研究的色彩が強いものは、臨床研究としてIRB(倫理審査委員会)の承認を経て、しっかりとしたインフォームド・コンセント(説明と同意)の下、行われるべきであることはいうまでもありません。また、一般論として、一般的適応を欠く治療を行う場合には、より丁寧なインフォームド・コンセントが行われるべきであるということも首肯できます。しかし、この一般的適応性判断を行うに当たり、ガイドラインを重視しすぎることは、本連載でも述べている通り、現状のガイドラインのあり方、そもそもとしての医療におけるガイドラインの意義を鑑みると勇み足といわざるを得ません(ただし、本件は控訴され、高裁判決では説明義務違反はないとして病院側の逆転勝訴となっています)。ただ、本判決も含め、司法はガイドラインを重視しますので、現状においては、ガイドラインに従うか否かにかかわらず、患者に対し、(1)ガイドラインが存在すること(2)それを踏まえて個別具体的に判断した結果、当該治療方針が適切であると考えていることを説明することが肝要といえます。裁判例のリンク次のサイトでさらに詳しい裁判の内容がご覧いただけます。(出現順)東京地判平成16年2月23日判タ1149号95頁

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MRSA感染症が原因で心臓手術から6日後に死亡したケース

感染症最終判決判例時報 1689号109-118頁概要心臓カテーテル検査で冠状動脈3枝病変が確認され、心臓バイパス手術が予定された63歳男性。手術前に咳、痰、軽度の咽頭痛が出現し、念のため喀痰を培養検査に提出したが、検査結果を待たずに予定通り手術が行われた。術後から38℃以上の発熱が続き、喀痰やスワンガンツカテーテルの先端からはMRSAが検出された。集中治療にもかかわらずまもなくセプシスの状態となり、急性腎不全が原因で術後6日目に死亡した。なお、術後に問題となったMRSAは術前の喀痰培養で検出されたものと同一であった。詳細な経過患者情報既往症として脳梗塞、心筋梗塞を指摘されていた63歳男性経過1991年1月近医の負荷心電図検査で異常を指摘された。2月18日某大学病院外科を紹介受診。ニトロールRを処方され外来通院開始(以後手術まで胸痛はなく病態は安定)。3月4日~3月6日心臓カテーテル検査のため入院。■冠状動脈造影結果左冠状動脈前下行枝完全閉塞左回旋枝末梢の後側壁枝部分で閉塞右冠状動脈50~75%の狭窄心拍出量3.84L左心室駆出率56%左室瘤および心尖部の血栓(+)以上の所見をもとに、主治医はACバイパス手術を勧めた。患者は仕事が一段落するのを待って手術を承諾(途中で海外出張もこなした)。5月28日大学病院外科に入院、6月12日に手術が予定された。6月4日頭部CT検査で右大脳基底核、右視床下部の脳梗塞を確認。神経内科の診察では右上下肢の軽度知覚障害、右バビンスキー反射陽性が確認された。6月8日(手術4日前)咳と喉の痛みが出現。6月9日(手術3日前)研修医が診察し、咳、痰、軽度の咽頭痛などの所見から上気道炎と診断し、イソジンガーグル®、トローチなどを処方。6月10日(手術2日前)研修医の指示で喀痰の細菌培養を提出(研修医から主治医への報告なし)。6月12日09:00~18:00ACバイパス手術施行。6月13日00:00~4:00術後の出血がコントロールできなかったため再開胸止血術が行われた。09:00体温38.7℃、白血球5,46013:00手術前に提出された喀痰培養検査でMRSA(感受性があるのはゲンタマイシン、ミノマイシン®のみ)が検出されたと報告あり。主治医は術後の抗菌薬として(MRSAに感受性のない)パンスポリン®、ペントシリン®を投与。6月14日体温38.6℃、白血球12,900、強い腹痛が出現。6月15日体温38.9℃、白血球11,490、一時的な低酸素によると思われる突然の心室細動、心停止を来したが、心臓マッサージにより回復。6月16日体温39.5℃と高熱が続く。主治医はMRSA感染をはじめて疑い、感受性のあるゲンタマイシンを開始。再度喀痰培養を行ったところ、術前と同じタイプのMRSAが検出された。6月17日顔面、口角を中心としたけいれんが出現し、意識レベルが低下。また、尿量が減少し、まもなく無尿。カリウムも徐々に上昇し最高値8.1となり、心室細動となる。スワンガンツカテーテル先端からもMRSAが検出されたが、血液培養は陰性。6月18日12:30腎不全を直接死因として死亡(術後6日目)。当事者の主張患者側(原告)の主張1.培養検査の結果を待たずに手術を行った過失今回の手術は緊急性のない待機的手術であったのに、喀痰検査の結果を確認することなく、さらにMRSAの除菌を完全に行わずに手術に踏み切ったのは主治医の過失である2.術後管理の過失手術直後からMRSA感染が疑われる状況にありながら、MRSAに効果のある薬剤を開始するのが4日も遅れたために適切な治療を受ける機会を逸した3.死亡との因果関係担当医の過失によりMRSA感染症による全身性炎症反応症候群からショック状態となり、腎不全を引き起こして死亡した病院側(被告)の主張1.培養検査の結果を待たずに手術を行った点について入院病歴から判断して狭心症重症度3度に該当する労作性狭心症であり、左冠状動脈前下行枝完全閉塞、右冠状動脈75%狭窄、心筋虚血のある状態ではいつ何時致命的な心筋梗塞が発症しても不思議ではなかったので、速やかに手術を行う必要があったまた、一般にすべての心臓手術前に細菌培養検査を実施する必要はないので、本件でも術前に行った喀痰培養の結果が判明するまで手術を待つ必要はなかった。確かに術前の喀痰検査でMRSAが陽性であったが、術前はMRSAの保菌状態にあったに過ぎず、MRSA感染症は発症していない2.術後管理について心臓手術後は通常みられる術後急性期の経過をたどっており、MRSA感染症を発症したことを考えるような臨床所見はなかった。そして、MRSAを含めた感染症の可能性を考えて、各種培養検査を行い、予防的措置として広域スペクトラムを持つ抗菌薬を投与するとともに術前の喀痰培養で検出されたMRSAに感受性を示す抗菌薬も開始した3.死亡との因果関係死亡に至るメカニズムは、元々の素因である脳動脈硬化性病変によりけいれん発作が出現し、循環動態が急激に悪化して急性腎不全となり、心停止に至ったものである。MRSAは喀痰およびスワンガンツカテーテルの先端から検出されたが、血液培養ではMRSAが検出されていないのでMRSA感染症を発症していたとはいえず、死亡とMRSA感染症は関係ない裁判所の判断緊急性のない心臓バイパス手術に際し、上気道炎に罹患していることに気付かず、さらに喀痰培養の検査中であることも見落として検査結果を待つことなく手術を行ったのは主治医の過失である。さらに術後高熱が続いているのに、術前の喀痰培養でMRSA、が検出されたことを知った後もMRSA感染症を疑わず、MRSAに感受性のある抗菌薬を投与したのは症状がきわめて悪化してからであったのは術後管理の明らかな過失である。その結果MRSA感染症からセプシスとなり、急性腎不全を併発して死亡するという最悪の結果を迎えた。原告側合計3億257万円の請求に対し、1億5,320万円の判決考察MRSAがマスコミによって大きく取り上げられ社会問題化してからは、多くの病院で「院内感染症対策マニュアル」が整備され、感染症対策委員会を設けて病院全体としてMRSAをはじめとする院内感染に細心の注意を払うようになったと思います。今回の大学病院でも積極的に院内感染症対策に取り組み、緊急の場合を除いて感染症の所見があれば(たとえ軽症であっても)MRSA感染の有無を確認し、もしMRSA感染が判明すれば侵襲の大きい手術は行わないという原則が確立していました。こうしたMRSAに対する十分な配慮が行われていたにもかかわらず、なぜ今回のような事故が発生したのでしょうか。その答えとして真っ先に思い浮かぶのが、「院内のコミュニケーション不足」であると思います。今回の手術に際して、患者さんと頻繁に接していたのはネーベンである研修医であったと思います。その研修医が患者さんから手術の3日前に「喉が痛くて咳や痰がでる」という症状の申告を受けたため、イソジンガーグル®によるうがいを励行するように指導し、トローチを処方しました。そして、「念のため」ではあると思いますが、痰がでるという症状に対し細菌感染を疑って喀痰培養を指示しました。以上の対応は、研修医としてはマニュアル化された範囲内でほぼ完璧であったと思います。ところが、この研修医はオーベンである主治医に培養検査を行ったことを報告しなかったうえに(実際には報告したのにオーベンが忘れていたのかもしれません)、おそらく培養検査を提出したこと自体を失念したのでしょうか、検査結果がでるのを待たずに予定通り手術が行われてしまいました(通常の培養検査は結果が判明するまでに3~4日はかかりますので、手術の2日前に培養検査を提出したのであれば、培養結果の報告は早くても手術当日か手術直後になることを当然予測しなければなりません)。その背景として、複数の患者を受け持つ一番の下働きである研修医は、日常のオーダーを出すだけでもてんてこ舞いで、寝る時間も惜しんで働いていたであろうことは容易に想像できます。そのためにたかが風邪に対する喀痰培養検査に重きを置かなかったことは、同じ医師としてやむを得ない面はあると理解はできます。一方で、研修医に間違いがないかどうかをチェックするのがオーベンの重要な仕事であるのに、今回のオーベンは術前に喀痰培養検査が行われたことなどつゆ知らず、ましてや手術の翌日に「術前喀痰培養でMRSA陽性」と判明した後も何ら対策をとりませんでした。おそらく、「MRSAが検出されたといっても、院内に常在する細菌なので単なる「保菌状態」であったのだろう、術前には大きな問題はなかったのでまさかMRSA感染症にまで発展するはずはない」と判断したのではないかと思います。つまり本件では、「術前に喀痰培養を行ったので、手術をするにしても培養結果がでてからにしてください」とオーベンにいわなかった研修医と、「研修医が術前に喀痰培養を行った」ことをまったく知らなかった(普段から研修医の出す指示をチェックしていなかった?)オーベンに問題があったと思います(なお裁判では監督責任のあるオーベンだけが咎められて、研修医は問題になっていません)。心臓手術のように到底一人の医師だけではすべてを担当できないような病気の場合には、チームとして治療に当たる必要があります。つまり一人の患者さんに対して複数の医師がかかわることになりますので、医師同士のコミュニケーションをなるべく頻繁にとり、たとえ細かいことであってもできる限り情報は共有しておかなければなりません。そうしないと今回の事例のような死角が生じてしまい、結果として患者さんはもちろんのこと、医師にとってもたいへん不幸な結果を招く可能性があるという、重要な教訓に与えてくれるケースであると思います。感染症

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急性心筋梗塞の再潅流療法において血栓吸引は有用か?(コメンテーター:上田 恭敬 氏)-CLEAR! ジャーナル四天王(131)より-

本論文は、スウェーデンの国家的レジストリーであるSwedish Coronary Angiography and Angioplasty Registry(SCAAR)に登録されている患者に加えて、デンマークの追加施設から同レジストリーシステムへ登録される患者を対象として行われた多施設、前向き、オープンラベル、無作為化比較対照試験Thrombus Aspiration in ST-Elevation Myocardial Infarction in Scandinavia(TASTE) trialの結果についての報告である。 対象症例は発症24時間以内のST上昇型急性心筋梗塞であり、マニュアルによる血栓吸引療法の有用性を30日以内の全死亡(一次エンドポイント)で評価している。二次エンドポイントは、30日以内の再梗塞による入院、ステント血栓症、標的血管再血行再建術(TVR)施行、標的病変再血行再建術(TLR)施行、および全死亡と再梗塞の複合エンドポイントとしている。7,244例がランダム化され、結果としてはいずれのエンドポイントにも群間に有意差を認めなかったことから、血栓吸引療法に有用性を認めないとしている。 たしかに、ここで設定されたエンドポイントに著明な有意差がつくほどの効果はないのであろう。しかし、もともと血栓吸引療法をしない場合に、血栓の末梢塞栓やslow flow/no flowが生じてSTの再上昇や梗塞サイズの増大を生じたと思われる症例はまれであり、さらにそれらを生じた症例中にはプラーク内容物の末梢塞栓が原因で、血栓吸引療法では予防できない症例も含まれていることを考慮すると、血栓吸引療法が単独で心機能保護に役立つ症例は非常にまれと思われ、死亡率低下にまで役立つ症例はさらにまれと思われる。ただし、末梢の血管構築が見えるようになることで、その後のPCI手技が容易になるために合併症が減るといった効果も、とくに未熟な術者に対しては期待される。 さらに、特定のサブ集団では血栓吸引療法の有用性が示される可能性も残されていると考える。実際、この試験において4,697例がランダム化されずに除外されており、血栓吸引療法が必要との判断で除外された症例も7%含まれることや、血栓吸引療法非施行群に割り付けられたのに実際には施行された症例や、その逆のクロスオーバー症例がそれぞれ5%、6%含まれることが記載されており、これらのために血栓吸引療法の効果が過小評価されてしまったのではないかとの危惧が残る。 これらのことを考慮すれば、本試験の結果の解釈は、血栓吸引療法には「ルーチン使用した場合に死亡などのアウトカムを有意に改善するほどの著明な効果はないが、逆に有害でもない」、さらに「有用性が示される特定のサブ集団が存在するか否かについてはさらに検討が必要である」とすべきである。有害でないことが示され、有用性が完全には否定されていないと思われる血栓吸引療法に関しては、現時点ではその施行を容認すべきではないだろうか。 同様の状況は末梢保護デバイスについてもあてはまる。これまでに存在するエビデンスからは、急性冠症候群や安定狭心症症例全体において末梢保護デバイスの有用性は示されていないが、slow flow/no flowの高リスク症例を対象とすることによってその有用性を示そうとする臨床試験がいくつか進行中である。末梢保護デバイスが有用な症例が存在することは、経験的には多くの循環器専門医が認めるだろうが、それをエビデンスとして示すことは難しいようである。 本当にその治療法を必要とする対象をランダム化できない限り、その効果を正しく判断することはできない。本論文のような結果に基づいて血栓吸引療法をすべきでないと短絡的に主張する者が現れ、実際は有用である可能性がある治療法を葬り去ることにならないかと危惧する。

