41.
1 疾患概要■ 概念・定義リンパ脈管筋腫症(lymphangioleiomyomatosis: LAM)は、ほぼ女性に限って発症する性差の著しい疾患である。主として妊娠可能年齢の女性に発症するまれな疾患で、腫瘍抑制遺伝子(TSC遺伝子)の異常により腫瘍化した平滑筋様細胞(LAM細胞)が肺や体軸中心リンパ系(骨盤腔、後腹膜腔および縦隔にわたる)で増殖し、慢性に進行する腫瘍性疾患である。肺では、多発性の嚢胞形成を認める。自然気胸を反復することが多く、女性自然気胸の重要な基礎疾患である。肺病変が進行すると拡散障害と閉塞性換気障害が出現し、労作性の息切れ、血痰、咳嗽などを認める。肺病変の進行の速さは症例ごとに多様であり、比較的急速に進行して呼吸不全に至る症例もあれば、年余にわたり肺機能が保たれる症例もある。肺外では、体軸リンパ流路に沿ってリンパ脈管筋腫(lymphangioleiomyoma)を認めることがある。リンパ脈管筋腫はCT画像では、嚢腫様あるいはリンパ節腫大様に描出され、LAM細胞の増殖により拡張したリンパ管あるいはリンパ節と考えられている。腎臓には、血管筋脂肪腫(angiomyolipoma: AML)を合併する場合もある。常染色体優性遺伝性疾患である結節性硬化症(TSC)を背景として発症する例(TSC-LAM)、TSCとは関連なく発症する例(孤発性LAM)の2つのタイプがある。■ 病名や疾患概念の変遷本疾患は1940年前後から記載され始め、Frack ら(1968年)により初めてpulmonary lymphangiomyomatosis という言葉が用いられ、Corrin ら(1975年)により 28 例の臨床病理学的特徴がまとめられた。Pulmonary lymphangioleiomyomatosis という言葉は、Carrington ら(1977年)が、本疾患の生理学的、病理学的、画像の各所見の関連性を詳細に検討した際に使用された。現在では、主にlymphangioleiomyomatosisが用いられている。日本においては、山中、斎木(1970年)が 2 例の剖検例と 1 例の開胸肺生検例を検討し、びまん性過誤腫性肺脈管筋腫症として報告したのが最初である。一方、症例の集積に伴い、LAMは肺のみに限局した疾患ではなく全身性疾患として認識されるようになり、「肺」を病名から除いて「リンパ脈管筋腫症(lymphangioleiomyomatosis)」という病名で呼ばれるようになった。すなわち、肺外病変としての後腹膜腔や骨盤腔のリンパ脈管筋腫が主体で、肺病変が軽微である症例の存在も認識されるようになったためである。■ 疫学まれな疾患であるため、有病率や罹患率などの正確な疫学データは得られていない。疫学調査の結果から、日本でのLAMの有病率は100万人当たり約1.9~4.5人と推測されている。米国などからの報告でも人口100万人当たり2~5人と推測されている。■ 病因腫瘍抑制遺伝子である TSC 遺伝子の変異が LAM 細胞に検出される。LAMは、Knudson の 2-hit 説が当てはまる腫瘍抑制遺伝子症候群のひとつである。TSC 遺伝子には TSC1 遺伝子と TSC2 遺伝子の2種類があり、TSCはどちらか一方の遺伝子の胚細胞遺伝子変異による遺伝性疾患である。TSC-LAM 症例はTSC1あるいはTSC2遺伝子のどちらの異常でも発生しうるが、sporadic LAM 症例ではTSC2遺伝子異常により発生する。TSC 遺伝子異常により形質転換した LAM 細胞は、病理形態学的にはがんといえる程の悪性度は示さないが、転移してリンパ節や肺にびまん性、不連続性の病変を形成する。 LAM病変に認められる豊富なリンパ管や乳び液中に検出されるLAM細胞クラスターは、LAMの病態進展におけるリンパ行性転移の重要性を示唆する所見である。片肺移植後のドナー肺に LAM が再発した症例では、レシピエントに残存する体内病変からドナー肺に LAM 細胞が転移して、再発したことを示唆する遺伝学的解析結果が報告されている。最近の研究では、必ずしもすべてのLAM細胞がTSC遺伝子変異を有するわけではなく、変異遺伝子のallelic frequencyは約20%前後と報告されている。TSC1、TSC2遺伝子は、それぞれハマルチン(約130kDa)、ツベリン(約180kDa)というタンパク質をコードし、両者は細胞質内で複合体を形成して機能する。