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DPP-4阻害薬、糖尿病の虚血性イベント増減せず/NEJM

 DPP-4阻害薬サキサグリプチン(商品名:オングリザ)は、心血管イベント既往またはリスクを有する2型糖尿病患者の治療において、心不全入院率は上昇するが虚血性イベントは増大も減少もしなかったことが、米国・ハーバードメディカルスクールのBenjamin M. Scirica氏らによるSAVOR-TIMI 53試験の結果、示された。著者は「サキサグリプチンは糖尿病患者において、血糖コントロールを改善するが、心血管リスクを低下させるにはその他のアプローチが必要である」と結論している。本研究は、2013年9月2日、オランダ・アムステルダム市で開催された欧州心臓病学会(ESC)で報告され、同日付けのNEJM誌オンライン版に掲載された。1万6,492例を対象にサキサグリプチンの有効性と安全性を評価 SAVOR-TIMI 53試験は、心血管イベントリスクを有する患者の心血管アウトカムについてサキサグリプチンの有効性と安全性を評価する第4相の多施設共同無作為化二重盲検プラセボ対照試験。対象は、HbA1c 6.5~12.0%で心血管イベントの既往またはリスクを有する2型糖尿病患者であった。 26ヵ国788施設において1万6,492例の被験者が1対1の割合で、サキサグリプチン(5mg/日、eGFR≦50mL/分の患者は2.5g/日)を投与される群(8,280例、平均年齢65.1歳、女性33.4%、2型糖尿病罹病期間中央値10.3年、HbA1c 8.0%、BMI平均値31.1)またはプラセボを投与される群(8,212例、65.0歳、32.7%、10.3年、8.0%、31.2)に割り付けられ、中央値2.1年間(最長2.9年間)追跡を受けた。なお担当医は、血糖降下薬を含むその他の薬物を調整することが許されていた。 主要エンドポイントは、心血管死・心筋梗塞・脳梗塞の複合であった。心不全による入院は増大するが、その他の虚血性イベントは増減せず 主要エンドポイントの発生は、サキサグリプチン群613例、プラセボ群609例であった。発生率は2年時Kaplan-Meier推定値で7.3%対7.2%、サキサグリプチンのハザード比は1.00(95%信頼区間[CI]:0.89~1.12)だった(優越性p=0.99、非劣性p<0.001)。この結果は、治療継続(投与を中止しなかった)患者における解析でも同様であった(ハザード比:1.03、95%CI:0.91~1.17、p=0.60)。 主要副次複合エンドポイント(心血管死・心筋梗塞・脳卒中・不安定狭心症入院・冠動脈再建術・心不全)の発生は、サキサグリプチン群1,059例、プラセボ群1,034例だった。発生率は2年時Kaplan-Meier推定値で12.8%、12.4%で、サキサグリプチンのハザード比は1.02(95%CI:0.94~1.11)だった(p=0.66)。 個別にみた副次エンドポイントでは、心不全による入院について有意差がみられ、プラセボ群よりもサキサグリプチン群のほうがより発生が多かった(3.5%対2.8%、ハザード比:1.27、95%CI:1.07~1.51、p=0.007)。 急性膵炎(サキサグリプチン群0.3%、プラセボ群0.2%)および慢性膵炎(両群とも0.1%)と診断された割合は、両群で同程度であった。 以上の結果から著者は、「DDP-4阻害薬サキサグリプチンは、心不全による入院を増大したが、虚血性イベントは増大も減少もしなかった。サキサグリプチンは血糖コントロールを改善するが、2型糖尿病の患者において心血管リスクを低下させるには、その他のアプローチが必要である」と結論している。

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DPP-4阻害薬、糖尿病の心血管リスク増大せず/NEJM

 新規DPP-4阻害薬アログリプチン(商品名:ネシーナ)は、直近の急性冠症候群(ACS)既往歴のある2型糖尿病患者の治療において、心血管リスクを増加させずに糖化ヘモグロビン(HbA1c)を改善することが、米国・コネチカット大学のWilliam B. White氏らが行ったEXAMINE試験で示された。糖尿病患者では、血糖値の改善により細小血管合併症リスクが低下する可能性があるが、大血管イベントへの良好な効果は示されておらず、米国FDAをはじめ多くの国の監督機関は、新規の抗糖尿病薬の承認前後で、心血管系の安全性プロフィールの包括的な評価を求めている。本研究は、2013年9月2日、オランダ・アムステルダム市で開催された欧州心臓病学会(ESC)で報告され、同日付けのNEJM誌に掲載された。心血管アウトカムをプラセボとの非劣性試験で評価 EXAMINE試験は、ACSの既往歴を有する2型糖尿病患者における、アログリプチンのプラセボに対する心血管アウトカムの非劣性を評価する二重盲検無作為化試験。対象は、HbA1c 6.5~11.0%(インスリン投与例は7.0~11.0%)で、DPP-4阻害薬やGLP-1受容体作動薬以外の抗糖尿病薬の投与を受け、割り付け前15~90日にACS(急性心筋梗塞、入院を要する不安定狭心症)を発症した2型糖尿病患者であった。 被験者は、2型糖尿病および心血管疾患の標準治療に加えて、アログリプチンまたはプラセボを投与する群に無作為に割り付けられた。主要評価項目は、心血管死、非致死的心筋梗塞、非致死的脳卒中の複合エンドポイントであり、ハザード比(HR)の非劣性マージンは1.3に設定された。 アログリプチンの投与量は、ベースラインの推定糸球体濾過量に基づき71.4%には25mg/日が投与され、25.7%は12.5mg/日、2.9%は6.25mg/日の投与を受けた。最長40ヵ月、中央値18ヵ月のフォローアップが行われ、投与期間中央値は533日だった。約50ヵ国900施設、5,000例以上で、安全性を確認 2009年10月~2013年3月までに日本を含む49ヵ国898施設から5,380例が登録され、アログリプチン群に2,701例(年齢中央値61.0歳、男性67.7%、2型糖尿病罹病期間中央値7.1年、HbA1c 8.0%、BMI中央値28.7)、プラセボ群には2,679例(61.0歳、68.0%、7.3年、8.0%、28.7)が割り付けられた。 主要評価項目の発生率はアログリプチン群が11.3%(305例)、プラセボ群は11.8%(316例)であり、HRは0.96、信頼区間(CI)上限値は1.16であり、アログリプチンはプラセボに対し非劣性であった(非劣性:p<0.001、優越性:p=0.32)。 主要評価項目に入院後24時間以内の不安定狭心症による緊急血行再建術を加えた副次的評価項目の発生率は、アログリプチン群が12.7%(344例)、プラセボ群(359例)は13.4%であり、両群間に有意な差はみられなかった(HR:0.95、CI上限値:1.14、優越性:p=0.26)。 ベースラインから試験終了までのHbA1cの変化率は、アログリプチン群が-0.33%、プラセボ群は0.03%であり、最小二乗平均差は-0.36(95%CI:-0.43~-0.28)と有意な差が認められた(p<0.001)。 重篤な有害事象の発生率は、アログリプチン群が33.6%、プラセボ群は35.5%(p=0.14)であり、低血糖、がん、膵炎、透析導入の頻度にも両群間に差はなかった。 著者は、「アログリプチン投与により、心血管死、非致死的心筋梗塞、非致死的脳卒中がプラセボよりも増加することはなかった」とまとめ、「これらのデータは、心血管リスクが著しく高い2型糖尿病患者の治療において、抗糖尿病薬を選ぶ際の指標として有用と考えられる」と指摘している。

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重度狭窄部への予防的PCIが予後改善/NEJM

 ST上昇型急性心筋梗塞(STEMI)患者への救急時の経皮的冠動脈インターベンション(PCI)において、梗塞部に加え重度狭窄部への予防的PCIを施行することは、重大心血管イベントリスクを有意に低下することが、英国・ロンドン大学クイーンメアリー校のDavid S. Wald氏らによる無作為化試験PRAMIの結果、示された。これまで同患者における梗塞部へのPCI施行が予後を改善することは明らかであったが、予防的PCIの予後改善効果は不明であった。NEJM誌オンライン版2013年9月1日号掲載の報告より。予防的PCI群と非予防的PCI群を比較し予後改善を評価 PRAMI試験は2008~2013年の間、英国内5つの医療施設で行われた。465例のSTEMI(3例は左脚ブロック患者)で梗塞部PCIを受けた患者を登録し、予防的PCI群(234例)または非予防的PCI群(梗塞部のみにPCI施行、231例)に無作為に割り付けて行われた。 主要アウトカムは、心臓関連死・非致死的心筋梗塞・難治性狭心症の複合とし、intention-to-treat解析にて評価した。予防的PCI群の複合アウトカム発生ハザード比0.35 試験は2013年1月までに、データおよび安全性モニタリング委員会によって結果が確定的であるとみなされ、試験の早期中止が勧告された。平均追跡期間は23ヵ月であった。 同期間中の主要アウトカムの発生は、予防的PCI群21例に対し、非予防的PCI群は53例であった。イベント発生率に換算するとそれぞれ100患者当たり9例、23例の発生に相当した(予防的PCI群のハザード比:0.35、95%信頼区間[CI]:0.21~0.58、p<0.001)。 主要複合アウトカムの3つの死亡について個別にみると、心臓関連死亡は0.34(95%CI:0.11~1.08、p=0.07)、非致死的心筋梗塞0.32(同:0.13~0.75、p=0.009)、難治性狭心症0.35(同:0.18~0.69、p=0.002)だった。 これらの結果について、事前規定の5つの共変量(年齢、性、糖尿病の有無、梗塞部位、狭窄を有する冠動脈数)、試験施設の影響はなかった。

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統合失調症患者、合併症別の死亡率を調査

 統合失調症は、重大な併存疾患と死亡を伴う主要な精神病性障害で、2型糖尿病および糖尿病合併症に罹患しやすいとされる。しかし、併存疾患が統合失調症患者の超過死亡につながるという一貫したエビデンスはほとんどない。そこで、ドイツ・ボン大学のDieter Schoepf氏らは、一般病院の入院患者を対象とし、統合失調症の有無により併存疾患による負担や院内死亡率に差異があるかどうかを調べる12年間の追跡研究を行った。European Archives of Psychiatry and Clinical Neuroscience誌オンライン版2013年8月13日号の掲載報告。統合失調症の併存疾患の大半は糖尿病合併症またはその他の環境因子に関与 対象は、2000年1月1日から2012年6月末までにマンチェスターにある3つのNHS一般病院に入院した成人統合失調症患者1,418例であった。1%以上の発現がみられたすべての併存疾患について、年齢、性別を適合させたコントロール1万4,180例と比較検討した。多変量ロジスティック回帰解析により、リスク因子(例:院内死亡の予測因子としての併存疾患など)を特定した。 統合失調症の併存疾患を比較検討した主な結果は以下のとおり。・統合失調症患者はコントロールに比べ緊急入院の割合が高く(69.8 vs. 43.0%)、平均入院期間が長く(8.1 vs. 3.4日)、入院回数が多く(11.5 vs. 6.3回)、生存期間が短く(1,895 vs. 2,161日)、死亡率は約2倍であった(18.0 vs. 9.7%)。 ・統合失調症患者では、うつ病、2型糖尿病、アルコール依存症、喘息、COPDに罹患していることが多く、併存疾患としては23種類も多かった。また、これらの大半は糖尿病合併症またはその他の環境因子に関与していた。・これに対し、高血圧、白内障、狭心症、脂質異常症は統合失調症患者のほうが少なかった。・統合失調症患者の死亡例において、併存疾患として最も多かったのは2型糖尿病で、入院中の死亡の31.4%を占めていた(試験期間中、2型糖尿病を併発している統合失調症患者の生存率はわずか14.4%であった)。・統合失調症患者においては、アルコール性肝疾患(OR:10.3)、パーキンソン病(OR:5.0)、1型糖尿病 (OR:3.8)、非特異的な腎不全(OR:3.5)、虚血性脳卒中(OR:3.3)、肺炎(OR:3.0)、鉄欠乏性貧血(OR:2.8)、COPD(OR:2.8)、気管支炎(OR:2.6)などが院内死亡の予測因子であることが示された。・コントロールとの比較において、統合失調症患者の高い死亡率に関連していた併存疾患はパーキンソン病のみであった。パーキンソン病以外の併存疾患に関しては、統合失調症の有無による死亡への影響に有意差は認められなかった。・統合失調症患者の死亡例255例におけるパーキンソン病の頻度は5.5%、試験期間中に生存していた1,163例におけるパーキンソン病の頻度は0.8%と、統合失調症患者の死亡例で有意に多かった(OR:5.0)。・また、統合失調症死亡例はコントロール死亡例に比べ、錐体外路症状の頻度が有意に高かった(5.5 vs. 1.5%)。・12年間の追跡調査により、統合失調症患者はコントロールに比べて多大な身体的負担を有しており、このことが不良な予後と関連していることが判明した。・以上のことから、統合失調症において、2型糖尿病および呼吸器感染症を伴うCOPDの最適なモニタリングと管理は、鉄欠乏性貧血、糖尿病細小血管障害、糖尿病大血管障害、アルコール性肝疾患、錐体外路症状の的確な発見ならびに管理と同様に細心の注意を払う必要がある。関連医療ニュース 検証!抗精神病薬使用に関連する急性高血糖症のリスク 抗精神病薬によるプロラクチン濃度上昇と関連する鉄欠乏状態 抗精神病薬と抗コリン薬の併用、心機能に及ぼす影響

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ACS症例に対するカテのタイミング:どこまで早く、どこまで慎重に?(コメンテーター:香坂 俊 氏)-CLEAR! ジャーナル四天王(124)より-

2013年現在、虚血性心疾患に対するカテーテル治療の適応は大まかに以下のようになっている。ST上昇心筋梗塞(STEMI) 基本的に緊急PCIは早ければ早いほど良い。発症から12時間以内であればほぼ適応となり、なるべくならばdoor-to-balloon time 90分以内で。12時間を経てしまった症例に関しては状態によって判断。なお、48~72時間を経てしまった症例に関しては、欧米のガイドラインではPCIの適応はないとされている。非ST上昇心筋梗塞/不安定狭心症(NSTEMI/UA) 緊急PCIの適応はリスクによる(後述)。安定狭心症(Stable Ischemic Heart Disease:SIHD) 症状が安定していれば基本的にPCI適応はない(至適薬物療法を行う)。ただし、虚血の領域が大きいなどリスクが高いと判断される場合はPCIやCABGが考慮される。  さて、今回の論文でもトピックとなっているNSTEMI/UAであるが、緊急PCIの適応についてはここ10年間大きな議論を呼んできた。2013年現在のスタンスは、基本的にTIMIスコアやGRACEスコアなどの定量的なリスク評価システムを使い、そのリスクが高ければ早めにPCIを考えるし、そうでなければ時間をおいて、ということになっている。 今回のカナダのグループの解析結果は、早期の侵襲的に治療によってAKIの発症に早期の侵襲的治療が関連しているとされており(長期的には透析の導入といった大きな問題はない)、この分野に一石を投じる内容となっている。 PCIを考えるにあたって常につきまとうのが合併症の問題だが、なかでも造影剤の使用による腎症の発症は大きな問題である。従来は、STEMIを筆頭として、緊急カテやPCIは早ければ早いほどよいと信じられてきたが、現在はリスクとのバランスを考えて適切な治療を選ぶ時代となっており、そのときにはこうした腎症のリスクというものは避けては通ることができない。 なおPCI後のAKI発症に関しては、最近PCI施行中の出血の大小が大きく関連しているとの報告もなされている(Ohno Y et al. J Am Coll Cardiol. 2013 Jun 12.)。蛇足ながら、AKI予防のためのヒントとして提示させていただく。

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心カテの閉塞性CAD診断率、北米の2州で大きな差/JAMA

 米国・ニューヨーク州の待機的心臓カテーテル検査による閉塞性冠動脈疾患(CAD)の診断率は、カナダ・オンタリオ州に比べ約15%も低いことが、臨床評価科学研究所(トロント市)のDennis T Ko氏らの検討で示された。同氏は「検査対象に含まれる低リスク例の差が原因」と推察している。同検査は、医療コストや診断効率の観点から、対象をより絞り込むべきとの意見がある一方で、重症CAD患者の同定に問題が生じたり、血行再建術が有効な患者を見逃す危険が指摘されている。同氏らはすでに、人口当たりの検査数はニューヨーク州がオンタリオ州の2倍に上り、これは疾病負担や選択基準の違いで説明可能なことを報告しているが、根本的な原因はわかっていなかった。JAMA誌2013年7月10日号掲載の報告。診断効率、予測発症率の寄与を2州で比較 研究グループは、ニューヨーク州とオンタリオ州における心臓カテーテル検査による閉塞性CADの診断効率を評価し、予測発症率に基づく検査対象の選択状況の比較を目的とする観察試験を行った。 解析には、New York Cardiac Catheterization DatabaseおよびCardiac Care Network of Ontario Cardiac Registryの登録データを使用した。対象は、年齢20歳以上、心疾患の既往歴がなく、2008年10月1日~2011年9月30日までに待機的心臓カテーテル検査を受けた安定期CAD患者とした。 閉塞性CADの定義は,左主冠動脈の50%以上の狭窄または主要な心外膜血管の70%以上の狭窄とした。また、3枝CADは、左冠動脈前下行枝、左冠動脈回旋枝、右冠動脈の70%以上の狭窄と定義した。診断率:30.4 vs 44.8%、予測発症率50%以上の割合:19.3 vs 41% ニューヨーク州は1万8,114例、オンタリオ州は5万4,933例が解析の対象となった。ニューヨーク州の患者のほうが若く(平均年齢:61.2 vs 63.7歳、p<0.001)、女性が多かった(45.3 vs 39.0%、p<0.001)。典型的な狭心症症状がみられない患者もニューヨーク州が多かった(55.7 vs 29.3%、p<0.001)。 心臓カテーテル検査前の非侵襲的な心筋虚血評価の施行率はオンタリオ州のほうが高く(63.2 vs 75.1%、p<0.001)、虚血評価例のうち高リスクと判定された患者はオンタリオ州が著明に高率だった(4.7 vs 50.9%、p<0.001)。施設の特徴にも差があり、PCIやCABGも施行可能な病院で心臓カテーテル検査を受けた患者はオンタリオ州のほうが多かった(56.9 vs 73.2%、p<0.001)。 心臓カテーテル検査施行例における閉塞性CADの診断率は、ニューヨーク州が30.4%と、オンタリオ州の44.8%に比べ有意に低かった(p<0.001)。左主冠動脈病変または3枝病変の診断率も、ニューヨーク州は7.0%であり、オンタリオ州の13.0%よりも有意に低かった(p<0.001)。 ニューヨーク州では、閉塞性CADの予測発症率が低い患者に対する心臓カテーテル検査施行率が高かった。たとえば、予測発症率が50%以上の患者に対する施行率はニューヨーク州が19.3%と低値であったのに対し、オンタリオ州は41%に達していた(p<0.001)。 30日粗死亡率は、ニューヨーク州が0.65%(90/1万3,824例)であり、オンタリオ州の0.38%(153/4万794例)に比べ有意に高率であった(p<0.001)。 著者は、「ニューヨーク州では心臓カテーテル検査による閉塞性CADの診断率が低く、これは検査対象に予測発症率の低い患者が多く含まれるためと考えられる。施行件数がニューヨーク州で多い点も、検査対象に低リスク例が多く選択されていることの反映であり、コストもニューヨーク州のほうが高額と推測される」と指摘している。

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ACSに対する早期侵襲的治療vs.保存的治療/BMJ

 急性冠症候群(ACS)患者に対し、早期侵襲的治療は保存的治療と比較して、わずかだが急性腎損傷(AKI)リスクを増加することが示された。透析および末期腎疾患(ESRD)進行リスクについては差はなかった。カナダ・カルガリー大学のMatthew T James氏らによる傾向マッチコホート研究の結果、報告された。先行研究において、侵襲的治療後のAKIがESRDや死亡を含む有害転帰と関連していることが示されており、そのため高リスクの腎臓病を有するACS患者に対しては、早期侵襲的治療が行われない一因となっていた。しかし、腎臓の有害転帰との関連について早期侵襲的治療と保存的治療とを比較した検討は行われていなかったという。BMJ誌オンライン版2013年7月5日号掲載の報告より。非ST上昇型ACSの成人患者1万516例を対象に傾向スコア適合コホート研究 研究グループは、ACSの早期侵襲的治療が腎臓の有害転帰や生存と関連しているのか、また慢性腎臓病リスクがある患者では早期侵襲的治療がリスクとなるのか有用となるのかを調べることを目的とした。 2004~2009年にカナダのアルバータ州の急性期病院で被験者を募り、傾向スコア適合コホート研究を行った。 被験者は、非ST上昇型ACSの成人患者1万516例であった。ベースラインのeGFRで階層化し、傾向スコアで1対1の適合を行い、早期侵襲的治療(入院2日以内での冠動脈カテーテルを行う)の介入を行った。 主要評価項目は、早期侵襲的治療を受けた患者と保存的治療を受けた患者で比較した、AKI、透析を必要とする腎損傷、ESRDの進行、および全死因死亡のリスクとした。わずかにAKIリスクを増大 1万516例のうち、早期侵襲的治療を受けたのは4,276例(40.7%)だった。 患者特性を同等に適合させたコホート群(6,768例)でアウトカムを比較した結果、早期侵襲的治療群(3,384例)は保存的治療群と比較して、AKIリスク増大との関連が認められた(10.3%対8.7%、リスク比:1.18、95%信頼区間[CI]:1.03~1.36、p=0.019)。 しかし、透析を必要とした腎損傷のリスクについては差が認められなかった(0.4%対0.3%、同:1.20、0.52~2.78、p=0.670)。 また、追跡期間中央値2.5年間のESRD進行リスクも、両群間で差はみられなかった(100人年当たりのイベント件数0.3対0.4、ハザード比:0.91、95%CI:0.55~1.49、p=0.712)。 一方で、早期侵襲的治療群のほうが、長期的な死亡は有意に低下した(100人年当たり2.4対3.4、同:0.69、0.58~0.82、p<0.001)。 上記の関連性は、ベースラインでeGFR値が異なる患者間で一貫しており、腎臓病既往患者と非既往患者における早期侵襲的治療のリスクとベネフィットは同程度であることが示唆された。 著者は、「ACSへの早期侵襲的治療は保存的治療と比較して、わずかにAKIリスクを増大するが、透析やESRDの長期的進行リスクとは関連していなかった」と結論している。

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過体重・肥満の2型糖尿病患者、生活習慣介入強化では心血管リスクは低下しない/NEJM

 過体重・肥満の2型糖尿病患者に対し、生活習慣介入を強化し体重減少を図っても、心血管イベントの発生率は減少しなかったことが明らかにされた。米国・ブラウン大学ワーレンアルパートメディカルスクールのRena R. Wing氏ら「Look AHEAD研究グループ(糖尿病健康アクション)」が報告した。過体重・肥満の2型糖尿病患者には体重減少が推奨されているが、これまで体重減少が心血管疾患へ及ぼす長期的な影響について明らかではなかった。NEJM誌オンライン版2013年6月24日号掲載の報告より。生活習慣介入強化群と糖尿病支援・教育群のアウトカムを比較 研究グループは、過体重もしくは肥満である2型糖尿病患者に対して、生活習慣介入を強化し体重減少を図ることで心血管疾患罹患率および死亡率が低下するかどうかを調べた。 試験は米国の医療施設16ヵ所を通じて行われた。2001年8月~2004年4月の間に5,145例が被験者として登録され、生活習慣介入強化群(2,570例、介入群)もしくは糖尿病支援・教育を受ける群(2,575例、対照群)に無作為に割り付けられ追跡を受けた(最大13.5年)。 主要アウトカムは、追跡期間中の心血管系が原因の死亡・非致死的心筋梗塞・非致死的脳卒中・狭心症による入院の複合とした。試験は追跡期間中央値9.6年で打ち切り 試験は、追跡期間中央値9.6年で、介入の無益性が明らかになったとして早期打ち切りとなった。 体重減少は、本研究全体を通して、対照群より介入群で大きかった(1年時点:8.6%対0.7%、試験終了時6.0%対3.5%)。 また、生活習慣介入の強化は、初期においては、血糖値(糖化ヘモグロビン)を大きく低下させ、また身体活動度および全心血管リスク因子を大きく改善した。ただし、LDLコレステロール値は除外された(対照群のほうが低値)。 主要アウトカムの発生は、介入群403例、対照群418例であった。発生率はそれぞれ、100人・年につき1.83件、1.92件で、介入群のイベントハザード比は0.95(95%の信頼区間:0.83~1.09、p=0.51)であり有意差は認められなかった。