ハマルチン/ツベリン複合体は、細胞内シグナル伝達に関与するさまざまなタンパク質からリン酸化を受けることにより、mTORの活性化を制御している。LAMでは、ハマルチン/ツベリン複合体が機能を失い、恒常的にmTORが活性化された状態となるため、LAM細胞の増殖を来す。そのため、mTOR阻害薬のシロリムス(国内未承認)は、LAM細胞増殖を抑制し病状の進行抑制に寄与すると考えられる。■ 症状以下のカッコ内の数値は、呼吸不全に関する調査研究班による平成18年度の全国調査集計において報告された、LAM診断時の頻度である。1)胸郭内病変に由来する症状労作性の息切れ(48%)や自然気胸(51%)で発症する例が最も多い。そのほかに、血痰(8%)、咳嗽(27%)、喀痰(15%)などがある。肺内でのLAM細胞の増殖により生じる肺実質破壊(嚢胞性変化)、気道炎症、などによると考えられる。労作性の息切れは、病態の進行とともに頻度が高くなる。進行例では、血痰、咳嗽・喀痰などの頻度も増加する。気胸は、診断後の経過中を含め患者の約7割に合併するとされる。LAMは、女性気胸の重要な原因疾患である。2)胸郭外病変に由来する症状腹痛・腹部違和感、腹部膨満感、背部痛、血尿など胸郭外病変に由来する症状(16%)がある。腎AML(41%)、後腹膜腔や骨盤腔のリンパ脈管筋腫(26%)、腹水、などによると考えられる。3)リンパ系機能障害による症状乳び胸水(8%)、乳び腹水(8%)、乳び喀痰、乳び尿、膣や腸管からの乳び漏などがある。約3%の症例では、診断時あるいは経過中に下肢のリンパ浮腫を認める。4)無症状人間ドックなどの健診を契機に、偶然発見される場合もある。自覚症状はないが、腹部超音波検査や婦人科健診において腎腫瘍、後腹膜腫瘤、腹水などを指摘され、これを契機としてLAMと診断される例がある。■ 経過と予後LAMは、慢性にゆっくりと進行する腫瘍性疾患であるが、進行の早さには個人差が大きく、その予後は多様である(図1)。わが国での全国調査によると、初発症状や所見の出現時からの予測生存率は、5年後が91%、10年後が76%、15年後が68%であった。予後は診断の契機となった初発症状・所見によって異なり、息切れを契機に診断された症例は、気胸を契機に診断された症例より診断時の呼吸機能が有意に悪く、また、予後が不良であった。画像を拡大する図1では、Aは重症例、Bは中等症例、Cは軽症例、Dは最軽症例と呼ぶ。Aは息切れ発症のLAMを想起すればよい。AにGnRH療法を行っても、A’では肺機能や生存期間の改善に寄与していない。A’’では、肺機能の低下スピードはやや軽減し、そのため生存期間は伸びている。C、Dは気胸発症例、あるいは偶然の機会に胸部CTで多発性肺嚢胞を指摘されたような症例を想起すればよい。これらの症例では、特別な治療を考える必要はないであろう。Bは中間の症例である。B’は、GnRH療法により肺機能の低下速度が緩徐となり、生命予後は延長することが明らかである。この図から読み取れる点は、治療的介入が肺機能の低下速度を緩徐にできるならば、ゆっくりと進行する慢性疾患では比較的長期間の生命予後の延長をもたらすことができる点である。後述するように、シロリムスによる分子標的療法は、肺機能の低下速度を軽減するのではなく、安定化ないしは治療前よりやや改善することが示されており、LAMの自然史を大きく変える治療として期待されるゆえんである。2 診断 (検査・鑑別診断も含む)診断にあたっては、特徴的な臨床像と胸部CT所見からLAMを疑い、図2のような手順に沿って診断する。画像を拡大する■ 画像診断診断には高分解能CT(HRCT)が推奨され、境界明瞭な数 mm~1 cm大の薄壁を有する嚢胞が、両肺野にびまん性に、比較的均等に散在しているのが特徴である(図3A)。通常の撮影条件では、肺気腫と鑑別が難しい場合がある(図3B)。診断にあたっては、HRCTで特徴的な所見を確認し、かつ慢性閉塞性肺疾患(COPD)やBirt-Hogg-Dubè(BHD)症候群など他の嚢胞性肺疾患を除外することが重要である。また、腎血管筋脂肪腫、後腹膜腔や骨盤腔のリンパ節腫脹、TSCに合致する骨硬化病変、腹水などの有無について、腹部~骨盤部のCT検査やMRI検査で確認することも診断にあたって有用である(図3C、3D)。可能であれば、経気管支肺生検あるいは胸腔鏡下肺生検により病理診断を得ることが推奨される。画像を拡大する■ 病理診断LAMの病理組織学的特徴は、LAM細胞の増殖とリンパ管新生である(図4)。