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Vol. 1 No. 2 糖尿病と心血管イベントの関係

横井 宏佳 氏小倉記念病院循環器内科はじめに糖尿病患者の心血管イベント(CV)予防とは、最終的には心筋梗塞、脳梗塞、下肢閉塞性動脈硬化症といったアテローム性動脈硬化症(ATS)の発症をいかに予防するか、ということになる。そのためには、糖尿病患者の動脈硬化の発生機序を理解して治療戦略を立てることが必要となる。糖尿病において見られるアテローム血栓性動脈硬化症の促進には慢性的高血糖、食後高血糖、脂質異常症、インスリン抵抗性を含むいくつかの代謝異常が関連しており、通常状態や血管再生の状態でのCVを起こすような脆弱性を与える。また、代謝異常に加えて、糖尿病は内皮細胞・平滑筋細胞・血小板といった複数の細胞の配列を変える。糖尿病が関連するATSのいくつかの特徴の記述があるにもかかわらず、ATS形成過程の始まりと進行の確定的なメカニズムはわからないままであるが、実臨床における治療戦略としてはATSに関わる複数の因子に対して薬物治療を行うことが必要になる。インスリン抵抗性脂質代謝異常、高血圧、肥満、インスリン抵抗性はすべて、メタボリックシンドロームのカギとなる特徴であり、引き続いて2型糖尿病に進行する危険性の高い患者の最初の測定可能な代謝異常でもある。インスリン抵抗性は、インスリンの作用に対する体の組織の感度が低下することであり、これは筋肉や脂肪でのグルコース処理や肝臓でのグルコース産出でのインスリン抑制に影響する。結果的に、より高濃度のインスリンが、末梢でのグルコース処理を刺激したり、2型糖尿病患者では糖尿病でない患者よりも肝臓でのグルコース産出を抑制したりするのに必要である。生物学的なレベルでは、インスリン抵抗性は凝固、炎症促進状態、内皮細胞機能障害、その他の病態の促進に関連している。インスリン抵抗性の患者では、内皮細胞依存性血管拡張は減少しており、機能障害の重症度はインスリン抵抗性の程度と相互に関係している。インスリン抵抗性状態での内皮細胞依存性血管拡張異常は、一酸化窒素(NO)の産生を減少させる細胞内シグナルの変化によって説明できる。つまり、インスリン抵抗性は、遊離脂肪酸値の上昇と関連しており、それがNO合成酵素の活性を減少させ、インスリン抵抗性状態においてNOの産生を減らす。臨床的には、インスリン抵抗性はCVリスクを増加させることに関連している。当院の2006年の急性心筋梗塞患者連続137例の検討では、本邦のメタボリックシンドロームの診断基準を満たす患者は49%を占めており、久山町研究の男性29%、女性21%よりも高率であった。この傾向は1990年前半に行われた米国の全国国民栄養調査の成績と同様であった。また、当院で施行した糖尿病と診断されていない患者への糖負荷試験と冠動脈CTの臨床研究でも、インスリン抵抗性と冠動脈CT上の不安定プラークの存在(代償性拡大、低CT値、限局性石灰化)との間に有意な相関を認めた。インスリン抵抗性を改善する薬物にはビグアナイド薬(BIG)とチアゾリジン薬(TZD)が存在するが、ATSの進展抑制の観点からはTZDがより効果的である。TZD(PPARγアゴニスト)は、血中インスリン濃度を高めることなく血糖を低下させる効果を有し、インスリン抵抗性改善作用はBIGよりも強力である。また、糖代謝のみならず、BIGにはないTG低下、HDL増加といった脂質改善作用、内皮機能改善による血圧降下作用、アディポネクチンを直接増加させる作用を有し、抗動脈硬化作用が期待される。さらに、造影剤使用時の乳酸アシドーシスのリスクはなく、PCIを施行する患者には安心して使用できる利点がある。このほかに、血管壁やマクロファージに直接作用して抗炎症、抗増殖、プラスミノーゲンアクチベーターインヒビター1( PAI-1)減少作用を有することが知られている。この血管壁に対する直接作用はATS進展抑制作用が期待され、CVイベント抑制に繋がる可能性が示唆される。実際、臨床のエビデンスとしては、PROactive試験のサブ解析における心筋梗塞既往患者2,445例を抽出した検討で、ピオグリタゾン内服患者が非内服患者に比較して、心筋梗塞、急性冠症候群(ACS)などの不安定プラーク破裂により生じる心血管イベントは有意に低率であることが示されている。またPERISCOPE試験では、糖尿病を有する狭心症患者におけるIVUSを用いた検討において、SU剤に比較してピオグリタゾンは18か月間の冠動脈プラークの進行を抑制し、退縮の方向に転換させたことが明らかとなり、CV抑制の病態機序が明らかとなった。また、ロシグリタゾンではLDL上昇作用によりCVイベントを増加させるが、ピオグリタゾンのメタ解析ではCVイベントを有意に抑制することが報告されている。ピオグリタゾンは、腎臓におけるNa吸収促進による循環血液量の増大による浮腫、体重増加、心不全の悪化、骨折、膀胱癌などの副作用が指摘されているが、CVイベント発症時の致死率を考えるとrisk/benefitのバランスからは、高リスク糖尿病患者には血糖管理とは別に少なくとも15mgは投与することが望ましいと思われる。内皮細胞機能障害糖尿病血管疾患は内皮細胞機能障害によって特徴づけられ、それは、高血糖、遊離脂肪酸産生の増加、内皮細胞由来のNOの生物学的利用率の減少、終末糖化産物(AGE)の形成、リポ蛋白質の変化、そして前述のインスリン抵抗性と関係する生物学的異常である。内皮細胞由来のNOの生物学的利用率の減少は、後に内皮細胞依存性の血管拡張障害を伴うが、検出可能なATS形成が進行するよりもずっと前に糖尿病患者において観察される。NOは潜在的な血管拡張因子であり、内皮細胞が介在して制御する血管弛緩のメカニズムのカギとなる物質である。加えて、NOは血小板の活性を抑え、白血球が内皮細胞と接着したり血管壁に移動したりするのを減少することによって炎症を制限し、血管平滑筋細胞の増殖と移動を減らす。結果として、正常な場合、血管壁におけるNO代謝は、ATS形成阻害という保護効果を持つ。AGEの形成は、グルコースについているアミノ基の酸化の結果である。増大するAGE生成物によって誘発される追加の過程は、内皮下細胞の増殖、マトリックス発現、サイトカイン放出、マクロファージ活性化、接着分子の発現を含んでいる。慢性的高血糖、食後高血糖による酸化ストレスが、糖尿病合併症の病因として重要な役割を果たしているのだろうと推測されている。高血糖は、グルコース代謝を通して直接的にも、AGEの形成とAGE受容体の結合という間接的な形でも、ミトコンドリア中の活性酸素種の産生を誘発する。臨床的には内皮細胞機能障害がATSの進行を助長するのみならず、冠動脈プラーク破裂の外的要因である冠スパスムも助長することになる。急性心筋梗塞患者の20%は冠動脈に有意狭窄はなく、薬物負荷試験で冠スパスムが誘発される。高血圧患者に対して施行されたVALUE試験では、スパスムを予防できるカルシウム拮抗薬(CCB)が有意にアンジオテンシン受容体拮抗薬(ARB)よりも心筋梗塞の発症を予防すること、またBPLTTCのメタ解析では、NO産生を促すACE阻害薬がARBよりも冠動脈疾患の発生が少ないことなどが明らかにされ、これらの結果は、心筋梗塞の発生に内皮細胞機能障害によるスパスムが関与していることを示唆している。従って糖尿病患者においては内皮細胞機能障害を念頭に、特にスパスムの多いわが国においては、降圧薬としてはHOPE試験でエビデンスのあるRA系阻害薬に追加してCCBの投与を考慮すべきではないかと思われる。また、グルコーススパイクが内皮細胞のアポトーシスを促進させることが知られている。自験例の検討でも、食後高血糖がPCI施行後のCVイベント発症を増加させることが判明しており、STOP-NIDDM試験、MeRIA-7試験のエビデンスと合わせて、内皮機能障害改善のためにα-グルコシダーゼ阻害薬(α-GI)の投与も考慮すべきであると思われる。血栓形成促進性状態糖尿病患者が凝固性亢進状態にあるという知見は、血栓形成イベントのリスク増加と凝固系検査値の異常が基となっている。ACS患者の血管内視鏡による検討では、プラーク潰瘍および冠内血栓は、糖尿病患者においてそうでない患者よりも頻繁に見られることが明らかにされている。同様に、血栓の発生率は、糖尿病患者から取った粥腫切除標本の方が、そうでない患者から取ったそれよりも高いこともわかった。糖尿病患者では、ずり応力(シェアストレス)に対して、血小板の作用と凝集が亢進し、血小板を刺激する。加えて、血小板表面上の糖タンパク質GP-Ib受容体やGPⅡb/Ⅲaの発現が増加するといわれている。その上、抗凝集作用を持つNOやプロスタサイクリンの内皮細胞からの産生が減少するのに加え、フィブリノゲン、組織因子、von Willebrand因子、血小板因子4、因子Ⅶなどの凝血原の値が増加し、プロテインC、抗トロンビンⅢなどの内因性抗凝血物質の濃度が低下することが報告されている。さらにPAI-1が内在性組織のプラスミノーゲンアクチベーター仲介性線溶を障害する。つまり、糖尿病は、内因性血小板作用亢進、血小板作用の内在性阻害機構の抑制、内在性線溶の障害による血液凝固の亢進によって特徴づけられる。臨床的には、CVイベント予防のために高リスク糖尿病患者へのアスピリン単剤投与がADAのガイドラインでも推奨されている。クロピドグレルの併用は、出血のリスクとのバランスの中で症例個々に検討していく必要があると思われる。GPⅡb/Ⅲa受容体拮抗薬は、糖尿病患者のPCIの予後を改善することが報告されているが、本邦では未承認である。炎症状態炎症は、急性CVイベントだけでなくATS形成の開始と進行にも関係がある。糖尿病を含むいくつかのCVリスクファクターは炎症状態の引き金となるだろう。白血球は一般的には炎症の主要なメディエーターと考えられているが、近年では、炎症における血小板がカギとなる役割を果たすことが報告されている。この病態と関連する代謝障害が血管炎症の引き金となるということはもっともなことだが、その逆もまた正しいのかもしれない。従って、C反応性タンパク質(CRP)が進行する2型糖尿病のリスクを非依存的に予測するものとして示されてきた。糖尿病や明らかな糖尿病が見られない状態でのインスリン抵抗性状態において上昇する炎症パラメーターには、高感度C反応性タンパク質(hsCRP)、インターロイキン6(IL-6)、腫瘍壊死因子α(TNF-α)、循環性(可溶性)CD40リガンド(sCD40L)がある。さらに内皮細胞(E)-セレクチン、血管細胞接着分子1(VCAM-1)、細胞内接着分子1(ICAM-1)などの接着分子の発現が増加することもわかっている。血管炎症作用亢進状態での形態学的な基質は、ACS患者の粥腫切除標本の分析から得たものである。糖尿病患者の組織は、非糖尿病患者の組織と比較して、脂質優位の粥腫がより大部分を占めており、より明らかなマクロファージ浸潤が見られる。特に糖尿病患者においては、冠血管のATS形成過程を促進することでAGE受容体(RAGE)が炎症過程や内皮細胞作用に重要な役割を果たすかもしれない。近年では、ATS形成が見られる患者における炎症促進のカギとなるサイトカインであるCRPが、内皮細胞でのRAGE発現をアップレギュレートすることが報告されている。これらの知見は、炎症、内皮細胞機能障害、ATS形成における糖尿病の機構的な関連を強化している。臨床的にCVイベントの発生に炎症が関与しており、その介入治療としてスタチンが効果的であることがJUPITER試験より明らかとなった。CARDS試験ではストロングスタチンが糖尿病患者のCVイベント抑制に効果的であることが報告されたが、この効果はLDL低下作用とCRP低下作用の強力な群でより顕著であった。2010年、ADAでは糖尿病患者のLDL管理目標値は1次予防で100mg/dL、2次予防で70mg/dLとより厳格な脂質管理を求めているが、脂質改善のみならず、抗炎症効果を期待したものでもあると思われる。プラーク不安定性と血管修復障害ATS形成の促進に加えて、糖尿病ではプラーク不安定性も起きる。糖尿病患者での粥状動脈硬化症病変は、非糖尿病患者に比して、血管平滑筋細胞が少ないことが示されている。コラーゲン源として血管平滑筋細胞は粥腫を強化し、それを壊れにくくする。加えて、糖尿病の内皮細胞は、血管平滑筋細胞によるコラーゲンの新たな合成を減少させる過剰量のサイトカインを産生する。そして最後に、糖尿病はコラーゲンの分解につながるマトリックスのメタロプロテイナーゼの産生を高め、プラークの線維性キャップの機械的安定性を減少させる。つまり、糖尿病はATS病変の形成、プラーク不安定性、臨床的イベントによって血管平滑筋細胞の機能を変える。糖尿病患者では非糖尿病患者より、壊れやすい脂質優位のプラークの量が多いことが報告されてきた。その上、糖尿病患者では、血管修復に重要な制御因子であると考えられているヒト内皮前駆細胞の増殖、接着、血管構造への取り込みが障害されていることが近年の知見で示唆されている。前述の機能障害に加えて、年齢と性をマッチさせ調整した対照群と比較して、培養液中の糖尿病患者から取った内皮前駆細胞の数が減っていることがわかり、その減少は逆にHbA1c値と関係していた。別の調査では、末梢動脈疾患を持つ糖尿病患者では、内皮前駆細胞値が特に低いことが報告されており、この株化細胞の枯渇が、末梢血管の糖尿病合併症の病変形成に関わっているのではないかと推測されている。ピオグリタゾンは糖尿病患者の内皮前駆細胞を増加させることが知られている。まとめ以上のごとく、糖尿病患者のCVイベント予防のためにはHbA1cの管理に加えて、ATS発症に影響を及ぼす多様な因子に対して集学的アプローチが重要となる。Steno-2試験では糖尿病患者に対して血糖のみならず、脂質、高血圧管理を同時に厳格に行うことでCVイベントを抑制した。血糖管理に加えて、スタチン、アスピリン、RA系阻害薬、CCB、TZD、α-GIによる血管管理がCVイベント抑制に効果的であると思われる。また、今後EPA製剤による脂肪酸バランスの是正、DPP-4やGLP-1などのインクレチン製剤による心血管保護も、糖尿病患者のCVイベント抑制に寄与することが期待される。今後は、糖尿病患者ごとにCVイベントリスクを評価し、薬物介入のベネフィットとリスクとコストのバランスを考慮して最適な薬物治療を検討していくことが重要になると思われる。このような観点から、今後登場する各種合剤は、この治療戦略を実行する上で患者服薬コンプライアンスを高め、助けになると思われる。

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病院側の指示に従わず狭心症発作で死亡した症例をめぐって、医師の責任が問われたケース

循環器最終判決平成16年10月25日 千葉地方裁判所 判決概要動悸と失神発作で発症した64歳女性。冠動脈造影検査で異型狭心症と診断され、入院中はニトログリセリン(商品名:ミリスロール)の持続点滴でコントロールし、退院後はアムロジピン(同:ノルバスク)、ニコランジル(同:シグマート)、ジルチアゼム(同:ヘルベッサー)、ニトログリセリン(同:ミリステープ、ミオコールスプレー)などを処方されていた。発症から5ヵ月後、再び動悸と気絶感が出現して、安静加療目的で入院となった。担当医師はミリスロール®の点滴を勧めたが、前回投与時に頭痛がみられたこと、点滴に伴う行動の制限や入院長期化につながることを嫌がる患者は、「またあの点滴ですか」と拒否的な態度を示した。仕方なくミリスロール®の点滴を見合わせていたが、患者が看護師の制止を聞かずトイレ歩行をしたところ、再び強い狭心症発作が出現し、さまざまな救命措置にもかかわらず約2時間後に死亡確認となった。詳細な経過患者情報64歳女性経過平成11(1999)年2月10日起床時に動悸が出現し、排尿後に意識を消失したため、当該総合病院を受診。胸部X線、心電図上は異常なし。3月17日~3月24日失神発作の精査目的で入院、異型狭心症と診断。3月24日~3月27日別病院に紹介入院となって冠動脈造影検査を受け、冠攣縮性狭心症と診断された。6月2日早朝、動悸とともに失神発作を起こし、当該病院に入院。ミリスロール®の持続点滴と、内服薬ノルバスク®1錠、シグマート®3錠にて症状は改善。6月9日失神や胸痛などの胸部症状は消失したため、ミリスロール®の点滴からミリステープ®2枚に変更。入院当初は頭痛を訴えていたが、ミリステープ®に変更してから頭痛は消失。6月22日状態は安定し退院。退院処方:ノルバスク®1錠、ミリステープ®2枚、チクロピジン(同:パナルジン)1錠、シグマート®3錠、ロキサチジン(同:アルタット)1カプセル。7月2日起床時に動悸が出現、ミオコールスプレー®により症状は改善。7月5日起床時に動悸が出現、ミオコールスプレー®により症状は改善。7月7日起床時立ち上がった途端に動悸、気絶感が出現したとの申告を受け、ノルバスク®を中止しヘルベッサー®を処方。7月12日05:30起床してトイレに行った際に動悸、気絶感が出現。トイレに腰掛けてミオコールスプレー®を使用した直後に数分間の意識消失がみられた。06:50救急車で搬送入院。安静度「ベッド上安静」、排泄「尿・便器」使用、酸素吸入(1分間当たり1L)、ミリステープ®2枚(朝、夕)、心電図モニター使用、胸痛時ミオコールスプレー®を2回まで使用と指示。09:30入室直後に尿意を訴えた。担当看護師は医師の指示通り尿器の使用を勧めたが、患者は尿器では出ないのでトイレに行くことに固執したため、看護師長を呼び、ベッドを個室トイレの側まで動かし、トイレで排尿させた。排尿後に呼吸苦がみられたので、酸素吸入を開始し、ミリステープ®を貼用したところ2~3分で落ちついてきた。担当看護師は定時のシグマート®、ヘルベッサー®を内服させ、今後は尿器を使用することを促した。担当医師も訪室して安静にすべきことを説明し、ミリスロール®の点滴を勧めたが、患者は「またあの点滴ですか」と拒否的な態度を示したため、やむを得ずミリスロール®の点滴をしないことにした。その後、胸部症状は消失。15:00見舞いにきた家族が「点滴していなかったんだね」といったところ、患者は「軽かったのかな」と答えたとのこと(病院側はその事実を確認していない)。18:30尿意がありトイレでの排尿を希望。担当看護師は尿器の使用を勧めたが、トイレへ行きたいと強く希望したため、看護師は医師に確認するといって病室を離れた(このとき担当医師とは連絡取れず)。18:43トイレで倒れている患者を看護師が発見。ただちにミオコールスプレー®を1回噴霧したが、「胸苦しい、苦しい」と状態は改善せず。18:50ミオコールスプレー®を再度噴霧したが状態は変わらず、四肢冷感、冷汗が認められ、駆けつけた医師の指示でニトログリセリン(同:ニトロペン)1錠を舌下するが、心拍数は60台に低下、血圧測定不能、意識低下、自発呼吸も消失した。19:00乳酸リンゲル液(同:ラクテック)にて血管確保、心拍数30~40台。19:10イソプレナリン(同:プロタノール)1A、アドレナリン(同:ボスミン)1Aを静注するとともに、心臓マッサージを開始し、心拍数はいったん60台へと回復。19:33気管内挿管に続き、心肺蘇生を続行するが効果なし。20:22死亡確認。死因は致死性の狭心症発作と診断した。死亡後、担当医師は「点滴(ミリスロール®)をすべきでした。しなかったのは当方のミスです」と述べたと患者側は主張するが、その真偽は不明。当事者の主張1. 担当医師が硝酸薬の点滴をしなかった点に過失があるか患者側(原告)の主張平成11年から発作が頻発し、入院に至るまでの経緯や入院時の症状から判断して、ミリスロール®など硝酸薬の点滴をすべきであった。これに対し担当医師は、患者に対してミリスロール®の点滴の必要性を伝えたが拒絶されたと主張するが、診療録などにはそのような記載はない。過去の入院では数日間にわたってミリスロール®の点滴治療を受け、その結果一応の回復を得て退院したため、担当医師からミリスロール®の必要性、投与しない場合の危険性などを十分聞いていれば、ミリスロール®点滴に同意したはずである。病院側(被告)の主張動悸、失神は狭心症発作の再発であり、入院安静が必要であること、2回目入院時に行ったミリスロール®の点滴が再度必要であることを説明したが、患者は「またあの点滴ですか」といい、行動が不自由になること、頭痛がすることなどを理由に点滴を拒絶したため、安静指示と内服薬などの投与によって様子をみることにした。つまり、ミリスロール®の点滴が必要であるにもかかわらず、患者の拒絶により点滴をすることができなかったのであり、診療録上も「希望によりミリスロール®点滴をしなかった」ことが明記されている。医師は、患者に対する治療につき最適と判断する内容を患者に示す義務はあるが、この義務は患者の自己決定権に優越するものではないし、患者の意向を無視して専断的な治療をすることは許されない。2. 硝酸薬点滴を行った場合の発作の回避可能性患者側(原告)の主張入院時にミリスロール®の点滴をしていれば発作を防げた可能性は大きく、死亡との間には濃厚な因果関係がある。さらに死亡後担当医師は、「点滴をすべきでした。しなかったのは当方のミスです」と述べ、ミリスロール®の点滴をしなかったことが死亡原因であることを認めていた。病院側(被告)の主張7月12日9:30、ミリステープ®を貼用し、シグマート®、ヘルベッサー®を内服し、午後には症状が消失して容態が安定していたため、ミリスロール®の点滴をしなかったことだけが発作の原因とはいえない。3. 患者が安静指示に違反したのか患者側(原告)の主張看護師や患者に対する担当医師の安静指示があいまいかつ不徹底であり、結果としてトイレでの排尿を許す状況とした。担当医師が「ベッド上安静」を指示したと主張するが、入院経過用紙によれば「ベッド上安静」が明確に指示されていない。当日午後2:00の段階では、「トイレは夕方までの様子で決めるとのこと」と看護師が記載しているが、夕方までに決められて伝えられた形跡はない。18:30にも「Drに安静度カクニンのためTELつながらず」との記載があり、看護師は夕方になってもトイレについて明確な指示を受けていない。病院側(被告)の主張入院時指示には、安静度は「ベッド上安静」、排泄は「尿・便器」と明記している。これはベッド上で仰臥(あおむけ)または側臥(横向き)でいなければならず、排泄もベッド上で尿・便器をあててしなければならないという意味であり、トイレでの排尿を許したことはない。「トイレは夕方までの様子で決めるとのこと」という記載の意味は、トイレについての指示がいまだ無かったのではなく、明日の夕方までの様子をみて、それ以降トイレに立って良いかどうかを決めるという意味である。当日9:30尿意を訴えたため、医師から指示を受けていた看護師は尿器の使用を勧めたが、看護師の説得にもかかわらず尿器では出ないと言い張り、トイレに行くと譲らなかったので、やむを得ず看護師長を呼び、二人がかりでベッドを個室内のトイレ脇まで運び、トイレで排尿させたという経緯がある。そして、今回倒れる直前、看護師は患者から「トイレに行きたい」といわれたが、尿器で排泄するように説得した。それでも患者はあくまでトイレに行きたいと言い張ったため、担当医師に確認してくるから待つようにと伝えナースステーションへ行ったものの、担当医師に電話がつながらず、すぐに病室に戻ると同室内のトイレで倒れていたのである。4. 発作に対する医師の処置は不適切であったか患者側(原告)の主張狭心症の発作時には、速効性硝酸薬の舌下を行うべきものとされてはいるが、硝酸薬を用いると血圧が低下するので、昇圧剤を投与して血圧を確保してから速効性硝酸薬などにより症状の改善を図るべきであった。被告医師は、ミオコールスプレー®を2回使用して、その副作用で血圧低下に伴う血流量の減少を招いたにもかかわらず、さらに昇圧剤を投与したり、血圧を確保することなくニトロペン®を舌下させた点に過失がある。その結果、狭心症の悪化・心停止を招来し、患者を死に至らしめた。病院側(被告)の主張異型狭心症においては、冠攣縮発作が長引くと心室細動や高度房室ブロックなどの致死性不整脈が出現しやすくなるので、発作時は速やかにニトログリセリンを服用させるべきである。ニトログリセリンの副作用として血圧の低下を招くことがあるが、狭心症発作が寛解すれば血圧が回復することになるから、まず第一にニトログリセリンを投与(合計0.9mg)したことに問題はなく、発作を寛解させるべくニトロペン®1錠を舌下させた判断にも誤りはない。本件においては、致死的な狭心症発作が起きていたのであり、脈拍低下、血圧測定不能、自発呼吸なしなどの重篤な状態に陥ったのは狭心症発作によるものであって、ニトロペン®1錠を舌下したことが心停止の原因となったのではない。裁判所の判断1. 担当医師が硝酸薬の点滴をしなかった点に過失があるか鑑定A患者は狭心症発作が頻発および増悪したために入院したものであり、不安定狭心症の治療を目的としている。狭心症予防薬としてカルシウム拮抗薬の内服と硝酸薬貼付がすでに施行されており、この状態で不安定化した狭心症の治療としては、硝酸薬あるいはこれと同様の効果が期待される薬剤の持続静注が必要と考える。また、過去の入院で硝酸薬の点滴静注が有効であったことから、硝酸薬は、本件患者に対し比較的安心して使用できる薬剤と思われる。さらに、心電図モニターならびに患者の状態を常時監視できる医療状況が望ましく、狭心症発作が安定するまでの期間は、冠動脈疾患管理病棟(CCU)あるいは集中治療室(ICU)での管理が適当と考えられ、本件患者の入院初期の治療としてミリスロール®などの硝酸薬点滴を行わなかったのは不適切であった。不安定狭心症患者は急性心筋梗塞に移行する可能性が高いため、この病態を患者に十分説明し、硝酸薬点滴を使用すべきであったと考える。以前も同薬剤の使用により、本件患者の狭心症発作をコントロールしており、軽度の副作用は認められたものの、比較的安全に使用した経緯がある。患者が硝酸薬点滴を好まないケースもあるが、病状の説明、とりわけ急性心筋梗塞に進展した場合のデメリットを説明した後に施行すべきものであると考えられ、仮に本件患者がミリスロール®などの点滴に拒否的であった場合でも、その必要性を十分説明して、本件患者の初期治療として、ミリスロール®などの硝酸薬あるいは同等の効果が期待できる薬剤の点滴を行うべきであった。鑑定B狭心症の場合、硝酸薬は重要な治療薬である。また、冠動脈攣縮性狭心症においては、カルシウム拮抗薬も重要な治療薬である。本症例ではミリステープ®とカルシウム拮抗薬が投与されており、ミリスロール®などの硝酸薬点滴を行わなかったことだけをもって不適切な治療と判断することは難しい。仮に本件患者がミリスロール®などの点滴に拒否的であった場合についても、ミリスロール®などの点滴を行わなければならない状態であったかどうかについては判断が難しい。また、基本的に患者の了承のもとに治療を行うわけであるから、了承を得られない限りはその治療を行うことはできないのであって、拒否する場合において点滴を強制的に行うことが妥当であるかどうかは疑問である。鑑定C本症例は、失神発作をくり返していることからハイリスク群に該当する。発作の回数が頻回である活動期の場合は、硝酸薬、カルシウム拮抗薬、ニコランジルなどの持続点滴を行うことが望ましいとされており、実際に前回の入院の際には発作が安定化するまで硝酸薬の持続点滴が行われている。本件では、十分な量の抗狭心症薬が投与されており、慢性期の発作予防の治療としては適切であったといえるが、ハイリスク群に対する活動期の治療としては、硝酸薬点滴を行わなかった点は不適切であったといえる。発作の活動期における治療の基本は、冠拡張薬の持続点滴であり、純粋医学的には本件の場合、必要性を十分に説明して行うべきであり、仮に本件患者がミリスロール®などの点滴に拒否的であった場合であっても、その必要性を十分説明して、ミリスロール®などの硝酸薬点滴を行うべき状態であったといえる。ただし、必要性を十分に説明したにもかかわらず、患者側が点滴を拒否したのであれば、医師側には非は認められないこととなるが、どの程度の必要性をもって説明したかが問題となろう。裁判所の見解不安定狭心症は急性心筋梗塞や突然死に移行しやすく、早期に確実な治療が必要である。本件では前回の入院時にミリスロール®の点滴を行って症状が軽快しているという治療実績があり、入院時の病状は前回よりけっして軽くないから、硝酸薬点滴を必要とする状態であったといえる。もっとも担当医師の立場では、治療方法に関する患者の自己決定権を最大限尊重すべきであるから、医師が治療行為に関する説明義務を尽くしたにもかかわらず、患者が当該治療を受けることを拒絶した場合には、当該治療行為をとらなかったことにつき、医師に過失があると認めることはできない。そうすると、本件入院時にミリスロール®など硝酸薬点滴をしなかったことについて、被告医師に過失がないといえるのは、硝酸薬点滴の必要性などについて十分な説明義務を果たしたにもかかわらず、患者が拒否した場合に限られる。担当医師が入院時にミリスロール®点滴を行わなかったのは、必要性を十分に説明したにもかかわらず、「またあの点滴ですか」と点滴を嫌がる態度を示し、ミリスロール®の副作用により頭痛がすること、点滴をすることによって行動の自由が制限されること、点滴をすることによって入院が長くなることの3点を嫌がって、点滴を拒絶したと供述する。