画像を拡大するLAM細胞はやや未熟で肥大した紡錘形の平滑筋細胞様の形態を示し、免疫染色ではα-smooth muscle actinやHMB45陽性である。女性ホルモンレセプター(エストロゲンレセプターやプロゲステロンレセプター)を発現する。LAM細胞は、集簇して結節性に増殖し、肺では嚢胞壁、胸膜、細気管支・血管周囲、体軸リンパ流路などで不連続性に増殖している。ヘモジデリンを貪食したマクロファージが高頻度に認められ、LAMの肺実質では不顕性に肺胞出血を繰り返していると想像される。乳び胸水や腹水合併例では胸腹水中のLAM細胞クラスター(図5)を証明することで診断可能である。画像を拡大する■ 肺機能検査肺機能検査では、拡散能障害と閉塞性換気障害を認め、経年的に低下する。換気障害よりも拡散障害を早期から認める点が特徴である。MILES試験の偽薬群では、FEV1は-144 ± 24 mL/年の低下率であった。一方、閉経前と閉経後の症例では、平均-204 vs.-36 mL/年(p<0.003)と有意に閉経後症例の低下率が低かった。3 治療 (治験中・研究中のものも含む)LAMに対する根治的治療法、すなわちLAM細胞を完全に排除し、破壊された肺を元に戻す治療法はない。MILES試験によりLAMの分子標的薬として確立されたmTOR阻害薬のシロリムスは、肺機能を安定化、乳び胸水・腹水・リンパ浮腫などのLAMに合併するリンパ系機能障害の病態の改善、合併する腎血管筋脂肪腫の縮小などの効果が報告されている。そして、その作用はLAM細胞に対して、殺細胞的ではなく静細胞的であると考えられている。すなわち、シロリムス内服を中止すると効果は消失し、元の病態が再来する。したがって、長期に内服することが必要であるが、免疫抑制薬でもあるシロリムスをLAM患者が長期内服した際の安全性についてのエビデンスはない。このような背景から、現時点では、LAMという疾患の自然史(図1)に照らして目の前の患者の状態を評価し、治療介入の利益と損益を熟考して治療方針を立てるべきである。以下に、LAMとその合併病態に対する治療を概説する。■ LAMに対する薬物療法1)シロリムス(国内未承認)肺機能が進行性に低下する場合(目安としてはFEV1<70 %pred)や内科的に管理困難な乳び胸水や腹水の合併例では、シロリムスの投与を考慮する。治験では血中トラフ値5 ~ 15 ng/mLを維持するように投与量が調節され、おおよそ2ないし3 mg/日(分1、朝食後)が必要となった。しかし、シロリムス1 mg/日の低用量(血中トラフ値<5 ng/mL)でも、十分な治療効果が得られたとの報告がある。シロリムスはCYP3A4で代謝されるため、肝障害やCYP3A4活性に影響を与える薬剤との相互作用に注意する。2)GnRH療法(偽閉経療法)女性ホルモンはLAM細胞の増殖に関与するため、gonadotropin-releasing hormone(GnRH)誘導体を投与して偽閉経状態にすることが、従来は経験的に行われてきた。リュープロレリン(商品名: リュープリン)1.88 mg 皮下注/4週ごと(保険適用外)、ゴセレリン(同: ゾラデックス)1.8 mg 皮下注/4週ごと(保険適用外)、ブセレリン(同: スプレキュア)1.8 mg皮下注/4週ごと(保険適用外)などの皮下注薬剤は月1回の投与で利便性が高く、かつ、女性ホルモンを確実に低下させ偽閉経状態をもたらすことができ、点鼻製剤より有用である。シロリムスが何らかの理由により投与できない場合、あるいは乳び漏の管理に難渋するなどの場合にはGnRH療法を考慮する。投与に際しては、更年期症状や骨粗鬆症が生じうるため、これらの治療関連病態を念頭におく必要がある。■ LAMの病態あるいは併存疾患の治療1)気管支拡張療法閉塞性換気障害があり労作性に息切れを認める症例では、COPDと同様に、抗コリン薬チオトロピウム(同: スピリーバ レスピマット)あるいはβ2刺激薬インダカテロール(同: オンブレス)などの長時間作用性気管支拡張薬の吸入を処方する(保険適用外)。2)気胸気胸を繰り返すことが多いため、気胸病態に対する治療とともに再発防止策を積極的に検討する。酸化セルロースメッシュ(同: サージセル)とフィブリン糊による胸腔鏡下全肺胸膜被覆術(カバリング術)は癒着を起こさず、再発防止が可能である。技術的に実施困難な施設では、気胸手術時の胸膜焼灼・剥離術、内科的癒着術[自己血、OK432(同: ピシバニール)ほか]などが行われる。