そして、入院診療録の「退院時総括」には「本人の希望もあり、ミリスロール®DIV(点滴)せずに安静で様子をみていた」との記載があるので、担当医師はミリスロール®の点滴静注を提案したものの、患者はミリスロール®の点滴を希望しなかったことがわかる。ところが、医師や看護師が患者の状態などをその都度記録する「入院経過用紙」には、入院時におけるミリスロール®の点滴に関するやりとりの記載はなく、担当医師から行われたミリスロール®点滴の説明やそれに対する患者の態度について具体的な内容はわからない。それよりも、午後3:00頃見舞にきた家族が、「点滴していなかったんだね」といったことに対し、「軽かったのかな」と答えたという家族の証言から、患者は自分の病状についてやや楽観的な見方をしていたことがわかり、担当医師からミリスロール®点滴の必要性について十分な説明をされたものとは思われない。担当医師は患者の印象について、「医療に対する協力、その他治療に難渋した」、「潔癖な方です。頑固な方です」と述べているように、十分な意思の疎通が図れていなかった。そのため、入院時にミリスロール®の点滴に患者が拒否的な態度を示した場合に、担当医師があえて患者を説得して、ミリスロール®の点滴を勧めようとしなかったことは十分考えられる状況であった。そして、当時の患者が不安定狭心症のハイリスク群に該当し、硝酸薬点滴をしないと危険な状況にあることを医師から説明されていれば、点滴を拒絶する理由になるとは通常考え難いので、十分に説明したという担当医師の供述は信用できない。つまり、自己の病状についてきわめて関心を抱いていた患者であるので、医師から十分な説明を受けていれば、医師の提案する治療を受け入れていたであろうと推測される。したがって、担当医師は当時の病状ならびにミリスロール®点滴の必要性について十分に説明したとは認められず、説明義務が果たされていたとはいえない。2. 硝酸薬点滴を行った場合の発作の回避可能性鑑定A不安定狭心症の治療としてミリスロール®の効果は約80%と報告されている。不安定狭心症の病態によりその効果に差はあるが、硝酸薬などの薬剤が不安定狭心症を完全に安定化させるわけではない。また、急激な冠動脈血栓形成に対しては硝酸薬の効果は低いと考える。そうするとミリスロール®点滴を実施することで発作を回避できたとは限らないが、回避できる可能性は約70%と考える。鑑定B冠動脈攣縮性狭心症の場合、ミリスロール®などの硝酸薬の点滴が冠動脈の攣縮を軽減させる可能性がある。本件発作が冠動脈攣縮性狭心症発作であった可能性は十分考えられることではあるが、最終的な本件発作の原因がほかにあるとすれば、ミリスロール®点滴を行っても回避は難しい。したがって、回避可能性について判断することはできない。鑑定C一般論からすると、持続点滴の方が経口や経皮的投与よりも有効であることは論をまたないが、持続点滴そのものの有効性自体は100%ではないため、持続点滴をしていればどの程度発作が抑えられたかについては、判断しようがない。また、本件では十分な量の冠拡張薬が投与されていたにもかかわらず、結果的に重篤な狭心症発作が起こっており、発作の活動性がかなり高く発作自体が薬剤抵抗性であったと捉えることもでき、持続点滴をしていたとしても発作が起こった可能性も否定できない。以上のように、持続点滴によって発作が抑えられた可能性と持続点滴によっても発作が抑えられなかった可能性のどちらの可能性が高いかについては、仮定の多い話で答えようがない。裁判所の見解冠動脈攣縮性狭心症の発作に対してはミリスロール®の点滴が有効である点において、各鑑定は一致していることに加え、回避可能性をむしろ肯定していると評価できること、そもそも不作為の過失における回避可能性の判断にあたっては、100%回避が可能であったことの立証を要求するものではないのであって、前回入院時にミリスロール®の点滴治療が奏効していることも併せ考慮すると、今回もミリスロール®の点滴を行っていれば発作を回避できたと考えられる。3. 患者に対する安静指示について担当医師の指示した安静度は「ベッド上安静」、排泄は「尿・便器」使用であることは明らかであり、この点において被告医師に過失は認められない。4. 発作に対する処置について鑑定Aニトログリセリン舌下投与を低血圧時に行うと、さらに血圧が低下することが予想される。しかし、狭心症発作寛解のためのニトログリセリン舌下投与に際し、禁忌となるのは重篤な低血圧と心原性ショックであり、本件発作時はこれに該当しない。さらに本件発作時は、静脈ラインが確保されていないと思われ、点滴のための留置針を穿刺する必要がある。この処置により心筋虚血の時間が延長することになるため、即座にニトログリセリンを舌下させることは適切と考える。鑑定Bニトロペン®そのものの投与は血圧が低いことだけをもって禁忌とすることはできない。本件発作時の状況下でニトロペン®舌下に先立ち、昇圧剤の点滴投与を行うかどうかの判断は難しい。しかし、まず輸液ルートを確保し、酸素吸入の開始が望ましい処置といえ、必ずしも適切とはいえない部分がある。鑑定C冠攣縮性狭心症の発作時の処置としては、血圧の程度いかんにかかわらず、まずは攣縮により閉塞した冠動脈を拡張させることが重要であるため、ニトロペン®をまず投与したこと自体は問題がない。しかしながら、昇圧剤の投与時期、呼吸循環状態の維持、ボスミン®投与の方法に問題があり、急変後の処置全般について注意義務違反が認められる。裁判所の見解ニトログリセリンの舌下については、各鑑定の結果からみて問題はない。なお、鑑定の結果によれば、発作の誘因は発作の直前のトイレ歩行ないし排尿である。担当医師からベッド上安静、尿便器使用の指示がなされ、担当看護師からも尿器の使用を勧められたにもかかわらずトイレでの排尿を希望し、さらに看護師から医師に確認するので待っているように指示されたにもかかわらず、その指示に反して無断でベッドから降りて、トイレでの排尿を敢行したものであり、さらに拒否的な態度が被告医師の治療方法の選択を誤らせた面がないとはいえないことを考慮すると、患者自身の責任割合は5割と考えられる。原告(患者)側合計5,532万円の請求に対し、2,204万円の判決考察拒否的な態度の患者についていくら説明しても医師のアドバイスに従わない患者さん、病院内の規則を無視して身勝手に振る舞う患者さん、さらに、まるで自分が主治医になったかのごとく「あの薬はだめだ、この薬がよい」などと要求する患者さんなどは、普段の臨床でも少なからず遭遇することがあります。本件もまさにそのような症例だと思います。冠動脈造影などから異型狭心症と診断され、投薬治療を行っていましたが、再び動悸や失神発作に襲われて入院治療が開始されました。前回入院時には、内服薬や貼布剤、噴霧剤などに加えてミリスロール®の持続点滴により症状改善がみられていたので、今回もミリスロール®の点滴を開始しようと提案しました。ところが患者からは、「またあの点滴ですか」「あの薬を使うと頭痛がする」「点滴につながれると行動が制限される」「点滴が始まると入院が長くなる」というクレームがきて、点滴は嫌だと言い出しました。このような場合、どのような治療方針とするのが適切でしょうか。多くの医師は、「そこまでいうのなら、点滴はしないで様子を見ましょう」と判断すると思います。たとえミリスロール®の点滴を行わなくても、それ以外のカルシウム拮抗薬や硝酸薬によってもある程度の効果は期待できると思われるからです。それでもなおミリスロール®の点滴を強行して、ひどい頭痛に悩まされたような場合には、首尾よく狭心症の発作が沈静化しても別な意味でのクレームに発展しかねません。そして、ミリスロール®の点滴なしでいったんは症状が改善したのですから、病院側の主張通り適切な治療方針であったと思います。そして、再度の発作を予防するために、患者にはベッド上の安静(トイレもベッド上)を命じましたが、「どうしてもトイレに行きたい」と患者は譲らず、勝手に離床して、致命的な発作へとつながってしまいました。このような症例を「医療ミス」と判断し、病院側へ2,200万円にも上る賠償金の支払いを命じる裁判官の考え方には、臨床医として到底納得することができません。もし、大事なミリスロール®の点滴を医師の方が失念していたとか、看護師へ安静の指示を出すのを忘れて患者が歩行してしまったということであれば、医師の過失は免れないと思います。ところが、患者の異型狭心症をコントロールしようとさまざまな治療方針を考えて、適切な指示を出したにもかかわらず、患者は拒否しました。「もっと詳しく説明していればミリスロール®の点滴を拒否するはずはなかったであろう」というような判断は、結果を知ったあとのあまりにも一方的な考え方ではないでしょうか。患者の言い分、医師の言い分極論するならば、このような拒否的態度を示す患者の同意を求めるためには、「あなたはミリスロール®の点滴を嫌がりますが、もしミリスロール®の点滴をしないと命に関わるかもしれませんよ、それでもいいのですか」とまで説明しなければなりません。そして、理屈からいうと「命に関わることになってもいいから、ミリスロール®の点滴はしないでくれ」と患者が考えない限り、医師の責任は免れないことになります。しかし、このような説明はとても非現実的であり、患者を脅しながら治療に誘導することになりかねません。本件でもミリスロール®の点滴を強行していれば、確かに狭心症の発作が出現せず無事退院できたかもしれませんが、患者側に残る感情は、「医師に脅かされてひどい頭痛のする点滴を打たれたうえに、病室で身動きができない状態を長く強要された」という思いでしょう。そして、鑑定書でも示されたように、本件はたとえミリスロール®を点滴しても本当に助かったかどうかは不明としかいえず、死亡という最悪の結果の原因は「異型狭心症」という病気にあることは間違いありません。ところが裁判官の立場は、明らかに患者性善説、医師性悪説に傾いていると思われます。なぜなら、「退院時総括」の記述「本人の希望もあり、ミリスロール®DIV(点滴)せずに安静で様子をみていた」というきわめて重大な記述を無視していることその理由として、「入院経過用紙」には入院時におけるミリスロール®の点滴に関するやりとりの記載がないことを挙げている裁判になってから提出された家族からの申告:当日午後3:00頃見舞にきた家族が、「点滴していなかったんだね」といったことに対し、「軽かったのかな」と患者が答えたという陳述書を全面的に採用し、患者側には病態の重大性、ミリスロール®の必要性が伝わっていなかったと断定つまり、診療録にはっきりと記載された「患者の希望でミリスロール®を点滴しなかった」という事実をことさら軽視し、紛争になってから提出された患者側のいい分(本当にこのような会話があったのかは確かめられない)を全面的に信頼して、医師の説明がまずかったから患者が点滴を拒否したと言わんばかりに、医師の説明義務違反と結論づけました。さらにもう一つの問題は、本件で百歩譲って医師の説明義務違反を認めるとしても、十分な説明によって死亡が避けられたかどうかは「判断できない」という鑑定書がありながら、それをも裁判官は無視しているという点です。従来までは、説明が足りず不幸な結果になった症例には、300万円程度の賠償金を認めることが多いのですが、本件では(患者側の責任は5割としながらも)説明義務違反=死亡に直結、と判断し、総額2,200万円にも及ぶ高額な判決金額となりました。本症例からの教訓これまで述べてきたように、今回の裁判例はとうてい医療ミスとはいえない症例であるにもかかわらず、患者側の立場に偏り過ぎた裁判官が無理なこじつけを行って、死亡した責任を病院に押し付けたようなものだと思います。ぜひとも上級審では常識的な司法の判断を期待したいところですが、その一方で、医師側にも教訓となることがいくつか含まれていると思います。まず第一に、医師や看護師のアドバイスを聞き入れない患者の場合には、さまざまな意味でトラブルに発展する可能性があるので、できるだけ詳しく患者の言動を診療録に記載することが重要です(本件のような最低限の記載では裁判官が取り上げないこともあります)。具体的には、患者の理解力にもよりますが、医師側が提案した治療計画を拒否する患者には、代替可能な選択肢とそのデメリットを提示したうえで、はっきりと診療録に記載することです。本件でも、患者がミリスロール®の点滴を拒否したところで、(退院時総括ではなく)その日の診療録にそのことを記載しておけば、(今回のような不可解な裁判官にあたったとしても)医療ミスと判断する余地がなくなります。第二に、その真偽はともかく、死亡後に担当医師から、「(ミリスロール®)点滴をすべきでした。しなかったのは当方のミスです」という発言があったと患者側が主張した点です。前述したように、診療録に残されていない会話内容として、裁判官は患者側の言い分をそのまま採用することはあっても、記録に残っていない医師側の言い分はよほどのことがない限り取り上げないため、とくに本件のように急死に至った症例では、「○○○をしておけばよかった」という趣旨の発言はするべきではないと思います。おそらく非常にまじめな担当医師で、自らが関わった患者の死亡に際し、前向きな考え方から「こうしておけばよかったのに」という思いが自然に出てしまったのでしょう。ところが、これを聞いた患者側は、「そうとわかっているのなら、なぜミリスロール®を点滴しなかったのか」となり、いくら「実は患者さんに聞いてもらえなかったのです」と弁解しても、「そんなはずはない」となってしまいます。そして、第三に、担当医師の供述に対する裁判官への心証は、かなり重要な意味を持ちます。判決文には、「担当医師は当公判廷において、患者が『またあの点滴ですか』といったことは強烈に覚えている旨供述するものの、患者に対しミリスロール®点滴の必要性についてどのように説明を行ったかについては、必ずしも判然としない供述をしている」と記載されました。つまり、患者に行った説明内容についてあやふやな印象を与える証言をしてしまったために、そもそもきちんとした説明をしなかったのだろう、と裁判官が思い込んでしまったということです。医事紛争へ発展するような症例は、医療事故発生から数年が経過していますので、事故当時患者に口頭で説明した内容まで細かく覚えていることは少ないと思います。そして、がんの告知や手術術式の説明のように、ある一定の緊張感のもとに行われ承諾書という書面に残るようなインフォームドコンセントに対し、本件のように(おそらく)ベッドサイドで簡単にすませる治療説明の場合には、曖昧な記憶になることもあるでしょう。しかし、ある程度の経験を積めば自ずと説明内容も均一化してくるものと思いますので、紛争へと発展した場合には十分な注意を払いながら、明確な意思に基づく主張を心がけるべきではないかと思います。循環器

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0.5%ニフェジピンクリームの抗しわ効果を確認

 イタリア・フェデリコ2世ナポリ大学のGabriella Calabro氏らは、顔のしわ治療において、局所ニフェジピンクリームの有効性を確認したことを発表した。しわの深さが改善され、皮膚の保湿性と弾力性が増したという。ニフェジピンの抗しわ特性は最近、提唱されたものであった。Journal of Dermatological Treatment誌オンライン版2013年5月20日号の掲載報告。 Calabro氏らは、0.5%ニフェジピンベースの局所製剤(クリーム)の抗しわ効果を確認することを目的に無作為化試験を行った。 対象は、45~60歳の女性で顔に中程度からやや重度のしわがある20例のボランティア被験者。被験者を無作為化し、10例は0.5%ニフェジピンクリームを、10例は良質の乳液を、1日2回90日間塗布した。 主な結果は以下のとおり。・治療後のしわ重症度評価尺度(WSRS)スコアは、ニフェジピン群のみ、ベースラインのスコアよりも有意に低下した。・平均WSRSスコアは、ニフェジピン群はT0時点3.85、T3時点は1.84であった。一方、対照群は、それぞれ3.78、3.36であった。・両群の全患者において、Corneometry法による水分量の測定での皮膚のハイドレーションは有意に上昇し、TEWL(水分蒸散量)は減少がみられ、皮膚の状態が改善していることが示された。・Dermolab装置による測定で、皮膚ハイドレーションはニフェジピン群で有意に上昇している一方、対照群の上昇はニフェジピン群よりも低いことが記録された。・比色定量法による評価は、0.5%ニフェジピンクリーム使用群は、皮膚が全体的に有意に明るくなったが、乳液使用の対照群は、いずれのライトニング指数にも変化が認められなかった。※保険適用のニフェジピンは経口薬のみで、対象疾患は狭心症、本態性高血圧症、腎性高血圧症に限られる。

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Vol. 1 No. 1 ACSの治療-2次予防を考えた長期治療

大倉 宏之 氏川崎医科大学循環器内科はじめに急性冠症候群(acute coronary syndrome:ACS)の慢性期治療には、責任病変での再発防止と非責任病変の新規発症防止、すなわち2次予防が含まれる。責任病変の再発予防には、薬剤溶出ステント(DES)による再狭窄抑制と、適切な抗血小板療法によるステント血栓症の予防が重要である。一方、非責任病変の新規発症を防ぐには、抗血小板薬を含むさまざまな薬物による長期にわたる2次予防が必要である。ACSの予後:欧米と日本の違いACS患者の予後は不良である。欧米のデータでは、その20%は1年以内に再入院し、男性の18%、40歳以上の女性の23%が死亡するとの報告がある1)。また、心筋梗塞(AMI)後の患者は退院後1年以内にその8~10%がAMIを再発するとも報告されている2)。ただ、その再発率は保有するリスクによって異なる。Finnish studyでは、糖尿病例(年率7.8%)は非糖尿病例(年率3%)と比較して心筋梗塞再発が高率であることが示されている3)。ランダム化試験のデータでは、AMIの再発率は1~5%程度とおおむねレジストリーよりも低めである。AMIに対するDESと金属ステント(BMS)を比較したランダム化試験のメタ解析によると、AMI再発はDES留置例で3.1%、BMS留置例で3.3%であった4)。日本のデータでも非ACS症例と比較すると、ACS例の予後は不良であるが(図:本誌p21参照)5, 6)、ACS発症後のAMI再発率は、日本や韓国では1%以下と欧米と比較すると低率である7, 8)。もともとAMIの発症自体が少ないことに加えて、急性期に速やかに経皮的冠動脈インターベンション(percutaneous coronary intervention:PCI)による治療がなされていることと、その後も主治医によるきめ細やかな2次予防が行われていることがその理由かもしれない。至適薬物療法によるACSの2次予防欧米では、ACSの予後は経年的に改善していることが示されている。The Global Registry of Acute Coronary Events(GRACE)レジストリーに登録されたACS患者約4万例のデータ(図:本誌p21参照)において、入院中の死亡や心不全、6か月後のAMI新規発症が2000年から2005年にかけて有意に減少していることが示された9)。これは、エビデンスに基づいた薬物治療の浸透と、急性期のPCI施行率が高くなってきた結果である(図:本誌p22参照)。ACS後の2次予防を目指した薬物療法についてはガイドラインに詳細に述べられており10-15)、β遮断薬、ACE阻害薬(またはARB)、アルドステロン阻害薬、スタチン等の有用性が示されている。これらの薬物療法が、日本の臨床の現場にどの程度浸透しており、その結果、日本人のACS患者の予後が実際に改善しているのかどうかについては今後検証すべき課題である。ACS患者では、非責任病変の血管内超音波所見によって、ハイリスク病変を予測可能との報告がなされている16)。もともとイベント発生率の低い日本人でも、同様の予測が可能であるのかについても明らかにすべきである。抗血小板薬によるACSの2次予防薬物による2次予防のうちでも、特に重要な役割を果たしているのが抗血小板療法である。表に日本、米国、欧州の各ガイドライン10-15)に記載されている抗血栓療法の推奨をまとめた(Class I、Class IIaのみ記載)(表:本誌p23参照)。アスピリンが第1選択である点はすべてのガイドラインに共通である。欧州、米国のガイドラインでは、アスピリンに加えてクロピドグレル(または他のP2Y12阻害薬)を12か月間投与することが推奨されている。日本のガイドラインにはその期間は特定されていない11)。抗血小板薬2剤併用療法の至適期間抗血小板薬2剤併用療法(dual anti-platelet therapy: DAPT)の至適投与期間は、ステントの種類(BMSかDESか)と病型(安定狭心症かACSか)により異なる。一般に、DESの場合は12か月間以上のDAPTが推奨されているが20)、至適期間についてのエビデンスは十分ではない。j-Cypherレジストリーでは、ACS例において6か月以上DAPTを継続していた例と、DAPTを6か月時点で中止していた例との間には、その後2年間のイベント発生率に差を認めなかったことが示されている5)。日本では、患者背景や病変背景を考慮した至適な抗血小板薬療法が行われていることが反映されているのかもしれない。ACSの研究ではないが、韓国からはステント留置後12か月以上イベントのなかった2,701例を、DAPT群とアスピリン単剤群にランダム化した試験が報告されている18)。2年間の観察期間中、両群間に心筋梗塞+心臓死の頻度に差はなく、ステント血栓症にも差はなかった(図:本誌p24参照)。EXCELLENT試験は、CypherもしくはXience/Promusステント留置例1,443例のDAPT期間を、6か月間と12か月間にランダム化したものである19)。12か月後のTVF(target vessel failure)や死亡もしくは心筋梗塞の発生には両群間に差を認めなかったが、ステント血栓症はDAPT6か月間群で多い傾向にあった。ただし、6か月間群のステント血栓症発症例6例中5例は6か月以内の発生であり、DAPTの期間が影響した可能性は低い。Prolonging Dual Antiplatelet Treatment after Grading Stent-induced Intimal Hyperplasia study(PRODIGY)では、ステント留置例約2,000例を対象にランダム化し、DAPTの期間を6か月間と24か月間で比較したものである。2年間の追跡期間中に全死亡+心筋梗塞+脳血管障害+ステント血栓症の頻度は6か月間群と24か月間群は同等であったが(10.0% vs. 10.1%, p=0.91)、出血は6か月間群で少なかったとの結果であった(ESC2011で報告)。The Dual Antiplatelet Therapy(DAPT)study20)は、15,000例のDES留置例と5,400例のBMS留置例を登録し、DAPTの投与期間を12か月間と30か月間にランダム化して両者を比較する大規模臨床試験である。すでに患者登録は終了し、現在フォローアップが進行中である。本邦においても、Optimal Duration of DAPT Following Treatment with Endeavor in Real-world Japanese Patients: A Prospective Multicenter Registry (OPERA) studyやNobori Dual antiplatelet therapy as appropriate duration (NIPPON) studyが現在進行中である。これらの研究にはACSも含まれており、日本人独自のエビデンスが得られるものと期待される。抗血小板薬投与と出血性合併症抗血小板薬投与に関連した問題点には出血性合併症がある。ACSに出血性合併症を発生した場合には、その長期予後は不良である21)。DAPT継続にあたっては、そのベネフィットのみならず出血のリスクも考慮せねばならない。ACSにおいて、出血のリスクが特に問題となるのが心房細動合併例である。欧州心臓病学会の心房細動ガイドライン22)では、心房細動合併例に対するステント留置術後の抗血栓療法は表のごとく推奨されている(Class IIa)(表:本誌p25参照)。注目すべき点は、塞栓症のリスクを有する心房細動例では最後的には抗血小板薬は中止し、ワルファリンのみを一生継続することが推奨されている点である。日本でも、心房細動合併ACS例に対する至適抗血栓療法をいかにすべきかは重要な検討課題である。おわりにACSの予後改善には、急性期治療に加えて、抗血小板薬を中心とした長期にわたる2次予防が重要な役割を演じている。ただし、これら多くは欧米のデータに基づいたものであるため、今後、日本人における検証はぜひとも行われるべきである。文献1)Menzin J et al. 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Vol. 1 No. 1 ACSの治療-急性期のPCI/薬物療法