3)乳び漏(乳び胸水や腹水など)に代表されるリンパ系機能障害乳び胸水、乳び腹水、乳び心嚢液、乳び喀痰、乳び尿、膣や腸管からの乳び漏、後腹膜腔や骨盤腔のリンパ脈管筋腫、下肢のリンパ浮腫、肺内のリンパ浮腫像などはLAMにみられる特徴的なリンパ系の機能障害である。LAM細胞の増殖に伴うリンパ管の閉塞・破綻が原因と考えられているが、LAM細胞増殖に伴うリンパ管新生がその背景要因である。脂肪制限食は、腸管からの脂肪吸収に伴うリンパ液の産生を減少させ、結果として乳び漏出を減少させる。下半身の活動量が増加するとリンパ流も増加するため、活動量を制限して安静にすることはリンパ漏を減少させる。リンパ浮腫は後腹膜腔や骨盤腔のリンパ脈管筋腫を合併する症例にみられ、複合的理学療法(弾性ストッキング、リンパマッサージなど)が治療として有用である。これらの食事指導、生活指導、理学療法では乳び漏やリンパ浮腫の管理が困難な場合には、シロリムス投与を考慮する。何らかの理由でシロリムスを投与できない場合には、GnRH療法、胸膜癒着術(乳び胸水例に対して)、Denver® shunt(乳び腹水例に対して)などを適宜、考慮する。乳び漏を穿刺・排液し続けることは、栄養障害、リンパ球喪失に伴う二次性免疫不全状態を招来するので慎むべきである。4)腎血管筋脂肪腫AMLからの出血リスクを予測する因子は、腫瘤径よりもAMLに合併する動脈瘤の大きさのほうが感度・特異度ともに優れている。動脈瘤径≧5 mmでは出血のリスクが高まるため動脈瘤に対する塞栓術を考慮する。腫瘍径≧4 cmもひとつの目安であるが、4 cm以上であっても動脈瘤の目立たない例もあり、このような症例では腫瘍径≧4 cmであっても経過観察可能である。一般に、巨大なAMLを有していても腎機能は良好に保たれるため、安易な腎臓摘出術は慎むべきである。5)慢性呼吸不全在宅酸素療法、COPDに準じた呼吸リハビリテーションを行う。常時酸素吸入が必要な呼吸不全例、あるいはFEV1<30 %predでは肺移植を検討する。6)妊娠・出産妊娠・出産に伴う生理的負荷に耐えうる心肺機能を有することが前提となるが、妊娠・出産は必ずしも禁忌ではない。しかし、妊娠中の症状の増悪や病態の進行、気胸や乳び胸水を合併する可能性などのリスクを説明し、患者ごとの対応が必要である。妊娠・出産に際しては、気流制限が重症であるほどリスクが高い。4 今後の展望シロリムスは、二重盲検比較試験によりLAMに対して有効性が確認された薬剤であり、今後のLAMの自然史を大きく変える治療法として期待される。一方、長期投与による安全性は未確認であり、治療中は効果と有害事象のバランスを慎重に観察する必要がある。シロリムスは、LAM細胞に対して殺細胞的ではないため、シロリムスに他の薬剤を併用し、治療効果を高める基礎研究や臨床研究が考案されている。5 主たる診療科主たる診療科は呼吸器内科となる。また、連携すべき診療科は次のとおりである。産婦人科(妊娠・出産、合併あるいは併存する女性生殖器疾患)放射線科あるいは泌尿器科(腎血管筋脂肪腫の塞栓術)脳神経内科・皮膚科(結節性硬化症に関連したLAM)※ 医療機関によって診療科目の区分は異なることがあります。6 参考になるサイト(公的助成情報、患者会情報など)診療、研究に関する情報難病情報センター LAM(一般利用者向けと医療従事者向けのまとまった情報)呼吸不全に関する調査研究班(一般利用者向けと医療従事者向けのまとまった情報)気胸・肺のう胞スタディグループ(医療従事者向けのまとまった情報)The LAM foundation(一般利用者向けと医療従事者向けのまとまった英文情報)患者会情報J-LAMの会(リンパ脈管筋腫症患者と支援者の会)※おもに若年女性に発症するため、仕事、結婚、妊娠・出産、育児などの諸問題に対して、患者のみならず家族を含めた心のケアやきめ細かな対応が望まれる。LAM患者と支援者によるJ-LAMの会は、医療者との連携、疾患についての情報提供や患者同士の交流促進の場として利用されている。1)Hayashida M, et al. Respirology. 2007; 12: 523-530.2)林田美江ほか. 日呼吸会誌. 2008; 46: 428-431.3)Johnson SR, et al. Eur Respir J. 2010; 35: 14-26.4)林田美江ほか. 日呼吸会誌. 2011; 49: 67-74.5)McCormack FX, et al. N Engl J Med. 2011; 364: 1595-1606.