石井 秀樹 氏名古屋大学大学院医学系研究科循環器内科学はじめに急性冠症候群(acute coronary syndrome:ACS)に対する急性期の治療として血栓溶解療法と経皮的冠動脈インターベンション(percutaneous coronary intervention:PCI)の出現、それらの技術向上は、患者の予後改善に大きく寄与している。東京都CCUネットワーク(http://www.ccunet-tokyo.jp/)の統計では、急性心筋梗塞の死亡率は1982年には20.4%であったものが、2010年にはわずか6.0%にまで低下している(図:本誌p15参照)。安静が治療の主体であった冠動脈の再疎通療法以前の院内死亡率が3割強であったことを考えると、治療法の変遷と治療成績には極めて密接な関連があることがわかる。わが国では、医療保険制度をはじめとし、交通網や救急搬送システムなどの点で欧米とは異なることから、ACS、特に急性心筋梗塞(acute myocardial infarction:AMI)の治療法としてPCIを第1選択とする施設が多い。10年ほど前のデータではあるが、欧米のデータベースのよる統計ではAMIに対するprimary PCI施行率は5.5~49.6%であったが、わが国では日本の施行率は75~94%と高率であり、さらに年間施行件数の少ない施設においてもPCIを選択することが多いという特徴がある1)。これは欧米では広大な医療圏内の中にPCIを行える施設が限られているため、AMI患者には血栓溶解療法が行われることが多いが、わが国ではかなりの地域でPCIを行うことができる施設に収容可能であることにも起因する。そして、このことはわが国のACS患者の予後改善に対して大きな貢献をしている要因と考えられている。これまでの知見で、ST上昇型のAMI(STEMI)に対するPCIの有効性は確立している。しかしながら、現在でも非ST上昇型AMIや不安定狭心症では、早期のPCIを含む侵略的戦術がよいのか、保存的加療を経てから症例を選んで冠動脈造影などの処置を行うのがよいのか、一定の見解は得られていない。わが国ではそのような症例に対してもSTEMI症例同様に侵略的戦術にシフトしていると考えられている。PCIなどによる再灌流は非常に有用な手段であるが、再灌流自体が再灌流障害という新たな心筋障害を生じさせることも知られており、薬物の併用などが検討されるべきである。急性心筋梗塞に対する再灌流療法ACS、特にAMIの治療において、冠血流の途絶を早期に開通、すなわち再灌流を得ることが重要なことである。このことにより、梗塞心筋の縮小効果や、左室リモデリングを抑制し、結果として長期的な予後改善効果が得られる。再灌流の手段としては、PCIが確実な方法であるが、PCIを行う施設まで搬送時間がかかる場合またはPCIまでに時間がかかると判断される場合には、血栓溶解療法単独あるいは血栓溶解療法とPCIのハイブリッド治療法であるfacilitated PCIを選択肢とするべきであるとされる2)。現在ACSに対して行うPCIは、血栓吸引のみあるいはバルーン単独での治療で終了することは少なく、ステントによる治療がほとんどの場合に行われており、PCI後の急性閉塞の低減や、再狭窄率の減少など心血管イベントの低減に貢献している。その際に考慮すべき問題として、ACSに対してbare metal stent(BMS)を使用するか、drug eluting stent(DES)を使用するのかという問題がある。ACSに対しても、安定狭心症症例同様に、本邦ならず世界的に見てもDESの使用が増加している。一時、ACSに対するDES使用は、血栓閉塞のリスクが高まるのではないかと論議されたものの、近年はDES留置も安全であるとする報告が相次いでいる3)。確かにDESは再血行再建術などに対してはBMSよりも有用であることは間違いない。しかしながら、DESが内皮障害やspasm発生に関与していることを示唆する報告があり4, 5)、spasmが多いと考えられる日本人の使用に対しては、今後も有効性と副作用の十分な検討を行うべきである。また筆者は、DES留置後の長期の予後改善が未だ不明であり、2剤併用抗血小板療法(dual anti-platelet therapy:DAPT)をいつまで行うかがまだ確立されていないことや、ACSという緊急の対応が必要ななかで出血の素因があるのかどうかを判断したり、近いうちに手術が必要なのかどうかなど確認することが困難な状況のなかで、DESを安易に使用すべきではないと考えている。加えて、近い将来に吸収性ステントや薬剤溶出性バルーンなどが日常診療において使用可能になりそうな状況において、特に年齢が若い症例に対しては、急性閉塞などには十分な注意を払いながら、バルーン単独でのPCIも考慮するべきとも考えている。再灌流療法と再灌流障害再灌流療法により、梗塞心筋の縮小効果や、左室リモデリングを抑制し、結果として長期的な予後改善効果が得られる。しかしその一方で、再灌流自体が新たな心筋障害を生じさせる。これを再灌流障害といい、PCIなどによる再灌流療法のメリットを減弱させてしまうものである。最近の知見では、1.no-reflow phenomenon:no-reflow現象(血管内皮などの障害による血管性障害)→TIMI flow grade、TIMI frame countなどによる造影所見からの判断、myocardial blush grade(造影剤による心筋染影度)、心電図によるS Tresolution(ST上昇の改善の程度)などで判断可能2.reperfusion arrhythmia:再灌流性不整脈→心電図によるモニターで判断可能3.lethal reperfusion injury:致死的心筋障害(不可逆的な細胞障害)→核医学検査法などによりにより評価可能4.Myocardial stunning:心筋スタンニング(虚血解除後に生存心筋で認められる機能低下で気絶心筋ともいわれる)→核医学検査法などにより評価可能6)に分類される。再灌流障害の発生を抑えるため、PCIの際に工夫することや、薬物を追加で使用することが重要と考えられる。特に虚血プレコンディショニング、ポストコンディショニングのメカニズムを応用することが近年注目されている(図)。虚血プレコンディショニングとは、本格的な虚血に先行して起きる短時間の虚血が心筋ダメージを軽減することであり、臨床の場でも、梗塞前に狭心症がある患者ではそれがなかった患者と比較して予後が良いことが知られている7)。また、ポストコンディショニングとは、心筋梗塞症例に対して、冠動脈再灌流直後に虚血と再灌流を短時間・複数回繰り返すことで、梗塞範囲の縮小効果など再灌流障害による心筋ダメージが軽減する現象のことをいう8)。図 プレコンディショニングとポストコンディショニングの概念画像を拡大する再灌流障害に対する戦略1.段階的再灌流 一気に再灌流するのではなく、虚血と再灌流を複数回繰り返すことで細胞内Ca2+ overloadを予防し、再灌流障害が低減する。臨床試験で良好な結果が認められているが、数十秒から数分間での冠動脈内におけるバルーンのinflation、deflationが必要で、血栓吸引療法が行われた場合にはこの機序による心筋保護は難しい可能性がある。2.血栓吸引カテーテル、末梢保護デバイス ACSの発症のほとんどに血栓が関与している。血栓のある冠動脈病変をバルーンで拡張した場合、破砕された血栓が微小循環において塞栓を生じ、再灌流障害の原因になることがある。そのため、バルーン拡張の前にあらかじめ血栓を吸引する方法や、末梢で血栓やデブリスをtrapする方法が開発された。 早い時期に発表されたEMERALD研究では、末梢保護デバイスの有用性が示されなかったが、2008年発表のわが国から報告されたVAMPIRE trialでは、TVAC™による血栓吸引をSTEMI患者に対して行うことにより、行わない群と比較して、brush gradeの有意な改善と8か月後のMACEの有意な低下を示した9)。また、TAPAS研究でも血栓吸引カテーテルがmyocardial blush gradeの有意な改善が示された。 わが国では血栓吸引療法は他国と比較しても汎用されている手技と考えられ、以下に示すような薬物の追加療法を行うことで、より質の高い再灌流が得られるものと考えられる。3.再灌流障害に対する薬物による追加的保護療法 再灌流障害に対して、さまざまな薬剤がこれまで試みられてきた10)。アデノシンはプレコンディショニング作用を持つ薬物として海外から多くの報告がなされている。また、ポストコンディショニング作用を持つ薬物もさまざまある(表)。 近年、わが国からも再灌流障害の予防、慢性期の左室リモデリング抑制と予後改善を目的とし、さまざまな検討がなされている。そのなかでもニコランジルとカルペリチドは本邦で開発、臨床の場で幅広く使用され、それらを使用した研究成果報告はわが国からの報告が極めて多い。以下一部を紹介する。表 RISK pathwayの活性化とmPTP開口阻害(文献6, 10より)画像を拡大するa.ニコランジル ニコランジルは、低血糖治療薬であるジアゾキサイドなどのK-ATPチャネル開口薬とは異なる、NOドナーである点が大きな特徴である。K-ATPチャネルは先に述べた虚血プレコンディショニングに関与しており、K-ATPチャネル開口薬であるニコランジルが薬理学的プレコンディショニングを生じるということがIONA試験などで証明されてきた。 AMIにおける再灌流障害に関する研究として、コントラストエコーによるno reflow現象の抑制効果や、左室梗塞部位における壁運動改善効果が1999年に発表され11)、その後もACSをはじめとした虚血性心疾患に対するニコランジルの有用性が数多く発表された。我われは、STEMI患者に対してPCIによる再灌流を行う直前にニコランジルを静注で約30分かけて12mg投与することにより、PCI後の微小循環障害予防、慢性期の左室リモデリング抑制と心不全発症予防などの効果があることを報告した12)。その後、J-WIND-KATP研究(ニコランジル0.067mg/kgボーラス投与後、24時間1.67μg/kg/min静注)13)では、ニコランジルの有効性は示されなかったものの、用量や投与法などのさらなる検討が必要であると考えられる。また、現在は、ニコランジルは急性心不全の適応が認められ、用量もより高用量の使用が可能となっている。 また、冠動脈内注(冠動脈注は緩やかな投与が重要!)による冠微小血管抵抗指数改善作用も報告されており14)、slow flow等の改善などに対しても臨床的に幅広く使用されている。筆者の見解であるが、ACSまた待機的な症例に対してもニコランジルはPCI前から投与しておくことがコツであり、再灌流障害やslow flowを発症しないためには、予防的な投与が極めて重要であると考えている。 最近のニコランジルのトピックとして、2011年のAHAで、岐阜大学より造影剤腎症の予防効果が発表され、世界的にも注目を集めた15)。b.カルペリチド(ヒト心房性ナトリウム利尿ペプチド:hANP) カルペリチドは血管拡張作用、利尿作用があり、急性心不全に対する治療薬として広く使用されているが、レニン-アンギオテンシン-アルドステロン系の抑制効果、交感神経系の拮抗作用、そして虚血プレコンディショニング、ポストコンディショニング効果と同様の作用をすると考えられているreperfusion injury salvage kinase(RISK)を活性化させる作用もあることが報告されている。この効果により、再灌流障害や左室リモデリングが抑制され、急性心筋梗塞に対して有効であるとする報告が数多く報告されている。J-WIND-ANP(AMI患者にカルペリチド0.025μg/kg/minで3日間投与)13)では、AMI患者の梗塞サイズがプラセボ投与群に比べ、14.7%の有意な減少と、慢性期の左室駆出率で、プラセボ群と比較して5.1%の有意な増加が見られ、長期にわたって心臓死・心不全による再入院も、有意に減少させることが報告されている。また、カルペリチドにも造影剤腎症予防効果の報告もある16)。c.その他 スタチンの中には、ポストコンディショニング様の作用があることがわかっている。海外のARMYDA-ACS研究では、PCI前のアトルバスタチンの投与により心筋障害が予防できることがわかっていた。本邦からは弘前大学より、AMI患者に対するdirect PCIの直前にプラバスタチンを投与することで再灌流障害が予防されたとする大変興味深い結果が報告されている17)。 また、本邦で開発され、脳梗塞治療薬として使用されているフリーラジカルスカベンジャーであるエダラボンが、direct PCIに伴う再灌流障害を抑制したとする報告がある18)。4.ACS患者に対する抗血小板療法の重要性 ACSの急性期では、血小板活性・凝固能の亢進と線溶能低下が起こっているため、血栓が非常に形成されやすい状況である。血小板が活性化すると膜表面の糖蛋白が発現し、血小板からADP、トロンボキサンA2などの生理活性化物質が放出され、血栓形成がさらに強まる。本邦では使用できないが、GP IIb/III阻害薬はその流れのなかで効果を示す薬剤である。 急性期ではアスピリン162-200mgの咀嚼投与が行われているが、PCIでステント治療となる場合には治療直前からチエノピリジンの投与が推奨される。特にクロピドグレルの場合には初期にローディングとして300mgの投与、以降75mgの投与が必要である2)。韓国からのデータではあるが、DESを用いたPCIを施行したSTEMI患者の検討では、抗血小板薬3剤(アスピリン+クロピドグレル+シロスタゾール)の投与が、2剤群(アスピリン+クロピドグレル)と比較して、8か月における主要心血管イベントを有意に低下させた(図:本誌p19参照)19)。ACSによる入院30日以内の消化管出血があると予後が悪化することも知られているが20)、わが国においても、出血に注意をしながら抗血小板剤の3剤投与も検討されてもよいかもしれない。おわりに日本ではSTEMIをはじめとするACS症例に広くPCIが行われている。特にSTEMI症例に対しては、ガイドラインでdoor-to-balloon timeは90分以内にすることが求められているが、わが国全体でもかなりの割合でそれがクリアされているものと考えられる。ACS治療が海外と比較して、日本で良好な成績を上げているのもそれが大きく起因していることは間違いない。また、多くの施設が24時間体制で緊急カテーテル・PCIに対応し、夜間や休日でも質の高いPCIを常に心がけており、循環器医療に携わるわが国の医師・パラメディカル・関係者の意識が高いことも寄与しているものと考えられる。さらに、薬物の使用においても、急性期には症例ごとにきめ細かな対応がなされ、慢性期にはエビデンスが構築された薬剤が高い比率で投与されているものと考えられる。これらのことはACSに限ったことでなく、わが国の医療レベルが非常に高い要因とも考えられる(図:本誌p19参照)21)。最近ACS症例に対しては、PCIや薬剤のみでなくremote ischemic conditioningや、再生医療に関する話題も豊富である。わが国からACS患者の予後改善に関する新たなエビデンスが構築されることが期待される。文献1)Ui S, Chino M, Isshiki T. 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